令嬢と最強種 7
「大丈夫か、公爵令嬢……?」
俯いて黙ってしまったアルマニアを見て、男が心配そうに言う。泣いているのだろうか、と思うだけで、男は胸が苦しくなるような心地がした。
別に、彼はアルマニアに現実を突きつけて虐めたかった訳ではない。ただ、できるだけ彼女の問いに答えてやりたいという純粋な思いから、言える範囲で回答を差し出しただけだ。だが、アルマニアが置かれた状況を考えるのであれば、答えない方が良かったのかもしれない。
そんなことを思いつつ、しかし言ってしまったものはどうしようもないのだから、どうにかしてアルマニアを元気づけようと男が思考を巡らせ始めたところで、アルマニアがばっと顔を上げた。それがあまりに唐突であったから、男は思わず少しだけ驚いて目を開いてしまったが、そんなことには気づかない様子で、アルマニアは睨みつけるような勢いで男を見た。
「冗談じゃないわ! 私のこれまでの努力がそのばぐとやらの間違いのせいで水泡に帰すなんて、まっぴらごめんよ! こうなったら、王道であろうと邪道であろうと突き進んで、最速で覇王になってあげようじゃないの! そうでもしないと、私が可哀相だわ!」
そうでしょう、と叫んで問いかけてきたアルマニアに、男は呆気に取られた顔でぽかんとしてから、盛大に噴き出した。
「ぐ、ぶっ、は、はははははっ!」
「ちょっと! 一体何が可笑しくて!?」
「い、いや、っく、ははっ! いやぁ、最高だよあんた。俺がした話を余すところなく理解して、人として感じるべき絶望と悲嘆を正しく味わって、その上でそうなるんだもんな」
「……なに? 私の思考がおかしいとでも言いたいの?」
苛立った声で言ったアルマニアに対し、男が首を横に振る。
「いいや、実にあんたらしい。俺が惚れたあんたは、そういう子だ。……ちなみに、プレッシャーなんかは感じないもんなのか?」
まさに興味本位ですという顔でそう問いかけた男に、アルマニアは呆れたような表情を浮かべた。
「何を言っているのかしら。そんなもの、感じるに決まっているでしょう。貴方の話が本当なのだとしたら、この世界が滅びずに済むかどうかは、私が正しく王になれるかどうかにかかっているのよ?」
ここでわざわざ、本当なのだとしたら、と言い置くあたりがアルマニアらしい、と男は思った。
見ず知らずの男をある程度信に値すると判断しつつも、その全てを信じ切っている訳ではない彼女の思慮深さは、男が彼女に見ていた姿そのものだ。
「この世界が滅ぶの滅ばないのと話した俺が言うことじゃあないんだが、……それだけのものを背負わされておきながら、よくもまあ平気そうな顔してられるなぁ。プレッシャー感じてる素振りなんて、おくびにも出さないじゃねぇか」
そんな彼の言葉に、アルマニアは肩を竦めて返した。
「そういうのは表に出してはならないと、散々教え込まれてきたの。それに私、貴方が思っているほど深刻に受け取ってはいないのよ。確かに世界の存続がかかっていると言われたら少し尻込みしてしまうけれど、結局私のやることは変わらないわ。世界中の人々を民と尊び、導き守れるように努めるだけよ。それが王というものでしょう?」
その結果、アルマニアが正しくそう在れれば世界は存続し、そう在れなければ世界が滅びる。それだけだ。世界が関わっていようといまいと、やることは変わらないのだから、それならそういう余計なことは考えない方が良い。
「私は英雄になろうとは思わないし、救世主でもない。貴方だって、私にそんなものは求めていないのでしょう? だって、それらと王は両立しないもの。だから、世界のことは貴方に任せるわ。それは王を目指す私の役目ではなく、貴方の役目でしょう?」
何か間違ったことを言っているか、という自信に満ちた目が、男を見つめる。それを真っ直ぐに見つめ返した男は、暫しの沈黙ののち、再びぶはっと噴き出した。そしてそのまま、とうとう腹を抱えて笑い出す。
そんな男の姿にアルマニアが眉を吊り上げたが、ひとしきり笑い終えた男は、これまでに見せたどんな表情よりも甘ったるい、いっそ胸焼けがしそうなくらいの微笑みを浮かべ、彼女の目を見つめて唇を開いた。
「ああ、そういうあんたを愛してるよ、アルマニア。あんたに恋をして良かった。あんたならきっと、良い王になれる」
嘘偽りを一切感じさせない、柔らかくも強い言葉だ。それをまともに正面から受け取ってしまったアルマニアは、意図せず頬が熱くなるのを感じた。
熱を持った頬を隠そうとさっと顔を逸らしたアルマニアは、少しだけ早くなった己の鼓動を誤魔化すようにして、執務机へと視線を投げる。
と、そこでアルマニアは、ものすごく今更な事柄にはたと気づいた。気づいて、そしてどうしたものかと思い、ちらりと男の方を窺う。内心恐る恐る視線をやったのだが、彼の顔を彩っていたあの甘い色はもうすっかり失せていて、そのことにアルマニアはほっと胸を撫で下ろした。
「どうかしたか?」
アルマニアの内心を知ってか知らずか、男はきょとんとした様子で首を傾げている。そんな姿になんとも言えない恨めしさを感じながらも、それを表に出すことはせず、アルマニアは先程気づいたそれを口にすることにした。
「とても、本当にとても今更なのだけれど……」
あまりに今更で、今更言うのもどうなんだと思わない訳でもなかったが、そんな躊躇いはさっさと捨てて、アルマニアは彼を見た。
「貴方の名前を、教えて貰っていなかったわ」
ほんの僅かばつが悪そうに言った彼女に、彼は数瞬彼女を見つめたあとで、子供のような笑みを浮かべた。
「俺の名前は、ヴィレクセスト。改めてよろしくな、公爵令嬢」
「……その公爵令嬢って呼び方、どうにかならないのかしら。私はもう公爵令嬢じゃないのだけれど」
「って言われてもなぁ。俺にとってあんたは公爵令嬢って感じだから、どうも他のフレーズは呼び慣れないんだよ」
訳の判らないことを言い出したヴィレクセストに、別に名前で呼べばいい話だろうに、と思ったアルマニアだったが、どうしてもそうして欲しいという訳でもないので、これ以上は言及しないことにした。
「まあ良いわ。それより、今後について考えようって話だったわね。わざわざ執務室に案内したってことは、ここに何か資料でもあるのかしら? それとも、こういう場所の方が思考が働くだろうっていう配慮?」
「前者だな。――風霊、例のものを」
男がそう言った瞬間、窓も開いていないのに突然風が吹き、扉から廊下の方へと抜けていった。それにアルマニアが驚いていると、少しの時間を置いてから、先程の風が帰ってきたかのように、今度は扉から室内へと風が吹き込んだ。
髪を攫う風に目を細めつつ、一体何事かと風の行方を見守るアルマニアの目の前で、大量の紙の束が風に運ばれるようにして次々と部屋に飛び込んできた。
驚きで声も出せないアルマニアをよそに、風によって持ち込まれた紙たちが執務机に山となって積み上がる。
二重の意味でなんなんだこれは、と思ったアルマニアがヴィレクセストを見上げれば、彼は彼女を見下ろしてにこりと微笑んだ。
「俺が個人的に調べ上げた、三国それぞれに関する情報だ。三日やるから、これを全部把握した上で方針を考えてくれ。栄えある皇后の座を約束されていた公爵令嬢なら、これくらいできるよな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます