第49話 何者①

「……失望したよ、レディ・ジャック。よもや、羨望の眼差しを向けていたあんたが……そのような幼稚な振る舞いをしてくれるとは、思いもしなかった」


 フラフラと。

 そいでいて、ゆっくりとこちらに歩き出す、連続殺人鬼モドキ。


「……あたしは崇高な使命を持って生きていたっつーんなら、そいつは大きな間違いだぜ、ワトソンくん。あ、いや、或いはモリアーティとでも言うべきかな? あたしは実はシャーロックホームズはあまり見たことがねーからさ、モリアーティ教授がライバルっつーことしか知らねーし、それに実際に見たのはベネディクト・カンバーバッチのシャーロックぐれーだけどよ。ともあれ、シャーロックホームズっつーのは、あくまでも架空の存在だってことを、忘れてもらっちゃー、困る訳よ。……ええと、何の話をしてたんだっけか?」


 知らねーよ。

 そんなくっだらねえ話をしていたかどうかは、正直覚えていないのだけれど。


「……くくく、ははは。レディ・ジャックもこういう存在だっていうんなら、おれも少しは失望してしまうもんだよ。いや、或いは……何かしらの決心が付いたとでも言えば良いのかな? これが良い結論を、良い未来を、良い現実を、招いてくれるものであるかどうかは、分からないけれどな」

「どうだかね……。あんたの理想は、どういう理想なのかは膝を突き合って聞いてみないと理解出来ようがないし、或いは聞いたところで理解出来るはずもないのかもしれないけれど……、しかしこれだけは言えるよ。犯罪者が掲げる理想は、殆ど間違っている――それは、ぼくが目を瞑っていても言えることが出来るものだ、ってね」

「……、」

「黙ってろよ、一般人風情が。……あー、あいつのことは忘れてやってくれ。ただの一般人の話だ。どうせ狂っちまった人間には聞いたって馬に念仏だろーけどよ。……話を戻すけど、あんたがどういう理想を抱いているのかは分かんねーけどよ、しかしそれが間違っているかどうかは、第三者が決定しなくちゃ分かんねーからな。そこはあんたの交友関係に問題があったのかもしんねーけど、それはどうだったんだ? 結局あんたには、腹の底から笑い合えるような関係の存在が、誰一人として居なかったんじゃねーの?」

「……、」

「答えないっつーことは否定しないっつーことだぜ、偽物さんよ。それとも考えるのをやめたか? それはそれで文句を言いたくはねーけど、しかしそれであたしの偽物を名乗ってたんだから、それは困る話だけれどな。……あんたは、偽物になろうとする努力すら怠っていた。結論はそーいうことなんじゃねーの?」

「……、」

「あーあ、別に答えないのは構わねーけど、それって方向性も方針も対策も何一つ考えてません、ってことを自ら披露することになると思うんだけど、そこについては何か肯定や否定をするつもりはねーってことだよな? ま、それは間違いではないと言い切れるかもしれねーけど、実際何処まで解釈すればいーのかも分かんねーけど、でも、これだけは言ってやろーじゃねーの」


 ――お前はただの、出来損ないだ。


「……、」

「……殺人鬼になりてーのは、百歩譲っていーとは思うぜ。ってか、あたしを尊敬するのも別に否定するつもりはねーからな。だってどんな悪人だって善人だって、誰しもが尊敬する権利はある訳だろ? けどもそれをあまり認めよーとはしなくて、悪人を尊敬するのは結局のところ狂ってる人間だ、なんてレッテルを貼られてるじゃねーか。それもどうかと思うんだけどよ」

「……、」

「つまり、あたしは悪人だ。……これは自分でそー思ってんじゃなくて、世間一般の価値観からしたら、そういう解釈をせざるを得ない、ってだけの話な。あたしがずっと悪人だと思いながら人殺しをしてたら、それこそどーかしてるぜ。あたしは悪人だと思っちゃいねーからな、そりゃー人殺しってのは世間一般的には重罪に問われるのだけどな、でも、それを快楽とする人間だって少なからず居る訳だし、それがあたしだった……ってだけの話だ。さて、そこまで話して分かったか? 殺人鬼モドキか、或いは偽物になりきれないただの出来損ないさんよ」

「……?」

「あたしの一方的な発言に、否定も肯定もせず、失望も絶望もなかった。或いはただ聞いてただけなのかもしれねーけど……、その時点であんたは何者にもなりきれねーって訳だよ」

 

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