第48話 本物と偽物

 長い話し合いを延々したところで、解決が見えないのならば、それは意味がない話し合いだ。

 とどのつまり、短期決戦を申し込めば良いのだろうけれど、如何せんそういう方向に持ち込んでくれないからこそ、面倒臭い流れになってしまうのもまた事実。


「……レディ・ジャック。きみは崇高で甘美で傲慢で盲目で敬虔で快活で単純で、ただ己の思うがままに生きる存在だ。だからこそ、きみは殺人鬼として自らの欲望の赴くままに動いてきた。そうだろう? おれはそーいう存在だったあんたを、心の底から尊敬してたんだ!」


 殺人鬼を尊敬する時点で、突拍子もない発言だということは分かる。

 いや、或いは精神的にどこかオカシイ発言とでも言えるか? 頭のネジが数本吹っ飛んだような、そんな感じだ。

 寧ろ、今までこうやって凡人を演じ続けていただけでも、友人の末恐ろしさを感じる。

 こんな存在でも友人だと宣うか――ということについては、一つだけ否定させて欲しい。

 否定するポイントは、現在も友人であるかどうか――という点だ。

 それについては、明確に違う。

 断言する。

 もう目の前に居る人間は――友人でも何でもない。

 ただの殺人鬼だ。

 殺人鬼になりきれなかった、出来損ないだ。

 そんな出来損ないと向き合って――ぼくは何をすれば良いのだろうか。

 まあ、殺人鬼(ほんもの)が目の前に居るのだけれど。

 じゃあ、そいつがどうにかしてくれるかと言われると――あまり他人のことは信用しない方が良いだろう。それで失敗してしまっては元も子もない。


「なあ、どう思う?」


 高徳は言う。

 殺人鬼の出来損ないは、言う。

 これからならば、出来損ないにならないのかもしれないが……、幾ら頑張ったところで本物にはなれやしない。

 そもそも、本物が居る時点で偽物は幾ら頑張ろうと本物にはなれやしない。

 例え、本物を殺したところで、それはあくまでも模倣品だ。分かっている存在から見れば、ただの偽物であり、ただの模倣品であり、ただのガラクタであることは――分かりきっている話だ。

 けれども、それをそう簡単に認識出来ていたならば、このようなことにはならなかっただろう。幾ら頑張っても本物にはなれないということを、最初から自覚していたならば……、きっと殺人鬼のことを敬愛している少し危険思想が強めの学生として生きていたに違いない。

 しかし。

 しかし、だ。

 高徳はそれを選ばなかった。

 高徳はそれを選ぼうとはしなかった。

 高徳はそれでは駄目だと――思っていたのだろうか。


「……友人だった人間から言わせてもらうよ。高徳、どうしてこれを選んだ?」

「選んだも何も、レディ・ジャックが崇高な存在だった! だからこそ、おれはこうやって彼女に近づこうと試みた訳だ。分かるか? 人間にとって追うべき存在が出て来たのならば、それは我武者羅になろうとも追いかけるべきなんだよ」


 言い分は分かる。

 ただし、それはルールに則って動いた場合に限る。

 ルールを無視した無法者には、通用しないんだよ。


「我武者羅に、ねえ。確かに言いたいことは分かるぜ。あたしも殺人鬼として動く時は我武者羅に動くもんだぜ……。ま、一個明確に違う点があることだけは確かだけどな。そこだけは、勘違いしてもらっちゃ困るぜ」


 何だ、一応ルールみたいなものでもあったのか?

 それはちょっと気になるけれど……、勿体振って言う話じゃなかったら少しだけ落胆もしそうだ。


「……それはな、本能に従って人を殺すかどうか、だぜ。お前さん、話を聞いていると……計画性に沿って人を殺しちゃいねーか? それは大きな間違いだ。本物はな、そんな回りくどいことなんてしねーんだ。殺してーと思ったら、殺す。それだけよ」

「……ええ……」


 思わず、声が漏れてしまった。


「……何か変な表情浮かべてるけれどよー、それって間違いでも何でもねーと思うぜ? 確かに知能犯とか居るわな。だけど、それが百パーセント良いかと言われると、また違った話だと思うぜ。翻弄するのを楽しいと思う変態も居りゃー、本能の赴くままに罪を犯してその後の後始末はそれから考える、なんていう犯罪者だって居るはずだぜ。ま、そういう犯罪者に翻弄されまくってる警察もどーかと思うけどな。もう少し、捜査能力向上させた方がいーと思うぜ。ってか、何でこれを犯罪者側から提案しなくちゃなんねーんだ?」

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