第五章 答え合わせと言い訳の違い

第47話 待ち合わせ

 恐ろしいほどあっさりと自供したレディ・ジャックの偽物こと高徳は、その日の夜に大学キャンパスの時計塔前での待ち合わせを要求してきた。時計塔、というのはあくまでも俗称で、そう言われているだけの名称に過ぎなくて、結局の所は正式名称が何というのかは分からない。しかして分からないなら分からないなりに、誰かがいつしか時計塔と名付けたのが、いやにネーミングと見た目が合致してしまったためか、そのまま使われている――といった下りなのだとは思うのだけれど、しかしそれを証明する術は、現時点では持ち合わせていない。


「時計塔、と言って思いつくのはロンドンの時計塔ぐらいなものだが……、そのイメージを持っていると、流石に貧弱な感じがしてならないな」


 時刻は午後十一時。はっきり言って、こんな時間にキャンパスに入ったのは初めてだ。校内は真っ暗だし、きっと防犯カメラも作動しているはずだ。

 しかし、高徳がここを指定したということは――恐らく何かしらの電子的な細工をしているに違いない。ぼく達が特に何も細工をすることなく中に入ることが出来たのも、その理由の一つだ。


「……寒い」


 季節はもう春になろうっていうのに、未だ夜半は寒い。ジャンパーでも着てくれば良かったかもしれない――などと思っていたら、時計塔に近づく一人の人影が見えた。


「……逃げも隠れもしていないんだな。流石だよ、お前は」

「それはこっちの台詞だ、高徳。……いや、どっちで言えば良いんだ? レディ・ジャックの偽物、とでも言えば良いか?」

「正体が分かったとて、呼び名を変える必要はないだろう。……それとも、お前、おれのことが怖いのか?」

「……どうかな」


 或いは、そうなのかもしれないけれど。

 冷静を装って、実はメチャクチャ逃げ出したい気分なのかもしれないな。


「……なあ、お前はどう思う?」

「どう思う、って?」

「どう思うはどう思うしか言い様がないと思うが? ……そういう言葉遊びがしたかった訳ではねーんだよ。なあ、お前はこの世界をどう思う?」


 いきなりスケールがアップしたな。

 それとこれと、どう話が繋がってくるんだ?


「瑞希をどうして殺しちまったんだよ。ぼくは……ぼくは、それだけが気になっているんだ」

「それなら、ちょっと気に入らなかったからだよ」


 あっけらかんと、あっさりと――こうも殺した理由を言われてしまっては、ぼくも反応が遅れてしまう。


「………………………………は?」


 十数秒ぐらい遅れて、漸く反応を示したところで、しかしそれは意味がない。


「いーねー、いーね。一般人の反応って、そういうありきたりなものが多いんだけれどさ、そういうのって単純に面白い反応だと思うんだよな。分かるか? ……いや、分からなくたって良いさ。きっとこの嗜好は誰にだって分かってもらえない。そうやって、おれはずっと孤独を生きてきたんだからな」

「……なあ、高徳」

「おれがおかしいと思うか?」


 頷く。


「おれを変人だと思うか?」


 頷く。


「おれを……バケモノだと思うか?」


 頷く。

 躊躇なく、頷く。

 頷くことで、相手のボルテージを高めてしまうことは、分かっていた。

 そんなことは、分かりきっていた。

 分かりきっていたけれど――ぼくはそれでも、それを選択することしか出来ない。

 それは諦観からか?

 違う。

 それは欺瞞からか?

 違う。

 それは――。


「……っ! 結局、この世界を破壊してくれるのが、殺人鬼のような存在だと思っていたんだけれどよ」

「……はあ。殺人鬼あたしがほんとーにそういう存在と思っていたのか? だとしたら、おめでたい脳内だな。お花畑と言っても良いだろーよ。ま、そういう脳内だからこそ、殺人鬼の偽物なんてことをしたがるんだろーけれど」

「……馬鹿にしているのか? レディ・ジャック」

「本物に逆らおうとしている時点で、滑稽だよ。笑いものになるだけマシだと思うが良い。……ま、どっかの誰かが言っていたっけな。偽物は本物になろうと思う意思があるだけ、本物に近しい存在かもしれない――ってな」

 にしし、と笑うレディ・ジャック。

 何か、そんな表情をあまり見たことがないような気がして、ちょっと新鮮だった。

 もしかして――これを楽しんでいるのか? だとしたら、狂っている。

 あ、最初からか。

 

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