第44話 前置き
「そうそう。ここにやって来たのはきちんと理由があるんだよ。……理由がなくても別にやって来たって構わないとは思うが、やっぱりそこら辺はちゃんとしないとなー」
そこら辺、って。
最初からそんなことするつもりなかっただろうに。
「……で? 何を話しに来たんだ。まさか、こないだのアレが上手く行ったのか?」
「そのまさかだよー。情報屋から昨日言伝を預かっていてね」
ポケットから取り出したのは封筒だった。
このご時世に紙かよ? ……とは思ったが、普通に考えてみると犯罪の証拠なんだから、それをインターネットの海に放流する訳にもいかなかったのかもしれない。本人に直接渡せば特段問題はないだろうからな。
「……ええと、ハッキングをしただろう? あのアカウントには何かあるんじゃないか、ってねー。具体的には誰がそのアカウントを管理しているのか、そこについてはきちんと白黒はっきりつけておかねーとな」
「そこまで言うんだったら、それぐらいの進展はあったんだろうな? なかったら肩透かしってレベルじゃないぞ」
「分かった、分かったよ。だったら単刀直入に言おーじゃねーか。一応、こっちだって話を長々とするつもりもなけりゃ、面倒臭く長ったらしい言い訳をくどくどとするつもりもねーからな!」
だからそういう言い方が話を長々としている結果に繋がるのだけれど、そこについてはあまり語らない方が良いだろう。とにかく、面倒なことはしたくない。申し訳ないが、もし会話の全てを自動で録音することが出来るのならば、最後の一割だけ聞けば良いと思う。
多分、そこに結論が詰まっているだろうから。
「……何か、達観したような表情をするのは辞めてもらえねーかな。こっちだってそんなつまらなそうな表情じゃー、何も話したくはねーよ」
そりゃそうかい。
じゃあ、上辺だけでも笑顔を見せておこうかな。
「……おうおう、やっと表情を取り繕ってくれたかな。それならそれで良いのだけれど……、教えないといけないのはただ一つ、ハッキングの結果だよ」
「ハッキングの結果……ああ、そんな早く分かったのか? 勿論、早く分かるに超したことはないけれどさ」
「どうやら簡単に見つかったらしいぜー。意外と釣り針が大きかったのか、或いは単純に馬鹿だったのか……どっちともつかねーけれどな。何せ相手はあたしのことを偽称している存在だ。もしかしたら少しは何かを企んでいる可能性も、否定はしないがね」
「……言いたいことは分かる。分かるが――もっと話を単純にしようとは思わないのか? さっと結論を言えば良いじゃないか。にもかかわらずそれをしないっていうのは……、もしかして時間稼ぎしないといけないような疾しいことでもあるんじゃないか、などと錯覚してしまうのだけれど」
錯覚という単語を使うのは、少々間違いだったかもしれない。
けれども、錯覚という単語以上に合致する単語が出て来ないからには、そういう言葉で纏めざるを得なかったりするのだけれど、そこについてはあまりレディ・ジャックは気にしていないのかもしれない。
長々とつまらない話をし続けるのならば、それはそれで構わない。時間という二度と戻らない有限の存在が、無意味に消費されてしまうデメリットを除けば――という話だけれど。
「分かった。分かったよ……。あたしがこれを話したくない理由は一応あるんだ。それは大学の関係者があたしの偽物である可能性が非常に高かったということと、現にそうなっちまったってことだ。そうなっちまったからには、あたしとしては、最後の理性が働いちまっているんだよなー……ほんとーにこれを言っちまって良いのか? ということについて、だ。あんただって、ちょっとは分かっているんじゃねーのか? 逃げ切れない事実ではあるのかもしんねーけれど、顔を合わせたことのある人間が、もしかしたら殺人鬼かもしれねーっていう事実について」
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