第四章 解決への道しるべ

第43話 再会

 それからはあまり物事が進行していなかったので、ぼくもすっかり忘れていた。いや、当事者なのだから忘れてもらっちゃ困るのは確かなのだけれどね、それでも忘れてしまうのだから致し方ない。人は考える葦だと誰かが言っていたっけな。あれってどういう意味だったっけ?

 そんな話はさておき、すっかり事件について進展がなかったから皆忘れ去っているものとばかり思っていたけれど、数日後に家に帰ったら真っ暗な部屋の中でレディ・ジャックが眠っていたのだから、少しは仰天していた。流石にね、空室だと思っている訳だから、鍵を開けたら既に誰かが居るというのはちょっとした恐怖だ。電灯を点けてくれても構わないのだけれどね。大した金額でもないのだし。


「……よっ、アンタと出会うのも何だか久しぶりな感覚がするよ。そっちも事件のことは忘れちゃいないだろうね?」


 忘れてたまるか。

 こっちは幼馴染が被害に遭っているんだぜ? しかももう二度と会えないときたんだから、レディ・ジャック『もどき』を見つけて何か罰を与えなければ話にならない。


「おうおう、そう言ってくれるんなら、未だいいもんだねえ。忘れられちゃたまったもんじゃないんだよ。ほら、言うだろ。人間は二回死ぬんだ、って。一回目が肉体的な死だとしたら、二回目は人々の記憶から失われた……つまりは精神的な死と言えるのかな。人間ってのは忘れっぽい生き物なのさ。毎日声を聞いて顔を見ていねーと、その人間のことをあっという間に忘れちまう。考えたことはあるか? アンタの仲の良かった幼馴染とやらは、今でもその声を、顔を思い出すことは出来るかな?」


 馬鹿にしやがって。未だ今でも鮮明に思い出すことが出来るよ。

 それとも、レディ・ジャック――お前はそれを忘れるっていうのか?


「ああ、忘れるね。忘れちまうね。人間ってのは忘れっぽい生き物なんだよ。繰り返しになっちまうかもしれねーけれどな。……あたしに家族が居たという記憶はあるけれど、どんな家族が居たのか、っつーのは忘れちまったからな。正直、それぐらいの価値観の存在だった、ってことなら……まあ、悪くねー話なのかもしれねーけれどな」


 高らかに笑いながらそう言ってはいたが、笑い事ではないような気がする。

 人間というのは忘れっぽい生き物――それについては否定しない。けれども、あっさりと忘れ去ってしまっちゃうのは、それはそれで悲しくないだろうか?

 言いたいことは分かる。けれども、大切にしていた存在ならば忘れることなんてないはずだ――まあ、奇跡でも起きない限りは、永遠に顔と声を覚えるのは不可能なのかもしれないけれど。或いは、年を取って子供の頃に精神が戻ってしまったのなら、それもまた実現出来るのかもしれないけれどね。


「結局はそういうことなんだよな。人間というのは、忘れっぽい生き物だよ。それについては、何度言えば分かるんだなんて言われちまうかもしれねーな。けれど、正確には忘れっぽいんじゃなくて思い出せなくすることが人間という生き物なんだと思うぜ」

「思い出せなくする?」

「つまりは、ずっとうじうじしていたら前には進めねーだろ? そりゃ、何日かは悲しんでいても良いかもしれねーけれど、それで一年とか十年とかやっていたら馬鹿馬鹿しい。生きている人間は、未だ人生を謳歌する権利がある。だから、死んだ人間のことなんて頭の片隅に移しちまって、普通の人生を送りゃ良いのさ」


 切り替えの早い人間ってのは居るけれど、それって要するにストレスが少ないことと同義になるからな……。いつまでも自己否定していると、ストレスは溜まるに決まっている。


「……ところで、一体何をしにここまで来たんだ? まさか人生について語るためにやって来た訳じゃないだろうな」


 ここでこんな話を続けていると、いつまでも本題が進みそうにないし話の本筋が見えてこない。

 だから適当に切り上げて、ちゃんと話をしなければならない……時間は有限だからね。

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