第42話 解散

 長い話し合いも終わり、店を出た頃にはもう夕方になっていた。


「……そんな長い時間、話し合いをしていたんだっけか?」

「していたかもしれないな。意外と話をするのは長いんだよな、情報屋っつーのはな。話し好きじゃねーとやってらんねーのかもしんねーけれど」

「……でも、これで話は進む、よな?」

「進むだろうね、恐らくは。だって考えりゃ分かる話だけれど、唯一の手掛かりたるメールアドレスを手に入れちまえばそれで何も問題はないからな。メールアドレスから多分個人は特定出来るだろ? 大学のメールアドレスなら、きっと名前を使ったアドレスになっているだろーからな」


 確かに、それはその通りだ……。ネットリテラシーの欠片もありゃしない。それによって、例え本人がネットリテラシーを高く考えていても、メールアドレスからあっさりと個人名が特定されちゃうんだよな。

 個人の名前も当然個人情報になる訳だし。


「まあ、そこからどうなるかはこっちの知ったこっちゃない。一応情報屋が絶対に表に出ないと太鼓判を押しているんだ。だったらそれを信用するしかあるまい?」


 そんなもんかな。

 だとしたらそれを信用してやるしかないかもしれない……。現に今は情報屋を頼るしか何も思いつかないのだから。

 こっちで画期的なアイデアでも思い付けば、それはそれで良いのだけれどね。

 藁をも縋るとはこのことを言うのだろうな。多分。


「ま、とにかくやってみるしかあるまいよ。話はそれからだ。どういう風に解決出来るかどうかも分からないけれど……、とにかくやらねーと何も始まらねーからな」

「いつまできみは能天気なんだ……。ま、それが有難かったりするけれどね。いつまで経っても事態を深刻に捉えない、その考え方は」

「いやー、褒めても何も出ねーよ?」


 褒めていねえよ。

 ……おっと、失敬。乱暴な言い回しの人間とずっと話していたらそれが感染してしまったようだ……。治すにはかなり時間がかかるぞ、何せ習慣付けられてしまうとその後が面倒だからな。


「とにかく、だ」


 レディ・ジャックは言った。


「いずれにせよ、先ずは情報屋が仕掛ける罠に引っかかってもらわなきゃなんねー訳だ。話を進めるのは、それからでも遅くはない。そうだろう? だって、そこから話を展開させていかなきゃ、何も始まりやしねーんだからな」

「……何かきみって知性的だよね。大学に入学とかすれば、もっと違う道を歩めたりしたのかな?」

「そうかもな。でも、あたしはこれを後悔なんてしたことはねーよ。あたしは多分普通の人生を謳歌しても何とか楽しめたかもしれねーけれど、あたしはあたしなりの道を進むためにここまでやって来た訳だし、そこに後悔することもないしな」

「人生は一度きり――とは良く言ったものだね」


 話しながら歩いていると、時間が経つのもあっという間だ。

 気が付けばぼく達は、ぼくの住むアパートの前まで辿り着いていた。


「どうする? お茶でも出すぜ? 粗茶しかないけれど」

「お断りだな。さっき、あんだけ美味いお茶とお菓子を食べたんだ。別にメーカーの緑茶を不味いとは言いたくねーけれど、その味で上書きされちまうのも癪だしな」


 言い得て妙だな。それじゃ、今日はこれにて解散としようか。情報屋からの連絡は、きみに届くと言うことで良いんだよね?


「あたししかあいつの連絡先は知らねーだろ。……ま、何かあればまた連絡するしやって来ることにするよ。何もなくてもお茶菓子ぐらい用意しておけよ」

「それはつまりぼくの家に入り浸るという前提で話を進めているのか……」


 ま、それも悪くなかろう。

 そういう訳で、一先ず今日は解散へと至るのだった。

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