第41話 次の一手⑤
「……良いお客さん、ねえ。前々から思っていたが、仕事の対価を支払わない奴が居るって本当なのかね? 冷静に考えて、市場原理から考えて、そんなことは有り得ないものとばかり思っていたが……」
殺人鬼から真っ当なことが言われるたびに、言われる側もお終いだな、などと思えてしまう。
結局のところ、殺人鬼は社会人としてはかなりまともな価値観を抱いているようで、それはそれでちょっとギャップがある。だって、常識のある人間が一番非常識な行動を取っているんだぜ? ちゃんちゃらおかしいとは思わないか。
「……レディ・ジャック。きみの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだよ。ま、みんな普通に他人のことを嫌悪しているのは火を見るより明らかだし、それは絶対に不可能なことではあるのだがね……。さて、本題だ」
寄り道しまくって本題が何だか分からなくなってしまいつつあるが、何だったっけ?
「大学に居るであろうレディ・ジャックの偽物を突き止めるために、サーバにハッキングをかける……って話だろ。忘れてもらっちゃ困る、それに、こちらとしても忘れられては色々と面倒臭いのでね。さっきも言ったが、金払いの悪い人間は多いんだ」
そういえばそんなことを言っていたような気もするけれど、ちょっとやり過ぎじゃないか? もう少し信頼してくれても良いのに。
「信頼した結果がこれ、ってことだろ? 流石に気付いてあげた方が良いと思うけれどな」
「その通り、その通りなんだよ、レディ・ジャック。……きみとは話がスムーズに進むからやりやすくて助かる。やっぱり後できみの爪の垢を少しばかし貰えないかな?」
「そりゃあ無理な相談だね。もっとそういう相談が出来る人間に話してみれば?」
「そんな上手く話が進む連中ばかりだと思っているのかい? だとしたら誤算だな、きみも長くこの業界に居るのであれば、少しは分かってくれると思っていたが」
「……何だ? あたしを馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にはしていないよ。ただね、少しはこの業界の常識ってもんを身に付けておいた方が良いと思うよ――そうアドバイスをしているだけの話さ。間違ったことを言ったつもりはないと思っているがね」
「間違ってはいないだろうが……、しかし鼻につくんだよ。情報屋、あんたの言い方ってもんはね。それについては多少考えておくべきことだとは思うが?」
「頭に入れておくとしよう」
情報屋はレディ・ジャックの提案を一蹴する。
「……結論から言って、どうするつもりだ? 別にぼくはこのまま何もしなくても構わないけれど、困るのはきみ達だ。きみ達が未来へ進むためにも、今回のぼくのアイディアは受け入れるべきだと思うけれどね」
「……どうする?」
レディ・ジャックは初めてそこでぼくに問い掛けた。
今まではどんなことであろうとこちらには質問を投げてこなかったはずなのに。
……だよね?
「こちらに聞かれても困る。……とにかく、お互いの利害を一致させて乗り越えるためには、情報屋の提案を受け入れるしかない。ただ、それにはデメリットがある――という訳だよね。失敗したときのリスクだ。もし失敗したら仲良く警察のお縄にかかる。それを見込んで実施するか、という話だ」
そんなもん、分かりきっている話だっただろ。
最初から――レディ・ジャックと出会った時点から、ぼくときみは運命共同体に成り果てた。違うか?
「……そう答えてくれると思っていたよ、きみならばね」
少しは理解してくれたか?
「……結論は出たようだね?」
ああ。
「情報屋、きみの提案を受け入れる。サーバにハッキングを行い……レディ・ジャックの偽者を見つけ出してくれ」
その言葉に、情報屋は笑みを浮かべた。
新しい玩具を買ってもらえた――子供のような無垢な笑顔だった。
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