第37話 次の一手①

 正直、情報屋が何を言っているのか直ぐには理解出来なかった。


「……美澄地区に犯人が居る可能性が高い、ってことか?」


 レディ・ジャックは問い質す。


「そういうことになるね。そしてもっと言うならば大学関係者であるとも言えるだろう。そこについてはあくまで可能性の問題で、証拠を積み上げていかないと確定とは言い切れないのだけれど。ま、せいぜい七十パーセントといったたところかな」

「かなり高いような気がするけれど……」

「これでもぼくが提供する情報の中では確率が低い方なんだよ? ぼくはちゃんと裏を取ってからじゃないと情報は提供しない。つまり精度がそれなりに高くなければ提供しないことにしているんだ。これはぼくのネームバリューにも関わることになるからね――けれど、今回だけは特別だ」

「大学関係者が犯人だとして……何故、あたしの模倣なんてしたんだろうな?」


 情報屋は肩を竦める。


「さあね。そこまでは流石に分からないよ。人の心は読み取るのが難しい存在だからね……。そればっかりは本人に聞いてみないと何とも言えないんじゃないかな?」

「本人って……。そんなのどうやって見つければ良いんだよ? 幾ら何でもここから犯人を探し出すなんて、プールに家のパーツを沈めて掻き回しただけで完成する確率ぐらいはあるぞ?」

「つまり不可能ってことを言いたいんだね。……確かそれって、生命が誕生するにはそれぐらい途方もないことが起きるんだということを示した喩えではなかったかな? その喩えをどう判断するかは置いておくとして……、不可能であるということを否定することにはならないからね」


 小難しいことをダラダラと話してしまったけれど、要するにこの状況で犯人を探し出すのは不可能って話であることには何ら変わりはない。

 犯人を探し出すのならば、もっと確たる証拠を見つけ出さないといけないのだ。


「……犯人が大学関係者であるとして、どうやれば見つかると思う?」

「それはぼくの業務範囲外だね。正確には責任も取れない領域だと言えば良いだろう。その領域でぼくが口出しするのはあまり好ましくはない。何故なら責任を取ることが出来ず、何か起きたとしてもぼくは対処しきれないからだ。……きみ達はそんなことをしないと思うけれど、狡賢い存在はこの世界の至る所に居るからね。彼らにとっての逃げ道を作ってはいけないんだよ」


 逃げ道、か。

 しかしてそれは間違っていることではないと思う。契約書だってそこに書いてあることが正義だから、例えどれだけ小さい文字で書いてあろうとも書いてあるならそれが真実――そうやって詐欺を働く人間も居るけれど、あれはあれでまた別の問題を孕んでいるのだろうな。


「問題は一つだけだ。そうだろう? 大学関係者はざっと調べた限りでも一千人近くにもなる。その一千人の中から一人の犯人を見つけ出さねばならない。仮に一日十人を取り調べたとしても百日……三カ月はかかる計算だ。果たしてそれが出来るだろうか? 答えは否、だ。はっきり言って、現実的ではない」

「なら、どうすれば良い? このままでははっきり言って手詰まりだ。何か追加の情報が貰えないと、こちらとしても動くことが出来ないと思うのだがね」


 レディ・ジャックは駆け引きを楽しんでいるようにも思えたけれど――しかし、情報屋からしても耳が痛い話だろう。

 情報屋は確固たるソースがない以上、ここから話を広げたところで自分の手の届かないところになってしまっては無意味だと判断しているのだろう――きっとそれによってどんな結末を迎えようとも、自分は何の関係もないということを明白にしたいがために、そういう発言をして躱しているのだとも言える。

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