第35話 情報屋は性別不明③
「レディ・ジャックは、こう見えて本能に忠実な殺人鬼だ」
いや、どう見てもそうじゃないか?
逆にそう見えない理由を教えて欲しいぐらいだ。
「本能に忠実であるということは、それなりにシンプルなルートが構築されることでもある。……つまり、こうなる訳だ」
スマートフォンの画面をタップすると、点がどんどん結ばれていった。その点が線となっていき――面白いことに一つの円が浮かび上がった。
「レディ・ジャック。……面白いよね、これって。きみは根城となる市に住まうと、暫く円弧状に殺人の点を作り出している――ということになるんだよね? 警察はここまでは多分導き出しているんだろうけれど」
「……いや、流石にそこまでは覚えていなかったけれど、無意識のうちにやっちまったってのもあるのかな……。しかしこれじゃー警察に目をつけられる日も近くねーな」
「でもきみは賢いよな。……だって中心地にあるのは市役所だから。それって、多分市役所で街の情報収集をしているからではないのかな? ただまあ、それでも何故マークされないのかって話にもなるのだけれどね」
確かに――流石に警察だって馬鹿じゃない。市役所が円の中心地であることが判明しているのならば、そこに必ずレディ・ジャックは訪れると踏んでいるはずだ。
だったらマークしていてもおかしくはない場所で、良くレディ・ジャックは情報収集が出来るものだが――。
「あたし、記憶力はいーんだよ。一度見たものはぜってー忘れねーからな」
……完全記憶能力、って奴? でもそれだったら、さっきの話から少し矛盾している気もしないでもないけれど。
「きっと、彼女にとってこの知識は有益でこの知識は無益であるという線引きが出来ているのだと思うよ。……恐らく、無意識のうちに」
「厄介な性格をしているものだな」
ぼくはそう言って抹茶を飲む。ほろ苦い味の中に僅かな甘味とお茶の風味が感じられる。こんな抹茶は飲んだことはなかったな……ぼくはそんなことを思いながらお茶菓子として提供された和菓子を見る。
和菓子は最中だった。瓦を模した皮の間にこれでもかと粒が少し残った餡子が挟まれている。少しでも上から圧力をかけたら餡子がはみ出してしまいそうだ。
しかし、食べない訳にはいかない。ぼくはそう思いながら、最中を手に取って――一口頬張った。
口の中に甘過ぎない餡子の風味が広がった。そして食べてから気がついたが、中には餅が入っていた。餅が入っている餡子って高級な感じがするよな、求肥でも良いけれどさ。
「おっ、あたしも食べるぜー……、何これうめー!」
デリカシーのない殺人鬼だよな、全く。
レディ・ジャックはケタケタ笑いながら最中を食べていた。もっと品良く味わおうとしないのかお前は。
「……きみは殺人鬼に何を望んでいるのかな? 殺人鬼がお行儀良くご飯を食べることが出来るとでも? 礼儀正しくすることが――本当に出来るとでも思っているのか?」
めちゃくちゃディスっているけれど、大丈夫か? 次のターゲットにされたりしない?
「そーだぞ、少しはこっちのことを考えて欲しいもんだぜ。……ん?」
何で一瞬普通に受け流したんだよ。
「……話を戻すけれどね、レディ・ジャックの偽物は、当然本物とは別な訳だ。偽物の方が本物になろうと、縋ろうと思っている以上は本物に近しい存在だと言えるのかもしれないけれど……、それはそれとして、だ」
「つまり、偽物にはあたしがぜってー出さないような法則性があるっつーことか?」
「……その通り。頭が良いようで助かるよ、レディ・ジャック。他の客ももう少し話がスムーズに行くと良いんだけれどね」
情報屋も苦労しているんだな。
その苦労がどんなものであるかは、流石に想像出来ないけれど。
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