第32話 情報屋を探しに③

 戦力外ね……言い得て妙だな。実際、そこについて否定するつもりもないし肯定出来るはずもないのだから、ぼくはノーコメントとさせてもらうけれど。

 しかして、何処まで歩かせるつもりなんだ? 南山駅からもう大分歩いた気がするけれど、いつになれば辿り着く? もしかして最寄駅設定間違えていないか。


「最寄駅は南山で間違いないさ。ここは古き良き街並みが残るからね、駅が近場にあると困る訳さ。……さて、着いたよ。ここだ」


 立ち止まった場所は、古い木造の建物だった。格子状になった木の窓が道路に面して設置されていて、趣を感じる作りになっている。

 入口には暖簾が掛けられていて、そこにはこう書かれていた。


「……八咫烏茶房?」


 また変わったネーミングだな。

 八咫烏って確か日本神話に関わってくる烏じゃなかったっけ? スサノオだか何だかを導いた存在だとか。


「……何だ、詳しいな。神道にも精通しているのか? それは流石に驚きだが」

「そんなこと一言も言っちゃいねーよ……。ただ単純に知識が多かっただけの話だよ、浅く広くっていうかさ……そんな感じの知識の習得をしていたから、単純にね」

「ふーん、そんなもんかね。……ま、とにかく中へ入ろう。ここに居るんだよな、情報屋が」


 ガラガラ、と戸を開けるとそこに広がっていたのは土間だった。

 古い家は玄関の代わりに土間が設置されていたらしいし、それが踏襲されている――或いはその通りであると言える。

 少し高い位置になっている床には、既に誰かが首を垂れてこちらを出迎えていた。


「ようこそ、おいで下さいました」


 低い声ではあるが、女性の声であることは間違いなかった。紫を基調とした着物を身に纏った女性は、顔を上げるとニコリと笑みを浮かべた。


「……何だ、きちんと挨拶したと思ったらアンタかい。挨拶して損したよ」


 より一層トーンが低くなったのは、単に怒りを示しているのかもしれない。


「何だよ、挨拶して損した……って。流石に聞いたことねーぞ、そんなの。別に良いじゃねーかよ、親しい仲にも何とやらとも言うだろーが」

「そりゃ、言うけれどね……。アンタとは表向きは付き合いたくないってもんだよ。アンタ、自分が世間でどういう評価を得ているのか、とっくに忘れちまったのかい?」

「殺人鬼、切り裂きジャックの再来……だっけか。何処の誰かが名付けたのかはもう忘れちまったし、もしかしたらそいつすらも殺しちまったかもしれねーけれど、そいつには感謝しねーとな。お陰でこっちの名前が売れた訳だしよ。あたしの名前を聞いただけで震える人間も居るんだったっけ?」

「……とにかく、軒先で話すことでもありゃしないね。用件は?」


 女性の言葉を聞いて、レディ・ジャックは靴を脱いだ。

 それに続いてぼくも靴を脱ぐ。


「さあさ、取り敢えずこちらへどうぞ。話はそれからと致しましょう」

「……生憎そうしたいところだけれど、時間がなくてね。アイツは居るのかな?」

「いつもの部屋に居るけれど。案内は?」

「不要だ。何かつまむものと飲み物を用意しておいてくれ」


 そう言ってどんどん奥へと進んでいくレディ・ジャック。……いや、話に全くついていけていないんですけれど?

 とぼうっとただ立ち尽くしていたら、女性がくすくすと笑い出した。


「その感じじゃ何も知らずにここまでやって来た感じかな? ……だとしたら災難だねえ、いや、本当に災難だ。あの子はコミュニケーションが苦手なんだよ、苦手なのは未だ良いけれど、そこから殺戮に発展しちまうのが駄目なところだと思う。分かるだろ?」


 ところが、未だレディ・ジャックがそう呼ばれている所以の場面に遭遇出来ていないものでね……。何となくでしか感じ取れていないんだよな。


「だったら、いつかは感じ取る日が来ると思うよ。あの子とずっと行動を共にするのならね」


 そうして女性は耳打ちする。


「……気をつけな。放っておくとアンタみたいな人間は食われちまうからねえ」


 ぽん、と背中を押されてぼくは少し転びそうになってしまう。

 しかし、今は進まねばならなかった。

 情報屋から話を聞いて――レディ・ジャックの偽物を探さなくてはならないのだから。

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