番外編 怪談ライター見習い、最初の事件(最終話)
「瑠華ちゃん、俺たち別れよう」
「うん……わかった」
いつもの喫茶店。俺が初めて先輩に相談をした。俺が初めて自分が怪談ライターとして依頼者の話を聞いた。
そこで俺は初めての彼女と別れ話をしている。
俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。
もう最初の一言目で結論は出てしまった。
自分から別れようと言っておきながら、それでも彼女が別れたくないと言ってくれるのではないかという淡い期待を持っていたのにあまりにもあっさりと終わってしまったことにまた気が滅入る。
そして、そんな自分の女々しさが嫌になる。
「なんか……ごめんね。私から言い出さなかったのズルいよね」
瑠華ちゃんがマグカップに視線を落としたままそう言った。
俺もそのマグカップから減ることのない紅茶を見つめる。
ポツリ。
マグカップに一滴の雫が零れ、波打ったかのように見えた。
だが、それは俺がそうあって欲しいと願っただけで幻かもしれない。
「いや、ズルくないよ。俺だって、瑠華ちゃんがもう俺のこと好きじゃないってわかってたのにちょっとでも長く引き留めたくて別れ話できなかった臆病者だよ」
「わかってたんだ?」
「なんとなくね」
米田先輩と俺を比べてしまって失望したんだろうことはわかっていた。
馬鹿で情けなくて頼りがいのない俺にがっかりしたんだろう。
俺が瑠華ちゃんの立場でもきっとそう思うに違いない。
違いないに決まっているのに、それでも俺のいいところをわかってくれてるかもしれないなんて甘えがあったから、彼女の心が離れていくのに見て見ぬ振りしてしまったんだ。
本当は最初からわかっていた。ただ目を逸らしていただけで。彼女と向き合うことから逃げていたんだ。
「そっか。そりゃ、そうだよね」
「でも、やっと向き合う勇気が持てた」
「どうして?」
瑠華ちゃんはゆっくりと俺の顔に視線を戻しながら訊いてくる。
「俺、先輩の跡を継いで『怪奇世界』の怪談ライターになったんだよ。幽霊やオカルト現象に向き合っていくんだ。もう元だけど、自分の彼女にすら正面から向き合えないようじゃダメだって思ったんだ」
「うん」
「俺さ、米田先輩にはきっとなれない。でも操山出版に紹介してくれた先輩に恥をかかせないように、ちゃんと先輩の強さや優しさは引き継ぎたいと思ってるし、先輩とは違う自分なりのやり方みたいなものが見つけられたらいいとも思ってるんだ」
「うん」
「俺はまだ当分の間、瑠華ちゃんのこと好きなままだと思う」
「うん」
「俺たちはサークルで顔合わせることもこれからあるし、二度と会わないってわけじゃないからさ、もしまた付き合ってもいいなって思ってくれたら、よりを戻せたら嬉しいなって思うよ」
「うん。それは……わからないけどね」
「わからないって思ってもらえるだけで十分だよ」
絶対ない、と言われなかったんだ。
それでいい。
「うん」
「だから……今は……さようなら、瑠華ちゃん。俺、頑張るよ」
「うん……今までありがとう、山城くん。さようなら」
俺はもうこれ以上涙を堪えることができそうにない。
最後の最後まで女々しい姿を彼女に見せたくなかったから、伝票を掴んで立ち上がった。
――さようなら。
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