夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない
和田正雪
第1話 怪談ライター米田学、最初の事件
「あんたの将来の話の方がよっぽど怖いわ」
齢五〇にならんとする母の言葉である。
まったくもってその通りだと思う。
大学四年生になる息子が怪談ライターなどと名乗り、就職活動もせずフラフラしているのだ。
そして、母にはまだ報告していないが既に留年が確定している。
自慢の息子がこのまま親戚中に恥を撒き散らした挙句、よそ様に迷惑をかけながら野たれ死ぬ未来よりも恐ろしいものなどないに違いない。
私は都内の大学に通う傍ら、操山【みさおやま】出版という小さな小さな出版社でアルバイトをしている。
どのくらい小さいかというと、雑居ビルのワンフロアに収まる、オカルト雑誌とヤクザ情報誌という〝怖いもの〟繋がりの二つを主な収入源とする出版社なのだが社長が両雑誌の編集長も兼ねており、営業と経理を除いて後はすべて外注とバイトという超零細企業だ。
そして、雑務の傍らでオカルト雑誌『怪奇世界』の実話怪談コーナーとオカルトスポットリポートを担当させられているのが私――米田 学【よねだ まなぶ】――である。
オカルト雑誌というと、適当に妄想を書き殴ればいいのだから楽だ、などと思われることも多いが、実際はそう簡単な話ではなく、きちんとした取材を行っている。
私が担当する実話怪談やオカルトスポットの記事は特にそうだ。
編集部のHPに設置しているメールフォームに怪奇体験をしたというメールが送られてきたら、きちんと本人に連絡をとり、電話や喫茶店で本人に詳しく話を聞くし、知人に何か得体のしれないものを感じる場所や噂がないか訊いて、その現場に実際に足を運ぶこともある。
しかし、バイトの収入はきわめて安く――幽霊よりも人間の方が好きなのであればコンビニでレジを打っていた方が儲かる――関東近郊を離れれば、どれほどの量を書こうとも赤字になってしまうので、地方のオカルトスポット取材は難しい。
*
四月二四日。
この日、私は怪談投稿者の青年を待つため、自身が通う都内某大学の北口前にある卒業生が経営する喫茶店にいた。
今回、編集部にメールを投稿してきたのがたまたま同じ大学に通う後輩であることから、この場所を選んだ。
私はさほど社交的な性質ではないし、いつも初対面の取材対象者と会う際は、何度も最初に口に出す言葉や話の持って行き方をシミュレーションするのだが、今回は初対面とはいえ先輩後輩の間柄となるので、さほど緊張はしていなかった。
約束の時間は三限が終わってからゆっくり歩いて来られる一四時四五分。授業が一四時半までなので、このような半端な時間になっている。
あと五分で約束の時間だ。
私は一応安物とはいえジャケットを羽織ってはいるが、下はTシャツにジーンズとラフな格好をしている。
そして、待ち合わせの目印として机の上に平山夢明の実話怪談集を置いていた。
一四時四五分ちょうどに店内に入ってきたのは、意外にも金髪の遊び人風の男だった。
私はメールの文面からもっと冴えない気の弱そうな男がくるものとばかり思っていたのでやや面食らった。
このようなタイプの人間は私のような文化系丸出しの人間からすれば天敵にあたるのだが、愛嬌がある垂れ目が警戒心を薄れさせるのか、意外と第一印象に不快感はなかった。
「米田さんですか?」
「あ、はいそうです」
「メール差し上げた山城龍彦【やましろたつひこ】です。本日はお時間いただきありがとうございます」
――こんなチャラい見た目で幽霊とか怖がるものか? そして、意外と礼儀正しいではないか。
彼は小さく会釈をすると私の正面に腰かける。
「米田さんって大学の先輩なんですよね? 教育学部でしたっけ?」
「そうですね。今、四年ですけど、留年確定してるんで五年生まではやる予定です。なので空いた時間はこうやってライター仕事とかやってるんですよ」
私は正直に今の状況を伝える。
「え? まだ四月ですよね?」
今年度すべての単位を取得したところで、卒業できないのが四月の時点で確定しているのだから、留年もまた確定しているのは自明のことなのだが、二年生の彼にはわかるまい。
しかも、私の状況を聞いてこんなに驚愕するということは、不真面目そうな風貌にもかかわらず、勤勉なのかもしれない。
「教育学部って教職あるから大変なんですね」
「いや、教員免許は取らない、というか取れないと思いますね。今の感じだと」
「そ、そうですか」
彼が気まずそうにするが、教育学部だからといって教員を目指さなければならないというルールはない。
大学によっては、教員免許の取得が卒業に必須の条件ということもあるらしいが、うちの大学はそうではないのだから、私としてもやましいところはない。
彼にも気にしないでほしい。
「えーっと山城さんって学部は?」
「俺は文学部です」
「だったら、キャンパス離れてますね。ここまでちょっと距離あったでしょう?」
「全然大丈夫ですよ、あと別に敬語じゃなくていいっす。俺、大学の後輩にあたるわけですし」彼が言う。
「じゃあ、遠慮なく。今日はよろしく」私は言葉遣いを崩した。
「はい、よろしくお願いします」
彼は珈琲を注文し、私も珈琲のおかわりを注文する。
なんと珈琲代は経費で落ちるのだ。
遠慮なく頼んでもらって構わない。
すぐさま二つの珈琲がやってくる。私たちは珈琲を飲みながら、少し雑談を交わし、カップの中身が半分ほどになると、本題に移った。
「さて、じゃあ、話聞かせてもらおうかな」
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