円卓会議 3
「ご納得頂けたようで何よりだ。カスィーミレウ王の口添えにも感謝する」
「貴方のためにしたことではありませんから、感謝の言葉はいりませんわ。わたくしはわたくしの思ったことを述べたまでです。まるでわたくしを味方につけたかのような言い方をするのはやめてくださる?」
「これは失礼した。そのようなつもりは微塵もなかったが、不快な思いをさせたのならば謝罪しよう」
軽く頭を下げてみせてから、赤の王は言葉を続けた。
「とにかく、ギルディスティアフォンガルド王国に半年もの間潜伏できていた、という時点で、帝国は五年前とは比べ物にならないほどに力をつけていることが窺える。それに加え、彼らはとうとう次元魔導をも完成させたようだ」
次元魔導、という言葉に、円卓が僅かにざわめく。
「次元魔導ってぇと、随分昔から帝国がご執心だったアレかい? アレを完成させたって?」
橙の王の問いに、赤の王は頷いた。
「ああ。その証拠に、先日ギルディスティアフォンガルド王国を襲った生物は、この次元には存在しない何かだった。私が調べた範囲での憶測だが、恐らくは、次元魔導で帝国領土に召喚した生物を、空間魔導でこの大陸に転送したのだろう」
「その憶測の根拠は?」
青の王の指摘に、赤の王がそちらを見る。
「いくら帝国が力をつけたとは言え、私が目にした魔導陣程度で次元を繋げることはまず無理だ。次元を越えて他世界に干渉するとなると、それこそ街ひとつ覆う規模の魔導陣が必要だろう。少なくとも今回異次元の魔物が現れた魔導陣は、もっと小規模なものだった。となれば、あの魔導陣は空間転送魔導の一種であると考えるのが妥当だ」
「なるほどねぇ。でも、それはそれで脅威だわ」
「シェンジェアン王の仰る通りだ」
薄紅の王の言葉に頷いた赤の王が言葉を続ける。
「少なくとも、此度の主犯であるデイガー・エインツ・リーヒェンの空間魔導は非常に優れている。帝国とリアンジュナイルとの距離を繋ぐとなると、魔法でもそう簡単な話ではないだろう。勿論魔導であっても、相当の準備期間と複雑な術式の構築が必要となるだろうが、五年前の帝国ではそれすらもできなかったはず。つまり、それだけデイガーの契約相手の力が強いということになる」
「そんでもって、そんだけすげぇ相手と契約が交わせるくらい、あちらさんの魔導の使役力が上がってる、ってことだろ? 昔は魔導つっても、しょーもない雑魚の魔物を使役できる程度だったもんな。……これまではリアンジュナイルにちょっかい出されたところで適当にあしらっときゃ良かったけど、こりゃ、おイタはダメよって本気で叱り飛ばすべきじゃないですかね」
黄の王の発言に、薄紅の王が柳眉を寄せる。
「野蛮ねぇ。妾、戦ごとはあまり好きではなくてよ」
「いやだなランファ殿、俺だって野蛮なのは好きじゃないですよ。ただほら、そういう手段も辞さないって姿勢を見せた方が良いんじゃないかなって話ですって。俺たち割と弱小国を憐れむ体で帝国と接してるとこあったじゃないですか。そういうのちょっと改めて、そろそろ向こうさんを認めてあげた方が良いんじゃないかなって」
へらっとした軽薄な笑みを浮かべながら言った黄の王だったが、自分の発言に銀の王の目が鋭さを増したのを目端に捉え、そちらに視線をやる。そして、二人の視線がぶつかると同時に銀の王が口を開いた。
「若造が知った風な口を利く。弱小国を憐れむ体ではない。実際に憐れんでおるのだ」
「だーかーら、そういうのを改めた方が良いって言ってるんでしょうが。少なくとも今は昔とは違うんだ。帝国だって日々成長しているし、もしかすると奴らがリアンジュナイルを越える日だって来、」
黄の王が言い切る前に、その眼前で凄まじい水蒸気が発生した。
しかし、突然のことに驚いて目を丸くしたのは金の王のみで、他の王は表情の変化こそあったものの驚いた様子はない。それを認識してから、遅れて金の王は理解した。
銀の王が黄の王に向けて放った水霊魔法を、赤の王の火霊魔法が相殺したのだ。それを証拠に、赤の王の左手には炎の精霊の気配が纏わりついている。
「エルキディタータリエンデ王。同じ円卓の王に手を上げるとは、何事か」
赤の王の落ち着いた声が、緊迫に満ちた空気を震わせる。
「そこの痴れ者が、神に選ばれしこの聖域を穢すような発言をしようとしたのでな。年長者として頭を冷やす手助けをしてやろうと思っただけだが?」
「エルキディタータリエンデ王ともあろうお方が、歴史書の記録をお忘れか。円卓の国王同士の争いは、神が認めるほどの大義名分がない限りご法度だ。そして我らに神の基準が理解できぬ以上、このような行動は控えるべきではないかと進言する」
玉座についてまだ日が浅い金の王でも、赤の王が言う記録のことは十二分なほどに知っていた。確かあれは、四千年近く前の記録だっただろうか。橙の王と緑の王がいがみ合った結果、国家間戦争になりかけたことがあったらしいのだ。しかし、寸でのところで両国の王獣がそれぞれの国王の喉笛を噛み切って殺したことにより、戦争は起こらずに済んだとか。以降、王が道を誤ったときには、神に代わり、王獣がその牙を以て粛清する、という伝承が残っているのだ。
しかし、この神の代わりという一文が厄介なのである。赤の王が言った通り、神の意向は人間には判らない。神が王として不適であると判断した瞬間に王獣による制裁が起こるのだとしたら、その基準を知ることは不可能だった。実際、数千年の歴史を辿れば、円卓の国同士で戦争を起こしても王獣の粛清が起きなかったケースも存在するらしい。だが、そもそも円卓の国同士で戦が起こること自体が稀であるため、何が正しい情報なのかも定かではなかった。だからこそ、国王たちは互いに互いを不可侵であるとし、どんなに仲が悪くとも舌戦に留めるのが常だった。
もっとも、当代の赤の王と青の王のように致命的に不仲であった場合、この程度の軽い魔法の応酬ならばあるにはある。よって赤の王の発言は、銀の王への非難が込められた少々大げさなものであった。そしてそれを心得ている銀の王は、赤の王の忠告に鼻で笑って見せたのだった。
「これはこれは。庶子が私に進言を寄越すとは、偉くなったものよ。しかしどうにも頭の弱さが露呈しておるのが残念な限りだ。私は飽くまでもリィンスタット王の茹だった頭を冷やしてやろうとしただけ。それで国家間戦争の話にまで発展させるのは、なかなかどうして論理の飛躍だとは思わんかね?」
「これは失礼した。しかしながら、私にはリィンスタット王が頭を冷やす必要はどこにもないように思える。貴殿らがどう思うかは判らぬが、帝国は魔導を以てリアンジュナイルの魔法を越える気だ。彼らがそれを成し遂げる可能性を考慮に入れるべきだというリィンスタット王の発言は、実に的を射た意見だと思うが」
「それが愚の骨頂だと言っておる。魔導が魔法を越えることが有り得ぬように、帝国がリアンジュナイルを越えることは有り得ぬ。並ぶことすら叶うまいよ。リアンジュナイルは神が選定した聖なる地。数多の次元の中で、最も原初にして神の息吹がかかりし大地がひとつ。故に、我らが負けることはない。これは創世の神が決定した絶対的な事実である。人の手で変えられるものではない」
確固たる自信、というよりは、いっそ確信めいた強さで銀の王は言い切った。そして、連合国の王がそれに異を唱えることはできない。発端である黄の王ですら、これ以上反論することはできなかった。何故ならば、銀の王が言ったことは全て事実なのだ。
リアンジュナイルは神が神界へと通ずる門を置く場として選んだ地である。そして、円卓の国々は全て、門である神の塔を守るための防衛装置なのだ。ならば、円卓の国が他大陸からの侵略に耐えられない訳がない。容易に瓦解する防衛装置など、置く意味がないではないか。神が必要であると判断し、設置したのならば、それは決して間違うことはない。これは最早、ひとつの真理であった。
銀の王とて、驕っている訳でもなければ、帝国を侮っている訳でもなかった。彼は誰よりも過去の歴史を知る王であるからこそ、ただ事実として、帝国が円卓の国に勝てる可能性が存在しないと知っているだけなのだ。
しかし、
「エルキディタータリエンデ王のご意見は、確かに正しい。だが、それは飽くまでもこの次元に限った話だ。帝国が他次元から何がしかを召喚することができるようになった以上、もう少し柔軟に考える必要がある」
この場において、赤の王だけが、真理が綻ぶ可能性を知っていた。
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