円卓会議 2

 そのため、赤の王が即位して以降の円卓会議では、青の王が銀の王と共に赤の王をこき下ろす場面がよく見られるのだが、それに反応を示すのは金の王だけで、赤の王本人はどこ吹く風といった様子である。

 今回もその例に漏れず、青の王の言葉に反論することもなく素直に頷いた赤の王は、話を進めるべく口を開いた。

「ミゼルティア王の仰る通りだ。それでは、僭越ながらご歓談を遮らせて頂き、本題に入ろう」

 そう言った赤の王が、円卓に集った王たちを再び見回す。

「皆ご存知かと思うが、先日ギルディスティアフォンガルド王国が帝国の者による強襲にあった。本日はそれについて急ぎ話しておくべきことがあり、こうして緊急会議を開いたのだ」

「存じ上げておりますとも。しかしグランデル王の言葉は正確ではありませんね。帝国の介入があったのはギルディスティアフォンガルド王国だけでなく、貴国グランデルと我が国ミゼルティアもでしょう」

 責めるような青の王の言葉に、赤の王は少しだけ驚いた表情を浮かべてみせた。

「これは、既にそこまでご存知だったか。いや、まさにその通り。貴国の使者を操り我が国からとある物を盗んだ帝国は、あろうことかそれをギルディスティアフォンガルド王国で売りさばこうとしたのだ」

「ええ、それを貴方とギルディスティアフォンガルド王でご解決なされたとか。さすがは仲の良いことで有名な赤と金。関係者である我が国を蚊帳の外に、手を取り合って対処なさったということですね。素晴らしい友情に感動を禁じ得ません」

 とてもではないが感動している人間が出すようなものではない冷たい声で言った青の王に、赤の王は浅く頭を下げた。

「それについては大変申し訳ないことをした。しかしながら、始めからギルディスティアフォンガルド王と共に行動した訳ではないのだ。よって、此度の判断に彼の王は一切関与していない」

「それはつまり、貴方が独断で動いたということでしょうか」

「その通りだ。私一人で対応できる案件だと判断し、貴殿とギルディスティアフォンガルド王の手を煩わせることもないだろうと、単身で対処に当たった」

 赤の王がそこまで言ったところで、次の発言を遮るように、銀の王の拳が机を叩いた。決して強いものではなかったが、やけに室内に響いたその音に、王たちが銀の王へと視線を移す。

「グランデル王よ。それは浅慮の極みというものだ。今回は偶然うまく事が運んだのかもしれぬが、次にそうなる保証はない。聞けば貴様、ギルディスティアフォンガルド王国にて極限魔法を使ったそうだな。それがどれほどまでに愚かな行いかは判っておるのか? それとも、ギルディスティアフォンガルド王国に侵略し、蹂躙する心づもりだったのか?」

「エルキディタータリエンデ王! グランデル王はそのような、」

「黙れ小童!」

 ビリビリと鼓膜を震わせる怒声が部屋に響いた。銀の王の余りの気迫に、赤の王を弁護しようとした金の王が口を閉じる。

 鋭い目に睨まれた赤の王は、その目をまっすぐ見返した後、深々と頭を下げた。

「大変申し訳ないことをした。私自身、此度の一件は丸く収められたとは思っていない。浅慮が過ぎたこと、改めて謝罪申し上げる」

「……ふん。今後はより一層謙虚に生きることだな。所詮貴様はくすんだ赤。一国を担える器ではない」

 銀の王が放ったひとことに、金の王がその美しい顔を怒り一色に染めて立ち上がろうとした。赤の王を慕う彼は、もうこれ以上は我慢ならなかったのだ。くすんだ赤とは、グランデル国王に対する最も卑劣な蔑称である。歴代の王の鮮やかな赤髪とは違う赤銅の髪を嘲笑い、下賤の血が混じった出来損ないだとあげつらう、最低最悪の言葉だ。

 しかし、椅子を蹴る勢いで立ち上がろうとした金の王の肩を、橙の王が押さえて止める。金の王が紅潮しきった顔を隣へ向ければ、彼を押さえている橙の王は、肩を竦めてみせた。つまり、我慢して大人しくしていろということらしい。

 隣国の王に諫められたからと言ってその怒りが収まる訳ではなかったが、それでも少しだけ冷静さを取り戻した金の王は、深く息を吐き出して呼吸を整えた。次いで頭を下げている赤の王を見れば、赤の王は金の瞳をちらりと彼に向け、僅かに目を細めて笑って寄越した。

 赤の王のその行動に、金の王はまた感嘆してしまう。彼の王は、このような侮辱を受けても毅然とし、怒る様子すら見せはしない。それどころか、まだ幼いが故に感情が表に出てしまいがちな自分のことを気遣い、安心させるように微笑んでくれさえするなど。

「……やはり、ロステアール王は素晴らしいお方だ」

 そっと紡がれた吐息のような呟きに、橙の王は小さな肩を掴んでいた手を離して、残念なものを見る目で少年王を見たのだったが、金の王がそれに気づくことはなかった。

 一方の赤の王は、頭を上げて再び銀の王と視線を合わせていた。

「ご忠告、痛み入る。しかとこの胸に刻み込もう。しかし、この会議を開いた本題はそこではないのだ」

 赤の王の言葉に銀の王と青の王は眉根を寄せたが、それ以上発言を妨げるような真似はしなかった。

「ミゼルティア王が言った通り、此度の件、そもそもの発端はミゼルティア王国の使者が帝国の者に操られたことにある。詳細は不明だが、恐らくは何らかの魔導によって使者を操り、それを赤の国に寄越したのだろう。ここで問題にすべきは、その手腕である。ミゼルティア王城の厳重な警備をかいくぐり、かつ使者の精神を侵すほどの強力な魔導を用いた。まずはこの時点で、帝国の魔導に対する認識を改めるべきだと私は進言する」

 そこで一度言葉を切った赤の王が円卓の王たちを見たが、表立って異論を唱える者はいなかった。それを確認してから、赤の王が言葉を続ける。

「更に、この一件が緻密に計画立てられていたことも問題だ。私の調べた限り、帝国側がアジト代わりに使っていた酒場は、半年以上前からギルディスティアフォンガルド王国にあったものらしい。つまり、彼らは半年以上も王や軍の目を欺き潜伏していたということになる」

 その言葉に、銀の王が呆れと侮蔑を存分に含んだ目で金の王を見た。

「それに関しては、そこな幼王の目が節穴だったのであろう。帝国の侵入に気づかぬとは、他国や他大陸の人間を囲い込むのが好きな貿易大国家らしいではないか。しかし、このような失態が続くのであれば、自慢の交易活動を規制することも考えねばならぬな」

「いや、それは早計だ、エルキディタータリエンデ王」

 銀の国の王の言葉に口を開きかけた金の王よりも早く反論したのは、赤の王だった。

「なんだと?」

「早計だ、と申し上げた。ギルディスティアフォンガルド王は良くやっている。今回は帝国側が一枚上手だったと考えた方が正しいだろう。仮に帝国が潜伏したのが他の国だったとして、果たしてそれに気づけたかどうかは怪しい」

 赤の王の発言に、ここまで黙っていた緑の髪の女性が口を開く。

「わたくしもグランデル王の意見に賛成しますわ」

 赤の王に賛同の意を示したのは、緑の国カスィーミレウの国王だった。

「カスィーミレウ王よ、庶子の意見に迎合しろと申すか」

「いいえ、そうではありません。わたくしだって、ギルディスティアフォンガルド王が役目をきちんと果たせているかどうかについては疑問ですわ。けれど、帝国側の動きがわたくしたちの予想を越えて優れていたのも、また事実だと思いますの」

 緑の王の意見に片眉を上げた銀の王だったが、同じ北勢力の国王の言葉だったからか、それ以上反論をすることはなかった。

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