円卓会議 1
赤の王がグランデル王国へ帰国してきっかり一日後。赤の国王の生誕祭が開かれる三日前に、円卓会議は開催された。
リアンジュナイル大陸に属する十二の国の王が一堂に会すこの会議は、円環状に広がる大陸内海の中央にある小島で開かれる。いや、正確には、小島に建っている塔の内部と言うべきだろう。
小島はひとつの山で構成されており、その中央が大きく抉れ、底の見えない奈落になっている。そしてその巨大な穴の中心に、神の塔と呼ばれる塔は建っていた。
神の塔とは、始まりの四大国が創られる前よりこの世界に存在する、地上と天界を繋ぐ扉であるとされている。洞を穿つ根は闇に包まれ終わりが見えず、頂きは雲に覆われ果てがない。まさに、地の底より建ち天高く聳える塔。円卓会議は、この荘厳な神域にて行われるのだ。
各国の王は、会議が開かれるのに合わせて神の塔に集う。決まった時期に定期開催されている会議では、数日をかけて随従の一人と共に塔まで向かうこととなるのだが、この度赤の王が開いたのは緊急の会議である。このような場合、悠長に島を目指して旅をする猶予はない。こういった事態に対応するために存在するのが、“門”と呼ばれる装置だ。この装置は十二国の王宮すべてに存在しており、その原理や法則は全くの不明だが、王を神の塔へと転送するなにかであった。
王のみが使用することができる、王専用の転送装置。王は自国の“門”をくぐり抜けることで、即座に塔の内部に移動することができるのだ。ただし、この“門”が開かれるのは緊急時のみである。一体誰か何を以て緊急時だと判断しているのかは判らないが、平常時に“門”が活性化することはなかった。
だがどうやら今回は緊急であると認められたようで、会議の場にある円卓には、“門”を介してやってきた各国の王が並んでいた。銀から始め時計回りに、緑、萌木、黒、薄紅、赤、金、橙、黄、白、紫、青の色の椅子が円卓に配置されている様は、まさにリアンジュナイル大陸そのものである。
各王が己の国の椅子に座するのを見回し、緊急会議を開いた当人である赤の王が口を開いた。
「急な招集にも関らずお集まり頂き、感謝する」
そう礼を述べた赤の王は、それからいくつかの空席に目を留めた。
「黒と萌木と紫の席が空いているようだが」
「黒は常の通り無断欠席。萌木と紫からは、年越しと年迎えの儀に忙しく欠席すると言伝を預かっている」
赤の王の問いに答えたのは、鋭い目つきをした老王、銀の国エルキディタータリエンデの国王だ。切って捨てるような響きを持った言葉に、赤の王が言葉を返す。
「なるほど。しかし、此度の議会の開催主である私は何も聞いていない。開催主に何の一報もないというのはいかがなものだろうか」
「庶子とは口が利きたくないのであろう」
「エルキディタータリエンデ王!」
嘲笑した銀の王に怒気を孕んだ声を上げたのは、金の王だった。がたりと音を立てて立ち上がった幼王が、銀の老王を睨みつける。
「その言葉、即刻お取り消しください!」
「これはこれは、幼い王が何を申すかと思えば、私に事実を抹消しろと? さすがに私もそのような改ざんはできかねるな。年若い故に夢物語や妄想を楽しむのも仕方がないのかもしれぬが、もう少し現実を見るよう勧告しておこう。よろしいかな、スレイシス殿」
銀の王が口にしたスレイシスという呼称に、金の王は頬を紅潮させた。その名は、彼が王位に就く前に名乗っていた幼名である。それをこの場で呼ぶということはすなわち、金の王を国王として認めていないという意思表明に等しかった。
「おいおい、さすがにその呼び方は失礼じゃないのか、エルエンデ王。ギルガルド王も落ち着け。今のお前さんじゃ、あのじーさんには口でも腕っぷしでも敵わないぞ」
金の王を庇うように口を出したのは、金の王の隣に座す男だった。ひときわ大柄で筋肉質な彼は、橙の国テニタグナータの国王である。
「しかし、出自で人を嘲るなど、王としてすべき行いではありません!」
怒り冷めやらぬ様子で声を荒げる金の王に、別に構わないでしょうと右側から声がかかった。声のした方を向いて、金の王は眉間のしわを深くする。
「貴方までそのようなことを仰るのですか、シェンジェアン王……!」
咎める金の王に、薄紅色をした長髪の美女、薄紅の王は、麗しい笑みで応えた。
「だって、庶子というのは紛れもない事実でしょう?」
「事実であれば、出自で人を貶めて良いと言うのですか!」
その言葉に、薄紅の王は手にする扇で口元を隠し、あらぁ、と首を傾げた。
「妾、貶めるつもりなんてないわ。だって興味がないもの」
いっそあっけらかんとした風に言われ、金の王は一度開いた口を、何も発さずに閉じた。彼女には何を言っても通じないと判っていたし、実際に薄紅の王に侮辱の意図はないと知っていたからだ。
金の王が大人しく椅子に座り直したのを見て、赤の王が再び口を開く。
「とにかく、開催国に何の連絡もなしに欠席するのはやはり問題だ。庶子の王が相手とは言え、それを理由に公務を疎かにするのはいかがなものだろうか。エルキディタータリエンデ王のお手を煩わせるのは申し訳ないが、その旨、お伝え頂ければ有難い」
「ほう、日頃より公務を放ってあちらこちらに出奔している王の言葉は、いやはや重みが違うな。感服した。しかしながら、そこまで崇高な考えでおるのならば、それこそ自分で進言すれば良いのではないかね?」
銀の王の言葉に、赤の王はにっこりと微笑んで見せた。
「何を仰る。彼らは私のような下賤の王とは口を利きたくないのだろうと、そう仰ったのは貴殿ではないか」
返ってきた言葉に、銀の王は目つきをますます鋭くして赤の王を睨み据えた。しかし、その目に睨まれても赤の王が表情を変えることはない。
一瞬にして空気が張り詰めた中、その緊迫感を壊すようにおっとりした声が一同の耳を撫でた。
「まあまあ、そんなに喧嘩なさらないで。同じ円卓の王同士、仲良くしましょう?」
慈愛の微笑みを浮かべてそう言ったのは、白の国フローラインの女王である。白い布で頭を覆った修道女のような服装の彼女の言葉に、褐色の肌に濃い金髪をした垂れ目の美男が同意する。
「彼女の言う通りですよ。さっさと本題済ませて帰りましょーや。お互い忙しい身でしょ」
軽薄そうな見た目の彼は、黄のリィンスタット王国の王だった。
「リィンスタット王の意見に同意するのは些か不快ですが、私もそう思います。そして、浅慮にもこのような時期に招集をかけたグランデル王においては、円滑かつ迅速に議会を進行させる義務があると考えますが、いかがでしょうか?」
冷たい目で赤の王を見た青髪の美形、青の国ミゼルティアの国王は、大の赤の国嫌いで有名な王である。もともと、創世の頃より北勢力である寒色の国と南勢力である暖色の国は不仲であったが、当代は特にそれが顕著だ。その理由の一つに、赤の王が庶子であることが挙げられる。伝統を重んじる寒色の国にとって、王家の血は殊更重視すべきものであるため、赤の王の出自には眉を顰める思いなのだ。
そのため、赤の王が即位して以降の円卓会議では、青の王が銀の王と共に赤の王をこき下ろす場面がよく見られるのだが、それに反応を示すのは金の王だけで、赤の王本人はどこ吹く風といった様子である。
今回もその例に漏れず、青の王の言葉に反論することもなく素直に頷いた赤の王は、話を進めるべく口を開いた。
「ミゼルティア王の仰る通りだ。それでは、僭越ながらご歓談を遮らせて頂き、本題に入ろう」
そう言った赤の王が、円卓に集った王たちを再び見回す。
「皆ご存知かと思うが、先日ギルディスティアフォンガルド王国が帝国の者による強襲にあった。本日はそれについて急ぎ話しておくべきことがあり、こうして緊急会議を開いたのだ」
「存じ上げておりますとも。しかしグランデル王の言葉は正確ではありませんね。帝国の介入があったのはギルディスティアフォンガルド王国だけでなく、貴国グランデルと我が国ミゼルティアもでしょう」
責めるような青の王の言葉に、赤の王は少しだけ驚いた表情を浮かべてみせた。
「これは、既にそこまでご存知だったか。いや、まさにその通り。貴国の使者を操り我が国からとある物を盗んだ帝国は、あろうことかそれをギルディスティアフォンガルド王国で売りさばこうとしたのだ」
「ええ、それを貴方とギルディスティアフォンガルド王でご解決なされたとか。さすがは仲の良いことで有名な赤と金。関係者である我が国を蚊帳の外に、手を取り合って対処なさったということですね。素晴らしい友情に感動を禁じ得ません」
とてもではないが感動している人間が出すようなものではない冷たい声で言った青の王に、赤の王は浅く頭を下げた。
「それについては大変申し訳ないことをした。しかしながら、始めからギルディスティアフォンガルド王と共に行動した訳ではないのだ。よって、此度の判断に彼の王は一切関与していない」
「それはつまり、貴方が独断で動いたということでしょうか」
「その通りだ。私一人で対応できる案件だと判断し、貴殿とギルディスティアフォンガルド王の手を煩わせることもないだろうと、単身で対処に当たった」
赤の王がそこまで言ったところで、次の発言を遮るように、銀の王の拳が机を叩いた。決して強いものではなかったが、やけに室内に響いたその音に、王たちが銀の王へと視線を移す。
「グランデル王よ。それは浅慮の極みというものだ。今回は偶然うまく事が運んだのかもしれぬが、次にそうなる保証はない。聞けば貴様、ギルディスティアフォンガルド王国にて極限魔法を使ったそうだな。それがどれほどまでに愚かな行いかは判っておるのか? それとも、ギルディスティアフォンガルド王国に侵略し、蹂躙する心づもりだったのか?」
「エルキディタータリエンデ王! グランデル王はそのような、」
「黙れ小童!」
ビリビリと鼓膜を震わせる怒声が部屋に響いた。銀の王の余りの気迫に、赤の王を弁護しようとした金の王が口を閉じる。
鋭い目に睨まれた赤の王は、その目をまっすぐ見返した後、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ないことをした。私自身、此度の一件は丸く収められたとは思っていない。浅慮が過ぎたこと、改めて謝罪申し上げる」
「……ふん。今後はより一層謙虚に生きることだな。所詮貴様はくすんだ赤。一国を担える器ではない」
銀の王が放ったひとことに、金の王がその美しい顔を怒り一色に染めて立ち上がろうとした。赤の王を慕う彼は、もうこれ以上は我慢ならなかったのだ。くすんだ赤とは、グランデル国王に対する最も卑劣な蔑称である。歴代の王の鮮やかな赤髪とは違う赤銅の髪を嘲笑い、下賤の血が混じった出来損ないだとあげつらう、最低最悪の言葉だ。
しかし、椅子を蹴る勢いで立ち上がろうとした金の王の肩を、橙の王が押さえて止める。金の王が紅潮しきった顔を隣へ向ければ、彼を押さえている橙の王は、肩を竦めてみせた。つまり、我慢して大人しくしていろということらしい。
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