金の王 4

 今回の一件と今後の対策について、ひと通りの説明をした後、結局少年は自宅へ帰すことになった。赤の王としてはもう少し共にいたいところだったが、慣れない王宮に気疲れを起こしているようだったため、ギルヴィスが気を回して帰宅させたのだ。勿論、抜かりないギルヴィスは、自宅に就くまでの間の護衛をつけたし、少年の私生活の邪魔をしないようこっそりとではあるが、周辺に警備を敷くよう指示も出してある。

「しかし、本当に一大事ですね」

 二人きりになった部屋で、ギルヴィスが赤の王を見上げる。

「大事も大事だぞ。キョウヤの手前ああ言ったが、キョウヤがエインストラでないとは限らん。仮に本当にエインストラだった場合、帝国の手に渡れば脅威となる。それだけは阻止せねば」

「帝国は、次元魔導を使って何を喚び出す気なのでしょうか……」

「さてな。何にせよ、ろくなことにならんことだけは確かだ。……帝国側がそこまで間抜けだとは思いたくないが、万が一ドラゴンでも召喚しようものなら、この世界が丸ごと滅びかねんぞ」

 赤の王の呟きに、ギルヴィスは目を丸くした。

「そんなにも、ドラゴンとは強大な生き物なのですか? いえ、しかし、そもそもドラゴンの召喚はもう成功しています。だからこそあの黒い竜が襲ってきたのでしょう? そしてロステアール王は、そのドラゴンを圧倒したではありませんか」

 相手の発言の矛盾を正そうとしたギルヴィスだったが、赤の王はゆっくりと首を横に振った。

「それは違う。何故なら、あれはドラゴンではないからな」

「ドラゴンでは、ない……?」

「ああ。あれはドラゴンではなく、ドラゴンと呼称されているトカゲだ、とでも言えばいいのか。私もドラゴンについて詳しいわけではないのだが、あれが違うことくらいは判る。というよりも、恐らく、ありとあらゆる世界においてそう呼称されているもののほとんどはドラゴンではないのだろう。……貴殿はドラゴンがどんな生き物か知っているか?」

 問われ、ギルヴィスは少し考えた後に口を開いた。

「私たちのいる次元には存在しない生き物です。固い鱗で覆われた肌と皮膜のある翼を持ち、人と会話が成り立つほどの知性を持つ有力種です」

「ふむ。それは恐らく、世間一般的には正しい知識だ。或いは、ほとんどの次元でそういう認識なのやもしれぬ。しかし、貴殿のその知識は間違っているな」

「間違っている、ですか。では、正しいドラゴンとは何なのですか?」

 ギルヴィスの当然の疑問に、赤の王は苦笑した。

「正しいドラゴン、と言われると私も困ってしまうが、……そうだな。会えば自然と判るのだ」

「会えば判る、のですか……?」

「ああ、判るとも。一目見ただけで判る。ギルヴィス王、貴殿はドラゴンを有力種と言ったが、それは違う。本当の竜種とはすなわち最強種。ありとあらゆる次元に生きる存在の中で最も強く、気高く、賢い。それがドラゴンなのだ。故に、人間がいくら束になろうとも、ドラゴンに敵うことはない。それどころか、傷のひとつすら付けられないだろう。そしてそれは何も人間のみに限ったことではない。恐らくは、全次元に生きるほとんどすべての生き物が、ドラゴンの足元にも及ばない存在なのだ。エルフの王ならば或いはその高みに届くこともあるのやもしれんが、それでも竜種の地位は揺らがない」

 ふ、と息を吐き出した赤の王が、ギルヴィスを見つめる。

「ドラゴンに勝てる生き物がいるとすれば、それはもう、我々が神と呼称している存在しかない。尤も、私がそう思い込んでいるだけかもしれんが」

 静かな声に、ギルヴィスはただ黙って赤の王を見つめ返した。

「……ロステアール王は、ドラゴンに会ったことがおありなのですね」

 確信を持ったその発言に、赤の王はふっと微笑んだ。

「たまたま次元の歪に遭遇したときに、一度だけ。まあ、好き好んで経験するようなものではないぞ。あれは一種の臨死体験に近い。目が合った瞬間、私は本当に死んだと思った」

「武勇に優れたロステアール王をも、そう思わせるのですか……」

「それなりに武に明るいからこそ、だろうか。なまじ力量差が判ってしまうからこそ、その絶望的なまでの格差に恐怖するのだ。それから、私だろうと誰だろうと、ドラゴンにとっては人間という時点でおしなべて同じだ。全て同じ、道端の石ころにも及ばぬ存在だよ。だからこそ、あの黒竜がドラゴンではないと言い切れるのだ。あれには私の攻撃が通用するからな。そんなものはドラゴンとは呼べない」

 赤の王の言葉に嘘はない。そのことはギルヴィスも良く判っていた。だからこそ、自分が思っていたよりも帝国の脅威が大きいことに、驚きを隠せないでいた。

「……それでは、仮にキョウヤさんがエインストラで、帝国の手に渡ってしまい、ドラゴンを召喚されてしまったら、この世界は帝国に滅ぼされてしまうということでしょうか」

 ギルヴィスの問いに、しかし赤の王は首を横に振った。

「それは違う。まず、帝国の目的は恐らく五年前と変わらず、リアンジュナイルの中心にある神の塔を得ることだ。よって、彼らに世界を滅ぼす意思はない。そんなことをすれば、神の塔もどうなるか判らんからな。そしてこれはそもそもの話になるが、帝国にドラゴンを使役することなどできんよ。本当にドラゴンを召喚できたとしたら、そのヒトの領分を遥かに越えた行いに彼らは怒るだろう。いや、もしかすると怒りはしないのかもしれん。道端に石ころがある分には気にならんが、それが転がって足にぶつかったら邪魔だと蹴り跳ばす。それと同じ感覚なのかもしれん。だがどちらにせよ、邪魔だと認識された時点で終わりだ。この世界はドラゴンに滅ぼされる」

 そこで、赤の王は深々とため息を吐いた。

「まあ、仮にもドラゴンを召喚しようと思ったのならば、それこそ集められるだけの文献を集めてかかるだろう。その中には私が今話したような正しい知識も含まれているはずだ。よもやその上でなおドラゴンをどうこうしたいなどとは考えないと思いたいが、……さて、どうだろうな。少なくとも帝国の次元魔導は著しい発展を見せている。もう彼らにドラゴンの召喚などできるはずがないと言い切れはしないだろう。エインストラの力が加わったとすれば、なおさらのことだ」

「……なるほど。私が思っていたよりも遥かに大事だということがよく判りました。これはもう、我ら二国間でどうこうできる問題ではありません」

「その通りだ。よって、貴殿には私の名の元に、円卓会議の開催を要請して頂きたい」

 円卓会議。それは、円卓の連合国である十二国が一堂に会し、リアンジュナイルの全国家に関する事柄を相談する場である。

「私も急ぎ本国へ戻るが、グレンの足でもそれなりに時間がかかってしまう。故に、私に代わって先んじて開催の要請をするようお願いする。この年末の忙しい時期に臨時会議を開かせる以上、早めに連絡するに越したことはないだろう。緊急につき、各国“門”を使って貰うことになってしまうが、これも合わせてご容赦あれと伝えておいて欲しいのだ。頼めるだろうか?」

 赤の王の言に、ギルヴィスは敬意を込めて浅く一礼した。

「ロステアール王の要請、このギルヴィスがしかと全国家にお伝えしましょう。……ロンター宰相への伝達もお任せください。お目覚めになったらすぐに事の次第をご説明しましょう。そんなことをすれば彼の場合、起き抜けにすぐさま帰国してしまいそうで少し気の毒ですけれど」

「あれはあれで私に尽くすのを楽しんでいるのだ。気にすることはない」

 そう言ってのけた赤の王に、ギルヴィスは赤の国の宰相の心中を思って苦笑した。

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