円卓会議 4

「他次元がどうしたというのだ。それすらも神の手にあるのだぞ。次元魔導すらをも考慮した上での采配だと私は思うがね」

 小馬鹿にした物言いの銀の王を、赤の王が真っ直ぐに見つめ返す。

「それでは皆にご理解頂けるよう、単刀直入に言おう。現在私が最も危惧しているのは、帝国がエインストラを使ってドラゴンを召喚する可能性だ」

 赤の王の言葉に、円卓の国王たちの顔つきが一瞬にして変わる。

「……エインストラに、ドラゴンだと?」

 呟いたのは、誰だっただろうか。何にせよ、その呟きは円卓に集った王たちの総意であった。

「まあ、確かに、エインストラの力と魔導を組み合わせりゃあ、ドラゴンの召喚も可能かもしれんが……」

 唸るような橙の王の声に、緑の王も頷く。

「喚び出すだけであれば、そうですわね。けれど、ドラゴンは人がどうこうできる生き物ではない、と仰ったのは、グランデル王、かつての貴方ではなくて? それを帝国が使役できるとは到底思えませんわ」

「そもそも、エインストラは希少種な上に、それと特定することがほぼ不可能な生き物です。神々の恩寵が厚い我々にも見つけられないものを帝国が見つけられるとは、とてもではないですが思えません」

 青の王の言ったことは事実だったが、赤の王はゆっくりと首を横に振ってから、金の王へと視線を投げた。

 いきなり視線を向けられた金の王は一瞬驚いてしまったが、赤の王の言わんとしていることを察して、こくりと頷きを返す。

 これから話すことは金の国の民のことだ。それならば、他国にあたる赤の王の口からではなく金の国の王の口から話した方が良いと、そう判断してくれたのだろう。そしてそれは、金の王にとって大変有難い配慮だった。

 表情を引き締めた金の王が、円卓を見渡した。

「帝国側がエインストラであるとしている人物が、我が国にいるのです」

 金の王の言葉に、またもや円卓が僅かにざわつく。

「皆様仰りたいこともございましょう。しかし、帝国がエインストラだと思っているだけで、まだ何の確証もありませんし、私自身確認を取れておりません。ただ、実際にその人物と何度か交流しているグランデル王曰く、その右目がエインストラの特徴と一致するとのお話でした」

「ならばその右目をさっさと見て確かめれば良かろう」

 険のある声で言った銀の王に、金の王も表情を険しくした。

「右目を見せることには抵抗がある様子だったので、本人の意向を無視してまで無理に見る必要はないと判断しました。それに、グランデル王が確認されているのです。十分でしょう」

「幼少の王では自国の民の管理もできぬか」

「自国の民だからこそ、ひとりひとりを大切にしたいのです。彼は既に、今回の事件に巻き込まれて帝国に捕まり、拷問を受けていました。そんな彼に、これ以上心労をかけるような真似はできません。それに、伝承にある特徴とは少々異なる点も確認されておりますし、肝心の彼はエインストラという単語すら知らない様子でした。こういった状況下では、彼に問いただしたところで事態の進展は見込めないでしょう。私たちは、彼をエインストラであると断定できるほどエインストラについて詳しくはないのですから」

「なるほど、一理あるな。では、そのエインストラ候補の身柄は我が国で預かることにしよう。早急に我が国に連れてくるよう手配せよ」

 その言葉に、金の王がその表情を更に険しくし、睨むようにして銀の王を見た。

「お言葉ですが、丁重にお断り申し上げます」

 銀の国にあの少年を連れて行ったが最後、軟禁状態で一歩も外には出して貰えないだろう。王として、そんなことは容認できない。

「お主にその権利があると?」

「若輩ながら、私も一国の王です。同じ王として、自国の民を他国に引き渡せという要請をお断りする権利があるかと存じます」

 一歩も引かぬといった態度の金の王に、銀の王は片眉を上げた。

「それでは、お主がお主の国ごと守ってみせると申すか、ギルディスティアフォンガルド王よ」

「無論です。私はギルディスティアフォンガルド王国の王だ。私が民である彼を守らず、誰が守ると言うのでしょう」

 きっぱりと言い切った金の王の頭に、橙の王の大きな手が伸びた。そして、少々乱暴な手つきで淡い金髪をがしがしと撫でる。

「良く言ったぞ、ギルヴィス王! なに、心配はいらんさ。隣には儂もグランデル王も控えているからな。なあ、グランデル王?」

「勿論だ。微力ながら、お力添えしよう」

「わはははは! グランデルの軍事力が微力なら、他の国はどこも微力未満ではないか!」

 豪快な大声の主を青の王が割とすごい形相で睨んだが、橙の王は気にするどころか気づいた様子もなく、相変わらず金の王の頭をぐしゃぐしゃと撫でている。力加減というものがあまり得意ではないらしい手に揺すられ、幼い王の頭がぐらぐらと揺れた。見かねた薄紅の女王が咎めてくれたのですぐに手は離れていったが、そうでなかったら金の王は気分が悪くなっていたかもしれない。

「……致し方ない。それでは、ひとまずは幼王に任せることとしよう。だが、お主には無理だと判断した時点で、エインストラ候補の身柄はこちらに引き渡して貰う。よいな?」

 否の回答を許さぬ銀の王の声に、金の王は姿勢を正して頷いた。

「承知致しました」

 銀の王相手にこれだけ譲歩させたのだ。十分だろう。少しだけほっとした気持ちで赤の王を見れば、彼は目だけで微笑み返してくれた。どうやら、彼の王の期待には応えられたようである。

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