3. こちらにも、着信アリ
○
挙動不審。
いつもはどこかしらに余裕を作っている彼らしくもない。
というか、むしろ、普段から余裕があるだけに、こういうときに悪目立ちするということなのだろうか?
たかがひとつの通知でそこまで焦る必要があるのだろうか――。
脳細胞はそんな自問をしようとしたが、視神経がその回答を即座に行った。――行ってしまった。
少なくとも、私の物では無いメッセージ。
間違いなく、私の物では無い名前。
どう考えても、あれは――。
――そういうことなのだろう。
まさか。
――同じ事を。
「ほら、貴方もやってみてよ!」
重苦しくなりかける空気を、そうなる前に跳ね飛ばす。そうしておかないと、私自身が潰れてしまいそうだった。打てる手は早く打っておかないと、手遅れになる。
「……え? 何を」
明らかに意識が『あちら』へ向いているのを引き戻す。せめて、もう少しだけの間、夢を見せて欲しかったのかもしれない。
「これ!」
先ほどまで起動していたアプリを再起動する。
上にインカメラの画像。彼が写り出す。
「オレが?」
「そ。時代遅れスマホの持ち主さんにも体験させてあげる、って言ってるの!」
この言い方が、今この場における最善の答えとは思えなかった。が、彼は不承不承ながらも、スマホを受け取ってくれた。
「はい、じゃあまず満面の笑みー♪」
「お、おう」
引きつっている。そもそも、そこまで全開での笑顔を見たことはなかったが、こういうときでも。……むしろ、逆効果だろうか。
「次は、しかめっ面ー」
「む」
「はい、一瞬無表情」
「…………」
「からの、変顔!」
「……」
だんだんと空気が重くなっていくのを感じる。感じてしまう。
完全に空元気。無駄に明るくしようとしているのが伝わってしまっているのだろう。
まるで今日の天気予報のようだ。朝のウチは好天だが、時間が経つにつれて雲が広がり、雪が降り始めて、夜には大荒れになる、という内容。
今は、大荒れになっているのだろうか。
外はまだそこまでひどくはなっていないようだが――。
――と、一瞬、意識をここに向けなかった。
それが、良くなかった。
彼の手の中にあるスマートフォン。
その画面の、上の方。
インカメラで写っていた彼の顔ではなく――。
写っていたのは、メッセージアプリの着信。
思わず、彼の手から抜き取り、そのまま部屋を飛び出した。
彼の表情など、見られるわけが、ない。
§
結局、脱衣所まで来てしまった。鍵も掛けているが、こちらに来ているような気配は無い。
――それもそうか。
何を、どんな声を掛ければいいか、わかるわけがない。もし逆の立場だったら、とかいうことは考えるだけ無駄だと思う。そんなものの答えなんて出せるとは思えない。
もう一度画面を見る。
メッセージアプリの着信。
文字だけでなく添付されている画像も表示されている。むしろ、表示されてしまっている、と表現した方が正しいかもしれない。
時々――いや、わりとしょっちゅう思う。アプリはどうして余計な不要な変更をするのか。画像なんて、それが付いているかいないかだけを知らせてくれれば充分だ。
何の画像がいっしょに付けられているかなど、アプリを見て確認すればそれで事足りるだろう。
こうして、いきなり画像が出てきたら拙いことだって、あるのだ。
送信者は、私はよく知っていて、今部屋にいるあの人は全く知らない人。
同い年の、優しい、あるいは優しいだけの、でもどこか掴み所の無い――
――男子。
そして、問題なのは――。
――いや、少し違う。
たしかにこのタイミングでこの相手からメッセージが来るということ自体も間違いなく問題なのだが。
何よりも問題なのは。
――何故。
――――何故、
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