2. おうちデート、着信アリ
○
予報では、残念なことに夜になるに連れてひどい吹雪になる、とのことだった。
困らない、と言えばそれは明らかな嘘になる。
だったら朝の内から、もしくは夜が明ける前あたりから吹雪いてくれた方が助かるということもある。どうにかなりそうだ、という淡い期待を抱かせて置いて、「すみません、雪のためここらでやっぱり運行を取りやめさせていただきます」などという判断を下された日には――という話なのだ。ならば最初から全面的にストップさせてくれた方が、予定も立てやすいし諦めも付くのである。
帰りの時間帯に悪天候がぶつかってくるとなれば、懸念されるのは『帰れなくなる』ということ。
これは『行けなくなる』ことよりも余程性質が悪い。『行けないこと』とはつまり『家から出られない』ということだが、家から出る必要もなくなるのだから何も問題は無い。ベッドの中だったり、テレビの前だったりで、時間を潰せば良い。簡易的な休日に等しい過ごし方になる。この対比として考えるならば、『帰れない』は相当の悪夢だ。
しかし、だ。しかし、なのである。
こういう場合、
それはそれは、もう。
――男の意地というモノを見せねばならないのだ。
§
「ねえねえ、コレ知ってる?」
自分が座っている横――右側に勢いよく吸い込まれてるように、彼女はソファに座ってくる。
柔らかい座面は、しかし彼女の勢いを吸収しきれない。肩と肩が当たる。そのまま彼女の身体は背もたれ側に少しだけ傾ぐ。
――胸が、かすめた。
「ん? どれ?」
とりあえず、無事に平静を保つことには成功する。差し出されたスマートフォンの画面を見る。そこにだけ集中しておく。
幸い、彼女の視線も画面に向けられているので、バレる様相は見えなかった。
「……あー、そっか。そっちのスマホって非対応かー」
「うるさいなー。必要がないんだよ、必要が」
そりゃ、WEB記事をそこそこサーフする機会もある。『古い機種は貴方の時間を食い潰す』的な、「お前、記事ページにの右上に【PR】って文字入れるの忘れてるぞ」と突っ込みたくなるような、下手くそなステマ記事だって見たことがある(出てくる機種が1社提供の時点で確定だ、って話だ)。
だが、仕事のメールや家族からの連絡が、そこそこの頻度で飛んでくるだけのような人間に、ここ最近リリースされるハイテクの塊なんて、どう考えてもオーバースペックだ。
彼女が見せてきたのは、インカメラで写した自分の顔と絵文字を合成するヤツ。ああ、そんなのもあるなぁ、とは思っていた。
知ってはいる。何処で使うんだよ、と思っていた。
――もしかして、今このタイミングがまさに使いどころなのか?
まさか一発ネタなのか。
「これ面白くない? わりと時間忘れて遊んじゃうんだけどさー……」
隣でコロコロと表情を変えれば、鏡映しのように画面に映るネコもコロコロと表情を変える。
まぁ、たしかに面白い。それは認める。
「結構面白くできたの、何個かあるんだけどー」
一旦、手を引っ込める。何やらメッセージアプリを起動しているようだ。凝視していた画面から、こちらも一旦視線を外す。
自分がされたくないことは、他人にもしてはいけない。
「……?」
不意に自分のスマホに着信が――
「いやいや。隣に居るならそんなの使う必要ないだろって」
「画像でプレゼントー、ってことだよ」
「ったく」
楽しいヤツだ、と思う。いつだって、先ほどの絵文字のようにコロコロと表情を変えて子供のように見えて、不意を打つように艶を出すのだ。
通知をチェック。最新の
スマホを使っての通信をする気はないので、当然のように格安料金プラン。残念ながら従量制。容量無制限タイプではない。
こっちの通信量のことを考えてくれよとも思わないでは無いが、それを口に出すことがこの場に置いて最も愚かしい行為のひとつであることは百も承知だ。
そこにも余裕を持てないのはさすがに失格だろう。
「……ぶっ」
「よし、勝った」
「え、勝負だったの? っていうかそもそも何の勝負だよ」
「にらめっこ」
「勝手にするなし、そんなこと」
「あはは」
――嘘だけど、とすぐに言葉を繋げた。
「この調子なら、もう全部送っちゃおうかなー。とっておきも含めて」
「…………お気に召すまま、どーぞ」
通信制限は、何とかカバーしてもらおう。
そんなことを思いながらも、この手の中にある時代遅れのオンボロマシンは、バシバシと真横にある最新型の機種から飛んでくる着信を受け取り続けている。
よくもまぁ、そんなに暇なことで――。
と、思っていると。
「……おい、その画像は違うだろ!! 消すぞっ!」
「えー、何でよー。それこそ『とっておき』なのに」
「うるさいうるさい、消すからな」
残せるわけが、ない。
セキュリティが不完全な旧型機種に、そんな画像が残しておけるはずが無いのだ。
「ふーん、まぁいいや」
「……ったく、おまえは」
――――♪
通知。
一瞬、おかしな感じで心臓が跳ねる。
が、電話の着信では無かった。
少しだけ鼓動が治まった。
しかし、横のスマホからの送信は既に終わったはずではなかったか――――
「……なっ!?」
これは。
――マズい。
「ん? どーしたの?」
「えっ!? ……あぁ、いいや、何でもない」
「……怪しいなぁ」
「何でもないったら。仕事のメールだよ」
――嘘だ。
「ホントに、こんな時間に送ってこられても、対応できるわけないだろ……」
金曜の夜、こんな時間にそんなメールは送られてくるはずがない。
――――家では、正反対のことを言っているのだが。
中身に目を通すフリをして、即座に削除する。
何故だ――。
今日は「どうしても今日中に片付けなければ行けない仕事が出来てしまったから、今日は帰れないかもしれない」とは伝えていた。
なのに。
――何故、アイツは。
――――何故、今、オレが職場に居ないことを知っている?
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