(1)舞い降りる雪、(2)興味深い被写体、が与えられたとせよ

御子柴 流歌

1. 待ち合わせと、影



 待ち合わせは駅間広場で、午後7時。


 アフター5などという言葉も廃れて久しい。小さい頃は時々朝のテレビの星占いで言われていたその言葉の意味を親に訊いたりしていたこともあって、それくらいの時間帯はもう『自分のための時間』なのだと思っていた。

 このご時世ではもはや、フレックスタイム制で他より早い出勤でなければフリータイムにはなり得ないし、何ならそうであってもなお根気と根性で守り抜く存在に成り果てていた。


 そう――その意味では、は万全だった。ここ数日は忙しく、帰りが遅れることに対して違和感を持たれていない状況は作れている。


 すべてはもう間もなく現れてくれるあの人のためだった。






「キレイだよね……」


「そうだね」


 思わず漏れ出た感嘆と、そっと肩を抱かれる感触。


 幾度も瞬くスマホのフラッシュライト。その先にはLEDのイルミネーション。


 駅前広場の少し大きな空間に広がる艶やかな光の世界。ここ数年ですっかり景色に馴染んでいる。撮影スポットとしてもすっかり定番になっていた。


 年々規模を大きくしていて、今年は中央にそびえるクリスマスツリーを模したようなモニュメントが、ワンサイズ大きくなった。


 遠くからでもよく見え、明るい。恋人同士、夫婦、友達同士での待ち合わせにもぴったりだ。


 よく見れば、他にも似たようなシチュエーションの人々が多い。気づかれないと思って入るのだろうか、影の方で抱き合っているカップルの姿も見える。

 少しだけ頬が熱くなったような気がした。


 冬は、人と人との距離を短くする。


 それは決して、厚着のせいで着膨れしたから、とかいう理由ではないはずだ。


 今まではそうでなかった人とも、今はこうして寄り添い合う。


 この時期には珍しく風も穏やかで、空からは真白な雪がゆっくりと、ゆっくりと、舞い降りて来ている。


 頬を軽く撫でては消えてゆく結晶。

『SNOW DANCE』の歌詞が不意に脳裏に浮かんだ。


「そろそろ行こうか」


「うん」


 今日は待ちに待って待ち焦がれるほどだった初デート。数日前に希望を訊かれて軽く答えたものの、それだけだ。今日のプランは全て任せている。


 頼れる大人。ただ優しいだけではない包容力。


「あ、その前に……」


 一歩先に行こうとした彼が急に立ち止まった。慌てて止まろうとしたが、少し横を通り過ぎる。

 訊こうとするよりも振り向こうとするよりも早く、頬に降りて来たのは雪のような口どけのキス。


 心臓が跳ねる。こんな感触は少し久々なように感じた。


 ――いや、違う。この高揚感のようなものは、歓喜がすべてではない。


 ひと冬の恋だって、いいものだ。






    §






「……思った通りだったか」


 横向きに構えていたスマートフォンをゆっくりと下ろす。


 レンズ越しに捉えていた姿を、今は網膜で直接捉えている。


「楽しみだ。実に楽しみだ。なぁ、そうだろう……?」


 見つめた先、斜向かいのビルに備え付けられたモニターに流れるウェザーニュースが、明日の夜あたりからはまた天気がぐずつくらしいと告げる。

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