冬は日が暮れるのが早いね
戸川 稚
第1話
赤いパッケージと緑のパッケージが透けて見える。その人は二本の指にだらんとビニール袋を引っ掛けて歩くのに合わせて前後に揺れるままにしていた。僕はリュックの紐をぎゅって握るとその人を横を通りすぎ駆けて行く。
人気の多い砂浜へスニーカーがざくざく踏み行ってスネにかかった砂がだんだん、じめっとまとわりついてくる。視覚だけでは錯覚してしまいそうに海は青く陽は高い。僕は冬の寒さを肌で感じた。乾燥した冬の空気は否応なく僕の中へ入り込む。
「ノド、かわいた」
切り傷ひとつない手やまだニキビもない顔に違和感を覚えることもなく、ただ一心に僕は駆けた。風だけは絶えず僕の輪郭をなぞっていく。寒くないさ。秘密基地へ着いたとき指先は冷えきっていたけども僕は不思議と寒さを感じなかった。
「や!」
「お!」
先に着いてたキロが軽く手をあげ僕はそれに応えた。キロは大きめの水筒を両腕で抱いている。そっと触ると表面は冷やりとして僕はうっと手を引いた。キロは少し笑って言った。
「大丈夫。なかは温かいよ」
僕はリュックから赤いきつねと緑のたぬきを取り出すし、表面のビニールを破いてから発泡スチロールのテーブルへ並べた。
「喉かわいた!」
僕が言うと、
「お湯しかないや」
とキロは水筒を振っている。
「お湯はいいや、どっちにする?」
僕は赤と緑を交互に指差し
「ど~ち~ら~に~しよう~か~な~」
テテテテテテテテと赤と緑の上を行ったり来たりさせた。
「ストップ!」
キロの合図で指が止まる。
「赤!」
「赤!」
僕らは赤いフタをペリリと開けて水筒からお湯をちゃぽちゃぽ入れた。『内側の線まで入れてください』の線まで届く前に水筒は空になった。ポタッポタッと水滴を振り落とし「まあいっか」とキロは言った。
「3分だって」
「数えるものないや」
僕はリュックから割り箸を二人分だしてフタの上に重しになるよう置いた。約3分後、ペリリと残りのフタを剥がしてしまうと中には膨らんだ麺の上に、きつねうどんをきつねたらしめる為のお揚げがサイズの合わない帽子みたいに乗っている。
「スープがないや」
「スープないね」
僕らはスープをひと目見たく麺をかき回す。ないね、ないない、けれどもスープの姿は見当たらなかった。
「ぼくこれ知ってるよ」
キロが指差して言った。
「焼きそばだ」
柔らかくなった麺にパリパリのお揚げ、僕らは、うまいうまいと言ってひとカップ平らげた。
「こっちはどうする?」
緑のたぬきがまだ残ってる。
「うちに行こう」
立ち上がるキロを見上げて僕はなぜだかどきりとした。
「急に行っていいの?」
「うん。大丈夫」
「おばあちゃん!友だち連れてきた!」
家へ入るなりキロはそう叫んだ。僕は玄関で立ち尽くしていた。カタッカタッと音がする。引き戸がゆっくり開くと橙色の半纏を着たキロのおばあちゃんが姿を見せた。
「おばあちゃん、これ作って」
あらあら、とおばあちゃんは僕らをこたつへ誘導し台所へ向かった。ぬくりとしたこたつでうとうとしていると、突然強烈な甲高い音が鳴り響いた。
ピィーーーーーー!!!!!
「なに!?」
行こう、キロが僕の手を引いていく。台所ではキロのおばあちゃんがやかんからカップにお湯を注いでいた。ファ、ファ、と水滴が飛んで息を切らすみたいにやかんが鳴っていた。3分後に出来たのは正真正銘の緑のたぬきだった。ずるずるずるずる、ずるずるずるずる、
「これも、食べ」
そう言ってキロのおばあちゃんはお盆にチョコレートや蜜柑をのせて持ってくる。僕らはポカポカとしながら日が暮れるのをぼんやり見ていた。外が暗くなり街頭が灯る頃、それじゃあ、と僕はキロの家をあとにした。沈んだ夜の空気が手足を冷やし僕は自分の白い息を見るともなく見ながら家へと走った。
ああ、そうだ。
僕は振り向き遠くのキロの家を思って手を上げた。また明日。
僕はそう呟くと玄関のドアを開けて自分の家へと入っていった。
キロはふと立ち上がり、空のカップを台所へ運んだ。台所ではおばあちゃんが大根を輪切りにするトントンとした音と鍋のお湯がぐつぐつと鳴る音がしていた。
「友だちは帰ったの?」
おばあちゃんに聞かれてキロはうんと頷いた。
「そう。また来たらいいね」
うん、とキロは頷いた。長い夜が始まろうとしていた。でも今日はいつもより耐えられそうなそんな気がして、暗い窓の外に向かいキロは小さく呟いた。
「うん、また明日。」
冬は日が暮れるのが早いね 戸川 稚 @chisenn
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