第7話


エレベーターを降りれば、オートロックのガラス越しに見える。

タクシーにもたれて立っているサングラスの長身の男。



風呂上がり10分で降りてきたことを後悔しそうになる、圧倒的な雰囲気。







彼は、七瀬 航大(ななせ こうだい)。
























チョコの属するダンスグループ『planet』で、ボーカルを務める。美容院やお店の控え室。雑誌で彼を見ない日はない。


恐ろしいほど整った顔に、蒼く尖った眼差し。その麓で女心を狂わせる、涙黒子。


鍛えられた身体に、ハイセンスなファッションも着こなす長身。

きっと神様は、彼に甘かったんだと思う。











それにしても、この暗がりにあのサングラス。見えてるのか、見えてないのか。

むしろ、こっち見てるのか?サングラスの向こう、全く分からない表情。


オートロックを出て近づくと。




「よ。」

『よ。』


見えてたか。



「チョコ会った?」


『会ったよ、お土産ありがと。』



『おかえり』って出てこないのは。『いってらっしゃい』もなかったから。



「・・・食った?」


『お風呂あがりに食べようと思ってたら、電話きたから。』


「夜中に食うな。太るぞ。」



からかうように、私を覗き込む。

サングラスの奥の瞳は、きっと笑ってる。





『・・・使ったかは聞かないの?』


「すげー匂うもん。確実使ってるでしょ。笑」



笑いながら、手の甲を口元に持っていく。この仕草、嫌いじゃない。



「・・・じゃ、俺戻るわ。わざわざ呼び出して悪かったな。店にもまた行くから。」


『へ?もう?』


「うん。まだレコーディング終わってねぇんだよ。とりあえず、ちょっと抜けてきただけ。」


『なんで?つーか、何しに来たの?』



ポケットから両手を出して、伸びをしながら。



「顔見に来ただけ。またしばらく来れそうになかったから。」






格好良すぎるだろ。

この男に、このシチュエーションで言われれば。大抵の女子が、堕ちるんだろうな。



だけど私たちは、そうじゃない。

昨日までも、今日からも。




『ねぇ、あのシャネルのネックレス。お店に聞いたんだけど、やっぱもうないんだって。飽きたらちょーだい♡』


開いたタクシーのドアを潜る背中に声をかけた。



「やるよ。」




思わず差し出された黒い小さな袋。

カメリア。白いロゴが綴るのは、愛しいあの名前。



『うそ・・・』


「あんだけ欲しい欲しい言われたらさ。パリの本店にならあったよ。」


信じられない。どうしよう、ほんとにうれしい。


『ありがと・・・』



片側だけ上がる、にっと笑う口元。



これを渡しに来たんだね。

これはチョコには託さず、自分の手で。一人夜中まで続く仕事を、たった何分かだけ抜け出して。















音を立てて、小さくなっていくタクシー。

深夜の風は冷たいけど、かすかに春の匂いがするような気がした。




深呼吸をする。



ざわつこうとする胸が、冷たい空気で落ち着くように。

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