第59話 砂時計型関係
ワゴンタクシーがやってきた。誠が名前の呼び方を注意する。
「外では妹は妹子と呼べば大丈夫だと思いますが、レッドさんの名前はできるだけ呼ばないようにして下さい。」
「お兄さん、でもやっぱり何か呼び方を決めないと不便よね。それじゃあ、私は軍曹で、私はプロデューサーを妹子じゃなくて上級大将と呼びます。」
「私は上級大将なんですか?」
「はい、とりあえず。」
「さすがに、レッドさんの軍曹は階級が低すぎません?」
「私の軍曹は、ケロロ軍曹の軍曹ということでお願いします。」
「了解です。」
助手席にパスカル、その後ろに誠と尚美、最後の列にハートレッド、アキ、コッコが乗り込んだ。尚美とハートレッドはマスクをしていた。ハートレッドがコッコに話しかける。
「師匠、私の描いた絵をみてもらえますか。」
「わが弟子よ、もちろんだ。」
「わが弟子というのも、なかなかいいです。」
アキが呆れる中、コッコはハートレッドが描いた絵を見る。
「うーん、わが弟子よ、なかなか上達したね。このモデルは誰なの?」
「知り合いのバンドメンバーで、ギターを持つように相手の手を握っています。」
「着想もいいね。絵も上手になっているし、次は18禁かな。」
「私もいよいよ18禁イラストを解禁か。」
「わが弟子よ、男性の裸の股間は見たことがあるの?」
「生でですか?」
「そう、生で。」
「さすがに、それはないです。」
「それじゃあ、難しいな。」
「あっ、大理石の彫刻でなら見たことあります。」
「彫刻ね。まあ、形は正確だから見たことがないよりいいけど、質感が全然違うよ。」
「そうですか。」
「尚、尚、いいの?軍曹がこういう話をして。」
「美術系の大学ではあたりまえのことだし、限度はわきまえると思うよ。」
「確かに、美大の学生はそういうモデルの写生をするわけだけど・・・・。」
「何、お兄ちゃんは軍曹にずうっと清純無垢でいて欲しいの?」
「そういうわけではないよ。」
「上級大将、信用して頂いて有難うございます。」
「でも、自由に振舞うことが許されている以上、最終的に責任を取るのは軍曹さん自身ということは忘れないで下さい。」
「はい、分かりました。」
「とりあえず、湘南ちゃんがわが弟子のモデルになるのは妹子ちゃんがいるから無理だけど、パスカルちゃんは?」
「監督は曹長が許さないので無理だと思います。」
アキが感想を言う。
「パスカルのことはともかく、私も二尉と同じで、軍曹には身も心も美しくあって欲しい。やっぱり、神が与えし美貌だから。」
パスカルがアキに話しかける。
「アキちゃん、俺もそう思うことはあるけど、軍曹は自由になって雰囲気が明るくなって、前よりずうっと魅力的になったと思うよ。」
「そうなの。」
「曹長、監督を盗ったりしないから心配しないで。」
「さすがに、それは心配していませんけど。」
「アキちゃん、わが弟子は何もしていないのに、何度も彼氏を盗ったという言いがかりをつけられたんじゃないか。」
「あーー、そうか。」
「師匠が言う通り、本当に一度話しただけで名前も知らないのに、そういうことを言われたことがある。アキさんもあるんじゃない?」
「私は女子高だし、全然ない。」
「師匠さんは?」
「うーん、この変態、私の彼氏でいかがわしい絵を描くな、と言われたことならある。」
「なるほど。私も師匠のように言われるようになりたいです。」
「だが、我が弟子よ、私と我が弟子とは違うぞ。モデルになってと言うだけで、その男が我が弟子に好意を寄せる可能性がある。」
「師匠のモデルになった男性にはそういうことはなかったんですか?」
「私の場合は弱みを握って脅迫しているだけだからな。」
「なるほど。」
「それに、女は自分の好きな男が少しでも他の女に気が行くのが嫌なもんだ。」
「それは、コッコさんの言う通りかもしれません。女性と言っても極度に恨まれると危険ですので、注意した方がいいです。」
「湘南のいう通りだな。」
「実際に盗ったりしなければ大丈夫だと思うけど、そんな時は相談するね。」
「はい、喜んで。」
「俺も手伝うぜ。」
「女性が必要なら私も手伝う。」
「えーと、まとめると、軍曹さんが18禁のイラストを描こうとするといろいろ誤解を受ける可能性があるので、止めておいた方がいいということでよろしいでしょうか。」
「湘南ちゃん、強引にまとめるね。」
「俺も、コッコちゃんみたいに、一人でもいいから男湯に入りたいなんて言い出す軍曹は見たくないな。」
「お兄さんと監督がそう言うなら止めておくけど、師匠は一人でも男湯に入りたいって言うんですか?」
アキが答える。
「うん、いつも言っているよ。あと、芸術のためなら人間性を捨てるって。」
「さすが師匠。でも、パラダイス興行の橘さんもそういうところがあるんだよ。歌が上手くなりたかったら、男性の前で全裸で歌う練習をしろとか言ってる。」
「あの、軍曹さん。」
「あっ、そうか。今のは秘密で。」
「分かった。みんな今のは聞かなかったことで。」
「湘南、大丈夫だ。」
「念のために言うけど、さすがにそれに従っている人はあまりいない。だから、いつも橘さんが文句を言っている。」
「はい、変態トレーナーと呼んでいる人もいます。」
「でも、一部の人は従っているということか。誰か聞かないけど。」
「橘さんの歌は本当に上手だし、アイシャさんも音楽は理論では割り切れないところがあると言っているから、もしかすると橘さんの方が正しいのかもしれない。」
「やっぱり、そうなんだ。プロの歌手になるのは簡単じゃなさそう。」
「あのアキさん、あまり真に受けなくても大丈夫ですよ。少なくとも明日夏さんは従っていませんが、歌は上手になってきています。」
「私も明日夏さんとお兄さんが止めるので従っていない。」
「そうなんだ。」
「でも、アキさん、歌じゃなくても、私にはキスシーンがある映画主演の話が来ているし、メンバーの中には全裸ベットシーンがある映画主演の話も進んでいるから、芸能人を目指すなら、何と言っていいか分からないけど、そういう覚悟も必要だよ。」
「『ハートリンクス』の軍曹以外のメンバーは、私と学年が同じか下だけど、大丈夫なんですか?」
「撮影の時には18歳になっている。」
「すごい有名な女優でも、若い時には前張りをして全裸で男と抱き合うシーンとか普通にあるからね。」
「知っている。私は映画女優はやめておこうかな・・・・・。映画女優はやめておこうだって、自分で言って、恥ずかしい。」
「お兄さんや監督のために、曹長はそれがいいかもしれない。」
「でも、軍曹はそういう役でも受けるんですか。」
「大手の映画会社で主演なら、たぶん。」
ハートレッドが誠とパスカルを見る。誠とパスカルはお互いを見て、
「えっ、とすると、前張りをして僕とパスカルさんとでベットシーンを再現することになるのか。前張りの作り方を調べておかないと。」
「おい、湘南と全裸ベットシーンか。」
と思いながらも覚悟を決めて、ハートレッドを見返した。
ハートレッドが話を変える。
「話を変えようか。」
「そうですね。」
「お兄さん、時間の節約のため、撮影したビデオを車の中で確認しない?」
「はい、それはいいアイディアだと思います。パソコンにデータを移しますので、少し待っていて下さい。」
「了解。お兄さん、最後4つの動画をタイミングを合わせて一つにできる?」
「もちろんです。僕もそのつもりでしたが、さすがです。」
「有難う。席が離れているので、終わったらこっちにデータを送って。」
「そっちはタブレットですよね。」
「うん。ファイルサイズが大きいから、このUSB-Cのメモリーを使って。」
ハートレッドがUSB-Cのメモリーを渡す。
「了解。さすがです。」
アキが感心する。
「レッ、軍曹さんはコンピュータに詳しいですね。」
「一応、私はオタクだから。正確には強化オタク人間かな。」
「わが弟子よ。きっかけは知らぬが、今では片足を沼に突っ込んだ本当のオタクだ。私が保証しよう。」
「有難うございます。」
「コッコさんは、沼底のオタクですか?」
誠がハートレッドにファイルをコピーしたUSB-Cのメモリーを渡す。
「湘南ちゃん、オタクの沼に底はないのだよ。私もまだまだだよ。」
「なるほど。それはそうかもしれません。」
「ビデオが見れるようになったみたいだから、曹長、これから再生するね。」
「有難うございます。」
パスカルが信号待ちで後ろの席に下がり、前3人と後3人で今日撮影したビデオを見始めた。通しで見た後、ビデオを途中で止めて、誠、尚美、ハートレッドがメモを取りながら見ていった。ビデオの選択がだいたい決まったころに、パスカルの家に到着した。パスカルが扉を開ける。
「どうぞ、入って入って。」
全員がお邪魔しますと言って部屋に入っていった。
「俺がお茶を入れるから、湘南たちはビデオの編集を頼んだ。」
「了解です。」
誠がいつものようにディスプレイとノートパソコンを接続して、編集作業を始めた。誠の左右に尚美、ハートレッド、その後ろにアキが立っていた。誠は考えてみたらすごい状況だなと思いながらも、編集に集中することにした。誠と尚美とハートレッドがどの回のビデオクリップを使うか、また、そのクリップにどんなエフェクトをかけるかについて話しながら、5分弱のビデオでビデオクリップを差し替える作業を進めていった。途中で、お茶を入れて配り終えたパスカルは、アキの隣で作業の様子を見ていた。コッコは一人で5人がいるところの反対側の壁に寄りかかって今日描いたスケッチを整理していた。
1時間ぐらい作業したところで、ビデオが完成した。誠がタイムラインのスライダーを動かしながら、尋ねる。
「だいたい、こんな感じでしょうか。」
「そうだけど、書き出す前に通しで見てみよう。」
「了解です。」
誠が編集中の動画を流す。
「3つぐらいのクリップで、ちょっと音とずれていない。」
「僕もそう思いました。修正します。」
修正が終わったところで、誠が話しかける。
「もう一度見てみます。」
「お願い。」
見終わったところでハートレッドがパスカルとアキに話しかける。
「監督とアキさんは何かないですか?」
「編集は湘南にまかせているから。」
「うん、大丈夫だと思う。」
「明るさとかコントラストとか色合いとかは?」
「大丈夫だと思う。」
アキもうなずく。
「お兄さんは?」
「全体的にコントラストを強めにしましょうか?」
「うん、その方がいいかも。」
「今、調整します。」
「お願い。」
コントラストを強めにした映像を流す。
「監督、アキさん、どう?」
「はっきりして、アキちゃん達にはこっちの方がいいかも知れない。」
「私には違いが分からないです。」
「お兄さんは。」
「こちらの方がいいと思います。」
「私もそうだから、これにしようか。」
「了解です。それではファイルに書き出して、アップロードします。」
ファイルを書き出した後、大会応募のホームページの動画を差し替える作業に入る。
誠が、ファイルをアップロードする段階になったことを知らせる。
「それでは、動画ファイルをアップロードします。」
「みんな、祈るぞ。」
「了解。」
全員が手を合わせる。
「アップロード終わりました。」
全員が普通の姿勢に戻る。
「ふー、あとは祈るだけだな。」
「監督、それじゃあダメ。別に他で宣伝することは禁止されてないんだよね。」
「そうだった。湘南、後で相談しよう。」
「分かりました。」
「とりあえず、ライブにたくさん出たり、ライブで撮影した『おたくロック』の映像を動画配信サイトで配信したり。プロデューサー、他に何か案はありませんか?」
「そうですね、お金をあまりかけられないでしょうから、ファンの方にライブで『おたくロック』を撮影してもらって、SNSにアップする条件を大会の動画へのリンクを載せることとしてみたらいかがでしょうか?」
「さすが、プロデューサー。あとは私たちの動画のメーキングでアキさんを紹介するときにも宣伝ができると思う。」
「徹君とユミさんを亜美先輩の動画配信に出演してもらって、いっしょに童謡を歌って、その時宣伝をするとかでしょうか。」
「徹君を人質に取るところがさすがです。亜美さんが断ることは絶対にないですね。」
「徹君の出演には、ご両親の了解が必要でしょうけれど。」
誠が止める。
「ちょっと、尚。それは『トリプレット』的に大丈夫なの?」
「小学5年生と2年生が出演して問題になることはないし、子供と動物はあまりアイディアがないときに視聴数を稼ぐ手段だから、上手くいけば亜美先輩の配信の視聴数を伸ばすことができるかもしれない。」
「それもわかるけど、パスカルさん、とりあえず、ライブ出演、その動画配信、条件付きによるファンのSNSの投稿でいきましょうか。」
「そうだな。」
「お兄さんも、監督も、もっと私たちを頼ってくれてもいいのに。」
「レッドちゃん、二人は『ハートリンクス』や『トリプレット』に頼るのは、卑怯な感じがしちゃうんじゃないかな。」
「芸能界は、犯罪じゃなければ、卑怯な手段は上等という感じじゃないとやっていけないよ。」
「レッドさんの言うことは分かりますが、やっぱり。」
「そうだな。」
「二人とも仕方ないな。えーい、セクシーポーズ攻撃だ。」
ハートレッドが立ち上がってセクシーポーズをする。誠とパスカルが反対側を向く。コッコがハートレッドを見て意見する。
「レッドちゃん、ちょっと違う。」
「師匠、どう違うんですか。」
「両手を軽く開いて、抱きしめてほしいという顔をして。」
「こういう感じですか。」
「もう少し力を抜いて物欲しそうに。」
「こんな感じですか。」
「それで、来てって言ってみて。」
「来て。」
「恥ずかしいそうだけど、物欲しそうに。」
「要求が難しいですがやってみます。・・・・来て・・・。」
「そんな感じかな。」
「手早くスケッチするから待ってて。」
「はい。」
コッコが要点だけをスケッチする。
「次は、顔だけ少し左を向いて抱きしめるポーズで。それで、表情はセクシーで綺麗で嬉しそうに。」
「こんな感じですか?」
「目はもっと開こう。」
「了解です。」
「そんな感じ。ちょっと待っててね。」
「了解です。」
コッコが要点だけをスケッチする。
「最後は、自分の手を握って、表情はエクスタシーを感じたあとのような感じで。」
「エクスタシーを感じたあとの表情なんて練習したことがないです。」
「そういう演技を、見たことぐらいはあるでしょう。」
「ありますけど。」
「目を潤ませるような感じで、満足しながらももっと全部欲しい感じ。」
「師匠の要求は本当に難しいです。こんな感じですか?」
「前を向いて瞳孔を開いた目線は相手を追い求めるように。」
「はい。」
「うん、そんな感じ。ちょっと、そのままで。」
「了解。」
コッコがスケッチをする。
「有難う。やっぱり、さすがだね。」
「何か私までドキドキしちゃった。」
「アキちゃんにはオヤジ成分が入っているからね。」
「今のレッドさんを見ている自分の反応から、自分でももしかして私はオタクオヤジなの?って思ってしまった。」
尚美がハートレッドに話しかける。
「ハートレッドさん、いまのを続けてやってみてもらえますか?」
「はい?」
「良ければ、次の曲の間奏のところで使ってみようと思って。」
「分かりました。やってみます。」
ハートレッドが今の3つの振りを3回ぐらい繰り返す。
「プロデューサー、どうですか。」
「アクセントになって、いいと思います。使ってみましょうか。」
「はい。お兄さんと監督はどうですか?って、反対を向いているし。」
「パスカルさんが、全然見ていないのに鼻血を出していますので少し待っててください。」
「分かったけど。」
「尚、僕も見ていなかったけど、使うならアイシャさんに言って、間奏を少し変えた方がいいと思う。」
「うん、そうする。」
「あと、2回目の間奏では少し振りを変えた方がいいと思うけど。コッコさん、何かいいアイディアはありますか。」
「ベッドを持ってくるとか?」
「それは却下です。」
「男を持ってくる。」
「本当のセクシーな歌を歌う歌手ならばそういう演出もありますが、今回はハートレッドさんのイメージと違うので、却下でしょうか。」
「湘南の要求が難しいな。」
「それでは、2回目は顔の向きだけ変えましょう。最初は少し横を向いて、次は正面を向いて、最後は最初と反対側で少し横を向きましょう。」
「そうだね。レッドちゃん前も横も美人だからね。」
「でも、お兄ちゃん、見ていないのに良くわかるね。」
「だから、パスカルさんも想像だけで、鼻血を出すんだから。」
「そうか。」
「プロデューサー、帰ったらもう少し練習しておきます。」
「分かりました。間奏の変更は私の方からアイシャさんにお願いしておきます。」
「有難うございます。それで、監督、お兄さん、今のポーズを考えてくれたお礼は、私たちのメーキングビデオでアキさんの大会出場を宣伝するということでいいかな?」
「私は最高のモデルと最高のポーズでスケッチできたからお礼はいらないけど、パスカル、湘南、それぐらいいいんじゃないか。」
「湘南、どうする?」
「強力な宣伝になりますので、この際お願いしましょうか。」
「分かった。それでは、レッドさん、お願いしていい?」
「こっちから言ったことだから、もちろん。」
「有難うございます。」
「良かった、これで話はまとまった。」
「でも、レッドちゃんって負けず嫌いかもしれないと思っていたけど、本当に負けず嫌いなんだね。」
「それは師匠の言う通りかもしれません。」
話が一通り終わったところで、アキがハートレッドにお願いする。
「レッドさん、後で消してしまうのでしたら、またレッドさんと妹子のビデオを見せてもらっていいでしょうか。」
「私もプロデューサーとのパフォーマンスを確認したいです。プロデューサー、構わないでしょうか。」
「はい、私も見たいです。」
「それでは、お兄さん、お願いできる?」
「了解です。」
誠がビデオを流す準備を始めた。コッコがアキに話しかける。
「アキちゃん、もう気絶しちゃだめだよ。スケッチの対象としてはいいけど。」
「たぶんビデオなら大丈夫だと思う。」
「それで、アキちゃん、漫画を描く時の参考にしたいから聞くけど、気絶するとき、実際どんな感じだったの?」
「よく覚えていない。レッドさんを見てすごい、すごいと思っているうちに、気が付いたらソファーで寝ていた。」
「なるほど。」
「あと、あと視界がぼやけていたかもしれない?」
「エクスタシーは感じた?」
「そんなの知らないわよ。でも、すごい心臓がドキドキしていた。」
「あの、コッコさん、16歳の女子にそういうことを聞かないで下さい。」
「それで、アキちゃんはレッドちゃんに抱かれたいか?」
「私は抱きしめてもいいわよ。」
「抱かれるとは違うけど、『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』のビデオで、脱げと言われて、レッドさんたちのためになるなら脱ぐと思う。」
「アキさん、可愛すぎる。」
ハートレッドがアキを抱きしめる。誠がハートレッドに呼びかける。
「あのレッドさん、パスカルさんが危険ですから、それは止めてください。」
パスカルがティッシュで鼻を抑えていた。
「あっ、そうか。でも遅かったみたい。ごめんなさい。」
「アキちゃんにも鼻血を出す機能が備わっていたら、気を失うことはなかったかも。」
「そっ、そうかもしれない。」
「アキちゃん、抱きしめられて気持ちよかったの?」
「いい匂いがした。」
「アキちゃん、それじゃあ本当のオヤジだよ。」
「コッコの言うとおりね。でも、ハートレッドさんに抱きしめられたことがあると言ったら、ステージでネタになるかもしれない。」
「それなら、メーキングビデオで曹長を抱きしめるね。監督が撮影するのは無理そうだから、そのシーンはお兄さんが撮って。」
「了解です。」
「あと、お兄さんたちには言ったけど、服を脱げということはないから安心して。シャツが破かれるぐらい。」
「レッドちゃん、アキちゃんのブラジャー姿が見れるということか。」
「一部は見れるかもしれない。」
「いろいろ話を聞いてもう覚悟はできましたから、それぐらいのことなら何でもやります。」
「有難う。一応、その辺りの脚本を書くのは明日夏さんだから、具体的にどうするのかは明日夏さんしだいだけど。」
「えっ、あのビデオでそういう演出を書くのは明日夏さんなんですか?」
「そうだけど、お兄さんは脚本担当が誰だか知っているよね。」
「はい。そうですが、脚本の分担までは知りませんでした。明日夏さん、重度のオタクですから少し心配です。」
「どういうこと?」
「いや、ビデオで映るところはそれほどでなくても、それでは目がどうのこうのと言って、映っていないところでは思いっきり酷い状態にしないかなと思って。」
「なるほど。明日夏さんならありうるか。」
「はい。」
「お兄さんと監督は心配だろうから、今度明日夏さんに聞いておくね。」
「有難うございます。よろしくお願いします。」
「分かった。」
誠とハートレッドの話を聞いていたアキがつぶやく。
「明日夏さん、作詞だけでなく脚本も書くのか。」
「脚本を書くのは明日夏さんだけじゃなくて、例えば『ハートリングス』のセリフは私が担当するけど。でも、そういうところは明日夏さん担当かな。」
「分かりました。最悪、ビデオに映らなければ何でも大丈夫です。」
「アキちゃん、迷いながらも決意を決めた、いい表情だね。」
「うん、コッコ、有難う。」
「でも、今のアキさんの様子を見ていると、こんな風に周りから優しく言われて、普通の女の子でも考えが少しずつ変わって、最後はAVビデオに出演しちゃうのかもしれないと思った。まあ、明日はわが身なんだけど。」
「いえ、人気がありますから、レッドさんは大丈夫だと思います。」
「ううん、人気は水物だし、事務所はお金をかけている分、上手くいかなかったら何とか少しでも回収しようとするから、ヌード写真集ぐらいは出すことになるかもしれない。その先は辞めてからだけど、生活がおかしくなっちゃうからじゃないかな。」
「なるほど。」
「アキさんの方が、お兄さんと監督がいるから絶対に大丈夫だと思う。」
「パスカルと湘南ね。それはそうかもしれない。」
「それなら、レッドさんも、俺たちが止める。なあ、湘南。」
「はい、それは構わないのですが、レッドさんは大手の映画会社の主演の全裸ベッドシーンが限界ということですか?」
「湘南ちゃんは全裸ベッドシーンもいやだろう。」
「はい、絶対にいやです。」
「湘南ちゃんにしてははっきり言うね。キスシーンは?」
「もちろんいやですけど、それは女優なら仕方がないかなという感じです。」
「アキちゃんと妹子ちゃんは?」
「アキさんや妹が決めることですが、同じです。キスシーンは、動作だけなら人工呼吸でもしなくてはいけませんし。」
「パスカルちゃんも同じ考えか?」
「おう、湘南と同じだ。俺たちがする、しないは関係なく。」
「パスカルさん!」
「パスカルちゃん、何、俺たちがする、しないって?」
「お兄さん、監督、言ってもいい?」
「仕方がないです。」
「私にキスシーンが決まったら、お兄さんと監督が二人でキスシーンの手本を見せてくれるという約束をしたんです。」
「なるほど。ということは、レッドちゃんはキスの経験はないわけね。」
「はい。お兄さんと監督さんもないそうです。」
「ははははは、パスカルと湘南のファーストキスの相手が湘南とパスカルになるわけね。それは、コッコじゃなくても見に行きたい。」
「師匠は構いませんが、アキさんは、やめておいた方がいいような。」
「何でです?」
「いろいろと。」
「もしかして、レッドさんはその先をやらせようと考えているんですか?」
「へへへへへ。」
「まあ、コッコがいるならいいけど。でも、コッコ、本当にそういうことがあったら、後で様子を聞かせて。」
「それはいいけど、もしかして、レッドちゃんに全裸ベッドシーンがあったら、パスカルちゃんと湘南ちゃんがその手本も見せるつもりだったの?」
「はい。さっき話を聞いたときに、そうなるかなと思っていました。」
「おう。」
「えっ、そんなことを話したことはなかったけど、もしかすると、さっきの目の合図だけでお兄さんと監督は通じていたんだ。」
「レッドちゃん、さっきの目の合図って?」
「さっき、私がベッドシーンの話が来たらたぶん受けると言ったときに、お兄さんと監督が目を合わせた後、こっちを見返したから。」
「えー、二人でそんなことをしていたんだ。くそー、それは見たかった。」
「でも、それだけで通じるんだから、やっぱりお兄さんと監督はすごい。」
「うーん、それをすごいと言うのかな。少し不安になってきた。」
「アキさん、そんなに心配しなくても大丈夫です。お兄さんと監督がダメと言う間は断ろうと思っています。」
「僕は、レッドさんなら、そう言う話を受けなくても芸能人を続けられると思いますので、最後まで止めると思います。」
「パスカルちゃん、湘南ちゃんを説得してよ。大女優になるなら必要だって。」
「いや、オードリーヘップバーンはやっていないし。」
「パスカルちゃんも古い女優を知っているね。」
「パスカル、誰?オードリーヘップバーンって?」
「アキちゃんは知らないよね。昔の大女優だよ。」
「ユニコーンで、ミネバの偽名のオードリー・バーンは、オードリーヘップバーンの映画のポスターを見て、ミネバがとっさに考えたという設定になっています。」
「へー、宇宙世紀でも上映されているのか。それはすごい女優ね。」
「はい。」
「でもさあ、レッドちゃんはこれだけ美人なんだから、レッドちゃんさえしっかりしていれば、将来に悪影響が出ることはないよ。」
「でも、止めてほしいです。」
「そうだ、師匠。逆に、断って欲しかったら二人で全裸ベッドシーンをやってと言えば、お兄さんと監督はやってくれそうな気もします。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「レッドちゃんも、なかなか悪よのう。」
「師匠には、敵いません。」
「はっはっはっはっはっ。」
「はっはっはっはっはっ。」
黙っていた尚美が口を開く。
「レッドさんの場合は、知的で女性らしいイメージを維持するために、私の段階で断りますので、レッドさんにそういう話は来ないと思います。」
「プロデューサー、よろしくお願いします。」
「まあ、妹子ちゃんならそうだよね。パスカルと湘南のファーストキスで我慢しておくか。」
アキが尋ねる。
「もしかして、パスカルと湘南の、えーと、」
「アキちゃん、全裸ベッドシーンか?」
「そう、その話は冗談だったの?」
「話はあるかもしれないけど、本当はやっぱり私もやりたくないから、止めてくれる人を探していたのかもしれない。」
「確かにパスカルと湘南は止めますよね。でも、キスシーンはいいんですか?」
「正直に言えばそれもいやだけど、それを断っていたら、映画主役の仕事は来なくなる。お兄さんがいう通り、それはキスではなくて人工呼吸と同じと思うことにする。」
「やっぱりそうなのか。」
「人工呼吸なら、お兄さんが、月曜日に、プロデューサーやミサさんの目の前で記者さんにやっていましたし。」
「そう言えば、そうだった。」
「でも、人気は水ものだから、私の人気が陰れば、プロデューサーもプロデューサーから外されて、私にもっとすごい映画主演の話が来るかもしれない。だから、お兄さんと監督は一応覚悟しててね。もちろん、そうならないように全力で頑張るけど。」
誠とパスカルが顔を見合わせてから答える。
「分かった。」
「分かりました。」
その様子を見た、コッコが感心する。
「なるほど、これか。」
「はい、これです。」
誠が話を戻す。
「あの、すごい脱線してしまいましたが、ハートレッドさんと妹のビデオを映します。」
「脱線するのはいつものことだ。」
「湘南、繰り返してかけて。お願い。」
「了解です。」
「私たちのパフォーマンスとの違いが分かるといいけど。」
「専門じゃないけど、私も見てみるよ。」
「有難う。」
何回か見たところで、コッコが尋ねる。
「アキちゃん、違いが分かった?」
「うーん、プロとアマチュアという感じ。コッコは?」
「アキちゃん、詰めが甘いという気がする。ポーズにしても表情にしても。あと、動きに余裕がないかな。」
「そうか。そうだよね。」
「私はずっとダンスをしていたから、今回の動きならかなり余裕はあるけど。やっぱり、練習を積んでいくしかないかな。」
「はい。」
「でも、目指す方向にもよるよ。歌をメインにしてダンスをあまり重視しないアイドルもいる。例えば、三佐はその方向だと思う。」
「その通りですね。」
「セクシーなダンスなら、内側に力を入れつつ、外は柔らかく滑らかにという感じだけど。さっきの師匠に言われたポーズもそうやっていた。」
「セクシーにダンスするのも、本当はすごく難しいということか。」
「表情や全身の隅々まで注意しなくてはいけないから大変だけど、練習すれば何とかなるかもしれない。それより、お兄さんと監督が撮影できなさそうなことが問題かな。」
「レッドちゃんの言う通り、二人にはその練習が必要だな。」
「師匠、次のビデオでお兄さんと監督を鍛えることができるかもしれませんね。」
「それはいいね。」
「それでは、師匠もビデオに出演しませんか?」
「レッドちゃん、私には需要がないだろう。」
「オタク女性が虐待されるシーンというのも考えられますよ。でも、アキさんと違って思いっきり虐待されないと絵にならないかもしれません。」
「それは分かるけど、私ならどんな虐待が必要か。」
「ボートの上で暴行とレイプされたあと、全裸のまま水の中に放り投げられるとか。」
「暴行とレイプって、私は弟子の教育を間違えたか。でも、・・・」
「でも師匠、このぐらいなら大衆映画でも無法者が出てくればよくあるシーンですよ。」
「確かに映画では見たことがあるな。その無法者を正義の味方が殺すための理由付けなんだろうけど。」
「はい、その通りです。」
「しかし、漫画やアニメと違って人が演じなくてはいけないから、映画の制作は大変そうだな。でも、レッドちゃんにはそういう役も来るかもしれないのか。」
「女性がレイプされて、その男性たちに復讐するという映画もありますから、ないことはないですが、とりあえず断ります。私も監督がお兄さんをレイプするところは、演技でも見たくはないですし。」
「そうか?私は見たいぞ。すごく興奮すると思うぞ。」
ハートレッドが誠とパスカルを見る。
「そうか、二人はあの仲の良さがいいところだと思っていましたが、確かにそれも興奮するかもしれません。」
誠とパスカルが身震いをする。コッコが答える。
「だろう。」
尚美が意見を言う。
「話を戻して、もしコッコさんが重度のオタク役で出るならば、逆の方が絵になるとは思います。」
「プロデューサー、逆とは?」
「オタクの私が『ヒートマップ』のメンバーを暴行・レイプするということ。私も私が出るならそっちだろうと考えた。」
「なるほど、私はまだプロデューサーと師匠のレベルには達していないということですね。勉強になりました。あれっ、今度はお兄さんが悲しそうな顔をしている。」
「湘南ちゃん、妹子ちゃんも大人になって、子供を産んだりするんだから。」
「そうですが。」
「お兄さん、何度も言うけど、今回は全年齢対象だから、そういうのは全くない。だから安心して。」
「有難うございます。」
「それじゃあ、私の出番はなさそうだ。」
「せっかくだから、何か師匠の出番を作りたいな。」
「だから、レッドちゃん、無理をしなくていいって。」
「何かいいアイディアがないかな。」
「私のマネージャー役とかは。」
「なるほど。それで、アキさんを虐待するときに『ヒートマップ』の指揮をコッコさんがするわけか。アイドルだと思って今までマネージャーの私をさんざんこき使いやがって、みたいな感じで。」
「そうです。」
「いや、だから私は出なくてもいいよ。」
「師匠、『ヒートマップ』のイケメンメンバーを指揮できるんですよ。」
「私はユミちゃんじゃないからイケメンに個人的に興味は・・・・。ちょっと待て、指揮するならアキちゃんの虐待の他にメンバーにBLポーズを取らせることができるか。」
「はい、その通りです。」
「コミケでイラストが売れそうだな。」
「はい。あいつら、イケメンであることを鼻にかけて、すごくいやなやつらですが、普通にはいないイケメンではありますよ。」
「なるほど。・・・・・なるほど。」
「師匠の手で、あいつらにBLを叩き込んであげてください。」
「溝口事務所的に大丈夫なのか?」
「人気がないからいいんじゃないですか?腐女子に人気が出れば、ファンの数は少なくても関連グッズの売り上げは出ますよ。」
「なるほど。」
「それで、あの、レッドさん。三佐が『ヒートマップ』はファンに手を出すから気をつけろと言っていましたが、本当なんですか?」
「本当みたいだよ。でも、アキさんたちには私たちがついているから安心して。演技以外では指一本触らせない。」
「有難うございます。私は大丈夫だと思いますが、ユミちゃんが心配で。」
「それは大丈夫。さすがにあいつらでも女子小学生には手を出さないよ。」
「ユミちゃん、面食いで、ユミちゃんの方から手を出す気満々で困っています。」
「えっ、お兄さんそうなの?」
「どこまで本気か分かりませんが、そういうことを言っています。」
「なるほど。でも、バレたら『ヒートマップ』のメンバーだけじゃなくて、ユミちゃんもアイドルになれなくなっちゃうけど、いいのかな?」
「いいそうです。アイドルになる目的がイケメンをゲットすることだそうで、イケメンがゲットできればアイドルになれなくても構わないそうです。」
「なっ、なるほど。すごい子ね。でも、目的のためならいろいろ犠牲にできるのは、ある意味、芸能人向きなのかもしれない。」
「そうかもしれません。」
「亜美さんの例もあるから、『ヒートマップ』のメンバーにロリコンがいそうかどうかは聞いておくよ。」
「有難うございます。」
「でも、力のある事務所に入っていないアキさんは、やっぱり気を付ける必要があると思う。一般のファンよりはずうっと可愛いし。」
「一応、湘南が万が一のために位置が分かるタグを貸してくれるそうです。」
「さすがお兄さん。ストーカーがアイドルの居場所を追うために使うあれね。」
「はい。そういう使い方もあるみたいですが、私の場合、以前、親が私に使っていたこともありました。」
「アキさんが心配なんだね。私にも付いていたりするのかな?」
「レッドさんには付いていませんので大丈夫です。」
「何でお兄さんが分かるの?」
「家庭教師に行ったときに、出ている電波を調べました。パソコンをつけるまで、スマフォとブロードバンドルーター以外からは電波が出ていませんでした。」
「なるほど。有難う。でも、私の親は私が心配じゃないということか。」
「いえ、方法を知らないだけかもしれません。」
「なるほど、そう思っておく。有難う。」
ハートレッドが話を戻す。
「『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』のビデオ撮影について、事務的な話をしていい?」
「はい、もちろんです。」
「もうすぐ撮影の日程調整が必要になるけど、アキさんのスケジュールは誰に連絡すればいい?監督で大丈夫?」
「社長はラッキーさんだけど、プロデューサーは俺なので俺に連絡してくれ。一応、湘南が作ったユナアロのプロデューサーの名刺を渡しておく。」
パスカルがハートレッドに名刺を渡す。
「サンキュー。お兄さんはないの?ユナアロ関係の名刺。」
「一応、あります。」
「それじゃあ、ちょうだい。」
「はい。」
誠がハートレッドに名刺を渡す。
「お揃いだ。」
「はい、両方とも僕が作りましたので。アキさん、コッコさんのも同じデザインです。」
「アキさんと師匠も名刺をもらえる。私のもみんなに渡すね。連絡先は事務所のものしか書いてないけど。」
「有難うございます。」
あきとコッコがハートレッドにハートレッドが4人に名刺を渡した。
誠がスマフォの時計を見て解散することを提案する。
「さて、もう9時を過ぎましたから解散でしょうか。ハートレッドさんが明後日入試ですし、帰って寝た方が良いと思います。」
「えー、せっかくだから泊まっていこうよ。布団なら24時間空いているホームセンターで買ってくればいいし。」
「ハートレッドさん、今日早く寝ておかないと、明日早く寝ることができません。」
「お兄さん、大丈夫だよ。」
「大丈夫ではありません。」
「私はお兄さんと同じ布団で寝ていいから。」
「そういう問題ではありません。」
「うーん、お風呂をいっしょに入ってもいいよ。」
「妹もいるのに、そんなことができるわけないです。」
「プロデューサーがいなければ入るの?」
「入りません。」
「アキさんとは入ったのに?」
「それは、・・・・」
「もしかして、パスカルさんがいたから大丈夫だったの?」
「お風呂が大きかったですし、タオルを巻いて入りましたし。ここのお風呂では体が密着してしまいます。」
「えっ、監督といっしょに入ったことがあるの?」
「ここのお風呂には入ったことはありません。」
「他のお風呂じゃ、・・・、それはあるのか。」
「はい。日帰りも含めると、春、夏、秋、冬にみんなで旅行に行っていますが、そのときに大浴場では入っています。」
「そうか。それじゃあ、今日はあきらめるけど、私が大学に合格したら、みんなでどこかに泊まりに行こうよ。」
「湘南ちゃん、レッドちゃんの負けず嫌いは相当だから、この辺りで折れようよ。このメンバーなら問題を起こすわけはなし。」
「はい。僕はいいですが、みなさんは?」
全員がうなずく。アキが提案する。
「伊豆の別荘でバーベキューでもしようか。夏じゃないから泳げないけど。」
「すごい、アキさんは別荘を持っているんだ?」
「親のだけど。それに普通の小さな家だよ。」
「でも、お嬢様の雰囲気はそういうところから来るという感じ。それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。」
「はい、喜んで。」
「お風呂は?」
「家庭用のお風呂と同じです。いつもは近くの日帰り温泉に行ったりします。」
「そこは貸し切りができる?」
「えっ、もしかして、レッドさんは全員で入るつもりですか?」
「もちろん。アキさんはタオルを巻いてもいいから。」
誠が意見を言う。
「ハートレッドさんといっしょにお風呂だと、レッドさんがタオルを巻いていても、パスカルさんが出血多量で死んでしまいますから無理です。」
「それは問題か。まあ、お風呂については後で考えることにして、春にはアキさんの家の別荘に遊びに行くことにしようか。異論のある人は?」
反対の意見は出なかった。誠が話をまとめる。
「分かりました。そういうことにしましょう。それで、レッドさんは尚とタクシーで送るとして、アキさんはどうします?」
「お父さんを呼んでみる。今日は土曜日だからもう帰っているはずだし。」
「ご両親とは、もう大丈夫なんですね?」
「うん、遅くなったら呼べって。」
「それは良かったです。」
「もしかして、アイドルをやると言ったら、親からお前は勘当だ!と言われたの?」
「勘当とまでは言われていないけど。正月にパスカルと湘南に会って、アイドル活動を認めてもらった感じ。」
「アキさんのお父さんに認められるぐらい、お兄さんと監督が醸し出す雰囲気は尋常じゃないということね。」
「はい、それはそうかもしれません。」
「あの時は急にアキちゃんの親が来ることになって、さすがに焦ったけどな。」
「そうでしたね。それで、コッコさんはどうやって帰りますか?」
「湘南ちゃん、まだ9時過ぎなんだから、私は一人ででも帰れるよ。」
「それじゃあ、コッコ、うちのお父さんに近くの駅まで送ってもらうよ。お父さんが来た時、パスカルと私だけじゃお父さんが余計な心配をするかもしれないし。」
「なるほど。だが、この部屋にアキちゃんとパスカルだけで、アキちゃんのお父さんが、それが分かったときの反応は見たかったけど。」
「コッコちゃん、それは俺が怖すぎる。」
「だから、私が居てやるといっているんだよ。」
「おっ、おう。恩に着る。」
「まあ、最初は隠れているけど。」
「コッコ、それだとお父さんの心臓に悪いから、やっぱりやめよう。」
「うーん、仕方がないか。」
編集作業は解散となり、アキとコッコはアキの父親の車を待ち、誠、尚美、ハートレッドは、タクシーでハートレッドの家に向かい、家のすぐそばまで来た。
「プロデューサー、それでは、また月曜日の夜にお願いします。」
「はい、月曜日の試験、頑張って下さい。」
「お兄さん、今日はありがとう。楽しかった。」
「ハートレッドさん、明日はなるべくリラックスするようにして下さい。」
「お兄さんたち、明日は何か用事があるの?」
「午後にアキさんのライブがあって、パスカルさんにはその後に反省会がありますが、質問があったら、遠隔会議で出れるようにしておきます。」
「そうか。明日の夜は、グリーンがセンターをするので、それを観てから寝ようかな。」
「はい、早めに寝るのがいいと思います。」
「分かった。質問があったら呼び出すね。」
「了解です。いつでもどうぞ。」
タクシーが家に到着した。
「それでは、プロデューサー、お兄さん、また。」
「また、お願いします。」
「試験、頑張って下さい。」
「分かった。」
ハートレッドが家に入っていった。
そのころミサは届いた小型のロースターの装置を前に考え込んでいた。
「どうやって組み立てるんだろうか?そうだ、うちのケーキ屋の店長さんに聞いてみればいいか。」
ミサがガトースクレに電話をして店長を呼び出す。
「こんばんは、鈴木美香です。」
「こんばんは、お嬢様。わざわざ電話を下さるとは、何か御用でしょうか?」
「うん、手作りチョコレートを作ろうと思っているんだけど。」
「バレンタインデーのチョコレートですか?」
「実はそうなんだよ。」
「お嬢様から手作りチョコレートとは、それはまた幸せな男性がいたものですね。」
「うん、喜んでくれるといいんだけど。」
「お嬢様からならば、その男性、きっと喜んでくれます。それで質問とは具体的にはどんなことでしょうか?そうとあらば、ガトースクレの店長の名に懸けて、全力でお答えします。」
「有難う。質問はカカオ豆の小型のロースターのセットの仕方についてなんだけど?」
「はい?」
「本当はカカオ豆を温室で育てるところから始めたいんだけど、カカオの木はそんなに早く育たないから、せめて豆をローストして、粉にするところから手作りにしようと思って。」
「お嬢様、お言葉ですが、上等の板チョコレートを買ってきて、湯煎して溶かすところから始めてよろしいのではないでしょうか。」
「でも、買ってきたチョコレートを使っちゃうんじゃ、本当の手作りチョコレートと言えないじゃない。」
「はあ。」
「お店ではどうしているの?」
「厳選した仕入れ先の厳選したチョコレートを使っております。お嬢様にはその中でも最高のものを私が選んでお分けしますので、それをお使いください。」
「お店では大量に作らなくてはいけないから、分業した方が効率がいいからなんだね。分かった、気持ちは嬉しいけど、もう少し自分でやってみる。」
「そうですか。それでは、最高のチョコレートはご用意しておきますので、いつでもお申し付けください。」
「有難う。」
ミサは電話を切り、ロースターのセットの仕方を調べていた。
「誠は機械に強そうだけど、今回は聞くわけにはいかないし。そうだ、明日、パラダイス興行に行ってヒラっちに聞いてみようか。」
次の日の日曜日、誠は尚美を送った後、大学の学生会館で勉強していた。昼過ぎにハートレッドが遠隔会議のリンクをクリックしたことを知らせる通知が来たため、外に出て遠隔会議をスタートさせた。
「あっ、お兄さん?こんにちは。」
「こんにちはです。」
「お兄さんは何をしていたの?」
「明日から期末試験があって、その復習をしていました。」
「えっ、もう期末試験なの?」
「はい、大学は今頃から期末試験のところが多いです。それで、次の次の月曜日から春休みになります。」
「へー、そんなに早く春休みが始まるんだ。」
「はい、春休みも1か月半ぐらいあります。」
「それはいいわね。」
「大学の先生が、入試や研究やその発表で忙しいからだと思います。」
「なるほど。監督は?」
「通知は行っているはずなので、返事がないところを見ると、3時からユナアロのライブがあるので、その準備で忙しいんじゃないかと思います。」
「私はジタバタしても仕方がないので、今日は古典とかを読むだけにしている。」
「はい、今日はリラックスした方がいいと思います。」
「お兄さん、明日期末試験なら、そのライブに行くのは無理だよね。」
「レッドさんの意見を参考に、ライブでのパフォーマンスを宣伝に使うためにビデオ撮影に行くつもりでした。」
「それじゃあ、私をライブに連れて行って。」
「あの、レッドさんが見るようなレベルではないかもしれません。美香さんがいらっしゃったときには、あの人たち本気で音楽をやるつもりがあるの、とおっしゃっていました。」
「ははははは、ミサさんらしいけど、私はそんな面倒なことは言わないから大丈夫。それに、ビデオ撮影もやってみたいから手伝うよ。」
「分かりました。でも、ハートレッドさんと分からない格好で来てもらえますか?」
「いいけど、どんな恰好がいい?」
「スーツは大変ですか?」
「別に。打合せの時にはよく着ていくから。」
「それならば、スタッフさんに見えて一番目立たないと思います。」
「分かった。あと、マスクもしていく。」
「お願いします。場所は渋谷でも青山の方なので、家まで迎えに行くのは構わないのですが・・・。」
「一人だと来にくい?分かった。パラダイス興行で待ち合わせよう。」
「有難うございます。それではパラダイス興行を2時20分に出発しようと思います。」
「了解。お兄さんの勉強の邪魔をしてはいけないから、今はこれで切るね。」
「有難うございます。それでは、また。」
「また、お願い。」
午後1時ごろ、ハートレッドがパラダイス興行に到着した。事務所にはロースターの説明書を見ている悟、やたら疲れた顔の久美がいて、事務所の練習室で4月にリリースする『トリプレット』新曲の振り付けの練習をしている尚美、由香、亜美とそれに付き合っているミサがいた。
「社長、橘さん、こんにちは。」
「レッドちゃん、いらっしゃい。」
久美が小さな声で答える。
「いらっしゃい。」
「レッドちゃん、スーツも似合うね。」
「有難うございます。社長は何をされているんですか?」
「ミサちゃんにロースターの組み立て方を聞かれて、説明書を見ているところ。」
「ミサさん、コーヒーを入れるのに豆のローストから始めるんですか。こだわり方がさすがミサさんという感じです。あの、説明書、私にも見せてください。」
「いいけど。」
ハートレッドが説明書を見る。
「組立、簡単そうですね。」
「そうなの?」
「それじゃあ、組み立てちゃいますね。」
「大丈夫?それに怪我しないようにね。」
「私、おばあちゃんと二人暮らしでしたから、普通はお父さんがやるような家のことを全部私がやっていたんですよ。電気製品のセットアップや家具の組み立てとかです。ですから、こういうのは、得意なんです。」
「なるほど。だからレッドちゃんは面倒見がいいのか。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。」
ハートレッドが小型のロースターを組み立てながら悟に話しかける。
「あの、橘さん、あまり元気がなさそうですが何かあったんですか?」
「明日、久美はレコード会社のオーディションがあるんだ。」
「ということは、明日は橘さんのオーディション、お兄さんの期末試験、私の入試と試験ばかりですね。」
「そうか、大学は期末試験の時期だね。少し懐かしい。バンドメンバーが同じ歳だったからみんなで手分けして勉強したな。」
「へー。仲が良くて楽しそうですね。それで、橘さんは歌は大丈夫でしょうから、面接の練習をしたんですか?」
「歌も面接会場みたいなところで歌うと少し心配なんだけど、とりあえず、久美があまり知らない僕の友達にお願いして、明日の面接の練習をしてみたんだ。」
「どうでした?」
「誠君の勧めで、サングラスをかけて面接をして、少しうまくいったんだけど。」
「お兄さんが?でも、サングラスをかけて面接って大丈夫ですか?」
「うん、ステージや歌手として活動するときには、いつもサングラスをかけることにすれば大丈夫だと思う。」
「確かに、そういう歌手もいますよね。」
「もう少しと思って、尚ちゃんに手本をお願いしてみたんだけど。」
「社長、こういうことをプロデューサーにお願いしちゃだめです。普通の人でも、自信を失くしちゃいますよ。」
「それはレッドちゃんの言う通りだった。面接で30歳ぐらいの知的な女性を上手に演じていた。」
「監督の話によると、プロデューサーは、小学生の面接も上手に演じるそうですから。」
「小学生を演じる方がまだ分かる。30歳の女性を上手に演じたのには、僕も驚いた。」
「ははははは、プロデューサーも女優に向いているかもしれませんね。」
「どうだろう、馬鹿な女性の演技はできないかもしれない。」
「社長、酷いです。私はそのままで馬鹿な女性の役が行けると言いたいんですか?」
「そんなことはないよ。だって、僕がなかなか分からなかったロースターの組み立てをどんどんやってしまうし。」
「有難うございます。そうだ、橘さんのサングラス、面接のときは橘さんから何も見えないようにしてみたらどうでしょうか。もちろん、普通の時は普通のサングラスを使う必要はありますが。」
「掛け替えるの?」
「はい。隠れてサッと。でも、安全のために下だけは見えるようにした方がいいかもしれません。」
「何か、道具を工夫するところが、誠君みたいだね。」
「有難うございます。でも、制作を依頼しても、オーディションまでには間に合わないかもしれません。」
「それは、そうだね。」
「社長、ロースター、出来上がりました。」
「さすが。」
ハートレッドがロースターの組み立てを終え、電源を接続する。
「社長、こんな感じです。ここに火を焚いて、上の豆を入れる容器をこのモーターで回転させます。」
「なるほど。すごいね。」
ロースターが回っているところを見ていると、練習を終えた4人が練習室から出てきた。
「レッド、久しぶり。」
「レッドさん、こんにちは。」
「レッド、こんにちはだぜ。」
ハートレッドが挨拶を返す。
「みなさん、こんにちは。」
ミサが悟に話しかける。
「ロースター組み立て終わったんですね、有難うございます。」
「いや、組み立てたのはレッドちゃん。」
「本当に?」
「本当。」
「レッド、有難う。」
「どういたしまして。それにしても、コーヒーを入れるのに自分でローストをしようとするのは、さすがミサさんです。」
「うっ、うん。」
由香がハートレッドに話しかける。
「それにしても、レッド、スーツ姿も似合うな。」
「有難う。スーツならスリムな由香も似合うよ。」
「何か褒められている気がしない。」
「いや、褒めているって。スーツを着てダンスをすれば、カッコよくて年下の女の子にすごい人気が出ると思う。」
「年下の女の子にか?」
「それは、プロデューサーの狙い通りじゃない。」
「それはそうだがな。」
「女子高校生殺しの由香。」
「やっぱり、褒められていう気がしない。」
「えー、でも殿様殺しみたいに言われるよりはいいでしょう。」
「まあ、レッドはそう言われそうだもんな。」
「うん、そう言われることがあるんだよ。それで、いま社長さんと橘さんのオーディションについて話していたんだけど。」
「もしかして、面接のことか。」
「そう。面接の手本は、プロデューサーじゃなくて、由香か亜美さんが見せた方が良かったんじゃないか。」
「まあリーダーは上手すぎるから、確かにそうかもしれない。だが、俺もデビューの時よりだいぶ上手になったぜ。」
「私もそうかもしれない。橘さん、やっぱり慣れが一番ということです。亜美さんもそう思いますよね。」
「うるさい。」
「はい!?」
「あの、亜美さん、私は気が付かなかったんですが、何か気に障るようなことを言ったら謝ります。ごめんなさい。」
「おい、亜美、どうした?レッドが何かしたのか?」
「徹君に色目を使った。」
「いや。」
尚美は「あっ、やっぱり。」と思って亜美に説明する。
「昨日のことですよね。ハートレッドさんは徹君に色目は使っていなかったと思います。レッドさんも、徹君に男性としての興味はありませんよね。」
「はい、徹君は整った顔立ちをしていると思いますが、付き合いたいとか、そういう気持ちは全くありません。」
「亜美先輩、私もレッドさんが嘘を言っているとは思いません。」
「でも、徹君が・・・。」
ちょうどその時、誠がやってきた。誠はすぐに、異常な雰囲気を感じ取った。
「皆さん、こんにちは。・・・・えーと、皆さん、どうかされたんですか?」
「誠君、いらっしゃい。大したことじゃないから、大丈夫。」
「分かりました。社長がいらっしゃるので大丈夫だと思います。それで今日は、ハートレッドさんがユナアロのライブを見てみたいということで、お連れするために来ました。」
「はい、気晴らしにライブハウスに行って、お兄さんの撮影のお手伝いをする予定です。」
ミサが尋ねる。
「えっ、何でレッドがそんなことをするの?良く知らないけど、うちのトップアイドルの最有力候補なんでしょう。」
「えーと、プロデューサーも知っていることで、アイドルの大会出場に向けて、ユナアロを宣伝するためにはどうすればいいかという話になって、大会に応募する曲のライブの映像を公開すればいいって。」
「はい、レッドさんの言う通りです。」
「それで、自分で言い出したことですから、そのお手伝いをしようと思って。」
「レッドさんは徹君だけじゃなく、そうやって二尉にも色目を使っているんだ。」
「ですから、亜美さん、徹君には全然興味がありません。」
「誠にはあるんだ。」
「ミサさん、お兄さんを前にして、お兄さんなんか、全然興味がないんだからね、なんて言ったらツンデレにしかならないでしょう。」
「ツンデレ、何それ?」
久美が急に目を輝かせた。
「なんだか面白そうになってきたな。みんな頑張れ!」
「久美、あまりはやし立てない。」
レッドが説明する。
「とりあえず徹君に関しては、話しかけたのは1回ぐらいで、その後は全く話していません。プロデューサー、そうですよね。」
「はい、その通りです。」
「レッドさんの一言には、ビームライフルぐらいの威力があるんだよ。」
「男性を一撃で仕留めることができるぐらいということですか?」
「二尉、その通り。」
「でも、亜美さんのEカップには、ハイパーメガ粒子砲ぐらいの威力があります。」
「近くの男性を薙ぎ払うことができるということですか?」
「お兄さん、その通り。ですから、亜美さん、心配はいりません。」
「三佐、僕としても、レッドさんが本気を出せば、一言でコロニーレーザーぐらいの威力がありますから、ビームライフルぐらいということは全く気がなかったんだと思います。」
「二尉、それは数万人の男性の3分の1ぐらいを一撃で殲滅できるということか。」
「はい、その通りです。」
「確かにレッドさんの演技力をもってすれば、そのぐらいたやすいか。」
「その通りです。」
「うーん。」
「あの、お兄さんも亜美さんも、私の一言がコロニーレーザーというのは、さすがにオーバーです。」
「オーバーじゃないと思います。」
「うむ。」
久美が尚美に尋ねる。
「私には3人が何を話しているかわからないが、尚は分かるのか?」
「私にも良く分かりません。多分、別の言葉で例えれば、ハートレッドさんの一言にはB61Mod11(アメリカ軍の中型核爆弾の一種類)ぐらいの威力があるということなのではないでしょうか。」
「尚、その例えも分からない。」
亜美が続ける。
「でも、今日も二尉を手伝うとか言って、本当は徹君に会いに行くんだよ。」
「今日、徹君が来るかどうかなんて知らないです。」
「昨日のアキPGで、正志さんが今日のライブに徹君を連れてくるって書いてあったよ。」
「お兄さん、本当ですか?」
「一応、本当です。」
「でも、アキPGって、SNSのチャンネルでしょう?私は入っていないから知らないです。今日は本当にお兄さんのビデオ撮影のお手伝いをするだけ。」
今度はミサが話しかける。
「レッドはそうやって誠に近づいているの?だいたい、何でレッドは全然関係ないアイドルグループの宣伝方法を考えるの?」
「それは、お兄さんと監督に家庭教師をお願いしたときに、アイドルのパフォーマンスのビデオを良くする方法を聞かれたからです。」
「家庭教師ってどこでやっているの?」
「私の家ですけど、でも、監督、えーと、パスカルさんもいっしょです。」
「そうしないと誠が来ないと思っただけでしょう。何回ぐらい呼んだの?」
「家に来たのは8回ぐらい。後は遠隔会議です。」
「8回も家に呼んだの。遠隔会議は何回ぐらい?」
「お兄さん、何回ぐらいでしたでしょうか?」
「10回だと思います。」
「家庭教師は、いつもパスカルさんといっしょなの?」
「家に来たときはいつもいっしょです。プロデューサーが一緒のこともありました。遠隔会議の時はお兄さんだけの時もあったけど。」
「ふーん。」
誠が強く言う。
「美香さん、レッドさんは明日入試ですから、レッドさんのことを思って言っているとしても、レッドさんに負荷をかけるのは止めましょう。」
「誠・・・・。」
尚美もフォローする。
「亜美先輩も、レッドさんが徹君に気があるということは絶対にないですので、もう止めましょう。」
「でも。」
「亜美先輩、私の言うことが信用できませんか。」
「リーダー・・・・。」
「亜美、俺は亜美と知り合う前からレッドを知っているが、レッドが小学生男子の話をしたことは一度もないから、俺も絶対にないと思うぞ。」
「由香・・・・。」
誠はこの状況から脱出した方がいいと思い、ハートレッドに声をかける。
「ハートレッドさん、少し早いですが、出発しましょうか?」
「了解。お兄さん、荷物を半分持つよ。」
「レッドさんの体に負担をかけたくないので、それは結構です。」
「体に負担って、妊婦じゃないから大丈夫だけどね。でも、とりあえず行こう。」
誠がミサに話しかける。
「美香さんがまだここにいらっしゃるなら、撮影が終わったら急いで戻って話をしたいと思いますが、美香さんはまだここにいらっしゃいますか?」
「この後は、特別に久美先輩のボイストレーニングの予定だから、誠が帰るのを待ってる。」
「有難うございます。」
「絶対戻ってきてね。」
「はい、戻ってきます。それでは行ってきます。」
「行ってきます。」
誠とハートレッドが行った後、涙目になったミサが悟に話しかける。
「私、誠に嫌われちゃったかな。」
「もし本当に嫌っていたら、急いで戻って話をしたいなんて言わないから、嫌っていることはないと思うよ。誠君は、レッドちゃんが明日入試だから、今はそういう話をしないようにと言っただけだと思う。」
「私が空気を読めないだけなのかな。でも、レッドが妊婦じゃないって言っていたけど、誠とそういう関係ということなのかな。」
「誠君は、ミサちゃんにも重いものを持たそうとしないんじゃない?」
「それはそうだけど。」
「いや、悟、それは違うぞ。全く気がない男にそんな言い方はしない。少年と自分が妊婦の姿を重ねて想像しているんだよ。」
「久美先輩、やっぱり、そうですよね。」
「だが、美香、少年からはレッドと付き合っているという感じは全くしない。」
「本当ですか?」
「本当だ。それに付き合っているなら、ここに戻ってこないで道玄坂のホテルに行くよ。」
「僕もハートレッドちゃんは売り出し中のアイドルだから、誠君がレッドちゃんのためにならないようなことは絶対にしないと思う。」
「それに『ハートリンクス』のプロデューサーが尚だからな。」
「それはそうですね。良かった。」
「私が見るところ、今のところ勝負は五分と五分というところだな。」
「久美、楽しそうに言わない。」
「私は立場上中立だ。両方とも応援する。」
「それは単に面白くしたいだけじゃないか。」
「二人の歌が上手になるためだ。」
「ヒラっち、レッドも久美先輩に弟子入りしていますので、久美先輩が中立なのは仕方がないと思います。」
「現状を分析すれば、美香が有利な点は、歌と体だな。」
「お金もありますけど。」
「いや、美香。少年は性格的に優しいから、レッドの不幸な境遇の方が有利に働くかもしれないな。」
「そっ、そうか。」
「だが、それは日本人がほとんどいないアメリカの芸能界に飛び込んで頑張るということで、互角に持ち込めるかもしれないな。」
「そうですね。誠はアメリカデビューの件では応援してくれたし。逆に、レッドの方が有利な点は?」
「頭が良くて、人間的に成熟しているところだな。」
「えっ。」
「悟が困っていたロースターの組み立ても、簡単にやっちゃったから。」
「でもあれは、もう少し時間があれば、僕でもできたから。」
「そうだろうけど、レッドは説明書を15秒見たら分かったみたいだったぞ。」
「それはそうだったかな。」
「それで、久美先輩、私が未熟というのは。引きこもりだったから?」
「それはある。それだけでなく、レッドは苦労していて悲観的なところがあるのに、根が明るいから、それが良い方向に行っている。」
「それは久美の言う通りかもしれない。幸薄い感じなのに明るく頑張っているのは同情を引きそうな気がする。」
「男にとって、幸薄いながらも明るく頑張っている美人なんて最高だろう。」
「まあ、そうかもしれない。」
「ヒラっちは私の魅力はなんだと思いますか?」
「やっぱり、歌とパワーかな。」
「そうか。」
「いずれにしても、あまり焦らない方がいいと思う。アメリカで頑張っているところを見せれば、誠君の気持ちも変わると思う。」
「そうでしょうか。やっぱり日本にいないのは不利な気がします。」
「アメリカと言えば、少年が2月14日は1日美香の引っ越しを手伝うと言っていたから、15日の昼まで開けておかなくてはいけないと言ったら、少年はそうすると言っていた。」
「誠、15日もあけてくれたんだ。」
「美香、この意味が分かるか。」
「分かります。久美先輩、これでもあと一か月半で20歳なんですよ。」
「14日は決戦だな。」
「はい、決戦です。」
「久美、ミサちゃんに、あまり変なことをはやし立てない方が。」
「悟、人生は一度きりなんだよ。悔いがないように過ごさないと。」
「それはそうだけど。」
「私も久美先輩の言う通りだと思います。」
「それじゃあ、美香、歌の練習を始めるぞ。」
「はい、久美先輩。」
ミサと久美が練習室に入り、練習を始めた。
『トリプレット』の3人は、誠たちが出発した後、今日の予定の確認をしていたが、それが終わって亜美がボソッとつぶやく。
「私も徹君が来るライブに行きたいな?」
尚美が亜美を諭す。
「もう少ししたら鎌田さんがいらっしゃいます。そうしたら出発です。今日の番組では、亜美先輩はセンターを務めるグリーンさんの代役もするんですよ。」
「そうだぞ、亜美、しっかりしろ。徹の10歳上なんだから、しっかりしないと徹にあきれられるぞ。」
「由香、勝手に徹君を呼び捨てにしないで。」
「わっ、わかったけど。徹君な。」
「そう。」
尚美と由香が悟の方を見る。悟が二人に言葉をかける。
「久美だったら、これで歌が一皮むけると喜ぶところだろうけど。」
「俺も豊を取り合っていたときは、一日中悶々としたこともあったからな。リーダー、ある程度は仕方がないと思うぞ。」
「そうですね。亜美さん、それでも仕事はしっかりやりましょう。それに、徹君も番組を見ているみたいですよ。」
「リーダー、分かりました。今日はテレビで徹君に2回良いところを見せられるチャンスですから頑張ります。」
「はい、その意気です。」
「ところで、リーダーは、その、悶々としたことはないのか?」
「あまり記憶にはありません。」
「まあ、そうだろうな。」
尚美は自分が小さいときに、誠が辻堂海浜公園で誠より少し小さな女の子にデレデレしていたことを思い出していた。
誠とハートレッドはライブハウスに歩いて向かっていた。
「あの、赤坂さん、ライブハウスまで歩いて10分ぐらいですが、どうしますか?」
「ここはいつも歩いているところだから、歩いて行こう。」
「分かりました。歩いていきましょう。ですが万が一の場合に備えて、僕がスタッフに見えるように、斜め後ろを歩いてください。」
「三歩下がって師の影を踏まず?」
「いえ、僕はいくら踏まれても構いません。」
「えっ、お兄さん、私に踏まれたいの?」
「いえ、影の話です。あっ、そうか、申し訳ないです。もしかすると、赤坂さんにそういうことを言う人も少なくはないんですよね。」
「まあね。でも、お兄さんが違うのは分かっていたよ。」
「良かったです・・・。」
「それにしては浮かない顔ね。」
「美香さんに少し強く言って、途中で出てきてしまって、失敗してしまいました。妹の大切な友達なのに。」
「まあ、お兄さんにしては珍しいわよね。」
「美香さんは、赤坂さんのことを思って、僕やパスカルさんにあまりかかわらない方がいいと思ったんだと思いますが。」
「はい?」
「でも、明日入試を控えている赤坂さんに、精神的負担がかかるんじゃないかと思って。」
「私のことを考えてくれたのは嬉しいけど、ちょっと待って。ミサさんが何でああいうことを言ったと思っているの?」
「ですから、赤坂さんは溝口エイジェンシーのトップアイドル候補なんですから、地下アイドルグループの僕たちにあまり近づかない方がいいと思ったんだと思います。」
「本当にそう思っている?」
「美香さんがあれほど強く言う理由は、赤坂さんのこと以外にはないと思いますが。」
「なるほど。」
「それでも、赤坂さんには明日試験があって、言い争いを続けるのは赤坂さんのために良くないと思って、話が終わらないうちに事務所を出てきてしまったんですが、美香さんは怒っているでしょうね。」
「そうかな。今頃、ミサさんはすごく反省していると思うよ。」
「美香さんは妹の大切な友達ですので、機嫌が治っているといいのですが。」
「大丈夫、私が保証する。女の子には時々機嫌が悪くなる時があるの。」
「そうなんですか。まあ男性にもあると思います。」
「なるほど、さっきのお兄さんは機嫌が悪かった?」
「機嫌が悪かったとは思っていませんが、そう見えたかもしれません。何はともかく、言い争いを止めないとという感じでした。」
「そうよね。でも、ミサさん、お兄さんが大きな声を出したからびっくりしていた。」
「そうですか。僕は嫌われてもいいですが、妹とは仲良くやって欲しいです。」
「プロデューサーとは絶対に大丈夫だし、お兄さんも嫌われていないと思うよ。」
「そうでしょうか。」
「それじゃあ、賭けをしようか。」
「賭けというのは?」
「もし、ミサさんがお兄さんのことを嫌っていたら、私がお兄さんの言うことを何でも聞いてあげる。」
「えっ。」
「その代わり、次にミサさんに会ったときミサさんの方からすぐに謝るようなら、お兄さんが私の言うことを聞く。それ以外は引き分け。どう?」
「まあ、いいですけど。」
「お兄さんが勝ったら、私に何を命令する。」
「社長と相談して、レッドさんのためになることを言います。」
「まあ、そうよね。私が勝ったら、何だと思う?」
「パスカルさんと何かさせられそうな気はしますが。」
「へへへへへ、まあね。すごいのを考えておこう。」
「はっ、はい。」
「それで、今日のライブに徹君が来るんだよね。私はどうすればいいと思う?」
「僕が間に入ってあまり近づけないようにします。歌手やアイドルのスタッフがいつもやっていることです。」
「そうか。でも、それで徹君の夢を壊すのもかわいそうだから、私がもう少しうまくやってみるよ。」
「分かりました。亜美さんと徹君の板挟みで大変だと思いますが、僕はどんな嫌われ役でもしますので、必要なら言って下さい。」
「分かった。」
「もう一つの問題は、徹君がハートレッドさんと呼んでしまいそうなことですか。」
「私はあそこではお兄さんを二尉さんと呼ぶけど、お兄さんは私をどう呼ぶ?」
「それなら、上級大将さんでしょうか。」
「プロデューサーと同じ階級?でもそれなら、お兄さんが二尉なんだから私は軍曹じゃないと変だよ。」
「そうではないと思いますが、分かりました。」
「徹君にも軍曹と呼ぶように言ってみる。たぶん、お利口さんだから分かると思う。」
「了解です。」
誠が事前にパスカルに連絡していたため、パスカルが会場前で待っていた。
「監督、こんにちは。」
「パスカルさん、こんにちは。」
「えーと、軍曹さん、湘南、こんにちは。」
「監督も軍曹でいいよ。」
「それじゃあ、軍曹、湘南、これがスタッフのパスで、関係者席からビデオ撮影をする許可も取っておいた。」
パスカルがスタッフのパスを渡すと、誠とハートレッドが首にかけた。
「有難うございます。ライブで二人の歌声を録音したものをPAさんからもらえるように、お願いしましたでしょうか?」
「大丈夫だ。レコーダーをPAに渡せば録音してもらえる。」
「有難うございます。レコーダーをPAに渡します。それで、大変申し訳ありませんが、僕たちはアキさんのライブが終わったら、パラダイス興行に戻らなくてはいけませんので、レコーダーの回収はお願いできますか。」
「了解。」
ハートレッドが尋ねる。
「アキさんたちは控室?」
「軍曹、プログラムを見ればわかるけど、こういうライブでは20分間隔でたくさんのユニットが出演するから、あまり長時間は控室を使えない。」
「そうなんだ。」
「アキちゃんたちはリハーサルを終えて、今はすぐ近くのカラオケにいる。それで出演の30分前に控室に移動するんだよ。」
「なるほど。」
「正志さんと徹君もそのカラオケですか?」
「今はそうしている。今日はユナアロの前に宇田川企画の2組が出るから、その後は問題ないんだけど。」
「えーと、軍曹はどうしましょうか。」
「問題って、その宇田川企画と言うユニットの演出が過激なの?」
「衣装がほとんど水着だったり、ダイブウォークをしたりする。」
「あの監督、水着は全然平気だよ。この夏には水着写真集やその付録のDVDを出版することになりそうだから。」
「レッドさんの?」
「どういう形か決まっていないけど、メンバー全員が出すと思う。全巻セットには付録も付くはずだから、監督も全巻セットで買ってね。」
「それは絶対に買う。」
「有難う。それで、お兄さん、『トリプレット』はプロデューサーが中学生だから今年はないと思うけど、来年はあるかもしれない。」
「そうですよね。その判断は妹に任せようと思っています。それでは軍曹、準備のために休憩時間中に入りたいですので、まずは物販会場に行きます。」
「了解。」
「それでは、パスカルさん、ぼくたちは会場に向かいます。」
「それじゃあ、監督、また私たちの撮影の時に。」
「湘南はまた。軍曹は入試を頑張って。」
「はい。」「はい。」
誠とハートレッドは物販会場に入った。
「へー、特典会はチェキ撮影とジャケットサインか。何グループも同時にやっているから、やっぱり壮観ね。」
「一応、特典会と言うより物販会で、チェキはチェキだけで1000円、サイン入りチェキが2000円ぐらいの料金を取っているところが多いです。CDも売っていて、その場で演者がCDにサインをしています。」
「私もチェキを撮ってこようかな。」
「マスクをしたままですか?」
「外してバレても、今度地下アイドルの役をするので、勉強のためにスタッフさんと見に来たとごまかせば大丈夫よ。」
「それでごまかせるかもしれませんが、騒ぎになるかもしれませんから、止めておいた方が無難だと思います。」
「そうか。お兄さんの撮影に支障をきたすかもしれないしね。」
「有難うございます。あと3分ぐらいで休憩時間になります。そうしたら会場の関係者エリアに入ります。」
「了解。」
koko
会場に入ると、誠はレコーダーをPAに渡してPAがセットするところを確認すると、関係者席に三脚を立ててカメラを取り付けた。レッドに説明する。
「音声はPAが録音したものとカラオケ音源で作成しますので、カメラに付けたこのマイクは、タイミングを合わせるためと、観客の声のために録音します。」
「分かった。」
「これがヘッドセットですので、装着してレベル合わせに使ってください。」
「分かった。お兄さんは何をしているの?」
「今回はカメラを固定する予定ですので、僕の仕事はピントの確認です。次のユニットで撮影の練習をしましょう。」
「了解。」
少しして、ライブ再開のアナウンスがあり、辺りが暗くなった。
「録画をスタートさせます。」
「パフォーマンスが始まり次第、音声レベルを確認するね。最大でマイナス3dBぐらいにすればいいんだよね。」
「その通りです。さすがです。」
「へへへへへ。アキさんには負けない。」
「あの、収録でレッドさんが勝つ必要はないと思いますが。」
「それでも。」
「分かりました。」
すぐに『ビーチハウス』のメンバーが登場してきた。
「全員、水着。」
「はい、それが売りです。」
「それで、すごいスタイル。何カップ?」
「えーと、DとEらしいです。」
「さすがのお兄さんもチェックしているんだ。」
「パスカルさんが宇田川企画の社長さんと知り合いで、パスカルさんから聞きました。」
「なるほど。私もギリギリ入れるよ。」
「そっ、そうなんですね。でも、入る必要はないと思います。」
「首になったときに考えておこう。」
「絶対に不要だと思いますが、宇田川企画に用がある場合にはパスカルさんに言えば、話を通すことはできると思います。」
「さすが監督、顔が広い。」
「はい、さすがだと思います。」
誠とハートレッドは『ビーチハウス』が終わると、撮影した録画や録音が良かったかどうかのチェックを始めた。次の『トーピードガールズ』が出てきてパフォーマンスを始めた。
「こっちの衣装は、超ミニと短パンだけど見せパンを履いているから普通よね。」
「はい、衣装は普通だと思います。」
「とすると、売りはダイブね。」
「さすがです。その通りです。」
ライブが盛り上がってきたところで、アイドルのうち3人が客席にダイブし、1人が観客の上で手渡しで運ばれ、2人が客の上を歩き出した。
「これがダイブか。初めて見た。」
「ダイブ自体はロックで始まったんじゃないかと思います。」
「ミサさんがダイブをしたら観客は喜びそう。」
「レッドさん、美香さんには、そういうことを言わないでもらえると嬉しいです。」
「ミサさんには、良くわからないままやってしまいそうな危うさがあるから?」
「はい、その通りです。」
「私は?」
「レッドさんは考えるとは思いますが、ユニットのためならやってしまうところがありそうです。やらない方がいいと思いますが、もしやるとしてもレッドさんがロックシンガーとしてステージに立っている時だと思います。」
「お兄さんが悲しむならやらないけど。」
「やはり王道から外れるのは悲しいですのでやらないで下さい。」
「分かった。」
「ビデオは大丈夫そうね。うん、音声も大丈夫。」
「はい、こちらでも確認しました。」
「次は本番か。」
「はい。念のため、今から録画をスタートします。」
「了解。」
誠がビデオの撮影を初めて、ハートレッドが音声レベルを確認した。
『トーピードガールズ』のパフォーマンスが終わると、徹がハートレッドのところにやってきた。誠は二人を見守ることにした。
「お姉さんは、ハートレッドさん?」
ハートレッドが隠れてマスクを外して言う。
「そうだよ。でも徹君、今日は違う仕事で来ているから、私を軍曹って呼んで。」
「分かった。軍曹さん、こんにちは。」
「徹君、こんにちは。お利口さんね。」
「有難う。」
「これから、徹君のお姉さんのユミさんと、お友達のアキさんのビデオを撮影する仕事があるんだ。」
「軍曹さんの方がずうっと上手なのに。」
「本当に?有難う。でも、徹君のお姉さんも上手だよ。」
「うそ。」
「嘘じゃないけど、私はもっと上手になるために、撮影の勉強をしたかったの。」
「そうなんだ。」
「ごめんなさい。徹君のお姉さんのステージが始まっちゃうから、お姉さん、撮影に戻らないといけない。徹君はパパと一緒にお姉さんのパフォーマンスを見ていてね。」
「分かった。」
徹が去ったところで、安心した誠がハートレッドに話しかける。
「会場の音を録りますので、会話はなしでお願いします。」
「うん、了解。これからユナアロの番が終わるまで黙るね。」
「有難うございます。」
アキとユミが出てきてパフォーマンスを進めていった。そして、新曲を披露する番になった。誠とハートレッドが見合ってうなずいたあと、モニター画面に目を戻した。アキとユミがMCを始めた。
「『急に呼び出さないで』を歌ったよ。」
「皆さん、応援してくれて、有難うございます。」
「次で最後の曲になるんだけど、何と新曲。」
「タイトルは『おたくロック』です。」
「私みたいなオタクの女の子の気持ちを歌ったロック調の曲だよ。」
「すごく元気が出る曲だから、是非是非、覚えて帰ってください。」
「そしてこの曲で、ジャパンアイドルフェスティバル、JIFの予選に応募するんだ。」
「JIF予選はビデオのいいねの数で出場の可否が決まります。」
「だから、みんな、絶対、JIFの予選会のページに行って、『ユナイテッドアローズ』のビデオにいいねを押してね。」
「私からもお願いします、ぜひ、いいねを押して下さい。」
「みんな、小学生の女の子のお願いなんだから、言うこと聞かないとだめだよ。」
会場から「はーい。」という返事が返ってきた。
「それでは『おたくロック』を歌うよ。」
「聴いて下さい。」
アキとユミが『おたくロック』を無事に歌って、ステージから下がっていった。ハートレッドが誠に話しかける。
「二人ともミスなくできたわね。」
「はい、安心しました。これなら配信しても大丈夫そうです。」
誠とハートレッドは帰る準備を始めた。そこに徹がやって来てハートレッドに話しかけた。
「軍曹さんは、これからどこに行くの?」
「これから事務所に帰って、徹君のお姉さんが映っているビデオを編集するんだよ。徹君のお姉さんも、間違えないでちゃんとできていたから、いいビデオができると思う。」
「そう。」
「ビデオができたら、徹君も見れるから楽しみにしていてね。」
「分かった。」
「それじゃあ、徹君、またね。」
「軍曹さん、またね。」
「バイバイ。」
「バイバイ。」
ハートレッドは徹に手を振りながら出口に向かった。徹も小さく手を振り返した。誠は正志に一礼をしてから、ハートレッドの後を追い、ライブ会場を後にした。
明日夏INパラダイス @Ed_Straker
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