第58話 再撮影

 次の日の金曜日の昼休み、ハートレッドが遠隔会議のリンクをクリックしたことの通知が来た。誠が遠隔会議をスタートさせる。パスカルもすぐに入室してきた。

「こんにちは、お兄さん、監督。」

「こんにちはです。」

パスカル:こんにちは、俺は話せないので様子を見ている

「絵コンテを描き直してきたから見てみて。数学の質問はその後で。」

「パスカルさんが先に出なくてはいけないですから、今回はそうしましょうか。」

「有難う。」

「それでは、こちらから表示させます。」

誠がハートレッドが描いた絵コンテを会議システムに共有する。

パスカル:絵が二人に良く似ているな

「はい、パスカルさんの棒人間とは雰囲気が変わりますね。」

「有難う。」

パスカル:否定はしない

「やっぱり分かりやすいですね。」

パスカル:そうだな

「表情の感じも分かりますね。」

パスカル:その通り

「この通りにやってみましょうか。」

パスカル:了解だ

「問題はアキさんたちができるかですね。」

パスカル:そうだな

「どうせ行くから、アキさんの分は私が実演してみるよ。さすがに、18歳で11歳の真似をするのはかなり無理があるけど。」

「年齢の差は問題でないと思いますが、身長がだいぶ違いますので、アキさんの分だけでもお願いします。」

パスカル:賛成

「分かった。頑張ってみる。」

「少し心配しているのは、ハートレッドさんのパフォーマンスを見て、アキさんが自信を失うことです。」

「そんなことがあるの?」

「夏に妹がアキさんのパフォーマンスを真似して見せたときに、自信を失いかけていたことがあったので。」

「でもお兄さん、私はやるなら全力でやるよ。」

「はい、それがプロですよね。」

「それで自信を失うようだったらプロにはなれないわよ。たとえ敵わないと感じても、何か自分のために盗めないかぐらいのことを考えるようじゃないと。」

「厳しい言葉ですが、レッドさんの言う通りだと思います。」

パスカル:そうだな

「監督はさっきから、そうだなとか、その通りとかばっかりね。」

パスカル:タイプが簡単だから

「ははははは、なるほど。」

「分かりました。アキさんのフォローはこちらでしますので、レッドさんはレッドさんが思う通りに行動して下さい。」

パスカル:おう、アキちゃんのフォローはこっちの仕事だな

「はい。」

「二人とも優しいんだ。」

「やっぱり心配ですから。」

パスカル:俺たちは大人だから当然

「セクシーダンスを見ただけで、鼻血を出す間は大人とは言えないわよ。」

パスカル:はい

「あともう一つ、当日、ユミさんの小学校2年生の弟を面倒見る人がいないそうで、ユミさんがスタジオに連れて来る予定です。」

「もしかして、徹君?」

「その通りです。大丈夫とは思いますが、小さい子供は突然動いたりすることがありますので、申し訳ありませんが、近くにいる時は注意して下さい。」

「分かった。」

「それでは数学の質問をどうぞ。」

「えー。」

「今日を含めてあと3日、合格をより確かにするために頑張りましょう。」

「わかったけど、塾の先生みたい。」

「あと3日間は、そういう役割ですから。」

「それが終わったら?」

「メジャーのアイドルとオタクでしょうか。」

パスカル:そうだな

「とりあえず、来週から仕事も入るけど、再来週の月曜日にも試験があるので、来週も少し見てくれると嬉しい。」

「はい、頑張らせて頂きます。お忙しいでしょうから、昼と夜なら短い時間しかなくても、遠隔会議で対応します。」

パスカル:おう、もちろん

「合格発表は再来週の火曜日ですから、試験の方が先なんですね。」

「その通り。後はセンター試験の成績だけで決まるところを滑り止めに申し込んでいるけど、試験は再来週の月曜日でおしまい。」

「センター試験の結果は良かったですので、そっちは絶対に受かると思います。」

「有難う。でも青山に絶対受かりたい。」

「それも、赤坂さんの実力を出すことができれば絶対大丈夫です。パスカルさんもそう思いますよね。」

パスカル:この数年の試験問題を見る限り大丈夫だ

「有難う。それじゃあ、勉強を始めようか。」

「了解です。」

その後、誠がハートレッドの質問に答えた。途中でパスカルが仕事のために退出する。

パスカル:俺はこのあたりで退出する。絵コンテ、本当に有難う。国語・古文・漢文の質問があったら、夜、連絡してくれ。

「有難う。仕事、頑張ってね。」

パスカル:湘南、アキちゃんたちには共有しておく

「有難うございます。一応、公開しないように釘を刺しておいてください。」

パスカル:分かってる。では。

「では。」

「はい、では。」


 パスカルが退出し、数学の質問が終わったところで、ハートレッドが誠に質問をする。

「変身シーンのことを聞いていい?」

「はい。」

「ありきたりだけど、変身シーンでは服が取れていって、メンバーが一度レオタード姿のシルエットになるんだけど。」

「なるほど、パスカルさんが退出した後に撮影の話を出すのはそういう話題だからですね。」

「まあ、鼻血を出しながら仕事場に戻ったらカッコ悪いと思って。」

「優しいですね。」

「それで、レオタードの色をどうしようかと思って。」

「服が脱げていく途中はまだ肌色ですよね。」

「その通りなんだ。だから肌色のレオタードを着るか、クロマ合成用に緑のレオタードを着るか、どっちがいい?」

「たぶん、背景もクロマ合成で作ると思いますので、肌色のレオタードの方が編集は簡単だとは思います。ただ、費用をかけていいなら編集者が何とかするはずで、どちらでも大丈夫だと思います。」

「それじゃあ、肌色のレオタードにするか。プロデューサーの手持ち予算で制作するから節約した方がいいから。」

「詳しくは編集を担当する方に聞く方がいいと思います。」

「だから、聞いているんじゃん。」

「いえっ、僕たちを信じてくれるのは嬉しいですが、能力的に無理だと思います。」

「まあね。お兄さんたちにお願いするのは、メーキング映像の方。」

「メーキング映像ですか。手持ちカメラで撮影風景を撮影したり、出演者から話を聞いたりするんですね。」

「そう。」

「それなら、僕たちもできないこともないですが。」

「アキさんも、みんながいた方が安心するから、お願いしやすい。」

「分かりました。パスカルさんには変身シーンのことは話さないで相談します。」

「有難う。監督がだめなら、お兄さんが撮って。」

「僕の心拍数が150を超えたらアキさんにお願いします。」

「ふふふふ、そうして。」

「でも、メンバーの皆さんのレオタード姿が公開されることになりますが大丈夫ですか?」

「レオタードの下にも、専用の下着を着るみたいだから大丈夫。できれば、そのこともメイキングのビデオで紹介して。」

「分かりました。」

「お兄さんたちもどう?レオタードを着て出演するのは?」

「せっかく綺麗な映像が汚くなりますので出ませんが、もし男性を変身させるなら『ヒートマップ』の皆さんではないですか。」

「『ヒートマップ』のこと、プロデューサーから聞いたんだ。」

「いえ、亜美さんから聞きました。それで、亜美さんがアキさんに気を付けるように注意していました。」

「アキさんなら大丈夫だと思うけど、確かにいい話は聞かないわね。プロデューサーが『ヒートマップ』のプロデューサーにお願いされて使うみたいだけど。」

「でも、すごいイケメンなんですよね。」

「私はあまり好きじゃないんだけどね。お兄さんたちとか『デスデーモンズ』の皆さんの方がずうっと可愛い。」

「有難うございます。男性なら、レオタードでなくて水着で済みますから撮影は簡単かもしれません。」

「肌色の男性用競泳水着ね。お兄さんはやっぱりそっちなんだ。うん、うん。」

ハートレッドが親指を出してグッジョブを示すポーズをする。

「違います。」

「そうなの?残念。それで、月曜日の試験が終わったら、明日夏さんと絵コンテを作り始めるから、できたら見てみてくれる?」

「僕で良ければ見ます。」

「有難う。それじゃあ、次は夜か。今日は仕事の後だから遅くなるけど。」

「僕も妹と電車の中かもしれませんが、様子を見ています。」

「有難うね。」


 夕方、パスカルがアキたちに再撮影の絵コンテについて連絡する。

パスカル:湘南が昼にアップロードした絵コンテを見てくれる

アキ:了解、ちょっと待ってて

ユミ:少し待ってて下さい

アキ:見れたよ。絵がすごく奇麗になった

ユミ:分かりやすくもなっています

パスカル:撮り直しはこの絵コンテに沿ってやる予定。変わったのは位置取りとか表情とかで、振りは変えていない

アキ:まあ、そうじゃないと明日だけの撮影じゃあ無理だもんね

ユミ:この絵コンテはプロの方が作ったんですか

パスカル:その通り

湘南:申し訳ないですが、著作権の関係で公開はしないで下さい

パスカル:それは湘南の言う通りだ

アキ:分かった

ユミ:分かりました

アキ:アップはカメラに自分から寄るんだ

パスカル:2人ならその方が親近感が湧くだろうということ

アキ:分かる。ユミちゃんは明日の午前中は空いている?

ユミ:はい、空いています。アキ姉さん、練習しましょう

アキ:もちろん。場所は広い方がいいからユミちゃんの家の近くの公園かな

ユミ:少し寒いですが、うちのAVルームだと狭いので了解です

アキ:動けば暖かくなるから大丈夫。それじゃあ今夜は各自練習しておくよ

ユミ:了解です。ところでアキ姉さん、明日、出演の話は受けるつもりですか

アキ:ユミちゃんは『ヒートマップ』に会いたいのね

ユミ:はい。話すこともできるかもしれないですし

アキ:分かった。前向きに考える

ユミ:有難うございます

パスカル:ユミちゃん、こういう時は、お姉ちゃん大好き、だよ

アキ:パスカル、キモイ

ユミ:でもプロデューサーの言う通り、アイドルなら、それぐらい言えなくてはだめかもしれません

アキ:そうか

ユミ:アキ姉さん、大好き

アキ:ユミちゃんに言われると、裏がありそうで怖い

ユミ:裏はありません。もし『ヒートマップ』に誘われたらOKして下さい。それだけです

アキ:それだけって

ユミ:アキさんはプロデューサーと湘南兄さんが尾行して守ればいいんじゃないんですか

アキ:尾行をまかれたら

湘南:絶対に行かない方が良いと思いますが、それでも行くとしたら、念のため二人とも位置が分かるタグを持って行って下さい。家の自動車で後を追います

アキ:こういうことは、湘南が頼りになるか

パスカル:ユミちゃんの場合はマリさんと正志さんの許可がないとだめだからね

湘南:はい、それはパスカルさんの言う通りです

ユミ:分かりました。ママとパパの許可をもらうように頑張ります

パスカル:湘南、マリさんはともかく、正志さんは大丈夫だよな

湘南:一応大丈夫だと思いますが

パスカル:一応としか言えないか

湘南:はい


 その日の夜は、帰りの電車の中で誠と尚美が見守る中、パスカルが遠隔会議システムでハートレッドの国語の質問に答ていた。質問と回答が終わったところで、ハートレッドが尚美を呼んだ。

「プロデューサーも見ているんですか?」

湘南:はい見ています。電車の中から様子が分かるのは面白いです

「私も始めは驚きました。便利な世の中になりましたよね。」

「コロナの後から、外部との会議は本当に遠隔会議が増えたよ。」

湘南:溝口事務所はそれほどでもないですが、パスカルさんのところはそうでしょうね

「出張が減って、楽になったけど楽しみも減ったかな。税金が節約できるからしかたがないけど。」

湘南:パスカルさん、レッドさんに丁寧に教えていたと思います。私も勉強になりました

「高校の勉強が分かるのはさすがだけど、妹子ちゃんのためにもなれば嬉しいよ。妹子ちゃんの志望校は東京大学文Ⅱ?早稲田政経?それとも英語が得意だから海外留学と言うのもありか。」

湘南:全部考えていますが、今は何とも言えません。

「将来の志望が変わるかもしれないし、高校2年のころに決めればいいんじゃないかな。」

湘南:はい、そうしたいと思います。それで、お兄ちゃんはどうするの?

湘南:アメリカの大学院には行ってみたいけど、英語が不得意だから。今の大学に不満もないし、進学するかも

湘南:分かった

「プロデューサーが海外留学するのでしたら、それまでに独り立ちできるようにならないといけないですね。あと何年になるんでしたっけ。」

湘南:4年後です

「上手くいけば、私が大学を卒業する年ですね。頑張らないと。」

湘南:レッドさんの本当の志望は何なんですか?

「今の質問は、お兄さんですか?」

湘南:はい、そうです

「もともとはダンサーだったんだけど、今は『ハートリンクス』を成功させたい。その後はたくさんの人が喜んでくれるような仕事かな。」

湘南:それなら、可能性を広げるためには大学に受かっておいた方がいいと思います

「分かっている。」

湘南:赤坂さんは、試験が近いので早く寝て早く起きるくせをつけるようにして下さいね

「分かった。歯を磨いて寝る。それじゃあ、お兄さん、監督、明日の午後を楽しみにしているよ。よろしくね。」

湘南:よろしくお願いします

「おう、よろしく頼む。」

「プロデューサーも、有難うございます。おやすみなさい。」

湘南:おやすみなさい


 遠隔会議を終えたところで、尚美が誠に話しかける。

「お兄ちゃん。」

「明日のことが心配なのかもしれないけど、レッドさんのためにならないことはしないし、尚が恥をかくようなことは絶対にしない。」

「ならいいけど。」

「パスカルさんも、レッドさんも、責任感が強いから勝手に変なことはしないと思うよ。」

「それも分かっているけど。なんか、3人の仲がよさそうだから。」

「コッコさんとパスカルさんと僕みたいなもんじゃないかな。」

「そうかもしれないけど。」

「明日の午後は時間があるんだよね。」

「うん、亜美さん以外は開いている。」

「それじゃあ、尚も来たら?」

「来てもいい?」

「もちろんだけど。」

「分かった。そうする。」


 次の日の土曜日、『トリプレット』の午前中に雑誌取材があるため、誠と尚美は朝からパラダイス興行に向かっていた。事務所には、悟、久美、ハートレッドがいた。

「おはようございます。」「おはようございます。」

「尚ちゃん、誠君、いらっしゃい。」

「尚、少年、おはよう。」

「プロデューサー、お兄さん、おはようございます。私は社長のお言葉に甘えて、勉強しに来ています。」

「社長、ご協力有難うございます。」

「誠君、レッドちゃんがいると、男性のバンドメンバーがやる気を出すから、事務所のためにもなっているんだよ。」

「悟もやる気が出ているよね。」

「そっ、そんなことはないよ。」

「橘さん、イケメン社長のおかげで、事務所の女性メンバーのやる気が出ているんじゃないでしょうか。」

「そうかもね。しかし、レッドがいると悟がやる気になるのは、私を含めてこういう気遣いできる女性が、うちの事務所にはいないからかな。」

ハートレッドのノートを見ていた尚美がハートレッドに話しかける。

「レッドさんの国語のノート、イラスト入りですね。」

「その方が、状況を理解しやすいですから。時間があれば、漫画化してみたいんですが。」

「受験が終わったら、SNSで4コマ漫画を出したりすると面白いかもしれませんね。」

「はい、是非、やってみたいです。」

「そのためにも、受験勉強頑張って下さい。」

「はい、頑張ります。でも、1時間半ぐらい勉強したので、少し休憩します。」

「うん、ハートレッドちゃん、頑張っていたよ。」

「私も受験のころを思い出す。」

誠が久美に話しかける。

「橘さんは、そのころ付き合っていた人に勉強を教えてもらっていたんですよね。」

「少年、そんな話、よく覚えているな。」

「それで、大学に入学したら振ったんですよね。」

ハートレッドが驚く。

「えっ、橘さんって、そんな酷い人だったんですか。」

「いいやつだったんだが、大学で他に好きな男ができたから仕方がないだろう。」

「何も悪いことをしていないなら、私は一度お付き合いした人を振ったりはしません。」

「レッドちゃんは、お祖母ちゃんやお母さんの影響でそう考えるのは分かるけど、もし他にすごく好きな人ができたら、あまり無理をする必要もないと思うよ。」

「社長は、絶対に橘さんの味方ですよね。でも、そういうところがいいんです。」

「社長、心配しなくても大丈夫です。レッドさんの場合は、別れないで付き合う人を増やしていけばいいんだと思います。」

「お兄ちゃんは、たまに変なことを言うよね。」

「そうか、ごめん。」

「いや、尚、少年の言う通りかもしれない。」

「そうなんですか?」

「この前、レッドは私に、男性同士が了解していたら二股をかけていいかと聞いていた。」

「そっ、そうなんですか。」

「久美、あの時の話は、恋人というより仲間と言う感じだったと思うよ。」

「悟はそう言っていたね。」

「レッドは好きな男性がいるの?」

「好きな男性ですか。社長、お兄さん、監督、大輝さん、治さん、翔さん、秀樹さんと和さんです。」

「なるほど。悟が言う方が正しそうだな。でも、レッドを裏切ることが絶対になさそうなやつらばかりだが、そいつらじゃ刺激がないだろう。」

「社長、なんか言われていますよ。」

「誠君もね。」

「社長がガツンと行くしかないですよ。」

「誠君、無理を言わない。」

「こんな感じで、いっしょにいて安心できます。」

「そうだけど、安心第一というわけか。まあ、本気で恋愛をすればレッドも変わるかもしれないけどな。」


 ハートレッドが祖母を思い出しながら答える。

「それはそうかもしれません。無理に付き合わされて、捨てられても死ぬまでずうっと好きだった人を知っていますから。」

「だから、レッドちゃんは恋愛に距離を置くのかもしれないね。でも、レッドちゃんなら慌てる必要はないから。」

「僕もそうだと思います。亜美さんは10年待つと言っていますし。レッドさんも10年後からでも余裕で相手はいると思います。」

「亜美の話は、さすがの私でも驚くがな。まあ、レッドも自分の気持ちを大切にするんだな。」

「有難うございます。そうします。」


 誠が話を変える。

「それで、誠君、急に呼び出した理由は、知っていると思うけど、昨日、溝口社長から『ハートリンクス』の4曲目の制作の依頼があって、その相談をするためなんだ。」

「はい、その話は妹から聞いています。」

「アイシャちゃんもヴァイオリンのレッスンが終わったらこっちに来る予定。さすがに4曲連続となると、良い曲を作るのはなかなか大変だ。」

「そうですね。一案としてはパラダイス興行は元々ロックバンドの事務所でしたので、今までにロック調の曲がなかったので、ロック調かなとは思います。」

「うん、実は僕もロック調でまとめるのが良いかなと考えてたところなんだ。」

「私もロックを歌ってみたいですが、橘さん、早いですか?」

「うーん、早いと言えば早いけど、明日夏とかを見ていると、不十分でも表に出て歌うことが上達の秘訣なんじゃないかと思えてきたから、いいんじゃないかな。」

「僕もそう思う。誠君は?」

「明日夏さんの場合は、橘さんの指導が適切だったことや、表で歌うことがやる気に繋がって良かったと思いますが、年齢が近く仲が良くて歌が上手な美香さん、亜美さんが近くにいたことも刺激になって良かったと思います。」

「そうだね。ミサちゃんと亜美ちゃんはお互いいい刺激になっていたね。」

尚美が悟に話しかける。

「実は社長、私もロック調の曲を歌ってみようと思って、兄に曲を作ってもらっているところです。」

「それはいいと思うけど、作詞はどうする予定?」

「自分で作詞するつもりです。」

ハートレッドは「プロデューサーの明日夏さんへの対抗心かな。」と思いながら誠に尋ねる。

「お兄さん、プロデューサーのどんな曲にするつもりなの?」

「妹が作る歌詞と合わせていく予定ですが、だいたい出来ていますので、もし良かったら聴いていただけますか?」

「もちろん。」


 誠がパソコンをスピーカーに繋いで曲を流す。曲が終わったところで悟が感想を述べる。

「誠君、尚ちゃんはこれを歌えるの?」

「はい、妹ならなんとかなります。」

「仮に歌詞を付けて歌っていますが、大丈夫です。」

「これはプロデューサーしか歌えない曲になりそうですね。」

「少年、尚のことより、こんな速い曲、人間じゃ演奏ができないぞ。」

「あっそうか。演奏のこともありますね。」

「『デスデーモンズ』がこの曲に集中して練習すれば、何とかなるかもしれないから、完成したら聞いてみるよ。」

「僕は楽器ができないので気が付きませんでした。分かりました。『デスデーモンズ』の皆さんがきちんと演奏できる速さに調整します。」

「プロデューサー、これは『トリプレット』のワンマンで歌う予定ですか?」

「はい。4月リリース予定の曲を含めて『トリプレット』の持ち歌は12曲ですから、あと8曲ぐらいはなんとかしないといけないです。」

「私たちの方は『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』の寸劇で時間を使えますが、プロデューサーの方はそうはいかないから大変ですね。」

「由香先輩のソロダンス、亜美先輩のソロを含めても3曲ですから、新年会で披露したキャンディーズのカバーとか何か考えます。」

「分かりました。ところでプロデューサー。今日の午後にアキさんたちに話に行くときに、パフォーマンスの手本を見せようと思うのですが、もし時間がありましたらプロデューサーがユミさんの方をやってもらえませんか。」

「私もアドバイスできるならアドバイスをするために、様子を見に行く予定にしたのですが、手本ですか。分かりました。曲は知っていますし、やってみましょう。」

「有難うございます。」

「振り付けはどんな感じでやるんですか?」

「こんな感じです。」

ハートレッドが絵コンテを見せる。

「これは?」

「私が描きました。振りは基本的には元と同じで簡単ですので、プロデューサーならばすぐにできると思います。」

「そうですか。絵が上手ですね。」

「有難うございます。」

尚美が絵コンテを見て振りを覚える。

「お兄ちゃん、そのビデオの音だけもらえる?」

「分かった。」

誠が尚美にアキたちの『おたくロック』のファイルを渡すと、尚美とレッドが練習室に移動して練習を始めた。


 少しして、由香と亜美がやってきた。

「ちーす。」

「皆さん、お早うございます。」

「いらっしゃい。」「いらっしゃい。」「こんにちはです。」

「リーダーとレッド、何をやっているんすか?まさか、二人でユニットを?」

「えーー。」

「二人とも、そうじゃない。」

「それじゃあ、何なんです?」

「何なんですか?」

「今日の午後、アキさんにビデオ出演を依頼するために、アキさんたちのビデオ撮影現場にお邪魔するみたいだけど、アキさんたちの振り付けの手本を見せるという話だよ。」

「なるほど『ユナイテッドアローズ』を模擬しているんですね。」

「だから簡単な動きだけにしているんですか。ハートレッドさんがいますから亜美先輩はもう要りません、と言われないで良かったです。」

「ははははは、尚ちゃんがそういうことを言うとしたら、本当に亜美ちゃんが独り立ちしなくてはいけないときだと思うよ。」

「リーダーは我が子を突き放す親鳥みたいだな。」

「そうなっても、利益3:7ぐらいで私のプロデューサーを担当して欲しい。」

「7がリーダーか。」

「当たり前。」

「それじゃあ、俺は4:6ぐらいで、お願いしよう。」

「強気だな。」

「3:7でもいいけどな。」

「そうだよ。」

「あっ、またパフォーマンスを始めたな。」

「あれ、今度はリーダーが少し遅れている。普段ならタイミング完璧なのに。」

「たぶん、小学生ならその方が可愛いかもしれないと考えているんじゃないか。」

「そう言われればそうか。」

「でも、尚ちゃんとハートレッドちゃんのユニットは、今まで僕が見た中では最高の二人組アイドルユニットかもしれない。」

「社長はロックが本職と言いながら、そんなのばかり見ているんですね。」

「だから由香ちゃん、経営戦略として能力が高いアイドルユニットを作ろうとしたときに、いろいろ調べたんだって。」

「そう言えば、社長はそう言っていましたね。もう1年半ぐらい前か。」

「そうだね。あれからそんなに経つのか。」

「『トリプレット』のデビュー、悟は趣味と実益が得られて大成功だったわね。」

「まあ、由香ちゃんと亜美ちゃんがプロとして独り立ちできるようになれば嬉しいという意味では、趣味だな。」

「若い女性タレントを成長させるのが趣味だからですね。」

「由香ちゃん、その話はもう。」

「いえ、社長。俺はちゃんとした意味で言いました。違う意味で使ったのはレッドの方なんですよね。」

「そう言えば、そうだったね。」

「その由香が映画でベットシーンなんだから、世の中、分からないよ。」

「うるせー。その話はするな。」

「分かったけど、私も映画の撮影は見に行った方がいいか?」

「おっ、おう。リーダーは年齢的に無理だから、亜美でも来てくれた方が心強いか。」

「亜美でも、か。まあ面白そうだから行くよ。」

「サンキュー。」


 由香と亜美が来てから少しして、尚美、ハートレッドの2人が出てきた。挨拶をした後、亜美が話しかける。

「リーダーとレッドさん、午後の曹長たちに見せる手本の練習をしていたそうですね。」

「はい。せっかくこちらのビデオに出演をお願いに行きますので、レッドさんの発案ですが、少しは役に立たなくてはと思いまして。」

「亜美さん、曹長というのは、もしかしてアキさんのことですか?」

「はい。アキ曹長で私はミーア三佐です。」

「へー。曹長というとクルル曹長ですか?」

「そうではなくて、アムロ曹長の方です。」

「なるほど。機動戦士が好きと言うことですね。」

「曹長はダブルオーが一番好きなんだそうですが、それをきっかけにファーストから見ているみたいです。」

「それなら、『おたくロック』の振り付けの最後は、ラストシュートにした方が良かったかもしれないですね。」

「私はそういう話はよくわからないので、何とも言えませんが、レッドさんも本当に詳しいですね。」

「事務所に入ってからオタクについて勉強しましたから。」

「ダンスも上手ですから、今のパフォーマンスは外から見ていても勉強になりました。」

「亜美さん、ダンスは由香のを見た方がいいよ。」

「切れ切れダンスなら由香ですが、セクシーな動きならレッドさんです。」

「有難う。亜美さんの勉強になったら嬉しいです。私は今の練習で受験勉強をさぼれて嬉しかったです。」

「ははははは。分かります。」

「そう言えば、今日の午後に噂の徹君が見れるみたいですので、ちょっと楽しみです。」

「はい、徹君を面倒を見る人がいないということで、私が行って徹君の面倒を見ることになりました。」

「そっ、そうなの?」

誠が答える。

「はい、そういうことになりました。」

「お兄さんがそう言うなら大丈夫ね。」

「今までのイメージトレーニングや掲示板での情報収集の成果を見せることができます。撮影の邪魔にならないばかりか、徹君が転んだりぶつかったりする危険性が無くなって一石二鳥です。」

「そうですね。安心ですね。」

「はい。」


 ハートレッドが話を変える。

「お兄さん、最後のポーズをたぶんラストシューティングに替えると、監督さんに伝えてもらえますか。」

「はい、僕もさっき聞いたとき、すごく良いと思いました。でも、頭はどうします?」

「頭?あっ、そうか、ラストシューティングでは頭がないわよね。それじゃあ、できるだけ頭を後ろにのけぞらせることにする。」

「分かりました。早速、連絡しておきます。」

「有難う。本当はビームライフルがあるといいんだろうけど。」

「ビームライフル型の水鉄砲なら大きなおもちゃ屋さんに行けばあるかもしれませんので、パスカルさんにお願いしてみます。なければ、普通の大きな水鉄砲で。」

「うん、普通の水鉄砲でも用意できるなら、その方がいいと思う。でも、水鉄砲か。」

「今回のスタジオだと水を発射するのは無理だと思います。編集の時にビームが出ているように加工することはできますが。」

「まあ、水鉄砲で水を発射するのは夏に水着を着て撮影するときに使うのかな?」

「『ハートリンクス』の5人が個別の写真集を出して、5巻セットの付録に水鉄砲で撃ち合っている映像や5人が水着を歌っているDVDをつけるといいかもしれません。絵コンテはハートレッドさんが考えるのがいいと思います。」

「プロデューサー、どう思います?」

「はい、いいアイディアだと思います。」

「大きな企画になりそうだから、半年後だと出版は8月かな。」

「溝口社長と話してみますが、お兄ちゃんにしては発想が少しあくどいことが気になります。」

「セット売りなんか、普通なんじゃないですか。」

「尚が他のメンバーの底上げが問題と言ったからなんだけど。5巻が多いなら、レッドさんは一人、ブルーさんとイエローさん、グリーンさんとブラックさんの3巻で、3巻セットの付録にする方法もあるけど。」

「その方がいい気はするけど・・・。」

「プロデューサー、どうしたんです?」

「お兄ちゃんがパフォーマンスのことで熱心になるのなら分かるのですが、商売のことで熱心になるのは珍しいなと思って。」

「もしかしてお兄さん、撮影にかこつけて、私の水着姿が見たいとか?」

「さすがに、皆さんの写真集を撮る撮影技術もありませんし、パスカルさんの健康が心配ですので、撮影は出版社に依頼して下さい。」

「そうだよね。お兄さんはミサさんの水着姿を見て、胸に触ったこともあるんだったよね。さすがに、水着姿じゃミサさんには勝てない。」

「あれは、・・・・。」

「お兄さん、大丈夫。橘さんから状況も聞いたから。」

「有難うございます。でも、写真集の売り上げは外見だけでは決まりませんから、レッドさんの方が売り上げが多いかもしれません。」

「それは、ミサさんの方が、私より外見がいいということね。」

「そういう意味ではないです。」

「じゃあ、どういう意味?」

「えーとですね。」

「お兄さん、困っている。」

「一般的な意味です。」

「一般的な意味って?」

「・・・・・。」

ハートレッドが話を変える。

「あっ、分かった。プロデューサー、お兄さんが私たちの売り上げのことを考えるのは、プロデューサーがプロデューサーだからですよ。」

「はい?」

「自分の妹が私たちの売り上げで評価されるからですよ。明日夏さんが言っていましたよ。お兄さんはプロデューサーのためなら変なことでも考えるって。」

「そっ、そうなんですか。」

「ミサさんのワンマンでの胸の量の測り方とか。」

「ははははは、そうでしたね。あれは私がいけなかったですね。」

尚美は違和感を感じながらも納得した。ハートレッドが演技をしながら言う。

「お兄さんにとって、私なんて、所詮プロデューサーを喜ばすための道具なんです。」

「そんなことは絶対にないです。」

「分かっています。大丈夫です。プロデューサーが第一なのは仕方がないけど、水着写真集の特典映像の絵コンテを考えるのは手伝ってくれる?」

「もちろんです。」

「監督も大丈夫かな?」

「パスカルさんが鼻血を出したら良い絵コンテと判断できると思いますが、パスカルさんの健康が心配になります。」

「お兄さんの脈拍で計るのでもいいよ。」

「僕が先に見て心拍数が一定値を超えたら、パスカルさんは見なければいいんですね。分かりました。もし撮影が決まったら連絡して下さい。」

「そうする。」

「でも、お兄ちゃん、今の何なの?」

「レッドさんのパフォーマンスを見ると、場合によってはパスカルさんが鼻血を出すので、僕が先に見て、スマートウォッチで計った僕の心拍数が120を超えるものはパスカルさんが見ないようにするということ。」

「お兄ちゃんの心拍数も上がるの?」

「まあ、そうだね。」

「ふーん。私のパフォーマンスでは。」

「計ったことはないけど、頑張れと念じているから上がっているかもしれない。」

「レッドさんとは違う理由で上がるの?」

「それはそうかもしれない。」

「お兄ちゃん、こんど心拍数と血圧のグラフを見せて。」

「分かったけど、今はパスカルさんに今日の撮影の件で連絡しないと。」

「分かった。こんどでいい。」


 誠がパスカルにSNSに連絡する。

湘南:パスカルさん、いまパラダイス興行に来ていて、ハートレッドさんと最終シーンをラストシューティングに変えようという話になりました

パスカル:ラストシューティングって?

湘南:最初のガンダムが最後にビームライフルを撃つシーンのことです

パスカル:ガンダムか。分かった。

湘南:それで、大きなおもちゃ屋さんで、できればビームライフル型なんですが、無ければ普通の大きな水鉄砲を2丁用意して欲しいのですが

パスカル:了解。午前中に何とかする

湘南:有難うございます


 誠がパスカルと連絡している間に『トリプレット』のマネージャーの鎌田が迎えに来た。

「平田社長、橘さん、おはようございます。」

「おはようございます。今日も大変お世話になります。」

「おはようございます。」

「星野さん、南さん、柴田さん、おはよう。皆さんん元気そうですね。」

「鎌田さん、おはようございます。」

「おはようございます。」

「おはようございます。はい、今日は元気100倍です。」

「それはすごいですね。何かいいことがあったのですか。」

「仕事の後にいいことがあるんです。」

尚美は亜美が説明する前に説明を始める。

「午後から、ハートレッドさんの受験勉強の気晴らしに、レッドさん、亜美先輩、私とで遊びに行くことが決まったからだと思います。」

「ハートレッドさんもですか。それは羨ましい、あっ、もしかしてハートレッドさんですか。おはようございます。すごい綺麗な事務の方かと思っていました。」

「おはようございます。すっぴんだと分からないですよね。」

「そんなことはないです。すっぴんでもとてもお綺麗で、何で平田社長のところには綺麗な女性の方が集まってくるんだろうと思っていたところです。」

「有難うございます。今日は仕事と関係なく、ここで受験勉強をさせてもらっています。午後から遊びに行く予定ですので、今のうちに勉強しておこうと思いまして。」

「ハートレッドさんは勉強熱心とは聞いていましたが、本当に偉いと思います。すっぴんでも美しいレッドさんが勉強している写真を公開すれば、受験生の皆さんも本気で勉強する気になるんじゃないでしょうか。」

「有難うございます。でも、他の受験生はライバルですから。」

「そうですね。失礼しました。」

尚美が意見をする。

「鎌田さん、レッドさんと私たちとはだいぶ態度が違うようなんですが。」

「リーダー、俺もそう思った。何かデレデレしているというか。」

「リーダー、蒲田さんの奥様に言いつけましょうか。」

「そうですね。」

「ははははは、それは困ります。ここに長居をしてはいけなさそうですね。ワゴンはもうすぐ到着するそうですので、着たらすぐに出発しましょう。」

「はい、了解です。」


 パスカルとの連絡を終えた誠は「鎌田さんは、『トリプレット』のマネージャーだけど、僕はここではバイトだから。」と思い、こちらから挨拶していいものかどうか迷っていた。すると、鎌田も話題を変えたいのか蒲田の方から誠に挨拶をしてきた。

「私はヘルツレコード第二事業部の鎌田孝彦といいます。『トリプレット』のマネージャーを担当しています。パラダイス興行の方ですか?初めて見る方ですので、できればご挨拶をしようと思いまして。」

「有難うございます。はじめまして。岩田誠と言います。パラダイス興行ではバイトとして雑用を中心に仕事をしていますが、曲作りを手伝うこともあります。」

「岩田さん?」

「お察しの通り、星野なおみの兄です。」

「はい、私の兄です。」

「そっ、そうなんですね。それは大変失礼をしました。はじめまして、星野さんは名前通り第二事業部の輝く星です。」

「蒲田さんのお話は妹から伺っています。いつも妹が大変お世話になり、大変有難いと思っています。」

鎌田が誠と尚美を見比べる。

「有難うございます。妹と似ていないと思いますが、これが家族の写真で、両親の良いところを集めると妹になって、そうでないところを集めると僕になると言われています。」

「いえ、そういうことはないと思います。本当に聡明そうなお兄さんだと思います。」

「有難うございます。」

「話によると、大岡山工業大学の学生さんなんですよね。」

「はい。それが本業です。今日は妹をここまで送るためと、社長、アイシャさんと僕で、『ハートリンクス』の4曲目の相談をするために来たところです。」

「その話も聞きました。こちらの動きが遅くて大変お世話になっています。そう言えば、大河内さんと橘さんの写真集の記者会見では大活躍だったんですよね。」

「あまり力にはなれませんでしたが、記者の方が息を吹き返して良かったです。」

「それで、つかぬことをお聞きしてよろしいでしょうか?」

「どんなことでしょうか?」

「大河内さんとの関係なんですが。あの、絶対に悪いようにはしませんので。」

「僕にも良くわからないところもあるのですが、基本的には音楽仲間だと思います。大河内さんには、少し子供っぽいところがありますので、アメリカではナンシーさんがうまくサポートしてくれることを願っていますが、なにかサポートできることがあれば、僕もナンシーさんに協力する予定です。」

「お二人で会ったりすることは?」

「大河内さんとでしょうか?」

「はい、その通りです。」

「二人で会ったことはありません。妹やナンシーさんが席を外した時に数分間二人っきりになったことはあると思いますが。」

「有難うございます。だいたい、様子が分かりました。変なことを聞いてしまって申し訳ありませんでした。」

「いえ、大丈夫です。大河内さんにもし男性関係があれば、レコード会社としては気になりますから。私が感じる範囲では、今のところ大河内さんは音楽一本で、特に心配することはないと思います。」

「有難うございます。私もそう思います。」


 間もなく、ワゴン車が到着して『トリプレット』のメンバーと鎌田が、取材のために雑誌社を出発した。4人がいなくなったところで、久美が誠に尋ねる。

「少年、美香はアメリカに行ってしまって、しばらく帰ってこないが、美香と会う約束はしていないのか?」

「アメリカに出発する前日は引っ越しの手伝いがあるかもしれないので、24時間あけておいてと言われています。あとは、3月31日に20歳になったら、僕にお酒をたくさん飲ませて、本性を暴いてやると言われています。」

「誠君、ミサちゃんが出発するのは2月15日だよね。」

「はい、15日11時に羽田発の便で出発する予定です。」

「へー、お兄さんは2月14日にミサさんの引越しの手伝いをするの?」

「はい、美香さんにそう言われましたので、その通りです。」

「えー、事務所の決まりでチョコレートは無理なんだけど、お兄さんと監督に配布用の色紙にイラストを描いてあげようと思ったのに。」

「パスカルさんには申し訳ないですが、美香さんはアメリカで長期滞在ですので、そちらの手伝いを優先させる必要があると思います。」

「ふーん。」

「少年、そういうことなら15日の午前中まであけておいたほうがいいぞ。」

「久美は、また。」

「悟、二人なら大丈夫よ。」

「荷物が多いと作業が遅れることがあるということですか。美香さん、CDもたくさん持っているようですから、橘さんのいう通りかもしれません。分かりました。春休み期間中ですので、念のために15日も開けておきます。」

「うん、それがいい。」

「橘さん、引っ越しに詳しそうですが、アパートをよく追い出されたりするんですか?」

悟が笑う。

「ははははは。」

「失礼な。自分から出ていくだけだよ。しかし少年、美香にもそんなことを言うのか?」

「それは避けています。美香さんの場合、本当に傷つきそうですから。」

「そうかもしれないが、私は大丈夫なのか?」

「お酒を飲んで歌えば、人が言ったことぐらいなら、すぐ忘れてしまいそうですから。」

「まあ、そうだな。」

「でも、記者会見の様子を見ていると、美香さんと逆に、知らない人の視線をすごく気にしているように見えたのですが、もしかすると、子供のころに何かあったんですか?」

「相変わらず、余計なことを言う奴だな。」

「えっ、久美、何かあったの?」

「美香がおかしいんだよ。あんなたくさんの人の目を気にしないで、水着で堂々と歌えるなんて。芸能人としてはいいことなんだろうけど。」

「久美、何かあるなら、そのうち話して。」

「分かったよ。」

誠は久美にあまり深く聞いても良くないと思い、話をずらす。

「橘さん、とりあえず濃い目のサングラスをかけるとかしてみたら如何ですか?」

「サングラスって、ラスカルか!」

「橘さんの場合は、自分の視線を隠すためにサングラスをしているパスカルさんとは逆で、相手の視線を隠すためにですので、目的が違います。それに、橘さんはサングラスが似合うと思います。社長はどう思います?」

「確かに、サングラスをかけているロック歌手はいるからね。」

「悟も言うなら考えておく。だが、少年は私の心配より、もっと美香の心配してやれ。」

「そうでした。美香さんに送る荷物のチェックリストを作っているか、妹から確認してもらおうと思っていたのですが、忘れていました。」

「チェックリストはいいけど、少年は美香に直接連絡しないのか?」

「妹と3人で入っているグループチャットはありますが、緊急時以外は僕からは使わないようにしています。」

「尚に内緒で、美香から少年に連絡する手段はないのか?」

「妹に内緒だと・・・、ないと思います。明日夏さんとは、曲を作る関係で二人のチャンネルがあります。亜美さんは、妹が入っていないユナアロのチャンネルに入っています。」

「私はお兄さんの連絡先が分からなかったので、『ユナイテッドアローズ』のホームページにあったコンタクトアドレスから連絡しました。」

「なるほど。でも、それは美香には無理そうだな。」

「僕もそう思います。」

「友達申請をすればいいんじゃない?」

「でも、そういうことを自分でしたことがなさそうで。」

「確かに溝口エイジェンシーでも、SNSの友達はナンシーさんぐらいじゃないかな。」

「ハートレッドさんもSNSの友達じゃないんですか。」

「部門が違うから、そんなに接点がなかったし。」

「ミサさんも方法を知っておいた方がいいと思いますので、ハートレッドさんから友達になろうと言って、ミサさんに教えてあげてもらえないでしょうか。」

「それでミサさんに友達申請の方法を覚えさせて、ミサさんから自分に友達申請をさせようと。お兄さんもなかなか策士ね。」

「違います。だったらいいです。」

「ごめん。教えるのは構わないけど、ミサさんとはパラダイス興行でしか接点がなくて。」

「機会があったらで構いません。」

「分かった。」


 久美が誠に話しかける。

「でも少年、明日夏とは個別に話せるんだな。」

「はい。ですが、曲の相談にしか使っていません。僕は内容を見せても構わないのですが、明日夏さんの許可を取らないと。」

「心配いらない。少年が真剣なら何をしても構わないよ。」

「橘さん、明日夏さんが遊びでも?」

「うーん、それは考えにくいな。」

「そうですね。私も遊びでは付き合わないかな。」

「しかし、本人同士が了解している真剣な二股というのは、私の理解を超えていて、いいのか悪いのか分からない。」

「レッドさんの場合は、BLを見ていたいだけじゃないんですか?」

「見ているだけじゃなくて、一緒に生活をしてBLを愛でたい感じかな。」

「なるほど。やはり僕の理解を超えていて、良いのか悪いのか分かりません。」

「分かんないか、残念。でも、そういうことができるのは10年後かな。」

「それまでは、芸能活動に集中ですね。」

「その通り。」

「私には、最近の若い子は分からん。」

「久美がそうなんだから、僕には全く分からないけど、元気で楽しくやって欲しい。」

「僕も同意します。そうだ、とりあえず美香さんがアメリカに持っていく荷物のチェックリストのことを、妹に連絡しないと。」

「うん、それがいいね。」


 取材に向かうワゴン車の中で鎌田が尚美に質問する。

「皆さんが言っていた、大河内さんが星野さんのお兄さんに片思いをしているという件は、お兄さんは本当に全く分かっていないのですか?」

「はい、そうだと思います。」

「近くの女性が見れば、それは明らかなんですか?」

「はい、ハートレッドさんも二人の様子を1回見ただけで分かっていました。」

「ハートレッドさんも知っているんですね。」

「はい。」

「なるほど。」

「兄ちゃん、頭がいいから、ミサさんの態度がすこし変と思っても、自分を好きなことは理論的にあり得ないと判断しているんじゃないかと思うぜ。」

「理論的にあり得ないですか。由香先輩の言う通りかもしれないです。」

「由香にしては、的を得ているよ。」

「何だよ、由香にしてはって。亜美、馬鹿にしているのか?」

「いや、褒めているんだよ。鎌田さん、ミサさんが直接告白しないと、二尉には分からないんじゃないかと思います。」

「そうですよね。確かに大河内さんが自分に好意がありそうな態度を取っても、親切なだけだろうと考えてしまいますよね。良く分かりました。有難うございます。」


 尚美に誠からSNSのメッセージで連絡が届いた。

誠:さっき、美香さんの話で気が付いたんだけど、美香さんに荷物のチェックリストを作ったか念のため確認してもらえる

尚美:ナンシーさんが作っていそうだけど、プライベートのものがあるかもしれないから聞いておく

誠:有難う

尚美:お兄ちゃんは、美香先輩が日本からいなくなって寂しくないの?

誠:木曜日にパスカルさんと、ハートレッドさんの家庭教師がなくなると寂しくなるけど、ユナアロのプロデュースに専念しようと話したところ。それと同じかな

尚美:アキさんたちか

誠:そういえば、春からユナアロだけじゃなくて、人妻トリプレットかトリニティのプロデュースもするんだよ。マリさんの話によれば、アルトの人も歌が上手らしいので少し楽しみ

尚美:そのユニットの練習があって、マリさんが面倒を見れないから、徹君が来るんだっけ

誠:その通り。だから尚が僕の心配をする必要は全くないよ

尚美:分かった


 尚美がミサに連絡する。

尚美:美香先輩、兄がアメリカに持っていくチェックリストを作ったか尋ねています

美香:誠が!仕事に関するものはナンシーが作ってくれるんだけど、自分のものも作らなきゃだめだよね

尚美:そうだと思います。作ったらこちらでも確認しましょうか

美香:有難う。抜けていると送ってもらわないといけないもんね


 尚美が誠に返信する。

尚美:仕事に関するものはナンシーさんが作っていて、プライベートのリストを作ったら送ってくれるって

誠:分かった。もし美香さんからリストが来たら、僕が見てはまずそうなものを尚が外してから僕に送って

尚美:分かった


 昼前にヴァイオリンのレッスンを終えたアイシャが事務所にやってきて、悟がアイシャに4曲目の説明をし、アイシャから意見を聞いた。

「ロック調の曲なら、社長か誠君が最初に作曲をして、その後でアレンジしながら変えていく方がいいと思います。」

「僕もそれがいいと思う。誠君は何か意見がある?」

「ロック調の曲を使う最大の問題は、レッドさん以外のロックの歌唱力でしょうか?」

「それは確認しないといけないね。」

「それが面倒なら、歌は全部レッドさんに歌ってもらったら?あとのメンバーはコーラスとダンスを担当するというのはどう?」

「妹はレッドさん以外のメンバーの底上げが必要と考えているみたいで。」

「レッドさんが一人で歌うというのは、妹さんが考える方向と逆になるということね。それじゃ無理か。」

「アイシャちゃん、無理と言うのは?」

「誠君が妹さんの意思に反することはしないということ。それじゃあ、ロック調以外の曲を考えた方が早いかもしれないです。」

「アイシャちゃんには、何かいいアイディアはある?」

「私が考えてきたのは、世界平和とか地球環境とかを歌う、偽善的で誰でも歌える簡単な曲にしようということでしたけど。」

「なるほど。それはもしかして、ワンマンの最後でお客さんも含めて全員で歌えるような曲にするということ?」

「はい、お客さんと一緒に歌える歌にしようと考えましたから、ワンマンの最後にみんなで歌うのにも使えるとは思います。」

「誠君、どう?」

「とてもいいと思います。それにアイシャさんが作曲するなら、そういう曲の方が得意ですよね。」

「ここに来るまでロックをあまり聴いたことがなかったからそうだけど、こういう曲はメロディーより歌詞の方が重要になるんじゃないかとおもう。」

「うん、僕もそうだと思う。」

「とすると、明日夏さんの実力が重要と言うことになりますね。」

「その通り。」

「レッドちゃんは、何か意見がある?」

「ロックは私がソロで歌う方がいいかもしれません。ユニットの4曲目はアイシャさんの言う通り、みんなで歌える曲がいいと思いました。」

「それじゃあ、早めに明日夏ちゃんに話さなくちゃか。」

「はい。できれば明日夏さんに仮決めでも良いのでサビになる歌詞を先に作ってもらって、それから作曲を始めましょうか。」

「そうだね。」

「私も賛成です。それで、『ハートリングス』のワンマンライブで全員が歌うなら、演奏も私と亜美の吹部(吹奏楽部)の友達とか、溝口社長やたくさんの人に参加してもらうといいと思いますが、レッドさん、よろしいですか。」

「プロデューサーに聞かないと分からないですが、私は素敵だと思います。」

「社長と誠君は?」

「僕も賛成だよ。」

「僕も良いアイディアだと思います。」

「それなら、決まりかな。二人が良いと言ったら、妹さんは逆にダメとは言わない。」

「尚ちゃんも亜美さんのソロで溝口社長に出演を誘っていたけど、もし出演するならそっちのほうがいいかもしれない。」

「両方でもいいんじゃないですか。」

「相変わらず、アイシャさんは容赦がないです。」

「誠君、大丈夫。こっちの曲の演奏は難しくしないから。」

「ちゃんと考えてはあるんですね。」

「そうでもないけど、たくさんの人が参加する曲だから何とかなるよ。」

「そうだと思います。」

「それじゃあ、早速、明日夏ちゃんに連絡してみるよ。」


 午後から明日夏が来てアイシャと曲を作ることになった。昼食は、誠が代表でサンドイッチを買ってきて、事務所でおしゃべりをしながら食べた。食べ終わった後、1時過ぎに誠がスタジオに、ハートレッドが着替えとメークのために自宅へ帰っていった。

「それでは、僕は今日はここで失礼します。」

「私は着替えとメークをして戻って、プロデューサーと亜美さんを待ちます。」

「行ってらっしゃい。」

「気を付けてね。」

「はい。」「はい。」


 それと入れ違いで明日夏がやってきて、午後2時前に尚美、亜美、鎌田が戻ってきた。

「社長、橘さん、ただいま。」「ただいま。」

「おかえりなさい。」

「おかえり。」

「また、お邪魔します。」

「鎌田さん、いらっしゃい。今日もお世話になりました。」

「いえいえ、若いのに皆さんきちんと仕事をして、自分の若い時を思い出すと、感心するばかりです。それで、4月のCDリリースに関して相談をしに来ました。」

「鎌田さんは、多分、本当はハートレッドさんを見に来たんですよ。」

「星野さん、そんなことはありません。」

「ハートレッドちゃんは、2時には戻ってくると言っていましたから、もうすぐ戻ってくると思います。」

「有難うございます。ハートレッドさんが来たらタクシーで出発しましょう。」

「でも、ハートレッドさんとは別のとても奇麗な方がいらっしゃいますね。」

「私?」

「いえ、明日夏さんはよく存じ上げていますから。」

「尚ちゃん、『トリプレット』のマネージャー、替えてもらったら?」

「鎌田さんはとても優秀なマネージャーですので、将来出世すると思います。今のうちからゴマを擦っておいた方がいいですよ。」

明日夏が手でゴマをするマネをしながら話す。

「それはそれは、いつも尚ちゃんたちがお世話になって、本当に有難うございます。今ちょうど『ハートリンクス』の作詞をしようとしているところです。もし、ヘルツレコードで、作詞のお仕事がありましたら、なにとぞ良しなにお願いします。」

「ははははは。明日夏さんの歌詞、社内ではユニークで評判も高いですので、そういうことでしたら、作詞のコンペがありましたらご連絡しますが、よろしいですか。」

「はい、もちろん。全力を挙げて取り掛かります。」

「明日夏さんの夢は、歴史的なヒット曲を作詞して、その後は左うちわで生活することですので、よろしくお願いします。」

「分かりました。別の部門になりますが、推薦しておきます。」

「有難うございます。」

「それで、朝とは別のとても奇麗な方というのは、藤崎アイシャさんです。」

「初めまして、藤崎アイシャです。パラダイス興行ではヴァイオリニストと作曲を担当しています。」

「もしかして、亜美さんと同級生のアイシャさん?」

「はい、その通りです。」

「『ハートリンクス』の素敵な曲を有難うございます。」

「有難うございます。4曲目も頑張ります。」

「アイシャさんは作曲家志望ですか?」

「私の目標はソロで演奏できるヴァイオリニストです。来年、ヴァイオリン科で大学を受験する予定ですが、明日夏さんと組んで曲を作るのはとても楽しいです。」

「それは良かったです。」

「でも、鎌田さん、私の歌詞はユニークで、アイシャちゃんの曲は素敵って、褒め方を差別していませんか?」

「いえ、明日夏さんは天才でいらっしゃいますから、私の物差しでは測れないということです。でも、若い人に人気ですから、間違いなく素晴らしい歌詞なんだと思います。」

「何かごまかされているようだけど、まあいいか。」


 その時、ハートレッドが戻ってきた。

「プロデューサー、お待たせしてすみません。メークに手間取ってしまいまして。」

「いえ、時間的には全然大丈夫です。それにしても、気合が入っていますね。鎌田さんがポカーンとして見ていますよ。」

「星野さん、そうではなくて、ステージ衣装と違って、そういう私服も破壊力があると思いまして。」

「短いワンピースにハイソックス。さすが、レッドちゃん、似合うね。」

「はい、太ももの暴力で行ってみようかと。」

明日夏が感想を述べる。

「レッドちゃんは自分で言うからアイドルっぽくないよね。」

「でも、これなら明日夏さんでも行けますよ。」

「いや、やっぱりその上についているもののバランス的に無理かな。」

「そんなことはないと思いますけど。」

「でもレッドさん、太ももの暴力、ステージ衣装でも如何ですか。」

「私では決められませんので、プロデューサー、如何ですか?」

「分かりました。ただ、3曲目はへそ出し。4曲目はシックな方向と決まっていますので、その後の曲で考えてみたいと思います。」

「私は得意じゃないけど、ダンスを前面に押し出した曲なら合いそうじゃないかな。」

「僕もアイシャちゃんの言う通りだと思う。」

「社長とアイシャさんが言うなら、そうだと思いますので、その方向で考えます。」

「私も社に戻ったら。今はCDのことで忙しそうですが、『ハートリンクス』の担当に話しておきます。」

「有難うございます。」

尚美が亜美に話しかける。

「それで、亜美先輩、私たちも化粧直しを・・・・。」

「私はリーダーたちが話しているうちに直してきました。私も気合が入っています。」

「そうでしたね。それでは、私が少し直してきます。終わるころにタクシーを呼びますので、私が戻ってきたら出発しましょう。」

「了解です。」

鎌田がハートレッドに尋ねる。

「女性3人で行かれるんですか?」

「最終的には女性が7人と男性3名でしょうか。」

「3人の男性が羨ましいですね。」

「プロデューサーのお兄さんとそのお友達と、小学2年生の男子です。お兄さんたちは護衛のつもりかもしれません。」

「岩田誠さんでしたっけ、ミサさんの記者会見でも大活躍でしたからね。」

「はい、妹思いのいいお兄さんです。」

「ははははは、星野さん、可愛いですからね。岩田さんがミサさんに動じないのは、実はシスコンだったりするんですか?」

「大きな声では言えませんが、プロデューサーのブラコンの度合いの方が強いです。」

「そうなんですか。」

「私もそう思います。大きな声では言えませんが。」

「なるほど。」

「もし、プロデューサーに関してとても困ったことがありましたら、お兄さんと平田社長さんの二人から言ってもらえれば、プロデューサーはそれに従うと思います。」

「そうなんですね。」

「はい。それに止めた方が本当にプロデューサーのためになるならば、社長もお兄さんも損得なしで、プロデューサーを説得すると思います。」

「有難うございます。覚えておきます。ということは、ハートレッドさんもお二人を信用しているということですか。」

「はい、その通りです。」

鎌田が悟に言う。

「社長は、部下の皆さんに信用されて、社長の鏡ですね。」

「有難うございます。」

久美が意見する。

「しかし、もう少し自分のために動いてもいい気もするが。レッドを口説くとか。」

「僕は、そんな会社を危なくすることはしないよ。」

「それに社長は私にそういう興味は持っていません。目を見れば分かります。」

「まあ、レッドはいつもそういう目で見られそうだからな。」

「それで、レッドさん、鎌田さんの目はどうなんです?」

「えっ、亜美さん、それをここで言うんですか?」

「ここで、鎌田さんの本性が明らかになるな。」

「亜美さんも橘さんも人が悪い。」

「鎌田さん、僕はいつもこんな感じで虐められています。」

「そうなんですね。」

「鎌田さんの目は、まだ大丈夫です。早く奥さんと会ってあげて下さい。」

「分かりました。今日も夜まで仕事がありますが、家内は妊娠4か月ですので、なるべく早く帰ろうと思います。」

「そうなんですね。おめでとうございます。」

室内に祝福の声がこだました。


 尚美が戻ってきた。

「皆さん、何かあったんですか。」

「鎌田さんの奥さんが妊娠4か月なんだそうです。」

「そうなんですか。それはおめでとうございます。」

「有難うございます。」

「でも、尚ちゃん、亜美ちゃん、こういうときこそが男性が一番浮気するときだから、みんな気を付けないといけないよ。」

「明日夏さん、厳しいですね。でもさすがに、不倫がバレると芸能人としてアウトになりますので、私はそういうことは絶対にしません。」

「それに、うちの女の子にそんなことをすると、アイシャちゃんに窓から捨てられちゃいますので気を付けて下さいね。」

「分かりました。でも、アイシャさんはそんなに力持ちなんですか?」

「アイシャちゃん、やってみて。」

「分かった。」

アイシャが左手で鎌田の胸倉をつかんで片腕で持ち上げる。

「ちょっ・・・・。」

「アイシャちゃん、もういい。」

アイシャが鎌田を下ろす。

「平田社長、私を片腕で持ち上げるって、本当にここはたくさんの綺麗な女性からなる魔窟と言う感じなんですね。」

「はい。それで僕が魔窟の使用人という感じです。」

「橘さんが魔窟の主ですか。」

「ははははは、そうかもしれませんね。」

「分かりました。それでは気を付けることにします。」

「それがいいと思います。」


 尚美が悟に話しかける。

「でも、社長、ここが魔窟化したのは明日夏先輩が来てからじゃないですか?」

「そう言われれば、そうだね。」

「ですよね。ですから、明日夏先輩が魔窟の根源じゃないかと思います。」

「ははははは、そうかもしれないね。」

「尚ちゃんは勝手なことを言わないで、早く行ってきなさい。」

「分かりました。」

「歌詞と曲の案ができたら相談するからよろしくと、マー君に伝えておいてね。」

「分かりました。」

尚美、亜美、ハートレッドが挨拶をした後、出発した。


 誠とパスカルはスタジオのセッティングのために、他の人より1時間早くスタジオに到着していた。

「パスカルさん、こんにちは。」

「おう、こんにちは。一応、ビームライフル型の水鉄砲を2丁買ってきた。」

「有難うございます。」

「それじゃあ、早速、セッティングを始めよう。」

「了解です。先週の写真がありますので、この通りにお願いします。」

「そう。」

誠とパスカルが話をしながら準備をする。

「でも、赤坂さん、妹子、ミーアさんが来るってすごくないか。」

「ここでは、赤坂さんはハートレッドさんでお願いします。」

「おっ、そうだな。妹子とミーアは大丈夫か。」

「はい、大丈夫だと思います。」

「アキちゃんたちのパフォーマンスにどんな印象を持つかな。」

「まあ、皆さんプロですから、そのあたりはわきまえていると思います。」

「ミーア三佐はプロっぽくないけどな。」

「確かに、歌はプロですが、それ以外はそうでないところもありますね。ある意味、本当のパラダイス興行所属の歌手ですから、仕方がないかもしれません。レッドさんは大丈夫だと思います。」

「まあ、そうだな。でも、最初の対面が心配だな。」

「僕もそうですが、僕たちは普通にしているしかないです。」

「そうだな。そうするしかないな。」

「はい。」


 その後、コッコがやってきた。

「パスカルちゃん、湘南ちゃん、こんにちは。」

「コッコちゃん、こんにちは。」

「こんにちは。今日は、ハートレッドさん、ミーアさんと妹が来る予定ですが、問題にならないようにお願いしますね。」

「分かっている。スタイルとか体のくねらせ方とか参考にするだけ。顔は載せ替える。」

「それならいいですが。」

「それじゃあ、邪魔にならないところでスケッチしているよ。」

「お願いします。」


 セッティングがだいたい終わったころ、アキ、ユミ、徹がやってきた。

「パスカル、湘南、こんにちは。」

「プロデューサー、湘南兄さん、こんにちは。徹、ご挨拶を。」

「こんにちは。」

「徹君、お利口さんだね。こんにちは。」

「こんにちは。」

「コッコは部屋の隅か。コッコ、こんにちは。」

「こんにちは。」

コッコが手を振りながらやってくる。アキがパスカルに尋ねる。

「準備は終わっているのね。」

「おう。今、湘南が最終確認をしている。」

「午前中は、新しい絵コンテでばっちり練習してきたわよ。」

「おっ、それは楽しみだな。」

「それで、申し訳ないですが、アキさんがファーストガンダムに詳しいということで、最後の部分をラストシューティングに差し替えるそうです。」

「それはすごくいいアイディアだと思うけど、するそうですって、あの絵コンテ、パスカルたちが描いたんじゃないの?」

「アキちゃん、二人があんなに上手に絵を描けるわけないじゃん。」

「それはコッコの言う通りか。プロに依頼したの?」

「湘南ちゃん、あの絵コンテはハートレッドちゃんが描いたんでしょう。絵がいかにもそうだった。」

「はい。その通りです。振り付けの改良案を考えたのもハートレッドさんです。」

「すごい。でも、何で。」

「えーと、それは・・・。」

「私が酷い目にあう役をお願いするからか。」

「はい、プロデューサーの手持ち予算だけで制作するので、ギャラもあまり払えないということです。」

「ギャラは元からどうでもいいけど、私に断らさせないということか。」

「いえ、本当に嫌だったら断ってください。」

「全裸になれとでも言われなければ、断れない気がする。」

「全年齢が対象ですから、そんなことはないです。あとは、手足を縛られて、『ヒートマップ』の方の肩に担がれて運ばれたりもするようです。」

ユミが尋ねる。

「『ヒートマップ』の誰に担がれるんですか。」

「サブリーダーということですが、名前は知りません。」

「サブリーダーならば、ユッキーです。すごく可愛いんですよ。アキさん羨ましいです。」

「羨ましいかどうかは別にして、それぐらいならやるよ。それで、今日説明に来るのはハートレッドさんということ?」

「はい、ハートレッドさん、ミーア三佐と妹が来ます。」

「改めて考えてみると、すごいわね。」

「俺もそう思った。」

「お忙しい方々ですので、何時いらっしゃるか分かりませんので、こちらはこちらで、練習と撮影を行いたいと思います。」

「分かった。メークはしてきたから、着替えたら始める。」

誠とパスカルが部屋から出て行って、二人が着替えた後、誠がパソコンから先週のビデオの音を流すと、二人が練習を始めた。


 何回か通しで練習した後、アキとユミは部屋の隅で水を飲みながら休憩していた。すると、尚美を先頭に、亜美とハートレッドの3人がやってきた。

「みなさん、こんにちは。」

「こんにちは。徹君、今日も可愛いね。こんにちは、亜美姉さんだよ。」

「お兄さん、監督、こんにちは。」

誠とパスカルが挨拶をする。コッコは早速部屋の隅でスケッチを始めていた。

「こんにちは、今日は本当に有難うございます。」

「いらっしゃい。」


 部屋の隅で、アキがユミに話しかける。

「えっ、何なの何なの、ハートレッドさん。」

「アキ姉さん、落ち着いてください。イケメンの取り合いを絶対に避けなくてはいけない相手が一人増えただけです。対応を誤らなければ問題はありません。」

「それはそうだけど。でも、でも、あんなに綺麗なの。」

「溝口エイジェンシーのトップアイドルなんですから、おめかししたら綺麗なのは当たり前です。」

「それはそうか。」

「ハートレッドさん以外の『ハートリンクス』のメンバーなら、アキ姉さんでも勝負になります。それより、挨拶をしに行かないと。」

「挨拶に関してはユミちゃんの言う通りね。行こう。」


 アキとユミが挨拶しに行く。

「こっ、こんにちは、今日はよろしくお願いします。」

「はじめまして、ユミといいます。よろしくお願いします。」

「こんにちは、アキさん、ユミさん、面接の練習以来ですね。」

「アキさん、こんにちは。この前、アキさんたちに撮影してもらったビデオがとっても好評だよ。有難うね。」

「こちらこそ、勉強になりました。有難うございます。」

「ユミちゃん、初めまして。呼び名と噂は、湘南さんとパスカルさんから聞いているよ。」

「今日はお忙しいところ、アキ姉さんの出演のことで、わざわざおいで下さり、大変ありがとうございます。」

「ユミちゃん、噂通り、小学生なのにお利口さんだね。今日はよろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。」

「今日のハートレッドさん、体操着の時も美人でしたけど、本当にモデルさんみたいにすごい綺麗です。」

「一応、モデルもやっているけど、アキさん、有難う。」

「そっ、それはそうですね。ごっ、ごめんなさい。」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だから、アイドル同士、ため口でいいよ。」

「そんな、アイドルと言っても月とスッポンですから。」

「そんなことはないけど、今日はこちらがビデオの出演のお願いに来たので、あとで詳しく説明するね。」

「もう説明は不要です。何でもやりますから、何でも言ってください。」

「それは嬉しいけど、あまり綺麗な役じゃないよ。もちろん、全年齢対象だからそれほど酷いシーンはないけど。」

「はい。それなら、どんな汚れ役でもやります。」

「有難う、それでは出演する方向で話を進めるね。プロデューサーもよろしいですね。」

「はい。明日夏さんとレッドさんの推薦ですから、その方向で進めます。」

「明日夏さんも、私を推薦したんですか。」

「アキさんみたいなお嬢様を虐めると、ビデオを見てる人のカタルシスが溜まって、それを一気に吐き出すときに、やったーという快感を得ることができるそうです。」

「私がお嬢様なんですか。妹子やレッドさんの方が100倍ぐらいお嬢様に見えると思いますが、虐待するわけにはいきませんよね。はい、是非、私にやらせてください。」

「有難うございます。お兄ちゃん、契約については、溝口エイジェンシーからラッキーさんに連絡があると思うので、伝えておいてくれる。」

「分かった。」

「有難うございます。ハートレッドさんの力になれれば、私にとって本当に光栄なことです。今日はこんなところまで、わざわざお越しいただき、大変有難うございました。お帰りも是非お気を付け下さい。」

「あっ、いえ。監督、アキさんに話していないの?」

「まだ話していない。アキちゃん、ハートレッドさんと妹子ちゃんで、このパフォーマンスのお手本を見せてくれることになっているから、参考にしてみて。」

「本当に!?」

「今日の午前中に少し練習しただけだから、どこまで上手くいくか分からないけど、絵コンテでは伝わらない部分もあるので、実演してみようと思って。」

「本当なんですね。大変有難うございます。是非、参考にさせていただきます。」

「アキちゃん、レッドさんの表情とかも見ておくといいよ。」

「パスカルさんは、それだけで鼻血が出ますから。」

「湘南がこの前言っていたやつね。でも、まさかレッドさんの前で、そんなことはなかったんだよね。」

「・・・・・。」

「パスカル、あるの?」

「まあ。」

「それは大変失礼しました。パスカルは絶対にわざとそういうことはしませんので、できれば許してあげて下さい。お願いします。」

「10秒で鼻血を出せる天才俳優なんて聞いたことがないので、監督がわざとでないことは分かっている。どちらかと言うと、その件は私の方が悪かったかな。ごめんなさい。」

「そんなことはありません。でも、表情、是非、参考にさせて頂きます。」

「有難う。」

「レッドさん、妹子ちゃん、これがビームライフル型の水鉄砲です。」

「今日の午前中に言ったのに、準備してくれたんですね。監督、有難う。」

「俺はそれぐらいしかできないから。」

「お兄ちゃん、ビデオは撮影してもいいけど。」

「分かっている。ファイルはSDカードの中から出さない。」

「万が一、流出しても大きな問題にはならないと思うけど、もし流出したら、すぐに連絡してね。こちらで対応するから。」

「了解。」

「それでは、レッドさん、準備運動をして、音楽なしから始めましょう。」

「了解です。」


 尚美とハートレッドが、準備運動をして最初に音楽なしで間隔を調整しながら練習した。その後、ビデオの音声を流して、3回ほどパフォーマンスを見せて終了した。

「レッドさん、今回はこんな感じでしょうか。」

「はい。さすが、プロデューサー、タイミングをずらすのも完璧でした。」

「有難うございます。」

ユミがパスカルに感想を述べる。

「目がつぶれそうというのはこういうことを言うんですね。」

「『トリプレット』と『ハートリンクス』のリーダー二人組のパフォーマンスを見たのは、俺たちが世界で初めてだからな。」

ハートレッドが返事をする。

「監督、一応、パラダイス興行の方々は練習しているところを見ているけど。」

「それはそうか。それじゃあ、俺たちは世界で2番目だ。」

「でも、監督は目をつぶっていたよね。」

「ごめん。本当に見たかったけど、次の撮影に差し支えると困るから。」

「でも、そういうところが監督の偉いところだと思うよ。他のパフォーマンスでも参考になるかもしれないから、あとでビデオを見てみて。」

「分かった。湘南の心拍数を見ながら見てみる。」

「そうね。」


 ハートレッドは次に、椅子に座っているアキをスケッチしているコッコに尋ねる。

「師匠は何をしているんですか?」

「感激のあまり逝っちゃった女の子の目をスケッチしている。めったに見れないから、レッドちゃんも良く見ておくといいと思うよ。」

「アキさん、意識がないんですか?」

「ないとおもうよ。」

コッコがアキの前で手を振るがアキが反応しない。

「でも本当に濁りのない綺麗な目、私もスケッチしておこう。」

ハートレッドもタブレットでスケッチする。

「アキさんって、愛おしいという感じが本当にピッタリ。私が男なら、こんな子を彼女にしたいな。」

「それには同意する。」


 亜美と徹のところにいた誠が、コッコとハートレッドの話を聞いて急いでやってきた。

「申し訳ありませんが、アキさんの意識がないんですよね。スケッチしている場合ではありません。心臓は動いていますか?」

「湘南は大げさだな。自分で調べてみたら。」

「尚、お願い。」

「分かった。」

尚美が耳を心臓に当てたり、呼吸をティシュペーパーで調べる。

「心臓も呼吸も大丈夫。しっかりしている。」

「そうか、良かった。」

「湘南は、心配しすぎだよ。」

「アキさんの持病について、あるともないとも聞いていませんから。」

「そうね。お兄さんの言う通り、原因が分からないうちは、良くない場合を想定しなくてはいけないよね。ごめんなさい。私が浅はかだった。」

「なるほど。アキちゃんの心臓と呼吸を調べてから、スケッチすべきだったかな。」

「尚、横にした方がいいと思うけど、どう思う。」

「心臓はしっかり動いているから、とりあえず大丈夫だとは思うけど、横にするに越したことはないかな。」

「それじゃあ、パスカルさん、椅子ごと運んでから、ソファーに横にします。」

「了解。」

誠とパスカルが椅子ごとアキをソファーの横まで運んで、ハートレッドとコッコでソファーに横にした。

「ハートレッドさんと尚はここまでで大丈夫です。気を付けて帰って下さい。今日は大変ありがとうございました。」

「お兄さん、もしかして、怒っている?」

「怒っていません。レッドさんには、明後日入試がありますから。」

「アキさんの手当をしないで、面白がってスケッチなんかしてて。」

「手当を優先させるべきとは思いますが、面白がっていたわけでもないんですよね。」

「見たことがない目だったから、イラストの参考になると思って。」

「そういうことでしたら、次から気を付けてもらえば大丈夫です。」

「有難う。時間はあるので、アキさんが元気になるまではここにいる。」

「分かりました。受験勉強の道具は持ってきましたか?」

「英単語帳なら。」

「それでは、英単語の復習をしていてください。」

「そうする。有難う。」

「尚はどうする?」

「私もここにいる。次のクイズ番組の台本を読んでる。」

「それじゃあ、そうしていて。」

「分かった。」


 尚美とハートレッドは集中して自分の仕事をしていた。コッコはそんな尚美とハートレッドをスケッチしていた。誠とパスカルはアキのそばに座っていた。

「やっぱり、この状況で自分のことができるレッドさんと妹子ちゃんはすごいな。」

「妹の場合は、戦場でも自分のことができると思いますが、レッドさんは同感です。」

「妹子ちゃんは戦場でもか。でも、アキちゃん、顔は幸せそうだよな。」

「はい、そうですね。顔色も良いですから大丈夫と思いますが、ビデオは先週のものを提出することになるかもしれません。」

「とりあえず、スタジオのレンタル時間を夜8時まで延長しておいた。」

「有難うございます。後はアキさんが、気が付いてから考えましょう。」

「了解。」

亜美が徹に歌を歌って聞かせていた。しかし、亜美は徹がハートレッドの方をチラチラと見ているのが気になっていた。


 30分ぐらいして、アキが目を覚ました。

「あれ、私、何で寝ているんだっけ。」

全員の注目が集まる中、パスカルがアキに話しかける。

「ハートレッドさんと妹子ちゃんのパフォーマンスを見ているうちに、気を失っていたみたいだよ。」

「あっ、そうだった。すごいパフォーマンスを近くで見れて、感激のあまり気を失っちゃったのか。恥ずかしい。」

「ははははは。これで俺を馬鹿にできないな。」

「そうね。レッドさんの表情がすごいセクシーで、驚いちゃった。」

「えっ、アキちゃんってそっちなの?」

「違うけど。でも、パスカル、寝ている間に変なことはしていないわよね。」

「女性がこんなにたくさんいるのに、できるわけはないだろう。」

「まあ、女性がコッコだけだったら心配だけど、今回は大丈夫そうね。」

アキが気が付いたことに、コッコが気が付いてアキのところにやって来た。

「私、アキちゃんに、そんなに信用ない?」

「芸術のために私を裸にするぐらいはしかねない。」

「アキちゃん、裸はお風呂で見れるから、ここでするなら乱れたアイドル衣装だろう。」

「それもそうか。」

「アキさん、納得しないで下さい。それに、ここには小学2年生の徹君がいるのでそういう話題はやめましょう。」

「徹君は亜美ちゃんが面倒を見ているから、こっちを気にしていないよ。」

「でもコッコ、徹君はハートレッドさんの方を気にしていない?」

「えっ、そう言われれば、アキちゃんの言う通り、そんな感じもするね。」

「私もあんな徹を初めて見ました。ハートレッドさんをかなり気にしています。」

「ユミちゃんが言うんじゃ間違いないか。やっぱり、ハートレッドちゃんの魅力はすごいということね。」

「アキちゃんを失神させるぐらいだからね。」

「うるさいわね。パスカルの鼻血は大丈夫だったの?」

「目を閉じていたから大丈夫。問題ない。」

「それで大丈夫と言えるの?」

「次の撮影に支障がないから、大丈夫と言える。」

「そうか。己を知り、敵を知ればというやつね。」

「その通り。」


 ハートレッドと尚美も気が付いて、やってきた。

「アキさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫。ちょっと立ってみる。」

「アキちゃん、そんなに慌てなくていい。とりあえず、スポーツドリンクでも飲んで。」

「分かったけど、今日中に提出だから、録り直し頑張らなくちゃ。」

「それじゃあ、15分後に準備運動から再開してみて、無理そうだったら諦めるということにする。」

「分かった。」

誠がレッドたちに尋ねる。

「レッドさんたちはどうします?」

「亜美さんは夜から仕事があるけど、私はないから、撮影が終わるまで付き合うよ。アドバイスができるかもしれないし。」

「有難うございます。」

「私もレッドさんにつきあう。」

「分かった。」


徹が自分を見ていることに、 ハートレッドが気が付いて、徹と亜美のところに行き、徹に話しかける。

「徹君、どうだった、お姉さんのパフォーマンス?」

徹が亜美の陰に隠れて、ハートレッドを見ている。

「あれ、嫌われちゃったか。次は徹君のお姉ちゃんがパフォーマンスをするから見ていてあげてね。」

徹がうなずいた。ハートレッドは二人から離れてアキとユミのところに行って、今撮影したビデオを見ながら説明していた。徹は亜美の後ろに隠れてハートレッドを見ていた。亜美は徹の面倒を見ながら、時々ハートレッドの背中を厳しい目で見ていた。


 15分後、準備運動の後、撮影が再開された。1回ずつ音楽を止め、尚美とハートレッドがビデオを見ながらアドバイスを与える。

「笑顔が固いかな。素人っぽく見える。」

「はい。」

「上達するには、まずは力を抜いて自分も楽しむことなんだけど、これは個性が出るみたい。あとは、ビデオを撮って、見比べながら練習するしかないかな。」

「分かりました。」

「あとは、特にアキさん、セクシーな表情をするところでは、監督が鼻血を出すように頑張ってみよう。」

「さっきまでパスカルが鼻血を出すというのが分からなかったのですが、パフォーマンスを間近で見てよくわかりましたので、頑張ってみます。」

「でも、俺の鼻血を出すと撮影が。」

「お兄さんが撮ってくれるよ。アキちゃんとユミちゃんのために我慢して。」

「そうか。アキちゃん、目をそらさないで見ているよ。」

「はい。」

次に尚美が意見を言う。

「ユミさんは、そつなくできていますが、もう少し小学生的な元気な感じを出すといいと思います。」

「小学生的な元気というのは?」

「無駄に元気な感じです。100で良いところを120ぐらいやってしまう感じと、一生懸命やっている感じです。」

「なおみさんのパフォーマンスを見て少し分かった気がしました。」

5回ほど撮影したところで撮影は終了し、とりあえず撮影したビデオをノートパソコンの画面で確認した。

「有難うございます。本当に良くなったと思います。ユミちゃんがもっと可愛く見えます。」

「アキ姉さんも魅力的に見えています。有難うございます。」

「お役に立てて、何よりです。」

「予選を突破するといいですね。」

「はい。有難うございます。今後、これに付け加えるとしたら、どんな動きがいいでしょうか。」

「セクシーな感じはもっと磨いた方がいいと思う。こんな感じ。」

ハートレッドがセクシーな動きをする。

「これは、私ではできそうもないです。」

「私もできないです。ハートレッドさんの必殺技です。」

「妹子ができないんじゃ、やっぱり私には無理そう。」

「徹も驚いて、レッドさんを見ています。」

「ユミちゃん、ごめんなさい。徹君の教育上、良くなかったですね。」

「まあ、動きだけですので、大丈夫です。」

「有難う。」

この後も、4人はいろいろなダンスの動きをしながら話をしていた。


 そのころ、誠とパスカルは後片付けをしていた。そして、仕事が終わった正志がユミと徹を迎えに来て、アキと亜美がユミと徹をつれてあいさつに出てきた。

「アキさん、ミーアさん、今日はユミと徹がお世話になり、・・・・・・、あっ、大変有難うございました。」

「ユミちゃんには、私の方がご迷惑をお掛けしてしまいました。徹君、ちゃんと大人しくしていました。」

「撮影の方は無事に終わりました。徹君は今日もとっても可愛かったです。」

「有難うございます。それでは私たちはここで失礼します。」

「皆さん、またよろしくお願いします。」

「バイバイ。」

「バイバイ。」「バイバイ。」

徹がスタジオの中で尚美と話しているハートレッドに向かって小さな声で「バイバイ。」と声をかけたが、ハートレッドは気が付いていないようだった。亜美は、3人の姿が見えなくなるまで手を振った後、アキに話しかける。

「今日は新たに強力な敵が現れた。こちらも戦闘能力をもっと高めないといけない。」

「新たな敵ですか?」

「分からなかったか。まあ、曹長の敵ではないからな。私は次の仕事に急がなくていけない時間になったので、ここで失礼する。それでは、曹長、またどこかの戦場で。」

「はい、また戦場で。」

亜美がタクシーで次のスタジオに向かった。アキは後片付けをしている誠とパスカルの元に戻っていった。


 誠とパスカルが片付けるところを、尚美とハートレッドが座って見ていた。そこに、アキがやってきて、ハートレッドがアキに話しかける。

「私も片づけを手伝うと言ったんだけど、邪魔だから座っていてと言われて、座っているんだけど。」

「それは、レッドさんやなおみさんが手に怪我をしたら大変だからそう言っただけだと思います。」

「二人のことだから、そうかなと思っているけど。」

「レッドさんの代わりに私が手伝いますので、レッドさんは気にしないで下さい。パスカル、手伝うよ。」

「アキちゃんも座ってて。俺たちが傷ついても勲章で済むかもしれないけど、皆さんはそうはいかないから。」

「はい、皆さんはパフォーマンスをしてお疲れでしょうから、僕たちでやります。」

「小物を片付けるぐらい大丈夫なのに。」

「しまう場所も分からないだろうし、すぐ終わるから。」

コッコが話しかける。

「まあ、アキちゃんも大人しく見ていなよ。もし万が一、アキちゃんが怪我をしたら、パスカルは立ち直れなくなるかもしれないから。」

「分かった。でも、さっき、さすがの正志さんも、レッドさんを見つけて言葉を詰まらせていた。」

「おー、それはそうだったね。」

「私は気が付かなかったけど。」

「レッドちゃんは、尚美ちゃんと話していたから気が付かなかっただけで、うん、100%そうだったよ。」

「師匠、そうですか。でも、ユミちゃんのお父さん、いいお父さんだと思う。まだ6時前なのに、わざわざ迎えに来てくれるなんて。」

「それでも、外が暗いからだろう。」

「そうなんだ。そういうのが本当のお父さんなのかな。」

アキもコッコも家庭の事情が複雑なのかなと思いながら、特に聞くことはしなかった。

「それで、お兄さんたちは、この後どうするの?」

「パスカルさんの家で編集作業をします。今日中に提出しなくてはいけませんから。ただ、キャプションなどはそのまま使えますので、それほど時間はかからないと思います。」

「大変ね。」

「ギリギリになって、いつもこんな感じです。尚はまだ時間が早いから、一人でも帰れるよね。」

「大丈夫だけど、私もパスカルさんの家に行って編集が終わってから、お兄ちゃんと一緒に帰るよ。」

「遅くなるけど大丈夫?」

「明日は夜まで仕事がないから大丈夫。」

「それじゃあ、私も行こうかな。アキちゃんも行こうよ。帰りは送るよ。」

「コッコ、分かった。明日は休みだけど、夜10時には帰らないといけないけど。」

誠がコッコに話しかける。

「あの、コッコさん。そう言いながら、まさか、アキさんをパスカルさんの家に泊まらせるつもりじゃないですよね。」

「私がそんな女に見えるか?」

「見えます。」

「実は、それで不安になった湘南ちゃんを、パスカルちゃんの家に泊まらせるのが目的なんだけど。」

「コッコ、私はダシか。」

「なるほど。師匠、みんなが泊ると布団が不足するから、お兄さんと監督を同じ布団で寝かせるつもりなんですね。さすが、師匠。」

「いや、そこまでは考えていなかったけど、それはありだね。レッドちゃん、アイドルにしておくにはもったいない。」

「師匠に褒められた。嬉しい。それなら私も泊まろうかな。プロデューサーもどうです。」

「いや、レッドさん。」

「プロデューサー、みんなで泊まれば楽しいですよ。それに、プロデューサーがいれば、お兄さんが変なことをすることは絶対にないですし。」

「妹がいなくても、絶対にしません。」

「何を絶対にしないの?」

「変なことです。」

「変なことって具体的には?」

「・・・・・。」

「まあ、許してあげよう。でも私、実は男の人の部屋に一度も入ったことがなくて。どんなところか行ってみたいんです。」

「えーと、レッドさんが、男の人の部屋に行ったことがないというのは、俺たちが女の子の部屋に行ったことがなかったというのとは違うよな。」

「はい、だいぶ違うと思います。」

「それは全然違う!二人が最初に入った女の子の部屋というのが、ユミちゃんのお情けで入れてくれたユミちゃんの部屋だったという。」

「アキちゃん、それは言わない。」

「へー。でも、アキさんの部屋には入れてあげないんですか?」

「それは絶対に無理。」

「強い否定。さすがお嬢様。」

「そんなことはないです。だって、レッドさんだって、パスカルと湘南を自分の部屋に入れるのはいやですよね?」

「お兄さんと監督、私の部屋に何回入ったっけ?8回ぐらい?」

「・・・・・・。」

アキがハートレッドに尋ねる。

「えっ、何でです?」

「ふっふっふっふっふっ、監督が心配?」

「そんなことはないですけど。」

「プロデューサーの紹介で、お兄さんと監督に入試のための家庭教師をしてもらってたの。絶対に安全だし。」

「パスカル、本当に?」

「俺が文系を教えた。」

「僕が理系を教えました。」

「なるほど。パスカル、一人で入ったことはないのよね?」

「いつも湘南といっしょだ。」

「はい。」

「そうか。でも、二人に教わるのは確かにいいかも。さすが妹子。」

「アキさんも、受験の時はお願いするといいと思う。」

「うん、考えておく。」

コッコが羨ましがる。

「でも、それ、羨ましいな。私も湘南とパスカルに家庭教師をお願いできないかな。」

「大学は学科が違うから無理です。」

「まあ、大学生に家庭教師は変だよね。」

「コッコちゃん、そうじゃなくて、目的が違うのが見え見えだから。」

「まあ、そうか。」


 誠とパスカルが片づけを終えた。ハートレッドが全員に話しかける。

「時間がないから、泊るか泊まらないかは別にして、とりあえず監督の部屋に行こうよ。」

「湘南、そうするか。」

「投稿の締め切りが心配ですので、とりあえずそうしましょう。人数が6人ですので、ワゴンタクシーを呼びます。」

「そうだな。」

誠がスマフォでワゴンタクシーを呼んだ。

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