第55話 写真集発売記者会見

 ミサと久美の写真集発売記者会見を行う月曜日、ミサとナンシーは午後の早い時間に、記者会見を行うホテルに到着して、ミサのために割り当てられた部屋に待機していた。スタッフの控室からナンシーがやってきた。

「ミサ、調子はどうですねー。」

「問題ない。でもこのホテル、うちの系列のホテルじゃないのに、スタッフの皆さんがすごく親切にしてくれるね。」

「このホテルは日本では老舗のホテルですねー。出入り業者にも丁寧に対応してくれることで有名ですねー。」

「やっぱり、うちみたいに急に大きくなったところとは違うのかな。」

「そうかもしれないですねー。でも、ホテル経営を継ぐつもりがないなら、気にすることはないですねー。」

「うん、お父さんに任せる。」

「もうすぐ橘さんが来るですねー。来たら歌のリハーサルですねー。念のため3曲を通して歌うですねー。」

「3曲とか全然余裕。」

「その後、スタッフの控室で最終打ち合わせ、部屋でメークと着替えですねー。」

「着替えと言っても水着の上に、パーカーを着るだけでしょう。」

「そうですねー。水着は決めたですねー?」

「私はどれでもいいから、誠に決めてもらおうかな。」

「湘南さんの前でミサの水着ファッションショーですねー。」

「そうじゃないけど。誠は何時頃に来るんだっけ。」

「大学の授業の後に、星野さんといっしょに最終打ち合わせの前には来るですねー。」

「誠は最初にヒラっちのところに行くだろうから、アイシャに連絡を頼んでみる。」

「アイシャさんなら、面白がってやってくれそうですねー。」

「うん。」


 明日夏とハートレッドのボイストレーニングが昼前に終了した後、久美と悟は、ハートレッドの家庭事情などの話をしながら昼食をとり、記者会見を行うホテルにやって来た。二人がパラダイス興行のための控室に到着すると、アイシャがヴァイオリンを弾いていた。アイシャは、亜美と同じで高校が日曜授業の振替で休みのため、パラダイス興行のアシスタントマネージャーとして加わっていた。

「アイシャちゃん、ヴァイオリンの練習をしていたんだね。」

「はい、ヴァイオリンは簡単に持ち歩けることが最大の利点です。」

「そうだね。それじゃあ、打合せが始まるまで、こちらを気にせず練習してていいから。」

「有難うございます。何か用事があったらいつでも言ってください。」

「分かった。」

「悟、私は美香のところに行って、リハーサルを兼ねて練習をしてくるよ。歌った方が気がまぎれる。」

「そうだね。久美もミサちゃんも喉は強いから、歌いすぎを心配する必要はないからその方がいいね。それじゃあ、荷物は僕が片づけておくから行ってきて。」

「分かった。」


 久美が部屋を出て、少し離れたミサの控室に到着した。

「それじゃあ美香、嫌なことは歌って忘れようか。練習だ!」

「久美先輩と練習できるのは嬉しいですが、嫌なことと言うのは何ですか?」

「えっ?」

「はい?」

「美香は水着で歌うのは平気なのか?」

「誠が来てくれると言うし、心配はいらないと思いますが?」

「そうか。ならいい。練習だ。」

「はい。」

ミサと久美が発表会場へ移動し、リハーサルよりはずっと密な練習が始まった。


 授業が終わった誠は服を着替えた後、尚美と待ち合わせている駅に向かった。その途中、アキPGに連絡する。

湘南:18時からミサさんと橘さんの写真集発売記者会見の様子が配信されますので、時間がある人は見てみて下さい

アキ:もちろん見る予定だよ。湘南は記者会見に行くの?

湘南:アシスタントマネージャーとして部屋の隅にいると思います

ユミ:湘南兄さん、私も参考のために見てみます

コッコ:ユミちゃんが写真集を出した時の参考のために見るの?

ユミ:もちろんそうです

コッコ:大学館のグラビア部門の人がいるんだからユミちゃんを売り込んでみたら

湘南:ユミさんはマリさんがダメと言うと思います

コッコ:ユミちゃんはまだ小学生だからさすがにダメか。それじゃあアキちゃんは?

湘南:大学館は女子高校生の写真集を出していますので、打ち上げの時にオーディションの話ぐらいは聴けると思いますが、アキさんには無理だと思いますが

コッコ:スタイル的に無理と言っているの?湘南ちゃんにしては酷いな

湘南:そんなことは言っていません。水着写真集になるので無理と言っているんです

コッコ:だからスタイル的にだろ

湘南:違います。アキさんの精神的にです

コッコ:アキちゃんはどう?

アキ:大学館と言えばグラビアでも最大手だよね。でも水着か

湘南:そうなると思います。それに写真集を出すことになったら、その中の数ページが大学館が出している週刊誌にも出ることになりますから、無理をすることはないと思います

アキ:たくさんの人が見るということね

湘南:はい、大学館の週刊誌の発行部数は確か各号35万を超えていると思います

アキ:35万人に見られるわけか

湘南:待合室などにも置いてありますので見る人はもっと多いかもしれません

アキ:そうか

ユミ:アキ姉さんは覚悟が足りないと思います。私なら喜んで出ますし、ママなら

アキ:どうしたの?

コッコ:裸でも出るから徹君のために阻止しなくちゃいけないと言いたいんだよ

ユミ:コッコさんの言う通りです。ママには記者会見が終わるまでこの話を気付かれないようにします

アキ:湘南、オーディションを受けるかどうかわからないけど話だけ聞いておいてくれる

湘南:分かりました

ユミ:オーディションだけでも受けて、もし受かってもいやなら出なければいいんじゃないでしょうか

コッコ:ユミちゃんが悪徳プロデューサーみたいになってきたね

アキ:確かに受かったら出ちゃいそうだからね。でも大学館の写真集ならオーディションの参加者も多いんでしょうね

湘南:数百人はいると思います

アキ:そうよね。うん分かった。湘南の話を聞いてから考える

湘南:分かりました

アキ:それにしてもパスカルが静かね

コッコ:パスカルちゃんとラッキーちゃんは仕事中だよ

アキ:それはそうか。それじゃあ湘南も仕事頑張ってきて

湘南:はい、有難うございます。


 駅で合流した誠と尚美が待ち合わせて、ミサと久美の写真集発売記者会見を行うホテルにタクシーで向かっていた。

「お兄ちゃん、その恰好は?」

「普通に耐火服の上に防刃チョッキと防刃手袋だけど。」

「ハワイで着ていたやつ?」

「少し違う。日本だから防弾じゃなくて防刃にした。」

「確かに日本だとそっちの方が良いよね。」

「後は、ヘルメット、ガスマスク、ゴーグル、防弾プレートは鞄に入っている。何かあったら僕が盾になるから、尚たちは僕の後ろから逃げて。」

尚美は「お兄ちゃんの所に来る前に片づけないと。」と思いながら、催涙スプレーとスタンガンを確認し、短く答えた。

「分かった。」

「尚も催涙スプレーやスタンガンを持っているかもしれないけど、暴徒が多数の場合を考えて、催涙ガス式グレネード(催涙ガスを一度に全部放出することができる缶)を持ってきたから、最悪の場合はこれで部屋ごと制圧するよ。あとは、消火弾も持ってきたたから、火が出ているようなら大声で叫んで。」

「分かった。」

「あと会場に着いたら、水を入れたバケツを何個か用意するつもり。酸をかけようとする人がいたら僕が盾になるけど、少しかかったときのため。」

「その心配もあるよね。さすがお兄ちゃん。」

「警備の方はそれでいいとして、写真集の売れ行きは大丈夫なの?」

「大丈夫。でも、ここから美香先輩をあまり知らない人にもリーチして、売り上げを上積みすることを狙っているから、今日の記者会見が勝負だって。」

「そう言っていたのは出版社の人?」

「うん、予約の2倍以上、20万部以上を狙いたいみたい。」

「一番の心配は、美香さんが水着で歌うことなんだけど大丈夫かな。」

「打合せでは躊躇なくOKしていたから大丈夫だとは思うけど。心配?」

「うん。前にも話したけど、キャンプ場で迷子になったときに固まっていたから、突然何があるか分からないと思っている。」

「美香先輩は何か異常事態が生じない限り、きちんと仕事をする人だから、私はどちらかと言うと橘さんの方が心配かな。」

「橘さんの場合は、プレッシャーで急に暴れだすかもしれないということ?」

「会場の機材を壊して回るのか。」

「ロックバンドでは演出としてはたまにあるけど。」

「橘さんには社長が付いているので、そのときは社長に何とかしてもらうつもり。」

「社長は大変かもしれない。」

「でも、橘さんを何とかするのが今日の社長の仕事だから。それで、美香先輩を何とかするのがお兄ちゃんの仕事。」

「僕が?」

「美香先輩はお兄ちゃんを理想の兄のように思っているから。」

「そう言えば、そう言っていたね。美香さんは自分の兄を嫌っているって。」

「お金持ちですごいイケメンらしいんだけどね。そういうことで、お兄ちゃんは会場では美香先輩を見ていてね。」

「分かった。会場と美香さんを半々ぐらい見ることにする。参加者は全員記者さんだから、大きな問題を起こすことはめったにないとは思うけど、万が一のために。」

「うん。出版社の人によれば、来る人が問題を起こすとしたら、カメラ位置の取り合いとか、変な質問だろうということ。それは出版社の方で対応するって。」

「変な質問に関しては予想質問集を作っているのかな?」

「うん、出版社は経験があるから大丈夫だし、変な質問は司会者のところで止める。」

「司会者が止める前に、橘さんが切れて記者に詰め寄らないか心配だけど。」

「そうだね。それは社長にお願いしておく。」

「とりあえず、美香さんの様子を3人のグループチャットで確認してみる?」

「うん、分かった。私も参加する。」


 美香とナンシーは練習を終えて、控室に戻っていた。

「ミサ、星野さんが到着しだい最終打ち合わせですねー。大丈夫ですねー?」

「うん、久美先輩との歌の練習もバッチリだったし、大丈夫。」

「ミサの歌は大丈夫だったですねー。橘さんは本番の時間が近づくにつれてだんだん落ち着きがなくなっていったのが心配でしたねー。でもミサも、今日は歌だけではないですねー。記者との質疑も大丈夫ですねー?」

「うん、出版社の人が質問を予想して作ってくれた回答は覚えたから大丈夫。」

「答えられない質問が出たらどうするですねー?」

「司会者の方を見て何も答えない。あとは司会者が答えてくれる。」

「そうですねー。今日の司会者はプロですねー。司会者が答えやすい質問に変えてくれるはずですねー。だから、それに答えるですねー。」

「分かった。」

「あと本番は水着で歌うですねー。大丈夫ですねー?」

「うん、もう大丈夫。それに尚にどんな時でも沈着冷静に行動できる女だと認められないと、誠を任せてもらえないから。」

「星野さんは、どこかの特殊部隊に居たんじゃないかと思うほど冷静ですねー。何かあったら湘南さんと星野さんの言うことに素直に従うですねー。」

「分かった。」


 その時、ミサの携帯にグループチャットの着信が届いた。

誠:今、妹と会場に向かっています。あと10分ぐらいで到着します

尚美:お待たせして申し訳ありません。到着したら最終打合せを始めます。人を呼びに行かせますので、出版社の控室においで下さい

美香:分かった。誠は来たらどこにいるの?

誠:一般スタッフの控室です

美香:打合せには来る?

誠:最終打ち合わせはスタッフ全員が集りますので行きます

美香:それならその時に会えるね

誠:はい。それと最終打ち合わせが終わったあとに、パラダイス興行の控室で緊急時の対応の話などをしたいので来ていただけますか

美香:もちろん。会見中は誠は会場にいるってことね

誠:緊急時に備えて美香さんの右斜め後ろにいる予定です

美香:無理はしないでね。私もちゃんとやるから

誠:はい、僕も美香さんは大丈夫だと思っています

美香:有難う。綺麗な記者さんを見ていてはダメだからね

誠:会場では美香さんを中心に見ています

美香:本当に。有難う


 ミサがナンシーに話しかける。

「誠が、記者会見では私を見ているって。」

ナンシーは「湘南さんは私のサポートが仕事だから当たり前ですねー、とは言えないですねー。」と思いながら答える。

「それは良かったですねー。」

「うん。」

「それで、ホテルの部屋は予約したですねー?」

「部屋を予約して何に使うの?」

「仕事が終わった後、湘南さんと泊るに決まっているですねー。ダブルとシングルを予約したら、私がうまくやるですねー。」

「前に言っていたやつか。でも、急に言っても誠は泊ってくれないよ。」

「休憩でもいいですねー。疲れたので部屋で休みたいからいっしょに来てと言えばいいですねー。アメリカに行ったら、しばらくお別れですねー。」

「そうだけど。誠と一緒に尚も来ると思うよ。」

「今日はそれでもいいですねー。少人数でいることに慣れてもらうことが重要ですねー。」

「今日は水着を選んでもらうだけで・・・。」

「いくじなしですねー。アメリカに行っている間に誰かに取られても知らないですねー」

「・・・・・。」


 そのとき、ミサの部屋にアイシャがやってきた。

「美香、こんにちは。大丈夫?」

「アッ、アイシャ、いらっしゃい。だっ、大丈夫だよ。」

「慌てているけど、本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。」

「もしかして、ナンシーさんと何か良からぬ話をしていたとか?橘さんと違って、美香にはそういうことを話す余裕があるのはいいけど。」

「良からぬ話っていうことはないよ。それで、アイシャにお願いしたいことがあるんだけど、アイシャも何か用事があるの?」

「平田社長が、今日の記者会見にサイレントサウンドの人が来ると言っていたから、二人で歌う時に、少しだけでも橘さんが目立つようにしてくれるといいと思うんだけど。」

「分かった。私はソロで歌う曲を頑張れるから、二人で歌う時は抑え気味で歌うね。」

「有難う。橘さんにはそう伝えておくね。それで、美香のお願いと言うのは。」

「・・・・・・。」

「もしかして、誠君に水着を選んで欲しいということを伝えて欲しいの?」

「さすが、アイシャさんですねー。」

「誠君の前で水着のファッションショーをするわけね。さっき慌てたのはその相談をしていたわけか。」

「違うけど、お願いできる?」

「面白そうだからいいよ。それじゃあ、メークが終わって着替える少し前に連絡して。」

「分かったけど、誠、来てくれるかな?」

「美香がすごく困っていると言えば、えっ、僕がですか?何で?と言いながらも来てくれると思うよ。」

「そうか。それじゃあ、お願い。」

「分かった。」

「念のため、アイシャさんにはこの部屋のカードを預けておくですねー。」

「そうか、ナンシー、私が発声練習をしていると気が付かないかもしれないからか。」

「そうですねー。」

「分かった。もし美香が発声練習をしているようだったら、このカードで部屋に入る。でも、そんなに時間はないからね。」

「それは分かっている。」

「なら大丈夫。私はまた橘さんの所にいるね。」

「分かった。それじゃあ、連絡したら誠のこと、お願いね。」

「了解。」

アイシャがミサの部屋から出て行った。


 久美の控室に戻った悟と久美が話す。

「ミサちゃんは場慣れているのか、さすがに落ち着いていたね。練習の後半、どっちが師匠か分からなくなっていたよ。」

「うるさいな。でも、あんな広い会場で水着で歌うというのに、何で美香はあんなに落ち着いていられるんだ。」

「あれがプロ魂なのかもしれない。仕事と思えば、きちんとやることだけを考えているんだと思うよ。」

「美香は初めてのワンマンライブを武道館で堂々とやったし、私の再デビュー、やっぱり失敗するんじゃないかな。やめておこうか。」

「今なら失敗しても事務所がつぶれることはないから、気にせず頑張ってみよう。」

「つぶれないのは助かるけど、師匠として面目が立たないわよね。」

「人気は歌だけじゃないから、久美はできることをやればいい。それより、今日のことを考えて。サイレントサウンドの人も見に来るから、やらなくてはいけないことをやることだけを考えよう。」

「えっ、オーディションは来週なのに、今日来るの?」

「うん。うちの招待枠で1人が見に来ることになった。今日はこちらが忙しいことは分かってくれて、挨拶は一言ぐらいで構わない。」

「でも、サイレントサウンドの人が来るなら先に言ってよ。」

「今日の記者会見は配信サイトで生配信されるから、ここに来なくても、間違いなくサイレントサウンドの何人かは見ているよ。」

「記者会見を生配信するの?来ることができない記者向け?」

「制限はしないで誰でも見れるみたい。出版社がホームページで宣伝していたよ。」

「えっ、知らない。」

「両方とも、言った気はするけど。」

「そうか。」

「でも、主役はミサちゃんだから、久美はそれほど気にしない。」

「それはその通りか。主役は美香、主役は美香、主役は美香、主役は美香!」


 悟が「普段の実力を出せればいいけど。」と思いながら久美を見ていると、アイシャが久美の部屋に戻ってきた。

「橘さん、今、美香と二人で相談して、二人で歌う時に美香は抑え気味で歌うことにしましたので、橘さんが主役と思って歌ってください。」

「何でよ!何で勝手に二人で決めているの。」

「その方が橘さんの歌がアピールできます。美香は最後に一人で歌う時に全力で歌えばいいですし、その方が美香の歌の印象深くなると思います。」

「いや、そうかもしれないけど。」

「久美、二人とも久美のことを考えてくれているんだよ。」

「二人がそのつもりなのは分かるけど、もし失敗して写真集の売り上げが落ちたらどうするのよ。」

「大丈夫です。音楽関係者以外の人は二人の水着姿しかみていないですから、歌で少しぐらい失敗しても写真集の売り上げが変わることはありません。」

「そうなのか。」

「はい。二人の水着姿はそのぐらいのインパクトがありますから大丈夫です。ですから、橘さんの歌を出席している音楽関係者にアピールできる良いチャンスだと思います。」

「・・・・・。」

「僕もアイシャちゃんの言う通りだと思うけど、アイシャちゃんはまだ17歳だよね。」

「はい、そうですが?」

「尚ちゃんと言い、最近の若い子は分析が冷静だなと思って。」

「有難うございます。クラッシックの演奏に感情を込めるために、時代背景を踏まえて人の気持ちを考える課題が課されます。そして、その気持ちを再現するような演奏が求められますので、他の人の感情を考えるのは得意です。」

「確かに、クラシック音楽では、過去の社会の様子も勉強するんだったね。もちろん、それが分からない人、分かるだけの人、分かって演奏ができる人がいるようだけど。」

「はい。私も分かって演奏できるようになりたいです。」

「私は分からない人ということか。」

「久美、そういうことではないから。」

「橘さん、社長を信じましょう。それで自分の全力を出すことだけを考えましょう。」

「そうね。それしかないものね。そうしてみる。」


 誠と尚美が到着して、最終打ち合わせが始まった。

「お待たせして、申し訳ありません。」

「いえ、時間どおりです。早速、最終打ち合わせを始めます。私は大学館の杉村雄一です。よろしくお願いします。それでは自己紹介をお願いします。まずは、モデルの橘さんからお願いします。」

「えっ、私から。主役は美香じゃ?」

「そうですが、大河内さんの師匠と言うことで、先にお願いします。」

「あっ、あの、パッ、パラダイス興業所属の橘久美です。ボッ、ボイストレーナーの仕事をしています。今日はよろしくお願いします。」

「溝口エイジェンシー所属、橘さんの弟子のロック歌手の大河内ミサです。よろしくお願いします。」

「次は、司会の川田さん、お願いします。」

「関東ラジオアナウンサー、川田直樹です。今日は橘さんと大河内さんの水着での歌唱が生で見ることができるということで、本当に楽しみにしています。この感動をたくさんの人にお伝えできるよう全力を尽くします。今日はよろしくお願いします。」


 タレントの自己紹介が終わって、溝口エイジェンシーのスタッフの自己紹介に移る。

「次は芸能事務所の方、お願いします。まずは溝口エイジェンシーの方から。」

「溝口エイジェンシー、大河内ミサのマネージャーのナンシー・レノンですねー。今日もよろしくお願いするですねー。」

「溝口エイジェンシーのメークアップアーティストの加藤明美です。大河内ミサのメークを担当します。私も大河内さんのメークをできるということで、やりがいを感じています。今日はよろしくお願いします。」

「同じく、小林智子です。橘久美さんのメークを担当します。橘さんは溝口エイジェンシーにはいないタイプの綺麗な方ですので、すごいやりがいを感じています。今日はよろしくお願いします。」

「溝口エイジェンシーのアルバイト、アシスタントマネージャーの岩田誠です。雑用はなんでもやりますので、よろしくお願いします。」


 次に、その他のスタッフの自己紹介に移る。

「次は、パラダイス興行の方、お願いします。」

「パラダイス興行代表取締役社長、と言っても正社員は私と橘の2名しかいませんので、雑用でも何でもやっていますが、平田悟です。橘のマネージャーを担当します。今日はよろしくお願いします。」

「パラダイス興業所属のヴァイオリン奏者の藤崎アイシャです。今日はアシスタントマネージャーとして平田社長を補助します。よろしくお願いします。」

「それでは、撮影陣の方、お願いします。」

「この写真集の企画は星野さんですので、お先にどうぞ。」

「大場さん、分かりました。構成監督の星野なおみです。みなさんのご協力のおかげで、私の想像を超える本当に素晴らしい写真集ができたと思います。今日、多少トラブルがあった方が話題になって売り上げが伸びるんじゃないかなと思うぐらいのできですので、大切な記者会見ですが、リラックスして取り組んで頂ければと思います。よろしくお願いします。」

「相変わらず、14歳の女子中学生とは思えない挨拶ですが、撮影監督の大場利治です。よろしくお願いします。」

「フォトグラファーの光崎渉です。今日はよろしくお願いします。」

「それでは、大学館のスタッフをご紹介します。記者担当、会場担当、受付の順番でお願いします。」

大学館のスタッフの自己紹介の後、カラオケを流すために来ていたヘルツレコードのイベント担当者の自己紹介があり、その後、杉浦からタイムテーブルに基づいて、スケジュールの説明があった。


 最終打ち合わせが終わった後、メークを始める時間まで、ミサとナンシーもパラダイス興行の控室にやってきていた。

「誠はまたすごい恰好ね。」

「はい、何かあった場合に盾になるためです。ナンシーさんはミサさんを、社長とアイシャさんは、橘さんと妹を急いで退避させることをお願いします。」

「僕は二人を避難させたら戻るから、誠君も無理はしないように。」

「私も戻るよ。悟に怪我させるわけにはいかない。」

「私も戻って、スタンガンでやっつけるですねー。湘南さん、やっぱり、守るだけではだめですねー。」

「ナンシーさん、今回の会場は室内で催涙ガスのグレネードが有効ですので、最悪の場合はそれで記者会見の部屋ごと、催涙ガスで制圧するつもりです。」

「なるほどですねー。それなら私はミサを連れてホテルから離れることにするですねー。」

「さすがナンシーさんですね。爆発物が仕掛けられている可能性を考えているんですね。はい、是非お願いします。アイシャさんも二人を連れてホテルから離れてください。」

「分かったけど、誠君、さすがに爆弾は心配しすぎじゃない。」

「そうかもしれませんが、現場から離れるのはセオリーですので。」

「そうですねー。アメリカでは必要ですねー。」

「まあいいか。分かった。二人を連れてホテルから離れるよ。」

「ねえ、ナンシー。足手まといにならないために、私もスタンガンの使い方を覚えておいた方がいいかな。」

「そうですねー。アメリカで活動をするなら持っていた方がいいですねー。」

「ミサさんなら、小石を持っていて、攻撃されたら相手に投げつけて、すぐに逃げるようにした方が良いように思いますが。」

「確かに、ミサが投げれば拳銃より威力がありそうですねー。でも、相手が死んでしまうとミサの精神状態が心配ですねー。」

「すみません、そこまでは考えていませんでした。それなら、サッカーボールを持っていて、相手に向かって蹴ってから逃げるというのは。」

「ミサなら少年探偵と違って普通のボールでも威力がありそうですねー。ミサ、サッカーボールをける練習をしておくですねー。」

「分かったけど、私、そんなに力はないからね。」

「それでも、相手が驚くと思いますので、すぐに逃げましょう。」

「分かった。」

「記者の質問の方は大丈夫ですか。」

「うん、大丈夫。」


 ミサは久美と話をした後、メークと着替えのためにナンシーと自分の控室に向かい、誠は記者会見の会場に向かった。そして、水を入れたバケツ数個を部屋に運び入れ、部屋の中に不審物がないかチェックした。さらに、不測の事態を何通りか考えて、その場合の動きをイメージトレーニングしていた。少しして、アイシャがやってきた。

「誠君、美香がどの水着がいいか男性の目で選んで欲しいって。」

「えーと、僕がですか?」

「そう、僕がだよ。決まってるじゃん。分かっていると思うけど、美香が信用している男性って、誠君と平田社長ぐらいだから。」

「平田社長は忙しいんですよね?」

「うん、社長は橘さんを励ますのにかかりっきりになっている。」

「それは分かります。」

「そんなに心配しなくても、部屋にはナンシーさんもいるはずだから大丈夫だよ。」

「ナンシーさんがいると、逆に心配です。」

「それもそうだけど、私も付いていくし。」

「ナンシーさんよりは良いと思いますが、それでも心配だったりします。」

「大丈夫。もし誠君が変な気を起こしたら、窓から投げ捨ててあげるから。」

「この高さの窓から落とされたら僕は死んでしまいますが、はい、もし僕が変な気を起こしたら、そうしても構いません。正当防衛の範囲です。」

「分かった。じゃあ行こう。」

「分かりました。行きましょう。」

誠は「変に誤解されないようにしないと。」と思いながら、アイシャの後をついてミサの部屋に向かった。

「誠君、そう言えば『ハートリンクス』の新曲がだいたいできたから、後で聴いてもらえる?テンポを変化させてセクシーな雰囲気の曲にしたから。」

「聴かせてもらえれば嬉しいですが、ということは、今までの明るい感じの曲とは曲調を変えるんですね。」

「そのつもり。平田社長さんも、アイドルでもいろいろな曲を歌った方が、飽きられなくていいと言っていたから。」

「でも、すぐにそういう曲を作れてしまうアイシャさんもさすがです。」

「どちらかと言うと、そういう曲の方が得意かな。」

「そうですか。作詞は明日夏さんですか?」

「そうだよ。タイトルは『私に熱中してよ』になる。」

「さすが明日夏さん。アイドルの曲らしいタイトルですが、タイトルはあまりセクシーという感じではないですね。」

「と思うでしょう。でも、途中のセリフで『私に熱中してよ』が『私に、ねっ、チューしてよ』になるんだよ。私もさすが明日夏さんって思った。」

「そっ、そうですね。僕の想像の上を行っています。」

「ハートレッドさんが、『私に、ねっ、チューしてよ』って、セクシーに言うんだよ。男子の誠君としてはどう思う。」

「どう思うと言われても困りますが、人気は出そうな気がします。」

「だよね。私もそう思う。私が言ったら?」

「そう言われて近寄ったら、窓から投げ捨てられるんじゃないかと思います。」

「ははははは。酷いな。でもまあ合ってるかな。」

「はい。でも、アイシャさんの作曲が早くて妹が助かっていると思います。」

「有名なアイドルの曲を作曲できるなんて、何かの縁だから、私も頑張っているよ。」

「有難うございます。」


 ミサの控室の前に来て、アイシャが声を掛ける。

「美香、誠君を連れてきたよ。」

答えはなかったが、部屋の中からミサの歌声が聞こえてきた。

「美香、歌っているみたい。」

「はい、真剣に歌っていますね。はい、やっぱりすごいです。」

「ナンシーさんから鍵を預かっているから、美香の歌を邪魔しないように静かに入るよ。」

「はい、了解です。」

アイシャに続いて誠が屈んで下を見ながら静かに部屋に入り、誰にも聞こえないような小声で挨拶する。

「お邪魔します。」

すると、誠は急に止まったアイシャにぶつかった。

「アイシャさん!?」

そう言いながら前を向いた誠も固まってしまった。アイシャがミサに尋ねる。

「美香、何で裸なの?」

部屋の中ではパンツだけを履いているミサが真剣に歌を歌っていた。その言葉にミサが部屋の中にアイシャと誠がいることに気が付いた。

「えっ、私・・・・。そうだ、水着に着替える途中だったんだ。」

誠も我に返って、顔を伏せてとりあえず部屋から出ようとした。そのとき、ミサが、

「誠、危ない!」

と叫んで誠に走り寄ってきた。誠は「えっ!」と思ったが、部屋に入ろうとしてナンシーが誠の後ろからぶつかり、前に転びそうになった。誠も自分が間違いなく転ぶと思ったが、駆け寄っていたミサが誠が転ぶ前に抱きとめた。

「誠!大丈夫?」

誠から返事がなかった。アイシャが話かける。

「美香、抱く力を緩めないと、誠君の息ができなくて死んじゃうよ。」

「ごっ、ごめんなさい。」

ミサが力を緩めて誠の顔を見ながら尋ねる。

「誠、怪我はない?頭は打ってない?」

「はっ、はい。美香さんに受けとめてもらいましたので、全然大丈夫です。」

「誠君の頭は美香のGカップで受け止めたから、大丈夫じゃない。」

「そう、良かった。ハワイのようにならなくて。」

ナンシーがミサに声を掛ける。

「ミサは仕事中なのに、何で裸で湘南さんを抱いているですねー」

「いや、ナンシーさん、仕事中は関係ないわよ。」

「関係大ありですねー。プロなら仕事中は契約に従わないといけないですねー。」

「仕事が終わった後ならいいの?」

「人間の自由を不当に縛ってはいけないですねー。だから、いいに決まっているですねー。二人とも大人ですねー。」

「なるほど。これが契約社会のアメリカ人の考え方なのか。勉強にはなったけどさ。」

「あっ、あのお二人とも、それよりこの状況を何とかするのが先ではないでしょうか。」

「湘南さんのいう通りですねー。仕事はちゃんとするですねー。」

「うーん、ナンシーさんの言うことはまだ完全には理解できないけど、誠君、とりあえずこの部屋から出ようか。」

「はっ、はい。そうします。」

「美香は誠君をゆっくりと立たせて。転ぶと危ないから。」

「分かった。誠、今から立たすから転ばないでね。」

「はい。」

ミサが誠を立たして手を放す。

「それじゃあ、誠君、私もいっしょに行くから落ち着いて部屋を出よう。」

「分かりました。」

ナンシーが呆れた顔をする中、誠がアイシャに付き添われて部屋から出た。


 アイシャが扉をしめると、誠に話しかける。

「誠君が悪くないのは分かっているから大丈夫だよ。」

「あっ、有難うございます。」

「まあ、ラッキーだったということで。」

「ラッキーだったと言われても困ります。」

「じゃあ、アンラッキーだったの?」

「美香さんにとってはすごく不運だったんじゃないかと思いますが。」

「美香はすごく集中して歌っていたし、たぶん事故だよ。」

「僕もそうだと思います。」

「減るもんじゃないし、二人とも怪我をしなかったから、誠君は超ラッキーな事故だったと思っておけばいいと思うよ。」

「分かりました。どちらかと言うと、僕の寿命が減ったかもしれませんが、それでも僕は幸運だったと思います。」

「正直でよろしい。」


 部屋からナンシーが出てきた。

「湘南さん、部屋に入ってミサとお話しするですねー。」

「美香さんは大丈夫ですか?」

「湘南さんと一度話した方がミサが落ち着くと思うですねー。」

「分かりました。」

誠が部屋に入ると、ミサがロングパーカーを着て椅子に座っていた。

「誠、ごめんなさい。裸だったのを忘れて歌っていた。」

「歌っているときの美香さんの集中力、半端ないですからね。その真剣さは、本当に尊敬しています。」

「本当に?はしたない女だって思っていない?」

「全然思っていません。今のことも僕にとっては幸運だったと思っています。一生分の運を使っちゃったんじゃないでしょうか。」

「誠君、私のは?」

「えーと、来世の運も使っちゃったようです。」

「あれ、私の裸は見ていなかったんじゃないの?」

「そうでした。見ていませんでした。」

「ははははは。さすがの誠君も動転している。」

「はい、幸運すぎて冷静さを失っています。」

「それで誠君、美香のために、美香と握手しておいた方がいい。」

「馬鹿なことをした美香を軽蔑していない証拠ですねー。」

「いつも馬鹿なことをするのは、ナンシーさんだと思いますが。」

「酷いですねー。でも、湘南さんが元に戻ったですねー。」

「美香さんは大丈夫ですか?」

「うん、お願い。」


 誠とミサが握手をする。

「記者会見の会場では、僕は美香さんの斜め後方から見張っています。平田社長も席についていますので、美香さん、安心して頑張ってきてください。」

「分かった。頑張る。」

「それでは、僕は記者会見の会場に行ってきます。」

「誠君、その前に水着を選ばないと。」

「この状況でですか?」

「もちろん。そのために来たんだから。美香は1枚目の水着を着ているわよね。」

「うん。」

「それじゃあ、ロングパーカーを脱いで。」

「分かった。」

「誠君はちゃんと見る。」

「アイシャさんは面白がっていますよね。」

「時間もなくなってきているんだから、余計なことは言わない。」

「分かりました。」

ミサがロングパーカーを脱いだ。

「美香、一周回って。」

誠は「直視するのはプレッシャーだな。」と思いながらも、「水着で歌うんだった」と思って、ミサに話しかける。

「あの、マイクを持って歌う格好をしてみてください。」

「分かった。」

ミサがマイクを持ってゆっくり回る。

「それじゃあ、誠君、1回出ようか。」

「はい。」

誠が出るとミサが着替えて、また誠が入るということを2回繰り返した。

「誠君は、どれが良かった?」

「私は誠がいいと思えばどれでもいい。」

「ミサ、それは全裸に決まっているですねー。」

「ナンシーさん、さすがにそれは会見場じゃ無理です。でも、誠君は、美香と私、どっちの裸の方が良かった?」

「二人ともすごい綺麗な方ですので、映す価値なしの僕では評価できません。」

「それじゃあ、質問を代えよう。どっちの裸がもう一度見たい?誠君が見たいと言った方が、もう一度見せてくれることにしよう。私は誠君は弟みたいな感じだからいいよ。美香もいいよね。」

「えっ、まあ、誠が見たいならいいけど。」

「湘南さん、私も含めていいですねー。」

「さあ、誠君、3人から誰を選ぶ?」

「誰を選ぶですねー。」

ミサが誠を見る。誠がとりあえず時計を見る。

「会見まであと10分です。アイシャさん、僕たちはもうそろそろ会場に入らなくてはいけない時間です。」

「湘南君、うまく逃げたね。時間切れだから仕方がないけど、誠君、水着はどれがいい?」

「2番目の赤い水着が良かったと思います。」

「誠、赤い水着ね。分かった。有難う。」

「あの何も飾りが付いていない正統派のビキニだよね。私も誠君と同意見。」

「そうですか。少し安心しました。」

「それじゃあ、もう行かないとか。美香、会場でね。」

「分かった。」

「美香さん、また会場で。」

「はい。誠、いろいろ有難う。」


 誠とアイシャがミサの部屋から出ていく。

「美香は歌い出したら、服を脱いでいることを忘れてしまったのは本当だと思うけど、何で裸で歌い始めたんだと思う?」

「リハーサルで気になるところがあったんじゃないでしょうか。着替えの途中で、急に思い出して歌い始めたんだと思います。」

「私は、美香が橘さんの真似をして、男性の前で全裸で歌うってどんなだろうと、想像するために歌いだしたんじゃないかと思う。」

「橘さんは美香さんによくそう言っていますよね。その影響を受けたんですか。」

「美香は信用している人が言うと、すぐに信じちゃうからね。」

「本当に橘さんには困ったものです。」

「でも、美香は橘さんと違って全裸で歌うのは無理だった。」

「そうみたいです。」

「誠君も美香に全裸で歌うといいと言えば、美香の全裸が見られたかもね。」

「言いません。」

「でも、私は誠君に全裸を見られたのか。」

「あの時は、布団が掛かっていたので、本当に下半身は見ていません。」

「なるほど、その代わり上半身はちゃんと観察したということか。」

「そう言うわけではないです。」

「でも、夏は弟がいてもパンツ一丁で練習しているから全然かまわないけどね。」

「暑いとそういう恰好で練習しているわけですね。」

「ウソだと思うなら、夏に私の部屋まで見に来る?」

「行きません。でも、弟さんは大丈夫ですか?」

「弟が子供のころは私がお風呂に入れていたから、弟は私の全裸も見慣れている。」

「子供のころとは違うと思いますが。それにしても、アイシャさんはヴァイオリンは驚くほど繊細に弾くのに、アーティストの方々の感覚は良く分かりません。」

「まあ、私はよくガサツな女とは言われるけど、誠君は私のヴァイオリンの演奏のことが分かってくれるから嬉しい。」

「音楽に集中するから、他のところが抜けるのでしょうか。アイシャさんも美香さんも。」

「酷い言い方だけど、そうかもね。」

「でもあの、人間性だけは失わないようにお願いします。」

「それは分かっているわよ。」


 誠とアイシャは記者会見が始まる5分前に会場に入り、部屋の前方の壁際の左側と右側に立った。誠とアイシャの間にステージがあった。そして、部屋の後方に記者席が複数列並んでいて、記者席とステージの間に関係者席が1列に並んでいた。記者席は、芸能関係の記者の他、一般紙の記者が座っていた。そして、記者席の後ろに大きな三脚を立てたカメラマンが並んでいて、会場は既にいっぱいだった。その状況で、記者やカメラマンは記者会見が始まるのを待っていた。


 記者会見を始めるために、呼びに来た担当者の後ろについて、ナンシーとミサが並んで記者会見の部屋に向かった。

「ミサ、いくら頑張ると言っても、仕事中にああいうことをやってはだめですねー。プロなら仕事とプライベートの区別はちゃんとつけるですねー。」

「ナンシー、別にわざとやったわけじゃないから。」

「でも、湘南さんが来ることは知っていたですねー。」

「だから、歌っていたら来ることを忘れちゃったんだって。」

「ということは、橘さんの真似をして裸で歌うとどんな感じか試していたら、忘れてしまったですねー。」

「まあ、そんな感じかな。」

「でも、橘さんと違って全裸は無理だったですねー。」

「それはできなかったけど、誠はどっちがいいんだろう?」

「男なら全裸に決まっているですねー。」

「やっぱりそうなのか。次は頑張るけど、今ので誠との距離は縮まったと思う?」

「湘南さんの頭にミサの裸が焼き付いて忘れられないと思うですねー。だから、縮まったとは思うですねー。」

「そうなんだ。誠も一生分の幸運と言ってくれたし良かった。」

「写真集制作で頑張った湘南さんへのすごいご褒美になったですねー。」

「本当に?」

「ミサの裸を見て喜ばない男はいないですねー。でも、仕事の後にすれば、もっと時間を取れたですねー。」

「ごめん。それはナンシーの言う通り。でも、ナンシーのおかげで、気分が良くなって、元気も出てきた。有難うね。今日の会見は頑張れそう。」

「それは良かったですねー。目指せ20万部ですねー。」

「分かった。」


 18時から少し遅れて、担当者が次々に記者会見の部屋に入り、自分の席に着席した。ミサは自分の席の近くの壁際を見て、

「誠がいる。」

と確認して少し微笑んだ。中央左側のテーブルにはミサとナンシーが、その左側のテーブルには尚美と撮影監督の大場が席に着いた。また、中央右側のテーブルには久美と悟が、その右側のテーブルにはフォトグラファーの光崎と助手が、さらにその右側のテーブルには大学館の杉浦と司会者の川田が席に着いた。会場が落ち着いたところで、司会者の川田が立ち上がり話し始める。

「関東ラジオアナウンサーの川田直樹です。4分ほど遅れてしまいましたが、今から、大河内ミサ、橘久美のファースト写真集『師妹』の発売記者会見を始めたいと思います。まずは、大学館の杉村さんから今回の写真集『師妹』について全体説明をお願いします。」

「はい、大学館の杉村です。本日はたくさんの報道関係者の皆様にお集まりくださり、誠に有難うございます。」

ミサが「誠」という言葉に微笑んだ。

「この写真集の企画は、昨年の春に大学館側から溝口エイジェンシーさんに大河内さんの写真集の話を持ちかけたことから始まります。ただ、その時は大河内さんの歌に集中したいという希望から、話が進みませんでした。その後、昨年秋に大河内さんが信用している星野さんが写真集の構成に関して全決定権を持つ、大河内さんのロックの師匠の橘さんといっしょに撮影して、その写った写真も含める、そして、ロックを歌ったDVDを付録として付けるという条件で、星野さんに写真集の話をまとめて頂き、大学館側に提案がありました。大学館の編集委員会での検討の結果、撮影監督としてうちのエースの大場利治と新進気鋭のフォトグラファー光崎渉を起用し、12月の大河内さんのハワイでのライブにあわせて、ハワイで撮影することが決まりました。撮影は順調に進み、その後の編集、印刷を異例の速さで進め、今日の発表と発売となった運びです。写真集の内容に関しては、星野さんと大場さんに説明をお願いしようと思います。」


「それでは、まずは構成監督の星野さん、お願いします。」

「今日はお集まり頂き大変ありがとうございます。私がミサ先輩の写真集について、溝口社長から相談を頂いたのは、ちょうどミサ先輩がワンマンライブを開催したころです。ミサ先輩はアーティストとしてのこだわりが強い方ですので、どういう写真集にするか、なかなか意見がまとまらなかったのですが、橘さんを加えて、ミサ先輩にふさわしいロックな写真集にすることで、話を進めていくことができました。橘さんもミサ先輩も顔もスタイルも本当に美しい方ですので、綺麗な景色とマッチして見ているだけど心が躍る写真集になったと思います。是非、老若男女問わず、すべての人に見て頂きたいと思っています。」


「有難うございます。それでは次に撮影監督の大場さん、お願いします。」

「はい、こんばんは、大場です。いやー、本当にすごい写真集ができたと思います。まだ、成熟しきらない女神のような大河内さんと、大人の女の魅力たっぷりの橘さん。私が写真集を手がけてきた中でも、最高のお二人です。その最高のモデル二人にとても良くマッチしたハワイという開放的な環境の中で、光崎さんが独創的な構図で撮影を行い、究極的に綺麗な写真がたくさん出来上がりました。それを星野さんが至高の写真集としてまとめあげてくれたと思います。最高とか究極とか至高とかという修飾語ばかりですが、本当に人生最高の写真集だと思っています。写真ばかりでなく、歌のビデオの方も最高の出来で、吹き替えなしですので、歌の方も臨場感たっぷりでお楽しみいただけるのではないかと思います。私は全体のマネージと星野さんの相談役をしていたのですが、本当に楽しく仕事をすることができました。また是非いっしょに仕事ができればと思っています。」


「それでは、フォトグラファーの光崎さん、お願いします。」

「はい、被写体が最高と言うのは、大場がいう通りだと思います。特に、橘さん、始めは大河内さんの歌の師匠と聞いて、二人で撮影するときバランスを取るのが難しいんじゃないかと思っていたのですが、橘さんはモデルにおいても師妹という感じで、大河内さん一人で写るより魅力的な写真が撮れたんじゃないかと思います。大場と同じで、私もとても楽しく撮影することができました。大河内さんはこれから成熟していくことができれば、もっともっと魅力的な写真が撮れると思いますので、私も大場と同じでまたいっしょに仕事がしたいと思っています。」

「この写真集がとても素晴らしいですので、私も次の写真集にも期待したいところです。それで、光崎さん、大河内さんがより成熟して魅力的な女性になるためにはどうしたらいいとお思いでしょうか?」

「それは、恋人を作ることだと思います。」

「なるほど、そうですか。大河内さん、恋人にあてがありますか?」

「頑張ります。」

「ははははは、頑張りますですか。あまり頑張られると事務所は困ると思いますが、私も大河内さんの相手になる人が羨ましい限りです。」


「次に、師匠の橘さん、お願いします。」

「よっ、よろしく、おっお願いします。パッ、パラダイス興業所属のボイストレーナーのたっ、橘久美です。」

「橘さん、慌てる必要はありませんので、落ち着いてお願いします。」

「すっ、すみません。こんなに、たくさんのカッ、カメラが並んでいるところで話したことがないもので。」

久美は悟が書いたメモを見ながら読み上げる。

「ハワイの撮影では、大河内さんといっしょに楽しむことができました。始めは固くなっていましたが、杉村さん、大場さん、光崎さんに面白い話をして頂いて、だんだんとリラックスして撮影することができました。海岸での水着での撮影も最初はどうなるかと思っていましたが、夏色いっぱいの景色の中で、自分を出すことができたと思います。出版社の皆様や同じ会社の星野の力で大変魅力的な写真集になったと思いますので、皆様、是非、お手に取って下さればと思います。」

読み終えた久美がため息をついた。


 司会者が会見を進行させる。

「有難うございます。最後に主役の大河内ミサさん、お願いします。」

「はい。写真集を出すことが決まってからも不安で一杯だったのですが、いざ撮影が始まってみると、みなさん親切で、とても楽しく撮影をすることができました。光崎さんからもとても良い表情と言われて安心しました。風景も本当にきれいで、どんどん自分の気持ちが高揚していって、最終日の歌の収録では、最高、究極、至高の気持ちで歌うことができました。CDを出した時の歌よりも必ず皆さんの心を揺さぶることができると思いますので、是非聴いてみて欲しいと思っています。」

「有難うございます。私も拝見しましたが、目に耳に強い刺激を受け、私の心も揺さぶられました。写真集が売れれば、次の写真集も出版できるわけですので、是非、皆さんも写真集を買って、見て頂ければと思います。それでは、会場の記者の皆さんからの質問を受け付けたいと思います。質問がある方は挙手をお願いします。」


「まずは、デイリー東京の方。」

「個人的にも素晴らしい写真集だと思いますが、大河内さんと橘さんに伺います。写真集で一番苦労したところは何でしょうか?」

「大河内さん、橘さん、いかがでしょうか?」

「ダイエットです。」

「私もダイエットです。」

「ははははは、ということです。どのぐらいの期間ダイエットされたんですか?」

「1か月ぐらいです。」

「私も大河内さんと同じです。」

「それは大変そうですね。」


「次は、OBSの方。」

「大河内さんにお伺いします。最初、写真集の話が進まなかったということですが、気持ち的にいやだったのですか?」

「いやというよりは、恥ずかしかったというのが本音です。橘さんもいっしょで尚が決定権を持つということで、安心することができて、お受けすることにしました。撮影はとても楽しくて、今ではお話を受けて良かったと思っています。」

「有難うございます。」


「次は、東日本放送の方。」

「大河内さんと橘さんにお伺いします。どの写真が一番お気に入りですか?」

「一番は写真でなく、橘さんと歌ったビデオなのですが、写真で言えば公園で橘さんと撮ったこの写真です。」

久美はまた悟が書いたメモを見ながら答える。

「私も歌ったビデオが一番ですが、ショッピングセンターで撮ったこの写真がお見合い写真に使えるんじゃないかと思っています。」

「はい、二枚とも素敵な写真だと思いますが、水着写真だと?」

「橘さんといっしょに歌っているこの写真だと思います。」

久美はやはりメモを見ながら答える。

「私は大河内さんの写真で一番素敵と思うのは、大河内さんのスタイルのすごさが分かるこの写真だと思います。それに比べることができる私の写真はありませんので、お答えは控えさせて頂ければと思います。」

「えー、久美先輩は、この写真がいいです。とてもカッコいいです。」

大場も賛成する。

「橘さん、先ほども言いましたが、橘さんには大人の女性の魅力がたっぷりありますので、大河内さんが推薦するこの写真もすごく良いと思います。」

「有難うございます。」


「朝夕新聞の方。」

「大場さんと光崎さんに伺います。次に写真集を出すとしたら、どこで撮るのが良いと思いますか?」

「大河内さんのイメージからすれば地中海やエーゲ海とかになると思いますが、アメリカやイギリスでロックシンガーとして撮るのも面白いと思っています。あと、星野さんも写真集を出すときには、大学館が総力をあげますので、是非、ご相談下さい。」

尚美が笑顔で答える。

「有難うございます。社長と相談して考えます。」

「どうですか、平田社長。」

「いや。星野はまだ中学生ですので、高校生になったら考えます。」

「パラダイス興行は音楽事務所ということもあり、社長がお堅いんです。皆さん、大変申し訳ありませんが、あと2年は待って下さい。」

会場から笑い声が起きる。

「光崎さんは?」

「大河内さんの場合は、大場さんの言う通りだと思います。たくさんの観客に囲まれて歌っているというシーンもいいと思います。橘さんの場合は、砂漠で中近東の衣装で撮るのも面白いと思っています。」

「光崎さん、それは確かに面白そうだね。どうでしょうか、橘さん。」

「悟・・・、社長と相談して考えます。」

「そうですか、それではまた平田さんと相談させて頂きます。いや、さすが光崎さん。」

「それと、僕は、後ろに控えているアシスタントマネージャーの方も気になるのですが、あの方もパラダイス興行の方なんですか?」

「はい、本来はうちのヴァイオリニストなのですが、今回はミサさんの友達ということもあって、アシスタントマネージャーとしてアルバイトで来てもらっています。」

ミサが説明を加える。

「すごいヴァイオリンが上手なんです。それに音楽に詳しくて、パラダイス興行では作曲や編曲を手伝っているみたいです。」

「大河内さんのお友達なんですね。それにしても、整った顔をしていて、身長があって胸もあってスタイルも良くて、なかなか日本にはいないタイプだと思います。王女様のような恰好が良く似合うんじゃないかと思います。」

「光崎さん、女王様のような恰好から脱ぐという設定が一番萌えるんですよね。」

「大場さん、彼女はまだ高校生ですので、そのような表現は避けていただけると。」

「分かりました。でも、パラダイス興行には『トリプレット』の柴田亜美さんも在籍していますし、パラダイス興行というのは、平田社長にとって、パラダイスなのかと思ってしまいます。」

「いや、私でなく、ミュージシャンにとってのパラダイスにしようということで、この名前を付けました。小さい事務所ですが、練習室を二つ設けるなどしています。それに在籍者数としては、セミプロの男性バンドが一番多いと思います。」

「なるほど。」

「僕としては、たぶん平田社長がイケメンだから、綺麗な女性が寄ってくるのではないかと思います。平田社長も写真集、いかがですか?」

「えっ、いえ、僕はいいです。」

「悟、私に水着で歌えと言うぐらいだから、自分も水着でベースを弾かないと。」

「久美、今はそういう時じゃないから、後で話そう。」

「分かった。」

「あの、面白い話が続いていますが、話がだいぶそれてきてしまっていますので、大河内ミサさんと橘久美さんのファースト写真集『師妹』の話に戻したいと思います。」


 この後、ハワイでの食事、撮影の苦労、編集での工夫などの質問が続き、30分ぐらいで質疑応答が終了した。ミサと久美は一度退室し、ホテルの従業員が、関係者が使っていたテーブルと椅子を部屋の横に並べ直した。誠とナンシー、悟とアイシャがそれぞれステージの横に立った。会場が暗くなり、少しするとカラオケが流れ始めた。ステージにスポットライトが当たると、ステージ上に水着姿のミサと久美が現れ、会場中にどよめきが響いた。二人が一曲目を歌いだした。ミサが久美が目立つように配慮しながら、二人は無事に歌い終わった。

「こんばんは、改めまして、大河内ミサです。」

「こんばんは、橘久美です。」

「橘さんはアンナという名前でロック歌手としてデビューしました。その時のデビュー曲『UnDefeated』を橘さんといっしょに歌わせて頂きました。私がロック歌手になるきっかけになった私にとってもとても大切な曲です。それを橘さんと歌うことができて感無量です。次は私のデビュー曲『Fly!Fly!Fly!』を橘さんといっしょに歌わせて頂きます。昨年の夏からロックのボイストレーニングを橘さんから受けることができるようになりました。最初、私が歌う『Fly!Fly!Fly!』を聴いて、橘さんがお前の歌はプロペラ機だと言われていたのですが、今の歌はどうですか?」

「あまり覚えていないんだけど、私がそんな偉そうなことを言ったんだよね。」

「橘さん、酔っぱらっていましたから。でも、橘さんの言うことは正しいですので構いません。それで、正直に言って、今はどうですか?」

「音速を超えて歌えるようになったと思う。」

「有難うございます。それでは、私のデビュー曲『Fly!Fly!Fly!』をお聴きください。二人力を合わせれば音速をはるかに超えて、月まででも行けると思います。」


 ミサと久美が歌い始めた。誠がミサや記者席の方を見ていると、二曲目が始まって少ししてから、胸を押さえて机に伏せる記者らしき人が見えた。同じ机の隣に座っている同じ会社の記者は気付いていなかったようだった。誠がナンシーの耳のそばに手を添えて、ナンシーに状況を伝える。

「記者の一人が机に伏せています。もし急病のようなら救急車を呼びますので、ミサさんと橘さんの誘導をお願いします。」

「えっ、そうなんですねー。分かったですねー。」


 誠は前かがみになり、急いでその記者の元に向かった。尚美は何が起きたか分からなかったが、誠が記者席に向かったので、その後を追った。誠は到着した後「こんなうるさいところで寝れるわけもないが。」と思いながらも、その記者に呼びかける。

「大丈夫ですか?しっかりして下さい。」

しかし、その記者からは返事がなかった。誠が後ろにいた尚美に言う。

「尚、ホテルのフロントの右横にAED(自動体外式除細動器)が設置してあるから、借りて来て。尚が一番速い。」

「分かった。」

久美は気が付かずにそのまま歌い続けていたが、誠と尚美が急に記者席に走って行ったことに気づいたミサが歌うのを止めた。それに気づいた久美も歌うのを止めてミサを見て声を掛ける。

「美香?」

ミサはそれを無視して、水着のまま誠の方に走って行った。悟も異常に気が付いて、ヘルツレコードの担当者に音楽を止めるように合図した。


 誠が隣に座っていた会社の記者に名前を聞く。

「この方のお名前は?」

「児玉と言います。」

誠が大きな声で呼びかける。

「児玉さん、児玉さん、返事をして下さい。」

しかし、それでも返事はなかった。となり記者二人に呼びかける。

「申し訳ありませんが、床に仰向けに寝かせますので、手伝って下さい。」

会社員は誠の姿を見て、「この人はガードマンで訓練を受けているのだろう。」と思ったため、少し安心して答えた。

「はい。」

「分かりました。」

そして、誠がホテルのスタッフに向けて大きな声で叫ぶ。

「救急車を呼んで下さい!命にかかわりますので、急いでお願いします!」

二人が協力して意識がない記者を床に仰向けに寝かせると、誠は心臓に耳を当てて心臓の音を聞くが、心臓の音は聞こえなかった。肺も動いていないようだった。ティッシュペーパーの先を鼻の近くに持って行ったが、ティッシュペーパーは動かなかった。誠はその記者の横に膝を立てて胸骨圧迫(著者注:昔は心臓マッサージと言っていた。)を始める。そして、隣の記者に向けて話しかける。

「上着を脱がして、胸の部分を裸にします。金属でできている物は全部外して下さい。」

そして、周りで見ている人にお願いする。

「すみません、周りの机をどかしてください。」

「分かった。」

そう答えたのはミサである。ミサは水着のまま誠を見ていた。誠は「美香さんは控室に戻った方がいい。」と思ったが、今は迷う時間はないと思って答える。

「有難うございます。お願いします。」

ミサや周りの人が机をどけていると、ホテルの従業員が電話を持ってきた。

「消防署の方が、状況を知りたいそうです。」

「AEDを作動させるまで、待っていて下さいと伝えて下さい。」

その後、尚美がAEDを持って戻ってきて誠に渡す。誠はAEDを受け取ると、尚美に再確認をお願いする。

「有難う。心臓が動いているか、尚も確認して。」

「分かった。」

尚美も耳を心臓に当てて答える。

「心臓も呼吸も止まっているみたい。」

「有難う。消防署の方の対応をお願い。」

「分かった。」

誠は、AEDの蓋を開けると、電源が入りAEDが話し始めた。2つのパッドを装着するように指示しているため、誠がパッドを装着する。尚美が消防署の人と電話する。

「記者会見の会場にいる記者さんが急に気を失ったようです。床にあおむけで寝かせたところ、心臓が止まっていて、呼吸もありません。いまAEDをセットしているところです。」

「分かりました。救急車を向かわせます。AEDの声がこちらにも聞こえます。AEDの通電のボタンを押すときは、みなさん、患者さんから離れて下さい。」

「分かりました。」


 AEDが電気ショックが必要と判断して、充電を開始し、患者から離れるように指示した。誠と尚美が呼びかける。

「電気ショックが必要なようですので、近くから離れて下さい。」

「患者さんから離れて下さい!」

誠が安全を確認した後、通電のボタンを押す。通電が終わると、AEDが胸骨圧迫と人工呼吸を呼びかける。誠がパッドを外して、心臓と呼吸を確認したが、残念ながら心臓も呼吸も止まったままだった。

「心臓も呼吸も戻らない。念のため尚も確認して。」

「了解。」

尚美も心臓と呼吸が動いていないことを確認した。

「両方ともだめみたい。」

「尚は消防署との連絡をお願い。」

誠は「呼吸をしていないなら人工呼吸もしないと。」と思い、とりあえず、マウスツーマウスで人工呼吸を2回する。「人工呼吸と心臓マッサージの両方が必要だな。僕が人工呼吸をするとして、尚では力が不足するかもしれない。」と思いながら、ミサにお願いする。

「大変申し訳ありませんが、僕が人工呼吸をしますので、僕がさっきやっていた胸骨圧迫をやっていただけないですか。」

「分かった。私の会見だからやる。」

「まず両手を胸骨下3分の1ぐらいのところに当てて。」

誠がミサの両腕を持って手を適切な位置に誘導する。

「そこで、体重をかけてゆっくり押してください。・・・・そのぐらいです。それを1秒ごとに繰り返して下さい。」

「分かった。」

ミサが胸骨圧迫を始める。誠はその様子を見ながら人工呼吸を続ける。

 尚美が状況を消防署に連絡する。

「AEDで電気ショックを与えましたが、鼓動も呼吸もない状態です。今、二人で人工呼吸と胸骨圧迫を続けています。」

「有難うございます。救急車はあと5分程度でホテルに到着します。救急隊員が到着するまで人工呼吸と胸骨圧迫を続けていてください。」

「分かりました。」

久美をアイシャに任せた後、悟がミサのところにやって来た。

「ミサちゃん、変わるよ。」

「大丈夫です。私がやります。」

「分かった。それではナンシーさん、手に持っているロングパーカーをミサちゃんにかけてあげて。」

「じゃまですから、いいです。」

「そうですねー。じゃまですねー。」

「分かった。尚ちゃんによると、救急車があと5分でホテルに到着するということだから、あと10分ぐらい頑張って。」

「分かりました。」

誠は、時々、心臓の鼓動と呼吸が戻っていないか確認しながら人工呼吸を続け、ミサは誠が鼓動の確認をする時以外は胸骨圧迫を続けた。5分ぐらい続けた後、誠は確認のためミサに胸骨圧迫を止めるように言う。

「ミサさん、少し止めて下さい。」

「はい。」

誠が記者の胸に耳を当てる。

「尚、確認してみて。」

次に尚美も記者の胸に耳を当てる。

「うん、心臓が動いていると思う。」

ミサも記者の胸に耳を当てていた。

「心臓の音がしている!」

誠がティッシュペーパーを鼻の前に持ってくると、呼吸でティッシュペーパーが揺れるのがわかった。

「呼吸も戻っている。救急隊員がもうすぐ来ると思うけど、尚、消防署に連絡して。」

「了解。」

誠が心臓や呼吸を再度確認していると、救急隊員がストレッチャーを押してやってきた。救急隊員が尋ねる。

「患者さんの状況は分かりますか?」

誠が状況を説明する。

「一時、心臓と呼吸が止まっていました。AEDでも動き出さず、人工呼吸と胸骨圧迫を続けていたところ、先ほど動き始めました。」

「心肺停止の時間は?」

「7分ぐらいだと思います。」

「患者さんの名前は?」

同僚の記者が答える。

「児玉晴彦です。同じ会社の同僚です。」

「児玉さんのご家族に連絡は取れますか?」

「はい、いま連絡を取ったところです。」

「それでは、ご家族との連絡のために、病院にいっしょに来てもらえますか?」

「分かりました。」


 同じ会社の記者が付き添い、意識がない記者を救急隊員がストレッチャーに乗せて、記者会見の部屋から出て行った。ホテルの従業員が机を並べ直す中、大学館の杉村が今起きたことの記事を書いている記者に対応を説明する。

「大変申し訳ありませんが、この会見をこの後どうするか、今から関係者で検討しますのでしばらくお待ちください。」

記者の一人が返答する。

「こちらも、今起きたことをニュースにしてデスクに送りたいですので、そうですね、30分後でも大丈夫です。」

「分かりました。30分後にこちらの対応をお伝えします。」


 記者会見の部屋では、記者たちが記事を書いたり、会社と携帯電話で連絡したりしていた。また、画像・映像をリアルタイムで送っていない撮影担当はデータを会社に送信していた。スタッフは出版社の控室に集まった。

「30分で今後どうするか検討しなくてはいけません。ご意見がある方はいますか。」

主役のミサの所属事務所の溝口エイジェンシーを代表しているナンシーが誠に尋ねる。

「湘南さん、どうすればいいと思うですねー。」

「救急車で運ばれた記者さんの様子が知りたいです。状態が安定しているようでしたら、それを伝えて会見を継続してはいかがでしょうか。」

「その場合はそうですね。ミサさん、星野さんは、それでよろしいでしょうか。」

「はい。橘がアイシャと帰ってしまいましたようですが、ミサさんが一人で歌う歌が歌い終わっていませんので、続けられるようならばそこから続けたいと思います。」

「分かりました。平田社長、橘さんは大丈夫でしょうか。」

「大変申し訳ありません。橘は精神的ショックを受けているようで事務所に戻らせましたが、大丈夫だと思います。」

「それは良かったでした。それでは一度休憩時間としたいと思います。20分後の19時5分にこの部屋に戻ってきてください。打ち上げに関しては、時間もずれ込みますし、実施できる状況ではありませんので、食事をパックに詰めて各自持ち帰ることができるように、ホテルにお願いします。それでは、一度解散します。」


 ミサとナンシーも悟と誠がいるパラダイス興行の控室に来ていた。誠が悟に尋ねる。

「橘さんは大丈夫ですか?」

「たぶん応急措置をしているところを見てショックを受けたんだと思う。」

「そうですか。」

誠はミサもショックを受けているかもしれないと思い、それを少しでも思い出さないように、ハワイでの話をする。

「美香さんの頭の赤いハイビスカス、ハワイの楽しかった時を思い出します。」

「本当に?似合っている?」

「はい、ミサさんに赤はとてもよく似合うと思います。」

「誠のハイビスカスも似合っていたよ。」

「あれはネタにしかなっていなかったと思いますが、有難うございます。」

ミサが少し暗くなる。

「でも、次の日、叩いてごめんなさい。誠と分からなかったから。」

誠は「話題を少し変えないと。」と思いながら答える。

「いえ、全然大丈夫です。スタッフさんからは自分が代わりたいと言われていました。そのことより次の日、海岸で遊んだことがとても楽しかったでした。」

「それは本当にそう。私の今までの人生の中で一番楽しかったかもしれない。」

「人生で一番と言うのは少しオーバーかもしれませんが、ハワイの海と美香さんの生き生きした姿がマッチして、僕も一生忘れることができないと思います。」

「本当に?私も人生で一番楽しかったというのは、オーバーじゃないよ。ビーチバレーの誠もすごかった。」

「結局は負けましたが。」

「あれはこちらの弱点を見破ったのに、尚のために誠がわざと負けたんでしょう。それはお兄さんとして理想的。尚が羨ましい。」


 そのとき、尚美がパラダイス興行の控室を尋ねてきた。

「大学館のスタッフが、病院に付き添った記者さんに電話で連絡したところ、倒れた記者さんは救急車で意識が戻り、病院に着いた頃には意識もしっかりして、もう心配はいらないとのことでした。」

誠が尚美に確認する。

「尚、本当に!?」

「うん。私もそばで電話の会話を聞いていたから間違いない。これから精密検査をするけれど、心電図と血圧や患者の様子を見る限り心配はいらないって。」

「そうか。それは本当に良かった。」

それを聞いて部屋中に安堵の声が響いた。

「それで、記者会見は19時30分から再開するとのことです。その時間の前に記者会見をする部屋に集まって下さい。」

「了解。」

「それで美香先輩、大場さんから会見の雰囲気を変えるために、最初に水着で2曲を歌って欲しいということなのですが、大丈夫でしょうか。」

「全然大丈夫。何曲でも歌える。」

「ミサが大丈夫なら、大丈夫ですねー。」

「有難うございます。それでは2曲歌うことで話を進めますね。」

「了解。」


 尚美が、大場たちがいる会議室に戻って行った。

「良かった。記者さんが無事なこと、久美に連絡しないと。」

「橘さんも安心して、落ち着くといいですね。」

「私もそう思う。」

「本当に、美香さんの正確な胸骨圧迫のおかげです。」

「一番は冷静な判断の誠のおかげだよ。」

「あれだけ一定の力とリズムで胸骨を続けられる人はそうはいないと思います。」

「本当にそう思う?」

「はい。」

「有難う。誠と二人なら、私は何でもするし、何でもできるよ。」

「はい、美香さんがいれば僕も何でもできる気がします。」

「そうだよね。」

「はい。この記者会見も絶対に成功させましょう。」

「分かった。任せて。」


 この後、ミサとナンシーがメークを直すために自分の部屋に戻って行った。悟が誠に話しかける。

「誠君。」

「社長、何でしょうか?」

「誠君がミサちゃんを口説いているわけでないのは分かっているんだけど。」

「まさか、そんなことはしません。橘さんが気落ちしているというので、美香さんもそうかもしれないと思って、元気付けようと思って。」

「まあ、誠君はそんな感じだったね。ただ、ミサちゃんはまだ幼いところがあるから、嬉しすぎて行き過ぎないかと思って。」

「そうですか。分かりました。記者会見の時には注意していようと思います。」

「ちょっと、違うんだけど。」

「そうなんですか。よく分かりませんが、記者会見に限らずミサさんの行動に気を付けていようと思います。それで、先に帰った橘さんは大丈夫でしたか?」

「うん。今連絡したところ、事務所に残っていた明日夏ちゃんとレッドちゃんのロックの歌の練習を始めたみたいだから、大丈夫だと思う。」

「それは良かったです。」

「たぶん、久美は昔の事故のことを思い出しただけだと思う。あの時、救急隊員が同じようなことをしていたから。明日には元に戻ると思う。」

「事故ですか?」

「尚ちゃんから聞いていない?」

「特には。」

「久美と僕が所属していたバンドのギターを演奏しているメンバーがバイクに乗っていたんだけど、久美の目の前で起きた事故で亡くなったことがあるんだ。」

「そうなんですか。それなら、机か何かで目隠しをした方が良かったですね。」

「救急処置には時間が重要だから、あの時はあれでいいと思う。それに、それは久美が乗り越えなくてはいけない問題だから。」

「分かりました。」

「ところで、誠君は水曜日にレッドちゃんの家庭教師をするんだよね。」

「はい、その予定です。」

「申し訳ないけど、レッドちゃんが受かるように頑張ってくれるかな。」

「はい、もちろんそのつもりで、パスカルさんといっしょに全力で取り組んでいます。でも、何かあるんですか。」

「レッドちゃんの家庭の事情は複雑みたいで、悩んでいたりするかもしれないけど、大学に受かればもっと自信が出るかなと思って。」

「そう言われれば、見かけによらず自信がなさそうなところがありますね。共通テストの自己採点した点数も良かったですので、何か失敗しなければ合格すると思いますが、最後まで全力を尽くします。」

「有難う。」


 記者会見が再開された。今回はスタッフが配置についた後、杉村が説明をする。

「先ほど、記者の方一名が急に体調を崩し、心肺停止状態になりました。会場での救急処置で心臓と肺が動き出し、救急搬送先の病院で確認したところ、体も動き、意識もしっかりしているとのことです。皆様には大変ご心配をおかけしましたが、命の危険はないということですので、記者会見のライブパートを再開しようと思います。それでは、大河内ミサさんの歌を2曲お聞きください。」

 部屋からは安堵の声が上がった。そして、部屋が暗くなり、ステージの上にミサ一人が現れ、2曲を歌った。そして、ミサがこの会見の終了の挨拶をする。

「この記者会見に参加した記者の皆様、また、配信で見て頂いている皆様、今日は本当に有難うございます。橘さんが体調を崩して後半のライブには参加できませんでしたが、前半のライブで橘さんのすごさが分かってもらえたと思います。今日発売する橘さんと私の写真集『師妹』には、綺麗な景色の中で最高の橘さんと大河内ミサの写真がいっぱい入っています。また、付属しているDVDでは、綺麗な景色の中で、橘さんといっしょに、今の私の最高の歌をお届けできると思います。是非、お手に取って頂ければと思います。今日は本当に有難うございました。」


 部屋が暗くなり、ミサとナンシーが一度部屋の外に出て行った。この後、司会の川田が挨拶をして配信は終了となった。そしてホテルの従業員が関係者のテーブルを並べ直して、記者だけが参加する会見で今の救急搬送に関する質問を受け付けた。

「大学館の杉村です。記者の皆様には、先ほど起こりましたことの状況を、説明が重なる部分もありますが、もう少し詳しくご説明いたします。配信は止めています。記者さんだけの参加になりましたので個人情報もお伝えしますが、最初にサイン頂きました同意書の通り、取り扱いには十分注意して下さい。よろしいでしょうか。」

全員がうなずく。

「まず、大河内ミサさんと橘久美さんの2曲目の歌唱中に、OBSの記者の児玉さんが意識不明になりました。それを、溝口エイジェンシーのアシスタントマネージャーの、仮名ですが佐藤さんが気が付き、呼びかけましたが反応がありませんでした。佐藤さんが確認したところ、心臓も呼吸も止まっていたため、星野なおみさんがAEDを取りに行くとともに、ホテルスタッフが救急車を呼びました。その後、AEDを作動させましたが、心臓と呼吸は戻りませんでした。そのため、佐藤さんが人工呼吸を、大河内ミサさんが胸骨圧迫をして救急隊員の到着を待つことにしました。しかし、幸いなことに、救急隊員が着く前に心臓と呼吸が戻り、様子を見ながら救急隊員を待ちました。救急隊員は同僚の付き添いのもと、児玉さんを直ちに病院に搬送しました。病院で医師により急性心筋梗塞と診断され、その処置をしたところ、意識が戻り状態も安定してきて、この件による命の危険はもうなくなったということです。」


 会場の記者の顔は仕事をする表情に戻っていた。

「それでは皆様方から、質問をお受けしようと思います。川田さん、取り仕切って頂けますか。」

「承知しました。それでは、質問のある方、挙手をお願いします。・・・それでは、まず、千代田新聞の方。」

「これは、演出ではないんですよね。」

「はい。全く想定外のことです。もしお疑いのようでしたら、OBSのカメラマンが残っていますので、聞いてみてください。」

「はい、分かりました。」


「次は、SBSの方。」

「大河内ミサさんが、心臓マッサージにあたられた理由は。」

「大河内さん個人の判断なのですが、こちらも驚いています。」

「大河内さん、何かおっしゃりたいことはありますか。」

「絶対に助けなくちゃと思っただけで、あまりちゃんと考えていませんでした。最初、机を動かすのを手伝っていたのですが、胸骨圧迫をする人を探していたので、すぐに手伝いました。記者さんが助かって本当に良かったと思っています。」

「胸骨圧迫をした経験は?」

「高校生の時に人形で練習したことはありますが、実際の人でやったのは初めてです。」

「有難うございます」


「次は、朝夕新聞の方。」

「誰も大河内さんと代わらなかったのが不自然だったのですが、映像を意識したものではなかったのですか?」

「決して、映像を意識したものではありません。大河内さんの胸骨圧迫が上手にできていたようで、自分の方が自信があるという人がいなかったからだと思います。」

悟も答える。

「私も研修を受けていて、大河内さんが疲れたら代わろうと思っていたのですが、上手にできていたというのはその通りだと思います。」

「有難うございます。」


「次は、週間朝夕の方。」

「橘さんは帰られたのでしょうか。」

「平田さん、お願いできますか。」

「橘は救急処置をしているところを見たために、気分が悪くなりまして、事務所に帰らせました。精神的なものですので、少し休めば治るとは思います。」

「有難うございます。」


「次は、週間つぶやきの方。」

「人工呼吸にあたったアシスタントマネージャーの方は、星野さんのお兄さんなのですか?星野さんがお兄ちゃんと呼んでいたようですが。」

「これは、杉村さん?星野さん?」

「まずは私から答えます。星野さんのお兄さんは一般の大学生ですので、仮名を使わせて頂きましたが、その通りです。とても優秀な方だと思います。星野さん、何か追加で言いたいことはありますか。」

「兄の生活に支障が出ては困りますので、詳細は話せませんが、今日も防刃チョッキやヘルメットなどを身に着けて、私たちの盾になるつもりのようでした。」

「夏のライブで星野さんに催涙スプレーを投げた方ですか?」

「はい、そうです。今日もそれに類するものを持っているみたいです。」

「可愛すぎる妹を持つと、兄も大変そうですね。有難うございます。」


 この後も、救急搬送に関する記者会見が20分ほど続き、無事に終了した。ミサ、ナンシーがミサの控室に向かった。

「今日の仕事は終わりですねー。打ち上げがなくなったので、ミサは先に帰ってもいいですねー。」

「ナンシーは?」

「ついでだから、出版社の方々の会議が終わるまで待っているですねー。何か事務連絡があるかもしれないですねー。」

「そうか。誠はどうするのかな?」

「星野さんがその会議に出ているですねー。だから、湘南さんが帰るのはその会議の後になると思うですねー。」

「そうよね。私も誠と尚に挨拶したいから、もう少し残っていよう。」

「分かったですねー。」

「でもあの時、勝手に誠を手伝っちゃったけど、事務所として大丈夫だと思う?」

ナンシーが微笑み「夜9時のニュースには間に合うですねー。これで写真集がもっと売れるですねー。」と思いながら答える。

「ミサは何も悪くないですねー。人命救助ですねー。偉かったですねー」

「有難う。ナンシーにそう言ってもらえると助かる。」

「でも、やっぱり湘南さんがすごく偉かったですねー。私も感動したですねー。」

「うん、そうだよね。誠はやっぱりすごかった。」

「何かすごいご褒美を考える必要があるですねー。」

「私もそれには賛成。」


 悟は、記者会見の終了後、尚美と悟を待つためにパラダイス興行の控室に一人で残っていた。そこに、サイレントサウンドの担当者が挨拶のためにやってきた。

「こんばんは、サイレントサウンドの工藤です。」

「工藤さん、先日は有難うございました。今日もわざわざお越しいただき、大変ありがとうございます。」

「今日は大変な記者会見になってしまいましたね。」

「はい。大変申し訳ありませんが、橘は倒れた記者を見て気分が悪くなって、先に帰ってもらいました。でも、記者さんがご無事と言うことで良かったでした。」

「私も気を付けないとと思いました。」

「と言いますと?」

「今日は橘さんの生の歌を拝聴するつもりで来たのですが、プロとしてお恥ずかしい話なのですが、橘さんと大河内さんの水着姿に圧倒されて、橘さんの歌を細かいところまで聴くことができませんでした。」

「そっ、そうなんですね。」

「あれは、視覚の暴力ですよ。」

「そっ、そうですか。」

「それでも聴いた範囲では、橘さんの声にパワーはありましたが、全体的に固くなって伸びが押さえられていたかなと思いました。まあ、今回は特殊な状況で構わないのですが。」

「そうですか。さすがによく聴いていらっしゃると思います。はい、橘は水着で歌ったことも、たくさんのカメラの前で歌ったこともなかったため、かなり緊張していたみたいです。」

「そうですね。今日は出版社さんが主催のライブですし、いつもとは雰囲気が違っていたかもしれません。ただ、良い宣伝になることは変わりませんので、うちでも若いガールズバンドの記者会見でやってみようかなと思いました。」

「やはり目立つことが必要なんですね。」

「その通りです。それで、橘さんの歌については、来週のオーディションのときに改めて聴かせて頂きます。」

「分かりました。来週は橘が100%実力を出せるようにしますので、よろしくお願いします。」

「はい、楽しみにしています。」


 誠は、会見の終了後、打ち上げの食べ物をパックに詰めたものを、溝口エイジェンシーとパラダイス興行のスタッフに配っていた。何番目かにミサの部屋に到着した。

「失礼します。お疲れさまでした。これが今日の打ち上げの食べ物で、今日中に召し上がって下さいとのことです。」

「誠、わざわざ有難う。他のホテルの食事を研究させてもらおうかな。ところで、誠、私の歌、どうだった?」

「僕が立っている位置がスピーカーより後ろでしたので、正確な評価は難しいですが、パワーだけじゃなくて、歌の切れも良くなっていると思いました。」

「本当に!有難う。英語の歌を歌うのに、切れを練習で頑張っているところなんだよ。」

「そうなんですね。アメリカでのファーストライブが楽しみになりました。」

「湘南さん、スピーカーの裏から聴いたんでは物足りないですねー?」

「それは、その通りです。」

「それなら、ミサ、湘南さんのために歌ってあげるといいですねー。頑張った湘南さんへのご褒美ですねー。」

「それはとっても嬉しいですが、ナンシーさん、美香さんは、ライブや練習で歌った上に、胸骨圧迫を5分以上続けていましたから、お疲れなんじゃないでしょうか。」

「誠、心配してくれるのは嬉しいけど、私は素直な発声で歌っているから、練習で30曲ぐらい歌っても全然平気なんだよ。だから今はもっと歌いたいぐらい。」

誠は『ユナイテッドアローズ』のライブの後のことを思い出して、「本当に歌いたいなら、歌ってもらった方がいいのかもしれない。」と思って了解する。

「そうなんですね。それならば是非お願いします。」

「分かった。」

ミサが上着を脱ぐ。誠は上着は歌うのに邪魔なのかなと思って見ていたが、シャツのボタンを外し始めたので尋ねる。

「あの、美香さん?」

「はい?」

「何をされているんですか?」

「えっ、ナンシーが、誠の前で今度は全裸で歌えと言うから、そうしようと思って。」

「あの、ナンシーさんは美香さんに何を吹き込んでいるんですか。」

「私はそんな命令のようなことは言ってないと思うですねー。」

「えっ、言ったよ。人命を救助した誠はすごく偉い。すごいご褒美が必要。誠にここでご褒美をあげよう。私が全裸で歌うとすごいご褒美になるって。」

「うーん、それはそれぞれ別の文脈で言ったですねー。でも、繋げると確かにそうなるですねー。」

「でしょう。」

「分かったですねー。今日のミサの仕事は終わっているから、ミサの好きにするといいですねー。私は部屋から出ていくですねー。終わったら連絡するですねー。」

「分かった。ナンシー、有難う。」

ナンシーが扉に向かおうとする。

「あの、ナンシーさん。」

「誠、ナンシーじゃなくて私を見て。」

ナンシーが部屋から出て行った。誠はミサを見る。

「誠、有難う。それじゃあ、今日頑張った誠のために、今度は本当に全部脱いで歌うから、ちょっと待ってて。」

ミサがシャツを脱ぎ、パンティーストッキングを脱いで、スカートのホックを外しファスナーを下ろして、スカートを落とした。誠は「美香さん、橘さんやナンシーさんの影響を受けすぎているのか、それとも、人の命を助けることができたのが嬉しくて、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの前夜みたいに、またハイになっているのかもしれない。」と思いながら声をかける。

「あの、美香さん。」

「今までないぐらい自分の気持ちが高まっているのが分かる。今歌えば歌にもっと自分の気持ちをこめられそう。」

誠は「美香さんにそういうことを言われると止めにくい。」と思いながら短く答える。

「それは嬉しいのですが。」

「誠も嬉しいんだ。良かった。」

「僕は嬉しいのですが、美香さんは本当に大丈夫ですか。」

「うん、私のことは心配しないで。後悔は絶対しないから。」

誠は「もしかして、社長が言っていた行き過ぎるかもしれないというのはこのことだったのか?さすが社長だけど。」と思いながら、ミサを止めた方がいいのか、ミサの歌のために静かにしているべきなのか、決断できないままでいた。


 ミサがブラジャーのホックを外して床に落とし、ミサが前かがみになって息を吸った。そして、自分のパンツに手をかけて、その大きな瞳で誠の目を見た。

「誠、私は大丈夫だから私を見ててね。」

ミサは、目をつぶった。誠は「さすがにこれは止めないとか。」と思って、声を出そうとした瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。ドアの方を向くと、尚美の声がした。

「ナンシーさん、杉村さんから解散の指示が出ましたので、もう帰っても大丈夫です。連絡事項は明日メールでお伝えします。」

ミサが慌ててドアのところまで行って答える。

「なっ、尚、有難う。なっ、ナンシーは、すぐに戻ってくるから伝えておくね。」

「美香先輩ですね。有難うございます。兄が打ち上げの食事をパックしたものを配っていると思いますので、もし良かったら受け取ってください。」

「有難う。誠ならさっき来て受け取ったよ。他のホテルの食事の味が少し楽しみ。」

「それは良かったです。それでは、美香先輩、またパラダイス興行で。」

「分かった。また、パラダイス興行で。」

尚美がドアから離れていった。誠がミサに向かって話しかける。

「あの、大変申し訳ないのですが、僕はこれを配らないと妹に怪しまれますので。」

ミサが誠の方に寄ってくる。

「そうね。でも、尚がドアの外にいたらどうしよう。」

「ナンシーさんを呼んで確認してもらいましょうか。」

「そうか。さすが、誠。」

ミサがそう言いながら、誠に抱きつく。

「私、再来週にはアメリカに行って、しばらく日本には帰ってこれない。だから、誠も私を抱きしめて。今はそれだけでいいから。」

誠も「美香さんが少し変なのは、アメリカに行くのが不安だからなのか。・・・・これはハグだから」と思いながら軽く抱きしめた。ミサが強く誠を抱きしめながら尋ねる。

「誠、こんな私を軽蔑していない?」

「美香さんのことは尊敬しています。」

「尊敬か。誠、もっと強く抱きしめて。」

「はい。」

誠が少し力をいれて抱きしめる。

「いつもお世話になっているから、2月14日に義理チョコをプレゼントしたいんだけど、時間はある?」

「美香さんはアメリカ出発の前日ですから、お忙しいですよね。」

「そうだけど、先に準備を終わらせて時間を作っておくから。」

「僕の方は、大学の期末試験も終わっているので、2月14日は24時間空いています。ですから、美香さんに時間があるときにいつでも呼び出して下さい。」

「それじゃあ、2月14日の誠は私が24時間予約していい?」

「分かりました。24時間、美香さんから呼び出されてもいいように待機しています。」

「2月14日は家族以外の女の人と会ってはだめよ。その代わり、誠が私から欲しいものなら何でもあげるから。」

「あっ、有難うございます。」


ミサが名残惜しそうに誠から離れる。

「それじゃあ、誠も私から欲しいことを考えておいてね。」

「はい。」

ミサがまた抱きつく。

「だめ、誠から離れられない。」

誠はミサが不安になっていると思い、ミサを軽く抱き静かに話しかける。

「ミサさんに困ったことがありましたら、いつでも僕は美香さんの相談に乗りますから。」

「アメリカにも来てくれる?」

「はい、必要ならば。」

「絶対だよ。」

「はい。絶対です。」


 ミサが誠から離れて、ナンシーを電話で呼び出す。ミサが服を着終わるころ、ナンシーがやってきた。

「星野さんが湘南さんを探していたですねー。星野さんはここに来たんですねー?」

「う、うん、ドアを開けないで話した。」

「あっ、あの、尚はどこに行きました。」

「スタッフ全員に挨拶すると言っていたですねー。でも、二人ともビクビクして、不倫しているカップルみたいですねー。」

「そっ、そんなことはないわよ。」

「ミサ、ミサが本気なら人に言えなくても悪いことではないですねー。それなら、堂々としていていいですねー。その方が秘密もバレないですねー。」

「そうか。さすがナンシー。うん、私は本気だから、分かった。」

「あの、美香さん、僕はこれを配りに行かなくてはいけないので、申し訳ないのですが、ここで失礼します。」

「分かった。2月14日は24時間予約したからね。」

「はい、2月14日はあけておきます。美香さん、ナンシーさん、またよろしくお願いします。」

「うん、こちらこそまた。」

「湘南さん、またですねー。」


 誠は打ち上げの食事を詰めたものを残っている部屋に配り始めた。誠は配りながらいろいろ考えていた。

「美香さん、アメリカに行くので精神状態が少し不安定なのかな。アメリカにいるお兄さんがしっかりしてくれればいいんだけど。」

「とりあえず社長に、橘さんが美香さんに変なことを吹き込むことをやめるように言うことをお願いしようか。でも、今日の橘さんの状態からすると無理かな。」

「そう言えば、ハートレッドさんの宿題を作らないとか。パスカルさんにもお願いしないと。でも、ハートレッドさんに宿題をしてと言うと、パスカルさんと僕で何かさせられそうだけど、まあ、それぐらい仕方がないか。」


誠は、配った後パラダイス興行の控室に戻ってきた。

「社長、これが打ち上げの食事です。」

「有難う。事務所に帰って食べることにするよ。」

「ワインの小瓶が一人一本ありますので、それもどうぞ。」

「久美はこれじゃあ済まなさそうだね。」

「そうですね。あの、申し訳ありませんが、妹の仕事が終わるまでここで待たせていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろん。僕は二人が帰ってから帰るよ。」

「有難うございます。」

誠も来週から期末試験のため、パソコンを開いて、大学の勉強の復習をして尚美を待つことにした。そうしていると、部屋の挨拶を終えた尚美が、パラダイス興行の控室にやってきた。

「社長、お兄ちゃん、お疲れ様。」

「尚ちゃん、本当にお疲れ様。」

「尚、お疲れ様。大丈夫?」

「記者さんが息を吹き返したから、大丈夫。もし、そうじゃなかったら、本当に大変だったかもしれない。」

「本当にそうだね。それに、そうなると橘さんが本当に大変だったかもしれませんね。」

「それはそうだね。いや、本当に良かったよ。それじゃあ、二人の今日の仕事は終わりだから二人とも気を付けて帰ってね。」

「社長はパラダイス興行に帰って、橘さんと打ち上げですね。」

「尚ちゃんの言う通りかな。」

「そうなると思って。杉村さんにお願いして、シャンパンとワインとブランディ―のボトルを貰ってきました。」

「ははははは、尚ちゃん有難う。でも、これだけ一晩で飲んだら死んじゃうかな。」

「はい、今日はシャンパンだけを出すのがいいかもしれませんね。」

「分かった。そうするよ。それじゃあ、尚ちゃん、あっ、ごめんなさい、聞くのを忘れていた。」

「由香さんに関する打合せですか?」

「その通りだけど。」

「いつですか?」

「木曜日の夕方。」

「はい、仕事は行っていませんので大丈夫です。学校が終わり次第駆けつけます。」

「有難う。」

「溝口社長と森永本部長には、去年の夏にお渡ししたUSBメモリーの中にある作戦計画書C2を開くようにお伝え願えないでしょうか。」

「よくわからないけど、作戦計画書C2を読んでおくように伝えればいいのね。」

「はい、その通りです。当日修正版をお渡しする予定ですが、修正箇所は少ないですので、あらかじめ読んでおいたほうが理解が速いと思います。社長にその修正版をお渡しします。」

「了解。それじゃあ、二人ともお疲れ様。」

「お疲れ様です。それでは、お先に失礼します。」

「お疲れ様です。」


 尚美と誠は駅までタクシーで向かい、そこから湘南新宿ラインで帰宅の途に就いた。

「とりあえずは、成功かな。」

「うん。パブリシティーという意味では、予定以上の成功だと思う。今日の夜や明日の朝のニュースにもなるだろうからって。」

「それは良かった。僕も映るかな。」

「うーん、後姿は映るかもね。皆さん、ミサさんを前から撮っていたから。」

「そうか、それは良かった。」

「まあね。でも、パスカルさんとか、お兄ちゃんを知っている人は分かるかも。」

「そうか。それなら、SNSに連絡が来ているかも。」

「私にも来ているかも。」


パスカル:湘南、大丈夫か?

アキ:湘南、大丈夫?

ユミ:湘南兄さん、大丈夫ですか?

ラッキー:まだ会場で仕事中じゃないかな

パスカル:そうかもしれない

アキ:湘南が戦場カメラマンみたいな恰好をしていた

パスカル:ハワイではずうっとあの恰好だった

ラッキー:あの時はサングラスをかけていたかな

アキ:パスカルと違って女の子の水着を見るためじゃないわよね

パスカル:視線を悟られないためだから基本的な目的は同じ

アキ:全然違うわよ。警備のためでしょう

ラッキー:でも僕もミサちゃんの心臓マッサージを受けたい

パスカル:ライブでわざと倒れる馬鹿がいないといいけどな

アキ:パスカルがそれを言うか

パスカル:いや、俺の場合はライブやイベントは問題なく進行させたい

アキ:そうなの

ユミ:プロデューサー視点ですね

アキ:なるほど

コッコ:胸骨圧迫をしているときのミサちゃんのおっぱいの揺れがすごかったね

アキ:コッコ、人が倒れているんだから不謹慎。それにユミちゃんもいるんだよ

ユミ:私は大丈夫です

コッコ:それに記者は助かったんだからいいだろう

アキ:それは湘南と妹子とミサちゃんが頑張ったから

コッコ:あれが販売数を増やすための演出だったらすごいけど

アキ:さすがにそれはないんじゃない

パスカル:俺もそれはないと思う。そのために湘南を使うことはないだろうし

コッコ:確かにね。でも販売数は増えるだろうな

パスカル:話題性があるからテレビのニュースになればそうだろうな

ラッキー:ミサちゃんの真剣な顔が良かった

ユミ:絵的にも綺麗でした

ラッキー:そうそう

ユミ:私の方が10歳若いけど、イケメンをミサさんと取り合うのは無理だと思いました

コッコ:残念だけどそうだろうね

ユミ:でも心配は無用です。その場合はすぐにターゲットを変更します

コッコ:さすがユミちゃん、その意気だ

アキ:コッコ、変なことを励まさない

パスカル:しかし湘南はあのミサちゃんの隣でよく冷静に対処できるな

コッコ:湘南ちゃんはああいう時に全く雑念が入らない人なんだよ

アキ:それはそうね。水着とかに関係なく普通にミサちゃんに指示していた

ユミ:夏に会ったときから湘南兄さんに自分の気持ちを分かってもらうためには、はっきりとアピールすることが必要と思っていました

アキ:そう言えばユミちゃんは仲間になるために積極的に動いていたね

ユミ:はい。でも分かってもらえれば本当に私のためにやってくれると思っていました

アキ:それはそうだった

ユミ:今日のことでそれはミサさんでも同じなんだと思いました

パスカル:でもミサちゃんが湘南にアピールすることはないだろう

ユミ:それはそうですが、たとえミサさんでもという話です

パスカル:なるほど

コッコ:逆にパスカルちゃんは映像だけで鼻血でも出していたんじゃないの

パスカル:なぜ分かる

コッコ:いっしょに活動して1年になるからな

アキ:パスカル、あれで鼻血を出していたの。やだもう

コッコ:アキちゃん、パスカルちゃんの場合は、鼻から血を出すことによって、血圧の上昇を押さえて、脳の血管や心臓に負担をかけないようにしているんだよ

アキ:そうなの?

ラッキー:単にパスカル君が興奮していただけじゃないの

コッコ:だから鼻の血管が安全弁になっているんだよ。それがなければ、あの記者と同じでパスカルちゃんは倒れていた

ラッキー:なるほど。パスカル君の体にはそんな仕組みが隠されていたのか

パスカル:何をみんなで勝手なことを

アキ:パスカルが倒れなくて良かったわ

パスカル:心配してくれてサンキュー

アキ:パスカルの心配じゃなくてライブができなくなるからに決まっているでしょう

ユミ:アキ姉さん、それは単なるツンデレにしか聞こえませんよ

アキ:ちっ、違うわよ

コッコ:小学生のユミちゃんに言われるとは高校生として情けないな

アキ:違うけど、やっぱり知っている人が倒れるのは嫌だよね

ラッキー:ミサちゃんがステージから駆け寄って行ってすごかった

アキ:私にできるかな?

コッコ:アキちゃんの場合は湘南とパスカルがやるから二人に任せればいい。今日もパスカルちゃんが居れば、湘南はミサちゃんじゃなくパスカルちゃんに任せたんじゃない

パスカル:おう、俺は喜んで手伝うぜ

アキ:それはそうか

ユミ:でもミサさんが水着でそばにやって来たらプロデューサーは鼻血でリタイアかもしれない

アキ:パスカル、小学生に馬鹿にされている

コッコ:確かに誰かがミサちゃんを制止しないといけないな

アキ:コッコはしないの?ああ二人の共同作業を見るためにか?

コッコ:当たり前だ。私は二人を見なくてはいけないから、そういうときはアキちゃんがミサちゃんを近寄らないようにしてくれ

アキ:分かった。パスカルが鼻血を出して作業が続けられなくなるから近寄らないでとお願いする

パスカル:アキちゃん、頼んだ

アキ:自分で言うの?

パスカル:あのミサちゃんを生で見たらどうなるか分からない

アキ:もう分かったわよ

パスカル:それにしても湘南は大丈夫かな?

コッコ:湘南を心配するパスカル

アキ:コッコ、私も心配しているよ

ユミ:湘南兄さんなら大丈夫だと思います

アキ:そうね。連絡があるまで待っていようか

ユミ:了解


 SNSを呼んだ誠が返事をする。

湘南:お騒がせしました。今帰宅途中です

湘南:出版社が再度確認したところ、記者さんは安定してもう大丈夫とのことです

パスカル:おう、それは良かった

アキ:良かったね

ラッキー:良かったよ

コッコ:良かったけど、あの場にパスカルちゃんがいて欲しかった

ラッキー:後姿だったけど湘南君がニュースに映っていたよ

湘南:やっぱりニュースになりましたか

ラッキー:湘南と倒れた記者にはモザイクがかかっていた

湘南:ミサさんにはかかっていなかったんですね

ラッキー:アップじゃなかったけどモザイクはかかっていなかった

湘南:私人と公人の違いですね

アキ:湘南は大丈夫?

湘南:かなり疲れましたが大丈夫です。打ち上げがなくなり逆に早く帰ることができます

パスカル:ただ酒が飲めなくなったな

湘南:それより、大変申し訳ないのですが、出版社の人に高校生の写真集のことを聞くことができなかったでした

アキ:まあいいわ。水着写真がバレると高校が心配だし

パスカル:そうだな。その件はまたにして、湘南が珍しく疲れたというぐらいだから、家に帰ったら休んだ方がいいな

アキ:筑波山では散々言っていたけど、こういうときに言うのは珍しいわよね

湘南:そうでしたね。でも、あの、アキさん、僕を鍛えなくても結構ですよ

アキ:ううん。鈴木さんのためにも湘南を鍛えておかないと。春になったらまたハイキングでも行こう

湘南:分かりました

アキ:でも今日はゆっくり休んでね

湘南:はい、有難うございます


 誠のチャットが終わったところで尚美が話しかける。

「みんな、お兄ちゃんのことを心配していたみたいだね。」

「配信だけだと何が起きているか分からないからだろうけど、有難いと思う。」

「そうだね。それで、私のところに来ていたお兄ちゃん宛の連絡を伝えるね。」

「有難う。」

「由香さんは、お疲れ様、最強兄妹がいて記者さんはラッキーだったと思うぜ。」

「うん、尚がいなかったら冷静に対処できなかった。」

「亜美さんは、二尉、訓練通りの行動お見事。私も上官として鼻が高いよ。」

「大学でAEDの講習を受けて良かった。」

「あとはハートレッドさんが、記者さんを助けたお兄さん最高にカッコ良かった。できれば私のお父さんの一人になって欲しい、って言っている。」

「お父さんね。でも、信用してもらえているようで嬉しい。」

「明日夏さんからはお兄ちゃんへの連絡がなかったけど、もしかして直接来ている?」

「あっ、そうか。作曲用のチャンネルね。見てみる。」


 誠が明日夏との作曲のSNSのチャンネルを開く。尚美も横から誠のスマフォを見る。

秋山:マー君、今日はミサちゃんの脱がし屋としてじゃなく、胸揺らし屋としての才能を発揮したようだね。あの映像のおかげでミサちゃんと橘さんの写真集の売り上げは3倍になるかもしれない。

秋山:でも、あそこで倒れた記者さんは助かったかもしれないけど、あの映像が世界に流れることで、世界中でたくさんの人が倒れることになるんだよ

秋山:まあ、私が知っているみんなが無事ならいいんだけど


 誠が返事を入力する。

辻:返事が遅れて申し訳ありません

辻:あの時は記者さんの蘇生に必死でその他のことはあまり考えていませんでした

辻:橘さんは気分が悪くなって先にアイシャさんと事務所に帰りましたが、他の皆さんは大きな問題はないと思います

秋山:マー君、こんばんは。帰る途中?

辻:はい、いま電車の中です

秋山:橘さん、今は大丈夫。でも歌っているとき緊張しているようだった

辻:僕もそう思いましたが、サイレントサウンドの方も今日は特殊な状況と分かっているようでしたので、大丈夫だと思います

秋山:それにしても、ミサちゃんは平然だったというか、歌の輪郭が前よりはっきりしてきたようだったね

辻:平然だったのは、ミサさんは歌いだすと他のことが見えなくなる方だからだと思います

秋山:マー君がミサちゃんに何かしたの?

辻:特に何もしていません。水着を選んだぐらいです

秋山:ミサちゃんの水着ファッションショーを見たの?

辻:そういうことになりますがアイシャさんとナンシーさんもいっしょでした

秋山:なるほど。アイシャちゃんかナンシーちゃんに会ったら聞いてみるよ

辻:特に何もなかったですので聞く必要はないと思いますが

秋山:分かった。根掘り葉掘り聞いておく。それじゃあ、マー君も気を付けて帰って。尚ちゃんにもよろしく

辻:分かりました。明日夏さんも夜更かしはほどほどに

秋山:分かった


 尚美が誠に話しかける。

「明日夏さんは明日夏さんだね。」

「そうだね。」

「でも、あの水着はお兄ちゃんが選んだの?」

「アイシャさんが呼びに来て、男性の目で選んだ方がいいからって。」

「ふーん。私もアイシャさんかナンシーさんに様子を聞いてみるよ。」

「えーと。」

「聞いちゃいけないの?」

「そんなことはないんだけど。」

誠は「アイシャさんとナンシーさんは面白がって話すかもしれない。」と言いながらごまかす方法が見つからなかった。

「水着を選んだ時の様子は聞いても大丈夫だよ。」

「分かった。」

尚美は水着を選ぶ以外で何かがあったことに気が付いたが、深く追求するのはやめた。

「ねえ、お兄ちゃん。私のロックの練習曲を作ってくれないかな。明日夏さんとレッドさんもロックの練習をしているし。」

「練習用の曲なら、美香さん用に作っている曲のどれかを尚のために変更すればすぐにできるけど。」

「私用ってどうするの?」

「とりあえず、パワーだと敵わないからテンポを速めようと思う。曲よりは、歌詞をどうするかだな。」

「歌詞の方は自分でやってみる。曲はいつごろまでにできそう?」

「作曲しなくてはいけない曲はないから、今週中には渡す。」

「本当に。有難う。そう言えば、さっき明日夏さんから、『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』のストーリーの概要が送られてきたけど、見てみてくれる。」

「もちろん。明日夏さんがどんなものを書いたか楽しみ。」

二人で尚美のパソコンを見ながら、辻堂の家に向かった。

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