第53話 MV撮影
次の日曜日、誠は朝、尚美を渋谷駅まで送った後、パスカルとレコーディングスタジオの近くのネットカフェで待ち合わせた。
「パスカルさん、お早うございます。」
「おう、お早う。今日は、ミサちゃん、明日夏ちゃん、『トリプレット』のリリースイベントの最終日だけど、昨日に続いて今日もどこにも行けそうもないな。」
「はい、僕もです。昨日と今日で大会参加のビデオを仕上げてしまわないといけないので、仕方がありません。」
「応募書類は全て書いたから、後はビデオだけだ。」
「書類、有難うございます。今日の撮影、頑張りましょう。」
「おう。とりあえず、入るか。」
「はい。」
二人はネットカフェの二人席の部屋に入る。
「ここは、普通はカップルが入るんだろうな。」
「椅子がソファーで1つの部屋もあるそうですから、本当のカップルはそっちでしょうね。コッコさんがいたら、勝手にそういう部屋を取りそうです。」
「ははははは、気を付けないとな。」
「それで、短くてキャッチーなビデオの出だしの案は考えてきましたか。」
「ああ、マリさんの掛け声から始めて、それに答えてからグッズをテーブルに置いて、パフォーマンスを始める。」
「マリさん、話し声も綺麗ですから、その案はとても良いと思います。」
「サンキュー。でも掛け声が決まらないんだ。最初は、『アキちゃん、ユミちゃん』で決まりだろうけれど。」
「そうですね。お歌の時間よ、とかですか?」
「おれも、みんな呼んでるよとか、アイドルの時間よとか考えたんだが、親がいう言葉としては不自然だろう。」
「それはそうですね。親であってアイドルのディレクターという訳ではないですからね。親なら普通、勉強しなさいとかになっちゃいますよね。」
「そうだよな。」
「でも、それでパフォーマンスを始めるのはおかしいということですか。」
「そうだ。」
二人が考え込む。誠が話を変える。
「別件ですが、ハートレッドさんが入試の勉強に関して質問があるみたいで、水曜日の夜に家庭教師をお願いしたいということですが、大丈夫ですか?」
「おう、俺はいつもの時間なら構わない。質問があるなら先に調べておくから、質問点を事前に連絡するように伝えてくれないか。」
「分かりました。」
「これだけ家庭教師をすれば、俺たちをすぐに忘れることはなさそうだな。」
「どっちかと言うと、BLカップルで覚えているかもしれませんが。」
「レッドちゃんなら、それでもいいか。」
「コッコさんとは対応が違うんですね。」
「まあ、仕方があるまい。」
「そうかもしれませんね。とりあえず、妹にレッドさんの家庭教師の件を連絡します。」
「おう、頼む。」
誠が尚美に連絡する。
誠:ハートレッドさんの水曜日夜の家庭教師の件は、パスカルさんも大丈夫とハートレッドさんに伝えてもらえる
尚美:了解。今同じ部屋にいるので伝えておく
誠:質問があるなら事前に送ってもらえれば調べておくので、前もってまとめて送って下さいということもお願い
尚美:了解。質問をまとめることは勉強になるし伝える
尚美:ハートレッドさんが話したいみたいなので代わる
尚美:お兄さん、こんにちは。ハートレッドです。
誠:こんにちは、お元気ですか?
尚美:うん元気。今日も監督と一緒?
誠:はい。二人で今日撮影する地下アイドルのコンテストに提出する予選のためのビデオの構成を再検討しています
尚美:ふむふむ。どんなところにいるの
誠:ネットカフェです
尚美:カップル席にいるんだ
誠:椅子が二つありますので違います
尚美:飲み物は一つのカップでストローは2本?
誠:パスカルさんはブラックコーヒー、僕はカフェオレです。ホットですのでストローでは飲めません。
尚美:なるほど、二人はアツアツなのかー
誠:あの質問がありましたらまとめて送ってもらえれば、水曜日までに調べて答えを準備しておきます
尚美:お兄さんと監督の二人について聞きたいことね。分かった
誠:レッドさん、家でちゃんと勉強していますか?
尚美:親から勉強しているかと聞かれるから、していると答えている。しているのはイラストの勉強だけど
誠:あの
尚美:だから、受験勉強をするために二人を呼ぶの
誠:分かりました。そうだ
尚美:何?
誠:今の使っていいですか?親に勉強しているかと聞かれて、していると答えても、違うことをしているという流れです
尚美:さっきのビデオで使うの?
誠:その通りです
尚美:いいよ。その代わり二人の質問事項も混ぜていい?
誠:分かりました。倫理上問題がなければお答えします
尚美:私は18歳だからね
誠:えーと
尚美:分かった。黙秘権はあげるよ
誠:分かりました。できるだけ答えるようにします
尚美:有難う。ごめん、今から打合せが始まるみたい。両方の質問事項をまとめて送るね
誠:まとめたものは妹に渡して下さい。新曲発表頑張って下さい
尚美:有難う。それじゃあ水曜日に
誠:はい、水曜日に
尚美:お兄ちゃん、尚美です。今から打合せだから帰りにまた
誠:了解。帰りにまた
通信が終わって誠がパスカルに話しかける。
「レッドさん、質問事項をまとめておいてくれるそうですが、パスカルさんと僕の関係の質問もあるそうです。」
「俺は構わないが、レッドちゃんがそういうことに興味を持ちすぎるのは、やっぱり問題だとは思う。」
「はい。ただ、あまり抑圧しすぎると、逆に問題を起こすこともありますから、程度を見ながら考えましょう。」
「それはそうだな。」
「それで、今の連絡の中で、レッドさんが親に勉強しているかと聞かれて、していると答えるそうですが、実際はイラストの勉強をしているという話があったのですが。」
「ははははは、レッドちゃんも普通の高校生と言うことか。」
「そうみたいですね。それで、それをビデオで使ってはと思います。」
「ああ、そういうことね。マリちゃんが最初に、『アキちゃん、ユミちゃん、ちゃんと勉強している?』と聞いて。」
「『してるよー』と答えて。」
「『それじゃあ、オタクの勉強をしようか。』『はい。』みたいな流れか。」
「はい、その通りです。オタクの勉強がいいでしょうか?アイドルの勉強とか?」
「うーん、好きな勉強?」
「大好きな勉強?」
「大好きなオタクの勉強?」
「それじゃあ、大好きなオタクの勉強をしようか。これだな。」
「そうですね。それで、持っていたグッズをテーブルに置いて、ダンスを開始する感じでしょうか。」
「照明も変えるか。最初は二人にスポットライトで、ダンス開始で部屋全体を明るくする感じかな。」
「エンディングは逆ですね。」
「その通りだ。それで、始めはソファーの上で別々にグッズで遊んでいたのが、エンディングはいっしょに遊ぶ感じだな。」
「はい、それがいいです。まだ時間がありますので、細かいカット割りを検討しておきましょうか。」
「そうだな。」
誠とパスカルは昨日撮影したビデオを見て、どこで誰のアップを使うかなどのカット割りの検討を始めた。
溝口エイジェンシーの会議室では、今晩のテレビ番組『ミュージックキス』の出演のための打合せが終了した。
「美香先輩との共演は久しぶりですね。」
「うん、尚たちと違って、私はこういう番組にはあまり呼ばれないから。」
「『ミュージックキス』は普通1曲しか歌いませんし、どちらかというと娯楽番組ですので、美香先輩だけじゃなく、本当のアーティストの方が出演することは少ないです。」
「私もミサさんのロックを生で聴くのを楽しみにしています。」
「レッド、有難う。」
「実は昨日からですが、私も橘さんの指導で明日夏さんといっしょにロックを歌う練習を始めましたので、勉強になると思います。」
「えっ、そうなんだ。」
「はい、パラダイス興行は家から近いですし、パラダイス興行で歌を習うならロックかなと思いまして。」
「家からの近さで選んだということ?」
「うーん、一番はパラダイス興行の皆さんが楽しいからです。」
「それは、そうかもね。」
「美香先輩、ハートレッドさん、うちは動物園ですか?」
「プロデューサー、動物園の動物はあんなに伸び伸びしていません。」
「ははははは、そう言われればそうですね。」
「平田社長さんと橘さんの人徳だと思います。でも、平田社長さんと橘さん、何で付き合っていないんだろう。付き合っちゃえばいいのに。」
「レッドさん、それには複雑な事情がありまして。」
「そうなんですね。」
「今度、お話ししますね。」
「有難うございます。」
「それじゃあ、レッド、機会があったらいっしょに歌おう。」
「有難うございます。今はミサさんの足元にも及びませんが、いつの日か明日夏さんもいっしょに3人でロックを歌えるように頑張ります。」
「明日夏といっしょにロックを歌うのか。」
「今、笑いました?」
「そんなことはないけど、『おたくロック』の録音を思い出した。明日夏らしいと言えば明日夏らしく歌っていた。」
「今は私も明日夏さんと『おたくロック』で練習していますというか、橘さんにしごかれています。橘さん、ロックとなると急に厳しくなります。」
「うん、その通り。でも、ためになるから。」
「私もそう思って頑張っています。」
「うん、それがいい。」
尚美が話を変える。
「レッドさん、『ミュージックキス』の前は、雑誌の写真撮影でしたね。」
「はい。」
「大変申し訳ありませんが、『トリプレット』のリリースイベントがあるので、写真撮影にご一緒することはできません。」
「はい、分かっています。私たちに任せて下さい。本当は写真も監督やお兄さんに撮影してもらいたいところですが、今日はアローズ?監督さんたちはアキさんたちのビデオ収録だそうです。」
「尚、そうなの?」
「はい、『ユナイテッドアローズ』が地下アイドルのコンテストに参加するそうで、そのためのビデオ撮りだそうです。」
「そうそう、『ユナイテッドアローズ』でした。」
「そうなんだ。でも、レッドは何でそんなことを知っているの?」
「さっき、プロデューサーを通じて、監督さんとお兄さんから水曜夜の家庭教師が大丈夫との連絡をもらったからです。あの、お兄さんだけじゃなくて、監督もいっしょなので、安心して下さい。」
「そっ、そう。」
「理系と文系で得意分野が分かれていますし、お兄さんは監督が、監督はお兄さんがいた方が安心して、率直にダメなところを言ってもらえますし、二人にお願いした方が効率的に勉強できます。」
「誠が安心するんだ。そうか、そうだよね。」
ミサは「パスカルさんにも何かお礼のプレゼントをした方がいいかな。」と考えていた。
「それで、プロデューサー。一昨日と昨日の撮影を比べると、一昨日のビデオの方がメンバーに伸び伸びした感じが出ているんです。」
「パスカルさんと兄が撮影すると、メンバーが伸び伸びできるという意味ですか。」
「その通りです。それも二人の人徳だと思います。ですから、また撮影してもらえればいいなと思いました。別に変な意味ではありません。」
「一昨日の撮影の様子は見ていませんが、前回の二つのビデオを見ると、レッドさんの言うことは分かります。検討してみます。」
尚美は、ハートレッドの言葉を喜ぶと同時に、少し不安も感じていた。
ナンシー、森田、鎌田(『トリプレット』のマネージャー、ヘルツレコードのプロデュース部門所属)が3人のところにやってきた。森田が出発時間を告げる。
「みなさん、あと10分ほどで出発します。」
ハートレッドが答える。
「森田さん、了解。」
「溝口エイジェンシーを代表する超美人3人が何を話しているのかな?」
「鎌田さん、男の話に決まっているですねー。」
「ははははは、それは羨ましい。」
「孝彦、尚はパラダイス興行所属。」
「大河内さん、そうでした。最近、『トリプレット』のプロデュースに関しては、溝口社長としか話していないから勘違いしました。あと、大河内さんにファーストネームで呼ばれるるのはとても嬉しいのですが、ドキッとしますので鎌田と呼んでもらえると嬉しいです。」
「えっ。」
「美香先輩、鎌田さんはまだまだ新婚さんですので。」
「鎌田さんを孝彦と呼んでいいのは奥さんだけですねー。偉いですねー。ミサがファーストネームで呼ぶのを拒絶した人を初めて見たですねー。愛妻家ですねー。」
「いえ、そのことがどこかで妻の耳に入って誤解されたら怖いだけです。どちらかと言うと、恐妻家です。ははははは。」
「愛妻家兼恐妻家というところですねー。」
「はい。たぶん、星野さんの旦那さんもそうなると思いますよ。」
ナンシーと森田が笑う。
「森田さんも笑うんですか?」
「はっ、はい。」
「プロデューサー、怖いのはその目ですよ。」
「そうですか。レッドさん、有難うございます。気を付けます。実は亜美先輩のファンの小学生も、私がたまに怖い目をするので、亜美先輩の方がいいと言っていたという話を聞きました。」
「確かに、亜美さんが怖い目をしたのを見たことがないですね。」
「そうなんですね。」
「でも、尚美さんは、それが魅力だと思いますから、私はそのままでいいと思います。」
「鎌田さんは、怖い女の人が好きですねー?」
「そうかもしれません。ははははは。」
「あの、鎌田さん。分かりました。奥様のために、これからも鎌田さんとお呼びすることにします。」
「有難うございます。」
「でも、鎌田さんの奥さん、本当に羨ましい・・・。」
鎌田が何か気が付いたように森田とナンシーに話しかける。
「森田さん、ナンシーさん、行く前に相談したいことがありますので、少しあちらに来て頂けますか。」
「鎌田さん、分かりましたですねー。」
「もうすぐ出発ですが、何ですか?」
「森田さん、黙って行くですねー。」
「えっ、分かりました。レコーディングの件ですか???」
「それでは、大河内さん、レッドさん、星野さん、少し失礼します。」
3人が行った後、ミサが尋ねる。
「急にどうしたんだろう。」
ハートレッドが答える。
「今のミサさんの話で、ミサさんが誰かをすごく好きになっていることが、鎌田さんにバレたんだと思います。」
「レッド、本当?分からないようにしていたつもりだけど。」
「鎌田さんの奥さん、本当に羨ましい、と言った言い方と表情でです。」
「そうなの。それで分かるものなの?」
「はい、私もそう思いました。」
「鎌田さんと違って、森田さんは全然気付いていなかったようですので、ヘルツレコードのマネージャーの方が、うちのマネージャーより優秀なんだと思いました。」
「会社全体のことはよく分かりませんが、鎌田さんは優秀な方だと思います。」
「でもレッド、誰が好きかまでは分からないわよね?」
「えーと、プロデューサー、なおみさんのお兄さん。」
「えっ、何で。明日夏に聞いた?」
「明日夏さん、実はしっかりしている方ですので、ミサさんに黙って話すわけはありません。ミサさんがお兄さんのことを話す態度を見ていれば、誰でもわかると思います。」
「そうなのか。」
「美香先輩、皆さん大人ですので、あまり心配する必要はないと思います。」
「尚、誠を粗末にすることだけは絶対にしないから、それは信用して。」
「はい、美香先輩、それも分かっていますから心配はいりません。」
「有難う。」
「ミサさん、この件はナンシーさんに任せて、鎌田さんと森田さんは戻ってきても、何事もなかったように接していた方がいいと思います。本当にまだ何事もないんですから、大丈夫です。」
「はい、ハートレッドさんの言う通りだと思います。」
「分かった。でも、何事もないか・・・・。」
ナンシー、鎌田、森田が戻ってきて、それぞれの目的地へ向かって行った。
ハートレッドが雑誌の撮影に向かうワゴン車の中で「聞かないのも不自然かな。ごまかされたら、それでもいいし。」と思いながら、前に座っている森田に尋ねた。
「さっき、何かあったんですか?」
「よく分かりません。ナンシーさんが星野さんと個人的にも親しいので、鎌田さんに星野さんのご家族の話をされていました。星野さんの家族関係のトラブルでしょうか。」
「なるほど。プロデューサーの家は急にお金が入っていそうですからね。」
「でも、そういうことはうちのタレントにもよくありますし、溝口社長と溝口マネージャーが上手に処理すると思います。ですから、あまり心配はいらないと思います。」
「それはそうですね。分かりました。有難うございます。」
「いいえ。」
ハートレッドは、「何も分かっていなさそう。溝口社長がいなくなったら溝口エイジェンシーはやばいかも。」と思いながら話を打ち切った。
ミサもリムジンの中でナンシーに尋ねる。
「ナンシー、さっきの話って、私に好きな人がいるって、鎌田さんにバレたという話?」
「よく分かったですねー。星野さんに教えてもらったですねー。」
「レッドからだけど。尚もレッドの言う通りって言っていた。」
「なるほどですねー。まあ、心配はいらないですねー。」
「うん、それは尚もレッドも言っていた。」
「さすがですねー。やっぱり、リーダーをやってると違ってくるのですかねー。」
「でも、レッド、誰からも聞いていないのに誠って知っていた。私が誠の話をしているのを聞けば分かるって。」
「それはそうですねー。少し勘のいい人なら分かるですねー。」
「アキさんもすぐに分かっていたみたいだったし。」
「ミサは、アキさんと話たですねー?」
「正月のスキーで誠がアキさんにスノボを教えているときに話した。私はマスクをしていたから、誠と幼馴染の鈴木さんとしか思っていないと思うけど。」
「アキさんは、驚いていなかったですねー?」
「別に驚いていなかったよ。それで、誠が好きなら手伝ってくれるって。」
「雰囲気が似てるとは思っても、まさか本人とは思わなかったですかねー。今はアキさんと湘南さんに恋愛感情は全然ないですねー。ミサにとっては良かったですねー。」
「でも、時間が経つと変わるかもしれないから、近くにいるだけ不安。」
「それはそうですねー。ちょっとしたきっかけで、急に友達から恋人になることもあるですねー。」
「やっぱり、そういうものよね。」
「そうですねー。」
「そうか。」
「それはミサも同じですねー。急に湘南さんの気が変わることもあるですねー。」
「そうだよね。さすが、ナンシー。」
「でも、湘南さんとの仲が急に進展したからと言って、二人でホテルに行ってはいけないですねー。スクープされたら大変ですねー。」
「やっぱり。」
「やっぱりって、なんですねー。」
「何でもないけど、溝口社長は、不倫とかでなければ何とかなると言っていたよ。」
「何とかなっても、人気が落ちるとアメリカでの活動ができなくなるですねー。そうすると、私の溝口エイジェンシーでの仕事がなくなっちゃうですねー。」
「そうなんだ。」
「だから、私が何とかするですねー。絶対に私に相談するですねー。」
「分かったけど、どうするの?」
「私といっしょにホテルに行くですねー。湘南さんはシングルルームを借りて、途中で私と入れ替わるですねー。私はホテルの部屋で一人でゆっくりするですねー。」
「本当に!有難う。もちろんホテルの部屋代は私が両方持つよ。」
「ルームサービスは使いたい放題ですねー。」
「当たり前。」
「それなら、ウィンウィンですねー。」
「そうだね。ナンシー、有難う。」
「感謝は、湘南さんのOKをもらってからでいいですねー。」
「分かった。頑張る。」
リリースイベントに行く途中、鎌田が尚美に誠について聞いていた。
「少しつかぬことを聞きますが、もし良ければ星野さんのお兄さんってどんな方か教えてもらえますか?」
「はい。名前は岩田誠です。大岡山工業大学の2年生で情報工学に関して勉強しています。決して強いわけではないのですが、正義感は強い方です。ミサさんが前の夏のイベントで危なくなったときに、兄は私に催涙スプレーを投げ渡してくれました。おかげで、全員怪我することなく事態を収集することができました。」
「あの事件で、『トリプレット』が全国ニュースになって、プロデュースする立場ではラッキーでしたが。」
「そうでしたね。それで、兄があのスプレーを持っていたのは、私を守るためです。」
「なるほど。」
「あと、10年ぐらい前に栃木県で少女の連続連れ去り事件があったことを覚えていますでしょうか?」
「えーと、何人かの小中学生の女の子が連れ去られて殺された事件でしたでしょうか。キャンプ場で女の子を連れて行こうとしたところ、少年がそれを防いで犯人の写真を携帯で撮影して、その写真が逮捕のきっかけになったんでしたっけ。」
「はい。その少年がうちの兄です。この写真がその時に頂いた栃木県警からの本部長賞と兄です。」
「そうなんですか。それはすごいです。その少年が誰だかは発表されなかったと思いますが、まだ幼かったんですね。」
「小学5年生でした。」
「確か携帯を犯人に奪われないように草むらに投げたんでしたっけ、さすが星野さんのお兄さんと思います。」
「有難うございます。」
「由香先輩は少し、亜美先輩はもう少し兄と面識がありますので、もしよろしければ聞いてみて下さい。」
「えーと、リーダーの兄ちゃん、俺もしっかりとしたいいやつだと思うぜ。豊もそう言っていたから間違いない。」
「豊さんと言うのは?」
由香の横で亜美の目が点になり口を開けていた。尚美は急いで話を変えようとする。
「兄も豊さんとイベントでよく話すそうです。由香先輩の親戚の方ですよね。」
由香が慌てて答える。
「お、おっ、そうだ。」
「あと、兄はパラダイス興行で作曲と編曲を手伝っていまして、辻道歌という名前が音楽関係の兄の名前です。」
「その名前、明日夏さんの曲で見たことがあります。」
「『あんなに約束したのに』です。兄が担当したのはパラダイス興行所属のバンドの曲が多いのですが、その他にも『ハートリンクス』の作曲・編曲はパラダイス興行になっていますが、最初のたたき台は兄が担当しました。」
「なるほど。亜美さんも誠さんをご存じなんですか?」
「私はリーダーのお兄さんを二尉と呼ぶのですが、よくオタクの話をします。」
「にい?お兄さんのこと?」
「二尉は自衛隊の階級で、普通の軍隊でしたら中尉です。二尉は私を三佐、普通の軍隊でしたら少佐と呼んでいます。」
「へー、本当にオタク仲間なんですね。」
「はい。『タイピングワールド』の大会で使ったステノワードのインターフェースは二尉に作ってもらいました。」
「あー、あの明日夏さんと争って、途中でネットワークが切れて、特製フィギュアがもらえなかった大会ですね。」
「はい、その通りです。」
「それで、星野さんのお兄さんなら、イケメンなんですか?」
「それは何と答えていいか分からないのですが・・・・。」
尚美が答える。
「人によって好みは違うと思いますが、一般的にはイケメンではないかもしれません。」
「分かりました。確かに、好みによって違いますよね。」
「だが、ミサさんは兄ちゃんを世界で一番イケメンと言っていたぜ。」
尚美が「また余計なことを」と思いながら答える。
「美香先輩が私に気を使ったのかもしれませんが、嬉しいことに美香先輩はそうおっしゃっていました。」
そう言いながらも、尚美は「もう関係者に隠すのは難しくなってきているかもしれない。」と思い直し始めた。
「そうなんですね。逆にお兄さんが大河内さんのことをどう思っているか分かりますか?」
「ロック歌手として尊敬しているといつも言っています。あとは、私が美香先輩のお世話になって感謝していると。あと、信じられないかもしれませんが、率直に言いますと、美香先輩が兄に片思いしている状態です。」
「えっ、リーダー、それを言っていいのか?」
「由香、もう隠しておけないということじゃない。鎌田さん、リーダーの言う通りです。二尉はリーダーをすごく大切にしていますので、ミサさんと一定の距離を保つのは、そのためかもしれません。」
「ナンシーさんに内々に聞けば、美香先輩側の情報は分かると思いますが、事態が急に進展するということは、今の兄を見る限りは絶対にないと思います。ただ、この情報はできるだけ限られた人だけで共有してもらえると嬉しいです。」
「それはもちろんです。およその様子が分かりました。どうも有難うございます。」
尚美が決心したように由香に話す。
「由香先輩、『トリプレット』の人気が予想外に高まっていますので、豊さんのことが明らかになるのは時間の問題だと思いますので、ここで、鎌田さんに話そうと思いますが、よろしいですか?」
「リーダー、大丈夫か?」
「溝口社長は既に薄々気付いていらっしゃるようですので、関係する方には先にお話しておいた方が、ことが起きたときの対処が適切にできると思います。」
「そっ、そうだな。分かった。リーダーに任せる。」
尚美が鎌田に話しかける。
「あの、大変申し訳ありませんが、もう一つお話ししなくてはいけないことがあります。さっきはとっさのことで豊さんに関して正しくない情報をお伝えしてしまいました。この機会に正直な情報をお伝えします。」
「分かりました。お聞かせ下さい。」
「豊さんと言うのは、由香先輩の高校の先輩で、由香さんが高校の時からお付き合いしている方です。」
「そっ、そうなんですね。平田社長はご存じなんですか。」
「はい、平田社長もそのことを知っていて採用したという話です。」
「俺の、いえ、私の採用の時の面接で社長にちゃんとお話ししました。」
「私は由香といっしょに面接を受けたのですが、アイドルの面接なのに、由香は何を言っているんだという感じで聞いていました。」
「分かりました。あの事務所は橘さんがそんな感じの方でしたね。あと確認ですが、豊さんは独身なんですね。」
「はい、親と一緒に住んでいますし、間違いなく独身です。それに、そうじゃないと俺が困ります。」
「それは良かったでした。南さんのファンは女性の方が多いですし、男性ファンも由香さんのダンスが好きな方が多いですので、この件が『トリプレット』に関して致命的な問題なることはないと思います。」
尚美が答える。
「私もそう思っています。」
「それはそうなのですが、一度、溝口エイジェンシー、パラダイス興行、ヘルツレコードで話し合いを持ちたいと思うのですが、いかがでしょうか。」
「はい、お願いします。」
「あと、大変失礼とは思いますが、星野さんと柴田さんにはそのようなことはないと考えてよろしいでしょうか。」
「はい、私には全くないです。お約束できます。アイドル活動を始めてからは、帰りが遅くなるので、平日も休日も毎日兄に送ってもらっていますし。」
「私も10年間は恋人を作らないことをお約束します。この若さで警察のご厄介にはなりたくないですから。」
「警察のご厄介と言うのは?」
「亜美先輩は、今の小学生男子が大きくなったら恋人にしようと考えているようです。」
鎌田は「ロリコンの逆か。何と言うんだっけ。しかし、レベルは高いけど困ったユニットだな。」と思いながら答える。
「柴田さんには小学生男子のファンが多いですから可能かもしれませんが・・・。柴田さんは、18歳ですから10歳年下ということですか。」
「そういうことになります。」
「あの、そういうことでしたら、本当に10年間は絶対にだめですよ。」
「はい、分かっています。ですので、10年間は絶対に恋人は作りませんし、問題を起こすようなことは絶対にありません。」
鎌田は「10年間は絶対に我慢する。これがオタクの矜持か。」と思いながら答える。
「決意は堅そうですね。それならば、柴田さんの件は私個人に留めておきます。」
「有難うございます。」
「南さんにはできるだけ自重してもらうとして、もし何かあるようでしたら、すぐに私に相談して下さい。絶対に悪いようにはしません。」
「はい、そのようにします。有難うございます。」
誠とパスカルは、昼食を食べた後、レコーディングスタジオに移動し、録音の準備を始めた。それが終わるころ、アキ、ユミ、マリがやって来た。
「パスカルさん、湘南さん、こんにちは。午前中に家で練習してきたから、歌の準備はバッチリよ。」
「マリちゃん、さすがです。アキちゃん、ユミちゃん、こんにちは。自信のほどは?」
「パスカル、湘南、こんにちは。うん、今までに最高の仕上がり。」
「プロデューサー、湘南兄さん、こんにちは。アキ姉さんの言う通り。」
「マリさん、アキさん、ユミさん、レコーディングの準備はできていますので、発声練習をしたら歌のレコーディングを開始します。その後にマリさんのセリフを収録します。」
「湘南。さっきの連絡だと、ビデオはマリちゃんのセリフから始めるんだっけ?」
「はい。最初の部分はまずマリさんが、『アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強しなさい。』と呼びかけます。」
「へー、私のセリフが入るのね。」
「はい、その方が注意を引くと思って。その後にアキさんとユミさんが声を揃えて『はーい。』と返事をして、アキさんの『ユミちゃん、それじゃあ大好きなオタクの勉強をしようか。』が続きます。」
「分かった。」
「そして、ユミさんが、『アキ姉さん分かった。』と答えて、テーブルにグッズを置いて歌い出します。」
「湘南兄さん、了解です。」
「歌の後に、またマリさんが、『ちゃんと勉強していた?』と聞くので、アキさんとユミさんが声を揃えて『してたよー。』と答えます。そして、マリさんが、『そう、アキちゃんもユミちゃんも偉いわね。それじゃあご飯にしましょう。』と言って、二人が『はーい。』と答えて終わります。」
「自然な感じでできると良さそうね。了解。」
「分かりました。」
「それで、アキさんたちのセリフは現場で収録しますが、マリさんのセリフはここで収録する予定です。」
「分かった。私は姿は出さないのね。」
「その予定です。」
「ちょっと残念だけど、仕方がない。」
「ママ、諦めがいいのは、自分のユニットを作るから?」
「さすがユミちゃん、その通り。」
「ママがこっちに余計なことをしなくなるのは助かるけど、徹がいるんだからほどほどにね。」
「大丈夫、『トリプレット』と肩を並べるユニットを目指すから。」
「全然、大丈夫じゃない。」
二人が発声練習をした後、アキ、ユミの順番で5回ずつ歌って収録を終えた。
「湘南、どうだ。これで音源を作れそうか?」
「はい、大丈夫だと思います。この後のビデオ撮影の時に流す歌は、アキさんが5回目、ユミさんが4回目のもので作ります。最終バージョンは全部の中から選択して作ります。」
「湘南、どうだった私の歌?」
「はい、発声が良くなって、声も安定していると思います。」
「有難う。改善するとしたら?」
「そうですね。ビブラートはもう少し練習した方がいいと思います。」
「分かった。」
「湘南兄さん、私は?」
「はい、ユミさんも発声も安定度も良くなっています。」
「有難うございます。改善点は?」
「小学生ですので、素直に歌えばいいと思います。改善点の逆で、子供っぽさがなくなってしまってきているのが、アイドルとしていいのか悪いのかという感じです。」
「そうなのか。」
「少年少女合唱団で歌うにはすごくいいと思いますが。」
「うーん、湘南さんの言うことは分かるけど。」
「マリさん、分かりました。ユミさんの場合は変に子供の真似をしないで、正攻法で行きましょう。」
「うん、それがいいと思う。」
「子供が子供の真似をしてはいけないというのも変な話。」
「アキさん、すみません。大人がステレオタイプとして持っている子供の歌の真似をしないで、正攻法で行きましょう。」
「ステレオってよく分からないけど、今すぐに売れることが目的じゃないから、私も正攻法で行った方がいいと思う。」
「アキさんの言う通り、長い目で見れば、ユミさんが上手に歌える方が良いと思います。あと、ステレオタイプというのは、昔の印刷の鉛版のことで、固定観念のような意味です。」
「アキ姉さん、湘南兄さん、分かりました。」
「それでは、次は、マリさんのコーラスとセリフを録音します。」
「了解よ。」
マリのコーラスの1回目の録音が終わる。
「さすがです。これでも大丈夫ですが、念のためあと2回録りましょう。」
「了解。」
マリのコーラスの録音が終わった後、セリフの録音になった。
「普段、ユミさんと徹君に呼びかけているようにお願いします。」
「分かった。」
1回目の録音が始まった。
「アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強しなさい。」
録音したものを誠とパスカルが目をつぶって聞く。
「パスカルさん、どうですか?」
「難しいな。もう少しゆっくりの方がいいな。」
「語尾をどうしましょう。上げるか、さげるか、勉強しなさーい、みたいな感じにするか。」
「さーい、かな。」
「それでは、それでお願いしてみましょう。マリさん、もう少しゆっくりで、最後が、勉強しなさーい、みたいな感じでお願いします。」
「了解。」
2回目の録音が始まった。少しゆっくり話す。
「アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強しなさーい。」
また、録音したものを聞く。
「どうだ。」
「なんでしょう、隣の部屋から呼びかけるような感じの方がいいのですが。」
「そうだな。」
「難しいわね。」
「扉があって、その向こうの人に呼びかけることをイメージして下さい。」
「分かった。」
3回目の録音をする。
「どうだ。」
「雰囲気は良くなりました。音の高さをもう少し下げた方がアキさんたちの声と対比で来ていいと思います。」
「そうだな。」
「湘南さん、今の感じでもう少し低くね?半音ぐらい?」
「はい、半音下げてお願いします。」
「了解。」
4回目の録音をする。
「とりあえず、1回目から4回目までを聞いてみましょう。」
通して聞いた後感想を言う。
「私は3回目か4回目がいいと思う。」
「僕もそうです。」
「俺は4回目かな。」
「マリさんはいかがですか。」
「自分の声を聞くのは変な気がするけど、もう少し人妻の色気が欲しいわね。」
「ママはまた馬鹿なことを。」
「マリちゃん、ほのかに漂う色気みたいな感じですか?」
「パスカルさん、その通り。その方がアキちゃんたちと差別化できる。」
「マリさんがその方がいいのでしたら、とりあえず録ってみましょう。」
「そうだな。」
マリの言葉や話し方を変えながら録音する。
「アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強しましょうね。」
「アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強、しましょうね。」
「アキちゃん、ユミちゃん、夕食まで勉強、しっかりね。」
「アキちゃん、ユミちゃん、お母さんが美味しい夕食を作るから、それまで勉強、しっかりね。」
「アキちゃん、ユミちゃん、お母さんが美味しい夕食を作るから、それまでしっかり勉強、お願いね。」
「アキちゃん、ユミちゃん、お母さんが美味しい夕食を作るから、それまでしっかり勉強、お・ね・が・い。」
録音を終えて、再度聞いてみる。
「難しいな。どれもありという気がしてくる。」
「そうですね。録音はすべてとっておいて、アキさん、ユミさんのセリフと合わせてからどれにするかきめましょう。スタジオで流すのは4回目のものを使います。」
「そうだな。それで行こう。マリちゃんもそれで大丈夫ですか?」
「了解。」
「それではマリさん、『ちゃんと勉強していた?』と『そう、アキちゃんもユミちゃんも偉いわね。それじゃあご飯にしましょう。』の録音をします。こちらは最初から自由に話して下さい。編集の時に考えます。」
「了解。」
マリの録音が終わると5人は撮影スタジオに向かった。スタジオに行く途中でコッコも合流して、6人がスタジオに到着した。
「それじゃあ、俺たちは部屋を配置するから、アキちゃんとユミちゃんは、メークと着替えをお願いね。」
「了解。」「分かりました。」
「グッズの配置は手伝うよ。うちの部活のも置いていいか?著作権の問題はない。」
コッコが持ってきたアクスタやぬいぐるみのグッズを見せる。
「湘南、二次元なら男性ものでも構わないか。」
「はい、それは構いませんが、BLものですか。」
「当たり前だろう。」
「あっ、これは!」
「バールと平塚のぬいぐるみだ。」
「パスカルさん、どうですか。」
「まあ、肖像権の問題もないからいいか。」
「分かりました。」
「でも、このぬいぐるみを抱くのには抵抗があるけど。」
「アキちゃん、酷い。」
「テーブルに置くなら構わない。」
「それぞれのテーブルに置くか。」
「本当は組み合わせて使うんだけど。」
「それは、却下。」
「分かった。」
動画の撮影も試行錯誤をしながらも順調に進んでいった。
『トリプレット』とミサのイベント、『ハートリンクス』の撮影の仕事が終わって、テレビ局に集まった。ミサとハートレッドが『トリプレット』の楽屋に遊びに来ていた。
「ハートレッドさんの方は何か話がありましたか?」
「特にありませんでした。それで、こちらから何の話か尋ねてみたんですが、良くわからないけど星野さんの家庭トラブルじゃないかと答えていました。」
「ナンシーさんが、私の兄の話をしたからそう思ったのでしょうか。皆さんに隠しているのではなく?」
「はい、隠しているような気配は全くなかったでした。『ハートリングス』が上手くいかなかった理由の一つかなと思いました。」
「そうですか。こちらは、ついでと言うこともありまして、鎌田さんにはこちらの事情をいろいろお伝えしました。」
「いろいろと言うと、豊さんのこと?」
「はい、『トリプレット』は想定外に知名度が上がりましたし、由香先輩と豊さんの関係はレッドさんもご存じだったように、由香先輩を高校から知っている方は知っている情報ですので、広まってしまうのは時間の問題と考えられますから。」
「それはそうだと思います。」
「鎌田さんがバレても『トリプレット』にとって、致命的な問題になることはないって言っていたから少し安心したぜ。」
「由香、それはプロデューサーがそうならないようにずうっと準備してきたからだよ。」
「それは亜美の言う通りだな。リーダーには感謝しかないぜ。」
「それはリーダーとして当然ですから、気にする必要はありません。」
「そういうことまでは私ではできませんから、さすがプロデューサーと思いますが、由香の件は、お兄さんにも相談していたのですか?」
「はい、この件は特に兄しか相談する相手はいませんでしたから。」
「でも、お兄さん、いい人だから苦労しすぎが心配です。ミサさんも、お兄さんの負担をあまり増やさないようにしないと。」
「私が?それは分かっているけど、どうすればいいの?」
「お兄さんとは、しばらくの間は音楽仲間がいいと思います。」
「でも、誠が他の誰かと付き合ったりしないか心配。」
「今のところそれはないと思いますが、とりあえず、次のバレンタインデーに立派な義理チョコをプレゼントするとかしてみてはどうですか。」
「立派な義理チョコって?」
「チョコは手作りで立派なのに、」
ハートレッドがミサの真似をして言う。
「尚にお世話になっているからあげる。でも、これは義理チョコなんだからね。」
そして元の言い方に戻る。
「と言いながらチョコを渡す感じです。そうすることによって兄さんに、」
今度は誠の真似をして言う。
「義理チョコと言っているけど、もしかしたら僕に気があるということがあるかな。まあ、単なる思い過ごしだろうけど。」
そして元の言い方に戻る。
「と思わせ、お兄さんにミサさんを意識させる作戦です。」
「なるほど。」
「レッド、かなりの高等戦術だな。やったことがあるのか。」
「私はないけど、高校の友達がそれで男友達を何人かキープしていた。」
「何人か!ひでーやつだな。」
「うん。でもミサさんの場合、お兄さん一人をキープするならいいんじゃない。最後は責任を取るんだろうし。」
「それは絶対に取る。何でもする。」
「責任を取るか・・・・。」
「由香は豊さんとの結婚を考えているの?」
「えっ。いや、まだ。」
「私は誠さえ良ければ、いつでも。誠が望むなら今からでも。」
「由香、ミサさんに負けている。」
「でもまだ、ダンサーとしてやりたいこともあるし。」
「まあ、普通そうだよね。亜美は?」
「亜美は、鎌田さんに10年間は男性と付き合わないと言い切っていたな。」
「うん、決心は堅いから。ミサさんや由香の話が出たいい機会だったから言い切った。」
「亜美さんは、10年間はアイドル一直線なんですね。さすが。」
「違います。」
「そうでした。ごめんなさい。亜美さんの目標は歌手でしたね。いい声をしていますし、絶対成功すると思います。」
「違います。」
「えっ、歌手でもないの?」
「亜美、言ってもいいよな。」
「うん、レッドさんに秘密にしても仕方がないから言って。」
「亜美が好きな男性がまだ8歳なんだ。」
「8歳!えーと、小学2年生?」
「そう、その通り。名前は堀田徹君。アキさんといっしょにアイドルをやっているユミさんの弟さん。」
「そっ、そうなのね。ユミさんは監督やお兄さんから名前は聞いたけど、まだ会ったことはない。でも、弟さんで8歳か。」
「本当に一目ぼれだったんですけど、心配しなくても大丈夫です。18歳になるまでは普通に話をするだけと決めています。」
「そうなんだ。それならいいいけど。それを鎌田さんに言ったわけね。」
「はい。」
「どうだった。」
「信用されているようで、あまり気にしているようではなかったです。」
「そっ、そう。うちにはそういう逸材はいないかな。みんな真面目に練習に励んでいて、恋愛なんかも控えるようにと言われているから、みんなしなさそう。」
「『ハートリンクス』の皆さんは、真面目ですからね。」
「リーダー、俺たちが真面目じゃないみたいじゃないか。」
「由香、リーダーの言うことは間違っていない。メンバーは真面目で、歌もどんどん上達しているよ。」
由香が「亜美はリーダーの言うことは絶対だからか。でも、イエローのダンスも上達しているよな。」と思いながら答える。
「そっ、そうか。そうかもな。」
「でも、由香、プロデューサーには変なところはないの?」
「リーダーには変なところはあんまりないかな。強いて言えば、兄ちゃんが大好きだから、兄ちゃんに酷いことをしたら、翌日には東京湾に浮いているかもしれないところかな。」
「ははははは、そうだね。由香、気を付ける。」
「私も誠を裏切るようなことは絶対にしないから。」
「あの、由香さん、冗談もほどほどにして下さい。」
「リーダー、東京湾に浮いているはオーバーだとしても、あまり外れてはいないでしょう。もう隠すのは止めよう。それにそう言っておいた方が、兄ちゃんに酷いことをする人が現れないからいいと思うよ。」
「誰もプロデューサーには睨まれたくないですから、由香の言う通りです。」
「確かにです。」
「由香さんが言っていることは多少オーバーですが、分かりました。兄は大切に思っています。でも、普通の兄妹だと思います。」
3人はあまり追求しない方がいいと思い同意する。
「まあ、仲がいい兄妹という感じだな。」
「電車とか一緒のことが多いみたいだしね。」
「うん、そうだよ。」
「レッド、自分は?」
ハートレッドがタブレットを見せる。
「私はこういうイラストを描くぐらい。」
「昔のレッドからは考えられねえな。」
「そうかも。あと、営業用のイラストも描いている。」
レッドが『ハートリンクス』のイラストを見せる。
「おお、上手だな。」
「レッドさん、『ハートリンクス』のイラストはとても良いと思いますので、今日のビデオの告知の時に使いましょう。」
「有難うございます。」
「ただ、イラストを他人に見せる時には、余計なイラストを見せないように細心の注意を払って下さい。」
「はい、共通テストの会場でコッコさんの漫画を見ていたら、周りの男子から散々に言われましたので、気を付けます。」
ミュージックキスのオープニング、司会の逆井、アシスタントの戸部に挟まれて、尚美、ミサ、ハートレッドが並んでいた。
「最新の音楽情報をお届けする『ミュージックキス』、今夜も始まりました。『ミュージックキス』の司会の逆井です。今夜は楽しい歌とおしゃべりをいつもより30分長く1時間半にわたってお届けします。」
「アシスタントの戸部です。1月最後の日曜日、今夜は放送時間を30分拡大します。素敵なアーティストの皆さんをスタジオにお呼びしていますので、是非、番組の最後まで観て楽しんで頂ければと思います。」
「有難うございます。オープニングから、時代を代表するような美しい女性3人が並んでいて、スタジオがすごく華やいでいます。」
「逆井さん、また数を数え間違えていますよ。」
「はい?あっ、4人ですね。」
「はい、それは冗談として、今日は綺麗なだけでなく、とても力強くロックを歌う大河内ミサさんに久しぶりにいらして頂けて、私も本当に嬉しいです。」
「有難うございます。」
「ご存じの方も多いと思いますが、皆さん、自己紹介をお願いできますか。」
「こんにちは、大河内ミサです。アニソンを中心にロックを歌っています。」
「『ハートリンクス』のリーダー、ハートレッドです。今日は新曲を披露するから、みんな楽しみにしていてね。」
「『トリプレット』のリーダー、星野なおみです。今日は構成を少し変えて、亜美先輩の深い歌声と由香先輩の切れ切れのダンスをより分かりやすい形でご覧いただけると思いますので、是非応援して下さい。」
「有難うございます。詳しいお話は後で聞くとして『ハートリンクス』の新曲はこの番組が世界初披露なんですよね。」
「その通りです。まだタイトルも未発表です。」
「そうですか、それでは楽しみです。ミサさんもテレビ初披露の英語の歌詞で歌うと言うことで、戸部共々楽しみにしています。」
「はい、有難うございます。」
「とてもキュートななおみさんのパフォーマンス、お父さん方も楽しみにしていると思いますので、頑張って下さい。」
「有難うございます。頑張ります。」
「皆さんは、仲がいいとい話ですが。」
ハートレッドが答える。
「ミサさんとなおみさんは元からですが、私は正月の『ミュージックキス』の特別番組で知り合ってから、仲間に加えてもらいました。」
「どんな話をされるんですか?」
ミサが答える。
「やっぱり音楽の話が多いです。」
「ロックのお話ですか?」
「昔の私はロック以外には興味がなかったのですが、今は明日夏や尚やレッドが歌っている曲も歌ったりしています。」
「明日夏というのは仲が良いという神田明日夏さん?」
「その通りです。」
「歌のレパートリーが広がるのは良いことだと思います。皆さんはカラオケに行って歌われるんですか?」
「パラダイス興行で歌うことが多いです。カラオケの場合もありますが、大輝や治が居れば演奏してくれます。」
「大輝や治?」
尚美が答える。
「大輝さんや治さんはパラダイス興行の5人組のパンクロックバンド『デスデーモンズ』のバンマス兼ギターとベースです。」
「『デスデーモンズ』、怖そうな名前ですね。」
レッドが答える。
「名前とはギャップがあって、二人ともとても可愛らしいです。でも、演奏はとても上手です。それでミサさんが来ていると、大輝さんたちが自分から演奏を志願しています。」
「パラダイス興行は音楽事務所でしたっけ。生バンドですぐに歌えるってさすが音楽事務所ですね。」
「はい、練習室が2つ有って、空いていればすぐにでも歌えるようになっています。」
「それは恵まれた環境ですね。それでは、前置きはこれぐらいにして番組を進めていきたいと思います。皆さん、ご準備の方、お願いします。」
尚美たちが舞台袖に下がっていった。
「さて、とても楽しみな1時間半、最初にお呼びするのは、月曜9時にテレビドラマの主題歌をお歌いになっているレミファさんです。レミファさん、こちらへお願いします。」
「レミファさん、全国ツアー中でお忙しいところ、スタジオまでいらして下さり有難うございます。」
「いいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
番組は順調に進行し、『トリプレット』の番となった。
「次は、『トリプレット』の皆さんです。」
「どうぞ、こちらへ。」
「こんばんは。『トリプレット』チアセンター、星野なおみです。今日も皆さんに元気をお届けできればと思います。」
「こんばんはだぜ。『トリプレット』ダンスセンター、南由香だ。俺の切れ切れのダンスを楽しみにしてくれ。」
「みんな、こんばんは。『トリプレット』ボーカルセンター、柴田亜美です。いい子のみんな見ているー?お姉さんの歌を聴いてね。」
「今日は久しぶりの魔法少女の衣装、とすると今日披露してくれる曲はあれですね。」
「はい。おかげさまで、『一直線』を聞きたいとおっしゃってくれるファンの方がまだまだ多数いらっしゃいまして、一か月ぶりの披露です。」
「しかも、今日は亜美がセンターの新パフォーマンスだぜ。」
「亜美先輩を中心に、それぞれのメンバーが歌うパートも変更しました。」
「それは楽しみです。亜美さん、頑張って下さい。」
「はい、それでリーダーと由香が私の後ろで切れ切れで運動量の多いダンスをしますので、それも是非見て下さい。」
「分かりました。」
戸部が尚美に尋ねる。
「『トリプレット』のワンマンライブが二日間になったことが発表されたそうですね。」
「はい、4月15日の日曜日、『ハートリンクス』のワンマンライブの前の時間をお借りして、昼の12時から開演します。」
「昼の12時というのはライブにしては早い開演時間ですね。」
「はい、この回はお子様のファンの方も来場して頂きたいと思い、早い時間に始め早い時間に終了します。また、お子様連れの家族割引も実施します。ご家庭に『トリプレット』のファンのお子様がいらっしゃいましたら、是非、参加を検討してみて下さい。必ずお子様の良い思い出になると思います。」
「そういうことで、亜美が急に頑張る気満々になったみたいだぜ。」
「うん、配信チャンネルのみんなと会えると思うと、やる気が出てくる。」
「なるほど。お子様のために開始時間を早くしたんですね。」
「観客の皆さんの入れ替え時間を考えると12時から始めるしかなくて、それならばお子様連れのご家族に来て頂こうということになったというのが本当ですが、ライブのプログラムもお子様がご存じの曲を増やします。」
「私がメインに歌う曲が増えるよ。」
「はい、亜美先輩の言う通りです。」
「それは楽しみですね。実はうちの小学4年生の息子も亜美さんのファンになったみたいで、クラスの友達にも亜美さんのファンが何人かいるみたいです。」
「それは本当に嬉しいです。お子さんは私のどこが良いと言ってくれていますか?」
「えーと、スタイルと言ったらよろしいでしょうか。」
「本当ですか。いつも事務所の先輩にはぽっちゃりとしか言われないので嬉しいです。逆井さんのお子さん、有難う。これからも応援してね。」
「うちの子も喜んでいると思いますが、放送電波を個人的に使うと、放送局が総務省から怒られてしまいます。」
「ごっ、ごめんなさい。」
「これぐらいなら大丈夫と思いますが、時間との指示ですので、『トリプレット』の皆さん、歌う準備をお願いします。」
「はい。」
『トリプレット』の3人がスタジオの中央に移動する。
「今日のための特別な、亜美さんが中心に歌う歌と、なおみさんと由香さんの切れ切れで運動量の多いダンス、楽しみですね。」
「私もそのダンス、覚えたいですね。」
「いつも元気ななおみさんと由香さんが、さらに運動量を増やすみたいですから、普通の人には無理なのではないでしょうか。宴会で笑いを取るんですか。」
「笑いですか。酷いですね。目的はダイエットです。」
「なるほど、それは良いかもしれません。さて、『トリプレット』の皆さんの準備が整ったようです。それでは、お願いします。」
『トリプレット』のパフォーマンスが終わり舞台袖に下がると、次のミサの番になった。
「次は、ロックシンガーの大河内ミサさんです。アメリカ進出を3週間後に控えて本当に大変なところ、スタジオにいらしていただきました。どうぞ。」
ミサが入ってくる。戸部がミサに尋ねる。
「オープニングとは違う衣装、着替えていらっしゃったんですね。今までに見たことがないワイルドな衣装で、ミサさんのスタイルの良さが引き立っています。」
「有難うございます。」
「本当に。今までの衣装とはガラっと変わって、ワイルドと言うかセクシーと言うか、今までのイメージからは遠い衣装です。」
「変じゃないですか?」
「全然。とっても素敵です。」
「アメリカで着る予定の衣装なのですが、どんな反応があるか知りたくて着て来ました。もし不評だったら、やめるつもりです。」
「不評なんてことは絶対にないと思います。」
「はい。私もそう思います。これからも、新しい衣装を試してみて下さい。」
「有難うございます。」
「この衣装はご自分でコーディネートされたのですか?」
「いえ、アメリカのスタッフがデザインしました。アメリカに長く住んだことがありませんので、アメリカでの活動はアメリカのスタッフにお任せしています。」
「そうなんですね。そのスタッフはとてもセンスがいいと思います。」
「それで、ミサさん、アメリカで活動するにあたっての抱負はありますか。」
「たくさんの人が私の歌を聴いてくれるようになればいいと思っています。」
「そうですね。是非、日本とアメリカに留まらず、世界的な歌手になって下さい。」
「頑張るつもりですが、成功はお約束できないです。」
「まずは悔いのないように頑張って、アメリカの方と趣味が合わなかったら、また日本で活躍して下さい。その方が嬉しいファンの方も多数いらっしゃると思います。」
「有難うございます。」
逆井が話を変える。
「大河内さんにはもう一つ話題があるんですよね。」
「はい、明日、私と久美先輩の写真集の記者会見があります。発売日は火曜日です。」
「先ほど、ミサちゃんのスタッフの方から一冊頂きました。私が今まで見てきた中では一番すごい写真集だと本当に思います。許可を頂いた何枚かを視聴者の皆様にもお見せします。この写真は?」
テレビの画面にあらかじめ用意された画像が映し出される。
「ハワイの公園で撮影した写真です。」
「夏を楽しんでいる二人の女性と言う感じで、頭に付けた花が素敵です。」
ミサは誠が花を付けた場面を思い出して微笑んだ。
「次の写真は?」
「海岸での私の撮影です。」
「・・・・・。」
「・・・・・女性から見てもすごいスタイルです。」
「有難うございます。」
「すみません。言葉が出なかったです。次の写真は?」
「久美先輩といっしょに歌っているときの写真です。」
「久美さんというのは、ミサさんの歌の師匠の橘久美さんですよね。」
「はい、私がロック歌手になろうと思ったのは、中学生の時に久美先輩の歌を聴いたからで、今では日本語の歌は久美先輩にトレーニングをして頂いています。」
「いや、橘さんもすごいスタイルをしていますが、写真集には二人で歌ったDVDも入っているんですよね。」
「はい。二人で歌った歌は一人で歌った時より厚みが増していて、本当に皆さんに聴いてもらいたいと思っています。」
「水着で歌われたんですか。」
「はい。夏の海岸ですから、その方が自然だと。」
「スタッフの方が言われたのですか?」
「えーと、尚です。」
「尚と言うと、星野なおみさん!?」
「はい。表紙に書いてありますが、尚が構成監督です。」
「なるほど。ミサさんのファンの方は、なおみちゃんに感謝しなくてはいけないですね。有難うございます。」
「星野さん、出演が終わった後もスタジオの後の方でこちらを見ていて、今、逆井さんはそちらにお礼をしています。」
尚美がカメラに映ったので、手を振る。
「最後の写真はミサさんが一人で歌っているときの写真ですね。」
「はい。ハワイや今までの思い出と未来への思いを込めて全力で歌いましたので、聴いていただけると嬉しいです。」
「はい、私も是非聴きたいと思います。」
「有難うございます。」
戸部がミサに話しかける。
「本当にミサさんも橘さんもすごくスタイルが良くて、女性の私でもこれは買いたいと思いました。写真集に関して、ご苦労されたこととかありますか。」
「皆さんそうだと思いますが、ダイエットです。撮影が終わった後の食事がとても美味しかったでした。」
「ははははは、ミサちゃんはまだ食べ盛りなんですね。」
「そうかもしれません。」
「逆井さん、ダイエットがつらいというのは笑いごとじゃないんですよ。お腹がすくと人間は食べ物のことしか考えられなくなるんです。」
「そうなんですね。そういうときはどうするんですか?」
「私は歌を歌います。」
「私の場合、本を朗読したりしますが、逆井さんはダイエットとかしたことありますか?」
「私は写真集を出したことはないですが、ウエストに上限を設定していますので、時々ダイエットをすることがあります。」
「なるほど、逆井さんを見直しました。」
「有難うございます。それでは、大河内さんに歌ってもらいたいと思います。今日は、何を歌って頂けるのでしょうか。」
「私が中学生の時に聴いてロック歌手を目指すきっかけになった『Undefeated』と『Fly!Fly!Fly!』の英語バージョンです。」
「それは楽しみです。準備の方、よろしくお願いします。」
ミサが歌の準備に入る。
「あの、先月出版した私の写真集はまだ在庫がありますので、大河内さんの写真集といっしょにお手に取って頂けると嬉しいです。」
「戸部さんの写真集も大人の女性の魅力がいっぱい詰まっていますので、是非ご覧になってみて下さい。」
「お願いします。」
「それでは、準備が整ったようですので、ミサちゃん、お願いします。」
ミサが2曲を歌い、舞台袖に下がり、次は『ハートリンクス』の番となった。
「今日最後の出演者は、『ハートリンクス』の皆さまです。どうぞお越し下さい。」
「皆さん、どうぞこちらへ。」
「こんばんは。『ハートリンクス』のリーダー、ハートレッドです。」
「『ハートリンクス』の委員長、ハートブルーです。」
「『ハートリンクス』のムードメーカー、ハートイエローだぜ。」
「『ハートリンクス』のマスコット、ハートグリーンです。」
「ハートブラック。」
「今日は新曲と言うことで、衣装を変えてきたんですね。」
「はい、イメージカラーの部分が前より大きくなって、スタイリッシュになっています。」
「私も、前回の可愛い衣装に比べて、今回はカッコよくなったと思います。」
「歌の振付もカッコよくなっていますので、楽しんで頂けると嬉しいです。そして、ミュージックビデオと練習風景のビデオを公式チャンネルで今日の夜9時から公開予定ですので、ご覧頂ければ嬉しいです。」
「イメージチェンジをしてから2曲目ですが、みなさんいかがですか?」
「ブルーどうだった?」
「えっ、私。」
「そう。」
「えーと、前回はイメージチェンジの決定から新曲発表まで1週間しかなかったのですが、今回は2週間ありましたので、それよりは余裕がありました。」
「それでも2週間しかないのですか。」
「イメージチェンジが決まったのがお正月ですので、大変でした。でも、事務所や関係各所の方に頑張って頂けましたので、何とか仕上げることができました。」
逆井が話題を変える。
「それは良かったです。先ほど、皆さんと同じ事務所のミサちゃんに写真集を見せて頂いたのですが、皆さんにはそういう話はないのですか?」
「レッドにはあるんだよね。」
「一応話はあります。でも、私も少し前に大河内さんと橘さんの写真集を見せて頂いたのですが、それを見たら躊躇してしまいました。これは勝てないと。」
「ははははは、別に勝つ必要はないですし、私を含めてレッドさんの写真集を欲しいファンの方もたくさんいらっしゃると思いますので、是非、積極的に。」
「分かりました。先ほど戸部さんが、大河内さんの写真集のすぐ後で自分の写真集の宣伝をされていましたので、やはり戸部さんのように強くなくては芸能界で生き残れないのかとも思いました。」
「レッドさん、褒めています?」
「はい、戸部さんを見習わなくてはと思いました。たとえ負けると分かっていても、大人の女には勇気を奮ってやらなくてはいけないことがあるんだと。」
「私の場合はミサさんの10分の1でも売れれば十分ですので、知っていただくことが重要と思いましたので、便乗しました。」
「なるほど。さすがです。」
「でも、レッドさんの場合は勝てる可能性もあると思います。」
「有難うございます。はい、可能性は極めて小さいですが、0ではないかもしれませんね。逆井さんの水着写真集は?」
「ははははは、需要がないと思います。」
「ミサさんのDVDを見て思ったのですが、『ミュージックキスオンザビーチ』という名前で、海岸で司会者を含めて全員水着で出演すれば、戸部さんと逆井さんの水着写真集の宣伝になると思います。」
「逆井さん、それいいですね。」
「戸部さん、ダイエットが大変ですよ。」
「逆井さん、頑張りましょう。」
「分かりました。プロデューサーには伝えておきます。でも、ハートレッドさん、『ハートリングス』から『ハートリンクス』に変って性格も変わっていませんか?」
「前のプロデューサーには神秘的な雰囲気を出すようにと言われていましたが、今は自分をもっと出していいと言われていますので、これが普段の自分に近いと思って下さい。」
「そうですか。私は今の方がいいと思います。」
「有難うございます。」
逆井が話を進める。
「それでは、いよいよ新曲の発表に移りたいと思います。新曲のタイトルは?」
「『私といっしょにイイことしよう!」です。」
「面白いタイトルですが、どんなイイことをするんですか?」
「それじゃあ、ブルーから!」
「君も私といっしょに健康にイイことしないか。」
「お前も俺といっしょにカッコイイことしようぜ!」
「二人で最高を感じるイイことしよう!」
「私といっしょにイイことしよう!」
「ブラック、それでは説明になっていないよ。」
「イイことなら何でもいい。」
「こんな感じで、いろいろなイイことが詰まっているとってもユニークな歌詞です。作詞は先ほどミサさんからも名前が出ました、神田明日夏さんにお願いしました。」
「なるほど。それは楽しみです。それなら、今度、神田明日夏さんも番組にお呼びしたいですね。」
「はい、面白い方ですので、是非お願いします。」
「面白い方ですか。分かりました。プロデューサーに掛け合ってみます。」
「有難うございます。」
「それでは、『ハートリンクス』の皆さん、歌のご準備をお願いします。」
『ハートリンクス』のメンバーが移動する。
「私も『ハートリンクス』の皆さんといっしょにイイことがしたいですね。」
「勉強とかですか?」
「でも戸部さん、僕が高校生の時なら、『ハートリンクス』の皆さんといっしょに勉強するだけでも楽しかったと思います。」
「でも逆井さん、楽しいでしょうが、気が散って勉強がはかどらなかったんじゃないでしょうか。」
「それはそうですね。さて、準備が整ったようですので、それでは『ハートリンクス』の皆さん、歌の方お願いします。」
『ハートリンクス』のパフォーマンスが終了して、5人が舞台袖に下がった。
「『ハートリンクス』の新曲、楽しかったでしたね。」
「本当にいろいろなイイことが詰まっていました。」
「ハートレッドさんが気遣いもできて、これからますます活躍しそうなユニットになったと思います。」
「戸部さん、気遣いというと?」
「私の写真集の話を振ってくれたじゃないですか。」
「あれは皮肉じゃなかったんですか?」
「違います。」
「はい、私も本当は戸部さんの言った通りハートレッドさんの気遣いだと思います。さて、今日も楽しいお話と素敵な歌を、テレビの前の皆さんにお届けできたと思いますが、時間になってしまいました。」
「本当に残念です。」
「次回も素敵なゲストをお呼びしますので、是非お見逃しのないようにお願いします。」
「次回は来週日曜夜8時から、今ご覧になっているチャンネルでの放送になります。」
「それでは、また来週お会いしましょう。」
「また、来週。私の写真集も見てねー。またねー。」
番組終了後、ミサと『トリプレット』、『ハートリンクス』のメンバーが司会者のところに挨拶に行くと、ミサが出演した人たちに囲まれて写真集について話しかけられていた。それを見ながら逆井が尚美さんたちに話かける。
「ミサちゃん、今日のゲストの方々にすごい人気ですね。これなら構成監督のなおみちゃんも一安心というところですか?」
「ミサさんのファンの方以外の一般の方への販売はこれからが勝負ですので、好評なのは嬉しいですが、まだ安心はしていません。」
「なかなか自分に厳しいですね。さすがです。」
「ファンの方にはそれなりに予約いただいていますが、写真集を知ってもらえれば、まだミサさんを知らない人にも売れる可能性が高いですので、予約の2倍以上の上積みが可能だと思っています。」
「なるほど、写真集を見れば買いたくなる男性は多いでしょうね。」
戸部も話に加わる。
「逆井さん、カッコよくて綺麗な写真だから、女性にも売れる可能性がありますよ。」
レッドが答える。
「戸部さん、もちろん女性にも売れると思いますが、二人のGGカップスの威力は強力ですから、やはり男性の方が売れ行きが良いと思います。」
「えーと、レッドさん、そのGGカップスと言うのは、ミサさんと橘さんが二人ともGカップということですか?」
「はい、その通りです。だから私では勝てないと言ったんです。」
逆井が意見を言う。
「なるほど。これは是非、『ミュージックキスオンザビーチ』を実現して、橘さんを呼びたいところですね。」
「はい、お願いします。橘さん、そのころには新曲を発表しているかもしれませんし。」
「そのときは、皆さんも出演して頂けますか。」
「『ハートリンクス』は大丈夫ですが、プロデューサーがまだ中学生ですので、パラダイス興行の社長が許可しないかもしれません。ですよね、プロデューサー?」
「はい、とても真面目な社長ですので、その可能性はあります。その時は『ハートリンクス』に、由香さん、亜美さんを加えて出演して下さい。」
「7人組の特別編成ですね。了解です、プロデューサー。」
「それは面白そうですが、何でレッドちゃんはなおみちゃんをプロデューサーと呼ぶんですか?新しいあだ名ですか?」
「それは溝口社長の指示で、なおみさんがイメージチェンジした『ハートリンクス』のエグゼクティブプロデューサーになったからです。」
「『ハートリンクス』に関しては、溝口社長と相談しながら方針を決定しています。」
「なるほど。『ハートリンクス』の皆さんはそれで大丈夫なんですか?溝口社長の決定ならば仕方がないのでしょうけれど。」
「はい、プロデューサーは周りをよく見て冷静に判断していますので、プロデューサーの仕事に向いていると思います。逆にプロデューサーは、自分のユニットと私たちと両方見なくてはいけないので大変そうですが。」
「『ハートリンクス』の音楽は平田社長に任せていますし、ダンスは由香さんに助言してもらっていますし、パラダイス興行が総力をあげてサポートしていますので、私自身の負荷はそれほどでもありません。」
「なるほど、だから2曲とも作曲がパラダイス興行なんですね。」
「社長と二人のメンバーが作曲にあたっています。関係者の方はレッドさんと私が話しているところを聞けば分かってしまうと思いますが、私が『ハートリンクス』のプロデューサーという情報は公開していませんので、申し訳ないですが関係者だけに留めて下さい。」
「それはもちろん。」
「あの、GGカップスの方も写真集が出て見る人が見ればすぐに分かってしまうとは思いますが、しばらくは伏せておくようにお願いします。」
「はははははは、了解です。」
SNSで公開する写真を撮影したあと、テレビ局を出て帰宅することになった。
「美香先輩、出演者の皆さんにすごい人気でしたね。」
「何か、写真集の話ばかりで、歌とかアメリカデビューの話があまり出なかったけど。」
「ミサさんと橘さんのスタイルは目を惹きますから仕方がありません。でも、これで橘さんの知名度も上がりそうですから、明日、もうひと頑張りだと思います。」
「私もレッドさんの言う通りだと思います。」
「分かった。久美先輩のためにも頑張るけど、明日は誠も来るんだよね。」
「はい、兄も私も授業が終わってから行きます。」
「私は明日の午後は『ハートリングス対ギャラクシーインベーダー』のストーリーを明日夏さんと考える予定です。オリジナリティーがいっぱいのとんでもないストーリーになりそうで楽しみです。」
「明日夏が考えるなら、面白いのができそう。」
「はい、頑張ります。」
誠、パスカル、コッコは撮影を終えた後、編集のためにネットカフェに向かった。使えそうな動画を動画編集ソフトのタイムラインに載せた後、音声情報を使って同期させ、エフェクトなどの細かいことは後回しにして、それぞれのカットにどの映像を使うかを決めていった。途中で『ミュージックキス』を見たりしていたが、夜9時前には一応一本の動画にまとまり、3人はネットカフェを出た。
「それじゃあ湘南、あとは遠隔会議で。」
「了解です。」
「パスカルちゃん、私にもその会議のURLを送ってよ。」
「分かった。アキPG宛に送る。」
「サンキュー。」
誠はそのまま駅の近くの喫茶店で動画にエフェクトを付けていた。
夜9時になると、ユミからアキPGに書き込みがあった。
ユミ:ハートリンクスのビデオが解禁されたみたいです
アキ:見始めているところ。15分後に
ユミ:了解
15分後にユミが投稿する
ユミ:本当に練習風景はプロデューサーたちが撮影したんですか
アキ:パスカルがカメラ、コッコが照明、私は録音で湘南はその他全部
ユミ:ハートリンクスのメンバーと話せたんですか?
アキ:ハートレッドさんが積極的に話しかけに来てくれた
ユミ:リーダーとしてスタッフにも気を配っているんですね
コッコ:BL好きの嗅覚がパスカルと湘南の良さを嗅ぎつけたんだよ
ユミ:あのコッコさんじゃないんですから
コッコ:まだまだ沼の浅いところだけどな
アキ:コッコ、余計なことを言って事務所から訴えられたら大変だよ
コッコ:それでは今のはなしで
ユミ:クラスにもBL好きの友達はいますけど、プロデューサーと湘南兄さんというのはやっぱり分かりません
湘南:MVはさすがプロという感じですね
パスカル:メンバーが芸術的に綺麗に撮れている
アキ:でも私たちが撮ったのも人間ぽくていいわよ
パスカル:そうだな。両方あって良いと思う
湘南:でもこちらのMVももう少し良くできないかと思って
アキ:向こうのMVは撮影スタッフが40人なんでしょう
コッコ:MVはメークもかなり違うしな
湘南:それはそうですが
コッコ:まあ、これが湘南だな
アキ:そうだと思う。今日の妹子の新しいパフォーマンスもすごかったし、やっぱりメジャーのアイドルと言う感じ
パスカル:ミュージックキスでやったやつね
アキ:その通り
コッコ:あれは妹子の胸が揺れてすごかったな。湘南、妹子は何カップなんだ
湘南:知りません
アキ:コッコ、どこを見ているのよ
コッコ:あれは胸を揺らすことを狙ったパフォーマンスだろう
アキ:カッコ良さに決まっているじゃん
コッコ:アキちゃんがそう見えるとすると両面作戦か
湘南:ダンスは由香さんが考えているようですから、コッコさんが言っていることは違うとは思いますが
アキ:私もそう思う。湘南、今度コッコを怒っていい。私が許す
湘南:パスカルさんはどう思います
パスカル:確かに胸は揺れていて無理はしなくてもいいのにとは思った
コッコ:ほら、私の言った通りじゃない
湘南:そうなんですね
パスカル:でも亜美ちゃんはそういうことはなかったから、ダンスを考えた由香ちゃんがそうなることが予測できなかったから対策をしなかったのかなと思った
湘南:その可能性が高そうですね
アキ:パスカル、わざと揺らすなら亜美ちゃんということ?
パスカル:その通り
コッコ:うむ、それは一理、いや十理あるな。
アキ:パスカルが言うのが正解そうね
パスカル:湘南は妹子にそのことを言うのか
湘南:どうしようか考えているところです
アキ:湘南から言いにくかったら私から気を付けるように言ってあげるよ
湘南:有難うございます。とりあえずは様子を見ます
パスカル:何か言われても無視すれば問題がない範囲だと思うけど、掲示板で話題になりそうなら何か適当に書き込んでおくよ
湘南:有難うございます。僕もそうします
コッコ:炎上させた方が人気が出ると思うけどな
アキ:湘南がストレスで倒れると私が困る
コッコ:それは私も困るな
アキ:でしょう。だから見つけたら消火しておいて
コッコ:了解
誠と尚美はいつもの通り渋谷で待ち合わせて、自宅に向かう。
「お疲れ様。テレビ、新しいパフォーマンスはカッコ良かったけど、あの新しいパフォーマンスはまたやるの?」
「あれは由香先輩と私の運動量が多いから、今日の番組だけのつもりだけど、評判が良かったら亜美先輩のためにやってもいいとは思っている。」
「そうか。」
「何かあるの?」
「ううん、大変なら無理はしなくてもいいと思っただけ。」
「分かった。やるとしても、1曲だけ歌うテレビの番組とかだけにする。」
「そうか。あとは、ライブが2日になったことが上手にアピールできたと思うよ。」
「有難う。」
「美香さんと『ハートリンクス』の話もすごく面白かった。」
「そうだと思う。お兄ちゃんたちのビデオ制作の方はどうだった?」
「レコーディングと撮影は無事に終わって、その後、ネカフェでパスカルさんと編集をしてきた。5分のビデオだからだいたい終わったけど、細かいエフェクトの調整は、パスカルさんと相談しながら土曜日まで続ける予定。」
「調整って、お兄ちゃんが、パスカルさんの家に行くの?」
「いや、『ユナイテッドアローズ』の経費で遠隔会議のアカウントを購入したからそれでやる予定。春休みのワンマンライブはそれを使って有料配信をすることを計画している。」
「へー、有料配信か。」
「1000円か1500円ぐらいでやる予定。」
「なるほど。」
「人数が少ないからその値段でできるんだけど、もし『ハートリンクス』のワンマンライブのお客さんがいっぱいになるようだったら、有料配信も併用してみるといいと思う。」
「『ハートリンクス』の方はまだ売り切れていないけど、急に人気が出で売り切れるかもしれないからか。うん、今井さんと相談しておく。」
「売り切れなくても、所沢ドームは都心から遠いし今はファンを増やした方がいい時だから、少しでも興味があったら見てもらうために、値段はあまり高くしないで、見やすさを優先させた方がいいかもしれない。」
「うん、お兄ちゃんの言う通りだね。ところで、その編集したビデオは見れる?」
「大丈夫だよ。」
誠のイヤフォンを尚美に貸して、尚美がビデオを見た。その後、『ユナイテッドアローズ』や『ハートリンクス』のビデオについて、家に着くまで話し合った。
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