第52話 MV撮影準備

 翌日の土曜日、誠は前日撮影したビデオの編集作業をするためにパスカルの家に向かった。パスカルの家に着くと、誠は自分のノートパソコンを机に置いてあるパスカルのディスプレイに接続して、デュアルデスプレイにする。

「新しいノートパソコンだな。」

「パラダイス興行やハートレッドさんの家庭教師のバイト代で買いました。GPUを搭載していますので、4K動画も楽々編集できます。」

「今回は撮影が4Kだけど、出力が2Kだよな。」

「はい、出力は1920×1080、プログレッシブの29.97FPSに指定されていましたので、そうなります。」

「それなら、トリミングしても画質が落ちないな。」

誠がスケッチしているコッコと、その隣のアキを見ながら言う。

「はい、そのため自由度は上がりますが、構成で考えることが増えますね。でも、コッコさんはともかく、アキさんは何故ここにいらっしゃるんですか?」

「えっ、私だって撮影を手伝った『ハートリンクス』のビデオを早く見たいよ。今日の練習は3時からだし。」

「午後から最終練習で、明日はレコーディングスタジオでのレコーディングと撮影スタジオの撮影の両方ですから、休めるときに休んでおいた方がいいですよ。」

「大丈夫よ。ここの方が休めるから。」

「ならいいですが。」

「編集はいつまでかかるの?」

「8分ぐらいのビデオですから、昼過ぎぐらいには終わると思います。」

「なら、全然問題ないじゃん。」

「分かりました。それでは、ゆっくりしていて下さい。」

「分かった。」


 パスカルが絵コンテを見せる。

「こんな感じでまとめようと思っているけど、湘南とコッコちゃんはどう思う?」

「ちょっと待ってて。」

アキ、コッコ、誠が絵コンテを見てから、まずアキから答える。

「いいと思うけど、男子ならハートレッドちゃんのアップがもっと欲しいんじゃない。」

「それは、パスカルちゃんが遠慮したんだろうね。私なら、下から撮影したアップで足先から頭に向かってパンするカットを入れる。」

「履いているのが短パンだし、分からなくもない。」

「コッコちゃん、下からは撮影していないので無理だ。」

「鉄棒にぶら下がっているときの画像をトリミングすればいいんじゃない。腰と胸のあたりで一度パンを止める。」

「コッコさんの意見を聞くと、平田社長から二度と撮影に呼ばれなくなりそうですので、聞くのは止めます。」

「何だよ。そっちから聞いたんだろう。じゃあ、いいよ。」

「コッコちゃん、悪い。それじゃあ、コッコちゃんの意見を取り入れて、5人で乗った跳び箱で下から一定速度でパンするのを使うよ。」

「5人なら、大丈夫そうね。」

「インパクトは減るけどね。あと湘南ちゃん、誰かが息を切らしている所はある。その音を使うとインパクトあるかも。」

「ハートグリーンさんがダンスの練習で少し息を切らしていましたが、他の方はそれほどでもなかったでした。」

「湘南、そのカット、短めに使うか。」

「分かりました。」

「コッコ、グリーンちゃんも息を切らしていたけど、私がチェックした録音の中では、一番息を切らしていたのは湘南で、次はパスカルだった。」

「俺たちは仕方がないだろう。ダンスなんてアマチュアでもないのに、急に無理やりやらされたんだから。」

「私は分かっているけど。コッコの表情がすごい。」

「そっ、それ、絶対に聴きたい。」

「アキちゃんが余計なことを言うから。」

「でも、もう止めるのは難しそうです。」

「それもそうだな。でも編集が終わってからだよ。」

「分かった。その代わりに何でも手伝うから、言ってくれ。」

「それじゃあ、まずお茶でも入れてくれ。」

「了解。」


 3人の注文を聞きながら、誠は編集を進めた。昼に一通りの編集が終わって、動画への書き出しを始めた。

「皆さんのご協力で、結構、ユニークな感じになりました。」

「うん、『ハートリンクス』の魅力が出ていると思う。」

「そうだな。もうこんな時間だし昼飯にするか。ピザでいいか?」

「パスカルちゃん、奢ってくれるの?」

「それはいいけど、コッコちゃんは取りに行ってきて。」

「近いの?」

「歩いて7分ぐらい。」

「それじゃあ、行ってくるよ。」

「パスカル何で?配達してくれるところなんでしょう。配達してもらえばいいじゃん。」

「アキちゃん、取りに行けば実質半額なんだよ。1枚買うと1枚タダというやつ。」

「へー、そうなんだ。知らなかった。」

「やっぱり、アキちゃんは、お嬢様なんだな。」

「コッコ、違うよ。ピザってイタリアレストラン以外では食べたことがないだけ。」

「アキちゃん、それはお嬢様の証拠だよ。」

「コッコさん、アキさん、ピザはどれがいいですか?パスカルさんが二人で選んでいいと言っています。」

「おー、私は決まっている。これだ。」

「アキさん、ここに書いてありますよね。店頭まで取りに行くと同じ金額までのピザが無料になるって。」

「本当だ。本当に半額になるんだね。すごい。それじゃあ、コッコ、ピザは私が取りに行ってくるね。」

「おお、サンキュー。」

「アキさん、僕が行ってきます。」

「いや大丈夫だから。湘南はまだパソコンでやることがあるんじゃない。それにそういうピザ屋にも行ってもみたいし。」

「分かりました。でも何かあったら電話して下さい。充電は大丈夫ですか?」

「湘南は心配しすぎ。」

「分かりました。ところでピザはどれにしますか?」

「これでお願い。」

「分かりました。」


 パスカルがクレジットカードで支払いを済ませると、誠はピザの調理の経過を示すページを表示させる。

「あまり混んでいないようですので、もう作り始めたみたいです。」

「それじゃあ、すぐできるな。」

「はい。書き出したビデオを観た後に行けばちょうどぐらいでしょうか。」

「それはちょうどいい。」

湘南が8分のビデオを流す。

「あの、感想がありましたら何でも率直にお願いします。」

「脚のアップ、みんな脚が綺麗だった。」

「それはそうだったな。あそこのプロデューサーはメンバーを脚で選んだのか?」

「いや、コッコ、顔とパフォーマンスも評価しているよ。」

「それはそうだろうけど、胸の大きさは評価に入っていなさそうだな。」

「コッコ、メジャーのアイドルは露出が少ないから、普通そうだよ。」

「コッコちゃん、写真集を60万部を売ったアイドルも胸は普通の大きさだった。」

「私は興味ないけど、パスカルちゃんの言う通りみたいだね。」

「でも、パスカル、その子の写真集、アニメと関係ないのに買ったの?」

「えっ、いや。アキちゃんを撮る写真の参考のために。」

「へーーーー。」

「二人とも、痴話げんかはそのぐらいで。」

「コッコ、そんなんじゃないわよ。」

「でも、レッドちゃんだけは結構大きそうだった。」

「コッコちゃんのいう通り。それもデビュー当時より、大きくなった気がする。」

「売れなかったから、豊乳手術か?」

「コッコ、そんなことはしないと思うよ。」

「俺もそう思う。高校3年生だし成長したんだと思う。」

「でも、パスカルは、そんなところばかり見ているんだから。」

「撮影のために、デビューからの映像を見たんだよ。アニメと関係ないし、去年まで良く知らなかったんだから仕方がないだろう。」

「そうなの?ごまかしているようにしか聞こえないけど。でも本当にそうなら、レッドさん、何かずるい気がする。」

「他のメンバーはAかBカップだな。」

「そうか。だから妹子は私が入っても問題ないと言ったのかな。」

「そんなことはないです。アキさんの歌やダンスを含めた総合的評価です。」

「そうね。そう思うことにする。」


 誠が話を止める。

「あの、皆さん、メンバーの容姿ではなくて、ビデオについて意見はありませんか?」

「いいんじゃないかな。女の子から見ても、みんな魅力的に写っていたから。」

「私も。表現が抑え気味だけど、こんなものだと思う。」

「分かりました。有難うございます。」

「本音を言えば、ランニングの体操着の合間から、レッドちゃんのおっぱいが揺れるところをアップで撮った映像が欲しかった。」

「却下です。」

「却下だ。コッコちゃん、うちは宇田川企画じゃないんだから。」

「そうは言っても、『ハートリンクス』はうちのユニットでもないだろう。」

「そりゃあそうだけど。」

「溝口エイジェンシーは、イエローちゃんにベッドシーンをさせるぐらいだし。レッドちゃんは、プロなんだからファンが喜ぶと言えば、それぐらいやってくれる気がするよ。」

「プロデューサーからの指示があれば、するかもしれませんが、ハートレッドさんのイメージが壊れるのでプロデューサーも指示しないと思います。」

「俺もそう思う。あざといことをすると、特に女性から嫌われる。」

「正月に見たバニーガールのミサちゃんがやったら、ミサちゃんの女性ファンが離れると思うか?」

「ミサさんがバニーガール姿になったのは、アニメの主人公がバニーガール姿であの歌を歌ったからで、ミサさんがそういうことをすることはないと思います。」

「そういうことって?」

「・・・・・・・。」

「胸を揺らすということでしょう。湘南をいじめない。」

「アキちゃん、やさしいね。」

「でも、コッコ。ミサちゃんがそういうことをしたら、本当に犯罪を誘発しそうだから、止めた方がいいと思う。」

「犯罪を誘発するか。確かにね。ところで、全裸ラブシーンとおっぱいを揺らすのと、男性としてどっちがエロいんだ。湘南はどう思う?あれ、いない。」

「湘南なら、ピザを取りに行ったよ。」

「えっ、いつの間に。」

パスカルが答える。

「たぶん、この話に耐えられなくなったんだろう。」

アキも同意する。

「まあ、湘南らしいけどね。」

「コッコちゃん、どっちかと問われたら、それは演出でどうにでもなるんじゃないか。いずれにしても、そういう女性を演じる必要があるなら、プロの女優は両方すると思う。」

「映画の中ならエロいことをしても、芸能人としてのイメージが崩れないということか。」

「北映の映画なら、そうだろうな。」

「エロはともかく、『ハートリングス』の戦隊服、メンバー全員がウエストが細くて、脚が長くて、スマートだから・・・・私もダイエットしないとか、でも、前の戦闘服ももっとそれが分かるような恰好にした方が良かったと思う。」

「アキちゃんでも、コッコちゃんでも、もし今度は『ハートリングス』の撮影の依頼が来るとして、スマートなことが分かる戦隊服って、何かある?」

「水着で戦えばいいんじゃない?」

「コッコちゃん、万が一水着が脱げたら問題だろう。」

「撮り直せばいいだろう。」

「コッコ、パスカルと湘南が撮影を続けられなくなる。」

「それはそうか。面倒だな。」

「ホットパンツ、お腹と肩を出す感じかな。」

「撮影の時に怪我をしそうだけど。」

「下にはマットを敷いた方がいいわね。」

「後は背景合成でなんとかするのか。」

「そうね。湘南に聞かないと分からないけど。」

「それじゃあ、アキちゃん、もう少し具体的に戦闘服の案を考えておいてくれる?」

「いいけど、使う予定とかあるの?」

「まだ決まってはいないけど、湘南が4月の『ハートリンクス』のワンマンライブの前宣伝のために、『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』のビデオ撮影があるかもしれないと言っていた。」

「そうなんだ。それじゃあ時間もなさそうだから、今の戦闘服を仕立て直して作った方がよさそうね。」

「確かに、戦闘服を作り直していたら、一か月とかかかりそうだから、それがいいかもな。」


 誠がピザを持ってパスカルの家に戻ってきた。ピザを食べながら4人が話す。

「湘南、ビデオはあれでいいということになった。」

「有難うございます。今日の夕方、パラダイス興行に行って平田社長に見てもらってから、提出します。」

「湘南、3人で話して、私が今の戦隊系の衣装に手を入れて、もう少し女の子らしい衣装にすることを考えることになった。」

「パスカルさんがワンマンライブの前宣伝の件を話したんですね。その衣装を使うとすれば、2月の下旬ぐらいからの撮影になると思いますので、2月初めに提案できれば採用される可能性があります。」

「分かった。頑張る。」

「私も服のイラストを描くので手伝うよ。」

「コッコさん、アキさんの言うことには従って下さいね。」

「分かっているって。」


 全員で、ピザを食べ始める。

「それじゃあ、ピザを食べよう。」

「パスカル、ごっざんです。」

「パスカル、頂きます。」

「パスカルさん、頂きます。」

アキが感想を言う。

「へー、このピザの生地、パンみたいね。」

「アメリカンピザです。」

「なるほど、アメリカのピザってこういうのなんだ。」

「もちろん、イタリア料理のようなピザも売っていますが。」

「でも、これはこれで美味しい。」

「おなかも膨れますし、昼食にはちょうどいいです。」

「確かにそうね。」

「逆に、イタリアのピザってどんな感じなんだ?」

「コッコは食べたことがないの?」

「私は庶民だからな。」

「良くわからないけど、もう少しパリパリしているかな。」

「イタリアなのに、パリパリか。」

「パスカルぅー。」

「コッコさん、大学の近くのサイゼリアでピザを食べれば、イタリアのピザにかなり近いと思います。」

「なんだ、サイゼリアでピザを注文すればいいのか。」

「コッコさんは、いつもは何を食べるんですか?」

「スパゲッティだ。」

「なるほど。僕はランチのハンバーグが多いです。」

「サイゼリアって、レストランの名前?」

「それを聞くということは、男性諸君、アキちゃんの初デートはサイゼリアでは絶対にだめのようだよ。」

「何それ、コッコ。」

「えーと、サイゼリアは値段が安いイタリヤ料理レストランと言えばいいでしょうか。・・・・・これがメニューです。」

「えっ、ランチが500円なの?」

「はい、600円のものもありますが、平日のランチはその通りです。ランチに付けるドリンクバーは100円です。」

「えっ、えっ。」

「アキちゃん、そんなに驚かないでよ。」

「パスカル、湘南の言っているのは本当なの?」

「本当だよ。」

「湘南は冗談でも私を騙すことはないから、そうだろうけど。」

「全体的に値段が安い店ですので、初デートで女性を連れて行くと、女性を大事にしていないと思われて、一般的には嫌われると言われているんです。」

「私は好きな人ならどこでもいいけどね。好きじゃない人だけど行かなくちゃいけないなら、美味しい店じゃないといやだけど。コッコは?」

「まあ、そんなもんかな。でもアキちゃんと違って、私を高いお店に連れて行ってくれる人はいないけどな。」

「パスカルと湘南は、好きとは違うけど、お金を使わせちゃ悪いから、サイゼリアでもどこでもいいわよ。」

「アキちゃん、やさしいね。愛かな?」

「男女の愛とは違うけど、仲間愛みたいな感じかな?」

「なるほど。」

「でもアキちゃん、サイゼリアを全然知らないのは困るから、こんどみんなで行こう。」

「そうだね。アキちゃんのファンはそういうところにも行っているだろうからね。でも、そうするとアキちゃん、牛丼屋なんかも行ったことがないんでしょう。」

「ない。」

「秋葉原のサンボ、閉店してしまいましたよね。」

「いや、湘南ちゃん、その店、名前は有名だけど私も入ったことがない。」

「俺も知らない。」

「みなさんが知らないようでしたら、神保町に再度開店したという話ですが、サンボは無理して行かなくていいですね。」

「サンボって、有名な牛丼屋なの?」

「電気オタクでは有名で、肉が普通のチェーン店より多かったでした。でも、音楽を聴いたり、質問したり、大声で話したりするのは禁止で、スマフォの電源は切らなくてはいけないとか、食券はお茶が出てくるときに渡すという暗黙の決まりがあって、それを破ると怒られたりすると言われるところです。」

「なんかめんどくさそう。」

「そうですね。行くならチェーン店の普通の牛丼屋に行きましょう。」

「分かった。そういう安い店に連れて行って。」

「アキちゃん、初デートをパスカルとサイゼリアでするというのはどうだ。それで『初デートがサイゼリアだった安い女』で売り出す。」

「いやよ。」

「・・・・・・・。」

「コッコさん、無理は止めましょう。」

「パスカルとサイゼリアに行くのがいやと言っているわけじゃなくて、安い女というのは、アイドルとして、イメージが悪くなるんじゃない。せめて、・・・・うーん、何だろう。」

「『友達付き合いできる女の子』でしょうか。」

「それかな。」

「でも地下アイドルとして売れることを目指しているわけではないので、無理にそういうことはしないで、アイドルの王道路線で行きましょう。」

「湘南の言う通りだな。」

「そうね。」


 アキが話を変える。

「パスカル、そう言えば、『ハートリンクス』のビデオ制作で忘れていたけど、私たちのビデオの準備は大丈夫なの?」

「忘れちゃいないぜ。なっ、湘南。」

「はい。リビングのようなスタジオで撮影する予定で、今日の3時からの練習スタジオも同じところにする予定です。」

「そうなんだ。」

「部屋には『ユナイテッドアローズ』のグッズをたくさん置く予定だ。今日はそのための下見をもする予定だ。」

「パスカル、自分たちのグッズを使うのは宣伝のため?」

「勝手に他のグッズを使うと、著作権とか肖像権とか問題になるからな。」

「一応、著作権フリーの絵を使ったポスターも飾る予定です。」

「なるほど。」

「アキちゃん、衣装はどうするの?」

「えーと、オタクらしくということだったから、最初はデニム オーバーオールと『ユナイテッドアローズ』のTシャツのオタクスタイルで、次がスカートとポロシャツの健全な女の子スタイル、最後がアイドル衣装にする予定だよ。」

「分かった。」

「Tシャツを脱いで、服はデニムオーバーオールだけにしたら。」

「コッコ、それで胸を揺らすって言うんでしょう。」

「誰もそんなことは言っていない。」

「私もユミちゃんも、揺れないから。」

「それは知っているから、言っていないと言っているじゃないか。」

「何か悲しい。でも、コッコだってそうでしょう。」

「普通はそうなんじゃないの。でも、宇田川企画の『ビーチハウス』とか、ライブでもわざと揺らしているけど。」

「あのメンバーよりは、私の方が可愛いから大丈夫。負けない。」

「ミサちゃんは?水着で歌うブルーレイを写真集に付けるみたいだけど、その映像では揺れているのかな?パスカル、知っている。」

「撮影現場を見ていたけど、遠かったし分からない。」

「そうか。」

「ミサちゃんはアイドルじゃないし、スタイルが別格だよ。何をしても芸術ということで、イメージが悪くなることはなさそう。」

「芸術か。ミサちゃんも芸術のためには、人間性を犠牲にできるんだな。」

「コッコといっしょにしない。」

「それに、コッコちゃん。オタクは普通デニムオーバーオールだけみたいな恰好をしないから。」

「パスカル、コスプレイヤーはオタクだろう。」

「そう言われればそうか。」

「パスカル、納得しない。コスプレイヤーはオタクの中でも特殊だから。コスプレイヤーを囲んで・・・・。」

「アキちゃん、どうしたの?」

「コスプレイヤーを囲んで写真を撮っている方がオタクと言おうとして、それ、パスカルがコミケでやっていたやつと思って悲しくなった。」

「あれは、写真の勉強だって。」

「どうだか。でも、こんな話をしていると、湘南がまたどっか行っちゃうよ。」

「湘南には、困ったもんだ。」

「コッコ、困ったのはコッコとパスカル。」

「でも、湘南は何をやっているの?」

「明日も忙しいので、宿題のプログラミングをやっています。」

「そうなんだ。それじゃあ、ここを出発するまで静かにしているか。」

「私も宿題のレポートを書かないとか。」

「コッコ、大学でも宿題なんてあるのね。」

「宿題は大学の方が高校よりだいぶ多いよ。」

「そうなんだ。大学に行くの、何か憂鬱。」


 コッコもノートパソコンでレポートを書き始める。仕方がないので、パスカルとアキが出発時間までおしゃべりをしていた。

「アキちゃん、二人とも理系の学科だから仕方がないよ。」

「パスカル、文系の方が楽なの?」

「一般的に理系に比べれば楽かな。」

「それじゃあ、プロのアイドルになれなかったら、とりあえず文系の大学に進むかな。活動に支障がないように、時間に余裕がある方がいい。」

「そういうことで選んでいいのか分からないが、アキちゃんも来年受験か。」

「そうなんだよね。」

「お姉さんは、大学に行っているの?」

「上智大学の法学部。」

「何だ、学部は違うけど後輩か。」

「うん、姉も実は大したことはないんだって思った。」

「アキちゃん、酷い。」

「冗談。パスカル、すごいと思った。」

「それじゃあ、アキちゃんも俺の後輩になろう。」

「私じゃ無理かな。都内のどこかの大学を探す。」

「そうか。」

「それにしても、二人とも真剣ね。」

「まあ、せっかく入った大学だし、卒業はしたいんだろう。」

「それはそうね。でも、湘南のサラリーマン姿は何となく想像できるけど、コッコの方はちょっと想像できない。」

「そう思うかもしれないけど、その時になれば、そのスタイルに馴染むものだよ。人間、収入がなければ食っていけないから、本能みたいなものなのかも。」

「そうか。」

「その点、平田社長は自分で会社を起こして、自分の進む道を切り開こうとしている。アマチュアの俺とは違うかな。」

「なるほど。まあパスカルは公務員だもんね。」

「まあね。」

「それじゃあ、ちょっと無理をさせてもらおうかな。次のミュージックビデオはエーゲ海の島で撮影とか。」

「400人ぐらいのホールを一杯にできるようになったらいいよ。」

「400人か。今の3倍ね。目標としてはちょうどいいわね。パスカル、約束よ。」

「分かった。」


 午後2時ごろになって、4人はレンタルしたスタジオに向けて出発した。最寄りの駅で、ユミ、マリと待ち合わせていた。

「マリちゃん、ユミちゃん、こんにちは。」

「パスカルさん、アキちゃん、湘南さん、コッコさん、こんにちは。」

「プロデューサー、アキ姉さん、湘南兄さん、コッコ姉さん、こんにちは。」

「マリさん、二人の歌の方はどんな感じですか?」

「大丈夫よ。二人とも歌がすごく上手くなっている。」

「やっぱり、ユミちゃんもアキちゃんも若い・・・・・・。」

「何、パスカルさん。私にケンカを売るつもりなの?」

「やっぱり、マリちゃんもユミちゃんもアキちゃんもまだまだ若いから、・・・これからが楽しみです。」

「その通り。有難う。『人妻トリプレット』にも期待してね。」

「はい?『人妻トリプレット』?」

「マリさんが新しく作るユニットですか?」

「湘南さん、さすが。音大の声楽科の後輩でアルトの子と、同じマンションに住んでいるダンスが上手な若いママさんでユニットを組む予定。」

「みなさん、ご結婚されているんですね。」

「その通りよ。だから『人妻トリプレット』と名付けたの。」

「ママ、本当は徹のために止めてほしんだけどね。」

「あら、徹も喜んでいるじゃない。」

「それは徹がまだよく分からないからだよ。」

「俺もユニットを作ることはともかく、名前に問題があるような気がします。」

「ほら。プロデューサーもそう言っている。」

「パスカルさん、何でよ。」

「ユミちゃんとアキちゃんがいる前だと言いにくいのですが、とあるジャンルのビデオのタイトルになりそうで。」

「そう思うのは、パスカルさんが、そういうビデオばっかり見ているからよ。」

「マリちゃん、ばっかりということはないです。アニメの方が圧倒的に多いです。」

「パスカル、ばっかりということはないって、見ているということ?」

「アキちゃん、そういうことを問い詰めてはだめよ。本当に会って浮気しているんじゃないんだから、スルーするのが大人の女。」

「そうかもしれませんが・・・。」

「アキちゃん、マリちゃんのいう通りだよ。」

「コッコも観たことあるの?」

「あるよ。R18の漫画を描くための勉強のために。湘南ちゃんだって観たことぐらいはあるだろう?」

「えーと、はい。大学の友人の部屋で集まった時とかに見たことがあります。」

「湘南もなのか。」

「今はネットで簡単に観れるからね。」

「そうか。やっぱり、気にしないことなのか・・・。分かった。」

「マリちゃん、正志さんが現実の女と付き合っていたらどうしますか?」

「うーん、夕食に毒でも盛ろうかな。ゆっくりと効くやつ。」

「マリちゃん、怖い。コッコちゃんは?」

「私に彼氏ができる気がしないのだが。」

「それはそうだけど、万が一できたら?」

「何だよ、それはそうって。パスカルには言われたくはないよ。まあ、別れるんじゃない。」

「今の時代はそうだよな。」

「それは分かっていた方がいい。」

「分かった。」


 誠が話を戻す。

「話を戻しますが、マリさん、ユニット名はどうしますか?」

「やっぱりインパクト重視で『人妻トリプレット』でいく。でも、湘南さん『トリプレット』って使っても大丈夫かな。」

「人妻が付いていますので、商標的に問題になることはないですから、大丈夫だと思います。ただ、地下アイドルならば大丈夫でも、その名前でメジャーで活動するのは難しいかもしれません。」

「さすが湘南さん、メジャーになったときを考えているのね。何かいい案はある?」

「3を意味する単語を使うなら、『人妻トリニティ』、「人妻ターナリー』、『人妻ターニオン』などがあります。トリニティは三位一体の意味や最初の原爆実験の名前ですが、3の意味で広く使われています。」

「なるほど、分かった。3人で相談するから、SNSで情報を送って。」

「了解です。」

「必要経費は3人で払うから、パスカルさん、プロデュースをお願いね。」

「分かりました。ライブは『ユナイテッドアローズ』と同じ日にやることにしましょう。ホームページなんかも『ユナイテッドアローズ』のをコピーしてコンテンツを変える形にしようと思います。」

「了解。」

「会計を分けるなら、会計担当をラッキーさんとは別のどなたかにやってもらうということで構わないでしょうか。」

「分かった。正志さんにやってもらう。個人事業主になればいいのね。できれば、ラッキーさんにやり方を正志さんに教えてもらえると助かるけど。」

「それは大丈夫です。ラッキーさんには俺からお願いしておきます。」

「アキちゃんも、練習はいっしょにするから大丈夫。」

「はい、よろしくお願いします。でも、マリさんたちに人気で負けたらどうしよう。」

「3人の年齢が32、31、26歳だから、さすがに17歳と11歳のアキちゃんとユミちゃんが負けることはないわよ。」

「ユミちゃん、私たちも負けないように頑張ろう。」

「ママに負けたからさすがにショックだから頑張る。」

「でも、アキちゃん、ユミちゃん。」

「何、パスカル?」

「『人妻トリプレット』っていう名前、地下アイドルとしては結構パワーがあるから、頑張らないと。」

「それは何となく分かる。面白がって見に来る人がかなりいそう。」

「綺麗な子を選んだし。」

「マリちゃんがそう言うなら、強敵かもよ。」

「アキちゃん、争わずいっしょにやっていこう。」

「はい、そうします。」

「私は絶対ママには負けたくない。」

「ユミちゃん、頑張ってね。」


 誠が話を変える。

「マリさん、そのユニットの曲はどうされます?」

「『トリプレット』の曲と、ちょっと古い曲を使おうと思っている。」

「分かりました。古い曲のアレンジが必要でしたら言って下さい。あと、僕が試しに『トリプレット』のために作った曲もいくつかありますので、もしオリジナル曲が必要でしたら言って下さい。」

「それは妹さんたちのために作った曲でしょう。いいの?」

「はい。今となっては僕の曲が採用される可能性はありませんから。」

「妹子たち、ドームをいっぱいにできるほどになっちゃったから、そうかもね。」

「はい。アキさんのいう通り、僕の出番はもうなさそうです。」

「それだったら、喜んで使わせて頂くわ。」

「有難うございます。」

「でも湘南、乗り気だな。さすが熟女好きだけのことはある。」

「32、31、26歳で熟女は失礼です。」

「それはそうか。」

「そんなことより、作詞を考えないといけないです。明日夏さんは別件で忙しそうですし、大人っぽい歌詞は得意ではなさそうですので。」

「それなら、久美子にお願いしてみようかな。」

「橘さんですか。昔は作詞をしていたことは知っていますが、曲がロックで、かなり乱暴な歌詞になるような気がしますが。」

「でも、可愛らしいアイドルが乱暴な歌詞の歌を歌うというのもいいわよ。」

「・・・・・?」

「ママ、恥ずかしいから。湘南兄さんは、ママが何を言っているか分かっていなかったからね。」

「湘南さんも、まだまだ修業が足りないようね。まだ20歳だから仕方がないけど。」

「ママ、そういう問題じゃないから。」

「ユミさん、大丈夫です。可愛らしいアイドルと言うのがマリさんたちだったんですね。」

「湘南さん、そうやって真面目に言われるのが一番つらい。アキちゃんのパスカルぅみたいに、マリぃちゃんと突っ込んでくれた方がまだいい。」

「あの、別に突っ込んだわけではありません。」

「湘南、だから、そういうのが一番こたえるということ。」

「申し訳ありません。そうですね。マリさんならアイシャさんが歌うよりは、乱暴な歌でも怖くなくて大丈夫だと思います。」

「湘南さん、アイシャちゃんがほっぺたを叩いたのがまだ尾を引いているの?」

「そんなことはありません。アイシャさんの正義感からなので仕方がないとは思います。ただ、アイシャさん、体と声が大きいので、怒ると本当に迫力があるんです。」

「それならいいけど。あの後、アイシャちゃんとはうまくやっている?」

誠は「僕をからかうのが趣味みたいだけど。」と思いながら答える。

「はい、大丈夫です。」

「まあ、湘南さんならうまくやれるわよね。」

「はい、なんとかなると思います。それでは、作詞の件は平田社長と橘さんに相談してみようと思いますが、いかがでしょうか。」

「そうね。とりあえず歌う曲はあるから急がなくていいけど、やっぱりオリジナル曲は欲しいから、お願いできる。」

「はい、喜んで。」


 6人がスタジオに到着すると準備を始める。

「マリちゃん、こちらはスタジオのセッティングをしますので、二人の発声練習と最後の練習をお願いします。」

「了解。」

「パスカルさん、『おたくロック』のカラオケの準備を先にします。」

「おう、そうだな。頼む。」

「マリさん、今回のカラオケは、『ジュエリーガールズ』の皆さんにお願いしましたので、今までのMIDI音源だけのカラオケとは一味違うと思います。」

「へー、それは楽しみね。」

「はい。次のワンマンライブでは『ジュエリーガールズ』の皆さんにバックバンドをお願いすることも決まりました。」

「この前の『ジオン公国に栄光あれ』の皆さんも良かったけど、仕事が忙しいんじゃ仕方がないわね。」

「一人は、仕事でアメリカに出張中になるみたいですから、仕方がないと思います。」

「分かった。」

「準備が終わりました。これが再生、これが停止、マウスでこのバーを動かすと再生を開始する時間を変えることができます。」

「有難う。それじゃあ、二人の練習は任せて。」


 マリの指導でアキとユミが歌の練習をする。パスカルと誠が配置を検討する。

「さて、パフォーマンスをするスペースと撮影をするスペースをどう配置するかだな。」

「この部屋の感じでしたら、ビデオの構成は案1で大丈夫そうですね。」

「そうだな。とすると、ソファーを後ろの壁につけて、両脇に机を置く感じか。」

「どっちを後ろにします。窓がある方ですか?ない方ですか?」

「窓を後ろにしたときに問題はあるか?飾り窓だから光はどっちも大丈夫だが。」

「中央にポスターを貼るスペースがなくなることでしょうか。」

「そうだな。どっちがいいかな。」

「短くてもいいですので、両方撮影してみましょうか。」

「そうだな。それじゃあ、最初は窓を背景で。」

「了解です。それでは、机とソファーを動かしましょう。」

「おう。おれがこっちを持つから、湘南はそっちを頼む。」

「了解です。」


 パスカルと湘南が協力して机やソファーを動かす。コッコはその様子をスケッチしていた。そして、湘南がポスターを窓の両脇に跡が残らないテープで貼る。パスカルが『ユナイテッドアローズ』のグッズをテーブルの上に置く。

「こんな感じかな。」

「はい、こんな感じですね。」

「案1でスペースが十分か、動きを確認してみるか?」

「了解です。」


 誠とパスカルがマリが流している音楽に合わせてダンスを始める。少しして、笑い声が響いた。二人がアキたちの方を向くとアキとマリが笑っているのが見えた。

「パスカルぅ、何をやっているの?」

「えっ、アキちゃんたちがパフォーマンスをするスペースがあるか確認しているんだよ。」

「それは分かるけどさ。」

「二人が仲がいいから、アキちゃんがヤキモチを焼いちゃっているのかな。」

「マリちゃん、そういうわけじゃ・・・・コッコがこっちを睨んでいる。」

「アキ姉さん、二人の邪魔をするなということだと思います。練習を続けましょう。」

「分かった。練習を続けよう。でも、ユミちゃんは、ああいうのには興味ないわけね。」

「はい。男子はイケメンしか興味がありません。」

「ユミちゃん、厳しい。」

「でも、ユミの将来が少し心配になるわよね。正志さんもイケメンじゃないけど、良いパパでしょう。」

「そうだけど、子供が苦労する。」

「うーーーん。アキちゃん、何か言って。」

「ユミちゃん、イケメンは見つけるのも難しいわよ。」

「だから私は、芸能人になるために頑張っているの。」

「そう言えばそうだった。でも、湘南が地元の良く当たる占い師に、ユミちゃんと私の将来を占ってもらったことがあるそうなんだけど。」

「それで?」

「ユミちゃんは、イケメンの俳優やバンドマンに騙される。」

「やっぱり。」

「だけど、堕落することなく次のイケメンを求めて強く生きていくことができる。だったわよね、湘南。」

「はい。その通りです。」

「へー、アキちゃんは?」

「幸せな結婚生活を送るでした。」

「アキ姉さん、占い師は適当なことを言っているだけですから、信じない方がいいです。」

「湘南さん、その占い師の年齢は?」

「年齢不詳ですが、かなりの歳だと思います。」

「そう。ユミちゃん、その占い師、たくさんの人の人生を見てきて、今の様子から将来の様子が何となく分かるのかもしれないわよ。ママも、その占い師の言うことが合っている気がするし。」

「ママ、そう言うのはいいから、練習を再開しよう。」

「確かに、ユミちゃんは、強くは生きていけそう。」

「それはそうね。私は占わなかったの?」

「はい。あまり心配はないですから。」

「そうか。湘南さん自身は?」

「あまり言いにくいのですが、早死にする可能性が高いそうです。」

「湘南さんが早死するの?うーん、いい人だからかな?それとも、体力的に合わない人といっしょになるからかな?」

「鈴木さんか。」

「鈴木さん!?アキちゃん、誰なのそれ?」

「マリちゃん達が行けなかった正月のスキーの時に会ったんですが、湘南の幼馴染で、すごい体力のある人です。それで、私が湘南と一緒にいると邪魔しに来るんです。」

「へー。ライバルか。パスカルさんは知っているの?」

「アキちゃんから、話を聞いただけで会っていません。」

「パスカルさんも会っていないのね。」

「ママ、そんな話より練習しようよ。収録は明日なんだから。」

「分かった。鈴木さんの話は、また今度ね。」

「マリさん、そんなに大した話ではありません。」

「ママ!」

「分かったって。それじゃあ、また一度初めから歌ってみよう。」

「了解。」「了解。」


 マリたちが練習を再開すると、パスカルが誠に話しかける。

「スペースは大丈夫そうだな。」

「カメラは壁ギリギリからでしょうか。」

「二人が離れた位置にいると、二人同時に画面に入れるのは難しそうだな。」

「そうですね。」

「一人をアップするか、斜めから撮るかか。」

「二つの画角からの映像を変換してから合成できないこともないですが、少し不自然になるかもしれません。」

「そうだな。やっぱり合成は止めた方がいいな。二人があまり離れないようにダンスの方をミュージックビデオ用に変えてもらおう。とりあえず、グッズを配置しようか。」

「了解です。」


 誠とパスカルが『ユナイテッドアローズ』のグッズを配置する。

「二人が最初に持っているグッズは何にしますか。」

「卓上カレンダーか?」

「アクスタだと小さいですから、卓上カレンダーでしょうね。ぬいぐるみとかあったら良かったかもしれません。」

「等身大か。」

「パスカルさん、等身大ぬいぐるみや抱き枕カバーはだめだと思います。」

「まあな。」

誠とパスカルは、自分たちの等身大ぬいぐるみが、ハートレッドによって制作途中であるとは夢にも思っていなかった。


 グッズの配置が終わった後、誠はパソコンを開き、パスカルは撮影のプランを見ながら、ソファーに座っていた。マリが二人に声をかける。

「歌の練習は終わったから、撮影の練習を始めて。」

「マリちゃん、了解。それじゃあ、アキちゃんとユミちゃん、始めにカメラの位置を決めるから始めに、二人でソファーに座って。」

「了解。」「はい。」

二人がソファーに座ると、パスカルがカメラの位置や高さを決める。

「湘南、こんなものかな。」

「二人の目の高さが違うので難しいですが、位置はこの位置で大丈夫だと思います。養生テープ(剥がしても跡が残らないテープ)で印を付けておきます。」

「サンキュー。」

「パスカル、下からは取らないの?」

「アキちゃん、心配無用。撮らない。」

「はい、小学生のユミさんもいますので。」

「『ハートリンクス』では跳び箱で撮ったのに?」

「いや、あっちはプロだし。覚悟もあるだろうし。」

「パスカル、さすがにあのぐらい大丈夫よ。ステージの上で、アイドルの衣装で踊っているぐらいだから。」

「あの、アキさん、パスカルさん、その話は日曜日の夜まで話さないで下さい。」

「湘南、ごめんなさい。」

「すまん。」

「もしかして、湘南さんたちはまた『ハートリンクス』のビデオを撮影したの?」

「詳細は言えませんが、その通りです。」

「あまり聞いちゃいけなさそうね。」

「はい、申し訳ありません。」

「えーと、それじゃあ、一般的な話にすれば、脚の高さで脚をアップして写す感じかな。私はスカートの中が見えなければ大丈夫だと思うけど。ユミちゃんは?」

「『ハートリンクス』のみなさんが大丈夫なことなら、私は何でも大丈夫です。」

「ユミちゃんは知らないと思うけど、さすがに何でもは無理よ。」

「知らないって、アキ姉さんは何か知っているんですか?」

「何で知っているかは秘密だけど、夏の終わりに公開するメンバーの一人が主役の映画で、裸でのベットシーンとかあるみたい。」

「主役映画だったら仕方がないんじゃないですか。ハートレッドちゃんですか。」

「違うけど。」

「それじゃあ、アキ姉さんと同じ学年か年下じゃないですか。」

「そうだけど。」

「溝口エイジェンシーですから、大手の映画会社なんですよね。」

「日本で2番目ぐらいかな。」

「2番目ということは北映ですか。アキ姉さんだったら断るんですか?」

「どうかな、溝口社長から直々に話があったということだから、私でも断れなかったかもしれないけど。」

「溝口社長の直々の話なら、私は絶対に断らないと思います。ところで、相手役の男性はだれになるんですか?」

「それは言っていなかったけど、溝口エイジェンシーの男性ダンスユニットの可能性が高いと思う。」

「それならボイジャーのメンバーでしょうか。あのユニットは全員がすごいイケメンですので、私なら喜んでやります。」

「そうなんだ。」

「もちろん、相手がオヤジとかでも、すごく嫌ですが、女優の仕事と思って断ることはないと思います」

「断らないんだ。ユミちゃん、すごい。」

「それが普通だと思います。北映の映画の主役なんて、どんなになりたくても、普通はなれるものではないんですよ。」

「そうだろうけど。」

「あの、アキさん、ハートイエローさんは決定したことなので、多少リークしてもいいとは言っていましたが、このあたりで止めにしましょう。」

「分かった。ごめんなさい。」

「ユミさんも申し訳ないですが。」

「ハートイエローさんなんですね。分かりました。はい、絶対誰にも言いません。」

「有難うございます。」


 パスカルが話を戻す。

「それでは、マリちゃん、スカートの中は絶対に見えないようにしますが、低いアングルで撮影しても大丈夫ですか?」

「ユミちゃんがいいと言っているから大丈夫よ。パスカルさんと湘南さんで決めて。もちろん、裸でベットシーンと言ったら絶対に止めるけど。」

「それは、絶対に言いません。」

「はい、絶対に言いません。」

「私は絶対にやるけど、今は撮影の準備を進めましょう。」

「了解。湘南、着る衣装の順番を入れ替えないとだめだよな。」

「はい、最初がスカートとポロシャツ、次がデニムオーバーオールとTシャツ、最後がアイドル衣装ですね。」

「その通りだな。オープニングは二人でおしゃべりしながらグッズを持っている状態から、立ち上がってパフォーマンスをするまでをローアングルで撮るのでいいか。」

「はい、その方針だと思います。」

「それで注目を集められるかだな。」

「一応、普通の高さでも撮ってみて比べてみましょう。」

「分かった。そうしよう。それじゃあ、カメラを低い位置でも合わせてみよう。」

「了解です。」


 パスカルが基本的な動きを説明した後、アキとユミもダンスをするスペースを確認するために、ゆっくりと動く。

「ステージより狭いけど大丈夫?」

「私は大丈夫。ユミちゃんは?」

「大丈夫です。」

「もう少し無理を言うと、できるだけ二人が離れないで欲しいんだ。離れると二人を収めるのが難しくて、一人のアップにするしかなくなる。」

「分かった。私が少し後ろに下がれば大丈夫。ユミちゃんは少し前でダンスして。」

「はい。」

「二人とも、最初と最後のセリフは覚えている?」

「大丈夫。」「大丈夫です。」

「セリフは多少アドリブで変えていいから。」

「了解。」「分かりました。」

「それじゃあ、曲に合わせてパフォーマンスをお願い。湘南は会話を拾うためのマイクの準備をお願い。」

「了解です。」


 アキとユミがソファーに座り、パスカルがカメラをセットし、誠がスティックマイクを持ち二人に向ける。パスカルの合図で二人がグッズで遊びながらセリフを話す。

「湘南、ローアングル、こんなものか?」

誠がカメラに接続したモニターを見ながら答える。

「はい、この位置なら問題になることはないと思います。」

「でも、ローアングルは使っても、脚だけアップはしなくていいな。」

「はい。最初から全身を撮りましょう。」

アキが尋ねる。

「パスカル、私たちじゃ、脚だけのアップは無理ということ?」

「無理じゃないけど、無理している感が出ちゃうかな。」

「同じじゃない。」

「アキさんの場合、全身を写した方が映えると思います。」

マリが尋ねる。

「『ハートリンクス」の方たちは、脚だけでも映えるということ?」

「えーと、みなさん膝から下が長くて真っすぐですから、脚だけでも映えると思います。腕だけでもそうかもしれません。」

「湘南ちゃんの言うことはわかるけど、二人はあれを見ちゃったからそう思っているだけだろう。普通のオス共はアキちゃんの脚でも喜ぶぞ。」

「そうかもしれませんが、アキさんの場合はもしアップするなら顔がいいと思います。でも、そうすると、アキさんとユミさんが顔を寄せなくてはいけなくて、オタクグッズを手にしているコンセプトとは合わないので、今回は全身を撮影するのがいいと思います。」

「俺もそう思う。いつも言っているけど、アキちゃんより顔が可愛い地下アイドルなんてそうそういないから。」

「はい。ステージに上がるようになって、さらに可愛くなったと思います。ユミさんもそうです。」

アキが少し恥ずかしそうに答える。

「パスカル、湘南、分かったわよ。もう、二人の好きに撮って。」

「アキちゃんとユミちゃんが可愛くなったというのは分かるが、せっかく室内なんだから生足アップの方が受けると思うけどな。まあ、いいけど。」

「コッコ、分かった。次はそうしてみる。」

マリがユミに話しかける。

「ユミちゃんも良かったわね。可愛くなったって言われて。」

「学校でも最近可愛くなったと言われることがあるから、湘南兄さんの言うことは本当なのかもしれない。うーん、それだけに、ここにイケメンがいないのが残念。」

「ユミちゃん、いくら何でも酷いわよ。」

「でも、ユミちゃん、今イケメン彼氏とか作ったら、芸能界に行けなくなるよ。」

「プロデューサー、私が芸能界に行く目的はイケメンをゲットすることです。イケメンがゲットできれば、芸能界に行かなくても大丈夫です。」

「近頃の小学生は、明確な目標を持って行動しているのか。すごいな。」

「すごいです。」

「でも、本当に可愛くなれるなら、私も早くステージに上がらなくちゃよね。パスカルさん、お願いね。」

「はっ、はい。」

「ママ、プロデューサーに無理はさせないでね。」

「分かっているって。」


 カメラの位置や画角を変えて、アキとユミの練習の撮影をする。休みを入れて10回ほど練習したところで撮影を終える。そして、撮影したビデオを全員で確認する。

「最初がこんな感じ・・・。アキちゃんのアップがこんな感じ・・・。ユミちゃんのアップがこんな感じで、・・・最後がこんな感じ。」

「明日は衣装が違うけど、感想と意見を言ってくれ。」

「私はいいと思うけど。」

「私もです。」

「湘南は?」

「二人はダンスも表情もいいと思います。ただ、最初のセリフが長いと、歌を聴く前に止めてします人がいると困るなと思いました。」

「リピーターにとっても面倒かもしれないな。どうすればいいんだ。」

「だから昼に言っただろう。Tシャツを脱いでもっと肌を見せる。そうすれば止めるオスがいなくなる。」

「コッコさん、46人組所属のアイドルで30万部以上売れた写真集に、デニムオーバーオールだけ着ている写真がありますが、今回は無理だと思います。」

「そうなのか。何だ、本当は湘南もアイドルに詳しいのか。」

「そういうわけではなくて。」

「でも、プロデューサー、湘南兄さん、アキ姉さんの肌はとても綺麗ですから、私はコッコさんの言うことが分かります。」

誠とパスカルが固まる。

「ユミちゃん、二人が固まるようなことを言っちゃダメよ。」

「でも、私が言いたいことを理解していたのはユミちゃんだけだったのか。アキちゃんに、胸を震わせろなんて無理なことは言わないよ。」

「コッコは、私の肌が綺麗と言いたかったの?」

「そうだよ。」

「ごめん、その前のレッドさんの話で混乱した。」

「まあ、向こうは、学校の伝説級の美人で、手足が長くて綺麗で、震わすほどの胸があって、肌も白くて綺麗だけどな。」

「分かった。分かった。レッドさんと比較しなくていい。パスカル、自分で言うのも何だけど、私は顔が可愛くて、肌が綺麗で、後は普通と言うことでいい?」

「比較対象によるけど、その二つが特にいいというのは本当だと思う。」

「それじゃ、Tシャツは脱ぐことにする。」

「いやいや、アキちゃん、写真集とかならいいけど、ダンスだとデニム オーバーオールだけだとおかしいから。」

「肌を出すのは、アイドル衣装だけでいいのではないでしょうか。」

「俺もそう思う。」

「パスカルさん、アキちゃんを止めたいなら、パスカルさんが、アキちゃん、他の男に肌をあまり見せないでくれ、と言えばいいんじゃない。」

「ママ、それってキモイ。」

「ユミちゃん、キモイって?」

「イケメン以外が言ってはいけない言葉だよ。」

「そうなの?」

「そう。」

「しかし、うちの子、面倒な子に育ったわね。」

「とりあえず、それは止めましょう。明日の撮影までにパスカルさんと何か良い方法を考えてきます。」

「湘南の言う通りだ。」

「二人がそう言うなら、分かった。明日までに考えてきて。」


 残りのビデオを確認し終えて、スタジオを引き上げることになった。

「それじゃあ帰ろうか。」

「机、ソファー、グッズの配置を忘れないように写真を撮っておきます。」

「あと、カメラの位置のために床に貼ったテープも撮っておいてくれ。」

「はい、了解です。」

誠が部屋の様子の写真を撮る。

「明日があるから今日は俺たちはこのまま帰るが、湘南はどうする?」

「パラダイス興行に行って、あの件を平田社長に確認してもらおうと思います。もしかすると、手直しが必要になるかもしれませんので。」

「分かった。」

「マリさん、その時にマリさんのユニットの作詞の件も話してきます。」

「有難う。」


 6人がスタジオを出て駅に向かった。アキがユミに話しかける。

「ユミちゃん、明日はレコーディングとミュージックビデオの撮影の両方だから、頑張らないとね。」

「はい、アキ姉さん。もし溝口エイジェンシーのオーディションが通ると、大会には出演できなくなりますが、全力で頑張ります。」

「そうだったわね。パスカル、大会のメンバーの変更は大丈夫なんだよね。」

「大丈夫。」

「一応、大会事務局への提出締め切りは来週末ですので、明日の収録で不十分でしたら、土曜日の午前中までは再度撮り直すことはできます。」

「分かった。その場合は早めに言って。」

「分かりました。」

「そう言えば、湘南、昨日のビデオは明日の何時にリリースされるんだっけ?」

「大変申し訳ないのですが、まだ言えないというか、契約上、アキさんには話してもいいのですが。」

「そうだった。ごめんなさい。」

「明日の『ミュージックキス』の中で発表されるとは思います。」

「分かった。ユミちゃん、マリちゃん、ごめんね。」

「アキ姉さん、湘南兄さん、私は大丈夫ですから気にしないで下さい。それより、アキ姉さんの口が軽いと思います。プロの芸能人になりたいのでしたら気を付けて下さい。あと、もっと何でもやる覚悟が必要だと思います。」

「ユミちゃん、厳しい。」

「でも、ユミちゃん、いくらならんでも、裸のベットシーンとかはだめよ。」

「また言っている。ママはやらないの?」

「やるわけないでしょう。ママには正志さんがいるんだから。」

ユミがスマフォを見せる。

「ママ、こういう人たちだよ。」

「えっ、何、みんなすごいイケメン。うーーん。どうしようかな。うーーん。でも、さすがに正志さんがいいと言わないと、しないんじゃないかな。うーーん。離婚は徹が小さいからできないわよね。でも本当にすごいイケメンよね。どうしよう。」

誠とパスカルは正志さんの顔を思い出しながら、結婚生活の難しさについて考えていた。


 駅で5人と別行動になった誠がパラダイス興行に到着した。

「こんばんは。」

「誠君、いらっしゃい。」

「尚はまだもどっていないんですね。」

「うん。さっき、尚ちゃんから『ハートリンクス』のミュージックビデオの収録が押していると連絡があった。申し訳ないけど、もう少し待っててくれる。」

「分かりました。とりあえず、ここのモニターでビデオが見ることができるように準備しておきます。」

「お願い。」

「おい、少年。」

「橘さん、こんにちは。何だかご機嫌斜めですね。」

「お前のせいだからな。悟だったら一発蹴ってやるところなんだが。」

「えっ、何かあったんですか?ああ、明日の写真集の記者会見の件ですか。」

「記者会見で、美香が水着で歌うのにOKしたんだよ。美香は水着で歌うのは私だけでいいと言っていたが、やっぱりそういうわけにはいかないだろう。」

「美香さん、記者会見、水着で歌うんですか?少し考えにくいのですが、出版社と事務所が上手に言いくるめたんですか?」

「尚に言われて、またお前が美香を言いくるめたんじゃないのか?アメリカ進出は大赤字になるかもしれないから、少しでも事務所へ貢献したいと美香が自分で言っていた。」

「いえ、その件は全く知りません。」

「もともと水着写真集はお前が言いくるめたんだろう。」

「言いくるめたというよりは・・・・。」

「言いくるめたんだよ。美香が信用している男って、お前と悟ぐらいだからな。悟じゃなければお前だよ。」

「社長はともかく、僕自体を信用しているというよりは、尚の兄だから信用しているように見えるだけだと思います。」

「きっかけはそうかもしれないが。今は違うだろう。」

「いずれにしても、美香さんも橘さんも、歌がとても上手ですので、写真集の記者会見ですし、水着で歌っても人気に傷つくことはないとは思います。」

「悟もスポーツ紙の一面になるから人気が出る可能性の方がずうっと高いとは言っているが、恥ずかしい。」

「橘さんが恥ずかしいと思うところが、良く分かりません。」

「お前はできるのか?」

「人前で歌うのは無理ですが、僕が得意なことなら。」

「それじゃあ、水着でコンピュータとかならできるのか?」

「ビーチプログラミングコンテストとかがあったらですか?出ろと言われれば出ます。実際に開催したらセクハラで問題になりそうですが、プログラミングの暗いイメージを払しょくできていいかもしれません。」

「そうだな。」

「ただ、美香さんと違って、スタイルが良くない僕がそんなことをしたら、ますます女性から避けられて結婚とか絶対に無理になってしまいますが。逆に、平田社長はより人気がでると思います。」

「まあ、悟は何をしてももてていたからな。」

「そうだと思います。」

「しかし、逆に万が一この件で美香がまともな男性から避けられるようになったら、お前は言いくるめた責任を取って美香と結婚できるか?」

「美香さんが避けられるなんてことは絶対にないですよね。」

「もしもの話だ。」

「もちろん、僕が不満を持つことは全くないです。」

「私ならどうだ?」

「橘さんを言いくるめたのは社長ですので、社長が責任を取ると思います。」

「まあな。確かに悟は責任感が強くてそういう面があるが、本当に良かれと思ってやって本人も了承したんなら、たとえ失敗しても、悟はそんな話は断らなくてはいけないな。」

「橘さん的には、本当に好きな人とだけ結婚しろということですね。」

「その通り。」

「でも、僕はそうじゃなくてもいいんですか?」

「美香なら後からでも絶対好きになるからいいんだよ。それは私が保証できる。だが、私はそうじゃないからな。」

「自己否定ですか?」

「私は散々やってきたからな。」

「でも、明日夏さん、美香さん、亜美さんを立派な歌手として育てましたし、それはもう免罪と言うことでいいのではないでしょうか。」

「ほお。でも、そう言ってくれると嬉しいな。」

「本当にそう思いますよ。社長もそうですよね。」

「久美も大人と言うか、責任感を持ってきちんと仕事をするようになったし、僕も誠君の意見に賛成だよ。」

「まあ、明日夏たちに迷惑はかけられないからね。」

「そう思うのが責任感だよ。」

「なるほど。」


 誠が話を変える。

「逆に、マリさんが、ユミさんにママ恥ずかしいからやめて、と言われているのですが、地下アイドルのユニットを作ることになりまして。」

「真理子先輩が作るって、高校の合唱部の後輩を集めたアイドルユニットをプロデュースするということ?」

「そうではなくて、リーダーがマリさんで、大学の声楽科の後輩と、おなじマンションに住んでいるママさんの3人でユニットを組むそうです。」

「ははははは、さすが真理子先輩、若いわね。ユニット名は何て言うの?」

「それが言いにくいのですが、原案は『人妻トリプレット』だそうです。」

「『人妻トリプレット』!それはまたすごい名前ね。」

「でも、それなら誠君が『トリプレット』のために作った曲も使えそうだね。」

「はい、社長のおっしゃることを提案しました。あと、名前に関しては、トリプレットの部分を別の3を表す単語に変更することも考えてもらっています。」

「トリプレットを使った方が有名になるにはいいけど、有名になったことを考えると違う名前の方がいいかもしれないね。」

「僕もそう思います。曲に関してはもう一つ問題がありまして、明日夏さんが『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』の構成やシナリオ作りで忙しいので、作詞を誰にお願いしようかと考えています。」

「それじゃあ、真理子先輩のために、また作詞をしてみるか。」

「僕は久美が作った歌詞は好きだけど、アイドル用の歌詞は難しいんじゃないかな。」

「そうだな。かなり乱暴な歌詞になるな。」

「マリさんは、乱暴な歌詞でもいいと言ってはいますが・・・・。」

「さすが真理子先輩、私のことを分かっているな。まあ、抑え気味に作詞するよ。酒と恋のような感じかな。」

「久美、人妻がつくとは言えアイドルの歌で酒と恋なの?」

「お酒と夫婦愛のような感じでしょうか。」

「そうだね。誠君のいう通り、夫婦愛ならいいかもしれない。晩酌をいっしょにするみたいな。」

「キッチンドリンカーの歌は?」

「夫婦不仲でキッチンドリンカーですか。不可能というわけではなさそうですが。」

「そういう人もいるみたいだから、歌にならないことはないけど。」

「まあ、ちょっと考えてみるよ。とりあえず曲を送ってくれ。」

「分かりました。」


 明日夏は自分のリリースイベントが終わった後、尚美といっしょに『ハートリンクス』のミュージックビデオの撮影現場に行っていた。その撮影が終わってから、明日夏、尚美、ハートレッドがパラダイス興行に戻ってきた。

「レッドちゃん、明日夏ちゃん、尚ちゃん、いらっしゃい。」

「私もレッドちゃんのビデオが見れるというので、戻ってきた。」

「皆様、お待たせしました。」

「お邪魔します。お兄さん、撮影が伸びてしまって、ごめんなさい。」

「いえ、全然大丈夫です。」

「レッドちゃん、撮影はうまくいった?」

「はい、大丈夫だと思います。」

「明日夏ちゃん、レッドちゃんたちの撮影はどうだった。」

「セットの大きさとスタッフの数の多さでびっくりしました。」

「明日夏さん、今回はヘルツレコードが主導したのでかなり大掛かりになりました。」

「私のミュージックビデオもヘルツレコードが撮っているんだけど。」

「えーと。」

「レッドちゃん、何も言わなくて大丈夫。それに、私、撮影現場でヘルツレコードの人に尚ちゃんのマネージャーと間違えられたし。」

「その件は、すぐ、私からこの曲の歌詞を作詞した神田明日夏さんと説明しましたから、大丈夫です。」

「うん、それはすぐに信じてもらえた。尚ちゃんが言ったからかな。」

「明日夏さんが奇抜なことを言っていたからかもしれませんが。」

「そうなの?でも、私がヘルツレコード所属のアニソン歌手というのは、最後まで気づいてもらえなかった。」

「皆さん、ヘルツレコードでもアイドル部門の方だったからだと思います。それに、明日夏先輩の目標は作詞の印税で左うちわですから、あの方たちには作詞家として売り込んだ方がゆくゆくはアイドルユニットのための作詞の仕事をもらえて良いと思います。」

「そうだけどさ。なんか複雑。ヘルツレコードの人なのに。」


 ハートレッドが誠に話しかける。

「あの、お兄さん、練習風景のビデオを見せて下さい。」

それを聞いた尚美が謝罪する。

「レッドさん、申し訳ありません、レッドさんはそのためにいらしたんでした。明日夏先輩のくだらない話で時間を使わせてしまいました。」

「尚ちゃん、くだらない話って・・・・。」

「レッドさん、準備はしてあります。このモニターを見て下さい。音はスピーカーで大丈夫ですか?それとも、ヘッドフォンかイヤフォンを繋いだ方がいいですか?」

モニターの画面にはビデオのタイトルと共に最初のフレームが表示されていた。

「いや、お兄さん、私が見たいのはこれじゃなくて、収音と照明の練習のためにお兄さんと監督がダンスをしている動画です。」

「はい!?」

「お兄さんと監督がダンスして、撮影の練習をしたと言っていましたよね。そのときのビデオがありますよね?」

「あることは、ありますけど。」

「それが見たい。」

「えーと、分かりました。レッドさん、それは『ハートリンクス』のビデオのチェックが終わってから、お見せします。そのビデオを見たい人は他にいないと思いますので。」

「有難う。絶対よ。」

「分かりました。」


 誠が『ハートリンクス』の練習風景とコメントのビデオを流す。ビデオが終わると感想を聞く。

「どうでしたでしょうか?前回と同じで、パスカルさんがシンバルを使った手持ちで撮影しました。そばに寄っている感を出してみたという話ですが。」

「映像に楽しい感じがあふれていて、すごく良いと思うよ。楽しかったことを思い出せる。それにきちっとしたビデオは、今日撮ったミュージックビデオがあるから。」

「有難うございます。でも、ミュージックビデオを明日までに仕上げるって、ヘルツレコードの方々もすごいですね。」

「とりあえず作ったものを明日アップして、リファインしたものをまた来週にアップするという話だった。」

「なるほど。それなら、こちらも来週までに編集し直しても大丈夫ですので、何でも意見を言って下さい。」

「私からは特にないかな。だから、もしお兄さんが気に入らないところがあれば、自由に直していいよ。」

「有難うございます。」

「私も、パスカルさんとお兄ちゃんに任せて良かったと思った。」

「尚、有難う。」

「僕もいいんじゃないかなと思う。まあ、僕の専門は映像じゃないけど。」

「私も同じね。」

「明日夏さん、オタクとしての意見はありませんか?」

「えっ、私はオタクとしてなの?まあ、それならレッドちゃんがノーブラで胸を揺らすカットが欲しかったね。」

「あの・・・・。」

「確かに。そうすればオタクの方々が注目するかもしれませんね。もしかして、お兄さんも明日夏さんと同意見ですか?」

「オタクというより多くの男性に注目はされると思います。」

「なるほど。」

「でも、そういうことをすると、ハートレッドさんのイメージが壊れるので、絶対に止めた方がいいと思います。」

「まあ、Aカップ好きのマー君はそうだろうね。」

「明日夏さん、そういうことではなくて、その話は高校の時のその人の蹴上りは本当に自然で綺麗だっただけです。」

「そうなんですよ、明日夏さん。お兄さん、私の蹴上りじゃ、高校の時の彼女に全然かなわないと言っていました。悔しいです。」

「あの、彼女とか、一言もそんなことは言っていませんが。」

「その彼女も監督には負けてしまったんですよね。」

「あのレッドさん、それはレッドさんの妄想ですか。」

「設定かな。」

「何のですか?」

「漫画のストーリー。」

「漫画の設定ならいいですけど。」

「有難う。本当は憧れの人だっけ?」

「あえて言えば、そうです。」

「でも、ハートレッドちゃん、映像でも綺麗に蹴上りをしていたよね。あれでダメなの。マー君、贅沢だよ!」

「そのときに言いました通り、99%の男性はレッドさんの蹴上りを選ぶと思います。」

「でも、マー君は選ばない。」

「いえ。単に思い出の中だからかもしれません。」

「それじゃあ、この件に関しては、お兄さんの意見は聞かないで、胸を揺らせて、オタクの方々を集めた方がいいということかな。」

「あの、ハートレッドさん。ハートレッドさんの今のイメージが壊れるようなことを言うのは、冗談でも止めた方がいいと思います。」

「ところで、お兄さん、最初に女の子の胸を揺らせたアニメって知っていますか?」

「えーと、有名な監督さんが、『風の谷のナウシカ』と書いていましたが。」

「良く言われるけど、それは違うの。」

「そうなんですか?」

「胸を揺らすシーンは、1981年の『おてんば宇宙人』というドラマのオープニングがアニメでそれが最初だって。『風の谷のナウシカ』が1984年だからそれより前。あとは1983年の「DAICON IV」という同人集会のオープニングのために作られたアニメが有名なんだよ。」

「なるほど。詳しいですね。」

「オタクについてはいろいろ勉強させられたから。その時からオタクと女の子の揺れる胸は切っても切れない関係になるの。」

「そうなんですね。分からないこともないですが。」

誠と明日夏は「どんな勉強をしていたんだろう。」と思いながら、話を聞いていた。

「私はパラダイス興行に来てからオタクの楽しさが実感できて、オタクの勉強をして良かったと思った。受験勉強もあまり楽しくなかったけど、最近は古文も少し楽しくなってきて、今のうち勉強しておけばもっと楽しくなるのかなって思っている。」

「レッドさん、さっきの知識は興味深かったですし、最後はいい話に繋げていますが、その話はやっぱり外ではしない方がいいと思います。」

「お兄さん、さっきの知識って?」

「『おてんば宇宙人』とかの話です。でも、レッドさんたちのビデオを見たコッコさんも、同じようなことを言っていましたが、やっぱり、オタクってそういうものが好きと見られているのでしょうか。」

「コッコさんならもっと直接的に、ハートレッドはせっかく揺らせるおっぱいを持っているんだから、もっとおっぱいを揺らせって言っていたかな?」

「・・・・・。」

「図星か。明日夏さんとコッコさんが言うなら、やっぱりオタクはそういうのが好きで喜ぶということじゃない。」

「別にオタクを喜ばす必要はありません。しばらくの間、レッドさんは今のイメージを保った方がいいと思います。」

「レッドちゃん、ずうっと貞淑な女性が急に変わるという方が、男性は萌えるんだよ。だから、しばらくは今のままがいいということじゃない。」

「なるほど。お兄さんもそうなの?」

「レッドさんの場合はその通りだと思います。」

「そのあたりは小説と同じなのか。」

「でも、マー君、レッドちゃんのイメージを考えるのは、本当はレッドちゃんのためじゃなくて、尚ちゃんのためでしょう。」

「いえ、ハートレッドさんのためが主です。」

「明日夏さん、兄がハートレッドさんのためにならないと言っているのは、間違いなく本当だと思います。」

「そうなんだ。でも、お兄さん、大丈夫。いざとなったら監督に無理やりやらされましたと、涙を流して説明すればごまかせる。」

「なるほど。それじゃあ、レッドちゃん、やってみて。どうぞ。」

「明日夏さん、了解です。やってみますね。」

ハートレッドが演技を始める。

「演技は全て監督の指示通り。もちろん嫌だったけど、メンバーの将来や事務所のマネージャーやアシスタント全員の生活がかかっているんだから、どうしてもって。監督が。そんなことを言われたら断れるわけないじゃない。」

ハートレッドが涙をこぼす。

「私なんか吹けば飛んでしまうような、ただのアイドルなんだから。監督に胸を揺らせろと言われたら揺らすしかないのよ。それに、私だって有名になりたい。アイドルをやっているんだもの。無名で終わるのはいやだ。だから、やったの。これからも、たぶんそう。監督にカメラの前で脱げと言われれば脱ぐわよ。でも、話だけでも聞いてくれて有難う。もし、あなたがこんな私を分かってくれると本当に嬉しい。」

明日夏が感想を言う。

「レッドちゃん、すぐに涙を流せるんだね。演技も上手だし。」

「有難うございます。」

「僕もレッドさんが涙を流して何を言っても、絶対に信じてはいけないと思いました。」

「お兄さん、酷い。」

「レッドちゃん、マー君は褒めているんだよ。」

「明日夏さんの言う通りです。上手な声優さんと同じです。」

「マー君、リアルで涙を流しているだけ、衝撃は大きい?」

「はい、たとえ100%ウソ泣きと分かっていても、レッドさんの言うことに何でも従ってしまいそうでした。」

ハートレッドが幸薄そうな笑顔で答える。

「お兄さん、有難う。そう言ってもらえると、私も生きていていいんだって、思えます。」

「はい、レッドちゃんは演技をしないで。」

「分かりました。涙の件は、『ハートリングス』の最初のイベントがとても大きな会場なのに、お客さんが全然入らなかったので、それを思い出すと自然に涙が出てくるんです。」

「なるほど。レッドちゃんも苦労しているということか。」

「それで、もしアイドルでダメなら私は女優でという話で、演技もかなり練習しましたから、演技もそれなりにできると思います。」

「まあ、才能もあるんだろうけど。」

「女優の時の芸名は、秋葉里奈(あきばりな)の予定でした。」

「アキバ?」

「一応、私、オタク向けだったので。」

「なるほど。」

「それで、女優でも売れなかったら、最後はグラビア女優部門に移籍の予定でした。」

「マー君はそっちの方が良かった?」

「いえ。でも、レッドさんに映画主演の話が複数来ている理由が分かりました。女優は女優で大変なんでしょうけれど。」

「もし映画の主演が決まったら、お兄さんと監督にお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「僕たちが大手の映画会社の撮影でお手伝いできるようなことはないと思うのですが、レッドさん個人の荷物運びとかでしたら、休みの日にパスカルさんとお手伝いしますけど。」

「それに類したこと。」

「分かりました。レッドさんが大変なことは分かっていますので、できる協力はします。」

「有難う。約束ね。」

「はい。」


 ハートレッドがニヤニヤし、誠が「本当は気晴らしのためにまたBLのポーズとかさせられるのかな。でもまあ、そのぐらいいいか。」と考えてる中、久美が尋ねる。

「でも、レッド。レッドたちのイベントって、そんなにお客さんが入らなかったの?」

「2500人入るホールで来たのは50人です。」

「50人ならいいじゃない。私なんか7人よ。」

「何人入る場所ですか?」

「100人ぐらい。」

「とすると、7%は入ったんですよね。私たちなんて2%です。会場がガラーンとして本当に怖かったでした。」

「キャパの2%か。それは大変だったわね。」

「それで、初のワンマンライブは所沢ドーム球場と既に決まっていましたから、『ハートリングス』は、ファーストワンマンライブ兼解散ライブを同時にドーム球場で開催したという黒歴史を刻むと思っていました。」

「所沢ドームの件は、『トリプレット』のワンマンと同じで、『アイドルライン』で予約していたのが、急な解散で空いたからですよね。」

「お兄さんの言う通りだけど、私たちの方はデビューしたときから決まっていたんだよ。」「『ハートリングス』は、デビューしたときは『アイドルライン』の後継という触れ込みでしたから、それは分かります。」

「でも、人気は全くなかった。」

「戦隊系で行ったのが良くなかったんじゃないでしょうか。」

「『ハートリングス』を計画しているときは、まだ『アイドルライン』が健在だったから、違う方向性でと考えたんだと思う。ヘルツレコードのオーディションでプロデューサーたちに負けたときに方向性を変えれば良かっただろうけど、そのままだった。」

「でも、今は後継どころか、レッドさんたちは『アイドルライン』を上回れると思います。さっきの演技を見てそう思いました。」

「お兄さん、有難う。本当に妹さんのプロデュースのおかげ。でも、プロデューサーと溝口社長とのやりとりを聞いて、私もユニットのリーダーなら、ユニットのためにもっと強くならなくちゃと思った。」

「でも、レッドちゃん、強くなるのはいいけれど、強くなりすぎて、橘さんの黒歴史のようにはならないようにね。」

「橘さんの黒歴史というのは、お客さんが7人しか来なかったということですか?」

「二股賭けた男を川に蹴落としたということかな。」

「さすが橘さんです。でも、橘さん、大丈夫だったんですか?」

「高校の先生には怒られた。」

「それで済んで良かったです。私の黒歴史の場合、お前はリーダーなんだから、ユニットが失敗した責任を取って、最後はR18の映画出演とフルヌード写真集だ、と言われたらどうしようかと思っていました。」

「ハートレッドさん、それを強制するようでしたら、その証拠を押さえて、雑誌社に売り込んで、先ほどの涙で記者会見をすればいいと思います。」

「マー君、厳しいね。」

「私も、そんなやつ、川に蹴落としてやっていいと思うぞ。」

「川に蹴落とすのはいけませんが、レッドさんが自分で言った通り、強くなって、勇気をもって戦うことも時には必要です。僕もお手伝いします。」

「マー君らしいけど、無茶はしないでね。」

「あの、レッドさん、何か変なことを言われたらまず私に相談して下さい。溝口社長は筋道を立てて話せば分かってくれる方ですし、二人で戦いましょう。」

「はい、プロデューサーは頼りになると思っていますので、そうします。」

「お願いします。」

「お兄さんの言葉もとても嬉しいけど、お兄さんに戦いは似合わないよ。パスカルさんと仲良くしていてくれれば、それでいいから。」

「・・・・・・・。」

「マー君、レッドちゃんの言う通り。溝口社長も当てにならなかったら、尚ちゃんがそいつを社会的に抹殺するから、マー君は手を出さない方がいいと思う。その代わりに、私が尚ちゃんを手伝うよ。」

「明日夏先輩は足手まといになりそうですので、手伝わなくても大丈夫です。」

「えーー、尚ちゃん、酷い。」

「えーと。」

「お兄さん、こういう問題は女性だけで解決した方がいいと思うよ。」

「そうですか。分かりました。とりあえずは様子だけを見ています。」

「レッドちゃん、抹殺で思い出したけど、さっきの監督を悪者にする演技は、公開するとパスカルさんとやらがレッドちゃんのファンに本当に抹殺されるかもしれないので、絶対に止めた方がいいと思う。」

「えっ、監督さんが殺されるんですか?それなら絶対にしません。だって、監督とお兄さんのやり取りが聞けなくなっちゃいますよね。」

「うん、その通り。」

久美は「さすが、うちの子たちは逞しい。」と思いながら、悟は「万が一の時でも、レッドちゃんなら、うちでも何とかなるかな。」と芸能界を追い出されたときにのバックアッププランを考えながら話を聞いていた。


 誠が話を戻す。

「話がだいぶ脱線しましたが、」

「転覆しちゃったね。」

「演技のとても上手なレッドさんとしても、本当にビデオの改善点はありませんか?」

「さっきも言ったけど、見ていて楽しかったし、ビデオの改善点はないかな。このビデオのことでなければ、やっぱりブルーが目立っていない感じがしたけど。」

「レッドさんの言う通り、ブルーさんのプロモーションは今後の課題ですね。」

「尚、ビデオの方は本当にいい?」

「ビデオはこれでいいと思う。」

「有難う。」

「それじゃあ、尚、とりあえずこのバージョンのビデオを溝口エイジェンシーに送るね。改善点があれば、来週までに修正バージョンを送ることにする。」

「うん、お願い。」


 誠がホッとしたところで、ハートレッドが話しかける。

「それじゃあ、このビデオの話はこれでお終い。だから、お兄さんと監督さんのビデオを見せて。」

「マー君、私も見たいかな。」

「分かりました。みなさん苦労していますので、そんなものでも気晴らしになれば嬉しいです。」

「お兄さん、絶対気晴らしになるよ。」

「分かりました。」


 誠とパスカルが映っているビデオをスタートさせて、部屋から出て行った。

「マー君、出て行っちゃったね。」

「監督がいっしょなら堪えられたのかもしれないけど。あっ、二人が出てきた。」

「曲は『おたくロック』か。」

「『おたくロック』?何の曲ですか?」

「アキさんたちの曲で、マー君が作曲で私が作詞。」

「へー。」


ハートレッドが映像を見ながら大笑いする。

「すごい、シンクロしている。二人とも可愛い。」

「まあね。分からないことはない。」

「二人で話しているのは、アキさんがマイクで音を拾うための練習かな。」

「そうだろうね。」

「二人とも、もう息がはー、はーになっている。」

「まあ、二人とも一般人だからね。」

「今度、鍛えないとか。」

「レッドちゃん、二人ともダンサーになるんじゃないから、その必要はないと思うよ。」

「でも、お兄さん、気の迷いでミサさんと結婚したら、早死にしてしまいますよ。」

「気の迷いって、ミサちゃんの?」

「えっ、お兄さんのです。監督を裏切ってです。」

「ははははは、レッドちゃんには、ミサちゃんはマー君が好きなように見える?」

「私もパラダイス興行に来る前はミサさんは男嫌いなのかと思っていましたが、ここの女性で、それが分からない人がいるんですか?」

「うん、いないかな。でもレッドちゃん、それをマー君に言った?」

「そういうことを、ミサさんに黙って勝手に言うわけないじゃないですか。」

「それはそうだね。それで、ミサちゃんはパスカルさんに勝てそうもない?」

「今のところは無理だと思います。二人は本当に気の置けない仲ですから。ただ、将来的にお兄さんが誰かと結婚したいと思うタイミングで求婚すれば、ミサさんを選ぶ可能性はあると思います。」

「求婚はミサちゃんからがいい?」

「もちろんです。お兄さんはとても真面目な人で、いい加減な付き合いはしないでしょうから、タイミングが重要だと思います。」

「マー君が結婚したいと思うタイミングを狙うか。レッドちゃん、卓見だね。でも、レッドちゃんなら、マー君を攻略できるの?」

「とりあえず、監督と引き離さないと無理でしょうね。裏から手を回して、監督に2年ぐらい海外研修に行ってもらって、その心の隙間を狙うとかでしょうか。あとは監督がアキさんかコッコさんと結婚することがあれば、絶好のチャンスだとは思います。」

「なるほど。」

「もちろん、私は二人の関係を裂くような野暮なことはしませんが。」

「さすがだね。溝口エイジェンシーの女性タレントは男心を教えられるの?」

「普通に小説とか読んでるだけだと思います。」

「なるほど。」


 誠が戻ってきた。

「妹がお世話になっていますのでケーキを買ってきました。召し上がって下さい。」

「マー君、ケーキを買ってきたのは、逃げた言い訳だね。」

「明日夏さんの言う通り逃げた言い訳です。どうぞ。」

「誠君、お金は会社から出すからレシートをちょうだい。」

「大丈夫ですか?」

「1年前なら厳しかったけど、今は大丈夫。本当にみんなのおかげ。」

「有難うございます。」

各々がケーキを取り、最後に誠と悟が取った。ケーキを食べながら、ハートレッドが誠に話しかける。

「お兄さん、このビデオを下さい。」

「えっ、なっ、何に使うんですか?こんなものを。」

「イラストの参考です。絶対に外部に漏洩しない。溝口エイジェンシーで情報漏洩に関する教育は受けているから。」

「分かりました。パスカルさんに確認して、データボックスでお渡しします。」

「そうだ。水曜日の夜あたりに、監督さんといっしょにまた家庭教師をお願いできないかな。」

「分かりました。それもパスカルさんに確認を取ってから返事をします。」

「家庭教師に来てくれるなら、ビデオの方は私からお願いしてもいいよ。ダメと言われても、監督なら涙を流してお願いすれば、いいと言ってくれそうだし。」

「涙を流さなくても、レッドさんが普通にお願するだけで、絶対大丈夫だと思います。」

「分かった。そうする。」

「それじゃあ、尚、もう帰れる?」

「大丈夫、帰るから支度をするね。」

「了解。」


 久美が明日夏に声をかける。

「それじゃあ、明日夏、『おたくロック』で練習だ。」

「今からですか?ロックのボイトレは普通のボイトレと別なんですね。」

「当たり前だ。」

ハートレッドが話しかける。

「橘さん、平田社長、私もここでロックのボイストレーニングをしてもらっていいでしょうか?必要なお金は個人的にでも払います。」

「レッドちゃんは溝口エイジェンシーでもボイストレーニングをしているんでしょう?」

「ここはうちから歩いて来れますので、ロックを歌えるようになりたいなと思いまして。」

「レッド、偉いな。明日夏、少しは見習え。」

全員が悟の方を見る。

「うちとしては、溝口エイジェンシーの許可がもらえれば、もちろん構わないけど。」

「プロデューサー、よろしいですか?」

「はい、とても良いことだと思います。費用も溝口エイジェンシーの方から出します。」

「有難うございます。」

「えっ、尚ちゃんが決められるの?」

「『ハートリンクス』に関しては、溝口社長からある程度の裁量権と予算を頂いていますので、ボイストレーニングなら問題はありません。」

「尚ちゃん、溝口社長に信用されているんだね。」

「有難いことだと思います。」

「それじゃあ、明日夏、レッド、練習を開始するぞ。」

「はい。」「了解です。」


 3人の他、尚美も様子を見るために練習室に入った。悟がつぶやく。

「誠君、助け舟を出さないでごめんね。でも今日は助かった。」

「いえ、話題的に難しかったと思います。これからも助け合って行きましょう。」

「うん、そうしよう。」


 尚美が練習室から出てきて、誠と尚美は、湘南新宿ラインを使って辻堂へ向かった。

「レッドさんの演技、本当に驚いた。」

「レッドさん、演技の才能もありそう。レッドさんのためにはレッドさんのソロ活動を増やした方がいいんだろうけど・・・・。」

「『ハートリンクス』が心配になる?」

「うん。レッドさんは『ハートリンクス』のリーダー兼センターだから。」

「レッドさんがいなくなると、リーダーはハートブルーさんで何とかなっても、センターになれる人がいないということか。」

「人気的にはグリーンさんなんだろうけど、今のグリーンさんだと、ユニットの性格をガラッと変えないとだめそう。」

「やっぱり人数をもう少し増やしておいた方が安全か。」

「そうだと思う。」

「溝口社長と相談しておくのがいいとは思うけど。」

「うん、そうする。でも溝口社長のことだから、もう考えているかもしれないけど。」

「それはだね。ところで、マリさんが作るといったユニットが決まったそうだよ。」

「へー、どんなメンバーなの?」

「大学の声楽科の後輩でアルトの方と、同じマンションのママさんと言っていた。年齢は、32、31、26歳と言うこと。」

「へー、写真はある?」

「今はないけど、そのうちにもらうね。」

「お兄ちゃんたちがプロデュースするの?」

「僕は音楽関係だけ。パスカルさん、コッコさん、正志さんがメインかな。あと、お金の心配はいらないって。」

「お兄ちゃんは、忙しくなる?」

「僕は音楽だけだから、それほど忙しくはならないと思う。ライブの開催は『ユナイテッドアローズ』と合わせるし。」

「なるほど。ユニット名は?」

「それが言いにくいんだけど。」

「3人だから、何とかトリプレット?」

「今の案は『人妻トリプレット』。ただ、トリプレットの部分を変えてもらうことも考えてもらっている。」

「まあ、トリプレットでも大丈夫だけど。地下アイドルだと、トリプレットが付いている名前をよく見るし。」

「でも、その名前だとメジャーでは絶対に活動できなくなってしまうから、違う名前の方がいいかなと思って。」

「なるほど。お兄ちゃんはそこまで考えるわけね。」

「一応やるならと思って。アルトの方が、歌は大丈夫だけどダンスがまだまだらしくて、ゴールデンウイークぐらいにデビューすることを計画しているみたい。」

「曲は『トリプレット』の曲を使うの?」

「『トリプレット』の曲と、少し古い曲と、僕が『トリプレット』のために作った曲を少し変えて使う予定。」

「そうか。・・・・・・でも、良かったね。作曲したものが無駄にならなくて。」

「うん、万が一、尚たちが必要になったら、もっといい曲を作れるから大丈夫。」

「そうだよね。お兄ちゃんも進歩しているもんね。でも、作詞はどうするの、明日夏さん?」

「明日夏さんは忙しそうだから、橘さんが作詞することになりそう。」

「えっ、・・・・・、あっ、そうか。『Undefeated』は橘さんの作詞か。」

「マリさんが、乱暴な歌詞でもいいからって。」

「乱暴な感じのアイドル曲か。どんな感じになるんだろう。」

「分からないけど、二人は声量がありそうだから、乱暴な歌詞でも成立するんじゃないかなと思っている。」

「なるほど。アイシャさんの声量もすごかったし。」

「クラシックの声楽はマイクやアンプなしで独唱で歌うから、声量は必要だからだと思う。」

「そうだね。」

「やっぱりマリさんが選んだメンバーのユニットだから、結構楽しみにしている。」

「それは分かる。少ししたら、マリさんのユニットの練習を見たいな。助言できるかもしれないし、逆に参考になることがあるかもしれない。」

「分かった。マリさんにお願いしておく。」

「有難う。」

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