第51話 ビデオ撮影
ミサは、渋谷駅から自宅へリムジンで戻る間,駅での会話を思い出していた。
「誠,アメリカでの最初のライブに来てくれるんだ。嬉しい。パスカルさんも一緒みたいだけど,パスカルさんにも愛想よくしておいた方がいいのかな。誠があんなに仲良くしている人だから,別に悪い人というわけじゃないだろうし。」
横を見ると,窓の外は首都高速のトンネルの灯りが後ろへ後ろへと走っていた。
「でも,レッドとは受験勉強で毎日会っていて,明日夏とは練習室に二人籠って曲を作っていたと言うけど、本当にそれだけだったんだろうか。レッドは美人なのに人懐っこくて,アイシャほど高圧的でない。ああいうのがイイ女っていうのかな。明日夏はオタク話ができて,作詞ができてか。レッドもオタク話ができるようになったんだっけ。高校の時に好きだった人の卒業アルバム、私も見せてもらえるかな?」
ミサが深いため息をついた。
「あと,アキさんも今は誠に興味なさそうだけど,誠といると楽しそうだし信頼しているみたいで,気持ちがどう変わるか分からない。一番近くにいるだけ有利だし。でも,誠はパスカルさんと一緒にいるのが楽しいのかな。気を許せる友達という感じ。誠と話も合うんだろうな。やっぱり,今度会ったらちゃんと挨拶をしておこう。」
椅子に腰かけ直して,目を閉じた。
「どうしたらいいんだろう。橘さんに聞いても全裸でロックを歌えとかしか言わないし。そりゃあ、誠がやって欲しいと言えばやるけど、レッドの話では誠はスリムな人が好きだったと言うし・・・・・。でも、初対面だったアイシャが誠と友達だったのは、そのことがあったからなのかな。アキさんとは混浴に入ったと言うし。」
また、目を開けて外の景色を見る。トンネルの中を多数の車が走っていた。
「私の魅力って何だろう。ロックを歌うのは好きだけど,誠は特にロック好きという訳じゃなさそうだし。誠が作ったという5曲は聴きたかったな。明日夏みたいに二人で籠って一緒に曲を作るだけでもいいんだけど・・・・。」
ミサが自分の腕で自分を抱きしめる。
「どうしよう。」
水曜日の夜、アキのスマフォにパスカルからSNSで連絡があった。
パスカル:アキちゃん,『おたくロック』の準備はどう?
アキ:3日間練習して、ユミちゃんも私もだいたいできるようになったよ。後は土曜日の最終練習で仕上げる。
パスカル:それじゃあ、金曜日の夕方あいている?
アキ:あいていないことはないけど?
湘南:新曲の準備で忙しいところ申し訳ないですが撮影を手伝って欲しくて
アキ:パスカル、それならそうと言ってよ
パスカル:すまん。湘南、コッコちゃんは大丈夫だった?
コッコ:話は大学で聞いた。大丈夫だよ
アキ:撮影って?
湘南:申し訳ありませんが、まだ秘密です。
アキ:分かったけど、撮影と言っても私を写すんじゃないということね
コッコ:アキちゃんの恥ずかしいところを見ている二人は見てみたいけど、今回はそうじゃないみたい
アキ:はい、はい、分かった
湘南:アキさんにはマイクを持って収音を担当して欲しいのですが
アキ:了解。場所は?
湘南:新宿です。できれば撮影の練習もしたいので金曜日なるべく早く来ることはできますでしょうか
アキ:ホームルームが終わったら飛んでくる
湘南:あとで場所の案内を送りますが、高校からタクシーを使ってください。タクシー代は支払われるそうです
アキ:了解
湘南:タクシーの領収書を忘れないで下さい。16時以降ならば僕たちも来ています
アキ:制服でもいい?
湘南:制服でも問題はないとは思います
アキ:了解
コッコ:湘南ちゃん、アキちゃんの制服姿は楽しみか?
湘南:そう言えばアキさんが制服を着ているところは見たことはなかったです
アキ:湘南はいつも妹子の制服姿を見ているから私の制服姿じゃ何とも思わないわよ
コッコ:パスカルちゃんは?
パスカル:懐かしさがこみあげてくるかもしれないな
コッコ:何だ楽しみなのは私だけか
アキ:女子がそんなことを言わない
コッコ:一応お嬢様学校の制服だから参考になる
アキ:まあそうだよね
コッコ:でもアキちゃん、最初パスカルにデートに誘われたと思った?
アキ:用件を言わないから何だろうとは思った
パスカル:グループチャットなのに、そんなことをするわけないじゃないか
アキ:個人宛に来たことはないけどね
コッコ:パスカルは個人宛にメッセージを送る度胸はなさそうだからな
パスカル:湘南とはしょっちゅう個人宛に連絡している
アキ:おーー
コッコ:おーー
パスカル:事務連絡が多いんだよ
コッコ:それは分かっているから今度見せてよ、その二人のチャット
パスカル:それは無理
アキ:二人で何を話しているんだろうね
コッコ:愛の語らいだろう
アキ:普通はどの女の子が可愛いとか話しているんじゃないの
コッコ:普通はそうだろうけど
アキ:パスカルと湘南は違うということね
コッコ:その通り。ふふふふふふふ
アキ:ふふふふふふふ
湘南:それでは金曜日の夕方お願いします。詳細はその時にお話しします
アキ:分かった
金曜日の16時半ごろ、都内の大きなスタジオにアキがやってきた。スタジオでは、業者が鉄棒や跳び箱の設置状況を確認していた。
「パスカル、湘南、こんにちは。大きなスタジオね。」
「アキちゃん、こんにちは。」
「アキさん、こんにちは、制服姿が新鮮です。」
「湘南、無理に言わなくても大丈夫よ。」
「申し訳ありません。」
「コッコが隅っこでスケッチしている。本当に大きなスタジオだけど、パスカル、お金の方は大丈夫なの?」
「支払いは溝口エイジェンシーだから心配はいらない。」
「と言うとやっぱり『ハートリンクス』の撮影なの?」
「その通り。ミュージックビデオは明日ここで本業の人が撮影する予定で、俺たちが今日撮るのは練習風景とコメントだ。」
「前回と同じね。でも、私も呼んでくれて嬉しい。」
誠が説明する。
「依頼自体はパラダイス興行にあったのですが、今日はパラダイス興行の皆さんが忙しいようで、アキさん,コッコさんにお願いしました。」
「明日夏ちゃんがリリースイベント中だもんね。」
「そっちではなくて、平田社長と橘さんは、月曜日夕方に開催するミサさんと橘さんの写真集の記者会見に関する打合せで、出版社に行っているそうです。」
「もしかして、妹子もそっち?」
「はい、その通りです。写真集の予約注文が10万冊を超えているらしくて、出版社と事務所は、公告を強化すればミサさんを知らない人にも売れると考えているみたいです。」
「でも10万冊というと、すごいの?」
「売り上げで3億円を超えるぐらいです。」
「売り上げは、私たちの1万倍か。」
「50万冊ぐらい売ったアイドルもいますが、普通は20万冊売れればその年で一番売れた方だと思います。」
「へ-。でもミサちゃんの歌を知らない人にも売れるの?」
「えーと、そういう判断のようです。」
「何でかな?」
「アキちゃん,かまととぶらない。」
「コッコ,別にかまととぶっているわけじゃないけど。本当に顔とスタイルだけで、そんなに売れるものなの?」
「それは男性陣に聞きなよ。」
「パスカル、どうなの。」
「理由は言えないけど、写真だけでも買う奴はいると思う。」
「理由って?」
「コッコちゃん、教えてあげて。」
「いやだよ。」
「ロクなことじゃなさそうだから聞かないけど、パスカルは買うの?」
「遠くからだけど、ハワイで撮影現場を見たし、絶対に買うよ。」
「パスカルさん、大変申し訳ないのですが、パスカルさんが写真集を買ったことは本人には知られないようにして下さい。」
「向こうはこっちを忘れているだろうけど、念のためか。」
「パスカル、何で?スキー場でミサちゃんと会ったから?」
「俺が海岸で濃いサングラスをかけて女の子の水着を見ている人と、ミサちゃんに湘南がばらしたから。」
「名前を出さずに、ミサさんの注意のために言ったのですが、名前がバレてしまって。」
「いつも一緒にいるからね。」
「そうかもしれません。」
「それで、ミサちゃんの撮影が終わって、俺とラッキーが警備していた湘南と話していたら、挨拶回りをしていたミサちゃんとナンシーちゃんがやって来て、ミサちゃんがナンシーちゃんから俺のあだ名を聞いて、『あの濃いサングラスをかけて女の子の水着を見ている人?』と尋ねられた。」
「ははははははは。パスカル、それは自業自得だよ。」
「でも、パスカルちゃんがミサちゃんに認知されていることになるから、一緒にいたラッキーちゃんはすごく羨ましがっただろうね。」
「それはそうだった。」
「それで、湘南はその記者会見に行くの?」
「はい、妹の付き添いで行く予定です。」
「そうか。分かったら様子を教えてね。」
「記者会見の内容なら秘密はないと思いますので、了解です。」
「有難うね。」
パスカルが時計を見て話しかける。
「時間がないから撮影の練習を始めようか。練習では手が空いている湘南をみんなで撮影する。」
「はい,そう思っていました。」
「湘南がモデル!面白そうね。」
「アキさんはスティックマイクを持ってください。単一指向性ですから、話している人の方に向けてください。」
「分かったけど、責任重大ね。」
「今回の音声は全員にピンマイクを付けてもらって、それで録りますので、あまり緊張しなくても大丈夫です。」
「それじゃあ、私は何のために音を録るの?」
「アキさんが録った音声はビデオに記録して、映像とピンマイクからの音声を同期させるために使います。」
「そうか。音なしの映像じゃ音声との同期が大変だものね。」
「その通りです。あとは、ピンマイクが故障していた時にも使うかもしれません。」
「分かった。」
「それじゃあ、開始だ。まずは立って話すところから。」
「了解です。」
「湘南、話す内容はあるの?」
「とりあえず、パイソンの文法の説明でも。」
「良くわからないけど、話す内容は関係ないものね。」
「はい。」
始めは立って話すところを、次に歩きながら話すところの収録の練習を、パスカルと誠が指示と確認をしながら進めた。それが終わったところで、パスカルが誠に声をかける。
「よし、次はパフォーマンスをしているところだ。湘南、ダンスを頼む。」
「パスカルさん、さすがにそれは。」
「湘南、がんばって。」
「アキさんも、勝手なことを。それに、みんなニヤニヤして。」
「だって、私がダンスしたら、私の録音の練習にならないじゃない。」
「それはそうですが。」
「湘南、曲に合わせて、適当に動けばいいよ。」
「分かりました。曲は本番の撮影と違っても良いと思いますので、『おたくロック』を繰り返しでかけます。」
誠が曲をかけ,ダンスをすると,3人が大笑いをした。それに対して誠が抗議する。
「あの僕だって、みなさんの練習のために、一生懸命やっているんですから,そんなに笑わないで下さい。」
「湘南,ごめんなさい。私がやってみるから、湘南も後ろにいて、いっしょにやって。」
「分かりました。」
「湘南、頑張れ!アキちゃんに負けるな。」
「無理に決まっています。」
「パスカルちゃん、湘南ちゃんだけにやらせたら可哀そうだろう。パスカルちゃんも湘南といっしょに踊らなきゃ。」
「俺は撮影の仕事がある。」
「パスカルちゃんは練習の必要がないんだから、カメラを三脚に固定して撮影すればいいじゃんよ。パスカルちゃんが一緒の方が、湘南ちゃんもやりやすいから。ほら、湘南ちゃもんやって欲しそうだよ。」
「分かったよ。」
「コッコは自分の趣味に走って。でもいいか。パスカル、湘南、簡単な動きにするから付いてきてよ。」
「パスカルさん、アキさんを後ろから撮って、あのモニターに映しましょうか。」
「そうだね。」
「アキさん、アキさんの後姿がカメラに写る位置に移動して下さい。」
「分かった。」
3回ほど練習した後、誠とパスカルで踊ることになった。
「湘南、モニターに映す準備はいいか?」
「大丈夫です。音を同期させる時間がありませんので、音質は悪くなりますが、映像に入っている音を使います。」
「それがいいな。」
「パスカルちゃん、湘南ちゃん、頑張ってよ。」
「コッコさん、笑わないで下さいね。」
「大丈夫。」
「それでは、ビデオを繰り返しで再生します。収音の練習もありますので、何かしゃべりながらダンスして下さい。」
「了解。」
誠とパスカルが『おたくロック』の収録に関して話をしながらダンスをする。
4回ほどダンスをしたところで終了となった。パスカルと誠が映像と音声をチェックしながら、4人で話す。
「はあ、かなり疲れました。」
「俺も湘南と同意見。アキちゃん、良くあんなにダンスしながら歌えるね。」
「パスカル、練習よ。二人も練習すればできるようになるんじゃない。」
「アキちゃん、なるんじゃないって無責任な。」
「僕には、絶対無理だと思います。」
「パスカルと湘南のダンス、いい目の保養になったよ。」
「私とユミちゃんのダンスも、みんなの目の保養になっているのかな?」
「なっていると思います。」
「湘南、妹子のダンスを見ているときは?」
「そのときは、頑張れ!という感じです。」
「そうだろうね。私の場合は目の保養?」
「いえ、やっぱり本当は、頑張れ!です。」
「まあね。」
「宇田川企画のプロデューサーが自分のユニットを見るときは、金稼げ!かもしれないけどね。」
「パスカルの言う通り、金のためにはライブハウスで許されるギリギリまで脱ぐからね。イラストレーターとしては嬉しい。」
「コッコ、いやなことを言わないで。」
「アキちゃん、それもプロの道だよ。」
「私も脱いだらお客さんが増えるのかな。」
「増えません。」
「俺もそう思う。」
「パスカル、湘南、酷いな。やっぱり胸がないとダメなの?」
「あの、そういう話は止めましょう。」
「俺もそう思う。」
「アキちゃん、二人はアキちゃんには脱ぐなと言っているだけだよ。」
「まあ、そうよね。」
「二人にとって、アイドルと言えば。清純派アイドルなんじゃないか。」
「清純派アイドル!私が?。あははははは。でも分かったわ。」
しばらくして、チェックを終えたパスカルと誠が声をかける。
「映像は大丈夫だ。照明も問題ない。」
「収音、大丈夫だと思います。」
「それじゃあ、最後に体操道具を使って撮影の練習だ。湘南は鉄棒ができるか?」
「ぶら下がるだけなら。」
「パスカルはできるの?」
「ぶら下がるだけなら。」
「意外ね。スキーは上手だったし、運動ならできそうなのに。」
「俺は文系だ。文書を読み書きするのが専門。」
「そうだ。パスカルと湘南で並んで鉄棒にぶら下がってくれない?」
「コッコちゃん,そんな時間はない。」
「ちぇっ。」
「コッコちゃんは鉄棒ができるの?」
「だから湘南と同じ大学なの。できるわけないじゃん。アキちゃんは?」
「低い鉄棒で逆上がりならできるけど,高い鉄棒はやったことがない。」
「普通の女子はそうなのか。とりあえず、湘南がぶら下がるところから始めよう。上の位置に行くときは俺が押し上げる。」
「有難うございます。」
誠が高い鉄棒にぶら下がって話したり、パスカルに押し上げられて話したり、前回りをして降りたり、低い鉄棒でパスカルに補助してもらいながら逆上がりをしたり、マットで前転をしたり、跳び箱を飛んだり、飛ばなかったりして、撮影の練習をした。練習が終わったところで、誠が一息つく。
「ふー、やっと終わった。」
「ねえ,湘南,念のためもう一回練習しようよ。」
「あの、アキさん,勘弁です。」
「まさか、疲れたというんじゃないわよね。」
「はい、疲れました。いや、誰でも疲れると思います。」
「そんなことはないと思うけど。」
「アキさんの体力が半端ないんです。」
「アキちゃん、筑波山で見せたアキちゃんの体力はすごかった。」
「パスカル、湘南,そんなことじゃ女の子と付き合えないよ。万が一付き合うことができてもすぐ別れることになっちゃうよ。」
「うう、アキちゃん、厳しい。」
「厳しいです。」
「でも、アキちゃん、疲れて湘南が鉄棒から落ちたりすると危険だから,無理はしない方がいいと思う。」
「まあね。パスカルが言うことは分かる。湘南に怪我さすわけにはいかないものね。」
「ご理解,有難うございます。」
「それじゃあ,マット運動だけでも練習しよう。それなら安全でしょう。」
「えっ!?」
「湘南,マットなら仕方がないんじゃないか。」
「わっ,分かりました。」
「春になったら、湘南を鍛えないとね。」
「いえ、アキさんに無駄な時間を取らせるわけには。」
「そのぐらい、大丈夫。」
「ははははは,湘南も大変だな。」
「もちろん,パスカルもいっしょよ。」
「えっ。」
「パスカルちゃん諦めな。春から楽しみができた。」
「でもコッコちゃん,きっとまた山登りとかだよ。いっしょに歩いて上るんだぞ。」
「えっ。私だけロープウエイとかならないの?」
「ならない。ロープウエイもケーブルカーもないところに行く。それに、一人で別行動をすると、二人が登るところが見れなくなるよ。」
「それは困る。」
「それじゃあ、仕方がない。」
「アキちゃん、違う方向でしたたかになってきたな。」
「コッコ、違う方向って?」
「それは内緒。でも、いいお嫁さんにはなれそうだ?」
「いいお嫁さんより、プロのアイドルになりたい。」
「アキちゃんはそうだったね。」
「湘南、少し休めたでしょう。だからマットの上で前転して。」
「はい。イエローさんとブラックさんは側転からのバク転の予定で、動きが速いですので、マットの上を走るというのもやってみます。」
「分かった。でも、二人はそんなこともできるのね。やっぱりすごい。」
誠がマットの上で前転をしたり、走っているところを撮影する練習をしていると、床の上に置いていたスマフォが振動した。誠が練習を止めスマフォで通話した後、説明する。
「あと10分ぐらいで『ハートリンクス』の皆さんが到着するそうです。」
「了解。俺たちのビデオは『ハートリンクス』のメンバーがリラックスした雰囲気で撮りたいので、スタッフも気楽な感じで接してね。」
「パスカル、それで大丈夫?」
「失礼にならない方が良いとは思います。空気を読みながらお願いします。」
「空気ね。コッコ大丈夫?」
「まあ基本女には興味ないからね。冷静に対処できるよ。」
「男子への興味も、コッコの場合は、違う意味なのが怖い。」
「もうすぐ到着するけど、アキちゃんやコッコちゃんが映像の隅に入るぐらいなら大丈夫な感じに仕上げるので、緊張しすぎないでね。」
「はい、本番のミュージックビデオは、明日、溝口エイジェンシーとヘルツレコードのスタッフが,総勢40名ぐらいで撮影しますので、こちらはパスカルさんの言う通りにお願いします。」
「分かったけど、撮影スタッフが40名って、うちのお客ぐらいの人数ね。」
「まあ,そうだな。」
出版社の会議室に向かうミサがナンシーに昨日のユミの反省会について尋ねていた。
「昨日のマリさんの家の反省会ってどうだった?」
「歌にダンスに、楽しかったですねー。」
「誠も踊ったの?」
「湘南さんは踊ってはいなかったでしたねー。でも、パスカルさんといっしょに歌っていたですねー。」
「またパスカルさんか。でも誠はどんな歌を歌ったの?」
「解散した男性グループの歌を歌っていたですねー。簡単な歌にして、無理をしないところが湘南さんらしいですねー。」
「ナンシーは?」
「私はマリさんとアイドルの歌や、『ユナイテッドアローズ』の新曲の『おたくロック』を歌ったですねー。」
「誠と明日夏が作った曲か。どうだった?」
「ロックにしては物足りなさもありますねー。でも、あまり難しくなくてアキさんとユミさんにはいいと思うですねー。」
「そうだよね。誠がその二人に合わせて作った曲だから。」
「湘南さんとパスカルさんの歌を見るですねー?」
「ビデオを撮ったの?」
「はいですねー。」
「それじゃあ,お願い。見せて。」
ミサのイヤフォンをナンシーのスマフォに繋いで、ミサが優しい目でビデオを見る。見終わったミサが感想を述べる。
「可愛い。」
「可愛いですかねー?」
「うん。」
「可愛いのはこっちですねー。」
ナンシーが徹のビデオを見せる。ミサが感想を述べる。
「いや,ナンシー,これも可愛いけど,可愛いさが違う。」
「そうですかねー?」
「そう。あー,でも,亜美には同じなのかな。」
「そうですねー。」
「このビデオ,亜美には見せない方がいいかもしれない。」
「ははははは、そうですねー。『トリプレット』のワンマンが終わるまで我慢してもらうですねー。何かあると私にとばっちりが来る可能性があるですねー。」
「それはそうかも。それより誠のビデオ,また見せて。」
「それじゃあ、ミサに送るですねー。それを何回でも見るといいですねー。」
「有難う。」
18時を過ぎたころに,『ハートリンクス』のメンバーと溝口エイジェンシーのスタッフがコーチ(マイクロバス)に乗ってやってきた。
「こんにちは、『ハートリンクス』のマネージャーの森田です。みなさん、撮影の準備はできていますか。」
パスカルが答える。
「今回の撮影をパラダイス興行から依頼された小沢です。準備はできています。これがスケジュールです。明日がプロモーションビデオの撮影と言うことで、時間は節約した方がいいので、早速始めましょう。」
「分かって頂いているようで話が早いです。」
「まずは、バスの中で全員にピンマイクを付けてもらいます。」
「了解です。」
「そして、バスから降りてくるところから撮影を始めます。その後で岩田がメンバーにスケジュールを説明するところを撮影した後にカメラを止めて、細かい説明をします。」
「了解です。」
誠が人数分のピンマイクとレコーダーを今井に渡す。
「湘南、俺たちもピンマイクを付けるぞ。」
「そうですね。了解です。」
誠が4人分のピンマイクとレコーダーを用意して,それぞれがピンマイクを付けた。
「みなさん、録音はずうっとオンにしておいて下さい。」
「了解。」
『ハートリンクス』のメンバー全員がピンマイクとレコーダーを付けた後、コーチ(マイクロバス)から出てきた。パスカルたちは,パスカルがビデオ撮影,コッコがメンバーへの照明,アキがスティックマイクによる収音を担当して,後退しながら映像を記録していく。誠はパスカルたちが転ばないようにパスカルの近くで先導していた。なぜかニヤニヤしているハートレッドと他のメンバーは撮影についてのおしゃべりをしながらスタジオに向かった。スタジオに入ったところで自己紹介を始める。
「こんばんは,今回の撮影と監督を務める小沢です。」
「世話役と編集を担当する岩田です。」
「照明担当の小林です。」
「音声担当の有森です。よろしくお願いします。」
「撮影スタッフは人数も少ないですし,年齢も近いと思いますので,アットホームな感じで撮影できればと思います。」
次に『ハートリンクス』のメンバーが挨拶を返す。ハートレッドがカメラのレンズを見ながら話し始める。
「こんばんは,『ハートリンクス』のハートレッドだよ。スタッフのみんなとハートをリンクさせて、楽しく撮影をするからね。」
そして、パスカルと誠の方を向く。
「いいビデオにしたいから,注文があったら何でも言ってね。どんな注文にも答えてみせるから。」
「こんばんは,ハートブルーです。それにしても、レッド、本当に楽しそうね。」
ハートレッドは「本当の理由は違うけど。」と思いながら答える。
「えっ、私、そんなに楽しそう?たぶん、共通テストが終わって解放された気分になっているからだと思うよ。」
「なるほど。自己採点は良かったと言ってたし。」
「その通り。それじゃあ、イエロー。」
「こんばんは,ハートイエローだ。それにしても、監督と岩田さんはいつも仲がいいな。」
それを聞いた瞬間、ハートレッドが吹き出した。
「どうした、レッド。」
「いや、イエローがダイレクトに言うから。」
「なんだ。レッドはそれでニヤニヤしていたんだ。」
「違うけどさ。今日も仲がいいなとは思っていた。」
「そうだな。」
コッコは「歩いてくる途中のパスカルと湘南を見る目はもしかしてと思ったけど、ハートレッドは腐女子要素がありそうだな。」と思いながらライトを当てていた。
「それじゃあ、グリーン。」
「こんばんは,ハートグリーンです。今日はよろしくお願いします。鉄棒、いやだな。」
「グリーン、心配するより、やってみよう。それじゃあ、ブラック。」
「ハートブラック。グリーン、大丈夫,鉄棒は私が補助する。」
「有難う。」
誠がメンバーに段取りを説明する。
「初めに,今日のこれからの予定を説明します。」
「有難う。」
「まずは控室でメークアップと体操着への着替えです。」
ハートレッドが質問をする。
「岩田さん、着替えも撮影するの?」
「いえ,着替えの撮影はしません。」
「期待した人、ごめんなさい。16歳、17歳のメンバーもいるので許してね。」
「18歳のレッドは着替えるところを撮られても大丈夫なの?」
「ブルー、ここではないと思うけど、私が主演の映画の話がいくつか来ていて、服を脱ぐシーンはあるとは言われているんだよね。」
「そうなんだ。それじゃあみんな、レッドの着替えのシーンは、レッドが主演する映画に期待してね。」
「でも、レッド、どこまで脱ぐんだ?」
「イエロー、そんなの知らないよ。まだ決まっていないんじゃない。服を脱いでの絡みはないという話だけど。」
「それは少し安心だな。レッド主演の映画、俺も期待するぜ。」
「有難う。イエローにそういう話が来たらどうするの?」
「実はダンサーの恋を過激に描く映画の話は来ているんだけどな。」
「過激って!?」
「絡みありということだ。まあ俺の場合、そのぐらいしないと客が来ねーからな。」
「良くわからないけど、イエロー主演の映画にも期待しよう。」
「決まったら、全力でやるのでよろしくな。」
「よろしくね。」
「レッドさん、イエローさん、有難うございます。着替えの撮影はしませんが,女性スタッフだけ部屋に残って、着替えの音声だけを録るようにします。」
「なるほど,よく考えたわね。でも,その間の画像はどうするの?」
「お花畑の資料映像を使う予定です。」
「それが無難だけど,監督と岩田さんが着替える映像の方が良くない?」
「映像が汚くなりますし、そんな需要は『ハートリンクス』のファンにはありません。」
「需要はないか。了解。」
「着替えを録音した後は、準備体操と練習風景の撮影に入ります。音楽を流しますから、個別やペアで練習して下さい。ミュージックビデオは明日別に撮りますので、通しで全員で練習している場面を撮影する必要はありませんが,曲の最後の部分だけは全員揃っている映像を使いたいので,お願いします。」
「それはそうね。」
「そして少し休憩を取った後、体操道具を使いながらコメントを撮ろうと思います。今日はその撮影で終了となります。みなさん,コメントは準備してきましたか?」
ハートレッドが見回しながら確認する。
「みんな大丈夫?」
「大丈夫。」「大丈夫だ。」「大丈夫だと思います。」「大丈夫。」
「岩田さん,大丈夫です。」
「有難うございます。それではメークするところから撮影を始めます。」
「了解。それじゃ,みんな行くよ。」
「おー。」
スタッフが拍手をする。
拍手が鳴りやんだ後で,パスカルが説明を続ける。
「はい,カットです。ここからはビデオに撮影しない説明ですので質問があれば何でも遠慮なく聴いて下さい。それでは,岩田、続けて。」
ハートレッドとコッコが、パスカルが誠を「岩田」と呼ぶのを聞いてニヤッとする。
「ダンスや体操の撮影に関しては皆さんがいらっしゃるまで試してチェックしましたので、安心して演技して下さい。」
「チェックしたというと、お兄さんが、ダンスや体操をしたんですか?」
「ダンスは小沢といっしょでした。小沢はダンスを撮影する経験が豊富ですので、ダンスはカメラを固定して、収音や照明をチェックしました。」
「そう、分かった。」
「続けます。メークアップのシーンはお互いにメークするなどして,仲が良さそうなところを見せるように工夫してみてください。」
「了解。でも本当に着替えは撮影しないのね。」
「はい,撮影しません。」
アキが補足する。
「小沢も岩田も,撮影のために着替えている部屋に入れと命令されても,入れないと思いますので安心して下さい。」
「うーん、どうかな。一人じゃ絶対無理でも,二人なら何とか入れるかもしれないけど。」
コッコが尋ねる
「よくご存じで。」
「えーと,前回,撮影してもらった感じから。」
「なるほど。」
「念のために聞くけど,隠し撮りということもない?」
「隠し撮りとかは絶対にしません。」
「お兄さんがそこまで言うんなら,そういうことはしなそうね。」
「まあ、レッドがポロリをするとヤベーからな。」
「イエローは構わないの?」
「普通、俺じゃカットするだろうからな。」
「そうか。」
ハートレッドがパスカルが鼻血を出した時を思い出しながら続ける。
「それにそんなことがあったら,監督さんが卒倒して撮影が続けられなくなりそうだしね。」
アキが同意する。
「はい,その通りです。」
コッコが意見をする。
「そういう場合は、湘南、すみません、岩田が看病すればいいんだよ。」
「コッコ、私たちと違って、みなさん忙しいんだから、そんな時間はないわよ。」
ハートレッドが驚く。
「コッコ!?」
「すみません。小林です。」
「何でもない。面白い名前だなと思っただけ。」
コッコも「何だろう?まさか私の漫画を知っていることはないよね。でも、BL好きかもしれないから。」と思いながらも黙っていた。
「それでは、説明を続けます。」
「お願い。」
「練習に関しては先ほど説明した通りで大丈夫です。途中で要望を言うことがあるかもしれませんが、自由に振舞って下さい。」
「了解。」
誠は次にコメント撮りに関して説明する。
「練習風景を撮影して15分休憩した後に、体操器具を使いながらコメント撮りです。体操器具に関しては、最初に全員で跳び箱を飛んでもらいます。何段にするかは飛びながら決めます。」
「分かった。」
「次の個別の体操器具でコメントを撮ります。まず、ハートレッドさんは高い鉄棒で蹴上がりをします。」
「蹴上がり、本当にやるのね。」
「レッド、どういうことだ?」
「お兄さんが高校の時に好きだった人が、高い鉄棒で綺麗に蹴上がりをしていたという話なんだよ。」
「それをレッドにやらすとは、岩田さんもなかなか剛腹だな。」
「そう言う訳ではないのですが、ハートレッドさんに似合うと思いまして。」
「お兄さん、分かっているよ。お兄さんの思い出の蹴上がりを、このハートレッドが超えて見せるよ。」
「お願いします。イエローさんとブラックさんはマット運動です。二人とも側転からのバク転でよろしいでしょうか。」
「了解だぜ。」「了解。」
「ブルーさんとグリーンさんは低い鉄棒で逆上がりです。」
「あの、岩田さん、私は逆上がりはできないのですが。」
「先ほどブラックさんが言ったように,ブラックさんに手伝ってもらう形でやってみようと思います。ブルーさんはグリーンさんが鉄棒から落ちたときに頭を打たないようにカバーして下さい。」
「了解。」「了解。」
「何か、質問はありますか?」
「それでどうなったんだ。岩田さんと、その蹴上がり娘とは。」
「イエローさん,何もないです。同窓会で会うことはありますが。」
「まあ、そんな感じだろうな。」
「イエロー、お兄さんには監督がいるから心配無用。」
「そうなんか。」
「あの、他に質問はありますか?」
ハートレッドが周りを見回して答える。
「大丈夫です。」
「それでは、撮影を再開します。皆さん、控室に移動してメークをお願いします。」
「はい,それじゃあ,みんな行こう!」
控室でメークをするところを撮影する。
「レッド,肌,つるつる。」
「グリーンの方がプルルンとしているよ。ほら。」
レッドがグリーンのほっぺたを突っつく。
「食べてしまいたくなるようなほっぺただ。」
「もう,レッドは。でも,意外に可愛い唇をしているのがブラックなんだよね。」
「・・・・・・。」
「グリーン,意外は失礼だろう。」
「あっ,ブラック、ごめんなさい。」
「いい。」
「俺もマスカラ使ってみるかな。」
「イエロー、今日は自由にメークしてもいいみたいだから使っていいよ。セクシーになるかも。」
「セクシーなイエローって。ぷっ。」
「うるせー。ブルーは、悪魔みたいなメークをした方がいいんじゃないか。」
「うるさいな。」
「ブルーに悪魔は似合うかもしれないけど、私はグリーンに小悪魔みたいなメークをしてみたいな。」
「それは面白いかもな。グリーン、それじゃあギャラクシーインベーダーに移籍か?」
「えー、いやだ。みんなから離れたくないよ。」
「グリーンはここがいい。」
「だよね。ブラック。」
話しながらのメークが終わった。誠が説明する。
「みなさん、ランニングの体操着の襟と袖の先の色とジャージと短パンの色が、赤、青、黄、緑、黒になっているものがありますので、間違えないようにして下さい。」
「岩田さん、さすがにそれは間違えないぜ。」
「そうだとは思いますが、学校で着ている体操着の色と間違える可能性を考えました。」
ハートレッドが答える。
「なるほど。体操着がランニングなのは、監督の趣味?それともお兄さんの趣味?」
「事務所には体操着とお願いしただけですので、誰の趣味かは分かりません。」
「今井さんかな。まあいいです。」
「他に質問はありませんか?」
「大丈夫です。」
パスカルが声をかける。
「それでは、撮影を再開します。私と岩田と小林は部屋から出ていきます。」
「何で私まで。私は女だよ。」
誠がコッコに説明する。
「撮影しないのでライトは不要ですし、小林さんがイラストレーターだからです。」
「信用ないな。」
「小林さんは、芸術のためには人間性を捨てる人ですから。」
「大丈夫だよ。そのままではイラストにしないよ。」
「何かあると億円単位の損害賠償になりますし、有森さんのこの業界での将来が無くなってしまいます。」
「コッコ、仕方がないと思う。溝口エイジェンシーのユニットだから。」
「分かったよ。もう。」
悟、久美、尚美、由佳が月曜日のミサと久美の写真集の記者会見の打合せのために、会社のバンで出版社の会議室に向かっていた。
「夕食を驕ってもらえるのは嬉しいが、何で俺が呼ばれたんだ?」
尚美が答える。
「溝口社長から直々に依頼されたのですが、理由はその時に話すそうです。社長は何か聞いていますか?」
「僕も全く聞いていない。」
「豊の件が、バレたんじゃないよな。」
「大きな事務所ですので、調査能力はあるとは思いますが、私にも分かりません。」
「そうか。もしバレたらどうなるんだ。」
「考えられることは、謹慎のために活動を休止して、しばらくしてから活動再開。もう少し厳しくなると『トリプレット』卒業。最も厳しいと芸能界追放になるでしょうけれど、不倫ではありませんので、3番目はないと思います。」
久美が意見を述べる。
「尚、それ、おかしくないか?『トリプレット』はうちのユニットなのに,溝口エイジェンシーからとやかく言われるのは。」
「はい、溝口エイジェンシーと完全に縁を切る方法もあると思います。芸能界からは完全に追放されますが、地下アイドルでも1000人以上のホールでワンマンライブができるぐらいのユニットとして生き残れるとは思います。」
「溝口社長はリーダーだけは引き抜こうとしそうだな。」
「私が面倒を見ている『ハートリンクス』もうまくいっていますし、由香さんの言う通りかもしれません。その時は、私と2億円とどっちを取るか、社長が選んでください。」
「僕が?」
「はい。私はパラダイス興行と専属契約を結んでいますので、それぐらいは吹っ掛けることはできると思います。」
「いや、尚ちゃんの好きにしていいよ。」
「そうですか。謹慎で済んで、その期間もできるだけ短くて済むようにしますので、由香さん、早まったことはしないでくださいね。」
「リーダー、分かった。リーダーの言う通りにする。」
「しかし、恋愛ぐらいで謹慎というのも気に入らないな。」
「橘さんも、謹慎ぐらいならあったんじゃないですか?」
「尚、それは違う。私が謹慎になったのは恋愛じゃなくて,暴力をふるったからだ。」
「久美。それは威張れることじゃない。」
「それもそうか。」
「しかし、緊張するな。」
「由佳ちゃん、たとえ豊さんとのことがバレていたとしても、溝口社長が直々に会おうとするぐらいだから、前もって何とかしようということじゃないかな。」
「私もそう思います。」
「でも、別れろ、とかだったらどうしようか。」
「由香先輩、その時は豊さんと相談して決めて下さい。もし、芸能界で有名になることを目指すならば、アイドル活動をしている間だけ別れるという選択肢もありますし、目指す方向を変えるという選択肢もあります。」
「そうだな。分かった。」
「由佳、あまり心配しないことだな。」
「僕は、久美が月曜日の記者会見がちゃんとできるかの方が心配だけど。」
「美香なら普通のことしかしないから,私は安心しているよ。」
「でも、橘さんは、自分の前に新聞記者がたくさん並んでいても大丈夫ですか?」
「由香、質問はほとんど美香に集中するだろうから、私は黙ってニコニコしているよ。」
「僕も今回はそれでいいと思う。」
出版社の会議室で、写真集の記者会見の打合せが始まり、スケジュールや参加する新聞社や雑誌社とテレビ局のリストが配られ、広報担当者がその内容を説明した。溝口社長が感想を述べる。
「説明、有難う。テレビ局が来て、一般紙やスポーツ紙は全紙来てくれるんだね。」
「テレビ局はワイドショーが取材に来ます。新聞は5段1/2で広告を入れたこともありますが、記事にしてもらえるとのことです。スポーツ紙は記事でも会場の写真を10段抜きで入れてくれるそうです。」
「それはすごいね。」
「そこで大河内さんにお願いなのですが、水着で歌唱して頂くわけにはいかないでしょうか。その方が間違いなくスポーツ紙の写真が大きくなり、大河内さんの水着姿ならば、発行日が火曜日で前日にスポーツの大きな試合がないですから、一面に大きな写真が載る可能性が高いです。」
会議にいた誰もが、「それはすごいな。」と思いながらもミサは断るだろうと思っていたが、ミサの返事は意外なものだった。
「分かりました。」
「あの,その分かりましたというのは?」
「えーと、水着で歌唱します。」
この答えにさすがの溝口社長も驚いていた。ミサが続ける。
「事務所には、アメリカで活動するというわがままを聞いて頂いたので、少しでも恩返しができればと思っています。」
「あっ、有難うございます。本当に有難うございます。それではその方向で調整します。」
「お願いします。」
驚いた久美が意見する。
「みっ、美香、じゃない。ミサ、記者会見で水着で歌うって聞いていない。」
「久美先輩、私だけ水着で歌いますから心配いりません。」
「だけど・・・・。」
ミサが出版社の担当者の方を向く。
「大変申し訳ありませんが、久美先輩には久美先輩の事情があると思いますので、私だけ水着ということにはいきませんでしょうか。」
「水着で歌うのは写真撮影のためですから、全部を歌う必要はありません。ですので、前半をパーカーか何かを着て二人で歌って、後半を大河内さん一人が水着で歌うというのでいかがでしょうか?」
「はい、有難うございます。それでお願いします。」
その後、打合せは、あらかじめ用意する質問内容、歌う曲と順番、着る服と水着などを決めてお開きになった。
スタジオでは控室にアキだけ残って、『ハートリンクス』のメンバーが着替えを始めた。
「それじゃあ、着替えるよ。」
「はい。でも、緑の体操着を着ると、上級生になったみたい。」
「グリーンのところはどんな色があるの?」
「今年は、緑が3年生、紺が2年生、赤が1年生。」
「うちの学校の色も同じだ。しかし、黄色の体操着なんて初めて見たぜ。」
「芸能人はたまに黄色の体操服を着ているけど。」
「そう言えば、そうだな。」
「しかし、うちはスリムなメンバーばかりだな。」
「レッド以外は。」
「イエロー、私は太っていないよ。」
「レッド、そういうことでなく。」
「イエロー、うちはもともと戦隊系アイドルとして売り出したからじゃない。私以外、みんなスポーツが得意だし。」
「グリーン、『ハートリングス』は4月に復活予定だ。」
「そうだった。でも、何で私が選ばれたんだろう。」
「そりゃあ、マスコットとしてだろう。」
「巨大な敵が現れてピンチになったとき、グリーンが巨大化してその敵をやっつけるんだよ。」
「巨大化するのは私だけ?プロデューサーがそう言っていたの?」
「言っていない。」
「もう、レッド。信じちゃったじゃない。」
「グリーンは、こういうふうに可愛いから。」
「レッドのいう通り。」
「レッドもブラックも、いい加減なことを言って。」
「今のグリーンの可愛い表情、カメラで撮影していないのが惜しい。」
「もう、レッド。からかわないでよ。」
控室の中に笑い声が響いた。
着替えを終えて、メンバー全員が控室から出てくると、まず、誠が全員のマイクやレコーダーを確認する。そして、パスカルと誠が撮影について説明する。
「始めに準備体操をお願いします。」
「了解。」
「今から『私といっしょにイイことしよう』のカラオケをループで流しますので、準備体操の後、個人練習や二人での練習をお願いします。」
「了解。」
音楽が流れ始めると、メンバーが準備体操と練習を始める。練習では個人で練習した後、ハートグリーンとハートブラックの組、ハートブルーとハートイエローの組が練習を始める。それを4人が撮影する。30分ぐらい撮影した後、パスカルと誠が曲の最後の部分の撮影をすることを告げる。
「これから、全員揃ってのパフォーマンスを撮影します。」
「曲の最後の部分を何回か流しますので,よろしくお願いします。」
「分かった。それじゃあ,みんな行くよ。」
全員が終わりの部分の練習をして、練習風景の撮影が終了した。
椅子が置いてあるところに集まってきたメンバーに、森田が飲み物を渡す。
「みんな、お疲れ様。」
ハートレッドがお礼を言う。
「有難うございます。」
誠が説明をする。
「それでは,15分ほど休憩します。その後、コメント撮りです。」
「了解。」
ハートレッドがイエローに尋ねる。
「そう言えばイエローの映画の話って,私は聞いていないけど最近来たの?」
「今日,ここに来る前に社長から話があったばかりなんだ。プロデューサーにも今日社長から話すらしい。」
「社長から直接?」
「ああ。出演はもう決まっているそうだから,それらしい話はしてもいいって。」
「社長から直接の依頼じゃ断れないわね。」
「そうだよな。出演止めますか,芸能人辞めますか,になるからな。」
「ふふふふふ,そうね。」
「原作は少女漫画の『Love and Dance』で,俺は女性側主役の輝夜(かぐや),先輩の朱里(しゅり)役は『トリプレット』の由香さんにしようとしているみたい。」
「その漫画,有名よね。とすると,イエローと由香さんで男を取り合うのか。」
「そうみたいだ。」
「漫画を読む分には面白いけど,結構シリアスな内容だから演じるのは大変よね。」
「そのために,これから演技の練習がたくさん入るって。」
「まあ,この世界に入った以上は,チャンスと思うしかないんじゃない。」
「うん,そう思うことにしている。俺が溝口エイジェンシーにいなかったら,映画主演なんて話は来なかったと思う。」
ハートグリーンが話に加わる。
「私とブラックもファンの女の子役で出るんだよ。」
「そういう話だな。」
「脇役だけど映画に出るのはちょっと嬉しい。一応,セリフもあるみたいだし。」
「へー,それなら私もファンの役で出たいな。」
「それはだめだな。」
「うん。レッドが出ると,私たちよりずうっと目立っちゃいますから。」
「この目立ちたがり屋めー。そんなことを言うと抱きついちゃうぞ。」
ハートレッドがハートグリーンに抱きつく。
「ははははは。」
誠が「由香さん,大丈夫かな?」と思いながら,映画のことをハートイエローに尋ねる。
「そうすると,由香さんにもその映画の話は,今日,伝わることになりますね。」
「溝口社長が,パラダイスの社長とプロデューサーと由香さんを夕食に誘ったと言っていたから,そうなるんじゃないかな。」
「そうですか。」
誠は「平田社長もいっしょなら、社長に任せよう。」と考えることにした。パスカルが,映画に関して質問する。
「最後の勝利者は、イエローさんの方になるんですか?」
「その通りだ。」
「私としては、漁夫の利で最後はグリーンさんが勝つみたいな展開がいいですね。」
「監督はグリーンが好みなの?」
「イエローさんと由香さんがマジに取り合うみたいな展開が苦手なのかもしれません。」
「なるほど。ラストシーンはイエローと由香さんがいっしょにダンスするGL(ガールズラブ)展開にするとか?」
「そのシーンの後に,可憐に振舞っていたグリーンさんが,計画通り,と言って不敵に笑うというのも面白いです。」
誠も話に加わる。
「僕でしたら,グリーンさんの計画はどこか抜けていて実は全部失敗するはずなんですが,それをブラックさんの活躍でことごとく成功させてしまうコメディータッチにすると面白そうです。」
「お兄さんの案は,ブラックの立ち位置としてはいいかも。さすが、お兄さん。」
「それなら、映画のタイトルは『Laugh and Dance』か。」
「パスカルさん,さすがです。」
「あの,監督も岩田さんも勝手なことを言っていますが,原作の『Love and Dance』の販売数は1000万部を越えているんですよ。」
「すみません。調子に乗りました。」」
「僕もです。申し訳ありません。」
ハートレッドが感想を述べる。
「でも,世界の人が監督とお兄さんみたいになれば、世界は平和になるのにって思う。」
「それはそうだな。ははははは。」
「有難うございます。」
「もう、こんな時間か。それじゃあみんな,休憩が終わるまでに,何も見なくても自分のコメントが自然に言えるように,復習するよ。」
「了解。」
『ハートリンクス』の全員が自分のコメントを話す練習を始めた。パスカルたちは撮影準備のため跳び箱の方に移動する。その途中アキがパスカルに話しかける。
「『Love and Dance』の映画か。」
「アキちゃんは知っているの。」
「うん,少女漫画だけど,結構過激。」
「でも,さすがにR18じゃないんだよね。」
「それはそうだけど。アニメはR15+だった。」
「へー,そうなんだ。」
「ハートイエローさんは私と学年が同じなんだよね。」
「もしアキちゃんにその役がまわってきたら考えちゃう?」
「私にまわってくることはないけど・・・・。」
「ないけど・・・・?」
「パスカルさん,そういうことを女子高校生に深く聞くのはセクハラになります。」
「えっ,湘南,そんなにすごいの?」
「僕も見たことがありませんので,よくは分かりませんが,ハートイエローさんの表情を見ると,簡単ではない気がして。」
コッコが説明する。
「大したことはない。ラブシーンとかがあるだけだよ。」
「あのコッコさん,そういうことをパスカルさんに言うと,女性から男性でもセクハラになります。」
「湘南ちゃん,ラブホテルのお風呂の中や、練習が終わったステージの上で全裸で抱き合うシーンがあるというのを,パスカルちゃんのために優しく言ったんだよ。」
「・・・・分かった。でもコッコちゃん,何と言うか、この話は止めよう。」
「そうですね。」
「分かったよ。」
「でも,男性の相手役は誰がやるんだろう。」
「あの,アキさん、話を戻すのは止めましょう。」
「私はアニメも見ているから大丈夫。やっぱり,相手役は気になる。」
「アキちゃんに話が来たら,相手によって考える?」
「やっぱりそうかな。コッコは?」
「いやなやつだったら,絶対に嫌だろうね。でも,歳がそんなに違わないイケメンになるだろうから,まだマシな方なんじゃないか。」
「そうね。」
「パスカルちゃんと湘南ちゃんは,その役が来ても絶対に断るんだろうね。」
「おっおう。俺には無理だ。」
「僕にも無理です。」
「でも,ハートイエローさん,社長の紹介だから断ることもできなさそうだし,やっぱりプロのアイドルは大変そう。」
「ある意味,自分が商品みたいなものだから仕方がないんじゃないか。」
「自分が商品だからプロなのか。」
「まあね。それに,プロの芸能人には、たくさんの人の生活がかかっているからね。」
「明日のミュージックビデオの撮影もスタッフが40人って言っていたし。」
「やっぱり,『ユナイテッドアローズ』ぐらいが一番楽しんじゃない。たとえ売れなくてもパスカルのボーナスがなくなるぐらいだし。」
「そうね。パスカルのボーナスがなくなるぐらいだからね。」
「二人とも人のボーナスを何だと思っている。」
アキが誠に尋ねる。
「湘南は心配そうな顔をしているけど,妹子のこと?」
「妹も今日初めてその話を聞くことになると思いますので,どう思うかなと思って。」
「『トリプレット』のリーダーだから責任を感じるかもね。」
「はい。でも,今は今日の撮影に集中しましょう。」
「そうね。妹子自身がその役をやるわけじゃないからね。」
出版社での打合せが終了して、溝口社長、ミサ、ナンシー、悟、久美、尚美、由佳がレストランに移動し、借り切った個室での夕食が始まった。
「今日は、夕食にお招きにあずかり大変ありがとうございます。」
「いやいや、お世話になっているのはこちらで、ボイストレーニングをお願いした大河内君もどんどん成長しているようで嬉しい限りだよ。」
「そう言って頂けると、嬉しいです。」
「しかし、大河内君は、今はアメリカのことで頭がいっぱいという感じかな?」
「はい。自分自身、脱皮と言うか、もっと大人にならないといけないと思っています。」
「まあ、大河内君にそういう気持ちがあるなら、慌てることはないから。ゆっくりと着実に頑張ってくれたまえ。」
「はい、有難うございます。」
「星野君と南君の『トリプレット』は全然心配いらなさそうだね。」
「はい、CDの売り上げも順調ですし、ワンマンライブの追加公演ももう半分ほど埋まりました。最終的には7割は固いとの話です。」
「『ハートリンクス』というか『ハートリングス』の売れ行きが全然だったから急に追加したんだけど、それにしては上出来だよ。」
「有難うございます。ただ『ハートリンクス』のチケットの売り上げも9割を超えたようで、最終的には満席になるだろうということです。」
「それも、星野君のおかげだね。」
「販売とサブスクリプションの配信を始めたのですが、サブスクリプションの再生数の順位は、第1週3位、第2週12位で、売り上げは順調です。本当ならCDで出せれば良かったのかもしれませんが、CD発売は3月以降になると思います。」
「CDのことは残念だけど、ヘルツレコードさんの仕事だから仕方がないね。」
「はい。『ハートリンクス』としての2曲目の『私といっしょにイイことしよう』は、今日と明日でビデオ撮りをして、明後日の日曜日に公開予定です。今はパラダイス興行で3曲目を準備しているところです。」
「そうかね。平田さんのところは音楽事務所だけあって、動きが速くて助かっているよ。ヘルツレコードさんも見習って欲しいところだね。」
「有難うございます。」
溝口社長が一呼吸おいて話し始める。
「さて、本題なんだが。南君。」
「はい。」
由佳がつばを飲み込んだ。
「『ハートリンクス』で一番弱いのは誰だと思う。」
「それは、ハートグリーンさんだと思います。体格は同じぐらいですが、ハートブラックさんは反応が早くて、機敏に動けます。あと、勘もいいですから、攻撃をゆうゆうかわすことができます。」
「すまん、『ハートリングス』と『ギャラクシーインベーダーズ』の戦いではなくてだ。」
尚美が釈明する。
「社長、申し訳ありません。『ハートリンクス』のワンマンライブの宣伝のために、これまでの『ハートリングス』と『ギャラクシーインベーダーズ』の戦いという内容のビデオを撮影して、動画配信サイトで配信することを計画しています。」
「ほう、それは面白そうだね。」
「由香先輩にはメンバーの能力に合わせた戦闘シーンの構成を考えるようにお願いしていたため、そのことと勘違いしたんだと思います。」
「なるほど。まあ、その話はおいおい聞くとして、南くん、どう思う。」
「それ以外で、一番弱いと言われましても。」
溝口社長が「勘の悪い子だな。」と思いながら説明を続けようとしたが,雰囲気を感じ取った尚美が答える。
「ハートイエローさんでしょうか。」
「リーダー、言っちゃ悪いが、ハートイエローのダンスは今が伸び盛りで、どんどん上達しているぜ。弱いというのとは違うと思う。」
「由香先輩、溝口社長がおっしゃりたいのは、アイドルとしての注目度だと思います。私もハートイエローさんのダンスが成長していることは分かりますが、今、注目を集めることが必要ということです。」
「南君、星野君の言う通りだよ。」
「ということは、私がハートイエローさんのダンスのコーチをやって、すぐに成長させろということでしょうか。それなら喜んでお引き受けします。私も、高校の時にOBの先輩にたくさんダンスを教わりましたから、その恩返しみたいなことができればと思います。」
「先輩と言う意味ではそうなんだが、ハートイエロー君と男を取り合ってもらう。」
「へっ!?もっ、もしかして、それは、ゆ・・」
尚美がとっさに言葉を覆いかぶせる。
「友情がテーマのドラマか映画の出演ですか?」
「星野君の言う通りだ。友情の話と言っても、ダンス部の先輩と後輩で仲が良かったのに、男を取り合って友情が壊れていく話だがな。」
「溝口社長、もしかしてそれは、『Love and Dance』ですか?」
「南君も、ここまで言えば分かるか。その通りだ。」
「由香先輩,それはどんなお話なんですか?」
「元々は少女漫画で,仲が良かったダンス仲間の輝夜,朱里,彰吾が居て,朱里と彰吾が付き合っていたんだけど,だんだん,輝夜と彰吾が仲良くなっていくという話だ。アニメ化もされた。」
「そうなんですね。そうすると、溝口社長,その話をハートレッドさんと由香先輩で実写映画すると言うことですか?」
「星野君の言う通りだ。ワンマンライブが終わったら,クランクインして,夏の終わりの上映を計画している。配給は北映だ。」
「北映ですか。由香先輩、すごいじゃないですか。ハートイエローさんはもちろん、由佳先輩のプロモーションになります。」
「おっ、おう。」
「どうしたんですか、由香先輩。嬉しすぎて言葉がでないんですか?溝口社長にきちんとお礼を言わないと。」
「星野君。星野君はこの漫画を知らないようだけど、少女漫画の中では男女関係の表現が過激な方だから、内容を知っている南君が躊躇しているのかもしれないな。」
「そういうことなのですね。分かりました。由香先輩は両親と同居していて、両親との関係も良いですので、両親と相談したいのかもしれません。」
「ご両親か。それはそうかもしれないな。北映の映画で、年齢制限がかかってもR15+ぐらいだろうから、女優なら誰でも喜んで出演するレベルで心配はいらないと思う。」
「それは社長のおっしゃる通りだと思います。残念なことに、私は10月23日までは二人の映画を観ることができないのですが。」
「ははははは、星野君はまだ14歳だったね。ハートイエロー君も聞いた当初は少し躊躇していたが、出演する方向で考えている。」
「イエローがですか。俺・・・、私もずうっと読んでいた漫画ですし、イエローが出るなら出てみようとは思いますが、相談してみないといけないと思います。」
「分かった。返事を一両日ぐらい待つことにするよ。」
「有難うございます。」
悟が話題を変えることにした。
「溝口社長、ヴァイオリン演奏の方はいかがですか?」
「ははははは、アイシャ君の特訓で伴奏ならもう大丈夫というレベルということだ。来週末あたりにお邪魔するつもりだ。」
「それは良かったです。いらっしゃるのをお待ちしています。」
「私も電子リコーダーで加わる予定です。」
「そうみたいだね。橘君がトライアングルで加わるという話だね。」
「はい、その予定です。」
「アイシャ君は、女王様みたいな性格で、周りの人を巻き込むのが上手だ。」
「おっしゃる通りです。ただ、行き過ぎないように注意しなくてはと思っています。」
「平田君の言う通りだな。あと、今日もヴァイオリンの練習があると言って帰ってしまって、今のところ芸能人になるつもりはないんだが、僕に取り入ろうとしていると勘違いして、やっかむ人もいるから、それも注意が必要かな。」
「おっしゃる通りです。」
「社長、芸能人になるつもりはなさそうですが、余裕があればお願いは引き受けて頂けるので、撮影予定の『ハートリングス対ギャラクシーインベーダーズ』では、アイシャさんに地球側の女王様の役をやってもらうことになっています。」
「ほう、それはいいかもしれないね。ところで、脚本は誰が書くの?」
「15分ぐらいのビデオを4本ぐらいで構成する予定ですが、構成が明日夏先輩,脚本は明日夏先輩とハートレッドさんにお願いする予定です。」
「へー、二人は仲がいいの?」
「パラダイス興行に来たときは、よくおしゃべりをしています。」
「ダンサー志望だったハートレッド君と神田君か、それは意外だね。」
「明日夏先輩と話すことで、ハートレッドさんの視野が広くなってきて、これからの活動のために良かったと思います。」
「そうか。そう言えば,大河内君もそんな感じなの?」
「明日夏と話していると、細かいことを考えるのは止めようと思ってしまいます。」
「ははははは、神田君もアイシャ君と同じで大物と言うことか。とすると、平田君は事務所では大変かもしれないな。ははははは。」
「おっしゃる通りです。」
「それで、撮影はパラダイス興行の方でやるのかな?」
「はい。予算がないこともあり、素人っぽいものでも良いかなと思っています。コメントの動画も好評でしたし。」
「両ユニットのビデオなら予算を付けられないこともないけど、ワンマンの宣伝のためなら、今から専門の業者に依頼していたら間に合わないか。」
「おっしゃる通りだと思います。基本的にはワンマンでの出し物の前振りみたいなものですので,ネタで十分と思っています。」
「その通りだな。そうは言っても,あまり手は抜かずにね。」
「はい,溝口エイジェンシーのユニットですから,それは承知しております。」
「なら結構。ところで,星野君が出演するとすれば,どんな映画に出たいかね?」
「私は探偵ものが良いと思います。例えば,アイドル探偵とか女子中学生探偵のような感じでしょうか。」
「なるほど。それは星野君にピッタリだね。考えておくよ。」
「有難うございます。亜美先輩と一緒できると良いと思います。」
「そうだね。大河内君はどうかね?」
「私が映画ですか?」
「そうだ。」
「申し訳ありません。ロック以外のことは考えたことがなくて。」
「そうだろうね。恋愛したことは?」
「片思いならばありますが。」
「そうかね。ロックのために我慢しているのかな。二十歳にもなると止めようがなくなってくるが,不倫だけは絶対にやめてくれ。こちらが庇うことができなくなる。」
「あの、不倫じゃなければ,恋愛をしても構わないということですか?」
「プロデューサーの意見は違うかもしれないが,長い目で見ればそれで売り上げが落ちるということはあまりない。実力の方が大切だ。それに恋愛がバレても雇っていれば,恩を感じて、そのまま事務所に居続けてくれることも多いしな。だが,なるべくばれないように頼む。アイドルなら謹慎ぐらいはしてもらわないといけないからね。」
「分かりました。」
その後,ミサのアメリカでの計画などを話して,夕食会はお開きになった。パラダイス興行のメンバーはバンで事務所に戻ろうとしていた。久美が口を開く。
「溝口社長って,思ったよりいい人だったわね。」
「アイシャちゃんの話を聞いて,悪い人じゃないとは思っていたけど。」
「とすると,溝口社長に業界を追われた人というのは,余程悪いことをしたということか。」
「酷いことをする芸能人もいるから,久美の言う通りかもしれない。」
「由香先輩,豊さんのことがバレても謹慎ぐらいで済みそうで,良かったですね。」
「おっ,おう。」
「由香ちゃん。溝口社長は由香ちゃんの話から感づいていて,由香ちゃんじゃなく,ミサちゃんに恋人のことについて話したのかもしれない。」
「ああ、だから、アイドルなら謹慎ぐらいはしてもらわないといけないということを、アイドルでない美香先輩に言ったんですね。」
「そうだと思う。やっぱり、僕たちとは経験の厚みが違うと思った。」
「ですので,由香先輩,自重はお願いします。」
「リーダー,もちろんそうするけど。」
「今の由香先輩の心配はそっちじゃなさそうですね。」
「溝口社長の話を聞いて,俺は溝口社長が言うなら従わなくちゃと思うんだが。」
「そんなに『Love and Dance』の表現が過激なんですか。」
「例えれば,話に聞く高校時代の橘さん二人がぶつかる感じかな。やっていることはロックでなく,ダンスだけど。」
「高校時代の橘さん二人の争いですか?」
「そうだ。」
「由香,それじゃあ大したことないじゃない。」
「橘さんはそうでしょうけど。社長はすごく暗い顔をしています。」
「悟,大丈夫よ。北映の映画なんだから。」
「それはそうだろうけどね。」
一方,スタジオでは、休憩時間が終わって撮影を再開した。
「跳び箱を飛んだら,カメラを見て一言お願いします。跳び箱の高さは,ハートレッドさんが飛べて,ハートグリーンさんが上に座れるぐらいの高さに調整しようと思いますので,二人で飛んでみて下さい。」
ハートグリーンが感想を述べる。
「やっぱり,そうなるんですね。」
「グリーンは,可愛いからそれでも大丈夫。」
「ハートグリーンさん申し訳ないですが、お願いします。」
「監督さん。それが私の役割と分かっていますから、大丈夫です。」
「有難うございます。ハートレッドさん,6段から行きますが大丈夫ですか?」
「やってみる。」
ハートレッドが助走をつけて踏み切ると,6段を無事に飛ぶ。
「これなら大丈夫。もう少し高くしよう。」
「分かりました。」
結局,ハートレッドは8段まで安定して飛ぶことができた。
「ハートグリーンさん,飛びきる必要は全然ありませんので,跳び箱の上に座る感じでお願いします。」
「分かりました。」
8段の高さをハートグリーンが飛ぼうとしたが、踏み切りの手前で止まってしまった。
「ごめんなさい。ちょっと私には無理です。」
パスカルが謝罪する。
「すみません。逆にグリーンさんが飛べる高さから高くしていくことにします。」
誠も説明を追加する。
「念のため、跳び箱の周りにマットを敷いておきます。」
「有難うございます。」
3段から始めて、ハートグリーンが飛べたのは4段までだったので、跳び箱の高さは5段にすることにした。
「ごめんなさい。レッドは8段まで飛べるのに。」
「グリーン、気にしない。気にしない。」
パスカルと誠が励ます。
「絵的には全く問題ないですから大丈夫です。私も8段は飛べませんし,普通の男性でも飛べませんので,5段ぐらいの方がちょうど良いと思います。」
誠が「美香さんは20段でも飛べるんだろうな。」と思いながらパスカルに続く。
「僕は4段も飛べませんから,グリーンさん,すごいです。」
「お兄さん,それはさすがにグリーンを庇うためのウソでしょう。」
「・・・・・・。」
「本当なの?」
「・・・・・・。」
「まあ気にすることはないけどね。だから蹴上がりの子が好きだったわけね。」
「好きというわけじゃないですか。すごいなと思っていました。」
「なるほど。グリーン,だから気にすることはないよ。」
「でも,5段だと,飛べないのは私だけかな?」
「うーん,このメンバーだと、そうなるかな。」
「グリーンさん,大丈夫です。落ち込んでも立ち直って、また笑顔を見せるのがグリーンさんの魅力ですから。」
「お兄さんがグリーンを誘惑している?」
「あの,4段の跳び箱も飛べない僕では皆さんを誘惑できるわけないですよね。客観的に観察した結果を述べただけです。」
「お兄さんには監督さんがいるもんね。でも男子としては、その立ち直るきっかけが自分の言葉だったりすると嬉しいもの?」
「それは、そうだと思います。」
「なるほど。でも,ここの男子から励ましてもらうわけにはいかないわよね。」
「はい,ここではハートブラックさんだと思います。」
「そうね。グリーンは跳び箱の上で一度落ち込んで、ハートブラックに励まされたら元気になる、そんな感じでやってみようか。」
「分かった。」
跳び箱を飛ぶ撮影が始まった。
「最初は私からね。」
「はい、お願いします。」
ハートレッドが手を挙げてから跳び箱に向けて走り出す。そして、踏み切り板で思い切り踏み切り、跳び箱に手をついて悠々と飛んでいき、着地した後に感想を言う。
「気持ちがイイ!あなたも私といっしょに気持ちイイことしよう!」
続いて、ハートブルー、ハートイエロー、ハートブラックが無事に飛び終える。
「健康にイイ!君も私といっしょに健康にイイことしないか。」
「カッコイイだろう。お前も俺といっしょにカッコイイことしようぜ!」
「私といっしょにイイことしよう!」
そして、ハートグリーンが全員の声援の中走り出す。踏み切り板で踏み切ってジャンプするが、跳び箱の真ん中に座ってしまう。
「ごめんなさい。飛べなかった・・・。」
落ち込んでいるグリーンにブラックが言葉をかける。
「グリーン,大丈夫。」
「ブラック,有難う。」
「跳び箱の感想,頑張って。」
ハートグリーンが微笑みながら話す。
「うん,頑張る。ここは高くてイイ感じ!でも、あなたと二人でもっと最高に感じられるイイところに連れて行って欲しいな。」
ハートイエローが感想を言う。
「グリーン、それ危なくないか?」
「えっ、危ないって?スカイツリーとか危ないの?」
「まあ,分からないならいいけどな。」
「イエロー,分かった。山とかだと遭難すると危ないということね。」
「うん,そうだよ,きっと。」
「でも,グリーンが言う通り高くてイイ感じだから,みんなで乗って座ってみようか。」
「レッド、5人は乗れないだろう。」
「それじゃあ、グリーンはブルーの膝の上で、ブラックはイエローの膝の上。私が真ん中でみんなを抱えて落ちないようにする。」
「OK。それならやってみようぜ。」
パスカルが一度止める。
「それなら少し待ってて下さい。跳び箱を8段にします」
「飛ばないなら,8段でもいいね。」
「僕が上がるための台を持ってきます。」
「お兄さん,有難う。」
誠が台を用意し,その台を使ってハートレッドが跳び箱の上の中央に座り、ハートブルーとハートイエローがその隣に座り、ハートグリーンとハートブラックが二人の膝の上に座った。アキはメンバーが上るときに滑り落ちないように後ろから支えた。誠は跳び箱の裏にメンバーが落ちると危ないので,跳び箱の裏にまわった。
「みんな、ちょっときついけど、頑張ろう。」
「大丈夫だ。」
パスカルから注文が飛ぶ。
「あの、みなさん、もっと寄ってください。」
「分かった。それじゃあ、グリーンはブルーと私に、ブラックイエローと私の二人の膝の上に座って。」
「分かった。」「了解。」
二人が移動する。パスカルが指示をする。
「皆さん,こんにちは『ハートリンクス』です。よろしくね!と言って騒ぐのと,皆さん,新曲『私といっしょにイイことしよう』をよろしくね!みんな大好き!と言って騒ぐのをお願いします。」
「ビデオの最初と最後用ですね。」
「はい,その通りです。」
「分かりました。それじゃあ私が,皆さん,こんにちは『ハートリンクス』です。よろしくね!と言うので,その後みんなで騒いでね。」
「了解。」
そのビデオを3回撮影した後,ハートレッドが指示をする。
「次も,皆さん,新曲『私といっしょにイイことしよう』をよろしくね!と言うので,ブラックから順番に,みんな大好きとか,あなたが大好きとかをそれらしく言おう。そして,その後騒いでね。」
「了解。」
ハートレッドが言った後に順番にセリフを言う。
「みんな大好き。」
「あなたの笑顔が大好き。」
「お前が好きだぜ。」
「こんなに私を好きにさせるなんて,お前はいったい何者だ。」
「私,あなたのことが大好きです。」
これも3回撮影した後に、パスカルがカメラを止めてメンバーに注意する。
「みなさん、跳び箱から降りるときは十分注意して、低いからと言って油断しないで下さい。着地の時に足をくじくこともあります。」
ハートレッドが笑い出す。
「かっ、監督。そっ、それは、お兄さんが跳び箱の上にいるときに言って下さい。ははははは。」
「レッド、何がそんなにおかしいの?」
「グリーン、ごっ、ごめん。なっ、何でもない。」
「グリーン、たぶん、岩田さんが言うようなことを監督が言ったからじゃないか。」
「私たちも仲がいいけど、監督さんと岩田さんも仲がいいから,似てくるのかもね。」
「そうだろうな。いつもいっしょだもんな。」
ハートレッドの笑いはなかなかおさまらなかった。
ハートレッドが笑い終わったところで、撮影を続ける。
「次は、順番を逆にしてコメントを撮ります。」
「監督、ちょっと笑いすぎたので、助かった。」
「3回ずつ撮りますので,お願いします。」
「了解。」
初めは,ハートグリーンが低い鉄棒の前に立ち,逆上がりをしようとする。失敗したため,ハートブルーが落下時に備え、ハートブラックをハートグリーンの腰を押して、ハートグリーンが何とか逆上がりを成功させる。
「『ハートリンクス』のハートグリーンです。今日は不得意な体育の体操だったけど、メンバーのみんなに支えられながら何とかやれました。私もみんなを支えられるアイドルになれるように頑張りますので,みんなの応援,これからもお願いします。新曲『私といっしょにイイことしよう』もよろしくね。」
「ハートブラック。ハートグリーンは私が守る。」
「『ハートリンクス』のハートイエローだ。へへへへへ,体操は体育の中でも得意だぜ。俺の側転からのバク転を見てくれたかな。今日は体を動かしたから気分がイイぜ。ということで、新曲『私といっしょにイイことしよう』をよろしく頼むぜ。」
「『ハートリンクス』のハートブルーだ。みんなちゃんと勉強しているか?勉強しないとハートレッドみたいに試験の前に大変なことになるぞ。だから、勉強はイイことなんだよ。それじゃあ、新曲『私といっしょにイイことしよう』をよろしくな。」
「ハートレッドだよ。みんなちゃんと勉強しているか?勉強しないとハートレッドみたいに試験の前に大変なことになるぞ。って,私だよ。いやー,本当に本当に本当に大変だった。まだ2週間は試験勉強を頑張らなくちゃいけないんだけど、勉強はイイことだと思って頑張る。私たちの新曲『私といっしょにイイことしよう』って,すごいいい曲でしょう!サブスクリプションでも配信されるから,みんな,たくさん聴いてね。」
全員のコメントが終わったところで,パスカルが声をかける。
「これで,今日の撮影は一通り終わりましたが,今からちゃんと撮れているか確認しますので,もう少し待っていて下さい。」
誠も続ける。
「ピンマイクとレコーダーをお返しください。こちらも録音できているか確認します。」
パスカルがビデオの映像を、誠、アキ、コッコがピンマイクの録音を確認する。
確認が終わったところでパスカルと誠が声をかける。
「確認ができました。ちゃんと撮れています。」
「これで解散になりますので,森田さんの指示で帰る準備を始めてください。」
『ハートリンクス』の全員が声を合わせる。
「今日は撮影,大変有難うございました。」
全員で拍手をする。
拍手が鳴りやんだところで,『ハートリンクス』のメンバーが控室に向かったが,ハートレッドが少し残って誠に尋ねる。
「お兄さんたちは?」
「僕たちは機材を片付けて、皆さんを見送ってから帰ります。」
「私の蹴上がり,どうだった?お兄さんの思い出と比べて。」
「どちらを見たいかと尋ねたら、99%の男性はハートレッドさんの蹴上がりの方を見たいと言うと思います。」
「でも,お兄さんは違う。」
「体操で全国大会に出た方ですので,もっと自然というか,軽やかというかです。」
「写真でもすごくスリムだったからね。Aカップ?」
「そうかもしれませんが,詳しくは分かりません。」
「そうすると,ミサさんは大変かな。」
「ミサさんは歌ばかりでなく,体力的にもパワーありますので,蹴上がりは大丈夫じゃないでしょうか。」
「蹴上がりの話じゃないの。私も着替えなくてはいけないから,また後で。」
「はい。」
『ハートリンクス』のメンバーが着替えのために控室に向かうと,片付けを始めたパスカルがアキに話しかける。
「遅くなったから、アキちゃんは、片付けをしないで先に帰っても大丈夫だよ。」
「はい,それはパスカルさんの言う通りです。」
「まだ10時じゃん。私も『ハートリンクス』の皆さんを見送りたい。」
「そうか。それじゃあ、アキちゃんは俺がタクシーで送って行くよ。」
「普通はそっちの方が危ないんだけど、パスカルなら平気か。」
「アキさん、一応家についたら連絡を下さい。」
「分かっている。」
「アキちゃん、連絡を忘れないでね。そうじゃないと、俺が疑われるから。」
「心配性ね。分かっているって。」
着替えが終わったハートレッドが機材の片づけをしているコッコに話しかけた。
「あの突然失礼ですが,小林さんは、バールと平塚の漫画を描いているコッコさんでしょうか?」
コッコが「やっぱり。」と思いながら答える。
「はい、その通りです。」
「次号も楽しみにしています。でもいいですね、近くに理想的なカップルがいて。」
「おっ、分かりますか。」
「私はまだ始めたばかりですが、二人のイラストを描いてみました。できれば、感想をお聞かせ願えれば嬉しいです。」
「もちろん,いいですよ。」
ハートレッドがタブレットの絵を見せる。
「へー、『高名の木登り』(『枕草子』の一節)ですね。平安調の服と背景がいいです。少し古風な二人に似合っていると思います。」
「有難うございます。」
「あー,だからさっき跳び箱から降りるときに、パスカルの言葉で笑ったんですね。」
「その通りです。」
「この絵、いいと思います。強いて言うと、目が綺麗すぎかな。」
「でも、二人とも綺麗な目をしていますよね。」
「うん、それはそうなんだけど、二人きりになると変わると妄想しないと。」
「なるほど。」
「コピーして元絵は保存するから、目と口だけ直してみていい?」
「はい。お願いします。」
コッコがハートレッドに説明しながら、目と口を描きなおしたものを何通りか描いた。
「これは初々しいですね。こっちは闇が深そうだったり、二人で表情が違っているというのもいいですね。」
「着想の広さはあると思うから、いろいろなイラストを見て勉強するといいと思うよ。」
「有難うございます。」
『ハートリンクス』の全員の着替えが終わり,水分をとりながら休憩していたメンバーが反省会を始めた。誠たちも道具を片付け終わり、『ハートリンクス』のメンバーが帰宅するのを待っていた。パスカルがアキに尋ねる。
「ところで、アキちゃんどうだった?『ハートリンクス』のパフォーマンスを近くで見た印象は。」
「うーん、ハートレッドちゃん以外は、頑張れば追いつける気がした。」
「さすがアキちゃん、その意気だ。」
「ハートレッドちゃんは、生まれつき持っているものが違いすぎるので、近づくのも無理という気もしたけど。」
「妹も似たようなことを言っていました。」
「妹子が?」
「アキさんが『ハートリンクス』に混ざっても、大きな問題にはならないレベルになってきているってです。」
「本当に!?嬉しい。」
「ただ,ハートブラックさんは、本当は切れ切れのダンスが得意でも、ユニットのバランスのために実力をセーブしているということですが。」
「そう言われれば、ブラックさん、すごく機敏に動ける感はするわね。」
「あと,アキさんの場合,リーダー以外のポジションだと良さが生きないから、アキさんを中心にユニットを組まないといけないという難しさもあると言っていました。」
「妹子,ユニットを多数見ているからか,プロデューサーみたいなことを言っているけど,私はリーダーじゃなくて支える役でもいいけど。」
「アキちゃん、昔ならリーダーじゃないと絶対いやという感じだったけど、今は自分ではそうじゃなくてもいいと思っているかもね。たぶん、湘南ちゃんとパスカルちゃんを見ているからじゃない。」
「うん。二人が一番楽しそうに見えるし。」
「そうなの?」「そうなんですか?」
「でも、やっぱり、アキちゃんはリーダー体質だと思うよ。このグループだってアキちゃんがいないと空中分解しちゃうと思う。」
「そうなの?でも、安心して。私はプロのアイドルになっても、みんなを見捨てたりしないから。まあ、人気がなくなったらまたプロデュースしてもらうつもりだからなんだけど。」
「それは任せとけ。」
「はい、喜んで。」
「そう言えば、さっき、コッコはハートレッドちゃんと何を話していたの?」
「大したことは話していないよ。レッドちゃんが描いたイラストの目と口だけ修正して、どんなふうに描けばいいか話していただけだよ。レッドちゃん、イラストを描く才能もあると思う。本当に驚いた。」
「そう言えば、レッドちゃんはメンバーのイラストを描いたりするよね。」
「うん。描いた目が綺麗すぎるので、もう少し人間の欲の醜さを描くにはどうすれば良いか話していた。」
「もう、コッコはハートレッドちゃんに変なことを吹きこまないでよ。」
「大丈夫、R18のイラストを描くにはまだまだ修業が必要だから、今はエロチックぐらいに留めておいた方がいいとは言っておいた。」
「コッコ!」
「アキちゃん、レッドちゃんはもう18歳だよ。」
「そうだけどさ。レッドちゃんは,あんなにすごい美人なんだから、心も綺麗なままでいて欲しいじゃん。」
「それが本人の幸せとは限らないよ。好きなことを極めないと。アキちゃんだって、ずっとお嬢様でいろと言われたら、いやだろ?」
「それはそうだけどさ。ハートレッドちゃんは伝説級の美人だから。」
「本人にとってそれは関係ないよ。」
「アキさん、イラストのことが万が一バレても、恋人を作ってはいけない反動と説明すれば、恋人がいない証明みたいにもなるし、プロデューサーは黙認しているみたいです。」
「いやらしいイラストを描くのが恋人がいない証明ね。まあ、仕方がないけどね。」
「事務所では将来的には年間10億円ぐらいの売り上げを期待しているようで、周りから,男性関係はご法度と言われているみたいです。」
「年間10億円か。イエローさんのこともそうだけど、やっぱりプロになるとお金が全てと言う感じになるのね。」
「そうだと思います。妹もそういう感じの思考になってきていて、どうしようかと悩んでいるところです。最終的には、妹が幸せになってくれればいいですが。」
いつの間にか誠のそばにいたハートレッドが答える。
「やっぱり,お兄さんも大変よね。」
「僕はできることをするだけ・・・・。ハートレッドさん、いつからいらしたんですか?」
「えーと、私のイラストの話をしているころから。帰る前にお疲れ様を言いに来たら、その話をしていたので聞いていただけよ。私になら何を話しても大丈夫よ。」
「もちろん、レッドさんは信用していますが、こちらが失礼なことを言っていないか、と思いまして。」
「言っていないから大丈夫。でも、有森さんが噂のアキさんだったんだ。」
「えっ、はい、私のあだ名はアキです。でも、噂と言うのは?」
「噂と言うか、元メイド喫茶の店員さんで、今は監督がプロデュースしている地下アイドルユニットのアローズ?のリーダー。」
「はい、『ユナイテッドアローズ』のリーダーをしています。そうか、パスカルが話したんですね。」
「その制服は本物なの?」
「はい、準備があって早く来なくちゃいけないので、学校から直接来ました。」
「有難う。東都女学院ということは、本当はお嬢様ということ?」
「いいえ、私は違います。しいて言えば、姉はそういう感じですが、私は3人姉妹の真ん中ですので、全然、お嬢様という感じではありません。」
「なるほど。でも,聞いていたのと少しイメージが違った。監督の彼女と言うことは?」
「ありません。」
「まあ、そうよね。それでプロを目指すなら、オーディションとかは受けているの?」
「はい、去年の春にパラダイス興行のオーディションを受けましたが、その時は全員不合格でした。後で分かったのですが、星野なおみさんのポジションだったみたいで、今は諦めてはいます。」
「星野さんは別格だから、気にすることはないと思う。女性アイドルでは溝口社長の一番のお気に入りだし。星野さんは他の事務所所属なのに。その他には?」
「受けていません。」
「私はそんなに受けていないけど、みんな5回以上は受けているし、ブルーは12回目にやっと合格と言っていたかな。」
「そうなんですね。私ももっと頑張らなくちゃですね。」
「プロのアイドルになりたいなら、そうだと思う。」
「分かりました。本当に、有難うございます。」
『ハートリンクス』の全員の帰る準備が終了し、森田マネージャーが全員コーチに乗るように指示した。
「ごめんなさい。これから事務所で明日の撮影とテレビ出演の説明を聞かないといけないので、これで失礼するね。今日はお疲れさま。あと、アキさん、頑張ってね。」
「有難うございます。皆さんのパフォーマンスは、とても参考になりました。」
「お疲れ様。」
「お疲れ。」
「お疲れさまでした。あの、受験勉強も忘れないで下さい。」
「ふふふふふ、分かった。それじゃあ、監督、お兄さん、みなさん、またね。」
『ハートリンクス』のメンバーがコーチで事務所へ向かった。アキが感想を漏らす。
「『ハートリンクス』の皆さんは、これから事務所で打合せか。」
「解散は12時ぐらいになるとのことです。明日は朝からミュージックビデオの撮影とスチル写真の撮影で、夕方からテレビ出演があるそうですから。」
「本当に大変そう。でも私が目指すのはその世界。」
「頑張れ。」
「頑張ってください。」
「ハートレッドちゃん、ううん、もうハートレッドさんかな。ハートレッドさんにも言われたし、頑張る。」
「でも、ハートレッドちゃん、イイ女だっただろう。」
「うん,私もパスカルが言っていた意味が分かった。でも、パスカル、ハートレッドちゃんに私のことを話したんだ。」
「うーん、よく覚えていないな。湘南は覚えているか?」
「僕もあまり覚えていません。『ユナイテッドアローズ』の話はしましたが。」
「まあ、レッドさんに話すなら別にいいけど。でも、パスカル,勝手に私が彼女とか言っていないわよね。」
「怖いから、そんなことは言わない。」
「まあ確認していただけだから、二人の話からそうかもと思っただけかもね。ところで、湘南、もうかなり遅い時間になっちゃったけど、妹子は大丈夫?」
「今日は僕が遅いということもあり、事務所からタクシーで帰ったそうです。」
「そうか。それなら安心。」
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