第49話 家庭教師

 月曜日の夕方、誠は授業が終わった後、ハートレッドの数学Iの家庭教師をするために、パラダイス興行に向かった。

「誠君、いらっしゃい。今日はハートレッドちゃんの受験勉強に付き合うんだっけ。」

「はい、その通りです。もし、社長も何か教えられそうな教科があったら、いっしょに教えて頂けませんか?」

「センター試験は受けたけど、この歳になると高校の勉強は覚えていないかな。今教えられるとしたら音楽だけだね。」

「残念ながら共通テストには音楽はないです。」

「うん、残念だけど。」

「分かりました。でも、アイシャさんの来年の個別学力試験には役に立てそうですね。」

「いや、僕が知っているようなことはアイシャちゃんは全部知っているから。まあ、アイシャちゃんの演奏の観客になるぐらいかな。」

「僕もそうです。」

「おい、少年、何で私に聞かない?これでも悟と同じ大学に行っていたんだぞ。」

「そうでしたね。橘さんはハートレッドさんに教えられそうな科目は何かありますか?」

「そうだな。ヴォーカルと根性だな。根性なら、共通テストでも役立つだろう。」

「試験は今週末なので、今からだとかえって害になりそうです。」

「私でも、センター試験には1か月ぐらいかけたからな。1週間だと難しいか。」

「1か月漬けですか?それでよく社長と同じ大学に受かりましたね。」

「それが高校3年の終わりに付き合っていたやつが、たまたま頭が良い男でね。勉強を教えてもらっていた。」

「そうなんですね。でも、その話は深くは聞かないことにします。」

「いや、聞けよ。」

「聞いちゃいけないかなと思いまして。」

「大学に入って悟たちのバンドに入ったら、冷めて振ってしまった。別れるときに泣いていたな。悪い奴ではなかったので、今では悪いことをしたと反省している。幸せになっているといいが。」

「心配しなくても、橘さんと付き合う時点で、それなりの覚悟はしていたと思います。」

「何だ、少年。私は付き合うのに覚悟がいる女なのか。」

「少なくとも、話を聞く限りはそうだったと思います。」

「今は大丈夫と言うことか?」

「幾分は。」

「幾分か。・・・・こら、悟。何笑っている。」

「ごめん、ごめん。」


 少しして、尚美とハートレッドが事務所にやってきた。

「お兄ちゃん、ごめんなさい。打合せが少し伸びてしまって。」

「お兄さん、お待たせしてすみません。」

「大丈夫です。今から始められますか?」

「はい。試験までもう1週間もないので。」

「さすがです。尚はどうしている?」

「4月のワンマンライブのアイディアを練っている。」

「分かった。それではハートレッドさん、始めましょうか。」

誠とハートレッドが練習室に移動する。

「まず、これを見て下さい。」

誠がハートレッドに数Iに関してまとめた紙を渡す。

「これが2年前に僕が受験したときに、数Iに関して要点をまとめたものを手直ししたものです。まずは、この内容を知っているか確認したいと思います。」

「綺麗にまとまっている。さすがプロデューサーのお兄さん!」

「えーと、受験生はこういうものをみんな作っていると思いますが。」

「お兄さんの大学の学生さんはそうかもしれないけど。普通は違うから。」

「とりあえず、順番にやって行きましょう。」

「お願い。」


 ハートレッドが順番に数学Iの簡単な問題を解き、誠が理解度を確認しながら進めていった。1時間半が過ぎ休憩時間となった。

「それでは、30分ぐらい休憩してから再開します。」

「えっ、まだ終わりじゃないの?」

「はい。まだ、半分残っています。」

「もう、数学は無理。国語とかならできるかもしれないけど。」

「そうですか。どうしようかな。」

「お兄さん、悪いけど続きは明日とか?」

「僕は夕方からなら大丈夫ですが。妹に聞いてみます。」


誠が練習室を出てワンマンライブの計画を考えている尚美に話しかける。

「ハートレッドさんが、今日はここまでにして、続きは明日にしたいということだけど。」

「お兄ちゃんに余裕があれば、ハートレッドさんは今週のスケジュールを開けてあるから大丈夫だけど。大学に受かった方がいいと思うし。」

「僕もそう思う。」

「それにレッドさんの勤務時間外だから、恋人になるとかいうんだったら困るけど、そうじゃなければ、私がどうこう言えることじゃないし。」

「分かった。続きは明日にしたほうが良さそう。」

誠が練習室に戻る。

「レッドさん、明日も来ます。」

「あと、お兄さん。私、現国は大丈夫だと思うけど、古文漢文を教えてくれそうな人を知っていない?」

「うちの大学にはいなさそうです。それに、事情を知らない人に頼むのは問題ですし。」

「そうかあ。」

「そうだ、ちょっと、パスカルさんに聞いてみます。」

「監督が!?古文漢文、教えられそう?」

「国語は得意そうですから、古文漢文も得意かもしれません。」

「そう言われれば、お兄さんは理系、監督は文系という感じがするわよね。」

「とりあえず、ハートレッドさんの名前を出さないで、古文漢文を教えられそうかどうか聞いてみますね。」

「有難う。」


 誠がパスカルにSNSで連絡する。

湘南:古文漢文は得意ですか?

パスカル:俺はそこで点を稼いでいた

湘南:明日の夕方から時間はありますか?

パスカル:大会に応募するビデオの案を詰めるつもりだったが大丈夫だ

湘南:それでは明日の夕方お願いできますか?

パスカル:了解。古文漢文というのはセンター試験対策?

湘南:今は共通テストと言いますが、その通りです。相手は女子高校生です

パスカル:何、女子高校生だと。おう任せろ

湘南:有難うございます。今日僕が数学Iを見たのですが、古文漢文は得意でなくて

パスカル:分かった。しかし女子高生の家庭教師とはいいご身分だな

湘南:知り合いから依頼された試験直前の臨時講習です

パスカル:そうか。とりあえず共通テストの過去問は見ておく

湘南:有難うございます

パスカル:それで場所は辻堂か?

湘南:いえ、渋谷です。

パスカル:都内なら楽だ

湘南:それでは明日渋谷駅18:00で大丈夫ですか?

パスカル:大丈夫だ

湘南:それでは明日お願いします

パスカル:おう。明日


 チャットを終えて顔を上げた誠にハートレッドが尋ねた。

「監督、来てくれそうですか?」

「女子高校生に古文漢文を教えることができますかと聞きましたが、大丈夫そうでした。」

「それだけで?」

「はい、それだけです。まだ誰に教えるかは言っていません。明日来る前に話しますが、悪い人ではないですので変な心配はしなくても大丈夫です。」

「それは分かっているけど、お兄さんも、女子高校生というだけで教えるの?。」

「パスカルさんからお願いされれば、女子高校生でなくても教えると思います。」

「なるほど。まさかとは思うけど、監督とは、いわゆるBLの関係なの?」

「違います。」

「そんな真顔で否定されると、普通もっと信じちゃうよ。」

「否定する理由は、知り合いのイラストレーターが、パスカルさんと僕をモデルにBL漫画を同人誌に描いているからです。」

「本当に!?でも分かる。一度その漫画見てみたいな。」

「BLの沼は深いそうですし、レッドさんのイメージに合わないですので、止めておいた方がいいと思います。」

「『ハートリングス』は戦隊系オタクで売っていたから、オタクの勉強だってしたんだよ。だから、BL漫画を見ていると言っても大丈夫。」

「いえ、そのイメージが合っていなかったから、あまり売れなかったんです。」

「売れなかったって、はっきり言うわね。」

「億円単位のお金をかけてもあまり売れなかったんですから、今は妹の考える正統派アイドルの活動していくのがいいと思います。」

「お兄さんの言う通りかもしれないけどさ。でも、そう思うのは、実はシスコンだから?」

「いえ。男性オタクとしての勘です。パスカルさんも間違いなく同意すると思います。」

「BLでもシスコンでもないのか。」

「あの、人をそう言うジャンルにあてはめない方がいいと思います。」

「でも、やっぱりそのBL漫画見てみたい。」

「ですから。」

「受験が終わったらでいいから。」

「分かりました。ちゃんと合格したら差し上げます。」

「本当に?有難う。それで、明日は家で見てくれる。」

「レッドさんの自宅ですか?それは避けた方が良いのでは?」

「親と同居だから大丈夫。それに妹おもいのお兄さんが、妹の知り合いの私に変なことをすることは絶対しないし。」

「妹の知り合いでなくても絶対にしませんが。」

「それならいいじゃん。教材を持ってくるのが重いから、お願い。」

「家はここから近いんでしたっけ。」

「歩いて10分もしない。」

「分かりました。明日はレッドさんの家にお伺いします。」

「有難う。」


 誠と尚美が帰宅し、ハートレッドも家に帰る旨の連絡をすると、家から迎えが来ることになった。それを待っている間、久美がハートレッドに話しかける。

「レッドは少年が好きなのか?」

「さすがプロデューサーのお兄さん、と思いますが、好きというのとは違うと思います。でも、そう言うことを聞くというのは、橘さんはお兄さんを狙っているんですか?」

「あのなー、レッド。さすがに10歳年下はない。」

「でも、ミサさんがお兄さんに気がありそうですから、お兄さんで師弟対決というのも面白そうです。」

「10年前ならともかく、まあ、今の私とミサじゃ勝負にならない。」

「私には今でも勝てるということですか。」

「いや、レッドにも勝てないよ。私で勝てるのはGカップぐらいだな。」

「橘さんはやっぱりヴォーカルですよ。逆に、お兄さんはプロデューサーみたいな子が好きそうですから、普通の人と違ってGカップは不利かもしれませんよ。」

「でも、尚もあれでCカップだからな。」

「えっ、プロデューサー、まだ中学生なのに私と同じなんですか。」

「明日夏もCだな。あとは、ミサがG、亜美がE、アイシャがDだという話だ。」

「ミサさん、大きいと思っていましたがGカップですか。でも、平田社長は、もし音楽事務所でうまくいかなかったら、グラビアモデルの事務所にするつもりなんですか?」

「そっ、そんなことはないよ。バンドメンバーは男の方が全然多いし、由香ちゃんはAカップだし。」

「悟、由佳はそういう話は一切していないわよ。」

「やっぱり、真面目そうな社長も、そういうところを見ているといことですね。」

「そうじゃなくて、どうすれば売れるか観察しているだけ。」

「それなら、橘さん、美人ですし、グラビアの仕事をしながら、歌手で売り出すのが良かったんじゃないですか?」

「レッド、私はロックシンガーでいたいの!」

「でも、知名度は重要ですし、グラビアモデルから有名な歌手になった人もいますよ。」

「レッドも悟や少年みたいなことを言うな。しかし、『Gカップロックシンガー』で売り出すというのは無理だ。」

「『Gカップロックシンガー』!その言葉、破壊力ありますよ。平田社長も考えていたんですね。」

「それは僕が言ったんじゃない。」

「それじゃあ、お兄さんが?」

「そうじゃなくて、久美とミサちゃんの写真集の撮影監督の提案。」

「そうなんですね。撮影監督さんがそう言ったのは、ミサさんと写真集を出す今が知名度を得るチャンスと思ったからなんでしょうけど。」

「僕もそう思うけど。まあ、無理を言っても仕方がない。」

「最初、私たちが戦隊系で売り出したのは、知名度のためだったんですが、みごとに滑ってしまいましたからね。」

「そうそう。奇をてらうとろくなことがないということだよ。」

「橘さんの場合は正攻法とも思いますよ。実際、『Gカップ美人ロックシンガー』ですし。平田社長、押しが弱いです。」

「今はレッドちゃんがいるからいいけど、二人の時にそんなことを言ったら、久美にキックを浴びせられるよ。」

「そんなことと言うのは?口に出して言ってください。」

「後で怖いから言えない。」

「なるほど。パラダイス興行のみなさんが伸び伸びしている理由が分かりました。」

「レッドちゃんも、伸び伸びしているみたいだけど。」

「はい、ここに来ると伸び伸びできます。平田社長の人徳だと思います。」

「良かったわね、悟。こんな美人な子に褒められて。」

「それはそうだね。まあ、レッドちゃんも、いつでも遊びにいらっしゃい。」

「はい、有難うございます。またお邪魔します。」

ハートレッドが母親と車で帰宅した。


 翌日の夕方、誠とパスカルとが渋谷駅で落ち合う。

「おう、湘南。」

「パスカルさん、こんばんは。どうですか、共通テストの古文漢文、分かりそうですか?」

「今日は時間があったんで、勤務中に重要なところを表にまとめてきたからバッチリだ。」

「勤務時間中?大丈夫なんですか?」

「おう、女子高生のためだ。それに、おれの職場は残業をしても残業代が出ない方が多いからな。大丈夫だ。」

「それならいいのですが。」

「でも、女子高生というのは本当なのか?」

「本当です。今からお話しすることは、絶対に秘密ですよ。」

「おう、分かった。口が裂けても言わない。」

「その女子高生というのはハートレッドさんです。」

「湘南、さすがに、それはウソだろう。」

「いえ、ウソではありません。もとは妹からの依頼です。」

「確かにレッドちゃんは高校3年だし。でも本当に本当なのか。」

「はい。これから、ハートレッドさんの自宅に行きます。ご両親もいらっしゃるので、言葉遣いには気を付けてください。」

「一応、公務員なので、言葉使いならば得意だ。任せろ。」

「それでは、ハートレッドさんの本名を伝えますが、これも絶対に秘密にしてください。外の人がいるときは、ハートレッドさんでお願いします。」

「おっ、おう、分かった。」

「本名は、赤坂 結心 (ゆい)さんですので、赤坂さんと呼んでください。」

「赤坂様におかれましては、ご機嫌麗しゅう、大変喜ばしく存じます。」

「あの、皇族に使うような敬語は不要ですから。赤坂さんでお願いします。」

「分かった。だが、そう言ってくれれば、有休をとって復習して来たのに。」

「そこまでしなくても大丈夫だと思います。」

「赤坂さん、お元気そうで、なによりです。」

「まだ堅い気もしますが、それでいきましょう。」

「住んでいるところは、赤坂なの?」

「青山です。住所は聞きましたが、僕も初めて行きます。」

「手土産とか買って行こうか。」

「それは僕も考えましたが、やっぱり不自然ですので、手ぶらで行きましょう。昨日は数Iの要点を書いた紙を渡しましたので、今日のお土産はパスカルさんがまとめたもので大丈夫だと思います。」

「分かった。それで、湘南、ハートレッドちゃん、赤坂さんと話せるなら、溝口エイジェンシーのオーディションのことを聞いてみてもいいかな?ハートレッドちゃんも溝口エイジェンシーの面接を受けているんだよね。」

「ユミさんのためですね。さすが『ユナイテッドアローズ』のプロデューサーです。子役とアイドルでオーディションの内容は違うかもしれませんが、休憩時間に聞いてみましょうか。話に出して嫌そうだったら、すぐに引っ込めましょう。」

「おう。それで、話を切り出すのはお願いできるか。湘南の方が親しそうだし。」

「別に親しいわけではありませんが、ユミちゃんのためにやってみます。」

「そうだな。サンキュー。」


 青山のハートレッドの家の前に到着した。家の周りを回り、家の前に戻ってくると約束の時間1分前になった。

「緊張するな。」

「そうですね。」

「最初にビートエンジェルスに行ったときを思い出すな。」

「はい。あと、30秒です。」

「おう。呼び鈴を押すのは、今回は湘南にお願いする。」

「はい、了解です。15秒前。」

「おう。」

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」

誠が呼び鈴のボタンを押す。10秒ぐらいして、ハートレッドが扉を開ける。

「お兄さん、監督、今日は有難う。遠慮せず、入って。」

「お邪魔します。」「お邪魔します。」

ハートレッドが案内する。

「ここが私の部屋。」

「入っていいのか?」

「入らないと、教えられないですよね。」

「女子高生の部屋だぞ。警察に捕まらないか。」

「見つかったら捕まるかもしれませんが。」

ハートレッドが尋ねる。

「二人とも何を言っているの?」

「いえ、女子高生の部屋に入ったことがないですので。」

「私も男子高生の部屋には入ったことがないけど、とりあえず入って。」

「はい、お邪魔します。」

「お邪魔します。」

「すごいな。」

「すごいですね。」

「ほら。あまり人の部屋をきょろきょろ見ない。」

「申し訳ありません。早速、数学Iから始めましょう。」

「おれは、漢文の準備をもう少ししておく。」

「お願いします。」

「それでは、赤坂さん、昨日の続きから始めます。」

「えっ、もう始めるの?」

「申し訳ありません。僕たちでは、あまり面白い話もできませんし。」

「それはそうだな。」

「それじゃあ、プロデューサーって、お兄さんにとってどういう人か聞かせて。」

「それは休憩時間にお話します。もう一週間もないので始めましょう。」

「おれもその方がいいと思う。」

「分かったわよ。」


 誠が数Iを1時間30分ぐらい教えて休憩時間になった。ハートレッドの母親が持ってきたお茶を飲みながら、雑談を始めた。

「妹が僕にとってどんな人かですね。」

「そうそう。」

「まず最初に申し訳ないのですが、僕は小学5年生の夏に事故にあって、それより前の記憶がありません。」

「そうなんだ。」

「そうなのか。初めて聞いた。今は大丈夫なの?」

「はい、CTやMRIでチェックしていますが、外傷はありません。何かの拍子で記憶が戻ることもあるそうです。」

「悪くなることはないんだね。」

「はい、その事故が原因でこれ以上悪くなることはないそうです。」

「そうか。それは良かった。」

「うん、良かった。」

「ですので、小学5年生より前の妹の記憶はありません。」

「分かったわ。」

「そのためもあってか、妹は僕の健康とか安全をいつも気にしているようです。そういう勉強をしたり、護身術を習ったりしていて、僕のために申し訳ないと思っています。」

「そういうことがあるから、プロデューサーは面倒見がいいのか。」

「そうかもしれません。それに、僕が中学生の時は妹の方が走るのが速かったです。」

「それは、お兄さんが遅すぎただけじゃないの?」

「妹は学年で一番速くて、僕は一番遅かったです。」

「あーーーー。お兄さん、もてなかったでしょう。」

「はい。」

「湘南、俺はそんなに遅くはなかったが、もてなかったぞ。」

「それは、パスカルさんが女の子を変な目で見ていたんじゃないですか。」

「変な目ではないと思うが、よく見ていたかもしれない。なるほど、それか。」

「間違いなくそれです。」

「でも、平田社長も女の子をよく見ているみたいだけど、もてると思うよ。」

「えっ、平田社長も?」

「うん。どうすれば売れるようになるか観察しているって。」

「なるほど。俺もそうだけどな。」

「あの、パスカルさん、赤坂さんには丁寧語じゃないと。」

「お兄さん、別にいいわよ。監督、普通に話して。」

「それでは、普通に話そう。」

「でも、やっぱり、平田社長はすごいイケメンだから徳をしているのかも。」

「結局はそれか。」

「うん。それに、性格もよさそうだよね。」

「それはそうだ。俺が尊敬するプロデューサーだからな。」

「うちにはいないタイプかな。タレントにイケメンならいくらでもいるけど。」

「溝口エイジェンシーということ。」

「うん。」

誠がハートレッドにオーディションについて聞く。

「あの、赤坂さん、溝口エイジェンシーのことで質問があるのですが。」

「どんなこと?」

「赤坂さんも溝口エイジェンシーのオーディションを受けたと思いますが、もしよろしければ、その時の話を聴かせて頂けないでしょうか。」

「お兄さん、溝口エイジェンシーのオーディションを受けるの?」

「僕ではなく、『ユナイテッドアローズ』のメンバーのユミという小学生のアイドルが受ける予定です。」

「何だ、お兄さんとパスカルさんの漫才コンビで受けるのかと思った。それだったら、楽しみだったのに。」

「ははははは。」

「あっ、そう言えば、うち、今、子役のオーディションをしていたね。」

「はい、それです。」

「でも、受かったら、その子はいなくなっちゃうけど、いいの?」

「はい。僕たちがユミさんやアキさんの地下アイドル活動を支援している理由は、二人がプロのアイドルになってもらうためなんです。」

「へー、そうなんだ。お兄さんもパスカルさんもいい人っぽいから、女の子の夢を叶えるのが趣味だったりするのかな?まあ、実はすごい悪人だったりするのかもしれないけど。」

「はい、ハートレッドさんの場合は、そう思って注意しておいた方が良いと思います。」

「俺もそう思う。」

「なるほど。お兄さんと監督はアキさんとユミさんを餌にして、私に悪いことをしようとしているのね。」

「あの・・・・。」

「そこまでは・・・・。」

「ごめん、ごめん。大丈夫。冗談よ。それじゃあ、交換条件として、お兄さんのお友達が描いたという二人の漫画を見せてくれるならいいわよ。」

「えっ、あれですか。」

「湘南、何で赤坂さんがコッコちゃんの漫画を知っているの?」

「えーと。」

「私がお兄さんとパスカルさんはBL?って聞いたら、お兄さんが漫画の話をしてくれて、見たいと言ったら、合格するまでダメと言ったので。」

「そうですか。分かりました。どうする、湘南?」

「うーん、ここは、ユミさんのためですから。」

「・・・そうだな。分かりました。でも、どうやって渡そうか。」

「この漫画の件は、妹にもお願いしにくいので、ここに郵送でしょうか。」

「そうだな。」

「お兄さんたち、もし良かったら、明日も教えに来てくれないかな。明日、午前中に事務所に行く用事があるから、子役のオーディションの情報を聞いて調べておくから。」

「本当ですか。俺は大丈夫だけど、湘南は?」

「僕も大丈夫です。コッコさんからもらって封をあけていないものがありますので、それを持ってきます。」

「おう、頼んだ。それじゃあ、念のため土下座してお願いしよう。」

「分かりました。」

二人が土下座をする。

「役のオーディションの情報、よろしくお願い申し上げます。」

ハートレッドが見下ろしながら言う。

「スカートの中を覗こうとしているんじゃないわよね。」

「いえ、ズボンですから、絶対に見ることはできません。」

「あっ、そうか。」

「スカートだったら、パスカルさんでも土下座はしなかったと思います。オーディションの情報が本当に欲しいだけだと思います。」

「確かに土下座までされると、明日、絶対に忘れるわけにはいかないとは思うわよね。そこまでして知りたいんだ。ユミちゃんのために。」

パスカルが答える。

「はい、その通りです。」

「でも、もし私がそれじゃあ誠意が足りない。足の指をなめろと言ったらなめるの?」

「えーと・・・。」

「パスカルさんはなめると思いますが、赤坂さんのために止めて方がいいと思います。」

「湘南の言う通り、俺は喜んでなめるが、赤坂さんのために止めておこう。」

「まあね。それじゃあ、明日、オーディションのことを聞いてくる。そっちも、漫画を忘れないでね。」

「分かりました。」

「でも、湘南、あれR18の内容だったよな。大丈夫か?」

「そうでしたね。16歳のアキさんが読んでいたのでそのことを忘れていました。」

「アキちゃんは、オタクだから大丈夫かもしれないけど。」

「あの、私はもう18歳だから大丈夫。」

「そうですね。でも、赤坂さんがR18のBL漫画を読んだというのは秘密にする必要がありますね。」

「それはそうだな。」

「二人とも心配しすぎ。そのぐらいなら、しらばっくれれば大丈夫。私より由香さんの方が心配かな。私はダンスの東京予選からの知り合いだから知ってるけど。」

「赤坂さん、その話はダメです。」

「そうよね。ごめんなさい。」

「あの、パスカルさんも聞かなかったことにして下さい。」

「よく分からないが、分かった。元からダンスをやっていて仲が良かったというから、赤坂さんと由香ちゃんのGLの話?」

「はい、それに近い話ですので、お願いします。」

「そうか、それは秘密だな。」

「あんまり近くはないと思うけど、パスカルさん、お願いね。」

「おう、この命をかける。それに、俺は公務員だから、個人情報の口は硬い。」

「それでは、また勉強を再開しましょう。次はパスカルさん、古典漢文をお願いします。」

「えーー、もう。」

「はい。もう、一週間もありませんので。」

「ところで、お兄さんは、プロデューサーが何カップか知っている?」

「何カップというのは?」

「胸の大きさ。」

「知るわけないですよね。」

「それが中学生なのにCカップなんだよ。」

「別に言わなくていいです。」

「私と明日夏さんと同じ。」

「えっ、あっ、同じということは・・・」

「あの、赤坂さん、人の個人情報を勝手に言ってはダメです。」

「まあ、見る人が見れば分かるから大丈夫じゃない。胸が開いたドレスとかも着るだろうし。でも、監督、今驚いたのは明日夏さん?それとも私?」

「いや。」

「明日夏さん?それとも私?」

「両方です。あの、パスカルさん・・・。」

「分かっている。極秘事項だよな。」

「それで、ミサさんと橘さんがG、亜美さんがE、アイシャさんがDなんだ。」

「あの、赤坂さん、もしかして休憩時間を伸ばそうとしていますか?」

「へへへへへ。それで、お兄さん、プロデューサーはどこまで成長すると思う?」

「休憩時間を伸ばそうとするのは仕方がないですが、そういうことを勝手に話すと、赤坂さんでも解雇されるかもしれませんよ。」

「でも興味あるでしょう。」

「ないと言えばウソになりますが、勉強を再開します。」

「えーと・・・。」

「再開します。」

「分かったわよ。」


 二人がパスカルを見る。パスカルがティシュで鼻を押さえていた。

「すまん、鼻血が出てきた。すこし待ってくれ。」

「大丈夫ですか。」

「大丈夫。床は汚していない。念のため自分のコートを下に敷いておくよ。」

「もう、いやだなー。監督もこんな話で興奮しないでよ。」

「いえ、赤坂さんがいけないんです。」

「その通り。」

「そうなの?」

「はい、赤坂さんはオタク男性の心が分かっていないんです。我々を普通の男性と思わないで下さい。」

「下さい。」

「そうか。気を付ける。」

「パスカルさん、大丈夫ですか?」

「まだ大丈夫じゃないけど、時間がないので、赤坂さん、とりあえず、これを声を出して読んでみて。」

「古典ね。分かった。」

ハートレッドが古典の一節を読み上げる。

「どうですか?」

パスカルが後ろを見ていた。

「綺麗な声で、鼻血がもっと出てきたけど、次は俺が読んでみる」

「パスカルさん、大丈夫ですか?」

「ああ、ティシュで塞いでおけば大丈夫だ。コートも下に敷いたし。」

「ゴミ袋を持ってきましたので、ティシュはそこに捨てて下さい。」

「さすが用意がいいな。」

「本は僕が持ちますので、上を見て読んで下さい。」

「サンキュー。赤坂さん、さっき読んで間違ったところを自分でチェックしてみてね。」

「了解。」

誠が本を持って、パスカルが上を向いても見えるようにした。パスカルが本を読み始め、読み終わったところで、パスカルが話しかける。

「間違えたところを、チェックできた?」

「はい。」

「それじゃあ、もう一度読んでみて。」

「了解。」

ハートレッドが再度読み始め、読み終わったところで、パスカルが後ろを向いたまま話しかける。

「それじゃあ、一文ずつ読んだ後、現代文に訳してみて。」

「はい。」

ハートレッドが現代文に訳す。パスカルが間違いを直し解説しながら、その節が終わった。

「パスカルさん、鼻血の方は大丈夫ですか?」

「おっ、おう。大丈夫になったみたいだ。」

「本当に?」

そう言いながら、ハートレッドが顔を寄せて見る。

「えっ。」

パスカルが後ろに下がるが、また鼻血が出てきた。

「赤坂さん、あの、パスカルさんをあまり刺激しないで下さい。」

「監督が心配で見ただけだけど。」

「そうかもしれませんが。」

「いや、湘南、いけないのは俺だ。俺の修業が足りないだけだ。」

「女の子の顔をこんなに近くで見ることはないですからね。」

「それはそうだな。それに、・・・・・。」

「赤坂さんだからですか。」

「おう。時間がないから続けよう。明日も来るから、まとめたものを見るのは宿題にして、今日は読むことを中心にしよう。」

「分かったけど。監督、大丈夫?」

「大丈夫。もし俺が死んだら、花一輪を供えてくれ。それで本望だ。」

「鼻血ぐらいで、カッコつけているつもり?」

「なわけない。では、さっきの続きを読んでみて。」

「分かった。」


古文漢文の読みを中心にして、1時間半が経過した。

「それでは、僕たちはこれで失礼します。宿題はやっておいて下さい。」

「来週は余裕ができるだろうから、それまでファイト!」

「来週は来週で新曲の練習で忙しいんだよ。曲のタイトルが何だけどね。」

「おっ、おう。どんな曲でも、赤坂さんが歌えば大丈夫だ。」

「あの、赤坂さん。」

「分かっている。新曲の情報は言わない。オーディションのことは聞いてくるので、漫画をお願いね。」

「はい。それでは、また明日。」

「また明日。」

「また明日。」


 二人は駅に向かった。

「ハートレッドちゃんの家庭教師なんて、本当は威張れるところだけど。」

「念のため『ユナイテッドアローズ』の中でも秘密にしておいてください。」

「分かっている。でも、コッコちゃんは勘が良いからな。」

「怪しまれても、守秘義務があるからと断ってください。」

「まあ、本当のことだしな。」

「でも、ミサちゃん、Gカップか。」

「それもあまり人に言わないで下さい。ミサさんは写真集を出せば分かってしまうと思いますが、明日夏さん、アイシャさん、ハートレッドさん、亜美さん、妹については写真集を出すまでは絶対秘密で。」

「分かっている。明日は有休を取って準備してくる。」

「何も休まなくても。」

「『ユナイテッドアローズ』のビデオの方も考えないといけないからな。湘南もちゃんと明日の準備をしてくるんだぞ。」

「家庭教師の件は、僕は前から聞いていたので準備をしてあったのですが、パスカルさんは急な話で申し訳ありません。」

「いや、楽しいから構わん。しかし、ハートレッドちゃん、あれだけ美人なのに人懐っこいって、反則だろう。」

「はい。ですから、テレビで見た雰囲気もいいんだと思います。パスカルさん、もしかして、アキさんのことを考えていますか?」

「そうだな。何か考えないと。いま考えているビデオの案だとやっぱりだめだな。」

誠は『ユナイテッドアローズ』を忘れていないパスカルのことを、さすがと思いながら言う。

「何も、ハートレッドさんに勝つ必要はないと思いますが。」

「そうだけど、少しでも差を詰めないと。やっぱりアキちゃんとユミちゃんの得意なところを生かさないとか。」

「そうですね。」

「湘南、もし、アキちゃんがアニメオタ全開で、ユミちゃんがアイドルオタ全開で行くとすると、どうまとめるか?」

「曲は新曲で、1番がアニメ、2番がアイドル、3番がオタク全般みたいな感じですか。」

「そうだな。曲作りは間に合うか?」

「次の日曜日までに曲を作って、その次の日曜日に撮影になりますよね。」

「そうなるな。」

「曲は作りかけのものから何とかするにしても、歌詞をどうしようかという感じです。」

「まあ、無理そうだったら、ワンマンライブのビデオを見返してみて、一番盛り上がった曲を中心に練り直すか。」

「こちらは、とりあえず、新曲を進めてみます。」

「おう。頼む。」


 誠は恥を忍んでSNSで明日夏さんにお願いしてみることにした。

辻:大変申し訳ないのですが

秋山:何だ。レッドちゃんのことで何かやらかしたのか

辻:やらかしていないこともないですが、今はそのことではなく

秋山:昨日はレッドちゃんの家庭教師だったんだろう

辻:結局、明日まで家庭教師をすることになりました

秋山:3日間もか。何をやらかした?

辻:やらかしたのは僕ではなくパスカルさんですが内容は秘密です

秋山:パスカルさんとやらもいっしょだったのか

辻:はい、昨日から古典漢文を担当しています

秋山:たいしたことではなさそうだから興奮して鼻血を出したとかか

辻:えーと

秋山:まあいい。それでハートレッドちゃんの事じゃないなら何だ

辻:ユナイテッドアローズの曲の作詞をお願いできないかと思いまして

秋山:何だ、また別の女の話か

辻:二人の特徴をもっと生かさないと話にならないということになりまして

秋山:レッドちゃんと比べてパスカルさんとやらが言ったのか

辻:率直に言うとその通りです

秋山:まあ作詞ならいいぞ

辻:有難うございます

秋山:コンセプトは?

辻:1番がアニメオタク、2番がアイドルオタク、3番がオタク全般みたいな内容にしたいと思っています

秋山:なるほど


 少し時間が空く

秋山:イントロでアニオタ全開、ドルオタ全開、オタク全開、2番前がアニオタ最強、ドルオタ最強、オタク最強、3番前がアニオタ最高、ドルオタ最高、ユナアロ最高と叫ぶ感じか

辻:それすごくいいですね。さすがです。

秋山:まあプロの作詞家を目指しているからな

辻:ユナアロはパスカルさんに確認してみます

秋山:マリさんが入るときの最後は人妻最高かな

辻:本人はやりたがるかもしれませんが、却下だと思います

秋山:パスカルさんとやらも意外に堅いからな

辻:地方公務員ですから

秋山:途中まででもいいから曲ができたら送ってくれ

辻:了解です

秋山:ではまた

辻:はい。またよろしくお願いします


 翌日の夜、誠とパスカルがハートレッドの家の前で待ち合わせた。二人とも時間前に到着し、道で約束の時間まで待つことにした。

「作詞は明日夏さんが引き受けてくれることになりました。」

「いいのか?」

「はい作詞の練習になるからだと思います。」

「『あんなに約束したのに』もいい歌詞だったし。それなら大丈夫だろう。」

「それで、『ユナイテッドアローズ』をユナアロと略していいかと聞かれました。アニオタ最高、ドルオタ最高、ユナアロ最高!と叫ぶところを作りたいみたいです。」

「おう、いんじゃないか。その歌詞で使うなら、ユナアロ、積極的に使おう。」

「了解です。」


 二人が道で時間を待っていると、玄関の扉が開いてハートレッドが出てきた。

「お兄さん、監督、いらっしゃい。上から見えたから。」

「おっ、おう。」

「赤坂さん、少しでも早く勉強したかったんですね。赤坂さんの考えが分からず、申し訳ありません。」

「お兄さん、それじゃイヤミになっちゃうよ。とりあえず入って。」

「お邪魔します。」

「お邪魔します。」

ハートレッドの部屋に移動する。

「監督、お兄さん、子役のオーディションのこと、聞いてきたよ。」

「有難うございます。」

「有難うございます。そのことは休憩時間に聞くことにして、最初に赤坂さんの試験勉強の前半を片づけましょう。」

「その前に、漫画は持ってきた?」

「はい、この袋の中に入っています。ここに置いてきますが、受験が終わってから見るようにして下さい。」

「まあ、そうする。」

「それでは、今日は俺から始める。」

「鼻血は出さないでね。」

「おう。もしそうなったら俺が後にまわる算段だ。」

「作戦を考えてきたんだ。」

「その通り。」

「あまり威張って言うことじゃないと思うけど。」

ハートレッドが顔を近づける。パスカルが驚いて後ずさりする。

「あっ、あの、心臓に悪いので止めて下さい。」

「パスカルさんの場合、ショック死する可能性がありますので止めましょう。」

「確かに死なれたら困るわね。」

「それは俺も困る。まっ、まずは宿題を見せてくれ。」

「これ。やったのは半分ぐらいだけど。」

パスカルが少し残念そうに言う。

「半分か。」

「赤坂さん、数学Iもですか?」

「そうかな。あの、お兄さんたち、私は普通の高校生と違うんだから。」

「それは分かっています。でも、妹には普段でもこの2倍以上の量は出しています。」

「お兄さんはプロデューサーにも厳しんだ。」

「いえ、妹はもっと出してと言っていますが、消化不良になるので抑えています。」

「分かった。分かった。ごめんなさい。明日からはちゃんとやる。だから、明日も来て。お願い。家庭教師のバイト料ならお母さんが払ってくれるって。」

「僕は大丈夫ですが、パスカルさんは?」

「俺も大丈夫だが、いいのか?俺たちが赤坂さんにそんなに会って。」

「試験が終われば会うこともないでしょうから大丈夫です。とりあえず、今は赤坂さんが合格するように全力を尽くしましょう。」

「そうだな。おれはバイト料は受け取れないから、湘南が使ってくれ。」

「分かりました。ビデオ制作の消耗品に使います。」

「OK。それじゃあ始めるか。」

誠の「もう会うこともない」という言葉に引っ掛かりを覚えたハートレッドが話しかける。

「あの、もし良かったら金曜日までは毎日来てくれない?もしできれば二次試験が終わるまで、たまにでも見てくれると嬉しい。結構、役に立っているから。」

「僕は大丈夫ですが。」

「俺も大丈夫だけど。」

「分かりました。金曜日までは毎日来ます。それ以降は、僕たちが必要になったら妹に言ってください。パスカルさんと時間を調整して必ず来ます。」

「でも、金曜日はリラックスして早く寝た方がいいよな。」

「それもそうですが、簡単な問題をやればリラックスできると思います。」

「そうだな。」

ハートレッドが言う。

「まあ、二人を見ているとリラックスできて、早く寝れそうだよ。」

「湘南、俺たちは愛玩動物みたいなものということか?」

「良く分かりませんが、役に立つならいいでしょう。」

「そうだな。」

「有難う。それにしても二人とも、仲良さそうね。」

「そう言うものではないと思います。」

「まあ、弱い動物は群れるみたいなものかな。」

「パスカルさんの言う通りです。」

「ははははは。やっぱり、おかしい。」

「俺たち、笑われているのかな。」

「リラックスして勉強できるならいいことにしましょう。」

「まあ、そうだな。赤坂さん、時間がもったいないから始めよう。まずは、宿題の文章を読んでみて。」

「了解。」


 休憩時間になって、母親が持ってきたお茶を飲みながら、ハートレッドがオーディションについて話し出す。

「それじゃあ、溝口エイジェンシーのオーディションの話をするね。」

「頼む。」

「お願いします。」

「第一次面接は何よりも目立つことが必要だって。」

「目立つことか。」

「分からないことはないですね。」

「うん、何でもいいの。すごく可愛いとか、愛嬌があるとか、声が可愛いとか、頭が回るとか、歌に魅力がある、ダンスに魅力があるとか。歌やダンスは単に上手というより、もう一度見てみたくなるというのが重要みたい。」

「湘南、やっぱり、何かで頭一つ秀でたものが必要と言うことなんだろうな。」

「頭一つでは不足するかもしれないですが。」

「それはそうだな。ユミちゃんがアピールするなら何がいいだろうか。」

「ユミさんは、総合力のところがありますよね。あとは頭が回ります。」

「そうだな。歌はあの歳にしては上手とは思うが。」

「溝口エイジェンシーに応募するような人のレベルが分かりませんが、一般的にはそうだと思います。」

「そうか。最終面接まで進むとレベルはかなり高いからな。」

「今は一次面接のことを考えましょう。」

「そうだな。」

「ところで、赤坂さんの場合は、やっぱりダンスが評価されたんですか。」

「そうだと思ったんだけど・・・・。」

「だけど?」

「いや、言いにくいんだけど。」

「言いにくいのでしたら、話さなくても大丈夫です。」

「・・・・一応、最初は美人と言うことで通ったみたいよ。」

「あっ、それはそうですね。」

「そうだよ、湘南。失礼だろう。」

「大変申し訳ありません。」

「でも、最終面接ではダンスも評価された。」

「はい、それはそうだと思います。」

「おう、優美なダンスが似合うものな。」

「本当は切れ切れのダンスを踊りたいんだけど、優美に踊れと言われているのは、やっぱり、男子にはそっちの方が受けるのか。」

「はい、その路線は間違っていないと思います。」

「俺もそう思う。」

「まあ、切れ切れのダンスじゃ、由香に絶対かなわないしね。」

「プロならば、自分の優位なところで戦えば良いと思います。」

「俺もそう思うぜ。」

「有難う。」

「でも、二次面接、最終面接と進むと、総合力が問われるわけですね。」

「総合力?どうかな。最後はインスピレーションって言っていたから、面接する人も本当は誰が売れるか分からないんじゃないかな。」

「大きな会社で余裕があるから、何割かが売れればいいという感じなのか。」

「もちろん、その確率は上げたいでしょうけれど。」

「それはそうだな。」

「マニュアル化された評価法みたいなものはないんですね?」

「歌、ダンス、トークの魅力、礼儀正しさや真面目さとか、使いやすいかみたいな評価項目はあるみたいだけど、その評価自体は面接員の印象で決まるし。」

「そうでしょうね。」

「それに、本当に飛びぬけているものがあると、プロデュースしてみようという気になるみたいね。ミサさんの歌と容姿とか。ミサさんは他の項目はあまり良くなかったらしいけど、その二つだけでプロデュースすることになったみたい。」

「そうかもしれませんね。」

「えっ、ミサちゃんの他の項目は低かったの?」

「あまり詳しくは言えないけど、ロック以外に興味がなさ過ぎたみたい。でも、ああいう人が本当のアーティストなんだと思うよ。」

「いわゆる芸能人じゃなくてですね。」

「うん。」

「なるほど。それなら納得だ。」

「本当に貴重な話、大変有難うございました。」


 まだ勉強したくないハートレッドが時間を確認する。

「休憩時間は、まだ10分だよ。」

「それでは、赤坂さん、大学生活で聞きたいこととかありますか?」

「お兄さんは理系の大岡山工業大学ですよね。」

「はい、恋人にしたくない大学で有名です。」

「へー、そうなんだ。お兄さんを見ていると、なんとなく分かるけど。」

「赤坂さん、厳しい。」

「でも、普通じゃない女の子にはもてるかもよ。」

「そんなに世界は甘くないと思いますが、有難うございます。」

「理系大学は実験が大変なんだよね。」

「一番大変なのは建築の設計って言われています。僕は情報系なので、プログラミング実習が大変と言われます。」

「お兄さんは大変じゃないということ?」

「プログラミングは小さい時からやっていましたし、今はバイトでもやっています。」

「そうなんだ。さすがプロデューサーのお兄さんよね。」

「妹の方がすごいと思いますが、嬉しいです。」

「プロデューサーはそう思っていないみたいだけどね。」

「兄妹だからですかね。」

「そうじゃないかもしれないけど。ところで、監督の出身大学はどこなんですか?」

「上智だけど。」

「ちょっとイメージじゃないかな。」

「それで、哲学科と言うとみんなが驚く。」

「へー。われ思うゆえにわれあり、って感じか。」

「デカルトね。人間は考える葦である。」

「聞いたことがあるけど、誰が言ったんだっけ?」

「パスカル。」

「なるほど。」

「俺じゃないけど。」

「知ってる。」

「大学の偏差値がほぼ同じですから、パスカルさんの情報は役に立つかもしれません。」

「ここで、実用的な面を考えるのは、やっぱり、お兄さんという感じ。」

「そうかもしれません。」

「でも、お兄さんの言う通り。監督、数Iはできたの?」

パスカルが親指を立てながら言う。

「全然分からなかったぜ。」

「監督、自信を持って言わない。でも、数Iは分からなくても何とかなりそう?」

「おれの場合はなんとかなったけど。」

誠が意見する。

「いえ。共通テストだけで受かりたいなら、そういうわけにはいかないと思います。」

「まあ、共通テストだけで受かれば楽よね。」

「パスカルさんはどのテストで受かったんですか。」

「うーん、受かったのは上智の3回目だった。」

「全部で、何回受けたんですか?」

「いろいろな大学で8回は受けたけど、よく覚えていない。」

「8回か。」

「赤坂さんはもっと早く受かると思います。」

「俺もそう思う。」

「だといいな。面接があれば楽になったかな。」

「うん、やっぱり美人は有利かもしれないな。」

「ボーダーライン上だったら有利なこともあるかもしれませんが、美人であることにかまけていると、後で大変なことになると思います。」

「まあ、歳もとるからね。」

「はい、実力を付けないと。」

「でも、湘南はもてるわけじゃないのに、美人にも厳しいよな。」

「それは、すごく可愛いプロデューサーがいつも隣にいるからじゃないかな。」

「でも、妹子ちゃんは普段はすごい地味な格好をしているみたいだけどな。」

「妹子?」

「俺たち、デビューする前に会っているんだけど、その時は湘南妹子と名乗っていた。」

「そうなんだ。お兄さんの妹と言うことね。」

「デビューしても、湘南妹子と星野なおみが同一人物と分からなかった。」

「へー、私は可愛いプロデューサーしか知らないけど。地味な恰好のプロデューサーも見てみたいな。」

「お利口な学級委員長にしか見えない。」

「やっぱりお利口には見えるわけね。」

「それはその通りだ。」


 誠が時計を見る。勉強したくないハートレッドが雑談を続けようとする。

「まだ、休憩時間だよ。」

「そうですね。えーと、大学に入ったら何をしてみたいですか?」

「合コンかな。」

「はい!?」

「湘南、赤坂さんにその必要はないよな。」

「僕もそう思います。」

「私、女子中、女子高だったし。普通の大学生みたいなことをしてみたいのかもしれない。」

「普通の女の子に戻りたいというやつか。」

「それ、赤坂さんは知らないと思います。」

「うん、知らない。何それ?」

「昔、そう言って辞めたすごい人気のアイドルが居た。」

「でも、少ししたら、芸能界に戻ってきましたけど。」

「やっぱり芸能界は刺激があるという感じ?」

「そうね。いろんな人に会えて楽しいこともある。でも、厳しいことも多い。人気とかいつも気になるし、人に気を使わなくてはいけないし。」

「逆に、人気絶頂で結婚して戻ってこなかった歌手もいます。」

「相手のことがすごく好きだったのかな。」

「はい、そうだと思います。相手はイケメン俳優でしたが、その俳優も浮いた話は1回もなかったでした。」

「へー、それはいいわね。」

「ハートレッドさんは大学に入ったら何を勉強したいんですか。」

「えーと。二人は勉強をしたくて大学に入ったの?」

「俺は哲学が勉強したかった。」

「僕は情報系の学問を勉強するために入りました。」

「ふーん。私って何系に見える?」

「文系だとは思うけど。」

「はい、僕もそう見えます。」

「自分では体育会系だと思っている。」

「ダンスが好きだからか。」

「体とかは柔らかいんですか?」

「開脚とかできるようになるまで苦労したけどね。見てみる。」

ハートレッドが前屈や開脚をする。

「あの、またパスカルさんが鼻血を出すと困るので、そのぐらいで。」

「でも、今日の監督の分は終わったでしょう。」

「一応パスカルさんにも恥というものがあるみたいですので。」

「一応はある。」

「分かった。もう止める。」

「それなら、お茶の水大学の芸術・表現行動学科とかもありますけど。」

「何それ?」

「こういう学科です。」

誠がホームページを見せる。

「へー、芸術としてのダンス、面白そうではある。」

「しかし、湘南もよくそんな学科を知っているな。」

「高校の同級生が行ったので、そういう学科もあるのかと思って。」

「お茶の水大学というと、女子よね。もしかして、お兄さん、その子が好きだったとか?」

「いえ。」

「なんか、怪しいな。」

「憧れみたいなものでしょうか。逆上がりもできない僕からすると、高い鉄棒で自然にスッと蹴上がりで上がれるのは、横から見ていてカッコよかったです。」

「私も蹴上がり得意だよ。すごい綺麗と言われた。」

「外見じゃなくて?」

「監督、違うわよ。遠くから見ても綺麗と言われていた。今から公園に行って見てみる?」

「・・・・・・。」

「どうしたの?」

「いや、それなら『ハートリンクス』のプロモーションビデオで使えるなと思って。」

「なるほど。そっちの話になるのね。それで、お兄さん、その同級生とはどういう関係だったの?」

「あっ、もう時間ですから勉強を再開しましょう。」

「ごまかした。」

「何もないです。遠くから見ていただけです。半分でもいいのでやってきた宿題を見せて下さい。」

「うーん、溝口エイジェンシーについて聞くことない?」

「ないこともないですが、今は赤坂さんの受験が大切です。」

「えー。私、今までこんなに勉強したことはないわよ。」

「まずは図形問題から見ます。」

「分かったわよ。鬼。それじゃあ、明日、その子の写真を持ってきて。」

「卒業アルバムでいいなら。」

「分かった。絶対よ。」

「はい。」


 誠がハートレッドの解答を見るとともに、宿題のハートレッドの理解が不十分な部分を中心に解き方を解説した。

「円があったら円周角や中心角や正弦定理が使えないか考えてみてください。三角形があったら、余弦定理も使えます。直角があればピタゴラスの定理が使えます。内心は頂点の角の二等分線、外心は辺の垂直二等分線の交点で、内接円、外接円の中心になります。重心は頂点と辺の中点とを結ぶ線です。」

「そうね。でも、難しいな。」

「問題を全部解くことは考えなくてもいいので、前半の簡単な問題だけでも解くことを考えましょう。そのためには、いろいろな方向から考えてみましょう。」

「分かった。」


 翌日の木曜日は宿題の続きと水曜日に出した宿題を復習するとともに、誠とパスカルが持ってきた卒業アルバムで雑談をした。最終日の金曜日は、共通テストの準備により大学の授業が休みで、誠が大学に行く必要がなかったため、パスカルも半休を取り、家庭教師を早めに始め、リラックスのため雑談を交えながら簡単な問題だけを勉強した。

「監督とお兄さんを描いたこの漫画、面白かった。」

「えっ、こっこれ、読んだの!?」

「うん、今日はずうっと家だったから、休み時間にちょっと見てみようと思ったら、止まらなくて。でも、すぐ読み終わったし。」

「薄い本ですからね。」

「できれば、会えなくなってから読んでほしかった。」

「それは、そうですね。」

「心配しなくても、大丈夫よ。架空の話って分かっているから。」

「有難うございます。」

「それに、お兄さんの好みのタイプも分かったし。」

「別に、好みのタイプと言うわけではないのですが。」

「お兄さんにはないところを持っているということね。」

「それは、そうかもしれないです。」

「監督、お兄さん、それじゃあ、これを演技でやってもらえますか。」

ハートレッドがコッコが書いた漫画を見せる。

「えーと。」

「やってくれたら、私がすごくリラックスできると思う。」

「どうする、湘南。」

「本当にリラックスできるなら、仕方がないですが。」

「できる。」

「じゃあ、やるか。」

「分かりました。」

誠とパスカルが肩を抱き合い漫画のようなポーズをとる。

「平塚。」

「バールさん。」

ハートレッドが写真を撮ろうとする。

「あの、赤坂さん、写真は勘弁して。さすがに恥ずかしい。」

「僕もです。」

「大丈夫、SNSに上げたりしないから。」

「それはそうだろうけど。」

「私なんていつも写真を撮られてばっかりなんだから。たまには撮る方にまわってもいいじゃない。」

「確かに俺たちは、消費してばかりだからな。」

「それはパスカルさんの言う通りですね。」

「消費って?」

「えっ、湘南、消費には別に変な意味は入っていないよな。」

「はい、普通に観賞する以上の意味はありません。」

「変な意味って?普通じゃない観賞って?」

「でも、消費するという表現は、ある芸能人の写真に飽きたら別の芸能人の写真を観賞するという意味が含まれますから、芸能人の方には失礼な言い方だとは思います。」

「それは湘南の言う通りだ。土下座して謝ろう。」

「はい。」

二人が土下座しようと膝を付く。

「ごまかしてもだめ。普通じゃない観賞って、どういう観賞?」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「答えられないの?もしかして、いやらしい話?」

「否定はできないです。」

「でも、俺たちは絶対に赤坂さんの写真でそんなことはしません。」

「そう。でも、許して欲しければ、今日は二人は私に絶対服従と言うことで。」

「どうする、湘南。」

「赤坂さんはトップアイドルですし、あまり無理は言わないと思います。」

「それはそうだな。それじゃあ、絶対服従でOKだ。」

「はい、絶対服従でOKです。」

「やった!」

「えーと、そんなことが嬉しいの?」

「うん。いろいろなポーズをしてもらって写真を撮れる。」

「でも、ファーストキスが湘南と言うのは勘弁で。」

「はい。僕もお願いします。」

「何、甘いこと言っているの?私なんて好きでもない男とファーストキスしなくてはいけないかもしれないんだよ。」

「そうか。アイドルだと、映画とかでそうなる可能性もあるか。」

「可能性があるというより、私は恋人が作れないから、映画で主演となったらそうなる。」

「その通りですね。やっぱり大変な職業ですね・・・・。」

「お兄さんは、プロデューサーのことを考えた?」

「はい。」

「でも、湘南、年齢制限とかあるんじゃないか?」

「あまりないみたいです。かなり人気があったバンドの14歳のボーカルのキスシーンとかありました。」

「そう言えば、そうだったな。」

「でも、もしいやでしたら、妹に相談してください。僕から伝えてもいいです。」

「お兄さん、心配してくれて有難う。でも、覚悟はしているから大丈夫。」

「そうですか。」

「ということで、二人にはファーストキスをしてもらおうかな。」

「えっ。」

「えっ。」

「ウソ。キスはなしで。」

「有難うございます。」

「有難うございます。」

「それじゃあ、セーターを脱いで向かい合って。もし寒かったら強く抱き合えばいいわ。へへへへへ。」

「あの、赤坂さん、キャラが変わっています。」

「うるさい、言われた通りにしなさい。」

「BL好きでも、コッコちゃんとは少し感じが違う気がする。」

「はい。赤坂さんの方が、腐女子としては普通です。」

「これで普通なのか?」

「はい、コッコさんは腐女子な上に歪んでいます。」

「湘南、俺たちはそんな危険人物といっしょに活動しているのか。」

「はい。」

「ほら、二人とも、早くする。」

「分かりました。」

「了解。」

「そんな感じだけど、もう少し顔を近づけて、見つめあう。そう。」

ハートレッドが指示を出しながら、ベッドの上を笑い転げながら、写真を撮る。


 突然、部屋の扉が開いた。

「結心、何やっているの?」

抱き合っているパスカルと湘南が言い訳をしようとする。

「これは。」

「あの、そうではなくて。」

ハートレッドが言う。

「大丈夫。二人に演技の見本を見せてもらっているだけ。」

「演技の勉強?」

「その通り。」

「まあ、結心の笑い声だから大丈夫だとは思っていたけど、道まで響くわよ。もう少し静かにね。」

「分かった。」

ハートレッドの母親が部屋を出て行った。

「焦った。」

「焦りました。」

「考えようによっては不審者だもんね。」

「はい。」

「ははははは、これがお母さんが部屋に入ってきて、二人が抱き合いながら驚いている写真。奇跡の一枚って感じ。」

「心臓が止まるかと思ったぜ。」

「はい、血の気が引きました。でも、綺麗なお母さんでしたね。」

「おっ、さすが熟女好きの湘南。」

「お母さん昔はすごい美人だったみたいだけど、お兄さん、熟女好きなんだ。」

「その通り。」

「年齢で差別したりしません。」

「プロデューサー、蹴上がりが綺麗な同級生、うちのお母さん。確かに、年齢で差別していない。」

「そうだな。」

「ははははは。」

「ははははは。」

「それでは、少し勉強しましょうか。」

「えーーーー。お母さんと私の写真集、どっちが欲しい?」

「お母さんの写真集です。」

「お母さん、44歳だよ。お兄さんは、本当に熟女好きなの?」

「・・・・・。」

「そうなんだよ。湘南は。」

「監督は?」

「歳上もいいと思うことはある。橘さんとか。」

「あーー、橘さん美人だもんね。分かる。」

「おう。」

「あの、軽くでもいいので、少し勉強しておいた方が。」

「それじゃあ、三人で源氏物語を回し読むというのは?」

「パスカルさん、源氏物語は問題じゃないですか?」

「うん。最後だから逆にそういうところにしようと思って。内容は生々しいけど、古典だから読む分は大丈夫だ。」

「お兄さん、私はもう18だから大丈夫よ。日本を代表する古典だし。」

「分かりました。」

源氏物語の回し読みや雑談をしているうちに時間になった。持ってきたものを片付け、玄関に向かう。

「監督は、こういう本を読んでいるわけね。」

「まあ、趣味だな。」

「お兄さんは、どんな本を読むの?」

「コンピュータの本が多いです。あとは音楽の本です。」

「そうじゃなくて、何というか、エッチな本は?」

「熟女の本じゃないか。」

「なるほど。」

「僕の部屋は時々妹がチェックするので、そういう本はありません。壁に張ったアキさんのポスターとか妹が勝手に剥がしますし。さすがに、明日夏さんのポスターは剥がさなかったですが。」

「なんとなく分かる。プロデューサー、結婚したら恐妻になりそう。」

「恐妻ですか?」

「あっ、悪い意味じゃないからね。でも、自分の旦那を完全にコントロールしそう。」

「はい、僕もあまり妹には逆らえないです。」

「それはそうだな。それで、夢は総理大臣になることだから、全国民をコントロールするかもしれないな。」

「明日夏さんは、プロデューサーは私を内閣官房長官にしてその手伝いをさせようとしていると言っているけど、内閣官房長官って具体的には何をするの?」

「いろいろ仕事はあると思いますが、国民から見ればスポークスマンです。」

「スポークスマン、だから、アナウンスの勉強もしろと言っているのかな。」

「それだけではないとは思います。」

「それはそうね。司会みたいな仕事が私に向いていると思っているんだと思う。」

「そうだと思います。」

「赤坂さんと妹子ちゃんのコンビは最強だな。まあ、俺はその二人ならコントロールされても構わないけどな。」

「でも、プロデューサーもお兄さんが強く言えば、絶対に逆らわないと思う。」

「そうでしょうか。」

「絶対。お兄さんのことをすごい信用している。」

「そうだと嬉しいです。」


 3人が玄関に到着する。

「それでは、試験、おちついてね。」

「できない問題があっても、試験時間中は集中を切らさないで最後まで考えてください。」「監督、お兄さん、来週から新曲の練習をしなくちゃいけないからあまり時間がないけど、二次試験もお願いね。」

「おう。国語・古典・漢文は任せろ。」

「赤坂さんが合格するまで、頑張ります。」

「有難う。」


 木曜日までは、家庭教師が終わってからだと、渋谷を出るのが夜の10時とかなり遅くなっていた。そのため、早く始めて早く帰れた金曜日は久しぶりに尚美といっしょの帰宅となった。

「どうだった?レッドさんの家庭教師。ちゃんと勉強していた?」

「うん、頑張ったと思うよ。」

「受かりそう?」

「共通テストだけで受かるかどうかは分からないけど、二次試験を何回か受ければ受かるんじゃないかな。」

「パスカルさんの古文漢文は?」

「大丈夫。問題を解くより、文章を読んで慣れ親しむことを中心にしていた。」

「なるほど。でも、お兄ちゃん、疲れている?」

「アウエーだからかな。別件で、パスカルさんと相談して、大会に応募するビデオのコンセプトを考え直すことにしたので、その曲の準備をしていたからかもしれない。」

「コンセプトを変えるのは、レッドさんを見てだっけ。」

「その通り。明日夏さんに作詞してもらって、ユナアロの曲はだいぶできてきた。明日、明日夏さんのイベントの後の15時から作業して、とりあえず曲を完成させる予定。」

「ユナアロは『ユナイテッドアローズ』のこと?」

「明日夏さんが、歌詞の中のユナアロ最高!というフレーズを考えて、パスカルさんの承諾を取った。」

「明日夏さんがか。『トリプレット』だったら何て略すんだろう?」

「トリプかな。『ハートリンクス』は難しいな。」

「ハトリ、ハトリン?」

「リンクスかな。例えば、リンクスの新曲いいぜ。みたいな感じ。」

「なるほど。それで、ユミの面接準備は進んでいるの?」

「明日、ライブの後に最後の練習をする。僕も曲作りの後で参加する予定。」

「何時から?」

「6時・・・、18時から。」

「それなら、私も行くよ。」

「明日は午後にリリースイベントがあるんじゃないの?」

「午後の早い時間だから、打合せで遅くなっても17時には終わる。」

「本当に大丈夫?」

尚美は「『ユナイテッドアローズ』の様子も知りたいし、受かればユミをお兄ちゃんから引き離せる。」と思いながら答えた。

「うん、大丈夫。ユミに受かって欲しいのは、お兄ちゃんがハートレッドさんに受かって欲しいのと同じだよ。」

「そうか。それじゃあ、パスカルさんに連絡しておくね。」

「有難う。」

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