第47話 一周年(後編)
時間を少し戻す。明日夏の『恋もDX』の最初のリリースイベントが開催される土曜日の朝、明日夏と久美が練習室で練習をしていた。
「橘さん、もう一回お願いします。」
「もちろん、いいけど・・・・。」
「どうしたんですか。」
「何でもない。18小節目の初めはもう少し抑えて、だんだんと上げてから、19小節目にから下げる感じで。」
「はい。」
少しして尚美が事務所にやってきた。
「社長、治さん、おはようございます。」
「尚ちゃん、おはよう。」
「お早うっす。」
「尚ちゃん、浮かない顔をしているけど、準備の方は大丈夫?」
「それがヘルツレコードの動きが遅くて、何とかならないかなと思っているところです。」
「『天使で悪魔』のリリースイベントのこと?」
「あっ、いえ。うちの方は時間もあったので大丈夫なんですが、『ハートリンクス』はイメージチェンジして今が勝負なのに、CDリリースの話が全然進んでいなくて。溝口社長からもプッシュして頂いているのですが。」
「尚ちゃん、ヘルツレコードは社員数が五千人ぐらいの大会社だし、ヘルツレコードからすると手続きを飛ばした急すぎるイメージチェンジだったと思うよ。」
「それは、社長の言う通りなんでしょうけれど。」
「そんなことより、尚ちゃん、もうだいぶイベントにも慣れてきたんだろうけど、今は自分たちのイベントに集中しないと足をすくわれるよ。」
「そうですね。社長の言う通りです。今は『ハートリンクス』は忘れて今日の自分たちのリリースイベントに集中します。」
「それがいいと思う。」
「明日夏先輩も、リリースイベント前の練習をしているんですね。」
「それが、明日夏ちゃん、自分からまだまだと言って、久美とずうっと練習している。」
「そうなんですね。あの明日夏さんがと言いたいところですが。」
「明日夏さん、1年前とかなり変わったっす。だんだん近寄りがたくなっているっす。」
「私はいつも明日夏先輩と一緒ですから、私が気が付かなかっただけかもしれません。私も由香先輩と亜美先輩が来るまでMCの復習をします。」
「うん、それがいいと思う。」
明日夏が出発する時間になって、久美と話をしながら練習室から出てきた。
「明日夏、自信を持って大丈夫よ。」
「橘さん、朝から練習に付き合ってくれて、有難うございました。」
「それは私の仕事だから気にしないで。お客さんに一年前と違うところを見せてあげられそうで、私も嬉しい。頑張ってね。」
「はい、頑張ります。」
「兄は『トリプレット』のイベントに来る前に、明日夏先輩のイベントに行くそうですから、明日夏先輩の歌が上達しているのが分かれば安心すると思います。」
「安心か。」
「はい。いつもそう言っています。」
「まあ、マー君らしいか。」
悟が話しかける。
「それじゃあ、尚ちゃん、僕たちは出発するね。僕と久美は明日夏ちゃんのイベントが片付いたら駆けつけるから。」
「有難うございます。」
「尚ちゃん、私ももちろん行くよ。」
「明日夏先輩も有難うございます。」
「それじゃあ、尚ちゃん、戸締りに気を付けて。」
「尚ちゃん、行ってくるね。」
「尚たちも頑張って。」
「行ってくるっす。」
「はい。行ってらっしゃい。」
明日夏たちが出て行った少し後、尚美がMCの確認をしていると、由佳と亜美がやってきた。
「リーダー、ちーす。」
「リーダー、お早うございます。」
「社長たちは、もう明日夏さんのイベントで?」
「はい、その通りです。あと1時間ぐらいで鎌田さんがいらっしゃると思いますので、最後に通しで練習してみましょう。」
「ラジャー。」
「了解です。」
「社長の受け売りですが、デビューから半年経って、イベントにも慣れてきたころだと思います。ですが、そういうときこそ足をすくわれやすいので、ちゃんと集中してパフォーマンスしましょう。」
「おう、その通りだ。さすが社長だぜ。」
「歌の練習は家でもちゃんとしてきましたので、自信があります。」
「有難うございます。亜美先輩の動画の視聴者数も増えてきています。できれば、歌以外でもイベントで自分をアピールするように頑張ってみてください。」
「リーダー、私はリーダーみたいに器用ではありませんので、私が出しゃばって二人の足を引っ張るより、社長の言う通り、歌に集中した方が良いと思います。」
尚美は「はっきりと言えるのはいいのだけど。」と思いながら答える。
「そうですか。そうですね。分かりました。当面はそれで行きましょう。それでは、練習開始です。」
リリースイベントの通しの練習が終わり、3人が練習室から出てくると、送迎のために来て、練習室の外から見ていたマネージャーの鎌田が話しかける。
「皆さん、さすがパフォーマンスは完璧ですね。」
「はい、何とか仕上げることができました。」
「リーダーと亜美の学校が冬休みで、たっぷりダンスの練習ができたから、ダンスの仕上がりもばっちりだぜ。」
「由佳の歌も聴けるようになってきたよ。」
「何をー!って、まあ、亜美がそう言うなら大丈夫ってことだ。」
「由佳が素直だと気持ち悪い。」
「何だと!俺だって、ゆたっ・・・・。」
「豊かな心で答えたんですよね。」
「りっ、リーダーの言う通りだ。」
「そっ、そうだね。変なことを言い出した私が悪かった。」
「いや、いい。おれも、あれだ。」
「それじゃあ、『トリプレット』、3枚目のCDのリリースイベントに向けて出発です。」
「おりゃー。」「了解。」
3人はマイクロバスでスタッフとともに会場へ移動した。
マイクロバスの中で今日のイベントの内容を確認し、会場に到着すると、衣装に着替え、メークアップを行った。亜美が由佳を見ながら話しかける。
「由佳のメークも様になってきた。」
「だから、そういう話題はやめろ。」
「そうだった。ごめん。」
「それでは、由香先輩、亜美先輩、リハーサルに行きましょう。」
客が入っていない会場のステージで3人がリハーサルを行う。
ステージが広いですので、由香先輩はステージをできるだけ広く使ってみて下さい。
「おう、そういうの得意だぜ。」
亜美さんもMCの時はステージを端から端まで動いてみてください。
「分かりました。」
「それでは、音楽、ワンコーラスずつ、お願いします。」
音楽が流れ、3人がパフォーマンスやMCのリハーサルを行う。リハーサルを終え、控室に戻ると、観客の会場への入場が始まった。
「後、30分ですね。控室でMCの練習をしていましょう。」
「ラジャー。」「助かります。」
MCの練習をしていると尚美の専用スマフォに誠から通話の着信があった。
「もしもし、尚?」
「そうだけど、何かあった?」
「ハートレッドさんがこっちに来ているんだけど、騒ぎになる可能性があるから、ガードマンの人にお願いして、そっちに連れて行ってもらえないかな。」
「ハートレッドさんが。何で?」
「受験勉強に煮詰まったから応援に来たと言っているけど、良くわからない。」
「あー、そう言えば、ハートレッドさん、家がここから近いんだった。分かったお願いしてみる。でもどこにいるの?」
「ステージに向かって右側の後ろの方。今、周りの客からハートレッドという呼び声がかかったから早めにお願い。」
「うん、聞こえた。急いでお願いする。」
尚美が鎌田に話しかける。
「申し訳ありませんが、ハートレッドさんが会場に来ているみたいなんですが、ガードマンの方と一緒にこちらに呼びに行ってもらえませんか。場所はステージに向かって右側の後ろの方だそうです。」
「『ハートリンクス』のハートレッドさんですか!はい、喜んで。」
「有難うございます。」
「ハートレッドさん、最近、うちの社内でも美人で有名なんですよ。」
「ハートレッドさんに変なことを言ったら、新婚の奥さんに告げ口しちゃいますよ。」
「ははははは。大丈夫です。」
少しして、鎌田がハートレッドを連れてきた。
「プロデューサー、『トリプレット』のステージを勉強しようと思ったのですが、出演の前に、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
「それは大丈夫ですが、ハートレッドさんは大丈夫でしたか。」
「はい、プロデューサーのお兄さんに助けてもらいましたから、大丈夫です。さすがプロデューサーのお兄さんという感じでした。」
「それは良かったでした。でも、これからは気を付けてくださいね。」
「分かりました。『ハートリングス』のイベントはいつもガラガラで、街で声を掛けられるときも、ハートレッドとは分からないようでしたので、油断していました。」
由佳が話に入る。
「レッドが声を掛けられるって、やっぱりナンパか?」
「まあそう。由佳も多いよね。」
「いや、ねーよ、そんなの。ダンスが好きそうな女子高校生から由香さんと声を掛けられることはあるけど。」
「それは由佳のダンスがすごいからだよ。私にはそんなことは一度もないわよ。」
「そっ、そうか。」
「ところで、プロデューサー、何歳なんですか?大学生?」
「えーと、兄のことですか?申し訳ありませんが、その話は後でよろしいですか。」
「そうですね。これからライブでした。ごめんなさい。はい、後でで構いません。」
会場でイベントの開始を待っていると、今度は誠に後ろから声がかかった。
「やっぱり居た。誠君、こんにちは。」
「あっ、アイシャさん、こんにちは。」
「学校の友達を紹介するね。こっちから、ビーナ、ミウ、ラム、みんな亜美の同級生。」
「そうなんですね。みなさん、こんにちは、岩田誠といいます。よろしくお願いします。でも今日は、アイシャさんはレッスンの日ですよね。」
「その通りだよ。レッスンの後、みんなと待ち合わせて渋谷でランチをしていたら、みんな亜美のステージを見たことがないというので、見に行こうということになったんだ。」
「そうなんですね。それは、きっと亜美さんもよろこ・・・。」
「ばないかもしれないわよね。だから、ひっそりと見ている。」
「そうですね。とりあえず、そっちの方がいいと思います。」
タックが誠に尋ねる。
「もしかして、この方は亜美ちゃんのチャンネルでヴァイオリンを演奏されていた方。」
誠が答える前にアイシャが答える。
「はい。パラダイス興業のバンド部門にヴァイオリニストとして所属してます。亜美とは高校の同級生です。今日は亜美のステージを見に来ました。」
「亜美ちゃんと同じクラスの方ですか。今日は、お越しいただき有難うございます。もし、『トリプレット』のことで、お困りのことがありましたら、何でもしますので、僕らに言ってください。」
「あの・・・・。」
誠が説明する。
「タックさんは『トリプレット』を応援するグループのリーダーで、トップオタ、通称TOをやっています。」
「はい、『トリプレット』のためなら命を懸ける覚悟です。」
「へー、そんな方がいらっしゃるんですね。亜美もすごいな。」
「とは言っても、ハートレッドちゃんを一目見ただけで、推し増ししちゃうけどね。」
「アキさん・・・。それでも、『トリプレット』に命を掛ける覚悟は変わりません。」
「アキさんって、もしかして、ユミちゃんとアイドルをしている人?」
「はい、『ユナイテッドアローズ』のアキです。アイシャさん、ちょっといいですか。」
「はい?」
アキがアイシャだけを連れて少し離れたところに行き、話しかける。
「あの、ユミちゃんから聞いたんですが、湘南、誠君ですか、をぶったという話ですが。」
「ごめんなさい。初めは誠君が女子小学生と女子高校生を騙して地下アイドルをやらせているのかと思っちゃいまして。」
「湘南、えーと誠君と堀田真理子さんには楽曲やボイストレーニングで、私たちがお世話になっている方で、湘南が悪いことをするなんて絶対ないです。」
「そのことは真理子さんから話を聞いて、誤解は解けました。結局、誠君には私の全裸を見たことで許してもらいましたけど、パラダイス興業ではヴァイオリン演奏の他に、誠君や社長の作曲の手伝いもしていますので、これからもよろしく。」
「えっ、それはどういう・・・・。」
「一応、私は譜面の初見でヴァイオリンやピアノを演奏できますので。」
「そっちじゃなくて。」
「そっちじゃなくて?ああ、亜美のチャンネルでの演奏のことですね。これからも亜美のチャンネルのバックバンドとして演奏すると思いますので、是非見てください。あの、ごめんなさい。ビーナたちと、女性エリアに行こうと思いますので、これで失礼します。」
アイシャは誠と少し話した後、3人を連れて女性専用の女性エリアに向かった。
アイシャが行ったあと、アキが誠を少し離れたところに連れて行った。
「あんまり深くは聞かないけど、アイシャさんって大丈夫なの?」
「良くわからないのですが、アイシャさんの家はアイシャさんと兄と弟との三人兄弟みたいで、僕を弟のように思っているんじゃないかと。」
「あー、湘南を弟ね。それは少し分かるわ。」
「そうなんですか。」
「それで、湘南が全裸を見たって何なの?」
「えっ、その話をしたんですか。ユミさんもそのことは黙っていたのに。」
「ユミちゃんも知っているの?」
「はい、マリさんも知っています。基本的には事故です。」
「まあ、そうよね。」
「マリさんには、そういう時には、たとえ見えていても、見えなかったと嘘をつかなくてはいけないと言われました。」
「うん、それはマリさんが正しいと思うよ。で、湘南は見えたと言ったの?」
「はい、少し見えましたと言いました。アイシャさんにぶたれたのはその時が最後です。」
「そう。まあ、湘南らしいと言えば湘南らしいけど。」
「でも、プロのヴァイオリニストになるなら、そういう話はしてはいけないと言われているのに、アイシャさん、大丈夫でしょうか。」
「私がユミちゃんとアイドルユニットをやっているから、ユミちゃんから聞いていると思ったのかもしれない。」
「もう一度注意した方がいいでしょうか。でも、僕からは言いにくいです。」
「マリさんに頼んだら。」
「そうですね。それが良さそうです。」
「マリさんとは来週も練習で直接会うから、その時に私から言ってもいいけど。」
「本当ですか。そうしてもらえると助かります。」
「分かった。任せて。でも、マリさんに言っていいということは、やっぱり湘南は嘘をついていなさそうね。」
「はい、それはもちろんです。」
二人がパスカルたちのところに戻った。
「アキちゃん、アイシャちゃんや湘南となにコソコソ話していたの?」
「二人の関係に決まっているでしょう。まあ大丈夫そうだったよ。」
「それはそうだろう。アキちゃん、心配しすぎだよ。」
「それもそうね。」
「でも、アイシャちゃんって、高校生なのに何となく話しかけにくいかな。マリさんに似た美人だけど。」
「背が高いから?」
「それもあるけど、すごい威厳があった。」
「パスカル、それ、あまり女の子の誉め言葉にはならないわよ。」
「そうだけど。アイシャちゃんはアイドルには向いていないかもしれない。」
「アイシャさんは、アイドルというよりはやっぱり演奏者という感じです。でも、即興でアレンジして演奏ができて、音楽的な能力はとても高いです。」
「私には分からないけど、湘南が言うならそうなのかもね。」
「どっちかと言うと、アイシャちゃんの取り巻きの女子高生の方がアイドルになれそう。」
「パスカルは女の子ばかり見ていない。」
「分かりました!」
その後少しして、明日夏、悟、久美がイベント会場の控室に到着した。
「ハートレッドちゃん、こんにちは。尚ちゃんたちを見に来たの?」
「平田社長、皆さん、こんにちは。はい、『トリプレット』のステージを勉強させてもらおうと思って。」
明日夏が尋ねる。
「ハートレッドちゃん、尚ちゃんたちは?」
「開始10分前に、皆さんは舞台袖に移動しました。私ももうそろそろ行こうと思っていたところです。」
「それじゃあ、僕たちも行こうか。」
「行こう、行こう。」
明日夏たちが出発する。立ち止まっていた治に明日夏が話しかける。
「治さん、どうしたの?」
「あっ、いえ。ハートレッドさんを初めて間近で見たので。ミサさんとは違いますが、やっぱり溝口エイジェンシーの方はすごいなと思って。」
「パラダイス興行にはいないタイプの美人。」
「はい、その通りです。」
「これだから男は。それじゃあ、尚ちゃんたちを見に行くよ。」
「はい。」
「明日夏、気にしない、気にしない。男なんてみんなそういうものだから。」
明日夏が誠の態度を想い出しながら答える。
「そうかもしれませんね。」
「付き合っているやつが不逞なことをしたら、思いっきり蹴っ飛ばせばいいの!」
「分かりました。」
ハートレッドが明日夏に話しかける。
「パラダイス興行はやっぱり違います。」
「レッドちゃんにはそういう苦労はなさそうね。」
「彼氏を取ったとか、言いがかりをつけられたことならあります。全然知らない人なのに。」
「あー、そうかもね。」
「本当にやましくないなら、そんな女も蹴っ飛ばしてやればいいのよ。」
「橘さんは、何でもキックですね。」
「久美は昔から口より脚がでる方だった。」
「手じゃなくてですか。」
「でも、ハートレッドちゃん、分かっていると思うけど、芸能人だから暴力は絶対にダメだからね。」
「はい、それは溝口エイジェンシーでも言われています。法律に触れることは絶対に禁止。あと、28までは恋愛禁止です。」
「まあ、恋愛がバレて首になったらうちへおいでよ。尚ちゃんが何とかしてくれるよ。」
「パラダイス興行にはそういう決まりはないんですか?」
「決まりはない。私は25歳までは自重するけど。」
「いや、明日夏、歌手になるなら恋愛はしなくちゃいけない。」
「まあ、うちは橘さんがこんな感じだし、演者に投資しているお金も少ないから、大丈夫だよ。それで、レッドちゃんは素敵と思う男性もいないの?」
「最近素敵に思う男性と言えば、監督とプロデューサーのお兄さんかな。損得なしでやさしくて。」
「監督って、あのマー君といつもいっしょにいる人のこと?」
「明日夏、ラスカルよ!あいつも悪い男じゃないわよね。」
「久美、パスカル君だよ。」
「社長、その通りです。プロデューサーのお兄さんはパスカルさんと呼んでいました。それでマー君というのは?」
「えっ、あの、私、尚ちゃんのお兄さんとは3歳の時からの知り合いで・・・。」
「へー、そうなんですね。ということは、プロデューサーが生まれる前からということか。」
「その通り。」
「プロデューサーのお兄さん、騒ぎになる前から、プロデューサーに連絡してくれて助かりました。あと、私にも、もう一週間前とは違うって注意してくれました。」
「アイシャちゃん、それは誠君の言う通りだと思う。これからは注意しないと。」
「はい、そうしようと思っています。それで明日夏さんは?」
「私?」
「素敵と思う男性?」
「うーん、いないかな。」
「何か、ごまかしています?」
「あっ、直人!」
「直人って、『タイピング』のキャラですね。」
「そう。フィギュアやカードもいっぱい持っているし。」
「なんとなく他に本命がいそうですが、今はプロデューサーのイベント前ですので、追及はまた後で。」
「ハートレッドちゃん、厳しい。」
舞台袖に付くと、尚美、由佳、亜美が集まって話していた。明日夏と悟が声を掛ける。
「尚ちゃん、こんにちは。」
「明日夏さん、皆さん、わざわざ有難うございます。」
「みんな、準備は大丈夫そうだね。」
「はい。」「おう。」「何とか大丈夫です。」
イベントの開始がアナウンスされると、尚美たちが円陣を組み、尚美が掛け声を掛けた。それが終わるころ、明日夏と悟が声を掛ける。
「尚ちゃん、平常心。」
「頑張って。」
尚美がディレクターに合図を送り、ディレクターが全体の確認をした後、昨年秋にリリースしたアニメ『ピュアキュート』の主題歌の『一直線』カラオケが流れ始めた。明日夏たちに見守られながら、尚美たちがステージに出て行き『一直線』のパフォーマンスを始めた。歌い終わると、周りを見回しながら、MCを始める。
「みなさん、こんにちは、『トリプレット』チアセンターの星野なおみです。今日は私たちの『天使で悪魔』のリリースイベントにお越しいただき、大変ありがとうございます。」
「こんにちは!『トリプレット』ダンスセンター、南由香だせ。今日も俺の切れ切れのダンスを楽しんでくれ。」
「こんにちは。『トリプレット』ヴォーカルセンターの柴田亜美です。今日も私のヴォーカルで『トリプレット』の・・・・。」
亜美の言葉が止まったので尚美が尋ねる。
「亜美先輩、どうしたんですか?」
「リーダー、申し訳ありません。同じ高校のクラスメート4人が見えたので驚いてしまいました。続けます。今日も私のヴォーカルで『トリプレット』の歌を下から支えて行きたいと思います。」
「同じ高校の方が応援に来てくれたのですか。それは有難いことです。亜美先輩がソロで歌うパートもありますから、ますます頑張らなくてはいけないですね。」
「リーダーの言う通りだ。亜美、高校のダチにカッコいいところを見せてやりなよ。」
「リーダー、由香、分かった。」
「私たち『トリプレット』はデビューしてまだ半年です。急にクラスメートの方がいらっしゃって動揺したり、まだまだ未熟なところもありますが、3枚目のCDをリリースすることができました。これもひとえに私たちを応援してくれるファンの皆様のおかげです。本当に有難うございます。」
「リーダーの言う通りだ。有難うな!」
「有難うございます。」
「3枚目のCDのタイトルは『天使で悪魔』。先週から始まりましたアニメ『ライバル3人』と同じタイトルになっています。みなさん、もう、アニメ『ライバル3人』は見て頂けたでしょうか?」
男性を中心に「はーい。」との返事が響いた。
「やっぱり、返事をしたのは男ばっかりだな。」
「前回は女子小学生向けの魔法少女アニメだったんですが、今回は3人のとても素敵な女性が一人の男性を奪い合うコメディータッチのお話です。」
「まあ、普通の男なら夢のような話だな。」
「頭がいい女性、スポーツができる女性、優しくて思いやりのある女性ですが、どの女性が一番人気があるか聞いてみましょうか?」
「よーし、俺が聞いてみるぜ!・・・・頭がいい女性が好きな人は手を挙げて!」
何人かが手を挙げた。
「うーん、まあまあかな。次のスポーツができる女性!」
同じぐらいの数の人が手を挙げた。
「これもまあまあだな。それじゃあ、最後、優しくて思いやりのある女性!」
一番多くの人が手を挙げた。
「やっぱり、これが一番多いな。」
「そうですね。でも、これは男女反対にしても同じかもしれませんね。」
「それはそうか。」
「それで、今回のCDのカップリング曲『三者三様』では、私たちが手分けして、頭がいい女性、スポーツができる女性、優しい女性を演じます。」
「俺が頭のいい女だな。」
「そうかもしれませんね。」
「でもリーダー、私たちの中で思いやりのある優しい女性って誰が演じるんでしょう。」
「それも、俺だな。」
「みんなも分かっていると思うけど、由香がその二人を演じることはないと思うよ。」
「怖い女なら、リーダー一択だけどな。」
「怖い女!私が、何でですか?」
「亜美が年上の俺にはタメ語なのにリーダーには丁寧語を使うところで、みんなも分かっていると思うぜ。」
「由香、それは正確じゃない。リーダーは、頭が良くて、スポーツができて、思いやりがあって、そして・・・怖い女性です。」
「まあ、それには俺も同意する。」
「やっぱり、怖いが入るんですね。」
「それは。」「まあ。」
「でも、どうしても3人で分けるとしたら、やっぱりリーダーが頭で、俺がスポーツで、亜美が思いやりかな。」
「亜美先輩のチャンネルに小学生のファンが増えてきたのも、亜美先輩に思いやりがあるのが理由でしょうね。」
「それは、亜美の少年向きアニメのオタク話が面白いからじゃないか?」
「それも思いやりの一つの形ではないでしょうか。」
「いや、それは単に亜美の高校に少年向けアニメの話し相手がいなかっただけで、チャンネルにコメントが返ってくるとすごく喜んでいる。」
「なるほど。それでは、思いやりのあるお友達は、是非、亜美の歌ってみたチャンネルにコメントを返してあげて下さい。」
「おう、俺からも頼むぜ。」
「私からもお願いします。全力で読みますので、亜美の歌ってみたのチャンネルに、是非、コメントを返して下さい。」
「それでは、いよいよ新曲を歌います。シングル『天使で悪魔』のカップリング曲、」
「『トリプレット』で、」
「『三者三様』」
尚美、由香、亜美がパフォーマンスを始め、無事に終了する。
「有難うございます。『トリプレット』で『三者三様』でした。初めてこの曲を生でのパフォーマンスしましたが、いかがでしたでしょうか。」
歓声が湧きおこる。
「由香先輩、亜美先輩、皆さんに喜んでもらえたようで良かったです。」
「みんな、有難うな。年末、正月返上で練習した甲斐があったな。」
「みなさん、有難うございます。昼間の野外ライブは明るくて、皆さんの顔が良く見えるのでドキドキでしたけれど、ちゃんとできたと思います。」
「まあ、正月返上で練習した成果だな。でも、亜美の場合はちょっとぐらい失敗してもご愛敬で済むからいいけどな。」
「由香、私は歌では失敗したことはないよ。」
「俺もダンスでは失敗したことはない。」
「でも、リーダーは両方とも失敗したことがないんだよね。」
「それはそうだな。リーダーもたまには失敗してみた方が受けるんじゃないか?」
「でも由香、リーダーの場合は、わざと失敗したんじゃないかと言われそうだよ。」
「それもそうだな。やっぱりリーダーは大変だな。」
「お客さんの前でパフォーマンスするのですから、できるだけ失敗しないよう練習はしています。『天使で悪魔』のリリースイベントはまだまだ続きますが、もし失敗することがあったら、由香先輩はダンスを、亜美先輩は歌を、私はチアガールの振りを披露することにしましょう。」
「俺は構わないが、リーダーはチアガールか?」
「一応、チアセンターなので、ボンボンを持ってやります。」
「リーダーのチアガール、私も見たいです。是非、リーダーは失敗して下さい。私も何か歌を用意しておかないと。」
「有難うございます。このリリースイベント中に誰が一番最初に失敗するか、楽しみにしてくれると嬉しいです。」
「まあ、亜美のダンスだろう。」
「由香の歌だよ。」
「それでは、次の曲はカバー曲を披露しようと思います。」
「俺たちが生まれる前から活躍してた3人組のアイドルグループ、」
「『キャンディーズ』のヒット曲、」
「『春一番』」
3人が『春一番』を歌い上げる。
「有難うございます。『キャンディーズ』の『春一番』を『トリプレット』がカバーしました。」
「なかなか、いい曲だな。」
「私もそう思います。」
「『キャンディーズ』は3人組アイドルということもあって、これからもリリースイベントなどでカバーしていきたいと思います。」
「楽しみだぜ。」
「是非、これからもリリースイベントに来て、私たちがカバーした歌も聴いて下さい。」
「さて、次で最後の曲になります。」
会場から「えー。」という声が響く。
「有難うございます。さて、最後の曲は!」
「これを歌わないと帰れないぜ。」
「この曲をリリースするためのイベントですから。」
「アニメ『ライバル3人』の主題歌!」
「『トリプレット』で!」
「『天使で悪魔』」
『トリプレット』がパフォーマンスを始め、無事に終わる。
「有難うございました。『トリプレット』で『天使と悪魔』でした。由香先輩が演じる『天使で悪魔』のような男性の振付はいかがでしたでしょうか?」
会場で大きな拍手が起きた。
「有難うございます。みなさん、良かったと思っているみたいですね。」
「おう、俺もうれしいぜ。」
「でも由香、このパターン多いよね。」
「おう、『私のパスをスルーしないで』もそうだった。この3人の中なら仕方がない。男役でも精一杯ダンスするだけ。」
「さすが、由香先輩です。この『天使と悪魔』のリリースイベントはまだまだ続きます。」
「おう、暇なら遊びに来てくれよな。」
「由香、暇なら、って。」
「お暇なら来てね。」
「気持ち悪い。」
「ひでーな。」
「もし、お時間が許せば、是非、遊びに来てください。この後は特典会のハイタッチ会になります。是非、ご参加ください。また、参加される方は、場内のアナウンスに従って頂ければと思います。それではみなさん、またお会いしましょう。『トリプレット』チアセンター、星野なおみと、」
「ダンスセンター、南由香と、」
「ヴォーカルセンター、柴田亜美でした。」
「またねー。」「まただぜ。」「またお願いします。」
『トリプレット』の3人が舞台袖に下がって行った。
少しして場内アナウンスと共にハイタッチ会が始まった。3台のテーブルの後ろに、由香、尚美、亜美が立ち、参加者がそれぞれの列に並んでいた。誠たちは、アキ、パスカル、誠、コッコの順番で、由香の列に並んだ。誠とキョロキョロ周りを見ている男性の目が合って、お互いに軽く会釈をした。
「豊さん、少し挙動不審だけど、今日はお客さんを睨んだりはしていないからいいか。」
パスカルの順番になって、一言ずつ言葉を交わしていく。
「素敵なパフォーマンス、有難うございます。」
「おう、また見に来てくれよな。」
「由香ちゃんのダンスはアイドル界ではピカ一です。」
「サンキュー。そう言われるのが一番嬉しい。」
「由香さん、お疲れ様です。」
「4人仲がいいのはいいけど、焼きもちを焼く人がいるから注意な。」
コッコはイラスト見せながらハイタッチをする。
「由香亜美のGLで描かせてもらっています。」
「スゲーなー。コミケ、頑張れよ。」
特典会のハイタッチを終えた4人が話し合った。
「それじゃあ、次はミサちゃんのところに行くか。」
「そうね。湘南はどうするの?」
「僕は特典会が終わるまでここにいます。」
「それはそうよね。うん、それじゃ、パスカル、ラッキー、コッコ、行こうか。」
「パスカルちゃんと湘南ちゃんがそろわないんじゃ、私は帰って漫画でも描いているよ。明日のアキちゃんのライブには手伝いに行くから。」
「そう、有難うね。それじゃ、コッコもまた明日。」
「了解。」
「湘南も、またいつか。」
「はい、またお願いします。」
「コッコちゃん、湘南、またな。」
「コッコちゃん、湘南君、またね。」
「それじゃあ、パスカル、ラッキー、行こう。」
「おう。」
4人が去っても誠は会場に残って様子を見ていた。時々、豊と目が合うとお互いに頑張っているなというような共感を感じていた。突然、後ろから誠を呼ぶ声がした。
「誠君、こんにちは?さっきのお友達のみなさんは?」
「大河内ミサさんのリリースイベントを見に行きました。」
「へー、美香のリリースイベントもあるんだ。」
誠が話を止める。
「あの、アイシャさん、大河内さんは本名を公開していないので。」
「あー、ごめんなさい。ミサのリリースイベントもあるんだ。」
誠がタブレットにミサのイベントの情報を表示させアイシャに見せる。
「ここからそんなに離れていないのか。ミサのイベントは特典会はなしで歌うだけなんだ。まあミサらしいかな。まだ間に合いそうだから行こうかな。誠君は行かなかったの?」
「僕はここが終わるまで見ていようと思いまして。」
「そうか、そうだよね。それは分かる。」
ビーナがアイシャに尋ねる。
「アイシャ、この方は?」
「えーと、パラダイス興行の音楽担当の岩田誠君。あと秘密なこともあるけど、私から勝手にしゃべることはできないかな。」
「アイシャと秘密の関係なの?」
「そうじゃないけど。あっ、秘密の関係でないということもないか。」
「へー、どんな。」
誠が口をはさむ。
「大変申し訳ありませんが、それは言えないです。アイシャさんも秘密なことは、秘密があるとも言わないで下さい。」
「分かった。ごめんなさい。」
「でも、最初にアイシャさんが秘密と言ったのは、僕が星野なおみの実の兄と言うことだと思いますが、それは夏のライブで起きた事件でファンの方ならば知っていますので、それほど秘密でもありません。」
「そうなんだ?」
「本当にそうなんだよ。初めて知ったときには私も驚いたけど。」
「でも、あまり似ていないみたいだけど。」
「なおみさんが、お兄ちゃんと呼んでいるから本当だよ。それよりみんなも自己紹介。」
「えーと、アイシャと同じクラスの工藤美奈です。ビーナと呼んで下さい。」
「加山美海です。ミウと呼んで下さい。」
「千葉羅夢です。ラムと呼んで下さい。」
「岩田誠と言います。あだ名は湘南です。」
アイシャが3人の方を見る。
「それでみんな、この大河内ミサというロック歌手のイベントに行ってみない。」
「ロック歌手。女性の?」
「そう。この間知り合ったばかりだけど、歌を聴いておいても絶対に損はないと思う。」
「アイシャのお勧めなら、時間はあるからいいよ。」
「私も大丈夫。」
「私も行く。」
「みんな有難う。それじゃあ、このイベントが終わったら出発ね。」
「あのアイシャさん、このイベントが終わってからだと、ミサさんのイベントが途中からになっちゃいますよ。今から行った方が良いと思います。」
「でも、誠君はここが終わるまで離れられないでしょう。」
「僕のことは、」
アイシャが言葉を遮る。
「僕も行くの。このイベントが終わったら構わないでしょう。」
「それはそうですが。」
「それじゃあ、行こう。場所がよく分からないし、女子高校生4人がいっしょなんだから、誠君も両手両足に花よ。」
「両手両足に花の件はともかく、分かりました。ご案内します。」
「よろしい。」
ビーナが誠に尋ねる。
「岩田さんとアイシャとは、音楽事務所が同じだからということで知り合ったの?」
「最初は違うのですが、今その関係で会うことが多いです。」
「最初は?」
「さっきここに居た高校生ぐらいの女子を覚えていますか?」
「覚えているよ。」
「あだ名をアキさんと言います。アキさんは『ユナイテッドアローズ』という名前の地下アイドルユニットに属していて、僕が音楽を担当しているのですが、その相方がアイシャさんの従妹なんです。」
「アイシャの従妹って地下アイドルをしているんだ。」
「そうだよ。小学5年生の女の子で、アイドルでの名前は何て言うんだっけ。」
「ユミさんです。」
「そうそう、ユミちゃん。」
「大丈夫、騙されて利用されているということはないの?」
「もしかして、誠君に騙されているということ?」
「すごい考えにくいけど。」
「ビーナ、それは絶対にないわね。逆に誠君がユミちゃんに利用されていることはあるかもしれないけど。」
「まあね。私もそんな感じはする。岩田さんは大学生?」
「はい、大学2年生です。」
「何大学?」
「大岡山工業大学です。」
「ごめんなさい。知らない。」
「はい、あまり有名じゃありませんので、大丈夫です。」
「音楽担当ということは、何か楽器をやっているの?」
「いいえ。DTMはやっていますが、楽器はできないです。」
「そうか。今はそういう時代よね。」
「でも、アイシャさんが楽譜だけでも即興で演奏できるのを見て、いいなと思いました。ビーナさんは何か楽器をやっているんですか?」
「私は高校の吹部(吹奏楽部)で、トランペットをやっている。」
「私はフルート。」
「私はオーボエ。」
「みなさん、すごいですね。アイシャさんも良い友達ができて良かったですね。」
「まあね。そうだ、誠君、亜美が歌って4人で伴奏するための曲を作ろうよ。」
「僕は構いませんが。亜美さんとレコード会社が何と言うか。」
「亜美のチャンネルで披露するだけなら大丈夫じゃない。亜美は歌手志望というし、亜美のためのオリジナル曲があってもいいと思うよ。私も手伝うから。」
「私も面白そうだからやってみる。」
「亜美がいいなら。」
「アイシャ、吹部の友達を誘ってみてもいい?」
「もちろん。」
「そうですね。とりあえず作ってみましょう。それがどう利用できるかは平田社長に聞かないと分からないですが。」
「有難う。作詞は明日夏さんに頼んでみるね。」
「明日夏さんはリリースイベント中ですから、あまり無理はさせない方が。」
「作詞に喉は使わないから大丈夫。この間の曲も、明日夏さんは作詞をしたいみたいだったよ。だからたぶんやってくれる。」
「明日夏さんは作詞家志望ですから、確かに、時間が空いていれば作詞してもらえるかもしれません。あの、明日夏さんへの連絡はお願いできますか。」
「もちろんいいけど。」
特典会の最後の客が尚美とハイタッチをして、『トリプレット』のイベントは終了した。3人が控室に下がって今日のイベントの話をする。
「由香先輩、亜美先輩、お疲れ様です。」
「リーダー、同級生が見えて驚いてしまって、申し訳ありませんでした。」
「いえ、問題はなかったと思います。」
「リーダーのカバー、完璧だったぜ。」
「有難うございます。それより、リリースイベントの出足は好調で安心しました。特典会の売り上げも良かったみたいです。」
「亜美や俺も並んでくれるお客さんが増えて良かったぜ。でも本当に、亜美の列には小学生の男子がいっぱい並んでいたな。」
「配信チャンネルでのオタク話が受けているんだろうけど、私も驚いた。」
「でも、少年のファンってどうなんだ。」
「由香先輩、少年の方たちもやがては大人になりますので、今のうちからどんどんファンとして獲得しておきましょう。」
「なるほど、さすがリーダー、青田買いというやつだな。」
「はい。由香先輩も女性ファンが増えてきていて、良かったと思います。」
「それでも俺のファンが一番少なかったかな。リーダーの兄ちゃんたちは、気を使って俺の列に並んでくれていたよ。」
「兄たちと言うと、うちの兄、パスカルさん、ラッキーさん、アキとコッコさんですか。」
「おう、たぶんそうだ。」
「まあ、兄にとっても良いことだと思います。」
「でも、私のハイタッチが終わったときには、二尉はアイシャたちと話していました。」
「パスカルさんたちはそこには居なかったんですね。」
「はい。」
「パスカルさんたちは、たぶん美香先輩のイベントに行ったのだと思います。それでアイシャたちと言うのは、亜美先輩の同級生の方たちですか。」
「はい、アイシャの他に同級生が3人いました。3人とも部活は吹奏楽部です。」
「有難うございます。全員、音楽が好きな方と言うことですね。」
「はい。たぶん、5人で音楽の話をしていたのではないでしょうか。」
「そうでしょうね。由香先輩も、亜美先輩も兄を気遣ってくれて、有難うございます。」
ハートレッドが尚美に話しかける。
「プロデューサー、この後ミサさんのリリースイベントに行きませんか?今ならまだ間に合いそうです。」
「すぐに車で行けば間に合いそうですね。由香先輩、亜美先輩、急いで着替えることになりますが、いっしょに行きませんか?」
「おう。ミサさん、もうすぐアメリカに行っちゃうからな。」
「私もミサさんの新曲、楽しみです。」
「有難うございます。社長、橘さん、申し訳ないですが、今から美香先輩のイベントを見てこようと思います。」
「その方がミサちゃんも喜ぶね。それじゃあ、僕は鎌田さんと今後の予定の確認があるからここに残るけど、尚ちゃんたちは行ってらっしゃい。久美も行ってくるといい。」
「そうね。行ってくる。」
ハートレッドが情報を追加する。
「溝口社長が来ているそうですので、プロデューサー、機会があったら『ハートリンクス』の新曲の話をしましょう。」
「お忙しい方ですから、時間があるようならば、そうしましょう。」
久美が躊躇する。
「溝口社長が来るなら、私は行くのをやめよう。」
「久美、今年は再デビューをするんだから、挨拶ぐらいしておいても悪いことはないよ。」
「私、ああいう人は何か苦手で。鎌田さんの方は私で何とかするから。」
「久美。」
「早く行ってくる。」
「分かったよ。」
尚美たちはメイクはそのままで、服だけ着替えて、悟が運転するバンでミサの会場に向かった。ハートレッドが驚く。
「パラダイス興行の方たちは、バンで移動するんですか。」
「これはバンドメンバーや機材用で、明日夏ちゃんはタクシーで移動するんだけど、今はタクシーを捕まえる時間がもったいないので。」
「後ろにバンド機材を積んで、前にバンドメンバーが座るんですか。」
「その通り。僕が大学の時は、夏休みはこのバンで全国を回ったんだ。」
「もしかして、社長さんが学生のころからこのバンに乗っているんですか。」
「そうかな。」
「へー、すごい。」
明日夏が話に入る。
「社長!ハートレッドちゃんに手を出すと、うちのみんなに迷惑がかかるので止めてくださいね。」
「ははははは。明日夏ちゃん、分かった。でも、ハートレッドちゃんが思う素敵な人に僕は入っていなかったから心配はいらないよ。」
「あの、今の話を聞いて、平田社長も加えます。」
「本当に。有難う。」
「それで、レッドが思う素敵な人って誰なんだ。」
「それが、由香ちゃん、パスカルさんとマー君なんだよ。」
「えっ、うちの兄とパスカルさんなんですか?」
「三人とも誠実そうで、話している感じが良かったからです。」
「レッドは、あんまり面食いじゃないんか。」
「由佳、それはよく言われていた。」
「由香ちゃん、ハートレッドちゃん、酷い。」
笑い声が起きる。明日夏が感想を述べる。
「新パターンだね。」
由佳が弁解する。
「社長!申し訳ありません。社長はすごく二枚目でイイ男です。あっ、いや、リーダーの兄ちゃんもイイ男です。」
「由香先輩、大丈夫です。」
「由香ちゃん、芸能人になったら、人の容姿が良くないとか言う話はあまりしないほうがいいかな。」
「社長のおっしゃる通りです。以後気を付けます。」
「それがいいと思う。」
「確かにその3人は性格が良いというか、悪いことはできなさそうって感じだね。」
「でしょう!それで、明日夏さんが思う素敵な人って本当は誰なんですか?」
「その話覚えていたのね。えーと、ピエール・ニネかな。」
「誰?」
明日夏がスマフォを見せる。
「これ。」
「フランス人ですか。確かに日本人離れした二枚目ですけど。」
「明日夏先輩は小さい時にフランスに住んでいたので、フランス語が話せるんです。」
「本当ですか!明日夏さん、それはカッコいいです。」
「でも、英語は話せない。」
「それはそれで、明日夏さんらしいですね。」
「ハートレッドさんも、明日夏先輩が分かってきたみたいですね。」
「はい、パラダイス興行の方はみんな楽しい方ばかりです。」
「明日夏先輩、褒められているのでしょうか?」
「尚ちゃん、褒められていると思っていた方が幸せだよ。」
「そうですね。」
このような取り留めのない話をしているうちに、バンが会場に到着し、6人が関係者入口を通ってミサの控室の前に着いた。尚美がノックをして扉を開け、明日夏が尚美に続いて部屋に入っていった。
「美香先輩、失礼します。赤いドレス、さすがに良く似合います。」
「ミサちゃん、今日は3倍すごそうだね。」
一緒に来たメンバーも部屋に入った。
「尚、いらっしゃい。明日夏、ヒラっち、由佳、亜美、レッドも。みんな、有難う。尚たちのイベントから駆けつけてくれたんだ。」
「私なんか、自分のイベントが終わってから『トリプレット』とミサちゃんの梯子だよ。」
「そうだよね。いつも有難う。」
「ミサちゃん、大丈夫?」
「明日夏先輩が美香先輩の心配をするなんて僭越です。」
「ううん、尚、心配してくれると嬉しい。」
「分かりました。リハーサルが終わったところですか?」
「そう。今終わったところ。それで、・・・尚、誠は元気してる?」
「はい、今日も渋谷駅まで送ってくれて、その後『トリプレット』のイベントにも来ていました。」
「俺の列が一番短いんで、兄ちゃんたち4人が俺の列に来てくれました。」
「誠とハイタッチしたんだ。」
「はい。」
「そう。」
「プロデューサーのお兄さんと言えば、私、今日は一般のお客として『トリプレット』のステージを見に来たんですが、気付かれて騒ぎが大きくなる前にお兄さんがプロデューサーに連絡してくれて、事なきを得ました。」
「明日夏、私たちにもそんなことがあったよね。」
「それは去年の尚ちゃんたちのイベントだったね。でも、私はその時もミサちゃんのマネージャーと思われていたみたいだけど。」
「その時も?」
「この前は、子供たちに亜美ちゃんのマネージャーと思われた。」
「そうなんだ。明日夏はひょうひょうとしているところがあるかな。あっ、もちろん良い意味だよ。でも、誠、明日夏のイベントにも来たの?」
「えっ、うん。でも、私に亜美ちゃんのチャンネルで、セーラー服を着てバレエを踊るといいとかバカなことを言っていた。」
「明日夏がセーラー服でバレエを踊るの。でも、誠のことだから、明日夏のことを考えて言ってくれたのかもしれないよ。」
「そうかなー。ミサちゃんはマー君のこと、良く思いすぎだよ。」
「でも、私に学生服を着せて、パンをくわえさせた明日夏よりはいいんじゃないかな。」
「ははははは、そうだった、ごめん。それじゃあ、私もセーラー服を着てバレエを踊ってみるか。」
「その時は、見に行こう。」
「ダコール。」
レッドが尋ねる。
「プロデューサーのお兄さんは、ここにも来るんですか?」
「来ないと思う。私がファンにならないでと言ったから。」
「えっ、何で?喧嘩でもしたんですか。」
「そうじゃないんだけど。」
「もしかして、ツンデレということですか?」
明日夏が尋ねる。
「レッドちゃん、よくそんな単語知っているね。」
「戦隊系アイドルでデビューしたので、オタク用語は勉強しています。」
「他に何を知っている?」
「えーと、箱推し、コール、爆レス、神対応、塩対応、嫁、課金、あとは、異世界転生、転移、なろう系、モブ、MAD、中二病、婦女子、BL、ショタコン、同担拒否とか。」
「おお、さすがレッドちゃんは勉強熱心だね。大学を受けるだけのことはある。」
「明日夏さん、嫌なことを思い出させないで下さい。」
「ごめんなさい。」
「それで、ハートレッドさん、第一志望には受かりそうなんですか?」
「第一志望は、模試でB判定でしたので、受からないことはないという感じです。」
「ここまで試験が迫ると、そう結果は変わらないかもしれませんが、分からないことがあったら何でも聴いて下さい。」
「有難うございます。でも、どっちかというとお兄さんに教えて欲しいです。あの、絶対に変な意味じゃなくて。」
「数Iを教えて欲しいということですね。」
「はい、プロデューサーのお兄さんなら安心ですし。」
「明日はテレビ出演が二つありますから、ハートレッドさんのスケジュールがあいているのは、月曜日の夕方が一番早いですね。」
「はい、月曜日の夕方は大丈夫です。」
「分かりました。兄に聞いてみます。」
「有難うございます。」
「マー君、モテモテだね。」
「事務所との約束通り、28歳まで恋人は作らないつもりですので、そういう心配は無用です。」
「今からツバを付けておこうとか。」
「さすがに10年も待ってくれないでしょう。」
ミサが止める。
「明日夏、レッドがそう言っているんだから、冗談でもそういうことは言わない方が。」
「そうです。私たちは芸能人なんでした。ごめんなさい。」
「レッドなら、2年ぐらい前から探せばいいんじゃないかな。」
「そうですよね。26ぐらいから探せばいいですね。それまでは、仕事と勉強に集中します。」
「うん、絶対にそれがいい。」
「ミサちゃんは?」
「私はロック歌手だからそういうことに制限はかけない。首になったら、パラダイス興行に拾ってもらえることになっている。」
「そう、美香、その意気だ!」
「さすがミサさん、カッコいいです。でも、私は拾ってもらえないからな。」
「社長どうですか?ハートレッドちゃんは?」
「ハートレッドちゃんを中心にアイドルユニットを作ってもいいけど、不倫とかじゃなければ、恋人ができたぐらいで、二人を溝口エイジェンシーさんが離すことはないと思うよ。」
「平田社長と不倫。」
「僕は未婚だから不倫は絶対に無理。」
「未婚というか恋愛未経験ですよね。」
「明日夏ちゃんは久美に似てきたね。」
「歌の一番弟子ですから。」
「私は、えーと、5番弟子か。」
「うーん、ミサちゃんはロックの一番弟子かな。」
「そうか。有難う。」
「それだけに、道を踏み外さないように。」
「分かった。」
笑い声が起きている中、ナンシーがやって来てミサに話しかける。
「湘南さん、アイシャさんを案内するためにこのイベントに来るみたいですねー。」
「本当に!?」
「ちょっと前に、湘南さんのカレンダーに予定が追加されたですねー。」
「本当だ。ナンシーちゃんの言う通り。少し遅れるみたいだけど、ミサちゃん、ほら。」
明日夏がミサにスマフォのカレンダーを見せた。
「あっ、本当だ。」
「そう言えば、『トリプレット』のイベントの最後の方でアイシャが二尉のところに行って話していましたが、ミサさんのイベントの話だったのかもしれません。」
「誠が来るのは嬉しいけれど、アイシャといっしょか。」
「ミサちゃん、あまり考えないで、頑張っていい歌を聴いてもらうしかないよ。」
「そうか。そうだよね。さすが明日夏。」
「まあ、マー君はいつもそんな感じだから。」
ナンシーがミサに用件を伝える。
「忘れていたですねー。ミサ、溝口社長がお呼びですねー。」
「ナンシーちゃん、そっちを先に言わないとダメじゃない。それは仕事なんだから。」
「明日夏さんにそんなことを言われるとは思わなかったですねー。」
「最近私は、みんなに心配をかけないように、ちゃんとしているのです。」
「そうですかねー。」
「その話は後で、ナンシー、行こう。」
「行くですねー。」
ミサとナンシーが部屋を出て行った。
ミサが部屋を出て行ったところで、ハートレッドが明日夏に話しかける。
「ミサさんのプロデューサーのお兄さんに対する態度って、ちょっと普通じゃない感じがするんですが、どういう関係なんですか?」
「えーと、実は私だけじゃなくミサちゃんもマー君を3歳の時から知っているんだよ。」
「えーーーーー。あっ、そう言えば、ミサさんのワンマンライブで見せた3人で写っていた写真の真ん中の男の子は、もしかして。」
「マー君。あの写真はマー君が持っていた。それで、ミサちゃんの初恋の人がマー君だったみたいなんだよ。」
「えーーー。驚きました。」
「うん。」
「それは何かすごい関係ですけど。ミサさん、今はどう思っているんでしょうが。」
「今でもマー君が好きなことは間違いないけど、どういう好きかは良くわからない。」
「はあ。でも、そうなら、お兄さんと話すときはミサさんに注意しなくちゃか。」
「まあ、そうだね。」
「分かりました。」
少しして、ナンシーとミサが戻ってきた。
「ミサちゃん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。溝口社長のところに、ヘルツレコードの森永本部長が来ていたので、新年の挨拶をしてきただけ。森永本部長は溝口社長との話が終わったら、明日夏に挨拶に来るって言ってたよ。」
「ミサちゃん、それは私じゃなくて尚ちゃんたちの間違いじゃない?」
「ううん。明日夏って言ってた。」
「はい、私は森永本部長とは4日に会いましたので違うと思いますが、良い機会ですので『ハートリンクス』のCDのことを伺ってみます。ハートレッドさんもお願いします。」
「プロデューサー、了解です。」
尚美が時計を見る。
「美香先輩は、あと5分で出演ですね。」
「うん。有難う。」
スタッフからも5分前の声がかかる。
「でも、尚、私のイベントで気を使わなくても大丈夫。」
「そうですね。優秀なスタッフさんも多いですからね。」
「うん。」
「歌は大丈夫だと思いますが、MCは確認しましたか?」
「有難う。もう一度、チェックする。でも、尚はやっぱり気を使っている。」
「すみません。どうも性分みたいで。」
「誠に似たのね。」
「そうかもしれません。それでは私たちは離れています。」
「有難う。」
ミサがMCの原稿をチェックしていると、会場アナウンスがあり、ミサに出演の指示が出される。ミサは
「それじゃあ、行ってくる。」
と一言残してステージに向かった。ステージに出たミサがMCを始める。
「みんな、こんにちは。大河内ミサだよ。今日はアニメ『MN34分隊』の主題歌『Because』のリリースイベントに来てくれて本当に有難う!野外は真冬で寒いけど、寒さを吹き飛ばせるように頑張って歌うね。みんなも、声出して応援してね。その方が暖かくなるから。それじゃあ、1曲目、」
ミサが歌いだすと、ハートレッドが尚美に感想を話しかける。
「練習の時もそうでしたけど、ミサさんの声、やっぱりすごい。」
「それはその通りですが、ハートレッドさんは話し声の方で勝負できると思います。」
「はい、プロデューサー、頑張ります。」
ミサが歌い終わり、MCに入る。
「みんな、『Bottomless power』を聞いてくれて有難う。さて、このイベントは新曲『Because』のリリースイベントなんだけど、この曲は、今週初回が放映されたアニメ『MN34分隊』の主題歌なんだ。みんな、『MN34分隊』、見てくれている!?私はもちろん見ているよ。空で戦うんじゃなくて、月の地面で地味に闘うんだけど。・・・・地味は酷いって。でも、主人公は侵略者側なんだけど、そこに住んでいる人との交流があったり、悩んだりする深い人間ドラマが描かれていくんだ。脚本は読ませてもらったけど、本当に面白いから絶対に見てね。それじゃ、アニメ『MN34分隊』の主題歌『Because』。行くよ。」
ミサは情感豊かに『Because』を歌っていたが、間奏の間に誠を先頭にアイシャとアイシャの友達らしき3名の女子が会場に入ってくるのが目に入った。「やった、誠が来た!でも、アイシャは分かるけど、他の3人は誰?アキさんじゃないし・・・。アイシャの友達?」などと考えていたら、次のコーラスに入り損ねてしまった。
「あっ。」
ステージ上で歌詞を間違えたこともないミサは動揺して、固まってしまった。
「どうしよう。」
ステージを見ていた尚美がディレクターにお願いする。
「ミサさん、少し時間がかかりそうですので、音楽を一度止めましょう。」
「そうですね。そうします。」
「有難うございます。ちょっとミサさんのところに行ってきます。」
「お願いします。」
尚美がマイクを持った時に、会場の後ろの方から女性の大きな声がした。
「しっかりしろ!来月からアメリカでロック歌手として活動するんだろう!」
尚美は会場の後ろを見たが、声の主が誰だかよく分からなかった。しかし、ミサはそれがアイシャであることをすぐに理解した。アイシャが誠の方を見ながら小声で言う。
「えーと。」
誠はミサの方を見たままでガッツポーズをしながらアイシャに答える。
「大河内ミサさんです。」
「大河内ミサ、そんなことじゃ、日本にいるみんなが不安になるぞ!」
ミサもマイクを使わずに大声で答えた。
「分かっている!」
そして、マイクを持ち静かに観客に語り掛けた。
「ごめんなさい。今のは100%私のミス。私が未熟だから。言い訳はしない。でも、できればもう一度初めから『Because』を歌いたい。今、私にはそれしかできないんだ。いいかな。」
会場が拍手に沸く中、アイシャが答える。
「ミサ、頑張れ!」
「分かった!アイシャには絶対負けない!」
アイシャの近くの観客はアイシャの方を見て、関係者か何かと思ったが、すぐに前を見た。ミサは舞台袖の方を見てディレクターにお願いする。
「申し訳ありませんが、音楽を最初からかけて下さい。」
『Because』の伴奏が始まり、ミサはさっきより力強く歌った。
尚美にはアイシャの姿は見えなかったが、ミサがアイシャと呼んだので、だいたいの状況を理解した。
「お兄ちゃんとアイシャが来たのか。」
そのとき、尚美の方に来た溝口社長が尚美に話しかけた。
「すぐにカラオケを止めてくれて助かった。でも、星野君は今の大声を出した女性を知っている?大河内君の友人のようだけど。」
「はい。パラダイス興行でバックバンドの契約をしている藤崎アイシャさんです。美香先輩もパラダイス興行に来た時に何回か会っていると思います。」
「藤崎君は平田君が見つけたの?」
「はい、平田社長がスカウトしました。」
「そうなんだね。それにしても大きな声だったね。」
「はい、身長も175センチぐらいあります。」
「歳は大河内君と同じぐらい?」
「それが亜美先輩のクラスメイトですので、高校2年生です。」
「ほー、柴田君のクラスメイトなの。ちょっと会ってみたいんだけど、藤崎君に声を掛けてみてくれるかな。」
「かしこまりました。溝口社長はこの後時間がありますか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「それでは、この後時間があるか聞いてみます。」
「お願いする。平田社長もいるし、ちょうどいい。」
「分かりました。」
ミサは予定していた最後の6曲目を歌い上げた。
「『砂の大地』を聞いてくれて有難う。ニューシングル『Because』のリリースイベントは、明日は大阪、来週は福岡、名古屋、札幌で開催して、再来週には東京に戻ってくる予定だから、また是非聴きに来てね。そして、私、大河内ミサは来月から念願のアメリカでロック歌手としての活動を始めるんだ。アメリカでは日本みたいな人気はないから、小さなホールやレストランでの活動がメイン。だから、良かったらアメリカまで遊びに来てくれると嬉しい。だけど、アメリカに行ったきりということはなくて、3分の2はアメリカ、3分の1は日本でライブやイベントに出演するから、日本に戻ってきたときにはまた会いに来てね。次は3月の終わりに日本に帰ってくるから。私が日本にいなくても、大河内ミサを忘れないでね。お願い。それじゃあ、またね。大好きだよ。」
観客に挨拶をした後、ミサは舞台袖に戻ってきた。溝口社長が見えたため謝罪する。
「溝口社長、大変申し訳ありません。完全に私のミスです。」
「大河内君がイベントでミスをしたのは、この1年半で初めてなんじゃないか。ミスをするのも経験と思って、そこからどうリカバリーするかを考えておけばいい。」
「有難うございます。リカバリーに関しても練習するようにします。」
「リカバリーの練習か。大河内君は、完璧主義すぎるところがあるから、あまり深刻になりすぎないでね。」
「承知しました。」
ミサが「大好きだよ」と言ったとき、自分を見ている気がして気になっていた誠に尚美から連絡があった。
「溝口社長がアイシャさんと会いたいみたいだけど、この後、すぐ連れて来れる?」
「聞いてみる。」
「お願い。」
誠がアイシャに尋ねる。
「アイシャさん、ミサさんの事務所の溝口社長が是非会いたいとのことですが、この後時間はありますか。大声を出したから怒られるということではないと思います。」
「別に怒られてもいいよ。いい機会だから、美香の会社の社長に会って、美香がギターで亜美のチャンネルに出られるように話してみるよ。」
「あの、溝口社長は芸能界のドンと呼ばれる方ですので、ぐれぐれも失礼のないように。」
「分かった。」
誠は「さすがアイシャさん。でも大丈夫かな。」と逆に心配になりながら尚美に連絡した。
「大丈夫。アイシャさんと今から行く。」
「有難う。ナンシーさんに関係者入口で待ってもらうね。」
「そうしてくれると助かる。」
アイシャは急に仕事と言って、ビーナたちと別れて、誠と関係者入口に向かった。
ミサは社長と話した後、ミサは明日夏たちと控室に向かった。
「ミスしちゃった。」
「ミサちゃん、人間ミスはするものだよ。」
「明日夏先輩はミスしすぎですけどもね。」
「尚ちゃんは今日も厳しい。」
「でも、明日夏先輩のファンは、先輩のミスは可愛いと思ってくれる人ばかりで得していますけど。」
「リーダー、明日夏先輩はオタク的にはドジっ子に分類されると思います。」
「ドジっ子というジャンルがあるんですね。」
「はい。」
「亜美ちゃんも厳しい。」
「そう言えば、アキさんに蔵王で私もドジっ子って言われた。」
「ミサさんがドジっ子ですか?」
「私が、スノボで2回転んだだからだけど。1回は立っているときに転んじゃったし。」
「マー君がいたの?」
「まあ、そうだけど。誠にカッコいいところを見せようとして逆に失敗しちゃった。」
「スノボがあんなに上手なミサさんでも雑念が入ると失敗するんですね。」
「そうかも。でもまた誠にカッコ悪いところを見せちゃって。」
「兄は美香先輩をすごい人と言っていますし、大丈夫だと思います。」
「リーダーのお兄ちゃんはずうっとミサさんにガッツポーズを送っていたぜ。」
「由香先輩も兄が見えたんですね。」
「うん、そうだった。尚は見えなかったの?」
「はい。アイシャさんの声がする方を見たのですが。」
「しかし、アイシャ、やたらでけー声だったな。」
「はい。それで溝口社長がアイシャさんの大きな声に興味を持って会いたいということで、兄にお願いしてここに連れて来ると思います。」
「えっ、誠がここに来るの?」
「はい、そうだと思います。」
「どうしよう。」
「兄は、アイシャさんを連れてくるだけですので、普通にしていればいいと思います。」
「そうだけど。」
ナンシーが誠とアイシャを連れて控室にやってきた。
「美香、みんな、こんばんは。」
「こんばんはです。美香さん、歌がまたパワーアップしていました。」
「誠・・・・。」
「ミスは誰でもあります。計画通りに行かなくても、落ち着いてリカバーするようにしましょう。」
「分かった。尚はいつも冷静ですごい。」
「尚は国際政治が好きですから、こんなことで人が死ぬわけじゃないんだしと思っているんだと思います。」
「お兄ちゃんの言う通りかもしれない。大怪我するわけでもないし。」
「そうか。人が死ぬわけじゃないし。その通りね。」
「はい、もう一度歌い直せばいいだけです。それができるぐらいの時間的余裕は取ってあると思います。」
「分かった。」
悟がアイシャに話しかける。
「アイシャちゃん、誠君から話を聞いていると思うけど、僕と一緒に溝口社長のところに行ってくれる。」
「もちろんです。そのために来たわけですし。」
「あまり緊張する必要はないから。」
「はい?」
「社長、それより、アイシャさんが溝口社長にあまり失礼なことを言うようでしたら止めて下さい。アイシャさんのためにも。」
「そうなの?」
「はい。アイシャさん、溝口社長は、お怒りになるとパラダイス興行ぐらいなら吹き飛んでしまうぐらいの実力がある方ですから。」
「私だけのことじゃないことは、分かってるって。」
「それじゃあ、アイシャちゃん行こうか。」
「はい。」
悟は爆弾でも運んでいるような面持ちで、溝口社長がいる部屋に向かった。
悟が扉をノックして、悟とアイシャが部屋に入った。
「失礼します。藤崎アイシャを連れてきました。」
「失礼します。」
「ようこそ。よく来た。おや、君はヴァイオリンを背負っているみたいだけど、もしかして、ヴァイオリン奏者なの?」
「はい、その通りです。パラダイス興行でヴァイオリン演奏や作曲などでお手伝いをしている藤崎アイシャと言います。」
「藤崎アイシャというのは本名?」
「はい、本名です。」
「高校では柴田君と同じクラスなの?」
「柴田君?もしかして、佐藤亜美のことですか。」
「本名は佐藤と言うんだね。その通り。」
「はい、同じクラスです。私は芸大か東邦のヴァイオリン科を受験するために東京に出てきたのですが、その時に同じクラスに亜美がいて驚きました。」
「僕もヴァイオリンを少し弾くんだけど、君のヴァイオリンを聴かせてみてくれる。」
「はい、喜んで。」
アイシャがヴァイオリンをソロで演奏する。演奏が終わって溝口社長が感想を述べる。
「すごく優しい音色だね。とっさに大河内君を勇気づけたことといい、君は本当は優しい心の持ち主なんだろう。」
「有難うございます。私の夢はソロヴァイオリニストになることですので、ヴァイオリンの音色には気を使っています。それを褒めて頂いてとても嬉しいです。あの、それで、社長のヴァイオリンを聴かせて頂けますか?」
「僕のヴァイオリン?あまり人前では弾いたことはないけど。」
「是非、聴いてみたいです。」
「僕は大学から始めたから、君ほどは上手ではないが、まあいいだろう。」
アイシャが自分のヴァイオリンを社長に渡す。
「少し安定していないところもありますが、真面目そうな音色です。音程は十分正確なので大丈夫です。」
「有難う。まあ、さすが平田君が契約するだけあって、高校生なのにアイシャ君の演奏の足元にもおよばないけどね。でも、演奏は楽しいね。平田君もそうは思わないか。」
「はい。私も少し余裕ができたのか、最近またベースを演奏するようになりましたが、とても楽しいです。」
「そうだね。」
「溝口社長、実を言うと、亜美のチャンネルで、美香にギターを演奏することをお願いしようと思っていたのですが、今日のことで、良く考えると、そんなことよりも人前で歌をもっともっと歌って、自分に自信を持った方が良いと思いました。」
「その通りだ。僕もそう思う。」
「それで、その代わりにと言ってはなんですが、是非、溝口社長が亜美の伴奏に加わってください。」
「はい?」
「亜美のバラード、二人でヴァイオリンを弾けば、もっと深い音を出すことができます。」「僕がか?」
「はい。それに社長がヴァイオリンを上達するためにもちょうどよいと思います。」
「えーと。」
「社長は、ヴァイオリンの演奏を人に披露する機会はありますか?」
「昔はともかく、今はないが。」
「それだと演奏の楽しさも実感できませんし、上手にもなりません。」
「そうかもしれないが。」
「歌手を育てるためには、バックバンドの気持ちが分かることも大切だと思います。」
「君の言うことは分かるが。」
「社長のパートの難易度は誠君と相談して調整しますので大丈夫です。」
「誠君と言うのは?」
悟が説明する。
「尚ちゃん、星野なおみの兄で、パラダイス興行では作曲や編曲を担当してもらっています。」
「星野君のお兄さんか。」
「最近ですと『ハートリンクス』の『ハートリンクス』の作曲と編曲を手伝ってもらっています。」
「『私といっしょにイイことしよう』の作曲は私も手伝っています。」
「藤崎君、『私といっしょにイイことしよう』というのは。」
「えーと・・・」
悟がアイシャの言葉を遮って説明する。
「大変申し訳ありません。今日、社長にお時間があれば星野なおみからお話しする予定だったのですが、こちらで『ハートリンクス』のために用意している曲です。私たちが勝手に先に話してはいけなかったです。」
「いや、別に構わんよ。それについては、後で星野君に聞いてみるよ。」
「有難うございます。」
「それで、藤崎君は芸能人をやってみようとは思わないんだね。」
「はい。現在はないです。」
「藤崎君の場合は芸能人として活動するなら遅めの方が良いだろうから、もし、ヴァイオリンでうまくいかないようなら僕に連絡してくれたまえ。」
「有難うございます。でも、何で遅めの方がいいのですか。」
「ああ、芸能界の女王様ポジションがちょうどいい。」
「よく、学校で女王様みたいだとは言われますが。」
「まあ、そうだろうね。うちがプロモーションすれば絶対にうまくいくと思う。」
「分かりました。」
「当面は平田君のところで活動するといい。」
「はい、頑張ります。」
「平田君にもお願いするよ。」
「はい、全力でサポートします。」
「有難う。それでは、星野君を呼んでくれるかな。」
「かしこまりました。」
「それで社長、ヴァイオリンの出演はどうされます。」
「ははははは。まあ、余興だ。うまく演奏できるようならやってみるよ。」
「有難うございます。早速、楽譜を用意します。それでは失礼します。」
「失礼します。」
明日夏たちがいる控室に悟とアイシャが戻ると、森永事業本部長が尚美とハートレッドと話していた。森永事業本部長が悟に話しかける。
「平田さん、こんにちは。今、星野君とハートレッドさんから『ハートリンクス』の話を聞いていました。正月明けで、こちらの動きが遅くてご迷惑をお掛けしています。」
「いえいえ、そんなことはありません。うちと違ってヘルツレコードは大きな会社ですから、それは当然なことだと思います。」
「いや、こちらでもこんな時代に会社の動きが遅いことはいつも問題になっているんですが、親会社や株主への説明も考える必要があって。」
「はい、それは十分承知しています。」
「とりあえず、平田さんのところで用意している新曲については、販売権はうちということだけで進められるように話を通しておきます。」
「有難うございます。申し訳ないのですが、『ハートリンクス』の新曲のことで溝口社長が星野を呼んでいまして。」
「分かりました。星野さん、溝口社長のところに行ってきてください。」
「分かりました。ハートレッドさん、一緒に行きましょう。」
「分かりました。」
アイシャは控室につくと明日夏たちのところに向かった。
「あれ、誠君は?」
「ミサちゃんと尚ちゃんと少し話した後、帰ったよ。」
「世界の偉人が失敗した時の話をしてくれた。世の中には失敗学というのもあるって。」
「それで、誠君と亜美のためのオリジナル曲を作ろうと話していて、その作詞を明日夏さんにお願いしようということになったんですが、その話はしていました?」
「いや、何も話していなかった。」
「そうですか。お願いできますか?」
「もちろん、いいけど。」
「亜美もいい?亜美のチャンネルで披露するだけの曲になるかもしれないけど。」
「うん、もちろん。オリジナル曲、嬉しい。」
「でも、何でマー君は私に直接言わないんだ。」
「明日夏さんが、リリースイベントで忙しいことを気にしていたみたいですけど。」
「作詞なら、アニメを見る時間を削ってもするけどね。」
「明日夏さんがアニメを見る時間を削るって、すごいですね。」
「亜美ちゃん、私は将来何になりたいか知っている?」
「お金持ちの家の専業主婦でアニメとゲーム三昧で生活する。」
「亜美ちゃんも尚ちゃんみたいになってきた。」
「でも、明日夏、私も明日夏がそう言っていたのを聞いたよ。」
「俺も聞いたぜ。」
「うー、そう言えば、そう言ったことがあるかもしれないけど。冗談だよ。」
「俺は、作詞家の方が冗談かと思ったぜ。」
「由香ちゃんも尚ちゃんみたいになってきた。」
「亜美の曲の話に戻していい?」
「アイシャちゃん、もちろん。」
「亜美、明日夏さん、誠君、私、できれば平田社長と練習室に籠って曲を仕上げようと思っています。そうすれば、亜美に合った曲が作れると思います。夜遅くなるかもしれませんが、いいでしょうか。」
「私はもちろん。」
「まあ、いいよ。」
「でも、それバンドが曲を作るみたいでカッコいいな。夜までやっているなら、大阪から帰ったら私も参加していい?」
「うーん。溝口社長にギターの件をお願いしようと思ったんだけど、溝口社長はアメリカに行く前に美香は少しでも人前で歌って自信を付けた方がいいって。」
「人前では歌ってはいるけど、予期しないことがあると焦っちゃって。」
「美香はやっぱり優等生タイプだから。」
「ミサちゃん、だいぶ良くなったよ。昔は本当に引きこもりの優等生だった。」
「引きこもりの優等生・・・・か。」
「その仮面を取らないと。」
「でも、どうやって。」
「うーーーん、全裸で誠君の前でロックを歌う。」
「アイシャ、それじゃあ橘さんだぜ。」
「久美先輩はそういうことをよく言うけど、本当にそんなことをしたの?」
「好きな男の気を引くために全裸で歌ったと言っていたぜ。」
「それじゃあ、美香は橘さんの弟子なんだから、やらなくっちゃ。」
「そうなのか。」
「ミサちゃん。ミサちゃんはそんな話を真に受けるから、引きこもりの優等生と言われちゃうんだよ。」
「でも明日夏さん、橘さんの話は本当ですぜ。」
「それはそうだけど。でも、それで相手には逃げられちゃったんでしょう。」
「確かに橘さんがいきなり全裸でロックを歌ったら、男は引いちゃいますな。」
「由香さんの言う通りかもしれない。それなら、初めは服を着て歌いながら少しずつ脱いだらいいんじゃないかな。」
「ははははは、アイシャ、そっちの方がエロいぜ。」
「由佳、よりエロくしたいんじゃなくて、ゆでガエルの法則の応用だと思う。」
「何だ亜美、ゆでガエルの法則って。」
「蛙を熱いお湯の中に入れるとすぐ飛び出ちゃうけど、水を温めていけば、気が付かなくて、そのままゆでられちゃうという話。」
「カエルってバカなんだな。」
「カエルも由佳には言われたくないだろうけど。」
「亜美、俺だってお湯が熱くなってきたら、とっとと外に出るわ。」
「でも、恋はそうはいかないわよね。」
「アイシャ、そりゃそうだ。熱くなれば熱くなるほど、危なくても離れられないな。そうか、カエルは水に恋しているのかもしれないな。」
「また由佳の謎理論だな。」
「しかし、アイシャ、そんなことでミサさんに自信が付くか?」
「由佳さんが試してみるとか?」
「俺がか・・・・。やっぱり引かれることを考えるとできねー。」
「アイシャちゃんが、ヴァイオリン演奏でやってみたらいいじゃない。」
「明日夏さん!それを言っちゃだめです。まだ分かっていないのかもしれませんが、アイシャは本当にそれをやりかねない人です。」
「亜美ちゃん、そうなの?」
「橘さんの師匠の姪ですよ。」
「そうか。社長も、橘さんとまともにやりやっていたマリさんはただ者でないと思っていたと言っていたね。」
「誠は、失敗してもめげないで、ステージでたくさん歌って場数を踏んでいくしかないと言っていた。どんなに失敗しても応援するからって。」
「マー君らしい答えだね。」
「私も二尉の答えが一番正解な気がします。」
「さすが、リーダーのお兄ちゃんだな。」
「でも、由香さん、全員で協力して、誠君の仮面を剝がしてみたくはないですか。」
「俺はリーダーが怖いからないな。」
「私も。」
「確かに、尚美さんは誠君が大好きという感じですよね。妹なのに誠君を見る目がかなり危ない感じがします。」
「アイシャちゃん。それはパラダイス興行最大の禁忌だから絶対に言っちゃダメ。」
「その通りだぜ。」
「その通りです。」
「えっ、明日夏、そうなの?」
「ミサちゃんは普通にしていれば大丈夫。」
「また、人を子供扱いして。」
「それじゃあ、アイシャちゃん、亜美ちゃんの曲作り、いつからやる?」
「善は急げで、明日の皆さんのイベントが終わった後では?」
「ダコール!歌詞の原案ぐらい考えておく。」
「有難うございます。それじゃあ、誠君には連絡しておきます。」
「メルシー。さて、尚ちゃんも戻ってきたようだから、帰ろうか。」
「二人とも、ごまかした。」
「明日、ミサちゃんもイベントが終わって時間があったら遊びに来たら。少しぐらいなら息抜きになるよ。」
「そうだけど・・・。」
「それじゃあ、帰ろう。」
「まあ、誠にも会えるし、それでいいか。また明日ね。」
誠と尚美は、いつものように渋谷駅で待ち合わせて帰宅した。
「月曜日の夕方にハートレッドさんが数Iを教えてもらいたいらしいけど、時間はある?」
「時間はあるけど、僕でいいの?」
「うん、お兄ちゃんを信用しているみたいだよ。」
「尚の兄だからだろうけど、僕にできることならするよ。念のため帰ったら数Iを復習しておく。」
「有難う。でも、お兄ちゃんが美香先輩のイベントに来るって珍しいね。」
「ライブには行ったことがあるけど、リリースイベントは初めてかな。アイシャさんが案内してほしいというから。」
「他にもいたんだよね。」
「うん、アイシャさんの友達が3人いたよ。みなさん、美香さんの歌を聴いてすごいって言っていた。」
「パスカルさんやアキは?」
「会場には居たんだろうけど、分からなかった。帰りに探そうと思っていたけど、アイシャさんを溝口社長のところに連れて行かなくてはいけなかったから、あそこでは会っていない。」
「そうか・・・。それで、美香先輩、何でミスしたと思う?」
「新曲だから?美香さん、いっぱい練習しているだろうから考えにくいけど。」
「その時、お兄ちゃんの方を見ていなかった?」
「こっちの方を見ていたかもしれないけど、視力5の美香さんが、普段は来ない僕が急にきて驚いたということ?」
「そうかもしれない。」
「それじゃあ、今度行くときには、かがんで美香さんから見えないようにするよ。」
「美香先輩なら、匂いで分かるかもしれないけど。」
「分かった。風向きにも気を付ける。」
「そうだね。」
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