第41話 スキースキー(後編)

 誠はゲレンデから民宿に戻ると、悟にメールで連絡を取りながら曲を手直ししていた。誠以外の4人も、夕方の5時前までには全員民宿に戻ってきた。誠が出発時間を告げる。

「ここを17時45分に出発します。」

「湘南、ミサちゃんのディナーショーの練習場所にはどうやって行くの?」

「歩いて10分ぐらいです。経路は確認してあります。」

「湘南君、ということは、ここと同じ別荘地にあるということだね。」

「その通りです。ですが、場所は秘密にして下さい。」

「それは分かっている。」

「私は化粧を直してから行こう。コッコは?」

「今日描いたスケッチを整理しているよ。しかし、BLカップルはたくさんいたが、パスカルと湘南を越えるカップルはなかなかいないな。」

「スキー場に来てまで、パスカルと湘南のスケッチをするの?」

「そうだけど。何か?」

「・・・・まあいいや。」

「それでみなさん、17時45分に雪の上を歩ける恰好で。」


 17時45分に民宿を出発して、18時少し前にミサの家の別荘の前に到着した。

「今から妹に連絡します。」

パスカルが緊張した面持ちで答える。

「サンキュー。」

誠が尚美に連絡をしている間に、パスカルが疑問に思いながらみんなに問いかける。

「大きな建物だけど、ここは旅館なのか?看板も表札もないけれど。」

「たぶん貸別荘じゃないかと思う。ここは別荘地だし。」

「なるほど。」

尚美と亜美が出てきた。

「みなさん、こんばんは。いつも兄のことではお世話になっています。大河内ミサさんはディナーショーの練習に向けて準備中ですので、中に入ってお待ち下さい。」

「二尉、アキ曹長、パスカル一尉、ラッキー一尉、まあ入り給え。テーブルに案内する。」

「有難うございます。お邪魔します。」「三佐、久しぶりであります。」「お邪魔します。」「お邪魔します。」「お邪魔します。」

尚美と亜美は、5人を不要な家具を片付けてステージを設置した広いリビングに案内した。部屋にはテーブルが二つ用意されていて、片一方には明日夏が座っていた。誠たちが部屋に入ると明日夏が立ち上がって挨拶をする。

「尚ちゃんのお兄さんとお友達のみなさん、練習なのでどれだけ楽しめるか分かりませんが食事は美味しいと思いますので、ゆっくりしていって下さい。」

アキが挨拶をする。

「今日はお招きに預かり、大変有難うございます。ワンマンライブで湘南が作曲した曲を宣伝してもらえて大変有難うございます。」

「ご存じと思いますが、初めて公にした私が作詞した曲ですので思入れもあります。」

明日夏が緊張して続ける。

「尚ちゃんから頼まれている曲の話がありまして、後で尚ちゃんのお兄さんをお借りして構いませんか。」

「はい、全く問題はありません。湘南のためにもなると思いますので、どんどん使ってやって下さい。お願いします。ほら、湘南も何か言いなさい。」

そのとき、誠は部屋で飲み物を出す準備をしている管理人を見つめていた。パスカルが誠を冷やかす。

「おっ、さすがは熟女好きの湘南だな。綺麗な女の子がいっぱいいるのに。」

「そういうことではなくて。」

「管理人さん、昔は美人だったぽいもんな。」

「パスカルさん、昔は、は失礼です。良く覚えていないのですが、小学校に行く前の幼い時に親切にしてくれた方によく似ていると思いまして。」

「マー・・・、尚ちゃんのお兄さん、その人の名前は覚えている?」

「里子さんだったと思います。」

「おー、名前はその通りだけど。どんな状況だった?」

「それが申し訳ないのですが、ほとんど覚えていません。」

「それは覚えていないのか・・・。あっ、ごめん。ごめんなさい。」

「いえ、大丈夫です。」

里子がやってきた。

「岩田誠さんですよね。」

「はい、その通りです。」

「えーと、今は二十歳かな。」

「その通りです。よく覚えていないのですが、その節はお世話になりました。」

「16年以上も前のことで、実は私もよく覚えてはいないです。覚えていることは尚美さんに伝えておきますので、興味があったら聞いてみて下さい。」

「有難うございます。あの、お手伝いしますので何でも言って下さい。」

「それでは、そこに座ってて下さい。そして、ステージに上がったお嬢様を良く見てあげて下さい。」

「わっ、分かりました。」

「有難う。お嬢様が先に食事を始めてて下さいということですので、飲み物から始めますが、何にしますか?ソフトドリンク、お酒もあります。」

パスカルが答える。

「さすがにお酒はやめておこうかな。」

「パスカル君の言う通りだね。ショーをちゃんと見ないと。」

「ドンペリのロゼとかもありますけど。」

パスカル、ラッキー、コッコが驚く。

「ドンペリ・・・・。」「ドンペリ・・・・。」「ドンペリ・・・・。」

パスカルが尋ねる。

「みんなで少しずつ飲めば大丈夫だよな。」

「パスカル君の言う通りだと思う。」

「どちらかというと、私は一人で飲みたい。」

「コッコは、はしたないことを言わない。なんならお父さんから貰ってくるから。」

「ドンペリを。」

「うん。父と母がよく飲んでいるし。」

「そう言えば、アキちゃんの家もお金持ちだったね。」

「まあ、小金持ちぐらいかな。」

「ということで、お言葉に甘えてドンペリを1本だけ開けてみんなで飲もう。」

「パスカルにはもったいない気もするけど、いいんじゃない。」

「湘南も付き合え。」

「場所が場所だけに、僕は遠慮しておきます。」

「湘南、飲めないわけじゃないんだから、そういうことを言っちゃだめよ。」

「分かりました。一杯だけ頂きます。」

明日夏がやってきて言う。

「それでは、私も一杯頂くかな。」

パスカルが答える。

「それはもちろんですが、明日夏・・・・・」

「いつも呼んでいる通りで構わないよ。」

「明日夏ちゃんは20歳を越えているんですね。」

「ああ、昨日越えたばっかりだ。だから、一応お酒を飲んだことはない。」

「あの、明日夏さん、誕生日は公開していなかったと思います。」

「尚ちゃんのお兄さん、大丈夫だ。秘密をばらすような人たちではあるまい。」

「それはもちろんです。みんな大丈夫だよな。」

「大丈夫です。」「了解。」「モデルの秘密は守るのがイラストレーターの矜持。」

「でも明日夏ちゃん、いいんですか、最初のお酒が私たちと一緒で。」

「推しの直人は高校生だから飲めないからな。一人で飲むよりいい。」

「直人というのは『タイピング』の主人公のことですね。」

「その通り。2期の主題歌も歌うのでよろしく。」

「それはもちろんというか。」

アキが「やっぱり私じゃ濃さが足りないのか。」と思っていた。パスカルが続ける。

「でも湘南なら分かるのか。そういう世界が?」

「僕はそこまでではないですが、推しの誕生日に祭壇を作るような方々の想いではないでしょうか。」

「パスカル、私が前に務めたお店にもそういう子が何人かいたわよ。」

「なるほど。」

里子が5人のグラスにドンペリを、アキと亜美のグラスにアップルタイザーを注いだ。

「誰が乾杯の音頭を取る。」

「2グループをつないでいる湘南がいいんじゃないかな。」

「アキさんとやら、私もそれに賛成だ。」

「とやら?」

「えーと、明日夏さんの昔のあだ名もあきさんだったそうで、アキというあだ名に違和感があるみたいです。」

「なるほど。芸名と本名は違うもんね。それじゃあ、湘南、お願い。」

「1日過ぎてしまいましたが明日夏さんの二十歳の誕生日と、アキさんの活動が親に認められたことを祝うとともに、大河内さんのアメリカでの成功を願って乾杯したいと思います。皆さん、準備はいいですね。」

「オーライ。」

「それでは、乾杯!」

「乾杯!」

それぞれグラスを合わせる中、誠が明日夏に話しかける。

「曲の手直しは終わっていますので、後でお渡しします。」

「さすが、早いな。」

「はい、スキーを早めに切り上げて、社長と連絡しながら作業していました。」

「それは申し訳ないことをした。」

「大丈夫です。それに1日中滑りたい方ではないですから。それより、明日夏さんは大丈夫でした?亜美さんから、大河内さんといっしょに滑っていると聞きましたが?」

「降りるだけだからな。ミサちゃんみたいに飛ばさなければ大丈夫。まあ、尚ちゃんみたいにゲレンデを上がっていくのは絶対に無理だけど。」

「それはそうですね。手直しした曲を聞いてみますか。」

「頼む。」


 明日夏がパソコンにつないだイヤフォンを装着して曲を聞き始めた。パスカルが誠に尋ねる。

「作曲の話。」

「はい、手直しをしたものを聴いてもらっています。」

「しかし、あんな真剣な明日夏ちゃんは初めて見た。」

「うん、パスカルのいう通りかもしれない。あれがプロなのかもしれない。」

曲を聴き終わって、明日夏が上を向くと全員が自分に注目しているのに気が付いた。

「えーと、何かな?」

「皆さんが、すごい真剣な顔をしている明日夏さんを初めて見たと言って、驚いているというか、音楽に関してはさすがプロフェッショナルと思っているようです。」

「私だっていつもへらへらしているわけではないよ。」

「でも、あんな真剣な明日夏さん、私も初めて見ました。」

「亜美ちゃん、裏切らないで。」


 部屋に笑い声が響く中、ミサの準備の手伝いが終わった尚美がリビングにやってきた。誠と明日夏が話しているところを見て驚きながら声をかけた。

「お兄ちゃん!」

「あー、尚ちゃん、あの曲の話をしていて。曲はもうすぐ出来上がると思う。」

「もうできるんですか。」

「うん。マー、お兄さんもすごく頑張っているし。」

「明日も時間を取りますので、もし何かありましたら連絡して下さい。すぐに手直しにとりかかります。」

「それなら、明日中には仕上げるよ。」

「明日夏先輩、有難うございます。お兄ちゃん、ほぼ完成しているなら、できた分だけでも送って。由香先輩にダンスを考えてもらう。」

「分かった。今から送る。」

「有難う。それなら8日のテレビ出演に間に合わせるかな。」

「8日!?尚、さすがに急ぎすぎじゃないか。」

「こういうことは早い方がいい。3日間は練習できるし。」

「分かったけど。無理しないようにね。」

「みなさん優秀だから大丈夫。それでは、ミサさんのショーももうすぐ始まると思いますので、みなさん席について下さい。」

「了解。」


 尚美以外の全員が席に着いた。誠はネットで曲を明日夏と尚美に送り、顔を上げた。アキが尋ねる。

「詳しくは聞かないけど、大変そうね。」

「はい。溝口エイジェンシーのアイドルグループが曲を必要としているみたいで。」

「そうか。プロのアイドルグループなの?」

「その通りです。」

「分かった。頑張って。」

「はい。」


 尚美がリビングの照明を落としてステージの方を明るくした。

「ミサさん、こっちも準備完了しました。」

「尚、有難う。」

黒を基調として、キラキラして背中が開いた夜会服を着たミサがステージに現れた。全員の注目が集まり、息をのんだ。アメリカでのレストランでのショーの練習ということで、ミサが英語で話し始める。ただし、ここではそれを翻訳した日本語で記す。

「みなさん、レストラン蔵王にようこそ。私の名前はミサ大河内、日本でロックを中心に歌っている歌手です。日本ではアニメの主題歌を歌う歌手として知られていますが、2月からアメリカでの活動を始めて、全米のいろいろな都市で歌を歌わせて頂いています。今日はこの店で歌を歌うことができて最高に幸せです。午後6時、8時、10時に1時間ぐらいずつ、アメリカの有名な曲をカバーするほか、私の持ち歌であるアニメの主題歌を歌わせていただきますので、是非私の歌を聴いて下さい。もし、私の歌が気に入ってもらえたら、私を覚えて、サブスクリプションでミサ大河内で検索してもらえると嬉しいです。それでは、1曲目、リタ フォードさんの『Playin´ with Fire』」


 ミサが歌い始める。誠は「やっぱりロックは英語だな。声量があるからこういうロックは良く似合う。」と思いながら聴いていた。ミサが歌い終わった。

「有難うございます。レストラン蔵王、食事もすごく美味しくて、さっき、看板メニューのラムステーキを食べさせてもらいましたが、とってもジューシーです。日本語ではとても美味しいことを、ほっぺたが落ちそう、と言いますが、本当にほっぺたが落ちそうでした。是非、みなさんも試してみて下さい。次は少ししっとりした曲です。カーペンターズで『Yesterday Once More』。」


 2曲目は、ミサがテーブルの周りを歩き、次々に全員と目を合わせながら歌った。歌い終わると、MCに入る。

「有難うございます。次の曲がこの回の最後の曲になります。ホイットニー ヒューストンさんで、『I Will Always Love You』。」

ミサが『I Will Always Love You』を歌い終わる。

「有難うございます。私の歌をもっと聴きたいという方は、是非、サブスクリプションでミサ大河内で検索して私の歌を聴いて下さい。私はまだまだアメリカで活動する予定です。これからの活動予定はホームページにアップしています。ホームページは、ミサ大河内、USAで検索すれば分かります。是非、また私に会いに来て下さい。歌の他にも、私の歌の師匠といっしょに写った写真集を出版しています。私の水着写真や水着で歌ったブルーレイも付属しています。オンラインショップで購入できますが、この店のレジにも置いて頂いていますので、私が可愛いと思った方、是非是非購入して下さい。第1回目の出演はここまでです。第2回は8時からの出演になります。引き続き、レストラン蔵王のお食事とお飲み物をお楽しみ下さい。大河内ミサでした。私の歌を聴いてくれて有難う。」

そして、ミサが日本語で話す。

「私はいつも誠と呼んでいますが、尚のお兄さんのお友達の皆様、私の練習に付き合って頂いて有難うございます。今日はレストランのパフォーマンスを3パターン練習します。今から着替えて2パターン目の練習をします。着替えている間は、食事や飲み物を楽しんで下さい。今日は有難うございます。」

ミサが頭を下げた後、ステージから降りて別の部屋に向かった。尚美もテーブルを立って、その部屋に向かった。


 パスカルが口を開く。

「すごかった。」

「うん、僕にもすごいとしか言えないよ。」

「そうね。本当にすごかった。私じゃ歌も顔もスタイルも、ちょっと敵わないかな。」

「アキちゃん、ちょっとか?」

「パスカル、うるさい。でも、ミサちゃんが目を合わせてくれたし、こんなに近くで見れて嬉しい。」

「おう。」

「あと、ドレスもすごく似合っていた。あのドレス、私じゃ着こなせない。」

「まあ、そうだな。」

「パスカル!」

「いや、アキちゃんは、可愛い方が似合うよ。」

「ごまかしてもだめよ。コッコはどうだった。」

「うーん、この迫力を2次元で表すのにはどうしたらいいか考えていた。」

「難しそう。」

「そうだね。2次元だとどうしても軽くなってしまいそう。」

「湘南は黙っているけど、どうだった?」

「声量がありますので、歌の迫力もすごかったですが、絶対成功するという強い決意みたいなものを感じました。」

「それはそうよね。ミサちゃんがレストランを回って歌うというのは、日本ではあり得ないわよね。」

「はい、自分から水着写真集の宣伝をするのも、大河内さんらしくないと言えば、らしくないです。」

「それはそうだな。それだけに絶対に応援しようと思った。」

「パスカルじゃ役に立たないよ。」

「ライブに出演することもあるようで、それはだいぶ前から予定が分かりますので、そのライブに参加するのが一番の応援だと思います。」

「その通りだな。俺は行くよ。」

「僕も行くよ。」

「アメリカか、私も行こうかな。湘南は?」

「時間があれば行くつもりです。」

「湘南、時間は作るものだ。」

「分かりました。ご一緒します。」

「コッコは?」

「パスカルと湘南の2回目の海外旅行だろう。行くよ。」

「それじゃあ、また5人で行こうか。」

「了解。アキちゃんが不足する分は、研修費ということで何とかする。」

「サンキュー、パスカル。」


 明日夏と亜美もミサについて話していた。

「ミサさん、なんか変わりましたね。大人っぽくなったというか。」

「うーん、すごく頑張っているのは分かる。」

「明日夏さんと18禁のライブなんかに行っているからですか。」

「亜美ちゃん、それは秘密で。」

「分かりました。」

「でも、無理をしないといいけど。」

「引っ張りすぎた糸が切れるみたいな感じですか。」

「ミサちゃんのことだから大丈夫だとは思うけど。失敗すると何もかもいやになって、また引きこもりになってしまうというか。」

「言われてみると、そんな感じはありますよね。」

「でも、それはそうなった時に考えよう。」

「さすが、明日夏さん。明日夏さんみたいだったら問題はないんでしょうけど。」

「あのね。」

「そう言えば、小学校の時の男の子との約束を、すっぽかされたんでしたね。」

「それがねー、どうやら私が約束を間違えて、すっぽかしたらしんだ。」

「うー、明日夏さんらしいですが、明日夏さんはどうするんですか。」

「うーん、どうもしないかな。今のままがいい。作詞はもっと上手になりたいけど。」

「今となってはそうですよね。でも、その経験が歌に生きているんですよね。男は歌の糧だ、ですね。やっぱり橘さんの弟子です。」

「へへへへへ。」


 食事をしていると、ミサが袴を着てステージに現れた。MCは基本的には最初と同じであるが、日本のお正月や着物の話を加えた。歌った曲は、ホイットニー ヒューストンの『I Have Nothing』、セリーヌ ディオン『My Heart Will Go On』とZARDの『揺れる想い』を日本語で歌った。


 ラッキーが口を開いた。

「ミサちゃんの袴姿、すごく可愛かったね。」

「うーん、可愛さでも少し敵わないか。」

「パスカル、いちいち比べなくてもいい。向こうはプロ中のプロなんだから。」

「『揺れる想い』が思ったより良かったです。こういう曲も上手になりました。」

「思ったよりか。相変わらず湘南は失礼なやつだな。えーと、コッコちゃんはスケッチを修正中か。」

コッコが気が付かないので、誠が答える。

「たぶん、こっちの方が売れる絵になりそうだからではないでしょうか。袴姿の躍動感もありましたし。」

「そうだったな。」

「しかし、これが食事代だけで見れるアメリカ人は羨ましい。」

「ラッキーさんの言う通りです。1時間が3回見れるんですよね。俺は、そのためにアメリカに行ってもいいです。」

「僕もだね。」

「でも、レストランで歌うスケジュールは、流動的らしいですから。」

「そうなんだな。それは残念。ライブには行こう。」

「有難うございます。」


 5人がアメリカの話をしていると、ミサが3回目のステージに上がると、テーブルに座っている全員が驚いた。誠がつぶやく。

「バニーガールって。」

ミサがMCを始める。

「みなさん、レストラン蔵王にようこそ。私の名前はミサ大河内、日本でロックを中心に歌っている歌手です。日本ではアニメの主題歌を歌う歌手として知られていますが、2月からアメリカでの活動を始めて、全米のいろいろな都市で歌を歌わせて頂いています。今日はこの店で皆さんに歌を聴いてもらうことができて最高に幸せです。この店で今日、3回歌わせて頂いていますが、今回が最終回です。1回目も聴いたという人はいるかな?2回目も聴いたという人は?有難うございます。3回目はアニメの主題歌を中心に歌わせて頂きたいと思います。自分の持ち歌の他、アニメの有名な歌を歌います。アニメの歌は日本語の歌も多いですが、カバー曲をサブスクリプションにアップロードしていますので、もし、私の歌が気に入ってもらえたら、私を覚えて、サブスクリプションでミサ大河内で検索してもらえると嬉しいです。それでは、1曲目、アニメ『けいおん』から『Don’t Say Lazy』。」


 ミサは2曲目に『crossing field ーEnglish ver.ー』(『ソードアート・オンライン』の主題歌)、3曲目に『Dead End』(『未来日記』の主題歌)を歌い、MCに入った。

「有難うございます。それでは今日この店で歌う最後の曲。日本のアニメファンならば、この格好で何を歌うか分かると思うのですが、『God knows』の歌詞を英語にしたものを歌います。私が歌った日本語の方がいいという方は、サブスクリプションには両方ともアップロードしてありますので、是非聴いて下さい。それでは聴いて下さい、『God knows』。」


 ミサが英語で『God knows』を歌った。そして、最後のMCをした後、ステージから部屋に向かった。誠がミサの手伝いに戻ろうとする尚に尋ねる。

「これで、大河内さんの練習は終わりだよね。」

「うん。そうだと思う。」

「あまりお邪魔しても何だから、僕たちはこれで失礼しようと思う。」

「ミサさんがお土産を用意していたみたいだから、少し待っていて。」

「分かった。それじゃあ帰る支度をして待っている。」

「うん。」

誠の話を聞いてアキたちも帰る支度を始めた。少しすると、革ジャンにジーンズを着たミサが尚美といっしょに出てきた。明日夏が話しかける。

「ミサちゃん、本当のロック歌手だった。すごい尊敬できる。」

「明日夏、有難う。後で話そう。皆さんを見送らないと。」

「分かった。私もいっしょにいるね。」

「大丈夫だと思うけど。」


 ミサは最初にラッキーの前に立った。

「有難うございました。今日は、本当に感動しました。」

「有難う。これはつまらないものですが、サイン入りのアメリカで使う予定のアー写(アーティスト写真)です。」

「ラッキーって書いてあります。」

「はい、尚から聞きました。スキー、ダイナミックに滑っていましたね。スキーの選手だったんですか?」

「ゲレンデの僕が本当に分かったんですか?」

「はい、私は目がいいんです。濃い青いツナギのウエアで滑っているところをお見掛けしました。」

「感激です。言葉がありません。もう、一生、応援します。」

「お願いします。今日は有難うございました。」

「有難うございました。」


 次にミサはパスカルの前に立った。

「パスカルさん、今日は有難うございました。」

「僕の名前入りのアー写、一生の宝にします。」

「初心者用ゲレンデの上の木の陰で、濃いゴーグルをかけていましたが、また女の子をご覧になっていたんですか?」

「・・・・・・・。」

「もし、ライブで他の女の子を見ていたら、パスカルさんが他の女の子を見ているって、叫んじゃおうかな。」

「・・・・・・・。」

隣にいたコッコが相槌を打つ。

「なるほど、パスカルちゃん、木の陰で休んでいるのかと思ってたら、そんなことをしていたのか。」

「いや、コッコちゃんだって・・・」

「私は堂々と見ていたよ。あんな色の濃いゴーグルをかけたら外が良く見えないだろうに。私みたいに、薄い色じゃないと。」

「・・・・・・・。」

ミサが話を戻す。

「パスカルさん、今日は本当に有難うございました。」

「あっ、有難うございました。」


 次はコッコの前に立った。

「コッコさん、明日夏と亜美がまだ早いと言って、コッコさんの漫画を見せてくれないのですが、二人の許可が下りる時を楽しみにしています。」

「今日のミサさんのすごい迫力の歌を聞いて、パスカルちゃんと湘南ちゃんのもっとすごい絡みを描かなくてはいけないと反省したところです。」

「やる気になってもらえたのは嬉しいですが、あの、警察に捕まるようなことはしないで下さいね。」

「分かっています。私も法律のぎりぎりまでしか攻めません。ミサさんも、せっかく3次元の人間とは思えないような体をしてるんですから、もっと法律ぎりぎりまで攻めて下さい。」

「分かりました。売れなかったらそうします。今日は有難うございました。」

「有難うございました。」


 次にアキの前に立った。

「もう、本当にうちのパスカルがバカで申し訳ありません。ミサさんのお目汚しだったと思います。私からきつく言っておきますから、許してやって下さい。あと、コッコの言うことも真に受けずに、ミサさんの道で頑張って下さい。」

「有難うございます。でも、打算なく楽しそうなお仲間で羨ましいです。皆さん、アキさんをプロのアイドルにしようと頑張っていて。」

「ご存じなんですか。」

「尚や誠から話を聞いています。明日夏が作詞をしていますし。」

「有難うございます。とてもまだミサさんに聞きに来てと言えるレベルではないですが、そう言えるように頑張ります。」

「はい、スノボも初心者なのに1日で滑れるようになったようですし、いっしょにやっている皆さんのためにも頑張って下さい。」

「はい、絶対に頑張ります。」


 最後に誠の前に立った。

「誠、今日は有難う。」

「こちらこそ有難うございます。本当のロックを聴けました。橘さんやアメリカのボイストレーナーの力もあると思いますが、それを吸収した努力はすごいと思います。」

「今日の印象を聞かせてくれる。」

「いろいろありますので、文章にまとめて提出します。」

「そうなんだ。ちょっと怖いけどお願いね。全米デビューできるのは、誠と尚の力があったからだから。日本を留守にすることも増えるけど、私のことも忘れないでね。」

明日夏が止める。

「ミサちゃん、そういう話は・・・」

「あっ、そうだった。誠、ごめんなさい。」

「いえ大丈夫です。本当に気にしないで下さい。もう二度と忘れません。今も5人で大河内さんのライブに参加するためにアメリカに行く相談をしていたところです。」

「5人でですか?」

「はい。少なくとも5人。ラッキーさんはとても顔が広いですので、もっと誘ってくれると思います。」

「そうですか。分かりました。ライブに来てくれることを楽しみにしています。」

「はい。僕も大河内さんがアメリカでロックシンガーとして認められることを楽しみにしています。」

「うん、頑張る。」

明日夏が誠に話しかける。

「マー・・・・。」

「明日夏さんは、フランス語がネイティブに話せますので、海外で活躍したいのでしたら声的にもシャンソンとか似合うんじゃないでしょうか。」

「そっ、そうか。シャンソンね。」

「はい。それでは大河内さん、明日夏さん、亜美さん、尚、今日は本当に有難うございました。僕たちでできることがありましたら何でもしますので遠慮なく言って下さい。」

5人がそろって頭を下げる。パスカルの頭の下げ方が足りないため、アキがパスカルの頭を押して、もっと下げさせた。


 5人は里子さんにも挨拶をして、ミサの別荘から外に出た。パスカルが話し出す。

「いやー、本当にいいライブだった。俺的には過去最高。」

「パスカル君の言う通りだよ。これならボーナス全部使ってもいい。」

「はい。食事も美味しかったのかもしれませんが、味が全然分からなかったでした。」

「湘南の言う通りだな。でも、アキちゃん、こんなにいいライブだったのになにむくれているの。」

「うるさい。馬鹿パスカル。パスカルのおかげですごい恥をかいたわよ。もう口をきかないから黙ってて。」

「えー。」

「パスカルさん、木に隠れて女の子を見ているのがプロデューサーと分かると、その下で活動しているアイドルとしては、いろいろとあるんだと思います。」

「そうか。でも、そんな俺を見つけるって、ミサちゃん、俺に気があるのかな。」

「パスカル君。僕もそこまでパスカル君が馬鹿だとは思わなかったよ。」

「えー、ラッキーさん、酷いです。」

「せっかくミサちゃんにラッキーさんと呼ばれたから、もう他の人にラッキーと呼ばれたくない。ラッキーはこのまま封印したい。」

「そう言えば、俺もパスカルさんって呼ばれたんだよな。」

「パスカルちゃんの場合は、木に隠れて女の子を見ていることとセットだけどね。」

「それは湘南が悪い。」

「パスカルが悪い。」

「・・・・・・」

「パスカルが120%悪い。」

「・・・・・・」

「でも、ミサちゃんの歌を聴いて、自分のイラストもまだまだという気が本当にしたよ。もっともっと頑張らないと。」

「いえ、コッコさんはあまり頑張らない方がいいと思います。」

「湘南ちゃん、せっかくいい話なのに。」

「コッコさんの場合は被害者が出そうで。」

「それを言うなら、ミサちゃんだって、あの格好でステージに出れば被害を被る男性もいるかもしれないぞ。」

「大河内さんのことばかり考える男性が増えるということですか?」

「そうだよ。」

「そういう人もいるかもしれませんが、逆にやる気になる男性もいるんじゃないでしょうか。パスカルさんはどうですか。・・・・あの、パスカルさん。」

パスカルから返事がなかった。

「パスカルちゃん、アキちゃんには口をきいてもらえないから、落ち込んじゃった。」

「そうみたいですね。ラッキーさんはどうですか?」

ラッキーがからも返事がなかった。

「ラッキーちゃんも、ミサちゃんに、ラッキーさん、と呼んでもらって上の空のようだ。」

「そうみたいですね。アキさんは?」

「もちろん、やる気が出たよ。ミサちゃんでさえ本当に全力で一生懸命頑張っていることが分かったし。まあ、全米を目指すミサちゃんとはレベルは違うけど、私も私の目標に向けて全力で頑張る。」

「さすがです。」


 5人が民宿へ帰り着いた。

「この民宿はお風呂の時間が限られているから、とりあえずお風呂に入ろうか。」

「お風呂ってどのぐらいの大きさ?」

「民宿だから、4人入れるお風呂が1つ。今は女性の時間だから、アキちゃんとコッコちゃん、お先にどうぞ。」

「男女分かれていないの?」

「コッコ、変なことは考えていないで、早く行こう。」

「アキちゃん、4人で入ってしまえば、他の人は入れないから大丈夫なんだよ。」

「えっ、パスカル、ラッキー、湘南とコッコか。」

「コッコさん、そういう計算は速いですね。」

「だって、そういう大学だろう。」

「数値計算は得意かもしれませんが、そういう計算をする大学ではありません。」

「何のために計算をするんだ。人類福祉のためとかいう大学でもあるまい。」

「まあ、趣味のためでしょうか。」

「これも趣味だろう。」

「それはそうですが。」

「はい。コッコ、お風呂に行くよ。お風呂を占有すると、他のお客さんに迷惑だし。あとでパスカルと湘南に同じ布団で寝てもらえばいいでしょう。」

「なるほど。そうか。」

「えっ。」「えっ。」

「二人とも、コッコがお風呂に付いてくるよりいいんじゃないの。」

「・・・・・・・。」「・・・・・・・。」

「まあ、アキちゃん、風呂に行くか。」


 全員がお風呂を出た後、誠はミサの歌の感想を書いた後、大学の宿題のプログラムの製作を始めた。ラッキーはいつものようにアニソン歌手のウェブサイトやSNSのチェックを行い、コッコは今日のスケッチをまとめていた。パスカルとアキは今後の計画について話し合うところだが、アキがパスカルと口をきかないため、二人ともSNSのチェックを行っていた。5人とも、夜行バスやスキーで疲れていたため早く寝ることになり、布団を敷き始めた。コッコが一つの布団に二つ枕を並べた。

「これでよし。」

「良くない。」

「芸術のためだ、二人で寝てみて。」

「芸術って。」

「コッコさんの言うことをきかないと寝かせてもらえないかもしれません。」

「そう。湘南ちゃんの言う通り。」

「面倒だな。」

「まあ、お風呂に入ってくるよりはだいぶ良いです。」

「しかし、お前の大学は大丈夫か?」

「あまり大丈夫ではないかもしれません。研究室のメンバーで勝手にBL漫画を描いてコミケで売る先輩がいるぐらいですから。」

「仕方がないか。」

パスカルと湘南が同じ布団に入る。アキから感想が漏れる。

「ちょっと言葉にならない。」

「いいね。いいね。はい、パスカルちゃん、湘南ちゃんを背中から抱く。」

「何を言っている。まあ仕方がないか。いくぞ湘南。」

「分かりました。」

パスカルが誠に抱きつく。

「さすが。ワールドベストカップルだよ。」

「コッコ、そんなの誰も分からないわよ。」

「うちの大学には分かる子がいっぱいいる。はい、今度は向かい合って見つめ合う。」

「湘南、こっちを向け。」

「了解です。」

「パスカルちゃん、手はこっち。」

「おっ、おう。」

アキがため息をつく

「何やってんだか。」


 ミサの別荘では、ミサが遅れた夕食を食べる中、4人が集まっていた。

「ミサちゃんも、夜行バス、午前と午後にスノボ、夜にディナーショーの練習をした割には全然元気だね。」

「うん。明日夏が遊び足りないなら今からナイトスキーに行くよ。」

「いや、私は遠慮しておく。」

「でも、明日夏先輩、海外で活躍するためには、こういう体力が必要かもしれません。」

「リーダー、世界を回るロック歌手は普段はすごく健康的な生活をしていると言います。」「亜美ちゃんの言う通りかもしれないね。シャンソン歌手もいいけど、やっぱり私は日本がいいかな。もっと若い尚ちゃんはどうなの。」

「えーと、私もナイトスキーに行くという発想はなかったですので、基本は日本で活動するのがいいです。」

「マー君が日本にいる限りはそうだろうね。でも尚ちゃん、姉の話によると、マー君は大学を卒業したらアメリカの大学院で勉強をしたいみたいだよ。」

「はい、私もその話は聞いたことがあります。」

「明日夏さん、ミサさんを追ってですか?」

「私を追って。本当に?」

「ううん、去年の春からそう言う話をしていたみたいだから、違うとは思うけど。」

「まあ、そうだよね。」

「今日のミサちゃんの衣装は、マー君を誘惑していたの?」

「アメリカで人気が出そうな衣装を考えていたからだけど。今度、溝口社長と森永事業部長の前でも今回と同じショーを見てもらうつもりだし。」

「本当にそれだけ?」

「うーん、誠のことが無いと言えば嘘になるかな。」

「バニーガールとか、そうかなと思った。それで、尚ちゃんは・・・・・」

尚美を見ると、『トリプレット』のアメリカ進出を考えていて上の空だった。

「うーん、日本は『ハートリンクス』に任せてか・・・・。」

ミサが話を戻す。

「それで明日夏、あの格好は有効だと思う?」

「溝口の社長さんたちに?」

「明日夏のいじわる。そうじゃなくて。」

「うーん、正直に言うと分からない。マー君、3歳のときのミサちゃんと私を忘れても、里子さんのことは覚えていたし。」

「そうだよね。誠、酷いな。」

「私たちも3歳のマー君のこと全然覚えていなかったから、酷いとは違うけど。」

「そうか。誠に酷いことを言ってしまった。今度、謝らないと。」

「マー君は聞いていないからその必要はないよ。」

「でも、明日夏さん、二尉が里子さんだけを覚えているということは、やっぱり二尉は熟女好きなんでしょうか。」

「そのときは里子さんも若かったんだろうから、熟女ということはないんじゃないか。」

「マリさんぐらいの女の人ということですか。とすると、優しくて落ち着いた大人の女の人ということかもしれません。」

「優しくしてもらったことを覚えていると言っていたから、そうかもしれない。」

「明日夏、どうしたら優しくて落ち着いた大人の女の人に成れるんだろう。」

「うーーーーん、社長に聞いてみるとか?」

「ヒラっちに!?」

「だって、社長が一番優しくて落ち着いた大人の人という感じがする。」

「明日夏さんの言う通りですね。性別は違いますが、橘さんよりは近いかもしれません。」

「確かに。」

「それじゃあ、今度の練習の時に聞いてみよう。」

「了解。私もいっしょにいく。」

「明日夏さんは、社長の反応を見て面白がりたいんでしょう。」

「へへへへへ。でも、亜美ちゃんも興味があるでしょう。」

「まあ。」

「それで、もし『トリプレット』がアメリカを中心に活動するようになっても、亜美ちゃんは大丈夫?」

「うーん、徹君がいるところがいいですが、数年間ならばアメリカに行ってもいいです。問題は、リーダーみたいに英語が得意じゃないことです。」

「英語を覚えるのはいやだねー。」

「でも、由香は、ダンスの本場だから、頑張って英語を覚えてリーダーに付いて行きそうです。そうなったら、私もそれに付き合いそうな気がします。」

「3人、いい仲間なんだ。」

「はい。」

ミサが食べ終わって少しして4人でお風呂に入ることになった。

「亜美ちゃん、勝負する?」

「何ですか計量カップを持って。だから、しませんよ。」

「尚ちゃん、マー君が考えた方法だよ。」

「しません。」

「ミサちゃんじゃ勝負にならないし。おとなしく入るしかないか。」

「そうして下さい。」


 明日夏たちの4人がお風呂から出てきた。

「カラオケかトランプをする?」

「うーん、トランプはミサちゃんに敵わないから、カラオケにしようか。」

「明日夏先輩、カラオケじゃ、もっと敵わないんじゃないですか。」

「ふふふふふ。それではセクシーな歌縛りで。」

「明日夏、いいよ。やってみよう。」

4人がウェブで検索したセクシーな歌を順番に歌っていった。

「亜美が一番セクシーな気がする。」

「ミサちゃんの言う通りだね。声が一番セクシーだね。」

「有難うございます。」

「一番セクシーじゃないのはミサちゃん。綺麗すぎる。」

「えー、そうなの。」

「そうですね。ミサさんには、もっと泥にまみれた感じが欲しいです。」

「亜美ちゃんは底なし沼に沈んで、泥まみれだからね。」

「明日夏さんも。」

「うーん、私は頭だけは出ている感じ。」

「明日夏さんらしいと言えば明日夏さんらしいですが、いっそのこと、沈んじゃったほうが楽しいですよ。」

「亜美が怖いことを言っている。」

「ふふふふふ。」

「でも、尚ちゃん、元気がないけど、アメリカに行くことを考えているの?」

「それもありますが、兄たちは5人で一部屋に泊っているので何しているんだろうと考えていました。」

「尚、一つ部屋って本当?男女いるのに。」

「はい、民宿のふすまで仕切られている10畳の部屋だそうです。」

「まあ、尚ちゃんに事前に報告するぐらいだから、大丈夫だとは思うけど。」

「絶対に大丈夫と思いますが、心配ならば曹長に聞いてみます。」

「亜美、女の子もいるので念のためお願い。」

亜美がアキにSNSで連絡をした。

ミーア:こっちは4人でカラオケをしている。そっちは男女いっしょで5人一部屋と聞いたが大丈夫か

アキ:ご心配有難うございます。大丈夫です。動画を送ります。

アキから短い1分ほどの動画が送られてきた。

ミーア:すごい状態だな

アキ:コッコがパスカルと湘南に脱げと言っているのは止めています

ミーア:そうか。それはよろしく頼む

アキ:了解です。こちらはラッキーが寝てしまいましたし、もう少ししたら寝ます

ミーア:そうだな。こっちももうすぐ寝るが、何かあったら連絡してくれ。曹長からの通知は最大音量にしておく

アキ:ご心配ありがとうございます。おやすみなさい

ミーア:おやすみなさい


 亜美が顔を上げるとミサが尋ねる。

「どうだった?」

「こんな感じだそうで、もうすぐ寝るそうです。」

亜美がアキから送られて来た動画を見せる。

「亜美、何これ?」

「二尉と一尉がBLイラストのモデルをやっているんだと思います。」

「コッコちゃんの手と脚の位置の指示が細かい。」

「一応曹長が、コッコさんが二人の服を脱がせようとするのは止めているそうです。」

「アキさんとやらが、一番の常識人ということか。しかし、二人とも人がいいというか。」

「はい、それは明日夏さんの言う通りです。」

「明日夏。」

「何、ミサちゃん。」

「こっちもあんな感じの動画を撮って送ろうか。」

「ミサちゃんと私で?」

「一応、18を越えているし。」

「そうだけど。」

「美香先輩、意図的に拡散させることはないと思いますが、万が一流失したら大変なことになります。」

「そうか。」

「それじゃあ、ソフトな感じの写真で。」

「亜美ちゃん、ソフトな感じって。」

「両手を胸の位置でつないで、顔を近づけて見つめ合う。それで、画像は5分で消してと連絡する。」

「消すのはマー君にお願いするのがいいね。」

「分かりました。」

「それじゃあ、やってみよう。」

明日夏とミサが手をつないで見つめあう。

「亜美、なんか恥ずかしい。」

「二人とも真剣に見つめあって。」

「分かった。」


 亜美がその様子をデジカメで写真に撮り、アキに連絡する。

ミーア:起きていたか

アキ:はい、これから寝るところでした

ミーア:今から写真を送るがみんなに見せたら5分で消してくれ

アキ:みなさんの写真ですね。了解です

写真が送られてくる。

アキ:こっ、これは

ミーア:あの動画を見たミサさんと明日夏さんのノリだ

アキ:男性陣にはすごい刺激になりそう

ミーア:そうだな。ファイルの消去は確実を期すために二尉に頼んでくれ

アキ:承知しました

ミーア:それでは本当におやすみなさい

アキ:おやすみなさい


 アキが3人に話しかける。

「さっきの様子を動画にして三佐に送った。」

「亜美さん、あれを妹たちに送ったんですか。」

「うん。三佐が私たちを心配しているみたいだから、その返事として送ったんだけど。」

「まあ、あれを見れば安心するな。」

「そうしたら、三佐から返事の写真が来た。」

「向こうの様子の写真ですか。」

「その通り。でも、5分で消してと言われている。」

「あの、アキさんが立ち会って構いませんので、ファイルの消去は僕にやらせて下さい。」

「三佐もそう言っていたから、お願いね。」

「分かりました。ラッキーさんを起こそうかな。」

「うん、それで怒られることは絶対にないと思う。」

「分かりました。ラッキーさん、ラッキーさん、起きて下さい。」

「何だい湘南君。まだ、夜じゃないか。」

「亜美さんから写真が送られてきたそうです。5分で消さなくてはいけないので、起こしました。」

「ミサちゃんたちの写真なの?」

「そう、ミサちゃんと明日夏ちゃんのプライベート写真だよ。」

「そうなの。湘南君、起こしてくれて有難う。それでは全員、正座で。」

4人が正座するとアキが写真を見せる。

「・・・・・・。」「・・・・・・。」「・・・・・・。」

「ミサちゃんと明日夏ちゃんだと、3次元もなかなかだね。」

「でも、アキちゃん、なんでこんな写真を。」

「私が、亜美ちゃんにこの動画を送ったから。」

アキがラッキーに動画を見せた。

「僕が寝ている間にこんなことになっていたのか。でも、アキちゃん、写真を良く見せてくれる。」

「もちろん。」

みんながアキのスマフォに顔を寄せる。ラッキーが手を合わせて拝む。

「この世に神が降臨された。もったいなや。もったいなや。」

「やっぱり、パスカルと湘南じゃこの二人には敵わないわね。」

「二人、仲がよさそうで良かったです。」

「アキちゃん、パスカル、ミサちゃんと明日夏ちゃんのカップルもなかなかと言っても、パスカルと湘南の足元にも及ばないよ。」

「コッコさん、さすがにそんなことはないと思います。もし写真集にしたら、売り上げは1万倍は違うと思いますよ。」

「まあ、素人には分からないからそうだろうな。しかし、パスカルと湘南の写真集でも100部は売れるだろうから、1万倍はないな。」

「100部も売れるんですか。」

「脱げば。」

「それなら結構です。」

「ああ、アキちゃんにも怒られるからな。」


 5分ぐらいしたところで誠が写真を完全消去した。そして、尚美にSNSで連絡した。

誠:写真は完全消去した

尚美:有難う。そっちは大丈夫?

誠:大丈夫。今から寝るところ。そっちは?

尚美:大丈夫。あの動画でみんな大笑いしていた

誠:尚たちの役にも立ったなら嬉しい

尚美:でもほどほどにね

誠:分かってる。それじゃあ、おやすみなさい

尚美:おやすみなさい


 ほどなく両グループとも床についたが、明日夏は作詞の手直しをするために、亜美はアニメを見るために起きていた。


 2日目の朝、亜美と明日夏は寝ていたが、尚美とミサは朝食の後、ゲレンデに向かった。誠たちは5人とも朝食を取りゲレンデに向かった。パスカルがラッキーに話しかける。

「ラッキーさん、いっしょに滑りましょうか。」

「そうだね。僕もパスカル君が変なことをしているところをミサちゃんに見つかって欲しくはないからね。」

「ミサちゃん、パスカルさんのことも認知しているみたいですしね。」

「そうだよ。そうだったんだよ。本当に感激だよ。もしミサちゃんのライブでパスカル君が他の女の子を見ていたら、この僕でも怒るからね。」

「分かっています。分かっています。絶対に見ません。」

「湘南君にも見張ってもらうから。」

「それで構いません。」

「それで、アキちゃんはまだパスカル君と口を聞いてくれないの?」

「はい。」

「そうか。アキちゃんの機嫌もじきに治ると思うから、とりあえず滑ろうか。」

「了解です。」


 この日も誠は午前中はアキにスノボを教えることになった。

「湘南、今日も有難う。」

「一日で中級者用コースも滑れるようになって、さすがです。」

「うん、何回か転んだけど。もっと確実に滑れるようになりたい。」

「僕も中級者用コースでは転ぶときもあります。とりあえず山頂まで行って、中級者用コースも使いながら一番下まで降りてみましょう。」

「了解。山頂に行くのは楽しみ。」


 ロープウエイで上がりながら、誠がアキに話しかける。

「パスカルさんの方がスノボを滑るのは上手ですので、本当は中級者用コースはパスカルさんから教わった方がいいんでしょうけれど。」

「昨日の晩は、あんな恥をかかされたから、今日は口をきいてやらない。」

「もしかすると、焼きもちを焼いていたりするんですか?」

「私がミサちゃんに?」

「はい。」

「あのね湘南、『パスカルさん、木の陰で濃いゴーグルをかけて、また女の子をご覧になっていたんですか?』と言われて焼きもちを焼く女はいない。」

「そうですか。」

「それに、ミサちゃんみたいな美人がパスカルにそういう興味を持つわけはないし。」

「でも、パスカルさんのおかげで、僕たちが大河内さんにすごく覚えられたみたいです。」

「そうかもしれないけど、そういう男性の女友達としては認知されたくはなかった。」

「そうですか。」

「でも、湘南はミサちゃんと話すことがあるんだよね。」

「はい。妹と一緒の時がほとんどですが。本当にロックや音楽にまっしぐらな方です。」

「そうね。才能もあるんだろうけど、近くで話してみると、思ったよりもずうっと努力の人だった。」

「それはそうです。それを聞くと喜ぶかもしれません。」

「でもライブで、努力の人!と声を掛けるわけにもいかないし、機会がないわね。」

「そうですね。」

「それにしても、パスカルにも困ったものね。」

「はい。でも、ある意味、努力の人ですが。」

「あのね、湘南。・・・・まあ、パスカルをかばっているのね。」

「申し訳ありません。」

「ううん。」


 二人はリフトやロープウエイを乗り継いで山頂に到着した。

「すごい綺麗。あんな遠くの山まで見える。」

「運が悪いと霧がかかっていることもありますが、今日はすごく良く見えます。」

アキがスマフォで写真を撮る。それが終わると誠に声をかける。

「湘南、いっしょに撮る。」

「二人だけというのは遠慮しておきます。」

「なるほど、鈴木さんに見られると嫌だからか。」

「そうじゃないです。アキさんが将来、プロのアイドルになる可能性があるからです。」

「そうなの?分かった、パスカルに見られるといやだからか。」

「コッコさんみたいなことを言わないで下さい。」

「まあ、プロになったときに流失したら困るもんね。じゃあ私を撮って。」

「了解です。」

「有難う。」

誠がアキのスマフォでアキと背景の写真を撮った。

「それじゃあ、湘南、行こうか。」

「はい、道が狭いので気を付けて下さい。あと両側に樹氷が見えます。」

「本当だ。あれが話に聞く樹氷か。木が凍っただけ?」

「はい、風で雪が付着して凍ったみたいです。それでは出発します。」

「分かった。」


 二人は蔵王スキー場で一番急な斜面の横倉の壁の上に到着した。

「この下がふもとです。」

「湘南、こんなコブコブの急斜面、滑れないよ。」

「はい、これは本当の上級者用コースですから、僕も絶対に無理です。」

「じゃあ、何で来たの?道に迷ったの?」

「上から見てみるためです。それで、あっちに迂回路があります。」

「何だ、それを早く言ってよ。」

「すみません。迂回路と言っても、中級者用コースですのでゆっくり行きましょう。」

「了解。」


 二人が迂回路を通って横倉の壁の下に到着した。

「下から見てもすごい斜面ね。滑れる人がいるのかな。・・・あっ、一人降りてくる。」

「そうですね。コブに合わせて上手に滑っていま・・・・・」

「あのウエアとスタイル、鈴木さんじゃない。」

「そうみたいですね。あまり見ちゃ悪いですので、向こうに行きましょうか。」

「湘南、さすがに湘南が見ちゃ悪いということはないわよ。逆に、湘南には見ていて欲しいはず。私ももう少しみ見ていたい。」

「・・・・・。」

「でも、なんであんなコブだらけの急坂をあんなに速く降りられるんだろう。」

「練習を一杯しているからだと思います。」

「運動神経が違うのかも。私が練習しても滑れる気はしない。でも湘南が気が引けるのが少し分かった。」

「はい。」

「でも湘南、はい、じゃだめよ。私が何とかしてあげなくちゃかな。」

「いえ、大丈夫です。」

「幼馴染なら、私の出る幕じゃないかもしれないけど。」


 ミサも横倉の壁を滑り降りるときは滑ることに集中していて、誠たちに気が付いていなかったが、最後のコブを越えたあと、少し安心して周りを見た。

「あれ、あそこ、誠とアキさんだ。アキさんが手を振っているから行ってみようかな。誠もこっちを見ているし。」

スピードが出たままスノボで誠の方に向かう。誠の前で急にカッコよく止まろうとするが、滑りが引っかかって、上体が前に投げ出されて誠にぶつかってしまう。誠はミサを抱きかかえねがら、頭を打たないように少し丸くなりお尻から後ろに倒れる。周りから見ると、ミサが誠を押し倒したような格好になっていた。誠が尋ねる。

「だっ、大丈夫ですか。」

「はっ、はい。私は大丈夫です。誠は?」

「はい、大丈夫です。」

ミサが膝を立てて、誠を抱きかかえて上半身を起こす。アキがミサに尋ねる。

「人の目の前でスノボを使って男の人を押し倒すって、鈴木さんって本当は大胆な方なんですね。」

「ちっ、違います。」

「はい、たぶん、少しカッコ良く止まろうして、引っかかっただけだと思います。」

「ごめんなさい。その通りです。」

「でも、やっぱり危険なことは止めたほうがいいと思います。」

「気を付けます。毎度毎度、誠を転ばしてごめんなさい。」

「なるほど。鈴木さんは、湘南を、毎度毎度押し倒しているわけですか。」

「わざとじゃないんです。でも、この前もこんな感じになっちゃって、尚にしかられてしまいました。」

「妹子を知っているんですね。幼馴染ならそうか。妹子は湘南思いだから、湘南が怪我をしそうになったら、すごく怒ったのは分かります。」

「はい。本当に申し訳ないことをしてしまいました。」

「私も妹子がいるときには、湘南に変なことを言わないように気を付けているんですよ。」

「私も、それは大切だと思います。」

「ところで、お二人さん、いつまで雪の上で抱き合っているんですか。続けるならどこかの部屋じゃないと風邪をひきますよ。」

「えっ、あっ、ごめんなさい。」

ミサがスノボから足を外して立ち上がると、誠を抱きかかえて持ち上げる。誠が驚いて言う。

「あの、申し訳ないですが。」

「鈴木さん、お姫様抱っこじゃない、王子様抱っこでもない、湘南が王子様のはずはないし。何でもいいや。でも何で抱っこするんですか。」

「怪我していたら救護室に運ばないとと思って。誠、大丈夫ですか。」

「はい、大丈夫です。降ろしてもらえると助かります。周囲の人の目が。」

「ごめんなさい。では、いま降ろします。」

ミサが誠を降ろす。

「しかし、鈴木さん、すごい力持ちなんですね。」

「体は鍛えていますが、そんなことはありません。今は誠が骨折でもしていたら大変と思って、あわてて。」

「僕は大丈夫です。特に痛いところはありません。」

「良かった。怪我させていたら、尚に合わせる顔が本当になかったところです。」

「鈴木さんは、スポーツの全国大会とか出たりするんですか。」

「いえ、体を鍛えるのは単なる趣味で、スポーツの全国大会には出たことがありません。」

誠が話しを変える。

「えーと、今日もアキさんのスノボの練習を見るつもりで、一度山頂に上がって降りてきたところです。」

「誠、このままだと、カッコがつきません。またアキさんの練習を手伝わせて下さい。今日は中級者用コースで練習できると思います。」

アキが答える。

「はい、今も中級者用コースを降りてきましたが、二人とも何回も転んでしまいました。もちろん転んだ回数は私の方が少し多いですが。」

「それでは、最初に初心者用コースで様子を見てから、中級者用コースに行きましょう。」

「よろしくお願いします。」


 3人はまず初心者用コースに行ってミサの後に続いてスノボで滑った。アキは転ぶことなく滑り降りた。

「初心者用コースは大丈夫みたいですね。」

「まだまだですけど、何とか滑れます。」

「中級者用コースに行ってターンを練習してみましょう。そこで練習すれば、初心者用コースは楽に滑れるようになります。」

「はい、お願いします。」


 3人は中級者用コースへ向かった。途中でペアリフトがあったので、アキが話しかける。

「私は一人で乗る方がいいから、お二人で乗って下さい。」

ミサが答えた。

「あっ、有難うございます。」

ミサと誠がリフトに乗った。アキは後ろから二人を写真で撮影した。

「アキさん、スノボでだいぶ滑れるようになってきたから、もう少し練習すれば一人で滑っても全然大丈夫だと思う。」

「有難うございます。本当に助かりました。アキさんも昨日はすごく楽しかったと言っていました。」

「昨日のレストランでのショーの練習の感想を聞いていい?私も人の心が分かるようになってきたと思う?」

「はい、そう思います。バラードが心に染み入るようになって来ました。細かいことは昨日の晩に書きましたので、尚に送っておきます。」

「有難う。」

「それにアキさんのスノボの練習も、昔なら、こんなの簡単よと言いながら、いきなり上級者用コースから始めたりしてそうでした。」

「そうかもしれないけど、私のスノボの先生も初めから上級者用コースだった。」

「なるほど。人の心の分からないスノボの先生だったわけですね。ただ、美香さんは最初から上級者用コースで滑れたんですか?」

「何回か転んだけど、滑れました。」

「そうですね。人を見ていたのかもしれません。でも、気を付けて下さいね。すごく運動神経のいい運動選手がスキーで木にぶつかって再起不能の大けがを負ったりしますから。」

「有難う。分かっている。でも、アキさんと誠は何でもないの?本当は私が邪魔?」

「邪魔ということは絶対にありません。アキさんとは、アイドルと音楽スタッフの関係だと思います。」

「でも、スキーなんかはいっしょに行ったりして遊んでいるんだよね?」

「プロの音楽グループでも、スタッフも一緒に遊びに行ったりしているアーティストもいると思います。」

「それもそうか。確かに、私の周りにもそういうアーティストがいる。私ももっとスタッフと交流しなくてはいけないのかな。」

「無理をすることはないと思います。自然に付き合えばいいのではないでしょうか。」

「分かった。・・・・でも、誠は何を見ているの?」

「いえ、尚があそこで滑っています。」

「本当だ。さすがはお兄さん。・・・・・あっ、転んだ。大丈夫かな。」

「今のは転んだんじゃなくて、敵を発見して隠れるために伏せる練習をしたんだと思います。」

「尚も少し独特なところがあるのかな。」

「護身術とか得意ですから。」

「そうだったわね。ためになっています。」

「お役に立てれば兄として嬉しいです。」


 そういう会話をしているうちに、中級者用コースに到着した。

「それじゃあ、ゆっくり滑りますので、二人とも私についてきて下さい。」

「はい。」「はい。」

ミサ、アキ、誠の順でスノボを滑らせた。時々止まって、ミサが誠とアキに、ターンのコツなどを伝えながら、何度か中級者用コースを滑った。だんだんと誠とアキは中級者用コースでもあまり転ばないで滑れるようになってきた。アキがミサに話しかける。

「鈴木さん、申し訳ないですが、少し疲れてきました。」

「そうですか。それでは、今日はここまでにしましょう。だいぶ上達したと思います。」

「はい、有難うございます。自分でも普通に滑れるようになったと思います。今日は午後には帰ってしまいますので、少し休んだら一人で滑ってみます。」

「はい、それがいいと思います。」

「鈴木さんは、疲れないんですか。」

「私はまだ大丈夫です。」

「本物のアスリートなんですね。」

「えっ、はい、有難うございます。」

「でも、本物のアスリートでドジっ子。コッコが喜ぶかもしれない。」

「ドジっ子!初めて言われましたが、アキさんのいう通りです。いつもカッコをつけているだけなのかも。」

「いえいえ、急斜面を滑る姿は本当にカッコよかったでした。走る姿もすごくカッコいいんだと思います。邪念が入るとドジッ子になるのかもしれませんね。」

「邪念ですか。」

「鈴木さんが湘南を押し倒したことは、秘密にしておきます。お二人の結婚式まで。」

「有難うございます。えっ、けっ結婚式ですか。」

誠とミサが顔を見合わせる。

「はい、もしそういう時がありましたら話しても構いません。」

「はい、昨日今日と有難うございました。失礼します。」


 アキがスノボで滑って行った。ミサが誠に話しかける。

「アキさん、行ってしまいましたね。」

「アキさん、たぶん気を使ったつもりなんだと思います。」

「そうなんだ。そうだ、誠、さっきのコブの斜面、いっしょに滑ってみる?」

「あそこは超上級者用で、僕が滑ったら雪だるまになってしまいます。」

「そうか。」

「スマフォしかありませんが、スマフォ用の望遠レンズも持っていますので、下から撮影しましょうか。」

「本当に。見ててくれるの。」

「はい。」

「それじゃあ、お願い。」

「でも美香さん、撮影するからと言って無理はしないで下さいね。」

「そうか。コブを使って宙返りしようと思っていた。」

「えーと、もし宙返りするとしても下の方でお願いします。」

「分かった。やっぱり、するなと言わないのが誠らしいかな。」

「あまり我慢するのも健康に悪いですから。」

「その通り。有難う。」


 誠とミサはコブがたくさんある斜面の下と上に向かった。誠が斜面の下に到着すると、ミサはすでに斜面の上に到着していた。誠を見て手を振った。誠はスマフォを用意した後、手を振り返した。そのとき、横から声がかかった。

「お兄ちゃん。」

「あっ、尚。」

「お兄ちゃん、こんなところで何をしているの?」

「美香さんがこの斜面を降りてくるから、それをビデオで撮影するところ。」

「分かっていると思うけど、お兄ちゃん、美香先輩となれなれしくしちゃだめだよ。」

「それは分かっている。昨日の晩だって大丈夫だったでしょう。」

「それはそうだけど。」

「それに、もう少しでこのコブコブの斜面を滑らされるところだった。」

「ここをお兄ちゃんが。そうなんだ。美香先輩も・・・。あっ、美香先輩はあれか。」

「そうだよ。」

美香も尚美に気が付いて手を振った。尚美も手を振り返した。美香がスタートすると、誠と尚は静かに降りてくるのを見ていた。

「すごい速い。下から見ると本当にすごい。」

「そうだね。美香さんが圧倒的に速い。尚もここを降りることはできる?」

「降りることはできるけど、こんなに速くは無理。」

「うん、自分のペースで行くのがいいと思う。」

「とりあえず、美香先輩は私に任せて。」

「分かった。でも、無理してついて行かないように。」

「分かっている。」

ミサが左右に蛇行しながら順調に滑り降り、最後のコブで宙返りを決める。誠と尚美が拍手をする中、ミサが到着する。

「美香先輩、さすがです。」

「美香さん、お見事です。撮影したビデオはこんな感じです。」

誠が撮影したビデオを見せる。

「良く撮れていますね。」

「本当はビデオカメラかデジタル一眼カメラを使った方がいいと思います。この動画は妹に送りますので、妹から受け取って下さい。」

「有難う。」

「それでは僕は失礼します。」

「誠、もう行っちゃうのか。でも、お友達がいるから仕方がないよね。うん、昨日、今日と有難う。楽しかった。それじゃあまた東京で。」

「こちらこそ有難うございました。また東京で。尚は夜にパラダイス興行で。」

「うん、お兄ちゃん、また、夜に。」

誠はまだ時間はあったが、集合場所の初心者用コースの上に行くリフトへ向かった。

「昼食の場所でも探しておくか。」


 ミサが尚美に話かける。

「それじゃあ、尚、いっしょに滑ろうか。」

「はい。」

ミサが上級者用コースの上に通じるリフトに向かおうとすると、尚美が反対側に向かおうとしていた。

「尚はどこに行くの?」

「ここを登ります。」

「この斜面を登って行くの?」

「はい、スキーは斜面を登るのが一番楽しいです。」(著者注:尚美も普通の人ではなかった。)

「そうなんだ。」

「はい。」

「それじゃあ、私も次はテレマークスキーをやってみる。」

「美香先輩ならすぐに覚えると思います。」

「有難う。」


 誠が初心者用コースの上に到着すると、パスカルとラッキーがそこで話していた。

「ラッキーさん、パスカルさん、こんにちは。」

「湘南君、こんにちは。」

「おう、湘南、こんにちは。アキちゃんは?」

「中級者用コースで練習した後、今は一人で滑っています。」

「僕たちはもう疲れてしまって、早めに休もうとしていたところ。」

「僕もです。コッコさんは?」

「リフトのそばで、リフトに乗っている男ペアを観察している。ほら、あそこにいる。」

「しかし、コッコちゃんが男子カップルを観察するのは良くて、俺が女の子を観察するのはいけないんだよな。みんなスキーウエアを着ているのに。」

「パスカル君、そういうもんだよ。」

「アキさんに、焼きもちですかと聞いたら、違うって言っていました。」

「焼きもちって、ミサちゃんにか?」

「はい。パスカルさんの行動を自分は分からなかったからです。」

「湘南、そうじゃないことは分かっているから、余計なことは聞かなくていい。」

「分かりました。でも、だいぶ機嫌も直ってきているようでした。」

「それは良かった。」


 ラッキーが中級者用コースを降りてくるアキを見つける。

「あれはアキちゃんだね。」

「どれですか。」

「今、ターンした女の子。」

「はい、ウエアからしても、アキさんだと思います。」

「それにしては上手だな。」

「うん、昨日よりかなり上手になっているみたいだけど、湘南君はスノボのコーチの仕方を勉強してきたの?」

「そうではないのですが、やっぱり若いから覚えが速いのではないでしょうか。」

「JK(女子高校生)の力か。」

3人がアキが滑っているところを見ていると、アキも見つけて、3人のところに滑ってやってきた。

「男3人で、また女の子を見ているんじゃないでしょうね。」

「ラッキーさんもパスカルさんも、アキさんのスノボが上手で驚いているところです。」

「そうでしょう。そうでしょう。」

「うん、確かに驚いたよ。」

「俺も驚いた。」

「へへへへへ、有難う。それで3人そろって何をしていたの?」

「疲れたので、どこで休むか考えていたんです。」

「もう、しょうがないな。昼食の時間はもう少し先でしょう。」

「はい、ですので、その時間まで喫茶店でも入ろうかと。」

「でも、少し早いけど昼食にしようか。その方が混んでいないし。コッコがどこにいるか分かる?」

「あそこにいます。」

「あー、あれか。あんなところで何をしているって、リフトのカップルを見ているのか。」

「はい、女性だからあまり何も言われませんけど。」

「とりあえず、一度上がって呼んでくるから待ってて。」

「分かりました。」

アキが一度リフトで上がり、コッコを連れてやってきた。

「それじゃあ、昼食に行きましょう。」

「はい。」


 5人が食堂に行って、昼食を買いテーブルに着いた。

「パスカル、サンキューね。」

「いや、アキちゃんの分はおごるって約束だから。それにしても、アキちゃんがスノボの初心者なんて信じられないぐらい上手になっている。」

「それは僕も思った。」

「私の前世はプロのスノーボーダーだったのかもしれない。」

「アキさんは、前世の記憶を呼び出したんですか。」

「そうかも。」

「でも、覚えがいいのは、やっぱり若いからですね。」

「一応まだ16だし。そうかもね。」

「16か・・・。」

「どうしたの、パスカル。まあ、もうすぐ17だけど。」

「アキちゃんの前では自重しなくちゃと思い直した。」

「そうだよ、パスカル。人として恥ずかしくないことをしようね。」

「私は、人として恥ずかしいことでもするけど。」

「コッコさん・・・。」

「まあ、コッコはそうよね。」

「警察に捕まるようなことは止めましょう。」

「もう成人だし、分かっている。」

「でも、初心者の私のスノボが上手なのは、鈴木さんの教え方が良かったからじゃないかな。」

「アキさん、あまりその話は・・・。」

「湘南、秘密にすることでもないでしょう。かえって怪しまれるわよ。それに、不健康な関係じゃないことはみんな分かっているし。」

「それはそうですが。」

「アキちゃん、今日も鈴木さんに教わったんだ。」

「うん。急な斜面は横倉の壁だっけ、それを滑って降りてきているところを見つけて、その後、中級者用コースで教わった。」

「でも、湘南の幼馴染が男じゃないのがつまらない。」

「コッコ、普通、逆じゃないの。」

「だって、パスカルちゃんと幼馴染ちゃんによる湘南ちゃんの取り合いなんて萌えるじゃん。」

「全然萌えないけど。」

「うーん、ユミちゃんはだんだん分かってきているのに。」

「コッコも、小学生に変なことを教えない。」

「でも、鈴木さんって、どんな顔をしているんだ。」

「今日もマスクをしていたから見えなかった。性格は真っすぐで可愛かった。それで、横倉の壁を誰よりも速く滑り降りることができるぐらいスノボが上手。」

「湘南、写真は持っていないのか?」

「ですから、持っていませんし、持っていても勝手に見せられません。」

「パスカル君、相手が芸能人でもない限り、勝手には見せられないよ。湘南君はそういうところはきちんとしているし。」

「一般人なら、そうか。」

「でも、みんなの友達なら、私の写真はどんどん見せてもいいわよ。『ユナイテッドアローズ』の宣伝になるから。」

「それは分かっているから、オタク仲間に宣伝しているよ。」

「ラッキー、頼りになる。でも、また鈴木さんと会えることを楽しみにしよーうっと。結婚式になるかな。」

「そういう可能性はありません。」

「いや、湘南、その気がなければ、湘南が音楽を担当しているからといっても『ユナイテッドアローズ』のライブには来ないよ。女性なんだから。」

「えっ、鈴木さん、ライブに来ていたんだ。」

「湘南の曲を聴くために、『ユナイテッドアローズ』のファーストライブに来たと言っていた。もしかして、ワンマンにも来ていたの?」

「はい、一応、来ていました。」

「そうなんだ。まあ、私やユミちゃんが目当てじゃないだろうけど、湘南も言ってくれれば、お礼を言ったのに。」

「ですが、やっぱり。」

コッコが感想を言う。

「幼馴染だから気持ちに気が付かないパターンか。男女でヒロインを取り合いというパターンもないことはないから、漫画のネタのために湘南ちゃんと鈴木さんの会話を聞いておきたかった。」

「ヒロインというのは僕ですか?」

「当たり前だろう。」

「コッコさんの場合、そうかなとは思いましたが。」

「でも、みんな、あまり邪魔しないで見守っていることが必要だよ。」

「さすがラッキー、大人の意見。」

「いや、おれは邪魔をする。」

「パスカルも、そういうコッコが喜びそうなことを言わない。」

「そうだった。」

「昼食も食べ終わったみたいだし、最後はみんなでいっしょに滑らない?」

「分かった。」「それがもっともだと思う。」「分かりました。」「最後ぐらいいいか。」

「それじゃあ、山頂に、レッツゴー。」

「了解。」「行こう。」「了解です。」「アキちゃんは元気だねー。」

誠たちは、山頂からふもとまで降りることを繰り返し、帰る時間になると民宿に戻り、着替えて、バス乗り場に向かった。


 二日目の朝も遅く起きた明日夏と亜美は朝食をとっていた。

「明日夏さん、作詞は終わりましたか?」

「手直しして、さっきマー君に送った。マー君が曲を直したら、とりあえず終了。」

「さすがです。」

「亜美ちゃんは、昨晩は何をしていたの?」

「年末忙しくて、見れなかった秋アニメを見ていました。」

「明日も休みなの?」

「夕方からテレビ出演がありますが、いつもの曲ですので大丈夫です。トークはリーダーがだいたい対応してくれるし。」

「そうなんだ。それじゃあ、亜美ちゃん、滑りに行く?」

「いいですよ。出発までにまだ時間がありますから。でも、ミサさんとリーダーは朝から元気に滑っているのかな。」

「うーん、二人は横倉の壁で滑っていそうな気がする。」

「時間がもったいないからと言って、昼食はバスの中にしたぐらいですから、そうかもしれません。少ししたら、行ってみますか。」

「そうしようか。」


 明日夏と亜美が横倉の壁の上に到着すると、尚美が横倉の壁を上がってくるのを待っているミサを見つけた。

「ミサちゃん、こんにちは。」

「ミサさん、こんにちは。リーダーはゲレンデを上がってきているんですね。」

「うん。次は私もテレマークスキーに挑戦してみるつもり。」

「ミサさんも、坂を上がるんですか。」

「もちろん。尚がスキーは坂を上がるのが一番楽しいと言っていたから。」

「亜美ちゃん、体力面でミサちゃんの心配はしなくて大丈夫だと思うよ。」

「それもそうですね。」

尚美がやってきた。

「明日夏先輩、亜美先輩、おはようございます。」

「それじゃあ、4人で滑ろうか。」

坂の下の方を覗き込んだ亜美が言う。

「私はにこんな急坂は無理です。う回路を使って降ります。遅いと思いますので、私に構わず滑って下さい。」

「そうか。分かった。」

「明日夏さんはここを滑っても大丈夫なんですか。」

「まあ、大丈夫だと思う。」

「雪だるまにはならないで下さいね。」

「尚ちゃんみたいなことは言わない。」


 亜美がう回路を通って横倉の壁の下に着くと、3人は滑り終わったようで、尚美が横倉の壁を上がって行くのが見えた。亜美は3人が滑るのを見るために横倉の壁の下にとどまった。リフトでは明日夏とミサがいっしょだった。

「さすが、ミサちゃん、スノボが速い。」

「明日夏のスキーもすごく上手だったけど、小さい時からやっているの。」

「むしろ小さい時だけやっていたかな。お父さんに連れられて。」

「そうなんだ。思い出なんだ。」

「最初から急な斜面に連れていかれて、大変だった。」

「それは私も同じかな。」

「でも、ミサちゃんは滑れて、私は雪だるま。」

「私も転んだよ。」

「転んだ回数の桁が違うかもしれないけど。」

「そう言えば、昨日、誠が明日夏はフランス語ができると言っていたけど、英語はできないけど、フランス語はできると言っていたのは冗談じゃなかったんだ。」

「小学生と中学生のころはフランスにいたから。」

「そうなんだ。それじゃあ、フランスにいっしょに行く時は心強い。」

「最近、フランスで日本のアニメイベントもあるからね。」

「楽しみ。誠も来るかな?」

「尚ちゃんが来るなら来るんじゃないかな。」

「そうか。そうなるといいな。でも、誠の気持ちがよくわからない。」

「いやミサちゃん、そういうことを言うのは小中学生だから。」

「そうなの?」

「うん。」

「そうか。だから尚の妹扱いされるのか。」

「そうかも。」


 亜美が3人そろったところを確認して手を振る。そうすると、3人が手を振り返した。ミサが最初にスタートし、明日夏、尚美と続いた。ミサがコブでジャンプを決めながら高速で滑り降りていた。明日夏は、パラレルターンで方向を変えながらミサにあまり遅れることなく滑り降りてきた。尚美はテレマークスキーのため、マイペースで滑り降りていた。そして、ミサと明日夏が亜美のところにやってきた。

「ミサさん、さすがに速い。」

「有難う。」

「明日夏さんが、こんなにスキーが上手とは知りませんでした。」

「小さい時に親に連れていかれたからね。」

「そうなんですね。」

「母親にはバレーをやらされた。」

「そう言っていましたね。」

「私をバレリーナにしたかったみたい。・・・・何で笑うの。」

「あまり深い意味はありません。」

「ならいいけど。」

「時間も無くなってきましたし、山頂に行ってみんなで写真を撮りませんか?」

「賛成!」

「そうだね。」

「亜美先輩、ナイスアイディアです。」

「それじゃあ行きましょう。」

4人は山頂に行って写真を撮った後、亜美以外の3人は上級者用コースを滑り、亜美はその隣の中級者用コースを滑り、スキーを楽しんだ。


 5人が帰りのバスの乗り場に到着したところで、誠が4人に話しかける。

「バスはもう来ているみたいです。」

「湘南、バスの中は座っているだけで話せないし、ここで少し話していようよ。」

「構いませんが、寒くないですか?。」

「うん、全然寒くない。」

コッコが尋ねる。

「アキちゃんは、楽しかったの?」

「うん、楽しかった。」

「何が一番楽しかったの?」

「一番は、鈴木さんに教わってスノボが滑れるようになったことかな。亜美ちゃんといっしょに滑って、プロになるためには私ももっと濃くなくちゃだめと分かったし。あと、ミサちゃんのディナーショーも良かったよ。練習と言ってもすごかった。最後にパスカルのせいでいやな思いもしたけど。」

「鈴木さんはそんなにスノボが上手だった?」

「横倉の壁を降りてくる姿はカッコよかった。女の子にももてるんじゃないかと思う。」

「はい。女性にも人気があります。」

「だよね。それにすごく力があって、湘南とぶつかったときに救護所に運ぼうと、湘南を抱っこしたのはさすがに驚いた。」

「女の子が湘南を抱っこしたのか。許せんな。しかし、力があるというのは本当だな。俺でもできるかどうか分からない。」

「パスカルちゃん、荷物はラッキーちゃんが持っているから、ちょっとやってみて。」

「コッコちゃん、ここでやるの?」

「そう。荷物を貸す。はい、ラッキーさん。」

「コッコさんは、強引ですからね。」

パスカルが湘南をお姫様だっこする。コッコがスマフォで写真を撮る。

「いいね。いいね。湘南ちゃん腕をまわして。そう。」

「コッコちゃん、もう無理。」

「分かった。もう下ろしていいよ。」

パスカルが誠を下ろす。

「パスカルちゃん、サンキュー。」

「でも、鈴木さんの方が楽々持ち上げていた。救護所に走り出そうとしていたし。」

「そうなんだ。湘南ちゃん、今度鈴木さんを呼んでよ。大学でも良いぞ。」

「忙しい人ですし、機会があれば。」

「つれない返事だな。湘南は他人のことになると厳しいから、鈴木さんは諦めるか。女だし、まあいいけど。」

「コッコちゃんは、男だったら諦めないの。」

「ラッキーちゃん、当たり前だろう。後を付けるよ。」

「やっぱり、コッコちゃんは怖い。」

出発5分前に全員がバスに乗り込み、バスが出発した。


 明日夏たちは、スキーやスノボを楽しんだ後、ミサの別荘に集合し、管理人の里子に挨拶したあとお弁当を受け取り、誠たちより少し早く貸し切りのバスで東京へ向かった。バスの中で遅い昼食となるお弁当を食べながら、元旦から3日間のことを話した。


 誠たちのバスが新宿に到着し、バスから降りるとパスカルが誠に話しかける。

「湘南、俺たちは帰れるから、アキちゃんだけ送ってくれる。」

「コッコさんは大丈夫ですか?」

「湘南ちゃんは、妹子ちゃんを家に連れて行かなくちゃいけないんだろう。私は荷物がないから大丈夫。」

「有難うございます。」

アキが運転席の後ろの座席に座ったことを確認して、誠がステップワゴンを発進させた。

「今日は3日で休みですので、すぐに到着できると思います。」

「湘南は大丈夫?」

「はい、バスで休めましたので大丈夫です。明日も休みですし。」

「それは良かった。」

「でも、尚と亜美さん、ミサさんは明日から仕事ですから、大変だと思います。」

「亜美ちゃんは、妹子が全部やってくれるから大丈夫って言っていたけど。それだけ妹子は大変ね。」

「午前中に会議もあるらしいですから。」

「私も冬休みの宿題をやっちゃわないと。」

「はい、頑張って下さい。」

「そういえば、ミサちゃんも、鈴木さんも、湘南のことを誠って呼んでいるけど、よくそう呼ばれるの?」

「大河内さんはスタッフの方をあだ名かファーストネームの呼び捨てで呼んでいます。鈴木さんもそんな感じです。僕のあだ名は普通は岩を使う方が多いです。」

「そうかもね。それで、湘南は鈴木さんを彼女にしたいの?」

「そういう話をするのは鈴木さんに失礼です。」

「質問を変えて、鈴木さんが彼女になってくれると言ったら不満はある?」

「それはないですが。」

「そうか、そうか。」

「あの、鈴木さんに変なことを言わないで下さいね。」

「分かっている。分かっているって。ふふふふふ。」

「なんか、コッコさんの悪い面の影響を受けていないですか。」

「お互いに影響しあうものよ。私もパスカルや湘南の影響を受けていると言われているし。」

「僕もアキさんの影響を受けているとは思いますが。」

「鈴木さんがライブに来たら紹介して。悪いようにはしないから。」

「もうライブに来るかどうか分かりませんよ。」

「絶対に来るから。湘南が心配で。」

「でも。」

「来たらでいいから。」

「分かりました。」

「それじゃあ、春のワンマンライブに向けた音楽の話をしようか。」

「分かりました。」

「ほっとした?」

「はい。」

アキが小声で言う。

「やっぱり、私が頑張らなくちゃだめか。」

「何か言いました?」

「別に。それより新曲の話。」

「分かりました。」


 誠はアキを家まで送った後、パラダイス興業の事務所に向かった。近くのコインパーキングに停めた後、事務所のドアを叩いた。返事がないのでドアを開けると、全員が練習室にいるのが見えた。悟が気が付いて練習室から出てきた。

「社長、これは?」

「みんなでさっきできた曲の仮歌を録音しようとしているところ。」

「あれで大丈夫ですか?」

「うん、帰りのバスの中で修正した曲を完成バージョンとしていいと思う。」

「有難うございます。」

「4人は帰りのバスの中も練習してきて、今は完成バージョンで練習している。」

「そうなんですね。それは感激です。」

「なかなかいい感じに仕上がっているよ。」

「それは社長のおかげです。」

「いや、元は誠君だから。もうすぐ練習が終わるから、仮歌の録音を手伝ってくれる。」

「はい、喜んで。」

練習室に入ると、尚美、明日夏、ミサ、亜美、久美が並んでマイクを持って歌っていた。歌い終わると、明日夏が誠に話かけた。

「マー君、いらっしゃい。社長が太鼓判を押したので、とりあえず仮歌に進んだよ。」

「有難うございます。」

「少年、レッドが美香、ブルーが亜美、イエローが私、グリーンが明日夏、ブラックが尚でやっている。」

「すごいメンバーです。」

「アイドルの曲を歌うメンバーじゃないな。でも、私が若くて元気いっぱいなパートというのも変だがな。」

「いえ、橘さんの歌は若くて元気いっぱいです。」

「歌は、は余計だ。」

「申し訳ありません。その通りです。」

「お兄ちゃん、みんなに手伝ってもらっている。」

「本当に有難い。」

「誠とヒラっちの曲、絶対いけると思う。」

「はい、美香さんのレッド、少し色っぽくお願いします。」

「分かった。頑張る。」

「二尉、私は真面目な感じか。」

「はい、真面目でどっしりした感じです。」

「分かった。」

「それでは、誠君、始めようか。」

「はい。それで仮歌は別々に録るんですか?」

「いや、尚ちゃんが明日使いたいということで、5人いっぺんに録る。」

「そうですか。すごいメンバーですので、壮観で楽しみです。」

「それは、僕もだよ。」

「マイクレベルは僕が確認します。」

「分かった。それじゃあ始めるよ。3、2、1。」

伴奏が始まり5人が歌いだす。4回ほど歌ったところで、誠と悟で編集作業に入った。編集が終わったところで、全員が練習室に集まった。

「それじゃあかけるよ。誠君、お願い。」

誠が曲を流す。聴き終わったところで悟が感想を話し出す。

「これなら大丈夫だね。」

「はい、そうだと思います。音程やハーモニーも完璧ですし、表現もいいと思います。」

「誠、私、セクシーだった?」

「セクシーですか?うーん、普段の美香さんより可愛く歌えているとは思いますが。」

「セクシーじゃないか・・・・。」

ミサが力を落としたのを見て誠がフォローする。

「でも、昨日の英語の歌はセクシーでした。」

「本当に。」

「はい。もしかすると、英語の歌のトレーナーの方がそういう曲が得意なのかもしれません。でも、橘さんも、マリさんもセクシーという感じではありませんから、そういう歌が歌いたいなら、そういうトレーナーを探した方がいいのかもしれません。」

「おい、少年。私がセクシーでないとはいい度胸しているな。」

「ですから、そういうところがセクシーでないわけで、」

笑いが起きる。

「橘さんは、やはり圧倒的パワーで自分の願いを歌う方が似合っていると思います。」

「そうなのか。だが、私のアイドルもなかなかだろう。」

「そうですが、今年は再デビューの可能性もあるので、得意なところを磨いた方がいいと思います。」

「私の再デビューか。」

「社長はその方向で動いているようです。」

「そうなの?」

「一応。ジュンとの約束だし。」

「そうか。」

「ミサちゃんの写真集で知名度は上がるし、みんなのおかげで経済的な余裕もできたから、今年がチャンスと思っている。」

「そうか。」

「だから、久美はみんなのためにも頑張って。」

「分かった。」


 その日は夜遅かったため、これでお開きになった。誠は尚美を助手席に乗せて家に向かった。

「尚は明日も仕事だし、眠たくなったら寝ていいからね。」

「うん、有難う。でも、この前の誕生日の時よりは全然遅くないから大丈夫だよ。」

「あの時は、深夜だったからね。」

「起きたら布団の中だったから、お兄ちゃんが運んでくれたの?」

「お母さんにドアを開けてもらって、僕が運んだ。」

「そうか。」

二人は『ハートリンクス』の曲について話をしていたが、家に着く少し前に尚が寝付いてしまったため、前と同じように、母親にドアを開けてもらい、誠が尚美をだっこして布団に運んだ。尚美はもちろん起きていて、目はつむっていたが、

「極楽、極楽。」

と思いながら微笑んでいた。

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