大河内ミサ出撃す

第39話 お正月

 誠が公園から家に戻ると、尚美が玄関で出迎えた。

「お兄ちゃん、明けましておめでとう。」

「尚、明けましておめでとう。」

「どこ行っていたの?また海浜公園?」

「うん。その通り。」

「このところ、お正月の朝はいつもだね。」

「ご来光が見えるわけじゃないんだけど、空気が澄んでいて、新年という感じになれる。」

「分かる気はするけど、風邪をひくよ。」

「うん。今年でお仕舞にするよ。」

「そうだね。」

誠は尚美に明日夏に会ったことを話そうかどうか迷ったが、明日夏の個人的な話が多かったため、とりあえずは黙っておくことにした。

「お母さんが、朝食の準備ができているって。」

「有難う。食べたら学校の勉強をしてから出発しよう。」

「うん。お兄ちゃん、有難う。」


 朝食の後、誠が尚美の部屋で尚美の勉強を見ながら、自分の宿題をしていると、携帯のSNSから通話を知らせる音が鳴った。画面を見るとマリからだった。尚美の部屋から出て自分の部屋に向かいながら、受信ボタンを押す。

「湘南さん、明けましておめでとう。」

「マリさん、明けましておめでとうございます。」

「今年もユミのこと、よろしくお願いします。」

「はい、できるだけ頑張ります。」

電話がユミに代わった。

「湘南兄さん、明けましておめでとうございます。」

「ユミさん、明けましておめでとうございます。」

「今年もよろしくお願いします。」

「はい。1月から溝口エイジェンシーの子役の面接が始まります。僕もできるだけ協力しますので頑張りましょう。」

「書類審査に受かったのも湘南兄さんのおかげだし、全力で頑張る。それで、ママが湘南兄さんに面倒なお願いをするみたいだけど、断ってもいいからね。」

「有難うございます。マリさんには明日夏さんもお世話になっていますので、できることはしようと思います。」

「湘南兄さんらしいけど、無理することはないからね。」

「分かりました。」

電話がマリに代わった。

「マリさん、お願いというのは何ですか?」

「今度、北海道に住んでいる親戚の子が一人でうちの近くに引っ越してくるんだけど、インターネットや家電製品の設定とかお願いしようと思うんだけど、頼める?」

「ユミさんが面倒なことというから何だろうと思いましたが、そんなことでしたら、お安い御用です。お引き受けします。」

「有難う。こういうことは、正志さんより湘南さんの方が詳しそうだから。」

「そんなことはないと思いますが、引っ越してくるのはいつですか?夕方からでもできますから、僕の方はいつでも大丈夫ですが、ネットワークを部屋まで引き込む工事は、お正月ですし、プロバイダーに申し込んでから多少時間がかかるかもしれません。」

「4日はうちに泊まるので、5日ぐらいにお願できると嬉しいけど。」

「その日は空いていますので大丈夫ですが、プロバイダーの方は?」

「インターネットの工事は心配いらないみたい。不動産屋さんの話では、インターネットは部屋まで来ていて、分かる人ならすぐにつなげられるという話だから。」

「良かったです。それならルーターが必要かもしれませんがすぐにできると思います。面倒なことはありません。」

「ユミが言っていた面倒というのは、そういうことではなくて。」

「はい!?」

「その子は高校2年生の女子なんだけど、3歳のときからヴァイオリンをやっていて、来年芸大を受けるつもりで、東京へは1年間かけてその受験の準備するために来るの。」

「ヴァイオリンで芸大ですか。すっ、すごいですね。」

「ただ、あの、性格が・・・。」

「芸術家タイプで、きついんですか?」

「きついというか、怒りっぽいというか、すぐ暴力をふるうところもあったりして。」

「中学の音楽の先生は良く怒っていました。芸大を受けるとなると、もっとすごいんでしょうね。」

「音楽の先生ね。私も昔は怖かったそうだから、人のことは言えないけど。」

「橘さんが怖い先輩と言うぐらいですから、そうなんでしょうけど、僕は工事の人のような感じで接して、怒らせたりしないように気を付けますので、大丈夫だと思います。」

「湘南さんなら大丈夫だと思う。」

「インターネットや家電の書類が会ったら写真で撮って送って下さい。」

「分かりました。」

「有難うございます。」

「いえ、お礼を言うのはこっちだから。」

電話がユミに代わった。

「湘南兄さん、もしアイシャ姉さんにぶたれたら、ぶち返してもいいからね。私が証人になるから。」

「アイシャ・・・・・・!」

「あっ、少し変わった名前だけど日本人だよ。でも、湘南兄さん、女子高校生と言ってもあまり期待はしない方がいい。背は湘南兄さんより高いし。」

「ははははは、アキさんも高校2年生ですし、変な心配はしなくて大丈夫ですよ。」

「まあ、湘南兄さんなら、そうだろうけど。」

「ユミさんは叩かれたりしたんですか?」

「うん、何回か。」

「どんなときに叩かれるんですか?」

「うーん、遅刻したり、忘れ物をしたりしたときかな。」

「規則とかに厳しい人みたいですね。遅刻と忘れ物をしないで頑張ります。」

電話がマリに代わった。

「ユミはああ言っているけど、期待してもいいわよ。性格がきつくて背は大きいけど、かなりの美人だから。そうね、私の若い時の私にも似ているかな。」

「そっ、そうですか。マリさんの若い時に似ているなら、すごい美人だと思います。」

「有難う。湘南さん。」

電話がユミに代わった。

「お母さんは自慢したいだけだから気にしないで。湘南さんは、今日からアキちゃんやプロデューサーさんとスキーなんだよね。」

「はい。お土産は買ってきます。」

「本当は私も行きたいんだけど、お父さんの親戚の家に行かなくちゃいけないから。」

「分かっています。行けるときには、またいっしょに行きましょう。」

「うん、有難う。」

マリに代わる。

「それじゃあ湘南さん、気を付けて。」

「はい、気を付けて行ってきます。」

誠が、電話を切ってつぶやく。

「この世界のアイシャさん、ヴァイオリンで芸大入学を狙っているのか。この世界でも、すごい人ということなんだけど、本当にぶたれないようにしないと。」


 尚美の部屋に戻ると、尚美が尋ねた。

「マリさんから?」

「うん、そうだよ。マリさんとユミさんから、新年のあいさつ。」

「ユミはもうすぐ溝口エイジェンシーの一次面接なんだっけ?」

「その通り。難しいのは分かっているけど、全力でぶつかるだけかな。」

尚美はユミのオーディションを手伝うのを止めて欲しかったが、それを言っても誠を困らせるだけだから、短く答えた。

「68人が書類選考を通ったという話だよ。」

「68分の1か・・・・。でも尚、内部情報は言わなくてもいいよ。尚の立場は分かっているから。」

「そのぐらい大丈夫だけど、分かった。」

「それで、学校の勉強で分からないところはある?」

「問題は解けるけど、ここを解説してくれると嬉しい。」

「これはね。・・・・」


 尚美と誠は1時間30分ぐらい勉強をした後、出発する時間になった。

「それじゃあ行こうか。追加の荷物はある?」

「ない。大丈夫。」

「じゃあ、僕は自動車のところで待っているから。」

 誠と尚美がステップワゴンで東京に向けて出発した。

「パラダイス興行に行くけど、平田社長に挨拶をしたいから、近くの駐車場に駐車して、歩いて事務所に向かっていい?荷物は持って行くから。」

「それでいいけど、荷物は持って行けるよ。」

「尚はその後仕事だから、荷物は僕が持って行くよ。でも、社長さんはいるかな。」

「昨日の夜は『デスデーモンズ』が参加するカウントダウンライブがあったから、その後、社長と橘さんや『デスデーモンズ』のみんながお酒を飲んで、事務所に戻って寝ているかもしれない。」

誠がその光景を想像しながら答える。

「そうか。そのときは仕方がないか。静かにしないと。」

「それは大丈夫。由香さんと亜美さんも来るはずだから。それより、お兄ちゃんは、私を送った後どうするの?」

「パスカルさんの家に行く。夜にバスターミナルに行って、その近くの3日間止められる駐車場に車を置いて、バスターミナルに戻る。」

「パスカルさんの家には、アキも来るの?」

「うん。そこで『ユナイテッドアローズ』の今年の計画をつめる。」

「そっか。あまり疲れないようにね。」

「うん、帰りの運転もあるから、スキー場ではあまり頑張らないことにするよ。」

「そうだね。」


 パラダイス興行の近くの駐車場に到着すると、誠は尚美の荷物を持って事務所に向かった。事務所の扉を開けると、悟、久美、『デスデーモンズ』のメンバーがソファーや床で寝ていた。誠と尚美が部屋に入ると、悟が目を覚ました。尚美と誠が静かに挨拶をする。

「社長、明けましておめでとうございます。」

「平田社長、明けましておめでとうございます。」

「あっ、尚ちゃんと誠君、明けましておめでとう。今年もよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「それにしても、社長、すごい状況ですね。」

「ごめんなさい、久美はライブ中も飲んでいたけど、ライブが終わってからここで打ち上げをやったから。」

「社長、片づけましょうか。」

「後で片づけるから大丈夫。そんなことより、尚ちゃんは仕事の方だよ。」

そのとき事務所のドアからノックの音が聞こえた。全員がドアの方を見る。悟が

「由香ちゃんや亜美ちゃんはノックなんかしないはずだけど。」

と、不思議に思いながら答える。

「どうぞ。」


 ドアが開くと振袖を着たミサの声が聞こえた。

「あっ、やっぱり誠。」

「美香さん、ナンシーさん、明けましておめでとうございます。」

「ごめんなさい。ちゃんとあいさつしなくちゃ。誠、明けましておめでとう。尚ちゃんが誠の車で送ってもらうって言っていたからいるかなと思った。」

「はい、妹のスキーの荷物があるので、それを運ぶために来ました。明後日は迎えに来る予定です。」

「お疲れ様。これからこの姿であいさつ回りをするんだけど、似合っている。」

「人間とは思えないほど綺麗なミサさんが振袖を着ると、この世の物とは思えないほど綺麗です。」

「誠、口がうまくなった!?」

「そんなことはありません。」

「でも、他の女の子にも言っているんでしょう。」

「人間とは思えないというのは、美香さん以外に言ったことはありません。本当に最大限に美しくなるように考えた造形物みたいです。」

「でも、人間だからね。」

「分かっています。今年もよろしくお願いします。」

「うん。今年も本当によろしくね。」

「はい。」

誠が事務所の中の方を見ると、ミサも事務所にいる人たちに気が付いた。

「あっ、ごめんなさい。ヒラっち、尚ちゃん、明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」

「みなさん、今年もよろしくですねー。」

「ミサちゃん、ナンシーちゃん、明けましておめでとう。うん、誠君が言う通り、本当に振袖が似合っている。今年も明日夏や『トリプレット』のみんなをよろしくね。」

「美香先輩、ナンシーさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

「はい。でも、どちらかというと、私の方が本当によろしくという感じです。えーと、橘さんはソファーでお休みなんですね。」

「久美は『デスデーモンズ』のみんなと、朝まで飲んでいたから。」

誠が悟に話しかける。

「平田社長、お酒の件ではお願いがあるのですが。」

「誠君、何かな?」

「明日夏さんはちょうど二十歳になったところで、美香さんも3月末には二十歳になります。それで、橘さんが、二人にお酒を飲ませすぎないようにしてもらえると嬉しいのですが。」

「うん、それはいいけど、二人の誕生日は本人から聞いたの?」

「はい。ついでみたいな感じでしたが、そういうことになると思います。」

「そうなんだね。いや、何でもない。久美にはちゃんと注意するよ。」

「ただ、明日夏さんはともかく、美香さんはお酒をいくら飲んでも全く酔わない、底なしの感じはしますが。」

「ははははは。うん、僕もそんな気はする。」

「誠とヒラっち、なんか酷い。」

「アルコールとアルデヒドを分解する酵素がありそうという意味だったのですが、喉にも良くないですので、あまり飲みすぎないようにしてもらえれば嬉しいです。」

「分かったけど、私の誕生日にはいっしょにお酒を飲むのを忘れないでね。」

「はい。ロックはあまり得意ではないのですが、美香さんのための曲もロックを聴いて一生懸命考えています。」

「有難う。楽しみにしている。」

話をぼんやりと聞いていた久美が起きる。

「何だ美香、師匠を差し置いて少年と先に飲むのか。」

「久美先輩!起きていたんですか。申し訳ないのですが、誠と先に約束をしてしまいましたので。」

「それは美香から誘ったのか?」

「はい。」

「そうか。それなら何も言うまい。少年、私より先に美香と飲むのを許可する。」

「あっ、有難うございます。」

「しかし、美香はともかく明日夏がもう二十歳だったとは。誕生日はいつだったんだ。」

「今日という話です。」

「1月1日か。明日夏らしいな。悟は知っていたのか?」

「誕生日は、事務手続きに必要だから。」

「それなら、『デスデーモンズ』の打ち上げのときに明日夏も誘えば良かったのに。」

「明日夏ちゃんは、メジャー所属の若手歌手だから。深夜から飲ますわけにはいかないよ。ミサちゃんもそうだけど。」

「私たちとは違うか。」

「まあね。」

「でも、久美先輩、何なら今日からのスキー、いっしょに行きませんか?スキー場に行く途中で明日夏の誕生会をする予定です。」

「乾杯はするのか?」

「久美、明日夏以外は未成年だし、久美と明日夏ちゃんと二人で飲むというわけにもいかないだろう。」

「そうだな。それじゃあヘルツレコードの新年会を楽しみにしておくか。そこそこのただ酒が飲み放題だからな。」

「いや、あそこでは久美もお行儀良くして、機会があったら自分を売り込まないと。有名なプロデューサーやアーティストも来るんだから。」

「それはそうだけど、ああいうところは苦手だから、飲んでしまった方が楽だわ。」

「そんなことを言っていたら、いつまで経ってもメジャーの歌手になれないよ。その辺りは明日夏ちゃんを見習わないと。」

「明日夏はヘルツレコードの社長の前でも物おじしないからな。美香は大丈夫なの?ヘルツレコードの社長の前でも。」

「はい、普通にしていれば大丈夫です。」

「久美も二人に見習って平常心が肝心だよ。」

「まあ、そうなんだけどね。」


 そのとき、ドアが開いて由香と亜美が入ってきた。

「明けましておめでとうだぜ。」

「皆さん、明けましておめでとうございます。」

「由香ちゃん、亜美ちゃん、明けましておめでとう。」

「由香、亜美、明けましておめでとう。」

「明けましておめでとう。」

「由香先輩、亜美先輩、明けましておめでとうございます。」

「由香さん、亜美さん、明けましておめでとうございます。今年も、妹をよろしくお願いします。」

「兄ちゃん、それは逆だけど、俺ができることはするよ。」

「有難うございます。」

亜美がミサに話しかける。

「ミサさん、振袖を着るとすごい綺麗です。」

「亜美、有難う。」

「俺たちも番組で振袖を着る予定だけど、ああはならないだろうな。」

「それはそうだろうね。でも、リーダーの振袖は見てみたい。」

「まあ、ロリコン男性にはすごく人気でそうだな。」

「由香先輩、酷い。」

「由香ちゃん、そんなことを言うと、誠君が心配しちゃうから。」

「平田社長、有難うございます。いろいろな安全手段はこうじてありますが、やっぱり絶対に安心というわけにはいかないです。」

「お兄ちゃん、大丈夫。気を付けるから心配しないで。それに、私は逆にお兄ちゃんが悪い女に騙されないかの方が心配。」

「私も、そう。」

「そうですか。分かりました。気を付けます。何かあったら尚に相談する。」

「私には相談しないの?」

「美香さんは、あまり悪い女の人に詳しくなさそうですから。」

「誠、酷い。私は子供ということ。」

「性格がいい人ということです。」

「なんか騙されているような。」

ナンシーがミサに話しかける。

「ミサ、もうそろそろ行かなくては行かないですねー。」

「そうか。残念。由香は勉強会で、尚と亜美は夜にスキーで。」

「それでは、5日に。」

「ミサさんのスノボ、楽しみです。」

「誠もまたね。」

「はい、またお願いします。」

ミサが出ていこうとすると、亜美が誠に話しかける。

「湘南二尉も蔵王で会ったらよろしく頼む。」

「はい、蔵王のスキー場は広いですので会えるかどうか分かりませんが、会った時はよろしくお願いします。」

ミサが振り返って誠に尋ねる。

「誠、蔵王って?」

「今晩、友人と蔵王に向かう予定なんですが、場所と日程がぶつかったのはわざとではないんです。」

尚美が補足する。

「私も後から知ったのですが、スキーに行くことは夏から決まっていて、どちらも他に空いている日がなかったので。同じスキー場で同じ日程になってしまいました。」

「それは全然構わないけど、それなら教えてよ。」

「申し訳ないです。」

「ナンシーも知っていたの?」

「カレンダーを共有しているから知っていたですねー。ミサもカレンダーを見ていれば分かったはずですねー。」

「どれ?」

「これですねー。」

「あっ、本当だ。誠、ごめん。スケジュールはナンシー任せで、カレンダーを見ていなかった。これからは誠のスケジュールはちゃんとチェックする。」

「ミサは全米デビューで、今までよりずうっと忙しくなるですねー。だから、自分のスケジュールはチェックしておかないといけないですねー。」

「ナンシー、大丈夫。誠のスケジュールをチェックするついでに、自分のスケジュールもチェックする。」

「まあそれでいいですねー。湘南さん、有難うですねー。」

「お役に立てれば嬉しいですが。」

「それで、どんなところに泊るの?」

「友人が毎年使っている民宿です。」

「部屋はまだあるから、うちの別荘に泊ってもいいんだけど。」

「友人がいるのでそういう分けにもいきません。」

「そうか。それじゃあ、こんど尚ちゃんと来て。」

「わっ、分かりました。」

「ミサ、もう行くですねー。」

「分かった。誠、みんなそれじゃあ、また。」


 ミサとナンシーが出ていくと、誠が亜美に話しかける。

「三佐も美香さんや妹にスノボで無理についていこうとしないで下さい。脚を骨折をすると2か月間は無駄になります。」

「それは、この一年で十分に分かったから大丈夫だ。無理はしない。」

「有難うございます。」

「とろこで、ビデオ撮影のスタビライザーで聞きたいことがあるんだが、また、パスカル一尉を呼んでくれるか。」

「動きながら歌っている様子を撮影したいんですね。」

「その通りだ。」

「はい、一尉に聞いてみます。」

「感謝する。」

悟が『トリプレット』の3人に話しかける。

「ヘルツレコードのワゴンが来たようだから出発して。申し訳ないけど、この部屋の状況を鎌田さんに見られたくないから。」

尚美が答える。

「鎌田さんは橘さんのことも知っていますし、大丈夫だと思いますが、由香先輩、亜美先輩、出発しましょう。」

「リーダー、了解。元旦の初仕事、行くぜ。」

「リーダー、ことしも頑張りましょう。」

「はい、それでは、社長、橘さん、お兄ちゃん、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」「行ってらっしゃい。」「行ってらっしゃい。明後日の夜に。」

3人が出ていくと、誠もパスカルの家に向かうことにした。

「それでは僕も友達の家へ出発します。」

「分かった。それで、もしスキー場で4人に何かがあったら、よろしくね。」

「もちろんです。全力でサポートしますが、尚がいるので、よほどのことがなければ大丈夫だと思います。」

「それもそうだね。それじゃあ、また。」

「それじゃあ、少年、パスカルが来たらいっしょに飲もう!」

「分かりました。それでは失礼します。」

誠が出ていくと、悟が久美に話しかける。

「みんな、成長していってるね。」

「美香が自分の誕生日に少年を誘ったのは驚いたけど、明日夏と美香も20歳だから、成長しているんだろうね。」

「そうだろうね。」


 誠は車を運転して、パスカルのアパートの近くの駐車場に車を停め、パスカルの部屋に向かった。

「約束の時間だけど、パスカルさん起きているかな?」

少し心配したが、チャイムを押すと、すぐにパスカルが出てきた。

「おお、湘南、よく来た。明けましておめでとう。」

「明けましておめでとうございます。でも、ちゃんと起きていたんですね。」

「後でアキちゃんとコッコちゃんが来るからな。少し掃除をしていた。」

「さすがです。お手伝いします。」

パスカルの部屋に泊まっていたラッキーも部屋から顔を出した。

「湘南君、明けましておめでとう。」

「明けましておめでとうございます。」

3人が部屋に入ると、部屋は掃除の途中だった。

「湘南君、来たばっかりで悪いけどゴミを片づけるのを手伝ってくれるかな。」

「もちろんです。」

「有難う。」


 3人がぼちぼちとパスカルの部屋を片付けていると、アキからSNSのグループであるアキPGプ宛に連絡があった。

アキ:パスカル、ごめん。私の両親がいっしょに来てみんなに挨拶するって

パスカル:本当に?

アキ:本当に

パスカル:俺、怒られる?

アキ:私が全力で守るから大丈夫。みんなを巻き込んだのは本当に私の方だし

パスカル:有難う

アキ:それじゃあパスカルの家で

パスカル:了解


 パスカルが誠とラッキーを見ると、二人もスマフォを見ていて、SNSのメッセージを読み終わると、パスカルの方を見返した。パスカルが尋ねる。

「どうしよう。」

ラッキーが返事をする。

「もう少しちゃんと部屋を片付けることにしよう。パスカル君はゴミとゴミでないものを分けて。ごみは僕が片付けるよ。湘南君は、えーと。」

「僕は、近くの店でお茶と急須と湯呑を買ってきます。」

「そうだね。ペットボトルのお茶よりずっといいね。頼んだよ。」

「はい、行ってきます。」


 誠が買い物から戻ると、ゴミ出しが終わって部屋はかなり片付いていた。

「使い捨ての雑巾も買ってきましたので、拭けるところは拭きましょう。」

「湘南、サンキュー。」

3人で壁や机や棚を拭いた。

「こんなものでいいかな。」

「はい、僕の部屋よりずっと綺麗になりました。」

「パスカル君、普通こういうことは年末にやっておくべきものなんだよ。」

「すみません。まさかアキちゃんのご両親まで来るとは思わなかったもので。でも、俺たち、ご両親からどうみえるでしょうか。」

「アキちゃんが説明してくれているだろうから、娘をたぶらかしている悪い男とは思われていないとは思うけど。」

「興信所を使って、アキさんのご両親が僕の素行調査をしていたようですが、パスカルさんとラッキーさんの所はどうでした。」

「湘南、興信所って何?」

「私立探偵のことです。」

「そんなことがあったの?」

「はい。女子高校生の親としては仕方がないかと思って、僕は自由に調べてもらっていました。」

「そうだな。こっちはおじさんだからな。夜までいっしょに活動しているし、調べるのは仕方がないな。」

「それで、パスカルさんとラッキーさんは怪しまれることはしていませんか?」

「俺は、酒を飲む以外は大丈夫。少なくても女性関係は全くない。」

「僕もたくさんのライブに云っているけど、それ以外は大丈夫だよ。」

「なら良かったです。」

「湘南君も大丈夫だったんだよね。」

「もちろんです。」

「まあな。湘南に女性関係の問題があるわけがない。」

「はい、それは3人とも同じです。」

「おい、湘南。」

「まあ、湘南君が言うのが正しい。」

「それではアキさんが来るまで、今年の計画の話をしていましょう。」

「了解。」「了解。」


 アキから、近くの駐車場に到着したとの連絡があり、3人に緊張が走った。

「俺が最初に出るのか?」

「ここはパスカル君の家だし、プロデューサーだからそうなるよね。」

「湘南、代わらないか?」

「構いませんけど、プロデューサーとして、アキさんにシャキッとしたところを見せた方がいいのではないでしょうか。」

「まあ、それはそうか。やっぱり、正座だよな。」

「いらっしゃったら、三つ指ついてお辞儀ですか。」

「うん、それで誠意は伝わると思うよ。」

「ラッキーさんの言う通りだな。」

「それなら、そうしましょう。」

3人はパスカル、ラッキー、誠の順番で玄関の前で正座して、アキと両親の到着を待った。


 数分後、玄関のチャイムが鳴り、パスカルが答えた。

「アキちゃん、鍵は開いている。」

扉が開くと、アキとその後ろに40台後半の男性と40台前半の女性が見えた。

「3人とも何、こんな所で正座して。」

パスカルが答える。

「アキちゃんのご両親にちゃんとご挨拶しようと思って。」

「いいから立って。」

「分かった。それではどうぞお入り下さい。」

3人が立ち上がり、アキたちを部屋に案内すると、アキの父親が口を開いた。

「明けましておめでとうございます。初めまして。杏子の父の有森浩司です。娘がいつもお世話になっています。」

「明けましておめでとうございます。初めまして。母の有森薫です。わがままな子で、ご迷惑をお掛けしていると思います。」

パスカルが答える。

「有森家のみなさん、明けましておめでとうございます。アキちゃんはとってもいい子で、迷惑をかけるなんてことは全くありません。」

アキが両親の方を向いて話しかける。

「それじゃあ、お父さん、お母さん、3人を紹介するね。その前に、パスカル、ラッキー、湘南。明けましておめでとう。」

「おお、明けましておめでとう。」

「明けましておめでとうございます。」

「明けましておめでとうございます。」

「一番前にいるのが、プロデューサーのパスカル。」

「小沢健一と言います。地方公務員をしています。」

「パスカルの本名を聞くといつも笑っちゃう。次は会計を担当しているラッキー。」

「広島の自動車会社に務めている豊田功です。個人事業主としてお金周りを担当しています。経営状態は、大きな黒字が出ていることはないですが、ユミちゃんが加わってから、赤字ということはないです。」

「ユミちゃんというのは小学5年生の女の子で、今はいっしょにアイドル活動をしているの。今日はいらっしゃらないけど、ユミちゃんのお母さんのマリさんに歌を教えてもらっていて、ユミちゃんが加わってからユニットになって本当にパワーアップした。それで一番後ろにいるのが、音楽担当だけど何でもできちゃう湘南。」

「楽譜からカラオケ音源を制作したり、作曲を担当しています岩田誠です。大岡山工業大学2年生です。」

父親の浩司がパスカルに尋ねる。

「うちの杏子は、昔から歌手やアイドルに憧れていたから分かるけど、皆さんは何のために活動をしているんですか?」

「えーと。」

アキが答えた。

「前にも言ったけど、最初はパスカルと湘南がちょろそうだったから、私が私のために無理やり引き込んだんだよ。」

「ちょろそう・・・・。」

「ごめん。人が良さそう。いっしょに活動するようになってから、パスカルはプロデュース、湘南はDTM(デスクトップミュージック)の勉強をしながら手伝ってくれていた。そして、パスカルの友達のラッキーが加わった。」

「三人とも、それまではアイドルのプロデュースをしたことはなかったのですか?」

「はい、私はライブで単に騒ぐだけでした。」

「僕もファンとしての活動だけです。」

「僕もコンピューターは好きだったですが、DTMは勉強しながらやっています。」

「なるほど、そうなんですね。」

母親の薫が尋ねる。

「それで、大変失礼ですが率直に聞きます。杏子を手伝っているのは、うちの杏子が可愛いかったから?」

「お母さん、何を聞いているの!そんなことはないわよ。」

「そうなの?」

「パスカルは女の子ならば誰でもいいみたいだし。」

「アキちゃん!」

「杏子。それはさすがにパスカルさんに失礼ですよ。」

「湘南は妹の妹子がすごく可愛いから、私のことを可愛いとは思っていないと思う。」

「そんなことはないです。ライブに来ている他の出演者を見ると、アキさんが一番可愛いと思います。」

「そうだぞ、湘南。妹子ばっかり見ていると分からないかもしれないけど、私もなかなか可愛いんだぞ。」

「はい、お母さんに似ていて、とても可愛らしいと思います。」

「湘南さんとお呼びしますが、湘南さんの回答は100点です。さすが、妹さんが有名なプロのアイドルさんだけのことはありますね。」

「妹子はすごい湘南想いだから、私のことを湘南を騙している悪い女と思っていると思う。」

「今はそうでもないと思います。」

「妹子がアイドルを始めたのは、自分の方が私よりすごいことを湘南に見せたかったんだと思うよ。でも、半年でメジャーのレコード会社からユニットのリーダーとしてデビューして、春には所沢ドームでワンマンライブ。一瞬で追い越されて、遥か先に行っちゃったことになるけど、それは本当に実力の差だって分かっているから、私は気にしていない。私も頑張るだけ。」

「はい、みんなで頑張って行きましょう。」

「湘南さんは妹さんの方は応援しないの?」

「妹の送迎をすることはあります。今日も事務所まで送ってきましたが、春のドームのライブでも数億円のお金が動くという話で、ユニットのサポートスタッフもすごくて、僕が出る幕はないという感じです。」

「1回で数億円のプロジェクトだと、それはそうなるわね。」

「曲を作ったりはしていますが、全然そのレベルに達しないという感じです。」

「私のための曲と違って、なおみちゃんの曲は、妹想いの湘南自身を納得させるのが大変そうだからね。」

「そういうわけでもないんですが。」

「でも、湘南さんは妹さんの心の支えになっていそうね。」

「そうだと嬉しいです。」

「いいお兄さんね。今日話してみて、みなさんが杏子に悪いことをしようとして活動をしていることは絶対にないということは分かりました。」

「はい。少なくとも、アキさんが望まないことは絶対にしません。」

「はい、私も皆さんがそうだと思います。」

「私は3人が望まないことをさせるかもしれないけど。」

「こら、杏子。皆さんが優しいからと言って調子に乗ってはいけません。それで、実は私たちも皆さんに謝らなくてはいけないことがあって。」

「身辺調査のことなら、当然だと思っていますので気にしていません。」

「気づいていたんですね。」

「はい、特に僕の場合は、妹のことで何回か調べられていました。もし妹がもっと有名になるようだったら、週刊誌の記者にも調べられる可能性がありますので、普段からきちんとするようにしています。」

「偉いわね。とりあえず3人には本当に何の問題もないと分かりました。」

「有難うございます。でも、もしかするとコッコさんには問題があるんですか?」

「高校生の時に、男子が着替えているところを覗いていて、それを担任に見つかって、職員室で怒られたことがあるそうです。」

「そうなんですね。アキさんに影響しないようには注意します。」

「大丈夫、私もパスカルと湘南を見るのは面白いということは分かってきたけど。」

パスカルが答える。

「アキちゃん、それは分からなくていい。」

「はい。僕もそう思います。」

「でも、私はコッコみたいに、芸術のためには人間性を捨てるようなことはしないわよ。アイドル志望なんだから。」

「そうだよな。」

「僕も大丈夫だと思います。」

薫が尋ねる。

「それで、正直に言って、杏子はこのユニットではどんな感じなの?」

パスカルが誠の方を見るので誠が答える。

「アイドルになるためにすごく頑張っています。最初、僕たちをうまく使って活動を広げようとしていたということは、僕たちも分かっていました。」

「俺は分かっていなかった。」

「でも、アキさんがあまりにも一生懸命だから、僕たちも応援したくなったんだと思います。そうですよね、パスカルさん。」

「俺は、可愛い女の子にお願いされて断ることができなかっただけだよ。」

「年下のユミさんという仲間が増えて、最近のアキさんは周りを思いやる気持ちも出てきたと思います。僕が言うのも変ですが、アキさんも成長してきていると思います。」

「成長ね。最近の杏子はやらなくてはいけないことをきちんとするようになって、今日もみなさんのお弁当を作ったり、湘南さんのいう通りなのかもしれません。成績も学校も良くなって、平均ぐらいはできるようにはなってきているみたいだし。」

「それは、お母さんたちにアイドル活動を止められないようにだよ。あと、勉強は分からないところは聞けば3人が手分けして教えてくれるし。」

「そうなの。皆さん、本当に有難う。杏子にもいい仲間ができて良かったわね。」

浩司が3人に向けて話す。

「私も最初はどんな方だろうと思っていましたが、実際に皆さんに会って安心することができました。」

「私に男を見る目があるということかな。」

「杏子、失礼なことを言うもんじゃない。それでラッキーさん、これは少ないですが、みなさんたちの活動費に使ってください。」

パスカルが封筒を受け取ると、100万円が入っていた。

「えーと、こんなには受け取るわけには。」

「普段、私たち二人とも忙しくて杏子の面倒を見ることができていませんから、気にしないで使って下さい。アイドル活動でも今日からのスキーにでも。」

パスカルが言う。

「分かりました。このお金でワンマンライブを間を置かずに開くことができます。そのためのお金として、有難く使わせて頂きます。その日程はお父さんお母さんのご都合に合わせますので、次は是非『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブに来てください。」

「分かりました。杏子の活躍を見させて頂きます。」

「お母さん、ワンマンだとユミちゃんのお母さんも出演するかもしれないけど、あまり気にしないでね。」

「ユミちゃんのお母さんって、何歳なんですか?」

誠が写真を見せながら答える。

「31歳です。初めはユミさんが心配でいっしょについてきていただけのようですが、二十歳でお子さんが生まれて、二人のお子さんを育てて、やっとだいぶ手が離れたから、挑戦したくなったみたいです。」

「へー。でも、気持ちは分かります。」

「もし、お母さんも出演する気がありましたら、方法を考えますので言ってください。」

「さすがに、お前はもう無理だと思うよ。」

「分かっているわよ。でも、湘南さん、有難う。」

「杏子はこれから今年の計画を練るんだっけ。」

「うん。そして夜からスキー。」

「分かった。それじゃあ、私たちは帰ろうか。」

「そうね。パスカルさん、ラッキーさん、湘南さん、有難う。話せて楽しかったです。」

「有難うございます。ワンマンには是非来てください。」

「有難うございます。」

「有難うございます。」

「それじゃあ、杏子、明後日の夜に。」

浩司と薫の二人がパスカルの部屋を出て行った。


 パスカルが口を開く。

「はー、緊張した。」

「私も緊張したわよ。湘南とラッキーは大丈夫と思っていたけど、パスカルがへまをするんじゃないかと思って冷や冷やした。でも、これで大手を振ってアイドル活動ができる。」

「アキさん、アイドル活動をご両親に許してもらうためには、きちんと勉強することが必要ですよ。」

「湘南だ。」「湘南だ。」「湘南君だ。」

「何ですか?」

「何でもない。分かっているわよ。安心して。でも今日は、今年の計画を考えよう。」

「そうだな。とりあえず、ワンマンライブを3月の春休みには開催しよう。」

「早っ。」

「アキちゃんのご両親のおかげだよ。今度は赤字が出ても大丈夫だから、もっと大きい箱も借りれるよ。」

「失敗しても、パスカルのボーナスは飛ばないものね。でも、またあのぐらいの大きさでいいと思う。あのぐらいのホールをお客さんでいっぱいにするのが目標。」

誠が言う。

「はい。珍しさがなくなる分だけ、お客さんが減ることも考えられますし。」

「湘南だ。」「湘南だ。」「湘南君だ。」

「でも、湘南の言う通りかもしれないから、無理はしないでいいと思う。」

「ユミさんのオーディションが順調にいけば、冬休みのころは最終面接の期間ですので、開催するなら休日がいいと思います。」

「うん、ユミちゃんなら絶対に最終面接に行けるよ。だから、次のワンマンライブは日曜日にしよう。お父さんとお母さんも日曜日ならだいたい家にいるし。」

「了解。それじゃあ3月の日曜日にしよう。アキちゃんはご両親に3月の日曜日で空いている日を聞いておいて。」

「分かってる。早く日程を決めて、ライブで宣伝をしないと。」

「また忙しくなるな。予算にかなり余裕があるから、衣装も作ろう。」

「思いっきり可愛いのにしたい。」

「了解。あと、次も生バンドにするか。前回臨時で来てもらった『ジオン公国に栄光あれ』は良かったけど。」

「うん、そう。オタクに刺さる。」

「あのバンドは、いつでも活動しているわけではないので難しいと思います。」

「そうね。検索しても見つからなかった。」

「はい。ですので、交代前の『ジュエリーガールズ』の方を聞いてみようと思います。こっちの楽曲も練習して一度は覚えたみたいですし。」

「おう。ガールズバンドもいいな。」

「パスカルは女の子だったら誰でもいいからね。」

「だから、そんなことはないって。」

「『ジュエリーガールズ』の方は僕から平田社長に聞いてみますので、候補日程を早めに決めましょう。」

「うん。マリさんとユミちゃんにも連絡しないと。」

「そうですね。都合の悪い日を聞いておかないといけません。」

「ワンマンが決まったことだし、それじゃあ、ゲームでもしようか。」

「アキちゃん!計画は?」

「パーティーゲームなら4人でできたよね。お正月だし。」

「まあ、今日は元旦だしそうしようか。」

「そうですね。ゲームをしながらアイドル活動のブレインストーミングをするのもいいかもしれません。」

「ブレイン・・・。パスカル知っている?」

「うーん、聞いたことはある。」

「パスカル君、ブレインストーミングは非現実的なものを含めて、アイディアを出し合って話し合うことだよ。それで今までの壁を突破する。」

「さすがラッキーさん。アキちゃん、だそうだ。」

「湘南、ゲームをしながら計画の話をするということ?」

「そうです。」

「それなら、そう言えばいいじゃない。」

「すみません。」

「でも、ゲームをしながらブレインストーミングをする、と言うと、ちょっとカッコ良く聞こえるわね。」

「はい。」

「分かった。それじゃあ、ゲームを始めよう。」

「OK」「了解」「了解です。」


 4人がゲームを始めて1時間ぐらい経ったころ、アキが全員の点数を見た。

「今のところ私が一番ね。うん、今日はたくさんゲームができるから、私の実力が見せられる。みんな覚悟してね。」

「大変申し訳ないんですが、5時から妹が出る番組があって。」

「それは私も見たいからOK.]

「あと、7時からミサちゃんが出る番組がある。」

「それもOK。じゃあ5時までゲームで、ミサちゃんの番組を見終わったら出発ね。」

「そうだな。」

「しかし、湘南、ゲームは弱いわね。」

「すみません。」

「まあ、湘南君の場合はゲームをするより、作る方だから。」

「そうね。それもすごいわね。」

「ゲーム制作を手伝わないと、パスカルさんと僕が裸で登場するゲームを作ると脅されていますし。」

「なるほど。湘南はゲームを作るようじゃなくて、作らされる方ということね。」

部屋に笑い声が響いた。


 しばらくすると、コッコがやってきた。

「明けましておめでとう。みんな楽しそうだね。」

「コッコ、明けましておめでとう。」

「コッコちゃん、明けましておめでとう。」

「明けましておめでとう。」

「コッコさん、明けましておめでとうございます。」

「コッコ、疲れているようだけど、何をしていたの。」

「昨日の夜から神社で初詣の様子をスケッチしていた。でも、なかなかいい男性カップルがいなくて。」

「やっぱり、人が多いと出にくいのかな。」

「コッコちゃんみたいな人がジロジロ見るからじゃないか。」

「大丈夫、濃いサングラスをかけていたから。」

「濃いサングラスをかけて、スケッチブックにスケッチしていたんですか。」

「コッコ、それは怪しすぎだよ。」

「それに、コッコちゃんは、よだれとか垂らしてそうだからな。」

「うるさいな。でも、パスカルは垂らさないの?」

「俺はただ美しいものを鑑賞しているだけだから。」

「二人とも、警察には捕まらないことだよ。」

「ラッキーさん、俺はそんなことは絶対にしません。」

「まあ、そうだろうけど。」

「海岸でスケッチしていたら、交番まで連れていかれて説教されたことはある。」

「学校の職員室じゃなくて、交番?」

「学校の職員室に連れていかれたこともあるけど、アキちゃん何で知っているの?」

「あっ、いや。」

「まあいいけど。」

「でも、俺たちが海岸でそんなことをしたら、即刻逮捕だな。」

「パスカル君の言う通りだね。説教で済むとは思えない。」

「男女不平等ということです。」

「それでコッコ、どうする。ゲームをする?」

「昨日の晩から一睡もしていないから寝る。パスカル、布団貸して。」

「いいけど。」

「サンキュー。」

「でも、女子大生が俺の布団に寝るのか。」

「そんなこと気にする必要はないよ。」

「コッコ、お弁当を作ってきたんだけど、寝る前に食べない?」

「それは嬉しい。朝食を食べていないから。」

「じゃあ、ゲームを中断してみんなで食べよう。」


 アキが作ってきた5人分のお弁当を広げ、全員が「いただきます。」と言った後、お弁当を食べはじめた。

「うん、とっても美味しい。」「アキちゃん、こんな美味しいものを食べたことがない。」「本当に美味しいよ。」「はい、美味しいと思います。」

「有難う。レシピ通りに作っただけだけどね。」

「基本的にはそれが一番です。」

「何、湘南。自分の方が美味しく作れるって!?」

「いえ、そういう意味ではありません。初心者はそれが一番いいということです。」

「湘南、まあ同じだな。」

「湘南君は、休みの日は母親が休めるように、妹さんといっしょに夕食を作っていたということだから。」

「そう言えばそうだったわね。妹子といっしょじゃ仕方がないか。」

「うーん、パスカルをかけた、アキちゃんと湘南ちゃんの料理合戦か。なかなかいいね。」

「コッコ、そういうんじゃないわよ。」

「はい、アキさんの言う通りです。」

「ストーリーを考えてみよう。」

「聞いちゃいない。」

「仕方がありません。」


 アキが作ったお弁当を食べ終わった後、コッコはパスカルの布団で寝て、他の4人はゲームに戻ったが、少しして4人ともゲームに飽きたためゲームを止めて、誠はミサの曲を作るためにロックを聴いて、ラッキーは多数いる知り合いのSNSを眺めて、パスカルとアキは今年の計画に関して話し合っていた。

「できれば振袖の写真を撮りたいな。」

「それは分からなくもない。でも、ユミちゃんとお揃いの方がいいかな。」

「とするとレンタルか。どこで撮るかな。」

「やっぱり神社じゃない。」

「混んでいない方がいいから、小さな神社かな。」

「うん、大きな神社の必要はない。」

「それじゃあ、小さいけれど雰囲気がいい神社を探しておく。」

「有難う。」

「湘南、晴れ着の撮影をしようと思うが、手伝ってくれるか。」

誠から返事がなかった。

「音楽を聴いているのかな?邪魔しない方がいいと思う。」

「そうだな。後で聞くか。」

「そうね。」


 誠が曲を聴き終わったようだったため、アキが誠に話しかけた。

「湘南、何を聴いていたの?」

「申し訳ありません、メモをまとめるまで待ってて下さい。」

「分かった。」

誠がメモをまとめ終わったところで、アキに答える。

「ロックです。」

「へー、湘南ってロックを聴くんだ。」

「ロックの曲を作曲することになっていて。」

「それは平田社長さんから。」

「えーと、そんな感じです。『デスデーモンズ』のための曲ですが、もしいい曲ができたら、ミサさんのコンペにも出してみようと話しています。」

「ミサちゃん、曲をコンペで選んだりするんだ。」

「はい、大河内さんはシンガーソングライターではないので基本は曲を募ることになります。セカンドアルバムのために曲を募っているようです。でも、応募する作曲家も多いですので、コンペで採用される可能性はかなり低いですが。」

「誰が選ぶの?」

「ミサさんと事務所とレコード会社の方々が話し合いで選ぶのだと思います。」

パスカルが話しかける。

「湘南。さすがに、ミサちゃんに歌ってもらうのは無理だろう。」

「はい、僕もそう思います。でも、『デスデーモンズ』には採用してもらえそうです。」

「それはそうだね。」

「湘南、私も歌って大丈夫?」

「はい、それは構いませんけど、女性用の曲は大河内さんのための曲になりますから、歌うのがかなり難しい曲になると思います。」

「俺もミサちゃんの曲をカラオケで歌うけど、あまりうまく歌えない。」

「それは私も。」

「ロック以外にも、明日夏さん用の曲を作っていますので、コンペに落ちたら、アキさんとユミさん用に手直ししようと思っています。」

「落ちたらか。」

「すみません。採用されてもリリースの後なら大丈夫です。」

「なるほど。それで曲数が増やせそうだ。」

「でも湘南、そっちもコンペなんだね。」

「はい。ヘルツレコードの意見も重要なので簡単ではないですが、選考メンバーの平田社長と橘さんの助言も受けられますので、ミサさんよりはずうっと通りやすいと思います。」

「そうね。頑張ってね。」

「はい。」

「それで湘南、またアキちゃんとユミちゃんの写真撮影を手伝ってもらいたいんだが。」

「了解です。5日は用事が入りそうですが、他の日なら。」

「サンキュー。5日は休日じゃないからどっちにしても無理だ。週末の7日か8日かな。ユミちゃんの予定は俺が確認しておく。」

「有難うございます。時間は?」

「着付けがあるから、午後からかな。」

「振袖なんですね。」

「その通り。」

「それはいいですね。」

「湘南、いいというのは?」

「ホームページが映えて、ワンマンの集客ができそうです。」

「そうだと思った。」

「湘南、かわいいアキちゃんが見ることができていい、とか言わないと女の子にもてないぞ。」

「それをパスカル君が言っても、説得力はないけれどもね。」

「ラッキーさん、酷い。」

「3人とも、言わないよりは言った方がいいと思うわよ。1パーセントが1.001パーセントぐらいにはなる。」

「ほら、ラッキーさん、アキちゃんが言うんだから間違いない。」

「でも、0.001パーセントのプラスか。」

「それは人によるかもしれません。僕の場合はマイナスになりそうです。」

「そんなことを言っているようじゃ、湘南の将来が心配になっちゃうじゃない。湘南、妹子もやがてはどこかに行っちゃうんだからね。」

「はい、それは分かっているつもりです。でもあと5分で妹が出る番組が始まります。」

誠がテレビをつける。コッコがアキに話しかける。

「アキちゃん、心配しなくても、湘南ちゃんにはパスカルちゃんがいるから大丈夫。」

「コッコは。起きていたの?」

「うん、少し前に起きた。それで、撮影の日はパスカルと湘南も紋付き袴を着なよ。」

「コッコちゃんが、レンタル代払ってくれるなら着るよ。」

「パスカルちゃん、話せる。それぐらいこっちで出す。」

「ちょっと待て、マジか。」

「大マジ。アキちゃんと同じ店で借りて同時に着替えればいいよ。必要な小道具もこっちで用意する。」

「小道具って、何だ?」

「あの、パスカルさん、勝手に。」

「湘南ちゃん、諦めよう。」

「湘南、面白そうだから着てみなよ。似合うかもしれないよ。」

「そうそう、意外とアキちゃんとユミちゃんより売れるかもしれない。」

「売れるって。売るつもり?」

「大丈夫だって。心配しない。」

「でも、パスカルたちのイラストで売り上げが負けたらアイドルとしてはつらいわね。」

「大丈夫。買うお客さんの層は全然違うから。」

「それはそうだけど。」

「パスカルちゃん、アキちゃんたちの撮影の日程が決まったら教えてね。」

「わっ、分かった。」

「湘南ちゃんもお願いね。」

「分かりました。」

誠がテレビの方を集中して見ながら、心ここになくという感じで答えた。

「あっ、もう4時ね。私もテレビを見なくっちゃ。」

その声で全員がテレビを見始めた。


 番組は順調に進行し、次の次が『トリプレット』の番となった。アナウンサーが出演者を紹介する。

「さて、ここからアイドルユニットが続きます。まずは、昨年の夏にデビューしたアイドルユニット『ハートリングス』の皆さんです。」

「『ハートリングス』隊長のハートレッドです。今日はよろしくお願いします。」

「副隊長のハートブルーです。パフォーマンスには自信があります。是非、見てみて下さい。」

「切り込み隊長のハートイエローだぜ。みんな俺のことを覚えてくれよ。」

「村娘のハードグリーンです。みんなで頑張って練習しました。見ている皆さんが楽しんでもらえると嬉しいです。」

「ハートブラック。」

「えーと、皆さんはいわゆる戦隊イメージなんですか。」

ハートレッドとハートイエローが答える。

「はい、悪を蹴散らす正義の味方のイメージで、歌や踊りもそうなっています。」

「お前ら、悪いことすると蹴散らすぞ。」

「なるほど、ハートブラックさんは。」

ハートブルーが答える。

「暗殺者のハートブラックです。申し訳ないのですが、普段から無口です。」

「なるほど、暗殺者がペラペラ喋るわけにはいきませんよね。」

「その通りです。」

「今年の目標は何ですか?」

ハートレッドが答える。

「4月15日日曜日に所沢ドームでワンマンライブがあります。」

「デビューから1年もたたないのに、所沢ドームですか。それはすごいですね。」

「はい、分不相応なのは分かっています。でも、私たちは一丸になって精一杯頑張りますので4月15日は是非私たちを見に来てください。」

ハートブルーたちもお願いします。

「見に来て下さい。」

「来ないとぶっ飛ばすぞ。」

「お願いします。是非、見に来てください。」

「それでは『ハートリングス』の皆さんに歌って頂きましょう。『接戦』と『心を一つに』、2曲続けてどうぞ。

ハートリングスがパフォーマンスを始め、順調に2曲歌い終わり退場した後、CMとなった。


 コッコがパスカルとラッキーに尋ねた。

「センターの子、美人だったね。いくつなの?」

「ラッキーさん、18でしたっけ。」

「その通り。3月で高校卒業のはず。」

「ラッキーちゃんはこのユニットを推しているの?」

「一応、ヘルツレコードだから推している。」

「パフォーマンスはまあまあかな。新人にしては上手だと思う。」

「パスカル、『トリプレット』に比べては?」

「湘南に気兼ねしているわけじゃなく、パフォーマンスは『トリプレット』の方がだいぶ上かな。」

「僕もそう思う。」

「私もそう。というか、パフォーマンスだけなら『トリプレット』より上手なユニットはないと思うわよ。」

コッコが尋ねる。

「アキちゃんと比べては?」

「ごめん。向こうの方が少し上かな。」

「大丈夫。『ハートリングス』は本当のプロだし、私もそう思う。」

「グリーンちゃんとアキちゃんは似たような感じかな。」

「パスカル、有難う。」

「性格よさそうな笑顔がいいけど。」

「私は性格が悪いわよ。」

「そんなことは言っていない。」

「でも、パスカル君、センターのレッドちゃんはいいと思わない。」

「はい、単に美人というだけじゃなく、大人っぽいというか、色っぽいというか。」

「パスカル、何鼻の下伸ばして言ってるの。」

「ごめんなさい。」

「メジャーアイドルユニットのセンターだから、仕方がないけど。」

「プロデュースも溝口エイジェンシーだからな。」

「パスカルとは違う。」

「そんなことは百も承知。ラッキーさん、『ハートリングス』のオーディションはいつごろあったか知ってますか?」

「2年ぐらい前に募集が始まって、半年でメンバーが確定して、去年の正月ぐらいからメディアに出てき始めていたみたい。」

「へー、時間がかかるのね。」

「事務所に『アイドルライン』がいたから急いでいなかったのかも。でも、絶対視されていたヘルツレコードのオーディションで『トリプレット』にひっくり返されて、デビューが3か月遅くなったという噂だよ。」

「湘南、本当?」

「そんな感じかもしれません。」

「やっぱり、妹子すごい。」

「でも、『ハートリングス』のオーディションの競争もすごたったという話だよ。」

「それはそうね。2年前の私じゃ絶対に受からない。」

「今なら受かる?」

「かもしれない。」

「僕もそう思います。この1年ですごく成長しました。」

「湘南、有難う。」

「それじゃあ、今年の目標も地下でないアイドルユニットのオーディションに合格!」

「目指せ、地上アイドル!」

「目指せ、ドームライブ!」

「みんな分かった頑張る。」


 CMが終わって、アナウンサーが『トリプレット』を紹介する。

「さて、次は皆さんお待ちかね『トリプレット』です。今日はお正月ということで、全員振袖姿で登場下さいました。」

「皆さん、明けましておめでとうございます。『トリプレット』チアセンターの星野なおみです。」

「明けましておめでとう。ダンスセンターの南由香だぜ。」

「明けましておめでとうございます。ボーカルセンターの亜美です。」

「それじゃあリーダー、回るぜ。」

「はい。みなさん、是非、私たちの振袖姿を見てください。」

トリプレットの3人がぐるっと回転する。

「お正月らしくていいですね。」

「有難うございます。去年が良かった方、良くなかった方がいらっしゃると思いますが、今年が世界中の皆さんにとっていい年になると嬉しいです。」

「そうですね。去年は『トリプレット』に取っていい年でしたか?」

「はい、もちろんです。デビューしていろんな方と知り合えて。お話ができて、とても有意義な年でした。」

「総理大臣になるための人脈を築いているわけですね。」

「私の夢を知っていてくれて有難うございます。はい、クイズ番組で政治家の方ともお話しすることができました。今日の午前中にちゃんと学校の勉強をしてから家を出てきました。」

「偉いです。うちの子も見習ってほしいです。続いては・・・。」

「リーダー、七五三みたいに可愛いぜ。」

「由香先輩、それは褒めていません。」

「私もそう思います。」

「亜美先輩まで。」

「今日は、振付師と俺とで相談して、振袖に合うように変えたダンスを見てもらうぜ。みんな、楽しみにしてくれよな。」

「そのダンスは、やっぱり袖を振ることになるんですか。」

「それだけじゃないけど、袖は振るぜ。」

「振る袖ダンスです。」

「なるほど。それでは、振る袖ダンスを楽しみにしたいと思います。続いては・・・。」

「今日はお正月の童謡のメドレーを私がセンターで歌いますので、是非楽しみにしていて下さい。」

「亜美先輩が歌っている後ろで、由香先輩と二人で羽子板やコマ回しをしますので、それもお楽しみに。」

「それは楽しみです。『トリプレット』は本当に多彩な才能が集まったユニットだと思います。」

「有難うございます。」

「それでは、『トリプレット』の皆さんで、『私のパスをスルーしないで』、『一直線』とお正月の童謡メロディーをお楽しみください。」


 3人がパフォーマンスを開始し、順調に3曲を歌い終えた。

「有難うございます。素晴らしいパフォーマンスでした。でも、なおみちゃんと由香ちゃん、顔にバツ印が3つずつですか。」

「残念だが、勝敗が付かなかったぜ。」

「顔に墨を塗って大丈夫ですか?」

「ご心配、有難うございます。でも、これは墨ではなくて、すぐに取れるドーランですので大丈夫です。」

「そうですか、それは安心しました。次の機会には是非勝敗を決めて下さい。」

「おう、リーダー、決着を付けようぜ。」

「由香先輩、分かりました。」

「それで『トリプレット』の皆さんも、所沢ドームでワンマンライブなんでしたっけ。」

「はい、4月14日の土曜日、所沢ドームでワンマンライブを開催します。皆様に楽しんでいただけるよう、趣向を凝らしていますので、是非、4月14日には『トリプレット』のワンマンライブにいらしてください。」

「俺は、ダンスの腕を磨いておくから、みんな、よろしくお願いするぜ。」

「私も歌で頑張りますので、よろしくお願いします。」

「そうですね。今日の羽子板を見ても楽しめるライブになりそうです。私も行ってみたいと思いました。」

「はい、是非いらしてください。大歓迎です。」

「そうですか。それでは楽しみにさせて頂きます。今日は有難うございました。『トリプレット』のみなさんでした。」

「有難うございました。またよろしくお願いします。」

「サンキュー!」

「有難うございました。」

『トリプレット』の三人が舞台袖に下がって行った。


 アキが誠に話しかける。

「湘南、妹子の振袖姿、可愛かったね。」

「はい、自宅にあるものより豪華でした。でもうまくいって安心しました。」

「テレビを見ていて楽しむというよりは、心配するという感じね。」

「はい。振袖で失敗しないか心配でした。」

「なるほど。4月の所沢ドームのワンマンライブは、土曜日が『トリプレット』で、日曜日が『ハートリングス』なんだね。」

「はい、解散したユニットのために予約してあった2日を、溝口エイジェンシーの意向でキャンセルせずに使うので、そうしたみたいです。」

「『アイドルライン』ね。」

「すみません。今のことは業界の人ならば知っていることですが、あまり口外しないで下さい。」

「分かってるって。」

「妹は、お客さんを一杯にするのが大変と言っていました。」

「何人入るんだっけ?」

「3万人です。」

「二つのユニットでどちらがお客を呼べるか競争意識が大変そうね。」

「妹はあまりそういうのはないみたいですが、他の人は分かりません。」

「妹子は競争心がないの?」

「よく分かりませんが、『ハートリングス』にどうやったらもっと人気が出るか、僕に曲とかを相談していました。」

「なるほど。さすが妹子、やっぱりただの中学2年生ではないわね。」


 尚美が、出番が終わってほっとしている由香と亜美に話しかける。

「由香先輩、亜美先輩、ちょうどいい機会ですから『ハートリングス』さんのところにご挨拶に行きましょうか。」

「おっ、殴りこみか!?行こう、行こう。」

「由香、殴り込みじゃなくて、挨拶だよ。『ハートリングス』さんたち、私たちのこと、あまり良く思っていないんじゃないかな。ちょっと気が引ける。」

「へへへへへ、ヘルツレコードのオーディションでこっちが勝っているからな。まあ正直、美紀に勝ったと聞いて驚いたけどな。」

「ハートレッドさんをご存じなんですか?」

「おう、ダンス大会なんかでいっしょだった。ダンスなら自信があるけど、まあ、すごい美人だったからな。」

「そうなんですね。」

「でも、ドームのワンマンでも絶対こっちが勝つぜ!」

「はい。ただ、由香先輩、亜美先輩、溝口社長にお世話になっている身としては、『ハートリングス』さんの方が本家なんですから、ご挨拶はしておいた方がいいと思います。」

「うちの事務所でドームでライブなんて言ったら、社長の胃に穴があいちゃうからな。まあ、リーダーの言う通り筋は通しておくか。」

「由香、知り合いだからと言って、絶対に失礼なことを言うんじゃないよ。」

「分かっているよ。」

「話は私がだいたいしますので、自己紹介だけお願いします。」

「亜美、それなら安心だろ。」

「うん。私も安心した。」

「それじゃあ、行きましょう。」


 尚美が『ハートリングス』の控室のドアをノックして入る。

「失礼します。『トリプレット』の星野なおみです。」

「同じく、南由香です。おー、美紀、久しぶり。」

ハートレッドが由香たちを羨ましそうに見ながら、静かに答える。

「由香、久しぶり。」

亜美が続ける。

「柴田亜美です。」

「溝口社長にはいつもお世話になっていますので、この機会にご挨拶をと思いまして。」

最初にマネージャー二人が挨拶をした。

「マネージャーの森田です。『トリプレット』のみなさん、わざわざ来ていただいて有難うございます。溝口エイジェンシーのアイドル部門プロデューサーの今井も来ているのですが、いま席を外していまして。」

「『ハートリングス』、マネージャー補佐の横山です。」

「それじゃあ、こちらも挨拶をしよう。『ハートリングス』のみんなこっちへ来て。」

戦隊系の衣装が気に入っていないハートレッドが答える。

「いいけど、その前に、この衣装着替えたい。」

「レッドちゃん、番組が終わったらSNSに上げる写真を撮らせてもらうよう、今井さんが司会者の方と話をつけているところだから、とりあえず、ご挨拶を。」

「この服、いやなんだよねー。」

尚美が言う。

「そうですね。舞台袖から見ていたんですが、似合っているのは、戦隊系のハートブラックさんぐらいだったでしょうか。」

「何それ。失礼ね。私だって似合っているわよ。」

「バク転とかできるのは、ハートブラックさんだけですよね。」

「そうだよ。僕はできるけど、一人でやっても仕方がないから。」

「そうですね。他の皆さんも、アクションはともかく、顔つきや表情にもう少し精悍な感じが出るといいのでしょうか。」

「そんなことを言って、あなたはできるの?」

「ちょっと待っててください。」

尚美が振袖の袖をひもで縛って、側転からのバク転を見せる。そして、紐を解きながら言う。

「部屋の大きさが限られているので、このぐらいで。」

ハートレッド、ハートブルー、ハートイエローが驚く中、ハートブラックは「振袖でこの切れは尋常じゃない」と想いながら冷静な顔で見つめ、由香と亜美とハートーグリーンが拍手をする。

「ハートレッドさんは、女性らしい美人なんですから、少しだけセクシーな可愛い衣装の方が似合うと思うんですよ。」

「わっ、私だって、そういう服の方が似合うと思うし、着れるなら可愛い服を着たいわよ。でも、事務所のプロデューサーの方針なんだから、売り出したばかりの私たちじゃ従うしかないじゃない。」

「溝口社長に相談するとかしてみたらいかがでしょうか?」

「社長には、一度ごあいさつしたけど、私たちが話せるような方じゃないわよ。」

「溝口社長は筋道を立てて説明すれば、分かって頂ける方だと思います。」

「そんなこと言ったって。」


 そのとき、プロデューサーの今井が戻ってきた。部屋の少し異常な雰囲気を感じ取って、森田に尋ねる。

「『トリプレット』さん!?森田さん、何かあったんですか?」

「それが・・・。」

マネージャーの森田の説明が詰まったので、尚美が話し出す。

「こんにちは、『トリプレット』の星野なおみです。」

「それは知っています。」

「私からご説明します。」

「どうされたんですか。」

「『ハートリングス』さんの方向性に関して話していたんです。」

「どういう。」

「メンバーのレベルは非常に高いのに、人気がそれに付いて行っていないので、方向性を変えた方がいいのではないかと言うことです。」

「プロデュースが悪いということですか?」

「一口に言えばその通りです。」

「そういうことを『ハートリングス』のプロデューサーを前にして言いますか。」

「人気が付いて行っていないことは売上データからも明かですし、ハートレッドさんがこの年齢の芸能人の中では一二を争う美人ということも間違いないと思います。」


ハートレッドが由香の所に来て耳打ちする。

「何なの、由香のところのリーダー。中学生なのにプロデューサーと対等に話して。」

「まあ、うちのリーダーはいつもああいう感じだ。黙って見ていよう。美紀たちには悪い方には行かないと思う。」

「分かった。」


「売り上げがまだ立ち上がっていないことは確かだが。」

「『ハートリングス』はオーディションの時点で戦隊系のイメージで行くことが決まっていたんですか?」

「そう言うわけではないが。」

「やはり、メンバーが戦隊系のイメージと合っていないとしか言いようがないです。ハートレッドさんを中心に、古典的な女の子の綺麗で可愛いアイドルイメージと、あとは溝口エイジェンシーの力押しで売り出すべきです。」

「しかし、君たちは社長の肝いりでうちが支援しているとは言え、違う事務所に所属しているんだから、余計なお世話だろう。それに『ハートリングス』がだめになった方が君たちには好都合だろうし。」

「それはないです。業界全体を盛り上げることが必要だと思います。」

「君たちのファンがうちに流れてもいいと。」

「それより多くのファンを獲得すればいいだけです。戦隊系のイメージにというのはどなたが言い出したのですか。」

「社長が、最初に戦隊系なんかどうか、とおっしゃったため始めたから、私が勝手に変えるわけにもいかない。」

「それは良かったです。今井さんが是非やりたいというわけではなかったのですね。」

「戦隊系はいつかは手がけてみたいとは思うけど、このユニットで絶対というわけではないけれど。」

「分かりました。」


 尚美がスマフォを取り出して電話をかけはじめた。

「明けましておめでとうございます。星野なおみです。」

「おお、星野君かね。明けましておめでとう。」

「お休みのところ大変申し訳ありません。今の番組、ご覧になっていましたか?」

「ああ見ていたよ。『トリプレット』、とても良かったよ。」

「有難うございます。今日はその話ではなくて、『ハートリングス』さんのことでお話があります。舞台袖で見ていたのですが、戦隊系のイメージはメンバーの特性と合っていないように思いました。」

「そうだね。かなり浮いていた気がするね。」

「戦隊系よりは、せっかくすごい美人のハートレッドさんがいらっしゃるのですから、ハートレッドさんを中心に古典的な可愛い系で行った方が人気が出ると思います。」

「そうだね。彼女、外見だけでなく、話し声も魅力的だからね。」

「本人たちに聞いてみたのですが、可愛い系がいいということですので、急いで方向性を変更した方が良いと思います。」

「今からかね。」

「はい。早ければ早い方がいいと思います。」

「うーん、戦隊系のイメージのユニットも欲しいところではあるが、星野君が言うことも分からないことはないな。」

「もし、戦隊系のイメージのアイドルユニットを作るならば、オーディションの段階から、そういうメンバーを選ぶべきだと思います。」

「その通りかもしれないね。今井君は戦隊ものに詳しいから、うーん。そうだ、星野君、『ハートリングス』のプロデュースをお願いしていいかな。」

「はい、喜んで。」

「おっ、少しは迷うかと思ったけど、即答だね。」

「はい、業界全体の発展のためです。」

「分かった。それじゃあ『ハートリングス』は星野君に任せよう。」

「有難うございます。」

「今井君はそこにいる?」

「はい、います。電話を代わります。」

「有難う。」


尚美が電話を今井に渡す。

「溝口社長が今井さんにお話があるそうです。」

「えっ、この電話うちの社長だったの?」

「はい。」

今井が電話を受け取る。

「溝口社長、明けましておめでとうございます。」

「ああ、おめでとう。それで、『ハートリングス』は星野君に任せようと思う。」

「とおっしゃいますと。」

「『ハートリングス』のプロデューサーは星野君にする。君は、星野君の手伝いと、もうすぐ始まるアイドルのオーディションで戦隊系イメージに合う子を探してくれ。その新しいユニットは君に任せる。」

「しょ、承知致しました。」

「まあ、気を落とさないでくれ。実際、チケットの売り上げが伸びないのも、あまり深く考えずに戦隊系のイメージなんて言った僕の責任だ。」

「そんなことはございません。」

「実は僕も、今日の番組を見ながら、何かテコ入れをしなくてはいけないと思っていたところだった。」

「さすがです。」

「さすがに、星野君が言うような可愛い系へのイメージチェンジまでは考えていなかったけどね。でも本当は、こういう話は、プロデューサーの君から言い出すべきなんだよ。」

「申し訳ありません。」

「まあ、よろしく頼む。」

「全力で頑張ります。」

「ハートレッド君と代わってくれるかな。」

「承知致しました。」


 今井がハートレッドに話しかける。

「レッドちゃん、社長からお話があるそうだ。」

「溝口社長が私にですか?」

「そうだ。」

ハートレッドがスマフォを受け取る。

「溝口社長、明けましておめでとうございます。」

「ハートレッド君かな。明けましておめでとう。それで、『ハートリングス』のプロデューサーを星野君に交代する。」

「はい?」

「心配しなくても大丈夫だから。星野君の目標はアイドルとして成功することじゃないから、本当に君たちのためになるように考えてくれる。」

「承知しました。星野なおみさんの指示に従うようにします。」

「頼んだよ。それじゃあ。」

「有難うございました。失礼します。」


 電話を切ったハートレッドが尚美にスマフォを返す。今井とハートレッドが顔を見合わせ、今井が『ハートリングス』のメンバーに向けて話し出す。

「えーと、今の電話で察したかもしれないけど、『ハートリングス』のプロデュースは星野なおみさんが担当することになった。急なことで申し訳ないが、溝口社長の決定だから覆ることはない。でも、僕も引き続きみんなをサポートするのであまり心配はいらない。」

「・・・・・・。」「・・・・・・。」「・・・・・・。」

ハートレッドが4人に話しかける。

「みんな、決まったことだから仕方がないわ。可愛い系にイメージチェンジするというし、私としてはその方がいい。だから、また力を合わせて一からやって行こう。」

「レッドがいいなら。」

「レッドやグリーンはいいけど、俺には似合わないかもしれない。」

「でも、イエローも可愛い恰好をしてみたいでしょう。」

「そりゃ、してみたくないと言えばうそになるけど。」

「ねっ、それじゃあやってみよう。ここにいる由香だってフリフリの服を着たんだよ。」

「おい!まあ俺も意外だったが、結構好評だった。」

「ね。」

「まあいいけど。」

「グリーンはもちろんいいよね。」

「うん、学校で笑われることが無くなると思う。」

「ブラックは?」

「僕の性格で大丈夫か。」

「絶対大丈夫。」

尚美が補足する。

「ブラックさんは、時々見せる笑顔がすごく可愛いので大丈夫です。ただ、いつもでなくていいので、もう少し笑顔を見せるといいと思います。」

「分かった。」

「ブラック笑ってみて。」

ブラックが固い笑顔を見せる。

「なおみさんのいう通り、本当にかわいい。」

「レッド。」

「ハートブラックさん、レッド、有難うと言ってみてください。」

「レッド有難う。」

「どういたしまして。」

3人が笑顔を見せる。

「それじゃあ、なおみさん、プロデュース、よろしくお願いします。」

「承知しました。でも、私を呼ぶときは、尚ちゃんでお願いします。」

「社長とのやり取りも聞いてしまったし、さすがにちゃん付けは難しいです。」

「そうですか。それでは、ステージの上では尚ちゃんでお願いします。」

「はい、それはまかせておいて下さい。」

「有難うございます。今井さん、2日で『ハートリングス』の方向性をまとめますので、それまでは女の子の可愛いしぐさに関する練習をお願いします。」

「承知しました。」

「この後司会者の方と撮影する写真も普段着でお願いします。投稿する写真はレッドさんが一番綺麗に見える写真でお願いします。」

「承知しました。」

「4日に溝口エイジェンシーの事務所で新しい『ハートリングス』の詳細を詰めましょう。それでは私たちはこれで失礼します。」

「お疲れさまでした。」


 3人が控室に戻ると、由香が尚美に話しかける。

「リーダー、『ハートリングス』の面倒までみるのか?」

「行き掛かり上、そうなってしまいましたが、心配しないでください。『トリプレット』には迷惑はかけません。」

「迷惑は構わないが、リーダー、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ハートレッドさんを軸に押していけば、なんとかなると思います。」

「レッド、可愛い美人だからな。」

「どういうお知り合いか聞いていいですか?」

「おう。ダンスの東京予選に出て本選にもいっしょに出た。学年は一つ下。」

「ダンスの腕前は、東京で2位ということですね?」

「結果はそうだけど、外見がプラスしたと思う。」

「由香さんの見立てでは何位ぐらいですか?」

「うーん、5位ぐらいかな。」

「東京予選は何人ぐらい出たんですか?」

「250人ぐらい。デビューしたてのリーダーよりは上手だった。」

「なるほど。それなりに上手ということですね。基本はパフォーマンスではダンスは抑え気味で優雅な雰囲気で行きますが、時々変化をつけることができそうです。」

「まあ、今なら分かるぜ、その方針。」

「リーダー、ハートブラックさんはどうするの?難しそうだけど。」

「ブラックさんはグリーンさんとコンビで、無口な女の子とそれを見守るやさしい女の子という感じにします。」

「ということは、ブルーさんとイエローさんがコンビですか?えーと、優等生とおバカのコンビか。」

「亜美、おバカは酷いだろう。」

「由香、本当のことじゃなくて、ユニット内の立ち位置としてだよ。」

「そっ、そうか。」

「はい、イエローさんには亜美さんの言う通りわざと元気におバカなことを言ってもらおうと思っています。」

「へへへへへ。」

「なんか亜美が偉そうだぜ。」

「それでは、私たちは着替えて、事務所に戻りましょう。」

「了解。俺は事務所によったらすぐに帰るけど、スキーを楽しんできてくれよ。」

「由香も、大きな声では言えないけど、お正月を二人で楽しんでね。」

「へへへへへ。」


 『トリプレット』が事務所に着くと、悟、久美の他に明日夏が待っていた。

「尚ちゃん、亜美ちゃん、由香ちゃん、お疲れ様。」

「明日夏さんは、夕方まで寝ていたんですか?」

「お正月だし。でも、尚ちゃん、なんで分かるの?」

「いかにも、今起きたばかりという顔をしていますよ。」

「へへへへへ、さすが尚ちゃん。」

悟と久美が話しかける。

「みんな、お疲れ様。振袖でのパフォーマンス、お正月らしくてすごく良かったよ。」

「由香の考えた振り付け、良かったわよ。練習したかいがあったわね。」

「有難うございます。」

「あと、尚ちゃん、さっき溝口社長から電話があって、概要は聞いた。」

「事前にご相談できなくて大変申し訳ありません。」

「その場で決まったんだって。」

「はい。」

「尚も感じたんだろうけど、ハートリンクスさん、初めて見たけど、何かしっくりきていなかったものね。」

「久美、『ハートリングス』さんだよ。尚ちゃんがプロデューサーをするんだから、お会いした時に絶対に間違えちゃだめだよ。」

「分かってるって。ハートリン・・・。」

「グスさん。」

「『ハートリングス』さんね。」

尚美がつぶやく。

「『ハートリンクス』か。君のハートに?心に?リンクスタート?接続開始?イメージチェンジするならユニット名の変更も悪くないですね。」

「それで、現場ではどんな感じだったの?」

考え込んでいる尚美に代わり、由香が話し出す。

「それが社長、出番が終わって『ハートリングス』さんのところに挨拶に行ったんですが、そこでリーダーとプロデューサーとユニットの問題点について話しているうちに、いつの間にか溝口社長と電話することになって、その電話でリーダーがプロデューサーをすることになったんですよ。」

「うん、その話は電話で聞いた。」

「俺たちは聞いていただけですけど、本当に驚いたぜ。」

「溝口社長に頼まれたとはいえ、急にプロデュースをすることになって、尚ちゃんに負荷がかかりすぎなければいいんだけれど。」

明日夏が答える。

「尚ちゃんなら大丈夫です。」

「そうだといいね。」

「もうすぐ、ミサちゃんが出るからテレビを見ないと。」

「もうそんな時間か。それじゃあ、テレビを付けよう。」


 パスカルの部屋でも、夕食を食べながらミサが出演する音楽番組を見ていた。

「私は夕食にファーストフードの牛丼を食べるのは初めて。」

「おう、俺のおごりだからどんどん食べてくれ。」

「牛丼で威張るパスカル、少し哀れ。」

「哀 プロデューサー、かな。」

「ラッキー、うまい。」

「私なんかだと牛丼でも嬉しいけど、アキちゃんは、家が恵まれているからね。」

「コッコはこういう牛丼を夕食に食べることがあるの。」

「そうだね。部活中は夕食に牛丼を食べることは結構あるよ。時間がかからないし、まとめてたくさん買うと安くなるし。」

「そうなん・・・・あっ、ミサちゃんだ。」

全員がテレビの方を見た。


「明けましておめでとうございます。大河内ミサです。今日はよろしくお願いします。」

「明けましておめでとう。今日は来てくれて有難う。それにしても、お人形さんみたいないで立ちですね。かなり驚いています。」

「そうですか。有難うございます。」

「ミサちゃん、ジーンズが多いけど、良く似合います。」

「アメリカで目立つためには、和風の衣装も必要だって、みんなが。」

「そうでした。ミサちゃん、全米デビューを控えているんでした。正式にはいつからになるんですか。」

「本格的活動は、2月18日土曜日のロスアンジェルスでのイベントからになります。」

「もうあまり時間はないんですね。是非、日本のロックを全米で響かして下さい。ミサちゃんならできると思います。」

「はい、全力で頑張ってきます。半年はアメリカを中心に活動しますが、月に1回は日本に帰ってきますので、そのときはよろしくお願いします。」

「そうですか。日本に来た時には、こちらこそお願いします。本当に覚悟を決めたというか、表情もいつもより明るく可愛いくて、絶対に成功すると思います。」

「有難うございます。こちらに来る前に、曲作りを頑張って進めていると聞いて、本当に嬉しくなっています。」

「そうなんですね。ミサちゃんな音楽が一番なんですね。」

「音楽だけということはないです。今日の夜から、明日夏や尚とスキー場に行く計画があって、しばらくは日本では遊べなくなってしまいますから、すごく楽しみにしています。」

「なるほど。失礼しました。お友達とスキー、それは楽しみですね。それにしても、女性の方だけで行くんですか。」

「はい、女の子4人で行ってきます。でも、ガードマン2名はいつもついていますけど。」

「そうなんですね。それは安心しました。是非、日本の思い出を作って、アメリカで活躍して下さい。」

「有難うございます。」

「それでは皆さん、アメリカに出陣する大河内ミサさんの歌をたっぷり聴いて下さい。」

ミサが歌い始め、途中MCを含めて5曲歌った。


 ミサが終わったところで、ラッキーがパスカルに話しかける。

「いやー、ミサちゃんの振袖、初めて見たけど、すごく似合っていたよ。」

「俺もそう思います。いつもはジーンズばかりだから新鮮だった。」

「司会者が言っていたように、表情が明るいのも良かったよ。」

「俺も、司会者の意見に賛成だ。」

「私もそう思った。」

「今日は、妹をパラダイス興行に送ったんですが、平田社長と話しているときに、振袖を着たミサさんが挨拶に来ました。すぐに帰ってしまいましたが、あいさつ回りをしていると平田社長に話していて、大変だと思いました。」

「ということは、湘南はミサちゃんの振袖を直に見たのか。」

「はい、少しの時間ですが、見ました。」

「羨ましい。」「羨ましい。」「羨ましい。」

「何で、アキさんまで?何か参考になると思ってですか。」

「そうじゃなくて、単に羨ましい。」

「そうなんですね。でも、昼からずうっとですから、本人は大変だと思います。」

「湘南、もしミサちゃんのそばにいられる仕事があったら教えてくれ。掃除でもガードマンでも命をかけてやり通す。」

「はっ、はい。」

「パスカルは無理よ。」

「アキちゃん、何で。」

「浜辺で、濃い色のサングラスをかけて女の子を見ている人と思われているから。」

「そっ、そうだった。湘南がバラすからか。」

「違うわよ。パスカル自身のせいよ。」

「まあ、そう言われればそうだけど。」

「それを聞いても、亜美さんは平気だったそうです。そう言えば、昼にドタバタして忘れていましたが、亜美さん、カメラのスタビライザーに関して教えてもらいたいことがあるみたいでした。」

「おう、何でも言ってくれ。何でもやるぜ。」

「それでは、妹経由で返事をしておきます。」

「パスカル、そんな簡単にOKして、人が良さそうに見えるから、単に利用されているだけかも知れないわよ。まあ、私が言えるセリフじゃないけど。」

「ビデオ撮影について教えるぐらいなら、大丈夫。」

「それはそうだけどね。」

「何々、アキちゃん、嫉妬しているの?」

「コッコ、違うわよ。『ユナイテッドアローズ』の活動に支障がでないかと思って。」

「アキちゃん、それは大丈夫。『ユナイテッドアローズ』が第一だから。」

「それならいいけど。」


 パラダイス興行でも、ミサの出番が終わって、明日夏が尚のところにやってきた。

「尚ちゃんって、『ハートリングス』をユニットごと乗っ取るつもりなの?」

「乗っ取る?私は『トリプレット』で満足していますよ。」

「うーん、乗っ取るというより、支配すると言えばいいのかな。それで、メンバー二人を追加する。」

「何で二人なんですか?」

「高校2年生と小学5年生かなと思って。」

尚美は「明日夏さんは相変わらず勘がいいな。」と思いながら答える。

「えーと、メンバーの追加については考えていなくもないです。」

「色は、パープルとピンクかな。」

「それはありますね。」

「可愛い後輩の尚ちゃんがお兄ちゃんのために企んでいるんだから、私にできることなら何でも手伝うよ。」

尚美は隠すのをあきらめて、明日夏に手伝ってもらうことにした。

「有難うございます。それではお言葉に甘えて、この曲に歌詞を付けてもらえますか?タイトルは、君のハートにリンク、みたいな感じで。ヘルツレコードのこともあるのでレコーディングまで行くか分かりませんが、とりあえず広報に使おうとを思います。」

明日夏が曲をワンコーラス聴いて答える。

「アイドルユニット向きの曲だね。これは、マー君が尚ちゃんたちのために作ったの?」

「はい、元は『トリプレット』のためだったんですが、採用が難しそうだったので、5人のアイドルユニットのための曲に変えてもらっていました。」

「確かに、5人向きという感じだね。ということは、今日突然起きたというわけでなくて、前々から計画していたということか。」

「えーと。」

「とりあえず、分かった。作詞は引き受ける。曲のことで相談が必要かもしれないけど、マー君に連絡していい?心配なら尚ちゃんが立ち会ってもいいけど。」

「明日夏さんが良ければ、私は大丈夫です。」

「それじゃあ、さっそく作詞に取り掛かるよ。」

「有難うございます。」

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