第36話 ライブINハワイ(前編)

 撮影の打ち上げは夕食会だった。ミサ、久美、尚美、悟、ナンシーが監督たちと同じ上座のテーブルに座っていた。そこから一番離れた会場の隅のテーブルに、誠、明日夏、亜美が座っていた。最初に監督、ミサ、久美の簡単なスピーチがあり、料理が運ばれ始めて打ち上げが始まった。明日夏たちのテーブルでは、その日、ハワイの観光をしていた明日夏と亜美がハワイの観光地に関する話をしていた。誠は一人でパソコンを見ながら食事をしていた。少しして、そのテーブルにミサがやってきた。

「明日夏、この席あいてるみたいだけど、いい?」

「もちろんいいけど、主賓がここで大丈夫?」

「監督は尚がいれば大丈夫だと思うよ。私じゃ難しい話は分からないし。誠、亜美、本当にお疲れ様。」

「お疲れ様でした。」「お疲れ様でした。」

「誠はパソコンをしながら食事?」

「はい、他にすることもなかったので。」

「明日夏、ちゃんと相手をしないとだめじゃない。」

「美香さん、明日夏さんが僕の相手をする必要は全くないと思いますので、大丈夫です。」

「そう。それじゃあ私が相手をするから、パソコンをしまって。」

「分かりました。」

「どうだった、今日の私の歌?」

「橘さんには秘密にしてほしいのですが、一曲目は美香さんの若々しくてエネルギッシュな声と、橘さんの広がって行く声とマッチしていて、すごく良かったです。」

「マー君、橘さんに秘密にしてほしいのは、若々しいというところだね。」

「その通りです。二曲目の美香さんが一人で歌った歌は、歌に内面のエネルギーがあふれていました。そうかと言って、力が入りすぎたわけでなくちょうどよかったです。」

「有難う。そうか、お腹がすいている方が力が入りすぎないでいいのかな。」

「お腹がすいていたんですか。そうだとすると、そうかも知れません。」

「ミサさん、明日夏さん、この間、二尉は私にダイエットのことで、酷いことを言ったんですよ。」

「申し訳ありません。冗談のつもりでした。」

「何、何、亜美、何て言われたの?」

「私がプロの歌手を辞めるとしたら、それはダイエットがつらくなりすぎた時って。」

「亜美ちゃん、酷いけど、当たっている気がする。」

「はい、私も当たっている気がするんです。だから酷いんです。」

「私も、写真集はもういやって感じだし。」

「本当にそうなったら、フォトショの画像修正で。」

「誠、酷い。」「マー君、酷い。」「二尉、酷い。」

そう言った後、3人が笑った。

「3連続。」

「笑えるということは、まだ余裕があるということだと思います。」

「私はそれほどないけどね。」

「明日夏さんと三佐は、今日はどこに観光に行ったんですか?三佐によると、広い心を持つためにおもちゃ屋に行くという話は聞いていましたが。」

「おもちゃ屋さんの他は、スイーツの店を二つと、」

2人が笑う。

「ミサさんも二尉も、観光の時ぐらい、食べたっていいじゃないですか。」

「まあ、そうね。」

「スイーツの店二つと、公園や海岸で散歩をしました。」

「マー君、私は海岸でサングラスはかけていないからね。」

「はい。」

「明日夏、そう言えば、今日、そのパスカルさんと会ったよ。撮影が終わった後、誠と話していた。」

「濃いサングラスをしていた?」

「していた。」

3人が笑う中、誠は再度「パスカルさん、ごめんなさい。」と念じていた。


 一方、尚たちのテーブルでは誠のことを話していた。

「それにしても、少年、すごい恰好よね。」

「何かあったら、美香さんや私の盾になるつもりみたいです。」

「誠君らしいね。」

「でも、社長も兄と近いところがあると思います。正義感が強くて、強くないのに大男に立ち向かっていくところなんかが。」

「尚、分からなくはないけど、強くないのに、は酷いんじゃない。」

「社長、申し訳ありません。悪い意味で言ったのではありません。正義感と勇気があるということです。」

「尚ちゃん、有難う。」

「悟は夏にミサを襲ったあの大男を止めようとしていたもんね。倒されても起き上がって。少年にもそんなところがありそうよね。」

「はい。これは秘密にして欲しいのですが、兄が小学5年生のときに、夏休みが始まった最初の週末に家族でキャンプに行ったのですが、テントに一泊した朝に女の人が男にさらわれそうになって、兄が騒いだおかげで助かったということがありました。そのため、兄は、犯人に蹴られて、頭をぶつけて記憶の一部を失ってしまいました。それでも、兄の携帯で犯人の写真を撮影していて、犯人逮捕の決め手になったそうです。」

「そうなの。」

「はい、夏に社長が大男に向かって行ったのを見て、夏休みの週末ということもあって、その事件を思い出していました。」

「少年は大丈夫だったの?」

「当時、私はまだ2歳だったので良く覚えていないのですが、兄に言われて親を呼びに行き、父と戻った時には、その女の人が兄を抱えて、キャンプ場の事務室に運んでいるところでした。」

「少年も大変だったけど、今は健康そうだからよかったわね。」

「はい、病院に通ったり警察に行ったりして、夏休みは棒に振ってしまいましたが、記憶を失った以外の異常はないようです。それに、同じようなことがあったら兄はまた向かっていくと思います。それで、私が護身術を身に付けようとしたんだと思います。」

「少年を守るため?」

「はい、それが一番大きいです。」

「偉いわね。」

「それほどでもありません。橘さんも、悟さんを守るためにキックボクシングを?」

「明日夏や尚や亜美や由佳なんかを守るためだけど、悟も入れていい。」

「いや、僕は放っておいていいから。もしもの時は明日夏ちゃんたちを連れて久美が逃げるように。」

「いやだ。」

「久美はこれだから。」

「社長、私もそうですから、諦めましょう。」

「分かった。事前に注意して、安全を確保するしかないか。」


 誠たちのテーブルでは、今日、明日夏たちが行った場所の話が続いていた。

「明日夏さん、おもちゃ屋さんに行って、亜美さんに広い心を持ってもらうという話ですが、どんなおもちゃを見ると心が広くなるのか想像がつかないのですが、街を作るゲームとかでしょうか?」

「おもちゃを見に行ったのではない。」

「明日夏、おもちゃ屋なのに?」

「そう。」

「それじゃあ、何を見に行ったの?」

「おもちゃを見ている男の子を。」

「・・・・・・・。」

「亜美ちゃんが、徹君に執心しすぎると思ったから、おもちゃ屋に行って、おもちゃを見ている金髪の男の子とか、肌の黒い男の子とか、世界にはいろいろな可愛い男の子がいることを知ってもらおうと思って。」

「あの、明日夏さん。こういうことが知られると日本の若い女性が世界のおもちゃ屋に入れなくなるかもしれませんので、ほどほどに。」

「分かった。でも作戦は失敗。徒労だった。」

「どうしてですか。」

「亜美ちゃん、理由を言ってあげて。」

「本当にいろいろな男の子を見ましたが、やっぱり徹君が最高でした。比べられる男の子は、世界のどこにも居ないと思います。」

「ということだ。」

「純粋と言えば純粋なんですが。」

「私も分からないことはないかな。私が小学生のとき、自分より小さな男の子がすごい好きだった。」

「小学生の時はというと、そういう性質も変わっていくということですね。」

「性質というより、その男の子が好きなだけだったんだと思う。」

「分かりました。三佐も徹君が好きなだけで、小さな男の子が好きというわけではないのかもしれませんね。アニメキャラでは、直人さんが好きということですから。」

「二尉のいう通り、小さい男の子が好きな傾向があるのは確かだが、私の異性に対する嗜好は、それだけで収まるものではないということだな。」

「亜美ちゃん、偉そうに言えることではないけどね。」

「明日夏さんも、人のことは言えないのでは。」

「まあ、そうか。マー君、パラダイス興行のことを心配している?」

「少しだけ。」

「でも、大丈夫。私や亜美ちゃんがだめになっても、尚ちゃんは溝口エイジェンシーが引き取ってくれるから、心配はいらないよ。」

「もちろん、私も尚ちゃんが来るなら大歓迎だけど。」

「何となくですが、尚はパラダイス興行にいたほうが幸せのような気がします。」

「私もそう思うというか、私もパラダイス興行にいた方が幸せなんじゃないかって思うときがあるんだ。」

「今は、ナンシーさんがいて、だいぶ楽なんじゃないですか。」

「うん、それはある。ナンシーとカラオケをすると楽しいし。」

「それに、うちの社長、いい人だけど、ミサちゃんのプロデュースはやっぱり無理だよ。特に全米デビューとか。」

「今、全米デビューに向けて、事務所とヘルツレコードで10人以上の人が専従で働いているみたいだから、そうなるのか。」

「パラダイス興行はクラブ活動の延長みたいなところがありますから、楽しんだと思います。美香さんや明日夏さんのレベルと比べることなんて全くできないですが、僕もアマチュアの『ユナイテッドアローズ』の活動がとても楽しいですし。」

「誠、私たちといるより、アキさんやユミさんといた方が楽しいの?」

「マー君は、ロリコンか。」

「そういうことではなく、自分で考えたことが実現できるからだと思います。ここでは皆さんを守ることぐらいしかできませんし。」

「そうなんだ。それじゃあ、誠、私が直した方がいいと思うところはどんなところ?誠の言う通りに直してみるから。」

誠は「正直に話した方がいいか」と思いながら話し始める。

「マリさんの歌を聴いていて思うのですが、美香さんにももう少し人の気持ちが分かる歌手になって欲しいと思います。」

「私が人の気持ちが分からないということ?」

「はい。人の気持ちが分かると、歌にもう少し暖かみみたいなものが加わると思います。」

「・・・・・・・。」

「今は若さとパワーで歌うのがいいと思いますが、ゆくゆくはということです。」

「わがままと言うこと?」

「そう見えてしまう部分もあると思います。でもやっぱり、美香さんは今まで人とあまり関わってこなかったからだと思います。これから相手の反応をよく見て、なぜそういう反応をするのか考えて、学んでいけば大丈夫だと思います。」

「・・・・・・・。」

「あと、美香さんほどの人ですから、場合によっては相手の意思を無視して、自分を押し通さなくてはいけないこともあるとは思いますが、そういうときは、おごらないで慎重に根回しをすることも必要だと思います。」

「・・・・・・明日夏もそう思う?私が人の気持ちの分からないわがままな女だって。」

「そういうところは少しあるかもしれないけど、それほどでもないよ。」

 ミサが涙を流しながら、席を立って自分の席に戻って行った。

「マー君、追わないと。」

「僕より、明日夏さん、お願いします。」

明日夏が席を立った。亜美が誠に尋ねる。

「二尉はいいのか。」

「今の美香さんは、明日夏さん、社長、尚がついているので大丈夫だと思います。美香さんにはそういうことも分かってもらえると嬉しいのですが。」

「そうだな。だが、二尉、橘さんが入っていないようだが?」

「橘さんは、こういうときに美香さんのことより、僕に何かを言うために、こっちに来てしまいそうな方ですから。」

「なるほど。」


 ミサが尚美たちの席に戻って来たが、涙を流していたので、久美が尋ねる。

「美香、どうした?」

「誠が私はわがままで人の気持ちが分からないって。」

「あいつは。ちょっと行ってくる。」

久美が席を立つ。久美と入れ替わり、明日夏が座る。

「ヒラっち、私はわがままで人の気持ちが分からないところがありますか。」

「うーん、わがままというより、少し幼いところがあると言った方が正確だと思うよ。」

「そうですか。」

「マー君も言ってたじゃない。今まで人との関りが少なかったからって。これから相手の反応をよく見て、なぜそういう反応をするのか考えて、学んでいけば大丈夫って。」

「うん、そう言ってた。」

「マー君が言いたかったことは、たぶん、引きこもっていた影響があるから、それを直しましょうということだと思うよ。」

「それなら、僕にも分かる。」

「そうか。でも今も私が誠の気持ちが分からなかったということか。」

「そうなのかもしれません。兄は美香先輩のことを大切に思っていると思います。」

「でも、女性としては好きではない。」

「女性というよりは妹みたいな感じかもしれません。」

「まあ、ミサちゃんは、尚ちゃんの妹という感じなんだろうね。」

「尚の妹。私、そんなに幼い。」

「尚ちゃんが普通の中学生より幼くないから。」

「それはそうか。ねえ、ナンシーはどう思う。」

「What!何ですか?このバーボン美味しいですねー。」

「ナンシーちゃん、だめだ。」

「それが、ナンシーさん、久美の3倍のペースで飲んでいるんだよ。」

「橘さんの3倍って、人間か?でも3倍の速度と聞くと、おー、赤くなっている。赤いナンシーだ。」

「久美、飲むですねー。」

「ナンシーさん、それは明日夏ちゃんだから。」

「監督さん、飲むですねー。」

「ナンシーさん、頂きます。」

「さすが監督さんだけのことはあるですねー。偉いですねー。」

「有難う。」


 誠と亜美のところに久美がやってきた。

「こら、少年。」

「あっ、来た。」

「何だ、亜美、来たって。」

「二尉が橘さんはミサさんを放っておいて、こっちに来ると言っていたからです。」

「そうか。それで、どういうつもりだ。」

「美香さんは、今まで人との関りが少なくて、人の気持ちが分からないところがあるから、もっと人と関わって、人の心を考えるようにしましょうと言ったんです。」

「はい、二尉はそう言っていました。」

「マリさんの歌を聴いて思うのですが、橘さんの歌も、自分の気持ちを表現するのは上手なのですが、もう少しだけ、歌を聴いている人の気持ちに寄り添って、歌うことが必要なのではないでしょうか。少し、空回りしているところがあるように聴こえます。」

「少年、ロックシンガーにはロックシンガーの道があるの。素人には分からないの。」

「でも、CDを買うのは基本的には素人ですから、その道を分かりやすく伝えることは必要です。ロックシンガーの道をやめろとは言いませんが、妥協も必要です。それに、その妥協を考えるのがプロだと思います。例えば、スマフォだって、技術者が自分たちが使いたいものを作っていたら、普通の人は使えなくなります。お金を稼げるからプロなのであって、稼げなければ、すごく上手なアマチュアになってしまいます。」

「うー、生意気な少年だ。」

「二尉も、女の子の気持ちは分からないようですけどね。」

「そうだ!そうだ!」

「はい、僕は本当に今まで女性の方との関りがなかったので、三佐の言う通りだと思います。でも、このところ急に関わるようになって、妹に恥をかかせたくないので、不要なことで失礼にならないように慎重にしています。」

「高校は男子校だったのか?」

「共学ですが、亜美さんならば分かりますよね。僕みたいな男子生徒が女子生徒と関わりがない状況は。」

「まあ。私も男子生徒との関わりはあまりないな。やはりオタクは孤立することが多い。」

「はい、アニメみたいにいかないです。」

「なるほど。」

「分かった。あまり急いでも仕方がないが。少年、美香と明日夏をよろしくな。」

「はい。分かりました。」

「少年。一杯は大丈夫だよな。」

「はい、乾杯しましょう。スパークリングワインがありますね。」

「おう、それで構わない。」

誠がスパークリングワインを二つ持ってくる。

「それでは、写真集の撮影が無事終わったことに、乾杯。」

「乾杯」

二人が飲み終わる。

「少年、なかなかいける口じゃないか。もう一杯いこう。」

「了解です。次は何を飲みますか。」

「ロックで!」

「それではバーボンのロックを取ってきます。」

誠がバーボンのロックを取ってくる。

「それでは、ロックに乾杯!」

「ロックに乾杯!」

「あの、橘さん。バーボンのロックですから、ペースが速いです。」

「少年。」

「何ですか。」

「ロックはいいぞ。」

「はい、最近ロックを作曲するために、たくさん聴いています。」

「そうか、偉いな。」

「有難うございます。『デスデーモンズ』のための曲の他に、美香さんの誕生日に曲をプレゼントするって約束をしているので。」

「それは美香がすごく喜ぶな。汚い手を使いやがって。許せん。いや、許そう。美香をしっかり受け止めてやれ。」

「言っている意味が分かりませんが、美香さんの力にはなりたいと思います。」

「まあいい。少年、もう一杯いこう。」

「分かりました。」

誠は「橘さん、ペースが速すぎるから、ロックと偽って水割りにするか。」と思いながら、バーボンを取りに行った。席に戻ると久美は寝ていた。

「橘さん、寝ていますね。」

「二尉が席を立ったら寝てしまいました。」

「三佐、社長を呼んできて頂けますか。」

「うむ。了解だが、二尉は大丈夫か。」

「はい、大丈夫であります。」

「分かった。」

少しして悟がやってきた。

「また、久美がお世話になっているようだね。」

「こちらで、スパークリングワイン1杯とバーボンのロック1杯で寝付いてしまいました。」

「まあ、向こうでボトル1本をほとんどあけていたから。」

「そうですか。それはすごいですね。」

「ナンシーさんがボトル3本開けていて、今、寝付いてしまったところ。」

「3本って・・・・」

「それでは、我々は引き上げることにしようか。久美は僕が面倒を見るから、誠君はナンシーさんの方をお願いできるかな?」

「了解です。適切な撤退指示だと思います。あの、このビニール袋、万が一の時には使ってください。それでは、明日空港でまたお会いしましょう。」

「有難う。それでは、また明日。」

 誠と亜美がミサたちのところに向かった。

「大河内さん。」

「大河内さん!?そうか、ここではそうよね。そんなことより、さっきはごめんなさい。」

「後でまたお話しましょう。橘さんが寝てしまって、僕がナンシーさんの面倒を見るように言われましたので、一度、大河内さんのホテルに向かいます。」

「有難う。分かった。」

「明日夏さん、社長がお帰りのようですので、いっしょにお願いできますか?」

「橘さんも寝てしまったのか。分かった。帰ることにするよ。それじゃあ、マー君、また明日。少し飲んでいるみたいだけど、ホテルの部屋でミサちゃんを襲っちゃだめだよ。」

「妹と亜美さんが一緒ですので、安心して下さい。」

「一応、冗談だからね。」

「分かっています。それでは、また明日。」

明日夏が悟のところに行き、悟が久美に肩を貸して帰って行った。

「それでは、ナンシーさん、帰りましょう。」

「眠いですねー。」

「ナンシーさん、ホテルに帰って寝ますよ。大河内さん、申し訳ありませんが、ナンシーさんの荷物を持ってもらえますか。尚、念のため、このビニール袋を持って。」

「誠、了解。でも、ナンシーをどうやって運ぶの?」

「僕がおんぶして運びます。」

誠とナンシーが密着するのを避けたいミサが言う。

「ううん、誠、私がおんぶする。ナンシーは私のマネージャーだから。」

「大丈夫ですか。」

「だって、誠よりは軽いでしょう。」

ミサがしまったという顔をして、尚美の方を見た。尚美はワゴン車を電話で呼んでいて、二人の話を聞いていなかったので、少しホッとして答える。

「分かりました。僕が、ナンシーさんの荷物を持ちます。」

ミサが監督に帰る挨拶をする。

「監督、撮影の件、大変有難うございました。」

「あー、マネージャーをおんぶする歌手というのも見たことがないな。写真集に入れたいぐらいだ。冗談はともかく、星野さんと原案を制作するから、できたら見てみてね。」

「はい、分かりました。それでは失礼します。」

「監督、それではまた東京で。失礼します。」

「ああ、大河内君も星野君も気を付けて。」


 ミサがナンシーをおんぶしてワゴン車まで運び、5人はミサが泊まっているホテルに向かった。

「誠、さっきは誠の話をちゃんと聞かないで席を立ってごめんなさい。」

「僕の方こそ、僭越なことを言ってしまって申し訳ないです。」

「みんなの話を聞いて、やっぱり誠が正しくて、私のために言ってくれているって分かったから。私の方こそごめんなさい。」

「いいえ。それより、これから遅れた分を取り戻して行きましょう。」

「分かった。私には分からなかったけど、少し飲んでいるの?」

「申し訳ないです。橘さんに勧められて断ることができなくて。」

「大丈夫?」

「はい、スパークリンワインとバーボンのロックが一杯ですから大丈夫です。」

「飲むと気分が大きくなったりする?」

「尚と亜美さんがいますから、心配しなくても大丈夫です。」

「そうか、いなかったら本当の誠が見れたのに。」

「誠の誠ですね。」

「誠は、すぐそういう冗談ではぐらかすのよね。」

「そういうわけではないです。」

「ふふふふふ、分かっている。誠の誠は3か月後の楽しみにするわ。」


 ホテルに到着すると、ミサがナンシーをおんぶして運び、ミサとナンシーの部屋に到着した。誠が、ナンシーの荷物を置くと、ベッドの掛け布団をあけた。

「美香さん、ナンシーさんを寝かせて下さい。」

「了解。」

ミサがナンシーをベットに寝かすと、亜美が賭け布団をかけた。

「ナンシー、良く寝ている。」

「ペットボトルとビニール袋を枕元に置いておきましょう。」

「お兄ちゃん、了解。」

「本当は、水分を取るといいのですが、ちょっと無理そうですね。メモだけ残しておきます。英語がいいか、僕の英語なら日本語の方が分かるか?」

「私が書いておくから大丈夫。」

「美香さん、夜は一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫だと思うよ。」

「溝口マネージャーは?」

「撮影現場にも来なかったけど、遊んでいるんじゃないかな。」

「なるほど。僕はすぐにこちらに来れるようにしますので、何かあったら連絡して下さい。」

「すぐこれるようにって、どうするの?」

「交通手段を確認して、服を着たまま寝ます。あと、湘南姉妹のグループ(誠、ミサ、尚美が入っているSNSのグループ)の通知音を大きくしておきます。」

「本当に。有難う。99%大丈夫だと思うけど、何かあったらお願い。」

「了解です。それでは美香さん、おやすみなさい。」

「まだ9時だけど。うん、また明日、空港で会おうね。」

「美香先輩、亜美先輩、ホテルに戻ったらSNSで連絡します。」

「そうね、じゃあまた。」

「ミサさん、また。」

「はい、また。」


 誠、尚美、亜美がホテルに戻ると、それぞれの部屋に向かった。

「尚、美香さんに何かあったことに先に尚が気づいたら、僕にも連絡して。」

「了解。それじゃあ、お兄ちゃん、おやすみなさい。」

「二尉、おやすみなさい。」

「三佐、尚、おやすみなさい。」

誠が部屋に戻ると、日本では12月25日の昼すぎで、アキPGで、アキがユミの誕生日を祝っていた。

アキ:ユミちゃんお誕生日おめでとう

パスカル:ハッピーバースデー

ラッキー:お誕生日おめでとう

マリ:ユミちゃん、お誕生日おめでとう

コッコ:11歳おめでとう

湘南:お誕生日おめでとうございます

ユミ:みなさん有難うございます。プロデューサーはハワイにいるから英語ですか。カタカナですが

パスカル:Hapy Birthday!

ユミ:プロデューサー、有難うございます。でも、Happyのpが一つ足りないです。

アキ:パスカルぅ

パスカル:ユミちゃん、さすが

マリ:プロデューサーさんはユミちゃんを試したのよ

アキ:悲しすぎるので、そういうことにしておきましょう

ユミ:皆さんに祝ってもらえるのは嬉しいですが、正直に言うと誕生日はもういいという感じです。11歳で止めたいです

コッコ:そうはいかないかな

アキ:さすがに11歳はまだまだこれからよ。私は16歳で止めたい

マリ:私は19歳に戻りたい

湘南:時間は過ぎていきますので、思い出深い11歳にするように頑張りましょう

ユミ:はい頑張ります

ラッキー:今日は本当に幸運で絶対に思い出に残るものを見たよ

アキ:何、何を見たの?

ラッキー:ミサちゃんの水着写真の撮影現場

アキ:本当に?

ラッキー:本当。妹子ちゃんが構成監督。

アキ:すごい

アキ:パスカルや湘南もいたの?

ラッキー:もちろん

パスカル:俺はラッキーさんといっしょに見ていた

ラッキー:撮影中は写真が撮れないから、撮影が終わった後の写真を送るね

コッコ:何だ湘南ちゃんは、戦場の記者みたいだぞ

湘南:スタッフは現地の人が多かったので、時給3000円で日本語が必要なアルバイトをしていました。この時は見物人の整理の仕事です

アキ:へーすごい

湘南:占有地じゃないですので、撮影中もネットにあげなければ写真撮影自体は大丈夫だったのですが、写真を撮る人はほとんどいなかったでした

ラッキー:そうだったんだ

湘南:はい。撮影している人がいたら、撮影は良いがネットにアップすると肖像権に触れるということを伝える掛りでした

ラッキー:なるほど

湘南:それでも、やっぱり撮影して欲しくはなさそうでした

ラッキー:それは理解できるから撮影はしないよ

湘南:有難うございます

アキ:でも一番騒ぎそうなパスカルが何か静かね

ラッキー:パスカル君には少しショックなことがあったからかな。でも、ミサちゃんのファンからは羨ましがられるかもしれないけど

アキ:パスカル、何があった

パスカル:ミサちゃんがナンシーちゃんといっしょに来て、この人がラッキーさんとパスカルさんって紹介してくれた

アキ:えーー、それはすごいラッキーじゃん。近くで見れたの?

パスカル:2メートルぐらいの距離で見れた

ラッキー:水着で歌っているところも30メートルぐらい離れていたけど見れた

アキ:羨ましいとしかいえない

湘南:僕はその位置から内側に入らないようにお願いする係りをしていました

アキ:それもすごい

ラッキー:それでミサちゃんの方から、パスカルさんって浜辺で濃いサングラスで視線を隠して水着を見ている方って、ナンシーに聞いていた。パスカルという名前がミサちゃんに認知されていたことになる

アキ:すごいすごい

パスカル:怒らないけどサングラスの話は湘南がしたのか

湘南:一般的注意として、浜辺では濃いサングラスをかけて女性の水着姿を見ている男性もいますという話をしたら、明日夏さんが「それはパスカルさんでしょう」って言って、僕が返答に困ってバレてしまいました。大変申し訳ありません。

ラッキー:ということは、パスカル君は明日夏ちゃんにも認知されているということか

アキ:それに性格まで認知されている

コッコ:それも正確に

ラッキー:その通りだ。それは本当にすごい

パスカル:あまり誉められている気はしません

コッコ:やっぱり少し変わっている方が認知されやすいということか

湘南:ミーアさんが買ったコッコさんの漫画の影響かもしれません

コッコ:バールと平塚か。パスカル、私に感謝しろよ

パスカル:あまり感謝できない

ラッキー:いやパスカル君、やっぱり感謝しないと。ミサちゃんや明日夏さんのほぼ全員のファンが羨ましがると思う。セローには話せない

パスカル:サングラスで女性の水着姿を隠し見ている男として思われてもですか

ラッキー:そう。それにミサちゃんも天使のような笑顔でその話をしていたから、パスカル君のことを軽蔑はしていなさそうだよ

パスカル:アキちゃんはそういう男性、どう思う?

アキ:遠くから見ている分には滑稽で面白いけど、そばには寄ってほしくない感じかな

パスカル:それはそうか

アキ:私はもう慣れたというか、底が知れているから大丈夫だけど

パスカル:有難う。でも俺はミサちゃんに好かれることはなくなった気がする

ラッキー:もともと僕たちはそういう対象じゃないから

湘南:それはラッキーさんの言う通りだと思います

パスカル:まあ、そうだな。湘南、明日はどうするんだ

湘南:撮影は大体終わったみたいですが、妹についています

アキ:三佐もいるんだっけ

湘南:妹と同室ですが何をしているか分かりません。寝ているかもしれません

アキ:そっちは夜だったわね

湘南:はい。僕ももうすぐ寝ます

ラッキー:僕たちももう少ししたらホテルに戻るか

パスカル:了解

アキ:それじゃあ、おやすみなさいか

パスカル:俺とラッキーさんはもう少しだけ飲んでいるけどな

ユミ:プロデューサー、ほどほどに

パスカル:プロのオーディション受かろうな

ユミ:はい、頑張ります

アキ:もしユミちゃんも私もいなくなったら、パスカル、どうするの

パスカル:その時考える

湘南:マリさんを本格的にプロデュースする

パスカル:確かにそれも面白そうだ

マリ:嬉しいことを言ってくれるわね。その時は頑張るわよ

パスカル:それじゃあ。グッドナイト

ユミ:おやすみなさい

アキ:Good night

コッコ:おやすみなさい

湘南:おやすみなさい

ラッキー:おやすみ

マリ:おやすみなさい


 明日夏たちもホテルに戻って、SNSで連絡を取っていた。

ミサ:ナンシーは落ち着いて寝ている

明日夏:それは良かった。橘さんも大の字になって寝ているよ

亜美:片手に一升瓶を持たせて写真を撮りたいところですね

明日夏:亜美ちゃん、ナイスアイディアだけど、一升瓶がないな

亜美:それは残念

ミサ:ところで、みんなも夕方の便で帰るんだよね

尚美:はい、その通りです

ミサ:午前中はあいている?

尚美:はい、あいています。

ミサ:それじゃあ、うちのホテルの前の海岸で遊ばない?人はいない方だと思うよ

尚美:そうですね。その後ランチをして空港に向かえばいいですね

明日夏:賛成だけど、ミサちゃん、ゆっくり遊ぼうね

ミサ:分かっている。時間もないし、水泳とビーチバレーとダンスぐらい

明日夏:そんなことだから、ミサちゃんはマー君に人の気持ちが分からないって言われるんだよ

ミサ:ごめん。分かった。どれをやめようか

明日夏:分かっていない

尚美:細かいことは明日考えましょう。私も賛成です

亜美:私も他にすることがないので賛成です

ミサ:それじゃあ決まり。明日の朝、8時に集合

亜美:了解です

明日夏:分かった。橘さんを誘ってみる

尚美:了解ですが、兄が警護のためについて来ると思いますので、ホテルのロビーのこちらがあまり見えない位置で待っているように言います

亜美:リーダー、二尉は犬じゃないんですから、そんなことを言ってはいけません

尚美:亜美さん、有難うございます。でも、兄はパソコンがあればロビーでいくらでも待っていられると思います

亜美:一人でロビーでパソコンを使っているのは可愛そうな気がして。私は二尉と海で遊んでも大丈夫です

ミサ:私も大丈夫というより、是非来て欲しい

明日夏:私は社長が来るならいいけど

亜美:それでは社長も呼びましょう

明日夏:社長と橘さんの邪魔をしないようにしないと

亜美:もっと積極的に行きましょう

明日夏:どうするの?

亜美:社長が橘さんの背中に日焼け止めを塗るようにしましょう

明日夏:社長が遠慮しそうだけど

亜美:日焼け止めを塗るときに、社長と橘さんの二人にすれば

明日夏:どうやって?

亜美:二尉が塗るのが上手だからと言って、明日夏さんとミサさんの背中に日焼け止めを塗るために、別のところに行く

明日夏:亜美ちゃんは何を言っているの?

亜美:だって本当に二尉と社長が一番上手だと思いますよ。こういうことは

明日夏:それはそうだろうけど

亜美:10億円の体のミサさんですから、二尉に塗ってもらうのがいいと思います

ミサ:10億円はともかく、私はもちろんいいよ

明日夏:1億円の亜美ちゃんはどうするの?

亜美:私はリーダーに塗ってもらいます。浮気するわけにはいきません

明日夏:私も尚ちゃんに塗ってもらおうかな

尚美:了解です

明日夏:尚ちゃんはマー君に塗ってもらった方がいいかな。やっぱり、マー君、社長、尚ちゃん以外はちゃんと塗れないかもしれない

ミサ:明日夏、酷いとは言わない。3人と違うのは分かっている

亜美:明日夏さんの言う通りですね。リーダーも二尉に塗ってもらってください

尚美:分かりました

亜美:それでは、リーダーは二尉、明日夏さんは橘さんと社長さんに連絡して下さい

尚美:了解です

明日夏:でも、マー君の方が尚ちゃんより手が大きいから、私もマー君の方がいいかな

亜美:明日までに考えておいてください

明日夏:ダコール


 尚美が誠のことを考えてくれた同室の亜美に感謝の言葉をかける。

「亜美先輩、今から兄に聞いてきますが、亜美先輩、兄を誘うことを提案してくれて有難うございます。」

亜美は「二尉がミサさんの相手をしてくれれば、体力的に私の負担が減る」と考えながら答える。

「二尉には、ビデオ撮影のこととか、お世話になっていますので当然です。」

「有難うございます。それでは行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

尚美が部屋を出て、兄の部屋に向かった。

「お兄ちゃんは、明日、空港へ向かうのは午後でいいから、それまでどうするの?」

「尚の近くにいるつもりだけど、尚はどうするの?」

「美香先輩の撮影は終わったし、美香先輩のホテルの前のビーチで明日夏さんたちと遊ぶ予定。」

「分かった。ハワイは州の法律でプライベートビーチが禁止されていて、誰が入ってくるか分からないから、あたりを警戒している。」

「みんなは、お兄ちゃんにもいっしょにビーチに遊びに来て欲しそうだけど。」

「それはさすがに遠慮しておくよ。男性がいっしょの写真があるといろいろまずそうだし。」

「それはスタッフだと言えば大丈夫だと思う。」

「今回は本当に溝口エイジェンシーのスタッフだけど、用心するに越したことはない。」

「そう、分かった。」


 尚美が明日夏やミサたちに連絡する。

尚美:お兄ちゃん、ハワイはプライベートビーチが禁止のため、明日は私たちが遊んでいるあたりを警戒しているそうです

ミサ:せっかくハワイにいるのに、誠も海で遊べばいいのに

明日夏:マー君ならそう言うだろうね。橘さんはかなり酔っていたけど、明日は参加するって言っている。社長はホテルのロビーの喫茶店で音楽を聴いているって

ミサ:ヒラっちが音楽を好きなのは知っているけど

明日夏:ミサちゃん、社長の場合、本当は魔法少女アニメを見ているかもしれないけど

亜美:私に社長と二尉がビーチで遊ぶようにするいい方法があります

明日夏:亜美ちゃんに?

亜美:何でもできるリーダーですが、二尉のことだけは要領が悪いですから

明日夏:亜美ちゃん、大した自信だね。それならお手並み拝見と行こうか

ミサ:亜美、とりあえずやってみて

亜美:分かりました


 亜美が誠に連絡をする。

ミーア:二尉、救援任務だ。

湘南:三佐、承知しました。誰をお助けすればよろしいでしょうか

ミーア:平田社長だ。明日、明日夏さんたちと海岸で遊ぶのに付き合うのだが、男性一人では不安だから、二尉も参加して欲しいとのことだ

誠は「目標の分散か。それとも・・・」と思いながらも「お世話になっているから仕方がないか」と思い、答えた

湘南:困難な任務になりそうですが、平田社長のために喜んで任務に就きます

ミーア:感謝する。もちろん私も随時支援する

湘南:有難うございます

ミーア:社長にはこちらから連絡しておく

湘南:承知しました。三佐、ビーチパラソルやビーチベットの手配は?

ミーア:今決まった話なので何も考えていないと思う

湘南:それならちょっと待ってて下さい。ネットでできるようなら手配します

ミーア:分かった

湘南:念のため8人分手配しました。情報を送ります

ミーア:さすがだな。二尉も水着を忘れないように

湘南:了解です


 亜美が悟に連絡をする。

亜美:社長、リーダーのお兄さんからのお願いなのですが

悟:誠君から。何だい?

亜美:明日、リーダーたちが海岸で遊ぶのに付き合うようで、男性一人だと問題が生じる可能性があるため、社長にも来てほしいということです

悟:明日夏が言っていた話か。尚ちゃんが行くなら誠君は安全のために付き合いそうだね

亜美:その通りです

悟:分かった。誠君がいるなら参加することにするよ

亜美:有難うございます。リーダーのお兄さんにも伝えておきます

悟:有難う


 亜美がいまのやり取りをスクリーンショットで撮って、明日夏たちとのSNSに送った。

亜美:ほら簡単でしょう

ミサ:亜美、すごい

明日夏:ごめん、亜美ちゃんを少し甘く見ていた

亜美:でも、こんなの小学5年生のユミちゃんだってできますよ

ミサ:私たちは小学5年生以下ということか

明日夏:私もそうなるのか

久美:亜美

亜美:橘さん何ですか

久美:何だか忘れた。ははははは

明日夏:橘さん、ボトルを1本ぐらいあけていましたから。大丈夫ですか?

久美:いま、少し寝たから大丈夫だ。ナンシーは3本あけていた。アメリカに戦争で負けるわけだ

明日夏:何の戦争ですか

亜美:念のため、明日の最初のうちは社長とリーダーのお兄さんを話させないようにして下さい。後でバレたら、みんなで頭を掻いてごまかしましょう

ミサ:分かった

亜美:それでは、リーダーのお兄さんの担当がリーダー、ミサさん、明日夏さん、社長の担当が橘さんと私にしようと思います

ミサ:了解

明日夏:了解

亜美:リーダー、静かですが大丈夫ですか?

尚美:はい大丈夫です

亜美:お兄さんがこんなに簡単に私の話に乗ってしまうのが不満なんですか

尚美:そういうわけでもないですが

亜美:大丈夫です。お兄さんも薄々嘘だと分かっていると思います。でも、嘘じゃないかもしれないから、とりあえずOKしたんだと思います

尚美:亜美先輩は、そこまで考えて言ったんですね

亜美:はい。リーダーのお兄さん、いい人ですし、後で嘘と分かっても害はないので笑ってくれると思います

尚美:亜美先輩の言う通りかもしれません

亜美:このぐらいのこと、普段はリーダーもやっていますが、お兄さんだからできないんだと思います

尚美:私が?そうなんでしょうか。まあそうかもしれませんが

ミサ:二人ともいいじゃない。何も誠やヒラっちを取って食おうというわけじゃないんだから、みんなで楽しもう

久美:美香

ミサ:何ですか?

久美:それじゃあロックシンガーとして失格だ

ミサ:何でですか

久美:ちゃんと少年を取って食うことを考えないと

ミサ:そっ、そうですね。久美先輩、分かりました

明日夏:ミサちゃん、それは分かっちゃだめだよ。橘さんはそういうことを言うなら、社長を取って食うことをちゃんと考えて下さい

久美:悟がその気になれば相手に困らないから、心配はいらないわよ。悟の場合はその気にならないことが問題

明日夏:やっぱりマー君が言うことが正しいのか

ミサ:人の気持ちが分からないということ?でも、誠の気持ちなんていくら考えても分からないよ

明日夏:それは私もそうだけどさ

久美:私は絶対に人の気持ちなんて考えない

明日夏:いえ、橘さん、少しは考えましょう

久美:考えない

明日夏:橘さんと10年間もやってきた社長はもしかすると聖人なのか

久美:それは正しいな。ははははは

亜美:あの、いろいろあると思いますが明日は海で楽しみましょう

明日夏:それは亜美ちゃんの言う通りか


 次の日の朝、誠、尚美、亜美がミサとナンシーが泊まっているホテルに到着すると、計画通り、亜美が先に来ていた社長の方に向かい、ミサと明日夏が誠と尚美の方にやってきた。

「誠、尚、お早う。」

「マー君、尚ちゃん、お早う。」

「美香先輩、明日夏先輩、お早うございます。」

「美香さん、明日夏さん、お早うございます。美香さん、ナンシーさんは大丈夫ですか?」

「まだ二日酔いで寝ているけれど、大丈夫そう。それより、誠、こっちから海と砂浜が見えるよ。来て来て。奇麗だから。」

「はい。」

「ね、奇麗でしょう。」

「岩とかがなくて、整備された浜辺のようですから、怪我の心配が少なそうです。」

「ミサちゃん、今日の水着はどんな感じ?昨日の撮影で着ていたもの?」

「あれは撮影用の水着だった。今日は自分の水着。」

「布の面積は?」

「布の面積って?」

「水着の布の面積。肌の露出度を表す。」

「昨日の水着と違って、水着に飾りが付いていないから、布の面積は小さいと思う。」

「露出度は大きいの?」

「そういうことになるのかな。」

「露出度が大きい水着を着るのはマー君のため?」

「うーん、誠がいいと思ってくれるなら嬉しい。」

「マー君、男性として、飾りが付いて露出度が小さい水着と、シンプルで露出度が大きい水着とどっちがいいものなの?」

「あの、答えなくてはいけないでしょうか。」

「いけない。」「参考のために聞きたい。」

「明日夏さんは飾り付きで、美香さんはシンプルな方だと思います。」

「私は飾りでごまかせということか。」

「いえ、その方が可愛くて似合っているということです。」

「私は可愛くないということ?」

「もちろん、すごく可愛いですが、僕の中での美香さんの外見での良さは、野性味あふれるカッコ良さですので。」

「本当に!それじゃあ楽しみにしていて。」

「ミサちゃんの水着、マー君の好みのようだから、サングラスで視線を隠さなくても、ゆっくりミサちゃんの水着姿を見てもいいよね。」

「もちろん、誠ならいいけど。」

「ミサちゃんがいいって、嬉しいか?」

「あの、答えなくてはいけないでしょうか。」

「こういうときは素直に喜ばないとだめだぞ。」

「明日夏さん。明日夏さんは美香さんと別の方向で、橘さんのダークサイドの影響を受けていませんか。」

「そうかな。で、どうなんだ。」

「美香さんの水着姿、すごく楽しみです。」

「誠、何かわざとらしい。」

「妹がいますので、あまり恥ずかしいことは言えません。」

「だから安心と言えば安心なんだけど。ところで、マー君って泳げるの?」

「少しだけですが。」

「それじゃあ私と勝負できるね。ミサちゃんは速すぎて全然勝負にならないけど。」

「明日夏さんが水泳で勝負ですか・・・。明日夏さんがそういうことを言うとは考えにくいのですが・・・。美香さんも美香さんらしくなくて、何かあるのですか?」

「マー君、考えすぎだよ。でも、ハワイの陽気で私も少しおかしくなったのかもしれない。」

「私もね。誠、すごいカッコいい。」

「さっきから、僕を平田社長から引き離そうとしているみたいですが。」

「それはマー君の思い過ごしだよ。」

「そうそう、そのシャツ、誠にすごく似合っている。」

「お兄ちゃん、ごめんなさい。亜美先輩の言ったことには少し嘘があって。」

「尚ちゃん!」「尚!」

「みんな、社長と橘さんがいっしょに海で遊ぶようにしたいと思っているんだけど、男性一人では社長が来ないから。」

「なるほど、僕はその当て馬ということなんだね。」

「そういうことになるかもしれない。でも、私は本当にお兄ちゃんと海で遊びたいから。」

「大丈夫、尚。そういうことなら、ちゃんと当て馬役を演じるよ。」

「お兄ちゃん、ごめんなさい。でも有難う。」

「誠、ごめんなさい。でも私も、誠が海でリラックスして欲しいと思ってる。」

「マー君、有難う。でも私も、マー君を海でいじめたいと思っている。」

「みなさん、無理しているようで心配だったのですが、理由が分かって良かったでした。それでは、社長さんのところに行きましょう。」

「お兄ちゃん、有難う。」「やっぱり変だったか。」「そう言われても仕方がない。」


 誠と尚美が悟のところに向かう。

「平田社長、付き合わせてしまって大変申し訳ありません。」

「まあ、たまにはこういうのもいいかな。」

「男性2対女性5ですが、頑張っていきましょう。」

「うちの女性陣は普通の女性よりずっとパワフルだから気を付けようね。」

「はい、覚悟はしています。」

「悟、パワフルって誰のこと。」

「それは、女性陣のことだよ。」

「はい、女性陣全員だと思います。」

「悟、こっちは5人いるから覚悟しなさい。」

「久美一人にも勝てないと思っているから大丈夫。」

「はい、橘さん一人に二人掛りでも勝てないですので、無理はしないです。」

「何だ、二人、仲がいいな。」

「協力しないと大変なことになりそうだからだよ。」

「弱いものは群れるのが原則です。」

「そうか。」


 亜美が少し離れた明日夏とミサに話しかける。

「もしかして、嘘がバレたんですか?」

「ミサちゃんが、自分の布の面積が少ない水着で喜んでくれると嬉しいなんて言うから。」

「それより、明日夏が水泳で競争しようと言うからだよ。」

「なるほど。それは両方とも不自然すぎますから、100%バレると思います。」

「それで尚ちゃんが、マー君は社長と橘さんを海でいっしょにするための当て馬だったと、少し修正した嘘をついた。」

「それで、今は誠が当て馬の役を演じている。」

「なるほど、そっちの方が二尉は信じますね。さすがリーダーです。」

「いやー、実際ひやひやしたよ。」

「私も。」

「兄は私の嘘も分かっているかもしれませんが、大丈夫だと思います。みんなで海に行きましょう。」

「マー君、尚ちゃんに恥はかかせないだろうからね。」「そうですね。」


 ミサたちが尚美たちのところに行く。

「それでは、みなさん、私の部屋に行って着替えましょう。」

「それじゃあ、尚、行ってらっしゃい。」

「お兄ちゃんたちはどうするの?」

「海岸に着替えられそうなところがあるから。」

「そうだね。僕たちはそれで十分。」

「誠、ヒラっち、何か盗まれたら大変だから、私の部屋に来てください。」

「と言われても。」

「スイートルームなので、女性はナンシーの部屋で、男性は私の部屋で着替えれば大丈夫です。」

「扉は開けないにしても、音とかが聞こえますし。」

「マー君、音が聞こえるなんて『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの前にしたことに比べれば大したことじゃないよ。」

「・・・・・・・」

「明日夏先輩、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの前って何ですか?」

「あっ、尚ちゃん!えーと、ほら、何だ、この前、温泉でイヤフォンを使って会話したじゃない。マー君とパスカルさんが背中を流しているのを聞いたりした。」

「それは確か『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの2週間前だったと思いますが、そういうことですか。」

「うん。その間、あまり何もなかったから。とりあえず、音が聞こえるなんて関係ないということ。だからマー君行こう。」

「わっ、分かりました。」

尚美と亜美以外の全員が明日夏と尚美の会話で、ワンマンライブの練習後に道玄坂のホテルに行ったことがバレないか、気が気ではなかった。それで、誠はとっさにOKしてしまった。7人全員がエレベータで上がり、ミサの部屋に向かった。部屋に入るとナンシーに挨拶をするために、ナンシーの部屋に向かった。

「ナンシー、大丈夫?」「さすがのナンシーも、ボトル3本は無理か。」

「大丈夫ですねー。うっ、」

「ナンシーさん、久美には良く効く二日酔いの薬を持っていますので飲みますか。」

「平田社長さん、有難うですねー。」

「水分補給用にスポーツドリンクを持ってきていますので、どうぞ。」

「湘南さん、有難うですねー。」

みんなが心配そうに見守る中、ナンシーが二日酔いの薬と、スポーツドリンクを飲んだ。ナンシーが少し落ち着いたところで、ミサが言う。

「それじゃあ、着替えて海に行こう。申し訳ないけど、誠、ヒラっち、男性は向こうの部屋で着替えて。」

「了解。それじゃあ、誠君、行こうか。」「はい。」

「ダメですねー。みんな一緒の部屋で着替えるですねー。」

「さすがナンシーさん、だいぶ元気になったみたいで、良かったです。」

「みんな、仲間ですねー。」

「ナンシーさん、日本のことわざですが、親しき中にも礼儀あり、です。」

「湘南さん、アメリカでは親しき中には礼儀なし、ですねー。郷に入っては郷に従えですねー。」

「アメリカにもそんなことわざはないと思います。」

「No frank、no friend ですねー。」

「勝手にことわざを作らないでください。でも、なかなかいい言葉だと思います。」

「有難うですねー。だから一緒に着替えるですねー。」

「とりあえず、中高生がいますので。」

「悪いが、私の場合、小学男子なら着替えを手伝いたいぐらいだが、成人男性とは気が進まない。」

誠は「そっちはそっちで危険だな」と思いながらも答える。

「ですので、無理です。」

「しょうがないですねー。それでは、後でミサたちの背中に日焼け止めを塗るですねー。」

話していても仕方がないので、誠はOKすることにした。

「分かりました。本人が良ければ良いです。」

「では、そういうことにするですねー。それでは別れて着替えるですねー。」

「ナンシーさんも海で遊ぶんですか?」

「仲間外れは酷いですねー。」

「あっ、いえ、ビーチパラソルやビーチベッドは8人分予約してありますから大丈夫ですが、ナンシーさんの体調は大丈夫ですか。」

「心配有難うですねー。でも、大丈夫ですねー。」

「さすがです。」

「ロックシンガーは伊達ではないんですねー。」

「さすが、ナンシー、いいことを言うわね。」

「有難うですねー。」

「分かりました。それではまた後で。」

「また、後でですねー。」


 部屋を別れて着替え始めた。

「ナンシーさんが復活して、2対6になってしまいました。」

「うん。二日酔いの薬とスポーツドリンクが仇となったか。さらに劣勢になったね。」

「とりあえず、ナンシーさんは僕が防ぎますので、社長さんは橘さんをお願いします。」

「頑張ってはみるよ。」

「お願いします。」

誠と悟が水着に着替えた後、日焼け止めを背中に先に塗ることにした。

「社長、先に背中に日焼け止めを塗ってしまいましょう。」

「そうだね。後でどうなるか分からないからね。」

誠と悟がお互いの背中に日焼け止めを塗り、その後、自分で他の部分を塗った。そして、浜辺に行くための荷物をまとめていた。

「ビーチパラソル、ビーチベッドは業者でレンタルしてあるからいいけど、保冷バッグに氷と飲み物を買い足さないと。後は防水バッグかな。」


 ナンシーを先頭に水着に着替えた久美以外の女性陣が出てきた。何となく、誠と悟は目を伏せた。

「ミサ、明日夏さん、星野さん、私の背中には湘南さんが日焼け止めを塗るですねー。橘さんには向こうの部屋で平田社長さんが塗るですねー。亜美さんは私が塗るですねー。」

「二尉、二尉がいやというわけではないのだが、小学生の男の子以外に触られるのは、ショタコンとして裏切りな気がして。」

「三佐、はい、その感覚、分からないこともないですので、僕は全く構わないです。」

「それでは平田社長はあっちの部屋にいくですねー。」

「社長、引き離されてしまいました。」

「仕方がない。誠君、頑張って。」

「はい。」

悟が久美がいる部屋に移動した。尚美が誠に顔を近づけて小声で言う。

「お兄ちゃん、これも社長と橘さんを二人にして、社長が橘さんの背中に日焼け止めを塗るようにするためだから、お願い。」

「尚は妹だからいいですが、明日夏さんや美香さんは、本当に大丈夫ですか?」

「歌詞を書くための経験だよ。尚ちゃんがいるときのマー君は安全だし。」

「私も歌を歌うときの経験。私は尚がいなくても信用しているよ。」

「私は、湘南さんなら全身を塗ってもらってもいいですねー。」

「ナンシー。」「ナンシーちゃん、ここでそういう冗談は。」

「ナンシーさんは歌もドラムも上手なミュージシャンなんですから、そういう冗談は控えましょう。」

「まあ、いいですねー。順番はじゃんけんで決めたですねー。私、ミサ、星野さん、明日夏さんの順番でお願いするですねー。」

「分かりました。塗り方はネットで調べておきました。」

「湘南さん、実はやる気満々だったですねー。」

「万が一の事態を想定してです。塗が不完全だと大変なことになりますから。」

「ミサは10億円のボディーですねー。」

「ナンシー、お願いだからやめてよ、人の価値をお金で言うの。」

「この業界だと仕方がないんですねー。」

「美香さんの体は一つしかなくて、プライスレスです。」

「誠、有難う。誠も一人しかいないんだから、無茶は駄目よ。」

「はい。それではナンシーさんから始めますが、ナンシーさん、絶対に変なことを言わないでください。中学生もいるんですから、分かっていますよね。」

「分かっているですね。」

「それでは手を頭の方に。」

「分かったですねー。」

誠がナンシーの背中に日焼け止めを塗る。

「あー、湘南さん、あー、湘南さん、ですねー。」

「ですから静かに。」

日焼け止めを塗り終わった。

「有難うですねー。」

ちゃんと日焼け止めが塗れているか、明日夏が確認する。

「うん、さすがマー君、ちゃんと塗れている。」

「明日夏さん、いやらしいですねー。」

「ナンシーちゃん、漢字が違うよ!」

「アメリカ人には漢字が、よく分からないですねー。」

「ナンシーちゃん、同人誌をあれだけ読んでいて、何を今さら。」

「明日夏さんも、わざと言ったですねー?」

「違う。言った瞬間に、しまったとは思ったけど。」

「ナンシーさんは、同人誌を良く読むんですか?」

「日本のエロ同人誌、面白いですねー。」

「でも、ナンシーちゃん、公ではエロ同人誌のようなことを言ってはだめだよ。」

「分かったですねー。でも、湘南さんは女性を満足させるテクニシャンですねー。」

「日焼け止めを塗ることに関してです。」

「確かにマー君はテクニシャンで、何でも一生懸命に取り組むからねえ。もしマー君がミサちゃんと付き合ったら、橘さんが言うように寿命を縮めそうだ。」

「久美先輩にも言ったけど、明日夏、誠と付き合うようになったら、誠の健康はちゃんと管理する。まかせて。」

「マー君、ミサちゃんの体力のすごさは、浜辺に行けば分かるから楽しみに。」

「分かりました。ただ、ここには妹や亜美さんがいるので、とりあえず橘さんが喜びそうな話は止めておきましょう。」

「ダコール。」

隣の部屋から声がした。

「少年、私が喜ぶ話だって?」

「橘さん、音楽の話です。それでは作業を続けます。次は美香さんです。」

「マー君、冷静だね。」

「はい、さっきから自分は美容師と言い聞かせていますから。」

「なるほど。」

ナンシーが朝食代わりにバナナを食べ始めた。ミサがソファーにうつ伏せになり、誠が日焼け止めを塗り始める。ミサの口から声が漏れる。

「はうっ。」

「すみません。」

「ごめんなさい。」

「ミサちゃん、変な声は我慢しないと、はしたないからね。」

「ごめん、明日夏。誠、大丈夫だから続けて。」

「はい。」

誠が作業を再開する。

「はうっ。」

「すみません。」

「ごっ、ごめんなさい。誠、つづけて。」

ナンシーがバナナを食べながら言う。

「ミサの(もぐもぐ)は背中にもあるですねー。」

「ナンシーちゃんもバナナを食べながら喋らない。」

「でも、湘南さん、私の時よりも丁寧ですねー。」

「失礼なことは分かっていますが、10億円は僕の生涯年収の3倍ぐらいですし、ミスは絶対にできないなと思ってしまって。でも、ナンシーさんもちゃんとチェックはしましたから大丈夫だと思います。」

「まあ、分かるですねー。」

「はうっ。」

「ミサちゃん!」

「ミサは湘南さんを誘惑しているですかねー。」

「だって。」

誠が日焼け止めを塗り終わり、そのチェックも終えた。

「お疲れ様。日焼け止めの塗りとチェックを終えました。」

「あっ、有難う。」

「ミサちゃん、歌の参考になった?」

「今までに経験したことがない恥ずかしさだった。」

「いい思い出になるですねー。」

「そうだといいけど。」

「次は尚の番だっけ?」

「そう。」

誠がつぶやく。

「僕は美容師。僕は美容師。僕は美容師。僕は美容師。僕は美容師。」

「さすがの湘南さんも、だんだんと限界に近づいてきたですねー。面白いですねー。」

「ナンシーちゃん、面白がっちゃだめだよ。」

尚美がソファーに横たわった。

「尚、それでは始めるよ。」

「了解、お兄ちゃん。変な声は出さないから、安心して。」

「了解。」

誠が無事に尚美に日焼け止めを塗り終わる。

「尚ちゃん、声を出さないと言っても、口を両手で押さえている方が、何か危ないよ。」

「明日夏先輩、念のためです。ここで変な声を出すと、兄の立場がなくなりそうで。」

「ごめんなさい。尚、大丈夫だった?」

「もちろん、自分で決めたことだし。お兄ちゃん、塗ってくれて有難う。」

「どういたしまして。それでは、次は明日夏さんですが、大丈夫ですか。」

「ダコール。前の2人と違って余裕があるところを見せてあげよう。」

「明日夏さんは経験者ですねー?」

「その通り。小学2年生の時だけど。」

「塗ったのは男性ですねー?」

「小学2年生の男子だ。」

「明日夏さん、それは羨ましいです。私も本当は徹君に塗ってもらいたいです。」

「亜美ちゃん、それとはちょっと違うぞ。」

「そうでしょうか。」

「そうです。」


 明日夏が余裕を見せてソファーに向かうが、足を滑らして誠の方に倒れかかる。誠が転ぶのを防ごうとして両手で明日夏を支えて明日夏は転ばなかったが、誠の左手が明日夏の胸を掴んでしまった。それが分かった明日夏がソファーに座る格好になっていた誠の首を締める。

「どこを触っとるんじゃー。」

「すっ、すみません。」

ミサが力ずくで誠の首から明日夏の手を離す。

「やめて、明日夏。明日夏から誠に倒れかかったようにしか見えなかったけど。」

「いや、そうだった。なぜか足が滑った。」

「怪我はないですか?」

「マー君が受け止めてくれたから、ないけど。」

大声を聞いて久美と悟がやってきた。

「少年、何があった?」

「明日夏が足を滑らせて誠の方に倒れかかって、誠が転ばないように支えたら、誠の手が明日夏の胸に触っただけです。誠は何も悪くはありません。」

「内なる明日夏さんが湘南さんを襲ったですねー。」

「何、明日夏も少年を襲うの?」

「違います。滑った理由が分かりました。こんなところにバナナの皮が落ちている。って、ナンシーちゃんがここに落としたんでしょう。」

「バナナの皮で転ぶ人を初めて見たですねー。」

「ナンシーさん、転ぶのはすごく危険なことですので、人を転ばすようなことは絶対に止めて下さい。」

「分かったですねー。湘南さん、ちょっと怖いですねー。」

「アメリカのことは分かりませんが、日本で転倒して亡くなる方は、お年寄りを中心に8、000人を超えています。」

「本当ですかねー。」

誠がタブレットを検索してデーターを見せる。

「2020年で8、851人の人が死んでいるですねー。交通事故より多いですねー。分かったですねー。もうしないですねー。」

「有難うございます。」

「橘さん、明日夏『も』って言ってましたけど、橘さんもマー君を襲ってはいけませんよ。」

「明日夏、私じゃないわよ。昨日、美香が少年に倒れかかって、少年の手が美香の胸を掴んで、美香が少年を殴ったら、尚が美香のことをバカ女と罵倒したという事件があったのよ。もう、みんな仲直りしたけど。」

「おー。昨日、そんな修羅場があったんですね。それでミサちゃんはわざと転んだの?」

「ケーブルに足が引っ掛かったからだけど。その前に誠がケーブルのことを注意していたのに、私がバカだから引っかかって。悪いのは100%私。でも、倒れた時は誰が何の理由で掴んでいるか分からなくて、払おうとしたら、誠と気が付いて緩めたんだけど、手が誠の顔に当たってしまって。」

「後ろにコンクリートブロックの尖ったところがあったので、美香さんを反対側に押そうとして、そうなってしまいました。でも、殴られそうになったときの美香さんは本当に怖い顔をしていて、『あー、これは死んだな。』と思いました。ははははは。」

「・・・・・・」

「でも、誠君、ミサちゃんの怖い顔も綺麗だった?」

「あっ、社長、そうですね。有難うございます。はい、今まで見た美香さんの顔の中では一番綺麗でした。」

「マー君はMか。」

「違うと思いますけど。ただ次のコミケで、コッコさんが僕とマリさんをモデルに、僕が鞭で打たれているイラストを出すと言っていましたから、他の人からはそう見えるのかもしれません。」

「おー、それはコッコさん、さすがというところか。」

「明日夏さん、コミケに買いに行きましょうか。」

「亜美ちゃん、私も行きたいけど、さすがにワンマンライブの前だから。亜美ちゃんも、年末は忙しんじゃないの。」

「そうなんですよ。リーダーの人気のおかげで、年末は12月に決まった『トリプレット』の出演が結構あって。」

「あまり気は進みませんが、必要なら、コッコさんにお願いして買っておきますが。」

「そうか。だが二尉、コッコさんなら自分で頼めるから大丈夫だ。」

「承知しました。」

「それで湘南さん、昨日と今日で、右手はミサ、左手は明日夏さんの胸を掴んだですねー。どっちが良かったですかねー。」

「・・・・・・・両方とも最高でした。昨日と今日で僕の一生分の運を使い果たしたんじゃないかと思っています。」

「・・・・・・」「・・・・・・」

「良くわからんが、少年、二股は許さんぞ。」

「はい、二人の場合、蹴られて落ちるのは三途の川ですから。」

「ははははは、そうかもな。」

「あの明日夏さん、それで日焼け止め、どうしますか。」

「・・・・まあ、塗ってくれ。」

「はい。」

「こっ、これが、背中に日焼け止めを塗られる感覚か。少しくすぐったいが、なんて表現したらいいんだろう。」

「明日夏さんは作詞家志望なんですから、それを考えるのが仕事です。」

「作曲家としてはどんなメロディーを付ける。」

「やっぱり、期待感と恥ずかしさを込める感じでしょうか。塗り終わりました。」

「なるほど。期待感と恥ずかしさか。有難う。」

「これで、僕の担当は終わりです。」

「それでは、亜美さん、こっちに来るですねー。」

「ごめんなさい、やっぱりこの仲では社長か二尉が一番安全な気がしますので、二尉にお願いします。」

「亜美さんは、私を信用してくれないですかねー。」

「はい。二尉は変なところを触ったりしないですし、一番上手そうです。」

「三佐、承知しました。」

「まあ、それが正しい判断と思うですねー。」

「ナンシーちゃん、自分で言うか。」

誠が亜美の背中に日焼け止めを塗り始める。

「二尉、徹君たちとは今年の夏に海で知り合ったという話だな。」

「はい、伊豆でユミさんが徹君の世話をしながら僕たちがビーチボールをするのを見ていたので、アキさんが声をかけました。」

「なるほど。徹君たちは今年も海に行くと思うか。」

「はい、行く可能性は高いと思います。」

「では、いっしょに行くときは連れて行ってくれ。」

「了解ですが、お仕事は?」

「伊豆なら、始発の新幹線とタクシーで日帰りでも参加する。」

「分かりました。その際にはお声がけ致します。」

「頼む。」

「三佐、日焼け止めを塗り終わりました。」

「うむ、感謝する。」


 その後、各自自分の背中以外に日焼け止めを塗り、Tシャツ、短パン、ガウン、パーカーなどを身に着けた後、海に向けて出発した。

「湘南さん、お疲れですねー。」

「精神的な疲れと思いますから、大丈夫です。夕方の飛行機で帰りますので、午前中しか遊ぶ時間がありませんけど、何から始めますか?」

「ビーチベッドに寝そべる。」

「ビーチバレーをする。8人いるから4チームでトーナメントができる。」

「疲れそう。」

「それじゃ、1セットマッチで。」

「分かった。今日は動くのを最初にして、その後ゆっくりすることにしようか。えーと、チームは、社長と橘さん、尚ちゃんとマー君、ミサちゃんと亜美ちゃん、ナンシーと私でいいかな。」

「さすが、明日夏。その組み合わせがいいと思う。」

「普通の女性はミサちゃんがまともに打ったスパイクを取ろうとしないこと。怪我をするからね。」

「分かった。女性相手には軽く打つよ。」

「美香先輩、私は大丈夫です。」

「分かった。尚には全力で打つから。」

「はい。」

誠は「バレーボールなんて高校以来だな。尚は大丈夫でも、僕は平気か?」と少し心配になった。悟が提案する。

「4人入って、軽く練習しましょう。軽くです。」

8人が4人ずつに別れた。誠のペアと明日夏のペアが同じコートである。そして、ボールを軽く打ち合った。

「このぐらいでも、楽しいと思うんだけどなー。」

「明日夏さんの言う通りですが、試合は本格的になるんですか。」

「うん。」

「覚悟します。」

しばらく練習した後、試合をすることになった。最初は誠と尚美のチーム対久美と悟のチームである。

「あれ、橘さんがいない。」

「ナンシーも見えないけど。」

二人がお酒の瓶や缶が多数が入っていそうなバッグを持ち、ビールとカクテルを飲みながら戻って来た。

「橘さんとナンシーちゃんは、朝からお酒ですか。」

「美味しいわよ。」

「迎え酒ですねー。」

「おー、ナンシー、さすがロックシンガー。」

「久美さんもですねー。湘南さん保冷バッグをお借りするですねー。」

「予備の保冷バッグがありますので、そちらを使ってください。」

「さすが、湘南さんですねー。」

久美が2杯目を飲んでいた。

「久美、試合なんだけど。」

「悟、大丈夫、すぐに飲んじゃうから。」

「そういうことじゃなく、ビーチバレーは二人しかいないから、2回目に打つ人が絶対に必要なんだよ。」

「それじゃあ、頑張るわ。」

 久美がお酒を一気に飲んで、試合が始まったが、久美のミスが多いため、簡単に誠と尚美の組が勝利した。

「ははははは、ボールが2つあるんじゃ勝てないわ。」

「ボールは一つしかなかったけど、久美、いいから休んでいて。」

「分かった。明日夏、尚美、両方とも頑張れー。」

「ナンシーは、4杯目ですから、無理だと思います。」

明日夏とナンシーの組対ミサと亜美の組の試合が始まった。ミサのジャンピングサーブから始まったが、結局一度も取ることができずに終わった。

「ミサちゃん、サーブも危ない。」

「ボールが3つあったら勝てないですねー。」

「ボールは一つしかないけど。まあ、ナンシーちゃんも橘さんといっしょに休んでいて。」

「了解ですねー。」

 3位決定戦は無理と言うことで、決勝戦は誠と尚美対ミサと亜美の対決である。

「亜美先輩、申し訳ないですが、狙わせて頂きます。」

「リーダーひどい。と言っても仕方がないです。」

ミサのサーブを尚美が受けて、誠がトスをして、尚美がミサがいないほうに向けてスパイクを打って決まる。

「尚、誠、さすが兄弟。いいコンビ。」

尚美のサーブを、ミサがレシーブをして亜美がトスを上げる。ミサがスパイクを打ち、誠のブロックを弾いた球を尚美がレシーブをする。ミサのスパイクは、トスがいい位置に来たときは簡単に決めることができるが、そうでないときは、誠のブロックが決まったり、ミサのスパイクを尚美が拾い、誠がトスを上げて、尚美が決めた。

「ミサちゃんと尚ちゃん、なかなかいい勝負をしているねー。」

「でも誠君、ミサちゃんのスパイクをブロックするのは痛そうだね。」

「ミサちゃんもマー君も、手を抜かないから。」

最後は態勢を崩して打ったミサのスパイクを誠がブロックをして決めた。

「お兄ちゃん、ナイスブロック。」

「ミサさん、申し訳ありません。」

「ううん、誠、ナイスブロック。亜美も頑張った。」

「有難うございます。」

「でも、尚と組んでやってみたい。」

「分かりました。社長、申し訳ありませんが、ミサさんと尚との試合、お願いします。」

「えっ、僕も。」

「男性じゃないと危ないから、悟、行ってらっしゃい。さっきの試合じゃ、不完全燃焼でしょう。」

「いや、まあ仕方がないか。」

「ねえ、誠、賭けをしようか。誠、誠たちが勝ったらどんな願いも聞いてあげる。」

「ミサさんが勝ったら?」

「私の全米デビューライブを見に来て。」

「分かりました。」

「少年、少年たちが勝ったら、願いは思いっきりエロくだぞ。私を失望させるなよ。師匠が何でも許可する。」

「マネージャーも許可するですねー。」

「尚、たとえ勝っても、僕は変なことは言わないから心配はいらないよ。」

「お兄ちゃん、大丈夫それは分かっている。でも、お兄ちゃんたちが3点とったら誉めてあげる。」

「社長、兄のメンツを保つために、3点は取りましょう。」

「誠君、分かった。3点を目指そう。誠君の手が痛そうだから、ブロックは僕がやるね。」

「はい、社長の方が背も高く、ジャンプ力がありますので、お願いします。」

「少年、3点取れたら、私がどんな願いも聞いてあげよう。」

「湘南さん、5点取れたら、私がどんな願いでも聞いてあげるですねー。」

「マー君、20点取れたら、マー君の奴隷になってあげよう。」

「明日夏、20点て、ほとんど勝ったようなものじゃない。」

「橘さん、奴隷ですので、さすがに保険をかけました。」

「確かに悟たちが20点取ることは絶対にないわね。しかし、私が一番安い女ということか。」

「橘さん、年齢順でしょうか。」

「明日夏、久しぶりに頭ぐりぐりをされたい。」

「橘さん、それはパワハラです。亜美ちゃんはかけをやらないの?」

「私は、冗談でも徹君以外と浮気するつもりはありません。」

「亜美ちゃん、一途なところはいいんだけど・・・・」


 4人がコートに移動した。

「それでは、誠君、全力で行こう。」

「はい、社長。」

「誠、ヒラっち、尚、それじゃあ、始めるよ。」

「了解。」

試合が始まり、尚美の完璧なトスで、ミサのクイックやスパイクが決まり、10対0となったところで、誠と悟のチームが作戦タイムを取った。

「やっぱり、3点も難しいか。」

「二人のフォームの特徴が分かってきましたので、社長、申し訳ありませんが僕の指示にしたがってブロックをしてもらえますか。」

「分かった。方法はそれしかなさそうだ。」

試合が再開された。ミサがレシーブをして、尚がトスする直前に誠が叫ぶ。

「A!」

悟がAクイックに合わせて、ミサのAクイックをブロックで止める。

「やった、誠君、1点!」

「はい。」

次も、尚がトスする直前に誠が叫ぶ。

「C!]

悟が走りブロックをして、Cクイックを止める。その次は、誠が、

「スパイク!」

と叫び、ミサがジャンプしたところで、

「クロス!」

と叫んだ。それで、悟がクロスの方に手を向けて、ブロックを止めた。

「誠君、3点!」

「はい。」

「少年、3点だ。何でも願いを言っていいぞ。」

「それでは、買った分は仕方がないですが、飛行機に乗るまで、それ以上のお酒を控えてください。」

「少年、もう少し面白いことは言えんのか。」

「やはり、明日夏さんと平田社長が心配ですから。」

「心配なのは私でなくか。まあ、飛行機の中はただ酒だからな。お金を気にしない分、もっと気楽に飲めるな。」

試合が再開された。12対5になったところで、尚美のチームが作戦タイムを取る。

「兄にフォームを完全に読まれているみたいです。」

「フォームに癖があるのか。尚、どうする。」

「今から変えようがありませんので、落ち着いて、このままいくしかないと思います。」

「分かった。」

誠がナンシーに呼びかけた。

「ナンシーさんも、飛行機に乗るまで、今買ってある以上にお酒を飲まないで下さい。」

「湘南さん、両胸を触らせろとかないですかねー。でも、大人しくしておくですねー。」

その後も、正確な誠の指示が続き、ミサや尚美の焦りやフォームを変えようとしたことから、ミスも目立つようになった。

「ストレート!違うか。」

ミサのスパイクが大きくサイドラインを越えた。

「誠君、今のは?」

「ミサさんが、態勢をわざと変えて打って、ミスをしたんだと思います。」

「分かった。それじゃあ、このまま行こう。」

「はい。」

20対20になったところで、尚美とミサが深刻な顔をしていたので、見かねて誠が尚美に声をかける。

「尚、こういう時は、美香さんのパワーを最大限に活かすために、バックアタックを使えばいいと思うよ。それならコースを読まれてもパワーで押しきれるから。」

「そうか。お兄ちゃん、有難う。」

尚美が兄に言われた通り、ミサのバックアタックを使って1点を取って21対20となる。次も、悟のスパイクをミサが拾って、バックアタックをする。誠がコースを読んでレシーブをする。

「正確なスパイクだ。それだけに、大きな胸の向きで予測しやすい。」

誠がレシーブをした。しかし、ミサのスパイクが強すぎて、レシーブした球が相手コートのバックラインを越えてゲームセットとなった。悟は「尚ちゃんが、あんな暗い顔をしていたら仕方がないかな。」と思いながら言う。

「誠君、面白かったよ。」

「申し訳ありません。妹が・・・」

「大丈夫、大丈夫、分かっているから。」

「有難うございます。」

「お兄ちゃん、ごめんなさい。さっきは偉そうなことを言って。」

「そんなことはないよ。実際、二人がコースを読まれないようにフォームを直せば、こっちは1点も取れないから。」

「誠、有難う。面白かった。こっちが勝ったけど、誠が最後に助言してくれなかったら勝てなかったし。」

「有難うございます。負けて言うのもなんですが、美香さんは本当にすごい人と思いますが、おごると足をすくわれることがあることを分かってもらえればと思います。」

「うん、これからも地道に頑張る。」

「そう言ってもらえると、嬉しいです。」

「マー君!20点を取ったところでミサちゃんたちに勝ち方を教えるって、もしかして、本当の目的は私を奴隷にすることだったの?」

「その通りです。明日夏さんは、今日から僕の奴隷です。」

「うー。」

「社長、明日夏さんにして欲しいことがありましたら、僕に言ってください。僕から命令します。橘さんは、社長の許可を取ってから。」

「ははははは、そうさせてもらうよ。」

「何、みんなで面白がって。」

「明日夏、明日夏の自業自得よ。」

「明日夏、もし心配なら、私が明日夏の代わりに誠の奴隷になるわよ。」

「あの、美香さん、これは冗談ですから。」

「そうなの?」

「はい。」

「それじゃあ、誠、私の全米デビューライブに来てくれないの?」

「いえ、それは冗談じゃなく、本当に行きます。」

「有難う。それじゃあ、誠のライブのチケットと航空券を用意するね。」

「実は初めから行くつもりで、もうチケットも航空券も持っています。」

「本当に!」

「パスカルさんとラッキーさんと3人で行くことになっていました。」

「嬉しいけど、あの二人も来るのか。」

「ミサ、ファンにそんな顔をするもんではないですねー。ラッキーさんもパスカルさんもいい人ですねー。」

「誠の友達なんだから、それは分かっているけど。うん、大丈夫。」

「それじゃあ、明日夏、明日夏の方も冗談じゃないということで。」

「橘さん!」

「ロックシンガーなら、言ったことは守らないと。」

「私はロックシンガーではありません。」

「だから明日夏、私が代わるって。誠も全米デビューにも来てくれるというし。」

ミサが誠の方を見て言う。

「ご主人様、なんでもお申し付けください。」

「美香さん、申し訳ありませんが、やっぱり全然似合わないです。」

「誠、酷い。」

「おっ、新パターンだね。」

「いずれにしろ、奴隷は『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書』に違反しますので、僕が犯罪者になってしまいます。」

「そうなの。分かった。」

「難しいことを言って、ごまかそうとしているマー君。」

「はい、ときどき、高校生のアキさんに『出たー、腹黒湘南!』と言われます。」

「『出たー、腹黒マー君!」私も使わせてもらおう。」

「ただ、奴隷は本当に法的に禁止されていますので、約束も無効になります。」

「美香、奴隷はともかく、もう少し大きくなったら、こういう時にわざと負けて、相手の好きにさせることも必要よ。」

「なるほど。」

「橘さん、美香さんはわざと負けることはしない人です。橘さんもそうだと思います。」

「えっ、そうでもないわよ。美香はそうだろうけど、何も突撃するだけがロックじゃないわよ。」

「そうでした。偽装撤退がうまくいかないと言っていましたね。あとは、三佐が『お姉ちゃん、負けちゃった。』と言い出しそうで心配ではありますが。」

「うむ、二尉、軍人ならば、偽装撤退は作戦の一環として当然だ。ただ、相手が小学生とはいえ、バレないように偽装退却するのは難しい仕事ではあるが。」

「ですが三佐、18歳未満の少年に対して、偽装退却、包囲殲滅戦を行うことは、国際条約に違反する可能性が高いです。」

「そのことは、昨日、明日夏二佐にも注意されたから、心配するな。ところで、徹君に聞くのを忘れていたのだが、徹君は今何歳なんだ。」

「8歳であります。」

「18歳まであと10年か。長いな。」

「三佐の半分未満の年齢であります。」

「そうか。それはつらいな・・・・」

「本当につらそうですね。」

「本当につらい。」

「こればっかりは、僕ではどうしようもなくて。」

「うむ、心配してくれて有難う。」


 じっとしているより何かして遊びたいミサが悟に尋ねる。

「アキさんで思い出したけど、ヒラっちは水泳は上手なんですか?」

「25メートルぐらいは泳げるけど。」

「それじゃあ、誠と悟、次は私が手を引くからバタ足の練習をしよう。」

「僕も?」

「はい。」

「社長、夏の海でアキさんが一人でパスカルさんと僕の手を引いて、バタ足の練習をしたときの写真を思い出したんじゃないかと思います。」

「なるほど、そういうことがあったんだ。」

「その通り。あれをやってみたくて。」

「社長、二尉、ミサさんのすごさが実感できるのはここからだと思います。」

「社長、マー君、ファイト!」

 ミサが二人の手を引いてバタ足の練習をしたり、手本を見せるために逆にミサが誠と悟に手を引いてもらうというより、二人を押しながらバタ足をしたりした。そして、その後もクロールの練習をしたりして1時間が経った。

「誠とヒラっちも少し疲れた?」

「少しじゃなく、かなり疲れました。」

「僕も誠君と同意見。」

「そうね、二人の健康も考えなくちゃいけないから、上がって休んでいて。私は尚たちとダンスをしてくる。」

へとへとで海から上がってくる2人とまだ元気いっぱいのミサを見て、久美が声をかける。

「お疲れ様。悟は美香を狙うのは止めておいた方がよさそうね。」

「そうだね。久美が言う、ミサちゃんとつきあうと早死にするということがすごくよく実感できたよ。」

「ヒラっち、酷い。」

「ミサちゃん、これも新パターンだね。」

「ねえ、尚、亜美、ダンスをしようよ。」

「了解です。」「1時間ぐらい休めましたので、大丈夫です。」

「美香さん、申し訳ありませんが、だいぶ泳ぎましたので、日焼け止めを塗りなおした方がいいのではないでしょうか。」

「それじゃあ、誠、背中をまたお願い。今度は、何と言うか、静かにしているから。」

ミサがビーチベッドで横になる。

「今度は女性の方でもいいのではないでしょうか。明日夏さんとか。」

「本当はマー君がミサちゃんに日焼け止めを塗りたいんでしょう。」

「本当に美香さんがだいぶ泳いだからです。」

「湘南さんが言っていることは本当ですねー。確かに塗りなおした方がいいですねー。さすがですねー。溝口エイジェンシーとしての仕事としてお願いするですねー。」

「それならば、ナンシーさんが塗る方がいいのではないでしょうか。」

「私の仕事は信用できないですねー。バイト代は3日分払っているから、文句言わずに塗るといいですねー。」

誠が「自分で言うか。でも、仕方がないか。」と思いながら、双眼鏡で周りを確認する。

「誠、大丈夫だよ。こっちを見ている人はいないから。」

「はい、僕もこちらを見ている人は警備の仕事をしている人以外確認できませんでした。」

誠が日焼け止めを塗り始める。

「はうっ。」

「申し訳ありません。」

「誠、ごめん。声を止めていたのに、何で声がでるか分からない。」

「美香、そういうものなの。」

「分かった。誠、続けて。絶対に負けない。」

ミサが口を手で押さえた。誠は「ここでも勝負か」と思いながら日焼け止めを塗った。


 誠が塗り終わると、ミサは立ち上がって、背中以外を自分で日焼け止めを塗った。誠はミサの一挙手一投足を凝視していた。ミサは照れくささを隠すために急いで塗っていた。

「あの、美香さん、首と顔を塗り忘れています。」

「そうだ。有難う。」

「マー君が、ミサちゃんの水着姿を満喫していた。」

「そうではなくて、美香さんが急いでいたので、日焼け止めを塗り忘れるところがあるかもしれないと思ったからです。」

「誠、あっ、有難う。さすが誠。それじゃあ、尚、亜美、ダンスをしよう。」

ミサ、尚美、亜美がビーチパラソルの少し前でダンスを始めた。

「あれだけ泳いだ後で、本当に美香さん、もうダンスをするんですね。」

「そうよ。美香、歌のパワーもすごいけど、肉体のパワーもすごいわよ。」

「はい、そんな感じですね。」

「湘南さん、ミサが口を押さえながらビクッとしていたのは、分かったですかねー。」

「全然分かりませんでした。」

「マー君の嘘つき。じゃない、出たー、腹黒マー君。」

「・・・・・。ダンス、音楽がないようですので、音楽をかけてきます。」

「あっ、マー君が逃げる。」

「そういうわけでは。」

「まあ、いいや。マー君、あっちも地獄かもしれないから気を付けてね。」

「誠君、あまり無理はしないように。」

「はい、音楽をかけてくるだけで、ダンスはしません。」

「それがいいと思う。ダンスをさせられそうになったら、逃げてきていいよ。」

「有難うございます。分かりました。」


 誠がミサたちのところに行って、パソコンとブルーツーススピーカーを使って音楽をかける。初めは音楽をかけるだけだったが、途中から亜美が休憩に入り、ミサが誠をダンスに引き入れた。

「マー君、結局、ミサちゃんに引き入れられちゃったみたいだね。」

「誠君、倒れなければいいけれど。」

「少年は、悟とは10歳違うから大丈夫だわよ。それにしても、美香は本当に手取り足取り少年にダンスを教えているわね。微笑ましいわ。」

「僕には大変そうにしか見えない。まあ、普通の男性は羨ましがるのだろうけど。」

「そうね。おー、ミサ、少年の腰まで触っている。」

「でも、ダンスを真剣に教えている感じだよ。」

「そこが私と違うところか。」

「橘さんなら、次は何をするんですか。」

「疲れたと言って、後ろから抱きつく。」

「なるほど。それは疲れないミサちゃんにはできないか。」

「そうね。でも明日夏、もう少ししたら、少年とダンスを代わってやって。」

「そうだね。誠君の健康のために、それがいいね。」

「ダコール。初めのビーチバレーもほとんど何もしていませんでしたし。」

 少しして、明日夏がダンスをしているところに向かう。

「社長と橘さんが、マー君が限界だろうからダンスを代わってやれって。」

「分かった。誠、少し疲れたかな?」

最後の力をふり絞ってダンスをしていた誠は、「さすが、社長と橘さん、助かった」と思いながら、ふらふらしながら砂浜に座った。

「はい、少し疲れたことは確かです。えーと、それではDJ風に音楽をかけてみます。」

「本当に!面白そう。」

「テンポは速めませんので、安心してください。」

「テンポを変えられるの?」

「はい。音程を変えずに可能です。」

「一応。それじゃあ、後でいいから、加速してお願い。」

「はっ、はい。」

誠が音楽をDJ風にかけると、明日夏、ミサ、尚美がダンスを始める。隣に亜美が来て話しかける。

「二尉、男性としては、最高の眺めなんじゃないか。」

「そうだと思いますが、周りを確認しないと。さすがにダンス中はおろそかになっていました。」

「相変わらず大変だな。」

「三佐、任務ですから大丈夫です。ただ、スナイパー3組がここにもいるので、やっぱりいい気持ちはしないですね。」

「そうなのか。まあ、アメリカは攻撃は最大の防御という国なのだろう。」

「そうかもしれませんね。」

誠は「明日夏さんの護衛にしては、昨日は撮影現場にいたし、誰の護衛だろう。」と考えながら様子を見ていた。


 明日夏を含めて3人でダンスを10曲ぐらい踊ると、明日夏が脱落した。その後は、テンポを速くしてミサと尚美がダンスを始めた。そして、昼過ぎになって、着替えて昼食を取り空港に向かうことを連絡しにナンシーがやってきた。誠がスポーツドリンクを取ってきて渡す。

「美香さん、お疲れ様。尚、お疲れ様。」

「誠、有難う。どうだった。」

「はい、不審者、こちらを写真で撮っている人は確認できませんでした。」

「そうじゃなくて、私と尚のダンス。」

「テンポをかなり上げてもいつものパワーのあるダンスが正確で奇麗で、本当に野生のダンシングクイーンという感じでした。尚もだいぶダンスのキレが良くなってきたよ。」

「野生のダンシングクイーン!?うーん、でも有難う。」

「お兄ちゃん、有難う。」

ミサと尚美が悟と久美がいる方に向かうと、誠は残っていた明日夏の方に向かった。

「明日夏さん、スポーツドリンクをどうぞ。この後、昼食のようです。」

「マー君、メルシー。」

明日夏が起き上がり、ミサたちの後を追った。誠はその少し後ろを歩いていた。

「しかし、美香さん、明日夏さんが言ったようにすごい体力ですね。午前中、本当に動きっぱなしだったです。」

「ははははは、マー君、驚くのはまだ早い。ミサちゃんはこれを1日続けられる。」

「そうですか。」

「だから、ミサちゃんとこういう遊びをするときは、みんなが交代しながら相手をしなくてはいけない。」

「そうですね。」


 最後に集合写真を撮ることになった。

「それでは、写真を撮ります。」

「誠は入らないの?」

「水着ですから、写真が流失したことを考えると、入らないほうがいいと思います。」

「残念。」

「それじゃあ、次に、マー君と社長のツーショットで。」

「はい、撮り終わってからなら。」

「誠君と僕の写真を撮っても仕方がないと思うけど。まあ、明日夏ちゃんが言うなら構わないけど。」

「社長、有難うございます。」

女性陣が写真を撮った後に、誠と悟が海を背景に立つと、カメラとスマフォ計6台が並んだ。」

「すごい数のカメラですね。」

「そうだね。」

「それじゃあ、マー君と社長、ポーズをお願いします。」

二人にたくさんの注文が飛び、二人がポーズを付けるたびに笑い声が起きた。

「二人でちょっとダンスをしてみて。」

「もっとセクシーにですねー。」

「社長、二尉、体操座りで。」

「次は、二人でジャンプ。」

写真の撮影が終わった。女性陣は写真を見返して笑っていた。

「みなさん、楽しんでいるようで良かったです。」

「僕には、これで楽しい理由が分からないけどね。」

「僕もです。」


 写真撮影を終えると、女性はミサの部屋の、男性は海岸にある公共のシャワーを浴びた後、着替えてランチにすることになった。誠はランチができるところを調べてあったが、時間が思ったより経っていたため、ホテルのレストランでとることにした。

「ナンシー、もう少し飲むか。」

「いいですねー。」

「橘さん、ナンシーちゃん、マー君との約束は。」

「少年も、もう忘れているよ。」

「ロックシンガーは言ったことは守るんじゃなかったですか。橘さん、さっき私にそう言っていましたよ。」

「明日夏、酷い。」

「時間もあまりないので、お酒は控えていただければと思います。」

「まあ、そうね。飛行機に乗り遅れたらシャレにならない。」

「橘さん、そうですよ。」

「本当は、昼食に全部準備されていて、後片付けもいらないバーベキューを考えていたのですが、だいぶ時間が押してしまいましたから、昼食はここにしました。」

「それじゃあ、日本でバーベキューをしようよ。誠も来て。絶対。」

「僕が来てもいいんですか?」

「湘南さん、ミサは人に関わらなかったから、人の気持ちが分からないって言ったそうですねー。」

「はい。大変僭越ですが。」

「責任を取るですねー。」

「自分が言ったことですから、責任は取ります。」

「それでは、ミサと関わって人の気持ちが分かるようにするですねー。」

「美香さんが僕で良ければ、そうします。」

「とりあえず、バーベキューには来るですねー。」

「他の方も良ければ、僕は参加しても構いませんが。」

「本当に。みんな大丈夫だよね?・・・・大丈夫だって。それじゃあ、誠、約束。」

「はい、約束します。」

「指切り。」

「えーと、はい。」

ミサと誠が指切りをする。少しして食事が運ばれてきて、食事を始める。誠はミサに人と関われと言った責任があるとナンシーに言われた手前、ミサに話しかける。

「美香さん、昼からステーキですか。」

「うん。アメリカと言えばステーキだし、今までずうっとダイエットしていたから。今日の午前中も、私、あまり元気がなかったでしょう。早く体力を取り戻さないと。」

ミサ以外の人は苦笑いをしていた。

「そっ、そうですね。」

「食べたら、また遊びたくなってきたけど。」

誠が話を変える。

「僕も遊びたいところですが、時間がありません。ところで、これからもこういう機会があるならば、おそろいのTシャツとか作れば、面白いと思います。」

「マー君、それは面白そうだね。できればグループに何か名前を付けられるといいけど。ミサちゃんとナンシーちゃんがいるからパラダイスは使えないし。マー君は名前を何にすればいいと思う。」

「宇宙最強『橘軍団』」

「こら、少年。」

「『橘久美と愉快な仲間たち』」

「おい。」

「『橘久美が飲みすぎないようにする会』」

「いい加減にしなさい。」

「では、『平田社長に出会いを作る会』」

「誠君、僕にもってこない。」

「少年、それ最高。」

「二つを合わせて『橘久美が飲みすぎないようにしながら、平田社長に出会いを作る会』」

「マー君、なかなかいいね。」

「『神田明日夏をなまけさせない会。』」

「おい。マー君、いま褒めたばっかりだったのに。」

「『大河内ミサの体力をみんなで受け止める会。』」

「マー君、『うち一人はパンチを受け止める会』で。」

「えーと、『大河内ミサの体力をみんなで受け止め、うち一人はパンチも受け止める会』ですか。」

「その通り。」

「誠も明日夏もひどい。」

「『柴田亜美のダイエットを励ます会』」

「二尉!」

「マー君、全開だね。尚ちゃんは?」

「尚ですか。えーと。」

「誠も尚に対しては難しいか。」

「分かりました。『星野なおみを総理大臣にする会』です。」

「おー、マー君、なんか妹だけは綺麗にまとめたね。」

「そうね。さすがは誠。でも、それがいいんじゃない。」

「うん、『星野なおみを総理大臣にする会』にしよう。」

「なんか、みなさんに申し訳ないです。」

「尚ちゃん、一番年下なんだから気にしなくてもいいよ。」

「そうそう。」

「それじゃあ、デザインは僕が考えておくよ。」

「社長、有難うございます。」

「ヒラっち、有難う。カッコいいのをお願いね。」

「いや、ミサちゃん。尚ちゃんだから、可愛いのがいいんじゃないか。ミサちゃんのだったら、カッコいいのがいいけれど。」

「そうか。まあ、私的にも自分のも可愛いのがいいから、そうだと思う。」

「可愛いデザインか。まあ、頑張ってみるよ。」

「楽しみだなー。」

昼食が終わり、それぞれの車で空港へ向かうことになった。

「それじゃあ、久美先輩、ヒラっち、尚、亜美は、また練習で。誠は、また日本かロスアンジェルスで。」

「それでは、みなさん、またですねー。」

「ミサちゃん、ナンシーちゃん、それじゃね。」

「美香先輩、ナンシーさん、撮影、有難うございました。また、お願いします。」

「ミサさん、ナンシーさん、とっても楽しかったでした。火曜日の練習で。」

「家に帰るまでがハワイ出張ですので、あまり気を緩めないでください。それでは、また。」

ミサたちも、部屋に戻ると荷物をまとめてすぐに空港に向かった。


 ミサたちは明日夏たちと異なる航空会社を使っていて、そのラウンジでミサとナンシーが休んでいた。

「ナンシー、いろいろ有難うね。」

「湘南さんのことですねー?」

「そう。私も、もっと周りの人の気持ちが分かる、大人にならないと。」

「その上、性格が可愛い人ですねー。」

「マリさんみたいな人ということね。頑張る。」

「仕事のためにもいいと思うですねー。頑張るですねー。」

そこに溝口マネージャーがやってきた。

「ミサちゃん、ナンシー、ここにいたのね。」

「マネージャー、お疲れ様です。」「溝口さん、お疲れ様ですねー。」

「今日は何をしていたの?」

「ホテルの前の浜辺で遊んでいました。」

「ナンシー、問題はなかった?」

「4日間、全く問題なかったですねー。」

「はい、ライブ、撮影とも無事に終了しました。」

「それは良かったわ。突然、ミサちゃんが水着写真はいやと言い出すんじゃないかと心配していたけど、無事終了して。」

「そんな、周りに迷惑をかける子供みたいなことは絶対にしません。」

「そうなの。ミサちゃんも大人になっているのかな。」

「まだなっていないですねー。」

「ナンシー、そういう意味ではないわよ。」

「ナンシーは私がまだ子供っぽいことを言うことがあると言っているんだと思います。」

「なるほど。それが分かるだけ、偉いわ。大人になってきている証拠。」

「本当ですか!有難うございます。」

「それで、溝口さんは、ずうっとどこへ行っていたんですねー?」

「ナンシー、そういうことは聞かないのが大人なの。でも、父には言わないでね。」

「分かったですねー。」


 明日夏たちは、ロビーで時間をつぶしていた。このときは、誠だけでなく、明日夏もパソコンを使っていた。尚美、亜美、久美、悟は今後の練習のことについて話していた。搭乗時間になって、飛行機に乗ると、誠と尚美が座っているところに明日夏がやってきた。

「明日夏さん?」

「亜美ちゃんと席を代わってもらった。座っていいかな。」

「もちろんです。明日夏さんの荷物を棚に上げましょうか。」

「すまない。」

窓側から、尚美、明日夏、誠の順番で席に着いた。

「マー君の首を締めたことを謝らないと。」

「今朝、首を締めた件ですか。突然ですから仕方がないと思います。」

「あと、いま空港で書いていたんだけど、作詞の話をしていいかな。」

「もちろんです。なるほど、作詞をしていたから静かだったんですね。」

「失礼な、漫画を読むときも静かだよ。」

「漫画を読みながら、大笑いすることもあるという話ですが。」

「そうだったね。それより、こんな感じの歌詞なんだけど。」

誠が目を通しながら、笑う。

「すごい女々しい歌詞ですね。」

「でしょう。」

「浜辺でカップルがイチャイチャしているところを、羨ましく見ている男性の気持ちが良く出ています。」

「本当はサングラスのことも入れたいんだけど、さすがにやめた。」

「まあ、パスカルさんは歌詞にしても、大丈夫だとは思いますけど。それにしても、この歌詞は、僕みたいな男性の心に刺さります。」

「何を言っている。マー君はミサちゃんにモテモテだったのに。」

「でも、男性としてというよりは、おもちゃかペットみたいな扱いじゃなかったですか。もちろん、それで構いませんけど。」

「ははははは、確かにそんな感じもしたね。ミサちゃん、マー君といっしょに居たいけど、接し方が分からないんだろうね。」

「良くわからないですが、リラックスしてもらえれば嬉しいです。」

「マー君、欲がないねー。世間知らずのミサちゃんを言いくるめたいと思わないの?」

「全然、思わないですけど。明日夏さん、男性に悪いイメージを持ちすぎ、あっ、そうですね。明日夏さんのいる世界では、そういう男性も多そうですから、気を付けた方がいいです。そんなことより、今度は歌詞にメロディーを付けてみますね。とりあえず、サビになりそうなこの部分から。」

「メルシー、ボク。」

 誠はパソコンにイヤフォンを付け、メロディーを作り始めた。

「尚ちゃん、ハワイ、どうだった?」

「慣れない仕事ですから疲れました。兄とビーチバレーをしたりダンスをしたのは生まれて初めてだったので、楽しかったです。でも、やっぱりお兄ちゃんはすごかったでした。」

「惚れ直した?」

「兄弟ですから、そういうことはないですが。」

「尚ちゃん、どうする。マー君、ミサちゃんに取られちゃったら。」

「兄も言っていましたが、私もそういう話は、美香先輩がもう少し大人になってからの方がいいように思います。」

「そうでないと、マー君が苦労する。」

「はい。それはあります。」

「それまでは邪魔をする?」

「邪魔というか、先延ばしするようにするかもしれません。いやな妹でしょうか。」

「そうでもないんじゃないかな。マー君の健康のこともあるし。」

「そうですね。有難うございます。」

「帰ったら、私のワンマンライブだ。」

「2日おいてリハーサルですね。」

「頑張らねば。」

明日夏と尚美で明日夏のワンマンライブの話をしていると夕食の時間になった。夕食を食べながら、誠はサビの部分の8小節を明日夏に聴いてもらって、感想を聞いていた。

「うーん、なかなか女々しくできているね。でも、もう一息。」

「分かりました。もう少し女々しくしてみます。」

夕食を食べた後は、3人とも疲れのせいで、すぐに寝付いた。


 悟たちの席では誠とミサの関係について、亜美が尋ねていた。

「橘さん、今日のミサさんを見ていると、ミサさんの湘南二尉に対する態度が、普通の男性に対するものと本当に全然違う気がするのですが、何かあるのですか?」

「亜美の言う通り、二人はもう少しでできそうという感じなのよ。でも、熱を上げているのは美香の方だけど。」

「確かにそういう感じですが、ミサさんなら、すごいイケメン男性とも付き合えそうですので、意外です。」

「ミサには少年がすごいイケメンに見えているみたいだぞ。」

「愛は盲目ですか。」

「亜美ちゃん、それを尚ちゃんに言うと怒るので気をつけようね。」

「はい、それは良く分かっています。」

「一方の少年は美香をすごい人と思って大切にしているけど、美香の気持ちにはあまり気づいていない感じ。」

「それで久美が誠君をけしかけているんだよね。」

「橘さんがけしかけるって。」

「ごめん、亜美ちゃん。それは聞かない方がいい。」

「師匠が許すから美香を一晩抱けって。」

「久美、そういうことは高校生の前で言わない。」

「亜美、大丈夫よね。」

「はい、大丈夫というか、もっと聞きたいです。」

「誠君がうちの事務所を心配する理由が良く分かったよ。」

「でも、美香ももう一つ踏み切れていない。それが踏み切れるようになれば、真のロックシンガーに成長すると思う。」

「そうなんですか。でも最近、明日夏さんも二尉とは微妙なんですよね。」

「明日夏が少年に。まさか。」

「二尉とミサさんが仲良くしていると、何となく機嫌が悪そうなんですよ。ミサさんに、イヤミと言うほどではないですか、何か言ったり。」

「そうなの?」

「今だって、明日夏さんが二尉に謝りたいからといって、私と席を交換しましたし。」

「なるほど。」

「もしかすると、明日夏さんにとって二尉は好みじゃないけど、取られるのはいやみたいな感じかなと思っているんですけど。」

「私にはなかったけど、そういう話、良く聴くわね。」

「はい、最初は私だったのにみたいな。」

「もしそうなら、明日夏と美香の取っ組み合いの喧嘩が見られるかな。」

「こら、久美、面白がるもんじゃない。それに、そうなったら、誠君が一番大変なことになってしまうよ。」

「社長の言う通りです。でも本当にそうなるんでしょうか。」

「みんな19、20歳なんだから、心配しなくても大丈夫よ。なるようにしかならないし。3人ともいい子たちだから、傷ついて泣くことはあっても、絶対に立ち直れるわよ。」

「だといいですけど。」

「でも、僕だったら、二人ともふることになるのかな。」

「悟はそういうことだから、いつまでも一人なのよ。一方の人が本当に好きならば、もう片方の人のことなんて気にしないで付き合えばいい。それだけのこと。だまして二股をかけるのが一番いけない。」

「久美なら、そう言うだろうね。」

「それじゃあ、私も徹君一筋で行きます。」

「亜美、10年頑張ってね。」

「はい。」

二人の会話で、より心配になる悟だった。


 スナイパーチームの隊員6人と隊長一人が仕事を終えて集まっていた。

「アスミ隊長、護衛対象者は飛行機で無事帰国の途につきました。これでミッションコンプリートです。」

「ご苦労、明日から3日間の休暇だ。」

「やったぜ。隊長、ハワイで休暇なんて最高です。」

「だが休暇が終わったら、またアフリカだからな。」

「アフリカと中東は、PMC(プライベートミリタリーカンパニー)の主戦場ですから、仕方がありません。」

「しかし隊長、何であの防弾チョッキを着た青年の警護だったんですか。」

「姉からの依頼だ。経費は2倍もらったし、お前らにも2倍払っただろう。」

「給料2倍で目の保養になりましたし、全く文句はありません。でも、女性の方々の警護ならわかるのですが、何で青年の警護なのかと思いまして。」

「あの青年が女性たちを守るために無理をするかもしれないから、そうなるより前にその障害を排除するようにとの依頼だ。」

「分かりました。それにしても、あの青年、こちらに気づいていましたね。」

「ああ、姉から気づかれるかもしれないとは聞いていた。」

「日本のガードマンなんですか。」

「そういうわけではない。実は私も小学1年生のときから知っているが、頭が良く回るやつだ。」

「なるほど。青年の警備の位置取りも良かったですしね。」

「だが、武器が持てないようだからな。」

「そうですね。分かりました。それでお前ら、警護対象の周りにいた女の中ではどれが良かったんだ。俺はあのいい体をしたセクシーな女が最高だった。」

「俺は、アメリカ人の娘が良かった。」

「俺は、ポチャッとした可愛い子だぜ。」

「俺は、元気な女の子だ。」

「お前ら、アフリカでも18歳未満は我々の評判を落とすから厳禁だぞ。」

「はい、それは分かっています。」

「俺は、若くていい体をした娘だぜ。」

「俺は、隊長を柔らかくしたような子だけど、それを言うと隊長に殺されそうだから、若くていい体をしている娘にしておく。」

「なんだお前、私みたいなのがいいのか。じゃあ、今度、徹夜で付き合ってやるよ。」

「いえ、隊長とは遠慮します。命がいくらあっても足りません。」

「そうか。まあいい。3日後の集合を忘れないように。それでは解散。」

「よーし、お前ら、体の保養に行くぜ。」

「ほどほどにだぞ。」

「了解です。」

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