第35話 ライブINハワイ(前編)
週末に明日夏とミサが出演するハワイでのライブが開催される週の水曜日、誠と尚美は購入した防犯・防災グッズを家の車に載せて、国道232号線を辻堂に向かっていた。
「お兄ちゃん、ハワイで着る前後セラミックプレート入りの防弾チョッキと防火服は買えたけど、あまり無理はしないでね。」
「まあ、念のためという感じかな。」
「防災グッズも、これだけ買っておけば、かなりの災害があっても大丈夫だね。」
「うちの場所は、海抜が低くて海から遠くないから、津波の時にゴムボートだけだと心配と言えば心配だけど。」
「逃げられるようなら、高いところに逃げる方が無難かな。」
「そう思う。その時に防寒グッズが役に立つとは思う。」
「あれ、お兄ちゃん、何か急に霧が出てきたね。」
「そうだよね。晴れていたのに不思議だ。それもどんどん濃くなってきている。・・・・ちょっと危険だから車を止めるね。」
誠はハザードランプを点灯させ、車を左の路肩に寄せ停車した。
「霧が晴れるまで待機することにしよう。」
「分かっている。お茶でも飲む?」
「そうするか。」
誠と尚美がお茶を飲んでいると、霧はさらに濃くなって、あたりが全く見えなくなった。
「霧が晴れるまで仕方がないね。」
「うん。」
その時、誰もいないはずの後席から声がした。
「マー君、尚ちゃん。」
二人が後ろを振り返ると、女神の恰好をした明日夏がいた。
「明日夏さん!?何で急に。えっ、まさか何かの事故で死んだとかじゃないですよね。」
「私は明日夏の幽霊ではない。脚もあるだろう。私は全能の女神ドゥマン・エテである。」
「フランス語で明日・夏ですが。」
「マー君、神田明日夏は死んだ後に、全ての平行世界の全ての時空に広がる全能の女神になったんだよ。」
「全知全能じゃあないんですね。全知になるのは頑張っても無理だったんですか?」
「頑張ってもって何だ。頑張ってもってとは。別に何も頑張っていない。」
「確かに頑張る性格ではないですね。それで、女神になったのは、インキュベーションを専門とする宇宙人と、何か悪い契約でもしたんですか。」
「特に契約はしていないが。なぜかそうなった。」
「まだ分からないことも多いのですが、とりあえず全能の女神ドゥマン・エテさんが僕たちに何の用なんですか?」
「平行世界のプラト王国が魔界の生き物に攻め滅ぼされそうになっている。それを助けて欲しい。」
「ドゥマン・エテさんが自分で救えばいいんじゃないですか。」
「それは禁止されている。」
「禁止って、それは自分で決めたルールなんじゃないですか。」
「何でそう思う。」
「何によって禁止されているか言わないからです。」
「相変わらず、賢いな。」
「それで退屈しのぎに、僕たちが助けるところを見物しようと考えているのでしょうね。」
「なぜ分かる。」
「明日夏さんが女神になったらそう考えそうだからです。」
「その通りだ。永遠の命がどれほど退屈か、マー君も神になってみたら分かる。」
「そうかもしれませんが。」
「しかしマー君、プラト王国の人間もマー君と同じように感じたり悲しんだりする人間であることは変わりない。その人達が魔界の生き物にひどく苦しめられている。マー君はそれを助けないと言うのか。」
「たくさんの人が亡くなっていたりしているのですか。」
「その通りだ。それにたくさんの人間の女性が魔物に凌辱されている。」
「全能の神様には、そういうことをするのを悔い改めて欲しいところですが、人間もサバンナの肉食動物が草食動物を捕らえて食べていても止めないですし、見物したりもしますから、神様にとっては人間の耐えられない苦しみもそんな感じなんですか。」
「まあ、いちいち干渉するのもめんどくさいし。」
「面倒くさいんですね。分かりました。仕方がありませんから僕は行きますが、妹はやめておいてもらえますか。」
「お兄ちゃん、私も行くよ。お兄ちゃん一人だと心配だし。」
「最初に二人に言っておくが、向こうの世界での死は、この世界での死につながる。」
「そうなら、やっぱり尚は残って。」
「ううん。それなら絶対残れない。」
「尚は言い出すと聞かないけど。それで向こうの世界に行くにあたって、僕たちに何か特典はあるのですか?」
「尚ちゃんは妖精になって空を飛べる。さらに、全ての関節にマグネティックコーティングを施す。理論上は無限大の速さで体を動かすことができる。」
「うちの妹は、ロボットだったんですか。」
「機動戦士はロボットではない。」
「そうですが。」
「マー君には、ロケットパンチを装備する。」
「ロケットパンチって、最近の人は知らないんじゃないですか?」
「今でもネタでたまに出てくるだろう。だがマー君に装備するのは、単なるロケットパンチじゃない、有線で動きを制御することが可能だ。」
「なるほど。」
「さらに、秘密の呪文を唱えると、もっと強くなる。」
「何ですか、秘密の呪文って。」
「それは秘密です。」
「秘密って。」
「自分で思いつく必要がある。」
「そうなんですね。分かりました。」
「諦めがいいな。」
「それを思いつくところを見ることもドゥマン・エテさんの楽しみの一つなんでしょうね。」
「その通り。それではプラト王国を救ってくれ。頼んだぞ。」
「了解です。性格が明日夏さんのままの女神様なら、何を言っても無駄ですから。」
「良くわかっている。」
辺りが一瞬明るくなり、その光が消えると誠と尚の車は森の中だった。
誠と尚美の異世界での活躍は『アニオタ兄とミリオタ妹の異世界戦記~明日夏INパラダイス特別編~」に記す予定です(レーティングを変える必要もあるため)。
「尚、尚!」
「あれ、私寝ていた。あっ、霧が晴れているね。」
「うん、霧は一時的だったよ。でも、尚、体の調子とか大丈夫?」
「うーん、大丈夫。何か長い夢を見ていた気がするけど、あまり良く思い出せない。多分、お兄ちゃんも出ていた。」
「まあ、夢の記憶は定着しないから仕方がない。」
「そうだね。でも、明日夏先輩、美香先輩、由香先輩、亜美先輩だけじゃなくて、社長や橘さんもいた気がするな。」
「いつものメンバーだね。それじゃあ,帰ろうか。」
「うん。」
ハワイでの明日夏とミサのライブとミサの写真集の撮影のため、明日夏と久美と悟、ミサとナンシーは、それぞれ12月22日(木)の夜にホノルルに向けて日本を出発した。そして、23日(金)の夜に、誠、尚美、亜美の3人が夜の羽田空港に集まった。学校がある3人は1日遅らせて、授業の後の出発である。尚美と亜美はそのまま冬休みに入るが、冬休みの開始が遅い誠は26日(月)は学校を休む必要があった。
「亜美先輩、こんばんは。」
「リーダー、二尉、こんばんは。」
「三佐、こんばんは。まずはチェックインを済ませましょう。」
「了解。」
「うむ。」
3人がチェックインを済ませた後、ゲートから少し離れたベンチで外を見ていた。
「リーダー、明日夏さんやミサさんたちは?」
「はい、明日夏先輩たちも美香先輩たちも昨日出発して、ハワイに到着した後ホテルで休んで、午後からのリハーサルを無事に終えたそうです。」
「到着して午後にはリハーサルというのもつらいですね。」
「時差がありますから仕方がないです。私たちも、到着した日の午後から写真撮影の手伝いとライブ観覧です。」
「ライブで出演しないで、見るだけなのは楽しみです。」
「まあ、亜美先輩の言う通り、私も気は楽です。明日は美香先輩と橘さんのビーチでの撮影で、明後日は予備日です。亜美さんは今日は橘さん、明日は明日夏先輩に付いていてください。明後日の予定は未定です。」
「了解です。橘さんは何でもできるので、私は荷物運びだけだと思います。」
「申し訳ないですが、よろしくお願いします。」
「三佐、ハワイは治安が良いといっても、置き引きはあるかもしれませんので、貴重品はかならず身に着けるようにしてください。」
「二尉、了解。二尉はずうっとリーダーのお供か?」
「はい、そうであります。」
「それでは、リーダーのことよろしく頼むぞ。」
「了解であります。三佐はいまダウンロード中でありますか。」
「その通り。レンタルしたアニメ映画をダウンロードしている。」
「時差がありますので、飛行機ではなるべく早くお休みになるようにして下さい。」
「明日は荷物運びとライブ観戦だけだから心配は無用だ。」
「もし体調が悪くなりそうになったら早めに言ってください。海外旅行者保険が使えて日本語が話せる病院を調べてあります。」
「そうだな、二尉、その時は頼む。」
「今回、一番大変なのは美香さんでありますが、少し心配ではあります。」
「でも、お兄ちゃん、ハワイでは美香先輩に付き添うのはナンシーさんだけでなく、溝口マネージャーもいるから、美香先輩にあまり馴れ馴れしくしちゃ駄目だよ。」
「今回は溝口マネージャーとナンシーさんに任せて大丈夫だと思うけど、別に馴れ馴れしくはしていないから。」
「リーダー、それはミサさんに言った方がいいかもしれませんよ。私のお兄ちゃんに馴れ馴れしくしないで、って。」
「亜美先輩、それはアニメの見すぎです。」
「三佐、馴れ馴れしいというよりは、美香さんには僕が兄みたいな感じで頼られている気は少ししています。」
「うむ。それはそうみたいだな。ミサさん、リーダーと二尉のことはすごい信頼しているようだ。」
「でも、美香先輩はお兄ちゃんがいい加減な気持ちで付き合っていい人ではないから。」
「美香さんすごい人であることも、僕とはつり合いが取れないことも分かっているから、尚、少しは僕を信用して。」
「分かった。」
亜美は「リーダーも素直じゃないし、お兄さんも大変だな」と思いながら話を聞いていた。
搭乗時間になり、飛行機に乗り込むと、窓側から亜美、尚美、誠の順番で座った。離陸して少しすると機内食が出てきた。
「リーダーと二尉はハワイは初めてですか?」
「はい、初めてです。」
「妹の言う通り、アメリカは家族でニューヨークに行ったことがありますが、ハワイは初めてであります。三佐は?」
「1歳の時に行ったことがあるらしいが、よく覚えていない。」
「1歳では覚えていなくても仕方がないですね。」
「明日という今日と言うか、飛行機の到着は朝だったな。」
「はい、今日、23日の予定は、朝7時前に飛行機が到着した後、ホテルで少し休んで昼食をとり、午後から美香さんと橘さんの市内の撮影の手伝いと、夕方は明日夏さんと美香さんのライブに参加する予定です。」
「分かった。」
「明日、明日夏さんと、どのような所を観光する予定でありますか?」
「明日夏さんの運転でハワイをドライブする予定ではあるが、詳しいことはまだ分からない。」
「明日夏さんの運転は少し心配ですが、スピードを出しすぎているようならば、はっきりとスピードを出さないように言うことと、シートベルトは必ず締めて下さい。」
「そうだな。私もまだ死にたくはない。二尉の注意点はミサさんの水着を見て、心を汚さないようにすることだな。」
「はい、警戒が主任務ですから、なるべく反対側を見てようと思います。」
「二尉、あまり避けるのもミサさんの精神が不安だ。普通にしていた方がいい。」
「分かりました。美香さんに精神的負荷をかけたくはありませんので、気を付けます。」
「難しいだろうが、よろしく頼む。それで今期のアニメは何が一番良かったか。」
「もちろん『ピュアキュート』です。」
「『ピュアキュート』が二尉の趣味でないのは分かっている。正直に言うと何だ。」
「『ワーキングセル』でしょうか。」
「なるほど。人間の体の勉強にもなるしな。」
「はい。それで三佐、飛行機では何の映画をご覧になるのですか。プラズマイレブン?」
「よく分かったな。」
「まあ、なんとなく。その手の方たちの鉄板ですから。でも、新作はなかったですよね。」
「最近新作が出ていないからな。だが、世界戦は永遠の名作であるから大丈夫だ。何度でも見られる。」
「そうですね。」
誠と亜美がずうっと話していて面白くない尚美が話に割り込む。
「明日がありますから、私は寝ようと思います。」
「私は明日は荷物運びを手伝うぐらいですが、これを見たら寝ます。」
「それじゃあ、尚、僕たちは先に休むことにしようか。」
「うん。亜美先輩、お兄ちゃん、お休みなさい。」
「三佐、尚、お休み。」
飛行機は順調に飛行し、ハワイに到着するまで1時間と少しになったころ、機内の照明が点灯して明るくなった。
「お兄ちゃん、お早う。」
「尚、お早う。亜美さんは寝ているみたいだから、静かにしていよう。」
「分かった。」
朝食が出されるころ、亜美も起きた。
「リーダー、二尉、お早うございます。」
「亜美先輩、お早うございます。」
「三佐、お早うございます。何時間ぐらい寝れましたか?」
「2時間ぐらいかな。」
「ハワイは近いですから、映画を見るとそうなりますよね。ホテルはアーリーチェックインができますので、ホテルであと2時間ぐらいは寝ることができると思います。」
「二尉、大丈夫だ。2時間ぐらいの睡眠で学校に行くことは良くある。」
「でも、美香さんの撮影中は学校と違って寝れないですから。」
「心配ない。私はどこでも寝れるタイプだ。」
「日本ではありませんので、置き引きに気を付けてくださいね。」
「了解。」
誠は「自分が見ないとか。3人を見るのは大変だな。」と思っていた。
「お兄ちゃん、大丈夫。亜美先輩は私も見ているよ。」
「尚、有難う。」
飛行機が空港に到着すると、レンタルを予約してあったワゴンでホテルに向かい、そこで休憩と昼食を取ったあと、ホテルからワゴンに乗って最初の撮影場所となる公園に向かった。ワゴンを降りると、明日夏とナンシーがいた。明日夏、尚美、亜美が挨拶を交わす。
「明日夏先輩、ナンシーさん、こんにちは。明日夏先輩も来ていたんですね。」
「尚ちゃん、亜美ちゃん、マー君、こんにちは。うん、橘さんのモデル姿というのにすごく興味がある。」
「みなさん、こんにちは。確かにミサさんのモデル姿は想像ができますから、明日夏さんの言う通り橘さんのモデル姿のほうが興味が湧きますね。」
「でしょう。」
誠があたりを見ながらナンシーに話しかける。
「ナンシーさん、こんにちは。」
「星野さん、亜美さん、湘南さん、こんにちは。それにしても湘南さんは暑苦しい恰好ですねー。」
「前後にセラミックプレートを入れた防弾チョッキとチタン製ヘルメットで、暑いですが仕方がありません。」
「7.7ミリのフルメタルジャケット弾も通さないやつですねー。」
「その通りです。ナンシーさんは拳銃をお持ちなんですか?」
「ハワイは銃規制がアメリカで一番厳しくて、ハワイに住んでいない人が銃を持つのは簡単じゃないんですねー。」
「その分、銃犯罪が少なくて少し安心ですが、ゼロと言うわけではないみたいです。」
「テザーガン(電線につながった針が飛び出て、電気ショックを与えるもの)を、二丁持ってきたですねー。」
「さすがですね。ただ、スナイパーが3チーム配置されているみたいですから、不審者はそう簡単には近寄れないと思います。それにしても、すごい警備です。」
「そうなんですねー?」
「偽装されていますが、前のビルの10階の窓、右のビルの12階の非常階段、後ろの自動車のトランクの中です。」
あたりを見回したナンシーが答える。
「そうですねー。でも、うちは依頼していないと思うですねー。」
「とすると、この公園に誰かVIPがいるのかもしれませんね。そうだとすると、逆に巻き込まれることを心配しなくてはいけないですか。」
「湘南さんは、心配しすぎですねー。明るいし人も多いから大丈夫ですねー。」
「はい、気を付けなくてはいけないのは爆発物ですが、ゴミ箱とか近くに隠せそうなところはないので、とりあえず大丈夫だと思います。」
尚美が誠に話しかける。
「それじゃあ、お兄ちゃん、亜美さんと、ミサさんと橘さんに挨拶してくる。」
「二尉、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
尚美と亜美がミサたちが乗っている大きなキャンピングカーに向かった。
「マー君、私は無視か。」
「すみません。警備状況を先に確認しなくてはと思って。明日夏さん、こんにちは。」
「ああ、こんにちは。それで警備状況はどうだ。」
「うちとは関係ないスナイパーが3チームいるみたいで、今はそれが気になります。」
「それは気にしなくてもいい。」
「そうですか。分かりました。」
「それより、マー君はミサちゃんに挨拶に行かないのか?」
「着替え中かもしれませんし。」
「中は更衣室もあるから大丈夫ですねー。平田社長も中にいるですねー。」
「そうなんですね。車の中にトイレやシャワーもあったりするのかな。」
「マー君は、ミサちゃんより、キャンピングカーの方が興味があるのか。」
「そういうわけではないです。美香さんの今回のことへの精神的負担は心配しています。僕にも責任がありますから。」
「湘南さんは主犯ですねー。」
「マー君、ミサちゃんと橘さんの二人にいじめられるがいい。」
「はい、いじめられるぐらいのことは、覚悟はしています。」
「潔いですねー。」
「それならば、今日のライブの後の打ち上げに来るがいい。」
「僕が行ってはまずくないですか。」
「大丈夫ですねー。今日の湘南さんは溝口エイジェンシーのバイトですねー。」
「ただ、今日の朝に妹が飛行機で到着して、あまり休んでいませんので、ライブの後はホテルで休もうと思います。」
「マー君、うまく逃げたね。」
「仕方がないので、明日の撮影の打ち上げには来るといいですねー。」
「分かりました。参加します。」
少しして、ミサと尚美がキャンピングカーから出てきて、誠の方にやってきた。
「誠、こんにちは、今日は来てくれて有難う。その格好は尚の護衛のため?」
「こんにちは。尚だけじゃなくて、みなさんの護衛のためです。」
「私も入っているの?」
「もちろんです。」
「でも、ミサちゃん、すごい綺麗。」
「メークアップアーティストの人がお化粧に1時間ぐらいかけていた。」
「ジャケット写真とかプロモーションビデオの撮影はそうだよね。でも、私もミサちゃんのおめかしを生で見るのは初めて。」
「やっぱり似合わない?」
「そんなことは全然ない。」
明日夏がミサと話しているとき、誠は尚美とナンシーと話していた。
「尚、亜美さんは?」
「キャンピングカーの中で寝てるって。」
「それなら、置き引きに注意をする必要がなくなった。尚は?」
「監督さんの隣で撮影した写真を見ているつもり。主旨は伝えてあるから、具体的な撮影は監督さんに全部任せるつもりだけど。」
「ここまで来たら、それがいいと思う。やっぱり経験が違うから。ナンシーさんは?」
「不審者が侵入してきそうなところにいるですね。」
「さすがですね。僕もそうします。」
「盾と鉾、最強ペアで頑張るですねー。」
「はい、でも、矛と盾で矛盾にならないようにしないと。」
「ははははは、そうですねー。」
久美と悟もやってきた。
「明日夏、お待たせ。」
「橘さん、すごい。やっぱり主張が強い綺麗さです。」
「主張が強いか。こんな濃い化粧をしたことないからな。」
「社長も橘さんのこんな姿を見て、惚れ直したんじゃないですか。」
「いや、でも、こんな衣装を着た久美は初めて見た。」
「悟、私も初めて着たんだから、それは間違いないわよ。」
誠が明日夏に話しかける。
「明日夏さんは、撮影中はどこにいる予定ですか?」
「尚ちゃんといっしょにいると思う。」
「はい、それがいいと思います。」
「社長さんは?」
「明日夏と尚の後ろかな。」
「それでは、何かの時には二人をお願いします。」
「了解。」
ミサが自分の話をしない誠にしびれを切らして自分から話しかける。
「誠、この格好はどう思う。」
ミサの全身を見てから言う。
「靴が動きにくそうです。最悪の場合、靴を脱いで動けるように、地面に尖ったものが落ちていないことを確認しないと。」
「・・・・・。」
「あと、服が難燃性ではないようです。火の気はないので大丈夫と思いますが、念のため消火器の位置を確認しておきます。ナンシーさんも手伝ってもらえますか。」
「分かったですねー。」
誠とナンシーは撮影場所周辺の危険物や消火器の確認に向かった。
「誠は、私のことなんてどうでもいいのかな。」
「マー君はみんなの安全のことで頭がいっぱいなんだと思うよ。」
「そうなの。でも、ナンシーとの方が気が合いそう。」
「そうかもしれないけど、男女抜きで気が合う感じかな。尚ちゃんはどう思う。」
「ナンシーさんは、兄にとってパスカルさんやラッキーさんと同じ仲間という感じなんじゃないでしょうか。」
「そうなんだ。有難う。」
撮影場所まわりをチェックしながらナンシーが湘南に話しかける。
「湘南さん、ミサの格好を褒めないといけないですねー。ミサは頑張ってああいう格好をしているですねー。」
「僕もですか?妹に美香さんにあまり馴れ馴れしくするなと言われていて。」
「星野さんですかねー。湘南さんも難しい所にいるですねー。それでは、星野さんには、ナンシーから誉めるようにお願いされたと言っていいですねー。」
「僕が誉めると、わざとらしくなってしまいますが。」
「それは大丈夫ですね。」
「分かりました。やってみます。あと、これは位置が分かるタグなのですが、できれば美香さんに持っていてもらおうと思うのですが。」
「お守りですね?」
「この中に入っています。」
「分かったですね。ミサがいいと言えばいいですねー。」
「有難うございます。それにしても、スナイパーの助手が双眼鏡でこっちをたびたび見るので、あまりいい気はしないです。」
「やっぱり、その格好は目立つですねー。」
「はい、怪しまれても仕方がないと思いますので我慢します。」
誠とナンシーが確認を終えて戻ってきた。
「裸足で動いてケガをしそうなものは拾っておきました。」
「消火器を近くに置いたですねー。」
「誠君、ナンシーさん、お疲れ様。」
「それで、少年、男性の目からはどうだ、美香と私は。」
「橘さんは、すごい迫力美人という感じです。」
「こら、少年。何だ迫力美人というのは。」
「はい、今のがそうです。」
みんなが笑う。
「悟、笑うな。それで美香は。」
「美香さんは綺麗すぎて僕が何か言える立場ではないですが、ハイビスカスの花も恥じらう美しさという感じです。でも、美香さんの髪にハイビスカスの花をつけると本当に似合いそうです。」
「本当に!有難う。ハイビスカスの花あるかな。」
「あそこのギフトショップで売っていたですねー。買ってくるですねー。」
「僕が行ってきましょうか。」
「その格好で歩き回ると怪しまれて撃たれるかもしれないですねー。私が行ってくるですねー。湘南さん、何色がいいですねー。」
「それは、美香さんに聞く方が。」
「ここは、男性の趣味できめるですねー。」
「個人的には美香さんには赤です。」
「マー君、尚ちゃんと私に付けるとすると?」
「ピンクと黄色です。ちなみに、ナンシーさんは青で、橘さんは白です。」
「分かったですねー。行ってくるですねー。」
ナンシーがギフトショップでそれぞれの色の髪飾り用のハイビスカスの花を買いに行った。明日夏が尚美に話しかける。
「尚ちゃん、ハイビスカスの花言葉は、何なの?」
「新しい恋。」
「おー、恋ってLoveの恋。」
「はい、CarpではなくLoveの恋です。」
「なかなかだね。」
「新しい恋か・・・・。」
「マー君は恋したことはあるの?」
「3次元の異性とはないです。たぶん、明日夏さんと同じです。」
「マー君といっしょにしないでくれ。ないことはない。」
「そうですか。」
ミサがお茶目な顔をして尋ねる。
「誠、異性じゃないなら、3次元の恋人はパスカルさんということ?」
「違います。でも、美香さんも、そんな冗談が言えるようなので安心しました。」
「うん、だいぶリラックスできた。」
「ナンシーさんは、美香さんが良ければ構わないということなのですが、この位置の分かるタグを持っておくようにしてもらえないでしょうか。音が出ないように改造してあります。」
「お守り!誠が私に。」
「はい、この中にタグが入っています。」
「有難う。大切にする。」
「有難うございます。」
「ミサちゃんを電波で拘束しようとするマー君。」
「明日夏、拘束って?」
「このタグ、本当は荷物が無くならないようにするためのものだけど、相手に浮気をさせないために使ったりするんだよ。」
「大丈夫。浮気しないから。」
「そういうことじゃないんだけど。でもマー君に悪気があるなら、二人っきりのところで渡すだろうけど。」
「明日夏、私は誠を信じているから大丈夫だよ。」
「有難うございます。」
ミサがお守りを小さなバッグにしまった。
少しして、ナンシーがハイビスカスの花を持って戻ってきて、ミサたちが髪に付け始めた。
「私も付けるのか?」
「橘さんも意外に似合うと思いますので、是非付けてみて下さい。」
「少年、意外に、は一言余計だ。」
久美がハイビスカスの花を髪につける。
「橘さん、本当に意外に似合っています。」
「明日夏、人をからかわない!。明日夏はいつも元気で明るくて黄色は似合うな。」
「人を能天気みたいに言わないでください。尚ちゃん、ピンク、可愛い。」
「ピンクは魔法少女の主役の色ですから、今期はよくピンクの服を着ていました。美香先輩の赤も良く似合っています。」
「美香さんの内面は全然違いますが、外面的には情熱的な女(ひと)に見えて、魅力的に見えると思います。」
「マー君、言いたいことは分かるけど、全然違うと言うのは失礼だよ。」
「申し訳ありません。でも良く似合っていると思います。」
「有難う。明日夏はどう思う?」
「私も、ミサちゃんが情熱的な女に見えていいと思う。内面はちょっと違うけど。」
「ははははは、ちょっとね。ねえ、みんなで写真を撮ろうか。」
「そうだね。記念はなるね。」
「それじゃあ、僕が撮るよ。」
「ヒラっち、有難う。」
悟と誠が後ろに下がろうとすると。
「誠は入って。」
「でも、僕はハイビスカスを付けてないですし。」
「誠、そんなの気にしなくて大丈夫だよ。」
「ふふふふふ、湘南さん、実は湘南さんのためにオレンジを買ってきたですねー。ミサ、湘南さんに付けてあげるですねー。」
「了解。ヘルメットの上からがいいかな。」
ミサが誠のヘルメットにオレンジ色のハイビスカスを付ける。
「すごく似合う。」
「似合うですねー。」
「ハイビスカスの花、マー君が一番似合っているかもしれない。」
「そうそう。」
誠は「やれやれ、僕はまた娯楽の対象か。でも、みんながリラックスできているみたいだしいいか。」と思いながら列に加わった。スマフォで写真を撮った後、尚美がミサに話しかける。
「写真撮影を始めるみたいですので、撮影場所に行きましょう。」
「尚、花を髪に付けた写真を写真集に載せられるかな?」
「美香先輩、監督さんに提案してみます。いっしょに来てもらえますか。」
「尚、有難う。」
ミサたちが撮影場所に向かい、撮影が開始された。誠とナンシーは並んでサングラスをかけて周辺の警戒を開始した。
「美香さんにタグを持ってもらえました。もし行方が分からなくなったら、僕に連絡して下さい。」
「ミサは喜んでくれたと思うですねー。」
「やっぱり、不安なんでしょうね。」
「違うですねー。でも湘南さん、お守りを回収しようとしちゃだめですねー。」
「はい?。」
「ミサが悲しむですねー。湘南さんが位置を見なければいいだけですねー。」
「分かりました。必要があるときだけ見るようにします。」
「有難うですねー。」
公園では撮影隊を除けば静かな時間が流れていた。
「それにしても、平和ですねー。」
「はい。何もなさそうですが、警戒していればもっと平和になります。」
「さすがですねー。」
「それで、ミサさんへの励ましは、あんな感じで大丈夫だったでしょうか。」
「励ましですねー。90点ですねー。」
「有難うございます。」
「明日は、水着姿を誉めるですねー。」
「難易度が非常に高そうですが、考えてみます。」
「頑張るですねー。湘南さん、私は右側を見るので、湘南さんは左側を見ていてくれますかねー。」
「了解です。」
誠は主に近くを通る人を警戒していたが、確認のため時々サングラスの後方確認用ミラー(後述)を使って撮影している方を見ると、ミサはリラックスして撮影に臨んでいるようだった。久美も慣れないながらも、モデルの仕事を頑張っているように見えた。尚は集中して撮影した写真が表示されるモニターを見ていた。明日夏と悟は話しながら、ミサ、久美やモニターを見ていた。
公園での撮影が終わると、自動車で移動して借り切った楽器店での撮影となった。撮影の準備中、ミサはギター、明日夏はシンセサイザー、ナンシーはドラム、悟は久美といっしょにベースを見て回っていた。誠は鏡とライトが付いた棒を使って店の中の不審物を探していた。撮影準備が終わって、撮影が始まった。店の周りはショッピングセンターの警備員が数名来て見張っていた。誠とナンシーは店を出て入口から少し出たところで、店の中を見ていた。
「とりあえず、不審物はなさそうでした。」
「ここは、お店の警備員がいるから大丈夫そうですねー。」
「はい、良かったでした。やっぱり、美香さんは楽器店の方が生き生きしていますね。」
「そうですねー。ファッションの店よりは嬉しそうですねー。」
「分かる気がします。ナンシーさんもそうですか。」
「うーん、最初にロスアンゼルスのアニメイトに行ったときの衝撃の方がすごかったかもしれませんですねー。」
「ははははは、そうかもしれませんね。」
「湘南さん、私は左側を見るので、湘南さんは右側を警戒してくれますかねー。」
「了解です。」
誠は「公園の時といい、あまり馴れ馴れしくするなということかな。それとも警戒を厳にということか。とりあえず、余計なことを考えるのはよそう。」と思いながら、警戒に集中することにした。楽器店の後は、普通は公開していない高い建物の屋上での撮影となった。関係者以外誰もいないため安心して見ていたが、より高い建物にスナイパーのチームがいるのに気が付いた。ただ、こちらを護衛しているみたいに見えたので、あまり気にしないことにした。
撮影が終わって、ミサや明日夏は夜からのライブのために会場に向かうことになった。
「ナンシーさん、これからライブの付き添いですよね。」
「そうですねー。溝口マネージャーが遊びに行ってしまって、私一人でミサのマネージャーをしなくてはいけないですねー。」
「ナンシーさんなら、一人でも大丈夫です。」
「そんなことより、湘南さんは、ミサにお疲れ様と言ってくるですねー。」
「それは構いませんが、僕が言った方がいいですか。」
「その方が、ミサの精神が安定するですねー。」
「僕は美香さんの心のニキビの治療薬みたいなものですかね?」
「それは、異空間で白くて巨大な神人を倒す人ですねー。」
「実は僕、異世界で白い悪魔を倒してきたところなんです。」
「ははははは、それはご苦労様ですねー。でも、湘南さんは、それよりはもっと重要な人ですねー。」
「分かりました。とりあえずお疲れ様を言ってきます。ナンシーさんも行きますか?」
「湘南さんと仲良くしていると、ミサが焼きもちを焼くですね。だから、湘南さんが一人で行くですねー。」
「それはないと思いますが、了解です。」
ミサは撮影スタッフ一人一人に撮影協力のお礼をしていた。誠はすこし離れて位置に立った。ミサが最後に誠の前に立ち、誠が声をかける。
「お疲れ様です。」
「有難う。」
他のスタッフは片付けを始めていたので、誠もそれを手伝いに向かおうとした時に、ミサが誠に話しかける。
「おー、誠、そのサングラス、可愛い。」
「可愛いんですか。」
「そう。全然似合っていないところが可愛い。」
「似合っていないのは分かります。」
「写真撮っていい?」
「はい、構いません。」
ミサが写真を撮りながら尋ねる。
「サングラスをかける理由は、日差しが強いから?」
「それもありますが、相手に視線を読まれないためです。」
「ミサちゃん、マー君は視線を読まれないことをいいことに、女の子の体を隅々まで観察しているんだよ。」
誠は「それはパスカルさん。」と思いながら答える。
「女性に限らず、安全のためにです。」
「でもミサちゃん、マー君、明日はサングラスの奥からミサちゃんの水着姿を堪能しているかもしれないから気を付けて。」
「はい、実際そういうことをしている人を知っていますので、注意しておいた方がいいとは思います。」
「それはきっと、ラッキーさんじゃなくて、パスカルさんの方だね。」
誠は言葉に詰まって「うっ、うかつだった。明日夏さんの勘の良さを甘く見ていた。パスカルさん、ごめんなさい。」と思いながら答える。
「すっすみません。友人を売るわけには・・・」
「まあ、それはそうだな。でもミサちゃん、そういうことだよ。」
「私は、誠なら別に構わないけど。」
「へっ?」
「誠が見たいならいくら見ても構わない。明日夏はいや?」
「うーん、普通に見るなら構わないといえば構わないけど。」
「分かった。誠、明日夏は普通以上に見ないでくれる。もし、ジロジロ見たかったら私を見て。私の方はいつどんな時でも見てもいいから。」
「ミサちゃん、いいの?」
「大丈夫。その代わり誠に負けないぐらい見返す。」
誠は「ジロジロ見ることにも負けたくないのか。」と思いながら答える。
「分かりました。近くにいる場合はサングラスを外すようにします。そうすれば、変な目で見ていないことが分かると思います。」
誠がサングラスを外す。それを見たミサが言う。
「へー、このサングラスの内側の両端、ミラーになっているんだ。変わっているね。」
「このミラーの部分で、後ろも見ることができるようになっています。これで後方も監視できます。」
「なるほど、今もそれでミサちゃんを見ていたわけだ。」
「美香さん周辺の警戒には使っていましたが、特に大きく写るわけではないので。」
「私のことを見てくれていたんだ。」
「30秒に一回ぐらいは確認していました。」
「そうなんだ。全然気が付かなかった。でも、この私に気づかせないって、さすが誠。」
「ミサちゃん、それ褒めるところ?」
「悪気はないのは分かっているから。誠、見張っててくれて有難う。」
「いえ、どういたしまして。」
亜美を起こした尚美と亜美、ナンシー、久美と悟がやってきた。
「ミサ、お疲れ様。」
「有難うございます。久美先輩のモデル、さすが私より全然迫力がありました。」
「美香、少年みたいなことを言わない。悟、今日の撮影は終わったし、ライブの明日夏のマネージャーは私がやるわ。」
「その方が明日夏も安心だろうね。僕はそのサポートに回る。」
「ミサ先輩、お疲れ様です。私と亜美先輩と兄は関係者席でライブを観ています。」
「尚、有難う。3人は今日はそのままホテルに戻るんだよね。」
「はい、明日に備えて今日は早く寝ようと思います。」
「分かった。それじゃあ、また明日。」
「はい、また明日。」
「ミサさん、撮影を見ていなくて申し訳ありませんでした。」
「亜美、気にしないで。眠い時は寝たほうがいい。」
「寝る子は育つですねー。」
「ミサさん、有難うございます。ナンシーさん、残念ですが身長は中学生の時に止まってしまったみたいです。」
「縦に育つためには、カルシウムと骨に衝撃です。」
「二尉、言いたいことはわかるが、縦は余計。」
「申し訳ありません。」
「最近、マー君は亜美ちゃんに歯に衣を着せないからねー。」
「明日夏さんの場合は、お互い歯に衣を着せない感じですよね。」
「所詮、オタク女性は一段下に見られるんだろうね。」
「それは仕方がないですか。」
「下に見てるのではなくて、言っても傷つかなさそうですので、本当のことを言った方がいいかなというのはあります。」
「マー君の場合、悪意で言っているわけじゃないのは分かるからね。」
「でも、私も明日夏さんみたいに言い返したいのですが、なかなか思いつかなくて。」
「マー君、横に成長しないためには、運動と減量だよ。とか。」
「明日夏さん、厳しい。」
「さすが明日夏さん。でも私の場合、オマエモナーと言われて終わってしまいそうです。」
「少し違って、いっしょに頑張りましょう、と言うと思います。」
「うー、やっぱり私じゃ無理か。」
「あの、誠、私にも歯に衣を着せないで、何でも言っていいからね。」
誠は「度を過ぎなければ大丈夫かな。マリさんと橘さんに積極的に対応するように言われているし。」と思いながら答えた。
「分かりました。美香さんのそういうところを見つけるのは難しいのですが、頑張ります。」
「明日夏みたいに上手く言い返せるか分からないけど、それも頑張る。」
「はい、僕は何を言われても大丈夫ですから、練習と思って何でも言ってみて下さい。」
「分かった。」
イベント会場に向かうワゴンが到着して、ナンシーが呼びに来た。
「ミサさん、明日夏さん、出発するですねー。」
「了解。」
「ダコール。」
「それじゃあ、また明日。」
「明日は亜美ちゃんと私は観光だから、また次に会うときに。」
「はい、またお願いします。」
「明日夏先輩、美香先輩、今から一仕事ですね。応援しています。」
「明日夏さんと美香さんのライブ、楽しみにしています。」
「誠、全力で歌うから、しっかり聴いていてね。」
「はい、全力で聴きます。」
「適当に歌うけど、しっかり聴くこと。」
「はい、明日夏さんの場合はその方がいいかもしれません。」
「おい。」
「あまり力を入れて歌う曲ではないですから、いつも通りに歌う方が良いと思います。」
「いつも適当なのか。」
「適当に歌うなんて言う、明日夏が悪い。」
「まあ、そうだね。」
「明日夏さんも、1年前より細かいところまで気を付けて歌っているのは分かります。」
「メルシー。31歳人妻、二児の母に負けてはいられないからな。」
「はい。」
「誠、私はどう?」
「マリさんは、美香さんの場合、悲しい曲でも天性のパワーを活かした方が、今はいいと言っていました。ですので、力まず、でも全力で歌ってください。」
「誠もそう思う?」
「はい、僕もパワーで若さの魅力が活かせるので、そう思います。」
「じゃあ頑張る。ライブ、楽しみにしていてね。それじゃあ、また明日。」
「はい、また明日。」
「ライブを楽しみに。じゃあマー君、また。」
「はい、『デスデーモンズ』の2曲目、頑張ります。」
明日夏やミサたちがワゴン車でイベント会場の関係者の出入口に向かった。誠、尚美、亜美の3人も来た時に乗ったワゴン車でイベント会場の一般の出入口に向かった。
尚はワゴン車の中で寝ていた。車がイベント会場に到着すると、誠が尚に尋ねた。
「尚、体調は大丈夫?あまり寝ていないならどこかで休んでいる?」
「お兄ちゃんはどうするの?」
「尚と一緒にいるよ。」
「亜美先輩はどうしますか?」
「私もあまり寝ていないので、イベントをざっと見た後休んでいます。」
「それじゃあ、私もそうします。」
「三佐、行きたいブースはありますか?」
「日本のアニメのグッズは日本と同じだから、少し様子を見るぐらいでいいが、せっかくアメリカに来たのだからアメコミ関係のグッズは見てみようかな。」
3人で会場を回っていると、亜美は結局、日本のアニメのブースに興味があるようだった。
「二尉、『タイピング』はあったけど『プラズマイレブン』のブースはない。こちらのショタコンは何を見ているんだ。」
「二尉、アメリカでは自分がショタコンだという発言は絶対に止めた方がいいです。二次元とはいえ、日本より法律も社会的な目も厳しいです。」
「分かった。気を付けることにしよう。」
「有難うございます。」
「日本は自由の国だな。」
「二次元に関してはそうだと思います。」
誠が尚美を見ると、かなり眠そうに見えた。
「三佐、まだだいぶ早いですが、会場に行って席で休んでいますか?」
「うむ、そうしよう。」
3人はライブ会場に向かった。
ライブ会場に向かって先頭を歩く誠に声がかかった。
「よう、湘南じゃん。」
「パスカルさん、ラッキーさん、セローさん、こんにちは。」
「湘南君、こんにちは。しかし、すごい格好だね。」
「戦争を取材している新聞記者みたいな格好だな。安全第一か。」
「湘南君、久しぶりー。ホームページのサイト管理、ありがとうねー。」
「このところ、サイトの中身はセローさん任せになってしまって。」
「大丈夫だよー。書き方を教えてくれて有難うー。」
「パスカルさん、ラッキーさん、こんにちは。セローさんはじめまして。」
「パスカルさん、ラッキーさん、この間は有難うございました。セローさんはじめまして。」
「おー、妹子ちゃん、ミーアさん、こんにちは。」
「妹子ちゃん、ミーアさん、こんにちは。」
「湘南君の妹さん、いつも湘南君にはお世話になっていますー。お友達の方、初めまして。」
「なるほど、湘南の恰好はこのためか。でも妹子ちゃんとミーアさん、今日のライブには出演しないと思ったけど。司会とか?」
「ごめんなさい。内容は言えないんですが、このイベントとは全く関係ない仕事があってハワイに来ました。」
「そうか。もう聞かないから安心して。何はともかく、仕事、頑張ってね。湘南も妹子ちゃんとミーアさんのガードマン、頑張れよ。」
「はい。」「了解。」「はい。」
「でも、湘南、ここにいるということは、明日夏ちゃんたちのライブには来るんだよな。」
「行きます。でも申し訳ないのですが、今日は妹といっしょに関係者席にいます。」
「まあ、そうだよな。」
「湘南君、場所は違っても明日夏ちゃんをいっしょに応援しよう。」
「はい。こう見えても一応副TOですから。」
「そうだったー。ごめんなさい。妹さんとお友達さんも、もし良ければ明日夏さんの応援、よろしくお願いします。」
「はい。」「もちろん。」
ライブ会場の席に座ると、まだ暗いこともあり、尚美と亜美はすぐに寝付いた。誠は眠かったが、関係者以外は入れない区画であるが置き引きを警戒するために、寝ないでパソコンを使って宿題のプログラムを作成していた。
「やっぱり、寝ていないと頭がまわらないな。でも寝ちゃいけない。」
眠気覚ましのガムを噛むなどして、何とか寝ないでいた。会場に一般の客が入り始めると、撮影の時に3時間ぐらい寝ていた亜美が起きた。
「二尉、お早う。」
「お早うございます。早くはないですが。」
「そうだな。ずうっと起きていたのか?」
「関係者席と言っても、誰が入るか分かりませんし。眠気覚ましのガムは要りますか?メントールが効いています。」
「あまり寝ていると、夜、寝られなくなるから、有難く頂くことにしよう。」
亜美がガムを食べる。
「すごくスースーするな。」
「・・・・・・・」
「二尉、どうした。」
「何でもありません。三佐、明日は明日夏さんとレンタカーでまわるんでしたっけ。」
「そうだ。明日夏さんはオープンカーをレンタルしたみたいだ。」
「オープンカー!さすが明日夏さんです。」
「明日夏さんが、私がもっと広い心を持つようにだそうだ。行くところもそういう所らしい。」
「確かに、明日夏さんの心は広そうです。」
「明日夏さんは、私が徹君のことを構いすぎるのが心配で、もっと心を広く持てと言っている。」
「明日夏さん、亜美さんのことを考えているんですね。」
「無用な心配だとは思うが。」
「でも、心を広くって、どこに行くんでしょうかね?ハワイなら海とかの大自然か、それとも真珠湾のような歴史的なところでしょうけれど。」
「詳しくは聞いていないが、おもちゃ屋に行くとは言っていた。」
「おもちゃ屋ですか。うーん、ちょっと分からないです。アメリカのおもちゃということかな。日本にも入ってきていますが、こちらの方が種類が多いのかもしれませんが。」
「私も良くわからない。」
「そうですね。明日夏さんの考えていることは、普通の人では分からないところがありますから、仕方がないです。」
「その通りだな。行ってからの楽しみということにしておくよ。」
「はい、事故だけは気を付けてください。」
「了解。」
その後、誠と亜美でこの前の『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの話をしていると、ライブの開演5分前の案内があり、尚美が目を覚ました。
「亜美先輩、お兄ちゃん、お早う・・・・お早うではないですね。二人で何を話していたんですか?」
「この前の『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの話とかだよ。」
「はい、二尉の言う通りです。」
「私は行けなかったでしたが、亜美先輩は参加したんでしたね。」
「スタッフとして写真を撮っていました。」
「どうでした。」
「やっぱりフルサイズのカメラは重かったでした。でも、暗いところでも綺麗に撮れるのでさすがフルサイズという感じです。」
「そうですか。亜美先輩は写真撮影が好きなんでしたね。いろいろなカメラを使ってみるのはいいことだと思います。それでライブはどうでした?」
「えーと、徹君がすごく可愛かったでした。」
「私もキャンプに行った日に、徹君を見ましたが、確かに可愛らしい男の子でしたね。」
「さすがリーダーもお目が高い。」
「それでライブの方は?」
「応援する徹君が段から落ちないように支えていて、よく覚えていないのですが、マリさんの歌が素晴らしく綺麗に響いていました。」
「尚、ユミちゃんのお父さんの正志さんが、ビデオを撮っていたから、興味があれば見ることができるよ。1時間半ぐらいの長さだけど。」
「うん、見てみる。有難う。この前聴いたマリさんの歌は参考になったので、ライブでの歌の感じも確認しようと思う。」
「うん、かなりすごいから、是非、聴いてみるといいと思う。」
「分かった。」
「ビデオカメラもPXWシリーズですからばっちりです。」
「亜美先輩、それは何ですか?」
「プロ用のビデオカメラのシリーズ名です。」
「正志さんが娘のユミさんの活躍を撮影するために購入したみたいだよ。パフォーマンスはちゃんと写っているから大丈夫。」
「日本に帰ったら見てみる。」
「うちの事務所でも買いましょうよ、PXW。」
「どういうところがいいんですか?」
「リーダー、それについては、二尉に説明してもらった方が確かだと思います。」
「お兄ちゃん、どんなところがいいの?」
「センサーサイズが1インチで一般的な家庭用ビデオよりセンサーが大きくて雑音が少ない、HDMIだけじゃなくてプロ用の3D-SDG出力があるのでケーブルがかなり長くできる、複数のカメラを使う時の同期が簡単、音声がデジタルで入力できる、SDカードが2枚入るから撮影中に1枚壊れてもデータが無事なことかな。欠点は、逆に重くて大きいことと、複雑だから使いずらいことぐらいかな。」
「なるほど。」
「リーダー、分かったんですか。」
「何となく。こんど社長に話してみます。」
「有難うございます。二尉、事務所で買ったら使い方の教授をお願いする。」
「はい。ただ、カメラやビデオはパスカルさんの方が詳しいかもしれませんので、その場合は、パスカルさんを誘ってみていいですか?」
「分かった。その時はまたいっしょに頼む。」
「了解です。」
ライブが始まった。ライブには声優、DJ、アニソンアーティストの合計6組が出演する。1組の公演時間は25分であるが、ミサだけ35分であった。ライブは順調に進行し、最後から2番目に明日夏がステージ袖から出てきた。
「みなさん、こんばんは。神田明日夏です。ハワイ、奇麗な花がいっぱい咲いていて、とても素敵なところです。私の頭のハイビスカスの花も可愛いでしょう。公園のお土産屋さんで買いました。男性にもきっと似合うと思いますので、是非、みなさんも付けてみて下さい。それでは、まずは1曲目、私のデビュー曲『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を歌います。」
明日夏は、『やってられるか』、『ジュニア』とカバー曲『君の知らない物語』やラストの『天使の笑顔』の5曲を歌った。それまで、誠はパスカル、ラッキー、セローがどこにいるか分からなかったが、明日夏の曲が始まり、前の方に立っている3人が、HO(ハイパーオレンジ。一番明るいオレンジ色のケミカルライト)を炊き、揃って応援しているのを見て、「セローさんだ。」と思い、いっしょに応援した。明日夏は自分の最後の曲『天使の笑顔』を歌い終わっても、ステージに残っていた。
「次は今日のトリのミサちゃんの番。みんな大きな声でミサちゃんって呼んでね。ワン、ツー、スリー、ミサちゃーん。」
会場からも「ミサちゃーん」の声が聞こえた。その声に呼ばれてミサが「明日夏ー。」と手を振りながらステージに入ってきて、明日夏の隣に並んだ。
「ミサちゃん、いらっしゃい。まずは自己紹介。」
ミサが英語で挨拶する。(ここでは日本語に訳したものを記す。)
「みなさん、こんにちは。私は大河内ミサです。アニメの主題歌を中心に歌うロックシンガーです。」
その後は、明日夏が日本語で話し、それを翻訳する形でミサが話す。
「ミサちゃんと私が初めて出会ったのは3歳の時です。」
「私たちは3歳の時に初めて知り合いました。」
「その後、しばらく会っていなかったのですが、アニソン歌手になって再会を果たしました。」
「その後、二人がアニソン歌手になるまで、会っていませんでした。」
「最近は、それを取り戻すように、毎週2回は会って遊んでいます。」
「違う、歌の練習をしているんでしょう。」
「そうでした。事務所には歌の練習をすると言って、遊んでいます。」
「うそです。本当に練習しています。えーと、英語で言いますね。週2回、明日夏と私はいっしょに歌の練習をして、その後、遊びに行くことがあります。」
「二人で歌うのは慣れていますので、ここで二人デュエットで歌います。」
「練習で二人で歌っていますので、ここで明日夏と私がいっしょに歌います。」
「歌う曲は、来年春発売になる私のアルバムに入っている曲です。」
「来年春に発売される明日夏のアルバムの曲を二人で歌います。」
「それでは聴いて下さい『あんなに約束したのに』。」
「『あんなに約束したのに』を歌います。」
明日夏とミサが、今日のためにアレンジした『あんなに約束したのに』を歌う。
「お聴き頂いた曲は『あんなに約束したのに』です。」
「『あんなに約束したのに』を歌いました。」
「二人で歌い方を工夫してみました。いかがだったでしょうか。」
「明日夏と私で歌い方を工夫して歌いました。どんな風に感じたでしょうか。」
会場から拍手や「良かった!」という声がかかった。
「ミサちゃん、良かったって。」
「有難うございます。」
「私はこれで下がりますが、ここからはミサちゃんの歌をお楽しみください。」
「明日夏、お疲れ様。」
「ミサちゃん、頑張ってね。」
「はい。」
明日夏が舞台袖に下がった。
「お兄ちゃん、驚いた?」
「尚は知っていたんだよね。」
「それはもちろん。」
「『あんなに約束したのに』は明日夏さんが作詞した曲だからだね。」
「それもあるけど、マリさんに負けたくなかったみたいで、平田社長を交えて二人で歌い方やアレンジを工夫していた。お兄ちゃんとしてはどうだった?」
「すごい良かったよ。二人のいいところを上手に活かしていて、さすが平田社長という感じ。」
「アキたちが歌ったものと比べると?」
「プロとアマチュアの違いもあるけど、美香さんも明日夏さんもあの年齢のプロの中でも上手な方だし、比較するのはちょっとかわいそう。」
「かわいそう?マリさんが歌ったのと比べると?」
「うーん、やっぱり、マリさんが一人で歌ったものの方が良かったかな。深みがある気がする。でも、それほどは違わないよ。あと、マリさんが二人を指導したらどうなるかは聞いてみたいけど、さすがに無理だと思う。」
「そうなんだ。でも、それは二人には言わないで。」
「分かっている。」
ライブはミサが7曲歌って、終演となった。
「皆さん、今日はライブに来てくれて、有難うございました。全の出演者がまたハワイに来たいと感じています。そのときまで、是非、待っていてください。ハワイ、有難う。みなさん、有難う。また是非、会いましょう。」
ライブが終わると、誠、尚美、亜美は、今朝飛行機で到着したばかりということもあり、そのままホテルに戻った。ミサと明日夏たちは、ライブの打ち上げに参加したが、ミサと久美が明日の朝から撮影があるということで、少ししてから主催者や関係者に挨拶した後、早々にホテルに戻り、早めに床についた。
次の日、朝早く起きた誠と尚美は朝食を済ませて、撮影場所の海岸に向けて出発しようとしていた。亜美はまだ寝ていたため、尚美は「連絡はSNSですればいいか。」と思いながら静かに部屋を出て、誠と一緒にワゴン車に乗った。途中、海が見えるところで尚美が誠に話しかける。
「お兄ちゃん、綺麗な景色だよ。二人で海外旅行に来たみたい。」
「そうだね。でも、二人で海外旅行に行くとすると、歴史的遺産があるところとかかな。」
「まあね。ポツダムとかプラハとか行ってみたいかも。」
「尚に休みが取れるようになったら行ってみよう。」
「そうしよう。約束だよ。」
「分かった。」
少ししてワゴン車が撮影場所に到着して二人が降りると、ナンシーがやってきた。
「ナンシーさん、お早うございます。」
「ナンシーさん、お早うございます。」
「星野さん、湘南さん、お早うございます。今、ミサと橘さんはメークアップ中ですねー。」
「有難うございます。それでは、私は監督さんと話してきます。」
「了解ですねー。行ってらっしゃいですねー。」
「お兄ちゃんも、また。」
「尚、頑張ってね。」
「了解。」
尚が監督がいるバスに向かった。
「ナンシーさん、水着にブルゾン、カーボーイハット、両腰にテザーガンですか。」
「そうですねー。アニメの西部劇みたいですねー。」
「はい、すごく良く似合っています。」
「有難うですねー。それで、湘南さんはこのパラソルを持つですねー。」
「撮影時以外は日陰にするためにですか。もしかするとですが、美香さんのためですか。」
「もしかも何もそれしかないですねー。橘さんは平田社長さんがするですねー。」
「パラソルをさすのは、本当はナンシーさんの役割なんじゃないですか?」
「午前中の撮影は、お願いするですねー。午後のライブの撮影は私がやるですねー。湘南さんの午後は撮影区域に人が入らないようにする係りをお願いするですねー。」
「了解です。」
「あと、ミサがガウンを脱いだり着たりするのを手伝うですねー。そして、脱いだガウンは持っているですね。」
「あの。」
「大丈夫ですねー。道玄坂のホテルと違って、下に水着は着ているですねー。」
「それは分かっています。」
「それでは、キャンピングカーの前で待機しているですねー。平田社長もいるですねー。」
「本当にいますね。これで、気が少し楽になりました。」
「頑張るですねー。」
「はい。」
誠がキャンピングカーの前に行って、悟に挨拶をする。
「平田社長、お早うございます。」
「ああ、誠君、お早う。誠君もパラソルを持つ係なの?。」
「はい、あと脱いだガウンを持っている係です。」
「ははははは、僕と同じだ。」
「午後はナンシーさんに代わるので、僕は午前中だけですが、頑張りましょう。」
「了解。でも、それは羨ましい。」
少しして、キャンピングカーの扉が開いて、ミサと久美が出てきた。誠と悟がミサと久美にパラソルをかざす。
「あっ、誠。お早う。」
「お早うございます。ナンシーさんの指示で午前中は僕が大河内さんのお世話を担当します。」
「大河内さん!?そうね。有難う。」
「悟に少年、お早う。」
「お早うございます。」
「久美、お早う。しかし、僕が久美のパラソル持ちをするとは思わなかったよ。」
「それを言うなら、私が水着でグラビアモデルをするなんて思わなかったわよ。」
「それは、全くだ。」
「でも、大河内さんも橘さんも、ダイエットの甲斐あって、写真を空間的に変形を全くしなくても大丈夫そうです。」
「少年、それは誉め言葉だったんだな。」
「はい。」
「誠、昨日歌った『あんなに約束したのに』はどうだった。」
「はい、二人の特徴をうまく生かして、すごく良かったと思います。」
「マリさんが歌ったのと比べて。」
「えーと、同じぐらいでしょうか。マリさんの表現の深さはやっぱりすごいですが、大河内さんのパワーと明日夏さんの特徴ある声が噛みあっていい感じでした。」
「少年、苦しそうだな。まだ二人じゃ、束になっても真理子先輩には敵わないよ。」
「誠、そうなの?」
「はい、申し訳ありませんが、橘さんの言う通りだと思います。」
「そうなのね。分かった。久美先輩の師匠だし、マリさんに追いつけるように頑張る。」
「はい、僕にできる応援は何でもします。」
「有難う。誠、今もそうだけど、全然遠慮しなくていいから、何でも正直に話して。誠の言うことは絶対に信じるし、何を言っても怒ったりしないから。」
「分かりました。」
「それにしても、早く撮影が終わんないかな。今日の夜は、飲んで食べるぞー。」
「明日の午前中は予備日ですが、今日で終われば酒池肉林ですね。」
「そんなのじゃ足りん。」
「それでは、お酒の湖と肉の森で、酒湖肉森(しゅこにくしん)では。」
「池から湖、林から森に代えたのか。そんなところだな。」
「でも、久美、明日の夕方には飛行機に乗るのでほどほどに。」
「大丈夫。悟、いつもの二日酔いの薬、持ってきているわよね。」
「持ってきてはいるけど。」
「それなら、夕方までには治るから大丈夫。その代わり、悟はほどほどでいいから。悟が倒れると日本に帰れなくなる。」
「帰りは誠君たちといっしょの便で、万が一の時は誠君にお願いしてあるから大丈夫だけど。」
「よーし、それなら、悟も今夜はどんどん飲もうか。」
「しまった。余計なことを言うんじゃなかった。」
ミサと誠が笑った。
「ところで、誠も今日の打ち上げには来れるの?」
「はい、妹も行きますのでお邪魔します。ただ、お酒は飲まないですが。」
「明日夏、亜美、尚と私も飲めないから、その方が嬉しい。」
「はい、分かっています。」
「美香、分かっていない。相手だけを酔わせるのがコツだから。」
「なるほど。あの誠、私たちは飲めないけど、誠は二十歳なんだから、どんどん飲んでいいわよ。」
「橘さん、変なことを教えないでください。そこにいるみんなが飲めて、いっしょに楽しむのがいいと思います。」
「やっぱり、誠の言うことが正しそう。」
「美香、少年はそう言いながら、美香が飲めるようになったら、美香だけに飲ませるようにするかもしれないぞー。」
「はい、大河内さんの場合はそういうことを注意しておいて間違いはないと思います。」
「誠もそういうことをするの?」
「はい、するかもしれません。」
「うそ、絶対にしなさそう。」
「そんなことはないので、油断しないで下さい。」
「美香、スキを見せるのも作戦のうちだぞ。私はあまり上手くいかなかったけど。」
「橘さんが上手くいかなかったのは、偽装退却が見え見えだったからですか。」
「何だそれは。」
「戦いで中央を後退させて、そこに敵を誘引して、両翼を伸ばして包囲する戦術があるのですが、その最初の後退のことです。」
「良く分からないが。そうなのかもな。」
「でも、久美先輩、スキってどうやって作るんですか。」
「そうだな。美香なら、少しだらしない格好してみるとか。」
「だらしない恰好ですね。分かりました。」
「橘さんがうまくいかなかった理由が分かりました。偽装退却が見破られたんじゃなくて、いつもきちんとした恰好をしていなかったので、少しだらしない格好で偽装退却をしても、それが気づかれなかったからという可能性も高いです。」
「おい、こら、少年。言いたいことをいいやがって。だが、美香のようにいつもきちんとしている人の方が効果的であることは確かだな。」
「何はともかく、今日の打ち上げは、いろいろな人が来るので、みなさんきちんとしていた方がいいと思います。」
「まあ、今は見えないけど溝口マネージャーも来るだろうし、変なことはできないわね。」
「その通りです。橘さんもたくさん飲むのはホテルに戻ってからの方がいいかもしれません。それまでは、社長が見張っていてください。」
「それは確かに僕の仕事だね。」
「せっかくのただ酒なのに。」
「僕たちの打ち上げは仕事のうちだよ。」
「まあ、そうか。」
撮影の準備が終わり、撮影が開始されることとなった。監督の隣には尚美とAD(アシスタント・ディレクター)がいて、ADから基本的な指示が出される。
「それでは、大河内さんと橘さん、初めにビーチベッドでくつろいでいるシーンから撮影します。まずはビーチベッドに移動して横になって下さい。」
「分かりました。」「はーい。」
誠はミサがパラソルの陰に入るようにしながら、ビーチベッドまで移動した。撮影スタッフは撮影の段どりの再確認をしていた。ミサが誠の方を向いた。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいけれど。」
そう言いながら、ガウンを脱いで誠に渡した。誠はミサの顔を見て話しかける。
「何と言っていいのか分かりませんが、奇麗です。」
「有難う。」
ミサは、ビーチベッドに横たわり、誠はミサの上半身に日が当たらないように調整してパラソルを持っていた。一方、久美と悟は。
「そういえば、あの事故の前日、海に行ったんだっけ。」
「久美の水着姿はそれ以来だな。」
「5人で海に行って、青春していた。」
「そうだったね。」
「でも、悟、自分だけ普通の恰好はずるい。」
「今日は仕事だから。ギャラもらっているし。」
「そうだったわね。お酒でも飲めば落ち着くんだけど。」
悟が350ミリリットルの保冷ケースからビールを取りだす。
「ビールなら冷えているけど。」
「さすが、悟。」
久美がビールを飲みだす。それを見た誠がミサに話しかける。
「悟さんが冷えたビールを持ってきて、橘さんが飲んでいます。」
「いいペアよね。久美先輩はリラックスできているみたいだし。誠がいるからまだいいけど、もっとリラックスするためにはどうすればいいんだろう。」
「たぶん、大河内さんの場合、音楽を聴くとか、歌うとかするといいと思いますが。」
「それじゃあ、誠、歌って。」
「僕がですか。」
「そう。」
もちろん、日本を代表する若手の歌姫を前に歌うことにすごく抵抗があったが、この場面でそんなことを言ってはいけないことは理解していた。
「分かりました。歌います。」
誠が呼吸を整えて歌い始める。
「きーみーがーあーよーおーはー、ちーよーにーいい、やーちーよーにー、さーざーれー、いーしーのー、いわをとなーりーてー、こーけーのー、むーうーすーうーまーああでー。」
「君が代!?」
「はい。」
「おかしい。」
そう言いながら、ミサは涙を流していた。
「申し訳ありません。」
「ほんと、おかしい。」
「すみません。」
「あー、でも、リラックスできたかな。」
「はい、リラックスできたら嬉しいです。あの、化粧がすこし崩れたようですので、メークさんを呼びます。」
誠がメークアップアーティストを呼んだ。
「もう、誠が君が代なんて歌うからだよ。」
「大河内さんも、何かの大会の開会式で歌手として歌うことがあるかもしれませんよ。」
「そうか。こんどいっしょに練習しようか。」
「まあ、少年には歌手の才能はなさそうだけどね。」
「橘さんの言う通り、僕は歌手を目指すことはないと思います。」
「だが、美香、少年の美香をリラックスさせたいという気持ちは伝わってきただろう。」
「はい、誠の心が伝わってきました。」
「そういうことだ。」
「分かりました。私も誠に心が伝えられるような歌手になります。」
「頑張れ。」
「はい。」
尚美といっしょにメークアップアーティストがやってきて、メークを直し始めた。尚美が少しあきれて話しかける。
「橘さん、ここでビールを飲んでいるんですか?」
「これでリラックスができて、いい写真が撮れるわよ。」
「美香先輩は、えーと、泣かれたんですか。大丈夫ですか。」
尚美は「やはり美香先輩には水着写真集は精神的負担なのか。」と考えていた。
「尚、大河内さんには精神的に負荷がかかっているみたい。だから、午前中の撮影は、なるべく手短に済ませた方がいいと思う。」
「そうなんですね。分かりました。」
「尚、本当は少年が美香を泣かせたんだよ。」
「えっ、お兄ちゃん、何をしたの!?」
「尚、そうじゃなくて、誠が私をリラックスさせようとして君が代を歌ってくれたんだけど、そうしたら涙が出てきただけ。でも、もう平気。撮影も省略しないで。全然、大丈夫だから。」
尚美が誠を見てから答える。
「分かりました。とりあえず、計画通り進めます。何かあったら言ってください。」
「尚、了解。」
尚とメークアップアーティストが戻って撮影が始まった。途中、キャンピングカーでの休憩・着替え・化粧直しも挟んで、ビーチベッドでリラックスしているところ、膝まで海に入ってはしゃいでいるところ、ビーチボールで遊んでいるところ、ビーチフラッグスの女子選手といっしょにビーチフラッグスをしているところなどを撮影した。誠と悟は、撮影が始まると脱いだガウンを受け取り、写真に写らない位置まで離れ、撮影が終わるとパラソルで日陰を作り、ガウンを着せることを繰り返した。休憩時間を挟んで、2時間半ぐらいで、午前中の撮影が無事に終了し、尚がやってきた。
「橘さん、美香先輩、お疲れ様です。午前の撮影はこれで終了です。」
「尚もお疲れさん。」「本当に頑張ってた。お疲れ様。」
「社長、お兄ちゃんもお疲れ様です。」
「尚ちゃん,お疲れ様。大したことはしていないんだけど、やっぱり、僕もなれない仕事で少し疲れたかな。」
「尚、お疲れ。」
「お昼の前に、今撮影した写真やビデオを見てみますか?」
「少し恥ずかしいが、まあ見てみるか。」
「はい、私も久美先輩といっしょならば見れます。」
「それでは、橘さん、美香先輩、あのテントに行きましょう。あそこで、撮影データを整理しています。」
「了解。」
「了解。」
「尚、リアルタイムでカメラからデータを送っているんだ?」
「その通り。撮影した画像をテントの方に送って、拡大してピントとかを確認しているみたい。」
「へー、それはすごいな。」
誠と悟もパラソルをかざして三人について行った。テントの入口にはナンシーがいた。
「ミサ、橘さん、お疲れ様ですねー。」
「ナンシー、本当に疲れたわ。次はナンシーと撮ればいいんじゃないか。」
「私じゃ役不足ですねー。」
「ナンシーさん、不審者がいなくて良かったでした。」
「湘南さん、平田社長さん、お疲れ様ですねー。湘南さん、私はテザーガンが撃てなくて残念だったですねー。」
「いえいえ、撃たないに越したことはないです。」
「それじゃー湘南さん、ミサを襲うですねー。私が撃ってあげますねー。」
「テザーガンはチョッキにセラミックプレートを入れているので大丈夫だと思いますが、大河内さんのパンチの方が怖いです。」
「それはそうですねー。湘南さんがミサを襲う時は、きちんと名乗って襲う方がいいですねー。」
「名乗って襲う人はいませんって。」
「まあ、そうですねー。」
5人と撮影スタッフ数人がテントの中に入った。テントの中は、地面に電源や通信のケーブルが這っていた。また、テントを止めるためのコンクリートの重石が柱の下に無造作に置いてあった。誠は「危ないな。」と思い、4人に声をかける。
「地面にケーブルが這っていますので、引っかからないように気を付けてください。あと、コンクリートの重石も角が尖っていますのでぶつかるとかなり危険です。」
それを聞いたミサが後ろから続いてくる人に伝えようとする。
「あの、みなさん、地面にケーブルがいっぱいありますから、引っかからないようにして・・・」
後ろの人に注意するために、ミサが後ろを見ながら歩いたため、運悪く両足をケーブルにひっかけて、右斜め前を歩いていた誠の方に倒れかかる。
「わっ。」
「えっ。」
誠が倒れる方向にはコンクリートの重石の尖った部分があったため、ミサの体を左手で支えて右手で左側に押し、自分は顎を引いて頭が重石にぶつからないようにした。誠の背中に重石が衝突して止まると、誠の顔はミサの胸に埋まり、転ぶときにガウンが開いたため、右手はミサの左胸を掴んでいた。それで、胸を掴まれたミサが、反射的に上半身を引き起こしながら、顔が自分の胸の間にいた男の手を思いきり払おうとした。しかし、それが誠と気づいて、慌てて手を止めようとしたが、止まりきらずほっぺたを殴ってしまった。
「誠!」
「もっ申し訳ないです。こちらに尖った重石があったので、反対に押そうとして、こんなことになってしまいました。」
「私のことはいいから。誠は大丈夫?背中とか、あの、あと顔とか。」
誠が立ち上がりながら言う。
「背中はセラミックプレートが入っているので全く大丈夫です。」
怒った尚がやってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫。」
「今も言ったけど、セラミックプレートが入っているから全然大丈夫。7.7ミリフルメタルジャケット弾でも耐えられるんだから、これぐらい全然大丈夫。」
怒りがやまない尚美がミサに言う。
「このバカ女。何で殴るの。お兄ちゃんはケガしないようにしていたのに。それにその前にケーブルに引っかからないように注意していたのに。なんでお兄ちゃんを殴るの。」
尚美は泣いていた。
「尚、ごめんなさい。尚の言う通り、私がバカ女だったから。誠の言うことを伝えようとして、自分は転ぶわけないと考えて自分は注意していなかった。本当にバカ女だった。もし、気が済むなら、私を思いっきり殴っていいよ。それぐらいのことをした自覚はある。」
誠が取りなす。
「尚も落ち着いて。大河内さんもわざとじゃないから。誰だかわからない人に、胸を触られて驚いただけだから。」
「そうだけど。」
誠は「尚なら目つぶしで失明していそうだな。」と思いながら言う。
「尚だって、誰だか分からない人に触られたら、同じことをしたかもしれないよ。」
「・・・・・・」
「大河内さんも、途中から殴る力を緩めましたよね。」
「それは、誠と分かったから。」
「それじゃあ、尚も大河内さんに失礼なことを言ったことを謝ろう。僕も一緒に謝るから。」
「お兄ちゃん、分かった。でも、大丈夫、一人で謝れる。だから、お兄ちゃんは見てて。」
「ううん、尚は謝らなくていい。尚は100パーセント正しくて、私が100%悪い。だから、尚は謝らなくていいから。それより、また仲良くして。」
「分かりました。」
様子を見ていた久美と悟が話しかける。
「やれやれ一件落着か。良かったわ。」
「ミサちゃん、尚ちゃん、誠君、みんなで昼ごはんでも食べようか。」
「ヒラっち、有難うございます。」
「社長、了解です。」
「平田社長、一応、ナンシーさんもお呼びしたほうが。」
「そうだね。溝口エイジェンシーの人もいたほうがいいね。」
「飯をいっしょに食べようとか、悟もいいこと言うわよね。こういうときは、本当だったら、みんなで一杯やりたいところだけどね。」
「橘さんの場合は、いつもじゃないですか。」
「相変わらず少年は一言余計。」
全員が笑った。6人は昼食をとるためにキャンピングカーに移動した。
テーブルにケータリングの食事が並べられ、キャンピングカーにいるのが6人だけになった。
「それでは、申し訳ないけど、最初にミサちゃんから、二人にきちんと謝ってもらえるかな。その方がすっきりすると思う。」
「はい。ヒラっち、有難う。誠、注意してくれていたのに自分を過信して、あと私を助けてくれたのに、勘違いして殴ってしまって大変申し訳ありませんでした。尚、私を助けてくれた尚の大切なお兄さんを私の勘違で殴ってしまって大変申し訳ありませんでした。」
「美香先輩、さっきはお兄ちゃんが大丈夫か心配で冷静でなかったとは言え、とんでもなく失礼なことを言って、大変申し訳ありませんでした。」
「だから、尚は謝らなくていいんだけど。これからも、一緒でいてくれると嬉しいです。」
「はい、私もこれからもよろしくお願いします。」
「美香、尚と比較すれば大抵の女はバカ女なんじゃない。だから気にすることないわよ。」
「久美先輩の言う通りです。尚、また私がバカなことをしたら、バカ女って言ってね。自分がバカなことをしたって分かっているから。」
「いいえ、そんなことはないです。」
「とりあえず、お腹もすいたし、昼食を頂くことにしよう。」
「はい。」
「それでは、いただきます。」
「いただきます。」「いただきます。」「いただきます。」「いただきます。」「いただきますですねー。」
「午後からは、いよいよライブシーンですね。美香さんと橘さんのデュエットが楽しみです。」
「うん、頑張る。でも、水着で歌うのは少し心配。」
「さすがの私も、水着を着て歌うのは初めてだ。」
「橘さん、わざわざ『着て』と言ったのは、水着も着ないで歌ったことがあるということですか?」
「ははははは、全裸で歌えないようではロックシンガーのなおれだ。なあ、そうだろう、ナンシー?」
「・・・・・・まあ、そうですねー。」
「ナンシーさん、申し訳ありません、変なことを言い出してしまって。」
「いいですねー。昔のことですねー。」
「少年。何でナンシーだけに謝る。」
「ナンシーさんの場合は、そういうことをしたくなかったのに、させられてしまった経験があると思ったからです。」
「そうですねー。昔はそんなこともあったですねー。でも、今は楽しいですねー。」
「それは良かったです。」
「よーし、それじゃあ今度、3人で全裸でロックするか。お客は悟と少年で。」
「久美、僕は遠慮しておくよ。」
「僕もです。」
「何だ、意気地なしめ。」
「意気地なしでいいよ。」
「誠の意気地なし。」
「あの美香さん。あまり橘さんのダークサイドに影響されすぎないようにして下さい。」
「そうだった。ごめんなさい。こんなことを言っていると、また尚に怒られちゃう。大丈夫、気を付ける。」
「はい。」
「そうか、尚、ごめん。尚を入れないと怒るよね。それじゃあ、ロックじゃなくてもいいから、4人全裸で歌おう。気持ちいぞ。」
「久美、調子に乗りすぎだよ。尚ちゃんはまだ中学生なんだから。」
「それはそうだな。それじゃあ、尚は18歳になったらだな。」
「はい。」
誠が話を変える。
「そう言えば、尚、今日のSNSとかはチェックしてもらっている?」
「SNSのチェックって?」
「日本人の観光客が午前中の様子を見て、SNSに書いていないかなと思って。」
「書いてあれば、午後の見物人が増えるということか。」
「その通り。チェックしていないなら、今チェックしてみようか。」
「うん、私も調べてみる。」
誠と尚美がタブレットでSNSを検索して調べ始める。その間にナンシーがさっきのことについてミサに話しかける。
「私はさっきの事件を少し離れて見ていたですねー。」
「ナンシーからは、どんな風に見えた?」
「ミサが湘南さんを押し倒して、殴って言うことをきかせようとしていたように見えたですねー。」
「さすがに、そんなふうに見えるのはナンシーだけじゃないかな。」
「私も内なる野生のミサが目覚めて、少年を襲ったと思ったわよ。」
「ナンシーも、久美先輩も面白がって。」
「夜ならともかく、白昼、たくさんの人の前だったから、止めないといけないと思ったですねー。」
「さすがの私も、ここではまずいと思ったわよ。」
「それじゃあ、夜で他に誰もいなかったら止めなかったの?」
「そうですねー。」
「私も止めずに見ていたわね。」
「あの、ナンシーさんも久美も、ミサちゃんをからかうのはいい加減にしたら。」
「ヒラっち、有難う。でも大丈夫。これからは、自分で考えてちゃんと行動しますから。少しでもバカ女でなくなるように。」
「自分で考えることは必要だけど、ミサちゃんはまだ19歳だから、大人の人に相談もするようにね。」
「はい、ヒラっちか誠に相談するつもりです。」
「そう言ってもらえると嬉しい。僕では無理なことでも、相談されたら誰か適当な人を紹介するから。」
「有難うございます。」
検索が終わった誠と尚美が報告する。
「やっぱり、この現場をSNSに投稿する人がいて、少しづつですが拡散されてきているようです。」
「お兄ちゃんの言う通りで、日本人を中心に午後はここを見物する人が増えるかもしれません。」
「えー、水着で歌っているところを見物されるのか。」
「久美先輩、誠と尚やみんなが頑張っているのを見ていますから、覚悟を決めました。だから、私は大丈夫です。」
「まあ、さっきの撮影と違って、歌っている方が他を気にしないで済むしな。」
「そうか。その通りです。歌うことに集中すればいいんです。」
「さすが、私の弟子だ。」
「有難うございます。それが私のできる恩返しですから。」
食事が終わって、尚がスタッフのところに戻ろうとする。
「私は監督のところで午後の撮影に関して話してきます。あと、SNSのことも。」
「尚、あともう少し。頑張ろう。手伝えることがあったら何でも言って。」
「お兄ちゃん、有難う。行ってきます。」
尚美がキャンピングカーから出て行った。
「ところで、少年、何で美香にぶたれたか分かるか。」
「状況が良く分かっていなかったからだと思います。でも、今から考えても他にはどうしようもなかったので、もし同じことが起きても、同じようにぶたれます。」
「悪いのは私で、誠が危険なことを知らせているのに、それを自分のことと考えなかったからです。後は、ちょっとびっくりしてしまって・・・・」
「二人とも、それは違うぞ。」
「橘さん、左の胸を触ったのに、右の胸を触らなかったからだって言うつもりでしょう。」
「うっ、少年に心を読まれた。」
「橘さん、歌は上手なのですから、もう少し普段の言動も周りの人のことを考えたほうがいいと思います。CDを出すにしてもたくさんの人の協力が必要なのですから。」
「少年。」
「何ですか。」
「少年の言っていることは半分は正しい。」
「あとの半分というのは?」
「歌を通じて自分の思いを伝えて、逆に歌を聴いている人たちが、それぞれ自分が持っている感情や思いをより強めて、より表に出させることが、ロックシンガーの本懐なんだよ。」
「はい、それは、さすが橘さんと思います。」
「そのために、ロックシンガーというものは、自分自身が誰よりも激泣し、激笑し、激怒する。そして誰よりも激愛して、人間の正義や悪という価値観の限界をも超えた自分の思いで歌を歌い上げるものなんだよ。分かるか、少年。」
「どっかの征服王みたいですね。」
「だから、右胸を触ったら、左胸を触らないといけない。」
「だからの先の文が、前の文と繋がっていません。」
「そうか。でも美香が単なる歌手じゃなくてロックシンガーになるためには、激しい恋愛をしなくてはいけないということだ。」
「でも、歌のために恋愛しろというのは、話が逆じゃないですか。」
「おお、その通りだ。恋愛は純粋にしなくてはいけないな、少年。わかっているじゃないか。」
「有難うございます。」
「どうだ、少年。美香ほど良い子はなかなかいないぞ。師匠の私が許可するから、一晩抱いてみろ。そうすれば、美香を本当に好きになることは保証する。それで、純粋に恋愛ができる。」
「私が許可すると言われても。僕の方は構いませんが、美香さんと僕ではすべてのレベルが違いすぎますし、美香さんの気持ちを考えないで、そういうことを言ってはいけません。」
「愛はレベルなんて超えるんだよ。どうだ、美香。少年も構わないと言っているし、この少年、なかなか、お勧めできるぞ。」
ミサは言葉に詰まり、誠は再度、久美を注意する。
「そういう意味ではなく、美香さんの気持ちが一番大切と言ったんです。」
「美香、せっかくのチャンスなのに。まだ無理か。じゃあ、ほっぺを叩いた償いに、少年のほっぺにキスをしてお詫びするといのは。」
ナンシーがコーヒーカップをスプーンで軽く何度もたたいて、キスを催促する。
「橘さん、あまりそういうことを言っていると、女性同士でもセクハ・・。」
橘の方に乗り出していた誠のほっぺたにミサが口づけをする。誠が美香の方を見る。
「先ほどは、私が勘違いして、ほっぺたを叩いて申し訳ありませんでした。」
美香が頭を下げた。
「いえ・・・」
「少年、これが美香の気持ちなの。これぐらいなら大丈夫よね。」
「とりあえず、僕のことはどうでもいいです。それより。」
「あの、ほっぺたにキスすることは、アメリカでは挨拶で、これから歌手活動するためには必要だったので。最初はあまり知らない人より、誠の方が良かったから。」
「そっそうですか。あっ、有難うございます。」
久美は拍手していた。
「よし、少年、お返しというか、美香がアメリカで活躍するための練習だ。」
「アメリカで活躍するためには必要ですねー。」
「どうやるか分からないんですが。」
「私が教えてやろう。」
「いやです。」
「そうか、美香は良くても私はいやか、結構結構。ほっぺに唇をつけるだけでいい。やれ。」
「やれと言われても。」と思いながら、ミサの方を見ると、ほっぺを出して、目をつむっている。久美がもう一度言う。
「やれ。」
誠は自分に「美香さんに恥をかかせても、アメリカでのあいさつの練習。」と言い聞かせてミサのほっぺに口づけをする。
「有難うございます。これで、アメリカの社交界に出ても、ものおじしなくて済みそうです。」
「それは、良かったです・・・・。あの、」
「はい。」
久美とナンシーが再度拍手していた。その時、部屋の扉が開いて尚が戻ってきた。
「どうしたんですか、橘さん、拍手して。」
「美香が頑張っているから。」
「そうですね。慣れない水着での撮影ですからね。申し訳ないのですが、撮影の都合上、ケーブルや重石は撤去できないそうですから、美香先輩、あのテントに入るときには、足元には気を十分付けて下さい。」
「有難う。またケーブルに足をとられて転んだら、大馬鹿女と言ってね。」
「申し訳ありません。」
「ううん、本当のことだから。」
「もうそろそろ午後の撮影が始まりますので、まだのようでしたらお手洗いに行っておいた方が良いとは思います。」
ミサが誠の方を見る。
「社長、僕たちはここを出た方が。」
「誠君のいう通りだね。」
「何言っているの、大丈夫よ。こんなことで恥ずかしがるようじゃロックシンガーは務まらない。」
「お兄ちゃん、ここからトイレまで扉が3つありますから大丈夫だと思います。」
「ロックが聴きたくなったから、かけますね。」
誠は、そう言いながらキャンピングカーのステレオからロックを流した。ミサが席を立ち、キャンピングカーの中のお手洗いに向かい、尚美はまたキャンピングカーを出て行った。
「僕たちは海岸の公衆トイレでも大丈夫ですが、次は橘さんも行っておいた方が良いのではないでしょうか。」
「ははははは、私は海で大丈夫だわ。」
「わかりました。橘さんが海に入ったら、近寄らないようにします。美香さんにもその旨伝えておきます。」
「もう遅いかな。」
「・・・・・・・。」
「冗談だ。美香が戻ってきたら行っておくよ。少年。」
「有難うございます。でも、僕はもう20歳なので、少年と呼ぶのも。」
「恋愛経験がない男はみんな少年さ。」
「社長さんは?」
「誠君、こっちに話を持ってこない。」
「あっ、申し訳ありません。」
「そうか。それじゃあ、これから悟少年と呼ぶことにするよ。」
「それは営業上困るな。」
「それじゃあ、悟、恋愛をすることだな。」
「はい、はい。」
「『はい』は一回で。」
「はい。」
美香が戻ってきて、久美が席を立った。
「社長さん、先ほどは話を振って申し訳ありません。」
「いや、それまでずうっと話してくれて助かった。僕が途中で助け舟を出すべきだったんだけど、久美が楽しそうだったから。」
「ぼくもそんな感じがしました。」
「ミサちゃんと誠君を見て、自分が若い時を思い出したんじゃないかと思う。」
「僕は楽しかったので大丈夫ですが、美香さんが心配です。大丈夫ですか。」
「私も楽しかったから全然大丈夫。アメリカの芸能界でやっていく自信もついたし。昨日のライブの打ち上げで、恋人同士でもないのに、挨拶としてキスをするところを見て、どうしようかと本当に思っていたから。有難う。」
「美香さんのお役に立てれば、嬉しいです。」
「それだけ?」
「えーと。」
「ごめん。それでいいよ、さて、午後も頑張ろう。」
尚美がまた戻って来た。
「尚、忙しそうだけど、言ってくれれば手伝うよ。」
「大丈夫。これから、午後の撮影のためのメークをするということです。」
「尚、了解。」
メークアップアーティストが入って来た。
「それじゃあ、誠君、僕たちは出ていくか。」
「はい、了解です。」
「二人が居たほうが面白いから構わないけど。」
「私もいた方が楽しいけど、久美先輩、やっぱり無理だと思う。」
「ミサちゃん、久美、頑張って。それでは、また後で。」
「二人の歌、楽しみにしています。」
「了解。歌った後のビールが楽しみだ。」
「誠、秘密のサングラスで見ていてね。」
「はい、そうさせてもらいます。」
「有難う。」
「平田社長さんと湘南さん、ディレクターさんのところに、午後の仕事の確認をしにいくですねー。」
「了解。」「分かりました。」
誠、悟、ナンシーがキャンピングカーを出て、撮影監督のところに向かった。
「僕の仕事は、午前と同じかな。」
「そうだと思います。僕は撮影場所の境界で警備だと思います。」
撮影監督がいるテントに到着した。
「岩田さんは、溝口エイジェンシーのバイトと聞いていたけど、星野さんのお兄さんなの?」
「はい、いつもお世話になっています。尚美の兄で、岩田誠といいます。」
「そうか。よろしく。でも、その恰好は盾になるつもりだから?」
「いざという時には、その通りです。」
「星野さんがいると変なことをしないから、今一つ面白くないですねー。」
「ははははは、ここでは岩田君は信頼できるということだね。」
「あの、妹がいなくても僕は変なことはしません。」
「湘南さんのことを言っているんじゃないですねー。」
「はい?」
ディレクターが地図を見せながら話す。
「まあいい。ナンシーさんから聞いていると思うけど、ここは公共の場所だから人が入ることは止められない。だから、岩田さんはこの位置で入ってこないようにお願いして。それで、入ってくるようだったら、早めに声をかけて。」
「この右側の位置ですね。」
「その通り。後ろからはテントで入ってこれないと思うけど、海の近くは開いているから。それと見物している人の写真撮影自体は制止できないけど、ネットにアップするのは肖像権に触れて違法だから止めるように伝えて。」
「分かりました。」
「平田社長さん、申し訳ないですが、午前中と同じように久美ちゃんの面倒をお願いします。」
「はい、了解です。」
「でも、久美ちゃん、ぶっきらぼうだけど、なかなかいい子だねー。」
「はい、有難うございます。本業は歌手なんですが、もし、写真の仕事もあるようでしたら、是非、ご紹介お願いします。」
誠は「社長さんは大変だな」と思いながらも、監督が久美に「子」という表現を使うことが意外で笑っていた。
「承知した。出版社に売り込んでみるよ。」
「有難うございます。」
誠が位置についた。日本人を中心に見物客が少し高くなった道路の上から撮影現場を見ているのがわかった。見物客を双眼鏡で一人一人確認して「危ない人は居なさそうだ。」と思って少し安心した。ADに先導され、ガウンを身にまとったミサと久美がナンシーと悟を連れてテントから出てきて、あたりを見まわした。
「何、この見物人の多さ。私のライブのときより多いんじゃないかな。」
「ははははは、久美の言う通りかもしれない。」
「美香は落ち着いているわね。」
「はい、もう覚悟を決めました。誠も見ていますし、恥ずかしがる方が恥ずかしいです。」
「これは久美が学んだ方がよさそうだね。観客が多いといつも弱気になるから。」
「うるさい。悟も少年の口の悪いところがうつってきたんじゃないか。」
「口が悪いんじゃなくて、正直に言うとこだと思うよ。」
「私もそう思います。」
「二人掛りか。まあ、ここまで来たら美香を見習って、恥ずかしがらないことにするか。『Undefeated』で、まだ美香に負けるわけにはいかないからな。」
「うん。久美、その意気だよ。」
「私も追いつけるように頑張ります。」
「美香の頑張りますの答を少年が言ってほしいところだが、あっちだからな。」
「残念ですけど。誠が言うならこんな感じでしょうか。『美香さんのカッコいい歌、本当に楽しみです。』」
「ちょっとだけ、少年に似ているな。」
「有難うございます。」
リハーサルが始まった。誠は反対側を見ていたが、サングラスのミラーで定期的にミサの方を確認していた。今度はミサも、休憩時間にミラーに反射している誠と目が合ったことに気づき「誠が見ている。」と思っていた。ミサたちが、本番前の最終確認をしている時、誠の方に見慣れた二人がやってくるのが分かった。
「おー、やっぱり湘南だ。」
「本当だ湘南君だね。」
「こんにちは。ラッキーさんとパスカルさんもSNSを見てやってきたんですか?」
「SNS?車でドライブをしていて、浜辺に日本人みたいな人だかりが見えたから、何だろうと思って見たら、湘南らしき人が見えたから来てみた。ここは何をやっているの?」
誠は「SNSに情報が流れているからいいか」と思い、正直に言う。
「夜まで秘密にしてほしいのですが、大河内ミサさんの写真集のための撮影をやっています。」
「写真集って、ビーチで撮るなら水着?」
「はい。これから橘さんといっしょに水着で歌うビデオと写真の撮影になると思います。」
「本当に?」
「はい。写真集に付属するBlu-ray用です。」
「パスカル君、横顔だけど、あれはミサちゃんだよ。間違いない。」
「ラッキーさんの言う通りですね。それで湘南は警備か。」
「はい、バイトでやっています。これがこういう格好をしている本当の理由です。」
「なるほど。それなら理解できる。」
「いや、でも湘南君みたいな格好をしている見張りは湘南君だけだけど。」
「警備の日本人は僕だけですから。現地の人は慣れているのでしょう。」
「なるほど。」
「これから本番が始まると思います。見るのは構わないとの指示ですが、大河内さん、ナーバスになっているようですから、お静かにお願いします。」
「もちろん。」
「了解。ところで、湘南、ミサちゃんといっしょにいるのは妹子ちゃんか。」
「はい。妹は写真集の構成監督をしています。それが妹のハワイでの仕事です。」
「それはすごいな。」
「このバイトは妹の紹介なんです。あと、平田社長とナンシーさんもいらっしゃいます。」
「それは気が付いていた。ナンシーちゃんがミサちゃんのマネージャーというのが本当に分かる状況だな。」
本番の撮影となり、ミサと久美がガウンを脱いだ。それを見たパスカルとラッキーは言葉を失っていた。そして、初めは久美とミサが『Undefeated』を3回歌い、次にミサだけで『Fly!Fly!Fly!』を3回歌った。歌い終わると二人はガウンを着た。悟が久美とミサに話しかける。
「久美、お疲れ様。すごかった。大学の頃から全然衰えていない。」
「でも、私もミサも本当の本調子じゃないんだけど。」
「そうは聴こえなかったよ。」
「ヒラっち、やっぱりお腹がすいて、今一つ力が入らなかったかな。」
「久美はともかく、ミサちゃんもなの。」
「はい、人間ですから。」
「なるほど。これで撮影が完了するといいね。」
「本当にそうです。」
尚がテントからやって来た。
「美香先輩、橘さん、撮影はすべて終了です。2週間、本当にお疲れさまでした。」
「尚、本当に。尚も有難う。」
「よーし、これでお酒が飲める。」
「久美、海外なんだから、日本に帰るまでほどほどにね。」
「私もカロリーのあるものが食べたい。」
「ミサちゃんの歌のエネルギー放出量は人並外れているから、あまり気にせず食べても大丈夫だと思うよ。」
「ヒラっち、有難う。」
「何、悟。扱いが美香と私とだいぶ違うんじゃない。お酒はカロリーだけじゃなくて、心の燃料でもあるわよ。」
「ミサちゃんも二十歳になって、飲みすぎているようなら止めるよ。」
「美香が飲みすぎるって、あまりなさそうだけど。失恋したときとかかな。」
「久美先輩、縁起でもないことを言わないで下さい。」
5人がテントの中に引き上げていった。
二人の歌を聴いた誠は「すごいな。二人とも正確だし、力も入りすぎていなかった。ここで録音したものを使った方が、スタジオで取り直して合成したものより臨場感があって良いかもしれない。」と思っていた。この状況に酔いしれていたラッキーが口を開く。
「いやー、すごかった。」
「水着姿ですか?」
「パスカル君、そんなことだからアキちゃんにバカにされるんだよ。」
「冗談です。橘さんの歌を生では初めて聴きました。CDも良かったですが、生で聞くと本当に感動しました。明日夏ちゃんの酒粕マネージャーではなかったという感じです。」
「パスカル君、自分が酒粕パスカルと言われているからといって、そういうことを言うもんじゃないよ。」
「また、橘さんと飲めるといいです。湘南はどうだった。」
「後ろを向いていたので、音が完全に聴こえるわけではないですが、二人の息がぴったり合っていて、若々しいミサさんの声が橘さんの弟子という感じしてすごく良かったです。」
「そうだね。ミサちゃんの歌もすごく良かった。」
「橘さんの歌は、声が広がって行く感じがさすがでした。」
「そう言われると、そうかもしれないね。」
「湘南、ミサちゃん歌のいいところを具体的に言うと?」
「大河内さんは歌に若さあふれるパワーが前面に出ていて良いと思います。19歳という年齢、外見、歌がマッチしていて、これからも売れそうな感じです。すみません、これを橘さんに言うと私には若さがないのかと怒られそうですので、内緒でお願いします。」
「ははははは、分かった。」
普通の服に着替えたミサがナンシーといっしょに、撮影現場のスタッフの一人一人のところに行って挨拶をして、撮影の労をねぎらっていた。そして、最後に二人が誠のところにやってきた。パスカルとラッキーは驚いてミサを見ていた。
「誠、今日もお疲れ様。」
「湘南さん、お疲れ様ですねー。これで撮影は無事全部終了ですねー。」
「大河内さん、ナンシーさん、お疲れ様でした。何事も起きなくて良かったでした。これで一息つけます。」
「本当に有難う。あのナンシー、もしかして、こちらの方は・・・」
「パスカルさんですねー。」
「パスカルさんって、浜辺で濃いサングラスをかけて、女の子の水着姿を見ているというパスカルさん?」
「・・・・・・・」
「そうですねー。」
「それで、ナンシーがボランティアで手伝っている地下アイドルのプロデューサーさん。」
「そうですねー。」
「とすると、こちらの方が・・・」
「ラッキーさんですねー。」
「パスカルさん、ラッキーさん、初めまして。大河内ミサと言います。いつも誠とナンシーがお世話になり有難うございます。また、この間の誠がお酒を飲みすぎないようにする件も大変有難うございました。ナンシーから話を聞いて、尚といっしょに安心できました。」
ミサが頭を下げる。
「とっとっとんでもないです。」
「こちらこそ、有難うございます。」
「湘南さん、ここはもう大丈夫なので、荷物の運搬の方を手伝ってほしいですねー。」
「分かりました。パスカルさん、ラッキーさん、片付けの仕事があるようですので、申し訳ありませんがここで失礼します。」
「分かった。SNSで連絡する。」「また。」
ミサ、ナンシー、誠がテントの方に向かった。3人が去った後、二人で話をする。
「パスカル君、ミサちゃんに認知されていて、羨ましい。」
「地下アイドルのプロデューサはともかく、サングラスで視線を隠して、浜辺で女性をのぞき見する男としてですよ。」
「それでも認知されないよりはずっといい。」
「湘南かナンシーちゃんだろうな。ミサちゃんにそんなことを言ったのは。」
「でもパスカル君、本当のことじゃないか。」
「それはそうですけど。」
「今日は歌だけじゃなく、横からとはいえ、ミサちゃんの水着姿を見れたのと、ミサちゃんをすごく近くから見れたから、いい思い出になると思うよ。」
「それはそうです。それに、あの感じでは、ラッキーさんもミサちゃんに認知されているかもしれないですよ。」
「パスカル君の場合はサングラスの件があるから忘ることはなさそうだけど、僕の方はどうだか分からない。」
「確かに印象だけは強そうですけど。」
「羨ましい。」
「ところで、湘南には仕事がありそうですから、二人で飲みに行きましょうか。」
「ミサちゃんファンの小河内は来るかもしれないけど、誘っていいかな。」
「もちろんです。」
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