第34話 『ユナイテッドアローズ』ワンマンライブ(バックバンド編)

 12月17日、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの前日の夕方、誠がワンマンライブでのアドバイスを聞くためにパラダイス興行にやって来ていた。

「指示書に問題はないと思う。最初にしては良くできていると思うよ。」

「有難うございます。」

「変えるとしたら、この曲に、もう少し衝撃的なライディングを使ってもいいと思う。」

「ステージを暗くして、スポットライトだけで歌うとかですか。」

「それはいいかも。小学生のユミさんがメインの歌は照明も可愛くしたいけど、それは僕もやったことがないから良く分からないな。」

「そうですね。キラキラ感なのでしょうけれど。」

「プロジェクタ映像を上手く使うのかな。」

 二人で相談していると、練習が終わったミサが手を振りながら出てきた。

「誠、久しぶり。会いたかった。」

「鈴木さん、お久しぶりです。僕も会いたかったです。」

「ねえ、誠。知り合ってもう4か月ぐらい経つんだから、もうそろそろ鈴木さんは止めて欲しい。本名なら美香で。」

「一応、出会ってからなら16年と4か月です。」

「ごめん、そうだった。でも、そうならなおさら。」

「分かりました。美香さん。」

「まあいいか。これからずうっとだよ。」

「はい。一応、あまり知らない人がいる場合は、大河内さんか鈴木さんに戻す時もあると思いますが、いなくなったら美香さんに戻します。」

「分かった。尚も使い分けているし任せる。今日は明日のライブの準備?」

「はい、社長さんにライブ開催に関するアドバイスを受けているところです。」

「亜美は手伝うんだよね。私もバックステージの方はあまりよく分からないけど、私にできることがあれば何でもするから遠慮しないで言ってね。明日はナンシーと見に行く予定だけど、力には自信があるから荷物運びも得意だよ。」

「ちょっと、ミサちゃん、テンション上がりすぎ。」

「だって、誠が構成を考えた初めてのライブだよ。音楽仲間として手助けしたいだけだよ。」

「そうだけどさ。」

「明日夏さん、橘さん、亜美さん、尚、こんにちは。」

「ちーす。」「少年、良く来た。」「二尉、図上演習か。精が出るな。」

「お兄ちゃん、こんにちは。ごめんなさい、今から取材で、蒲田さんとヘルツレコード本社に行ってこないといけない。」

「大丈夫、尚が戻ってくるまで待っているよ。」

「うん、2時間ぐらいで戻ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

「お兄ちゃん、皆さん、行ってきます。」

尚美は事務所を出て、下でタクシーを待たせていた蒲田といっしょにヘルツレコード本社に向かった。出発を窓から見守っていた誠に久美が話しかける。

「しかし少年、そんなに私の水着姿が見たかったのか?」

「えっ、あっ、大変申し訳ありません。橘さんの知名度を上げるためにも良い案だと思いまして。」

「橘さん、水着姿を見たいなら、さすがにミサさんの方じゃないんですか。」

「これ由香、そういうことを言うな。しかし、私も馬鹿にしたもんではないんだぞ。」

「湘南二尉、橘参謀の話は嘘ではない。なかなかの破壊力だぞ。」

「はい、ミーア三佐。その、破壊力を有効に活用できるように、星野二佐と作戦を検討中です。」

「それはそうと、湘南二尉、明日は世話になる。」

「いえ、ミーア三佐、明日の撮影任務、こちらこそお世話になります。」

「カメラをパスカル一尉から借用する予定ではあるが、カメラとレンズとフラッシュで2キロを越えるので少し心配しているところだ。」

「二尉、重すぎる場合は、二尉のフォーサーズのカメラを使うことを上申します。」

「私もフルサイズのカメラを使ってみたかったので頑張ってみるが、無理そうならば二尉の意見を取り入れることにする。」

「有難うございます。私の任務は実戦前でほとんど終わりますので、もし支援が必要でしたらお申し付けください。」

「分かった。その節にはお願いする。別件だが、年末のハワイでの作戦、私は実戦には参加しないが、ご存じの通り橘参謀には重大な作戦があるため、明日夏一佐の補佐としてお供する予定だ。」

「私も星野二佐の補佐のためもありまして、ハワイに向かう予定です。」

「うむ、その件は二佐から聞いている。向こうで会ったらよろしく頼む。ただ、湘南二尉、ミサ一佐の水着姿の破壊力は本当に想像を絶するからくれぐれも注意するように。」

「ご忠告大変ありがとうございます。上官から私がミサ一佐の水着姿を見るとけがれるため、見るなと命令されていますので、心配はご無用です。」

「えっ、誰に?ミサさんじゃないですよね。ナンシーさん?あっリーダか。」

「大変申し訳ないですが、それは言えないであります。」

「誰だろう。」

「私だ。」

「明日夏さん?何でまた?」

「いや、マー君、今は純真な青年だけど、心がけがれるとミサちゃんが危ないかなって思って禁止した。」

「なるほど、けがれるのは二尉の心ですか。日本人とは思えない透き通るような白い肌にあのスタイル、確かにさすがの二尉でも心がけがれてしまいそうな水着姿ではありますね。」

「でしょう。」

「俺も分かるな。豊には見せられない。」

「豊さんは、褐色の少し筋肉質な方が好みなんじゃないでしょうか。」

「おう、兄ちゃん、有難うな。」

「それで、マー君の心がけがれると、ミサちゃんをそそのかして全裸写真集とかを出させちゃうかもしれない。」

「ちょっと分かるぜ。」

「でも明日夏さん、リーダーがいるから、二尉は大丈夫なんじゃないでしょうか。」

「亜美ちゃん。それは逆なんだよ。尚ちゃんの心が奇麗でいられるのは、実はマー君のおかげなんだよ。」

「なるほど。」

「マー君の心がけがれて、尚ちゃんの心もブラック化したら、亜美ちゃんにも危機が訪れるかもしれない。」

「そうですね。私じゃリーダーと二尉の同時攻撃には敵うことはないでしょうね。ところで、明日夏さんはどうなんですか。」

「私に水着写真集を出させるとしたらどうするってマー君に聞いたら、全裸写真集でも出してしまいそうな方法だった。」

「それは、どんな。」

「パラダイス興行を傾かせて、それを助けるため。」

「かなりあくどい方法ですが、明日夏さんはパラダイス興行が大好きですから、それはありかもしれませんね。」

「もう一つは、原画担当白木さんが監修した世界に一つしかない直人さんの特製水着フィギュアーと引き換え。」

「私の場合、そっちのほうが全裸写真集を出してしまいそうです。」

「だから、マー君の心がけがれると危険なんだよ。」

「確かに、二尉は頭がいいですし、最近口がうまいところもありますから。気を付けた方がいいかもしれませんね。」

「口がうまいのではなくて、マリさんから、今のままだと一生彼女ができなさそうだから、女性に話すときは言い方を変えるように度々注意されているからです。」

「なんと、マー君は31歳、人妻、二児の母に教育されているのか。それは危険度が増しそうだな。」

「でも、真理子先輩の言うことも分かるわよ。少年も二十歳なんだから、けがれを知らない子供のようでもだめなんじゃないか。悟はどう思う?」

「うーん、普通にしているのがいいんじゃないか。」

「社長、ミサさんの水着姿を前にして普通にしていられる男性はいませんよ。」

「そりゃあそうだな。俺もリーダーの兄ちゃんは信用しているが、男の本能を呼び出しちゃうかもしれないな。」

「ちょっと、何かみんな誠に酷くない。」

「どうも申し訳ありません。」

「誠が謝ることじゃないと思う。たぶん、明日夏が面白がって、そういう話題を誠に持ち出したんでしょう。」

「でも、僕もそれに面白がって答えたので、逆に明日夏さんの警戒心を呼んだんだと思います。」

「ごめんなさい。ミサちゃんを怒らせるつもりはなくて、真面目で純真なマー君を変えちゃうぐらい、ミサちゃんのスタイルがすごいということだったんだけど。」

ミサは「それで変わってくれるなら苦労は要らない。」と思いながら答える。

「好きでこういうスタイルをしているわけじゃないし、誠はそんなので変わったりしないから。」

「でも、ミサちゃんは、ルックスやスタイルのせいで、危ない目にあったりしているし。」

「そうか、ごめん。明日夏には話したんだよね。だから、私を心配して言ってくれていたんだね。でも、誠は大丈夫だと思うよ。」

「私もそうは思うけど。」

「あの、みなさんの場合は、一般の方より注意した方が良いと思いますので、明日夏さんの言うことは分かります。もし何かありそうだったら社長さんに相談するのがいいと思います。」

「そうだね。ヒラっち、誠は信用して大丈夫だよね。」

「今のところは、信用して大丈夫だと思う。だけど、こんなに綺麗な女性に囲まれていると、この先どうなるかは保証できないけど。」

「はい、それは社長のおっしゃる通り、皆さんすごく魅力的女性ですので、僕を警戒することは必要だと思います。」

「いやいや、私は少年は大丈夫だと思う。逆に、悟のようになる方が心配。悟も口は上手いけど、もうすぐ30なのにその手の話が全くない。」

「久美、話を僕に持ってこない。」

「マリさんも、本当に誠やパスカルさんのことを心配して言っているみたい。」

「おお、さすが、真理子先輩。」

「ところで、マリさんと言えば、誠、マリさんの歌をレコーディングしたものを持っている?」

「はい、持っています。『一直線』『時間はいじわる』『ずうっと好き』の尚のパートを歌ったものと、『あんなに約束したのに』を亜美さんと歌ったものです。」

「聴かせてもらってもいい?」

「はい、もちろんです。後で社長にもお渡しします。橘さん、もし参考になるようでしたら、尚の指導にも使ってください。」

「了解。真理子先輩の歌声、ちゃんと聴いてみる。」

「単独のもありますが、一応、3人のミックスしたものを流します。参考になるのは、マリさんだけとは思いますが。」

誠が事務所のスピーカーを使って、その3曲を流す。

「うーん、『トリプレット』の歌も、31歳、人妻、二児の母の歌声とは思えない。」

「真理子先輩、衰えていないというより、可愛い女の子になりきっている。昔は、どちらかというとすごい怖い先輩だったのに。」

「橘さんが怖いって、どんなじゃ!」

「マリさん、いろいろ工夫をしているみたいです。」

「それは誠君の言う通りだね。本当に細部まで丁寧に気を付けて歌っていると思う。」

「ヒラっちの言う通りだと思います。すごいです。今の私じゃここまで丁寧に歌うことはできないです。」

「私でも無理かも。美香にはパワーがあるけど、バラードを歌うときには重要よね。」

「はい。誠、私もそのコピーをもらえる?」

「はい、もちろん。」

「マー君、一応、私も。永遠の14歳の秘密をつかまないと。」

「分かりました。それでは、ストレージ共有サービスに上げて、URLをみなさんにお伝えします。」

「有難う。」「すまん。」「私も、もう少し聴いてみるわ。」「僕も。」

「マー君にまったく心配がないわけじゃないけど、とりあえず、ミサちゃんの水着姿を見たときの顔を写真に撮って、尚ちゃんに送るという話はなしにしておいてあげよう。」

「明日夏さん、そんなことを言っていたんですか。それじゃ旦那さんの浮気の現場写真を義理の両親に送る奥さんみたいですよ。」

「へへへへへ、そうか。ごめんなさい。」

「しかし少年、気をつけろ。私も撮影に向けてダイエットをしているから、美香だけじゃなく、私も少年の心をけがしちゃうかもしれないぞ。」

「そうでしたら、今回の写真集、完全無修正でいけそうですね。」

「おい、少年。真理子先輩の鍛え方が足りないようだな。」

「橘さん、違います。最近の写真集はフォトショで修正しているものがかなり多いですから、二尉は橘さんを褒めているんだと思います。」

「分かりにくい褒め方だな。どうだ少年、無修正でいけるかどうか、何なら今晩うちに来てその目で確かめてみるか?」

「久美先輩!」

「橘さんは、・・・・」

「何、みんな怖い目で見て。・・・ははははは。」

「でも、そう言われると、橘さん、本当に一升瓶が似合うスタイルから、シャンパングラスが似合うようなスタイルになってきていますよね。」

「何だ、明日夏、一升瓶が似合うスタイルって。」

「何というか。亜美ちゃんもそう思わない。」

「そうですね。」

「でも、水着写真集を出すのは本当にお腹がすく。」

「それは美香の言う通りだ。けっこうつらい。すべて少年のせいだ。」

「その通り。写真集が取り終わったら、誠には何か埋め合わせをしてもらわないと。」

「分かりました。僕にできることなら何でもします。」

「分かった。何をしてもらうか考えておく。」

「了解です。」

「でもまあ、美香もダイエットしているということは、やっぱり綺麗なスタイルになりたいということよね。」

「それはそうですけど。」

「だからスタイルがいいこと自体は、悪いことということはないわよ。」

「はい、僕も美香さんの素晴らしいスタイルは素敵な歌にマッチしていて、聴いている人に力を与えることができると思います。」

「誠、有難う。」

「マー君、私は?」

「明日夏さんの少し線の細いファッションモデルのようなスタイルは、明日夏さんの線の細い可愛い声とマッチして、聴いている人の心を癒すことができると思います。」

「おー、やっぱりマー君は危険人物かもしれない。」

「明日夏さん、マリさんや向こうの女の子からも二尉のことを聞いていますが、二尉は大丈夫です。そんな冗談よりも、ミサさんと橘さんがどんなダイエットをしているかの方が気になります。」

「そうだね、亜美ちゃんは、マー君のくだらない冗談よりも、ダイエットの方がずうっと興味ありそうだよね。これは冗談じゃあ済まないからね。」

「明日夏さん、うるさいです。」

誠が「何だ、冗談だったのか。良かった。」と思い、女性陣がダイエットの話で盛り上がっているときに、悟が「これで一件落着か」と思いながら、誠だけに聞こえるように話しかける。

「誠君、すまない。大変だったと思うけど、みんなの娯楽のようなものだから。」

「信用されているから、何でもかんでも僕の前で話せるのだと思います。でも、社長さんは、それがいつもですから大変そうですね。」

「それもそうだけど、今日は特にみんな楽しそうだったな。大輝と治を呼んでおいたら良かった。」

「ターゲットの分散ですね。」

「その通り。ははははは。」

「ははははは。」


 その時、事務所の電話が鳴った。悟が受話器を取ると、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブのバックバンド『ジュエリーガールズ』からの連絡だった。

「社長、サファイアです。大変申し訳ありません。」

「どうした?」

「ダイヤとルビーがインフルエンザにかかって、私もさっきから熱が出てきて明日のバックバンドを務められそうもありません。」

「分かった。明日のバックバンドのことは気にしなくていい。キャッツアイにもすぐに病院に行って検査するように連絡して。」

「はい、SNSで連絡します。」

「土曜日に開いている近くの病院はインターネットで分かるから。そして、お医者さんの指示に従って薬を飲んで、ゆっくり休養するように。インフルエンザと言っても油断すると大変なことになるから。」

「分かりました。今から病院に行ってきます。」

「うん、そうして。」

悟が受話器を置いた。誠は状況を察していた。

「『ジュエリーガールズ』の方々がインフルエンザで出られないということですね。」

「大変申し訳ないんだけど、そういうことになった。」

「分かりました。是非に及びません。ライブではMIDI音源を流すことにして、出演料の分で『ジュエリーガールズ』のグッズをお客さんに配布することでよろしいでしょうか。」

「それはとても助かる。久美、『ジュエリーガールズ』のグッズの在庫はある?」

「うん、金額的にもアクスタがちょうどいいと思う。」

「有難うございます。パスカルさんと連絡してきます。」

ミサが誠を止める。

「誠、ちょっと待って。」

「はい?」

「ねえ、私たちでバックバンドをやろうよ。明日夏はピアノができたよね。」

「少しだけど。」

「ドラムはナンシーにお願いする。ベースはヒラっち、お願い。」

「僕は明日の夕方のライブの準備があるんだけど。」

「それは私がやるから大丈夫。久しぶりに、悟のベースが聴けそう。」

「私はピアノは弾けても、シンセサイザーの設定が良く分からない。」

「それは演奏前に僕が設定しておくことができます。明日夏さんは曲の番号を入力して鍵盤を弾くだけで大丈夫なようにして、緊急時はピアノの音にできるようにします。」

「それならできるか。」

「音楽的にはともかく、みなさんはアマチュアではないので契約的に大丈夫ですか?」

「無給で、名前を出さず、誰だかわからないようにマスクをしてやれば、契約違反にはならないはず。」

「地下アイドルのライブなので、お客さんのビデオ撮影タイムとかありますけれど。」

「海外のライブならそういうのもあるし、誠、心配しなくても、顔を隠していれば似ていると思われるだけで、大丈夫だよ。万が一後でバレても、将来のための練習と言うことにしておけば。」

「分かりました。」

「美香のギタリストデビューの前に舞台慣れするためにはいいかもね。」

「久美先輩の言う通り。誠、名前が出なければ大丈夫だよ。明日夏もいいよね。」

「まあ、ミサちゃんがやるなら付き合うけど。」

「よし、決まった。それじゃあナンシーを呼ぶよ。」

ミサがナンシーを呼び出す。

「僕は楽譜を準備します。楽譜を映すタブレットが4台あるといいのですが、事務所からお借りできますか?」

「ああ、大丈夫、準備するよ。」

「曲の感じをつかむためにインスツルメンタルを流しておきます。」

「お願い。」

誠がパソコンにスピーカーをつないでオリジナル音源を流し始める。悟がタブレットを用意し、誠は『ジュエリーガールズ』のために用意した楽譜のファイルを各タブレットにダウンロードして見れるようにした。

「美香さん、バンド名はどうしましょうか。」

「えーと、どうしよう。」

「『ジオン公国に栄光あれ』」

「明日夏さん、コスプレでもするんですか。」

「コスプレ衣装なら家にあるけど。」

「さすがですね。」

「ミサちゃんがシャーで、ナンシーがララァ、社長がガルマで私がキシリア。」

「ナンシーさんと社長はマスクなしでも大丈夫でしょうから、ちょうどいいですね。社長さんのサイズは大丈夫ですか?」

「大きめだから何とかなるとおもう。それより、ミサちゃんの胸の方が心配。」

「その話しはもう。」

「そうなんだけど、服のボタンがしめられるか。」

「シャーは短いですがマントをしていますので、最悪の場合背中の部分を切って前を緩めるとか。」

「そうだな。まあ、また新しいのを買えばいいか。でも、家に帰って取りに行かないと。」

「練習が一段落したら、カーシェアの車を使って行ってきます。」

「ダコール。」

「誠、ナンシーはOK。30分ぐらいでこちらに到着するって。」

「了解です。」


 誠がタブレットを配りながら、指示をする。

「とりあえず、各自、自分の楽器の練習からお願いします。」

「誠、OK。」

「明日夏さんは、楽譜を見ておいてください。今、シンセサイザーの設定をします。」

「マー君、メルシー。」

明日夏は楽譜を見ながら、机を鍵盤代わりにして、指を動かす。

「亜美ちゃんは、もう帰っても大丈夫だよ。」

「社長、バンドで練習するときの仮歌を担当します。」

「大丈夫?」

「はい、事務所を11時ごろまでに出発すれば電車で帰れます。」

「亜美ちゃん、それならタクシーを呼ぶよ。」

「有難うございます。それならもう少し遅くまでいられるかもしれません。」

誠がシンセサイザーをセットした後、明日夏がヘッドフォンを付けて練習を始めた。30分ぐらいして、ナンシーがやってきた。

「こんばんは、ですねー。」

「ナンシー、急に呼んでごめんなさい。ドラム、お願いできる。」

「アキちゃんたちのためならば、喜んでですねー。」

「これが、楽譜です。ドラムは練習室のものを使ってください。」

「湘南さん、頑張るですねー。」

そして、それから一時間半ぐらいして、尚美が帰って来た。

「ただいま。」

「お帰りなさい。」

「お兄ちゃん、これはどういう状態?」

「明日のバックバンドを務める予定だった『ジュエリーガールズ』がインフルエンザで出演できなくなってしまって、急遽、社長さん、明日夏さん、美香さん、ナンシーさんでバンドを組むことになった。もちろん、明日夏さんと美香さんは顔を出さないようにする。」

「そうなんだ。でも、美香先輩のギターってすごい。」

「橘さんは、いい経験になるんじゃないかと言っている。」

「多少失敗しても大丈夫だから、そうかもね。」

「でも、美香さんは失敗するつもりなんて全然ないみたい。意気込みと言うか、練習の集中力がすごい。」

「美香先輩はそうだよね。」

「リーダー、お帰りなさい。」

「亜美先輩、ただいま。亜美先輩は何かするのですか。」

「パート練習が終わった後に、練習のためのボーカルをする予定で、いま、練習しています。リーダーもどうですか。ユミちゃんのパート。」

「分かりました。みなさんがやっているようですので、やってみます。お兄ちゃん、楽譜くれる?」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

「じゃあ、タブレット貸して。」

「了解。親には連絡しておく。」

「有難う。」

 楽譜をダウンロードし終わると、亜美と練習を始めた。少しして誠が悟に尋ねた。

「社長、夕食はどうしたら良いでしょうか。」

「こういう時は、うちは食べながら練習できるハンバーガーが定番だけど、ミサちゃんとナンシーちゃんだけは聞いてみて。」

「分かりました。」

ミサが演奏を止めたところで声をかける。

「美香さん。・・・・美香さん。・・・・・美香さん。」

ミサがヘッドフォンをしていたこともあって、気が付かないようだった。仕方がないので、ナンシーのところに行った。

「ナンシーさん、夕食はハンバーガーでいいですか。」

「OKですねー。有難うですねー。」

「あと、美香さんを曲の切れ目に3回呼んでも気が付いてくれないのですが、どうすればいいと思いますか?」

「大好きと言って、ミサを抱きしめるといいですねー。」

「それだと、500キロのパンチで僕が死んでしまいます。」

「それなら、顔をだんだん近づけていけばいいですね。」

「分かりました。」

誠は「それでも危ないかもしれない。」と思いながら、楽譜を見ているミサに少しずつ顔を近づけていった。

「えっ、あっ、誠か。驚いた。」

「驚かせて、申し訳ないです。夕食ですが、ファーストフードのハンバーガーセットでいいですか。」

「お願い。そういうものも食べてみたかった。」

「分かりました。」

ミサは去っていく誠を少し見ていたが、練習に戻った。


 誠がハンバーガーセットを人数分買ってきて、全員に配った。9時を回ったところで、通し練習をしてみることになった。

「それでは、全員で通してみようか。みんな練習室に来てくれるかな。」

「ヒラっち、了解。」「ダコール。」「ハイですねー。」

「誠君、一応録音してくれる。」

「了解です。」

「途中あまり止めないで行くね。それじゃあナンシーさん、最初の拍子を取って下さい。」

「了解ですねー。」

演奏が始まった。まあまあのレベルを演奏が終えた。

「それではいったん休憩かな。みんな初めてなのにやっぱりすごいね。録音を確認するから、各楽器は個別練習でお願い。」

「はい。」「ダコール。」「ハイですねー。」

「尚ちゃんと、亜美ちゃんはここまでで。」

「じゃあ、車を呼ぶね。すぐに来ると思うから待ってて。」

「美香先輩、有難うございます。」「有難うございます。」

「久美、一緒に録音を聞いてくれる?」

「もちろん。」

「それでは、録音したものを、社長と橘さんに送ります。」

「有難う。」


 誠は「このバンドで大丈夫そうだから、パスカルさんに連絡しないと。」と思い、SNSのアキPGでチャットした。途中から亜美も加わった。少しして、ミサの車が到着した。

「お兄ちゃん、気を付けて。」

「二尉、また明日。」

尚と亜美がミサの家の車で帰宅した。

「明日夏さん、コスプレ道具を取って来ようと思いますが?」

「うん、お願いできるかな。」

「そのことで、明日夏さんが行くと、練習時間の無駄になりますよね。」

「お姉ちゃんにお願した。キャスターを使って、服と小物を玄関まで持っていくから、下で待っていれば大丈夫。」

「お姉さんは、オタクですか?」

「うん、だいたい家にいるよ。」

「お宅にいますかじゃなくて、ガンダムのことが分かりますか?」

「おお、そっちのオタクか。姉はBLがメインだけど、基本知識はあるから大丈夫。念のため私が画像で確認するよ。」

「有難うございます。それでは行ってきます。」

「誠君、事務所のバンを使っていいけど。」

「小回りが効かないので、カーシェアの車を使います。それでは行ってきます。」


 誠がカーシェアの車で明日夏の家で荷物を受け取り、明日夏の姉と少し話したあと、事務所に戻って来た。事務所では2回目の練習が行われていた。2回目は久美が指導しながらの練習で時間がかかっていた。夜中の2時近くから3回目の通し練習が始まり、3時すぎに通し練習が終わった。

「お疲れ様、まだ直したいところはあるけど、即席バンドとしては上出来、上出来。ファーストギターが別にいれば、ミサはそろそろ、ボーカル&ギターでも行けるんじゃない。」

「久美先輩、有難うございます。明日、頑張って自信をつけてみます。」

「それがいいと思う。」

ミサが前に連絡したホテルからの返信を確認する。

「ごめんなさい。新宿のホテルが他のホテルのオーバーブッキングを受け入れたため一杯で、横浜のホテルなら空いているということなんだけど。」

「この時間なら、女性陣はタクシーで家に帰れるんじゃないかな。僕はここで泊ることも多いし、誠君も泊って行けば。」

「はい、そうさせてもらえると嬉しいです。」

「悟、女性陣が怪しそうな目で見ているわよ。」

「えーと。」

「仕方がないから私も泊るわ。」

「大丈夫?」

「全然。ソファーは明日演奏がある悟が使って。私と少年は何か敷いて寝るから。」

「僕は余ったポスターで構いません。」

「マー君は、私の上で寝るのか。」

「さすがに女性演者のポスターは避けたいです。」

「ならは、少年、ポスターじゃなく、本物の私の上で寝るか?」

「久美先輩!」

「橘さん、・・・・・」

「ははははは。」

「適当なものがなければ、A3のコピー用紙をセロテープで繋ぎますから大丈夫です。」

「それに水着写真を印刷するといいですねー。誰の写真を使うか興味あるですねー。」

「マー君はもし印刷するとすれば、誰なんだ?」

「印刷しませんが、強いて言えば秋山さんでしょうか。」

「作詞家の私か。」

「そうじゃなくて、軽音部の。」

「そうじゃなくてって、ひどくないか。」

「または、千反田さん。」

「傾向がだいぶ違うな。」

「そうかもしれません。」

「明日夏、秋山さんとか、もう一人の人って?」

「あー、これが秋山さん。バンドのベース兼セカンドボーカルで、これが千反田さん。読書と謎解きが好き。」

「へー、誠ってこういうのが好きなんだ。」

「そういうわけでもないですが。」

「でも、ちょっと私と明日夏に似ていない?」

「ミサちゃんの方が精悍で野生味があるし、私の方が頭が良くない感があるけど。」

「あー、分かります。」

「誠、それは誉めているの?」

「ミサちゃん、少なくとも私の頭が良くない感で誉めていると思う?本人を前にして、いい度胸していると思うよ。」

「ミサさんの身体能力の高さはロックを歌うときの強力な武器になりますし、能ある鷹は爪を隠すではないですが、頭が良くない感がある人の方が頭が良かったりします。」

「これが成長するということか。寂しくもあるな。昔は正直に言うだけだったのに、ごまかすのがうまくなってきている。」

「有難うございます。」

ナンシーが思いついたように明日夏に話しかける。

「明日夏さんちょっとこっちに来るですねー。」

ナンシーと明日夏が相談を始める。

「社長さん、今のうちに機材を車に運んでおきましょうか。」

「そうだね。それでは女性の方々はタクシーで帰宅して。久美、タクシーチケットを配ってくれる。」

「了解。」

「私は機材を運ぶのを手伝います。」

「ミサちゃんは休んでいて、大丈夫だから。」

「美香さんには明日の演奏もありますから、早く帰られた方がいいと思います。」

「それじゃあ、誠、私に腕相撲で勝ったら帰ってあげる。」

「やっぱり強いんですか?」

「早くやる。」

「はい。」

誠とミサで腕相撲をするとミサが簡単に勝つ。

「マー君、真剣にやった?」

「はい、全力でやりました。」

「ちょっと、ミサちゃん私も腕相撲いい?」

「いいよ。」

明日夏とミサで腕相撲をするとミサがもっと簡単に勝つ。

「本当に強い。」

「それじゃあ、運んじゃおう。」

「分かりました。」

「申し訳ないけどミサちゃんと誠君が協力してキーボードを運んで。僕が細々したものを運ぶから。」

「その方が忘れ物がなさそうですね。」

「まあ、万が一忘れ物があっても取りに戻れる距離だけどね。」

「そうですね。美香さん大変申し訳ないですが、キーボードの右端を持っていただけますか?一人で真ん中を持って運ぶと端をぶつける可能性があるからです。」

「誠、了解。」

機材をバンに運び終え、バンの前で会話する。

「誠、もう運ぶものはないの?」

「今、社長さんがチェックしていますので、もう少し待ってて下さい。」

「OK、大丈夫だ。それじゃあ事務所に戻ろう。」

三人が事務所に向かう。

「もしかすると、美香さんはステージモニターを使うのは初めてじゃないですか?」

「あーそうか。いつもイヤモニだもんね。」

「いつも美香さんが使っているホールよりかなり小さいですから。ただ、イヤモニと違って観客の歓声がそのまま聞こえてきますので注意してください。」

「了解。ステージモニターの方がロックって感じがするし、観客の声が直接聞こえるのもいいかんじだから楽しみだよ。」

「そう思えるなら嬉しいです。」

事務所に戻ると明日夏とナンシーが3人に話しかける。

「ナンシーがなかなかいいホテルを予約したそうだから、今からそこに行こうよ。」

「近いんですか?」

「車なら10分かからないんですねー。会場までは歩いて行けるんですねー。」

「ちょっと待ってください。それはもしかすると道玄坂にあるホテルとか言うんじゃありませんよね。」

「湘南さん、さすがですねー。その通りですねー。でも、このメンバーなら大丈夫ですねー。」

「男性2人と女性4人、うーん、受験シーズンには受験生が泊まることもあるというし、確かになんとかならないことはないですか。部屋にソファーとかはあるんですか。」

「あるですねー。ミサと明日夏さんの予習のためにちょうどいいですねー。」

「誠、いろんな歌にもそういうホテルが出てくることがあるから、全く知らないのはいけないのかも。」

「そう言われると、そうかもしれません。」

「どんなホテルか、ちょっと楽しみ。」

「家がホテル業だからですか。」

「うん、それもある。」

「分かりました。行ってみましょう。ナンシーさん、そのホテル、駐車場から建物の中に直接入れますか?。」

「入れるですねー。」

「他の方々は、いかがですか。」

「大丈夫だけど、全員、部屋に入るまでマスクと帽子を忘れないように。どこから漏れるか分からないから、誠君もお願い。」

「はい、社長さんの言う通りだと思います。」

「それじゃあ行くですねー。」

「分かりました。」


 車が出発し、悟がナンシーに道を案内されながら、道玄坂のホテルに向かった。誠が「明日夏さんと美香さんがいっしょにラブホテルのベッドに寝るって、GLファンからすればたまらないだろうな。いけない、いけない。変な妄想をしては。」と考えていると、バンはほどなく道玄坂のホテルに到着した。

「それじゃあ、誠、行こうか。」

「はい、行きましょう。とりあえず、泊まるペアを決めておきませんか。社長さんと僕はいいとして、明日夏さんと美香さんがペアですか?」

「違うですねー。」

「違う?」

「部屋は二つしかなかったですねー。だから、ミサ、明日夏さん、湘南さんが同じ部屋ですねー。」

「あの。」

「値段が普通の部屋の2倍ぐらいするから、ホテルの人は3人で泊ってもいいと言ってたですねー。それに、部屋に男性が一人いないと、やっぱり危ないですねー。」

「ということは、僕は?」

「久美と私といっしょですねー。」

「僕とナンシーさんがいっしょというのは、やっぱりまずいのでは。」

「お邪魔でしたかねー。でしたら、私がミサの部屋に行って二人でいるといいですねー。」

「そういうことではなくて。」

「大丈夫ですねー。朝まで寝るだけですねー。」

「それはそうだけど。」

「寝る時間がもったいないですねー。とっとと行くですねー。」

「仕方がないか。僕は床にでも寝るよ。」

「社長さん、でも、やっぱり。」

「湘南さんはうるさいですねー。ミサ、湘南さんを運んじゃって下さいですねー。」

「ナンシー、分かった。誠、ごめん。」

「えっ、ちょっと。」

ミサが誠をお姫様だっこする。

「ミサちゃん、いくら何でもマー君をお姫様だっこって。」

「大丈夫。全然軽い。」

「とりあえず、行くですねー。」


 六人が部屋に向かう。そのホテルの監視室では。

「予約のあった六名で2部屋のお客さんか。いつもはあまりお客さんが入らない一番高い部屋が埋まって良かったよ。」

「女性4人と男性2人でご乱交ですか。元気がいいですね。でも、男性一人はお姫様抱っこされていますけど。」

「うーん、男性は起きているようだし、キョロキョロしているけど抵抗している感じはないな。騙されてパーティーに連れてこられた感じかな。」

「大丈夫ですか。」

「あの女性の様子からすると、いただきますって感じに見えるけど、男性の方はあきらめているみたいだから、いいんじゃないか。警察沙汰にはならないだろう。」

「男女反対だったら後で問題になることもありそうですが、そうですね。羨ましい限りです。」


 誠、明日夏、ミサが部屋に入って、ミサが誠をお姫様だっこ状態から降ろす。

「誠、ごめん、大丈夫?」

「は、はい、大丈夫ではあります。」

不安そうにしている誠に向かって明日夏が言う。

「マー君は心配しなくて大丈夫。マー君に変なことはしないから。」

「それは分かっています。」

「でも、明日夏。ナンシーがせかすから、誠をだっこしちゃったけど、これは全然変なことじゃないよね。」

「いや、お姫様抱っこは変なことだと思う。」

「僕は、妹をおんぶしたことはありますが、お姫様抱っこは、したこともされたこともなかったです。」

「私もそんなことしたことはないよ。でも、なんなら、逆に私をお姫様だっこで運んでもいいよ。寝るときにベッドまでとか。」

「ミサちゃん、テンション上がりすぎというか、橘さんのダークサイドの影響がだんだんと出てきたんじゃないかな。」

「へへへへへ。」

「その笑い方も、ミサちゃんじゃない。」

「でも、今、何かすごく楽しい。」

「もう少ししたらナンシーもこっちに来るから、ミサちゃん、少し落ち着こうね。」

「えっ、明日夏、というと久美先輩とヒラっちを二人にするの。」

「そう。初めからその作戦。私の提案で。」

「なるほど、さすがは明日夏。」

「いや、なるほどって。しかし社長さんも大丈夫かな。」

「マー君、二人とも、アラサーなんだから心配することはないよ。」

「それは、明日夏さんの言う通りかもしれません。」

部屋を見渡したミサが言う。

「でも、ここがラブホテルの部屋なんだ。うちのホテルの部屋となんか違う。」

「ゆっくりと休むことや仕事を目的としているわけではないので、そうだと思います。」

「激しく休むんだね。」

「あの、明日夏さんも自重しましょう。」

「すまん。」

「でも、結構広い部屋ね。」

「はい。入口に部屋代が掲示されていましたが、ここと社長さんたちが泊る部屋が、このホテルで一番高い部屋みたいです。」

「マー君は、お姫様抱っこされている状態でも、そういうことはしっかりと見てくるんだね。」

「はい。あと、ホテルの構造と火事の際の避難経路も確認しましたから、火事や地震の時には僕に付いてきてください。」

「うん、そういうときは、そうさせてもらうよ。」

「さすが、誠。私もそうする。でも、お風呂場がガラス張りで外から見えるんだ。何でだろう。」

「相手がお風呂に入っているところを眺めたいんだろう。」

「なるほど。」

「マー君は、ミサちゃんと私のどっちがお風呂に入っているところを見てみたい?」

「そういう話をふらないでください。」

「私は相手を見るより、いっしょに入りたいかな。」

「まあ、私もそうかな。」

「女性はそういうものなんですね。」

次に、ミサがベッドの方に行って、珍しそうに言う。

「丸いベッドなんだ。上が鏡で。寝ながら自分が見えるんだ。」

「自分じゃなくて、相手を見るんだと思うけど、このベット、スイッチを入れると回るんじゃないかな?マー君分かる?」

「えーと、ここですね。」

ベッドが回りだす。

「すごい、動いている。明日夏、丸いけど、大人が二人で寝ても大丈夫そう。」

「元々、そういうためのものだからね。」

「そうか。」

「ミサちゃん、いつもはどんな格好で寝るの?」

「パジャマだけど。明日夏は?」

「ネグリジェ、ということはないな。私もパジャマだ。」

目をそらした誠に明日夏が話しかける。

「マー君には刺激が強そうな話だが、大丈夫か。」

「何とか。」

「それで、マー君は誰と寝ているところを妄想したんだ。」

「僕とではなくて、申し訳ないのですが、明日夏さんと美香さんです。」

「なんと、マー君はGL好きだったのか。」

「本当は違うんですけど、状況が状況だけに。」

「それで、ミサちゃんと私はどんな恰好だったんだ。」

「一応、二人ともパジャマを着ていました。」

「なるほど、裏面の半裸は後の楽しみと言うことか。」

「あの、抱き枕カバーじゃないんですから。」

「そうだ、ミサちゃん、マー君の妄想のためにこのままベットでいっしょに横になってみようか。どうせ後でそういうことになりそうだし。」

「いいけど、明日夏、服を脱ぐの?」

「ミサちゃんは、ここで服を脱げるの?」

「オタクの世界ってそうなのかなと思って。」

「いや、ミサちゃん、その認識は間違ってはいないけど、それは2次元の話だから。3次元のミサちゃんはしないほうがいい。」

「そうなの。分かった。」

誠が話しを変える。

「このベッド、ウォーターベッドですね。」

「誠、何なのそれ?」

「敷布団が水が入った袋なんです。」

「すごい。うちのホテルにはなさそう。」

「はい、こういうところにしかありません。」

「そうなんだ。でも何か誠も明日夏もラブホテルに詳しいよね。本当は二人は来たことがあるんじゃないの。」

「なっ、ないよ。マー君とはそんな関係じゃないし。」

「こういうところは、漫画、アニメ、ドラマ、映画で使われていたりしますから。」

「これって、カラオケ?」

「その通りです。」

「へー、そんなのもあるんだ。どう、誠、一曲歌わない?そう言えば、私まだ誠の歌を聴いたことがなかったから。」

「あの、美香さんと明日夏さんの前で歌うぐらいなら、地獄に行った方がましです。」

「ひどい。なんなら私が誠と一緒に歌うけど。」

「有難うございます。ただ、もう朝の4時ですから早く寝た方がいいと思います。明日夏さんと美香さんがベッド、ナンシーさんがソファーで、僕がソファーの裏の皆さんが見えない床で寝るということで良いでしょうか。

「誠、四人でじゃんけんで決めるというのはどう?」

「三人ならば構わないと思います。」

「そんな、誠、ナンシーを邪険にしちゃだめだよ。」

「いえ、女性三人です。美香さん、やはり少しハイになっているみたいですので、自重しましょう。」

「ハイ。なんちゃって。ははははは。」

「真面目なミサちゃんのイメージが。」

「私、お姫様だっこをしたのも初めてだけど、本当のことを言うと、男の人と手をつないだのも初めてなんだよ。」

「もしかすると、腕相撲の時ですか。僕は中学校のフォークダンス以来です。」

「そうなんだ。私はフォークダンスに出なかったから。」

誠は「いろいろあったんだろうな」と思いながら、まだ寝そうもなかったので、雰囲気を変えるために提案する。

「あの、トランプをしませんか?」

「いいけど、先にお風呂に入ろうかな。練習で汗をかいたし。」

「えっ、ミサちゃん、ここでお風呂に入るつもりなの?」

「さっき見た通り、ここのお風呂場は、ガラスで透けています。」

「大丈夫。どうせ誠は見ないでしょう。」

「それは、見ないですが。」

「それじゃあ、ミサちゃん私も入るから。いっしょに入ろう。」

「分かった。夏の海以来ね。」

「マー君、ミサちゃんが心配だからいっしょに入るけど、絶対見ちゃだめだよ。マー君の自制心が試されていると思って。」

「はい、大丈夫です。明日夏さんの呼びかけがあるまでハンカチで目隠しをして反対側を向いています。とりあえず、お湯を張って来ます。」

「有難う。」

誠がバスタブを洗って、お湯を入れ始めた。

「お湯が張るまで5分ぐらいかかるようです。」

「それじゃあ、誠、腕相撲のリベンジしてみない。誠は両手でいいよ。誠が勝ったら何でも言うことをきいてあげる。」

「美香さんが勝ったら?」

「寝付くまで、私を見ていて。」

誠は「妹が小さいときにも同じようなことを言っていたけど、やっぱり、美香さんにとって僕は兄みたいなものなんだな。」と少し安心しながら答えた。

「分かりました。」

で、腕相撲の方はあっさりとミサが勝った。誠は「なんで、僕の妹はこんなに強い女(ひと)ばかりなんだろうか」と思いながらも、敗者の弁を述べる。

「完敗です。美香さんが寝付くまでちゃんと見ています。」

「有難う。」

その後、明日夏も両手で腕相撲をやってみるが勝負にならなかった。

「マー君、力を合わせてみよう。」

「分かりました。」

腕4本対腕1本であったが、やはり勝負にならずミサが勝った。

「ミサちゃん、本当は情報思念体のヒューマノイド端末なんじゃ。」

「何それ?」

「マー君、二人でちょっとやってみようか。負けた方が勝った方の言うことを何でもきくということで。」

誠は「明日夏さんはなんやかんや言っても一番常識があるから、変なことは言わないだろう。」と思ってOKする。

「分かりました。」

誠と明日夏が腕相撲を始める。明日夏が最初は片手で、次は両手を使って全力で押すが誠の腕は全く動かなかった。

「やっぱり、マー君が弱いわけじゃないのか。仕方がない、勝っていいよ。」

「分かりました。」

誠が力を入れて勝つ。

「それで、マー君は私に何を望む?」

「美香さんや妹の信頼を裏切るようなことをすると、僕は地下室に一生閉じ込められますので、難しいところです。」

「何それ?」

「尚が言い出したんだけど、誠がうちの兄のようになったら、尚と私で地下室に閉じ込めることにしたんだけど。」

「愛情の裏返し?本当に一生?」

「そう、一生。尚が私と二人ならできるって。」

「確かに二人なら可能かもしれないけど、マー君も大変だね。」

「はい、大変です。」

「でも、考えようによっては天国かも。」

「いえ、そんなことはありません。明日夏さん、僕の願い事が決まりました。」

「何?何でもいいよ。」

「そうなった時に、何とか僕を助け出して下さい。」

「分かったよ。」

「何、明日夏、裏切るの?」

「だって、二人で閉じ込めると言うから。」

「そうか、ごめん。明日夏も入れないとだめだよね。それじゃあ3人で誠を閉じ込めよう。」

「分かった。」

「明日夏さん、今の約束は。」

「二人で閉じ込められている状況から助けて、3人で閉じ込める。」

「全然、助かっていない気がします。」

「そうなったら、オタク話に付き合ってあげるよ。」

「分かりました。みなさんの信用を裏切るようなことは絶対にしません。」

その時、ドアからノックの音が聞こえた。誠がドアの外を確認した後、ドアを開けるとナンシーが入ってきた。誠が「助かった。」と思いながら答える。

「こんばんは、ナンシーさん。」

しかし、ナンシーの参戦は状況を悪化させる方向に作用する。

「ごめんなさい、三人でお風呂に入るところだったですねー。邪魔するつもりはないですねー。」

「明日夏さんと美香さんがいっしょに入って、僕は目隠しをしている予定です。」

「ナンシー、いっしょに入ろうか。」

「了解ですねー。」

「マー君、三人で入れそう?」

「元々二人用のバスタブですので三人は可能とは思います。それに、バスタオルとガウンが3つずつあります。」

「一部屋三人で予約したからですねー。」

「ただ、日本式で入った方がいいかもしれません。」

「二人が入って、一人が外で体を洗う感じになるのか。」

「はい。動かないならバスタブに三人も可能そうですが、西洋式にバスタブで洗うのは難しいと思います。」

「大丈夫ですねー。日本式のお風呂、大好きですねー。でも、この広さなら二人が外で洗えそうですねー。湘南さんももいっしょに入るですねー。」

「そうね。誠、いっしょに入ろう。背中流してあげる。」

「あのミサちゃんもナンシーちゃんも、この場の勢いだけで言いわないで、ちゃんと自分の頭で考えて。」

「明日夏さんのいう通りです。それに、僕は皆さんと違って練習をしていませんし、汗をかいていないですので、お風呂は入らなくて大丈夫です。」

「でもですねー、コッコさんの話では、湘南さんは、アキさんとコッコさんといっしょに混浴の温泉に入ったそうですねー。湘南さんは女子高生がいないとだめですかねー。」

明日夏がつぶやく。

「そう言えばそうだった。」

「いえ、ナンシーさん、明日夏さん、そういうことは全くありません。」

「それじゃあ、誠、どういうこと。私たちとじゃいやなの?」

「そういうことはないです。あのときは大浴場でタオルを巻いていましたし。」

「誠、それは大きな問題ではないと思うよ。」

「あれはコッコさんが仕組んだことです。コッコさんは漫画のためなら一人でも男湯に入りたいと言っているような方ですし。」

「さすが、コッコさんなんですねー。」

「誠、歌のためにも、男性とお風呂に入る経験は必要かも。」

「仕方がない。マー君、いっしょに入ろうか。」

「何ですか、明日夏さんまで。」

「男性一人、女性3人なら大丈夫だよ。」

「どういう理屈ですか。」

誠は「女子高校生に負けるのがいやなんだろうか。」と思いながら答える。

「この風呂だと身体的接触は避けられないと思います。」

「私は構わないけど、分かった。大きなお風呂を用意するから、そのときいっしょに入ろう。誠、約束ね。」

「約束ですねー。」

「約束だよ。」

誠はこの場を収めるために答える。

「分かりました。」

誠がすこしホッとして湯舟を確認する。

「お風呂が沸いたようです。お湯の量と温度もちょうど良いと思います。」

「それじゃあ、お風呂に入るですねー。」

「分かった。」「分かった。」

「明日夏さん、服を着たら声をかけてください。」

「ダコール。」

「それでは、ごゆっくり。」

誠は「これでも、GL好きには天国のような環境なんだろうな。」と思いながら、ハンカチで目隠しをして、お風呂と反対側を向いた。そして、明日の朝やるべきことを考えることにした。途中、気になる会話もあったが、なるべく頭の中に入れないようにしていた。25分ほどの時間だったが、誠には永遠のように感じられる時間だった。


「マー君、3人ともお風呂が終わったよ。目隠しを取っても大丈夫だ。」

「了解です。有難うございます。」

誠が目隠しを外すと、下を向いた。

「どうした、マー君。」

「ちゃ、ちゃんと服を着てください。ガウンだけだと目のやり場に困ります。」

「上気した肌がたまらないのか。」

「みなさん、お化粧をしなくてもすごく綺麗な女性の方々とは思いますが。」

「落ち着かないのか。でもミサちゃんとナンシーが、この方が楽だって。」

「明日夏さんも?」

「私は付き合い。」

「湘南さん、このガウンの本来の着方をしているから、本当に楽ですねー。」

「本来の着方?」

「ナンシーちゃん、それは言わないで。だいたい、ナンシーちゃんが下着をどこかに隠しちゃうからでしょう。」

「・・・・・・。」

「このガウンはそうやって着るものですねー。だから、予行練習ですねー。」

「そりゃ、そうだろうけど。」

「明日夏、プロの歌手として、こういう経験も必要だよ。」

「ミサちゃん、戻ってきて。」

「それに、ナンシーも明日には出してくれるよ。」

「いや、ミサちゃん、明日でいいの。」

「それじゃあ、誠、トランプをしようか。」

「あの、できるだけ見ないようにはしますが、明日夏さんは大丈夫なんですか。」

「全然大丈夫じゃないんだけど、もともとは社長と橘さんを二人にしようとした、私の自業自得と思ってあきらめる。」

「明日夏さん、見られても減るもんじゃないですねー。」

「それはそうだけど。かなりスースーする。」

「明日夏さんも、そういうことを言わないで下さい。」

「いや、本当に落ち着かなくなるんだよ。私だって女の子なんだから。」

「すみません。あの、下の方は絶対に見ないようにしますので、この話はやめましょう。」

「ダコール。」

「早くトランプをしようよ。何をする?」

「簡単なものがいいんじゃないでしょうか。」

「それじゃあ、ババ抜きで。明日夏、いいよね。」

「いいけど。」

「それでは、ジョーカーを1枚混ぜて配ります。」

「でも、明日夏、なんか下半身がスースーするね。」

「ミサちゃん!」

「えっ。だって、スースーしない?」

「それは私がさっき言った。」

「そうか、ごめんなさい。」

誠がトランプを配り、ババ抜きを始める。

「あー、また負けちゃった。」

「ミサちゃん、夏の海ではあんなに強かったのに。やっぱり、今のミサちゃんはミサちゃんじゃなくなっている。」

「次は、絶対負けない。」

ゲームが進んで、カードを持っているのが誠とミサの二人だけになり、誠がカードを1枚、ミサがジョーカーを含めて2枚を持ち、誠がカードを引く番になった。

「相手が誠とはいえ、絶対に勝ちたいよー。」

「ミサ、湘南さんにジョーカーを引かせる方法があるですねー。」

「誠にジョーカーを引かせる方法?」

「ジョーカーを手に持って、ジョーカーでない方を胸に挟むですねー。」

「こう?」

「そうですねー。」

「じゃあ、誠、カードを引いて。」

「はい。」

誠は仕方がなくミサが手に持っているカードを引いた。

「湘南さんは手に持っているカードがジョーカーと分かっていても、胸に挟んでいるほうは引けないんですねー。」

「さすが、ナンシー。」

次に、ミサが誠のカードを引くとジョーカーだった。

「それじゃあ、もう一回。」

ミサがまたジョーカーでない方を胸の間に挟んだ。これを2回繰り返した後、最後にミサが誠からジョーカーでない方のカードを引いた。

「勝った!」

「負けました。」

「誠、私には敵わないだろう。」

「はい。この戦法を取られると美香さんには二度と勝てません。」

「ふふふふふ。ひれ伏すがいい。」

「今はちょっとひれ伏せないので、明日にでも。」

「誠なら何でも許す。」

「私も一応できる。ミサちゃんと違って脇を締めなくちゃいけないけど。」

「私もできるですねー。」

「えーと、ババ抜きでは僕は皆さんに絶対に勝てそうもないです。でも、あの、もうそろそろいい時間ですから、寝た方がいいのではないでしょうか?」

「誠、もう少し起きていたい。」

「分かりました。えーと、簡単なトランプと言うと、七並べは?」

「マー君、七並べは奥が深いよ。」

「パスとか駆使するとそうかもしれませんね。」

「私は、誠とアキさんたちの関係が知りたい。」

「関係と言うと?」

「じゃあ、出会いの場面から。」

「秘密にするほどのことはないので、他の方も構わないようでしたら、お話しますが。」

「聞きたいですねー。」

「聞きたい。」

「明日夏さんもですか?」

「マー君、男女が出会って、アイドルのプロデュースをするというのは作詞のネタになりそうだし。」

「なるほど、小説を読むようなものですね。」

「それに、女の子と言うものは、こういう話が好きなんだよ。」

「分かりました。えーと、あれは1月の明日夏さんの最初のCDのリリースイベントの時になります。」

「ふむふむ。」

「向かいでは、美香さんのパレードやイベントをやっていました。」

「あの日に知り合ったの?」

「はい。3人が待機列で待っていると、美香さんがショッピングセンターの通用口に入って行くのが見えました。」

「あの明日夏の待機列にいたんだ。」

「はい。先頭からパスカルさん、僕、アキさんの順で並んでいました。」

「へー、私はどんなふうに見えた?」

「あのとき見た美香さんはすごい奇麗な人で、後で聴いた歌もすごく上手で、明日夏さんでは敵わなそうで、この先明日夏さんがやっていけるか心配になりました。」

「酷い。」

「はい?」

「人を敵のように。」

「今は美香さんのことをいろいろ分かって、心配もしていますし、力になれれば嬉しいとも思います。」

「有難う。」

「でも、あの時の明日夏さんとは何もかも差がありすぎて。」

「酷い。」

「明日夏さんも、今はすごく上手になって来ましたが、あのときは本当にそうでした。」

「容赦ないな。でも、マー君の言う通りか。」

「それで開場まで3時間以上あって、アキさんのアイドルになりたい夢などを聞いていました。」

「なるほど、マー君はそれで堕ちたのか。」

「明日夏、それで堕ちたって。」

「ミサちゃんも、完璧な歌手と思われていたら、今でも単なる敵になっていたんだよ。」

「敵と言うより目標です。」

「でも、味方ではない。」

「そうかもしれません。」

「誠、見ての通り、私、全然完璧じゃないから。」

「はい、みんなで完璧を目指しましょう。」

「それで、完璧になったら敵になる?」

「そのときは、より完璧に。」

「分かった。」

「尚ちゃんは、アキと言う人が、メイド喫茶の店員だから心配していたけど。」

「今は地下アイドルに専念するために、メイド喫茶は夏でやめていますが、その時はメイド喫茶でバイトしていました。」

「誠はメイドとか好きなの?」

「そんなことはありませんが、何でです?」

「オタクの人はああいう恰好が好きなのかなって思って。」

「いらっしゃいませ、ご主人様。」

「明日夏さんは、人に従うという感じが全くしないので全然似合っていません。」

「酷いな。ミサちゃんは?」

「美香さんもメイドよりはお姫様の方が似合うと思います。」

「私のお姫様は?」

「お姫様より目立つ侍従ですから。」

「なぜ、知っている。」

「妹から聞いた話です。」

「何、何、何の話?」

「デビュー前に遊園地のバイトをしていたんだけど、そのパレードで侍従役の私の方がお姫様より目立っていたという話。写真見る。」

「見たい。見たい。」

明日夏が写真を見せる。

「明日夏、可愛い。」

「確かに、態度が目立っていますね。」

「へへへへへ。有難う。」


 こうして、脱線ばかりしながら、誠がアキPGの経過に関して話していると、アキのデビューライブの話のころに明日夏とミサが寝付いてしまった。ナンシーが静かに言う。

「ミサと明日夏さんをベッドに運んで下さいですねー。」

「僕がですか?」

「男性だから、当たり前ですねー。」

「はい、分かりました。」

「二人とも下着を付けていないから良く見えるですねー。」

「ですから、二人の顔だけ見て運びます。」

「ミサと明日夏さんの場合は顔だけ見ていても、邪念が湧いてくるかもしれないですねー。」

「それはナンシーさんの言う通りです。それではナンシーさん、僕を監視してください。僕が変なことをしようとしたら、100キロのパンチで殴っていいです。」

「分かったですねー。」

誠がベッドの掛け布団を開いて、まずミサの方に向かう。

「ナンシーさんは、ソファーで寝ることはできますか?」

「大丈夫ですねー。とすると、湘南さんが二人といっしょにベッドで寝るですねー?」

「僕は床で寝ますので、心配は要りません。」

「湘南さんがベッドで寝ても、二人は怒らないですねー。モテモテだったですねー。」

「違うと思いますよ。ミサさんには兄のように信用されていて、あとは音楽仲間です。明日夏さんは僕が尚の兄でオタクだから気を許しているところがあるんだと思います。」

「そうですかねー。・・・まあ、私も寝ますねー。明日、ステージの上でドラムが叩けるのが、楽しみなんですねー。」

「ナンシーさん音楽センスがあるので僕も楽しみです。目覚ましを9時半にかけました。3時間ぐらいは眠れると思います。」

「有難うですねー。おやすみなさいですねー。」

「いえ、ベットに運び終わるまで僕を監視していて下さい。」

「大丈夫ですねー。」

誠の言うことを聴かずにナンシーは横になってしまった。誠がミサを静かに持ち上げてお姫様抱っこをして顔を見ながらベッドまで運ぶ。ベッドに降ろすと、

「誠、ずうっといっしょだよ。」

と言いながら、誠に抱きついてきた。ミサは寝たままだった。抱きしめる力がどんどん強くなってきたのでナンシーの方を見て

「あの、ナンシーさん、申し訳ないですが・・・・。」

と呼んだが、ナンシーは既に寝ているようだった。誠の声に驚いたのか、寝言で、

「絶対に離さないから。」

と言いながら、抱きしめる力が一段と強くなった。誠が「息ができない。」と思いながら、

「みっ美香さんとずっずっといっしょです。ぜっ絶対に離しません。」

と息を切れ切れに答えると、手が離れて寝返りをした。「ふー、美香さんを寝かしつけるのは命がけだな。背骨が折れるかと思った。もしかすると、美香さんのお兄さんもこういうことがあるのかな。」と思いながら、明日夏の方に移動した。そして、明日夏を静かに持ち上げてお姫様抱っこをして、やはり顔をだけを見てベッドに運ぶ。ベッドに降ろすと、

「マー君の馬鹿。」

と言いながら、両手で誠の首を締め始めた。そして、寝言で、

「また、いなくなるなら殺す。」

と言いながら、首を絞める力が強くなった。「息ができない。」と思いながら、

「ぜっ絶対に、いっいなくなったり、しっしないです。」

と答えると、手が離れて寝返りをした。誠は二人に掛け布団をかけ、ベッドから床の隅の方に向かった。「明日夏さんの場合も命がけか。」と思いながら、誠はソファーの余っているクッションを枕にして、床に横になった。外はまだ暗かったが、少しずつ明るくなってきていた。誠も目を閉じて、「近くで見ると、美香さんは本当にお人形さんみたいだったし、明日夏さんもあんなに奇麗な人とは知らなかった。でも、プロの歌手はストレスがすごいんだろうな。やっぱり、アキさんよりずっとストレスがかかっている気がする。ナンシーさんのおかげで二人ともはしゃいでいて、ストレス解消になってくれるといいけれど。尚のストレスはどうなんだろうか。・・・・明日があるから、早く寝なきゃ。」と思いながらも、今日のことを思い出していた。それでも、間もなく誠も眠りについた。


 朝9時半に目覚ましが鳴って、全員が目を覚ます。上の鏡を見て、ミサと明日夏が驚く。

「あれ、ここは?」

「えーと、私、何でミサちゃんとベットの上にいるんだっけ?」

「えっ、・・・・・・・・・えーーー。」

「うーん、とりあえず、ミサちゃん、おはよう。」

「明日夏、おはよう。誠は?!」

「そうか、マー君か。」

床から立ち上がっていた誠が答える。

「美香さん、明日夏さん、ナンシーさん、おはようございます。」

「あっ、誠、おはよう。」

「ミサ、明日夏さん、湘南さん、おはようですねー。」

「あっ、ナンシー、おはよう。」

「ナンシーちゃん、おはよう。」

「えっ、ちょっとまって、私のこの記憶は本物なの。」

「たぶん、本物だよ。」

「あの、誠、すごい失礼なことをした記憶があるんだけど。」

「失礼というより、美香さん、すごいハイになっていました。人にはいろいろあると思いますし、全米デビューを控えてストレスがすごかったんだと思っていますから、僕は全く気にしていません。これからもよろしくお願いします。」

「うん。こちらこそ、よろしく。怒っていない?」

「はい、全然。」

「軽蔑していない?」

「たくさん努力をしている歌手として尊敬しています。」

「本当に、有難う。」

「アキちゃんたちのライブがなければ、この二人をここに置いていきたかったですねー。それより、ミサと明日夏さんの下着はベッドの足元に置いたですねー。」

「えー。私、こんな薄いガウンで下着を着ていないの?」

「そっ、そうだった。私もだった。」

「あの、僕は何も見ていませんので、大丈夫です。」

「そういうことにしておくよ。それに自分でやったことだし、マー君は何も悪くない。」

「明日夏さんも自由な人ですが、自分がやったことに責任を持とうとするところは、尊いと思います。」

「そう言ってもらえると、やっぱり嬉しい。」

「そうか。私もどうかしていたところもあったけど、自分でやったことだし、誠はずうっと注意してくれていたから、自分で責任を取る。それじゃあ、今日の準備を始めよう。」

「はい、それでは、時間に余裕がありませんので、出発の準備を始めて下さい。僕は社長さんの部屋に行きたいのですが、やっぱり、確認しないといけないでしょうね。」

「それはやっぱり、大人の男女だから確認した方がいいと思うよ。」

ミサはベッドから動いてお風呂の方を見た後、赤くなって黙ってしまっていた。

「それでミサちゃんは、固まっていないで準備を始める。」

「だって。」

「だっても何も、自分でしたことでしょう。」

「そうだけど。」

「お風呂に入っているところとか、ハンカチで目隠しをして全く見ていませんでしたから。明日夏さんも確認していると思います。」

「いや、私もマー君をずーっとは見ていたわけではないから。」

「そうかもしれませんが、今そういうことは言わないで下さい。」

「ミサちゃん、そんなに気にすることはないよ。次はマー君といっしょに温泉に入るんだから。」

「あの、明日夏さん、あれは本気なんですか?」

「大きなお風呂で、まあ、機会があったらだけど。」

「はい、機会があったらですね。」

「そうそう。ミサちゃん、もう終わったことだから、次へ進もうよ。マー君は絶対に絶対に大丈夫だから。」

「僕は、美香さんが真面目に努力をする素敵な女性であることを知っていますから大丈夫です。」

「本当に?」

「本当です。」

「有難う。その言葉で大丈夫になった。それに、誠は向こうの女(ひと)とはいっしょにお風呂に入ったんだよね。私も負けてはいられない。」

「えーと・・・・・。SNSの社長さんの返事で、社長さんの部屋に行っても大丈夫みたいですので、僕はそっちの部屋に行ってきます。」

「あまり邪魔しちゃだめだよ。」「いってらっしゃい。」「後で雰囲気を教えるですねー。」

 誠が悟と久美の部屋に行ってからすぐに戻ってきた。

「みなさん、出発は10時50分です。ステージに立てる衣装を着てお化粧をして、ここから直接会場に向かいます。ホテル代は社長が支払いを済ませたそうです。僕は社長さんの部屋に行きますので、何かあったらSNSで呼んで下さい。10時45分に迎えに来ます。」

「それじゃあ、また。」「10時45分に。」「ラッラァ、ラッラァ、ラッラァですね。」


 誠が悟たちの部屋に入った。

「10時50分にステージに立てる格好で出発することは伝えてきました。」

「有難う。」

「僕は、10時45分に向こうの部屋に戻ります。」

「3人のことは任せたので、お願いね。」

「はい、了解です。」

「でも、少年、どうした。疲れているな?昨晩は乱交パーティーだったのか。」

「みなさん、行いの方の乱行はしていましたが、ストレス発散だと思います。ただ、後で問題になるようなことはなかったと思います。あと、トランプをしていたので、寝るのは遅くなってしまいました。」

「そうか、乱交でなく乱行か。悟、うちでもやってみるか、乱行パーティー。」

「いや、いろいろ物が壊れそうだからやめておこう。」

「そうですね。橘さんだとと、乱暴パーティーになっちゃいますね。」

「ははははは。誠君の言う通り。」

「悟、うるさい。3人に、何だ、エロいことはしなかったのか?」

「していません。」

「役立たずだな。」

「お役に立てず、申し訳ありません。」

「まあ、さすがに一人で3人を相手をするのは初心者には無理だったか。」

「全くです。それで、社長も着換えが必要でしょうから、橘さんはあちらの部屋に行かれた方が。」

「悟なら大丈夫だよ。」

「いや、久美、あんまり大丈夫じゃないんだけど。」

「大丈夫、隅の方で着替えれば。私は少年と話しているよ。」

「分かったよ。」

悟が隅の方に行って着替え始める。

「トランプの他は、どんなことをしたんだ?」

「僕とアキさんたちの関係について聞かれましたので、初めからお話ししました。」

「なるほど、それは興味あるだろうな。で、そっちにもエロい話はないのか。」

「アキさんは高校2年生ですから捕まります。」

「高校2年生か。私には一杯あったけれどな。でも、学年が亜美と一緒なのか。」

「はい、その通りです。」

「まあ、エロい話なら、明日夏より亜美の方が抵抗なさそうだがな。」

「亜美さんの場合、危ない話でしょうか。オネショタとかです。」

「オネショタ、何だそれは?」

「大人の女の人と、小学生の男の子の恋愛話です。」

「なるほど。ロリコンの反対か?ショタというのが?」

「ショタは、アニメキャラの正太郎から来ています。正確には、鉄人28号の金田正太郎です。ショタコンがロリコンに対応することばです。オネはお姉さんの略です。」

「なるほど。」

「細かく分類すると、オネショタとショタオネがあります。」

「何だそれは?」

「恋愛の主導権をお姉さんが持っているのがオネショタ、男の子が持っているのがショタオネです。」

「いろいろあるんだな。」

「はい。最近、その手の恋愛で逮捕されている女性もいますが、亜美さんは二次元に留まるとは思います。」

「まあ、そうだろうな。」

「ただ、『トリプレット』に小学生の男の子のファンもいますから、一応注意はした方が良いかもしれません。」

「六年ぐらい下か。私には分からんな。」

「はい、橘さんは同じぐらいの歳の方と付き合うのが似合っていると思います。」

「そう思うのか。」

「はい、対等に話せる人が似合っていそうです。」

「分かった。参考にしておくよ。」

「有難うございます。橘さんは社長と交代した仕事は大丈夫なんですか?今日のバンドからのメールの確認とか。」

「そうか、今日は私がやらなくてはいけなかったんだな。」

「久美、申し訳ない。僕の出演が終わったら、後はやるから。」

「いや、悟のベースが聴けるから構わない。じゃあ、ちょっくら今日の連絡をするか。」

「僕も、パスカルさんたちと連絡をします。」


 10時45分になったところで、誠が明日夏たちの部屋に戻った。

「社長さんと久美さん、どうだったですねー。」

「事務所にいるような感じでした。」

「やっぱり、そうなるのか。つまらないな。」

「もう時間がありませんので、お手洗いに行きたくなりそうな方は行っておいてください。」

「マー君、それを女性に言うか?」

「女性と言うより、お子様三名と言う感じです。」

「言ってくれますですねー。私の熱いキスを受け取るといいですねー。」

ナンシーが誠の方に寄ってくる。

「ナンシー!」

「ナンシーちゃん。踊り子に触るのは厳禁だよ。」

「僕は踊り子ですか。」

「2人とも怖いですねー。冗談ですねー。湘南さん、お手洗いは湘南さんが来る前に3人とも行ってきたですねー。みなさん、ちゃんとしたレディーですねー。」

「申し訳ありません。僕の配慮が足りませんでした。それでは出発しましょう。」

「はいですねー。」

「ダコール。」

「何か、名残惜しいけど。」

「ミサちゃん、名残惜しいの?」

「楽しかったからかな。」

「私も楽しかったかな。でも行こう。」

「部屋の写真だけ撮っておこうかな。」

「皆さんのスマフォから流出すると大変なことになりますので、代わりに僕が撮って、印刷したものをお渡しします。」

「有難う。」

誠がスマフォで部屋の写真を何枚か撮ったあと、部屋を出た。


 その後、悟、久美と合流してバンが置いてある駐車場に向かう。

「この通路、覚えがある。」

「ためらう湘南さんを、ミサが無理やりお姫様抱っこでラブホテルの部屋に連れ込んだ通路ですねー。」

「それはナンシーが。・・・でもやっぱり、私の責任ね。誠、償いならなんでもするから言ってね。」

「僕は気にしていませんので、償いは不要です。でも、美香さんもロックシンガーですから、50年ぐらいしたら昔の武勇伝として自分で話しているかもしれませんよ。」

「マー君のいう通りだね。ためらう男性をお姫様抱っこでラブホテルの部屋に運んだ。それは、橘さんの浮気した男を川に蹴落とした武勇伝よりもすごいかもしれない。」

「こら、明日夏、私は関係ない。」

「・・・・・・。」

「とりあえず、このことは完全な緘口令でお願いします。僕も妹にも話しません。」

「そうだよね。話したら、尚ちゃんのミサちゃんへの信用がなくなっちゃうよね。」

「すごい冷たい視線で見られそう。」

「ですので、皆さん秘密でお願いします。」

「僕からもお願いする。」「まあ、そうね。しばらくは秘密で。」「50年後に話すですねー。」「そうだね。」「50年後が怖い。」


 6人がバンに乗り込んだ。

「念のため美香さんと明日夏さんは伏せていてください。あと申し訳ないですが、外から見えないように、そこのゴミ袋を上からかけて、橘さんとナンシーさんは袋を押さえていてください。」

「私たちはゴミか?」

「明日夏、そう言われても仕方ないことを、昨晩はしたような気がする。」

「アニソン歌手じゃなくて、アニソンカスってところか。」

「橘さん、酷い。」

「ミサちゃんがこのセリフを言うようになるとは思わなかった。」

「社長、その通りですけど。」

ナンシーが袋をかけた。

「何か、ドラマみたいですねー。」

「夜逃げ屋ですか。」

「朝逃げ屋ですねー。」

「それじゃあ、誠君、少しだけ遠回りして行こうと思う。」

「はい、賛成です。」


 ホテルの監視室では。

「あの二部屋を使っていた六人が出ていきますね。何ですか、コスプレしていますよ。」

「本当のコスチュームプレイをしていたのか。でも、コスプレしたまま出ていくということは、他のホテルが一杯でコスプレイベントの前日の宿泊をしていただけなのか。」

「それにしても、やたら似合っていますね。特に、シャーとキシリア。バンで乗ってきたので、もしかしたら、プロかもしれません。これから仕事でしょうかね。」

「そうかもしれない。コスプレをしていない女性がマネージャーで、お姫様抱っこされていた男性はマネージャーの助手かな。いずれにしても、事件性はなさそうだな。」

「はい、良かったです。」


 車が一度、山の手通りに出たところで、悟が呼びかける。

「ミサちゃんと明日夏ちゃん、出てきていいよ。これからまた渋谷に戻る。」

「ふー。やっぱり外が見える方がいいや。」

「でも、ちょっと脱走みたいでワクワクした。」

「みなさん、体調の方はいかがですか。」

「3時間ぐらい寝たからね。まあ、大丈夫だよ。」

「私はよく覚えていないけど、大丈夫。体が何か軽い。」

「ミサちゃん、昨日は頭も軽かったけどね。」

「いや、そうだけどさ。でも、明日夏もだからね。」

「私の場合は、いつも軽い。」

「私も3時間ぐらい寝たですねー。少し眠いけど大丈夫ですねー。」

「マー君、こっちは大丈夫だよ。社長は?」

「5時間ぐらい寝たから、全然大丈夫だよ。」

「えっ、そんなに寝たんですか。いったい部屋で何していたんですか。」

「ソファーで、寝ていたよ。」

「そうじゃなくて。」

「部屋について、久美がビールを飲んだらすぐに寝てしまったから。」

「つまらないです。橘さんも。」

「明日夏、変な気を回さなくても、私たちは付き合いが長いんだから大丈夫だよ。」

「それがいけないんですよ。」

「分かった。分かった。」

「ライブの確認をします。13時に開場、13時半に開演で、全部で16曲、1時間半強のライブになると思います。リハーサルは11時半からの予定ですので、会場に到着したらすぐにステージに移動して、リハーサルの準備をしてください。」

「はい。」「了解。」

「ナンシーさんは、すぐにホールのドラムのチューニングをお願いします。」

「了解ですねー。」

「ギターやエフェクタ、キーボードの配線は僕とホールのスタッフでやります。」

「はい。」「了解。」

「社長さんは。」

「大丈夫。これでもライブは200回はやったから。自分の準備が終わったら、誠君の方も手伝うよ。」

「有難うございます。」

「リハーサル後は、上の階の一画を仕切ってバンドのための楽屋がありますので、そこでお弁当を食べてください。申し訳ないですが、お弁当は1200円のものですので、皆さんがいつも食べているものよりは劣ります。」

「無問題。」

「誠はいっしょに食べられる?」

「僕は、急に誰かが入ってこないように、楽屋の外で見張っています。」

「そうなんだ。残念。」

「仕切りは布ですので、話すことはできます。」

「分かった。」

「それで、楽屋を13時20分には出発して、13時30分から演奏できるようにして下さい。」

「了解。」

「ダコール。」

「終了後は、橘さん以外は、そのままの恰好でバンに乗って、パラダイス興行の事務所に戻った方がいいと思いますが、社長、どうでしょうか。」

「うん、それがいいね。僕も一回事務所に行ってから、ここに戻ってくるよ。久美、それまでは夕方からのライブのバンドの世話をお願いできる。」

「大丈夫、任せて。」

「何かあったら、無理せず僕に電話して。」

「了解。」


 車が会場に到着すると、男性が一人待っていた。

「湘南さん、お久しぶりです。ユミの父親の堀田正志です。荷物をお運びするのを手伝います。」

「有難うございます。こちらが今回バックバンドをしてくださる『ジオン公国に栄光あれ』の、ガルマさん、シャーさん、キシリアさん、ララァさんと、事務所の橘さんです。」

「急な話に対応して頂いて、大変有難うございます。今日はよろしくお願いします。」

「こちらが、ユミさん、木下優美さんのお父さんの堀田正志さんです。」

悟が代表して挨拶する。

「今日はお世話になります。メンバー一同、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブが素晴らしいものになるよう、全力を尽くします。」

「有難うございます。」

「それでは、バンドの皆さん、ステージの方に移動をお願いします。堀田さん、キーボードを運ぶのを手伝って頂けますか?」

「了解です。」


 ステージに到着すると、誠、悟とホールスタッフが配線などの準備を行い、PA席と連絡を取りながら、それぞれ、音出しを完了して準備が終了した。

「ここからは、ガルマさん、お願いします。」

「了解!それじゃあ、みんな、一曲弾いてみるよ。『ジャンプイン』。」

ナンシーが拍子を取り、ボーカルなしでの演奏が始まり、無事に演奏が終わった。

「みんな、大丈夫だね。」

「はい。」「はい。」「ハイですねー。」

「それでは、時間まで適宜練習をお願いします。」

「了解。」


 そして、第33話に書いたように、この後、リハーサルを行い、一度、昼食と休憩のために上の階の控室に移動した。昼休みは、明日夏やミサがバックバンドの立ち振舞いなどついて質問し、悟と誠がそれに答えた。その後『ユナイテッドアローズ』ワンマンライブ『みんなでユナイトしよう』が開演され、無事に終了した。ライブ終了後、アキやパスカルたちは、一度集まった後、急いで物販のために上の階にある物販会場に移動した。ステージの上は『ジオン公国に栄光あれ』のメンバーと誠と久美の6人だけになった。ミサが感想を漏らす。

「お客さんが近くて、すごい盛り上がって、感動した。」

「小さなホールの方が一体感があるよね。」

「明日夏の言う通り。」

「私は一番後ろでしたねー。でも、ステージの上でみんなと演奏して、すごく楽しかったんですねー。」

「本当、ナンシーの言う通りだった。」

ステージで、誠が指示を出す。

「みなさん、本当に素晴らしい演奏だったと思います。『ユナイテッドアローズ』の皆さんも、お客さんもすごく盛り上がっていました。有難うございました。それでは、これからバンに戻って、一度パラダイス興行の事務所に移動します。」

「ねえ、誠、私、歌いたい。」

「えーと、今すぐということですね。」

「うん。今の感動を歌いたいの。すごく。一曲でいいから。」

「分かりました。時間的にも、2曲ぐらいは何とかなると思います。平田社長、構わないですか。」

「もちろん。今日は一日レンタルしてあるし、スケジュールに余裕は取ってあるから。それに多少なら遅れても大丈夫。」

「美香さん、ギターは自分で弾けますか。」

「うん、もちろん。2曲なら、曲は『FLY!FLY!FLY!』の日本語と英語にしたのがいい。」

「分かりました。楽譜はすぐに用意できると思います。」

「私は、『FLY!FLY!FLY!』、練習に使っているから大丈夫ですねー。」

「僕も大丈夫だと思う。」

「マー君、ごめんなさい。私は練習なしでは無理かも。」

「それじゃあ、ギター、ベース、ドラムでやりましょう。まず、楽譜をタブレットにダウンロードします。」

誠がミサの歌の感想を書くために調べてあった楽譜を、三つのタブレットにダウンロードする。

「とりあえず、楽譜を確認して、各自少し練習してみて下さい。僕はPAの方と話してきます。」

誠がPA席に行き、2曲演奏するとの話をしてきた。そして、明日夏、久美、誠がフロアに降りた後、誠が悟に話しかける。

「それでは、社長さん、お願いします。」

「了解。それじゃあ、いくよ。ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー。」

演奏が始まり、ミサが歌いだす。


 PA席の人が感心する。

「驚いたな。大河内ミサの曲だけど、このボーカル兼ギター、この間のワンマンの大河内よりいいんじゃないか。大河内もまだ若いからこらからも伸びるとは思うけど。」

「声が似ていますけど、確かに、なんか迫力がありますね。」

「大河内も上手だけど、こっちの方がスピリッツが乗っている。アマチュアとは言っていたが、もしかすると、悟さんと久美さんの秘蔵子か。」

「そうかもしれませんね。」

「しかし、これだけ歌が上手なら、コスプレなんかしなくてもいいのにな。」

「歌が上手いだけじゃ、なかなか売れない時代ですからね。ミサちゃんには、すごい美人でスタイルがいいという武器もありますから。」

「そうだな。今日も地下アイドルのバックバンドだから、バンドは大変だよ。」

「でも、今日の地下アイドル、歌は地下アイドルとしてはかなり上手かったですよ。歌を聴いていられました。中学生のパートをおばさんが歌うんで、初めはどうなるかと思っていましたが、あれはアリだと思いました。」

「それは、そうだったね。地下と言っても、悟さんが世話するだけのことはあるのか。」

「はい、そうだと思います。」

「それにしても、いいなこのボーカル。」

「体が自然に動いてきます。」


 フロアーでも、曲間で久美が感想を述べる

「少年、昨晩やっぱり何かあったのか?美香の歌が一皮むけた感じがするが。」

「美香さん、昨晩はかなりはしゃいではいましたが。」

「ミサちゃん、マー君をいっしょにお風呂に入るよう誘っていました。」

「なるほど、真のロックシンガーへの第一歩を踏み出したわけか。」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだ。それで、少年はミサといっしょのお風呂を断ったのか。」

「それはそうですよね。」

「そうか。まあ、それはいい。何はともかく、自分の素直な気持ちを積極的に恥ずかしがらず表に出すことが大切だ。」

「一応まともなことを言っているようにも聞こえますが。」

「自分の気持ちを言葉にできないようなら、歌にもできないんだよ。」

「そう言われると、分かる気もします。」

「これからも、美香を頼むな。」

「僕にできることならば。」

「今のところ、少年にしかできない。」

「美香さんに信用されているようですから、頑張ってはみます。」

誠は、橘さんマリさんに言われて、美香さんのために何ができるか考えていた。

 ミサが歌い終わり、三人とPA席の二人が拍手をする。

「あー、気持ち良かった。」

「美香、すごかった。」

「久美先輩、有難うございます。」

「ミサちゃん、すごく良かった。」

「美香さん、美香さんの想いが今まで一番強く伝わってきました。」

「明日夏、そして、誠、有難う。」

「やっぱり、レベルの差がまた開いた感じがする。」

「明日夏、いっしょに頑張ろう。」

「分かった。」

「それでは、バンに移動しましょう。」

「私はここに残っているね。」

「久美、すまない。もう夕方からのライブのバンドが来始めているから対応をお願い。僕もなるべく急いで帰ってくる。」

「一人でも大丈夫だから、任せて。それより悟、運転、慌てないでね。」

「分かっている。」


 ホールスタッフに手伝ってもらいながら、荷物と一緒に5人がバンに移動して、事務所に向けて出発した。

「今日のミサの歌は本当にすごいと思ったんですねー。」

「有難う。英語の歌はナンシーの歌を勉強しているから、そのおかげもあるんだよ。」

「それは嬉しいですねー。」

「僕も、今日の歌は、シャーとアムロが最初に戦った場面を見た時の衝撃を超えていました。」

「そっ、そう。」

「ミサちゃん、今のはオタクにとっては最高の誉め言葉なんだよ。」

「そうなんだ。有難う。私ももっと勉強しなくっちゃ。」

「僕も本当にすごかったと思う。これなら、ミサちゃん一人でも溝口エイジェンシーは安泰だとおもうぐらい。」

「久美先輩のおかげです。でもヒラっち、スキャンダルで首になったら、絶対に雇って下さいね。」

「もちろん、構わないけど。まあ、不倫スキャンダルが発覚したぐらいじゃ、溝口エイジェンシーは離さないと思うよ。」

「ミサちゃんは怪力だから、殺す気はなくても殺人スキャンダルがあるかもしれない。そのときは、うちに来るといいと思う。」

「明日夏、酷い。」

「腕相撲、両手でも勝てなかったし。」

「分かった。今度はちゃんと負けるよ。」

「社長さんのベース演奏とバンマスの指示、完璧でした。」

「誠の言う通り。包まれるような感じのベースだった。」

「私も社長の演奏はウクレレ以外聴くのは初めてですが、優しいベースでした。」

「明日夏さんのキーボードもオリジナリティーがあって良かったです。」

「少し、間違えただけだよ。」

「それで良くなるのが、明日夏さんです。」

車内に笑い声が起きた。

「ナンシーさんのドラムも、ナンシーさんらしかったです。自由で活発で。」

「有難うですねー。湘南さんこそ、いろいろ気を使ってくれて、有難うですねー。」


 事務所に到着すると、明日夏、ミサ、ナンシーが事務所に入って着替えをした。誠と悟は荷物を事務所の扉の前に運んだ。女性陣が着替えて化粧を落としたところで、悟が事務所に入って着替えをした後、誠と二人で荷物を運び入れた。

「それじゃあ、僕は戻るけど、衣装は事務所でクリーニングに出すので置いておいて。」

「私は物販を手伝うために戻るですねー。」

「それじゃあ、いっしょに行こう。」

「僕はカーシェアで車を借りて、コスプレの小道具などを運ぼうと思います。」

「申し訳ない。明日夏ちゃん、事務所のカギは持っているね?」

「はい。」

「それでは誠君、二人をお願いね。それじゃあ、ナンシーさん、行きましょう。」

「行くですねー。」

悟とナンシーが事務所のバンで渋谷の会場に向かった。


「それでは、カーシェアの車を借りてきますので、待っててください。」

「マー君、荷物のついでに、私も運んでくれ。」

「はい、明日夏さんが良ければもちろんです。」

「じゃあ、私も運んでもらっていいかな。」

「ミサちゃん、マー君にお姫様だっこで運べって?」

「明日夏、病気か怪我でもしなければ、誠はお姫様抱っこなんかしてくれないよ。」

「昨日の晩、マー君は寝ているミサちゃんと私を、お姫様抱っこでベッドに運んだんだよね。」

「はい、その通りですが、僕は変なことは何もしていませんし、見てはいけないものを見ないように顔だけを見て運びました。」

「証拠は?」

「ないです。ナンシーさんは寝ていましたし、証拠のためにビデオを撮ると、万が一流出したら、その方が問題になりますし。」

「なるほど、そのとき起きていたのは、マー君だけということか。」

「その通りです。」

「明日夏、私たちが先に寝ちゃったんだから仕方がないじゃない。」

「それに、美香さんがすごい美人なことは知っていましたが、明日夏さんの顔立ちも本当は奇麗で、顔以外は見れなかったでした。」

「本当はってなんだ。本当はって。」

「近くで良く見たからでしょうか。」

「そうか。これが31歳の人妻の教育の成果か。口車に乗せられそうだ。」

「明日夏、誠は気を使ってくれているんだよ。誠、寝ているときにベッドまで運んでくれて有難う。」

「いえ、当然のことです。」

「でも、僕は何もしていないと言っていたから、もしかするとミサちゃんが寝ながらマー君に抱きついてきた?」

「・・・・・・・・。」

「明日夏は抱きついてこなかったの?」

「・・・・・・・・。」

「何だ、私もか。まあいい。マー君の態度からして、マー君が故意に悪いことはしていないだろう。」

「信用してくれて、有難うございます。」

「で、ミサちゃんの胸は柔らかそうだったか?」

「見ても触ってもいないので分かりません。」

「ちっ、引っ掛からなかったか。」

「ただ、トランプを挟んで保持できるところからすると、ある程度の柔軟性と大きさはあると思います。」

「写真に撮っておきたかったね、あれ。」

「明日夏さんもナンシーさんも、同じことをしていましたけど。」

「あの時は調子に乗ってしまった。しかし、それはしっかり見ていたんだな。」

「はい。でも、地下アイドルの世界から見たら、明日夏さんも美香さんも、すごい方々なんですから、できれば自重してください。」

「自由、しからずんば死を。」

「明日夏さんが自由が好きなことは知っているつもりですが、胸にトランプを挟むことが自由ですか。」

「違うかな。分かったよ。自重するよ。」

「有難うございます。」

「私は、それで勝てるなら自重しない。」

「ババ抜きにも全力ですか。美香さんらしいですが、人前ではしないようにしましょう。」

「大丈夫、男性は誠の前以外では絶対にはしない。」

「有難うございます。」

「で、私の太ももはどうだった。」

「奇麗だと思います。」

「やっぱり見たのか。」

「明日夏さん、ステージでかなり短めのミニスカートを履くときがあるので。」

「私のステージでは、いつも太ももばっかりを見ているのか。」

「お客さんの反応をみていることが多いです。」

「ミサちゃんの太もももなかなかだぞ。」

「ワンマンの『トリプレット』の衣装で見た感じは、サバンナに住む肉食動物みたいな力強さと柔らかさがある美しい太ももだとは思います。」

「サバンナの肉食動物・・・・。」

「その通りだ。しかし、マー君はよく見ているな。」

「全体チェック的な感じです。」

「昨晩は全身を全体チェックすることができた訳だが。」

「もし途中で目を覚ましたら、僕が捕まります。」

「いや、絶対に捕まらない。」

「なぜですか。」

「私やミサちゃんがラブホテルで起きたことを通報できると思うか?」

「それもそうですね。」

「そう、だからマー君は昨晩ミサちゃんと私に完全無双状態だったんだよ。」

「なるほど、それは惜しいことをしました。でも、一生閉じ込められるというのはおいておいても、妹は明日夏さん、美香さん、ナンシーさんやパラダイス興行の皆さんが大好きですから、妹が悲しむようなことはしません。」

「なるほど。ミサちゃんと私に全く変なことをしなかったのは、尚ちゃんのためか。それなら、納得できる。」

「それだけでなく、美香さんが人間不信になることは避けたいです。それに、明日夏さんにももう少し信用されたいですし。」

「まあ、昔よりは信用しているよ。」

「有難うございます。それで話を戻して、美香さんの家の細かい住所が分かれば、カーナビに入力したいのですが。」

「私の住所はここだよ。」

美香が自分の運転免許証を誠に見せる。

「それと、明日夏。いつも言っているように、誠をもっと信用しないとだめだよ。」

「美香さんの家は近いですので、先に美香さんの家に寄ろうと思います。」

「でも私がいた方が、明日夏の家での荷物運びは楽よ。」

「それもそうだね。荷物を持っているマー君を、ミサちゃんがお姫様だっこで運ぶということか。確かにマー君は楽そうだ。」

「違うから。」

「ミサちゃんが、正気に戻っている。昨日の晩ならナイスアイディアと即答したのに。」

「確かに、昨晩なら明日夏の言う通りかもしれない。」

「美香さんの家に帰りに寄っても構わないのですが、美香さんが男性と二人で車に乗っているところを誰かに写真で撮られると。」

「分かった。明日夏の家に車を呼ぶから。そこからは家の車で帰る。」

「分かりました。そうしましょう。」

「でも、マー君と私が二人で車に乗っているのは大丈夫なのか?」

「それは何と言いますか、知名度の違いがあるので大丈夫だと思います。」

「まあ、それはそうだね。」


 誠がカーシェアの車を取ってきて、小道具を載せて3人が出発した。

「それじゃあ、昨晩、途中で寝てしまって聞けなかった話の続きを聞こうかな。」

「あの話に興味があるんですか。」

「下々の活動も知っておかないと。」

「明日夏、下々って。でも私も聞きたい。地下アイドルの活動。」

「分かりました。どこまで覚えていますか?」

「最初のライブのところかな。面白い話になりそうだから、ゴールデンウイークの話は詳しく頼む。」

「明日夏、ゴールデンウイークの話しって。」

「えーと、ミサちゃん、私たちがゴールデンウイークに筑波山に行ったのは覚えている?」

「もちろん。すごくいい思い出になっている。」

「あの時、偶然というか、マー君と尚ちゃんの思考パターンが似ているから、マー君たちも筑波山に行っていたんだよ。」

「へー、そうなんだ。」

「それで、ミサちゃんの系列のホテル、お風呂一つを私たち専用にしたから、一つが混浴になった。そこにマー君たちが入ったという話。」

「えっ、そうなんだ。ごめんなさい。あっ、でも、それが昨晩ナンシーが言っていた混浴の話か。」

「そう。」

「あれは私たちがいけなかったのか。でも、私も詳しく聞きたい。次は私たちがいっしょにお風呂に入るんだし。」

「えーと。それでは、アキさんたちの最初のライブの話をします。」


 マンションに着くと、明日夏が部屋に行き、キャスターを持ってきた。その間に、ミサは車を呼んでいた。誠がキャスターの上にコスプレの小道具を乗せた。

「もうすぐいつも見ているアニメが始まっちゃうから行かないと。ミサちゃん、マー君、昨日、今日といろいろ有難う。」

「明日夏、また練習で。」

「了解。広がった差を縮めないと。」

「アニメ、楽しんでください。でも、夕方のアニメを見ると言うことは、オネショタの沼ですか。あまり深くはまらないほうがいいと思います。」

「うっ、バレている。でも、亜美ちゃんに比べれば全然だよ。3次元に手を出すつもりはないし。それより、マー君も今日は飲みすぎないように。」

「はい、気を付けます。それではまた。」

「それじゃーね。」


 明日夏がエレベーターで上がって行った。

「明日夏さんは、いつも自由な人ですね。」

「うん、その通りね。」

二人で笑っていると、ミサにSNSでドライバーから連絡があった。

「リムジンがあと5分で着くって。」

「念のため、リムジンが着くまでお供しています。」

「有難う。ナンシーにはお願いしてあるけど、今日の二次会は絶対に飲みすぎないでね。」

「はい。大丈夫だと思います。」

「後で様子をナンシーから聞くからね。でも、ナンシーが羨ましい。私も行きたいけど、夜からまたインターネットでボイストレーニングがあるから。」

「今日の歌の勢いで頑張ってください。昨晩は3時間と少ししか寝ていませんので、その後はなるべく早く寝てください。」

「分かった。誠はもっと短いんだから無理しないでね。」

「はい。でも、昨日、今日と本当に楽しかったでした。」

「私も最高に楽しかった。でも、はしゃぎすぎて、誠に迷惑をかけたかな。」

「そんなことはありません。楽しかったです。」

「それじゃあ、またみんなで行こうよ。道玄坂のホテル。」

「あそこは、みんなで行くようなところではありません。」

「しょうがないな、誠は。二人で行きたいの?それなら、今から二人で行く?」

「今日の夜は、ボイストレーニングがあるのでは?」

「すっぽかす。」

「・・・・・・・・。」

「冗談よ。お正月開けたら、全米デビューの準備のための活動が始まるし、さぼるわけにはいかないし、私たち音楽仲間だもんね。」

「はい。今日の2曲、お世辞抜きで本当に素晴らしかったでした。その調子ならば大丈夫だと思います。」

「有難う。誠をぎゅっとしたおかげかな。」

「はいっ?」

「寝ているときに私が抱きついたって言ってたけど、実は夢で誠をちょっとだけギュッとしたんだよ。」

「ちょっとだけですか。」

「ごめん、ちょっとだけでは不足だった?じゃあ、次は思いっきりぎゅっとするね。」

「あ、いえ、そういうことではなくて。今まで女性にぎゅっとされたことがなかったので、あれだけで本当にすごい衝撃でしたので。」

「私も初めてだけど、私、何か言っていた?」

「音楽仲間としてと思いますが、ずうっといっしょって。」

「そうなんだ。自分の歌のためと、音楽仲間として誠を絶対に離したくないから、次はもう少し強くギュッとしちゃおうかな。」

「今日の歌を聴いても、僕の方から美香さんと離れることは絶対にないと思います。美香さんにいろいろ不安な気持ちがあるなら、次は僕が美香さんをハグします。」

「本当に。じゃあ、お願い。」

「さすがにここでは、誰に見られているか分からないので止めた方がいいと思います。」

「そうか。不便な職業。でも、背中に日焼け止めを塗ってくれるのと、一緒にお風呂に入るのと、ハグしてくれるの、絶対に忘れないでね。」

「はい、約束は守ります。・・・・・塗ってくれるの?」

「アキさんに負けるのはいやだから。」

「勝負ごとなんですか?」

「そう。」

リムジンがやってくるのが視界に入った。

「誠はアキさんたちのところに行かなくちゃいけないよね。それじゃあ、またね。次は、えーと、ハワイかな。」

「そうだと思います。」

「それじゃあ、ハワイで。」

「はい、ハワイで。」

ミサがリムジンで去って行った。「美香さん、やっぱり精神的に不安定なところもあるから、少しでも力になれれば嬉しいけど、命がけだな。それは仕方ないか。それにしても、明日夏さんも、夢で僕の首を絞めていたのかな。僕を殺したいほど恨んでいるとかなのかな。」と思いながら、ミサの車が見えなくなるまで手を上げていた。

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