第31話 ミサのレコーディング

 11月初旬のある日、尚美が溝口エイジェンシーの事務所を訪ね、事務所の会議室でミサと2人で面会した。

「尚、こんにちは。今日はわざわざ何?」

「単刀直入に言います。溝口社長に依頼されて、美香先輩の水着写真集の話をしにきました。」

「溝口社長、尚にまで頼んだの。ごめんなさい。でも。」

「正直に話します。どうしていいか分からなかったので、兄に相談しました。」

「誠に?」

「はい、それで絶対に無理強いはいけないと言われました。」

「うん、誠ならそう言ってくれると思う。」

「それでも私が困っていたので、兄が美香先輩が納得して受けてくれそうな案を考えてくれました。」

「誠が?」

「はい。それで受けるか受けないか、無理を言わないで聞いてみてと言っていました。」

「そうなんだ。私はロックシンガーになれればいいだけだから、いくら誠の案でも受けないと思うけど。一応見せてくれる。」

「はい。これです。」

 ミサが計画書を読んだ後、尚美に尋ねる。

「この案は実現できるの?」

「はい、美香先輩がこれまで断ってきたからだと思いますが、写真集を実現するためなら、出版社も事務所もその条件を喜んで受け入れてくれそうです。」

「ねえ、尚、誠って、本当は悪い男ってことはないよね。」

「それは絶対にないです。美香先輩や美香先輩が力になりたい人のためになるように、真剣に考えたみたいです。」

「うん、それは信じている。もちろん妹の尚のことも考えたことも分かっている。それはいいんだけど、実現できるなら私が絶対に断れない案だよね、これ。」

「はい、私もそれを見たときそう思いました。」

「それじゃあ、この案で受けるけど、その代わり準備、撮影、編集、出版までを尚と誠の二人で責任をもってやってくれる?」

「分かりました。もともと撮影日には兄も現地に来ている予定でしたので、美香先輩のイメージが悪くなることがないよう、責任をもって写真集を制作します。」

「誠が現地にいるのは、前日のライブに明日夏も出演するからか。」

「はい、それもあると思います。ただ、ライブがなくても、自分で言い出した以上、兄は来るとは思います。」

「そうだよね。分かった。それじゃあ、誠によろしく伝えておいて。」

「分かりました。」

「はあ、これからダイエットしないと。」

「美香先輩ならば、ダイエットしなくても大丈夫だと思いますけど。」

「どうせならカッコいいところを見せたいから、そういうわけにもいかないよ。」

「それでは、私はこの案の実現に向けて、関係各所と詳細を詰めようと思います。」

「うーー、誠のやつめ、人の弱みにつけこんで、覚えていろ。」

と言いながらも、いろいろ妄想してしまうミサだった。


 そのころ、アキPGも12月のワンマンとアルバムのために忙しく活動していた。

パスカル:湘南、11月は何曲レコーディングするんだ?

湘南:最初にアキさんがカバーした曲の『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』『恋愛サーキュレーション』『君色シグナル』『アイヲウタエ』と依頼したオリジナル曲『急に呼び出さないで』『手をつなごう』『君を思うと』をユミさんにも歌ってもらって、『ユナイテッドアローズ』バージョンにリミックスしようと思います。

ユミ:結構ありますね。でも頑張ります

アキ:私も歌い直したい。

パスカル:了解。そうしよう

湘南:アイドルラインのカバー曲『ジャンプイン』『先輩マガジン』『ネクストサンデー』と『あんなに約束したのに』は、いまある音源を使おうと思います

パスカル:それも録り直すと大変だからそうしよう

湘南:マリさんが加わる『トリプレット』のカバー曲は『一直線』『時間はいじわる』『ずうっと好き』です。これは3人とも収録が必要です

パスカル:了解

マリ:任せて

湘南:ユミさんがメインの曲として、『さくらんぼキッス 〜爆発だも〜ん〜』 を使う予定です。

ユミ:ママにポジションを取られないようにちゃんとやります

パスカル:CDには合計何曲入るんだっけ

湘南:15曲です

パスカル:それはすごいな。レコーディングスタジオは4日分予約してあるけど、何とかなりそうか

マリ:うちで練習していけば大丈夫だと思う

湘南:インスツルメンタルの準備は別件の影響で遅れていますが、最初のカバー曲の分を二人用に変更したものはできています

パスカル:別件って?

湘南:平田社長といっしょに、明日夏さんとデスデーモンズさん用の曲を作っていました

パスカル:頑張っているな

湘南:ヘルツレコードのOKが取れればアルバムに入れてもらえるそうです

パスカル:それはすごいな

コッコ:それで、ジャケ絵はこんな感じだ

パスカル:表がアキちゃんとユミちゃんで裏がそれにマリちゃんが加わる感じか。いいと思う

湘南:マリさん背が高いから

マリ:背が高いから?

湘南:カッコ可愛い

マリ:湘南さんも成長しているのね

ユミ:ママが言わせているだけでしょう

マリ:湘南さんとパスカルさんのために教育しているの

コッコ:湘南の言うことも分かる。マリちゃんの背をもう少し低く描いてみる

マリ:その方がバランスが良くなりそうね

コッコ:顔もアキちゃんの感じに合わせる

マリ:女子高生まで戻るのね。私は16歳の時にはもっときつい顔をしていたけど

湘南:バランス上一番可愛い表情で描いた方がいいと思います

マリ:酷いことを言われている気もするけど、その通りね

コッコ:マリちゃんの絵を描き直してSNSに送る

湘南:一応この絵もストレージサービスに上げておいてください

コッコ:了解

パスカル:12月初旬にライブのリハーサルだな

湘南:はい。ライブでも歌う曲はアルバムと同じにする予定です

パスカル:CD曲順とライブの構成はマリちゃん、アキちゃんと考える

湘南:お願いします


 尚美がミサに面会に行った一週間後、パラダイス興行で仕事をしていた悟が向かいの久美に話しかける。

「久美、そう言えば、水着写真集へ参加する話が来ているんだけど。どう思う?」

「明日夏?うーん、明日夏もだいぶ経験も積んで、このところかなりしっかりしてきたし、もう大丈夫かな。あと二カ月で二十歳だし。もちろん本人が良いと言えばだけど。19歳のうちに撮っておこうということ?」

「明日夏じゃない。」

「尚?尚はだめよ。しっかりしていると言っても、まだ14歳の中学生だもん。」

「もちろん、尚じゃない。」

「それはそうよね。悟がそんなんじゃないことはわかってる。由佳か亜美?うーん、亜美は明日夏よりしっかりしているところもあるけど、高校2年生だし、少し早い気もする。それに、亜美だと高校で問題になるかもしれないわよ。」

「学校には行っていない。」

「何だ、由佳か。もう19歳になったんだし、本人と彼氏がいいと言えば全く問題ないんじゃない。女性ダンサーの写真集かなにか?」

「由佳でもない。」

「えっ、そうすると、デスデーモンズ。そうか男性バンドメンバーを集めた水着写真集でも作るの?出版社も考えるものね。まあ、いいんじゃない。本人たちがいいといえば。ノープロブレム。」

「デスデーモンズでもない。」

「何よ。もったいぶらずに教えてよ。」

「だから、最初から言ってるじゃないか。久美、水着写真集への参加の話しが来ているんだけどって。」

「だから、誰?」

「パラダイス興行社員、29歳、女性。これで分るでしょう。」

「なに、悟、ふざけているの?」

「ふざけていない。」

「じゃあ、そこに座りなさい。いま、渾身の蹴りをお見舞いしてあげる。」

「座っています。」

「でも、何、どこからそんな話しが来たの?」

「元々は、ミサちゃんにその話しが来たんだよ。」

「美香はあの性格だから乗り気じゃないでしょうね。」

「その通り。溝口エイジェンシーではどうにもできなかったみたい。それで、尚ちゃんが溝口社長から依頼されて、ミサちゃんと話をして、久美と一緒ならばいいということになったようだよ。出版社のOKも出て、尚に僕から久美へ話すように依頼されたんだ。」

「いったい何を考えているんだ、尚は。」

「案自体は誠君が考えたみたいだけど。」

「少年は尚のためなら何でもするところがあるからな。しかし、人をだしに使いやがって、いい度胸をしている。覚えていろ。」

「でも、ミサちゃんと尚ちゃんは久美のためを考えてだと思うよ。」

「私のため?・・・・私の名を売るためということか・・・・」

「そうだと思う。ミサちゃんも久美と一緒ならいいというのも、本当は水着写真なんて気が進まないんだろうけど、事務所の人たちのこともあるし、久美のためになるなら引き受けようということじゃないかな。」

「美香も、そうまでしなくても良いのに。」

「でも、久美にとってチャンスであることは間違いない。ミサちゃんの歌の先生と知られれば、実力があることがわかるだろうし、みんなの見る目が変わってくる。」

「しかし、私といっしょということで、よく出版社もOKを出したわよね。」

「久美、一応美人だし。尚が、久美の色々な写真を出版社の担当に見せたら、すぐにOKになったみたい。」

「尚は私の写真をそんなに持ってたっけ?」

「夏の写真を使ったけど、僕も貸した。」

「あのね。みんなグルというわけね。」

「まあ、そういう感じ。ミサちゃんと久美は師弟として絵になるということみたい。もちろん、ミサちゃん一人の写真の方が多いとは思うけど。」

「それは全然構わないというか、私の写真は少ない方が良いわよ。」

「DVDには浜辺で水着になって二人で歌う映像も使う予定で、久美の歌唱力の宣伝にもなる。」

「美香と一緒に歌った歌が世に出るのは嬉しいけど、水着で・・・・」

「尚ちゃんは、曲を利用する関係で、ソニックレコードの参加に関して交渉しているところだけど、大きな問題はないみたい。」

「なんか外堀をどんどん埋められている感じね。」

「埋めたのは尚ちゃんだけどね。」

「でも今は冬だよ。浜辺で水着ってどうするの。」

「ミサちゃんと明日夏ちゃん、クリスマスにハワイのライブがあるのは、一緒に行くんだからもちろん知っているよね。水着の写真はその次の日に撮る予定。」

「あと1か月とちょっとじゃん。」

「全然大丈夫でしょう。DVDに入れるのは、3曲がミサちゃんの曲で、1曲が『Undefeated』で調整しているということだから。」

「歌の方じゃなくて、急いでダイエットしないと。」

「頑張って、応援するよ。一応、水着で歌うのは『Undefeated』

と『Fly!Fly!Fly!』で、あとの2曲は国内のスタジオで撮影する。」

「バンドは?」

「日本での撮影はワンマンと同じ。ハワイの撮影はミサちゃんが全米デビューで演奏する予定のバンドを使うみたい。」

「美香のワンマンのバンドと全米デビューのバンドか。それはすごいわね。」

「ぼくたちが学生時代のときの、バントとは格が違うかな。」

「まあね。それは仕方がない。でも、悟もまたベースをやりなよ。今回上手くいったら、私にレコード会社から誘いが来るかもよ。そのときのために。」

「ははははは。そのときのバックバンドはデスデーモンズに頼むよ。」

「ダブルベースで。」

「分かったよ。久美が水着写真集に参加するぐらいだから、僕も練習だけはしておくよ。」

「さすが、悟。でも、私がハワイで仕事をするとすると、明日夏のマネージャーはどうするの?」

「僕と亜美が担当する予定。」

「尚の方が良くない?」

「尚ちゃんは撮影の構成の仕事があるみたい。」

「何それ?」

「写真集の構成監督の名前に『星野なおみ』って入るそうだよ。」

「そうなんだ。まあ、交渉事を全部やっているみたいだしね。でも、可哀そうだから由佳もハワイに連れていく?尚の補助か何かで。」

「本当は由佳に久美のマネージャーをやってもらいたかったんだが、クリスマスはできるだけ日本に居たいって。」

「あっちか。」

「向こうの休みとあまり合わなくて、長時間会えなかったらしい。」

「まあ、向こうの休日は普通の休日で、由香は休日が忙しいから、しかたがないか。」

「25日の久美の面倒は僕が見るけど、24日のライブの日は午前中に街の中での撮影があって、それに関しては尚ちゃんか撮影スタッフから直接連絡が行くと思う。その日に何かして欲しいときは亜美ちゃんにお願いして。」

「心配しなくても大丈夫よ。最悪、全部一人でもできると思う。」

「まあ、そうだよね。」

「撮影の日に、明日夏たちはどうするの?」

「亜美ちゃんと二人で観光するか。こちらの撮影を見学するか、二人に決めてもらう予定。」

「そうね。ハワイは有名な芸能人も多いところだし、日本人向けの観光施設も一杯あるわよね。」

「うん、大丈夫だと思う。」

「まあ、理由はともかく、『Undefeated』にもう一回日の目が当たるのは本当に嬉しいわ。」

「ジュンの作曲、久美の作詞、僕の編曲。」

「そうね、『Undefeated』のことを思ってダイエット頑張ろう。」

「じゃあ、尚ちゃんにはOKと言っとくよ。」

「どっちが雇用主かわからないけど、分かった。OKって伝えておいて。」

「了解。」


 誠は11月初めに明日夏とデスデーモンズ用の曲を悟に提出して、作詞が終わった明日夏から専用SNSで連絡があった

秋山:この前もらった私のアルバム用の曲の歌詞ができたから見てくれるか

辻:もちろんです。タイトルは『君が元気なら』ですか

秋山:ふられても相手が元気ならまあいいかという女の子の想いを書いた曲

辻:またふられた歌詞ですか

秋山:私にはふられた経験しかないんだよ

辻:秋山さんのイメージに合わないですけど

秋山:そんなことマー君に言われたくない

辻:すみません。僕にはそれに類した経験は何もないですからね

秋山:そうだったな。まあしかたがない。今日録音した仮歌はファイル共有サービスにアップロードしてある

辻:社長と橘さんには?

秋山:もう見てもらった。あと悪いがチェックは早めに頼む

辻:まだアルバムに間に合うかもしれないんですか

秋山:その通り。1月下旬の発売でタイトル曲でないからまだ間に合う

辻:分かりました。最優先でチェックしますが、年末のワンマンライブでアルバムを販売しないんですね

秋山:予約特典会とする予定だ

辻:すみません。未発表のことを聞いてはいけないですね

秋山:秘密にしてくれれば大丈夫だ。どうしてもしゃべりたかったら尚ちゃんにならOK

辻:了解です

秋山:そっちの方はどうだ?

辻:『ユナイテッドアローズ』のワンマンですか

秋山:その通り

辻:ワンマンライブとアルバムの曲は同じにして、カバーも含めて15曲になる予定です

秋山:それはすごいな。CDの準備はもうできたのか

辻:秋山さんの曲を優先させたので少し遅れていますが、11月中にレコーディング、12月初めまでにミキシングを済ませて、ライブまでにCDを200枚ほど焼いて、袋詰めします

秋山:なるほど、手焼きだからその期間で間に合うわけか

辻:はい。印刷は前もってできますので、手分けすれば3日で終わると思います

秋山:3人ぐらいで手分けするのか

辻:その通りです。パスカルさん、ラッキーさんと僕でやります

秋山:遅れた責任を感じるから袋詰めぐらいなら手伝けど

辻:秋山さんは12月末の自分のワンマンライブに集中しましょう

秋山:それは私ではちゃんと袋詰めができないと思っているからか

辻:その通りです

秋山:まあいい。ところでマー君、聞くところによれば、今度は脱がし屋としての才能を発揮したらしいな

辻:脱がし屋って

秋山:溝口エイジェンシーの誰もできなかったことをやってのけたんだ。誇ってもいい

辻:誇っていいんですか

秋山:それほどでもないか

辻:はい

秋山:ミサちゃんを脱がすのに迷いはなかったのか

辻:いろいろ考えたんですが、過去の芸能人の方々がどうなったかを見ても、水着写真集で鈴木さんの歌手としての人気が傷ついたり、私生活で不利益になるようなこともないと思いまして

秋山:確かにデメリットはないだろうな。ミサちゃんの水着はすごいし

辻:妹もすごいと言っていました

秋山:だとすると、やっぱり20歳男子としては見てみたいものなのか

辻:正直に言えばチラッとだけは見てみたいでしょうか

秋山:本当に正直なやつだな。でもチラッだけでいいのか

辻:鈴木さんの信用を失いたくないですし、妹の手前もあります

秋山:そのチラッと見る瞬間のマー君の顔を写真に撮りたいな

辻:良いご趣味をお持ちのようで

秋山:その写真をミサちゃんと尚ちゃんに送る

辻:分かりました。僕が鈴木さんの水着姿を見ると穢れるというわけですね。それなら、チラッとも見ないようにします

秋山:できるかな

辻:ハワイでは周辺警戒と護衛が任務ですから、基本反対方向を向いています

秋山:そうか。でも護衛はガードマンに任せたら

辻:僕はガードマンが突破されたときに最後の盾になる予定です

秋山:そこまで必要なの?

辻:日本と違ってアメリカは銃社会ですから

秋山:マー君、日本に戻ったら結婚するはずだったのに

辻:そんな予定は全くありません

秋山:死ぬなよ

辻:死亡フラグを立てないで下さい

秋山:無茶しやがって

辻:状況によっては仕方がありません

秋山:いやいや無茶はするなよ

辻:と言われましても

秋山:ミサちゃんのためにマー君が死んだりしたら、ミサちゃんは一生廃人になっちゃうよ

辻:後は秋山さんに任せます。頑張ってください

秋山:無責任な

辻:秋山さんならできます

秋山:できません

辻:日本に戻ったら、31日の秋山さんのワンマンライブに参加する予定です

秋山:自分で死亡フラグを立ててどうする

辻:でも、鈴木さん、アメリカではそれほど有名ではありませんから、それほどの危険はないと思います。日本でも自分に過失がないのに事故で死ぬ方も少なくはないですし。気にしたら生きていけなくなります

秋山:まあ、そうだな。ハワイでは観光をするのか?

辻:ライブには参加しますが、それ以外は妹の手伝いだと思います。秋山さんはハワイでは観光をするんですか

辻:すみません。聞いてはいけなかったでした

秋山:構わんよ。マー君はあまり信用していないけど、マー君が尚ちゃんを思う気持ちは信じているから

辻:有難うございます

秋山:日曜日に亜美ちゃんとドライブする予定だ

辻:秋山さんが車を運転するんですか

秋山:その通り

辻:ワゴンをドライバー付きでレンタルしたらどうですか

秋山:そんなに不安がらなくても、うわさに聞くミサちゃんの野生の走りよりは安全だぞ

辻:分かりました。ハワイは安全な方ですが、暗くなる前には帰るようにしましょう

秋山:ダコール

秋山:それで脱がし屋マー君としては、いやがる私を脱がすとするとどうする

辻:秋山さんの水着写真集ですか?

秋山:そうだ

辻:秋山さん、水着写真集ならそれほどはいやがらないですよね

秋山:それはそうだけど。ミサちゃんほどにいやがるとしたら

辻:パラダイス興行を倒産寸前にして、秋山さんが水着写真集を出せば倒産を回避できるとかでしょうか

秋山:汚いやつだな。確かにそれでパラダイス興行が守れるなら、私は全裸写真でも出すかもしれないな

辻:過去の芸能人を見ても、そういう写真集を出すと、お金は入っても幸薄い人が多いと思います。ですから絶対に止めましょう

秋山:そうか。私を心配してくれるのか

辻:それに需要があまりなさそうです

秋山:酷いな

辻:ですので、歌手として頑張る方が、社長さんや橘さんに恩返しができると思います

秋山:まあマー君のいう通りだな。でもミサちゃんなら需要があると思うのか?

辻:鈴木さんならば、溝口エイジェンシーでも救えるぐらいの需要はあるとは思いますが、全力で止めるように言います。鈴木さんは精神的にもろいところがありますから

秋山:マー君のいう通りだな。私も止めるよ

辻:秋山さんの水着写真集なら、パラダイス興行を傾かせなくても、『タイピング』の原画担当白木さんが監修した世界に一つしかない直人さんの特製水着フィギュアーと引き換えでも何とかなりそうですか

秋山:ははははは、それぐらいが妥当かな

辻:鈴木さんと言えば、今度の水曜日の午後、鈴木さんのレコーディングを見学する予定です

秋山:ミサちゃんが、マー君に私のレコーディングを見てって?

辻:そうではなくて、ナンシーさんが『ユナイテッドアローズ』のレコーディングの見学に来た時に、ナンシーさんにプロのレコーディングとの違いについて質問したら、実際に鈴木さんのレコーディングを見学できるように手配してくれました

秋山:なるほど

辻:僕は溝口エイジェンシーのバイトとして、ナンシーさんの助手を担当します

秋山:ナンシーちゃんにこき使われそうだな

辻:時給が3000円だそうですから、ほとんどのことは我慢できます

秋山:うちの3倍か

辻:そうです。でもナンシーさん、英語ですが歌が上手なんですよ。こちらのレコーディングの時、2曲ほどレコーディングしたんですが、聴いてみますか

秋山:また他の女の歌を聴かせようとするのか。まあ聴いてやるけど

辻:URLを送ります

秋山:有難う

辻:それでは20分後ぐらいに

秋山:了解

明日夏がナンシーの曲を2回ほど聴いた後、再び連絡する

秋山:マー君

秋山:マー君

秋山:マー君

秋山:マー君

秋山:マー君

辻:申しわけありません。今お風呂に入っていました

秋山:もう、またいなくなってしまったのかと思った

辻:またとは?

秋山:こっちの話だ。それで、お風呂は尚ちゃんと入ったのか

辻:そんなわけないですよね

秋山:つまらんな

辻:つまらないと言われましても、ここは現実世界ですから

秋山:マー君が尚ちゃんといっしょにお風呂に入りたいって言っていたと、こんど尚ちゃんに言ってみようか

辻:止めてください

秋山:それにしても、ナンシーちゃんがこんなに歌が上手というのは知らなかった

辻:僕も驚きました。でも、かなりの件数のオーディションを受けても全部落とされたそうです

秋山:そうなんだ。これからナンシーちゃんじゃなくてナンシー先生と呼ばないと失礼かな

辻:それは大丈夫だと思いますが、悪い人に騙されたりして心に傷を負っているようですので、気を付けなくてはと思っています

秋山:ナンシーちゃん、いつもはしゃいでいて分からなかったけれど、そうなんだ

辻:はい

秋山:でも、マー君、そういう子を好きだよね

辻:ナンシーさんを子と言うのは失礼とは思いますが、力になりたいとは思います

秋山:そうだね

辻:それで妹に変なことを言うのは止めてくださいね

秋山:返事をせずに話を変えたのはバレていたか

辻:はい

秋山:面白くなりそうなのに

辻:面白くしなくていいです

秋山:レコーディングにマー君が来るなら、ミサちゃんも気合が入るだろうね

辻:本当にそうならば、それで良いレコーディングができれば嬉しいですが

秋山:今の季節ならば薄手のニットとかかな

辻:はい?

秋山:あー何でもない。

辻:それで妹にありもしないことを言う件は

秋山:分かった。ありもしないことは言わない。もう結構な時間になってしまった。それじゃあ歌詞のチェックの件頼んだよ

辻:はい。曲を調整した方が良さそうならば、その案も作成して社長に送ります

秋山:メルシーボク

辻:有難うございました。またよろしくお願いします

秋山:ウィ


 『ユナイテッドアローズ』のアルバムに向けてのレコーディングが順調に進む中、大学の授業が早く終わる水曜日、誠が溝口エイジェンシーのアルバイトとして、ミサのレコーディングの見学をする日になった。品川駅のはずれで待っていた誠のところにミサのリムジンが到着した。

「誠、こんにちは。」

「湘南さん、こんにちはですねー。」

「鈴木さん、ナンシーさん、こんにちは。」

「早く乗るですねー。」

「はい、有難うございます。」

誠が乗車するとリムジンが出発した。

「今日の湘南さんは、溝口エイジェンシーのバイトですねー。私の言うことは絶対服従なんですねー。」

「はい。鈴木さんに害がないことならば従います。それにしても、時給3000円と言うのはさすが溝口エイジェンシーです。」

「一般のバイトより一ランク上ですねー。そうでないとミサの付き添いには変ですねー。」

「なるほど。有難うございます。」

「それに、ミサの写真集の件を考えれば、10倍出してもいいぐらいですねー。でも、溝口エイジェンシーの中では、あれは星野さんの手柄になっているですねー。」

「僕の名前が出るのは不自然ですので、それでお願いします。」

「分かったですねー。」

「鈴木さん、もちろん、鈴木さんのイメージが悪くならないように構成するつもりですが、大丈夫でしょうか。」

「誠とか知り合いだけじゃなくて、たくさんの人に水着姿を見られることには躊躇したんだけど、久美先輩の歌をみんなに知ってもらうためには良い機会だから、大丈夫。」

「久美のためにミサが一肌脱ぐですねー。」

「そういうことかな。」

「はい。もちろん、橘さんのことも考えています。『Undefeated』の第1コーラスは橘さん、第2コーラスを鈴木さん、第3コーラスを二人にして、橘さんのアピールもする予定です。」

「本当に。有難う。」

「でも実は、湘南さんもミサの水着姿が楽しみですねー?」

誠は明日夏との約束でミサの水着姿を見るわけにはいかなかったが、ミサのことを考えて即答する。

「はい、楽しみです。」

「そっ、そう。」

「湘南さんがミサをそそのかすと、ミサの全裸写真集も可能そうですねー。」

「水着写真ならば、現在神格化されていて、私生活も充実している女性芸能人でも、若い時に出している人は多いです。ですので、鈴木さんの将来に問題になることはないと判断しました。でも、何と言うか、裸の写真集の場合は、そうではありませんので、溝口社長からの依頼を断るように妹を説得していたと思います。」

「そうだよね。誠のことを信じている。」

「湘南さん、違うですねー。」

「違うとは?」

「こういうときは、鈴木さんは僕だけのものです、他の男性に裸は見せては絶対にダメです、と言うべきですねー。」

「余計なお世話かもしれませんが、鈴木さんの場合は、結婚を決めた人だけにした方がいいんじゃないかと思います。」

「男女の仲は深く付き合ってみないと、分からないこともあるんですねー。」

「鈴木さんは、日本で一二を争うぐらいの魅力的な女性ですから、鈴木さん自身が立ち直れるなら、何度でもやり直せますし、大丈夫だとは思いますが。」

「湘南さんは、そういうミサを自分のものにしようとは思わないですねー?」

「せっかく鈴木さんに信用してもらっているのに裏切りたくはないですし、妹に軽蔑されたくはないです。」

「もしかすると、私の兄の事?」

「そのこともありまして、鈴木さんは、そういう気持ちが強いかなと思いました。」

「軽蔑していると言っても、できれば立ち直って欲しい。やっぱり、たった一人の兄だから。」

「はい、そのことも尚と相談しているのですが、直接会えないと何ともできない状況です。」

「心配してくれて有難う。でも、誠はうちの兄とは全然違うから、誠が真剣ならば自分の気持ちを相手に伝えることは悪いことではないと思うよ。」

「僕に告白されても、迷惑かもしれませんが。」

「真剣ならば大丈夫ですねー。」

「それは、ナンシーの言う通り。あまりしつこいのはだめかもしれないけど。」

「分かりました。」

「それより、誠、夏の約束、覚えていますか?」

「夏の約束?」

「ふふふふふ。海に行ったら、尚といっしょに、誠の背中に日焼け止めを塗るという約束です。ハワイでは覚悟してください。」

「あっ。」

「それは面白そうな約束ですねー。何があったですかねー?」

「僕がアキさんに日焼け止めを塗られているところを、コッコさんがスケッチして、その絵から、そんな話になってしまいました。」

「その絵を見たいですねー。」

「これです。」

「湘南さん、いい表情しているですねー。さすがコッコさんですねー。」

「でも、今回の鈴木さんの撮影の時には僕は水着を着ないので、そういう場面はないと思います。」

「着てもいいですねー。」

「私も水着になるんだから、誠も着ないとずるいよ。」

「鈴木さんの撮影の時には、僕は耐火性のある服の上に、前後にセラミックプレートを入れた防弾チョッキを着る予定です。」

「盾になるですねー?」

「はい、鈴木さんと妹の。」

「でも、誠、すごく暑そうだけど。」

「大丈夫です。水分をしっかりと補給します。」

「そう。」

「湘南さん、それは違うですねー。水着姿に拳銃を二丁を持つ方がいいですねー。」

「そんな全米ライフル協会のようなことを言われても、僕には射撃経験もありませんし。」

「私は練習したからすごく上手なんですねー。」

「もしかすると、誰かをすごく恨んでいて復讐することを考えていたんですか?」

「良く分かるですねー。でも結局何もできなかったんですねー。」

「その方が良かったと思います。」

「私も今はそう思うですねー。」

「それではナンシーさんが鉾、僕が盾で守りましょう。」

「分かったですねー。」

「なんか、二人とも、すごいことを言っていない。」

「万が一のためですねー。」

「ナンシーさんと僕は、現地のガードマンが突破されたときの最終防衛ラインです。」

「分かったわ。そういう時は私も手伝う。」

「そうではなくて妹の指示に従って下さい。目標がいなくなれば相手はすぐに引き上げますし、鈴木さんが目標でない場合は、下手に動かない方がいいです。尚はその判断ができると思います。」

「星野さんは冷静な判断ができるですねー。」

「みんなを助けたい気持ちはあるけど、私がいたら足手纏いになるだけか。」

「はい、その通りです。自分の安全を最優先に考えてください。」

「分かった。」

「有難うございます。」

「それでは仕方がないから、反対に湘南さんがミサの背中に日焼け止めを塗るといいですねー。」

「何がそれでは、か分かりませんが、アキさんも、塗るのはいいけど塗られるのはいやと言っていたぐらいですから、さすがに無理だと思います。」

「アキちゃんも、意外に根性なしですねー。」

「普通じゃないですか。」

「湘南さんは、女性の背中に日焼け止めを塗ったことはないんですねー?」

「ありません。妹は母が塗っていました。」

「それじゃあ、初体験ですねー。ミサはいいですねー?」

「・・・・・・・・。」

「ミサも根性なしですねー。」

「そう言うナンシーさんは平気なんですか?」

「湘南さんなら、全然余裕なんですねー。ブラジャーの紐ぐらいなら無断でほどいても大丈夫ですねー。」

「いえ、ほどきませんけど。」

「日焼け止めを塗るために必要なんですねー。でも、パンツの紐は無断でほどいたらだめなんですねー。」

「ナンシーさんの場合、そんなことをしたら二丁拳銃で撃たれそうですからね。」

「湘南さんなら、殴るぐらいにしておきますねー。」

「それなら怪我だけで済みそうです。そんなことはしないですが。」

「でも気を付けないと、ミサは力があるから死ぬかもしれないんですねー。」

「パンチ力を計ったんですが?」

「私は少しボクシングをやったから100キロ近くあったんですねー、でも、ミサは500キロを超えていたんですねー。」

「それは本当に死にますね。気を付けます。」

「それがいいですねー。」

「もう、二人で何勝手に盛り上がっているの。」

「でも、パンチ力が500キロあったのは本当なんですか。」

「初めてだったから軽く叩いただけだし、きっと機械が壊れていたの。」

「パンチ力があるのは歌だけじゃないですねー。」

「歌のパンチ力は今も向上していることは分かります。でも、歌のパンチ力と本当のパンチ力は関係ないですよね。」

「やっぱり、腹筋とかの筋力は関係するとは思うですねー。」

「なるほど。」

「あの、誠、誠がどんなことをしても、私のためだって信用しているから、絶対殴らないよ。約束する。」

「はい、僕も鈴木さんを信用していますし、鈴木さんの信頼を裏切るようなことはしません。ただ、自分が危ない時以外は、人を殴るのは控えた方がいいと思います。」

「有難う。分かった。」

「湘南さんはミサにどんなこともできるですねー。」

「ナンシーさん、そういう意味ではありません。」

「まあ、いいですねー。後はハワイでの撮影の楽しみということにしておくですねー。」

「誠、今日はこの後、ずうっと時間があるんですよね。」

「はい、そうですが。」

「今朝、うちの両親に誠がレコーディングを見学に来ると話したら、この間の打ち上げに来られなかったので家にお呼びして夕食にご招待したいと言われたんだけど、大丈夫かな。さっき尚に連絡したら、誠が行くならば行くということなんだけど。」

「何の準備もないですし、格好もこんな感じなんですが。」

「それは分かっているから大丈夫。ただ、ご飯だけ食べに来て。」

「分かりました。お宅にお邪魔したときに、鈴木さんの部屋に入っても構いませんか?」

「もっ、もちろん。2番目に入る女の子の部屋ということ?一応、私は家族以外の男の人を入れるのは初めてだけど。」

「そうではなくて、せっかくの機会ですので部屋の盗聴器をチェックしてみようと思いまして。」

「そうか。誠は責任感があるからだね。・・・どうぞ、喜んで歓迎する。と言うか、有難う。」

「有難うございます。」


 この後、音楽について話をしているうちに、もう少しでヘルツレコード本社に到着するところまで来た。

「ここからの名前の呼び方ですが、鈴木さんは大河内さんと呼びます。ナンシーさんはナンシーさんで大丈夫だと思います。僕は、岩田でお願いします。」

「誠は誠で大丈夫だと思う。私がスタッフを呼ぶときも普段からそんな感じだから。」

「岩田というとロック ライス フィールドさんですねー。」

「直訳すると、そうです。」

「堅物の湘南さんにはお似合いの名前なんですねー。うーん、それじゃあ、ロックって呼ぶですかねー。」

「それでは、ナンシーさんは、二丁拳銃ですし、レヴィですか。」

「カッコいいですねー。」

「橘さんがバラライカですね。」

「ははははははははは。その通りですねー。」

「何を話しているのか分からないけど、私も誠をロックって呼ぼうかな。」

「音楽のジャンルのロックと被りませんか?」

「今だけ。呼んでみていい?」

「ロック。」

「はい、大河内さん。」

「あの誠、もうそろそろ、鈴木さんとか大河内さんは止めない?」

「仕事ですから、ミサさん。」

「もう一声。」

「ミサ様、ミサ姫、ミサお嬢様」

「そっちの方向じゃなくて。」

「えーと、歌にもパンチ力があるので、チャンピオン。」

「全然ダメ。仕方がないから、ミサさんでいいか。」

「有難うございます。」

「じゃあちょっと練習しよう。ロック。」

「ミサさん。」

「ロック。」

「ミサさん。」

「ロック。」

「ミサさん。」

「何、新婚さんみたいなことをしているんですねー。」

「えっ、新婚さん。えーと、間違っちゃいけないと思って。」

「はい、その通りです。」

 車が建物の前で止まり、三人が車から降りた。誠が荷物を持って、二人の後を歩いた。

「いつも車で心を落ち着けてレコーディングに望むんだけど、今日はロックがいたから楽しすぎで、少し心配。」

「申し訳ないです。」

「違う。ロックは何も悪くないので気にしないで。」

「ミサ、レコーディングは明日もあるから大丈夫ですねー。」

「そうね。今日だめだったら、明日頑張ろう。」

「それがいいですねー。」


 ヘルツレコード本社に到着すると、会議室に移動して、今日のレコーディングの打ち合わせが始まった。

「ミサ・・・・ちゃん。」

「はい?」

「ごめんなさい。こんにちは。」

「はい、春樹、今日もお世話になります。」

「おっ、大河内さん、こんにちは。」

「こんにちは。大河内さんのレコーディング、楽しみです。」

「良治、こんにちは。肇、有難う」

「うちのバイトのロックですねー。」

「岩田誠と申します。今日はよろしくお願いします。」

「プロデューサの木村春樹です。岩だからロックなの。大学生?」

「はい、大岡山工業大学です。」

「エンジニアの江頭良治です。機械には強そうだね。」

「一応、お使いの機材やソフトのマニュアルをダウンロードして調べてきました。お手伝いが必要でしたら、何でも言って下さい。」

「同じくエンジニアの近藤肇です。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「岩田君、レコーディング作業はこちらでやるから、君はナンシーさんとゆっくり見ていればいいよ。」

「分かりました。見学させて頂きます。」

「ミサちゃん、今回は海外向けの完全に英語の歌で、残念ながら、こちらでは録音してミックスすることぐらいで、歌についてはあまり詳しいアドバイスはできないことは、ご理解ください。」

「はい、それは分かっています。」

「ミサさんの場合、将来的には、海外のレコーディングスタジオで録音できるといいかもしれませんね。」

「それは、岩田さんの言う通りかな。」

「海外でレコーディングか。できるかな。」

「ここと海外と両方でやってみるといいと思いますが、ナンシーさんがいればアメリカでも大丈夫だと思います。」

「そうですねー。次はやってみるですねー。」

「分かった。」

「溝口事務所のみなさんはミサさんと呼んでいるんですね。」

「ミサさんに、そう呼ぶように言われていまして。」

「良治も肇も、大河内さんと呼ぶのを止めて、音楽を作る仲間として、ミサ、ミサちゃん、ミサさん、どれでもいいので下の名前で呼んでもらえると嬉しいです。」

「ミサさん、分かりました。」

「ミサさん、今日も頑張りましょう。」

「良治、肇、有難うございます。」


 打ち合わせの後、レコーディングスタジオに移動して、ミサが録音ブースに入る。発声練習をした後、ヘッドフォンやマイクの音量を調整する。機器室では、江藤、近藤の二人が機器を操作し、その直後に木村プロデューサ、その後ろに誠とナンシーが立っていた。木村が声をかける。

「一回目行きますね。ミュージックスタート。」

ミサが歌いだす。歌い終わると、ミサが木村プロデューサと少し会話する。

「音程とリズムは大丈夫だったよ。」

「有難うございます。誠じゃなくて、ロック、どう?」

誠が難しい顔をしているので、尋ねる。

「ダメだった?」

「どうアドバイスしていいのか分からないのですが、全体的に元気ですがすがしい感じが歌詞が合っていないというか。曲の選択がいけないのかもしれませんが。」

「そう。」

「ナンシーさん、歌ってみませんか。」

「私が歌って大丈夫ですかねー。」

「木村さん、ナンシーさん英語の歌が歌えるので、参考のために録音してよろしいでしょうか。できれば、3回ぐらい録音したいのですが。」

「英語の歌と言うことで時間は十分取ってあるので大丈夫だけど、ミサちゃんは。」

「はい、ロックがそう言うなら、お願いします。」

ナンシーが録音ブースに入って準備をする。

「私の歌、子供っぽいということ?」

「歌詞の3回目の恋という設定が、ミサさんに合っていないのかもしれませんが、それでももう少し何とかなるかと思いました。」

「そうなの。」

木村が指示する。

「それでは、ナンシーさん、ミュージックスタートです。」

3回歌い終わって、ナンシーが出てきた。

「皆さん、有難うですねー。湘南さんじゃなくて、ロック、有難うですねー。こんなところで歌ってみたかったですねー。」

「ナンシーさんがこんなに歌えるって知らなかったでした。御見それしました。」

「木村さん、有難うございますですねー。」

「さすが、ミサちゃんの全米デビューのために溝口エイジェンシーさんが、選んだマネージャーさんだと思います。」

「それでミサさん、ナンシーさんのように、もう少しドロドロした感じが出せると良いと思うのですが。可能ならもう少しセクシーに。」

「ロック、ドロドロは酷いですねー。」

「申し訳ありません。何て言えばいいでしょうか。」

「うーん、理性では割り切れない、心の奥にある、混沌としたものですねー。うーん、ドロドロですねー。」

「心のドロドロした部分でいいでしょうか。」

「そんな感じですかねー。」

「分かった。ナンシーの歌を参考に歌ってみる。」

ミサが録音ブースに入り、2回ほど歌う。

「他人や自分に嘘をついたり、騙したりしない素直で恋愛経験ゼロのミサじゃ、この曲は難しいかも知れないですねー。」

「いやー、ナンシーさん、他人や自分に嘘をついたり、騙したりしない素直って、素敵なことですよ。」

「木村さん、素直な子供ではこの歌は上手に歌えないんですねー。」

「ナンシー、酷い。」

「あの、それはともかく、今から曲の変更は無理でしょうから、何とかまとめないと。」

「それは湘南さんの言う通りですねー。」

「日本の歌なら、誰かを誘惑するようにと言うところですが。」

「それは英語でも同じですねー。この熟女好きのロックを、歌だけで誘惑するつもりでやってみるですねー。」

「熟女好きということはありません。それに熟女は失礼ですって。」

「誰とも言っていないですねー。ミサ、熟女の色気はすごいですねー。」

「そんなに色気はないように思いますけど。でも、この歌には色気が必要なことは確かです。」

「その通りですねー。ミサ、歌だけでI want youの気持ちを伝えて、ロックを魅了してみるですねー。」

「難しいけど、やってみる。」

ミサが1回歌う。

「なかなか良くなったですねー。」

「でも、逆に音程とリズムは少し崩れましたが、大丈夫でしょうか。」

「そう言えば、そうだったね。」

木村が指示を出す。

「だいぶ良くなったよ。難しいことを言うようだけど、音程とリズムをもう少しだけ気を付けて歌ってみて。」

「分かった。」

ミサが1回歌う。

「第18小節と第24小節、声量を下げてもいいので、もう少し声を響かせるといいと思いますが、ナンシーさんどう思いますか。」

「その通りですねー。声量よりビブラートをもっと効かせた方がいいところですねー。」

木村がその内容を連絡して、再度ミサが歌った。そうして、10回ぐらい歌ったところで、録音が終了して、ミサが録音ブースから出てきた。

「ミサちゃん、良かったよ。」

「大河内さん、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」

「ミサ、お疲れ様ですねー。良くなったと思うですねー。」

「ミサさん、お疲れ様です。」

「みんな、有難う。」

「ミサちゃんとナンシーさん、それでは休憩室で休んでいて。いま、こちらの3人とロックさんでミキシングをしてみるから。」

「春樹、有難う。でも、私はここでみんながミックスするところを見ていたい。ナンシーは休んでいていいけど。」

「マネージャーがそういうわけにもいかないですねー。いっしょにいるですねー。」

「ナンシー、有難う。」

「私の聞いたところでは、1回目、4回目、8回目が特徴的だったので、聴き比べてみましょうか。」

「木村さんの言う通りですねー。」

「それじゃあ、江頭さん、お願い。」

「分かりました。ミックスするのを少しだけ待っていただけますか。」

「了解。」

「とりあえず、10回ともタイムラインに乗せてしまいましょう。その方が、後で操作するのが楽です。」

「タイミングを合わせるのに時間がかかってしまうけど。」

「それは、自動で合わせられます。」

「そうなの。」

「歌の記憶が新しいうちがいいですので、僕がやりましょうか。」

「じゃあ、お願い。」

誠がショートカットなどを駆使して、すぐに作業を終えてしまう。

「それでは、1回目から。」

誠が1回目、4回目、8回目のミックスしたものを流す。

「ミサちゃん、やっぱり8回目が一番いいと思うけど、どうかな。」

「私もそう思う。」

「それでは、7回目、8回目、9回目、10回目のいいところを切り出してトラックを作りますので、その4回を4小節単位で聴いていきます。音程の修正が必要なところはなかったと思いますが、あれば後で直します。」

「『I cannot forget you』は、9回目かな。ナンシーはどう思う。」

「ミサの言う通りですねー。でも、さっきの『Never!』は、4回目の方が良いと思ったんですね。」

「了解です。差し替えます。」

選択する作業を繰り返して、とりあえず、1フレーズが完成した。

「完成した1フレーズを流してみます。」

 完成した1フレーズを聴いて、ミサが感想を言う。

「うん、みんなのおかげで、すごくいい感じになっている。」

「ミサちゃん、直したいところとかない?」

「今は特にないかな。」

「ナンシーさんはどうですか?」

「とりあえずは大丈夫だと思うですねー。さすがですねー。」

「有難うございます。もしかすると、ミサさんお疲れですか?少し顔色が良くない気もします。」

「ロック、有難う。ちょっとだけのどが乾いたかな。」

「少し休むといいですねー。後は、木村さんやロックにお任せするですねー。」

「分かった。春樹、ロック、少し休んだら戻ってきます。」

「ミサちゃん、ごゆっくりと。」

「はい、行ってらっしゃい。」


 ミサとナンシーが出て行った。江藤が誠に話しかける。

「しかし、君、操作が速いね。」

「ショートカットを覚えると速くなるとは思いますが。」

「この歳になると、なかなか覚えが悪くてね。」

「6つぐらい覚えると、違うと思います。もう少しありますが、この表が代表的なものです。」

「この表、頂ける?」

「もちろん、メールアドレスを教えて頂ければ、あとでファイルの方を送ります。」

「それじゃあ、これが僕の名刺だ。このアドレスに送って。何個か覚えてみるよ。」

「了解です。それでは大河内さんの歌のミックス、最後までやってしまいましょう。木村さん、よろしくお願いします。」

「ミサさんじゃないの?」

「あれは、そう言わないと、大河内さんが機嫌を悪くされるので、大河内さんの前ではそう呼んでいますが、僕としては大河内さんと呼ぶ方が自然です。」

「君もいろいろ大変なんだね。」

「はい、でも歌が本当に素晴らしいので、やりがいはあります。」

「歌もそうだけど、今日のミサちゃんの服、すごかったね。」

「そうですか。有難うございます。僕には分からなかったですが、すごいブランドものなんですか。」

「お金でどうこうしたという感じじゃないかな。ははははは。」

「そうですか。大河内さん、育ちもいいようですので、洋服を着こなすのは上手なのかもしれません。」

「育ちがいい。いやー、本当によく育っているよ。」

「有難うございます。本当に世界に通用しそうな歌手に育とうとしていますね。」

「そうだけど。さっきのミサちゃんの視線を浴びても平気なことといい、やっぱり君は熟女好きなの?」

「はい?」

「まあいいや、君がアルバイトに選ばれた理由がわかった気がする。」

「有難うございます。それでは作業を続けましょう。」

「そうだね。」


 ミキシングが終わるころに、ミサが戻って来た。

「どうですか。終わりましたか。」

「はい、とりあえずお聞かせできるところまではきました。」

「あと、各楽器の再調整も必要ですが、大丈夫だと思います。」

「春樹、ロック、みんな、有難う。それじゃあ聴かせてくれる。」

「了解です。」

2回ほど聞いたミサが言う。

「すごく良くできていると思う。春樹、良治、肇、ロック、有難う。」

「でも、さすが溝口エイジェンシーのスタッフさんだね。岩田君に、いろいろ教えてもらって助かりました。」

「そうなんですか。」

「最近、急にデジタル化が進んで、コンピューター制御になったから、追いつけないところがあって。アナログの制御盤が懐かしいよ。」

「ミサさんの場合は、そのままの歌がすごくいいので、そのまま伝えるだけの方が良くて、フィルターとかエフェクトとかの機能は使わずに済みますので、アナログでもいいレコーディングができると思います。」

「あっ、ありがとう。」

「ミサさんの場合は、そうだね。」

「良治さん、有難う。」

「でも、今日試してみたことは他の歌手のために使えますから、無駄にはならないです。」

「それでは、バンドの音源の再調整はこちらでやっておきますので、今日はここまでで大丈夫です。」

「春樹、有難う。それでは、みなさん、また・・・。」

「明後日です。」

「はい、明後日。」

「どうも今日は有難うございました。また機会がありましたら、よろしくお願いします。」

「ロック、今日はいろいろ助かったから、大学の授業がないときにレコーディングがあったらまたお願いできる。」

「うん、ロックというあだ名は伊達ではないという感じだったね。」

「春樹さんの言う通り。」

「バイト代は出すのでお願いするですねー。」

「分かりました。喜んで。」


 ミサのリムジンはヘルツレコード本社を、尚美を拾って自宅に向かうためにテレビ局に向かって出発した。

「湘南さん、ヘルツレコードのレコーディングはどうでしたですかねー。」

「すごかったでした。歌が言葉にできないほと素晴らしかったですし、設備も最新で最高でしたし、スタッフさんも優秀でした。」

「言葉にできないって、何かいっぱい言っていた気がするけど。」

「僭越なことを言ってしまって、すみません。」

「そういう意味じゃなくて、ためになったからどんどん言って。」

「スタッフさんも勉強になっていたみたいな気がするですねー。」

「そんなことはありません、使い慣れた機器とは違っていただけだと思います。すぐに、使いこなすと思います。」

「そう。アキさんたちのレコーディングのときはもっといっぱい言っているの?」

「アマチュアですので、もう少し和気あいあいとしている感じでしょうか。」

「湘南さんとマリさんが相談しながら指示してレコーディングしている感じですねー。」

「マリさんというのは、31歳の二児の母で人妻の方でしたね。」

「はい、その通りです。」

「それで、湘南さんはミサに魅せられたですかねー?」

「はい、それはいつもです。」

「そうじゃなくて、女性としてのミサに魅せられたですかねー?」

「はい?・・・・・あっ、魅せられたです。」

「誠、あまり本当に聞こえない。」

「すみません。歌を聴くのに集中していたので。」

「そうよね。」

「でも、ヘルツレコードの皆さんが、着ているニットの服が素晴らしく似合っていると言っていました。みなさんがそう言っていたのですが、何かすごいブランドなんですか?」

「うーん、それほどでもないんじゃないかな。」

「湘南さん、そんなことじゃ、湘南さんも道玄坂のホテルに食事を誘ったミサと同じレベルになってしまうんですねー。」

「そうなんですか?」

「『たわわ』でググってみるといいんですねー。」

「・・・・・・・・。」

「湘南さんは分かったんですねー。ミサはどうなんですねー。」

「待って、今ググっているから。・・・・・・・・・・・。」


 テレビ局に到着すると、車を待っていた尚美を拾って、ナンシーが降りる渋谷駅に向かった。

「尚ちゃん、お疲れ。」

「星野さん、お疲れ様ですねー。」

「尚、お疲れ様。」

「美香先輩、ナンシーさん、お兄ちゃん、こんにちは。レコーディング、どうだった?」

「順調。誠のおかげでいいものができそう。」

「僕は、いろいろ勉強になったよ。」

「でも、誠の方が、ヘルツレコードの人にいろいろ教えていた。」

「それは、最新の機器でデジタル化が進んでいるだけだと思う。」

「お兄ちゃん、そういうの得意だもんね。」

「それほどでもないけど。」

「ヘルツレコードの人と、何を言っているのか分からない会話が続いていたですねー。」

「本当そう。」

「ナンシーさんはミサさんの家に行かれないんですか?」

「うん、来ても大丈夫だよ。」

「このところ、忙しくて見たいアニメがたまっているんですねー。一気に消化するんですねー。」

「さすがですね。」

「でも、健康には気を付けるんだよ。今日は、ナンシーからアドバイスをもらえて良かったと思う。言われたポイントを練習するね。」

「有難うですねー。」


 ナンシーが渋谷駅前で降りる。

「それじゃあ、ミサ、星野さん、湘南さん、楽しんできてくださいですねー。」

「ナンシー、それじゃあ、明後日。」

「ナンシーさん、兄の見学のアレンジ、有難うございました。」

「ナンシーさん、こちらで歌をレコーディングをしたい場合はいつでも言って下さい。」

「湘南、有難うですねー。でも、レコーディングしても使い道がないですねー。」

「動画サイト配信者デビュー!」

「なるほどですねー。考えておきますですねー。有難うですねー。」


 リムジンがミサの家に向かって出発する。

「尚も初めてなの?鈴木さんの家に行くのは。」

「うん、初めて。」

「誠、鈴木さんに戻しちゃうの。」

「ご両親に会うわけですし。ファーストネームを呼ぶのは問題があると思いまして。」

「それもそうか。私は何でもいいんだけど、呼び捨てでもあだ名でも。」

「でも、チャンピオンはだめなんですよね。」

「ねえ、尚、誠が私のために考えたあだ名がチャンピオンなんだけど、どう思う?」

「チャンピオンですか。申し訳ありません。兄の中の美香先輩のイメージが、本当にすごい人だからなんだと思います。」

「それと、ナンシーさんの話によると、鈴木さんのパンチ力が500キロあるからなんだけど。」

「500キロ!ですか。美香先輩の身体能力は高いですので、人を殴るのは本当に自分を守る時だけにしないと、死人が出そうです。」

「・・・・・・。」

「誕生日に頂いたケーキ、とても美味しかったのですが、何か秘密はあるのですか?」

「特になくて、基本に忠実に作っているだけ。」

「さすが、基本に忠実な鈴木さんらしいです。スポンジケーキは滑らかで、クリームがふわふわで、奇をてらわない美味しいケーキでした。」

「有難う。明日夏にケーキは焼けてもパンは焼けないと言われたので、今はパンを焼くことにも挑戦しているんだよ。」

「挑戦しているパンは、食パン、バケット(フランスパン)、クロワッサンとかですか?」

「うん、その通り。私のこと何でも分かっちゃう。やっぱり、それが基本だと思って。」

「美味しそうなパンが出来上がりそうです。」

「よければ、次に作ったときに食べてみますか?」

「頂けるなら是非。僕は食いしん坊ですから、ペロッと食べちゃいますが。」

「じゃあ、食べきれないぐらい、たくさん作って来るね。」

「嬉しいです。でも、鈴木さんのアメリカデビューの歌の練習の邪魔はしたくないので、その件が落ち着いたらお願いします。」

「分かった。それまでに、もっと美味しくできるようにしておくね。」

「それで、パンを作るのは、どこが難しいですか?」

「まずは材料の選定かな。」


 パン作りの話をしているうちに、リムジンはミサの家に門に入って行った。

「この家ですか?」

「そう。着きました。・・・・どうぞ。」

「本当にお屋敷と言う感じですね。」

「本当にドラマの撮影に使えそうです。」

執事が出迎えて、誠たちをダイニングルームに案内した後、部屋を出て行った。

「座って。たぶん、こっちの2席用意してある方かな。」

「はい、有難うございます。」

「今の執事さんは長いんですか?」

「私が生まれる前からここで執事をやっているみたい。」

「お兄ちゃん、それなら問題ないか。」

「そうだね。尚、座ろうか。」

「分かった。」

天井にはシャンデリア、壁にはいくつかの絵がかけられていた。

「あれは、ご親族の絵ですか?」

「うん。私が小学校に入学したときに描いてもらったもので、祖父と祖母も入っている。」

「今はどちらに?」

「隠居してアメリカに住んでいる。」

「おじいさんがアメリカの方でしたね。」

「その通り。祖母の家が資産家で、ホテル業を始めたという話。」

「それにしても、お兄ちゃん、美香先輩の一家は美女、美男ばかりだね。」

「まあ、そうなるんだろうね。このころのお兄さんは快活な少年という感じですね。」

「うん、そうだったと思う。」

「確かに僕とは違ってイケメンで、すごくもてそうです。」

「私には誠の方がずうっとイケメンだよ。」

「有難うございます。生まれてから初めてイケメンと言われました。お世辞でも嬉しいです。」

「ううん、世の中の女の人の見る目がないだけだよ。尚もそう思うよね。」

「えーと、すごくいい兄とは思いますが、イケメンですか?」

「尚はそう思わないの?」

「強いて言えば可愛いという感じでしょうか。」

「尚、無理はしなくていいよ。」

「それほどは無理はしていないけど。」

「あの絵は、鈴木さん?」

「私が中学校に入学したときの絵です。」

「記録が写真でなくて、絵というのがすごいですね。」

「うん、写真より生きている感じがします。」

「本当はいやだったんだけど、親がどうしてもって言うから。」

「いえいえ、芸術作品という感じがします。」

「有難う。そう言ってもらえるなら、描いてもらって良かった。」


 その時、扉がノックされミサの両親が入ってきた。

「初めまして、美香の父親の圭一です。今日は突然お呼びだてして大変申し訳ありません。美香によると、今日の夜、お時間があるということでしたので、この間の打ち上げの代わりにご挨拶ができればと思いまして。」

「お招きいただき、大変ありがとうございます。鈴木さんには妹の尚美に大変よくして下さり、大変感謝しています。」

「初めまして、母親の明子です。尚美さん、テレビでも拝見していますが、本当に可愛らしくて聡明なお嬢さんで、楽しませて頂いています。いつも、美香が家でお二人の話をしていますので、是非、お話ししてみたいと思いましてお呼びしました。今日はお忙しいところ、大変ありがとうございます。」

「お招きいただき有難うございます。美香先輩の素敵な絵を見ることができて、それだけでも良かったと思っています。」

「どうぞお掛け下さい。」

「有難うございます。」

「飲み物はいかがされます。誠君は二十歳になられたんですよね。」

「はい。ちょうど、鈴木さんの武道館でのワンマンライブの日に、妹といっしょに誕生日を向かえました。僕が二十歳で、」

「私が14歳になりました。」

「それはおめでたい。シャンパンを開けましょう。いかがですか。」

「お酒を飲んだことがないので、万が一醜態を晒すことがあると困りますから・・・。」

「誠、お酒が初体験なんだ。もし酔っぱらったら、私と尚で介抱するから大丈夫。」

「それはさすがに、ご迷惑では。」

「大丈夫だって。誠、それとも私のお酒が飲めないの?」

「はい、分かりました。一杯頂きます。」

「いっぱいね。」

「えっ、あっ、はい。」

夫妻が微笑む中、ミサが両親と誠にシャンパンを注ぐ。誠がミサと尚美にアップルタイザー(炭酸入りのリンゴジュース)を注いだ。

「それでは、誠君の成人と尚美さんの14歳に乾杯。」

「乾杯。」

その後は、ミサや尚美のこと、大学生活、ホテル業界の話をしながら食事を進めた。途中で、ミサが誠にお酒を勧める。

「それじゃあ、誠、もう一杯。」

「あの、この後やらなくてはいけないこともありますので、これが最後で。」

「やらなくてはいけないこと?何だかわからないけど、そんなのまたでいいじゃない。」

「そういうわけにも。」

「分かった。今日はこれが最後。私が飲めるようになったら、こんなものでは済まさないから、覚悟しておいてね。」

「3月31日でしたね。分かりました。」

「曲の誕生プレゼント、楽しみにしているから。」

「はい。今はロックをいろいろ聴いて勉強していますが、来年に入ったら作曲に取り掛かります。」

「そうなんだ。だから、今日もいろいろアドバイスできたんだね。でも、いろいろって、どんな曲を聴いているの?」

誠がタブレットを出してメモが入った楽譜を見せる。

「へー。いろいろ聴いているんだね。でも楽譜にメモしているというのが誠らしい。」

「はい、メロディだけではなくて、少しでも参考になりそうなところをメモしています。」

「なるほど。どんな曲にするつもり?」

「やはり、自分が得意なすこし落ち着いた曲になるとは思います。」

「そうだよね。落ち着いてるところが、誠のいいところだから。でも、尚、元気はつらつな誠というのは見たことがあるの?」

「うーん、微妙に元気だったりとか落ち込んでいたりすることはありますが、普通の人はわからないと思います。」

「なるほど。私もそれが分かるようになろう。」

「あまり役に立たなそうですが。」

「作詞のためには、微妙な変化が分かっていないと表現できないかもしれない。」

「女性の微妙な表現なら需要がありそうですが。」

「これからは、男性にもあるよ。男性の微妙な変化を歌える歌手を目指そうっと。」

「そうですね、時代が追いついてくるかもしれませんね。」

「そうそう。」


 終始、和やかな雰囲気のもとで、夕食が1時間ぐらい続いて、お開きになった。

「ご馳走さまでした。」

「大したおもてなしもできず、恐縮です。」

「いえいえ、大変美味しかったでした。」

「面白いお話しを有難うございました。」

「こちらこそ、ホテル業界のことが分かって面白かったでした。」

「それじゃあ、誠、尚、私の部屋に行こうか?」

「はい。」「はい。」


 3人がミサの部屋に行く。尚美が少し驚く。

「ドラマに出てきそうな、お嬢様の部屋ですね。」

「家具は私が選んだんじゃないけど。誠、何を見回しているの?そんなに珍しい。」

「いえ、どこから探そうか見ていただけです。」

「何を?」

「えっ、盗聴器ですが。」

「あっ、そうか。忘れていた。」

「とりあえずは、テーブルタップやライトから探します。」

誠がレコーディングで使うかも知れないと思って持ってきたドライバーを鞄から出して、ライトやテーブルタップを分解して中を確認する。(盗聴器を継続的に動作させるためには電源が必要で、電気が取りやすいところに付いていることが多い。)

「なさそうですね。」

「はい。」

「次は、壁のコンセントと天井のライトを調べてみます。天井を見る時に椅子をお借りできますか。」

「もちろん、どうぞ。」

「有難うございます。」

誠が壁のコンセントを調べたときに、裏で盗聴器が接続されているのを見つけた。

「ありますね。」

「えー、本当に?」

「これです。」

「お父さん、お母さん、酷い。」

ミサが走り出す。

「あっ、ちょっと待ってください。」

ミサは誠の制止を聞かずにリビングの方に向かった。リビングに到着すると両親を問い詰める。

「お父さん、お母さん、盗聴は止めるって言ったのに。」

「何だい美香、急に。盗聴するのは止めたよ。」

「部屋のコンセントに盗聴器がついていたの。」

「私は知らない。誓って、美香の部屋に盗聴器を仕掛けるなんてしていない。」

「本当よ。美香ちゃん。」

誠が部屋に到着した。

「お騒がせして、申し訳ありません。鈴木さん、盗聴器の種類がだいぶ違いますので、ご両親でなく、外部の人が仕掛けたのかもしれません。」

「外部の人が私の部屋に。この前みたいなファンかパパラッチみたいな人?」

「それは違うかもしれません。申し訳ありませんが、この部屋のコンセントを調べさせてもらってもいいですか。」

「えっ、はい。どうぞ。」

ミサと父親が作業を見守る中、コンセントを開けるとやはり盗聴器が付いていた。

「これです。これと同じものが鈴木さんの部屋にも付いていました。」

「この部屋にも付いているということは、商売敵が付けたということですか。」

「断言はできませんが、その可能性はあります。他にも付いている可能性がありますので、一度専門の業者に家全体を調査してもらった方がいいと思います。」

「いつから付いていたか分かりますか。」

「それほど古くはないようですが、最近、電気工事をしましたか。」

「半年前ぐらいに立て続けてエアコンが壊れまして、エアコンの交換をしました。」

「壊れたエアコンは古かったですか?」

「それほどではないと思います。6年ぐらいは経っていましたが、まだ壊れるという感じではなかったです。」

「そうですね。わざとエアコンを壊して、その交換の時に盗聴器を取り付けた可能性があるとは思います。」

「そうですか。でも、その推測は正しそうです。」

「ホテルの会社は多数ありますから、ライバル会社の数も多いのですか?」

「はい。」

「とすると、犯人を見つけるのは難しいかもしれません。」

「そうですね。とりあえず調査会社に依頼しようと思います。」

「でも、あなた、調査が終わるまでは、この家にいるのは気持ち悪いわ。」

「そうだね。とりあえず、うちのホテルに泊まろうか。」

「それはいい考えね。うちがホテル業で良かったわ。」

「とりあえず、荷物をまとめようか。」

「そうね。美香も早く荷物をまとめて。」

「私は今晩の練習をしてから行きたいけど。どうしようかな。」

「鈴木さん、練習は何時からですか?」

「地下の防音室で、9時から9時半までです。その少し前に自分で発声練習をするけど。」

「それじゃあ、練習が終わって美香さんたちがホテルに出発するまで、僕たちもここに残っていましょうか。」

「うん、お兄ちゃん、了解。」

「有難う。それなら安心。あと、お父さん、お母さん、さっきは疑ってごめんなさい。」

「いや構わない。美香の部屋に盗聴器を仕掛けられるなんて、父親としては失格だ。それにしてもどこの会社だ。まあ、誠君たちに聞いても仕方がない話だけれど。」

「そうね。それじゃあ、美香ちゃんも出かける支度だけしておいて。」

「分かった。誠、尚、私は私の部屋に戻るけど。」

「分かりました。一緒に行きます。」

「有難う。」


 3人がミサの部屋に戻る。

「もし忘れ物があっても、執事さんかメイドさんに取ってきてもらうことはできますよね。」

「うん、それはできると思う。」

「それでは、当座のもので良いとは思います。最初にリストを作りましょう。リストは、鈴木さんのパソコンで作りましょうか。」

「えっ、誠のパソコンでお願いできますか。」

誠は「見せたくないものがあるのだろう。」と思いながら、ノートパソコンを開いた。そして、3人で相談しながらリストを完成させた。誠が部屋のプリンターを見て、「USBメモリーのPDFファイルが印刷できるやつか。」と思いながら尋ねる。

「プリンターをお借りしてもいいですか?」

「もちろん。でも使える?」

「はい、大丈夫だと思います。」

誠がチェックリストを印刷して美香に渡す。

「スーツケースはありますか。」

「はい。生活関係と音楽関係のものを分けたいから、この二つを使おうかな。」

「了解です。美香さんと尚が詰めて、僕がチェックをすることにしたいと思います。僕に見られたくないものは、その後から詰めてください。」

「分かった。とりあえず、服からつめる。」

「畳むのを手伝います。」

「尚、有難う。」

美香がクローゼットを開けて、おしゃべりをしながら服類を詰め始める。尚美が服を畳むのを手伝う。

「美香先輩、正装のドレス以外は、ジーンズとTシャツばっかりですね。」

「うーん、ロックシンガーとして、そういう姿にあこがれていたからかな。」

「これからは、おしゃれにも気を使った方がいいかもしれません。」

「それを尚が言うの?」

「お兄ちゃん、私の場合、目立つといろいろあるからだよ。」

「私もそういう面もあったかな。」

「そう言われると、美香先輩の方が大変だったかもしれませんね。でも、お兄ちゃんも私がおしゃれした方がいい?」

「基本的には、尚の好きにするのがいいとは思うけど、『トリプレット』の衣装を着た時には別人かと思った。パスカルさんたちが気が付かないのも納得だった。」

「可愛かった?」

「俺の妹がこんなに可愛いわけがない、って感じだった。」

「そうか。」

「誠、私もおしゃれした方がいい?」

「鈴木さんの場合はどんな服でも魅力的ですが、ワンマンライブの鈴木さんは、2次元、3次元合わせて一番綺麗だと思いました。」

「有難う。でも、誠って本当は口が上手いの?」

「そんなことはないと思うのですが。」

「まあね。こっちから聞かなければ言わないものね。でも、誠がうちの兄みたいになったらどうしようかな。」

「ダイニングで絵を見ましたが、すごい二枚目だからそうなれるので、僕には鈴木さんのお兄さんのようになる素質はないと思います。」

「そんなことはないと思う。誠もおしゃれをすればもてると思う。」

「でも、鈴木さんはおしゃれをした男性はあまり好きではないですよね。」

「私はね。誠の言う通り、自然な感じの人がいい。でも、うちの兄を好きな女性は多いから。」

「それならば、普通にしていようと思います。」

「私も、お兄ちゃんは今のままでいいと思う。」

「まあ、無駄だよね。」

「う、うん。そうかもしれない。」

「そう言ってくれた方が落ち着く。」

生活関係のものを詰め終わった。

「それじゃあ、誠、チェックをお願い。」

「了解です。」

誠がスーツケースの中身をリストの順番にチェックしていくと、下着類が目に入った。「下着類は後でと言ったんだけど、気にしていないのか、僕を家族の一員と思っているのか。まあ、いいけど。」と思いながらもチェックリストによる確認を続けた。ブラジャーをチェックしたとき「尚の頭が入りそう。」と思ったが、深く考えるのはやめて次のもののチェックに移った。 誠がチェックを終えて声をかける。

「生活関係のスーツケース、チェックを終わりました。全部あります。」

「音楽関係のものも詰め終わったよ。」

「それでは、そちらをチェックします。」

「美香先輩、それでは下着類を生活関係のスーツケースに詰めましょうか。」

「えっ、さっき詰めちゃったけど。」

「はい、数量がリスト通りにあること確認しました。」

「えーーと。了解です。それでは兄の確認が終わるまで待っていましょう。」

「誠なら、別に平気と思ったんだけど、ダメだった?」

「はい、兄なら大丈夫だと思います。」

「そうだよね。」

 少しして、誠のチェックが終わり、スーツケースの蓋を閉めた後、立てて、出発の準備が終わる。

「はい、チェック完了です。」

「それじゃあ、防音室の方へ移動しようか。」

「はい。」


 3人が地下に行き、その一つの部屋の中に設置されている防音室に入った。

「ここが、私の防音室。どうぞ。」

「とりあえず、盗聴器を調べてみます。」

誠が防音室のコンセントを調べても、盗聴器らしきものはなかった。

「ここはファンだけで、エアコンがなく鍵がかかっているので、工事の時に入ることができなくて、盗聴器を取り付けられなかったようです。」

「よかった。」

「でも、ボーカルとギターの機材が一式揃っているんですね。」

「うん。ここでずっと練習していた。中学の時はここにこもっていた。」

「でも、私の防音室というと、もしかすると、お母さんの防音室もあるのですか?」

「当たり。ピアノが置いてある。」

「もしかすると、鈴木さんも小さい時はピアノをやっていたんですか。」

「そう。母に習って。あとバイオリンも少しやったけど、両方とも今一つ好きになれなかったかな。」

「小さい時から音楽をやっているから、音感がいいんですね。」

「そうかもしれない。」

「でも、お父さんは楽しみですよね。奥さんと娘さんの演奏を聴くのは。」

「父は、防音室に寄り付かないかな。」

「何かあったんですか?」

「・・・・・・・・。」

「ご家族のことですから、言わなくて構いません。マイクはヘルツレコードのレコーディングルームのものと同じですね。さすがです。」

「誠に秘密を作りたくないから。でも誰にも言わないでね。」

「はい。」

「私が生まれる前に、父は浮気をすることが多くて、母が罰として防音室に父を一週間ぐらい閉じ込めたの。それで、父は防音室がトラウマになっているみたい。」

「すごいですね。もしかすると、ミサさんのお母さんも、力が強いのですか?」

「うん、その通り。あの、でも私はそんなことはしないから。」

「美香先輩、兄が私たちを裏切るようなことをしたら、ここに兄を一生閉じ込めましょうか。」

「一生!?」

「おいおい。」

「私一人では無理でも美香先輩と二人ならできます。」

「・・・・・二人でならできそうよね。尚と私で誠を独占か。そうね、誠がうちの兄みたいになったら、二人で誠を一生閉じ込めちゃおうか。」

「二人で、何、怖いことを。」

「お兄ちゃんが、私たちを裏切るようなことをしなければいいんだよ。」

「そうそう。ふふふふふふ。」

「分かった。裏切ったりはしないよ。」

「それなら何も心配する必要はないよ。」

「尚の言う通り。」


 その後、ミサが発声練習をし、インターネットを使ったボイストレーニングが始まった。誠と尚美はカメラに写らない位置から静かに見ていたが、その迫力に圧倒されていた。


 ボイストレーニングの終了後、両親が乗る車はホテルに直行し、ミサたちが乗る車は誠たちを新宿で降ろしてからホテルに向かうことになった。

「誠君、尚美さん、今日は有難う、また、いつでも遊びに来てください。」

「有難うございます。」

「それじゃあ、美香ちゃん、誠さんと尚美さんをお願いね。」

「はい、お母さん、行ってきます。」


 誠と尚美が礼をする中、両親が乗った車が出発した。誠たちも、ミサが乗る車に乗った。

「本当は家まで送りたいんだけど。」

「新宿から辻堂までは新宿湘南ラインで一本ですから、気にしなくても大丈夫です。」

「それに、私は明日はオフですが、美香先輩はお仕事でしょうから。」

「今日は本当に有難う。誠、尚、私ができることなら、何でもするので、言ってね。」

「分かりました。お願いしたいことができましたら、お願いします。」

「私はいつも歌の練習でお世話になっていますから大丈夫です。」

「今日のボイストレーニングも凄かったでした。うちの歌手たちとは差なんて言葉では表せない決定的な違いがありました。」

「うちの歌手たちって。」

「はい!?」

尚美が目くばせする。

「やっぱり、僕の鈴木さんの歌声は、格が違います。」

「そっそう。有難う。誠が望むなら、私の歌声、誠のそばでずうっと聴かせてあげてもいいけど。」

「えっ、あの防音室に一生閉じ込められるわけですか。」

「えっ、あっ、そういうわけではないんだけど。」

「はい、鈴木さんが歌手をやっている間は、音楽仲間として鈴木さんが出演するライブにはできるだけ参加して、鈴木さんの歌を聴こうと思っています。」

「あっ、ありがとう。」

そのあと、3人でミサのワンマンライブに関して話しているうちに、リムジンが新宿駅に到着し、誠と尚美が車から降りた。

「今日は、来てくれて本当に有難う。盗聴器の件も有難う。誠とは次は、とりあえず、アキさんたちのライブに行くから、その時に。尚は明後日の練習で。」

「全米デビューの準備、頑張って下さい。」

「それでは、美香先輩、また、明後日。」


 ホテルの部屋に到着した鈴木夫妻が、今日の夕食のことに関して会話する。

「今日の美香ちゃん、楽しそうだったわね。」

「しかし、あんなはしゃぐ美香は初めて見た。」

「美香も女の子だから、そういうものよ。でも、誠さん、美香ちゃんが気に入るのも分かるわよ。」

「お前も気に入ったようだね。」

「男前じゃないけど、何となくだけど、誠実な感じで安心できそう。」

「彰人がああだから、そういうのに惹かれるのか。」

「彰人はあなたに似ているところがあるから。だから、私も誠実な感じがいいと思うのかも。」

「いやいや、それは美香が生まれる前の話だろう。」

「一生忘れないから。」

「はは、ははははは。」

つねられながら笑うミサの父親であった。


 新宿湘南ラインに乗った尚美が誠に話しかける。

「今日は楽しかった。」

「そうだね。食事も美味しかったし、美香先輩の絵がすごい奇麗だった。でも、やっぱり、ボイストレーニングで鈴木さんの本当の生の声が聴けて、すごい参考になった。」

「あの絵は、美香先輩のワンマンライブでお客さんに見せるといいかもしれない。」

「お兄さんも、絵だと普通の芸能人ではかなわないぐらいのイケメンだった。」

「まあ、そうかもね。シャンパンはどうだった。」

「最初、酔った気がしたけれど、すぐに戻った。」

「それは良かった。でも、お兄ちゃん、アキたちをうちの歌手と呼んじゃダメだよ。美香先輩が疎外感を感じちゃうから。」

「それは鈴木さんの表情を見て分かったから、すぐに鈴木さんにも同じようなことを言ったけど。」

「でも、あれはあれで別の誤解を生んだかもしれない。まあ、それは置いておいて、お兄ちゃん。あの盗聴器、だれが仕掛けたと思う。」

「明日夏さんのお父さん。盗聴器にフランス語が印字されていたし。」

「やっぱり。」

「でも、明日夏さんは知らないだろうから、この件は二人の秘密にしておいて。」

「分かった。」

「それで、僕を一生閉じ込めるという話は?」

「女子小学生や高校生、人妻と何かあったら閉じ込めるかも。あの様子だと、美香先輩も手伝ってくれそうだし。」

「分かった。気を付けるよ。」

「なら、大丈夫だよ。」

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