第30話 『ユナイテッドアローズ』デビューライブ

 ミサの大阪城ホールでのワンマンライブの翌日の日曜日、アキ、ユミ、マリ、誠、パスカル、ラッキーは、地下アイドルのライブで『ユナイテッドアローズ』が出演するために、近くの喫茶店に集まった。これが『ユナイテッドアローズ』のデビューライブである。

「みなさん、こんにちは。」

「湘南、よく来た。」

「昨日の練習はどうでした?」

「バッチリよ。」

「ユミさんも?」

「はい、湘南兄さん、大丈夫だと思います。」

「湘南さん、ユミが失敗したら私が代わるから大丈夫。」

「ママ、そんなことばっかり言っていると、ぐれるよ。」

「ぐれたらアイドルになれないわよ。」

「それでも人の親か。」

「ユミちゃんも、マリちゃんも落ち着こう。」

「はい、プロデューサー。」「はい、プロデューサー。」

「コッコちゃん、今日もよろしく頼む?」

「私の仕事は物販での販売だけだから、それ以外は、絵を描いてもらいたいアイドルを探しているよ。」

「サンキュー。」

「ところで、湘南ちゃん、昨日、ミーア三佐は亜美ちゃんって教えてよ。」

「もちろん、機会があれば言うつもりでしたけれど、いずれ分かると思って。」

「それにしても、ミーアちゃん、何で地下アイドル活動なんかに興味があるんだろう?」

「ミーアさんは、自分に自信がないところがあるからじゃないかと思います。」

「ミサちゃんとか、妹子とかに囲まれているからかな。」

「はい、そういうことはあるかもしれません。由香さんもダンスの世界では名前が知られてきているみたいですし。」

「ミサちゃんとのデュエットなんかを聴くと、私たちとはだいぶ違うと思うんだけど。」

「はい、昨日の『ひかりふる』もすごかったでした。」

「湘南君の言う通り。あれは神がかって凄かったね。正面のスタンド席では、跪いて聴いているお客さんがいっぱいいたよ。」

「・・・・まだ、こちらとはかなり差はあると思います。」

「はっきり言うところが、湘南。」

「ミーアさんが人気が無くなったら、俺たちにプロデュースをお願いすると言っていたけど、その心配はなさそうだ。」

「はい、道を間違えない限り大丈夫だと思います。」

「だめよ、パスカル、ミーアちゃんに道を間違えて欲しいなんて考えちゃ。」

「考えないことはないけど、平田社長がいるかぎり大丈夫だ。」

「まあ、それもそうか。」

「僕もそう思います。」

「それで、湘南ちゃん。アキちゃんとミーアちゃんをモデルにGLイラストを描いても大丈夫かな。」

「本人に聞いてみてください。ミーアさんは、バールと平塚のBL漫画を見て、コッコさんのことを天才と言っていたそうですので、絵から柴田亜美と分からなければ大丈夫かもしれません。」

「それは楽しみだ。」

「パスカルさん、これからの予定は?」

「アキちゃん、ユミちゃんの着替えのために、カラオケルームを予約してあるから、マリちゃんといっしょに行く。」

「『Shibuya Ring』は、12月18日のワンマンの会場と同じですよね。」

「おう。だから、アキちゃんたちを送ったら、下見を兼ねてホールの上の階にある物販会場を見に行く。ワンマンの時は、部屋を区切って物販の場所と、バンドの控室にする予定だから。それで、湘南はどうする。」

「僕は客席から聴いて、お客さんの反応を見ようと思いますので、この後、普通にお客としてホールに入ります。」

「了解。湘南はそっちの方がいいな。お客さんが聴く音は客席じゃないとわからないからな。」

「はい。あと申し訳ないのですが、頼まれごとがあって、『ユナイテッドアローズ』が出演した後は一度会場を離れます。2時間ぐらいで終わると思いますので、反省会には参加できると思います。」

「おう、反省会の時間と場所はSNSで連絡する。」

「有難うございます。」

「何だ、せっかく湘南ちゃんが来たのに、今日はパスカルちゃんと湘南ちゃんの絡みなしか。つれないな。」

「コッコ、反省会には参加するっていってたでしょう。」

「そうか。それを楽しみにしておく。」


 同じ日に、尚美は誠といっしょに朝から家を出て、ヘルツレコードの事務所で由香、亜美と集合した後、テレビの収録スタジオに向かっていた。そのとき、尚美のスマフォに電話がかかってきた。溝口社長からの直接の電話だった。

「星野君、こんにちは。」

「溝口社長、こんにちは。いつもお世話になっています。」

「昨日の大河内君のワンマンライブの司会、綺麗にまとめていて大変良かったよ。」

「お褒め頂き、有難うございます。」

「それに、大河内君と柴田君とのデュエットの歌も会場を感動させていたね。うん、跪いているお客さんもたくさんいた。」

「有難うございます。」

「あと、・・・・。」

「南由香でしょうか。」

「そうそう、南君のダンスも良かったよ。まあ、私にはダンスのことは良く分からないが。それに、神田君のジョークも面白かったね。歌、トーク、笑いのバランスが取れていて、武道館のワンマンライブは、総合的には私が最近見た中では一番良かったよ。」

「最高の誉め言葉をありがとうございます。それで、お電話は美香先輩のことでしょうか。」

「そうなんだ。実は星野君に大河内君のことでお願いがある。」

尚は溝口社長からある件でミサを説得するよう依頼された。

「分かりました、最善を尽くします。」


 今回の『ユナイテッドアローズ』がライブする会場は、一番下の広いフロアーの後ろが急傾斜の段々畑のような感じで、小さいフロアからなる段があり、それが後に行くほど上がっていく、合計で300人ぐらいが入るホールである。誠は入口でチケットの半券を切り取ってもらい、ワンドリンク代600円を払い、ドリンク引き換え券をもらってホールに入った。既に120名ぐらいの客が入っていて、ほとんどの客はフロアの前の方に詰めていた。誠は、一番後ろの段の一番前の手すりに手をかけて立った。

「小さいけれど囲まれ感があって、いいライブハウスだな。12月のワンマンライブもここなんだよな。さすがここをいっぱいにするのは難しいか。」

会場の様子を見ていると、誠に声がかかった。

「ハーイ、湘南さん!」

「誠、こんにちは。」

「えっ、あっ、こんにちは。約束の時間まで、まだ1時間以上ありますが。」

「ナンシーが、今日、誠の曲の初お披露目があると教えてくれたから、この時間は空いていたし、音楽仲間として聴きに来たの。」

「そうですねー、アキさんとユミさんを応援するですねー。」

「有難うございます。ただ申し訳ないのですが、歌のレベルは鈴木さんが聴くようなレベルではないと思います。」

「大丈夫。こういうところも知っておきたいし。やっぱり、小さいホールだとステージとお客さんが近くて、一体感がありそう。」

「そうですねー。生で歌っていて、騒いで盛り上がることができるんですねー。」

「そう言ってもらえると嬉しいです。アキさんとユミさんのユニット『ユナイテッドアローズ』は2番目の出演になります。」

「うん、スケジュールはナンシーに聞いたから知ってる。『ユナイテッドアローズ』の出番が終わったら、盗聴器の件、お願いできる?」

「はい、貸会議室を借りてありますので、そこでチェックします。」

「道玄坂のホテルじゃないんですねー。」

「良く分かりませんが、三人じゃ入れないんじゃないですか?」

「私も三人で入ったことはないんですねー。でも、もしかすると最近は大丈夫かもしれないんですねー。」

「ナンシー、誠、道玄坂にライブハウスがあるのは知っているけど。道玄坂に有名なホテルがあるの?」

「とってもいいホテルがあるですねー。こんど湘南さんに連れて行ってもらうといいですねー。」

「へー、そうなんだ。誠、一応、私の家がホテル業をやっているから、時間があるときに、そのホテルでいっしょに食事とかしない?」

「あの、そこは食事をするようなところではなくて。」

「部屋で出前は取れると思うんですねー。カラオケもあるんですねー。」

「ナンシーさん、鈴木さんが知らないからと言って、だましてはいけません。」

「本当は、ミサが真面目な顔で湘南さんを道玄坂のホテルの食事に誘うんで、少しビックリしたんですねー。でも、面白いんですねー。」

「鈴木さん、言いにくいことなのですが、道玄坂のホテルのことは品のある話ではないので、人前では絶対にしないようにして下さい。」

「湘南さん、品がないとはひどいですねー。でも、ミサ、一応これはマネージャーとして言うですねー。この話はステージの上ではしてはいけないんですねー。」

「良く分からないけど、誠が正しいということね。でも、どんなところなの?」

「湘南さんはどういうところか知ってるですかねー?」

「一応、一般常識として。」

「本当に湘南さんは行ったことがないのですかねー?」

「ないです。」

「パスカルさんともですねー?」

「期待を裏切って大変申し訳ないですが、ないです。」

「でも、どういうところか知っているなら、ミサ、後で湘南さんに聞くといいですねー。」

「分かった。誠、後で教えて。」

「ナンシーさん、普通は男性が女性に教えるようなところではないと思います。」

「湘南さん、それは違うですねー。普通は男性が女性に教えるところですねー。もちろん、最近は逆も多いですがねー。亜美さんは年下の男性に教えるような話が好きですねー。」

「アニメの趣味から考えるとそうかもしれません。ただ話が好きなだけなら大丈夫だとは思いますが。」

「明日夏さんも、最近、亜美さんの影響を受けているですねー。」

誠は「あまり、聞きたくない話だな。」と思いながら答える。

「ナンシーさん、そういうことは部外者、特に男性には言わないほうがいいと思います。」

「亜美さんは尚美さんをとっても信頼しているですねー。その尚美さんが信頼している湘南さんもすごく信頼しているから大丈夫なんですねー。」

「そうなんですね。妹を信頼してもらっているのは嬉しいです。」

誠は「鈴木さんもそうなんだろうな。」と思いながら、ミサに言う。

「道玄坂のホテルの話は、人前で言うような話ではないのですが、どういうものか知りたい場合は、ネットで『道玄坂 ラブホテル』で検索してみてください。」

「ラブホテルって。」

ミサが赤くなって黙る。

「ミサも、その単語は知っていたんですねー。良かったんですねー。」

「鈴木さんには、道玄坂はライブハウスのイメージが強かったんだと思います。」

「私もそう思うですねー。まあ、いい経験と思うですねー。湘南さんはミサのことを分かっているから、ミサもあまり気にしなくても大丈夫ですねー。」

「分かっているけど。」


 場内に間もなく開演する旨のアナウンスが流れた。

「さて、いよいよ『ユナイテッドアローズ』のデビューライブが始まるですねー。」

「はい。お客さんの反応が気になります。ナンシーさんは、こういうイベントに出たことはあるのですか。」

「高校や地域のアマチュアのイベントしかないですねー。アメリカには地下アイドルみたいなものはなかったですねー。」

「歌だけでなく、対面で話すとか、チェキを一緒に撮るとかで採算を取るという考えがないからなんでしょうね。」

「日本の治安が良いからできる発想だと思うんですねー。」

「そうかもしれませんが、それでも気を付ける必要はあります。」

「そうですねー。溝口エイジェンシーには安全対策を専門にしているグループもあるですねー。夏のあの一件から、ミサの安全対策の人も増やしていますですねー。」

「それは良かったです。」

「ビデオで見たですねー。湘南さん、カッコよかったですねー。」

「有難うございます。でも、あれはほとんど尚のおかげです。」

「ミサに何かあったら、また、お願いするですねー。」

「はい、もちろん。命に代えても。」

「今度は絶対に逃げるから、誠、無理はしないでね。」

「分かりました。」


 最初のアイドルユニットが出てきて、パフォーマンスを行い、会場がすごく騒がしく盛り上がり、無事に終わった。

「何というか。厳しいことを言うと、あれでよくプロとして歌えるというか。」

「でも、ミサ、会場はすごく盛り上がっていたですねー。」

「うん、独特の盛り上がり方だった。」

「可愛い女の子が先導して、仲間内で騒いで楽しんでいる感覚なのかもしれません。」

「誠から見ても、あの子たち、可愛いの?」

「可愛いカッコをしたでしょうか。」

「そう。でも、真剣に歌を歌う気持ちはあるのかな。」

「歌だけというより、レベルが高くなくても、衣装やダンス、今自分が出せるすべてを使って全力で、お客さんを楽しませたいと考えているのだと思います。」

「今の全力か。誠、ごめんなさい。この世界のことを良く分からず、変なことを言ってしまって。」

「いえ。鈴木さんには、そういうことを言う資格があると思います。」

そう言いながらも、誠は、アキたちのパフォーマンスに対するミサの感想が心配になった。


 少し時間が戻る。パスカルとマリが付き添って、アキとユミが近くのカラオケルームから、会場に移動した。2番目の出演のため、そのまま舞台袖で待機した。4人は舞台袖から舞台を見ていた。

「会場がすごい湧いていますね。」

「ユミちゃん、大丈夫、私たちの方がパフォーマンスは上だと思う。」

「アキちゃんの言う通りだ。」

「まあ、彼女たちの歌は既存の歌の概念の外にあるという感じ。」

「マリちゃん、厳しい。」

「でも、音で楽しめれば、音楽だから、アキちゃんもユミちゃんも、練習してきたパフォーマンスを思いっきりやってきて。」

「ママ、分かった。湘南兄さんなら何て言うかな。」

「湘南なら、思いっきりやってきて下さい。もしお客さんに受けなかったら、またみんなで考えましょう。と言うんじゃないかな。」

「アキ姉さんのいう通りですね。」

「湘南からSNSだ。『前を向いてお客さんに練習の成果を見てもらって下さい。観客席を観察していますので、上手くいかなかったら、みんなで分析して対策を考えましょう。』だそうだ。」

「アキちゃん、だいたい合っている。」

「湘南とパスカルとは、もう1年近くやっているからね。」

前のグループのステージが終わった。アキとユミが向かい合わせになって手を重ねる。

「『ユナイテッドアローズ』の初公演。」

「前を向いて練習の成果を見てもらおう。」

「いくよー。」

「おう。」


 まず、アキがステージに出て行き、挨拶をする。

「皆さん、こんにちは、私の名前はアキです。私を知っている人!・・・・おお、結構いるな。有難う。でも今日のプログラム、この時間は『アキ』、じゃなくて『ユナイテッドアローズ』となっていたよね。そう、今から紹介するけど、ユミちゃんというとっても可愛い女の子とユニットを結成したんだよ。」

会場から「おめでとう。」という声がかかる。

「それじゃあ、ユミちゃんいらっしゃい。」

「はーい、アキ姉さん。」

ユミが現れると、会場からどよめきが起きる。

「それじゃあ、ユミちゃん、まずは自己紹介から。」

「みなさん、こんにちは。名前はユミと言うよ。名前、憶えてね。一応、小学5年生なんだ。アイドルになるのが夢だったんだけど、絶対無理だとあきらめていたんだ。そうしたら、アキ姉さんと今年の夏、海で知り合って、アイドルとして活動していると知って、参加したいと言ったら、アキ姉さんたちが、ユミを暖かく迎え入れてくれたんだよ。本当に有難う。これから、練習もステージも頑張っていくから、アキ姉さんも、みんなも、よろしくお願いね。」

ユミが頭を下げると、会場から拍手が起きた。

「みなさん、こんにちは。名前はアキと言うよ。一応、小学6年生なんだ。・・・えっ、嘘だって。まあ、バレるよね。本当は高校2年生だよ。・・・えっ、嘘だって。本当だよ。マジだよ。学生証は見せられないけど、本当。私、何年生に見える?」

会場から「中学生!」と声がかかる。

「中学生ね。有難う。」

会場から「中学5年生!」と声がかかった。

「中学5年生。何回留年したら。・・・・おー、年齢は高校2年生と同じか。計算早いね。それで、ユミちゃん、すごくしっかりしている女の子なんだけど、やっぱり小学5年生だから、みんな暖かい目で見守ってね。物販なんかでおイタしちゃ絶対にだめよ。本当に本当に警察に捕まるからね。」

会場から「はーい。」という返事がある。

「あと、ユミちゃんは、ご両親との約束で午後5時までしか活動できないから、終わりがそれより遅くなるイベントでは、私はアキとして一人でも活動するから、オタク話をしたい場合は、そちらもよろしくね。」

会場から「分かった。」という声がかかる。

「ユミちゃん、これからパフォーマンスを披露するわよ。初ステージだけど少し落ち着いた?大丈夫?」

「はい、アキ姉さん、少し緊張しているけど、練習をいっぱいしてきたから大丈夫だよ。みんなも、応援、お願いね。」

「それでは、ユミちゃんから、歌の紹介をお願いね。」

「はい、アキ姉さん、任せて。この春に惜しまれながら解散した『アイドルライン』、ユミも本当に大ファンだったんだよ。その『アイドルライン』の曲をカバーするよ。歌う曲はユミが大好きな『ネクストサンデー』。」

会場から「おー。」という歓声がおきた。カラオケ音源が流れ始め、ユミから歌い始めた。歌い終わると、会場は拍手に包まれた。アキとユミが答える。

「みんな有難う。本当に有難う。『ユナイテッドアローズ』のアキと、」

「ユミが『アイドルライン』の『ネクストサンデー』を歌ったよ。」

「ユミちゃん、最初のステージで、最初の歌を歌った感じは、どう?」

「ユミが大好きな曲をこんなにたくさんのお客さんの前で歌えて、それで、アキ姉さんとユミの歌でみんなが盛り上がってくれて、」

「盛り上がってくれて?」

「快感!って感じ。」

「快感!末恐ろしいわ、この子。」

「それは、アキ姉さんもだよ。」

「有難う。私たちのユニット名『ユナイテッドアローズ』のユナイテッドは連合したという意味で、アローズは矢という意味です。だから、私たちは、」

アキとユミが声を合わせる。

「あなたのハートを射貫く二本の矢です。」

「アキ姉さんもユミも英語得意じゃないから、仕方がないかな。」

「そうだけど、英語が何で?」

「だって、日本の矢って。」

「日本のじゃなくて、ユミちゃんと私で二本の矢。」

「なるほど、二本の矢なんですね。でも、三本ないと折れちゃうんじゃなかったっけ。」

「えーと、その話、どっかで聞いたことがある気がする。」

「三本の矢の教え、毛利さんの逸話かな。アキ姉さん、知ってる?」

「失礼ね。知っているわよ。あのすぐに眠らされて喋りだす探偵さんのことよね。」

「アキ姉さんは、アニメばっかりみているから、そうなっちゃったの?」

「えーと、どっかの武将さんだったっけ。」

「甲斐の国かな。」

「ユミちゃん、詳しいね。でも折れないようにもう一本、矢が必要ね。」

「メンバーを増やす?」

「すぐには無理かな。」

「それで、ユミのお願い!私たちが折れないように、会場のみなさん『ユナイテッドアローズ』を応援して、私たちとユナイトして。お願い。」

「そうすれば、三本どころか300本の矢になって、絶対に折れることがなくなるんだ。」

二人で声を合わせる。

「私たちとユナイトしてくれますか?」

会場の何人から「ユナイト」するという声が帰って来た。

「アキ姉さん、まだ少ないみたい。どうすればいいかな。」

「やっぱり、歌って私たちがお客さんのハートを射貫かないと。ハートを射貫けば、ユナイトしてくれると思う。」

「分かった。アキ姉さんといっしょに歌おう。」

「了解。」

「次の曲は『ユナイテッドアローズ』のオリジナル曲。」

「『あんなに約束したのに』」

 ユミの歌はまだ不安定なところもあったが、無難に 『あんなに約束したのに』のパフォーマンスを終える。

「みんな、有難う。『ユナイテッドアローズ』で、」

「『あんなに約束したのに』でした。」

「ユミちゃん、いい曲だよね。」

「はい、アキ姉さん、奇麗なメロディーですが、約束をすっぽかされて、連絡も取れなくなって、それでも約束した場所に何日も行って一人で泣いている女の子の気持ちを歌った歌です。」

「みんなは、女の子との約束をすっぽかしちゃダメだよ。絶対に。」

会場から「約束してくれる女の子がいない。」という声が帰ってきた。

「じゃあ、私たち、みんなに約束して欲しいことがあるんだ。」

「はい、ユミたち『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブを、」

「12月18日の昼に、この『Shibuya Ring』で開催するよ。」

「みんな参加するって、アキ姉さんとユミと約束してくれる?」

「入場料は何と2500円です。」

会場から「約束する!」という声がちらほら聞こえた。

「おお、みんな意外に値段に敏感なんだ。」

「みんな、しっかりした良い旦那さんになりそう。」

「そうね。しかも、演奏は何と生バンド。」

客席から「おー。」という声が上がる。

「ホントだよ。」

「セミプロのガールズバンドなんだけど、演奏はしっかりしているから。」

客席からより大きな「おー。」という声が上がる。

「何々、みんなガールズバンドに反応しているの?」

「アキ姉さん、そうみたいですね。」

「じゃあ、バンドに負けないようにもっともっと練習しなくちゃね。」

「はい、頑張ります。」

「それじゃあ、私たちの12月18日のワンマンライブに来るって約束してくれる人!」

20人ぐらいから「はーい。」という声が上がった。

「ユミとも約束してくれる人!」

同じく、20人ぐらいから「はーい。」という声が上がった。

「みんな有難う。」「有難う。」

「いっぱい約束したよ。」「あんなに約束したよ。」

「それじゃあ、次が最後の曲になるよ。」

会場から「えーという声が上がる。」

「ごめんなさい。ユミの練習が追いついていなくて、まだ3曲しか、ちゃんと歌えないの。」

会場から「分かった。」「頑張れ。」という声が上がる。

「それでは歌うよ。」

「ユミが大好きな『アイドルライン』の曲をもう1曲カバーするよ。」

「『ジャンプイン』」

二人が『ジャンプイン』のパフォーマンスを終えると、今日一番大きな拍手で起きる。

「みんな、有難う。」

「みんな、本当に有難う。『アイドルライン』の『ジャンプイン』を歌ったよ。」

「この後、上のフロアーで物販会を開催するんだ。」

「今日歌った3曲が入ったCDの販売と、チェキ撮影会を開催するよ。」

「私はオタクな話しが好きなので、是非、遊びに来てね。」

「ユミは、『アイドルライン』と『トリプレット』が大好きだから、みんなの好きなアイドルの話しが聞きたいな。」

「ユミちゃんが物販初体験なので、今日は、チェキ撮影やCDへのサインはユミちゃんと私が一緒に行うつもり。」

「アキ姉さんとユミと一緒のチェキ写真、一緒にサインしたCD、是非ゲットしてね。」

「これからの『ユナイテッドアローズ』と『アキ』単独の出演予定は、それぞれ、ホームページに掲載するので、是非、チェックしてね。そのページのURLは入口のチラシを見てね。」

二人が手をつないで、お礼をする。

「今日は本当に有難う。」

「それじゃあ、また、一緒に」

「ユナイトしよう!」

「またねー。」「バイバイ。」

二人は手をつないだまま、舞台袖に下がっていった。


 誠はステージが無事に終わってホッと一息ついた。

「それじゃあ、湘南さん行くですねー。」

「はい、それでは出発しましょう。」

「はい。」「Let’s go!」

3人はホールを後にした。歩きながらミサが誠に話しかける。

「アキさん、夏に聴いた時より歌が上達していた。前のグループと比べると段違い。」

「有難うございます。」

「あと、二人ともMCが上手だった。息もピッタリあっていたし、MCは私じゃ敵わないかもしれない。」

「そんなことはないと思います。」

「ううん、自分で分かる。でも、MCの練習もしているの?」

「はい、ユミさんの家で、二人で自然に話しているように聞こえるまで、何回も何回も練習しているみたいです。」

「自然に話しているように聞こえるまでか、私もライブのMCも、もっと練習しなくちゃね。」

「ミサ、ホールはどうでしたねー。こういう小さいところは見るのも初めてですねー?」

「1500人ぐらいのホールなら聴きに行ったことがあるけど、こんなに小さいところは初めて。ここは、ロックもできるんだよね。」

「はい、平田社長さんと相談して、12月18日は昼から『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブをするのですが、その夜はパラダイス興行主催で大学のアマチュアロックバンドを集めてライブをするそうです。」

「そうなんだ。」

「はい。『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブで、手焼きですがアルバムを出すので、その準備を頑張っているところです。とは言っても、大部分がカバー曲になりますが。」

「そうなんだ。でも、そういうことはもっと前に教えて。誠の音楽に関することは、できるだけ力になるから。」

「全米デビューを控えている鈴木さんのお邪魔になると、日本の音楽業界のためにならないかなと思って。」

「できることしかできないけど、そんなことは心配しなくていいから。ナンシー、12月18日は空いている?」

「今のところ空いているですねー。」

「それじゃあ、その日の午後は予定を入れないようにしておいて。」

「分かりましたですねー。私用と書いておくですねー。湘南さん、ライブの時は私がミサについているから大丈夫ですねー。」

「有難うございます。僕もそばで見張るようにします。」

「有難うですねー。」

「でも、こういうところでライブをしてみたいかも。」

「もしかするとですが、アメリカでは、こういう小さいところでたくさんのライブをこなさなくてはいけなくなるかもしれません。」

「湘南さん、良く分かっているですねー。小さいホールを一日に2~3軒まわって、宣伝することが必要になるかもしれないですねー。」

「本当のロック歌手になりたいなら、純粋なロックのライブにも参加する必要があるからです。」

「純粋なロックだと、大きなライブには呼ばれないからということね。」

「はい。もちろん、アニソンの大きなライブに参加して関係者に知ってもらえれば、純粋なロックのライブにも呼んでもらいやすくなります。」

「湘南さんの言う通りですねー。」

「二人の言う通りだと思う。だから、それは覚悟する。逆にたくさん歌えるって思うことにする。」

「はい。気の持ち方が大切だと思います。」


 三人が、貸会議室に到着し、エレベーターで予約した部屋の階まで上がり、その部屋に入った。

「湘南さん、何時まで借りているですねー。」

「2時間ですので、4時半までです。」

「それでは4時25分に迎えに来るですねー。」

「えっ!」

「ナンシーはショッピング?」

「予定を変えたですねー。『Shibuya Ring』に戻るですねー。」

「それじゃあ、行ってらっしゃい。」

「ナンシーさん、鈴木さんを男性と二人にして、鈴木さんのマネージャーとしてそれでいいんですか。」

「ここは誰にも見られないから、大丈夫ですねー。湘南さん、ミサを頼んだですねー。それではまたですねー。」

「ナンシー、行ってらっしゃい。」

ナンシーが部屋を出ていく。

「ナンシーさんの連絡先は分かるんですよね。」

「はい、それは。」

「分かりました。こうしていても仕方がありませんので、作業を始めましょうか。」

「お願いします。その前に誠が作曲した『あんなに約束したのに』が、あのライブですごくいい感じだったけど、あの歌い方を指導したのは誠なの?」

「さすがにそれは違います。マリさんと言って、ユミさんのお母さんです。」

「そうなんだ。音楽をやっていたの?」

「はい、音楽大学で声楽を専門にしていたとのことです。マリさん自身もすごい歌がお上手です。元々はクラッシックのソプラノですが、今はそれ以外も歌うみたいです。」

「そうなんだ。どんな人なの?」

「良くは分かりませんが、お子さんが二人いて、基本的には専業主婦をしています。今は、アキさんやユミさんに歌の指導するのが趣味のようです。あー、でも、12月のワンマンライブには自分もアイドルとして出ると言って、今、ダンスの特訓をしているみたいです。」

「自分も出演するって、お綺麗な方?」

「一応綺麗な人だと思います。」

「そうなの。・・・・でも、二人の歌、私の仮歌より共感できるというか、心に来るものがあって本当に驚いた。」

「鈴木さんの仮歌?明日夏さんと妹が歌っていたものは聴きましたが。」

「ごめんなさい。あの曲の仮歌、明日夏と尚が歌っているけど、指導は私がしたの。」

「そうなんですね。有難うございます。マリさんは解釈を変えたと言っていました。」

「解釈か・・・・・。」

「どうしたんですか?」

「私じゃ、まだまだなのかなって思って。」

「鈴木さんは、まだ若いですし。マリさんは31歳、鈴木さんより一回り上で、経験も違うと思います。」

「私も、もうすぐ二十歳、頑張らないと。」

「失礼かもしれませんが、鈴木さんの誕生日の3月31日には鈴木さん用の曲を贈る予定です。もちろん、僕ではレベル的にはまだまだとは思いますが、それぐらいしか僕からお贈りできるものが思いつかなくて。」

「本当に、嬉しい!まだ半年先だけど、楽しみにしている。曲をもらったら歌詞は、明日夏みたいに自分でつけてみるね。」

「有難うございます。全力でがんばります。それでは時間も限られていますし、持ち物に盗聴器が仕掛けられていないかチェックしてみます。まず、電波が干渉すると面倒ですので、スマフォをこの箱に入れてください。」

「スマフォは鞄に入っています。あと、靴もだよね。」

「はい、お願いします。」

ミサはナンシーが言った「体の隅々まで」という言葉を思い出して、首を振って、靴を脱いで、靴と鞄を誠に渡した。

「ポケットに入っているものはありますか。」

「分かった。全部出す。」

ミサがポケットのものを全部出した。

「服にボタンはなさそうですから、それは大丈夫ですね。」

「うん、ないと思う。」

「それではこれから調べますが、調べている間にですが、ナンシーさんの歌を聴いてみませんか?」

「ナンシーの歌。そう言えば聴いたことがなかったけど、どこで録ったの?」

「この間の『あんなに約束したのに』のレコーディングで余っている時間に録りました。」

「そう言えば、ナンシー、誠たちのレコーディングを手伝ったって言っていたわね。」

「はい。ナンシーさんが好きな曲の他に『Fly!Fly!Fly!』の英語バージョンも歌ってもらっていますので、是非聞いてみてください。」

「分かった。」

「イヤフォンはお持ちですか?」

「うん、持っている。」

誠は分岐ケーブルをパソコンに接続しながら、ミサのイヤフォンを受け取った。誠が「これは、鈴木さんの耳に合わせた特注品のイヤフォンだ。さすがだな。」と思いながらイヤフォンを接続した。

「2曲入っています。その2曲でエンドレス再生に設定してあります。」

「有難う。」

「それでは、再生します。」

ミサはイヤフォンからナンシーの歌を聴き始めた。誠は、ワイドバンドレシーバーや拡大鏡を取り出し、持ち物のチェックを開始した。


 30分ぐらい経って、チェックが終了した。

「はい、大丈夫だと思います。持ち物から電波は出ていませんし、盗聴器をしかけた形跡もありません。」

ミサは、ナンシーの歌を聴いて感心していた。そして、ナンシーが歌を歌っていたと言っていたのに、ナンシーがどんなふうに歌うのか興味を持たなかった自分を反省していた。盗聴器のことはもう頭になかった。ミサが誠を見つめながら話す。

「ナンシーの歌、聴かせてくれて有難う。歌を聞いたことがなかったんだけど、ナンシー、こんなにロックが歌えるんだ。」

誠も見つめ返さないわけにはいかないので、見つめながら返事をする。

「ナンシーさんがレコーディングスタジオで歌ったことがないというので、アキさんたちのレコーディングで余った時間で録音したものです。僕も初めて聴いた時は驚きました。英語の歌ならば、鈴木さんの参考になるんじゃないかと思って、聴いてもらいました。」

「うん、すごい参考になった。本当に。歌い方を真似してみようと思うところが何か所もあった。」

「それでもナンシーさん、アメリカでプロの歌手のオーディションを何回受けても、一回も受からなかったそうです。」

「そうなんだ。これだけ歌えるのに。アメリカの音楽界は厳しいんだと思う。ナンシーがああいうことを言う理由が分かった。」

「ああいうことって?」

「お客さんが集まるならば、アニメのような服を着てでも出演して、もっと歌が上手になるまでの時間を稼げって。」

「確かに、鈴木さんは日本人でアニメとの相性はいいですし、美人でスタイルが人並外れて良いですから、そういう方法もあるとは思います。」

「びっ、美人でスタイルが良いって。」

「他意はありません。ナンシーさんが言うアニメのような服を着る方法は有効である可能性が高いと言いたかっただけです。」

「そっ、そうよね。でも、ナンシーの歌い方、とっても勉強になった。有難うね」

「はい。歌い方とか想いを伝える力みたいなところはナンシーさんの歌が参考になると思います。ただ、声自体は鈴木さんの方が奇麗な声をしていますし、サビで綺麗に伸びきる声量もあります。」

「有難う。でも、私、これからも歌手としてやっていけると思う?」

「僕に分かるレベルではないですが、個人的には、正統派歌手としての素質は日本で一番あると思います。」

「そう言ってもらえると、頑張る気になるよ。でも、私、小学生のころからずうっと引きこもりだったし、きっと色々経験が不足しているんだと思う。久美先輩や由香は別格としても、明日夏や亜美にも子供扱いされるし。」

「鈴木さんを子供扱いするんですか?」

「誠とパスカルさんの漫画を、私にはまだ早いからと言って、二人が見せてくれないの。」

「あーーーーーーー、あれですか。正直言って、あれは見ない方がいいと思います。」

「なに、誠まで、私を子供扱い?」

「そういう訳ではないのですが、コッコさんの絵がそれなりに上手ですので、一般の普通の人にとっても、あれは有害図書です。」

「そうなの?まあいいけど。橘さんは、誠と二人で大人になれって言うし。勝手にそういうことを言うのは、誠に失礼よね。」

「橘さん、僕にもそういうことを言っていました。鈴木さんに失礼になりますので、注意しておきました。」

「そうなんだ。久美先輩、誠にも言っていたんだ。ナンシーは、誠の胸にレッツゴーとか言っているけどね。」

「分かりました。ナンシーさんにも厳重に注意しておきます。」

「しかし、二人で大人になれって、具体的には何をすればいいんだろう?」

「・・・・・・・・・。」

「誠と恋愛をしろって言っているようには思うけど?」

「基本的にはそうだと思います。」

「久美先輩もナンシーも、誠を信用しているから言っているみたいだけど、歌のために恋愛をしろって、やっぱりダメだよね?」

「それはダメだと思います。鈴木さんが本当に好きな人と恋愛をすべきです。」

「うん、誠の言う通りだよね。あっ、ごめんなさい。誠が好きじゃないというわけではないからね。それは絶対にない。」

「信用はしてもらえているということですよね。」

「それは、そう。それに、いっしょに音楽の話をしていると楽しいし。」

「音楽仲間ということですよね。」

「その通り・・・。」

「それでは、音楽の話をしましょうか。洋楽だと、どんな歌手が好きですか?」

「えーとねえ、私とはタイプが違うけれど、ティナ・ターナーかな。」

「分かりました。サブスクリプションにあると思いますので、一緒に聴きましょう。」

誠が自分のイヤフォンを分岐ケーブルに取り付けようとする。

「誠、私のイヤフォンの片方で聴いてみない。同じ音を共有する音楽仲間みたいだし、話し声も聞こえる。」

「そのイヤフォンは鈴木さんの耳で型を取ったものですから、他の人は使えないです。」

「じゃあ、誠のイヤフォンの片方を貸して。」

誠のイヤフォンの片方を貸そうとしたときに、急に頭に明日夏の悲しそうな顔が浮かんだ。

「このイヤフォンは昔から使っていて古くて汚いですから、予備のイヤフォンを出します。新品でこのイヤフォンより性能も高いです。」

「私はその古いのでも大丈夫だけど、分かった。イヤフォンは何でもいい。」

誠は分岐ケーブルを外して、新品のイヤフォンを封を破って取り出し、パソコンに取り付けて、パソコンを操作した。ミサが尋ねる。

「誠、その画面は?」

「マルチトラックレコーダー&ミキシングソフトです。このソフトを使って、左右音源を合わせて一つの音にしてから、また左右に分けます。これで、左右のイヤフォンで同じ音が聴けます。」

「本当に左右同じ音が聞こえるのね。誠、すごい。」

「鈴木さんの音楽スタッフに比べれば足元にもおよびません。」

「そんなことはないと思うけど。レコーディングのときに使う機械みたいな感じね。」

「はい、本当はレコーディングやミキシングに使うソフトです。アキさんやナンシーさんの歌もこれを使って録音しました。」

「そうなんだ。」

「音は同じですが、イヤフォンは右と左、どっちがいいですか?」

「それじゃあ、右で。」

「分かりました。」

誠は手が触れないように注意しながら、ミサに右のイヤフォンを渡した。

「それでは、スタートします。」

「はい。」


 ライブが終わり、アキ、ユキ、パスカル、マリは上の階の物販会場に移動した。

「コッコちゃん、設営ありがとう。ラッキーさんは?」

「物販スペースの設営をしてから、下に行ったから、まだ下でライブを見ているんじゃないかな。」

「ラッキーさんは、ライブが終わってからでも大丈夫だしな。それじゃあ、チェキ撮影の準備をするから、コッコちゃんは休んでいて。」

「サンキュー。アキちゃん、ユミちゃん、ライブどうだった?」

「お客さんの反応が心配だったけれど全然大丈夫だった。ユミちゃんのパフォーマンスもMCも完璧で、お客さんもかなり盛り上がっていた。」

「ユミちゃん、すごいね。」

「アキ姉さんとの練習の成果です。」

「楽しかった?」

「はい、楽しかったです。」

「歌は、まだまだ練習しなくてはいけないかな。」

「分かっている。ママ。これからも歌の練習、頑張るから。」

「パスカルと湘南は、しばらくはユミちゃんはMCで特徴を出した方がいいと思っているみたいだけどね。」

「そっちも頑張る。溝口エイジェンシーの試験は演技の方が大切みたいだし。」

「次は物販だけど、今日はユミちゃんは私と二人で一人のお客さんを相手にするし、パスカルも後で見ているから安心して。」

「はい、大船に乗った気持ちでいます。」

 ライブが終わったアイドルやそのスタッフたちが順番に物販会場にやってきて、物販の準備を始めていた。ライブのセッションが続いていたが、お客が徐々に『ユナイテッドアローズ』の物販スペースに来始めていた。

「RX78、こんにちは。いつも有難うございます。ポーズはどうしますか。」

「それじゃあ、ユミちゃんが真ん中で、アキちゃんと僕が手でハートを作るポーズで。」

「分かりました。」

3人がポーズを取ると、コッコが撮影する。

「はい、チーズ。」

コッコが撮影したチェキ写真をユミに渡し、ユミがサインを始める。

「アキちゃん、ユニットを作ったんだって。」

「はい、このユミちゃんと。可愛いでしょう。」

ユミがアキにチェキ写真を渡す。

「ユミといいます。アイドルの話が詳しいです。」

「おじさんは、平成のアイドルなら分かるけど。」

「私は昭和のアイドルの方が分かるかな。中森明菜とか。」

「おお、アキちゃん、さすが。僕はモーニング娘とかかな。」

アキがRX78にチェキ写真を渡す。

「そういう歌も取り入れてみようかな。」

「是非。」

「分かった。音楽担当と相談してみるね。」

「それじゃあ、すぐにCDを買いに来るから。」

「有難うございます。」

「有難うございます。」

次のお客に関して、コッコが指示を出す。

「CDのお客さんです。」

「有難うございます。お名前は?」

「なまけものです。」

「それじゃあ、ユミちゃん、先にサインを書いて。なまけものさんは、アイドルのファンなんですか。」

「『アイドルライン』のファンだった。」

ユミが答える。

「私もそうでした。解散して残念です。」

「その通り。」

「アキ姉さん、サインお願いします。私はその後『トリプレット』のファンになりましたが、なまけものさんは。」

「僕は『アイドルライン』以外には考えられないかな。」

「『トリプレット』は?」

「悪くはないんだけど、なんとなく近寄りがたいところがあるんだよ。」

「それじゃあ、次の推しが見つかるまで、ユミたち『ユナイテッドアローズ』とユナイトしてくれないかな。」

「ああ、今日聴いてそうしようと思ったよ。」

アキがCDを渡す。

「有難うございます。それでしたら、是非。ワンマンライブにも。」

「有難うございます。」

「有難う。また来る。」

次の客が来る。

「チェキをお願い。」

「ポーズは?」

「二人が並んで、僕が後ろかな。」

「分かりました。」

コッコがチェキ写真を撮影して、ユミに渡す。

「お名前は?」

「トムルーズ。二人は本当の兄弟みたいだね。」

「ユミちゃんとは趣味が近いから、本当に仲良しだよ。トムルーズは、映画が好きなんですか?」

「うーん、トムクルーズが憧れかな。トムクルーズより緩んでいるから、トムルーズ。」

「そんなことはないです。パイロットが似合うかも。」

「有難う。」

ユミがアキにチェキ写真を渡す。

「はい、アキ姉さん。私もアキ姉さんといっしょに練習している時間が一番楽しいかな。」

「ユミちゃん、小学生なのにしっかりしているね。」

「有難うございます。トムルーズさんは、すごくいいチェキ写りしている。」

「チェキ写りか。有難う。」

アキがトムルーズにチェキ写真を渡す。

「有難うございました。」

「有難うございました。」

「それじゃあ、また。」


 物販の待機列がだんだんと伸び始め、途中からラッキーが来て列の整理を始めた。途中、ナンシーがやってきて、チェキを撮影したり、パスカルと話をした後、帰っていった。そして、物販は無事に終了した。その後、アキたち3人はカラオケ店に戻り服を着替え、残りの3人は物販の後片付けをしてから、両グループが待ち合わせて、反省会の喫茶店に向かった。

「コッコ、売り上げはどうだった?」

「今日はチェキもサインも、アキちゃんとユミちゃんのペア限定だったから効率は悪かったけど、それでも今までの最高より1.5倍ぐらいは売れたかな。」

「それはすごい。」

「ユミちゃんが初出演だから、今日はご祝儀みたいなところもあるのだろうけど、新規のお客さんも多かったし、滑り出しは順調だと思う。」

「プロデューサーさん、有難うございます。」

「ユミちゃんを真ん中でというチェキが多かったけど、あれは、アキちゃんが奥さんで、ユミちゃんが子供という感じなんだろうな。」

「パスカルちゃんは、それをキモイと思うわけ。」

「ちょっとな。でも俺もそう見られているんだろうな。」

「まあ妄想の範囲で留まるならいいんじゃないの。」

「アキちゃん、大人だね。」

「そうじゃないと、この商売はやっていけない。」

「私もアキ姉さんの言う通りだと思います。」

「でも、ミサちゃんみたいになると大変。」

「アキちゃんのファンは俺が物販で、湘南がSNSをチェックしているけど、危ない奴は今のところいないと思う。ミサちゃんの場合、本名も誕生日も明かしていないし、ファンは事務所がチェックしているんだろうけど、数が多いから大変だろうね。」

「湘南は、ミサちゃんの本名とか知っているのかな。」

「知っているかもしれないけど、それは聞かないでおいてやろう。」

「分かった。」

「湘南を思いやるパスカル。」

「ユミちゃん、他のユニットのプロデューサからも、いい子を見つけてきたねと誉められたよ。まあ、俺が見つけたわけじゃないけどな。でも、これからはユミちゃんのことも考えないとな。」

「私は?」

「マリちゃんもステージに立ったら気を付けます。」

「有難う。」

「でも、パスカル、実はパスカルには素敵な女の子の取り巻きがいるんじゃない。」

「ねーよ。」

「ただ、適度な距離を取ってあまり近づいてこないだけ。」

「そういうことは、ワンマンで120入ったら、いくらでも言っていいから。」

「パスカル、厳しい。」


 誠とミサが貸会議室で音楽を聴きながらおしゃべりを始めてから、1時間以上が過ぎた。そして、4時20分ごろに、ナンシーから誠にSNSの通話が入った。

「いま、建物の下ですねー。行っても大丈夫ですかねー?」

ミサと対面でずうっと見つめながら話していた緊張が解けて、少しだけホッとしながら返答をする。

「はい、大丈夫です。」

「分かったですねー。行くですねー。」

ナンシーからの通話が切れた。

「ナンシーさんが来るようですで、ごみの片付けをしますので、座っていて下さい。」

「私も手伝う。」

「それでは、3つの袋に、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトルを分けて入れてください。」

「はい。」

入口の扉がノックされ、ナンシーが入ってきた。

「証拠隠滅の最中ですねー。」

「ごみを片付けているだけです。」

「それじゃあ、ごみのチェックをするですねー。」

「どうぞ。」

「つまらないですねー。手を握ったりしなかったんですかねー。」

「しません。鈴木さんに触れないように、細心の注意を払っていました。」

「役立たずですねー。」

「役立たずって。」

ミサの方を向いて言う。

「見つめ合ったりはしたですねー?」

「・・・・・だって、向かい合わせだったし。音楽を聴いたり、話したりしながらだけど。」

「ミサは見つめていたですねー。湘南さんは?」

「それは、・・・・はい。」

「少しは役に立ったですねー。」

「少しは役に立ったって。」

「湘南さん、次は見つめあった後は、手を握るといいですねー。」

「ナンシーさん、鈴木さんと僕は、音楽仲間ですから。」

「そっ、その通りです。」

「そのぐらいのことは中学生でもやるですね。ミサの社会復帰のリハビリですねー。」

「ナンシーさん、急いで無理をしてもいいことはないと思います。」

「アメリカデビューまで、時間がなくなってきて、時間がもったいないんですねー。」

「でも、二人で大人になるとか、僕の胸にレッツゴーの意味が分からないようで、尋ねられたのですが、そういう話は、まだ鈴木さんには話さないほうがいいと思います。」

「ミサは、それを湘南さんに尋ねたんですかねー。」

「うん、言っている意味が、抽象的過ぎてよく分からなかったから・・・・。久美先輩とナンシーが誠を信用していることは良く分かっているし。」

「抽象的ですねー。思ったより重症かもしれないですねー。」

「ですから、今は音楽の話をするのがいいと思います。」

「一刻も早い治療が必要ですねー。」

「あの。」

「早期発見、早期治療が一番ですねー。」

「病気とは違うと思います。ナンシーさん、歌は上手ですが、もう少し鈴木さんのことを考えましょう。」

「ミサのことを本当に考えているんですねー。」

「そう言えば、誠の勧めでナンシーの歌を聴いたんだけど、とっても良かった。」

「私の歌を聴いてくれたんですねー?」

「はい、何回も聴いていました。」

「とっても勉強になった。私もああいう風に歌えるようになりたい。」

「それでは、久美と私の言うことを聞くといいですねー。」

「言うことって?」

「それじゃあ、ミサのセクシー攻撃でこの堅物を破壊してみるといいですねー。」

「ナンシー、そんな動機で誠を誘惑したら、尚が怖いわよ。」

「そうでしたねー。それが湘南さんの問題だったんですねー。」

「だから誠が言っているように、誠は私の音楽仲間で、後は尚のお兄さん。」

「でも、ミサ、そんな悠長なことを言っていると、湘南さんをマリさんに取られちゃうかもしれないですねー。」

「取られるって。でも、マリさんって、31歳二児の母なのに?」

「湘南さん、私が見るところですねー、ユミさん、アキさん、マリさんの中で、湘南さんが一番素敵と思う女性はマリさんですねー?」

「マリさんには旦那さんもいますし、ナンシーさんが想像しているような関係には絶対ならないですが、それはナンシーさんの言う通りだと思います。」

「湘南さんの好みは清楚な人妻タイプですねー。」

「そういうわけではないですが。マリさんは、二人のお子さんを育てながらも、自由な雰囲気を持ち続けているのは、何と言いますか、素敵だと思います。」

「・・・・・・・・。」

「それに、マリさんはユミちゃんに、パスカルさんや湘南さんみたいな男性を旦那さんに勧めているですね。」

「ユミさん自身は、もっとイケメンで甲斐性がある方がいいとはっきり言っています。」

「でも、湘南さんと長く活動をすると分からないですねー。」

「・・・・・・・・。」

「まあ、そういうことですねー。ミサはいろいろ考えるといいですねー。湘南さん、申し訳ないですが、ミサは6時から雑誌の取材があるから、もう行くですねー。」

3人が貸事務所から出る。

「昨日、ワンマンライブが終わったばかりなのに、本当に大変ですね。」

「うん。ワンマンが終わって少し楽になったけど、全米デビューまでは休みが月に2日ぐらいしかないの。」

「応援することしかできませんが、何か僕にできることがありましたら、何でも言ってください。音楽仲間として頑張ります。」

「有難う。」

「今日は、このためにスケジュールを開けたんですねー。湘南さん、次はミサのリハビリ、もっとしっかりとお願いするですねー。」

「ナンシーさん、僕が鈴木さんのためになると思えば、頑張ります。」

「ミサは私のように歌えるようになりたいと言っているんですねー。それに、女のことは、私の方が湘南さんより良く分かるんですねー。」

「二人とも良く分かった。誠もナンシーとも信用しているから任せる。」

「まず、湘南さんを先に教育することが必要そうなんですねー。」

「だから、ナンシー、誠に変なことをしちゃだめよ。」

「それは分かっているんですねー。湘南さんに変なことをすると、星野さんに殺される気がするんですねー。」

「尚に殺されるの?」

「シンガポールの夕食会では、そんなすごく怖い目をしていたんですねー。」

「確かに、誠に酷いことをすると、尚、すごく恨んで何をするか分からないかもね。だから、誠とは誠実に接するようにしないとだめ。」

「分かりましたですねー。真面目に教育するですねー。湘南さん、男女二人きりで目を離さず1分間見つめあったら、手を重ねてもいいですねー。」

「1分間というのは、ナンシーさんの基準なんですか?」

「私の場合は20秒で大丈夫ですねー。ミサだから3倍にしたですねー。」

「うーん、素質や生まれてからの経験で基準は大きく変わりますので、三倍にすることに、論理の飛躍があるかもしれません。」

「湘南さんは、面倒くさい人ですねー。」

「すみません。」

道に出たところで、ミサのリムジンが待っていた。

「もう少し湘南さんを教育したいですねー。でも、ミサと私はもう行かないといけないですねー。」

「ナンシー、分かった。誠はこの後どうするの?」

「今日のイベントの反省会を喫茶店でやっているそうですので、今から参加します。」

「そうなんだ。時間を取ってしまって、ごめんなさい。」

「いえ、大丈夫です。いつでも会えるメンバーですので、気にしないでください。」

「有難う。誠のことは一番信用しているけど、ユミさんは小学生ですし、マリさんもご主人がいらっしゃるなら、あまり、何と言うか、親密にならないように、あの、した方がいいと思います。」

「ナンシーさんが言うような心配はいらないと思いますが、はい、気を付けます。」

「今日は楽しかった。それじゃあ、誠、また。」

「湘南さん、また。」

「僕も面白かったです。また、お願いします。」


 ミサとナンシーはリムジンに乗って事務所に戻って行った。誠は、反省会をやっている喫茶店に向かった。リムジンに乗って、誠にもう会いたくなったミサがつぶやく。

「また会う約束をしておけばよかったな。」

ナンシーが叫ぶ。

「Oh、No!忘れていたですねー。」

「ナンシー、何か忘れ物?今からの取材の何か?」

「そうじゃないですねー。湘南さんとの約束ですねー。今、決めちゃえば良かったですねー。」

「何を?」

「この間のアキさんたちのレコーディングのときに、湘南さんにヘルツレコードでのレコーディングとの違いを尋ねられたですねー。それで、それならミサのレコーディングのときに見に来るといいですねー、と言ったですねー。ミサにいいかどうか聞くのを忘れたですねー。11月のレコーディングに湘南さんを呼んでもいいですかねー?」

「11月は全米で売り出す英語の歌のレコーディングだよね?私はもちろん大歓迎だけど、ヘルツレコードの方は大丈夫?」

「バイトで溝口エイジェンシーのスタッフになってもらうですねー。」

「分かった。それなら頑張らないと。」

「プロのすごさを見せてやるですねー。」

「そうね。ナンシーの歌も参考に頑張って練習する。」

「そうじゃないですねー。いつものTシャツ、ジーンズよりもっとセクシーな服で来るですねー。」

「プロのすごさって、服のことなの?セクシーと言われても、シンガポールの打ち上げとか、この前のライブみたいな服はさすがに変でしょう。」

「ミサも、あの服がセクシーということは分かるですねー。もしかして、本当はあの服を着ているところを湘南さんに見せたくて、飛び出して行ったですねー?」

「そういうことはないよ。ナンシーのことをお詫びしなくちゃと思っただけだよ。誠たちが同じホテルへ向かっていたのは、ワゴンの中から見えたから、近くにいることは知ってたけど。」

「うーん、さっきの部屋に冷蔵庫はあったですねー?」

「うん、誠が飲み物を出したから、あったよ。」

「時計は?」

「誠が時々確認していたから、あった。」

「机と椅子以外で、他にあったものは何ですねー。」

「ナンシー、そんなの知っているわけないでしょう。」

「ミサは湘南さんしか見ていなかったですねー。何分間ぐらい見つめあっていたですねー。」

「向かい合わせだったから、普通に一時間よりは長かったと思うけど。」

「湘南さんもですねー。」

「そういうことになるのかな。」

「やっぱり、湘南さんの教育が必要ですねー。」

「・・・・・・それでナンシーはどんな服がいいと思うの?結構、寒くなってきていると思うけど。」

「うーん、大きさがピッタリした薄手のニットのシャツとかですねー。」

「それなら着れるけど、でも、それがセクシーなの?」

「ミサが着ればセクシーになるですねー。」

「セクシーじゃないと思うけど、ナンシーが言う通り着てみるよ。」

「湘南さんや周りの男性の反応が楽しみなんですねー。」

「そうなの?」

「そうなんですねー。」

「まあ、いいけど。」


 誠が反省会をやっている喫茶店に到着した。

「遅れて申し訳ありません。」

「湘南ちゃん、夏の海の漫画は描きあがったけれど、もう少しエピソードが欲しいから、今日も面白い絡みを頼むよ。」

「普通にしているだけです。」

「この間の誕生日に、妹子が湘南にハッピーバースデーを歌って、湘南が涙を流していたんだけど、それに気が付いたのがパスカルだけだった。」

「何それ。頂きだな。」

「アキちゃん、余計なことは言わない。」

「アキちゃん、じゃあ、後でパスカルちゃんと湘南ちゃんがいなくなったら教えて。」

「分かった。」

「ところで、湘南、頼まれごとって、何やってたんだ。」

「知り合いに依頼されて、持ち物に盗聴器のようなものが仕掛けられていないかどうか、チェックをしていました。」

コッコとアキが顔を見合わせる。

「盗聴器のチェック。すると湘南ちゃんが会っていたのは女か?」

「うん、女ね。」

「湘南がそんなはずはないだろう。」

「パスカルちゃん、焦っているね。」

「そんなことはないけれど、そんな相手が湘南にいるとは思えない。」

「鈴木さんという女性といえば女性の方です。」

「出た、鈴木さん。」

「何々、アキちゃん、知っているの?」

「話だけだけど、スポーツウーマンで湘南の小さいときからの知り合いみたい。」

「なるほど。時間的に考えて道玄坂のホテルの休憩で、湘南ちゃんは鈴木さんの頭の先からつま先まで、盗聴器が仕掛けられてないか念入りに調べていたのか。」

「持ち物と小物を調べただけです。それに、コッコさん小学生もいるので、変なことは言わないでください。」

「湘南兄さん、私なら心配しなくても大丈夫です。」

「でも、湘南から香水の香りも石鹸の匂いもしないんだけど、本当に女性と会っていたの?」

「アキちゃん、さすがに石鹸の匂いって、・・・・おっ、同じ石鹸の匂いがするというのはネタになりそうだ。サンキュー、アキちゃん。」

「コッコ、そういう意味じゃないわよ。」

「それじゃあ、どういう意味。」

「そういう意味か。まあ、いいわ。」

「でも、やっぱり脳内彼女か?湘南らしいな。」

「一応、香水などは付けない人ですから。」

「アキちゃん、湘南さんは疲れているみたいだけど、そっちじゃないと思うわよ。」

「マリちゃんも、みなさんも、アイドルにはふさわしくない話題はもう止めましょう。」

「プロデューサー、了解。湘南さん、気を使って疲れているという感じがするから、女性の持ち物の盗聴器を調べていたというのが正解だと思う。」

「さすがマリちゃん。洞察が深い。」

「アキちゃんも結婚すると、匂いとかの浮気チェックが厳しそうね。」

「もちろん。」

「パスカルさん、湘南さん、分かった。浮気はバレるからだめよ。」

「分かっています。それにしても、みなさん怖すぎて俺には何も言えないです。ただ、今の俺達に浮気の心配は杞憂です。」

「それは、パスカルさんの言う通りです。」

「そうね。二人とも一人目を探さなくちゃ、だわよね。」

「ところで、湘南兄さん、会場で湘南兄さんのすぐそばで、ナンシーさんの反対側、えーと、湘南兄さんからだと左側にもう一人女性がいましたけれど、鈴木さんと言うのはその方ですか?」

「もし、一番後ろの段ならば、ユミさんが言う通りです。」

「はい、一番後ろの段でした。ナンシーさんがすごく騒いでいる横で、湘南兄さんと鈴木さんは黙ってこっちを見ていました。鈴木さん、マスクをしていたので、顔は分かりませんでしたが、確かに雰囲気がスポーツウーマンみたいな感じでした。」

「ユミちゃんのチェックも厳しい。でも、ユミちゃん、湘南が見えていたんだ。」

「一番後ろの段の一番前で、こっちをジーっと見ているのが見えました。」

「初めてのステージなのにさすがね。私の初めてのステージの時なんて、周りはほとんど見えていなかったわ。」

「私も本当はあがっていました。でも、隣にアキ姉さんがいるから、失敗してもなんとかしてくれると思えるので、余裕があったんだと思います。」

「僕も、ユミさん、声も上ずらないでしっかり歌えていたと思います。」

「湘南兄さん、有難うございます。」

「ナンシーさんも、小学生としては良かったと言っていました。すごく騒いでいましたが、聴くところはちゃんと聴いてたみたいです。」

「そうなんだ。ナンシー、夕方から大河内さんの雑誌取材で事務所に戻るって言っていたけど、ナンシーは鈴木さんと話したの?」

「はい、少し話していたようですが、僕には良く分からないです。」

「そうなんだ。それじゃあ、今度、ナンシーに鈴木さんの印象を聞いてみよう。」

「ナンシーさん、大河内さんが全米デビューを控えていて、すごく大変なので、あまり邪魔はしない方が。」

「それは分かっている。機会があった時にするわ。たぶん私たちのワンマンの時かな。」

「私も楽しみだけど、ワンマンの時じゃコミケに間に合わないな。」

「みなさんが、想像するような関係ではないです。」

「本当、湘南ちゃんと謎の女性、どんな関係なんだろうね。」

「でも、ミサちゃんは全米デビューか。」

「アキ姉さん、私たちは英語が話せませんから、今のところ全米デビューをするのはさすがに無理だと思います。」

「それはそうね。ユミちゃん、日本で人気がでるように頑張りましょう。」

「はい、アキ姉さん。」

「僕も大河内さんはちょっと別格だと思います。ですので、日本の地下アイドルで頑張りながら、オーディションを頑張りましょう。」

「そうだな。」「そうね。」「湘南兄さんの言う通りだと思います。」

「ところで、今日、その盗聴器のチェックのために、ワイドバンドレシーバーを持ってきましたから、皆さんの持ち物から電波が出ていないか調べてみましょうか?」

「面白そうだな。やってみよう。」

「いいわよ。」

「それでは、スマフォをこの袋の中に入れてください。」

全員がスマフォを電磁シールドが施してある袋にしまうと、誠が持ち物などからワイドバンドレシーバーで電波が出ていないか調べた。

「電波が出ているのは、アキさんとユミさんですが、電波の種類がブルートゥースみたいですので、盗聴器ではなくて、位置が分かるタグみたいです。」

「ほんとうに?」

「アキさん、鞄を見せてもらっていいですか。」

誠が鞄を調べる。

「ここに入っています。」

「この堅いコインみたいなもの?」

「はい、そうです。」

「湘南兄さん、私のも見てもらえますか。」

「構いませんが、マリさん、ユミさんについて調べても構わないでしょうか?」

「もちろんだけど、何で私に聞くの?」

「いえ。・・・・・えーと、ここです。」

「アキ姉さんに仕掛けられたものと同じものみたいに見えます。アキ姉さんと私に同じものを仕掛けたとすると、仕掛けたのはパスカルさん。」

「えー、俺はそんなことはしないよ。」

「パスカル、そんなやつだったの。」

「違うって。信じて。」

「どうだか。」

「アキ姉さん、パスカル兄さんが仕掛けたとしたら、きっと私たちの安全のために仕掛けたんだと思います。」

「ユミちゃん、俺は本当に仕掛けていないんだけど、悪いことはしないと信じてくれて嬉しいよ。有難う。」

「ユミちゃんはパスカルを信用しているんだ。湘南はどう思う。」

「この位置が分かるタグは有名なものですので、仕掛けた人は別でも同じものになる可能性は十分高いです。」

「そうなの。」

「ユミさんの場合はマリさんが知らないようですので、お父さんが単独でユミさんの安全のために仕掛けたのだと思います。アキさんはご両親のどちらか、または二人で仕掛けたんだと思います。前も言いましたが、アキさんのご両親は僕の身辺調査をしたこともあるぐらいですから、アキさんを心配してのことだと思います。」

「なるほど。まあ、湘南の言うことは分かる。」

「アキちゃん、僕に謝りなさい。」

「あー、パスカル、ごめんチャイ。」

「許す。一応、アキちゃんほど可愛ければ、近くの男を疑うことは必要だからな。」

「有難う。」

「湘南、盗聴器なんかはどうなの?」

「電波が出ていないので、電波式のものはないと思いますが、録音してあとで取り出すものは、すぐには分からないです。」

「それは、どうすれば分かる?」

「ひとつひとつ丹念に見ていくしかないのですが。あとは、持ち歩くもの、鞄とか化粧品とか小物とかを他人が触れないように、鍵がかかるところにしまうことでしょうか。そうすれば、データを取り出すことができないですし、電池が切れて使えなくなります。」

「なるほど。位置はいいとしても、持ち歩くものは、机の引き出しの中に入れて鍵をかけておくことにしようかな。有難う、湘南。」

不機嫌そうな顔をしているマリに誠が尋ねる。

「マリさん、大変申し訳ありません。余計なことをしたでしょうか。」

「はい?」

「何か、機嫌が悪そうですので。」

「あー、そうじゃなくて。あいつ、ユミは心配でも私は心配じゃないのかと思って。」

「やっぱり、マリさんは大人ですから。」

「パスカルさんか湘南さんとでも浮気するか。」

「パスカル兄さんか湘南兄さんしか当てがないところで、ママには無理。」

「まあ、それはそうだわね。」

「それじゃあ話しを戻すけど、今日のライブは成功と言って間違いないと思う。」

「パスカル、スルー?」

「アキちゃん、ちょっと怖すぎて話しについていけない。湘南、ホームページのアクセス数はどうなっている?」

「ライブから今まで、ホームページの1時間あたりのアクセス数が過去の最大値を更新し続けています。」

「湘南には申し訳ないが、盛り上がりは、アイドルラインの『ジャンプイン』が一番だった。」

「はい、それはそうだと思います。」

「新曲なんだから、湘南の曲はこれからよ。」

「私も湘南兄さんの歌、もっと練習して、もっと上手に歌うから。」

「アキさん、ユミさん、有難うございます。パスカルさん、物販の方はどうでした。」

パスカルが物販の様子を説明する。

「出だしは順調と言うところですね。それで、ユミさんは大丈夫ですか。これからも続けていきたいですか?」

「さっきも言った通り、もっと練習して頑張ります。」

「ユミちゃん、辞めたくなったらいつでもママに言ってね。」

「はい、それはマリさんのいう通りです。」

「湘南兄さん、そうじゃなくて、ママは私のポジションを奪おうとしているだけです。」

「ははははは、ばれちゃった。」

「マリちゃんは12月18日土曜日のワンマンに参加に向けて、ダンスをトレーニングしてください。」

「はい、プロデューサー。」

「ねえ、パスカル、ワンマンライブの場所、今日と同じ『Shibuya Ring』なんだよね。」

「おう、そうだ。さすが、平田社長が選んだだけあってすごくいいホールだと思う。」

「最大で300人入るんだよね。採算は大丈夫?」

「平田社長さんが、ホールの料金を抑えてくれたから、生バンドの出演料を払っても、物販を含めれば、120入れば収支はトントンになる。」

「120か。」

「はい、ホームページのアクセスや投票結果や物販の状況を考えれば、120は何とかなるんじゃないかと思います。」

「湘南が言うなら大丈夫だな。もちろん、アキちゃんがスキャンダルを起こさなければだが。」

「私にその心配はしなくていい。」

「プロデューサー、私は?」

「うーん、クラスの男の子とユミちゃんのスキャンダルか。俺にはほほえましいけれど。」

「あの、プロデューサー、私を馬鹿にしているんですか。」

「えっ、そんなつもりはないけど。」

「クラスの男の子なんか、みんな子供で相手になりません。」

「そっ、そうなの。アキちゃんも小学校のころ、そう思っていた?」

「うーん、私は幼かったから、小学生の頃は背が高くて足が速い男の子のことをカッコいいと思っていたかな。」

「なるほど。湘南、俺たちがもてないわけだな。」

「パスカルさんの言う通りだと思います。」

「でも、ユミちゃん、メジャーを目指すなら、30歳ぐらいまで恋愛禁止のところも多いみたいだよ。」

「プロデューサー、それは分かっています。ナンシーさんも言っていましたから。」

「あの、平田社長の受け売りですが、アイドルだけが人生ではありません。他の人の意見はあくまでも参考で、自分で良く考えて決めて下さい。それがうまくいかなくても後悔しないで、また考えて前に進むことが必要です。ただ、ユミさんはまだ未成年ですので、マリさんとお父さんに相談するようにして下さい。」

「おお、さすが平田社長だ。」

「湘南、一応私もまだ未成年だけどね。でも、親に相談するという感じじゃないかな。」

「そういう時には、俺か湘南に相談してくれ。二人で対応する。」

「はい、パスカルさん、そういう時はいっしょに頑張りましょう。」

「おう、俺たちが組めば最強だから、アキちゃん、安心して。」

「まあ、0.5人と0.5人で一人前という感じにはなるか。」

「アキちゃん、厳しい。」

「アキちゃんは、二人を信用しているということよ。」

「マリさん、有難うございます。」

「でも、あのホールに120人は寂しいな。せめて200人は入れたい。」

「プロの歌手と違って宣伝はステージの上だけだから、俺たちはステージの上と練習で頑張るしかない。」

「まあ、そうね。200目指して頑張るわ。」

「パスカルさん、ワンマンライブのスタッフの方は大丈夫ですか?」

「あそこのホールは、ライブに関してはホールのスタッフがやってくれるから大丈夫みたい。こちらで用意するスタッフは物販だけかな。」

「ミーアさんは?」

「全体が分かりたいということだから、ミーアちゃんには写真係をやってもらおうと考えている。」

「それはいい考えだと思います。それなら、あちこちを見ることができますね。」

「おう。本当は俺が自分で撮りたいところだが、当日は忙しくて無理だろうからな。」

その後、ワンマンライブの構成やアルバムのことを話しながら、夕方6時に反省会がお開きになった。


 数日が経った渋谷からの帰りの電車で、尚は溝口社長からのお願いのことで誠に相談する。

「お兄ちゃん。ちょっと相談があるんだけど。」

「どんなこと?」

「三日ぐらい考えたんだけど、どうしていいか分からなくって。」

「僕にできることなら、何でもやるから。」

「溝口エイジェンシーの社長から、美香先輩が水着写真集を出すことを嫌がっているんだけど、それを説得するようお願いされたんだよ。」

「鈴木さんの性格や、芸能人じゃなくてロックシンガーになりたいという目標から考えて、嫌がるのはわかるし、あまり強制できることじゃないんじゃないかな。」

「そうなんだけどね。」

「尚としては難しい立場なの?」

「まあね。溝口社長にはお世話になっているけど、しょうがないかな。向こうの事務所の誰が言ってもOKしないみたいだから。」

「鈴木さん、家も裕福だから、無理することもないしね。」

「うん。」

「でも、困ってそうだね。」

「溝口エイジェンシーとしては二十歳になるのに、それで大丈夫かという話もあるみたい。今すぐでなくても、もっとセクシーな歌も歌えないといけないみたいな。」

「事務所からすれば、鈴木さんが水着写真集を出したとしても、実際のところ仕事の面で、メリットはあってもデメリットはなさそうだよね。私的にも、たぶんそうだろうね。」

「水着写真集なら、そう思う。あと、1月の全米デビューが最初から成功することはかなり難しいと考えているみたい。」

「ナンシーさんと話していると、そんな感じもする。」

「事務所もヘルツレコードも黒字でなくても何回かは挑戦するつもりみたいだけど。」

「その分、日本での基盤をしっかりとしたものにしておきたいということか。」

「その通り。」

「うーーん。分かった。とりあえず、鈴木さんが納得して受けてくれそうな案を考えてみるから、少し時間をくれないかな?」

「美香先輩が納得した上ならいいとは思うけど。そんな案できそうなの?」

「何となくだけど、できると思う。」

「分かった。考えてみて。でも本当は美香先輩の水着姿が見たいだけなんじゃないでしょうね。」

「それはない。でも、少しセクシーな歌は聴いてみたいかな。」

「アキの水着写真を鼻を伸ばして撮っていたくせに。」

「撮ったのはパスカルさんだよ。僕は銀レフを持って照明を手伝っていただけ。」

「ふーーん。」

「何?」

「アキよりは全然すごいと思うよ。」

「歌はそうだよね。やっぱり、大リーグと高校野球ぐらい違う。アキさんも、草野球のときよりは全然良くなっているけど。」

「それは車の中でいっしょに歌ったから分かっている。でも、歌じゃなくて。」

「尚、何を言っているんだ。」

「まあ、いいや。それじゃあ考えてみて。美香先輩に正直に話してみる。」

「分かった。」

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