第29話 大河内ミサのワンマンライブ(大阪城ホール編)

 武道館でのミサのファーストワンマンライブの終了後、誠と尚美が帰宅した岩田家では、夕食後にミサの家族用のケーキに大きなロウソク1本と、小さなロウソク4本を立てて、尚美の誕生日をお祝いしてハッピーバースデーを歌った後、尚美がロウソクを吹き消した。

「尚ちゃん、おめでとう。14歳になったんだね。こんなに小さかったのにね。」

「お母さん、有難う。」

「尚、おめでとう。」「尚、おめでとう。」

「お父さん、お兄ちゃん、有難う。」

「それじゃあ、大河内さんから頂いたケーキを切るわね。」

「その前に、お兄ちゃんのお祝いは?二十歳だよ。」

「僕のお祝いがないのは、いつものことだから、気にしなくても大丈夫だよ。」

「誠ちゃんも、もう二十歳になったのね。もう少しすると、奇麗な女の人が訪ねて来て、お母さん、誠さんを下さいって言うのかな。気持ちの準備だけはしておかないと。」

「今のところ、そういう話しは全くない。」


尚美がこのことで妄想する。「美香先輩なら『誠を下さい。一生大切にします。』かな。明日夏先輩なら『マー君を下さい。楽しい家庭を作ります。』かな。でも、明日夏先輩はないな。アキなら『湘南を下さい。パスカルと一生利用させてもらいます。』か。させるか。」


「お母さん、誠も二十歳になったんだから、ケーキよりは酒だろう。そうだ、お祝いにビールでも飲むか?」

「お父さんが飲みたいだけでしょう。」

「これから少し車を運転するから、今日は飲めないけど、お正月は付き合うよ。」

「分かった。正月を楽しみにするか。」

「でも、お兄ちゃん、車って、二十歳になったお祝いで、だれかと待ち合わせているの?」

「あー、お祝いじゃなくて、パスカルさんとラッキーさん。」

「さっきまで会っていたんじゃないの。」

「そうだけど。」

「はい、尚ちゃん、誠ちゃん、お父さん、大河内さんのケーキをどうぞ。」

「それじゃあ、ここで、お父さんとお母さんから、尚にお誕生日のプレゼント。」

「何かな?」

「熊のぬいぐるみ。尚ちゃん、好きだったから。」

確かに小さいときは、誠とイメージが被って好きだったが、今ではそれほどでもなかった。しかし、喜びながら答えた。

「うん、この熊さん大好き。お父さん、お母さん、有難う。」

「これは、僕からのプレゼント。」

「お兄ちゃん、有難う。えっ、でも、これはデジタルフォトフレーム。」

「ごめん、欲しくなかった?」

「そんなことはないんだけど。有難う、お兄ちゃん。すごい嬉しい。」

「思い出の写真がいっぱいできると思って。」

「大切にするね。」

「これを大切にするより、思い出をいっぱい作って。」

「うん、分かっている。お父さん、お母さん、お兄ちゃんへのプレゼントは?」

「さっき、現金でもらったよ。」

「お兄ちゃん、お金に困っているの?」

「そんなことはないけど。」

「悪い女に貢いでいるんじゃないよね。」

「悪い女に貢ぐって。そうじゃない、パソコンのパーツとか本とか買いたいし。」

「ならいいけど。それで、お兄ちゃんへのプレゼントなんだけど。ちょっと待ってもらってもいい?」

「もちろん。尚、忙しかったし。」

「有難う。明日には渡す。」

「尚ちゃん、プレゼント、昨日、自分で包装していたじゃない。」

「えっ、うん。でも、あれは。」

「もしかして、デジタルフォトフレームなの?」

「・・・・そう。」

「それじゃあ、有難く頂くよ。」

「でも。」

「もしかして、僕のプレゼントより画面が大きいの。」

「えっ、うん。」

「そうか。」

「それでも嬉しいよ。お兄ちゃんのプレゼント。」

「分かった。尚からのプレゼントは家族の写真専用で使おうかな。」

「本当に。」

「本当に。それで、ときどき尚といっしょに見よう。」

「じゃあ、はい。お兄ちゃん、お誕生日おめでとう。」

「有難う。尚。」


 尚美や両親がケーキを頬張る中、誠がケーキにスプーンをつけることなく台所に持って行き、ケーキの下をサランラップで包んで、スプーンを一つ加えてタッパーにしまった。すぐに誠の後を追って台所に行った尚美が尋ねる。

「もしかして、それはパスカルさんとラッキーさんにあげるの?」

「まあ、そうだけど。」

「お兄ちゃんは食べないの?」

「パスカルさんとラッキーさんがすごく食べたそうだったから。」

「それじゃあ、一応、私の残りを食べて。お兄ちゃんが全く食べないのは、さすがに美香先輩が可哀そうだから。」

「可哀そう?」

尚美は「このケーキ、本当はお兄ちゃんのために焼いたことが分かっていないのか。」と思いながら答える。

「美香先輩、家族で祝って欲しいんじゃないかな。」

「もちろん、僕は尚が元気に大きくなってくれるのが一番嬉しいから、お祝いしているよ。そう言えば、ナンシーさんが言っていたけど、やっぱり芸能界には悪い人もいっぱいいるって。だから気を付けて。そういうときは、僕は何でもするけど、僕に相談しにくかったら、平田社長さんか橘さんに相談するのがいいと思う。」

「ううん、お兄ちゃんに何でも相談する。ところで、パスカルさんたちと、どこで待ち合わせなの?」

「辻堂駅に11時。」

「ふーん、私も行こうかな。」

「ケーキを渡したらすぐに帰るから。それに、尚は明日学校があるから、早く寝ないと。」

「お兄ちゃんだってそうでしょう。」

「僕は、もう大人だから。」

「こういうときだけ、そういうことを言わない。」

「はい。」

「帰ったらすぐに寝れるように準備しておくから。」

誠は言っても聞かないだろうと思って、OKすることにした。

「うーん、・・・・分かった。10時45分に車で出発するよ。」

「有難う。それまでに寝る準備しておく。」

「偉い。」

「それじゃあ、私の残りのケーキ食べちゃって。」

「分かった。」


 10時45分に二人が家の車で辻堂駅に向けて出発した。

「一応、パラダイスの事務所で、パスカルさんと僕が亜美さんにビデオ制作方法を実演したことは、他のメンバーには誰にも言っていないので、気を付けて。今日、パスカルさんが言っていなければだけど。」

「そうなんだ。分かった。でも、なんかドライブしているみたいだね。」

「免許を取ったばかりの時には、良く尚が乗っていたね。」

「そうだった。まあ、私が乗っていた方が安全運転するかなと思って。」

「僕は、あまり危険な運転はしない。」

「でも、伊豆では美香先輩と飛ばしていたんだよね。」

「アキさんを乗せていたし、それほど飛ばしてはいないよ。」

「そうなんだ。」

「それより鈴木さん、運動神経はすごく良いんだろうけど、反射神経と勘で走っている感じで少し心配だった。最近はどうなの。」

「うーん、あれから美香先輩が運転する車には乗っていないから分からないや。今度、聞いておくね。」

「有難う。」

「それで、美香先輩のケーキどうだった?」

「美味しかったよ。スポンジケーキもふわふわだったし、クリームも柔らかっかたし。ただ、この前より甘くて、ちょっと甘すぎたようにも思う。」

「そうなの。夏の時の少し甘くしたケーキが好評だったから,もう少し甘くしたのかも。」

「そうなんだ。甘さの好みは人によって違うから仕方がない。本当にプロが作ったケーキみたいだったよ。」

「分かった。じゃあ、スポンジがふわふわ、クリームが柔らかい、あと、プロが作ったケーキみたいとだけ伝えておくよ。」

「有難う。」

 辻堂駅のそばの駐車場に到着すると、そこに車を止めて、駅の改札に向かった。改札に着くと、パスカルたちが待っていた。尚美が小声で言う。

「げっ、アキが何で。」

誠も驚く。

「アキさん、この時間で帰れるんですか。」

「何となく来ちゃった。大丈夫、心配しないで。自分で何とかするから。」

「何とかって。」

「友達の家とか。」

「友達いないのに?」

「湘南、ひどいな。そうだけど。」

「湘南、大丈夫。電車で行けるところまで行って、あとは俺たちがタクシーで送るから。」

「でも、パスカルさんたちも止めないと。」

「俺たちじゃ、アキちゃんを止められないだろう。」

「まあ、そうですね。その方法では、帰りがかなり遅くなってしまいます。僕が全員送りますので、車に乗って下さい。最初に家に寄って尚を降ろしますが。」

「何で、お兄ちゃんが、そんなことをするの。」

「アキさんは高校生だし。親も心配しているだろうし。そうなると今の活動に支障が生じるかもしれないし。」

「自業自得じゃない。」

「今なら、今日中に到着できると思う。時間がもったいないから行くよ。」

「僕とパスカル君はアキちゃんを送った後、タクシーがいるところまで行ってくれればいいよ。あとは何とでもなる。湘南君も明日学校だろうし。」

「あと、往復の高速代とガソリン代は俺とラッキーさんで出すから。」

「有難うございます。とりあえず、急ぎましょう。尚、行くよ。」

尚はかなり不満だったが、わがままと思われるのはいやだったため、同意することにした。

「分かった。そうするけど、一度、家に戻るのは時間がもったいないから、私もそのままいっしょに行く。」

誠もその意見を変えるのは時間がかかりそうだったため、了解することにした。

「分かった。そうしよう。」

5人は車に向かった。アキは黙ってついていった。運転席に誠、助手席に尚美、2列目にパスカルとラッキー、3列目にアキが座った。誠が車を出発させる。

「なんで、こんな。お兄ちゃんも誕生日なのに。」

「湘南君、誕生日が妹さんといっしょなの。」

「まあ、そうです。」

「なるほど。湘南、二十歳だよな。ということは、これからは酒が飲めるということか。」

「でも、アキさんがいるときは飲みませんよ。」

「よし、アキちゃんが帰った後だな。アキちゃんのワンマンの打ち上げの後に宴会を開くぞ。ラッキーさんもいいですよね。」

「もちろんだよ。」

「それならば参加します。そう言えば、ナンシーさんもこちらの忘年会に参加したいと言っていました。」

「ノープロブレム。」

「パスカル君は何を贅沢なことを言っているんだ。土下座しても来てもらわないと。」

「はい、分かりました。そういうときは、三人で土下座しよう。」

「分かりました。でも、ナンシーさんも底なしのようです。」

「確かに、そんな感じがするよな。二人で湘南の本性を暴きだしてやろう。」

「ナンシーさんも、同じことを言っていましたよ。」

「妹子ちゃん、湘南君が飲まされすぎないようちゃんと面倒見るから、それは安心して。」

「ラッキーさん、有難うございます。」

「一応、呼吸中のアルコール濃度計を持って行って、自分でも制限をかけるつもりです。」

「それは湘南君らしいね。」

少しの笑い声のあと、アキが歌いだす。

「ハッピーバースデー ツーユー。」

第二フレーズから、パスカルとラッキーも加わる。

「ハッピーバースデー ツーユー。ハッピーバースデー ディア湘南。ハッピーバースデー ツーユー。」

「いろいろ有難うね。」

「いえ、どういたしまして。それにしても、ハッピーバースデーを歌ってもらったのは何年ぶりでしょうか。」

「へー、もしかすると、湘南家ではもっとすごい歌を歌うの?」

「いえ、妹のために歌うだけになっています。6歳も離れていますから、仕方がないです。」

「だめじゃない、少なくとも妹子は歌ってあげないと。」

尚美は「そんなこと、お前に言われたくない。」と思いながら黙っていた。

「すべてが上手くいっていて分かっていないのかもしれないけど、今の妹子があるのは、湘南の力が大きいと思うわよ。」

「そんなの分かっているよ。」

「それじゃあ、感謝はちゃんと表さないと。それじゃ歌う。1、2、3、はい。」

尚美はアキに言われるのは侵害だったが、歌うことにした。

「ハッピーバースデー ツーユー。ハッピーバースデー ツーユー。ハッピーバースデー ディアお兄ちゃん。ハッピーバースデー ツーユー。お兄ちゃん、いつもどうも本当に有難う。」

「尚も有難う。」

みんなが拍手をする中、誠が車を左に車線変更して減速した。

「ほれ、ハンカチ。」

「パスカルさん、有難うございます。」

誠が目頭を拭いているので、尚美が尋ねる。

「えっ、お兄ちゃん、泣いているの。」

「涙が出てきただけ。もう大丈夫。」

「そうなの。お兄ちゃんが涙を流しているのを初めて見た。」

「だから、大丈夫。尚、アキさん、パスカルさん、ラッキーさん、有難うございます。二十歳になっても頑張ります。」

「湘南、有難う。」

「とりあえず、酒、飲めるようになろうぜ。」

「セロー君のサポートをお願いね。」

「お兄ちゃん、もう、あまり頑張らなくていいから、楽しんで。」

「でも、こうしているのが一番楽しいのかも。」

尚美も「お兄ちゃんがこんなに喜んでいるんじゃ仕方がないか。」と思いながら答える。

「だったらいいけど。」

「でも、湘南が涙を流していることをパスカルだけが気が付くって、コッコが喜びそうなネタだわね。」

「はい、私も妹失格と思いました。ところで、『ユナイテッドアローズ』の方はどんな感じなんですか?」

「ちょうど、湘南が、CD音源の制作を終えたところよ。」

「それで、湘南に教わって俺がCD-Rに焼いている。」

「そうなんですね。」

「来月にはMVも撮る予定。」

「パスカルさんのMVなら面白いものができそうですね。」

「湘南の倫理規制が厳しいのと、予算が少ないから、『トリプレット』のMVとは比べられないけど。」

「自慢するわけではないのですが、次はMVに三千万円ぐらいかけると言っていましたので、パスカルさんのMVに負けないように頑張ります。」

「三千万円か。すごいな。だが、この間のバイト代で湘南がプロ用の編集ソフトを買ったから期待していて。」

「はい、制作費だけではないと思います。できたら比べてみましょう。パスカルさんの撮影と、お兄ちゃんの編集にも興味がありますし。」

「おう。」

「でも、パスカル、バイトって、パスカルと湘南の二人でしたの?」

「えーと。湘南、何だっけ?」

「パスカルさんは、地方公務員だからバイトはできません。」

「そうそう。」

「何か怪しいわね。BL喫茶でバイトとかじゃないわよね?」

「BL喫茶なんて聞いたことがありません。」

「中央で二人がBLしている周りで、女の子が見ている喫茶店とか。」

「僕たちじゃ、さすがに需要もないでしょう。」

「いや、最近の女の子はよく分からないし。」

「アキさんにも分からないんですね。」

「ちゃんと妹子には話しなさい。」

「妹は知っています。」

「そうなんだ。パラダイス興行でイベントかライブの手伝い?」

「はい、そんな感じです。」

「まあ、勉強になるもんね。妹子が知っているなら安心だし。でも、せっかくのバイト代を使わせてしまって、ごめんなさいというか有難うね。」

「いえ、本当に前から使ってみたい有名なソフトですので、ちゃんとした目的のために使うことができて嬉しいです。」

「だと、いいけど。」

「それでは、『ユナイテッドアローズ』のCD音源を流します。」

「妹子に聴かせるのは恥ずかしいけれど、お願い。」

「はい。あと、ケーキを食べてください。」

「おう、そうだった。」

「スプーンが二つしかないんですが。」

「ラッキーさん、同じスプーンでいいですか?」

「僕は構わないよ。」

「有難う。でも、コッコがいたら、妄想を壊すんじゃないと怒りそうね。」

「そうですね。それでは流します。」

 曲が流し終わったところで、尚美が感想を言う。

「全体的に良くなっているんですね。『あんなに約束したのに』が本当にいいです。」

「マリさんがこういう感じにしたんだけど、あす・・・秋山さんも社長さんも驚いていたよ。もちろん、僕もかなり驚いた。音楽は奥が深いなって実感した。」

「でも、小学生の方がまだまだという感じはする。」

「それはそうかな。ユミさんは、歌手には向かなそうな気がする。今度、ナンシーさんが紹介した、溝口エイジェンシーの子役のオーディションを受ける予定だけど、そっちの方が向ているんじゃないかな。」

尚美が、「もし、ユミが溝口エイジェンシーに入ったら、少しとっちめてやろう。」と思いながら提案する。

「アキ、もし良かったら二人で『あんなに約束したのに』を歌いませんか。」

「えっ、いいの?」

「お兄ちゃんのために。お兄ちゃんが作曲した曲ですし。」

「うん、喜んで。」

「お兄ちゃん、カラオケ音源を流してくれる。」

「了解。」

誠がカラオケ音源を流すと、尚美とアキが歌い始めた、歌い終わった。

「湘南、また涙を流しているのか。」

「はい、感激しました。」

「お兄ちゃん。今度は私のハンカチを使って。コッコがいたら、パスカルさんのを使えと怒られるかもしれないけど。」

「分かった。有難う。」

「それで、ユミって言う小学生はどんな子なんですか?」

「うーん、もともとは『アイドルライン』のファンで、解散後に妹子が好きになったみたいだけど、妹子に対抗心もある感じ。それで『湘南兄さんはもらった。』と言っただけだと思う。」

「その話は知っているんですね。」

「本人が言っていた。それで妹子が『東京湾に沈める。』と言ったのは、間違いなく本気だとも言っていた。」

「あの、その話は?」

「女同士の話だから、湘南は知らなくていいの。」

「はい。」

「基本的には大丈夫だから。マリさんは、ユミちゃんに結婚するなら湘南やパスカルのような誠実な男性がいいと言っているけど、分かっていなさそう。」

「そうなんですね。」

「少なくとも、ユミちゃんは、溝口エイジェンシーに入ることができたら、湘南のこともパスカルのことも忘れて、その道で頑張るんじゃないかな。」

「なるほど。」

「ところで、この際だから聞くけど、アキちゃん的にはどうなの?パスカル君と湘南君。」

「うーん、すごく頭が良くて誠実で、マリさんの言うことも分かるけど、もう少し刺激的なところが欲しいかな。」

「湘南、刺激だって。」

「それは難しそうですね。」

「何となく、草原で仲良く草を食べている、山羊と羊みたいで。」

「俺が山羊で、湘南が羊か。」

「そう。」

車内に笑い声が響いた。その後も、地下アイドルのライブやマリさんとの練習のことなどを話していると、ほどなく車がアキの家に到着した。

「12時前に到着できて良かったでした。忘れものに注意してください。」

アキが車から降りた。

「湘南、送ってくれて有難う。パスカル、ラッキーもいろいろ有難う。」

「お疲れ様。」「じゃあ、また。」「ライブで。」

「あと、妹子、私は湘南とパスカルと知り合えてすごく良かったと思っている。二人がいなかったら、私は地下アイドルになることもできなかった。才能ある二人だから、あまり負荷をかけないように気を付けているつもりだけど、二人は勝手に限界を超えて頑張っちゃうところがあるから、注意してあげて。」

「はい、そうします。今日は有難うございました。」

湘南が車を発進させた。

「それじゃあ、僕たちはどこか近くの駅にでも降ろしてもらえれば。」

「新宿駅が近いですので、そこまで行きます。」

「サンキュー。」

新宿駅に向かうと車の中は静かだったため、いろいろなことで少し安心した尚美は寝付いてしまった。


 新宿駅のタクシー乗り場の横に到着すると、パスカルとラッキーが静かに車を降りて、静かに言った。

「湘南、サンキューな。妹子も乗っているんだから、気を付けて帰れよ。」

「それじゃあ、またイベントで。」

「はい、またお願いします。」

忘れ物がないか、後席を確認すると、お金が置いてあった。パスカルとラッキーは、タクシー乗り場に向かわず、居酒屋の方に向かって行った。

「二人とも、明日の仕事、大丈夫なのかな。それにしても、今日は本当にいろいろなことがあったな。」

そう思いながら辺りを見まわすと、タクシー乗り場を探している女性に目が行った。

「明日夏さん?何で。」

迷ったが明日夏のそばまで行って、窓を開けて声をかける。

「あの、明日夏さん!?」

明日夏が振り向く。

「車がゆっくり近づいてきたから、ナンパかと思ったら、マー君か。でも、ナンパか?」

「違います。寝ていますが妹もいますので。」

「何だ、兄弟でダブル誕生日デートか?日本じゃいろいろ違法だぞ。」

「単に友達を送ってきただけです。それより明日夏さんはこんな時間に大丈夫ですか?」

「ミサちゃんのところで、ご両親主催のパーティーがあって、電車で帰れる時間に出たんだが、途中で道に迷っちゃって、1時間半ぐらい歩いてようやく到着したところだ。」

「1時間半ですか。もう電車だと帰るのは無理では。」

「うーん、そうかもしれないな。」

「もし、いやじゃなければ、お送りしますけれど。」

「その方が安全か。寝ているとはいえ尚ちゃんもいるし。」

「はい、タクシーより危険ということはないと思います。」

「それじゃあ、お願いするかな。」

「はい、どうぞ。」

明日夏が車に乗る。

「どちらまで、行けばよろしいでしょうか。」

「何だ知らないのか。尚ちゃんのお兄ちゃんだから、とっくに私の住所ぐらい突き止めているかと思ってたよ。」

「調べれば分かるかもしれませんが、そんなことはしません。」

「まあ、尚ちゃんがうちに来ることもあるかもしれないから、緊急時のためにマー君も知っておいた方がいいな。ここだ。」

明日夏が免許を見せる。住所をカーナビに入力して、誠が車を発進させる。

「申し訳ありません。」

「どうした?」

「見るつもりはなかったんですが。」

「そんなに顔写真がおかしいか。」

「そうじゃなくて、免許の有効期限が見えてしまって。」

「有効期限が見えると?」

「誕生日が分かります。」

「なるほど。」

「イメージしていたのと同じでした。」

「めでたいやつということか。」

「そうじゃないんですけど、明日夏さんの誕生日っていつだろうと考えたとき、その数字が、おぼろげながら頭に浮かんできました。」

「尚ちゃんが総理大臣になったら、マー君は環境大臣か。」

「そういうわけではないですが。」

「そう言えば、マー君も今日は、あっ、ちょっと過ぎているが誕生日だったな。」

「はい。妹から聞いたんですか?」

「そうかもしれない。よし、ハッピーバースデーの歌を歌ってあげよう。ハッピーバースデー ツーユー ハッピーバースデー ツーユー ハッピーバースデー ディアマー君 

ハッピーバースデー ツーユー。」

「有難うございます。今日は3回も聴くことができました。」

「そうか。それにしても、後ろから女の匂いがするな。女子高生が乗っていたのか?」

「えっ、分かるんですか。」

「そうだな。アキさんという人か。」

「はい。ユミさんのお母さんのマリさんも、旦那さんのシャツの匂いはチェックしていると言っていましたが、すごいですね。」

「腐った匂いはしないな。ということは、今日はコッコさんはいなかった。とすると、この席にはパスカルさんか。」

「あと、ラッキーさんがいました。でも腐った匂いというのは。」

「姉と同類の匂いだ。」

「そんなのがあるんですね。」

「そして、これはミサちゃんのケーキを食べたゴミか?」

「そうです。」

「ミサちゃんが少し可哀そうだが、仲がいい友達だし、分けるのは仕方がないか。」

「可哀そうですか?妹もそう言っていたんですが。僕の分のケーキをラップに包んでいたときに。」

「もしかすると、全然食べないつもりだったのか。」

「パスカルさんとラッキーさんが、すごく食べたそうだったので。でも、妹が半分くれたので、それを食べました。」

「マー君は相変わらずだな。それで、ミサちゃんのCDは聴いてあげたのか?」

「今日は友人が来て忙しくて聴いていませんが、100回は聴いて、その感想を書こうと思っています。」

「100回か。すごいな。それで甘口感想?辛口感想?」

「いいところと、直した方がいいところをできるだけきちんと書こうと思います。」

「そうだな。真面目に辛口感想をくれるのは身の回りのものだけだからな。それじゃあ、私が練習用に吹き込んだ曲をあげたら、ちゃんとした感想を返してくれるか?」

「それは、もちろんです。」

「これだ。聴いたら感想を送ってくれ。」

「はい、分かりました。」

「悪いが、私のは誕生プレゼントではないぞ。CDはあげるが。」

「分かっています。それでも僕を信用してくれるのは嬉しいです。」

「そうか。そう言えば、三歳の時にも道に迷ってマー君に世話に・・・・。ごめん、この話はしてはいけなかったんだ。」

「大丈夫です。妹から小学生の時に頭を打った話を聞いたんですね。」

「そうだけど、これから悪くなるということはないんだよね。尚ちゃんは大丈夫って言ってたけど。」

「はい。親に言われて2~3年に一回、脳ドックにも行っていますが、脳に異常はないということです。医師の診断書がタブレットに入っていますが、見ますか?」

「普通は家族か婚約者でもなければ、他人は興味ないだろうが、尚ちゃんのこともあるから、ちょっと見せてもらえるか。」

「はい。」

誠が車を止めて、タブレットに脳ドックの結果を表示させて明日夏に渡す。

「大丈夫そうだな。本当に良かったよ。まあ、もう昔の私のことは思い出さなくても構わないよ。マー君が健康なら。」

誠は「明日夏さんらしくないことを言うな。」と思いながらも話を続ける。

「そう言えば、CDのお返しじゃないのですが、ユミさんのお母さんのマリさんが歌った『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を聴いてもらえますか。」

「いまここで他の女の歌を聴かせるのか。さすがはマー君だな。」

「他の女って。もう、すでに結婚されていますし、小学5年生と2年生のお子さんがいらっしゃいますよ。ただ、明日夏さんの参考になるんじゃないかと思って。」

「マー君がそう言うなら聴くけど。マリさんって、プロの歌手じゃないんだよね。」

「はい。でも、すごくいいと思います。明日夏さんと違って女性らしいというか。」

「何だ、マー君、喧嘩を売っているのか。」

「そうじゃなくて、明日夏さんみたいな、人間を超越したかわいらしさではなくて、人間的と言いますか、そんな感じです。」

「何だか良く分からないが、分かった。マー君がそこまで言うんだから、マリさんとかいう人妻の歌を聴いてみよう。」

「有難うございます。」

誠がマリが歌った『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を流す。

「マー君、もう一回、お願いできるか。」

「はい、もちろん。あと、このCDは差し上げます。元データーは家のパソコンにありますから。」

「そうか、有難う。」

誠がもう一度『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を流す。

「なるほど、これが人間の女らしさか。」

「はい、細やかさというか。」

「何か散々私がディスられている気がするが、言いたいことは分かった気がする。実際、橘さんよりも、繊細に感情を表している感じがするし。」

「橘さんは、とても上手ですが、最終的にはパワーで歌うロックシンガーだと思います。尚にはまだいいと思いますが、明日夏さんや亜美さんには、なんというか、別のトレーナーも加えることを考えた方がいいと思います。経済的にも余裕ができたでしょうし。」

「ミサちゃんも、トレーナーが何人もいるみたいだしな。分かった。社長と橘さんと相談してみるよ。」

「はい、それが一番いいと思います。」

「女性らしいと言えば、ゴールデンウイークに筑波山のふもとで混浴に入っていたようだが、そこで洗面器で計測したりしたのか?」

「僕はそんなことはしません。」

「マー君でなければ、お友達とか。」

「しません。パスカルさんも、ラッキーさんもそんなことはしません。」

「そっ、そうか。私はしようと思っているのだが。」

「女性同士のことは分かりませんが。妹によると、明日夏さんが歌の上手さと、えーと、そういうものが比例するという話をすることがあるそうですから、ライブ中にその話しになったときに、真面目そうな話に変えるネタはないかと、妹から尋ねられたんです。」

「なるほど。尚ちゃんはそんな話までマー君にしているのか。」

「はい。でも、明日夏さんのボケたトークのおかげで、鈴木さんのライブのトークがすごく楽しいものになったと思います。」

「また、ディスられている。」

「いえいえ、鈴木さんと尚では無理だったと思います。わざとやっていることは分かっていても、楽しかったです。明日夏さんの雰囲気もあるとは思いますが。」

「誉められているのかディスられているのかわからんな。」

「でも、女性同士とは言え、鈴木さんのライブでは、あの話しは早めに切り上げた方が良かったかもしれませんが。」

「うん、私もすぐに止めるつもりだったのだが、尚ちゃんが洗面器の話をするから。」

「なるほど。僕が余計なことをしてしまったんですね。申し訳ありません。」

「とりあえず、それは大丈夫だと思う。お客さんには受けていたし、ディレクターも何も言っていなかったから。」

「良かったです。由香さんが上手く止めてくれたおかげですね。」

「その通りだな。さすがマー君。もし五人で計ったら結果を報告するよ。」

「女性同士の場合は知りませんが、男性は関わってはいけないことと思いますから、その情報は要りません。」

「ミサちゃんの情報も?」

「はい、女性の方々だけの秘密にしておいて下さい。」

「ダコール。」

「話しを戻して、まだ途中なんですが、作曲している明日夏さんの曲とデスデーモンズ用の女々しいロックを聴いてもらえますか。」

「おー、作曲、進んでいるんだ。すごいね。」

「はい、平田社長さんとの約束ですから。」

「そこは嘘でも、私のためにと言わないと、マー君には彼女ができないぞ。」

「それはマリさんにも言われていまして、意識改革しないと、パスカルさんと僕は一生彼女ができないって。」

「意識改革!でも、その通りだな。ははははは。」

「やっぱりそうなんですね。考えておきます。それでは流します。」

「その前に、『あんなに約束したのに』を私のアルバムに入れていいか?橘さんも新しいアレンジならば私に合うということだから。」

「はい、僕はとっても嬉しいです。明日夏さんが最初に作詞した曲ですし、僕が最初に作曲した曲でもあります。一応、正式な権利はありませんが、マリさんにも断っておきます。」

「お願いできると嬉しい。」

「結果は平田社長さんに連絡しておきます。」

「うっ、うん。・・・有難う。」

「それでは、曲をかけます。」

「その前に。」

「はい?」

「SNSのアドレスを交換しないか。作曲家と作詞家の連絡用に。」

「個人的には嬉しいですが、ぼくは明日夏さんのファンなので、まずくはないですか。」

「作曲家と作詞家の関係は事務所公認だから大丈夫だよ。その代わり、それ以外の連絡をしたら、解除するけど。」

「分かりました。あと、緊急事態とか、へまをやって助けが欲しい時も、連絡して下さい。」

「私がへまをやってか。ははははは、分かった。へまをやったら、使わせてもらおう。」

「はい、全力で対処します。」

「逆に、尚ちゃんで困ったことがあったら、それも連絡していいぞ。相談に乗ってやる。」

「有難うございます。」

「あと、騙されて混浴に入れられそうになったときも。」

「騙されたって分かるんですか?」

「あの時、脱衣所でのマー君の声がホテルの廊下まで響いていたからな。」

「そうなんですね。はい、またそんなときがあったらお願いします。」

誠は車を止めて、スマフォでSNSアドレスを交換する。その後、制作中のメロディを流し、話し合っていると、明日夏の家の前に到着した。

「これはまた、背の高いマンションですね。30階以上ありそうです。」

「私の部屋は36階だ。エレベーターが故障したら帰れなくなる。」

「本当にそうですね。今日は有難うございました。」

「こちらこそ、送ってもらって有難う。」

「これからも応援しますので頑張って下さい。」

「マー君は、意識改革を頑張らないとだな。」

誠が苦笑しながら答える。

「はい。それでは、曲が進展したら連絡します。」

「うん、待っているよ。」

誠が車を発進させると、明日夏は車が見えなくなるまで、手を振っていた。その後、辻堂に向けて車を走らせた。道中、持ってきたミサからもらったCDをかけた。冒頭は、

「ハッピーバースデー ツーユー。ハッピーバースデー ツーユー。ハッピーバースデー ディア誠。ハッピーバースデー ツーユー。誠、去年はいろいろ有難う。今年もいっしょに音楽をやろうね。」

だった。その後で、古い歌のカバー曲が入っていて、その歌や明日夏からもらったCDを聞きながら家に向かった。誠は少し心配になった。

「何と贅沢な誕生日なんだろう。人生すべての運を今日で使い果たしたんじゃないかな。」

家に着いても尚美は寝たままだったので、起きていた母親を呼んで、扉を開けてもらい、誠は尚美をお姫様抱っこして家に入り、尚美の部屋まで運んで、布団に寝かせた。尚美は途中で「お兄ちゃん」と言ったが寝たままだった。

「ごめんなさい。尚が一緒に行くって聞かないから。」

「分かっているわよ。誠も早く寝なさい。」

「はい、おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


 時間は、ミサの両親が主催したワンマンライブの打ち上げの立食パーティまで戻る。明日夏が食べ物を取りに行くと、ミサの両親が明日夏のところにやってきた。

「神田明日夏様、いつもうちの美香の相手をして下さいまして、有難うございます。最近、美香が本当に元気になって、感謝しきれないぐらいです。」

「いえいえ、歌を教えてもらっていて、私の方が助かっています。」

「美香がお役に立てれば嬉しい限りです。ところで、お父様は、今でもお元気にしていらっしゃいますでしょうか。」

「はい、今でも時々連絡だけはあります。フランスで忙しく仕事をしているようです。」

「それは良かったです。お父様は、明日夏様を一番可愛がられていましたし。」

「わがままな父と母でしたけれども。あの申し訳ありませんが、この件は。」

「はい、美香には何も伝えていません。」

「有難うございます。私は私一人でやっていくつもりですし。」

「私たちにできることがあれば何でも致しますので、是非、美香をよろしくお願いします。」

「もちろんです。」

「有難うございます。」


 ミサの両親が、久美と悟が話しているところにやってきた。

「橘様、いつも美香の歌をご指導下さり、大変有難うございます。平田様も、いつも美香に業界の助言をして下さり、大変ありがとうございます。」

「美香は、歌の素質があって真面目なので、教えていてとても楽しいです。これからも伸びていくと思いますが、真面目過ぎることが一番問題だとは思います。ちゃんとした恋愛も経験した方が、歌手としてはいいのですが。」

「それで美香が傷つかなければいいと、私どもは思っているのですが。」

「傷ついても立ち直れればいいんです。人生一度なのですから、お金目当てとか、本当に悪い男じゃなければいいんじゃないでしょうか。」

「はい、そうかもしれません。ところで、岩田誠君という方はどんな青年か、お二人からはどのように見えるのか教えて頂けると嬉しいのですが。」

「さすが調べていらっしゃるんですね。美香は少年に好意を持っているようですが、少年の方はそれに気が付いていない感じです。でも、少年のことは悟の方が詳しいんじゃないかな。どう、悟、少年は。」

「はい、今、誠君と音楽制作をいっしょにやっていますが、真面目な青年で、少なくともお嬢さんに悪いことをするということはないと思います。妹の尚ちゃんがお嬢さんのお友達ということもあります。」

「そうですか。調査結果もだいたいそのような感じでした。」

「美香も自分で言っていましたが、美香のお兄さんが、いわゆるプレーボーイで、嫌っているところがあるみたいです。尚は、美香は少年に理想の兄を重ねているところがあるのではないかと思っているようです。」

「誠君も尚ちゃんからその話を聞いているようで、そのように思っているみたいです。」

「彰人(あきひと)のことは、お恥ずかしい限りです。おばあちゃん子で、甘やかされすぎたのかもしれません。美香のこと、これからもよろしくお願いいたします。また、こちらの協力が必要でしたら、何でもおっしゃって下さい。あと、橘様のためにブランディをご用意しましたので、是非、召し上がって下さい。」

「有難うございます。」「有難うございます。」

ミサの両親が他の来場者のところへ挨拶に行く。


 久美と悟のところに明日夏、ミサ、亜美がやってきた。

「おー、さすがホテルのオーナー、レミー・マルダンだ。」

「橘さん、それはレミー・マルダン ルイ13世です。」

「何、明日夏、それは普通のより高いのか?」

「たぶん、一本30万円ぐらいすると思います。」

「えっ、そんなにするの。それはどんどん飲まなくちゃ失礼に当たる。今日は悟がいるから安心して飲める。」

「いやいや、久美、飲みすぎないようにね。」

「社長、介抱すると言って橘さんに悪いことをしたら・・・・まあ、いいですか。」

「私も明日夏さんに同意します。」

「えっ、明日夏、亜美、それでいいの?」

「ミサちゃん、これでいいのだ。」

「はい、ミサさん、いいことだと思います。」

「悟、若い子たちに馬鹿にされているわよ。」

「ははははは。僕のことはいいけれど、明日夏ちゃんは、ちゃんと川上社長さんに挨拶をしてきてね。」

「はい、今行ってきます。今日の歌の感想を詳しく聞こうと思いますが、何て呼んだらいいでしょうか。いつもの通り、係員さん?」

「普通に、川上社長で。」

「分かりました。行ってきます。ミサちゃん、亜美ちゃん、いっしょに行こう。」

「ミサさんは行っても大丈夫だと思いますが、私は川上社長と直接話すほどの歌手ではないと思います。」

「大丈夫。社長と言ったって、99パーセントは普通のおじさんだから。若い女の子を嫌ったりはしない。」

「明日夏、残り1パーセントは?」

「変なおじさん。まあ社長になれたのは、ほとんど偶然の力だよ。」

「いや、明日夏、いくらなんでも。でも、さすが明日夏なの?亜美、とりあえず行こう。三人いれば大丈夫だよ。」

「はい、明日夏先輩が被害担当艦になってくれそうです。行きましょう。」

三人が川上社長のところに向かった。

「明日夏、こういうところで物おじしないのがいいよね。」

「少し、心配になるときもあるけど。」

「そうね。」


 明日夏たちと川上社長が話しているところを見ながら、溝口マネージャーが溝口社長に話しかけていた。

「お父さん、神田明日夏の件、何もなくて良かったですね。これで、ミサちゃんへの悪影響を心配しないですみます。」

「そう思うのか?そんなことじゃ、お前もまだまだだな。」

「お父さん、もしかすると、あれが演技だとでも?」

「今だって、ヘルツレコードの社長と一人だけ普通に話しているが、普通、新人歌手がヘルツレコードの社長とあんなに普通に話せると思うか。どういう関係かは分からんが、元からの知り合いということだよ。」

「そう言われればそうですね。」

「まあ、ヘルツレコードの社員まで騙せる演技力だ。私も神田明日夏のことを見くびっていたのかもしれないと少し反省はしているが。」

「考えてみれば、なおみちゃんと同じ事務所で、一人で歌手をやっているのは、かなり優秀ということですか。話した時にはそういう感じはしませんでしたが。」

「今日のライブのトークも上手にボケていた。能ある鷹なのか、平田社長が策士なのか。」

「そうですね。」

「とりあえず、大河内への影響という意味では、ロック以外にも目を向けるようになって、実際、いいところの方が多いしな。」

「前だったら、今日最初に着たような衣装は嫌がって着なかったと思います。」

「そうだな。神田がうちの事務所じゃないというのは面白くないが、五人仲良いという路線は悪くはないのかもな。」

「なおみちゃんは半分うちの事務所所属みたいなもんですからね。」

「その通りだ。」


 翌週の金曜日の夕方、尚美と誠は品川から乗った新幹線で大阪に向かっていた。

「グリーン車に乗るのは初めてだよ。」

「新幹線に二人で乗るのも初めて。」

「そうだね。去年の秋の連休に家族で広島に行ったけど、それ以来かな。」

「あれから、1年か。この1年は本当にいろいろあった。」

「僕もだけど、尚の方が本当にいろいろあったんだろうね。」

「『トリプレット』でデビューしたことが一番大きいかな。お兄ちゃんは?」

「パスカルさんと知り合って、いろいろ活動していることかな。」

「アキじゃなくて?」

「もし、アキさんがメジャーからデビューできて、僕たちの前からいなくなっても、パスカルさんとは何かをやっていそう。」

「そうなんだ。それは、コッコさんが喜びそう。」

「ははははは。困った話だけど、コッコさん、イラストは上手だから。あと、内容はともかく、BLONGのアスハさんとゲームプログラムを作るのは楽しいかな。」

「アスハ・・・・どこかで聞いた名前・・・・もしかして、春先にお兄ちゃんがゲームのバイトをしていたときの担当者の名前と同じ?」

「その通り。さすが、尚、良く覚えている。アスハさん、まだ会ったことはないんだけど、BLが趣味の女性みたい。カルフォルニア大学を卒業しているすごい優秀なプログラマーで、とても勉強になっている。」

「大学を卒業しているというと、年上なんだ?」

「年齢は聞いていないけど、そうだと思う。」

「ふーん。」

「どうしたの?」

「明日夏先輩のお姉さんということはないよね。」

「えっ、どうだろう。チャットで会話しただけだけど、その感じは・・・・・口調は似ていると言えば似ているけど、単にオタクの口調かもしれない。でも、BL好きと言うことは同じか。」

「明日夏さんのお姉さんはゲームのプログラムを作っているとも言っていたし。」

「そう言えば、イベントでそう言っていたね。本当の読み方は違うかもしれないけど、『明日』に『春』と書いて、アスハという名前にしているのかな。」

「明日春!なるほど。」

「僕が作っていた、会話を生成するためのジェネレーティプ プリトレインド トランスフォーマの学習データをするためのインタフェースのプログラム、一般的なゲームエンジンのものかと思っていたけど、『タイピングワールド』に使っていたのかもしれない。」

「何を言っているかわからないところもあるけど。」

「でも、明日夏さんとの関係を、アスハさんにわざわざ聞くような感じでもないけど。」

「そうだね。何か分かったら教えて。」

「そうする。」

誠は「もしかすると、明日秋、明日冬という名前の妹がいるのかな。初めから4人とは分からないから、まさかな。」と思った。

「今は、どんなプログラムを作っているの?」

「バイディレクショナル エンコーダー レプレゼンテーションズ トランスフォーマを少し改造している。」

「うっ、うん?」

「こんな感じ。」

誠がパソコンの画面を見せる。

「それほど難しい数学は使っていないから、大学生になれば分かると思う。」

「でも、お兄ちゃん、すごいね。」

「ううん、全然すごくない。元はアメリカのだし、情報系は日本自体がアメリカに圧倒的に負けているし。」

「そうなんだ。」

「やっぱり、アメリカの大学に行ったアスハさんは、本当にすごいと思うよ。」

「お兄ちゃんも、アメリカの大学院に行ってみたい?」

「それには英語がネイティブ並みでないと・・・・・」

「そうだよね。勉強したら。」

「でも、他にもしたいことはあるし。」

「分かった。時間があるときに、私が英語の話し相手になる。」

「はい?」

「Makoto,what are doing now?」

「えっ、え。えーと、I am going to Osaka by Shinkansen。」

「What will you do in Osaka?」

「I will participate Ookouchi’s live concert.尚、尚は夜から打ち合わせがあるのに、疲れるからもう大丈夫だよ。」

「全然疲れないから大丈夫だよ。では、今のを英語で。」

「厳しい。Nao,shall we stop training English because you will have a meeting this night。」

途中、駅弁を食べた。そして、二人は誠の英語のトレーニングをしながら大阪に向かった。大阪に着いた時には、尚美はより元気に、誠はクタクタになっていた。


 大阪に着くと、二人は打ち合わせをするミサが泊っているホテルに向かった。ホテルに着くと、尚はホテルの会議室に行き、誠は1階のロビーで待っていることにした。会議室ではバンドを含めた出演者全員がそろい、ディレクターから明日のライブに関する説明を受けた。最後に司会者の尚美だけが残り、司会に関する細かい打ち合わせをすることになった。ミサが尚美に話しかける。

「尚はまだかかりそうね。」

「はい。でも、今日はこの後は寝るだけですから大丈夫です。」

「今日は、誠と来ているんだよね?」

「はい。兄は1階のロビーで待っています。」

「待たせちゃって、申し訳ないわね。」

「兄はパソコンとネットワークがあれば、どこでも同じと言っています。」

「そうなんだ。明日夏、尚の仕事が終わるまで、誠のところに挨拶に行かない?」

「なっ何で、私が。」

「ごめん、明日夏は誠とは複雑なんだよね。忘れていた。」

「ミサさん、リーダーのお兄さんなら、私がつきあいます。」

「亜美、有難う。それじゃあいっしょに行こう。でも、由香はどうしたの?」

「由香先輩は、ゲーセンに行くと言って、もう帰りました。」

「えーと。」

「由香先輩にはマスクをするように言ってありますから、大丈夫だと思います。美香先輩と亜美先輩も二人なら大丈夫だと思いますが、一応、マスクをお願いします。」

「尚、分かっている。」「リーダー、分かりました。」


 ミサと亜美が1階のロビーに行き、ミサが誠を見つけその席に向かう。

「誠、こんばんは。先週はライブに来てくれて有難うございます。」

「えっ、あっ、こんばんは。こちらこそ、妹をライブに呼んで頂いて有難うございます。」

「湘南お兄さん、こんばんは。打ち合わせ、本当はもう終わる時間なのですが、いろいろ伸びてて。リーダーだけ司会の打ち合わせがあるので、まだ30分ぐらいかかりそうです。」

「こんばんは。はい、僕はいくらでも待てますので大丈夫です。でも、わざわざ知らせに来てくれたんですね。有難うございます。」

「亜美、湘南って。」

「お兄さんのSNSの名前です。」

「そういえば、そうだったけど。」

「私としてはそう呼んだ方がしっくりして。あの、私のオタクのアカウント名は、ミーアというので、ミーアと呼んで下さい。」

「ミーア?亜美の反対読みですか。」

「その通りです。」

「誰かの盾になって死なないようにして下さい。」

「はい。湘南お兄さん、湘南にいと呼んでも構いませんか?」

「承知しました。ミーア三佐。」

「えっ、あっ、そっちじゃなくて、お兄さんの、にいです。」

「失礼しました。二尉と間違えました。」

「でも、湘南二尉の方がカッコいいですね。湘南二尉。」

「はい。ミーア三佐、とても強そうな名前です。」

「でも、私の方が位が上ですが、いいのかな。」

「それで大丈夫と思うであります。」

「ならば、リーダーが二佐で、ミサさんが一佐というところか。」

「はい、私もそうと思うであります。」

二人が笑っているところに、ミサが割り込む。

「二人で何を言っているの?」

「ミサさん、ごめんなさい。自衛隊の階級で呼んでみていました。」

「一等陸佐、一等海佐、一等空佐を略して一佐と呼びます。普通の軍隊の呼び名で、一佐は大佐にあたります。」

「なるほど。二尉というのは?」

「中尉です。実際は、二尉でもかなり階級が上です。」

「そうなんだ。私もオタク用のSNSアカウントを考えようかな。」

「鈴木さんですと、美香を反対にして、神でしょうか。」

「神は、ミサさんにふさわしいな。だが、二尉、何か加えたいところだ。」

「分かりました。三佐、カミーユではいかがでしょうか。」

「二尉、女の子の名前みたいだな。」

「三佐、一佐の場合、そう言われても、人を殴ったりはしないと思います。」

「実際に女の子だからな。」

「あとは、歌神、ロック神、六神、鹿を使って鹿神なども考えられます。」

「なるほど。鹿は鹿鳴館がろくだからか。さすがだ、二尉。」

「有難うございます。あとは、麗しい神で麗神、麗鹿神。」

「麗神は、ゲームキャラの名前みたいだな。しかし、二尉も一佐を美人と思うのか。」

「正直に申し上げると、一佐は私が見たことがある女性の中では一番美しいと思うであります。しかし、この湘南二尉、隊の規律を乱すようなことは命に代えても致しません。ですので、この件に関する心配はご無用に願います。」

「うむ、一佐が美人なのは事実だから仕方がないな。私も二尉のことは分かっているつもりだ。二尉の活躍を期待している。」

「ミーア三佐、有難うございます。私も明日の三佐の御武運をお祈りしております。」

「有難う。全力を尽くす。期待してくれたまえ。」

「はい。」

二人で笑っていると、ミサが尋ねる。

「あの、美人の一佐って。」

「申し訳ありません。鈴木さんのことです。」

「そっ、そう。」

悟が話を変える。

「ミーアさん、鈴木さんがいらっしゃるので、話しを変えましょう。口調も普通で。」

「はい、そうしましょう。」

「この前の武道館で二人で歌った『secret base』、ハーモニーが全くずれなくて、二人だけで歌うことにしたディレクターさんの意図が分かりました。さすがだと思います。」

「有難うございます。」「有難うございます。」

「今回も亜美と二人で歌うんだよね。」

「はい、楽しみです。」

「ということは、もしかすると曲は替わるんですね。武道館の時のような神々しい歌、楽しみにしています。」

「我を畏れよ。そして我に跪け。」

「ははー。」

「亜美、今度は何を言っているの?」

「某アニメの一節です。でも、今回も二人のハーモニーが完璧だったら、本当に跪いて祈りたくなると思います。」

「じゃあ、誠、完璧だったら跪いてね。」

「分かりました。約束します。」

「席は?」

「2階席の一番前です。」

誠がチケットを見せる。

「一番前のボックスシートの右側あたりね。確認するから覚悟してね。ふふふふふ。」

「分かりました。妹から聞いたのですが、視力5.0というのは?」

「本当だから。」

「すごいです。それではちゃんと跪かないとですね。」

「はい。」

「でも、ミサさん、ここまで大きなことを言っておいて、どちらかが外したら、二人でコメディアンになってしまいますね。」

「そうか、それは亜美の言う通り。一昨日の練習は大丈夫だったけど、明日の午前にまた何回か練習しよう。」

「はい、そうしましょう。」

「そう言えば、誕生プレゼントのCD、有難うございました。これは聴いた感想を書いたものです。」

誠が100円ショップで買ったファイルに綴じた感想を渡す。

「本当に。嬉しい。どんな感じでした。」

「全体としては本当にすごく良かったです。特に、パワーが必要な歌では、もとの歌手より良いと思うところが多数ありました。ただ、奇麗な声で歌っているのですが、もう少し抑えてと言いますか、細く少しだけ不安定に歌った方が良いと思うときもありました。失恋の歌とかです。詳しくは、そこに書きました。」

「有難う。ホテルに戻ったら読んでみる。」

「ミサさんの唯一の問題を悟られてしまいましたね。」

「鈴木さんの唯一の問題。何ですか?」

「美人過ぎて、失恋ができない。」

誠が笑う中、ミサは言う。

「でも、好きな人に好きと言えないで悩むことはあるよ。」

「失恋は、それより一桁以上きついみたいですよ。」

「そうなの。亜美はそういう経験、あるの?」

「ないです。湘南さんは?」

「ないです。ただ、失恋ができない理由が違いますが。」

「二尉、それは攻撃しないから、負けることもないということか?」

「はい。それに、こちらを攻撃してくる輩もいませんですし。」

「だが、もしミサ一佐と明日夏二佐が同時攻撃を仕掛けてきたら、湘南二尉はどうするか?」

「ミーア一佐、絶対にないことを想定しても無意味だと思いますが。」

「二尉、敵はそういう油断をついてくるものだ。だから、絶対に起きないという事態をも想定し、対応できるようにしなくてはいけない。」

「三佐、さすがです。そういう場合は、とりあえず星野二佐に相談すると思います。」

「湘南さん、それはだめ。言っておくけど、それは最悪の答えだよ。やっぱり自分で決めないと。そんなことじゃ、ミサさんや明日夏さんばかりでなく、どんな女性にも湘南さんを推薦できないからね。」

「大変申し訳ありません。ミーア三佐のおっしゃる通りです。あと10年間はROM(Read only man、掲示板に書き込まないで、読むだけの人のこと)してようと思います。」

「二尉、ROMでは修行にならん。」

「そうではありますが。ところで、ミーア三佐が『タイピング』の直人さんと『プラズマイレブン』の輝三さんに同時に言い寄られたら、どうなされるおつもりでしょうか?」

「それは、リーダーに相談しますね。」

二人で笑う。

「また、二人で訳の分からないことを話している。」

「あっ、またやっていますね。申し訳ありません。」

「ミサさん、申し訳ありません。」

「まあ、楽しそうだからいいけれど。私もオタクの話に加われるようにならなくちゃいけないのかな。」

「ミサさんには、そういう必要はないと思います。」

「はい、鈴木さんはもう既に歌オタクですので、その道を真っ直ぐ行くのがいいと思います。」

「歌オタクね。」

誠がわざとカッコを付けて言う。

「その通り。鈴木さんの歌は、夏の太陽のように光り輝いて、僕たちを元気づけてくれる。だが、近づくと焼け焦げてしまうようなすごいパワーだ。」

「あの、誠、私をバカにしてる?」

「絶対にしていません。自分の思うところを関係者ぽく言ってみただけです。でも、こういうことを言う人は、小説とは違って現実にはいないのですか?」

「うーん、ちょっと違うけどいるかな。あんまり好きじゃないけど。誠は、冗談でやっているのは分かったからいいけど。」

「大変失礼しました。」

「湘南さん、私は?」

「イメージからすると、秋の夜空に優しく光る月のようだと思います。」

「明日夏さんは?」

「えーと、夏の青い空の中に真っ白に浮かぶ雲のようでしょうか。」

「誠、さすが。言っていること何となくわかる。尚は?」

「難しいです。えーと、夜空に光るシリウスのような感じでしょうか。」

「シリウス、夜空で一番明るい星ね。それも分かる。」

「有難うございます。」


 その後も、音楽や全米デビューの話をしていると、尚美と明日夏がやってきた。

「お兄ちゃん、お待たせ。」

「尚、お疲れ。鈴木さんとミーアさんと話せて僕は楽しかったけど、お二人が休むのが遅くなってしまって、申し訳ないです。」

「私も楽しかったから。」

「私はどっちにしろ、みんなを待っていましたから。」

「お兄ちゃん、ミーアって、亜美先輩のこと?」

「リーダー、私がオタク活動で使っているSNSの名前です。」

「そうなんですね。」

「リーダーのお兄さんたちと話す場合は、そっちの名前がいいかなと思いまして。」

「そうですね。私もそう思います。」

「ミーアちゃん、可愛い名前だね。」

「明日夏さんも、オタク活動のSNSの名前はあるんですか。」

「へへへへへ。」

「秘密なんですか。18禁のコンテンツでもあるんですか。」

「だから秘密。亜美ちゃんは、そういうものは?」

「デビューが決まったときに、古いアカウントといっしょに消去しました。ミーアには危ないものは全く載せていません。」

「さすが。それにしても、マー君、何か疲れているね。」

「えっ、誠、ごめん。気を使わせちゃった?」

「いえ、鈴木さんとミーアさんとお話できたのは楽しかったのですが、その前に、新幹線の中で、尚の有無を言わさない英語の特訓を受けていたからです。」

「お兄ちゃんが、情報系はアメリカの方が進んでいて、アメリカの大学院に行きたそうなのに、英語がって言うからです。」

「尚ちゃん、マー君にも厳しいのか。」

「兄のためになると思えば。」

「なるほど。」

「それなら、尚、日常会話なら私も大丈夫だと思うから、いっしょに誠に教えるよ。」

「お気持ちは嬉しいのですが、鈴木さんは全米デビューを控えていてすごく忙しいはずですので、時間を使わせるのは申し訳ありません。自分でネットの講座を使って勉強しようと思います。」

「少しぐらいなら大丈夫なんだけど。分かった。それじゃあ、ひと月に1度ぐらい、試験をしてあげる。」

「マー君も大変だね。でもミサちゃんが試験をするなら、マー君もカッコ悪いところを見せられないから、努力するんじゃないか。」

「月に一度ですか。プレッシャーがすごそうです。」

「それもそうか。ミサちゃん、学校の試験も毎月あったらつらいよ。三か月に一回ぐらいの方がいいんじゃないか。」

「三カ月に一度か。・・・分かった。ということは、次の試験は12月ね。試験問題は考えておくね。」

「あっ、有難うございます。」

「大変なことになったねー、マー君。」

「自分でもやらなくてはいけないとは思うのですが、英語の中でも英会話は特に勉強する気がなくて、やってこなかったので、頑張ってみます。」

「海外ライブとかもあるから、本当は私もやんなきゃだけどね。」

「じゃあ、明日夏もいっしょに試験をしよう。どっちが勝つか楽しみ。」

「ミサちゃん、鬼。」「鬼です。」

笑い声がする中、悟と久美が降りてきた。

「おっ、こんばんは。少年、モテモテじゃないか。」

「橘さん、平田社長、こんばんは。そういうものではないです。どちらかというと、いじめられていた感じです。」

「いじめるのは好意がある証拠だから。」

「そういう感じではなかったですが。そう思うことにします。」

「その通り。ネガティブになるのはだめよ。もちろん、犯罪はだめだけど。」

「橘さん。橘さんも、男性を川に蹴落とすのは、基本的に犯罪です。」

「明日夏、それは浮気する方が悪い。でも少年、ここにいるのはみんな私の弟子だから、少年も浮気すると川に蹴落とされるかもよ。」

笑い声がする中、悟がみんなに言う。

「それじゃあ、ホテルに帰ろうか。誠君も尚ちゃんと同じホテルだったよね。」

「はい、階は違いますが。社長さんが先頭で、僕がしんがりを務めようと思います。」

「うん、それが一番いいね。それではミサちゃん、明日もうちの子たちをよろしくお願いします。」

「ヒラっち、全力でがんばります。」

「美香、また明日。」

「今日は有難うございました。」

「ミサちゃん、また明日。」

「うん、また明日。」

「美香先輩、明日、またよろしくお願いします。」

「はい、また明日。司会、お願いね。」

「ミサさん、明日の朝の練習、がんばりましょう。」

「分かっている。また明日ね。」

「明日のライブ、楽しみにしています。おやすみなさい。」

「亜美とのハーモニー、上手くいったらちゃんと跪いてね。」

「はい。了解です。」


 悟が先頭、誠がしんがりで、ミサが泊っているホテルを後にした。

「湘南二尉、部屋は何号室だ?」

「ミーア三佐、412号室でありますが。」

「後で二尉の部屋に行っていいか。」

「何、亜美ちゃん、夜這い?」

「明日夏さん、違います。ビデオの編集で、字幕をつける方法で分からないところがあるから、教えてもらおうと思って。」

「三佐、僕が分かることなら何でもしますが、さすがに僕の部屋だと何ですので、ロビーではいかがでしょうか。」

「部屋の方が楽なんだけどな。」

「亜美ちゃん、それはさすがにガードが甘すぎる。ところで、二人は三佐と二尉なの?」

「成り行きでそうなってしまいました。明日夏さんは二佐です。」

「なるほど。」

「明日夏二佐、二尉の部屋に朝までいても何も起きないことに、直人の限定フィギュアをかけられます。」

「ミーア三佐、私もそっちにかけられる。それでは、ビデオの編集なら私も知っておきたいから、いっしょに二尉の部屋でビデオ編集の演習をするよ。」

「二佐も三佐も、オリコンで10位以内に入るような方々なんですから、それをもう少し自覚して頂けないと部下が大変なことになります。ホテルにはもうすぐ到着しますので、ロビーにふたふたまるまるに集合でよろしいでしょうか。」

「10時だな。了解した。」「ダコール。」

「しかし、少年。パラダイス興行としては、本人たちが良ければ何をしても構わないぞ。」

「橘さん、また話しをややこしくしないで下さい。」

「もちろん二人ともまだ若いから、新しい命を作らないように配慮はして欲しいが。」

「あのですね。」

「何なら、美香も構わないぞ。何か言われても、この私が許したと言ってやればいい。」

「そんなことを言うと、パラダイス興行ごと溝口エイジェンシーにつぶされますよ。」

「そっ、そうだな。それじゃあ、私のことは秘密で。」

「さっきもそうでしたが、鈴木さんは、妹といっしょに僕のことを兄と思って話しているようですから、その信用を裏切ったりはしません。」

「確かにそういうところもあるけど・・・。今はそれでいいか。それじゃあ、明日夏と亜美は本人しだいで。」

「あの、平田社長、橘さんが。」

「久美は昔からこうだから。でも、誠君、分かっていると思うけど、亜美ちゃんはまだ高校二年生だから。」

「はい、それは十分理解しています。」

「社長、私はいいんですか?」

「明日夏ちゃんは、前にも言ったけれど、アニソン歌手を続けていたいならもう少し後にした方がいいと思う。だけど、人生はそれだけじゃないから、最後は自分で決めないと。それに、ダメと言ったら久美に川に蹴落とされる。」

「やっぱり、自分で決めないとですね。」

誠が反省したような顔をしたので明日夏が尋ねる。

「どうした、マー君。」

「さっき、亜美さんに二人の女性から言い寄られたらどうすると聞かれて、妹に相談すると答えたら、最低と言われたからです。」

「あー、マー君、それは最低だ。」

「ですよね。」

「少年、それは最低だぞ。」

笑い声が起きる。

「でも、お兄ちゃん、困ったら相談してね。ちゃんと調べてあげるから。」

「尚ちゃん、それは過保護だよ。」

「尚、それじゃあ少年のためにならない。」

「社長はどう思いますか?」

「誠君はしっかりしているので、尚ちゃんはウォッチしていて、相手が本当に悪い人で危なくなりそうだったらでいいんじゃないかな。」

「そうですか。社長の言う通りかもしれません。」

誠も「さすが社長」と思いながら、川に蹴落とす話で思い当たる節があったので久美に尋ねる。

「えーと、旧姓は平だっけな。・・・・あの、橘さん。」

「何だ、少年?」

「もしかするとですが、平真理子さんという方をご存じですか。」

「私の歌の基礎を作った恩人と同じ名前だが。」

「そうですか。マリさん、男を川に蹴落とした後輩がいると言っていましたので、さっきと今の話でもしやと思いまして。」

「橘さん、男性を川に蹴落としたことをたくさんの人に知られているんですね。やっぱり、悪いことはできませんよ。」

「この間の『あんなに約束したのに』の歌い方を考えたのが、マリさんです。」

「なるほど。あれは真理子先輩が考えたんだ。」

「久美、平さんって、どんな人なの?」

「高校の合唱部の先輩で、すごく厳しかった。クラッシックの声楽一直線という感じ。高校1年生の時に真理子先輩に鍛えられたから、いまの私があると言っていい。」

「へー、久美は合唱部だったんだ。」

「悟の私のイメージに合わないかもな。1年間だけだけど。真理子先輩とは合唱部を止めるときに少し喧嘩したかな。お前もクラッシックの道に進めって。」

「なるほど。」

「それで少年、今、真理子先輩はボイストレーナーをしているということ?」

「いえ、二十歳でお子さんができて、学生結婚をして、卒業後は基本的には家に居たそうです。それでユミさんが僕たちと活動することになって、アキさんとユミさんのボイストレーニングをしています。」

「えっ、二十歳で子供ができたの。真理子先輩。」

「はい、自分でできちゃった婚って言っていました。」

「いやー、男から一番遠い存在と思っていたのに。あっ、奇麗な人だったけど。人生分からないわね。」

「明日夏さん、マリさんが歌った『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を聴いてもらいましたか?」

「マー君、ごめん。忙しかったからまだ。」

「忙しいことは、分かっていますから、全然構いません。橘さんと社長さん、後で聴いてもらえますか?」

「もちろん。」

「『あんなに約束したのに』がすごく良かったし、僕も楽しみだよ。じゃあ、10時に僕たちもロビーに行くよ。」

「はい、よろしくお願いします。イヤフォンを持ってきてください。あと、明日夏さん、ミーア三佐はパソコンをお持ちでしたら持ってきてください。その方が操作を覚えるのが早いと思います。」

「了解。」「ダコール。」

「しかし、橘さんの先生だったということは、私にとってはおばあちゃん先生ということか。」

「あの、明日夏さん。申し訳ないですが、マリさんに会うことがあっても、そういうことを本人には言わないで下さい。」

「大丈夫、私も女だからそれは分かっている。それより、マー君の方が酷いことを言っていないか?30歳を超えたにしては若い声だ、とか。」

「・・・・・・・・。」

「やっぱり、言っているのか。」

「似たようなことを。」

「相変わらずだな。私は慣れているがな。」

「申し訳ありません。」

一行がホテルに到着した。

「お兄ちゃん、いろいろ有難うね。まだ、整理しなくちゃいけないことがあるから、10時には行けない。ごめんなさい。」

「分かっている。何かあったら専用の携帯で。」

「うん、そうする。それじゃあ、また明日。」

「また、明日。」


 全員が部屋に上がった後、10時ごろにロビーに誠、明日夏、亜美が集まった。誠が二人に字幕の付け方を説明していると、悟と久美がやってきた。

「誠君、明日夏ちゃんと亜美ちゃんのこと有難う。」

「大丈夫です。時間はありますから。」

「少年、両手に花だな。」

「はい、それは橘さんの言う通りです。マリさんの歌をミュージックプレーヤーに入れてきましたので、聞いてみて下さい。音声信号を分配するケーブルを付けてありますから、二人同時に聞くことができます。」

「おお、少年、サンキュー。」

悟と久美はマリの歌を聴き始めた。

「ねえ、マー君。あんなケーブルを付けないで、1つのイヤフォンで片耳ずつ聴いた方が、二人がいい雰囲気になれたのに。」

「えっ、でも両耳で聴いた方がちゃんと聴けるというか、片耳だと曲のディテールが分からなくなります。」

「あいかわらず。デリカシーがないやつだ。」

「すみません。」

「でも、そういう理由で、筑波山のレストランでもあの分配ケーブルを使っていたのか。」

「やっぱり、見られていたんですね。」

「混んでいたんで、結局、部屋で食事したがな。」

「はい、その方が良かったと思います。あの時は、他の三人が酔っぱらって、僕がアレンジしたインスツルメンタルを確認してもらっていました。」

「尚ちゃんは、女子高生にマー君が利用されているんじゃないかと思って心配しているが。」

「まあ、そうなのかもしれません。パスカルさんとも話していますが、アキさんがメジャーからデビューできれば、それで僕たちの前からいなくなっても僕たちは嬉しいですし。」

「僕たち?」

「パスカルさんと僕です。アキさんは、僕たちが育てた、という感じです。」

「あはははは。」

「それでアキさんがいなくなったら、別の人をプロデュースしようと話しています。」

「私も人気が無くなったときには、私のプロデュースを、パスカルさんと湘南さんにお願いしてあるんです。」

「ならば、私もお願いしておこうかな。」

「もちろん、その時は喜んでプロデュースします。でも、お二人に関しては、その必要はないと思います。アキさんが上手になったと言っても、お二人の歌は段違いに良いと思います。」

「でも、私は明日夏さんほど声域が広くないですし。」

「亜美さんも、明日夏さんも、声の特徴を生かせる曲を歌えば大丈夫だと思います。それに、平田社長さんならそれができると思います。あえて言いますけど、大手の溝口エイジェンシーのプロデューサーの方が曲は分かってもボーカルが分かっていない気もします。」

「そうすると、ミサちゃんは大丈夫かな?」

「鈴木さんは、オールマイティーですから、鈴木さんの方が曲に合わせられると思います。でも、日本語の歌ならば平田社長さんの方が、もっと鈴木さんに合った曲が選べると思っています。」

「なるほど。」

マリさんの曲を三回聴いた、悟と久美が三人の方を見る。

「何だい、みんなで僕を見て。」

「いえ、社長はすごいという話をしていたんです。」

「悪口?。まあ、憂さを晴らすことも必要だから、構わないけど。」

「違います。マー君が、社長なら私たちに合った曲を絶対に選んでくれるって。」

「誠君が?有難う。もちろん、一生懸命選んではいるけれど、絶対の自信があるわけじゃないから、意見があったらどんどん言ってね。」

「ダコール。」

「それで、少年が真理子先輩の歌で言いたいことは、明日夏や亜美のボイストレーニングは私では力不足になってきているということ?」

「力不足と言っているわけではありません。鈴木さんのボイストレーニングには橘さんが適任と思いますし。」

「久美、だんだんと合わなくなってきているということだと思うよ。」

「はい。社長さんのおっしゃる通りです。」

「・・・・・・・・。」

「久美、久美が明日夏ちゃんと亜美ちゃんを成長させたということだよ。」

「はい、橘さんなしでは今の私はなかったと思います。」

「私もです。」

「・・・・・・・・。」

「申し訳ありません。差し出がましいことをしてしまったでしょうか。」

「そんなことはないよ。明日夏ちゃんと亜美ちゃんのことを考えて言ってくれていることは分かっているから。とりあえず、その件はこちらで検討する。でも、こちらもいろいろあって。」

「分かりました。この件はもう黙っておきます。」

「今日は本当に有難う。それじゃあ、僕たちは上がるから。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

「社長、橘さん、おやすみなさい。また明日。」

「おやすみなさい。明日、またよろしくお願いします。」


 悟と久美が部屋に上がって行った。

「橘さん、湘南さんが、力不足と言ったから傷ついたのかな。」

「力不足とは言ってはいなかったのですが。」

「亜美ちゃん、力不足は橘さんが自分で言ったことだよ。」

「そうですか。湘南さん、ごめんなさい。」

「いいえ、似たような意味ですので、構いません。」

「合わなくなってきたことは、マリさんとやらの歌を聴いた橘さん自身が一番良く分かったんじゃないかな。だから、あんなに落ち込んだのかもしれない。」

「そうですか。」

「マー君も亜美ちゃんも、橘さんは大丈夫。社長もついているし、お酒を飲めば明日の朝には治っているよ。」

「だと、いいです。」「はい。」

「それより、マー君、字幕の続き、教えて。」

「分かりました。」


 誠の字幕をつける方法に関する説明が終わった。

「マー君、有難う。」

「湘南さん、有難うございます。」

「こんなことで良ければ、いつでも。僕ももう少し勉強しておこうと思います。」

「ところで、湘南二尉、お願いがある。」

「えーと・・・。はっ、三佐、何でしょうか。」

「私もアキさんたちをプロデュースするグループのSNSに加えてもらえると嬉しい。」

「三佐は、地下アイドルのプロデュース活動の全体が知りたいわけですね。」

「二尉の言う通りだ。そこでは、この口調を使おうと思う。」

「三佐、分かりました。連絡してみます。」


 誠がパソコンを使ってアキPGに連絡する。

湘南:12月のワンマンライブの手伝いをしてくれるというミーア三佐をアキPGに招いても構わないでしょうか

パスカル:ワンマンの手伝いなら、それ専用のグループを作った方が良くないか

湘南:それも作ってありますが、地下アイドルのプロデュース活動全体に関して興味があるようです

パスカル:湘南から見て大丈夫なやつか?

湘南:それは保証します。パスカルさんも知っている人です

パスカル:名前に覚えはないが、湘南がいいというなら構わない

アキ:ねえ、ミーアって名前からすると女性

パスカル:まさか。三佐なんて言っているぐらいだから、女性の名前でもミリオタ男性だろう

アキ:そうか

湘南:すぐに分かると思いますので、先に言っておきますが女子高生です

パスカル:おい、それを先に言え。でも俺が知っている女子高生なんてアキちゃんだけだが

湘南:ミーア三佐は覚えているようですが

パスカル:女子高生が俺を一方的に知っているのか

アキ:それは考えにくいわね

ラッキー:女性のオタクは貴重なんだから何はともかく招待して

湘南:了解です

ミーア:こんばんは、ミーア三佐だ。パスカル一尉、この間はご苦労だった。感謝する

ラッキー:ミーア三佐はアイドル活動に興味があるの

ミーア:ラッキー一尉、その通りだ

ラッキー:好きなアイドルは?

ミーア:『トリプレット』の星野尚美二佐と、アイドルではないが大河内ミサ一佐だ

ラッキー:なるほど。武道館のミサちゃんのワンマンライブには行った?

ミーア:もちろんだ

ラッキー:明日のライブは行くの

ミーア:議論の余地もない

ラッキー:『トリプレット』のライブやイベントは

ミーア:ひとつ残らず行っている

ラッキー:そうなんだ。それじゃあ僕とも会ったことはある?

ミーア:無論だ。SNSもフォローしている。いつも面白いことを書いている

ラッキー:有難う。感激だ。女子高生が見てくれると思うと元気が出る。チケットの手配とか、何かあったら何でもするから、おじさんに言ってね

ミーア:ラッキー一尉、もしこちらの戦線が崩壊したら支援を頼む

ラッキー:イエス、イエッサー

パスカル:ミーア三佐、この間はご苦労だったというのは、私が何かしたでありましょうか

ミーア:一尉、ビデオの撮り方を教えてくれただろう。だいぶコツが分かった気がする

パスカル:湘南、ミーア三佐というのは

湘南:パスカル一尉、想像の通りです

パスカル:湘南、状況は何となく分かった。でも、ミーア三佐、明日は朝から作戦があるのではないでしょうか

ミーア:今回の作戦は実戦が夕方からで、演習開始はそれほど早くはない

パスカル:それでも早めにお休みになられた方が、一般隊員のためと思います

ミーア:分かった。もう少ししたら寝るが、今後のそちらの作戦計画を聞かせてもらえるか

パスカル:明後日の日曜日午後に『ユナイテッドアローズ』のデビューライブがあります

ミーア:今度の日曜か。済まないが、それにはテレビの歌番組作戦があって参加できない

パスカル:おめでとうございます

ミーア:有難う。救出作戦に参加したことはあるが、正規戦は初めてだからな

パスカル:作戦の成功をお祈りしています

ミーア:まあ、私はなおみ二佐のおまけみたいなものだがな

湘南:ミーア三佐のおかげで歌の土台がしっかりします

ミーア:そう言ってくれると嬉しい

パスカル:次は11月中旬に『ユナイテッドアローズ ウィズ マリ』のレコーディングをする予定です

ミーア:やっぱり土日か

パスカル:そうなると思います。参加できなくても構いません

ミーア:作戦がなければ参加する

パスカル:とてもミーア三佐にお見せできるものではないのですが

ミーア:現在は正規軍として戦っているが、戦線が崩壊してゲリラ戦に移行する可能性はいつでもある。その時のためにゲリラ戦の実際についても知っておきたい

パスカル:地下アイドル活動はゲリラ戦ですね

湘南:ミーア三佐、カレンダーを共有しますので、いつでもチェックできます

ミーア:湘南二尉、感謝する。このSNSのメンバーのマリさんというのはユミさんのお母さんだったな?

パスカル:その通りです

ミーア:メンバーを見たところ問題はなさそうだから、パスカル一尉、湘南二尉、別に私のことを話しても構わんぞ

パスカル:了解です

アキ:パスカル、ミーア三佐って私も知っている人?

パスカル:まあ、そういうことにはなる

ミーア:何だアキ三佐、忘れたのか。この前二人でハイタッチした仲じゃないか。私にはGLの趣味はないが

アキ:ハイタッチ!パスカル、もしかして柴田亜美ちゃんなの

ミーア:私の芸名はその通りだ

アキ:ライブを手伝ってくれるという話は聞いたけど

ミーア:上層部の命令によりライブで私の正体を明かすわけにはいかないが、秘密裏に支援戦闘を展開する

ラッキー:湘南、本当の話なの?

湘南:はい本当です

ラッキー:先ほどは失礼なことを聞いて大変申し訳ありません。今、大阪に向けて土下座しています

ミーア:ラッキー一尉、許す。ゲリラ戦に突入した場合、ラッキー一尉の戦力は非常に貴重だ

ラッキー:有難うございます

アキ:でもミーア三佐、デビューできても競争は大変なものなの?

ミーア:アキ三佐、毎年何人デビューしているか考えてみたまえ。その数だけ毎年辞めていることになる

アキ:分かりました。でも、ミーア三佐と同じ階級というわけにはいかないので、曹長でお願いします

ミーア:アキ曹長、なかなか渋い選択だ

アキ:アムロと同じ

ミーア:地球に降りた時だな。哀 戦士、いい歌だ

アキ:すごい、よくご存じです。私はランバラルも好きなんです

ミーア:ザクとは違うのだよ。ザクとは

アキ:有難うございます。でも、三佐は本当にお休みになられないといけないのでは

湘南:ミーア三佐は私の隣で寝ている

パスカル:おい

ミーア:今のは嘘です。湘南二尉は席を外していて、明日夏二佐が湘南二尉のパソコンを勝手に使っています

湘南:パスカル一尉、ミーア三佐に変なことをしたらタダでは済まんぞ

パスカル:はい、十分に承知しています

湘南:うむ、ならばよろしい。それじゃあミーア三佐をよろしく。私は寝る

パスカル:明日夏二佐、承知しました。おやすみなさい

ミーア:ごめんなさい。お騒がせしました。明日夏二佐は部屋の方に上がって行きました

パスカル:今はホテルのロビーにいるんですか

ミーア:うむ。その通りだ。湘南二尉が戻って来た

湘南:すみません。お手洗いに行っていました

湘南:僕が妹と同じホテルにしたので、パラダイス興行の御一行も泊まっていまして

パスカル:なるほど

ラッキー:羨ましい

アキ:湘南、皆さんはお元気?

湘南:はい。それは大丈夫です

ミーア:ミサ一佐は、先週より元気だ

アキ:それはよかったです

ミーア:それでは私もそろそろ寝る。普段はこんなに早く寝ないのだが

アキ:分かりました。おやすみなさい

パスカル:おやすみなさい

ラッキー:おやすみなさい

ミーア:おやすみなさい

湘南:ミーア三佐が部屋に上がりました。ここでの活動は三佐は付けなくてもいいですが、ミーアでお願いします

パスカル:確かにその方がいいな

アキ:でも湘南は何をしていたの?言える範囲でいいけど

湘南:ホテルのロビーでミーア三佐に動画編集ソフトの使い方を説明していました

湘南:ところで日曜日の準備はどうですか

パスカル:明日、ユミちゃんの家で最終練習をする

湘南:CDとチェキとポスターは?

パスカル:CDとチェキは200枚、ポスターは3枚用意してある

湘南:PAに渡す音源と照明の指示は、当日持っていきますが、データ共有サービスの方にもアップロードしてあります

パスカル:サンキュー。それじゃあ、俺たちも寝るか

アキ:おやすみなさい

湘南:おやすみなさい

コッコ:ミーア三佐って誰?メンバーに加わっているけど

アキ:コッコ、今ごろ

コッコ:ごめん。勉強していた

アキ:マジで?

コッコ:宿題のプリント。これから漫画を描こうと思ったところ

アキ:女子高生

コッコ:アキちゃんのお友達?

アキ:友達と言うと恐れ多いけど

コッコ:コミケ用のGLイラストになるかな

湘南:本人に確認を取ってください

コッコ:分かっているって。二次元化するから大丈夫


 次の朝、由香は7時前に亜美の部屋に戻ってきて、パラダイスの一行はいっしょに朝食をとった。誠は別に一人で朝食を取った。そして、パラダイスの一行は9時過ぎに溝口エイジェンシーが用意したバンで大阪城ホールに向かった。誠はそれを見送った後、チェックアウト時間の11時にホテルを後にして、京橋駅そばのネットカフェで開場時間まで待つことにした。ネットカフェでは、大学の宿題、BLONGの仕事、曲作りをしながら時間をつぶした。開場時間になって会場に入り、またパソコンで作業をしていたが、開演近くになってパソコンをしまい、あたりを見回すと立ち見はいなかったが、アリーナ席、スタンド席ともほとんどいっぱいになっていた。

「大阪でこれだけ入るんだ。鈴木さん、やっぱりすごいな。」

誠は尚美に専用のスマフォでエールを送った。

誠:席についている。頑張って

 しばらく尚美から返事はなかった。ライブの構成は基本的に東京と同じだった。異なるのは、尚美がタブレットから見せた画像が雑魚寝しているところであったこと、ミサの英語の歌が『Uninnocent』の英語バージョンであったこと、ミサと亜美の歌が『ひかりふる』(kalafinaの歌)であったことである。誠は「三人のための曲を二人でよくまとめている。鈴木さんが録音を含めて二人分か。ハーモニーもほぼ完璧。跪いたら周りから変な目で見られるかもしれないけど、追い出されることはないだろう。」と思いながら膝まづいた。すると、なぜか周りの観客たちにも次々に跪いていった。歌が終わると、ミサが誠がいるあたりに手でグッジョブのサインを送ると誠もグッジョブのサインを返した。そうして、ライブは無事終了した。ミサはあと一泊するが、パラダイス興行の一行は翌日『トリプレット』にテレビ出演のための収録の仕事があるため、その晩に東京へ戻った。明日夏たちは、のぞみ号で、品川または東京に向かったが、尚美だけ小田原乗り換えで辻堂に向かうため、ひかり号に乗ることになっていた。

「それじゃあ、尚ちゃん、また。誠君、尚ちゃんをお願いね。」

「はい、またお願いします。」

「はい。有難うございました。」

「尚、それじゃあ、また。少年、昨日はすまなかった。」

「また、火曜日にお願いします。」

「橘さんは、橘さんが得意な分野では最強だと思います。」

「少年は、気を使いすぎて疲れないようにな。」

「有難うございます。」

「尚ちゃん、また。マー君、曲、期待しているよ。」

「明日夏先輩も、また火曜日に。」

「はい、がんばります。」

「リーダー、リーダーの兄貴、またな。」

「リーダー、また明日。湘南二尉、明日の武運を祈っている。」

「由香先輩、亜美先輩、明日のテレビの収録、頑張りましょう。」

「妹を有難うございます。またよろしくお願いします。」


 一行はそれぞれの列車に乗っていった。尚美が隣の席の兄に話しかける。

「それじゃあ、小田原に着くまで日本語禁止で。」

「今日は尚、疲れているんだから。無理は禁物だよ。」

「大丈夫。ちょうどお兄ちゃんと英語を話したい気分なんだよ。」

「分かった。でも、本当に鈴木さんは英語の試験をすると思う?」

「美香先輩はいいかげんなことを言う人じゃないから、99%すると思う。」

「だよね。」

「明日夏先輩に負けないように。」

「はい。」

「Let’s start speaking English!」

「Yes.I feel as if I had two too excellent sisters.」

「Oh! You are very lucky.」

「Ye・・・ Yes.」

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