第27話 それぞれの活動

 水曜日の夜、パスカルが『アキPG』宛にSNSでメッセージを送る。

パスカル:ワンマンの日程が決まったよ。今日、平田社長さんと話してきた

アキ:本当!いつ?

パスカル:12月18日土曜日。12月の土日は全部開けておいてと言ってあったから大丈夫だよね

アキ:もちろん

ユミ:私も大丈夫です

マリ:私も大丈夫

アキ:時間は

パスカル:13時に開場、13時半開演で、15時半までにステージから完全撤収、その後、ホールのロビーで16時半まで物販。

アキ:この時間ならユミちゃんも安心ね

マリ:私はもっと遅くても大丈夫だけど

ユミ:ママの出番はプロデューサーと湘南兄さんが考えてくれているから、落ち着いて

マリ:ユミちゃん、了解

湘南:マリさんの出演の件は大丈夫ですが、キーボードを弾く件は今回はなくなりそうです。それは、また別の機会にしようと思います

マリ:分かったわ

ユミ:別の機会って、ママがまた出るの?

パスカル:そのときのお客さんの反応しだいかな

マリ:プロデューサー、厳しい

ユミ:そういうものよ

マリ:分かった。ママ頑張る

湘南:それほど心配しなくても、非難ごうごうでなければ大丈夫だと思います

マリ:湘南さんは優しいようで怖いことを言うわね

湘南:今はできることをしましょう

マリ:分かってる。とりあえず、ダイエット頑張る

パスカル:次のレコーディングは午前と午後の両方スタジオを抑えてあるので、その昼休みに詳細を話すから

アキ:期待しているよプロデューサー。それじゃあまた

ユミ:プロデューサー、湘南兄さん、またお願いします

マリ:それじゃあ、レコーディングで


 少しして、ラッキーから連絡があった

ラッキー:次回のレコーディングは、午前中に僕も行こうと思っているけど、大丈夫かな

パスカル:もちろん大歓迎です。午後はイベントですね

ラッキー:その通り

湘南:是非、感想を聞かせてください

ラッキー:了解。あと、湘南との和解のためにナンシーを連れていくけど、いいかな

湘南:僕の方は全然かまいませんが、ナンシーさん、いろいろ忙しそうなのに、わざわざ来てもらうのは申し訳ないです。その件は僕から伺っても構いませんが

ラッキー:その日は休みだという話だし、アマチュアのレコーディングというのに興味があって、そのついでだから

湘南:逆にナンシーさんは、プロのレコーディングを知っていると思いますので、プロとの違いを話してもらえると助かります

ラッキー:そうだね、ナンシーに伝えておくよ


 10月中旬、『ユナイテッドアローズ』の2回目のレコーディングの日が来た。スタジオを借りる時間の少し前に、建物の前にメンバーが集まり始めていた。

「今日は午前と午後と借りてあるから、ユミちゃん、落ち着いていこうね。」

「プロデューサー、前回で慣れましたので、今日は大丈夫だと思います。」

「おっ、頼もしいね。」

「見ててください。」

「期待しているよ。」

ラッキーとナンシーがやって来た。

「こんにちは。」「皆さん、こんにちはですねー。」

「ナンシーさん、初めまして。アキ姉さんから話は伺っています。今日はお忙しいところを有難うございます。もし、何か直した方がいいところがあれば何でも言って下さい。」

「ユミちゃん、初めましてですねー。本当に、お利口さんですねー。」

「ユミの母で、マリと言います。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いするですねー。」

「ナンシーちゃん、久しぶり。ミサちゃんは元気?」

「ワンマンに向けて元気いっぱいですねー。ついて行くのが大変なんですねー。」

「確かにそんな感じよね。」

「ナンシー、ラッキー、シンガポールでは有難う。今日のレコーディングも、気が付いたことがあったら、何でも言ってくれ。」

「ナンシーさん、今日は来てくれて有難うございます。この間はナンシーさんのことを良く知らずに、失礼なことを言って大変申し訳ありませんでした。」

「湘南さん、こちらこそ、湘南さんが私のために言ってくれたことを誤解して、ごめんなさいですねー。後で二人で話すんですねー。」

「おっ、ナンシーちゃん、告白かな。」

「そうなんですねー、と言いたいところなんですねー。でも、星野さんについて少し聞きたいことがあるんですねー。」

「はい、ナンシーさんと大河内さんには大変お世話になっていますし、何でも聞いて下さい。できれば、妹もよろしくお願いします。」

「任せてですねー。」

「ナンシーちゃんと湘南君の話なら、まあ、その話しだろうね。」

「それじゃあ、行こうぜ。」

7人がレコーディングスタジオに入って行った。誠が機材の準備を始め、マリがユミの発声練習を始めた。

「アマチュアと言っても、皆さんすごいですねー。」

「機器の扱いは湘南のおかげで、歌の方はマリさんが入ってからすごく良くなったよ。」

「パスカル君の言う通りだな。驚いた。」

「でも、ナンシーさん、大河内さんのレコーディングはもっとすごいですよね。」

「ミサのレコーディングは、日本最高の態勢だから、そうなるですねー。部屋も広いし、スタッフも多いですねー。だから、参考になることが言えるかあまり自身はないんですねー。」

「そうですよね。確かにあちらのレコーディングとは差がありすぎますよね。分かりました。」

「でも、使っているマイクは同じですねー。」

「はい、このコンデンサーマイクは最高のものだと思います。アキさん、ユミさん、ナンシーさんの話しによれば、マイクは大河内さんがレコーディングに使っているのと同じだそうです。」

「へー、そうなんだ。すごい。」

「『トリプレット』のレコーディングの写真も、こんな感じのマイクを使っていました。」

「ということだ。ユミちゃん、アキちゃん、プロと思って頑張っていくぞ。」

「はい。」

「今日の午前中は、ユミちゃんの2曲目のレコーディング、『あんなに約束したのに』のコーラスをマリさんにお願いしたいと思います。」

「はい、それは任せて。」

「昼食の後、午後は、アキさんとユミさんの『あんなに約束したのに』のレコーディングです。時間はありますので、落ち着いてやっていきましょう。」

「コーラスなら、私も参加するですねー。」

「有難うございます。楽譜を渡しますので見ておいてくれますか。」

「有難うですねー。こんなスタジオで歌ってみたかったですねー。」

「湘南、せっかくだから、時間が余って、ナンシーちゃんとマリちゃんがもし良かったら、歌ってみてもらおうか。」

「はい、ユミさんとアキさんの参考にもなると思います。」

「ほんと!私も歌ってみたかった。」

「嬉しいですねー。でも、私は午後は参加できないですねー。」

「分かりました。午前中の余った時間にナンシーさん、午後の余った時間にマリさんにお願いすることにしたいと思います。」

「有難うですねー。」

「もし、今日できない場合でも、11月にもレコーディングの予定がありますので、そのときにお願いしようと思います。」

「分かったですねー。湘南さんはいい人なんですねー。」

「そう、ユミにも、旦那さんにするなら、パスカルさんか湘南さんみたいな人にしなさいと言っているんだけど。」

「私は、もっとイケメンで甲斐性がある人がいいな。」

「ユミちゃん、そういう男を虜にするには、もっともっと女を磨かなくてはいけないんですねー。そうしないと、遊ばれるだけになってしまうんですねー。」

「ナンシー姉さん、分かりました。頑張ります。」

「また女性陣が怖い話しをしているけど、とりあえず、ユミちゃんの二曲目のレコーディングからはじめようか。」

「プロデューサー、了解です。」

「じゃあ、湘南、ここからはお願い。」

「了解です。」

皆が見守る中、ユミとマリが録音ブースに入り、セッティングをした後、マリが出てきて、録音ブースの扉を閉め、レコーディングが開始された。

「それでは、ユミさん、カラオケ音源を流します。」

「湘南兄さん、お願いします。」

ユミが歌い始める。1回歌い終わるたびに、マリが注意を与えていたが、5回ほど歌って順調にレコーディングを終えた。

「ユミちゃん、すごいな。今回は落ち着いていた。」

「はい、前回は初めてで、さすがに緊張しすぎました。」

「ナンシーさん、何かコメントはありますか?」

「小学生なのにこれだけしっかり歌えれば、今は構わないと思うですねー。でも、悪い歌声ではないけど、普通というか特徴がないことが歌手としては少し気になるですねー。これから変わっていくかもしれないから、マリさんの言うことを聞いて、頑張るといいですねー。」

「ナンシー姉さん、有難うございます。これからも頑張ります。」

「ナンシーさん、有難うございました。」

「でも、小学生の時からこんな環境で歌えて正直羨ましいですねー。」

「それは私もそう思う。」

「次に、コーラスの収録に入りたいと思います。初めにマリさん。次に、ナンシーさんでお願いします。」

「湘南さん、了解。」「分かりましたですねー。」

 今までコーラスは合成音声を使っていて、生のコーラスを音源に入れるのは初めてだったが、二人とも三回ずつ歌って問題なくコーラスのレコーディングを終えた。

「お疲れ様です。マリさんも、ナンシーさんも完璧ですね。さすがです。」

「まあね。」

「マリさんのコーラスが参考になって、簡単だったんですねー。マリさん、音楽大学で声楽をやっていたことだけはあるんですねー。」

「有難う。ナンシーさんも、歌いこんでいるというのが伝わってきて良かったわよ。」

「有難うですね。」

「それでは、ナンシーさん、歌ってみてもらえますか?曲は何がいいですか。」

「『Call Me』をお願いするですねー。」

「Blondieさんのですね。」

「そうですねー。」

「はい、インスツルメンタルがありますので大丈夫です。あと、お願いなのですが、『Call Me』の後で、『Fly!Fly!Fly!』の英語バージョンをリクエストしても構わないでしょうか。」

「ミサの曲ですねー?」

「はい、そうです。」

「いいですねー。ミサと女の違いを聴かせてあげるですねー。」

「有難うございます。それでは時間的に2曲それぞれを3回ずつお願いします。」

「オーケーですねー。カモン、ミュージック。」

誠がカラオケ音源を流すと、ナンシーが歌い出す。それを聴きながら、誠とマリが感想を話す。

「ナンシーさん、本物のアメリカ人シンガーという感じね。」

「アマチュアとはいえ、本当にそうですね。こういう曲を生で聞くのは初めてです。すごい迫力があります。」

 ナンシーが『Call Me』を3回歌い終わった。

「お疲れ様です。録音は大丈夫だと思います。アメリカ人の歌手がロックを歌うのを初めて間近で聞きましたが、本当にすごかったです。全身に音楽でロックを感じました。」

「湘南さん、お世辞じゃないですねー?」

「失礼かもしれませんが、本当のことを言うとかなり驚きました。英語の歌の深さが分かりました。」

「有難うですねー。」

「ナンシーさん、本当に良かった。私たちがアメリカに行った感じだったわよ。」

「マリさん、有難うですねー。次はカッコいい『Fly!Fly!Fly!』を歌うですねー。」

「はい、お願いします。」

誠がカラオケ音源を流すと、ナンシーが歌い出す。誠は何も言わずに真剣に聞いていた。ナンシーが三回歌い終わる。

「お疲れ様です。ナンシーさん、『Fly!Fly!Fly!』も練習していたんですね。」

「カラオケで一人で歌っていたですねー。」

「そうですか。やっぱり、歌の表現がすごく深いと思います。」

「ミサも、いろいろ経験すれば、歌がもっと深くなるとは思うんですねー。」

「それはそうだと思いますが、ナンシーさんでオーディションが一度も通らないって、やはり競争のレベルが違うと思いました。」

「まあ、そうですねー。」

「午後もあるから、昼飯に行くかー。時間があまりないのでファーストフートだけど、ナンシーちゃんもラッキーさんも、良ければご一緒に。」

「うん、そうさせてもらうよ。それにしても、ナンシーちゃんが歌うの初めて聴いたけど、本当に歌手として推せる。」

「俺もだ。」

「ラッキーさん、パスカルさん、有難うですねー。」

「それじゃあ、昼飯にレッツゴー!」

「Let’s have lunch!」

「ナンシー、英語の発音がいい。」

「有難うですねー。」


 ファーストフードの店に到着して、それぞれが昼食を注文した。食べ終わったころ、パスカルがワンマンライブについて話始める。

「まず、ワンマンについて話すけど、いいか。」

「もちろん。」「お願いします。」

「水曜日に平田社長さんと相談して、12月18日土曜日に、夕方からパラダイス興行が大学のバンドクラブを集めたライブで使うので、昼間俺たちが使う分には、一日借りるのと夕方から借りるのとの差額だけでいいって。」

「へー、ラッキーじゃん。」

「それで、その差額を使って、パラダイス興行がプロデュースしているセミプロのレディースバンドに生のバックバンドとして演奏してもらう予定。」

「本当に。生のバックバンドでライブできるんだ。すごい。夢みたい。」

「私はまだデビューもしていませんが、ワンマンに向けて全力で頑張ります。」

「ただ、18日の前にバックバンドとのリハーサルが必要になるので、その前の週はできるだけ予定を開けておいて。」

「了解。」

「分かりました。」

「分かりました。」

「マリちゃんは歌は大丈夫なので、12月18日土曜日のワンマンに参加に向けて、ダンスをトレーニングしておいて下さい。」

「はい、プロデューサー。」

「前にも言いましたが、バンドが来ますので、今回はマリさんのシンセサイザーでの演奏はなくなります。」

「本職が来るんだから、それはそうよね。」

「セミプロですが、パラダイス興行がプロデュースしているバンドなら、実力は確かだと思います。」

「おう、そうだな。俺が見込んだ、プロデューサーだからな。」

「だから、パスカルに見込まれても迷惑だって。」

「そういうことを言わない。それで、当日の時間だけど、11時前にホールに入って、最終リハーサル。13時に開場、13時半開演、15時閉演で、少し伸びても15時半までに楽屋を撤収して、16時半には物販を撤収、17時には完全撤収する。ステージは16時からパラダイスがリハーサルで使う予定だ。」

「分かった。公演時間は1時間半弱とアンコールという感じね。」

「その通り。」

「ユミちゃん、頑張ろうね。」

「はい、アキ姉さん。」

「ユミちゃん。ユミちゃんは、歌手になりたいんですかねー?」

「歌手だけじゃなくて、アイドルとか、私が何かやってみんなに喜んでもらえれば、それでいいです。」

「ふーん、目立つのは好きですねー?」

「今もみなさんに見られているのは、悪い気持ちはしませんので、目立つのは嫌いじゃないかもしれません。」

「プロになりたければもっとはっきり言うですねー。」

「はい、目立つのは好きです。」

「年末に、溝口エイジェンシーがプロデュースする、CMの子役やアイドル候補を選ぶために、小学生対象のオーディションをするですねー。受けてみたいなら推薦するですねー。」

「はい、もちろん受けてみたいです。」

「書類選考、1次、2次、最終審査があるですね。受かるのは百人に一人ぐらいですねー。契約も厳しいですねー。うまくいったら、彼氏は28歳ぐらいになるまで作れないですねー。」

「それは、分かっています。」

「その代わり、受かれば溝口エイジェンシーがプロモーションするですねー。レッスンなども無料ですねー。」

「もし、受かれば一生懸命取り組みますし、契約は絶対に守ります。」

「分かりましたですねー。湘南さんに応募書類を送るですねー。書類選考だけは私が推薦すればかなり有利になると思うですねー。試験は全部休日で、一次審査は来年1月、二次審査は2月、最終選考は3月になるですねー。これに受かるかどうかは、ユミちゃんの実力次第ですねー。」

「有難うございます。是非、お願いします。」

「分かったですねー。」

「プロデューサーさん、湘南兄さん、書類を書くときは相談に乗って下さい。」

「おう、任せろ。」

「頑張ります。」

「でも、ユミちゃんがオーディションに受かったら、私、また一人になるのか。」

「仕方がないわ、アキちゃん。子の不始末は親が何とかする。ユミちゃんの代わりに私がアキちゃんと組むわ。」

「もう、ママは何を言っているの。でも、溝口エイジェンシーのオーディションだから、受かるのは難しいからそんなに心配はいらないよ。」

「ユミちゃん、そういうことではダメですねー。そんなことで、やっていける世界ではないですねー。勝つと思え、思って勝て、ですね。」

「ナンシーさんの言う通り、勝つと思うな、思えば負ける、とか、平常心なんて言っていたら通用する世界じゃなさそうですね。アメリカとか芸能界とかでは。」

「湘南さんの言う通りですねー。」

「ナンシー姉さん、湘南兄さん、分かりました。私は、全力で頑張って何が何でも絶対に受かって見せます。見ててください。」

「そうですねー。溝口エイジェンシーでやっていくには、その意気が大切ですねー。変なことや変な奴は、全部跳ね返さないとだめですねー。」

「分かりました。」

「でも、学校の勉強はちゃんとやって下さいね。」

「やっぱり湘南兄さんですね。はい、学校の勉強も頑張ります。」

「ユミさん、有難うございます。でも、ナンシーさん、大河内さんはそういう感じじゃないような気がします。」

「そうですねー。ミサはサラブレットということもあるですねー。でも、だから、ミサは溝口エイジェンシーでも浮いているんですねー。それでも、ミサはそのことをあまり気にしない強さもあるんですねー。」

「サラブレットというのは、歌の実力があるからと言うことでしょうか。」

「それと、やっぱり外見が飛び切りいいということは、あると思うんですねー。」

「やっぱり、そういう世界なんでしょうね。」

「湘南さんも、ミサは美人と思うですねー?」

「はい、近くで見ると奇麗すぎて本当に人間じゃないみたいですよね。」

「そう言えば、湘南はシンガポールでも、ミサちゃんと妹子の写真を撮っていたんだっけ。」

「パスカルさんに写真に写っている影からバレてしまいましたが。でも、ナンシーさん、僕が大河内さんに変なことをすることは絶対にないので、それは安心してください。」

「それは、信用しているですねー。」

「あと、妹にすごすぎて人間じゃないみたいなことは絶対に言ってはいけないと言われていますので、注意しています。」

「それは、星野さんが正しいですねー。」

「でも、ナンシーさんの歌を聴いて思ったのですが、今のままだと、大河内さんがアメリカでデビューしても、やはり成功は難しいでしょうか。」

「歌だけで勝負しようとすると、今はそう思うんですねー。」

「やはりアメリカは全世界から優れたミュージシャンが集まってきていますから、全体のレベルがすごく高いんでしょうね。」

「そうですねー。本当に、大変なんですねー。」

「それだから、ナンシーさんは、もし今アメリカで売り出すとすれば、大河内さんの外見をもっと有効に使わなくてはいけないと言っているわけですね。」

「その通りですねー。この世界で埋もれないためには普通の人ではできないことをする覚悟が必要なんですねー。今、トップのロックシンガーもみんないろんなことをしてきたですねー。」

「普通の人ではできないことをする覚悟か。レベルは違うんだろうけど、私がパラダイス興行のオーディションを受けたときは、そこまでの覚悟はなかったな。反省しなくちゃ。」

「アキちゃんは、パラダイス興行さんのオーディションを受けたことがあるんですねー。」

「はい、後で分かりましたが、今の尚美ちゃんのポジションです。」

「そうなんですねー。でも、パラダイス興行さんの場合は、そういうのはあまり関係しないかもしれないですねー。」

「そうなんだ。」

「社長さんや久美の性格だと、純粋に実力や素質を見ていると思うんですねー。」

「僕もそんな感じがする。何か、パラダイス興行の演者さんは、普通の演者さんと違って、芸能人ぽくない人が多い気がするよね。」

「それはラッキーの言う通りか。パラダイス興行のオーディションを受けるためには、実力を伸ばすしかないということね。」

「マリさんのおかげで、アキさんの実力もあがってきていると思います。」

「湘南、有難う。マリちゃん、有難うございます。」

「どういたしまして。」

「さて、私はもうそろそろ行かないといけないですねー。少しだけ湘南さんを借りるですねー。」

「さっきの話ね。分かった。行ってらっしゃい。」


 誠とナンシーが他の5人と少し離れた所に座る。

「ナンシーさんの歌、英語ですから分からないところもありますが、お世辞じゃなくて、表現もオリジナリティーが高くて、僕はすごくいいと思いました。」

「有難うですねー。中学、高校の間は本当に頑張ったんですねー。」

「はい、そうだと思います。『Fly!Fly!Fly!』も、大河内さんよりすごいと感じるところが、いっぱいありました。」

「分かってもらえると嬉しいですねー。でも、私はオーディションには一度も受からなかったんですねー。」

「もしかすると、そのときに酷いことも言われたりしたんですか。」

「分かるですねー?」

「この前の反応で何となくですが。」

「酷いことを言われたし、酷いこともされたですねー。」

「ナンシーさんみたいに一生懸命だと、悪い人から見ると利用しやすいんだとは思います。」

「あのころは若かったですねー。今なら違ったとは思うんですねー。」

ナンシーが少し暗い顔をする。

「すみません。変なことを言ってしまって。」

「昔のことだから、構わないですねー。それより、今度みんなで飲みに行くですねー。」

「僕はまだ19歳だから無理です。」

「19歳ならもうすぐですねー。何時、二十歳になるですねー。」

「それが、10月23日なんです。」

「ミサのライブの日ですねー。」

「そうなんです。」

「誕生日は家族で祝うですねー。」

「はい、その予定です。」

「それじゃあ、今年の忘年会はいっしょにお酒が飲めるですねー。」

「はい。パスカルさんは、『ユナイテッドアローズ』のワンマンライブの打ち上げの後、未成年者が帰った後に宴会をやる予定と言っていました。でも、パスカルさんのお酒の量は底なしなので、ちょっと心配です。」

「私もbottomlessですねー。」

「人種差別をするわけではないですが、一般に白人の方は、アルコールやアルデヒドを分解する酵素が多いのでお酒が強いと言われています。もちろん、人によってはそうでない方もいらっしゃいますが。」

「そのワンマンライブは12月の・・・えーと、」

「18日です。」

「私もラッキーさんと、そのワンマンライブと忘年会に参加するですねー。」

「有難うございます。もちろん大歓迎ですが、ナンシーさんは、そのころは大河内さんのことで忙しいということはないですか?」

「ミサのマネージャーは3人態勢になるから、ミサが海外に行くときでもなければ休みが取れると思うんですねー。」

「さすが、最大手の事務所ですね。それならば是非いらして下さい。」

「分かったですねー。湘南さんの本性を暴きだして、ミサに報告するですねー。」

「はい、お手柔らかにお願いします。それで、妹に関して聞きたいことって何ですか。」

「本当は星野さんではなくて、ミサについて聞きたいですねー。」

「分かりました。大河内さんについては、ナンシーさんの方がお分かりじゃないかと思いますが、僕で分かることで、大河内さんのためになることでしたら、何でも。」

「ミサは湘南さんのことを、・・・・・、ちょっと異常なほど信頼しているみたいなんですねー。何かあったんですねー?」

「異常なほどですか。たぶん、僕が尚の兄だからだとは思います。あまり他の人には言ってほしくはないのですが、大河内さんの兄がいわゆるプレーボーイのようで、大河内さんがすごく嫌って信用していないところがあって、その反動なのではないでしょうか。」

「それだけではないようにも見えるですねー。湘南さんが、洗脳しているわけではないですねー?」

「そんなことは、絶対にしないです。」

「私も湘南さんは信用しているですねー。だから、洗脳するとしたら精神的に不安定なミサのためにやっていると思うですねー。」

「僕は、そんな技術は持っていませんし。だいたい、僕が大河内さんといるときは、だいたい妹も一緒にいますし。」

「分かったですねー。これからも、ミサのことを頼むですねー。」

「僕にどれだけできるか分かりませんが、大河内さんのことで、絶対に信頼を裏切るようなことはしないと約束します。そのことで、さっきも言いましたが、今日のナンシーさんの歌、本当に良かったと思います。今日録音したものをカラオケ音源とミックスして送りますので、ナンシーさんから大河内さんに聞かせてあげてもらえないでしょうか。絶対、大河内さんの参考になると思います。」

「マネージャーの歌を演者に聴かそうとするのは変ですねー。湘南さんが聴かせるならば、私は構わないですねー。」

「分かりました。妹を経由する方法で考えてみます。それとは別に、ミックスしたものはナンシーさんにも送ります。」

「有難うですねー。でも湘南さんから直接の方がいいと思うですねー。そう言えば、プロのレコーディングを知りたいと言っていたですねー。11月中旬にミサのレコーディングがあるので、見学に来るといいですねー。」

「それは嬉しいですが、平日だと授業があって難しいかもしれません。」

「夕方からレコーディングの日もあったですねー。」

「分かりました。もう一つ心配なことは、大河内さんの邪魔にならないでしょうか。」

「一応、ミサには聞いてみるですねー。湘南さんはスタッフと話すだけだから大丈夫ですねー。私の歌を聞いてもらうのは、レコーディングが終わってからでいいですねー。」

「有難うございます。レコーディングの邪魔をしないように、見学に行きたいと思います。」

「いらっしゃいですねー。詳細はミサに確認してから連絡するですねー。それでは、私はもうそろそろ失礼させてもらうですねー。」

「お仕事ですか?」

「野暮用ですねー。」

「そうですか。分かりました。」


 ナンシーとラッキーがみんなに挨拶をした後、店を出て行った。

「もしかして、二人はできているの?」

「どうでしょう。この後、ラッキーさんのSNSにイベントやその後の打ち上げに行った報告がなければ、その可能性があるかもしれませんが。でも、お二人も十分大人なので、余計な詮索はしない方がいいと思います。」

「余計な詮索の方法を言ってから、詮索しない方がいい、と言うのは湘南らしいな。」

「そうね。後でラッキーさんのSNSチェックしよう。」

「アキちゃんは、そういうのに興味があるんだ。」

「だって、知り合いのカップルができるかもしれないじゃん。」

「まあな。」

「それじゃあ、俺らも午後のレコーディングに行くか。」

「オーケー。レッツゴー。」

「ナンシーさんが言ったら、さまになったかもしれませんね。」

「もう、湘南は・・・・。OK。Let’s go!」

「急に英語らしくなりましたけど、子供のころ英会話教室に行っていたからですか。」

「そうかも。でも湘南、そんなことじゃあ女の子に嫌われるわよ。私は慣れたけど。」

「すみません。ナンシーさんの歌を聞いた後でしたので。」

「まあ、分かるけどね。」


 レコーディングスタジオに戻った5人は、午後からのレコーディングの準備を始めた。アキが発声練習を行い、誠が機器をセッティングした。それが終わってから、誠が録音ブースの中にいる3人に話しかける。

「アレンジを変えた音源は、聴いて来てもらえたでしょうか。」

「もちろん。昨日、3人でばっちり練習もしてきたわよ。」

「マリさん、さすがです。」

「それでは、アキさん、準備はいいですか。」

「Yes.OK.Let’s start!」

「アキさん、英語の発音上手です。それでは、1回目の収録行きます。」

誠がカラオケ音源を流し、アキが歌い出し、無事に歌い終わる。マリがアドバイスをする。

「音程はだいぶ良くなった。ゆっくりした歌だけど、小節が始まる音をもう少しクリアに発声しよう。後は、最後伸ばす音はできるだけ安定させて。ビブラートは行く行く使えるようにした方がいいけど、いまはまだ無理だから、安定させて歌うように。湘南さんは何かあります?」

「サビに入る前の低音部分をもう少し丁寧にということと、第14小節で音が飛んだ時の最初の音をもっと大切にです。」

「何か、マリさんと湘南の指示がやたら細かくなった。」

「それだけ、アキちゃんが上達したということよ。」

「はい、その通りです。」

「そうか、分かった。頑張る。」

アキが合計5回歌った後、ユミと交代した。

「ユミちゃん、頑張って。」

「アキ姉さん、頑張ります。」

「ユミさん、無茶を言うようですが、できるだけ大人っぽく歌うようにしてください。」

「ママにも言われていますから、頑張ってみます。」

「お願いします。」

ユミが1回歌い終える。

「ユミちゃん、アキちゃんと同じで、長く伸ばす音は気を付けて。」

「最初、もう少し語りかけるような感じで歌えるといいと思います。」

「湘南兄さん、ママ、分かった。」

ユミも合計5回歌って、録音を終えた。

「今、録音したもので、今晩からミックスしてみます。次は、マリさんですが、何を歌いますか?クラッシックですか?」

「そうね、得意の『蝶々夫人』からって。得意なのは本当だけど、ここで歌っても仕方がないわよね。本当はロックも歌ってみたいんだけど、さすがに無理だから、湘南さんがファンの神田明日夏さんが歌っている『二人っきりって夢みたい。でも夢じゃない。』を歌うわよ。」

「そうですか。有難うございます。もし、出来が良ければ、平田社長さんにお送りしても構わないでしょうか。明日夏さんや周りのスタッフの参考になるかもしれません。」

「もちろん。明日夏さんにはない、三十路の女の色気を聴かせてあげるわ。」

「楽しみです。」

マリが発声練習をしてから、収録を開始する。4回歌ったところで収録を終える。

「お疲れ様です。言うことなしです。」

「有難う。どうだった。」

「はい、色気だけでなく、音に深さがとてもありました。逆に、可愛さは明日夏さんの方があるとは思いますが、すごく参考になると思いますので、平田社長さんに送ってみようと思います。」

「湘南さんは、一言余計というか、それじゃあアキちゃんの言う通り彼女ができないわよ。」

「ごっ、ごめんなさい。本当にマリさんの歌、とても良くて聴き入ってしまいました。」

「有難う。でも、それだけじゃ売れないということね。」

「ナンシーさんも言っていましたが、上手なだけではだめということはあるみたいです。逆に、ダメなところが受けて人気が出たりすることもあります。でも、マリさんにすごく合う歌もあるんじゃないかとは思います。やはり、歌手の良さを引き出せる歌を担当して、突然売れだしたりすることもありますから。」

「そんな歌に巡り合えると、いいわね。」

「はい、僕もそう思います。まだ時間がありますので、良ければもう1曲行きましょう。」

「それじゃあ、一人で『あんなに約束したのに』を歌ってみるね。」

「はい、二人の参考になると思います。それでは流します。」

「お願い。」

マリが4回歌ったところで、収録を終える。

「お疲れ様でした。」

「有難う。楽しかったわ。」

「ミックスしたものは送ります。アキさんとユミちゃんも是非聴いてみて下さい。参考になると思います。」

「もちろん、師匠の歌だもん。」「分かりました。」

「でも、こんなところで歌うのは初めてだから、ちょっと緊張しちゃった。だから、声が今一つかもしれない。」

「はい、最初はそうでしたが、3回目ぐらいからは良かったと思います。」

「そう、有難う。」

「それじゃあ、片付けて引き上げるか。」

「了解。」「プロデューサー、分かりました。」「プロデューサー、了解です。」

「湘南はこれからどうするんだ。」

「夕方の『トリプレット』のリリースイベントに行った後、大学の学生会館で今録音したものをミックスして、夜に妹を迎えて帰ります。」

「湘南も結構大変だな。俺も『トリプレット』のイベントには付き合うよ。」

「有難うございます。」

「私も行ってみようかな。勉強のために。ユミちゃんも行く?」

「ママ、普通は、ユミにママがついてくるんじゃないの。」

「ユミちゃん、同じことだからいいんじゃない。」

「そうだけどさあ。」

「そんなことより、ユミちゃんは、溝口エイジェンシーのオーディションでしょう。」

「そうだった。頑張んないと。」

「ナンシーさんから書類の様式が来たらすぐに検討しましょう。」

「写真は俺が撮るよ。『あんなに約束したのに』は、初めからミュージックビデオを作るために、撮影スタジオを借りる予定だったから、応募書類の写真も撮るよ。」

「プロデューサー、有難うございます。」

「ミュージックビデオか、すごい!感慨深いわ。」

「この曲の著作権がこちらにあるので、色々、やりやすいよ。そして、そのミュージックビデオを、アルバムの目玉にする。だから、ワンマンまでに、振りも仕上げないと。」

「すごい。分かった。頑張る。ユミちゃんも頑張ろう。」

「はい。」

片付けが終わったところで、パスカルが呼びかける。

「それじゃあ、行こうか。」

「OK.Let’s go!」「尚美ちゃんに会えるの楽しみ。」「プロのステージ、ワンマンのために勉強しないと。」「有難うございました。また、よろしくお願いします。」


 『トリプレット』のリリースイベントを開催するお台場のオープンステージの広場に5人が到着した。

「結構、広い会場ね。」

「若い男の人でいっぱい。」

「ママ、はしたないことを言わないでね。」

「ユミ、分かっているって。でも、『ピュアキュート』の主題歌だから、小学生の女の子もけっこういるわね。」

「私もそう思われちゃいますね。」

「ユミちゃんの場合はそれでいいんじゃないか。ワンマンでは『ピュアキュート』みたいな服も着ることになるし。」

「こんなことを言うとナンシー姉さんに怒られるけど、少し恥ずかしいかな。」

「ユミちゃん、マリちゃんも同じような服を着るんだから、あまり恥ずかしがらない。」

「ねえ、そっちの方が娘として恥ずかしいよ。」

「ユミちゃん、酷い。ところで、湘南さん、この会場、最大で何人ぐらい入るの?」

「フルで三千人ぐらい入ると思います。」

「今の時間でこれだけ入っていれば、フルに入るかな。今日の特典会はハイタッチだけど、千人が限度だから抽選になるな。」

「三千入ると五千枚弱ぐらい売れるでしょうから、確率は1/5ぐらいでしょうか。」

「まあ、そんなところだろう。」

「挨拶しようと思いましたが、タックさんたち、見えないですね。」

「早朝から来て、前の方にいるんだろうけど、今日会うのは無理かな。しかし、いつもに増してキモイのが多いな。」

「僕たちもそう見えるんでしょうけど。」

「今日は、『トリプレット』のファンだけじゃなくて『ピュアキュート』のファンも多いからか。」

「それはあるかもしれませんね。」

誠が少し不安になった。

「湘南、『ピュアキュート』のファンは目当てが、妹子じゃないから大丈夫よ。それに警備の人もいつもより多い感じだし。」

「アキさんの言う通りです。」

アキがCD販売の案内を見つける。

「あそこに案内があるわ。今日のハイタッチ会は演者別になるみたい。」

「本当だ。尚美ちゃんが抽選券を三千枚、亜美ちゃんと由香ちゃんはハイタッチ券を千枚配布か。」

「私は、尚美ちゃんがいい。」

「分かった。俺は尚美ちゃんを3枚買うよ。当たったら、ユミちゃんにあげるね。」

「有難うございます。」

「それじゃあ、ユミの分を含めて私も尚美ちゃん2枚かな。それで1枚は当たると思うわ。」

「私は歌で売っている亜美ちゃんかな。同い年だし。妹子はちょっと行きにくいし。湘南はどうするの?」

「僕は、由香さんにします。」

「一番売れていなさそうだから?」

「それもあります。あと、高校を卒業しているということもあります。」

「アイドルをするぐらいだから、平気だと思うけど。私なら来てくれた方が嬉しい。」

「それも分かりますが。」

「まあ、アキちゃん、それが湘南さんということだと思うわよ。」

「ママ、湘南兄さんは意気地なしということ?」

「ユミちゃん、すごい突っ込み。」

「湘南さんたちは、自分を律することができる人ということ。でも、女性から意気地なしって言われることがあるかもしれないけど。」

「マリちゃん、イケメン男性ならそういうことがあるかもしれませんが、俺達には、そういう状況になること自体がないので、そんな心配は無用だと思います。」

「はい、それはパスカルさんの言う通りだと思います。」

「うーん、このままだと本当に二人とも彼女ができなさそう。意識改革をしないと。」

「マリちゃん、それは追々と。」

「アキちゃん、そうね。追々やっていきましょう。」

「また、怖いことを言っているけど、とりあえず、CDを買いに行こうか。」

「そうしましょう。」

「でも、だんだん人が増えてきてステージが見えなくなってきちゃった。プロデューサー、湘南兄さん、私を抱っこして下さい。」

「ユミちゃんを抱っこするのがいやなわけはないんだけど、いろいろ問題が。」

「僕たちが女子小学生を抱っこしたら、警察に通報されてしまいます。」

「本人がいいと言っているから大丈夫だよ。あと、アキ姉さん、これは魔性の女子小学生じゃなくて、単にステージを観たいだけですから。」

「プロデューサーと湘南さんなら、ママは構わないけど。周りを見てもパパに抱っこしてもらっている子も多いから、ここなら大丈夫だと思うわよ。」

「プロデューサー、湘南兄さん、お願いします。」

「湘南、どうする。」

「アキさん、大丈夫でしょうか。」

「何で私に聞く。でも、私も子供のころに経験があるけど、何も見えないのは本当につまらないから、いいんじゃない。」

「湘南、それじゃあ交代でユミちゃんを抱っこする係を担当しようか。」

「分かりました。交代で担当します。」

「やったー。」

「でも、ユミちゃん、二人に変なことをしちゃだめよ。」

「アキ姉さん。私にそういう趣味はないです。」

「だったらいいけど。」


 5人で話をしているとミニライブ開始の案内があった。パスカルがユミを抱っこすると、『トリプレット』の3人がステージに現れた。3人が声を合わせて挨拶を始める。

「みなさん、こんにちは!」

「私はチアセンター、星野なおみです。」

「俺はダンスセンターの南由香だぜ。」

「私はボーカルセンターの柴田亜美です。」

「3人合わせて、」

「『トリプレット』です。」

「『トリプレット』はアニメの歌を中心に歌うアイドルユニットです。3人のメンバーがそれぞれの特徴を活かして、皆さんを少しでも元気にできればと思います。今回はアニメ『ピュアキュート』の主題歌のリリースイベントなんですが、その前に、まずは私たちのデビューシングル『私のパスをスルーしないで』を聞いて頂きたいと思います。由香先輩の軽快なフットワークを楽しんで頂ければと思います。由香先輩、亜美先輩準備はいいですか?」

「私は、大丈夫です!」

「OK!みんな準備はいいか?・・・・・声、ちいせーよ・・・・準備はいいか?・・・・・よーし、まあまあだな。次はもっと大きな声で頼むぜ。」

「それではミュージックスタート!」

3人が『私のパスをスルーしないで』のパフォーマンスを無事に終える。会場が拍手に包まれる中、尚美が話を始める。

「有難うございました。『トリプレット』で『私のパスをスルーしないで』でした。」

「みんなどうだ。3か月前のデビューの時より全員のダンスのキレが良くなってきたことが分かってくれたかな。・・・・・おう、そうか、分かってくれたか。有難うな!」

『トリプレット』のファンを中心に会場から歓声が起きる。

「歌も、3人とも上達しているんだよ。」

「有難うございます。『ピュアキュート』は魔法少女アニメということで、魔法について話してみたいと思います。由香先輩、魔法が使えたら何をしたいですか?」

「ダンスの時、もっときびきび動けるようになりたいぜ。」

「由香先輩、そのため魔法を使うとすると、体内の固有時間を変えるとかですか。自分だけ時間の進みを遅くするみたいな。」

「リーダー、きびきび動くためには、関節にマグネティックコーティングするんですよ。」

「亜美先輩、何ですか、マグネティックコーティングって。」

「えっ、リーダー、知らないんですか?」

「ピュアキュートの技ですか?」

「そうではなくて、伝説の機動戦士アニメで、機動戦士の動きを良くするために、関節に使って理論上の摩擦を0にしたものです。それで強敵を倒することができたんです。」

「魔法少女とは関係なさそうですが、たとえ死んでも、データだけは残るようにして欲しいものです。」

「何だ、リーダー知っているじゃないですか。」

「まあ兄の影響で。それで、亜美さんは魔法が使えたらどうしたいですか。」

「お金が一杯欲しいというのもあるのですが。」

「それは、みんなそうでしょうね。」

「二次元の世界への扉が欲しいです。」

「歌が上手くなりたいじゃなくて。」

「はい。それで、2次元の推しと会ってきたいです。」

「亜美はオタクだからな。」

「あと、是非、魔法少年アニメを作って欲しいです。」

「『ピュアキュート Side M』とかですか。」

「はい。」

「えーと、だんだん人前で話せない内容になって来そうです。」

「それじゃあ、リーダー、話を変えよう。リーダーが魔法を使えたらどうしたい?」

「私は普通ですが空を飛びたいです。」

「さすがリーダー、夢がありますね。自由に空を飛べたら、心が広くなるでしょうね。」

「通学の時に、ギューギューの満員電車に乗らなくて済みますし。」

「リーダー、何か思ったより、現実的な話だな。」

「毎日の話ですから、切実です。」

「まあな。」

「それに、学校まで一直線で行くことができます。」

「リーダーも『ピュアキュート』の登場人物と同じで、真っ直ぐな人ですからね。」

「亜美先輩、有難うございます。それでは、お待ちかね、アニメ『ピュアキュート』の10月からの主題歌『一直線』を歌いたいと思います。」

「リーダーが初めてセンターを務めるんだ。よーく、見てくれよ。・・・・・・由香からのお・ね・が・い。・・・・・何だ、きもいって。まあ、しゃーねーか。じゃあ、頼んだぜ。」

「リーダーの元気な歌声を楽しんでください。」

「由香先輩、亜美先輩、大丈夫ですね。」

二人がうなずくのを見て、尚美が叫ぶ。

「ミュージックスタート!」

 音楽が流れ始め、ダンスが始まると共に、尚美を中心としたパフォーマンスが披露され、無事にパフォーマンスを終えた。

「有難うございました。『トリプレット』で『一直線』でした。」

「リーダー、とっても可愛かったです。女の子にしておくのがもったいない。」

「言っていることが良く分かりませんが、亜美さんの歌声も、由香さんのダンスもカッコよかったです。」

「リーダー、有難うな。俺たち3人しかいないけど、魔法少女の役の色で言えば何色かな?」

「由香先輩は、カッコいい青ですよね。」

「まあ、そうなるかな。亜美は可愛いからピンクかな。」

「そうすると、リーダーは可愛さとカッコよさを兼ね備えた・・・・・黒かな。」

「黒!亜美、リーダーは白だと思ったが、黒か。」

「そう、黒。」

「黒、私は悪役ですか。」

「単なる悪役と言うより、後で呪いが解けて仲間になって白い衣装を着る悪役と言う感じです。」

「なるほど。ちょっと、やってみましょうか。」

「おう。」「了解です。」

「いやー、由香先輩、亜美先輩、久しぶりだなー。」

「リーダー、その顔は。」

「リーダー、大丈夫ですか。しっかりしてください。」

「ここで会ったが百年目。この世から消えてもらうぞ。くらえ、ダーティアグノイビーム。」

「アグノイってなんだ。」

「由香、醜いという意味だよ。」

「わー。」「わー。」

二人が吹き飛ぶ。

「くそー、リーダーが意味の分からないことを言ったから、対応が遅れた。」

「いや、由香、高校を卒業したなら分かってよ。」

「ふふふふふ、さすがピュアビューティーのメンバーだ。このぐらいじゃ倒れないか。それじゃあ行くぞ。ダーティアグノイビームダブル。」

「エネルギーが2倍だ。」

「由香、ピュアビューティシールドでしのぐよ。」

「分かった。ピュアビューティシールド。」

「ピュアビューティーシールド。」

「だめだ。亜美。シールドがもう持たない。リーダーが完全にコントロールされている。」

「リーダー、元は優しくて可愛かったのに。何で、そんなに心の隙間ができてしまったの。由香がダンスバカで苦労をかけるからなの!」

「何だ、ダンスバカって。亜美がオタクバカだからだろう。」

「わーーー。」「わーーー。」

また、二人が吹き飛ぶ。

「私たちが心を乱しちゃだめ。バリヤーが弱くなる。」

「もう、リーダーに何を言っても通じない。反撃するんだ。」

「でも、由香。リーダーは、リーダーは私たちをずっと見守ってきたんだよ。」

「そうだけど。」

「ははははは、二人ともここまでだな。行くぞ、ダーティアグノイビームトリプル。」

「わーーー。もうだめだ。リーダー目を覚ましてくれー。」「そうだ。スタッフの方にお願いです、あのイントロを流してください。」

会場から『ピュアな心で』のイントロが流れる。

「この音楽は・・・・。」

「リーダー、リーダー、思い出すんだ。どこまでもピュアで可愛く生きるっぜって言ったことを。」

「どこまでも、ピュアキュートにって約束したじゃないですか。」

尚美が攻撃を止め、頭を抱えて座り込む。

「あーー。」

「リーダー、精神操作なんかに負けるんじゃないない。」「会場のみんなも、リーダー頑張れ。リーダー帰ってきてって呼びかけて下さい。」

由香、亜美、観客が「リーダー頑張れ。」「リーダー帰ってきて。」と叫ぶと、尚美が正面を見てから左右を見渡し、話を始める。

「由香先輩、亜美先輩。私は一体。」

「リーダーが元に戻ったぜ。」「リーダー、リーダーが帰ってくるのを待っていました。」

「由香先輩、亜美先輩、ごめんなさい。私の心が弱くて、二人に迷惑をかけてしまって。」

「リーダー、そんなの忘れたぜ。」「そんなことより、リーダー、またいつものように一緒に歌いましょう。」

「分かりました。もう二度と精神攻撃に負けることがないように、一緒に歌いましょう。」

3人が『ピュアな心で』を歌い終わると、盛大な会場は拍手に包まれた。

「『トリプレット』でアニメ『ピュアキュート』のエンディングの主題歌『ピュアな心で』を聴いていただきました。みなさん、どうでしたでしょうか。」

会場から「良かった。」という歓声が上がった。

「その前の寸劇はどうでしたでしょうか。拍手が多ければ、これからも取り入れていきたいと思います。」

会場から拍手が沸いた。

「有難うございます。由香先輩、寸劇、どうでした。」

「滑ったらどうしようと、ドキドキしてたぜ。」

「はい。でも滑ったら、問題点を洗い出して、次につなげればいいだけですので、必要以上に緊張する必要はないと思います。」

「そうだな。さすがはリーダー。」

「亜美先輩はどうでした?」

「私は鈍いのか、あまりドキドキしませんでした。リーダーの演技を楽しんでいました。」

「亜美先輩、さすがです。」

「まあ、亜美はこんなやつだよ。」

「でも、リーダーが落ち着いていられるのは、最近テレビに出ているからか?」

「はい、自分の振舞がたくさんの人に見られていますので、自分を律っして落ち着くようにしています。」

「リーダーが出ているクイズ番組と情報番組、いつも楽しみにしています。」

「有難うございます。」

「ある意味、亜美がリーダーの一番のファンだよな。」

「はい、その通りです。優しくて可愛くて、3次元世界の中の生き物では一番好きです。」

「生き物の中でですか?でも有難うございます。由香先輩は、ダンスの大会にゲストで出演しているんですよね。」

「おう、来月も出演するんで、ダンスが好きなやつ、是非、見に来てくれよな。」

「亜美先輩は、動画サイトの『亜美の歌うチャンネル』を開設したんですよね。反響とか、どうですか。」

「はい、見てくれる人やチャンネル登録してくれる人が増えてきて嬉しいです。これからもどんどん動画をアップしていくので、チャンネル登録、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いするぜ。」「よろしくお願いします。」

「『トリプレット』は、デビューしてまだ3か月ですが、皆様に支えられてここまでやってきています。これからも、この3人は『トリプレット』として、または、それぞれが得意な道で、もっともっと皆様を元気づけられるようになっていきたいと思いますので、これまで以上の応援をよろしくお願いします。それでは、今日、最後の曲になります。」

会場から「えー」という声が響く。

「ファーストシングルから『ずっと好き』。亜美先輩の素敵な歌声をお聴きください。」

音楽が流れ、『ずっと好き』のパフォーマンスが無事に終わる。

「『トリプレット』で『ずっと好き』でした。今日は『トリプレット』を見に来てくれて、大変有難うございました。」

「こんなに大勢集まってくれて、嬉しいぜ。」

「リーダも、由香も、私も、もっともっと頑張るから、応援よろしくね。」

「アニメ『ピュアキュート』の主題歌『一直線』のリリースイベントは、まだまだ続きます。是非また『一直線』のリリースイベントに足をお運びください。『トリプレット』の3名、心よりお待ちしています。」

「また来てくれよなー。絶対だぜ。」「待っているよー。」

「この後、特典会として、ハイタッチ会を開催します。時間がありましたら、そちらにも是非ご参加ください。よろしくお願い致します。」

3人が手をつなぐ。

「『トリプレット』のチアセンター、星野尚美と」

「ダンスセンター、南由香と」

「ボーカルセンター、柴田亜美です。」

「今日は本当に有難うございました。」

3人は手をふりながら、舞台袖に下がっていった。


 3人が舞台袖に下がると、観客とスタッフは特典会のための準備に移っていた。ユミを抱っこしていた誠が、ユミを地面に降ろした。

「プロデューサー、湘南兄さん、有難うございます。おかげ様で、良く見ることができました。」

「どういたしまして。」

「妹を抱っこして運んだことを思い出しました。」

「そうか、湘南兄さんはなおみちゃんを抱っこしたことがあるんだ。」

「妹がまだ小学校の低学年のころですが。」

「でも、ユミがファンのなおみちゃん、生で見るのは初めてだけど、ステージの上で堂々として、本当に利発で頭の良さそうな子ね。」

「妹子は、湘南の妹だしね。」

「そうね。歌はまだまだ伸びる余地がありそうだけど、中学二年生としては十分に上手だし、すごく可愛いし、残念だけどユミちゃんじゃ敵わないかもしれない。」

「そんなことはないと思います。ユミさんには・・・・・。」

「あの、湘南兄さん、無理しなくても大丈夫です。私もそれは分かっています。」

「何て言ったらいいのか分からないのですが、演技力みたいなものは、ユミさんの方が上手になるように思います。」

「湘南兄さん、気を使ってくれて有難う。」

「あと、魔性力でも勝っているわよ。」

「有難う。アキ姉さん。」

「いや、ユミちゃん、それ喜んでいいのか。」

「パスカル、湘南も同じようなことを言いたくて、言葉を濁したのよね。」

「魔性とかではないのですが。何と言えば良く分からないのですが、妹は男女ともに受けが良さそうですが、ユミさんは、どちらかというと・・・・・。」

「湘南、男性の受けが良さそうということ?」

「はい、ですから、ある意味、妹より気を付けなくてはいけないと思っています。あと、女性から嫌われないようにすることも注意した方がいいと思います。」

「なおみちゃんを良く知っている湘南さんが言うんだから、ユミちゃん、ユミちゃんにも可能性はあるわよ。」

「はい、湘南兄さん、有難うございます。」

「ところで、湘南さん、私は?」

「マリさんですか。やっぱり歌がすごく上手なことと、30歳を越えたにしては雰囲気がすごく明るいところがいいと思います。」

「30歳を越えたにしては・・・か。相変わらず、湘南さんはという感じの感想ね。でも嬉しいわよ。」

「すみません。」

 ネットを通じて抽選の発表があった。

「なおみちゃんが三枚か、ちょうど良かった。」

「それじゃあ、列に並ぼうか。終わったら、入ってきた出入り口の、あのあたりで待ち合わせで。」

「プロデューサー、了解です。」「分かったわ。」「じゃあ、また。」「では。」


 ミニライブパートが終わって、三人は舞台袖に引き上げてきた。由香だけ魔法少女の衣装をダンス用の衣装に着替えた。そして、三人は水分を補給しながら、特典会の準備が整うのを座って待っていた。

「今日も、お客さんが満員だそうです。」

「良かったです。」

「おう、すげーぜ。」

係員が特典会のチケットの売り上げの情報を伝えに来た。

「星野さん、抽選券が三千枚売り切れで、ハイタッチは千人になると思います。」

「有難うございます。頑張ります。」

「南さん、ハイタッチ券が476枚です。」

「すげー。俺目当てに476人か。いやー、俺も偉くなったもんだ。」

「あの、女性ファンが多かったでしょうか。」

「はい、400人ぐらいが女性と言う情報です。」

「有難うございます。」

「リーダー、計画通りですね。」

「はい、その通りです。」

「星野さんは、男性6割、女性4割で、年齢層も子供から高齢者まで、幅広かったという情報です。」

「有難うございます。テレビの影響でしょうね。」

「そうだと思います。柴田さんは754枚です。」

「有難うございます。」

「まあ、亜美には可愛さで負けるよな。」

「亜美先輩は、やはり男性ファンが多かったですか?」

「はい、9割以上が男性だったみたいです。」

「亜美、モテモテだな。」

「今の人気は『トリプレット』のおかげです。でも、人気があるうちに自分の歌のファンを増やさないと。」

「その通りです。動画配信サイトのチャンネル登録者や視聴者数はどうですか?」

「パスカルさんとお兄さんに撮ってもらった動画から増えています。」

「まあ、あの動画、亜美が魅力的に見えるからな。」

「やっぱり、歌は重要ですが、それだけじゃなくて、聴かせ方や見せ方も重要って良く分かりました。」

「そうですね。兄がお役に立てて良かったです。それにしても、寸劇、成功して良かったですね。これからも、取り入れていきましょう。」

「おう、リーダーの演技力のおかげだぜ。」

「まだまだですけれども、これからも頑張ります。」

「いつもは警戒することに集中しているリーダーのお兄さんも笑っていましたね。」

「亜美先輩は、兄が分かったんですか?」

「はい、パスカルさんが隣にいるので、二人が一度に認識できる感じです。本当に二人が来ると、漫画の主人公のモデルになった人が来たーって感じがします。できれば、あの漫画をアニメ化して欲しいと思っています。」

「BL漫画のアニメ化ですか。」

「今日は豊さんも分かりました。いつもより真剣に周りを見回していましたよ。」

「亜美先輩は、豊さんもわかったんですか。」

「はい。」

「そうですか。由香先輩も分かったりするのですか?」

「ごめん。俺は分からないというか。探していないというか。でも、豊も俺のことで警戒してくれているのか。」

「そうだと思うよ。リーダーの場合は、演技が大変ですから、見つけられなくても気にすることはないと思います。それにリーダーの場合はステージのパフォーマンスに集中した方が、お兄さんも喜ぶと思いますし。今日のお兄さんは本当に嬉しそうでしたよ。」

「そうなんですね。有難うございます。」

「あと今日は、パスカルさんの他に、アキさんと、アキさんと組む女子小学生とそのお母さんも来ていたみたいです。」

「そうなんですね。」

「それで、パスカルさんとお兄さんが交代でその女子小学生を抱っこしていました。」

「抱っこ!兄が女子小学生を抱っこしていたんですか。」

「亜美、あまり余計なことを言うもんじゃない。」

「すみません。ごめんなさい。」

「構いません。本当のところを言ってもらった方が嬉しいです。」

「見た感じでは、ステージを良く見るために女の子にせがまれている感じでしたので、心配はいらないと思います。それに、お母さんも隣にいましたので。」

尚美は「何だその母は。普通、小学生の娘を家族以外の男性に抱っこさせるか?」と思いながら答える。

「分かりました。状況は後で兄に聴いてみます。」

「あの、お兄さんをあまり怒らないで下さいね。」

「大丈夫です。」

「一応ですけれども、リーダーのお兄さんは、リーダー第一ですから、おかしなことを心配しなくても大丈夫ですよ。」

「すみません。変な心配をかけてしまいましたね。はい、私は大丈夫です。心配、有難うございます。」

会場係が呼びに来た。

「『トリプレット』の皆さん、特典会の準備ができたようですので、出演お願いします。」

「はい、それでは行きましょう。」「行くぜ。」「750人頑張ってこよう。」


 誠は、周りを見渡しながら由香の列の方に向かった。

「大部分が女性だな。でも、尚の計画通りか。」

そのとき、列の男性を次々に睨んでいる少し背の高い男性に気が付いた。

「あれが豊さんかな。急に人気が出てきて、由香さんのことが不安なのかな。分かる気もするけど、さすがに睨みすぎじゃないかな。でも、ああやっているところを見ると仲はいいんだろうな。」

誠が尚の列の方を見ながらつぶやく。

「尚の列、男性が少し多いかな。尚の両脇に警備員がいるから大丈夫だとは思う。しかし、何か僕はやたら豊さんに睨まれている気がするけど、やっぱり不審者に見えるということか。仕方がないな。まあ、おとなしく並ぼう。」

誠が並ぶと、その男が誠の後ろに並んだ。少しして話しかけてきた。

「由香のファン?」

「そういうわけではないのですが、一番すいていたからです。」

「でも、なんでさっきからキョロキョロしている。」

「多分あなたと同じで、夏の大河内さんの一件があったので、不審者を警戒するためです。タックさんたちも警戒してくれているようですが。」

「そうか。タックというやつらの仲間か。」

「僕自身は明日夏さんの副TOをしていますので、仲間ではないですが、友達ではあります。」

「明日夏さんのファンか。分かった。同じ事務所だもんな。いわゆる事務所推しというやつか。」

「僕の友人はそうですが、僕はちょっと違います。それより、周りの人を睨むのはやめた方がいいと思います。由香さんのためにならないと思います。」

「余計なお世話だ。」

誠は、もうちょっとはっきり言った方がいいと思った。

「もしかすると、豊さんですよね。」

「えっ、何で知っている。」

「とあるところから情報が入っています。仲が良いのはいいことですが、やはり公にならないように気を付けて欲しいと思います。豊さんだけの問題ではなく、事務所全体の問題になってしまいますので。」

「明日夏さんにも迷惑がかかることになるな。それは、分かったよ。」

「僕の友達は、人をよく見たい場合は濃い目のサングラスをかけて、横目で見るといいと言っていました。そうすると、視線が悟られないとのことです。」

「なるほど。今度からそうするよ。」

その後、由香のダンスの話をしながら順番を待った。やがて誠の番になり、由香の前に進む。

「由香さん、いつも妹を有難うございます。」

「おっ、おう。こちらこそ、ありがとな。」

次に豊が由香の前に進む。

「今日も頑張ったな。」

「前の人、リーダーのお兄さんだから、失礼のないように。」

「ええっ。」


 一方、亜美の列に並んでいたアキが亜美の前に進む。

「亜美ちゃん、お疲れ様。」

「アキちゃん、時間があればアキちゃんのワンマン行くね。」

「ええっ。」


 尚美が粛々とハイタッチをこなしていた。

「なおみちゃん、可愛い!」

「有難うございます。頑張ります。」

「演技、上手だった。」

「有難うございます。次はもっとすごい演技を見せます。」

次の客がパスカルになったとき、尚美もそれに気が付いた。

「パスカルさん、3人で話していたから、その後の二人は小学生の地下アイドルとそのお母さんということか。」

パスカルが尚美の前に進み、普通のお客のように声をかける。

「お疲れ様です。」

「この間は、有難うございました。」

次はユミの番である。

「湘南兄さんは私がもらった。」

「はっ、何、東京湾に沈みたいの。」

両脇のガードマンは湘南兄さんの意味は分からなかったが、小学生に向かって言ったので、さっきの悪役の続きをしていると思って笑っていた。尚美はしまったと思いながら、すこし冗談ぽく続ける。

「東京湾の水は冷たいよー。」

「わーーー。」

そう言いながら、ユミは下がっていった。

「湘南さんにはいつもお世話になっています。」

「いえ、こちらこそ有難うございます。」

尚美は3人を観察したかったが、次々に客が来るので、見ることはできなかった。ステージから降りた3人は集合場所に向かった。

「アキちゃんも湘南も終わって待ってるけど、湘南はイベントが終わるまではここを離れないので、それを待ってても構わない?」

「はい、私も勉強のために見ていたいです。」

「おー、偉いな。終わったら、女性陣の分は俺がおごるんで、ケーキでも食べに行くか?」

「さすがプロデューサー、有難う。」

「プロデューサーさん、女性陣というと私の分も入っているの?」

「マリちゃん、もちろんです。」

「いやー、男性からケーキをおごってもらうのは、何年ぶりだろう。」

「ママ、あまりはしゃがないでね。みっともないから。」

「分かっているわよ。でも、ユミちゃん、なおみちゃんに悪役の演技をしてもらって良かったわね。」

「違うよ、ママ。最初のは本気。目がそうだった。」

「えっ、そうなの?」

「なおみちゃん、アキ姉さんが言う通り、かなりのブラコンみたい。」

「じゃあ、本当に東京湾に沈むことはなくても、気を付けないとね。」

「うん、いろいろ利用価値はありそう。」

「えーと、ユミちゃん何かあったの?」

「なおみちゃんに、湘南兄さんは私がもらったと言ったら、東京湾に沈めるぞと言われただけ。」

「ははははは、マジで?」

「うん。でも、湘南兄さんには黙っていて。」

「分かったけど、ユミちゃん、湘南が言う通り、女性の方々に嫌われないように気を付けようね。」

「はい、分かっています。」

5人が集合した。

「ねえ、湘南には話したんだけど、亜美ちゃんに、アキちゃん、時間があればアキちゃんのワンマン行くね、と言われたんだけど、パスカルなら分かるんじゃないかって。」

「平田社長さんと打ち合わせの時に、亜美ちゃんが、小さなライブの裏側を知りたいと言ってたということは聞いた。」

「へー、そうなんだ。隣の芝生は青く見えるというやつかな。」

「それに、もし人気が無くなったら、歌手を辞めるよりは、小さなところでも歌い続けたいと思っているそうだよ。」

「おおっ、歌手魂がこもっているという感じね。そう言えば、49人のアイドルグループのメンバーでも、脱落して地下アイドルをやっている人もいるからね。」

「亜美ちゃんがそうなったら、俺がプロデュースしてもいいけど、まあ、そうはならないと思う。」

「はい、亜美さんの素質から考えて、ものすごいスキャンダルでもないと、そういうことにはならないんじゃないでしょうか。」

「そうだろうな。それよりアキちゃん、ケーキ屋にいかないか。女性陣は俺がおごるよ。」

「おー、さすがプロデューサー。ごちになるわ。」

「おう。それじゃあ行こう。」


 ケーキ屋で『トリプレット』の曲などについて話したあと、解散となった。誠は、いつもの通り、尚美と渋谷駅で合流して、帰宅の途についた。

「亜美先輩が言ってたけど、会場で女子小学生を抱っこしていたって本当?」

「えっ、亜美さん、僕たちのことがわかったの?」

「パスカルさんと一緒に居て、周囲を見まわしているから分かりやすいって。」

「そう言えば、豊さんらしい人が、由香さんの列を見まわしていたというか、男性を睨んでいたな。由香さんと本当に仲がいいんだろうけど、少し睨みすぎかもしれないと思って、やんわりと注意しておいた。」

「そうなんだ。豊さんの件は由香先輩にもお願いしておくけど、ごまかしてもだめ。抱っこしていたの?」

「よく見えないということで、ユミさんにお願いされて、パスカルさんと交代で。他の小学生もお父さんが抱っこして見せていたし。」

「お兄ちゃんは、ユミのお父さんなの?」

「違うけど、お母さんのマリさんにもお願いされたし。」

「お兄ちゃんは、マリの旦那さんなの。」

「違うけど。分かった。次からは踏み台を持っていくよ。」

「その件はもういいけど、それじゃあ、お兄ちゃん、抱っこして。」

「それじゃあ、って。」

「昔は良く抱っこしてくれたじゃない。」

「電車の中じゃあ、無理でしょう。」

「じゃあ、家に帰ってからでいい。」

誠は相変わらず負けず嫌いなのかと想い、了解する。

「分かった。尚は頑張っているから、そんなのでよければ。」

「やったー。約束だよ。」

「はい。」


 二人は家に帰って、夕食をとったあと、誠の部屋に向かった。

「じゃあ、約束の抱っこ。」

「尚は、まだ子供だね。」

「そうだよ。」

「おいしょっと。」

「わー、有難う。やっぱり景色が違って見える。」

「もう少しすると、背が伸びればこれが普通の景色になると思うよ。」

「お兄ちゃん,もっと高く。」

「尚は甘えん坊だな。分かった。」

誠が尚美を高く持ち上げる。

「あれ、棚の上に小さな箱がある。お兄ちゃん、この中には何が入っているの?」

「何だろうね。ずうっと開けたことがないから分からないや。」

「そうなんだ。開けてもいい。」

「うん、別に構わないよ。」

「じゃあ、もう少し高く上げて。」

「分かった。」


 尚美が小さな箱を開けてつぶやく。

「これは何だろう?」

「分からないけど、写真のアルバムみたいだね。」

「わー、お兄ちゃん、小さい。」

「3歳ぐらいの時の写真かな。」

「このポーズは変身もの?」

「良く分からないけど、レンジャー系だね。」

「この写真のお兄ちゃん、二人の女の子といっしょで、鼻の下を伸ばしている。」

「鼻の下なんて伸ばしていないよ。どちらかというと疲れた顔をしているように見える。」

「右の人は外国人みたい。でも、あれ、左のこの人・・・。」

「どうしたの?近所の人?」

「違う、これ明日夏先輩だ。」

「えっ。うーん、そう言われればそうも見えるけど、僕には良く分からないかな。」

「雰囲気とかポーズとか、間違いない。だからか。」

「何が、だからかなの?」

「えーと、お兄ちゃんの話になったとき、男の子は小さいときのことをする忘れるって、少し怒ったように言ってたから。」

「明日夏さんは、僕のことを覚えているということなの?」

「そうかも知れない。」

「それだと嫌われるよね。」

「それは、仕方がないという感じだけど。」

「でも、だから、僕も明日夏さんの歌を聞いた瞬間に、明日夏さんを応援しなくちゃいけないと思ったのかな。」

「深層心理?そうかも知れないね。」

「でも大丈夫だよ。だからと言って、尚に迷惑がかかるようなことは絶対にしない。」

「うん、それは信じている。」

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