第22話 ユナイテッドアローズ

 アニサマの翌日の土曜日、岩田家では仕事が忙しいため土曜出勤し、帰りも遅い父親を除く、誠、尚美と母親がリビングで『救出者』の放送を見ていた。

「お母さん、尚ちゃんがテレビに出るようになるなんて、想像もしていなかったわよ。」

「今回は、『原宿高校』というアイドルグループの体調不良で出れただけだけど。」

「それでもすごいことよ。誠ちゃんに言われて、お父さんを説得して良かったわ。」

「でもお母さん、あまり期待しすぎると尚に負担がかかるから、期待は適度に。」

「分かっていわよ。尚ちゃんも、大変過ぎるようだったら言ってね。誠ちゃんと何とかするから。」

「うん、分かっている。でも今は楽しいから大丈夫。」

「なら、良かったわ。」

明日夏と亜美が捕まるところが映る。

「ははははは、明日夏さんと亜美さんらしいな。」

「檻に入った後は、二人でずうっとアニメの話をしていたみたいだから、事務所の中でもいいコンビになっている。」

「仲がいいから裏切りもできるんだろうね。」

「そうかも。」

ミサが追手を振り切るところが映る。

「鈴木さん、車の運転で運動神経がいいと思っていたけど、足もすごく速いんだ。」

「そうだけど、美香先輩は、後の方でもっとすごい見せ場があるよ。」

「それは台本じゃないんだよね。」

「そう。」

「それは楽しみだ。」

尚美と由香が交代しながら距離を稼いでいるところが映る。

「いい作戦だね。」

「美香先輩が交代してくれたとき思いついた。」

「交代地点を移動させているのか。」

「同じところだと他の追手に見つかるかと思って。」

「なるほど。それならもっと狭いところを回った方が有利か。そうだとすると、一人が2周とか3周とかしてから交代するのかな。」

「うん。その作戦、いいかも。また出場するようならば使ってみるよ。」

「尚、由香さんよりだいぶ小さいのに、走る速さはあまり変わらないからいいコンビになっている。」

「美香先輩は追手を振り切ることができるから、やっぱり一人で逃げた方がよさそう。」

「それに、鈴木さん、かなり遠くから追手を見つけることができているようだし。」

「そうなんだ。」

「でも、尚ちゃんが運動をするようになったのは、誠ちゃんの一件があってからだけど、こんなふうに役に立つなんて思いもしなかった。」

「あの時に頭に受けた衝撃で、今でも小さい時の記憶にところどころ欠けているところがあったりするけど、家族にも役に立つことがあって嬉しいよ。」

「えっ、本当に?」

「あの時は、尚ちゃんがまだ小さかったから、話さなかったけど。」

「でも大丈夫だよ。CTでもMRIでも脳に異常は見つかっていない。それに、尚に関係することはだいたい覚えていると思う。」

「そうなんだ。覚えてくれているのは嬉しいけど。」

「例えば、僕が1回もスイカ割りをしたことがないとか。パスカルさんたち、みんな笑ってた。」

「えっ、スイカ割り?家でも何回かやったよ。」

「そうね。そう言えば、尚ちゃんがいつも最初に割っちゃうから、誠ちゃんはスイカ割りをしたことがなかったかも。」

「えっ、お兄ちゃん、ごめん。あまり考えていなかった。」

「いやいや、小学生がそんな配慮はしなくていいから。でも、尚の平衡感覚とかスピードとかが本当にすごいと思ったのを覚えている。」

「それじゃあ、お兄ちゃん、来年の夏、スイカ割りをしようか。」

「大丈夫だよ、この間やったから。」

「アキたちと?」

「そう。でもパスカルさんもラッキーさんも嘘の位置しか教えてくれないから、10メートルぐらい離れた地面を叩いただけだけど。まあ、スイカ割りってそういうもんだよ。」

「それで、アキが割ったの?」

「棒は2回とも当たったけれど、跳ね返されていたかな。だれも割れなくて、結局、包丁で切って食べた。」

「ふーん。」

「でも、その方が無駄な部分が出なくて、美味しかったよ。」

「そうだろうけど。そうだ、来年の夏、美香先輩の別荘でスイカ割りをすればいいんだよ。」

「忙しい鈴木さんをそんなことに使うもんじゃありません。」

「美香先輩の水着姿、本当にすごいよ。アキとか問題にならないし。」

「尚、鈴木さんは歌に一生懸命なんだから、そんなことを言ったら失礼だよ。」

「逆に、美香先輩の息抜きになるかもしれないよ。」

「分かった、尚。鈴木さんの話はおいておいて、尚に時間があるときに、辻堂海岸でいっしょにスイカ割をやろうか。」

「そうね。お母さんが二人のビデオを撮るわ。尚ちゃんが大きくなったら、そういう機会もだんだんなくなっちゃうだろうし。」

「分かった。そうしよう。」

いよいよ救出作戦を開始するところが映った。

「ここから、救出作戦開始かな。」

「そう。」

「えっ、ジェッ、ジェットストリームアタック!?」

「お兄ちゃんが、喜ぶかと思って。」

「ちゃんと踏み台にしているし。でも、尚の運動神経もすごいな。」

「有難う。」

「おー、鈴木さんのダッシュ、さっきより速い。」

「うん、ここは最速のダッシュをお願いした。」

「看守が表に出てくるより先に檻の前を通過するため?」

「その通り。」

「あっ、あれが尚か?」

「えっ、尚ちゃん。どこどこ?」

「草むらの裏を移動している。」

「良く分からない。」

「ここ。」

「あー、本当、何かが移動しているわね。」

「お兄ちゃん良く分かったね。」

「いや、二人がおとりになっているから、尚がどこかから近づいていると思ったからだけど。それがなければ分からない。」

「ギリースーツ、動くとやっぱり分かるかな。」

「気を付けてないと、分からないから大丈夫。」

「檻の中の人が脱出している。尚ちゃんの救出作戦、成功したのね。」

「うん、3人が協力した成果だけど。」

「でも、鈴木さんみたいに個人の能力が並外れて高い人がいると、作戦の自由度が上がるね。」

「そう。今回の作戦も美香先輩の能力にだいぶ依存していたと思う。」

「見ている人の注意も鈴木さんに集中するから、やりやすくなるね。」

「その通り。」

「あー、でも大河内さん、4人に囲まれちゃったわよ。」

「尚、鈴木さん、まさか、あの池を飛び越えるの?」

「まあ、見てて。」

3人は成り行きを固唾を飲んで見ていた。

「大河内さん、ジャンプした!」

「届いた!」

「追手の人は落ちちゃったわね。でも、大丈夫そう。」

「明日夏さんも気が付かれていないし。おめでとう、ミッションコンプリートだね。」

「と思うでしょう。」

「えっ、あっ、あははははは。」

「明日夏さん・・・。」

「という感じ。」

「でもまあ面白かったし。番組としては、明日夏さんのも最後の落ちみたいで良かったんじゃないかな。」

「うん、そうだと思う。」

終了後のインタビューが始まった。

「柴田さん、いかがでしたか。」

「ほとんど檻に入っていましたので、あまり活躍はできませんでしたが、ミサさんや『トリプレット』の仲間に助けられて、賞金をゲットできて良かったでした。」

「初めから、その計画だったんですよね。」

「はい。捕まってからは、明日夏さんとアニメの話をしていて、救出された後も、リーダと由香に守られて生き残りました。」

「なるほど。良い友達を持ったというわけですね。」

「最初に明日夏さんに裏切られましたが、そうだと思います。」

「有難うございました。神田さん、最初に捕まったあと、救出してもらって、最後の最後に捕まってしまいましたが。」

「ちょっと油断してしまいました。でも、賞金は5人で山分けの約束ですから大丈夫です。」

「せっかく全員生き残れるところを。明日夏先輩だけ罰金にしませんか。」

「尚ちゃん、厳しい。」

「まあまあ、尚、明日夏らしくていいんじゃない。」

「ミサちゃん、優しい。」

「そうやって甘やかすから、成長しないんですよ。明日夏先輩は。」

「この5人の中では、背は私が一番高い。」

「背のことは言っていません。」

「5人は仲が良いんですよね。」

「白石さん、仲が悪ければ、こんな話はできないぜ。」

「それは南さんの言うとおりですね。いつもこんな感じなんですか。」

「おう、そうだぜ。それで、いつも中心は明日夏さん。」

「なるほど、そうなんですね。南さん、『救出者』、いかがでした。」

「リーダーの的確な判断と指示のおかげで、慣れていない初め以外は楽勝だった。」

「二人で交代しながら追手を振り切ったのは見事でした。」

「おう、普段からのチームワークの成果だぜ。」

「そうですね。有難うございました。それでは、妖精のように可愛らしい星野さん、みごとなジェットストリームアタック。小さいときから体操をされていたんですか。」

「はい。小学校の入学する前から、体操教室に行っていました。」

「なるほど。チームの信頼も厚いようですね。」

「『トリプレット』のメンバーはお互い信頼しあっていると思います。6月末にデビューしたばかりですが、メンバー一丸となって前進していこうと思います。」

「はい、今日でファンの方が増えたと思います。是非頑張って下さい。」

「有難うございます。」

ミサは次に話す準備をしていたが、アシスタントは別の出演者のインタビューを始めた。

「私、飛ばされちゃった。」

「大丈夫です。美香先輩は、今日一番活躍したから、最後なんだと思います。」

「尚の方が活躍していたと思うけど。」

「いえ、やはりパワーのある走りとジャンプ、美香先輩の方が目立っていたと思います。」

「そうなんだ。でも、本当は尚だと思うよ。」

白石が須藤と渡辺にインタビューをしていた。

「渡辺さん、賞金獲得おめでとうございます。」

「結構頑張っていたけど、中盤に捕まってしまいました。終盤に、星野さんに救出してもらって、賞金を獲得できました。でも、さすがに今日はたくさん走って疲れました。」

「有難うございます。須藤さんは?」

「私も星野さんに助けてもらって、あと5分と思って全力で走ったけど、和彦と違って、すぐに捕まっちゃったわ。この歳だと何かハンディをもらわないと無理だわよ。」

「ディレクターには伝えておきます。」

「でも、神田さんに水をもらって、一息付けました。みんないい子たちね。」

「姉さん、次は僕たちも二人で組んで、『トリプレット』の人たちがやっていたスイッチってやってみないですか。」

「できると楽しそうね。」

「スイッチ!」

須藤が少し走って戻ってくる。

「年寄りをあまり走らせるもんじゃないわよ、和彦。スイッチ!」

渡辺が走って戻ってくる。

「姉さんは、まだまだ若いですよ。」

「有難う。上手くいったら面白そう。」

「じゃあ、次はこれで頑張ってみましょう。」

「分かったわ。」

「須藤さん、渡辺さん、お元気そうで何よりです。有難うございました。」

白石が戻ってきた。

「最後に大河内さん。ヒーローインタビューです。最後の場面は手に汗握りました。走りとジャンプ、本物のアスリートみたいでした。」

「有難うございます。本当はロック歌手なんですが。」

「運動は以前からされていたのですか?」

「はい、ロックを歌うには体力が必要ですし、体を動かすことは大好きです。」

「あの池は飛び越えられると思った?」

「地面が滑りやすいので心配でしたが、一か八か思い切って飛んでみました。少し滑ったので、距離が足りなかったでしたが、なんとか反対の岸に行くことはできました。」

「走る姿も奇麗でした。テレビの前のみなさんも、大河内さんに魅せられたのではないかと思います。これからのご予定がありましたら是非お聞かせ頂けますか。」

「これから、明日夏や『トリプレット』のみんなとケーキを食べに行く予定です。」

「・・・・・。」

尚美がフォローする。

「ミサさん、ミサさんのファーストワンマンライブが10月23日に武道館で開催されるんですよね。すごい楽しみだなー。」

「そうなんですか、ファーストワンマンライブを武道館で開催。それはすごいことですが、今日の大河内さんを見て納得が行きました。」

「その5日後の10月29日に、大阪城ホールでもミサさんのワンマンライブを開催するんですよ。すごいですよね。」

「本当ですね。関西の皆さんも是非楽しみにしていてください。」

「尚、溝口マネージャーが放送日のことを話していたのは、このことだったの?」

「はい、そうだと思います。ミサさんからもどうぞ。」

「ごめんなさい。繰り返します。10月23日に武道館でファーストワンマンライブ、10月28日に大阪城ホールでワンマンライブを開催します。一生懸命歌いますので、是非、聴きに来てください。」

「私はライブで一緒になることがあって時々聴く機会があるのですが、ミサさんのパワーのあるロック、情感あふれたバラード、本当にすごいですよ。良い思い出になると思いますので、是非、聴きに来て下さい。」

「有難うございました。私も是非見に行きたいと思います。大河内ミサさんでした。それでは、アナウンサーにマイクをお返ししたいと思います。」

「白石さん、インタビュー、有難うございました。今日の『救出者』、今までに見た中で一番興奮しました。アナウンサーとしての仕事を忘れすぎたかと反省しています。ただ、これからももっと面白くするために趣向を凝らしていきますので。次回の放送をお楽しみください。それではごきげんよう。」


 テレビ番組が終了して、岩田家では家族団らんに戻った。

「尚ちゃんの初テレビ出演、保存しておかないと。」

「5人それぞれが目立っていて、良かったと思う。」

「うん、美香先輩が一番だけど、私もそう思った。」

「大河内さんのワンマンライブ、尚ちゃんたちも出演するんだよね。」

「そうだけど、そのことが発表されるのは9月になってからだから、今は秘密。」

「お母さんも行きたいけれど、チケット、手に入る?」

「うん、チケットは用意する。」

「お金は払うわよ。」

「たぶん要らないんじゃないかな。私も出演するし。お兄ちゃんはどうするの?」

「とりあえずラッキーさんかパスカルさんからFCのチケットが買えないか聞いてみる。もし、なかったら尚にお願いしようと思うけど、無理はしなくていい。」

「家族3枚ぐらいは問題ないと思うよ。」

「有難う。」


 その後も、テレビ出演のことやミサのワンマンライブのことについて家族3人で話したが、9時ごろになって、それぞれの部屋に戻った。誠がBLゲームのプログラミングについて調べていると、アキから『アキPG』宛に投稿があったことが通知された。

アキ:夏休みももう終わりね

パスカル:俺らには夏休みなんてないけどな

ラッキー:地方公務員って永遠の夏休みかと思っていたよ

パスカル:違いますよ。あちこちから要求が来て大変なんですよ

ラッキー:まあ実のところはそうだろうね

アキ:でも、この夏は海にも行けたし、オリジナルの新曲も披露できたし。高2の夏休み、思い残すことはないわ

パスカル:夏なのに恋人ができなかったじゃん

アキ:パスカル、それ、自分に言いなさい。それに、私はあと10年は恋人を作らないつもり。アイドルになる方が優先

パスカル:DOITのプロデューサーが聞いたら泣いて喜ぶな。恋人ができて二人ぐらい契約解除になって、てんやわんやみたいだから

アキ:地下と言っても、あっちはプロだからね

ラッキー:アキちゃん、引き抜きの話しとかなかったの?

アキ:DOITのPに話しかけられたけど速攻断った。あそこは無理

パスカル:俺もあそこは止めておいた方がいいと思う

アキ:分かっている。湘南はどうだった、夏休み?

湘南:海、コミケ、新曲の発表、僕も楽しかったです

アキ:そう言ってくれると嬉しい

湘南:でも、大学は9月中旬まで夏休みですから、今はまだ夏休み中盤です

アキ:何それ。ずるい。それじゃあ夏休みじゃなくて秋休みじゃん

パスカル:アキ休み

アキ:パスカル、つまんない

コッコ:アキちゃんはパスカルちゃんに優しいね

パスカル:優しいのか?でもアキちゃん、大学はだいたいどこでもそうだよ

アキ:そうなんだ

パスカル:それに湘南は休みの間に曲を作ってくれているんだから

アキ:そうだ。ごめん。湘南、有難うね

湘南:9月中にアキさんとユミさんの曲のレコーディングを完了してCDを焼きます

アキ:有難う。今辻堂に向かって土下座している

湘南:できれば、9月は二人のための曲を作曲してみるつもりです

アキ:へー、頑張って。多少変でも歌うから

湘南:有難うございます。それとBLONGの手伝いもしないと

パスカル:BLゲームの制作手伝いか

湘南:イケメン男性の話になるみたいで、パスカルさんと僕の出演はないので安心してください

パスカル:それは良かった。理由が少し悲しいがな

アキ:二人は心がイケメンよ

パスカル:アキちゃん、有難うな

ユミ:湘南兄さん、みんな心がイケメンだから大好き、というのは大丈夫ですか

湘南:はい、みんなと言うなら大丈夫だと思います

アキ:ユミちゃんはもうMCのことを考えているのね

ユミ:はい。使えそうな言葉はメモしておこうと思います

パスカル:アキちゃん、うかうかしていると、ユミちゃんに抜かされちゃいそうだな

アキ:そうね

ユミ:アキ姉さんは、本当の顔がイケメンだから大丈夫です

アキ:ユミちゃん、有難う。でも私の心はイケメンじゃないの?

ユミ:そんなことはないですけど、アイドルに心のイケメンは必要ないです

アキ:外見がすべてということ?

ユミ:あとは演技

アキ:うーん、分からなくはないけど

ユミ:私もパスカル兄さんと湘南兄さんは心はイケメンだと思いますが、やっぱり二人のBLの需要は女子小学生にはないです

コッコ:パスカルと湘南のBLの良さが分からないって、やっぱり小学生は子供だな

ユミ:BLが好きな子は、王子様とか女の子のようなイケメン男性のBLが好きみたいです

コッコ:まあ、それは鉄板だけれどもね

アキ:ユミちゃんのクラスにも、BL漫画を見るお友達っているの?

ユミ:はい、何人かいます

アキ:私の時もいたのかな

コッコ:そうだと思うよ。多分アキちゃんが気づかなかっただけ

アキ:そうなのか

ユミ:あの湘南兄さん、夏休みの算数の宿題、今聞いてもいいですか?

湘南:もちろんです

ユミが『アキPG』宛に問題の画像を送る

ユミ:この問題なんですけど

湘南:大丈夫。スカイプを繋いでくれるかな

ユミ:うん有難う

誠とユミが『アキPG』から退出した

パスカル:アキちゃん、分かる?今の問題

アキ:へへへへへ、私、文系だもん

パスカル:俺は、哲学だからな。文系の中の文系

ラッキー:方程式を使えば簡単なんだけど、小学生は使っちゃいけないんだよね。どうやるんだろう

 一方、スカイプでは、誠がユミに算数の問題を教えていた。

「これは面積算で解きます。」

「鶴亀とかいっぱいあって良く分からない。」

「面積は掛け算を表していて、鶴亀算も面積算で解けますよ。」

「そうらしいですね。」

「では、まず問題をゆっくりと読んでみましょう。」

「小さな箱に飴が2個、大きな箱には飴が5個入っています。箱は全部で10個、中の飴は全部で32個ありました。小さな箱と大きな箱はそれぞれ何個あるでしょうか。」

「問題は、小さい箱1個には飴が2つ、大きい箱1個には飴が5個が入っています。両方の箱の数の合計が10、飴の数の合計が32です。」

「はい、それは分かります。」

誠が図を描きながら説明する。

「縦が2、横が小さい箱の個数で、この長方形の面積が小さい箱の中の飴の個数を全部足したものになります。」

「縦が2だから、2かける小さい箱の個数で、小さい箱の中の全部の飴の数ですね。はい。」

「縦が5、横が大きい箱の個数で、この長方形の面積が大きい箱の中の飴の個数を全部足したものです。」

誠が長方形二つを横に並べて描く。

「分かります。」

「ですので、この二つの長方形の面積を合わせるといくつでないといけないかな。」

「うーーん。」

「この面積が小さい箱の飴の全部の数。この面積が大きい箱の飴の全部の数。二つの面積を足すと?」

「えーと。」

「慌てなくていいから、考えてみて。」

「うーーーーーーーーーーん、面積が個数だから、小さい箱と大きい箱の飴の数を合わせた数。32かな。」

「はい、その通りです。両方を合わせた面積は合わせた、全部の飴の数ですから、問題から32になります。」

「うん。」

「では、小さい箱と大きい箱の箱の数を合わせた数、飴じゃなくて箱の数はいくつ。」

「えーと、箱の数の合計は10。」

「その通り。では、この図の中ではどの長さになるかわかるかな。」

「うーーん、こっちが小さい箱の数で、こっちが大きい箱の数だよね。」

「そう。」

「じゃあ、この下の辺を合わせた長さ。」

「その通りです。さすがです。」

「やったー。」

「後は、この合わせた面積が32になるようにしたときの、それぞれの長方形の横の長さが答えです。」

「はい、そうですけど。」

「箱が全部大きい箱の場合、飴はどの面積になるか分かる?」

「全部というと大きい箱が10個だから、この大きな長方形の面積。」

「その通り。では、面積の値は?」

「えーと、縦が5で横が10だから50。」

「その通り。じゃあ、その長方形の中の、この余った長方形の面積は?」

「えーと。」

「この長方形が50で、この部分が32だから。」

「18。」

「その通り。この余った部分の長さは?」

「こっちが5でこっちが2だから、引いて3かな。」

「とすると、この長さはいくつ?」

「えーと、面積が18で、この長さが3で、18割る3で6。」

「とすると、小さい箱の個数は?」

「6。」

「大きい箱の個数は?」

「ここが10だから、4。」

「その通り。よくできました。」

「ふー、疲れた。」

「頑張りました。中学生になって方程式を使えるようになると、もっと楽に解けるようになります。でも今はいろんな問題をやって、面積にする方法が分かるようになりましょう。」

「分かりました。今の湘南兄さん、イケメンに見えます。」

「心がですね。有難うございます。でもユミさん、アイドルでも、やっぱり心がイケメンに越したことはないと思います。」

「そうなんですか。」

「もちろん、超有名なアイドルならば、お金の魅力だけで人が寄ってきて、大きなことができるかもしれません。」

「そうか。アキ姉さんみたいな感じだと、みんなの善意の協力が必要ということですね。」

「はい。そのためにも、真面目に真剣に取り組むことが必要だと思います。」

「分かりました。でも、大河内さんってやっぱりお金の力なんですか。さっきの番組でも、自分のワンマンライブのことなのに、忘れちゃって、なおみちゃんに助けられていて。」

「そうでしたね。集中力がある人ですから、たぶん、救出者で全員生き残ることに集中しすぎて、他のことが見えなくなっていたんだと思います。もちろん、ユミちゃんの言う通り、お金の力で集まっている人もいますし、美人だからとかスタイルがいいからということで集まっている人もいると思います。でも、一生懸命やっている大河内さんの歌を応援したいために集まっている人も多いと思います。」

「プロデューサーやラッキー兄さんは?」

「歌の上手さが一番で、一生懸命やっていそうなことが二番、美人であることが三番だと思います。パスカルさんもラッキーさんも、大河内さんが美人でなくても応援していたと思いますよ。」

「そうなんですね。湘南兄さんが言いたいことは分かります。」

「有難うございます。みんなが心配するといけないので、『アキPG』に戻りましょうか。」

「はい。」

ユミ:ただいま

湘南:ただいまです

アキ:お帰りなさいませ、ご主人様

ユミ:それは

アキ:ユミちゃんは知らなかったわね。私、ちょっと前までメイド喫茶でバイトをしていたんだよ。アイドルになる勉強と思って

ユミ:勉強になりましたか?

アキ:あまりならなかったけど、度胸はついた

ユミ:だからアキ姉さんはステージでも堂々としているんですね

アキ:そうかもしれない。それよりユミちゃん、湘南の教え方、どう?

ユミ:理屈が多いですけど、何回か聞いて分かりました

アキ:そうか良かった

ユミ:あの、アキ姉さん、湘南兄さんは信用して大丈夫だと思いますけど

湘南:ユミさん、くどいようでもユミさんのこと気を付けてくれる人がいる方がいいと思います

ユミ:湘南兄さん、自分で自分が制御できなくなるとかですか

湘南:違います

ユミ:じゃあ何でです

湘南:ユミさんから僕と同じように見える人が、安全じゃなかったりする可能性があります。そういう油断から生じる危険性を避けるために、他の人の目で誰でも同じようにチェックすべきことはするべきなんです

ユミ:難しいけれど、分かりました

湘南:有難うございます。アキさんも僕をいくら疑って構いませんので、ユミさんに近づく人を見張っててください

アキ:分かったわ。任せて。ユミちゃんに魔が差すことがあったら止めてあげる

湘南:有難うございます。えっ、ユミさんですか

ユミ:なんだ、心配していたのは湘南兄さんの方だったんですね

アキ:冗談よ。でも、ユミちゃんにも魔性の女みたいなところがあるから

コッコ:魔性の女子小学生ユミで売り出すか

パスカル:却下

湘南:はい、却下です

コッコ:まあ、そう言うと思った

ユミ:でも、コッコ姉さんの言うことが少しわかりました

アキ:魔性の女子小学生のこと?

ユミ:そうじゃなくて、パスカル兄さんと湘南兄さんのBLの良さ

アキ:そっちか

コッコ:そうだろう、そうだろう。ユミちゃん素質あるね

パスカル:腐女子の素質とかいらないから

湘南:そんな話ばかりしているとユミさんが活動できなくなりますよ

ユミ:分かりました。プロデューサー、湘南兄さん気を付けます

湘南:はい、お願いします。

ユミ:BLは女子だけで話すことにします

パスカル:分かっちゃいねー

湘南:ところで、3曲目になるアイドルラインの『先輩マガジン』の編曲がだいたい終わったので聴いてみますか

ユミ:わー、聴きたいです。

アキ:私も聴きたい

湘南:URLを送りましたので、クリックするだけで聴けるはずです

ユミ:聴いてみます

アキ:ちょっと待っててね

全員が誠が作ったインスツルメンタルを聴く

アキ:うん、いい感じ

ユミ:湘南兄さん、有難うございます。嬉しいです

アキ:これも練習に加えないと

ユミ:はい、アキ姉さん、頑張ります

湘南:そう言えば、このところ、アキさんの歌が良くなってきていると思うのですが、二人の練習の方がうまくいっているからですか

アキ:ユミちゃんのお母さんに、ユミちゃんといっしょに教わっているからかな

湘南:ユミちゃんのお母さん?

アキ:ずうっと合唱部で、大学で声楽を専攻していたって。クラシックだけど

湘南:それは良かったです。でも、なんか厳しそうですね

アキ:クラシックだから?でも、そんなに厳しくはないよ。ユミちゃんもいるし

ユミ:ママ、うざいところもあるけど

アキ:いいママじゃない。アイドル活動に理解があるし

湘南:ユミちゃん、アキさんの歌が上達したことを考えると、お母さんの言うことを聞いた方がいいと思います

ユミ:分かった。そうする

パスカル:とすると10月にこの3曲でデビューかな

アキ:そのころまでには形にしないと

ユミ:頑張ります

湘南:パスカルさん、ユニット名は決まったんですか

パスカル:なかなかいいのがない

アキ:しっかり

ユミ:頑張って

パスカル:分かっている

湘南:印刷の都合がありますので、できれば早めに決めてください

パスカル:了解

コッコ:ユミちゃんのイラストを描いたよ

ユミ:見せてもらえますか

コッコ:いま送る

ユミ:3枚も有難うございます。私一人、アキ姉さんと二人、お父さんと二人か

コッコ:アクスタはお父さんと二人がいいと思う

パスカル:それは斬新だな

コッコ:でしょう

湘南:念のため、ご両親に確認してもらいましょう

パスカル:そうだな

ユミ:ユミとお父さんと二人って需要ありますか。アキ姉さんと二人の方がいいんじゃ

パスカル:分かった。少数だけど3つ作ってみよう

ユミ:それで需要を確かめるわけですね

パスカル:そういうこと

ラッキー:僕はユミちゃんとお父さんのものが欲しいかも

アキ:ユミちゃんの親になったつもりということ

ラッキー:まあ、そうかな

アキ:キモい

ラッキー:えー、キモいの

ユミ:大丈夫です。キモいだけですから

ラッキー:全然フォローになっていない

湘南:あの、今10時になりましたが、ユミさんは寝なくて大丈夫ですか

ユミ:あー、もう10時か。寝ないと怒られる。もっと話していたいけど、ごめんなさい

アキ:大丈夫。月曜日にユミちゃんの家に行くから。そこで、試しのレコーディングよ

ユミ:はい、それまで一人で復習しておきます

パスカル:俺も行くから

湘南:僕も機材を持って行きます

ユミ:はい、皆さん、お待ちしています

コッコ:では、おやすみ。お父さんによろしく

ラッキー:おやすみなさい

パスカル:おやすみ。大きくなるんだぞ

湘南:おやすみなさい。夏休みの宿題がんばって下さい

ユミ:皆さん、おやすみなさい

ユミが退出した。

アキ:ユミちゃん、楽しそうね

パスカル:アイドルが夢だったんだろうね

アキ:本物のアイドルとは違うけど、ここなら楽しめると思う

湘南:でも、ユミさんにあまり変なことを吹き込むのはやめましょう

アキ:ユミちゃんは大丈夫よ。それより、妹子の方が大変だと思うよ。本当にすごい大人の中で仕事していて

湘南:有難うございます。その通りですね。もっと気を付けることにします

アキ:妹子で思い出したけど、さっきやっていた救出者見た?

ラッキー:見たよ。ミサちゃん、走りにジャンプにアスリートみたいだったね

パスカル:アスリートであんな奇麗でスタイルのいい人は見たことがないけど

コッコ:パスカル、それを言っちゃおしめえだよ

アキ:妹子のジェットストリームアタックと救出は見事だったわね

ラッキー:そうそう、妹子ちゃんは身軽だったね

パスカル:今回の『救出者』、今まで見た中で一番面白かった

コッコ:明日夏ちゃんと亜美ちゃんもGL好きにはたまらないんじゃないか

アキ:コッコは見る視点がおかしい

コッコ:でも、こっちはソフト路線でも成立しそう

ラッキー:こっちって?

コッコ:明日夏ちゃんと亜美ちゃん。ミサちゃんが絡むとやっぱりハード路線しかない

アキ:それは、何というか、ミサちゃんのスタイルのせい?

コッコ:それもあるけど、一途な性格がハード路線にピッタリだと思う

湘南:あの、本人に伝わりそうなところでは、そういう話はしないで下さいね

コッコ:分かっているって

アキ:湘南は妹子と見ていたの?

湘南:母と妹と3人で観ていました

アキ:どんなことを話すの?言えることだけでいいけど

湘南:作戦や位置取りの問題点の洗い出しと改善方法の検討です

アキ:そうなんだ。具体的に聴いていい?

湘南:交代する作戦では、一人2周してもいいので経路をコンパクトに設定して、他の追手からの発見を防ぐとかです

アキ:なるほど。いつでも向上心を持っているのね

湘南:そうだと思います

アキ:そう言えば、ユミちゃんにも妹子のことを話さないとね

湘南:はい、機会があったら話そうと思います


 月曜日の午後1時過ぎ、宮前平駅に誠とパスカルが集合した。

「おっ、湘南、今日も10分前行動だな。」

「パスカルさんもです。」

「じゃあ、行こうか。」

「はい。」

二人がユミのマンションに向けて歩き出す。

「でも、それはお土産ですか。」

「つまらないものだけど、茶菓子だ。」

「さすがです。半分出しましょうか。」

「湘南は学生だし、収録機材を持ってきているから気にする必要はない。」

「すみません。」

「しかし、やっぱり女の子がいる家に行くというのは緊張するな。」

「行ったことはあるんですか?」

「俺は全くないな。」

「僕も行ったことがありません。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

「しかし、湘南の場合は、一応アキちゃんちのガレージまで行ったじゃないか。」

「それで行ったと言えるんですか?」

「親と会うかもしれないという緊張感は同じだ。」

「なるほど。哲学的ですね。」

「哲学は関係ない。」

「そうですか。」

「・・・・・・ここを右かな。」

「はい、その通りです。」

二人はユミのマンションの前に到着し、オートロックの入り口を確認した後、マンションを出た。

「一分前に呼び鈴を鳴らすか。」

「そうですね。」

二人は一分前にオートロックの呼び鈴を鳴らす。

「こんにちは、小沢健一、SNSの名前はパスカルというものです。」

ユミが答えた。

「パスカルプロデューサー、お待ちしていました。オートロックを入って右に曲がって少し行った104号室です。玄関の扉も開けておきますので、そのまま入って下さい。」

オートロックのドアが開いて二人は104号室の前に到着した。パスカルと誠が「お邪魔します。」と言いながらパスカルがドアを開けると、すぐにユミ、アキ、ユミの母親から返事が返ってきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様。」

「お帰りなさいませ、ご主人様。」

「お帰りなさいませ、ご主人様。」

「あの、お母さんまで。」

「パスカルさん、湘南さん、いらっしゃい。私のことは、マリって呼んでください。」

「それは?」

「本名は堀田真理子ですが、みなさんがニックネームで呼んでいるので、その方がいいかなと思って。」

「パスカルさん、マリさんもライブにいらっしゃることがあるかも知れませんので、ユミさんの本名を分かりにくくするためにも、マリさんとお呼びした方がいいと思います。」

「それは湘南の言う通りか。それでは、マリさん、今日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ、お願いします。」

「ユミちゃん、ユミちゃんのお母さんはノリがいいんだね。」

「そう、いっしょに振付を踊ったりすることもあるよ。」

「パスカルプロデューサーさん、私もデビューってどうでしょう。」

「ママ、恥ずかしいことを言わないでよ。」

「冗談よ。とてもステージには上がれないわ。でも、ママももう少し上手になったら、ここでユミと一緒にビデオを撮りましょう。」

「それぐらいなら、いいけれど。」

誠がマリに尋ねる。

「あの、マリさんも、アイドルになってみたかったんですか。」

「まあ、自分のアイドルの姿を想像したことぐらいはあるわよ。」

「そうですか・・・・・。」

「あの、湘南兄さん、あまり真剣に考えなくていいです。」

「ごめんなさい。湘南さんはそういう方なんですね。本当に、顔もそうですが、性格もそっくりなんですね。」

「どなたにでしょうか。」

「平塚さん。パスカルさんもバールさんにそっくりです。」

パスカルが叫ぶ。

「アキちゃん!」

「違う。お母さんにコッコの漫画を渡したのはユミちゃん。」

「コッコ姉さんから一冊もらったの。大人用だからお母さんにあげただけ。」

「マリさん、この度はうちのコッコがお嬢様に変な漫画をお渡しして大変申し訳ありません。」

「パスカルさん、大丈夫です。それに、あの漫画、なかなか面白かったわよ。男性の方には分からないかもしれないですけど。」

「あの、お怒りではないわけですね。」

「そういうことは全くありません。」

「有難うございます。良かったです。」

「そう言えば、今日、徹君は?」

「お友達の家に遊びに行っています。このマンションの中の家なので安心です。」

「オートロックもありますから、安全なんでしょうけれど。でも、私たちが子供のころは外で遊びまわっていましたが、最近の男の子は違うんでしょうかね。」

「まあ、相手が女の子なもので。」

「女の子の家に。・・・・・・15年以上負けている。」

「パスカルさん、僕も10年負けていますが、徹君は女の子の部屋でしょうから、僕たちは一生並ぶこともできないかもしれません。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

「あの、パスカルプロデューサー、湘南伊兄さん、あとでユミの部屋に来ていいですから、早く始めましょうよ。」

「気を使わせてごめん。ユミちゃん、プレプロと振付の確認を始めよう。」

「それに、お二人さんとも、私の部屋にも来ていいですから。」

「マリさんも有難うございます。」

「それで、プロデューサー、プレプロと振付、どっちが先?」

「えーと、収録が先かな。録ったものを湘南がミックスしている間に、振付を見てみようと思う。」

「分かった。プレプロのレコーディングが楽しみ。パパのAV(オーディオビジュアル)ルームはこっちだよ。」

ユミが二人をAVルームに案内する。

「ところで、ユミさん、夏休みの宿題は終わりましたか?」

「はい。湘南兄さんの助けもあって、何とか昨日までに終わらせました。後は今日の日記を書くだけです。もちろん、日記にアイドル活動のことは書いていませんので、安心してください。」

「それは、良かったです。」

5人がAVルームに入る。場所を広げるためにテーブルやソファーは後ろに動かしてあった。

「私も、いっしょしていいですか。」

「二人の歌の先生ですし、是非、お願いします。それじゃあ、湘南、準備をお願い。」

「了解です。」

誠がレコーディングの準備を始める。誠が準備をしている間に、パスカルがグループ名の話を始める。

「グループ名だけど、『オレンジアローズ』、みかん色の矢にしようと思ったんだけど、どう思う。」

「アローズ、敵役か。」

「はい?」

マイクスタンドを立てながら、誠が答える。

「独立治安維持部隊です。ガンダムダブルオーの。」

「良く分からない。」

「えーと、ゼータで言えば、ティターンズみたいなものです。」

「そうそう。」

「アキちゃんと湘南、何を言っているか、俺には全く分からん。」

「でも、アキさん、ソレスタルとかビーイングとかエウーゴだとピンとこないので、いいんじゃないでしょうか。」

「それもそうね。ユミちゃんはどう?」

「あなたの心に一直線とか、あなたの心に突き刺さる二本の矢とか言えそうですね。」

「ユミちゃん、さすが。」

「オレンジと言うのが元気っぽいだろう。」

「うーん、アローズはいいけど、やっぱり、オレンジがピンとこない。」

「そうなのか。」

「もっと強そうなものがいいかな。」

「強そう?『ストロングアローズ』、『ファイティングアローズ』、『フライングアローズ』とか。」

「うーん。」

「『ユナイテッドアローズ』では。」

「ユナイテッドの響きがちょっとカッコいいわね。」

「湘南兄さん、どういう意味ですか?」

「連合した、力を合わせた矢という意味です。ユミさん、国際連合を知っていますか?」

「社会で習った。国連ですよね。」

「その通りです。国連は英語で、ユナイテッドネーションズです。」

「なるほど。」

「ユミちゃん、とりあえず『ユナイテッドアローズ』にしようか。」

「アキ姉さん、分かりました。そうしましょう。」

「でも、二本の矢だと折れてしまうんじゃないかな。やっぱり、三本ないと。」

「もう、ママは黙ってて。」

「はいはい。」

「湘南、サプライズでマリさんを加えた3人ユニットを時々やってみようか。」

「そうですね。時々ならば受けるかもしれません。分かりました、三人バージョンのインスツルメンタルも作っておきます。」

「ママは、わがままなんだから。」

「我がママ。」

「パスカルぅ・・・。」

「まあ、ユミちゃん、ネタで受けるかもしれないよ。」

「パスカルの言う通りだと思う。話を聞いただけなのに、会場からママ!って叫び声が上がるのが想像できる。」

「みなさん有難う。でも、マリちゃんじゃなくて、ママかぁ。」

「はい、ユミちゃんといっしょだとそう呼ばれるんじゃないかと思います。」

「みなさん、いろいろ考えてくれて有難う。それにしても、アキちゃんも幸運だったわよね。こんなに優しいプロデューサーさんとスタッフさんと出会えて。」

「それは時々思います。」

「ユミちゃん。ユミちゃんも結婚するなら、こういう男性がいいわよ。」

「うーん。ママの言うことも分かるけど、もうちょっとカッコ良くて、お金を持っている方がいいかな。」

「ごめんなさい、パスカルさん、湘南さん。」

「まあ、実際それが本音だと思います。」

「それに、自分の意見がはっきり言えるのはいいことだと思います。」

「私は、プロデュース活動は楽しいからやっているだけですので、あまり気にしないでください。」

「はい、僕もパスカルさんと同じです。」

「ねえ、アキちゃん。二人は本当は付き合っているということは?」

「ないと思います。パスカルなんか、セクシーなアイドルユニットが出てくると鼻の下を伸ばして見ています。」

「いや、アキちゃん。じっと見ているのは勉強のため。」

「どうだか。」

「湘南さんは?」

「湘南は、妹がとっても可愛い子なので、自然と相手のレベルが高くなってしまうのかもしれません。」

「そんなことはないです。ただ、僕と結婚したい女性がいれば誰でも結婚するみたいなことを妹に言ったら、叱られて、結局妹の許可がないと結婚できないことになりました。」

「妹子のお眼鏡にかなうって、すごくレベルが高そう。」

「湘南さんは、シスコンなんですか。」

「そうでもないですが、6歳離れていますし、妹のために頑張らなくちゃとは思います。」

「6歳下の妹か。それじゃあ、妹のために明日夏ちゃんのTOをやめたのも仕方がないよな。湘南、あの時は怒ってごめんな。」

「それは構いません。でも、セローさんが代わってくれて本当に助かりました。」

「湘南、妹子がブラコンということはない?」

「そんなことはないと思います。」

「でも、湘南さん、湘南さんの相手は私が選ぶと言っているぐらいだから、アキちゃんの言うことの方が正しいかも。」

「僕には、そういうふうには見えないですが。」

「妹さんだと人生経験が少なさそうだから、私もチェックしてあげるわよ。」

「それじゃあ、私も。」

「それじゃあ、私も。」

「女性陣の方々、そんなことを言っていると、湘南が結婚できなくなるんじゃ。」

「パスカルといっしょに住めばいいんじゃない。」

「アキちゃん、コッコが喜ぶようなこと言わないで。」

「でも、はたから見ていい相手と付き合うだけが幸せとも限らないし、恋愛は難しいわよね。高校の後輩の中に、疑問符が付くような男性でも、好きになったら激愛して、猛烈アタックする子がいたけれど、そういうのも羨ましいって思っちゃうし。」

「それも、分からないことはないです。」

「でも、本当に熱しやすく冷めやすい子で、付き合っていた男が二股をかけていたと分かったら、川に蹴落としたって言ってたし。」

「それはすごい。」

誠が機材のセッティングを終える。

「セッティングを終えました。アキさん、チェックのために簡単に歌ってもらえますか。」

「分かった。おっポップガードがついている。」

「はい、プレプロのレコーディングのために、コンデンサーマイク、マイクスタンド、譜面台などを揃えました。」

「湘南、大丈夫か。」

「はい、バイトをしていましたし、プロ用のものよりはずっと安いですので大丈夫です。」

「湘南兄さん、歌うのはひとりづつなの?」

「そうだよ。後で僕が合成します。」

「そうなんだ。一人だとやりにくそう。」

「アキさんが歌っている声を想像しながら、歌ってみてね。」

「分かりました。」

「それじゃあ、アキちゃん、発声練習からかな。」

「分かった。」


 マリが携帯型音楽プレーヤーから、自分の声とピアノで発声練習用に録音したものを流す。アキがそれを聴きながら、発声練習を行った。マリが時々注意を与えながら発声練習は無事に終わった。

「マリさんが録音したもので発声練習をするんですね。」

「その方が分かりやすいし、家でもどこでもできるから。」

「なるほど、分かりました。マリさん、ピアノも弾けるんですか?」

「一応、ある程度は。」

「パスカルさん、マリさんがシンセサイザーの生演奏で伴奏というのもできそうです。」

「親が演奏して子が歌う。それは面白そうだ。」

「でも、ピアノなら弾けるけど、シンセサイザーの操作は無理よ。」

「マリさんはキーボードだけに集中すればいいように、操作の方は裏から僕がやります。合わせる練習は必要ですが。」

「それもいいけど、私、ステージにも立ってみたい。」

「ママ、わがままを言って湘南兄さんを困らせちゃだめよ。」

「ユミちゃん、マリさんが1~2曲伴奏してから、ユミちゃんとアキちゃんがマリさんを呼んで、ステージに立つというならありかも。」

「はい、そうですね。」

「プロデューサーと湘南兄さんがそう言うなら、構わないですけど。」

「有難う。アキちゃんも、いい?」

「うん、いいけど、ダンスは少し練習しないといけないと思う。」

「アキちゃん、分かっている。ダンスの練習、頑張る。」

「マリさん、有難うございます。それじゃあアキちゃん、プレプロのレコーディングを始めよう。湘南、準備は?」

「オーケーです。」

アキが途中休みながら、2曲を4回ずつ歌った。

「湘南、どうだ?」

「まあまあ歌えていたと思います。録音はちゃんととれています。インスツルメンタルをどう変更するかは、ユミちゃんとミックスしてみてから考えます。」

「分かった。じゃあ、ユミちゃん、お願いできる。」

「はい。」

「ユミちゃん、まずは発声練習からよ。」

「分かっているけど。ママにユミちゃんと呼ばれるのは変な感じ。」

「アイドルになっている間は、木下優美になりきらないと。」

「何かママが乗り気になりすぎ。」

「若いときにおとなしかったからかな。二十歳で学生結婚しちゃったし。」

「分かった、分かったから、発声練習を始めよう。」

「はい、じゃあスタート。」

マリが発声練習用に録音したものを流した。アキとは違うものだった。それを聴きながら、誠は「高音もすごく綺麗だ。さすが、大学で声楽を専攻していただけのことはあるということか。」と思いながら聴いていた。

 発声練習が終わるとユミが歌い始めた。誠は不安定なユミの歌声を聴いて「小学生だからこんな感じかな。」と思いながら、ユミの声をどうすればうまく活かせるか考えていた。ユミも2曲を4回ずつ歌ったところで終了となった。

「今日のプレプロはここまでかな。」

「パスカルさん、マリさんの歌声を聞いてみたいので、2曲を1回ずつお願いできますか。」

「もちろん。ちょっと、発声練習をします。」

マリが発声練習を始める。透き通るような声を誠は「すごいな。でも、歌謡曲に向くかな」と思いながら聴いていた。

「じゃあ、歌うわよ。」

「なるべく声は軽く、リズミカルにお願いします。」

「分かっている。歌謡曲だものね。」

「はい。あまりお腹から出さない感じで。」

「また難しい注文を。でも頑張るわよ。」

「お願いします。」

マリが2曲を歌い終わる。パスカルが感想を述べる。

「すごい奇麗な声で感動しました。」

「パスカルさん、有難う。湘南さんは難しい顔をしていますが、何でも言ってください。」

「こいつは、いつもこうなんで、気にしないでください。」

「すごく奇麗な声をしていますし、安定性に関しては問題が全くないのですが・・・・もう少し可愛くでしょうか。」

「湘南さん、31歳二児の母に、可愛さを求められても。」

「声優さんの演技を見れば不可能ではないと思いますし、マリさんの声ならば可能だと思います。あと、落ち着きすぎている感じがしますので、変化をもう少しラフにつけてみて下さい。」

「分かった。もう一回歌ってみる。」

「お願いします。」

マリが工夫しながら2曲を歌う。

「どうです?」

「はい、かなりアイドルらしくなりました。基礎がしっかりしていますので、少し落ち着いた曲ならば大丈夫だと思います。」

「有難う。アキちゃんはどう思った?」

「湘南の言う通り、可愛くなったと思います。」

「有難う。ユミちゃんは?」

「アイドルらしくなったよ。パパは喜ぶんじゃない。」

「有難う。もう少し工夫してみるわ。プロデューサーは。」

「アキちゃんがうかうかしてられないんじゃないか。」

「歌はそういうことになりそう。でも、すごく参考にはなった。」

「それじゃあ、振付の確認に移るか。」

「その前に麦茶を持ってきますので、頂いたお茶菓子を食べながら、みんなでいっしょに麦茶を飲みましょう。」

「マリさんの言う通りです。脱水を気を付けないとですね。」

「はい、その通りです。少し待ってて下さい。」

マリがお茶と菓子を持ってきた。麦茶を飲みながら、3人のユニットの話を再開した。

「3人のユニットならば、3人で歌う曲を考えないとだな。」

「『トリプレット』の曲はどうでしょうか。」

「湘南、大丈夫?妹子が悲しむんじゃ。」

「大丈夫だと思います。」

「湘南がいいなら、今一番ホットなグループだし、いいんじゃないか。」

「やったー、ユミがなおみちゃんのパートを歌う。」

「まあ、そうなるかな。」

「いえ、なおみさんのパートはマリさんにお願いします。」

「えーー。」

「ユミさん、申し訳ないんですが、歌のレベルに関してはマリさんが圧倒的に高いですので、その方が全体的に歌がしっかりとまとまると思います。」

「ママがなおみちゃんか・・・・・。全然似ていないけど。」

「ユミ、ママはなおみちゃんより可愛い?」

「そんなわけないでしょう。」

「ユミさんは、由香さんのパートを元気よく歌って下さい。」

「ママの歌が上手なことも、湘南兄さんの言うことも分かりますから、今回はそうします。」

「ユミさん、有難うございます。」

「今は仕方がないですけど、歌がもっと上手くなったら、ユミもなおみちゃんのパートをやりたいです。」

「分かりました。『トリプレット』から、全体的に元気な歌も出るときがあると思いますので、そのときはなおみちゃんのパートをユミさんにお願いします。」

「わーい。」

「私が亜美ちゃんのパートね。」

「はい、その通りです。」

「パスカルはそれでいい?」

「音楽のことは湘南にまかせているから、それで行く。でも、三人のユニットは、『ユナイテッドアローズ』が軌道に乗ってからかな。」

「はい、『トリプレット』の10月の新曲の方が・・・新曲が出るという噂ですし、その後の方が選択の自由度が増えます。」

「とすると、マリさんのデビューは11月終わりか12月だな。」

「プロデューサー、デビューの時期は分かりますけど、それまで私は何をしていれば良いでしょうか。」

「プロデューサー!?」

「だって、パスカルさんがこのユニットのプロデューサーなんでしょう。あと、プロデューサーは平等に私のことをマリちゃんと呼んで下さい。」

「えっ、あっ、はい。マリちゃん。」

「何でしょう、プロデューサー。」

「えーと、歌の方はなんとかなりそうですので、これからはデビューに向けて、3人でダンスの練習を続けて下さい。」

「分かりました、プロデューサー。頑張ります。」

「ねえ、もしかして、ママもプロデューサーって言ってみたかったの?」

「へへへへへ、そうかもしれない。」

「ユミちゃん、アキちゃん、結構いい時間になってきているから、そろそろ二人の振付の確認に移ろう。」

「プロデューサー、分かりました。」「プロデューサー、分かりました。」

「アキちゃんまで、プロデューサー。」

「普段はパスカルでも、ユニットの時はその方がしっくりくるかなと思って。」

「分かった。マリちゃんは、歌ってインスツルメンタルに歌をつけて下さい。その方が二人が振付を付けやすいと思います。」

「プロデューサー、分かりました。工夫しながら歌ってみます。」

「有難うございます。湘南はミックスの制作で。」

「はい、了解です。ただ、音がすると作業がしにくいですので、すぐそばにあった公園で作業してきます。」

「湘南さん、外で作業するのは暑そうだから、リビングを使ってもいいわよ。なんなら、私の部屋でも。」

「ママは何を言ってるの。湘南兄さん、ユミの部屋なら机もあるよ。」

「何、ユミ、親だって部屋に入れたがらないのに、湘南さんはいいの?」

「だって、信用しているから。」

「おい、湘南、匂いをかいじゃだめだぞ。」

「パスカルさんじゃないんですから。」

「さすがの俺も、ユミちゃんの部屋ではかがないぞ。」

「マリさんの部屋ではかぐということですか。」

「うーん、人妻の部屋か。ちょっと分からないな。」

「人妻でも何でもかがないで下さい。」

「そうよね。湘南さんとは一回りちがうから、さすがに興味ないか。」

「興味がないという問題ではなくて、人としての問題です。」

「湘南、人の鼻はにおいをかぐためにあるんだぞ。」

「これ以上は、ユミちゃんの教育上問題がありそうなので、止めましょう。」

「湘南兄さん。別に大丈夫だよ。」

「そういう問題ではなくてですね・・・。分かりました。とりあえず、マリさん、リビングをお借りしても良いでしょうか。」

「はい、どうぞ。ご案内します。」

マリが戻ってきてから、振付の確認を開始した。インスツルメンタルを流して、マリが歌い、アキとユミが振付のダンスを踊った。休みながら2曲を4回ほど踊ったところで、二人が疲れてきたようなので、そこで止めることにした。

「今日はここまでにしようか。」

「そうね。だいぶ疲れてきたわ。」

「まだ、できないことはないけど。」

「ユミちゃんもアキちゃんも、あまりミスなく、可愛かったよ。マリちゃんも、歌良かったです。」

「本当にアキちゃんもユミちゃんも、とっても良かった。」

「ユミちゃんと、練習してきたからねー。」

「アキ姉さんと頑張った。」

「基本的には、この振付でいいんじゃないかと思う。」

「プロデューサーの言う通りだと思います。ママも頑張らないと。」

音楽が止まって少しして、振付の確認が終わったと思った誠が部屋にやってきた。

「振付の確認、終わりました?」

「おう、終わった。」

「まだ2曲目がワンコーラスしかできていませんが、流します。」

「おう、頼む。」

誠がミックスした1曲目と2曲目のワンコーラスを流す。

「湘南、マリさん、どんな感じですか?」

「マリちゃんよ!」

「湘南、マリちゃん、どんな感じですか?」

「アキさんが上手に歌えていると思います。ユミさんの子供っぽさもオリジナルから違うところで特徴になると思います。現状は、このまま進めるのが良いと思います。」

「私も、湘南さんの意見に賛成で、今はこのまま行くのがいいんじゃないかな。きちんと練習を積めば、来年にはもっとちゃんと歌えるようになるとは思うけど。」

「はい。このところのアキさんの上達を考えれば、マリさんには、この先も二人の練習の面倒を見てほしいと思います。」

「任せておいて。」

「じゃあ、次は本番のレコーディングかな。それはいつものレコーディングスタジオでするから、練習がんばってね。」

「パスカル、じゃない、プロデューサー、頑張る。」

「プロデューサー、分かりました。それまで、いっぱい練習します。」

「ユミちゃん、頼もしいな。」

「ユミさん、学校の勉強も忘れないでくださいね。」

「湘南兄さん、分かっています。でも本当のことを言うと、勉強ができるより、私はなおみちゃんみたいになりたいです。」

「それなら、湘南の言うことを聞いた方が、なおみちゃんに近づけるかもよ。」

「アキ姉さん、何でですか。」

「今まで言わなかったけど、なおみちゃんは湘南の妹だから。」

「なんですか。なおみは僕の妹だ、ですか。湘南兄さんも実は少しキモい人だったんですね。でも、湘南兄さんの場合は、なおみちゃんに変なことを考えているんじゃなくて、守りたいという気持ちからということは分かっていますけど。」

「そうじゃなくて、なおみちゃんは湘南の実の妹なの。」

「またまた、アキ姉さんは。」

ユミが湘南やパスカルの真面目な顔を見ながら尋ねる。

「湘南兄さん、本当なんですか。」

「秘密にして欲しいのですが、一応本当です。」

湘南が家族の写真を見せる。

「本当だ。なおみちゃんと湘南兄さん。なおみちゃん、やっぱり小さいときから可愛かったんですね。あれ、これは委員長さんみたいな格好してますね。」

「はい、今では普段はこういう感じです。」

「なるほど、能ある鷹は爪を隠すというやつですね。ふーん。それで湘南兄さんは、なおみちゃんに相手にされないから、アイドル活動の応援をしているんですか。いつかなおみちゃんを見返してやるみたいな感じで。そういうことなら、私も全力で協力します。」

「特にそういうわけではなくて、アキさんが頑張っているから応援している感じです。」

「ユミちゃん、湘南となおみちゃんの兄弟は仲いいよ。」

「そうなんですか。」

「だいたい、妹子、なおみちゃのことね。最初、なおみちゃんが自分のことを湘南妹子って名乗っていたから、そう呼んでいるんだけど、妹子がアイドルになったきっかけも、湘南のためにチケットを確保しようとして、イベントに来たことなんだよ。」

「神田明日夏さんのですか。」

「そう。湘南が明日夏ちゃんのイベントの抽選制のチケットがなかなか取れないから、チケット確保のために妹子が来たんだけど、その時は二人ともチケットが当たって、妹子もイベントに参加したら、いきなりスカウトされた感じなんだって。」

「そうなんですか。本当にいきなりスカウトされることもあるんですね。」

「うん、アキちゃんのいう通りなんだ。でも、この委員長スタイルでスカウトするって、プロのプロデューサの目は違うと思った。」

「一応、パスカルさんも、アキさんとユニットを組むかとは言っていましたけど。」

「あれは、半分冗談だったからな。向こうは本気でスカウトしたみたいだし。」

「プロデューサーさんも、デビューする前のなおみちゃんを知っているんですか。」

「おう、俺、アキちゃん、コッコちゃん、ラッキーさんは、スカウトされる前のなおみちゃんに一度だけ会ったことがある。」

「でも、どちらかというと、妹子からは、私は湘南に付いているゴミ虫のように思われているかもしれないかな。一応、湘南の友達ということで丁寧に接してくれているけど。ユミちゃんも、妹子、なおみちゃんからはそう思われるかもしれないので覚悟しておいて。」

「そうですか。うーん、それは悲しいですけれど、でも面白いかもしれません。なおみちゃんから湘南兄さんを奪っちゃうというのも。」

「ユミちゃん、それだと、コッコの言ってた通り、魔性の女子小学生になっちゃうわよ。」

「もちろん、冗談です。」

「それじゃあ、ママが頑張ろうかな。」

「ママはもう。パパに言うよ。」

「ユミちゃん、冗談よ。でも、パパに余計なことを言うと、ユミちゃんもアイドル活動できなくなるわよ。」

「子供を脅迫するって、ママはそれでも親か。」

「パスカルと湘南、何か一言ない。」

「怖いからない。」

「一応、妹はアキさんのライブに参加して、できるアドバイスをしたいと言っていましたが、なかなか時間が取れないそうです。」

「そうよね。これから単独でもバラエティー番組とかに出るんだっけ。」

「そうなんですか。なおみちゃん、単独でテレビに出るんですか。楽しみ。」

「あの、ユミさん、このことは秘密でお願いします。」

「分かっています。でも、湘南兄さん、番組名ぐらい分かっていないと、単なる噂話にしかなりませんから、それほど心配しなくても大丈夫だと思います。」

「そうですね。それはユミさんの言う通りと思います。」

「でも、湘南兄さんのために誰にも言いません。それと、アキ姉さんの言う通り、なおみちゃんに近づくために、湘南兄さんの言うことをよく聞こうと思います。」

「有難うございます。」

「それにしても、湘南兄さんは、なおみちゃんにもこういうこと言っていたんですか?」

「勉強の質問に来ることはありましたが、夏休みの宿題は最初の2週間で終わらせていましたので、あまり細かいことを言った覚えはありません。」

「なるほど。なおみちゃんは、普通のアイドルとは違いそうですね。」

「将来的には別の仕事をしたいみたいです。今は、総理大臣になりたいと言っていますが。」

「総理大臣!」

「妹子、有名になるためにアイドルをやっているのかな。映画俳優からアメリカ大統領になることもあるし。」

「アキ姉さん、もしかすると魔性のアイドルのアキ姉さんに、湘南兄さんを取られないためかもしれませんよ。」

「何よ、ユミちゃん、魔性のアイドルって。それに、私と妹子じゃ勝負にならないわよ。」

「なおみちゃんからそうは見えていないのかも。」

「そうだとしても、メジャーからデビューできたんだから、政治家になるにしても可能性は広がったし、良かったんじゃないかな。」

「はい、パラダイス興行の社長さんも、まだ中学生だから忙しくなりすぎないように気を付けてくれると言っているようですし。」

「さすが、俺が見込んだプロデューサーだけのことはあるな。」

「パスカルに、見込まれても迷惑よ。」

「ははははは、それには同意する。さて、湘南、俺たちは、お暇するか。」

「はい、分かりました。」

「プロデューサー、今日は有難うございました。帰る前に、私かユミの部屋に寄っていかないんですか。」

「それは、また今度でいいよな。湘南。」

「はい、帰ってから2曲目を仕上げたいので、また今度で。」

「プロデューサーとして、担当アイドルをもっと知るために、においをかいでおくとかはないんですか。」

「ないです。」

「マリさん、さすがです。悪徳プロデューサーが、プロデューサーとして君を知るために俺と付き合えとか言うなら分かるけど、においをかぐというのは。パスカルの変態性をすぐに理解しちゃうなんて。」

「アキちゃん、うるさい。」

「ごめん。ごめん。でも、少し休んで元気になったから、私たちはもう少し練習していくね。それじゃあ、パスカルと湘南、またね。」

「若いっていいな。じゃあ、また。」

「はい。それでは、失礼します。」

「プロデューサー、湘南兄さん、また来てね。」

「了解。」「はい。3曲目のプレプロとマリさんのプレプロのときに。」

「うん。それまでに部屋を掃除しておくから。」

「ユミちゃん、いい心がけね。今日はとっても楽しかったでした。お二人さんとも、またいらして下さい。」

「はい、またお邪魔します。」「はい、失礼します。」

パスカルと誠がマンションを出て駅に向かった。

「でも、マリさん、良かったですね。」

「何だ、そうじゃないかと思っていたけど、湘南は熟女好きか。」

「違いますよ。それに、マリさんを熟女は失礼ですよ。そうじゃなくて、二人の歌のレベルがアップしそうですし、3人で歌うのも楽しみだからです。」

「やっぱり、そっちだよな。」

「はい、そうです。あと・・・」

「あと、何だ。」

「えーと。」

「何だ、やっぱり熟女好きか。」

「そうじゃなくて、マリさんの歌が妹の参考になりそうと思っただけです。」

「何だ、シスコンか。」

「そう言うと思ったから話し出せなかったんです。パスカルさん、そういう方向ばかり話を持っていかないで下さい。」

「分かってるって。確かに綺麗な声だった。」

「はい。それにやはり、ロック歌手の橘さんの指導だと限界が来るときがあるかなと思って。」

「湘南は相変わらず、横柄だな。」

「もちろん、橘さん、大河内さんにはいい指導者だとは思います。」

「ロックシンガー同士だからな。」

「それと、マリさん、センスがありそうですし、いろいろ工夫してみると言っていましたので、本当に期待しているんです。」

「そうか。まあ、俺もマリさんが出演したときの観客の反応が楽しみだ。頑張ろうぜ。」

「はい。」

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