第19話 コミックマーケット

 お盆前の岩田家では、家族そろってテレビの音楽番組「ミュージックチャンネル」を見ていた。

「あなた、今日は尚ちゃんのお友達の大河内さんが出るのよ、すごい楽しみ。」

「俺は最近の歌手は良く知らないが、尚の友達なら見ておくか。」

「そうよ。すごい美人だから、見ておいて損はないわよ。」

「そうなんだ。IKB47か何かのアイドルなの?」

「違うわよ。アイドルじゃなくて、ロックシンガーよ。美人でカッコいいのよ。」

「そうなのか。尚、どんな人なの?」

「ロック一筋という感じ。純粋で真面目だけど、精神的には少しもろそうなところもあるかも。でも、家はお金持ちで、歌は上手で、美人でカッコいいという感じの人だよ。」

「なんか、すごそうな人だな。尚はいっしょにいて大丈夫なのか。」

「性格もいいから大丈夫。歌の教え方も丁寧だし。」

ミサが出てきた。男女の司会者が紹介する。

「はい、次はみなさんお待ちかね。若い人に今一番注目されているロックシンガー大河内ミサさんの登場です。なんと、大河内さんがテレビで生で歌うのは今回が初めてということです。」

「大河内ミサさんは、昨年10月にデビューして以来、アニメ『フロントベース』の主題歌 『Fly!Fly!Fly!』など4枚のシングルと1枚のアルバムをリリースして、国内ばかりでなく、海外でも人気急上昇中の歌手で、その容姿、スタイルにも大注目です。」

「それでは、大河内さん、どうぞこちらへ。」

「どうも、初めまして。大河内ミサです。」

「噂通り、すごい美人で、スタイルとプロポーションも日本人離れした素晴らしさです。」

「ご紹介、有難うございます。中学1年生のころからロックシンガーを目指していましたので、ミュージックチャンネルへの出演は夢でした。それが叶って感激しています。そして、最近、中学1年生のときにロックシンガーを目指すきっかけになったロックシンガーの方に師事できて、これからもっともっと頑張って行こうと思っています。」

「そうですか。好きなものとかありますか。」

「ロックです。」

「そうですよね。他には。」

「友達かな。」

「普段、音楽に関すること以外では、どんなことをされているんですか。」

「音楽に関すること以外ですか。えーと、はい、ご飯を食べたり、顔を洗ったり、歯を磨いたりでしょうか。」

「なるほど、そうですね。それでは、歌の準備ができたようです。」

「大河内さんは、本当にロック一筋という方のようですね。」

「その通りですね。それでは『Fly!Fly!Fly!』と」

「7月にリリースした新曲『Catch UP』、2曲続けてお聴きください。」

「どうぞ。」

ミサが2曲を歌い終わる。

「有難うございました。」

ミサは一礼をしてからスタジオから去って行った。

「驚きました。外見から想像ができないほど、歌がロックしていました。少し変わった雰囲気をお持ちですが、本当にロックシンガーだったんですね。」

「一体、大河内さんを何だと思っていたんですか。」

「ロックを歌うアイドルというか、格好だけのロックシンガーなのかと。今日見て、若い人に人気が出る理由が分かりました。」

「まあ、外見がいいのは確かで、もし分けてもらえるならば、私もあのスタイルを分けてもらいたいです。」

「それも分かります。私は大河内さんの他の曲も聴いてみようと思いました。それでは、次の歌手の方を紹介したいと思います。」

 岩田家では大河内さんの歌が終わって、団らんに戻っていた。

「凄かったわね。大河内さん。」

「うん。でも、ロック以外の歌も上手くて、練習では演歌も歌ったりするんだけど、やっぱりすごいし上手い。」

「あなた、何で大河内さんをじっと見ていたの。若いころの私にそっくりだから?」

「そうじゃなくて。誠は覚えていないか?」

「この間、尚と一緒に会ったことはあるけど。」

「その時、私も直接見たわよ。すごい美人だった。」

「そうか。それなら構わないけど。」


 夕食の後、尚美が誠の部屋に訪ねてきた。

「お兄ちゃん、ちょっといい?」

「尚か?いいよ。」

尚美が誠の部屋に入る。

「ミュージックチャンネルの美香先輩のパフォーマンス、すごかったね。」

「うん、凄かったけど、何か歌いにくそうだったね。テレビ初出演だから、ライブやイベントと勝手が違うのかな。照明がものすごく明るいらしいし、それより、尚、何を見ているの?」

「えっ、一応、部屋の中に不審物がないかチェックしているの。」

「いや、・・・まあいいか。尚たちも順調に行けば、来年にはミュージックチャンネルに出られるんじゃないかな。」

「そんなの分からないよ。」

「何となくだけど、ワンマンの前に宣伝のために出すんじゃないかと思う。それに、尚たちの方が鈴木さんより、日本での人気が出る可能性は高いと思っているよ。」

「お兄ちゃん、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、さすがにそれはないよ。歌も容姿も全然負けているし。・・・・うん、不審物は特にないか。」

「トリプレットの3人のバランスがいいということもあるけど、鈴木さんは、自分が気に入るように歌が歌えればそれで良くて、自分で人気を出そうとはしていないなくて、普通の人にはとっつきにくいところがあるからなんだけど。」

「確かに、それはお兄ちゃんの言う通りかも。うん、今のテレビでの受け答えを聞いていてもそんな感じがしたよね。」

「それでも、国内で一生歌手としてやっていくことはできるから、鈴木さんはそれでいいと思う。それに、溝口社長の説得に使った、海外で活躍できるというのは、鈴木さんが自分の道を押し通しても、鈴木さんの実力で可能だと思っている。」

「うん、まだ秘密なんだけど、美香先輩、来春にアメリカでデビューの計画を進めることになったみたい。溝口社長の提案でヘルツレコードの事業部長が即座にOKしたみたいだからほぼ間違いないと思う。だから、今、美香先輩、心配になるぐらい頑張っている。」

「そうなんだ。聞かなかったことにするけど、すごいな。」

「社長や事業部長以外の人たちもすごい乗り気みたいだし。」

「そうだよね。僕にできることがあったら、何でも手伝いたいけど、僕じゃできることはないよね。」

「美香先輩、お兄ちゃんを自分の兄のように信用しているところがあるから、悩み事の相談相手とかにはなれるかも。」

「だと嬉しい。そんなことがあったら、鈴木さんのことだけを考えて答えを考えるよ。」

「でも、お兄ちゃんは寂しくない?もし美香先輩が海外に住むようになったら。」

「それが鈴木さんのしたいことだったら、仕方がないんじゃない。まあ、ライブのブルーレイでも買って見ることにするよ。」

「美香先輩に、私のところに来てって言われたら?」

「そうだね。ライブのチケットが手に入れば、年1回ぐらいは参加してもいいと思うよ。」

「そうじゃなくて、結婚してって言われたら。」

「いや、尚、何を考えているんだ。」

「仮定の話だよ。」

「鈴木さん、人間、若い時はいろんなことがあるけど、今の自分の気持ちをあんまり本気にしない方がいい、とか言いそう。」

「何それ。」

「スレッガーさんの名言。この後、何かにぶつかって死んじゃいそうだけど。」

「じゃあ、結婚してくれないと死んじゃう、って言われたら。」

「死なれては困るから、結婚するよ。というか、もとから女性のえり好みをできる立場にないことは分かっているから。自慢じゃないけど、僕と結婚したい女性がいれば、だいたい誰とでも結婚できる。」

「そんなの全然自慢じゃない。じゃあ、アキとでも結婚するの。」

「絶対にそんなことは言わないけど、もししろと言われれば。」

「じゃあ、私とでも。」

「尚と結婚するわけにはいかないけど。例えば、尚が事故かなんかで体が動かなくなったら、結婚とかは諦めて一生面倒を観るよ。それより、尚はいったい何を考えているんだ?」

「ごめんなさい。お兄ちゃんが、誰とでも結婚するなんて、自分を大切にしないこと言うから腹が立った。」

「わかった。ごめん。じゃあ、結婚は尚がダメという人とはしないよ。」

「絶対よ。そうじゃないとお兄ちゃんが心配だから。」

「信用がないな。」

「でも、お兄ちゃんと同じで、お兄ちゃんが事故で動けなくなったら、尚が一生面倒を観るから。」

「うーん、尚は若いから、僕を施設に入れて、活躍した方がいいと思うけど。」

「そんなことは絶対にしない。」

「有難う。じゃあ、そうならないように、気を付けるよ。」

「うん、私も。でも何でこんな話になったんだっけ。」

「鈴木さんが心配という話からかな。鈴木さんもせっかく本当のお兄さんがいるんだから、もっと関係が良くなればいいんだろうけど。」

「会って話せれば何かわかるかもしれないけど、まだアメリカだから。日本に帰ってこないとどうしようもない。」

「僕も直接会わないと、状況を変えるのは難しいと思う。」

「そうだよね。」

「美香先輩のお兄さんと話せるようになったら、いっしょに考えよう。」

「うん、有難う。」


 次の日、ミサのレッスンと歌の勉強会があり、それが終わった後、ミサの昨晩のミュージックチャンネル出演の話になった。

「美香先輩、昨日のミュージックチャンネルの初出演どうでした?私は、すごい良いと思ったのですが、兄は歌いにくそうに見えたと言っていました。やっぱり、照明がまぶしいとか、テレビはライブより難しいところがあるんですか。」

「えー、誠にもバレちゃっていたのか。橘さんにはさっき言ったんだけど、変な衣装のコルセットがきつくて。そんなにきつくしないでって言ったんだけど、衣装さんが緩めてくれなくて。」

「アシスタントの方も、スタイルが羨ましそうでしたし。」

「テレビだとすごいアップで映るから、外見を大切にしすぎちゃうんだと思う。」

「美香先輩、元のスタイルも良いので、その必要はないんでしょうけれど。」

「テレビだと、実際より横に大きく見えるみたい。」

「あー、そう言いますね。」

「でも、やっぱり歌が優先。今度テレビに出るときはきつくさせないし、もししたら衣装を脱いで、Tシャツで歌っちゃう。だから、次はちゃんと歌うので、次も観てって、誠に伝えておいてくれる。」

「分かりました。」

「美香、コルセットの紐ぐらい、腹式呼吸でブチ切れるようにならないと。」

「橘さんなら本当にできそうですが、生放送でそれをやったら放送事故ですよ。」

「じゃあ、へそ出しスタイルにすればいいんだよ。」

「お腹、冷えちゃいますよ。」

「終わってから、恋人に温めてもらえばいいんだよ。」

「橘さんだって、もう何年も温めてもらっていないんですよね。」

「そうだけど。何なの、尚。」

「ごめんなさい。美香先輩がすごい大変なのに、無理を言うのは良くないかなと思って。」

「そうだったわね。秋に武道館でワンマンが決まっていて、2月に全米デビューの計画も進んでいるんだっけ。美香、大丈夫。忙しくない?」

「ワンマンライブまでのスケジュールは見るのもいやになります。でも、夢だったことが叶うチャンスですので、今は精一杯頑張ります。」

「ほんと、体だけは気を付けてね。あっ、だから尚が心配していたんだ。」

「そうです。美香先輩、ワンマンまで1日も休みがないそうですから。」

「そうなんだ。」

「でも、私にとっては、パラダイス興行に来るのが一番の息抜きで、休みより嬉しいです。」

「ほんと、美香ならみんな歓迎するから。いつでもいらっしゃい。」

「有難うございます。」

「久美の言う通り。いつでもいらっしゃい。うちのバンドは男性が多いから、女性ロックシンガーは大歓迎!」

「ヒラっち、本当に有難う。」

「ヒラっち!?」

「久美先輩が、そう呼んでも大丈夫って。」

「うん、『Undefeated』の編曲者のヒラっちって誰と聞かれたから悟と教えて、そう呼んでも大丈夫かと聞かれたので大丈夫と答えた。」

「大丈夫というか光栄です。ここ最近、ヒラっちと呼ばれることがなかったから驚いただけです。はい、何とでも呼んで下さい。」

「社長、俺もヒラっちって呼んでいいですか。」

「いいけど。パラダイスの社員の場合、お客さんがいるときは、社長って呼んでくれると助かる。」

「ヒラっち、了解だぜ。」

「ヒラっちゃ、了解。」

「明日夏先輩、ヒラっちゃ、になってますよ。」

「尚ちゃん、ヒラっちゃ、ヒラっちゅ、ヒラっちょの中だったら、やっぱり、ヒラっちゃでしょう。」

「社長のニックネームの三段活用ですか。」

「そうとも言う。」

「社長、大丈夫なんですか。」

「明日夏ちゃんだから、もう何でも構わないよ。」

「あと、美香先輩はお客さんに含まれないという事で大丈夫ですよね。」

「そうだね。パラダイス興行の名誉社員ということで。というか、勝手に名誉社員にして大丈夫ですか。」

「はい、光栄です。」

「ただ、美香先輩、名誉社員の件は外には言わない方がいいと思います。この中だけのことにしましょう。」

「尚、そうだよね。分かった。」

「それじゃあ、ミサちゃんの名誉社員就任をケーキでお祝いしない?」

「賛成。」

「分かった。それじゃあそうすることにしよう。今日は経費で何とかするよ。」

「ヒラっちゃ、太っ腹!近所のケーキ屋さん、新作のケーキもあるみたいだから、私が行って買ってくる。」

「明日夏さん、俺も運ぶの手伝いますよ。亜美も行こう。」

「分かった。」

「社長と橘さんはいつものでいいですか。」

「うん、それで大丈夫。」「任せる。」

「リーダーは?」

「新作のケーキは何個あるんですか?」

「3つだよ。」

「とすると、明日夏先輩は3つ買って3人で分けたいんですよね。」

「さすが、尚ちゃん。ご名答。」

「じゃあ、私はそれに加わります。」

「明日夏、じゃあ私も。」

「ミサちゃん、尚ちゃん、有難う。それじゃあ行ってくるね。」

明日夏、由佳、亜美がケーキを買いに出かけた。

「それにしても、尚も大丈夫?周りに気を使うことが多すぎるようだけど。」

「美香先輩、大丈夫です。それに気を使うという事では、私より社長の方がもっと大変だと思います。」

「尚ちゃん、有難う。それを分かってくれるのは、この事務所じゃ尚ちゃんぐらいだから。」

「でも、尚。尚たちは私よりもっと大変になるかもしれないから、今のうちに、楽しておかないと。」

「美香先輩よりですか。何かあるんですか?」

「だって、来年の4月初めに所沢ドームで初ワンマンライブなんでしょう。」

「えーと、そういう話は全く聞いていません。社長、何か知っていますか?」

「ヘルツレコードから、来年の4月初めにワンマンライブを溝口エイジェンシーの協力を得て実施する計画があることは聞いていたけど。」

「そうですか。」

「でも、まだかなり先なので、具体的な場所まで決まっているとは思わなかった。もし、うちが開催するなら、まだデビューしたばかりだし、もう少し人気の動向を見てから場所を決めていたと思う。」

「でも、社長。本当に所沢ドームなら、今から予約しても間に合わないぐらいの場所ですよね。」

「そうかもしれない。正直に言うと、僕じゃドームでライブを開催するノウハウは全然ないから、はっきりは言えない。うちで開くライブの箱のキャパは、普通は2、3百、最大でも千ぐらいだから。武道館でも無理だと思う。ねえ、久美もそうだよね。」

「うん、海外の有名ロックバンドが来た時に行ったことはあるけど、開催するとか想像もつかないわよ。美香、それ、どこから聞いた話?」

「溝口マネージャーからです。うちの解散したユニットのアイドルラインのために予約してあったところに入れるそうです。前後にもうち関係のライブが入るので、キャンセルして開けるよりはいいだろうって話です。」

「そうなんだ。」

「尚ちゃんたちには悪いけど、ライブの構成もだいぶ考えているみたいで、ゲストとして、私や溝口エイジェンシーの新しいアイドルユニットも呼ぶと言う話。」

「それは構いませんが、明日夏先輩は?」

「聞いてはいないけど、呼ぶことはできるんじゃないかな。」

「それなら私たちは構いません。ただ、所沢ドームって、3万5千人ぐらい入りますよね。さすがに無茶という気もしますが。」

「だから尚ちゃんたちも、秋からテレビやラジオに出演するようになって、来年には出演回数がかなり多くなるみたいだよ。」

「出演するのは音楽番組ですか?」

「それもあるけど、バラエティー番組も多いという話。」

「そうですか。私たちは、歌手というよりアイドルユニットとして売り出しますので、そうなるんでしょうね。さっきの感じだと、社長も知りませんよね。」

「ごめん。本当に知らない。」

「トリプレットは、アイドルユニットですから、バラエティー番組でもクイズ番組でも喜んで出ますし、全力で頑張ります。ですが、注目を集めると、取材や週刊誌のスクープに狙われることになるので、やっぱりあの件が心配です。」

「あー、豊さんね。」

「はい、できれば二年間ぐらいは伏せておきたかったのですが。」

「そうか。そうだよね。」

「そう心配しても仕方がありませんので、何かあったときの対応だけは考えておきます。」

「大丈夫?」

「兄にも相談してみます。」

「誠ならば、いい案を考えそうね。」

「はい。ところで社長、明日夏先輩のワンマンライブの計画はしているんですか?」

「それは大丈夫。年末に千人ぐらいのキャパで開催する。1月に発売する新曲をそこで発表する予定。いま、計画を詰めて、10月に発表する。」

「そうですか。それは良かったです。」

「でも、尚ちゃんの方は、申し訳ないんだけど、話が大きすぎて溝口さんとヘルツさんに任せるしかないというのが正直なところ。」

「分かりました。ここでみんなで練習できれば、後はこちらで何とかしようと思います。」

 明日夏たちがケーキを持って帰ってきた。

「ただいまー。・・・どうしたの、みんな深刻そうな顔をして。」

「いま、美香先輩から聞いたのですが、いいニュースではあるのですが、それだけにという感じです。」

「どういうこと?」

「社長も知らないところで、トリプレットのファーストマンワンライブの計画が進んでいるそうです。ヘルツが中心となって溝口エイジェンシーがサポートする形だそうです。」

「へー、すごいすごい。きっと尚ちゃんが溝口の社長さんに気に入られているんだよ。」

「それは、そう。うちの社長、尚ちゃんのこといろいろ調べたみたい。トリプレットを何年か続けて、由佳や亜美が独立した後に、尚をIKB47のセンターにしたいみたい。」

「俺達にはいい話だよな、亜美。」

「うん、アイドルを卒業して歌手になるのが夢だし。」

「それで、尚ちゃんたちのワンマンはどこでやるの?まさかミサちゃんと同じ武道館とか。」

「それが、所沢ドームという話です。」

「カキーンって、野球やるんじゃなくてですか、リーダー。」

「そういう話のようです。」

「あのリーダー、さすがにそれは無理じゃないでしょうか。」

「亜美先輩の心配も分かります。それで、10月からトリプレットがテレビのバラエティー番組や歌番組に出ることを計画しているみたいなんですが、注目を集めると、何というか。」

「俺のあの件が問題になるということか。リーダー。」

「はい、本当は2年ぐらいは伏せておきたかったのですが。あっ、でも、あまり大っぴらなことは控えて欲しいですが、豊さんとのことは、基本的にはそのまま普通にしていて下さい。ですよね、橘さん。」

「そうだけど、お客さんがフルに入るとチケット代だけでも2億円よね。それが吹き飛ぶとなると、後が怖いわね。」

「俺、一回、豊と分れた方がいいでしょうか。2年後ぐらいに、また付き合うって約束して。」

「・・・・・・・・・」

尚美は兄なら何というだろうか考えて決断する。

「いえ、その必要はありません。その時はその時で何とかします。」

「リーダー。」

「私、そういうの、いやですから。」

「分かったぜ。リーダーの言う通り、目立たないように付き合うことにするぜ。」

「お願いします。」

「尚、私でも迷ったのに偉いわね。尚が決めたことなら、それで行こう。力になれることが何でもするから言ってね。」

「それでは、夏の海でお願いした、ジュンさんとのこととパラダイス興行の歴史について、伺ってもよろしいですか。」

「分かった。いいよね、悟。」

「もちろん。じゃあ、ジュンと僕との高校生活の話からかな。」

「あっ、それ私も聞きたい。ジュンから悟のことは少し聞いていたけど。逆はなかった。」

「あれから7年は経ったけど、久美、本当に大丈夫?」

「うん、心配しないで、何でも話して。」

 悟と久美が、尚美、ミサ、明日夏、由佳、亜美に高校生活、大学生活、パラダイス興行の話を聞かせた。(著者:内容は第4章「強行突破作戦」で書く予定です。)


「社長、橘さん、有難うございました。」

「尚ちゃん、こんな話で良ければ、いつでも。」

ミサが涙を流しながら言う。

「久美先輩、お話、有難うございました。やっぱり、本物のロックシンガーになるなら、恋愛を怖がっちゃダメですよね。」

「その通りよ。美香。」

「そう言えば、明日夏の小学2年のときの話も聴きたいな。」

「えっ、それはちょっとまだ話せない。あと、10年ぐらいしたら話せるかも。ミサちゃんの小学校の話も10年後でいい?」

「わかった。10年後を楽しみにしている。昔の話より、今の自分の方をなんとかしなくちゃね。」

「ミサちゃん、誰か具体的な相手がいるの?」

「えっ、それはちょっとまだ話せない。でもうまくいけば5年ぐらいしたら話せるかも。」

「今のことの方が短くなった。」

みんなが笑う中、尚美は「お兄ちゃんのことかな。」と少し心配するも、「でも、美香先輩ならお兄ちゃんのために仕方がないのかな。」とも思い始めていた。その時、事務所に電話が入り、悟が応対した。電話が終わってから、悟が話を切り出す。

「明日夏ちゃん、尚ちゃん、由佳ちゃん、亜美ちゃん、急な仕事で悪いんだけど、来週の木曜日、あいているかな?」

「お盆明けですね。はい、事務所以外の用事はありません。」

「夏休みだから大丈夫です。」

「こっちから収入が入るようになってから、練習優先でバイトを入れていないからオーケーです。」

「はい、夏休みなので大丈夫です。」

「社長、何ですか?ライブで誰かの代打ですか。」

「代打は代打なんだけど、テレビ番組だ。」

「すごい、尚ちゃんたちとテレビに出れるんだ。とすると、社長、歌番組ですよね。」

「そうじゃないんだ。『救出者』という鬼ごっこみたいな番組ということだ。」

「歌手なのに最初のテレビ出演が歌番組でないというのは、さすが明日夏先輩らしくはあります。でも、明日夏先輩とトリプレットという事は、ヘルツのアイドルユニットが出演不可にでもなったんですか。」

「その通り。5人組の原宿高校のメンバーの3人が体調不良のため休養に入るそうで、急に依頼が来た。」

「そのグループ、アイドルラインのこともあって、出演が続いていたからね。疲れが溜まったのかもしれないわね。」

ミサのスマフォに電話が入って、ミサが電話を取るために練習室に行った。

「なるほど、分かりました。」

「急な話だし、気楽に鬼ごっごを楽しんでくれば大丈夫だと思う。」

「他にはどんな人が来るんですか。」

「俳優さん、元野球選手やサッカー選手、お笑い芸能人みたいだよ。アイドル枠が明日夏ちゃんと尚ちゃんたちになるみたい。」

「そうですか。でもせっかく参加するなら全員が生き残りたいです。」

「尚ちゃんは、当然そうしたいよね。いろいろ考えて頑張ってみて。」

「足の速さからすると、俺とリーダーはなんとかなるかもしれない。」

「私と明日夏さんが、ですよね。」

「はい、何か手を考える必要がありますね。」

ミサが練習室から戻ってきた。

「私も『救出者』に出ることになりました。」

「えっ、ミサちゃんも。嬉しい。」

「本当だったら断るんだけど、みんなが出るというから。」

「あの、ミサちゃんは、テレビ番組の出演を断ったりするんですか。」

「はい、音楽の対談とかならば出ますが、歌と全然関係ないようなものは。」

「そうですか。」

「社長、今、溝口社長に同情しましたか?」

「いや、それほどでもない。僕なら僕の段階で断るよ。」

「うん、ヒラっちは理解があるから。パラダイスのみんなは幸せだと思うよ。」

「そうすると、明日夏先輩やトリプレットの出演は、美香先輩を出演させるためのエサかもしれませんね。」

「それはないんじゃない。これから売り出したいだけなんじゃ。明日夏とかすごく可愛いし。」

「尚ちゃんたちは、ドームのライブがあるというから違うかも。私はエサかもしれないけど、楽しそうだから全然いいよ。それより、さっき尚ちゃんが言ったように、全員で生き残ろうよ!」

「そうですね。」

「な、なんで、全員、私を見ているの。」

「たぶん、みんな、どうやって明日夏先輩を生き残らせようか考えているんだと思います。」

「そうか、みんな有難う。」

「救出者は、基本は走って逃げるんですよね。追手は、見えるときだけ追ってきて、見えなくなると歩きだす。あと、捕まった人は檻に入っていて、捕まっていない人が檻の扉を開けると、捕まっていた人が外に出られるんですよね。」

「その通りだよ、尚ちゃん。」

「やっぱり、走る早さが重要ですね。」

「尚のいう通りね。」

「美香先輩が一番速そうですが、走る速さはどのぐらいですか。」

「100メートルで、12秒4ぐらい。」

「美香先輩、さすがです。明日夏先輩は?」

「9秒4です。」

「すごい、世界記録より速い。」

「50メートルですか?」

「うん、尚ちゃん正解。」

「じゃあ、100メートルだと、18秒を切るぐらいですかね。」

「というか、ねーねーミサちゃん。ミサちゃんには、何か欠点ないの?そんなことじゃもてないよ。」

「心配しなくても、美香先輩はもてます。」

「まあ、それもそうね。」

「うちの中学も100メートルは測れないんですが、10秒5ぐらいです。」

「勝った。」

「80メートルですが。」

「よくわからないけど、同じぐらいということ。」

「そうです。だいたい同じです。」

「由香先輩は?」

「100メートル、13秒6ぐらい。」

「それも十分早いです。追手はスーツに革靴ですから、十分対抗できると思います。」

「亜美先輩は?」

「明日夏先輩より遅いです。」

「ふふふふふ、勝った。」

「明日夏先輩に負けた。50メートルで10秒ぐらいです。」

「どうする、尚?3人がおとりになりながら、2人を守る感じ?」

「1時間ありますから、その方法では2人の体力が持たないですし、こちらもきつくなってくると思います。」

「そうか。じゃあ、どうする?」

「一番最初に明日夏先輩と亜美先輩に捕まってもらいましょう。」

「えー、尚ちゃん、私を見捨てるの?」

「それで体力を温存して、最後の10分ぐらいから救出作戦を開始します。美香先輩がおとりで、由香先輩と私のどちらかが檻に近づきカギを開けます。明日夏先輩と亜美先輩を救出した後、最後の5分は3人がおとりになって二人を守りつつ、最後までしのぐという方法です。」

「後半、追手の人数も増えるけど。」

「はい、ただ、檻は破りやすいように、道が集まってきていますし、追手のアルゴリズムは決められていますから、美香先輩が檻の近くから追手を引き付けてくれれば、由佳先輩となんとかなると思います。」

「そうだね。尚の作戦しかないかも。でも、さすが尚ね。」

「それに成功すれば、終盤、檻に入っている人も多いでしょうから、救出したポイントが高くなると思います。」

「わかった。」

「ポイントは5人で等分ということで良いでしょうか。」

「私は5人で勝ちたいだけで、ポイントはいらないから尚たちにあげるよ。」

「分けましょう。普通の人のように。」

「うん、じゃあそうする。みんなで等分。」

「尚ちゃん、でも、『救出者』のポイントって賞金になるんだよね。」

「はい、でも基本的には賞金は事務所の収入ですよ。」

「そうか。そうだよね。よし、社長のために頑張ろう!」

「溝口エイジェンシーは、1割ぐらいもらえるけど。」

「賞金100万円ならば10万円か。すごいね、溝口エイジェンシーは。尚ちゃん、うちは?」

「うちは、こういう番組に出るのが初めてだから、決まってないんじゃないでしょうか。ですよね、社長。」

「うん、うちの演者がそういう番組に出るなんて考えたこともなかったから、想定外だな。うちも1割でいい?」

「それが相場らしいですので、それでお願いしようと思いますが、皆さんよろしいですか。」

「了解。」「はい、お願いします。」「社長、了解だぜ。でも、俺、本当に芸能人になったんだな。」「はい、了解ましまた。」

「一応お金が絡むので、5等分の件は溝口エイジェンシーに確認しておきます。」

「ヒラっち、有難う。」

「では、明日夏先輩、亜美先輩、最後の5分、頑張って逃げましょう。」


 お盆に入って、朝10時半ごろに、アキ、誠、パスカルが2日目のコミックマーケット(コミケ)に入場する列に、並んでいた。

「コッコちゃんは、もう入場しているんだよね。」

「もちろん。出店するから、朝8時前には入っていたと思う。」

「アキちゃんは、それに行かなくても良かったの?」

「午後からでいいって。手伝いだけだから。」

「ここから、入場まで1時間ぐらいかかるみたいですね。」

「そんな感じだけれど、始発で行く人は3時間ぐらいは並ぶという話。それに比べれば大したことはないかな。」

「まあ、限定グッズが欲しいオタクとかかな、始発で並ぶのは。」

「アキさんは始発でコミケに来たことはあるのですか。」

「私はないけれど、メイド喫茶の店員には行ったことがある人がいたよ。」

「推しに深い愛があるんでしょうか。」

「そうみたい。でも、湘南も明日夏ちゃんの限定グッズがあったら、始発から並ぶでしょう。」

「並ぶのは構わないのですが、そんなに欲しい人がいるならその人に譲ります。」

「湘南らしいけど、私が有名になって、私の限定グッズが出たら始発から並んでゲットしてよ。」

「アキさんがそう言うのでしたら、必ず始発から並びます。パスカルさんもいっしょに並びますよね。」

「おう、そうだな。湘南といっしょに並ぶよ。だから頑張れよな。」

「うん、頑張るよ。」

「再来週、新曲の残りの2曲を収録する予定ですので、お願いしますね。」

「今日も帰ったら練習するつもり。でも、それだと、新しいCDはかなり先になっちゃうね。」

「いや、新曲1曲と前にレコーディングして残っていたカバー曲1曲でCDを作成して次回のライブで販売する予定。」

「パスカルすごい。でも、CDを焼くの間に合うの?」

「湘南に俺の家に来てもらって、CDの焼き方を教えてもらう。それで、二人で分担してCDを焼いて、次までに間に合わせる。」

「はい、パスカルさんの家にも機器をそろえてもらいましたので、今までの2倍の速さでCDを焼くことができます。」

「そうなんだ。それじゃあ、私ももっと販売を頑張らないと。」

「でも、アキちゃん、このことは秘密に。」

「コッコにね。分かった。1か月は秘密にできると思う。」

「それが限度でしょうね。コッコさんもこういうことは、感が良さそうですし。」

「まあ、仕方がないか。」

「そういえば、美咲ちゃんは?」

「お母さんがお父さんに話しているそうです。」

「練習もしなくてはいけないから、早くても9月中旬かな。」

「はい、そうだと思います。今月はあと何回出演するんですか?」

「あと4回出演する予定。次回から新曲を歌えそうで嬉しい。」

「おう、俺も楽しみだぜ。」

「僕も夏休みですので、ライブの観客の反応を見に行こうと思っています。」

「二人とも、有難う。」


 その4時間ほど前、始発で到着した東京テレポート駅から、企業ブースが並ぶコミケ会場の待機列へダッシュしている二人の女性の姿があった。

「はあ、はあ、はあ、あの背の小さな子は抜けるな。」

少し背の高い女性に並びかけられた女性がそれに気が付く。

「この人、狙っているものが同じものの気がする。負けられない。」

背の低い女性が少し速度を上げた。

「うっ、負けるものか。」

背の高い女性も少し速度を上げた。そして、競い合いながら何人かを抜いて待機列の最後尾に到着した。

「はあ、はあ、はあ、まっ、負けた。ゲームのやりすぎで運動不足か。はあ、はあ。」

「はあ、はあ、かっ、勝った。はあ、はあ、はあ。」

お互いが顔を見合わせた。帽子を被ってマスクをしていたが、二人とも相手が誰だか分かったようだった。

「亜美ちゃん!?」

「明日夏さん!?」

「どうして、ここへ。それも始発で。」

「明日夏さんこそ、どうして。」

「本当は、お互い分かっているでしょう。」

「いえ。明日夏先輩は、関係者をご存じでしょうから、別ルートでも入手できるんじゃないんですか?」

「亜美ちゃん、そんな卑怯な方法を使って手に入れると、自分の中でそのグッズの価値が下がってしまうんだよ。」

「なるほど、それは立派な心がけです。明日夏さんらしいといえば、らしいです。」

「オタクの本懐というやつね。でも、亜美ちゃんが最後で、私の分がないということになっちゃったらいやだな。」

「そのときは、普段の行いの違いと思ってあきらめてください。」

「うー、入場してからまた勝負ね。」

「二人でそんなことをして、道に迷ったらたくさんの人に抜かれてしまいますよ。」

「それもそうか。尚ちゃんがいれば、最短経路で案内してくれそうだけど。」

「はい。でも、ここには明日夏さんと私しかいないんです。」

「なんか心配だよね。」

「だから、協力して道に迷わないようしないと。」

「そうか、亜美ちゃんの言う通りだね。じゃあ、ブースが見えたら再スタートで。」

「諦めが悪いですね。でも見たところ、私たちより前には女性がそれほどいないから大丈夫じゃないでしょうか。」

「男性で直人の限定グッズを買う人はいないよね。」

「はい。転売屋さんぐらいだと思います。」

「許せないな、転売屋。乙女の心をもてあそんで。」

「明日夏さんが乙女かどうかわかりませんが、同意します。」

「亜美ちゃん、酷い。」

「でも、最近はバーチャルアイドル系のグッズの方が値が上がりますから、転売屋さんはたぶん最初はそっちに行くんじゃないでしょうか。」

「そうだといいね。しかし、3時間位暇だな。」

「サークルの方の会場で何をやっているか、カタログを見て調べますか?」

「亜美ちゃん、そっちの会場も行くの?」

「はい、もちろんです。」

「それじゃあ、直人の限定グッズを手に入れたら、どこかで休んで、その後にいっしょに行く?」

「はい。特にほしいものがあるわけではないので、それで大丈夫です。」

「亜美ちゃんは、どんなものを買うの?」

「プラズマイレブン関係の同人漫画です。」

「同じサッカーアニメのU-18の担当なのに、それで大丈夫?」

「U-18は出演者が高校生で、個人的にはもう少し年齢が下の方が好みです。さすがに、公式のものを買うのはやめて同人だけにしておきます。」

「なるほど。」

「サークルを見て回って、おねショタ(少年と年上女性の恋愛もの)もので、面白そうなものがあればという感じです。」

「亜美ちゃん、危険な感じしかしないんだけど。」

「もうアイドルになったので、R18には手を出しません。大丈夫です。明日夏さんは、何かあるんですか。直人の同人とかですか。」

「特にそういう趣味はないかな。何かいいものがあればという感じ。」

「じゃあ、カタログでも見ていますか。」

「そうだね。・・・・・・ここのサークル、鳥ブレッドという3人のアイドルグループの同人漫画を出しているね。」

「鳥ブレッド?あー、3人の名前も微妙に似ていますね。発想が由香レベルというのはどうかと思いますが、ソフトなゆり(女性同士の恋愛)の漫画みたいですから、男性向けの漫画みたいですね。」

「さすがに、私のはないな。」

「私も見つけられません。ミサさんと明日夏さんのハードなゆりの漫画とかイラストとかあっても良さそうですけど。」

「ミサちゃんと私は、ハードなの?」

「だって、二人共18を超えているじゃないですか。」

「そうか。でも、そんなものがあってもミサちゃんには見せちゃいけないな。」

「私もそう思います。・・・・・あっ、このBLONGというサークル、明日夏さん自身じゃないですけど、神田明日奈さんのファンのBLものの漫画はあるみたいです。R18のようですが。」

「R18!?。私は19歳だから大丈夫だけど。ちょっと、行ってみようかな。」

「はい、私もさっきのサークルには行ってみようと思います。」

「そうだね。一緒に行こう。」

「でも、BLONG、いかにもBLを意識した名前ですね。明日夏さん、BLの方は?」

「見ないことはないけど、それほどでもないかな。」

「明日夏さんは、分類的には夢女子ですか。」

「そうなるのかもしれない。」

「とりあえず、今はアニフレックスのブースまでの道を確認しておきましょうか。」

「うん、道中のイメージトレーニングもしよう。」

「はい、分かりました。」

「亜美ちゃん、だめだよ。直人の等身大パネルに抱きついちゃ。時間がもったいないよ。」

「明日夏さん、勝手に変な想像をしないで下さい。人がいるところじゃしません。明日夏さんじゃないんですから。」

「えへへへへへ。」


 会場に入場した、アキ、誠、パスカルはコッコのサークルのブースへ向かった。

「相変わらず、すごい人ね。」

「おー、こんないっぱいの人を見たのは初めてだぜ。」

「日本最大のイベントですからね。・・・・BLONGは、ここを右に曲がるとまっすぐのはずです。」

「湘南、助かる。いつもは道に迷って大変だった。」

3人がBLONGのスペースに到着した。BLONGのテーブルの席には2名が座っていて、コッコはその後ろに立っていた。

「コッコ、おはよう。」「コッコちゃん、おはよう。」「コッコさん、おはようございます。」

「3人とも、おはよう。よく来てくれた。」

席についていた一人から歓声が上がった。

「えー、バールと平塚!実在するの?」

「バールと平塚って、俺たちの名前か?」

「多分、コッコさんの漫画の中の。」

「平塚は湘南で分かるけど、バールって?」

「多分、圧力の単位だと思います。天気予報でヘクトパスカルの前は、ミリバールでしたから。」

「なるほど。コッコちゃんは大岡山工業大学の学生だったな。」

「そうだよ。来てくれて有難う。とりあえず、パスカルちゃんに、湘南ちゃんは何か買ってくれると嬉しい。」

「分かった。ここのサークルのものを1つずつ。」

「僕もお願いします。」

「おお、有難う。さすがは同志。」

「同志というわけじゃないけど。だいたい、自分たちのBL漫画を買うのは変な気分もするし。」

「そうですね。」

「そう、堅いことを言わない。」

一人がお金を受け取り、一人が商品の同人誌を袋に詰めながら、話しかける。

「お買い上げ有難うございます。バールさんと平塚さん。」

「えーと、SNSの名前は俺がパスカルでこっちは湘南。」

「こっち・・・。パスカルさんは、地下アイドルのプロデューサーなんですか。」

「隣のアキちゃんのプロデュースをしているけど、俺の本業は地方公務員。」

「へー、コッコのイラストの子ね。プロデューサーをやりながらも、平塚、湘南君一筋というわけじゃないんだ。」

「あの、コッコさんの漫画の話しは100パーセント、コッコさんの妄想だと思います。」

「湘南君だっけ。それで、お二人の本当の関係を聞いていい?」

「普通の友人です。」

「こいつの言うとおりです。」

「こいつ・・・。なるほど。」

「パスカルさん、今の状況では、何を言っても状況が悪くなるだけみたいですね。」

「そっ、そうだな。」

会計をしていた女性が誠に話しかける。

「コッコ先輩の漫画を見せてもらったときに、似ていると思ったけど、平塚のモデルは岩田君だったんだね。」

「えっ、はい・・・・。」

「授業、いっしょじゃない。岩田君はいつも前の方に座っているけど。」

「あー、三杉さん。雰囲気が大学とすこし違うので。」

「ここでは、アリアって呼んで。」

「分かりました。アリアさん。僕は、平塚でも湘南でもどちらでも。」

「平塚はちょっと無理。コッコの絵を思い出しちゃう。」

「・・・・・・それでは、湘南でお願いします。」

「でも、コッコの漫画、大学に持っていたらみんな喜びそう。」

「いや、それは・・・・・・。」

「あの、そういうことは、止めて下さい。」

「えーと、アキちゃんだっけ。アキちゃんと湘南君って、どんな関係?」

「どんな関係って。無関係じゃないですけど。」

「アリアちゃん、これはアキちゃんが言うことが正しい。本人がいやがるなら、そういうことは止めた方がいい。そうじゃないと、私たちがますます住みにくくなる。」

「コッコ先輩、分かりました。これはR18の内容ですしね。ごめん、い、湘南君。」

「いえ、止めてくれるなら大丈夫です。アキさんとコッコさんも有難うございます。」

「それで、実は湘南君とアキちゃんが恋人同士なの?」

「アキさんはアイドル志望ですから、恋人は作らないと思います。」

「はい、その通りです。恋人はいません。」

「なるほど。」

「うーん、アリアちゃん、二人の関係は、強いて言えば主人と下僕かな。」

「さっきの感じだと、アキちゃんがご主人様?」

「その通り。」

「でもさあ、うちの大学じゃ、コッコがBL漫画の登場人物のために参考にした人と言うより、リアルのJK地下アイドルの下僕と言う方がいろいろやばいと思うけど。だって、リアルだよリアル。JKアイドルだよJKアイドル。」

「それは、アリアさんの言う通りだとは思います。」

「そうだ。今買ったこっちの漫画を見てみてよ。これもうちの大学の先輩が描いたBL漫画だよ。」

「へー、えっ、あっ、これ北崎先生ですよね。」

「その通り。研究室のメンバーをネタにしたBL漫画だって。先輩は今日も来ているんだけど、コスプレもやっているから、今は広場の方にいる。」

「それにしても、絵が上手ですね。」

「そう。その先輩、プロの漫画家のアシスタントをしているぐらいだからね。」

「うちは、そういう女子学生がいる大学だったんですね。」

「そんなことも知らなかったの?」

「なんとなくは知っていましたが。」

「まあ、そんなもんだな。」

「はい。」

「だから、湘南君の漫画もみんなに見せても大丈夫だとは思うよ。」

「そうかも知れませんが、自分的に大丈夫じゃないです。」

「うーん、仕方がないか。コッコ先輩の漫画が何部か売れると思ったんだけど。」

「申し訳ないです。」

アキが話を変える。

「ねえ、コッコ。私のCD、少しは売れた?」

「6枚ぐらい売れたよ。」

「思ったより売れている。」

「イラストとセットで二千円で売っている。」

「なるほど、ここで売れるのはコッコのイラストのおかげよね。」

「イラストだけじゃあ、売れないんじゃないかな。相乗効果というやつよ。」

「うーん、でも、そのイラストを見るのは怖いかな。」

「R18じゃないから大丈夫だよ。」

パスカルが買ったイラストをアキに見せる。

「確かにR18じゃなさそうだけど、ホームページには載せられなさそう。」

「コスプレイヤーだと、高校生でもリアルでこれより攻めている子もいるから、気にすることはないとは思うけど。」

「コッコ、でも、コスプレイヤーはアイドルより過激だから。いや最近はそうでもないか。アイドルでもそういう路線のグループもないことはないけど。」

「うん。でも、アキちゃん、うちはそういう路線に行くつもりはない。あくまでも、最終的にメジャーを目指す路線。」

「パスカル、偉い。」

「ところで、アキちゃん、少しこのテーブル、見ててもらっていい?」

「もちろん。そのために来たんだし。パスカルと湘南はどうする。」

「俺はちょっとコスプレの広場を見てくる。」

「何それ。カメ子(コスプレの写真を撮る人たち)になるつもり。今、誉めたばっかりなのに。」

「そういうわけじゃないけど、勉強のため。」

「なんの勉強か分からないけど。湘南はどうする。パスカルといっしょに行く?」

「僕はここを手伝っても大丈夫ですが。」

「じゃあ、湘南ちゃんは、中で会計をやってくれる。紗季も、いいよね。」

「湘南君は、信用できるよ。」

「コッコとアリアの知り合いなら問題ないよ。」

「じゃあ、アキちゃんと湘南ちゃん、ここをお願いね。アリアと紗季はもう行ってもいいよ。私は二人が慣れるまで見ている。」

「有難うございます。」「行ってきます。」

誠がアキのイラスト集に持ってきたアキのライブを宣伝するチラシをはさみ始めた。

「湘南、それ私のチラシ?」

「はい、その通りです。8月、9月のライブの予定と、『アキが歌う海浜公園』へのリンクが書いてあります。」

「おー、さすが湘南、優秀、優秀!私も手伝うよ。」

二人がチラシをイラスト集に入れ終わったころ、テーブルの前に女性客が来て、コッコの同人誌を見ながらつぶやく。

「平塚さんに良く似ている。」

アキが答える。

「はい、その通りです。バールさんも来ていますが、今は他のところに行っています。」

「えっ。」

「二人はすごく仲がいいんですよ。すごく。今日この後も、平塚はバールの家に行くと言っていますし。」

「・・・・ストーリーも面白そうなので、1冊お願いします。」

「有難うございます。平塚、会計。」

「はっ、はい。有難うございました。」

女性の客は誠を見ながらお金を渡し、去って行った。

「いやー、さすがすごいなアキちゃん。その調子で頼むよ。」

「イラストとCDを置いてもらったお礼だから、女性のお客さんにはコッコたちの漫画をどんどん売るわよ。」

「頼もしい。まあ、二人とも大丈夫そうだから、私はちょっと出てくるよ。」

「いってらっしゃい。」

「楽しんで来てください。」

コッコがスペースの外に出て、他のサークルを見に出かけた。

「でも、アキさん、あまり誤解を受けるようなことは・・・。」

「まあいいじゃない。嘘は言っていないし、知らない人だし。」

「それはそうですが。」

「そんなこと言っていないで、どんどん売ろう。売った方が勝ちだよ。でも、男性のお客さん、来ないかな。私のCDとイラスト集も売りたいし。」

「一応、地下アイドルイラストのポスターもありますから、ある程度は来るんじゃないかと思います。」

「ある程度はじゃだめなの。」

「はい。」

「おっ、あそこの人、私のポスターを見ている。」

アキがその男性に向かって声をかける。

「そこのお兄さん、どう、このポスターの子と私、似ているでしょう!・・・・・あー、逃げて行っちゃった。」

「まあ、そういうこともありますよ。」

「うん、大丈夫。めげない。」

「さすがです。」

アキは女性客にサークルの同人誌を売るとともに、イラスト集のポスターに興味を持って見ている男性客に声をかける。

「お兄さん、どう、このポスターの子と私、似ていない?」

「えっ、はい。」

「ここのサークルの人に描いてもらった私のイラスト集。」

「えーと。」

「アイドルをやっている、アキっていうんだ。」

「地下アイドル?」

「今はそう。そのうち、もっとビッグになる。」

「へー。」

誠が説明する。

「2.5次元アイドルを狙っていて、イラストと本人と歌で売り出そうとしています。」

「君は?」

「スタッフです。イラストとCDのセットで2000円で販売しています。」

「そうなんだ。面白そうだね。アキちゃんはどこでアイドル活動をしているの?」

「ライブの予定は、このチラシを見て。ホームページのURLもあるから。」

「そうなんだ。面白そうだから買うよ。」

「有難うございます。」

「有難う。ライブも絶対来てくださいね。新曲も出すから。」

「分かった、参加してみる。」

「有難う。買ってくれたお礼に、いいこと教えるね。」

「何?」

「実は、この平塚も2.5次元のモデルなんだよ。女子向け同人誌のね。」

「えっ、それは信じられないな。」

「ほら、これ。」

そう言いながら、コッコの同人誌の見本を見せる。

「えっ、いや、すごいな。最近の女の子は、こんなものを見るのか。」

「女の子と言っても、腐女子だけど。」

「なるほど。アキちゃんのもそうだけど、絵は上手だね。」

「ストーリーも面白いそうよ。」

「そうなんだ。後学のために一冊買っておこうかな。」

「本当に?コッコ、イラストや漫画を描いている友達が喜ぶよ。有難う。」

「どういたしまして。」

男性は誠の顔を見ながら去っていった。

「湘南、イラスト集の販売、手伝ってくれて有難うね。なるほど、2.5次元アイドルの路線か。いいことを言うわ。」

「アキさん、2次元的な感じがありますから、宣伝文句になると思いました。それにしても、僕も2.5次元なんですか。」

「まあ、間違ってはいないわよ。」

「確かに、そう言われればそうですが。」

「湘南、販売を任された以上は、コッコが帰ってくるまで、どんどん売るわよ。」

「わっ、分かりました。」


 明日夏と亜美は、直人の限定グッズを買って、ダイバーシティで休んでいた。

「もう、明日夏さんが、直人の等身大パネルの両手を離さないから、どうなるかと思いましたよ。」

「いやー、やっぱりちゃんと挨拶をしないとと思って。」

「明日夏さんは、男性とはいつもあんな挨拶をするんですか。」

「子供の時はしていたかも。でも、亜美ちゃんと違って抱きついたりしないよ。それに、限定グッズも無事に買えたじゃない。」

「そうですけど、あと3つしかなかったですよ。」

「まあ、2期のキービジュアルが見れてよかったね。」

「はい、直人の表情が少し変わっていましたよね。」

「うん、だいぶ暗さが取れていて、残念だよ。」

「明日夏さん的にはそうですか。確かに、平凡になった感じもします。」

「さすが、亜美ちゃん、分かってきたね。」

「明日夏さん、でも、もうそろそろ行きますか?」

「分かった。行こう。この時間なら並ばなくて入れるよね。」

「はい。そうだと思います。さっきの会場ではばれなかったから良かったですけど、今度の会場の方が、私たちを知っている人が多そうですから、気を付けましょう。」

「さっきも、私を見つめていた女の子はいた。」

「マスクをしているから、怪しいとは思っても、確証は持てないんでしょうね。」

「だと思うよ。でも、次は亜美ちゃんの方が危ないかも。ばれると、後ろ指を指されちゃうから、気を付けようね。」

「後ろ指を指されるのは、明日夏さんだけです。」

「へへへへへへ。」

明日夏と亜美は会場に向かった。昼を過ぎていたので並ぶことなく入場できた。

「亜美ちゃん、鳥ブレッドどう?」

「パン屋さんで働く3人のアルバイトの話です。絵は上手ですか、ストーリーが今一つかな。リーダーのすごさが分かっていないのが気になるだけなのかもしれませんが。」

「まあ、尚ちゃんは、外から見ると明るい美少女に見えるだろうから。」

「そうですね。でも、明日夏さんは、内からでも外からでも印象が変わらないというのは、すごいのかもしれません。」

「えー、パラダイスのみんなも私に後ろ指をさしているの?」

「それに近いものはあります。ミサさんだけは明日夏さんのこと、すごい可愛い人と思っているみたいですが。」

「ミサちゃんは、尚ちゃんのお兄ちゃんを素敵な人って言っているし、ミサちゃんの美的感覚は心配だよ。」

「リーダーのお兄さん、私はそんなに酷くはないと思いますけど?何か恨みでもあるんですか?」

「そういうわけじゃないけど・・・・。鳥ブレッド、亜美ちゃんは、どんな感じに描かれているの?」

「私が天然の主人公で、リーダーが生意気な妹分という感じです。それで、由香が元気な体育会系の店員さんです。3人で商店街アイドルを始める設定です。」

「なるほど。それが一番ストーリを作りやすそうではあるね。」

「そうですね。あっ、BLONGが見えてきましたよ。」

「本当だ。行こ・・・・・・・止めておこうか。」

「何でです?」

「尚ちゃんのお兄ちゃんがいる。」

「えっ、・・・・良く見えないけど。」

少し近寄った亜美が答える。

「本当ですね。隣の女の子も明日夏さんのファンの子ですよね。ゴールデンウィークのタイピングのイベントで、誰がリーダーのお兄さんがどの人か聞いた子です。」

「尚ちゃんに見せてもらったホームページの写真と同じだから、アキさん・・・」

「でも、それで怖気づくとは、アメリカ大統領でも態度が変わらない明日夏さんらしくないですね。代わりに私が買ってきましょうか?」

「亜美ちゃんは大丈夫なの?」

「マスクをしていますし、バレてもリーダーのお兄さんなら、全く危険はないですし。」

「亜美ちゃんは、尚ちゃんを信じているんだね。まあ、言われてみれば、それもそうだ。じゃあ、自分で行ってくるよ。」

「それじゃあ、いっしょに行きましょう。」

BLONGのテーブルの前に二人の女性が来て、同人誌を見ていた。

誠は背の大きな女性が明日夏さんに似ていると思ったが、確信はなかった。その女性が声を上げた。

「えっ、こっ、これ、あ、・・・北崎、北崎先生?」

明日夏は最初は地声が出てしまったが、声を変えて話していた。アキが答えた。

「はい、そうだそうです。北崎研究室の学生が書いたということです。」

誠は、北崎先生と言うのを聞いて、「うちの大学の関係者か」と思い直した。そして、「背格好が似ているから声が似ているのか」と考えた。しかし、安心と同時に別の不安が襲ってきた。

「とりあえず、これは買おうかな。」

そう言いながら、別の本を手に取った。

「こっ、これは、マー、えーと、岩田君!?」

「あれ、湘南、岩田君とお知り合いでしたか。ここにいます。」

「えー本当だ。私は良く知らないですが、良く知っている子を知っています。」

誠は不安が的中して「やばい」と思いながら女性から目を離した。明日夏は「えー、マー君、いつの間にそんなことに・・・・?だから・・・。」と思いながら誠を見ていた。

「そうなんですか。では、その子へのお土産にどうですか、一冊。」

「分かりました。こっちとこっち、お願いします。」

「有難うございます。」

固まっている誠にアキが声をかける。

「ほら、湘南、会計。」

「えっ、これを売るんですか。」

「当たり前でしょう。何のために来たと思っているの?」

誠が女性に話しかける。

「あの、完全にフィクションですから。」

「でも、すごく仲がいいんですよ。今日もこの後、相手方のバールの家に行くっていっていますから。」

「そうなんですか。」

「それは、パ、バールさんにCDを焼く方法を教えるためです。」

「でも、ほっておくと二人はいつもいっしょにいるんです。将来的にはこうなるかもしれません。」

「なるほど。」

「あの。」

「いいから、湘南は会計を。」

「分かりました。1、600円になります。」

女性がお金を渡して誠が会計をする。

「あの、あまり大学では広めないようにしてもらえると嬉しいです。」

「ダコール。5人ぐらいの仲間内だけで見るようにします。」

「有難うございます。」

「ところで、お二人さんは仲が良さそうですが、本当は二人が恋人どうしなんですか?」

「アキさんはこのイラスト集の通りアイドルを目指しているので恋人は作りません。この本を書いた人によると、アキさんが主人で僕が下僕だそうです。」

「どうです、私のイラスト集、一冊。」

「いや、ちょっといらないかな。本当の恋人だったら友達のために買ったかもしれないけど。」

「実は・・・」

「違います。」

「湘南の言う通りか。変な噂が広がったらアイドルとしてだめだよね。」

「その通りです。」

アキが女性の方を向いて言う。

「内輪で、ごめんなさい。お買い上げ有難うございました。」

「いや、楽しかった。有難う。」

女性二人が離れていった。

「湘南の大学関係者、ここにいっぱい来ていそうね。」

「はい、プロの漫画家のアシスタントには驚きましたが、基本そういう大学ですから。参加しているサークルも多いです。」

「へー、何を売っているの?」

「漫画とか、ゲームとか。あと、技術の細かい話を本にして出したりとかです。」

「オタクが多いのね。」

「はい、その通りです。」


 明日夏と亜美は、人が少ないところで、買った漫画を見ながら話していた。

「明日夏さん、リーダーのお兄さんの本名、知っていたんですね。」

「だって、尚ちゃんと同じだから。」

「それもそうか。」

「でも、大岡山工業大学ということか、尚ちゃんのお兄ちゃん。」

「北崎先生でしたっけ。お知り合いなんですか?」

「兄貴だ。」

「おー。そういえば、明日夏さん、両親が離婚して苗字が変わったと言っていましたね。」

「そう、私も昔は北崎明日夏だった。」

「なるほど。」

「しかし、この漫画は尚ちゃんには見せられないな。」

「そうですね。あと、下僕という話も。」

「うん。そんなことを話したら、アキという人の命がいくらあっても足りなくなっちゃう。」

「ははははは。分かる気がします。」

「じゃあ、次は『プラズマイレブン』を扱っているサークルを回ってみようか。」

「はい、お願いします。」


 コッコが同人誌を何冊か買って戻ってきた。

「すごい、アキちゃん、私の漫画を50冊ぐらい売っている。」

「まあね。すぐそばに湘南という2.5次元モデルがいるのが強い。」

「それがコッコさん、アキさんはコッコさんの漫画を男性客にも売っているんです。」

「何それ!」

「上手く話しを持って行って、参考のためとか、記念にとかで買うように誘導しているんですよ。」

「さすがだね。」

「僕は居心地が悪かったです。」

「それはそうだろうね。分かるよ。」

「イラスト集もあと4冊になったけど、これを売り切るまで、ここにいるよ。」

「それは助かる。」


 アリアと紗季が帰ってくる頃、アキのCD付きイラスト集がすべて売り切れた。

「ただいま。」

「お帰り。」

「やっぱり、コッコ先輩の漫画が一番売れていますね。」

「すぐそばに、モデルがいるから強いです。」

「アキちゃん、本当に私の漫画を男性客にも売っちゃうし。」

「コッコ先輩の漫画をですか。」

「本当に。記念にとかお土産にとか言って。さすがの私も驚いた。」

「へー。やっぱり、JKアイドルは強いな。」

「強気で行けば、何人かに一人は買ってくれる。」

「なるほど。」

「じゃあ、アキちゃん、後は私たちでやるから。」

「分かった。湘南、パスカルを見つけて帰ろう。」

「分かりました。SNSで合流地点を決めておきます。」

「有難う。」

「それじゃあ、コッコ、皆さん、今日はとっても面白かったです。またお会いしましょう。」

「コッコさん、アリアさん、紗季さん、あの、それではまた。」

「それじゃあな。」

「湘南君だっけ。冬コミもBLONGを手伝わない。プログラムをやっている先輩の友達が手伝いが欲しいって言ってたんだけど。」

「手伝うのは構いませんけど、どんなプログラムを作るんですか。」

「ゲームだよ。」

「BLのですか?」

「そう。ストーリーは先輩たちが作っているやつだから、平塚は出演しないけど。」

「いや、出演しない方がいいです。」

「だったら、手伝った方が平塚の出演を拒否できる。」

「何か脅迫のようですが、分かりました。僕もコミケに何か出したいと思っていたところでしたので、お手伝いします。」

「そう。有難う。じゃあ、また教室で。」「湘南君、またね。」

「それではまた。」


 誠とアキは、コスプレーヤーがいる広場へパスカルを探しに向かった。

「湘南、ゲームのプログラムを作るのを引き受けちゃったけれど、大丈夫?」

「はい。MIDIの作成はだいぶ慣れましたので、アキさんのMIDI音源を作る方もきちんとやります。プログラミングは自分の勉強にもなりますし。」

「それならいいけど。なんとなくだけど、妹子の気持ちが分かった。」

「そっ、そうですか。」

「とりあえず、パスカルを探そうか。」

「そうですね。SNSに返事がないですから、探すしかないです。」

「それにしても、コスプレーヤーがいっぱいるわね。パスカルのやつ、我を忘れて撮っているのか。」

「カメラマンもいっぱいで、探すのは大変そうです。」

「あそこのカメラマンが集まって丸い壁みたいになっているのは何?」

「有名コスプレーヤーを囲んで撮影しているんじゃないでしょうか。なんとなくですが、パスカルさんがいそうですから行ってみましょうか。」

「うん、私もそんな気がする。」

「あの人、パスカルさんっぽくないですか。」

「そうかも。・・・・・やっぱりパスカルだ。」

「はい、間違いないです。」

「おーい、パスカル。」

「おう、アキちゃん、何?」

「そろそろ帰ろうか。」

「あと5分撮影したら帰るから、ちょっと待ってて。」

「分かった。待っている。」

二人は輪から少し離れたところでパスカルを待った。

「でも、あの子、テレビにも出る子ね。」

「はい、コスプレーヤーとしては日本で一番有名だと思います。」

「でも、私はあの恰好はできないな。もとのスタイルも違うけど。」

「そうですね。あっちの方に居るアイドルプリンセスみたいな恰好なら大丈夫ですか?」

「うん。あの衣装ならステージでも着れそうだよね。」

「あの7人の中なら、何色の服がいいですが。」

「うーん、白かピンクかな。」

「そうですね。それが一番似合うと思います。」

「有難う。」

「アキさんは、アイドルプリンセスみたいな恰好ならば、この輪の中で写真を撮られても大丈夫な方ですか。」

「うーん、最初は戸惑うと思うけど、絶対にやると思う。」

「さすがです。」

「湘南は?パスカルと二人でBLのポーズで?」

「無理です。」

「だろうね。あはははは。」

パスカルが輪の中から出てきた。

「アキちゃん、湘南、お待たせ。それじゃあ帰ろうか。」

「了解。」「はい。」

「パスカルさん、なんか参考になることはありましたか?」

「うん、なんというか、男性をそそるポーズとか。」

「パスカルさん、メジャーを目指すんですし、小学生も加入するかもしれないんですから、そういうのは止めましょう。」

「湘南。それは程度の問題で、大丈夫だよ。」

「そうなんですか。」

「美咲ちゃんのことも、パスカルが行きすぎたら、私がストップをかけるから安心して。」

「分かりました。」

「何か、俺が誤解されている気がする。」

「パスカル、みんな分かっているから大丈夫。」

「そうか。」

「そう。」

「それじゃあ、ケーキでも食べに行かないか。アキちゃんはおごるよ。」

「サンキュー、パスカル。おごってもらえるなら、グランドニッコーがいい。」

「グランドニッコーならあっちだな。」

「いえ、向こうです。」

「そうか。」

3人はグランドニッコーでケーキを食べた後、家路についた。

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