第16話 別荘の夜(2日目)
ショッピングセンターからの帰りは、安全運転に心がけたミサのフェラーリが別荘に到着した。尚美がケーキの箱を持って車から降りると、ミサも車から降りた。
「それじゃあ、尚、明日夏たちのところに行こうか。」
「はい。」
ガレージを出て階段を上がると、尚美はキッチンに向かいケーキを冷蔵庫にしまった。そして、みんなの声が外から聞こえていたので、ミサと別荘の庭に向かった。
「ミサちゃん、尚ちゃん、お帰り。」「ミサさん、リーダー、お疲れ。」「ミサさん、リーダーお帰りなさい。」「大河内さん、有難うございます。尚、ご苦労様。」
尚美が様子を見ると、食材がバーベキュー用の金串に刺してあって、バーベキューの用意がだいたい終わっていた。
「いえ、大変なのは皆さんの方で、バーベキューの準備、残っていることがあったらやります。」
「手伝えなくてごめんなさい。残っていることがあったら何でも言ってください。」
「大河内さん、尚、心配しなくても、管理人さんがだいぶ準備をしてくれていたし、もうほとんど終わったから大丈夫。それにしても、見たことがないぐらいいい肉で、やっぱり楽しみだわ。」
「橘さんでも、そうなんですね。私も霜降りのこういう肉、実物を見るのは初めてです。」
「おう、亜美、俺も初めてだ。」
「ミサちゃんが買ってきた地ケーキ、楽しみだよ。」
「地ケーキって?」
「地酒とか地ビールとかあるから、地元のケーキで地ケーキかなって思って。」
「なるほど。発想が明日夏だな。尚、隣の別荘が気になるの。」
「警備の方々をチェックしただけです。大丈夫みたいです。」
「うん、オーナーは昔から変わっていないと思うので気にすることはないと思う。」
「はい。それでは、バーベキューを始めましょう。でも、もう炭の火は起こしてあるんですね。」
「それも、さっき、管理人さんが起こしてくれたよ。」
「そうですか。後でお礼を言わないと。とりあえず、串を網に載せましょう。肉が焼けるまで、明日夏先輩に乾杯の挨拶をお願いします。」
「はーい。みんな、コップにお茶かジュースをついで。橘さんも、今日はジュースなんですね。それは安心です。それじゃあ乾杯するよ。ただ今、尚ちゃんにご紹介に預かりました私は神田明日夏と言います。」
「それは、みんな知っています。」
「本名も同じ神田明日夏です。」
「同じにしないと間違えるから、という社長の配慮なんでしょうね。」
「好きな食べ物は、」
「お米でしょう。」
「お米と、」
「ケーキ。」
「尚ちゃん、私がしゃべることを先に言わないで下さい。」
「分りました。」
「昨日、今日と海でたくさん遊んで楽しい時間を過ごしました。これからバーベキューと花火、夏の楽しみのラストスパート、いやラストにはしたくないので、中間スパート、行ってみたいと思います。では、お手を拝借、乾杯!」
「乾杯!」
アキの別荘に戻ってきた誠たちは、おしゃべりをしながら、バーベキューの準備を始めた。ちなみに、明日夏班は食材を串に刺して、網目の大きな金網で焼くバーベキューで、アキ班は小さな網目の金網または鉄板に食材を直接載せるバーべキューである。
「セローさん、バーベキューの道具は全部洗ってくれたんですね。有難うございます。」
「お安い御用だよー。ご飯も炊いてる途中だよー。」
「じゃあ、あとは食材を切るだけですから、手分けしてやってしまいましょう。」
「俺は、肉を切る。」
「じゃあ、僕が野菜を切るよ。」
「すぐに準備できそうですから、僕は火を起こしています。」
「結局、私は何もやっていないな。」
「コッコさんはイラストを描く仕事がありますし。」
「うん、そっちを頑張った。」
「コッコ、買出しに行った人には言ったけど、妹子に会ったよ。」
「妹子ちゃんに!?」
「海で遊ぶために、名前は言えないんですが、友人と、この近くのプライベートビーチがある宿泊施設に泊まっていることは聞いていました。」
「プライベートビーチとは、さすがにゴージャスだな。」
「いや、安全のために仕方がないんじゃないかな。僕はその方が安心できるよ。」
「安全と言えば、トリプレットは全員未成年だけど。」
「橘さんが付き添っていると言うことでしたから、大丈夫だとは思います。」
「橘さんがいれば大丈夫か。でも、橘さん、会いたいな。」
「パスカルは熟女好きなの?」
「アキちゃん、熟女じゃ、さすがに橘さんに失礼だろう。まだ、29歳みたいだし。」
「調べたんだ?」
「本名かどうかわからないけど、橘久美、29歳、数年前にパラダイス興行からロックのCDをボーカルとして出している。もう新品は売っていなくて、中古CD屋さんで手に入れた。」
「さすがはパスカル君だな。」
「今度、明日夏ちゃんのイベントに行って、サインしてもらおうかと。」
「パスカルさん、それでは迷惑なお客になってしまうのでは。」
「もちろん無理は言わないから大丈夫。年上だけど、外見は俺の趣味にぴったり。橘さーん、ス・テ・キ。」
明日夏班では、バーベキューが焼き上がり、食事が始まっていた。
「ご飯とスープもありますので、良かったら取って下さい。」
「この串は焼けてるね。美味しそう。頂きます。」
「さすが、若い人は食欲旺盛ね。」
「それより、橘さん、少し震えていませんか。大丈夫ですか。」
「明日夏、それが急に寒気がしてきたの。」
「うーん、夕方になって風が出てきたから冷えたのかな。」
「陸風ですか。」
「尚ちゃん、さすが。海風、陸風、理科で習ったねー。でも、橘さん、とりあえず何か着た方がいいんじゃないですか。」
「明日夏、分かった。そうする。」
「美香先輩は、よくバーベキューをするんですか。」
「小学生の時までは、キャンプ場とかでやっていたんだけど・・・・。」
「尚ちゃん、尚ちゃん、この串、焼けているよ。」
「明日夏先輩、有難うございます。肉が美味しそうですね。」
「野菜もちゃんと食べるんだよ。」
「分っています。」
「明日夏、有難う。でも大丈夫。尚、実は、小学生の終わりごろから、引きこもりになっちゃったからキャンプ場にはいかなくなったかな。それでも、兄が大学に行くまでは、この別荘で家族4人でときどきバーベキューをやっていた。」
「そうなんですね。詮索はしませんが、これからは楽しくやっていきましょう。」
「うん、頑張る。」
「お兄さんが大学に行くようになったら、この別荘もあまり来なくなったんですか。」
「そうかもしれない。冬には蔵王の別荘にスノーボードをやりによく行っているけど。」
「ミサちゃん、そういうのは引きこもりとは言わないよ。」
「そうなんだ。」
「人間嫌いかな。」
「なんか、偏屈な人みたいね。」
「ロック一筋、偏屈お姉さん。」
「ふふふふふ、そうかもね。」
「明日夏さんは、アニメ一筋、偏屈お姉さんでしょうかね。」
「それなら、尚ちゃんは、お兄ちゃん一筋、偏屈少女だよ。」
「みんな、偏屈なんだ。」
「そうそう、困ったもんだよ。」
「明日夏先輩には言われたくありません。」
由香、亜美、上着を着て戻ってきた久美は、高級な肉に話を咲かせていた。
「しっかし、こんなに柔らかい牛肉、食ったことがないぜ。」
「リーダーの話では、100グラム4千円ぐらいするんじゃないかって。」
「それはすごい。家で食べる肉なら1キロぐらい買えそうだな。」
「でも、それだけに地獄だったわ。」
「橘さん、なんで地獄なんですか。」
「こんな美味しいものを食べているのに、お酒が飲めないからよ。」
「そうですか、俺はてっきりいい男がいないからと思いました。」
「それもいいけど、私の場合、可能性があるのは酒だけだからな。」
「そんなことはありませんよ。橘さん、まだまだ行けますよ。なー、亜美。」
「はい、由香の言う通りです。」
「でも、今は男よりもビールが飲みたい。」
「なるほど。それじゃあ『焼肉には男よりビール』みたいな歌で再デビューするとかは?」
「それじゃあ、女が終わっていそうな歌になっちゃうわね。」
「じゃあ、『酒と男』とか。」
「『いい男が酒しょってやってきた』とか。」
「二人とも勝手なことを。でも、本当にそんな歌の方が受けたりしてね。」
「はい、私もアイドルになるなんて思っていませんでした。」
「そうだったわね。亜美は歌手志望だものね。」
「直接、歌手になるのが無理ならば声優を目指すつもりだったんです。もちろん、今はメジャーのレコード会社からアイドルになることができて、すごくラッキーだったと思っています。」
「悟の見極める目よね。ということは、私がアイドルになるには、年齢を半分にしなくちゃか。」
「社長、酷いな。でも、橘さんと社長の関係だから言えるのか。」
「そうかもね。まあ、いわゆる腐れ縁っていうやつね。」
「そうですか。」「うーん。」
アキ班も、バーベキューの準備が終わった。
「よし、肉が切り終わったぞ。網に載せるぜ。」
「いや、パスカル君、肉は少し野菜を食べてからにしよう。とりあえず、野菜を鉄板に載せるよ。」
「健康のためですか。」
「健康じゃなければ推事(おしごと)はできない。」
「広島から毎週来ているパスカルさんの言葉は重いです。不健康なこともたくさんしているから、野菜から行きましょうか。」
「僕も、その方がいいと思います。」
「コッコ、何考え事しているの。」
「いや、あの3人で3Pのストーリーができないか考えている。」
「私にそういう趣味はないけれど、分らないことはないわね。」
「そうだろう。パスカルちゃんと湘南はわかるけど、ラッキーちゃんが、受け攻め両方にする必要がありそうだな。」
「何だか、コッコちゃんが怖い話をしているよ。」
「妄想だけなら、コッコさんはほっとくしかありません。」
「ラッキーさん、湘南の言うとおりです。」
「コッコちゃんとの付き合いは僕の方が長いけれど、ここまでとは知らなかった。まあ、二人の言うことに従うことにするよ。」
「野菜は焼けたみたいですので、とりあえず食べましょう。えーと、焼肉のたれはここにあります。」
「健康第一だよ、みんな。いただきます。」
「いただきます。」
全員が鉄板の野菜を食べる。
「よし、次はいよいよ肉を焼くぞ。」
「パスカル、手伝うわよ。」
「おう、サンキュー。網の方を使うぜ。」
パスカルとアキが肉を網の上に載せる。
「火力がありそうですから、すぐに焼けそうですね。」
「みんな、乾杯しようか。」
「さすがラッキーさん。忘れていました。ビールを取ってくるけど、コッコちゃん、手伝ってくれる。」
「ほい!」
パスカルとコッコがビールとノンアルコールビールを取ってきて乾杯が始まる。
「それでは、年長者のラッキーさん、ひと言お願いします。」
「えーと、明日夏ちゃんのセカンドシングルの成功とアキちゃんのセカンドシングルに方向性が決まったことを祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「うまい。」「ビールが美味しい。」
「湘南、どう、ノンアルコールビール?」
「僕も飲んだのは初めてですが、微妙な味ですね。」
「そうね。でも、これが美味しく感じるようになるのか。」
「パスカルさん、ちょっとノンアルコールビールを飲んで感想を聞かせてもらえますか?」
「おう、分かった。・・・・うーん、味は似ているけど、ガツンとくるところがないかな。ミサちゃんの歌をユーチューバーが歌ったような感じだ。」
「なるほど。だそうです。」
「ノンアルコールビールのことは分かったけど、うかつよ、湘南。」
「えっ、はい?」
「やったー、パスカルと湘南の間接キスだ。」
「あっ、そういうことですね。」
「そう。」
「よし、この辺の肉、焼けたからどんどん食べてくれ。とりあえずレディーファーストで、どうぞ。」
「パスカル、有難う。うん、美味しいよ。」
「パスカルちゃん、サンキュー。」
「パスカル君、美味しいよ。」
「美味しい。バーベキューなんて本当に久しぶりだよー。」
「パスカルさん、焼き加減が、ちょうどいいです。」
「おーい、みんな食べるの遅いぞ。焦げちゃうぞ。」
「とりあえず、肉を網の周辺に移動しましょう。僕が移動させますので、パスカルさんも食べてください。」
「おー、サンキューな。」
「コッコは、またニヤニヤして。」
「まあな、ご馳走様という感じだ。」
「お米も炊けています。スープはカップスープですが人数分あります。」
「湘南君、有難う。」「俺も頼む。よし、また肉を焼くぞ。次はソーセージも焼くか。」「僕も、お願いしますー。」「私はご飯は半分ぐらい。」「湘南ちゃん、手伝うよ。」
こうして、アキ班のバーベキューは進行していった。
「くそー、ビールが無くなった。一本なんて言うんじゃなかった。」
「パスカルちゃん、焼酎を持ってきたんで、飲みましょう。」
「本当に?さすがコッコちゃん。お金は出すよ。」
「紙パックの安物だから、パスカルちゃん、気にしなくてもいいよ。」
「でも。」
「それより、パスカルちゃん、使って悪いけど、氷と水を用意してもらえる。私は焼酎を取ってくるから。」
「はい、コッコ大将、直ちに取り掛かります。」
パスカルとコッコが戻ってきて、ラッキーとセローが準備を始めた。
「おお、25度のいいちこか。無難に美味しいよな、これ。」
「皆さん、一人当たり450ミリリットルはありますので、飲みすぎないように気を付けて下さいね。」
「おう、分かった。でも、焼酎だからあまり悪酔いしないよ。」
「とりあえず、水をたくさん飲むようにして下さい。」
「了解!。コッコちゃんに、乾杯だ!」
「乾杯!」
アキが湘南に話しかける。
「大丈夫かな。」
「明日は帰るだけですが、酷い二日酔いにならなければ良いですが。」
「そうね。でも、こうなっちゃうと心配しても無駄かな。」
「そんな感じですね。」
「みんなの二日酔いが酷ければ、私はもう一泊しても大丈夫だけど。」
「そうしても、明日の夜、またお酒を飲むだけになると思います。」
「ははははは。それもそうね。それじゃあ、肉の美味しいところを二人で食べちゃおうか。」
「はい、そうしましょう。」
明日夏班の方は、3串程度食べたところで、だいたいお腹一杯になったようだった。
「おなかいっぱいになったねー。」
「そうですね。管理人さんが作ってくれたご飯とスープを食べる人はいませんか。私は、スープを頂きますけれど。」
「うーん、私はご飯は別腹に入るよ。」
「明日夏、こめん、私はもう無理。」
「リーダー、頂きます。肉といっしょに食べると御飯が美味しそうだ。」
「私は、食べれないことはないけど・・・・。」
「亜美先輩、後でケーキもあります。」
「そうですね、無理はしないでおきます。スープだけ頂きます。」
「分りました。」
「尚、私は両方もらうわ。」
「橘さん、大丈夫ですか?」
「パワー負けしたら、ロックは歌えないわ。パワーの源は、なんといっても食事だから。」
「橘さん!分かりました。尚、私も両方もらうことにする。頑張って食べる。」
「美香先輩、分かりました。美香先輩の分は少なめにしますので、もっと欲しいときは言って下さい。」
「尚、有難う。」
少しして、別荘の管理人がやってきた。
「皆様、ご当主からのささやかな花火のプレゼントです。ご当主からのこと付けがあります。娘が危ない時に、皆様、大変有難うございました。これからも、娘と仲良くして下さい。です。それでは、海のほうをご覧ください。」
海の船台から、最初に大きめの花火が数発打ちあがった後、スターマイン(煙火玉や、星、笛等を順序よく配置し、速火線で連結し、高速で次々と連続して打ち上げるもの。Wikipediaより)が打ちあがった。ミサがつぶやく。
「お父さん、お母さん、有難う。」
明日夏たちが感想を述べる。
「うん、やっぱり日本の花火は奇麗だね。」
「こんなに近くで見たのは初めてだぜ。」
「ほんと、奇麗だった。」
「美香先輩、奇麗で迫力のある花火、有難うございます。お父様、お母様にも感謝の気持ちを伝えて下さい。」
「大河内さん、本当に有難うございます。でも、悟にも見せたかったかな。」
「橘さん、うちのマンションから隅田川の花火が見えますから、集まりますか。」
「そう言えば、明日夏の住所、そっちの方だったわね。よし、集まろうか。」
「でも、今年の花火はもう終わっちゃったので、早くても来年の夏になりますけど。」
「うん、来年ね。」
「了解です。」
「なるほど、花火を見て明日夏先輩があまり感動しなかった理由が分かりました。この前の土曜日に隅田川の花火を見たばっかりだったんですね。」
「うーん、花火の音がうるさかったけど、ゲームを作っていて見てはいなかった。」
「それは、もったいないことを。でも、明日夏先輩の部屋は綺麗なんですか?足の踏み場もないということは?」
「ワンルームでアニメグッズが散らばっているけど、ベランダは何もないから大丈夫だよ。」
「片付けるとかじゃないんですね。」
「うん。」
「明日夏、私も行っていい?」
「もちろん、ミサちゃんは大歓迎だけど、アニメグッズ以外何もないから、あまり期待しないでね。」
「分かった。必要なものがあったら言って。食事とか配膳する人とか用意できるよ。」
「社長が来ると7人だから、それでいっぱいになりそう。」
「じゃあ、弁当を用意するね。」
「なんか、申し訳ない。」
「ううん、楽しみ。」
「とりあえず、今は買ってきた花火をやりましょう。管理人さんがバケツに水を持ってきてくれたようです。」
アキ班もバーベキューを終了した。4人は焼酎で盛り上がったままだった。
「さて、片付けてしまいましょう。と言っても、紙皿を使いましたので、炭を片付ける以外は、洗うものは網と鉄板とトングルぐらいですね。」
「うん、じゃあ私はごみを片付ける。」
「お願いします。」
片付けが終わる。
「花火が用意してありますが、どうしましょうか。酔っている人たちは、服に火が付くと大変ですからやめておいた方がいいと思います。」
「せっかくだから、二人で少しだけやろうか。あっ、花火。あっちのほう。」
「本当ですね。打ち上げ花火。続いて、スターマインですか。」
「あー、終わったみたい。少し離れていたけど、綺麗だった。」
「そうでしたね。」
「私は線香花火をしようかな。」
「ここじゃあ、打ち上げ花火は無理そうですね。この手に持つ花火にします。」
「そうね。」
アキと誠が花火に火をつける。
「おー、アキちゃん、絵になっているねー。写真行こう。」
「何、酔っ払いパスカル。」
「でも、絵になっているというのは本当だと思います。夏のホームページには合っていると思います。」
「そうなんだ。それじゃあ、撮影しようか。」
「おう。ストロボの光を銀レフで反射させるか。湘南、手伝いを頼めるか。」
「はい、もちろんです。」
パスカルが撮影機材を取ってきて撮影を始める。
「じゃあ、アキちゃん、線香花火に火をつけて、しゃがんでくれる。表情はもの思うように。背景は生垣の方がいいかな。」
「こんな感じ?」
「そう。」
パスカルが何枚か写真を撮影する。
「じゃあ、次はさっき湘南がやっていた花火を使ってみよう。今度は、立って、嬉しそうに。湘南はもう少し右から。」
「分かった。」「了解。」
「パスカルちゃん、ノリノリだね。」
「お酒も入っていますからね。」
パスカルの撮影が終わった。
「花火をやったし、温泉に入りに行く?」
「俺はいいや。寝る前にシャワーを浴びれば。」
「私もそれでいいや。」「僕も。」「僕もー。」
「4人はお酒飲むの優先ね。」
「そういうこと。」
「じゃあ、湘南、温泉に行きましょう。」
「分かりました。」
「パスカルちゃん、いいのか。アキちゃんに湘南が取られちゃうかもしれないよ。」
「取りません。」
「はい、アキさんの護衛のために行ってきます。」
「おう、頼む。そうだ、湘南、帰りにコンビニで氷を買ってきてくれ。」
「1時間後くらいになりますが大丈夫ですか。」
「それぐらいは冷蔵庫の氷で大丈夫だと思う。」
「分かりました。」
4人は居間でまた飲み始めた。アキと誠は温泉に向かった。
「今日も楽しかった。そう言えば、妹子が私のところに来ている間、湘南は何をしていたの?」
「あの、秘密は守れますか。」
「それは大丈夫。」
「あのケーキ屋さんには、妹と大河内ミサさんが来ていました。それで、ケーキを買った大河内ミサさんを車までお連れしていました。」
「えっ、大河内ミサちゃんを。」
「はい。」
「ミサちゃんを近くで見れたの?」
「送っていく間は、今のアキさんとだいたい同じぐらいの位置関係でした。」
「それはすごいわね。どんな感じだった。」
「外見は同じ人間とは思えませんでした。」
「超美人だもんね。まあ、わかる気がする。」
「でも、普通に言葉は通じましたので人間でした。」
「それは当たり前よね。でもお話ししたんだ、大河内みさちゃんと。」
「妹のこととかです。」
「そっか、トリプレットや明日夏ちゃんと仲良さそうだもんね。」
「ヘルツレコードで同期ですから。」
「ミサちゃん、私と比べてどう?」
「アキさんは外見も人間に見えますので、安心できます。」
「酷い。でも、まあそうよね。それで、湘南、もしミサちゃんに迫られたらどうする?」
「あると思いますか?」
「あはははは、絶対にない。」
「そうですよね。」
「でも、近くで見れて良かったじゃない。ミサちゃん、特典会をやらないから、近くで見ることもできないパスカルとかラッキーとかは羨ましがると思う。」
「はい。ただ、大河内さんがこの辺りに来ることがあるということが知られると、あまり良いことがありませんので、内密にお願いします。」
「ミサちゃんの人気はちょっと異常だものね。分かってる。誰にも言わない。」
「有難うございます。」
アキと誠はお温泉を出る時間を決めた後、温泉に入り、SNSで連絡して外で待ち合わせた。
「やっぱり、温泉はいいわよね。シャワーだけより。」
「はい、いい湯でした。この辺りに住んでいる人は、いつでも温泉には入れていいですね。」
「住んでいる人には割引があるみたいだしね。そういえば、この後、ケーキを食べてから何をする?」
「トランプをする予定だったのですが、難しいかもしれないです。」
「その場合は?」
「いつも使っているアニメ配信サイトにSAOや『響けユーフォニアム』の劇場版が上がっていましたので、それを見るというのはどうでしょうか。」
「うん、『響けユーフォニアム』は観たいかな。」
「では、トランプができない場合はそうしましょう。」
「了解。」
「あそこがコンビニですね。ちょっと寄ってきますので、少し待っててください。」
「ううん。私も行くよ。」
明日夏班では、温泉の後、ケーキを食べる運びとなっていた。
「それでは、美香先輩お勧めのケーキ屋さんのケーキを頂くことにしましょうか。」
「うん、そうしよう。」
「では、紅茶を入れてきます。」
「おう、リーダー、手伝うぜ。亜美、行くぞ。」
「OK、由香。」
トリプレットの3人がキッチンへ向かい、ケーキと紅茶を運んできた。
「各自、注文したケーキを取って下さい。」
「はーい。地ケーキ、地ケーキ。いやー、懐かしいなー。」
「明日夏さんも、あのケーキ屋さん、知っていたんですね。」
「えっ、あっ、うん。昔、家族でこっちに遊びに来たことがあるんだよ。」
「なるほど。地元では有名なケーキ屋さんらしいですからね。」
「そうそう。美味しんだよ。」
「いただきます。」
全員がケーキを食べ始める。
「そう言えば、ケーキを買いに行くときに、尚のお兄さんに会ったんだよ。」
亜美が尋ねる。
「会ったということは、話したんですか?」
「うん。」
「何しに来ていたんですか。明日夏さんかリーダーを追ってきたわけではないんですよね。」
「それは違う。尚が先に見つけて、お兄さんが女の人といっしょだったから、二人を尾行したんだ。」
「ミサさんとリーダーで、リーダーのお兄さんを尾行したんですか?」
「そう。女の人はケーキ屋に着くとすぐにどこかに行ってしまって、尚がお兄さんから話しを聞くと、向こうは、男性4人女性2人の明日夏のファンのグループなんだって。明日夏の応援の練習の合宿ということだけど、海で遊ぶのも目的って言ってた。」
久美が意見を述べる。
「でも、女性6人だけのこっちより、健全そうですね。」
「やっぱり女性6人って不健全なんでしょうか。」
「美香先輩、女性6人でも楽しいですし、不健全ということはないと思います。」
「それでも、不健全なのよ。」
「橘さん、話を面倒にしないで下さい。」
「尚、不健全なの。」
「分かりました。橘さんこそ、アラサーなんですから早く恋人さんを見つけて下さい。」
「・・・・・・・」
「私も見たことはあるのですが、話してみて、どんな感じの人だったですか、リーダーのお兄さんって。」
「下の名前が誠っていうんだけど、妹思いで、とっても素敵なお兄さんだった。」
明日夏が反論する。
「ミサちゃん。尚ちゃんのお兄ちゃんが妹思いで、真面目で、良い青年ということはわかるけど、素敵ってイメージとはかけ離れている気がするよ。」
尚美はミサが兄を褒めてくれるので嬉しくなった。
「そうですよ。兄の良さがすぐに分かるって、美香先輩、さすが一流芸能人は違います。明日夏先輩は映す価値なし芸能人です。」
「尚ちゃん、酷い。」
ミサが自分の兄を紹介する。
「うちも兄と私の二人兄弟なんだけど、私の兄、今はMBAを取るためにアメリカに行っているの。」
「えっ、ミサさんのお兄さん、野球選手なんですか。」
「由佳先輩、それはMLB、メジャーリーグベースボールです。MBAはマスターオブビジネスアドミニストレーション、企業の経営者になるための勉強のコースです。」
「ビジネスアドバルーン?なるほど。野球とは関係なさそうな感じだな。」
「ミサさんのお兄さん、アメリカで勉強なんて、すごいです。」
「ううん、亜美、それが違うの。兄はあまり真面目ではなくて、何と言うか、プレーボーイでいつも付き合っている人を変えている。」
「ミサさんのお兄さんなら、すごいイケメンなんでしょうね。」
「私はそうは思わないけど、そう思う人もいるみたい。付き合っている女の人に、兄は真剣に付き合っているわけじゃないから止めた方がって言ったんだけど、妹だからって余計なお世話だって言われたことがある。」
「ラブイズブラインドですね。でも、その女の人の気持ちも分からなくはないかな。」
「相手が真剣じゃないのに?私には分らないな。」
「大河内さんも本当の恋愛をすれば分かるかもしれないです。」
「そうなんですか。兄はいつも自分のことばかり考えている感じの人で、誠と違って自分の妹を心配したり、妹の気持ちを考えるなんていうこともなくて、どっちかと言うと嫌いだったかもしれないです。」
そう言っている美香の目を見て尚美は思った。「もしかして、美香先輩、お兄ちゃんに理想の兄の像を重ねているのかな?油断して二人っきりにするんじゃなかった。明日夏先輩やアキならともかく、さすがに美香先輩だと戦力差がありすぎる。でも、兄ってことだよね。うーん。」尚美が誠について話す。
「でも、うちの兄は、オタクだし、弱いし、走るの遅いし、全然だめですよ。私がいじめられていたときに助けてくれようとするんですが、私の代わりにボコボコになっただけです。昔、正義の味方にあこがれていたから、困っている人がいて助けようとしたんですけど、それほど役に立たないで、最後には困っている人に助けられてしまう感じです。」
ミサが微笑みながら言う。
「尚、それだと誠のことをダメと言いながら、内心ではそう思っていない感じしかしないわよ。」
明日夏が言う。
「ミサちゃんは超美人なんだから、もっとイケメンの方が絶対似合うよ。」
「はい、これは明日夏先輩の言うことが正しいです。うちの兄と美香先輩とでは、内面はともかく、外見的にあまりにもつり合いがとれないです。」
「自分のファンやお兄さんにそんなことを言って。分かった、二人とも本当は私に誠を取られることを心配しているのね。」
「ファンではいて欲しいけど、別にそういうわけでは。」
「兄ではいて欲しいけど、別にそういうわけでは。」
「なんか苦しそう。でも大丈夫、誠が私にそういう興味を持つことはないし、私も友達の大切な人を突然奪ったりしないわよ。」
「ちょっと違うような。」
「はい、少し違います。」
「じゃあ、この話しは、ここまでにしましょう。明日夏には好きな人はいないの。」
「残念だけど、今はこの3次元空間には存在しないんだよね。カッコよさ、能力ともに不足だよ。2次元ならば、直人をはじめとして、数人は居るけど。」
「自分の担当アニメのキャラが好きって、明日夏らしくていいわよね。」
「でも、明日夏先輩、移り気だから、すぐに変わってしまいますけど。」
「変わらないよ。増えるだけだよ。」
「推し増しってやつね。」
「2次元空間への扉をはやく開発して欲しい。」
亜美も同意する。
「私も2次元世界で、推しに囲まれてみたい。」
「亜美も、そっちだったわね。」
「私もカッコいい2次元男子も好きなんですが、その他にも、2次元の小中学生の男の子も、好きだったりします。」
「亜美、それはどういうこと?」
「美香先輩、それはショタと言って、ロリコンの女性版です。」
「そんなものもあるんだ。でも、小学校のころ、私も自分より小さな男の子が好きだったことがあったな。」
「ミサさんも、ショタの素質がありそうですね。」
「そうなのかな。」
「しかし、美香先輩も亜美先輩も、それは間違えると逮捕される可能性がありますので、気を付けてくださいね。」
「大丈夫。分別はあるつもり。それで、尚は?」
「残念ながら、今のところはいないです。」
由佳が言う。
「あれ、リーダー、ケンジという彼氏がいるんでは。」
明日夏とミサが驚く。
「えー尚ちゃん、そうなの?」
「すごい。」
尚美が答える。
「ケンジ?聞いたこともない名前ですが、由佳先輩、誰ですか?豊さんの友達?」
亜美が言う。
「すいません、リーダー。こいつ馬鹿で、単なる聴き違いです。後で説明します。」
「亜美先輩、わかりました。単なる由佳先輩の聞き違いという話しです。今のところ、そういう人はいません。」
ミサが尋ねる。
「でも、豊さんって誰なの。」
尚美が焦って答える。
「えーっと。誰でしたっけ?」
由佳が答える。
「パラダイスのみんなは知っているから、ミサさんなら、もう秘密なしで言いますよ。私の彼氏です。2才年上、高校1年の時にダンスの部活で知合いました。写真を見せます。」
「由佳先輩、変な写真を見せちゃだめですよ。美香先輩は純真な方ですから。」
「さすがにあの写真は見せませんよ。あれはリーダーだから全部知っておいて欲しかっただけです。これは、初詣の時に公園や公演で撮った写真だから大丈夫です。こいつです。」
由佳が写真を順番に見せていく。ミサが嬉しそうに言う。
「すごい、仲睦まじいって感じ。すごい。すごい。・・・・・」
最後の方で、ミサの顔が赤くなって言葉が止まる。
「ですから、由佳先輩、問題がある写真は見せちゃだめですって。」
「リーダー、大丈夫ですよ。屋外で18禁の写真じゃありませんから。」
明日夏が言う。
「すごい、すごい。映画のシーンみたい。」
尚美も同意する。
「ああ、このぐらいなら。でも、仲が良いことは分かったと思いますので、これでストップです。」
久美が言う。
「それがいいかもね。でも、由佳、あまり言うことはないんだけど、・・・・、やっぱり、なんて言っていいのかわからないな、恋愛は。」
尚美が言う。
「私が亜美先輩から聞いた話では、少なくとも二人とも真剣に付き合っているようですので、パラダイス興行の方針としては、見ているしかないと判断しています。豊さんが由佳先輩を騙しているようならば、何か手段を講じる必要があると思いますが。」
「その時は言って、私が前面に立つから。それにしても、真剣に愛し合っていることが大切か。尚の言うとおりね。さすがね。」
「いえ、先ほどはとっさに豊さんの名前が口に出てしまって、まだまだと思いました。」
「そっか、やっぱり恋愛に関する話では、誰も冷静になれないということね。」
「そうかも知れません。でも、あの写真で顔が真っ赤になるというのは、美香先輩が少し心配になりました。」
「えー。映画のシーンとかなら大丈夫だけど、やっぱり友達の写真だとなんか熱くなっちゃうよ。」
由佳が言う。
「ミサさんが友達と思ってくれるのは嬉しいです。」
「何言ってるの、昼にダンスとかで遊んだ仲じゃない。」
「感激です。じゃあ、もっと写真見ますか。18禁の写真もありますよ。ミサさんなら全部見せちゃいますよ。」
「そっ、それは嬉しいけど・・・・。」
久美が言う。
「今日はここまでにしておきましょう。前も言ったけど、由香、大河内さんがおかしくなって、溝口社長を怒らせたら、この業界から消されるわよ。」
「そっ、そうか。溝口社長、うちの社長と違ってやっぱり怖そうだ。」
「うん、何を考えているのか良くわからないという感じの社長かな。」
「そうね。確かにそんな感じがするわよね。」
亜美が久美に尋ねる。
「橘さんの昔の彼氏の話をもっと聞いてみたいです。」
ミサも言う。
「私も同じロックシンガーとして、橘さんの話を聞きたい。」
「うーん、高校の時は何人か付き合っていたけど。」
「何人か!?」
「2.5人ですよね。」
「亜美、0.5人って?」
「二股をかけていた男がいたそうです。」
「ひどい。」
「でも、橘さんが川に蹴落としたそうです。」
「すごい。」
「その話は『ペナルティーキック』のMCのネタで使わせてもらいました。」
「あははははは。さすがは尚。」
「でも、本当に一番好きだったのは、大学時代のバンドのギターのジュンかな。結婚も考えていたんだけど、バイクの事故で死んじゃって。」
「そうなんですか。聞いてはいけないようなことを聞いてしまって、申し訳ありません。でも、もしかして、ジュンさんって、『Undefeated』を作曲された方ですか?」
「うん、その通り。大河内さんがジュンの名前を知っててくれるのは本当に嬉しい。」
「アンナさん、橘さんが作詞で、編曲のヒラッチというのは?」
「うちの事務所の社長の平田悟のこと。」
「今回のコラボの編曲も、誠のものを社長さんが手直ししたと言っていましたね。みなさん、仲が良かったんですか。」
「そうね。もう8年ぐらい前になるのかな。みんなで地方のライブに出演するために、悟がバンを運転して、みんなと機材を運んだんだけど、ジュンはバイク好きで、バン以外にも移動手段があった方が良いだろうということで、バイクに乗っていったの。ジュンの方が直進で優先だったのに、無理に右折した車と衝突して。車から、ジュンが飛んで行くのが見えて。私はよくジュンのバイクの後ろに乗っていたりしたから、私が後ろに乗っていれば、もう少しゆっくり行ったんじゃないかとか、それがだめでも一緒にって、すごく後悔した。ジュンは病院で死ぬ前に、少しだけ意識が戻って、私にプロの歌手になってくれって。そのとき悟もいて。ジュンと悟は高校から二人で演奏をしていて、最初は二人に私が加わって活動を始めて、ドラムとキーボードのメンバーは後から加わったの。ファイブサターンズと言うんだけど。」
ミサは涙をこぼして黙っていた。明日夏が久美に尋ねる。
「社長さんは、死んだ親友の夢をかなえるために、橘さんをまたデビューさせたいんですね。」
久美が答える。
「そうだと思う。だから、私も死ぬまで絶対にあきらめることはないと思っている。」
尚美は黙っていた。ミサが言う。
「すごく感激しました。橘さんの再デビューのために、私は何でも協力します。何でも言って下さい。」
亜美と明日夏たちが同意する。
「先ほどはジュンさんのことを知らなかったとは言え、急に個人的なことを聞いて申し訳ありませんでした。是非、私にも手伝わせて下さい。」「もちろん、私も。」「あんまり役立たないですが俺も。」「私もです。」
「有難うみんな。でも、みんなは若いんだから、私のことより自分のことを考えて。お願い・・・・。でも、ジュンのことを思い出すと、なんかお酒を飲みたくなっちゃっうな。」
「ありますよ。ブランデーとかならば。ちょっと待ってて下さい。」
ミサがブランデー、氷、水をお盆に載せてやってきた。
「すごい、XOじゃない。」
「どうぞ。」
「でも、飲めるの私だけじゃない。」
「お気にせずに。水割りですか、ロックですか?」
「もちろん、ロックよ。」
「ふふふ、そうですよね。今の話、まだ胸にジーンとしています。私も来年になったら橘さんに付き合いますよ。」
「そっか、それは楽しみ。」
「じゃあ、その時はロックの話をしましょう。」
「ロックを飲みながら、ロックの話ね。」
「はい。」
明日夏が尚美に話しかける。
「なんか、二人の世界が出来上がっていない?」
「ロックシンガー同士の世界でしょう。」
「来年になっても、明日夏先輩がブランデーをロックで飲むという感じはしないですけど。」
「何なら似合う?」
「うーん、お酒を飲むとしても、甘いカクテルじゃないでしょうか。」
「そうか。尚はまだまだ先だね。」
「はい、まだ6年以上あります。」
「尚が20になったら、パーティーを開いて乾杯しようね。」
「有難うございます。それより、橘さんの再デビューの計画、明日夏先輩は足を引っ張らないで下さいよ。」
「もう、大丈夫だよー。心配性だな。」
ミサが言う。
「でも、橘さんの話を聞いて、もう絶対に安全運転しなくちゃって改めて思いました。車の運転は、自分の命だけじゃなく、他の人の命も預かっているんだって。誠が、静かだけど強く叱ってくれたのも、人の命にかかわることだからなんだよね。本当に気をつけないと。」
「えっ、ごめんなさい。兄が美香先輩を叱ったんですか。どうして?」
「いいの、悪いのは私だから。あのGT-R、誠が運転していたみたいで、こちらが危なくなるから最後は危なくなる前に止まってくれたの。止まってくれなかったら、こちらが事故っていたと思う。」
「そうなんですか。兄はみんなを心配する方ですから。だから、いつも損をして。」
「それで、尚が誠を守ろうとするのね。いい兄弟よね。」
亜美もミサにお願いする。
「私からもお願いします。歌のジャンルは違いますが、私もミサさんの歌がカッコよくて大好きなんです。それに稀にみる美貌を持ち合わせているんですから。交通事故で怪我したらもったいないです。」
「亜美、有難う。これからは絶対に気を付ける。でもさ、美貌と言えば明日夏の方が上だよね。だからこそ歌だけは負けないようにしないとっていつも思っている。」
「ねえ、ねえ、ミサちゃん、それいつも言っているけど、ミサちゃんが私の方が綺麗とか言うの、社交辞令を通り越して嫌味にしか聞こえないよ。」
「えっ、本当に本当にそう思っているよ。尚ちゃん、そうだよね。」
「えーっと、二人ともすごく綺麗と思いますが、例えば、私がどちらかの顔になれるとしたら、躊躇することなく美香先輩の方になりたいです。美香先輩、いわゆる隣の芝生というやつではないでしょうか。」
「そうなんだ。みんなコンプレックスを持っているということなのか。」
尚美が明日夏の方を向いて言う。
「明日夏先輩を綺麗と言ったのは、社交辞令です。」
「分かっているよー、もう。」
久美が明日夏のデビューにかかわる話をする。
「うちの子たちには話したことがありますが、明日夏がデビューできたのは、実は大河内さんが美人だったおかげもあるんですよ。」
「橘さん、さすがにそれは全く関係なさそうですが。」
「それが本当なの。選考の最後に残った3人のうち1人はかなり綺麗な人だったんだそうですが、綺麗な人は大河内さんをデビューさせたばっかりで、大河内さんの方が綺麗だから、その陰に隠れてしまうということで、ちょっと変わっているけど個性的な明日夏が選ばれたみたいなんです。」
「そうそう、そのことでミサちゃんにお礼を言わなくちゃいけなかったんだ。ミサちゃん、有難う。ミサちゃんは私のデビューの恩人だよー。」
「いやいや、そんな風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話し。それに明日夏の方が可愛い顔をしていますよ。」
「ヘルツの人が言っていたから本当だと思うわよ。」
明日夏がミサを抱きしめて、顔をくっつける。ミサが言う。
「なっ、何するの、明日夏。」
「ミサちゃんが私の顔の方が良いと思っているんだったら、顔が交換できないかと思って。」
「無理に決まっているでしょう。もう。」
尚美は久美の方を見て言う。
「申し訳ありません。真面目な話だったのに、こんな話になっちゃって。」
久美が答える。
「いいのよ。この方が。それに、大河内さんが運転に注意するというなら、それで。」
まだ続けている明日夏に尚美が言う。
「もう明日夏先輩は。あんまりじゃれてると、ファーストキスの相手が美香先輩になっちゃいますよ。美香先輩も。」
明日夏が急にミサから離れて言う。
「ミサちゃん大好きだけど、それはちょっと。」
「私も明日夏大好きだけど、それはやっぱり。」
亜美が言う。
「ミサさんも明日夏さんも、もすぐ二十歳になるのに乙女ですよね。」
由香が答える。
「亜美、なんか余裕だな。」
「私は小学校の時に済ませていますよ。」
「小学校の時!?俺は高1だぞ。豊とだけど。」
「そうなの?由佳も意外と純真。」
「ちょっと待って、亜美。その辺、亜美は大丈夫なのか。」
尚美が言う。
「由香先輩、亜美先輩なら大丈夫です。ファーストキスと言っても、等身大パネルか等身大の抱き枕カバーでしょう。」
「リーダー、等身大パネルを馬鹿にしてはいけません。本当に魂が宿っているんです。」
「なるほど、亜美先輩、分かりました。それならば、是非トリプレットを成功させて、200万円ぐらいする等身大フィギュアを買えるようになりましょう。」
「リーダー、もちろんそのつもりです。」
明日夏が言う。
「でも、魂が宿っているからこそ、抱きつくの限界で、それ以上は気が引けるんだよね。等身大パネルとか抱き枕カバーとか。」
「明日夏先輩の言うことはわかります。そう言えば、高校生になってからはそういうことをやっていません。若気の至りでしょうか。」
「認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものを。」
「そういえば、最近では、推しのポスターの前だと着替えることもできないので、私もまともになってきたということですね。」
「その通り。亜美ちゃんもオタクとして成長しているということだよ。」
「おほめ頂き有難うございます。」
ミサが苦笑しながら、尚美にこっそり話しかける。
「なんか尚のユニット、いろいろ大変そうね。」
「はい、亜美先輩はかなりのオタクで、明日夏先輩と推しが同じで反目する場合もありますが、それは大きな問題にはならないと思います。」
「由佳さんと豊さんの方が爆弾という感じ?」
「ですね。でも爆弾は好きですし、爆発したらその勢いで強行突破します。」
「炎上商法?さすがね。」
久美も言う。
「事務所の方針で苦労をかけて、ごめんね。」
「橘さん、大変申し訳ないのですが、いつかジュンさんとの話を詳しく聞かせて頂けませんか。利用するというと申し訳ないですが、万が一由香さんの件が爆発したときに、鎮火させるのに使えそうな気がして。」
「尚の言いたいことは分かる。うん、悟がいるときに一緒に話してあげる。」
「有難うございます。」
ミサもお願いする。
「その時は、是非私も聞かせて下さい。」
「分かったわ。大河内さんの歌の糧になるかもしれないし。」
「あと、私も社長さんのこと、ヒラッチと呼んでも大丈夫でしょうか。」
「私はずうっと悟と呼んでいたけど、バンド仲間は後輩もヒラッチだったから大丈夫じゃないかな。というより喜ぶかも。」
「有難うございます。あと、尚、その爆弾が爆発したら、私も手伝えることは手伝うので、言ってね。」
「はい、美香先輩のところにも記者が質問に押しかけるかもしれませんので、先輩に迷惑がかからないような方法を考えておきます。」
「尚、多少は迷惑がかかってもいいからね。」
「はい。」
「それにしても、事務所の人たちがこんなに何でも話せるっていいですね。うちの事務所じゃ、こんな関係になれないです。」
「話していて感じるのですが、大河内さんは、真面目過ぎて不純な刺激が不足していそうですので、うちのメンバーと話すのは良い経験になりそうです。」
「純粋培養という感じですか。」
「うーん、何でも真面目に取り組んでいるということです。」
「橘さんも、仕事に真面目に取り組んでいるように見えますが。」
「今はそんな感じですが、お恥ずかしい話をすると、高校生の頃は、男性を取り合って他の女性と取っ組み合いの喧嘩をしたり、ためらうジュンの心を開くために・・・・ちょっと、しらふでは話せないようなことをしたり。」
由佳と亜美が驚く。
「橘さん、そんな人だったんですか。」
「取っ組み合いの喧嘩は分かりますが、しらふでは話せないことって・・・・。」
ミサが言う。
「そうですか。私の歌には人生経験が足りないのかもしれません。わかりました。これから不真面目なことも学んでいこうと思います。」
「ふふふ、学んでと言うところがすでに真面目すぎるという感じがします。」
「そうか、そうですね。でも明日夏も純粋な感じはしますが、違いは何なんでしょうか。」
「明日夏は、自分の世界の人という感じですね。」
尚美も同意する。
「はい、興味ないことは全然どうでも構わないという感じです。」
「そうだ、橘さんも私を呼ぶときは、ミサか美香でお願いします。あと、橘さんが年上ですから、敬語は使わなくていいです。」
「でも、他の事務所のマネージャーが演者をファーストネームで呼ぶと、周りからは奇異に見られそうで。」
尚美が言う。
「それじゃあ、美香さんが橘さんを久美先輩と呼んだらどうでしょう。それなら、学校か何かの先輩後輩と思うんじゃないでしょうか。」
「さすがは尚。」「なるほど。」
「じゃあ、普段は美香って呼ばせてもらおうかな。」
「はい、お願いします。では行きます。久美先輩」
「美香」
「久美先輩」
「美香」
「久美先輩」
「美香」
「有難うございます。でも何で尚以外は、美香じゃなくてミサって呼んでいるんですか。」
明日夏が答える。
「それは、社長と橘さんが、私たちは使い分けができないだろうから、ミサと呼べって。」
久美が補足する。
「尚なら、普段は美香、ステージ上ではミサの使い分けができるけど、明日夏たちはこんがらがって無理そうだから、ミサで統一した方が良いって。他のアーティストの方を呼ぶときはそうしているの。」
「あーー、パラダイス事務所の方も色々考えられているんですね。はい、もうミサにも慣れましたので、どちらでも大丈夫です。」
「でも、私たちだけ仲間外れみたいで、さびしい。」
「みんな明日夏先輩がミスして大変なことにならないように、明日夏先輩のことを思って、そう言っているんです。」
「そうなのかー。有難うね、みんな。」
「はい、どう致しまして。」
ミサが久美に言う。
「明日夏と尚って良いコンビですね。」
「そうね。」
由佳が久美のグラスにブランデーを注ぐ。
「橘さん、どうぞ。」
「由佳、有難う。」
「由佳ちゃん、しらふでは話せないことを聞き出すつもり。」
「へへへへ。だって興味あるでしょう、みんな。」
「そうだけど。」
「由佳なら話してもいいけど、特に、美香が幼そうだから。」
「えー、尚よりですか。」
「たぶん。美香が一番影響を受けそうな感じ。」
「そうですか。」
「そんなことより、橘さん、もう一杯。」
「由佳、有難う。・・・・やっぱり、美味しいわ、XO。」
明日夏が尚美に尋ねる。
「橘さん、大丈夫かな?」
「社長から橘さんの二日酔いに良く効く胃薬を預かってはいますが。」
「さすが、社長さんだ。」
「はい。」
少しして、久美が叫ぶ。
「よーし、美香、マイクを持ってこい。」
「はい。」
明日夏、尚美、由佳、亜美の4人が叫ぶ。
「あー、それはダメ。」
ミサは明日夏たちの方を見るが、その叫びが間に合わず、久美がマイクを奪い取る。
「まずは『Fly!Fly!Fly!』からだ。ミュージックスタート。」
あきらめた尚美がカラオケをスタートすると、久美がすごい迫力で歌い出す。ミサから感想がこぼれる。
「すごいロック。また一段レベルが上がった。」
歌い終わった久美が言う。
「美香、歌ってみろ。」
「はい、分かりました。」
美香が歌っている途中で止める。
「だめだ、お前のはまだ、プロペラ機だ。もっと、ジェット機にならないと。腹から、体から声を出せ。」
そう言いながら、久美がミサのお腹をグーで押す。
「分かりました。もう一度歌います。」
久美は歌っている途中で言う。
「少し良くなったが、もっとだ。そのまま歌って。」
そう言いながら、ミサのお腹をグーで押す。
「ここから、全力!叫ぶのとは違うぞ。腹の底から声を出すんだ。」
ミサが歌い終わると、久美が叫ぶ。
「もう1回!」
「はい。」
久美のミサへのめちゃくちゃなレッスンが続いた。尚美が明日夏に話しかける。
「今日は、美香先輩が被害相当艦になっていますが、大丈夫でしょうか。」
「でも、ミサちゃんは橘さんが言っていることを分かっているみたいだよ。」
「明日夏先輩の言う通り、本当にそんな感じがしますね。」
「私たちじゃ、橘さんが本気で教えるのには力不足って感じなのかも。」
「そうかもしれません。ロックシンガー同士、二人とも真剣にやっている感じがします。」
「邪魔しちゃ悪いから、静かに、トランプでもやってようか。」
「はい、とりあえず『Fly!Fly!Fly!』を24回ほど予約しましたから、大丈夫だと思います。」
亜美が聴く。
「トランプ、何をします。」
「大貧民で。」
「でも由佳、ミサさんから見ると、みんな本当の大貧民で、悲しくない。」
「大丈夫。トランプの中だけでも、一人は大富豪になれる。」
「一人は、大貧民の中の大貧民か。」
「後で変えても構いませんので、大貧民から始めましょう。」
「リーダー、分かった。」「リーダー、その通りですね。」「尚ちゃん、そうしよう。」
4人でトランプを始めた。2時間近く続いた歌声が消えた。ミサと橘を見ると、橘が絨毯の上に寝ていた。尚美がカラオケを止めてミサに声をかける。
「お疲れ様。」
「有難う。すごい勉強になった。」
「それは良かったです。橘さんにタオルケットをかけようと思いますが、どこかにありますか。」
「押し入れにある。いっしょに行こう。」
「有難うございます。」
尚美とミサで橘に毛布をかける。
「美香さん、トランプをしますか?」
「はい。何をやっていたの?」
「大貧民ですが、変えましょうか。」
由佳が言う。
「でも、大富豪のミサさんが大貧民になるというのも面白いかも。」
「私は何でもいいわよ。」
「とりあえず大貧民にしますか。」
「分かった。じゃあ、私は大貧民から初める。」
「ミサさん、すぐに大富豪になるんじゃないかな。」
「亜美先輩、それも面白いと思います。じゃあ、始めましょう。」
大貧民を始めるが、ミサは2回で大富豪になる。
「ミサちゃん、たった2回で大富豪になって、私はずっと大貧民。なんか、持っているものが違う感じ。」
「それは、あまり関係ないんじゃないかな。」
大貧民を続けるが、ミサは大富豪で、明日夏が大貧民のままだった。
「大貧民から全然抜け出せない。これが、未来の予言だったらいやだよー。」
「明日夏、代ろうか?」
「でも。」
「それなら、代わってから何回で元に戻るか予想しましょうか。」
「なんか、ゲームの趣旨が違ってきたけど。やってみようか。」
「面白そうですね。俺は4回。」
「私は、5回。」
「私は、3回で。」
「私は、10回でも無理で。明日夏は?」
「じゃあ、2回で。」
「さすがに2回じゃ無理でしょう。」
「じゃあ、カードを配ります。」
「大富豪と大貧民は2枚交換、富豪と貧民と1枚交換、開始です。」
「ミサちゃんからいいカード、もらっちゃった。これは楽勝。」
「じゃあ、美香先輩から。」
「はい、じゃあ、3を4枚。」
「パス」「パス」「パス」「パス」
「4を4枚」
「パス」「パス」「パス」「パス」
「5を4枚」
「えー、終わっちゃうじゃん。じゃあ、2を4枚。」
「パス」「パス」「パス」「パス」
「6を2枚。」
「ジャックを2枚、上がり。」
「えー、もう大富豪。」
「明日夏先輩が大貧民にならないで下さいね。」
しかし、2を4枚出したことが祟って、明日夏が大貧民になった。全員が大笑いをする。
「ははははははは。」
「たった一回で。」
「やっぱり、大貧民は止めよう。現実を反映しすぎるよ。」
「分かりました。七並べ、神経衰弱、ナポレオン、ダウトとかですか。」
「神経衰弱は、リーダーが強そう。」「半分ぐらい持っていっちゃうかも。」「うん、それはそうね。」
「尚ちゃん、ナポレオンにしようか。」
「分かりました。ナポレオンにしましょう。」
アキと誠がアキの別荘に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「パスカルさん、気持ち悪いです。氷は買ってきました。」
「おー、サンキューな。」
「みんな酔っぱらっている。それじゃあ、みんなケーキを食べるわよ。」
「アキちゃん、ごめん。帰りが遅いから、先に食べちゃった。」
「もう、コッコは。でも、まあいいわ。この状態じゃ、まともに食べられそうもないし。」
「その通り。酔いがまわる前に食べたほうが美味しい。」
「それでは、僕は紅茶をいれてきます。」
「湘南、有難う。みんな、トランプできる?」
「できなーい。」「先生、できません。」
「しょうがないか。じゃあ、湘南、アニメでも見るか。」
「分かりました。準備をします。」
誠がパソコンを開く。
「美咲さんからメールが来ています。」
「見せて。」
アキがメールを読み上げる。
************************************
アキ姉さん、パスカルプロデューサーさん、コッコさん、湘南さん、ラッキーさん
今日は、家族四人でドライブをして、小さな美術館を回っていました。
本当は海に行きたかったんですが、行くことができませんでした。
親に話すのは帰ってからにする予定で、今日は特に進展はありません。
短いメールになってしまいましたが、これからも連絡します。
美咲より
************************************
「パスカル、返事はどうする?」
「そっちで返事しておいて。」
「しょうがないな。湘南、どうする。」
「今日の練習風景の写真を送ってもいいですか?この写真です。」
「うん、私がカッコよく写っているし、いいわよ。」
「では、短めに返信メールを書きます。」
************************************
美咲ちゃん
アキです。今日は午前中練習をしてから、午後は海で遊びました。
練習の時の写真を送ります。
こちらは、ずうっと待っていますので、焦らないでご両親と話し合って下さい。
あと、夏休みの宿題も忘れないように。
アキ、パスカル、コッコ、湘南、ラッキーより
************************************
「これでいいですか?」
「うん、少し堅いけど、いいよ。」
誠がメールを送信する。
「それでは、パソコンをテレビにつなげてアニメをスタートします。あれ、Freeの劇場版も上がっていますね。どっちがいいですか。」
「えっ、本当!Freeが観たい。」
「分かりました。それでは、スタートします。」
誠がFreeの劇場版をテレビに映す。
「おーーーー、Freeじゃん。」
「コッコ、そうだよ。」
「これは楽しみだ。」
「腐女子用のアニメか。」
「いや、パスカル君、Freeは男が見ても面白いよ。」
「そうなんですか。じゃあ、見てみるか。」
Freeが終わった。
「うん、まあまあ面白かったよ。」
「パスカル君、そうだろう。」
「Freeの登場人物が腐女子に受けるのは分かった。でも、俺と湘南は分からない。」
「うーん、パスカルちゃんと湘南ちゃんへの需要は、腐女子の沼でも底の方にいる人だけだから、分からなくても無理はない。」
「なんか、ドロドロしていそうです。」
「その通り。」
「次はどうします。『ユーフォニアム』か『ハルヒ』の劇場版あたりでは。」
「難しいな。」
「『タイピング』を見直そうよー。」
「セローさんのいう通りですね。だた、全部を見るのは難しいかもしれません。とりあえず、連続再生でスタートします。」
時々、内容について突っ込みを入れたりしながら、『タイピング』の上映が続いた。6話が終わり、7話が始まったときに、アキが話しかけた。
「なんか眠くなってきた。」
「もう、2時ですね。あー、パスカルさんとコッコさんも寝ています。」
「私も、ここで寝てもいいけど。」
「いえ、アキさんがいたら男性陣が眠れなくなってしまいます。コッコさんを起こします。・・・コッコさん、コッコさん、寝るなら二階に上がって寝てください。」
「湘南ちゃん、うるさい。もう、ここでいい。」
「困ったな。・・・・」
「何を考えているの?」
「アキさんが二階で一人で寝るのと、ここで寝るのと、どっちが安全か考えていました。」
「二階で湘南と二人で寝るのが一番安全かもしれない。」
「それは、そうかもしれませんが。」
「だめだ、そんなことは許さーん。」
「パスカルさん、分かってい・・・・寝言ですか。」
「寝言を寝て言っている。」
「それでは、ここでみんな寝ましょう。ラッキーさん、セローさん、上を豆電気にしますが、大丈夫でしょうか。」
「いいよー。」
誠が豆電球だけにする。
「ラッキーさんも寝ていますね。それでは、アキさん、おやすみなさい。」
「はい。それじゃあ、湘南、セロー、おやすみなさい。」
アキはコッコのとなりで横になった。暗くなると、誠も眠くなってきた。
「明日運転もあるし、寝るか。でも、空いている場所は窓の方だけだな。」
誠が移動して横になり、すぐに寝付いた。セローだけが、『タイピング』を最終話まで観てからノートパソコンの蓋を閉じ、涙をこぼしながら眠りについた。
ミサの別荘では、トランプのナポレオンが続いていたが、尚美はかなり眠くなってきた。何時か確かめるために、時計に目をやった。
「もう、2時なんですね。こんなに遅くまで起きていたのは生まれて初めてです。」
「尚ちゃん、まだまだ子供。私なんか3時過ぎまでゲームをやっていたことがあるよ。」
「私なんか、動画サイトのアニメ一挙放送で朝まで起きていることがよくあります。さすがに、デビューが決まってからはありませんが。」
「亜美、俺なんか、10日ぐらい前に、豊と二人ぼっちのモーニングコーヒーを、飲んだばかりだぜ。」
「でも、由佳、気を付けてね。」
「分かってるって。」
「豊さんと二人ぼっちのモーニングコーヒーってなんかすごいな。」
「美香先輩はそのうちどなたかと飲むことがあると思います。」
「そうだといいな。でも、豊さんってどんな人なんだろう。」
「申し訳ありませんが、ミサさんとリーダーには会わせません。」
「えー、酷い、由佳、何で?」
「はっきり言います。ミサさんとリーダーは、争ったときに勝てる可能性がないからです。」
「そうか。それだけ好きってことか。でも何で明日夏と亜美はいいの?」
「豊、ダンスにも夢中なんで、二人にはダンス力で勝てるからです。」
「なるほど。二人ぼっちのモーニングコーヒーって、格別な味になるの?」
「えーと、何というか、話しがエロくなるので、純粋なミサさんには話しにくいです。」
「そっそうか。」
「しょうがないから、ミサちゃん、二人で朝まで起きていようか。」
「明日夏と二人ぼっちのモーニングコーヒーって、いやじゃないけど、なんか違う気がする。」
「それにしても、二人ぼっちのモーニングコーヒー。何か近頃良く聞く言葉な気がするんだけど。」
「もう、先輩の歌でしょう。『一人ぼっちのモーニングコーヒー』。」
「おー、そうだった、そうだった。」
「先輩は二人ぼっちのモーニングコーヒーは無理でも、歌みたいな感じで一人ぼっちのモーニングコーヒーを飲んだことはあるんですか。」
「それはないな。寝つきはいい方だから、誰かを想って眠れないということはない。」
「それじゃあ、歌うときに困りません?」
「まあ、その辺は適当に歌っているよ。」
「さすが、適当の天才、明日夏先輩ですね。」
「尚ちゃん、夜は良く眠れる私でも、過去には誰かを想ったことぐらいはあるんだよ。」
「えっ、明日夏にそんなことがあるの?」
「いや、ミサちゃんはないの?」
「あー、ないこともないか。」
「そうでしょう、そうでしょう。でも、まだ話にくいよね。」
「まあ、小学校の時の話だけど、そうだよね。」
「えっ、私も小学校の時だけど。」
「リーダー、ミサさんと明日夏さん、大丈夫ですか。これで大人になれますかね。」
「由佳、何それ、すごい上から目線。」
「そうじゃなくて、少し心配になっただけです。」
「由香先輩、この手の話は、変わるときには瞬間らしいので、場合によっては、来月には変わっているかもしれませんよ。」
「リーダーのいう通りか。そう言えば、俺もそうだった。」
「一目で推し変する場合もありますからね。」
「亜美、推し変って、具体的にはどんな感じなの?」
「大好きで、グッズをたくさん買っていたキャラクターがいたのに、一目で別のキャラクターが好きになって、前のキャラクターに興味がなくなって、新しいキャラクターのグッズをたくさん買うようになることです。」
「へー、一目でか。でもそういう時、元のキャラクターはどうなるの。」
「とりあえず忘れるんですが、また推しに戻るときもあります。」
「オタクの世界もいろいろあるんだね。」
「明日夏さんは基本推し増し、好きなキャラクターが増えていくだけでしたね。」
「そう。どんどん、好きなキャラが増えていく。」
「それも大変だよね。」
「楽しいから、大丈夫だよ。お金がかかるけど。でも、店のロックCDを全部買っちゃうミサちゃんには負ける気もする。」
「いや、あの時は嬉しくてつい。でも、もうしない。」
「どうだか。」
リビングに笑い声が響いた。
「明日は特にすることもないのですが、もうそろそろ寝ましょうか。」
「うん、わかった。」
「このままここでみんな寝ちゃおうか。」
「明日夏は。でも、なんか面白そう。」
「単に明日夏先輩が2階に上がるのが面倒なだけのような気もしますが、風邪はひかないでしょうから、美香先輩が良ければいいです。」
「私は、大丈夫。」
「俺も。」
「私も。」
「それじゃあ、このまま寝ることにしましょう。タオルケットがあるので、寒かったら掛けて下さい。」
「では、諸君、また明日。」
「何ですか、それ。」
「カッコいいかなと思って。」
「今日、カッコ良かったのはカラオケの美香先輩です。橘さんももう少しちゃんとすればすごくカッコいいんですけど。」
「橘さんの歌、すごくカッコ良かった。私とはレベルが全然違う。」
「美香先輩からはそうなんでしょうね。橘さん、玄人受けするのかもしれません。」
「そうか。でもみんなに分かってもらいたいな、橘さんの歌の良さ。」
「とりあえず、名が知られるようになることが必要です。美香先輩がその気ならなんとかなるんじゃないかと思います。少しずつ、やって行きましょう。」
「そうね。」
「明日夏先輩もお願いしますよ。」
「ダコール。」
「では、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
「では、諸君、おやすみ。」
「あれ、由佳もう寝てる。」
「ほんとですね。」
「じゃあ、リーダー、みなさん、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
尚美が部屋の明かりのリモコンで、ライトを豆電球だけにした。少しして、ふかふかの絨毯の上に横になっている明日夏が言う。
「なんか、寝るのがもったいないな。」
「そうね。明日夏の言う通り。でも、尚、亜美、由佳は寝ちゃっている。」
「3人にタオルケットをかけておこうか。」
「うん、手伝う。」
3人にタオルケットを掛けた後、明日夏とミサも自分のタオルケットを持ってきて、横になった。
「明日夏、笑わせちゃだめだよ。みんなが起きちゃうから。」
「分かってるって。」
「ねえ、明日夏、顔近くない?」
「静かに話すためだよ。」
「そうか。でも、今日も楽しかった。」
「へー、昨日と今日とどっちが楽しかった?」
「うーーん、今日かな。」
「昨日と違うところと言えば、午前の練習、スイカ割り、バーベキュー、花火、酒乱の橘さんの特訓?」
「誠、尚のお兄さんと会ったことかな。」
「何だ、ミサちゃんも結局は男か。」
「男というより、お兄さんかな。尚と仲が良さそうだった。」
「うちの兄貴は平凡な兄貴だけど、仲はいい。」
「へー、明日夏にもお兄さんがいるんだ。」
「まあ、親が離婚したんで苗字が違うけど。」
「ごめん、変なこと聞いちゃった?」
「大丈夫。名前が違っても兄弟はみんな仲がいいから。」
「そうなんだ。それは良かった。でも、明日夏のお兄さんにも会ってみたいかな。」
「いや、ミサちゃんが会うほどの兄貴ではないと思うけど。それより、ミサちゃん、自分のお兄ちゃんに不満があるからと言って、兄様殺しのミサちゃんになっちゃだめだよ。」
「何それ。殿様殺しの変形?」
「友達のお兄ちゃんをどんどん誘惑していく悪い女。」
「えー、明日夏、酷い。私はうちの兄みたいなことはしないよ。でもそうか。分かった。明日夏もきっと自分のお兄さんが心配で守りたいんだ。なるほど。」
「私も?」
「尚が言ってたんだ。兄を守るのは妹の義務だって。」
「ははははは、尚ちゃんが言いそうだね。」
「ふふふふふ、世界のお兄ちゃんは私のもの。兄様殺しのミサ、か。」
「そう言えば、ミサちゃんは今年のアニサマに出演するんだよね。」
「うん、1日目に出る。来年は明日夏もトリプレットも、出れるんじゃないかな。」
「あのライブ、3日間やっているから、同じ日になるか分からないけど、出れるなら同じ日だといいね。」
「同じレコード会社のアーティストは、結構、同じ日になっているから、同じ日になる可能性は高いよ。」
「そうか、じゃあ出演を目指して頑張らないと。」
「橘さんが私のボイストレーニングをする話しが上手くいったら、私が明日夏を鍛えることになるので、覚悟してね。」
「しまった、余計なことを言うんじゃなかった。で、兄様殺しのミサちゃんとしては、尚のお兄さんはどんな感じだった。」
「うーん、話には聞いていたけど、見るのは初めてで、第一印象からすごく誠実そうで、輝いているように見えた。うちの兄と全然違っていた。」
「誠実というのは分かる。でも、輝いているって、後光が差しているということ?仏様みたいな感じ?」
「えーと、辺りが光り輝く感じ。」
「それは信じがたいけど、尚ちゃんのお兄ちゃんを想うと、大きな胸が痛んだりする?」
「大きな胸って。うーん、胸が痛んだりするということはないけど、この人は私が守らなくちゃって、すごく思った。」
「すごいな、ミサちゃんと尚ちゃんに守られるのか、尚ちゃんのお兄ちゃん。」
「この間はあんなだったけど、体力なら自信があるから、もし次があったら頑張る。結構、筋トレで鍛えているし。」
「ミサちゃんは、ボイトレだけでなく、筋トレもやっているの。橘さんも、キックボクシングやっているし。」
「体の奥底から声を出すためには、体力があった方がいいと思う。」
「そうなんだ。歌が上手になるためには体力が必要なのか。」
「でも、歌い方の違いだから。明日夏の声には明日夏の歌い方が合っていて、筋力を鍛えなくてもいいかも。すごく可愛いし。それをどう発展させるか、橘さんと考える。」
「有難う、ミサちゃん。それにしても、チータのように俊敏な尚ちゃんと、熊のように力強いミサちゃんに守ってもらえれば、尚ちゃんのお兄ちゃんも安心だね。」
「私は熊ですか?」
「熊の中でも最強のグリズリー。」
「明日夏、酷い。」
「尚ちゃんも、ニュータイプかって感じで、今日のスイカ割りも簡単に割っちゃったね。」
「明日夏があんなに遠くに持って行ったのにね。でも、たまに聞くけど、ニュータイプって何?」
「それを知らないの?それはアニソン歌手としての基本知識だよ。」
「そうなんだ。教えてくれる。」
「よろしい、教えて進ぜよう。」
「有難うございます。師匠。」
こんなとりとめもない話をしているうちに、空が白み始めてきた。明日夏がアニメの話をしていると、ミサが寝付いたことに気が付いた。
「ミサちゃん、寝ちゃっている。二人ぼっちのモーニングコーヒー飲めなかったな。」
明日夏はタオルケットをミサにかけた後、コーヒーを入れた。
「結局、『一人ぼっちのモーニングコーヒー』、歌の通りか。」
コーヒーを飲み終わって、横になり顔を上げてミサの寝顔を見た。
「それにしても、マー君にはもったいないぐらいのいい子だね、ミサちゃんは。」
明日夏は少し明るくなった海の方を見た後、またミサの寝顔を見た。
「まあ、寝ますか。」
明日夏はミサの隣で横になった。
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