第15話 海(2日目)

 海に来て2日目の朝が来た。誠が目を覚ますと、コッコが1階の部屋でスケッチをしていた。

「湘南ちゃん、お早う。やっぱり起きるのは湘南ちゃんが一番か。」

「スケッチですか。」

「男4人の雑魚寝をリアルで見るのは生まれて初めてだ。」

「あー、まあ、いいですけれど。」

「本当は、パスカルちゃんと寝ながら抱き合ってくれていたりするといいんだけど。1000円ずつなら出すけど。」

「もう起きてしまいましたし。アキさんも起きたんですか?」

「あー、いま、目玉焼きを作ろうとしている。昨日の夕食が男性陣だったからね。」

「手伝わないんですか?」

「私が料理をすると、壊滅的になる。」

「それは分からないでもないです。ちょっとアキさんの方を見てきます。」

誠が台所へ行く。

「アキさん、お早うございます。」

「おー、湘南か。お早う。」

「目玉焼きは大丈夫ですか?」

「なんとか。」

「レアに、ウェルダンにいろいろ作ってあるんですね。」

「わざとやったわけじゃないけど、結果オーライ。」

「形はまあまあちゃんとしているから、上手に見えます。」

「有難う。」

「えーと、トマトとレタスが余っていますので、サラダを作りますね。」

「湘南達は、昨日夕食を作ったから、休んでいてもいいけど。」

「大丈夫です。今日の午前中は、プレプロですので、朝食を食べたら準備をお願いします。」

「そうだった。歌いながら、ダンスの振りも考えないと。」

「僕は、ダンスはあまり分からないので、お願いします。」

「分かっているわよ。有難う。」


 明日夏が朝起きると、ミサはもう起きていた。ちなみに、各寝室には洗面台とユニットバスが備え付けられている。

「ミサちゃん、お早う。」

「明日夏、お早う。もう、みんな起きているようだから、顔を洗ったら、朝食に行こう。」

「ダコール。」

明日夏の身支度が終わると、ミサは他の二つの部屋に呼びかけて、リビングに降りた。リビングには朝食の用意がしてあった。

「美香先輩、明日夏先輩、お早うございます。すごいですね、ビュッフェ形式ですか。」

「尚、お早う。と言っても、そんなにはないけど。洋食だけだし。」

「尚ちゃん、お早う。さすが朝だというのに元気そう。」

「ミサさん、明日夏さん、お早うです。俺は、ソーセージかな。これも手作りなんですか?」

「由佳、お早う。小田原のホテルから持ってきたと思うから、そうだと思う。」

「それは、すごいぜ。」

「由香ちゃん、お早う。ソーセージなら魚肉だよ。」

「ミサさん、明日夏さん、お早うございます。昨日の昼もそうでしたが、私は搾りたてのオレンジのフレッシュジュースが楽しみです。」

「亜美、お早う。オレンジ以外にもいろいろできると思うので、作って欲しい果物があったら言って。」

「有難うございます。」

「亜美ちゃん、お早う。やっぱり朝は牛乳だよ。」

「明日夏先輩は、何を食べるんですか。」

「トーストにハムを挟んで、あとはサラダかな。」

「もしかすると、それは家でいつも食べているんですか?」

「そうだよ。簡単だし。」

「明日夏はマイペースだよね。絶対に自分を変えない。」

「美香先輩の言う通りです。」

「亜美ちゃん、これキャビアの瓶だから、パンに載せれば昨日のミサちゃんのサンドイッチを再現できるよ。」

「うん、明日夏の言う通り。どうぞ、好きなだけ。」

「ミサさん、明日夏さん、有難うございます。こんな機会でもないと食べられないので、食べておきます。」

「俺も、食べておこうかな。」

「パンは、食パンより、バケットの方が合うと思うよ。」

「バケット?」

「えーと、フランスパン。」

「うん、それも明日夏の言う通り。」

「明日夏さん、キャビアとか良く食べるんですか。」

「それほどでもないけど、お母さんが、美味しくもないのに料理に凝る人だから。」

「なるほど。」

「変な食材は良く食べさせられた。一番酷かったのは、イワシの腐ったやつとか。」

「シュールストレミングですか。」

「そうそう。尚ちゃん、相変わらず物知りだよ。」

「私も食べたことはないです。でも、さすが明日夏先輩のお母さんという感じはします。橘さんは、朝はいつも何を食べているんですか?」

「私、朝はいつもトーストかコンビニで買ったサンドイッチかな。」

「橘さんだからパン一斤とかですか。」

「明日夏!」

「それだけ、貫禄があるということです。」

「また、頭ぐりぐりされたい?」

「いいえ。これから何か言うと、いつも頭ぐりぐり、と言われちゃいそうですね。」

「最初の明日夏さんのリアクションが面白かったからだと思います。」

「亜美ちゃん、こっちは結構痛かったんだよ。」

「先輩のためにも、デリカシーがないことを言ったら多少は良いかも。」

「尚ちゃん、酷い。」

ミサがパン一斤を持っている尚美に尋ねる。

「ところで、尚。尚はパン一斤食べるの?」

「美香先輩違います。デザートにパン一斤のハニートーストを作ろうかと思って。」

「尚ちゃん、すごい。ぽっこりお腹の尚ちゃんというのも見てみたいな。」

「橘さん、頭ぐりぐりをお願いします。出来た後に切って、みんなで分けるんです。」

「さすが、尚ちゃん。私も何か手伝うけど?」

「それじゃあ、くりぬいたパンの中身を食べて下さい。」

「ウィ、マドマゼル。」

「それなら明日夏でもできるわね。」

「橘さん、酷い。」

全員が各自の朝食をテーブルに置いて、席に着いたところで食事を始める。

「いただきます。」

「尚ちゃん、今日は朝ご飯を食べ終わったら何をするの?」

「今回の海に来た大切な目的を覚えていますか。」

「泳ぐ。」

「泳ぎました。」

「楽しむ。」

「楽しみました。」

「親睦を深める。」

「深まりました。」

「海岸を夕日に向かって走る。」

「それは計画にはなかったのでしていません。今日の夕方しましょうか。」

「走るのは疲れるからいいかな。」

「それに夕日は反対側でしたね。朝日に向かってなら走れますけど。」

「いや、走ったら危ないのでゆっくりしているよ。」

「それで、ここに来たもう一つの目的は?」

「スイカ割りをする。」

「午後にします。」

「バーベキューをする。」

「夜にします。」

「花火をする。」

「それも、夜にします。」

「うーん、尚ちゃん先生、分かりません。」

「では、そこに立っててください。」

「尚ちゃん先生、厳しい。」

「次の日曜日のアニソンヤングライブで、美香先輩、明日夏先輩、トリプレットのコラボがありますから、その練習をするんです。」

「あー、そうそう、そうだった。それで、曲はどうするの。」

「『Overfly』です。」

「そうなんだ。」

「楽譜とインスツルメンタルは渡しましたが、今それを聞くと言うことは、全く練習してきていないんですか。」

「うん。」

「うんじゃないです。明日夏先輩ももうプロの歌手なんですから、お願いしますよ。」

「明日夏、じゃあ今日はバッチリしごくわよ。」

「橘さんと尚ちゃん、怖い。」

「明日夏さん。今回のコラボ用のアレンジはリーダーのお兄さんが作ったものですから、ちゃんとやらないと、リーダー、怖いですよ。」

「えっ、尚ちゃんのお兄ちゃんがアレンジしたの!?」

「はい、社長から依頼があって、兄がアレンジして、それを社長が手なおしたものです。」

「そうなんだ。それはちゃんとやらないと尚ちゃんが本当に怖いよね。頑張らないと。」

明日夏が楽譜を見始める。

「トリプレットの振付は決まっていて、練習もしてきています。ミサさんと明日夏さんの振付も、一応考えてきています。」

「そうなんだ、由佳が考えたダンス、楽しみ。」

「基本のフォーメーションは、前方左が美香先輩、前方右が明日夏先輩、後方は左から、リーダー、俺、亜美の順番になります。」

「なるほど。」

「大きな移動に関しては、前後列のチェンジはありますが、ミサさんと明日夏さんはそれだけです。トリプレットは慣れていますから、3人の中で適宜チェンジします。」

「3人はユニットだから自由自在だよね。」

「はい、ユニット内で調整が可能です。」

「明日夏、私たちも頑張ろう。あれ、明日夏が真剣に楽譜を見ていて、気が付かないみたい。」

「俺もそうだけど、たぶん、リーダーがマジに怒るのが怖いんだろう。強いし。」

「私、そんなに強いですか?」

「強い。リーダーなら素手で熊でも倒しそう。」

「私、そんなですか。」

「うん。」「由佳の言うこと分かります。」


 アキの家の別荘でも朝食の時間となった。

「これが、アキちゃんが焼いた目玉焼きか。」

「そうだよ。レアからウェルダンまでいろいろあるから好きなの取って。」

「ハードボイルドな俺は、ウェルダンだな。」

「ぷっ。」

「僕は余ったのでいいよ。」「僕もー。」「僕もです。」

「そういう気がないことを言うと、失礼だよ。私はミディアムのこれで。」

「じゃあ、僕は一番形が整っているこれにしよう。」

「僕はー、ラッキーさんの隣のこれにしようー。」

「残った二つのうち、こっちの方が美味しそうですから、これで。」

残った目玉焼きをアキが取り、各自トーストやサラダを取って、朝食を開始した。

「いただきます。」

「ソース取ってくれる。」

「さすが、ラッキーさんは関西の人ですね。」

「関東じゃ醤油なんだっけ。うん、アキちゃんが作った目玉焼き美味しくできてるよ。」

「おれは醤油派だな。アキちゃん、焦げないで良く焼けている。」

「僕もお醤油です。目玉焼きは水を入れるので焦げにくいですが、はい、美味しくできています。」

「僕も、醤油だよー。」

「私もお醤油かな。」

「私は大阪出身だから、ソースだよ。アキちゃん、ソースかけてみない。」

「まあ、やってみようか。」

アキが目玉焼きにソースをかける。

「どう。」

「バシッとしたとこがないけれど、これはこれで美味しいと思う。」

「それなら、アキちゃんも、これからはソースで。」

「なんか、お好み焼きに載っている目玉焼きみたい。焼きそばと食べると美味しいやつ。」

「焼きそばが入っていなくても美味しんだよ。お好み焼きの目玉焼きは。」

「コッコちゃん、やっぱり焼きそばは必要だよ。」

「ラッキーさん、コッコさん、それ以上は不毛な戦争になるので止めましょう。」

「湘南ちゃん、不毛とはひどいんじゃない。」

「食べ慣れれば、どっちも美味しんだと思います。」

「焼きそばを入れるなとは言わないけど、いつも入ってるのはどうも。」

「なるほど、これが世に言うお好み焼き戦争ね。」

「そうみたいです。これに、もんじゃ焼きが加わることもありますが、名前が違いますので大阪と広島よりは争いにならないみたいです。」

パスカルが話を変える。

「お好み焼きの話をしていても、時間がもったいないから、この後のアキPGの活動の話をしよう。アキちゃん、準備はいい?」

「はい、プロデューサー。」

「『はい、プロデューサー。』って返事いいね。で、湘南、具体的には俺たちは何をすればいいんだ?」

「アキさん、とりあえずは歌を覚えてきましたか?」

「もちろん、カラオケボックスで歌ってきた。」

「それならば、キーをいろいろ変えてアキさんが歌ったものを収録して、それをインストとミックスしたものを聴いてみます。メロディーを変えても良いという話ですので、場合によっては多少変更するかもしれません。そして、キーを決定します。」

「なるほど。」

「その後はダンスなんですが、アキさん以外に詳しい人がいませんので、パスカルさんにビデオで取ってもらって、アキさんに見てもらおうと思います。」

「分かった。それじゃあ、朝飯を早く食べて片付けてしまおうか。」

「そうね。私もオリジナル曲、楽しみなんだ。」


 ミサの家の別荘では、週末のライブでのコラボの練習が始まっていた。

「とりあえず、インスツルメンタルを一度流してみます。」

「お願い。」

尚美がスマフォの出力をスピーカーに繋いで、インスツルメンタルを流す。

「なかなかいいけど、このインスツルメンタルはデスデーモンズさんの演奏?」

「はい、その通りです。」

「尚ちゃん違う。すっカーズだよ。」

「あー、明日夏さんのバックバンドの時はそうでしたね。」

「でも、パラダイス興行は、小回りが効いて本当にいいよね。」

「このコラボは明日夏先輩の出番と美香先輩の出番の間にあって、明日夏さんのバックバンドを務めたすっカーズがそのままこのコラボのバックバンドも務める予定です。」

「うん。知ってるバンドの生演奏で歌うの楽しみだな。」

「あいつら、緊張して、とちらなければいいけどな。」

「ミサちゃんが、失敗したら切腹ね、と言ったら、すっカーズのみんなすごく緊張すると思う。」

「明日夏先輩、緊張させてどうするんですか。」

「それを乗り越えないと、すっカーズは一流のバンドになれない。」

「また、偉そうなことを。」

「明日夏の言うことも分る。あいつら技術はあって、もう一歩の感じなんだけど。どうすれば良いのか分らない。」

「私もすっカーズ?の演奏、結構好きだよ。」

「女神様にそう言われたと言えば、大喜びしそうだな。」

「由香、大樹とか泣いてよろこぶんじゃ。」

「そうかもな、パンクが似合っていないんじゃないか。もっと、女々しいロックの方が似合いそうだぜ、あいつら。」

「由香、女々しいロックってどんなの?」

「振られたの、捨てられたの、みたいな感じか。」

「性格は全然女々しくはないですけど、橘さんもそういう歌の方が似合いそうです。」

「あーすーかー。」

明日夏が尚美の陰に隠れる。

「そうすれば売れるんじゃないかなって思って。」

「まあいいわ。分らないこともないから。はい、じゃあ、練習しようか。」

「はーい。」「はい。」「やるぜ。」「はい。」「はい。」

「少年のアレンジは、前奏なしで大河内さんから入るけど、ガツンと行ってね。ここで観客の度肝を抜く。」

「少年って誰ですか?」

「尚ちゃんのお兄さん。」

「えっ、うちの兄、少年ですか。」

「あっ、尚ちゃん、ごめん。別にいやらしい意味はないわよ。」

「それは分っていますけど。」

「明日夏とのやり取りを見て、誠実ということ。少年の話はおいておいて、とりあえず歌ってみよう。明日夏も大丈夫?」

「はい、楽譜を見ながらならば。」

「じゃあ、行くわよ。」

ドラムのスティックを3回叩くカウントの後、ミサが歌い始める。そして、5人で交代で主旋律やコーラスを歌う。

「うん、すごいいい。明日夏も思ったより良かった。大河内さん、もちろん一番いいんですけど、大河内さんなら、もっとガツンと行けると思います。ちょっと、やってみます。」

久美が出だしを歌った。

「やっぱり、橘さん、すごいです。」

「これが、天使と悪魔の違いというやつですか?」

「あーすーかー。」

「違います。私が言ったんじゃないです。」

「誰、悟?帰ったらとっちめてやらないと。」

「社長じゃないです。」

「じゃあ、大輝か治か。」

「さあ、覚えていません。」

「まあいいわ、明日夏もなかなか良かったから。それじゃあ、大河内さん、もう一度歌ってみて。」

「分りました。」

ミサが歌う。

「ちょっと下がった。力は抜いて。もっと、男を追い求めるように。」

「はい。えっ。」

「ごめん。何か本当に欲しいものを追い求めるように。」

「分かりました。やってみます。」

ミサが何回か練習した。

「うん、かなり良くなった。大輝か治か分らないけど、天使と悪魔の違いというのは当たっているかも。私じゃそんな感じに歌えないもの。」

「有難うございます。でも、橘さんの方が心に迫るものがあります。」

「でも、大河内さんのような真っ直ぐな可愛らしさが出ないかな。それにしても、この前奏なしで入るアレンジ、大河内さんにはピッタリね。」

「はい、私もそう思います。尚のお兄さん、私のこと分かってくれているのかな。」

「兄ですか。よく分らないですが、美香先輩の歌は良く聞いていますし、歌を聴いては、考え込んでいたりします。」

「そうなんだ。やっぱり、私もどんな人か会ってみたいかな。」

「ミサちゃんが会うほどの人間ではないと思うよ。」

「まあ、それは明日夏先輩のいう通りですね。」

「ねえ尚ちゃん。尚ちゃんのお兄ちゃんのことで、ミサちゃんと私とではいつも反応が正反対なんだけど、何で?」

「うーん、美香先輩ならば何を言われてもしかたがないですが、明日夏先輩に言われる筋合いはないみたいな。」

「尚ちゃんの立ち位置がなんとなくわかった。」

「私には良くわからないけど、二人とも仲良くね。」

「はい、おしゃべりはそこまで。ここから通しで3回歌ってみよう。ハモるところでは、ちゃんと他の人の歌を聞くのよ。」

みんなが返事をした後、『Overfly』を通しで3回歌った。

「由香はダンスがメインだけど、コーラスの音程気を付けてね。」

「橘さん、申し訳ありません。」

「由香先輩、まだ少し日にちがありますから、帰ってから3人で練習しましょう。」

「リーダー、感謝するぜ。」

「それでは、振りをつけて練習してみましょうか。」

「おう、トリプレットの振付はバッチリだから、まずはそれを見てもらって、それで、ミサさんと明日夏さんの振りを具体的に考えようかな。でも、今聞いた感じでは、ミサさんは歌唱力が圧倒的なんで、どっしりと構えて歌に集中して、振付はそれほどいらないと思ったりもします。」

「どっしりと・・・。」

「明日夏さんも、振付よりは歌で、ミサさんが主に歌うところで、お客さんにしてもらいたい動きで、ミサさんを応援するような感じがいいと思います。バックダンス的な振付はトリプレットに任せて下さい。」

「そうね。それで行きましょう。それじゃあ、まずはトリプレットの振付を見てみましょう。」

「おう、いつでもいけるぜ。」

「亜美先輩も準備はいいですね。」

「はい。でもリーダー、今の話で一番心配なのは、明日夏さんの受けを狙った動作で、私たちが吹き出してしまうことですよね。歌えるコメディアン、明日夏さんですからどんな動きをするか分からなくて。」

「亜美ちゃん、酷い。」

「亜美先輩、チーズ5連発じゃないですけど、明日夏さんに事前に何を言っても、それを超えてきそうですので、私たちが耐えるしかないと思います。」

「そうですね。リーダー、プロの歌手になるための試練ですね。明日夏さんのお笑い攻撃は。」

「はい、その通りです。」

「私、明日夏のお笑い攻撃に耐えられるかな。」

「美香先輩は、集中力がありますから、自分の歌っている間は大丈夫だとは思いますが、それ以外の部分で笑い出して、美香先輩のパートになっても笑いが止まらない場合は、みんなでカバーしましょう。」

「いや、みんな何か誤解しているようだけど、みんなが歌う時に、私、変なことなんてしないから。」

「なるほど、歌い終わった直後が危ないというわけですか。気を付けます。」

「なかなか信用してもらえない。」

「明日夏さんの普段の行いが原因です。」

「亜美ちゃん、酷い。」

「それじゃあ、行くわよ。大河内さんと明日夏はこっちに来て、トリプレットの振付を見ながら歌って。」

「はい。」「ウィ、マドマゼル。」

インスツルメンタルが流れて、トリプレットが振付をつけながら歌い、明日夏とミサもそれを見ながら歌った。

「由香ちゃん、なんか芸術的だった。」

「明日夏さん、有難うございます。そういう感じでまとめてみました。」

「ねえ、由香ちゃん。ミサちゃんが歌うところの振りは、私がトリプレットに加わっていいかな。ゆっくりだから私でもできそう。」

「明日夏さんが加われば、身長が高いだけに見栄えが良くなります。」

「じゃあ、ミサちゃんがサビを歌うところのフォーメーションは、ミサちゃんが前で、後ろが4人にしようか。」

「はい、明日夏さんが加わるなら、その方がいいです。」

「じゃあ、由香ちゃん、その部分のトリプレットの振付を教えてもらえる?」

「もちろんです。それならば、間奏の部分は、俺とミサさんが前に出て、二人でダンスをしようと思いますが、リーダーいいですか。」

「二人にして、もっと難易度を上げるんですね。」

「はい、その通りです。」

「分かりました。由香さんをアピールできますので、その方が良いと思います。橘さん、由香さんの案で構わないですか?」

「うん、振付は由香に任せる。」

「有難うございます。それじゃあ、ゆっくり振付の動きをしますので、ミサさん、明日夏さん、それを見ながら一緒にやって下さい。」

「由香、有難う。分かった。」「ダコール。」「私が手拍子を取ります。」

尚美がゆっくりと手拍子をとり、由香が振付を披露して、後ろで明日夏とミサがそれを真似ることを繰り返した。尚美や亜美は二人にアドバイスしているうち、1時間経たずに手拍子を速くしても振付を間違わなくなってきた。

「大河内さん、明日夏、振付は大丈夫そうね。」

「はい、なんとかなると思います。」「うん、大丈夫だと思う。」

「じゃあ、振付をつけて通しで歌ってみましょう。」

最初、明日夏が勘違いして間違えることがあったが、数回練習した後には間違えないようになった。

「うん、だいたい完璧になったかな。」

「みんなといっしょで、楽しかったです。」

「ミサさんの歌、最後まですごかったです。」

「急造のユニットにしては、結構そろって振付ができて、楽しかった。」

「それでは、昼食にしましょう。」

「わーい、お昼だ、お昼だ。尚ちゃん、お昼は何を食べるの?」

「昼食は焼きそばです。材料はお願いしてありましたので、すぐに作れると思います。」


 一方、朝食を終え、食器を片付け終えたアキの家の別荘では収録が始まっていた。

「それでは、プリプロダクションを始めましょう。」

「おう、それなんかカッコいいな。まずは、アキちゃん、歌ってみようか。」

「はい。みんなが見ていると緊張するけど、そんなことを言ってちゃだめよね。」

「はい、その通りです。まずはオリジナルのキーで始めます。」

「はい。」

誠がカラオケ音源を流し、アキが歌い始め、無事に歌い終える。

「ちゃんと練習してきたんですね。」

「もちろん。」

「歌っててどうでした。」

「私、それほど高音が得意じゃないから、サビの高音が続く部分が少し苦しいかな。」

「僕もそう思いました。」

「全体的にキーを下げたのと、サビの部分だけ音程を少し下げるように調整したものがあります。とりあえず、ビアノでメロディを入れたものを流します。聴いてみて下さい。」

「分かった。」

誠が調整したカラオケ音源を流す。

「今流れているのが全体を下げたもの?」

「そうです。」

次の音源を流し終えてから尋ねる。

「どうでした。」

「2曲目のサビの部分を何回か流してくれる?」

「分りました。」

誠が調整したサビの部分を繰り返して流す。アキは最初はハミングで合わせて、その後、歌ってみていた。

「こっちの方がいいかな。」

「俺もそう思う。」

「湘南、全体を流してくれる。一度、歌ってみる。」

「分りました。」

誠が調整したカラオケ音源を流し、アキが歌い始め、無事に歌い終える。

「アキちゃん、どうだった。」

「こっちの方が楽で、表現がつけやすいかな。」

「はい、無理なく、きれいに声が出ていたので、全体のキーを下げるよりこの方が良いと思います。」

「じゃあ、これで行こうか。」

「他に気になることはありませんでしたか。」

「大丈夫。これで繰り返してもらえる?」

「了解です。」

アキが何回か歌う。

「次は収録します。」

「分かった。」

アキが歌い終わった後、誠がカラオケ音源とミックスして、スピーカーから流す。

「どうですか?」

「うん、すごくいいと思うよ。」

「湘南、何か意見ある?」

「サビ前のリズミックなところはもう少し軽やかな方がいいと思います。あと、サビもあまり力を入れずに綺麗な声を出すことに集中しましょう。」

「分かった。そのあたりを流してくれる。」

「分かりました。」

誠が部分的にカラオケを流してはアキが歌う。

「どう。」

「サビの部分は奇麗に歌えるようになったと思います。」

「有難う。その前のリズミックな部分は家でもう少し練習しないとだめかな。じゃあ、次は振付。パスカル、ビデオをお願い。」

「おう。」

カラオケに合わせて、アキが考えてきた振付で歌い、パスカルが録画した。

「パスカルさん、マイクロHDMIのケーブルを持ってきましたか?」

「なんだそれ。」

「テレビに映そうと思って、カメラとテレビを接続するためのケーブルですが、なさそうですので、メモリーカードを貸してもらえますか。パソコンからテレビに映します。」

「OK。」

テレビとパソコンを普通のHDMIケーブルで接続した後、パスカルからメモリーカードを受け取り、再生を始めた。ビデオを見ながら、アキが尋ねる。

「どう?」

「うん、すごい良いと思う。」

「さっき、目の前に見たから迫力を感じる。」

「アキちゃん、さすが、アイドルだった。」

「みんな有難う。」

誠はダンス自体も妹の方がだいぶ上手だなと思いながら、アドバイスを考えていた。

「難しい顔をしている湘南は、何か言いたいことある?湘南が私のために考えてくれていることは良く分かっているから、何を言っても大丈夫だよ。」

「ダンスをもう少ししなやかにというのはありますが、それより、ダンスをすると歌が不安定になる方が気になりました。現状では、ダンスを頑張るのは間奏だけにして、歌っている部分は動きを抑えたほうがいいと思います。あと、笑顔はアキさんの最大の魅力ですので、絶やさないようにした方がいいと思います。」

「分かった。練習しても解決できないなら、そうする。」

「有難うございます。」

「感謝するのはこっち。じゃあ、練習しようかな。」

「はい、歌うだけのもお願いします。うまく歌えたものをつなぎ合わせて、現状で一番良いミックスを作成します。」

「有難う。お願い。」

アキが、カラオケに合わせて振付を付けたり付けなかったりして歌い、誠がそれを収録した。


 練習を終えたミサの別荘では昼食の準備が始まっていた。

「管理人さんでしょうか。下準備がしてありますので、後は焼くだけで簡単ですね。」

尚美が焼きそばを作り始める。

「ごま油とラードをフライパンに入れてと。」

「おお、いい匂いがしてきた。リーダー、昼飯が焼きそばって、なんか海に来たって気がするぜ。」

「由佳先輩は、海の家では焼きそば派だったんですか。」

「おう。やっぱりラーメンとか汁物は食いにくい。」

「汁物はこぼすと熱そうですからね。でも、この焼きそば、麺もそうですが、食材全部が高級で、どんな味になるかわかりません。」

「いつもの焼きそばより美味しくなるということか。」

「そうなるんでしょうけれど、高級すぎて口に合わなかったりするかも。」

「まあ、それはしょうがないか。高級焼きそばも食べてみようぜ。こういう時じゃないと食べられないからな。」

「そうですね。」

「亜美は海の家では何を食べていたんだ?」

「うーん、いつもクレープとか甘いもので済ませちゃったかな。」

「なるほど、亜美先輩らしいですね。」

「それはやっぱり・・・。」

「違います。女の子らしいという意味です。」

「焼きそばを食べる俺は男っぽいということか。」

「私も、海の家では焼きそばかカレーライスですよ。海の家で食べると美味しかったりします。」

「そうそう。リーダと一緒で嬉しいぜ。」

「有難うございます。」

「でも、海の家って、そういうものを食べるところなんだ。」

「はい。やっぱり美香先輩は海の家には行ったことがないんですよね。」

「そうかな。海というと、ここかプライベートビーチ付きのホテルにしか行ったことがないから。一回、海の家にも行ってみたいけど。」

「えーと、どうしましょうか。食べるときにマスクをするわけにもいきませんし。」

「尚ちゃん、海の家を借り切っちゃえばいいんだよ。」

「それはいいアイディアですね。それで、外から見えないように、明日夏先輩に壁になってもらえばいいと思います。」

「いいよ。でも、私も一応プロの歌手なんだけれどもね。」

「明日夏、それじゃあ、私が二人の壁になるわよ。」

「橘さんの場合は、少し離れたところでセクシーな水着を着て、みんなの視線を引き付けてくれた方が、より安全・・・。」

殺気を感じた明日夏が逃げて、ミサの陰に隠れる。

「こら、明日夏、逃げるな。」

「私は間違ったことは言っていないです。」

「うるさい。今日は、歌の練習を一生懸命やっているって思っていたのに。」

「尚、明日夏と橘さんって、事務所でもこんななの?」

「まあ、そうです。」

「何か楽しそう。」

「美香先輩から見るとそうなるんでしょうね。」

尚美が焼きそばの味見をする。

「これで大丈夫かな。はい、焼きそばが出来上がりました。」

「次に海に来たら、焼きそば、私に作らせて。」

「はい、お願いします。橘さん、明日夏先輩、焼きそばが出来上がりましたよー。遊んでいないで持って行って下さい。」

「はーい。」「こら、明日夏。」

6人が揃って昼食を始める。

「いただきます。」

「この焼きそば、ソースの味。すごい。」

「もしかすると、美香先輩、ソース焼きそばを食べるのは初めてですか。」

「そうだけど。」

「いつも中華料理の焼きそばなんですね。このソース焼きそばが、日本の庶民の味でしょうか。」

「ミサさん、リーダーの言う通り、普通の家庭の焼きそばはこのソース味がほとんどなんです。」

「そうなんだ。」

「でも、私もこんなちゃんとしたソース焼きそばを食べるのは始めてだよ。カップ焼きそばなら良く食べるけど。この尚ちゃんが作った焼きそば、本当に美味しいよ。」

「有難うございます。でも、明日夏先輩は、栄養にも気を付けて下さいね。橘さんは、自炊でしょうけれど、栄養には気を付けているんですか。」

「大丈夫。栄養はお酒からとっているから。」

「そんな生活を続けていたら、30才過ぎると大変なことになりますよ。」

「尚ちゃん、厳しい。」

「橘さん。それは私のセリフ。」

笑い声が起きた。明日夏班は遅い昼食後に少し休んだ後、海でゆっくり泳いでいた。

「今日はゆっくり泳げたよ。」

「昨日、競争をしようと言ったのは、明日夏先輩でしたよ。」

「うん、昨日はミサちゃんと尚ちゃんを、ちょっと甘く見ていた。」

「じゃあ、明日夏、次はビーチバレーをしようか。」

「うん、でも少し休んでからにしよう。今日は夜まで予定があるし、水分も摂らないと。」

「分かった。じゃあビーチベッドで休もうか。」


 1時間半ぐらいして、アキの練習と収録が終わった。

「今日は、このくらいかな。」

「でも、アキさん、元気です。結局、2時間弱歌っていましたね。」

「めげないことと、元気だけが私の取柄かな。」

「これからミキシングに入るので、1時間ぐらい待ってて下さい。」

「湘南はこれからが本番ね。了解。」

 アキたちは誠がミキシングをしている間、カメラからアキの振付を見たり、昼食のピザを選んで注文したり、夜のバーベキューで食べるものの話をしたり、休憩したりしていた。1時間弱ぐらいして、誠がヘッドフォンを外して顔を上げた。

「ミキシングが大体できました。プリプロダクションとしてはこれで十分だと思います。」

「有難う。聴かせてくれる。」

「はい。」

誠がスピーカーからミキシングしたものを流す。

「うん、なかなかいいね。アキちゃん、これならいけそうだね。」

「パスカル、有難う。」

「次はスタジオを借りて収録かな。」

「これをタイトル曲にするのはいいと思いますが、収録はあと2曲の準備ができてからの方がいいとは思います。」

「忘れていた。この曲、なかなか良かったから、あと2曲もこの作曲家に発注するよ。曲調は、この曲よりもう少し速くて元気な曲としっとりとした曲を1曲ずつかな。」

「うん、有難う。」

「編曲付きですので、曲が来れば僕の方もすぐに準備できると思います。」

「よろしく頼む。」

「いえ、編曲付きは勉強にもなります。」

「それは良かった。」

玄関のベルが鳴った。

「ピザが来たみたいね。」

「僕が取ってくるよ。」

「俺も行きます。」

ラッキーとパスカルが持ってきたピザをテーブルに置いた。アキとコッコがペット茶とコップを用意した。

「いただきます。」

「うん、美味しい。チェーン店の味はどこでも同じだから安心。」

「アキちゃん、チェーン店でも海外に行くと違ったりすることもあるんだよ。」

「へー、そうなの。子供のころにハワイとイギリスには行ったことがあるけど、ハンバーガー同じ味だったかな。」

「その辺りは同じかもね。でも、サイズが違ったり、アジアだと、フライドチキンの店で米が付いてきたりする。」

「へー、そうなんだ。」

「海外と言えば、明日夏さんと大河内さん、9月にシンガポールでライブが発表されましたね。」

「僕は行く。」「俺も行く。」「僕も行くよー。」「僕も行く予定です。」

「俺は、金曜日の晩に日本を出て、月曜日の早朝に羽田に帰ってくるつもりだ。」

「僕もだよ。1泊4日、機中2泊になるかな。」「俺も。」「僕もー。」

「皆さんも仕事が忙しんですね。」

「まあね。湘南は授業か。」

「そうじゃありませんが、飛行機は皆さんに合わせます。」

「学校休まずに行けるなら、私も行こうかな。」

「アキちゃん、親とかお金とか大丈夫。飯ぐらいは全部奢ってあげるけど。」

「親は大丈夫だと思う。友達と旅行に行くって言う。どのぐらいかかるの?」

「10万円ぐらいかな。」

「それなら、なんとか。夏休みはバイトできるし。コッコは?」

「パスカルちゃんと湘南ちゃんが初の海外旅行をするのに行かない手はない。」

「ネタを仕入れるために?」

「もちろん。パスカルちゃんと湘南ちゃんの新婚旅行だよ。いやー、すごい楽しみができた。」

「じゃあ、また6人で行きましょう。」

「航空券などの情報は、随時SNSのこの旅行のグループに載せます。」

「湘南、こういうのは頼りになる。頑張ってね。」

「はい。」

昼食は、ラッキーがライブのために何度かシンガポールに行ったことがあったので、シンガポールの話で盛り上がった。そして、昼食が終わり少し休んだ後、海に行くことになった。二階から海に行く準備をしたアキとコッコが降りてきた。

「今日はスイカ割りをするんだったよね。」

「はい。氷が入ったクーラーボックスに入れて持っていきます。棒も持ってきています。」

「さすが、湘南、用意がいいわね。」

「ところで、湘南ちゃん、覚悟はできてる?」

「覚悟って何ですか?スイカ割りですか?」

「アキちゃん、準備は大丈夫?」

「うん、塗る方は大丈夫だよ。」

「あっ、そうだった。パスカルさん、背中に日焼け止めを塗ってください。」

「今日はお前の番だ。」

「ラッキーさん。」

「セロー、今のうちに塗ってくれ。」

「ラッキーさん、分りましたー。その後は僕の背中もお願いしますー。」

「湘南、観念だ。」

「早く、湘南、うつ伏せになる。」

「わっ、分りました。」

うつ伏せになった誠に、アキが日焼け止めを塗る。誠は黙っている。

「いい表情だ。静かに耐えている、湘南ちゃんの表情。たまらない。」

「でも、湘南、妹子に塗ってもらったことはあるんじゃないの?」

「ないです。家族で行ったときは、だいたい父です。」

「母と妹がペアになるわけか。」

「はっはい、そうです・・・・・」

「はい、塗り終わったよ。反応はパスカルのほうが面白かった。」

「アキちゃん、湘南ちゃんは、倒れたお地蔵さんのようだったけど、瞳孔が開いた表情が良かった。」

「えっ、瞳孔が開いた表情ってどんな?見てみたかった。」

「ラフスケッチだけど、こんな感じかな。」

「なるほど。奥が深そうね。じゃあ、次はパスカル、日焼け止め塗ってあげようか。」

「もうラッキーさんに塗ってもらったから大丈夫。よし、海に行こうぜ。」

「パスカルがそんなことだから、このグループは、JSにも安牌と思われるんだよ。」

「でも、それはいいことなのではないでしょうか。」

「湘南ちゃん、それは何とも言えないな。まあ、海に行こうか。」

「レッツゴー!」

6人が海に向かった。砂浜に着くと、ビーチパラソルやシートを設置した。

「まず、パスカルと湘南は泳ぎの練習ね。」

「競争よりは気が楽ですが。アキさんは、姉御体質なんですね。」

「うん、そうかもしれない。」

「私は、パスカルちゃんと湘南ちゃんが、並んで練習しているところをスケッチしているよ。」

「僕はビールでも飲んでいようかな。」

「いきなりですか。」

「まあ、海は昨日泳いだから。今日はゆっくりするよ。でも、後でオタ芸の練習にはちゃんと参加するから大丈夫だよ。」

「ラッキーさん、僕もそうしますよー。これで日頃の疲れがとれて、嬉しいよー。」

「分かった。じゃあ、パスカル、湘南、泳ぎに行きましょう。ゴーグルを持っているようだから。今日は少し潜る練習もしようか。」

「おっおう。」

「はい。」

3人は海に入り、泳ぎの練習を始めた。


 ミサの別荘では、ビーチベッドで休んでいたミサが声をかける。

「じゃあ、みんな、そろそろビーチバレーをしようか。」

「ミサちゃん、元気だね。まあ、コラボの練習は終わって、後は遊ぶだけだから、やってみるか。」

「亜美、行くぞ。」

「分かった。」

「橘さん、由佳ちゃん、亜美ちゃん、3点は取ろうよ。」

「由佳、亜美、頑張るわよ。」「3点は何とか。」「どんなスパイクが来るんだろう。」

2人対4人のビーチバレーが始まったが、結局、明日夏たちはミサと尚美のコンビから1点も奪い取ることができなかった。

「やっぱり、1点も取れなかったよ。」

「ミサさんのスパイク、昨日より強力だったし。」

「それは尚のトスのおかげかな。」

「リーダーはセッターをやったことがあるんで?」

「学校の体育ではセッターで、中学の球技大会では、バレー部のアタッカーの子にトスを上げていました。バレーはうちのクラスが全校優勝しました。」

「全校という事は、3年生も混ざっていた?」

「はい。ただ、アタッカーの子はバレー部でサブエースでしたから。」

「なるほど。ミサさんも、スポーツは得意なんですよね。」

「高校の時は、ロックかスポーツかだったかな。」

「橘さん、背が一番高いんですから、もう少し頑張って下さいよ。」

「明日夏、私は大河内さんと違って、高校の時はロックか男かだったから。」

「そういうことを大きな声で言うのは、事務所だけにして下さい。」

「尚、構わないよ。私も仲間に入れて。」

「分かりました。でも、橘さん、由香先輩、18禁の話はしないようにしましょう。」

「そっ、そんな話もするの?」

「はい。」

「だっ、大丈夫よ。尚も明日夏も聞いているんでしょう。」

「でも、美香先輩が一番影響を受けそうですので。」

「そうか。それじゃあ、ほどほどにね。」

「ミサさん、夜、橘さんにお酒を飲ませると、面白い話がいろいろ聞けますよ。」

「なるほど。由佳、有難う。」

「ただし、美香先輩、橘さんがお酒を飲んだときの注意事項ですが、マイクは絶対に持たせないようにして下さい。」

「何で。」

「酷いことになります。」

「大河内さん、お酒を飲んだらマイクを持たないようにしていますが、尚が大げさに言っているだけです。」

「そうですよね。やっぱり。」

尚美がミサにそんなことはないと目くばせをする。

「リーダーは、やっぱり、勉強とスポーツと両立って感じかな。」

尚美は、「お兄ちゃんを守るための格闘訓練が主で、あとはそのためのおまけだったなんて言えない。」と思いながら答える。

「何となくやっているだけです。明日夏先輩は、オタ活と何ですか?」

「えっ、私?オタ活とアニソンかな?小さい時から良くカラオケで歌ってた。」

「そうなんだ。そう言えば、基礎や技術はともかく、最初から歌いなれている感じはあったわね。リラックスして楽しそうに歌えていたし。」

「うん、公園で子供を相手に子供用のハンディーカラオケでアニソンを歌っていたよ。」

「あー、前に言ってたジャイアンのリサイタルですね。」

「そう言えば、アニソンコンテストで、私はすごく緊張していたのに、明日夏の控室での様子は落ち着いていて大物だった。」

「噂の魚肉ソーセージですか。」

「そうそう。だから、早くプロの歌手になれても驚かなかった。」

「でも、それは尚ちゃんたちの方がすごいけどね。」

「トリプレットの場合は、由香先輩のダンスと亜美先輩の歌のおかげだと思います。」

「うーん、それもあるけど、実はさいたまスーパーアリーナで、尚ちゃんたちのデビューは実質決まっていたんじゃないかと思うよ。」

「うん、私もそう思うよ。尚、スター性があったと思う。」

「有難うございます。」

「じゃあ、ビーチバレー、次は、尚、橘さんと由佳、明日夏、亜美と私でどう?」

「やってみましょう。」

メンバーを変えながら、明日夏班はビーチバレーを楽しんだ。

「ねえ、みんな、そろそろスイカ割りをしようか。」

「はい、喉が渇いたのでちょうどいい頃合いだと思います。」

「スイカ、たたき割ってやるぜ。」

ミサが管理人にスイカの用意を依頼した。

「それじゃあ、私はみんなのスイカ割りをビデオで撮っているわ。」

「橘さん、申し訳ありません。」

「さすがに、アラサーでスイカ割はないからね。」

「でも、橘さんには、このスイカぐらいのものが二つ・・・・。痛い痛い痛い。」

「出ました。今日初めての頭ぐりぐり。」

「練習は真面目にやっていたから、これぐらいにしておくけど、ステージで変なことを言っちゃだめよ。芸人になるなら別だけど。」

「わっ、分かっています。痛かった。」

「そんじゃあ、まずは俺からかな。」

「でも、運動神経がある由佳で終わっちゃうかな?」

「一応、平衡感覚はあるつもり。」

「さすが、頼もしい。でも早くスイカを食べられて嬉しい。」

「そうですね。冷えているうちの方が、おいしいですからね。」

「じゃあ、目隠しをして。それから回すよ。」

目隠しをして、明日夏が由佳をぐるぐる回した。ふらつきながら、由佳が前進する。

「由佳、右、右。」

「由佳ちゃん、左、左、左。」

「明日夏先輩、嘘は言っちゃだめです。由佳先輩、右です。そして、もう少し前です。・・・はいそこで止まってください。」

由佳は誘導されながらスイカの前に立ち、棒を振り降ろす。棒はスイカをかすり、砂浜を叩く。

「由佳ちゃん、おしい。」

「はい、棒はスイカに触れていました。」

「くっそー。でも仕方ないか。次は、亜美。頑張れ。」

「私、運動神経には自信がないから、無理かも。」

亜美も目隠しをして明日夏がぐるぐる回した後、出発する。

「進路クリヤー、亜美ちゃん、発進して下さい。」

「柴田亜美、スイカ割り、行きます。」

「亜美、右、右、ちょっと右過ぎ。」

「亜美、そのまま、まっすぐ、まっすぐ。」

「亜美先輩、そこで止まって、真っすぐ前に棒を振り降ろして下さい。」

「えい。」

棒がスイカの右四分の一のところに当たるが、棒が跳ね返された。」

「あー、残念。」

「亜美ちゃん、惜しい。」

「もっと、力を込めていれば。」

「あれが、私の全力だったんです。」

「でも、亜美ちゃん、なんか可愛い。」

「有難うございます。」

「じゃあ、次は私の番かな。実は私も平衡感覚には自信があるんだ。」

「なるほど。」

明日夏が目隠しをして、ミサが明日夏の体を回す。

「じゃあ、行ってくる。」

「行ってくるって、明日夏先輩、そっちは正反対です。」

「ふふふふふ、尚ちゃん、私を騙そうとしても無駄だよ。」

「それじゃあ、前方にビーチバレーのボールがありますので気を付けて下さい。」

「そのボールがスイカなんでしょう。予想通り。やー。」

明日夏が棒を振り降ろす。棒がボールの正面に当たって、ボールが足に当たる。

「痛っ。」

「スイカ割りでボールを叩くなんて、さすが、明日夏先輩、器用です。」

「えへへへへ。」

「誉めているわけでもないですが。」

「でも、棒がボールの真ん中に当たってた。スイカだったら、真ん中で割れてた。」

「惜しかった。じゃあ、次は、ミサちゃんの番。」

「よーし、頑張るわよ。」

目隠しをして明日夏が体を回した後、出発した。ふらふらしながらも、みんなの案内の声でスイカの前で立ち止まった。

「えい!」

全力で棒を振り降ろすと、棒はスイカをかすめて砂浜に当たり、棒が手元から折れて、折れた部分が跳ね返って明日夏の方に回転しながら飛んできた。由佳と亜美が叫ぶ。

「危ない。」「危ないです。」

明日夏は驚いて動けなかったが、尚美が難なくキャッチする。

「尚ちゃん、有難う。怖かった。」

「どういたしまして。ただ、棒が来るのが見えているなら、逃げましょう。」

「尚ちゃんにみたいに冷静には動けないよ。でも、次は頑張るよ。」

「ちょっと、冷ってしたぜ。」「うん、でも、あの状況だと私でも固まってたかもしれない。」

ミサが目隠しを外してやってくる。明日夏が折れた棒を見せる。

「ねえねえ、ミサちゃん、割るのは棒じゃなくてスイカだよ。」

「ごめんなさい。棒が弱っていたのかな。」

「俺の場合、棒が折れる感じはなかったから、やっぱり、ミサさんのパワーは、俺たちとケタ違いなんだと思います。さすがです。」

「そう、そう。褒めてくれているの?」

「もちろんです。」

「そうか。由佳、有難う。」

「じゃあ、次は最後で尚ちゃん、でも、尚ちゃんの場合、スイカをもっと離さないと簡単すぎるかもしれない。」

明日夏がスイカを持って離れていく。

「明日夏、さすがに遠すぎるんじゃない?」

「尚ちゃんなら、これぐらいしないと。」

「それでは、目隠しをします。」

「目隠しは大丈夫。じゃあ、尚ちゃん、念には念を入れて回すよ。」

明日夏は、念を入れて他の人の2倍ぐらい回数、尚美の体を回した。

「それでは行きます。」

尚美はスタスタとスイカの方に歩き、棒を振り降ろしてスイカを真っ二つに割る。明日夏と亜美が驚く。

「い、一撃で。」「一撃で撃破か。」

しかし、スイカが割れたと同時に波がかぶった。由佳がため息を漏らす。

「あーーーー。」

「明日夏があんなところに置くから。」

「ごめんなさい。少しでも難しくしようと思ったんだけど、すべてが無駄だった。」

「でも、せっかくだから尚が割ったスイカ、食べようか。」

管理人さんがスイカを切り分け、ビーチベットのテーブルに置いた。そして、尚美の前のテーブルで尚美に声をかける。

「星野様、先ほどは明日夏お嬢様の危ないところをお助けいただき、大変ありがとうございました。」

「いえ、当たり前のことをしただけです。あの、もし隣の別荘の警備の方と話すことがありましたら、暗視装置をフランス製でもLucieから新型のO-NYXに代えた方が感度も高く視野も広いので、皆さんの安全のために良いのではないかとお伝え頂けますか。」

「かしこまりました。機会があればお伝えします。」

まず、明日夏がスイカを食べ始める。

「塩がちょうどよくついて美味しいね。このスイカ。」

「まさか。えっ、本当だ。」「うん、うまい。夏の味だぜ。」「美味しい。」

「たぶん、管理人さんが上手く塩分を調整してくれたんだと思います。」

「まあ、そうだろうね。」

「明日夏さん、怪我の功名ってやつですね。」

「へへへへへ。」


 アキが誠とパスカルに声をかける。

「じゃあ、次は潜る練習をしよう。手は平泳ぎで、足はバタ足。こんな感じ。」

アキが潜水で10メートルぐらい泳いで浮かんでくる。

「じゃあ、ここまで来よう。」

「おう。」「はい。」

二人が潜水でアキのところまで泳ぐ。浮き上がってきた二人にアキが二人に尋ねる。

「どうだった。」

「アキちゃんの脚が綺麗だった。」

「そんな、はあ、ことを、はあ、言って、はあ、いると、はあ、捕まり、はあ、ますよ。」

「湘南、大丈夫?」

「はい、なんとか。」

「距離を伸ばすのは無理か。じゃあ、今の距離でもう一度。」

「そんなすぐだと、僕は死んでしまいますので、見ています。」

「死なないとは思うけど。じゃあ、次は潜水はパスカルだけで。湘南は普通に泳いで来て。」

「はい。」

アキが潜水でさっきより遠いところまで泳いで浮き上がってきた。

「はい、それじゃあスタート。」

パスカルが潜水で誠が普通に泳いでアキのところまで行く。

「はあ、アキちゃん、はあ、もう無理。」

「まあ、だいぶ泳いでから潜水だったからね。もしかすると、かなり疲れてきた?」

「おっ、おう。」「もしかするとではなく、デフィニットリーに疲れました。」

「デフィニットリーって何だっけ。聞いたことある。」

「間違いなくという意味です。」

「なるほど。それじゃあ、あと4回ほど潜水で泳いで、スイカ割りにしようか。」

「鬼だ。」「鬼です。」

3人は4回ほど潜水で泳いた。

「じゃあ、泳ぎはここまで。水分を補給して、少し休んだらスイカ割りを始めましょう。」

「たっ、助かった。」「りょ、了解。」

3人がビーチパラソルのところに戻る。

「少し休んだら、スイカ割りをしようってことになった。」

「分かったー。」

「僕たちは、ビールを飲んでいるから期待しないでね。」

「俺も、飲みたいな。」

「夜、バーベキューの時にして下さい。」

「そうだな。その方がビールが美味しそうだ。」

「それにしても、パスカルちゃんと湘南ちゃん、アキちゃんの特訓、どうだった。」

「かなりきつかった。」「地獄でした。」

「たぶん、アキちゃんはね、二人に何かあったとき、溺れないようにしているんだよ。」

「いや、私の子分たちが、ふがいないのが許せないだけ。」

「ふがいない子分その1。」「ふがいない子分その2です。」

「でも、湘南、前よりは泳げるようになったよな。」

「はい、前より泳ぐのが怖くなくなりました。アキさんの方が怖かったからかもしれませんが。」

「まあ、いいことだよ。それに、JKに泳ぎを教わるなんて、そんなにないことだぞ。」

「感謝しなさい。」

「それはそうか。アキちゃん、有難う。」「アキさん、有難うございます。」

「よろしい。」

「美咲ちゃんもいたら、いい絵になったけどね。」

「でも、なんとなくですが、美咲さん、泳ぎが上手そうな感じもします。」

「だから、JSに泳ぎを教わるパスカルちゃんと湘南ちゃんの絵だよ。」

「あっ、初めからそっちだったんですね。」

「当たり前だろう。私を誰だと思っているんだ。」

「でも、今日は来ていないみたいね。」

「まあ、他の海水浴場に行ったんだろうね。」

「そうでしょうね。今後のことは美咲さんからの連絡を待つしかないと思います。」

「そうね。まあ、スイカ割りをやりましょう。それじゃあ、まずは若い湘南からかな。」

「アキさんは最後ということですか。」

「そう。それまで、割っちゃダメ。」

「分かりました。」

「湘南君はスイカ割りをやったことはあるの?」

「家族ではやったことはありますが、妹が先に割ってしまうので、僕はないです。」

「ははははは。湘南の家らしいな。」

「それでは目隠しをします。」

誠が目隠しをして、パスカルが体を回した後、誠が出発する。

「それでは、行きます。」

「右、左、左、右。」

「一周回って。」

「地下に潜る。」

「みんな勝手なことを言って。」

誠がそれらしきところで止まって、棒を振り降ろすが、スイカはなかった。目隠しを外してつぶやく。

「全然、位置が違った。」

「湘南、最初から当てられると面白くないから、いいんじゃない。」

「そうですね。では次は、コッコさんです。みなさん、真面目に誘導しましょう。」

「分かった。」

目隠しをして、アキが体を回した後、コッコが出発する。

「コッコちゃん、へっぴり腰。」

「何にも見えねーからしょうがねーだろう。」

「コッコさん、少し右です。はい、そして前です。」

「コッコ、そのあたり、少し左向いて。」

「こうか。」

「そう。」

「じゃあ、いくよ。えい。」

棒がスイカに当たるが、棒が跳ね返された。

「だめだ。ペンより重い棒は慣れていない。」

「まあ棒が当たったからいいんじゃない。じゃあ、次はセロー。」

セロー、パスカル、ラッキーとスイカ割りをするが、みんなが嘘ばかり言うので、全然当たらない。

「それでは、真打、アキちゃん、お願いします。」

「分かった。頑張る。」

目隠しをして、コッコが体を回し、誠が出発の合図を出す。

「ユーハブコントロールです。」

「アイハブコントロール。アキ、スイカ割り行動に入る。」

アキが出発する。パスカルがコッコに尋ねる。

「アキちゃんと湘南は何を言っているんだ。」

「アレルヤが発進するときセリフだよ。」

「分かんねーや。」

「いや、パスカル君、これは常識だよ。」

「ラッキーさん、そうですか。分かりました。勉強しておきます。」

「そんなことより、早く誘導して。」

「少し右に曲がって真っすぐです。」

「分かったわ。」

「も少しだけ右で、三歩前に。あと半歩。そこで、15度左に向いて下さい。」

「こんな感じ?」

「はい、そうです。スイカは目の前にあります。」

「いいぞ、アキちゃん、思いっきり。」

「当たれ!」

アキが思い切り棒を振り下ろす。棒はスイカに当たったがスイカは割れなかった。目隠しを取ったアキがつぶやく。

「うー、残念。」

「直撃でしたけれど、スイカの装甲が厚かったみたいです。」

「次はもっと思いっきり行くわ。じゃあ、一周回って湘南の番。」

「分かりました。」

スイカ割りを続け、全員が2回づつスイカ割りをやったが、棒が当たることはあっても、スイカは割れなかった。

「何か、スイカ叩きにしかならないな。スイカ割りじゃなくて。」

「このスイカの皮、フェーズシフト装甲かもしれませんね。どうしましょうか。誰かが目隠しをしないで割りますか?それとも、割らないでナイフで切って食べますか。」

「私はスイカを2回叩けたから満足かな。ナイフで切りましょう。その方が美味しいだろうしね。」

「じゃあ、そうするか。」

「分かりました。」

誠がスイカを切り分けて、みんなに配る。

「美味しい。」

「うん、冷えていて美味しい。クーラーボックスのおかげだろうね。昔だったら夏に冷えたものというだけで、贅沢品だったんだと思う。」

「でしょうね。」

アキ班はスイカ割りの後、オタ芸の練習をして、少しシートの上でゆっくりした後、別荘に引き上げ始めた。

「次はバーベキューの準備ね。バーベキューは子供の時以来だから、楽しみだわ。」

「別荘に戻ったら、買出しに行きましょう。」

「あと、ケーキが予約してあるから、それも受け取りに行かないと。」

「とりあえず、買出しは、俺、アキちゃん、パスカルさんと湘南でいいかな。」

「うん、私はスケッチをまとめている。」「僕はバーベキューの準備、できることをしておくよー。」

「サンキュー、セロー。」


 明日夏班は、スイカ割りの後は、ミサ、尚美、由佳、亜美の4人でダンスをしているうちに夕方となった。

「尚、もうそろそろ、上がろうか。」

「はい、そうしましょう。」

「ふー、今日も一杯遊んだよ。」

「明日夏先輩は、ビーチベッドでまったりしていただけですが。」

「尚ちゃん、この私がビーチバーレーをやったんだよ。」

「そうですね。明日の天気が心配ですが、夜はバーベキューと花火ですよ。」

「明日夏、まだまだ、いっぱい遊ぶわよ。」

「二人とも、元気だねー。」

「リーダー、少し休憩したいのですが。」

「亜美先輩、どうぞ休んでいてください。」

「亜美、ダンス頑張ったからな、バーベキューの準備、俺が亜美の分もやってやるよ。休んでな。」

「由佳、有難う。」

「それじゃあ、尚、デザートのケーキを買いに行こう。」

「はい、行きましょう。」

「バーベキューの準備、調理器具が全部用意してあるな。着火剤もあるし。とすると、食材を切って金串に刺すぐらいか。簡単だな。」

「由香は、バーベキューをやったりするの。」

「はい、橘さん。家族でキャンプ場に行ってバーベキューをすることがあるんで、お安い御用。」

「・・・・・・・・」

「良かった。明日夏も得意じゃないだろうから。」

「橘さん、失礼な。橘さんよりはちゃんとできると思います。」

「じゃあ、勝負ね。」

「はい。受けて立ちます。」

「皆さん、それではケーキを買いに行ってきます。美香先輩、どうやって行きます?リムジンは明日まで来ないから、タクシーですか?もしかすると、走って行くとかですか?」

「えっ、あっ。うん、ジョギングで街まで行くことはあるけど、今からだと遅くなっちゃうし、帰りにケーキが崩れちゃう。別荘に置いてある車で行くわよ。」

「なるほど。この別荘に車が置いてあるんですね。」

ミサと尚美はガレージへ繋がる階段を降りていった。ミサが降りていったことを確認して、明日夏が由佳に話しかける。

「由香ちゃん、ミサちゃんの前ではキャンプ場の話はなしでお願い。」

「そういえば、ミサさんの表情が変わりましたね。何かあったんで?」

「うん、トラウマがあるみたいなんだ。」

「マムシでも出てきたのかな。了解。じゃあ、キャンプの話はやめて、その代わりに、道玄坂にあるホテルの話でもしましょうか?」

「由佳、それもだめよ。」

「ですよね。橘さんも詳しそうですが。」

「学生の時にはそんなお金はなかったわよ。それより、由佳、明日夏、準備を始めよう。」

「了解。」「ダコール。」

ガレージについた尚美が車を見て驚く。

「すごいカッコいい車ですね。」

「フェラーリF8スパイダー。2人しか乗れないから買い物用かな。」

「兄だったら喜びそう。」

「そうね、男の子はこういう車、好きよね。加速はすごいけど、運転しやすくはないよ。」

「確かにそんな感じがする車ですね。」

「あー、ごめん、助手席は反対で右側かな。」

「外車ですから、そうですね。すみません。」

ミサが汗止めの赤いリストバンドをしながら車に乗り込む。

「じゃあ、乗って。シートベルトをしめてね。」

「はい。」

ミサはガレージの扉をリモコンで開けると、エンジンをスタートさせて、車をガレージの外に出した。ガレージの外に出ると、ガレージの扉を閉めて車の屋根を開けた。

「すごい、天井が電動で開くんですね。」

「うん、太陽が沈んだから、これで走ると気持ちいいよ。」

「はい、開放感があります。」

大通りに出ようとするところで、一時停止した。

「やっぱり、音も違いますよね。うちの車は普通のワゴン車ですから。」

1台の車が過ぎた後、発進して左折し、大通りに出た。

「そうなんだ。家族、仲が良さそうね。じゃあ加速するよ。」

「はい。」

ミサがアクセルを踏むと、すごい勢いで加速していった。

「うーーすごい。」

ミサは尚美が嬉しそうなことが嬉しかった。

「でも、前の車に追いついてしまいましたね。」

「抜いちゃおう。」

「大丈夫ですか。まあ、美香先輩は運動神経が良さそうですから大丈夫とは思いますけど。」

GTーRのバックミラーにライトが映った。夕暮れの中、ヘッドライトで邪魔されながらも、車の形が見えた。誠がつぶやく。

「フェラーリか。」

「どこ。」

「後ろにいる。こっちを抜きたいみたいだな。道を譲るよ。」

誠が左によってアクセルを緩めると、すごい勢い(制限速度以内)でフェラーリがGT-Rを抜いていった。アキが誠に命じる。

「あのフェラーリ、なんか生意気。湘南、抜き返して。」

「えー、危ないです。」

「いいから。」

「もう、では制限速度以内で頑張ります。」

ダブルクラッチでギヤをセカンドまで落として、アクセルを踏み込むとGT-Rはタイヤのきしむ音を残しながら加速していった。

 バックミラーを見たミサが言う。

「あれ、たまに見かけるGT-Rだ。つかまっていて。」

「えー。」

「下りの20R、右180度コーナー。見てて。」

ヒールアンドトゥで2速までシフトダウンしながら減速すると、ドリフトしながら曲がっていく。するとGT-Rもドリフトしながら、両者がフェラーリの右リアタイヤとGTRの左フロントタイヤが重なるようにして、曲がっていく。

「へー、あの親父、腕を上げたわね。」

コーナーを曲がっても、GT-Rは後ろにピッタリ付いてきた。

「下りの25R、左180度コーナー。もっと速く走れるわ。」

ぎりぎりまでブレーキを我慢して、ドリフトしながら曲がり切るが、GT-Rは離れなかった。短いストレートで加速する。GT-Rは左から抜く気配を見せる。だが、決定力を欠いていた。フェラーリのがインを抑えて、左コーナーを抜けていく。

「ぎりぎりまで攻めているけど振り切れない。でも、次の5連続コーナーで抜かれなければ私の勝ちね。」

アキが誠に言う。

「離れていくじゃない。どうするの。」

「一度離れて、つぎの連続5コーナーの3つのコーナで詰めて行って、最後の2連続の左90度コーナー、コーナ出口の速度差と、コーナーの間がフラットですので、GT-Rの4駆の加速でインに入ります。」

「分かったわ。」

誠は少し離れてから3つのコーナーで間を詰めながら、90度コーナーの一つ目で少しアウト側に出てからインに切り込み、インのままドリフトしながら加速して、フェラーリと並ぼうとしていた。そのコーナーでフェラーリは少しインに付けずに外に膨らんで走っていた。誠には、ブレーキが熱によってだいぶ弱ってきていて、減速が十分ではなかったためであることが分かっていた。誠は、このままGT-Rが次のコーナーでインに入ると、横のフェラーリがかなり早めにブレーキをかけないと、フェラーリの行き場所が無くなってしまうことが気になっていた。誠がつぶやく。

「あのフェラーリのドライバー、自分の状況が分かっているのかな。」

その瞬間、誠は心の中で明日夏の声を聞いたような気がした。

「マー君、いけない。」

横にいるフェラーリの助手席を見た誠がつぶやく。

「尚か。」

暗くて良く見えなかったが、中学生ぐらいの女の子のように見えた。尚美が泊っている別荘の方向から来た車ということもあり、そんな気がしたのかもしれない。誠はフルブレーキングをすると共にリアを外側に振り出し左4分の1回転させて車を止めた。ミサが勝ち誇る。

「いただき。これで私の5戦全勝ね。」

GT-Rの横を業者の白いバンが追い抜いて行った。誠は下っていくフェラーリを見ながら少し心配になった。

「事故にならないで良かった。あれは尚だったのかな?しかし、あのフェラーリ、誰が運転していたんだろう。運動神経はすごく良さそうだけど、思考が幼い感じがする。」

アキは誠を責める。

「もう、へたくそ。」

「ごめんなさい。でも、車は傷つけていません。」

「えっ、わざとスピンしたの?」

「はい、こっちがインに入ってしまうと、あの車、かなり早めにブレーキを踏まないと、外側にはみ出して、崖にぶつかった可能性が高いと思います。それに、たぶん、あの車のドライバー、そのことに気が付いていなかったと思います。」

「それで、いいじゃない。」

「だめだと思います、やっぱり。」

「まあ、そうね。湘南のいう通りかもね。でも、楽しかったわ。それじゃあ、行きましょう。近道を知っているから、次の交差点を左に曲がって。」

後ろ座席を見ると、パスカルとコッコは仲良く気絶していた。誠は不思議に思った。

「でも、マー君って誰だろう?」


 誠たちの車が、ショッピングセンターの駐車場に到着した。

「ラッキー、コッコ、起きて。着いたわよ。」

「えっ、あっ、本当だ。」

「いやー、湘南ちゃんがあんな運転をするとは思わなかったよ。本当に死ぬかと思った。」

アキが指示をする。

「パスカルとコッコはショッピングセンターでバーベキューの買い物をしていて。私は湘南をケーキ屋さんまで案内したあと、戻ってきて合流する。じゃあ湘南、行くよ。」

「はい。」

「ケーキは予約してあるから、支払いと受け取りだけ。」

「了解です。」

湘南とアキはスーパーの駐車場を出て、ケーキ屋に向かった。

少し後でミサたちの車も到着した。ミサはリストバンドをバッグにしまい、帽子を被り、サングラスをかけて、車から出た。

「じゃあ、尚、最初にケーキ屋さんに行くよ。」

「はい。」

二人は駐車場を出て、商店街に向かおうとしたが、尚美がミサを物陰に押し込んだ。

「尚、急に何?」

 後ろ姿とは言え、見間違えるはずもなかった。それは兄の姿だった。

「お兄ちゃん。あの、兄が前を歩いています。それも女連れで。」

「えっ。尚のお兄さんが?」

「あの、美香先輩、大変申し訳ありませんが、兄たちを尾行しようと思います。」

「お兄さんを?まあ、面白そうだからいいけど。あの二人連れね。」

「はいそうです。でも何でこんなところに。それも女連れで。」

「お兄さんって何歳?」

「19歳、美香先輩と同学年です。」

「そうなんだ。19才で女性といっしょに海に来るって、尚のお兄さんってけっこう進んでいるんだ。」

「そんなことはないです。少し離れましたので、ついて行きましょう。」

「わかった。」

尚美とミサはところどころ隠れながら、誠とアキを尾行していった。連れの女性が誠の方を向いたときに尚美は、まず間違なくその女性をアキだと思った。

「あの女、たぶんアキだ。」

「この前言っていた人?」

「そうです。アキも明日夏先輩のファンで、私が会ったのは明日夏先輩のイベントで1回だけですが、間違いないです。」

「ファン同士で結ばれたってこと?明日夏もいいことしてるんだ。」

「ダメです。アキは高校2年生です。下手をすると兄が警察に捕まります。」

「なるほど、そうか。」

「でも、兄がそんなことをするはずがありません。あの女、メイド喫茶の店員をやっていると言う話だし、きっと兄が騙されているんだと思います。」

「そうなんだ。心配よね。」

ミサは何となくワクワクしていた。

「でも、この方向は、私たちが行こうとしているケーキ屋さんと同じね。」

「もしかすると、同じケーキ屋さんに向かっているのかもしれません。」

「そうね。ここいらじゃ有名なケーキ屋さんだから。何を話しているんだろう。」

「ここからだと分かりません。パラボラマイクを持って来れば良かった。30メートルぐらいならば会話を聞くことができます。」

「普通の女の子はそんなもの持っていないけど、尚は何のために持っているの?」

「兄を守るためです。兄を守るのは妹の義務です。」

「兄を守るのは妹の義務なの?」

「はい、そうです。」

「すぐ先の白いお店が行こうとしているケーキ屋さん。」

「そうですか。列に並びましたね。」

「うん。結構人気あるの。あっちは予約者の列ね。私たちも予約してあるけど、あの列には並ばないと。」

「あっ、女の方がこっちに来ます。」

尚美とミサが隠れる。

「気づかれたかな?」

「大丈夫だと思います。」

アキが尚美とミサが隠れている横を通って行った。

「兄を残して、自分はショッピングセンターで買い物でしょうか。でも確認できました。あの女はアキで間違いありません。私は兄のところに行って話しを聞いてきますが、美香先輩はここで待っていても大丈夫です。」

「7月のライブで、助けてもらったお礼も言いたいから大丈夫、いっしょに行くよ。」

尚美はミサを見て「さすがに、美香先輩がお兄ちゃんに興味を持つことはないか。」と思って了解した。

「それでは、申し訳ないですが、いっしょに行きましょう。」

 列で兄の後ろについたときに、尚美が声をかける。

「お兄ちゃん!」

尚美が近くの海に来ていることは知っていたが、誠は急だったことと、海に行くことを黙っていたことに、少し後ろめたさもあったため驚いた。

「なっ、尚。何でここに。」

「私は海に行くって言ったよ。お兄ちゃんは何でこんなところにいるの。それもアキと二人で。」

「こっちに来たのは、男4人と女性2人だよ。パスカルさん、ラッキーさん、セローさん、アキさん、コッコさん。セローさん以外は知っていると思うけど、セローさんも明日夏さんのファンで、応援のプランを練ったり、アキさんのプロデュース計画を立てるために合宿に来たんだよ。今は、アキさんが注文した6個のケーキを運ぶだけ。」

注文したケーキの名前が書いてある紙を見せる。尚美はそれじゃない方が気になった。

「この有森杏子っていうのがアキの本名で、隣のこれは携帯の番号なんじゃないの。」

「お店の人が確認したいときにって言ってたから、そうなると思う。」

「ふーーん。」

少しの間の沈黙を破るように、ミサが話しかける。

「でも、明日夏、幸せだな。合宿までして応援プランを考えてくれるなんて。」

「尚、このか・・・・」

誠は、サングラスをしている女性が誰か、尋ねる途中で気が付いた。尚美が名前を言うのを止める。

「一応、名前は出さないで。」

「はい、その通りですね。」

「この間は、私が動けなくなったところを、助けていただいて有難うございます。ぼんやりと見ていましたが、あの時の尚とお兄さんとの連係プレーはカッコよかったです。」

「僕は大したことはしていません。尚がすごく頑張っただけです。そう言えば。尚は護身術なんかに詳しいので、話しを聞くと参考になると思います。」

「はい、昨晩、護身講座を開いてくれました。本当にためになりました。」

「それは良かったです。尚は自慢の妹です。」

尚美が尋ねた。

「で、アキはどこに行ったの?」

「ショッピングセンターに戻ったよ。あと買出しに来た2人もそこにいる。あとの2人は部屋で休んでいる。」

「わかった。ちょっとアキと話してくる。」

「話してくるって?」

「大丈夫、大丈夫、心配しないで。アキからも話しを聞きたいだけだから。」

「なんか刑事に追及されているみたいだけど、やましいことはしていないからね。分かったから、行っておいで。」

「あと、お兄ちゃん、悪いけど、美香先輩を車まで送ってくれる?」

「僕は構わないけど、逆に送るのが僕なんかで構わないのか?」

「大丈夫でしょう。お兄ちゃんなら。」

「私も尚のお兄さん、とっても信用できる人と思います。」

「分かりました。それでは、命をかけて車までお送りします。」

「じゃあ、お兄ちゃん、行ってくる。」

「何かあったら、連絡してね。」

「分かった。」

尚美は走ってショッピングセンターへ戻っていった。誠とミサを二人きりにすることを全く心配してないわけではなかったが、さすがにレベルが違いすぎて大丈夫だろうと思っていた。

「尚は、お兄さんを心配しているんです。」

「はい、それは分かりますが。」

「ところで、応援のプランを作るって、どんなことをするんですか。」

「サイリウムの色や振り方、ジャンプのタイミングを決めたり、それを解説する本、コールブックを作ったり、ファンの手による応援のホームページを開設するための準備をしたりしています。あとはオタ芸の練習ですが、はっきりいますと、半分は、単に海に遊びに来ただけです。」

「それでも、明日夏は幸せだと思います。」

「でも、えーと、」

「あっ、本名は公開していませんのでそれで呼んでください。鈴木美香です。」

「鈴木さんの場合、強いファンのグループが数グループあって、やはり同じようなことをそれぞれのグループがやっていると思います。」

「そうなんだ。嬉しいです。」

「ただ、自分で言うのも何ですが、演者の方は、強いファン、いろいろなことをしてくれるファンだからと言って、配慮する必要はないです。全ファンを平等に考えてくれれば、それで良いと思います。」

「それは、事務所からも言われています。ファンは平等に扱うようにと。」

「はい、事務所が言っていることは正しいです。ファンのグループの中には、決死隊を編成して、この間のような変な人をステージに上がらせないようにしようとしているグループもあります。ただ、グループ同士で争ったり、普通のファンに同調圧力をかけたり、好ましくないことをするグループがあるのも事実です。ですから、演者の方は、ファンを平等に扱うことが肝心と思います。」

「分かりました。」

 二人はケーキを受け取り、誠が両方を持って、車の方へ向かった。

「ケーキ、持っていただいて、申し訳ありません。」

「このぐらい、大丈夫です。アキさんとか、すごく重い荷物を平気で人に持たせたりしますし。」

「でも、アキさんって、本当は彼女さんなんですか?あっ、もちろん尚には秘密にしておきますけど。」

「全然違います。たぶん僕が利用されているだけだと思います。でも、一生懸命にやっていると、なんとなく応援したくなるんです。」

「アキさんは、明日夏さんの応援のために一生懸命なんですか?」

「アキさん自身のためというか。アキさんは、アイドルのような芸能人になりたいみたいで、そのために頑張っているようです。明日夏さんを応援しているのも、自分の活動の参考になればというところもあるみたいで。あの、もしよろしければ、鈴木さんの場合、どんな感じで歌手になれたか教えて頂けないでしょうか。」

「私の場合、ロックシンガー志望でしたから、中学生のころからボイストレーニングを受けながら、たくさん歌って、あとはオーディションを受けたという感じです。ただ、事務所のオーディションは、高校2年生の時に今の事務所が1件目で受かってしまいました。レコード会社の方は、アニソンの全国大会で優勝した時に誘いがありました。他の歌手の方の話では、オーディションを何十も受ける方もいますし、逆に、うちの事務所には、小さなライブで歌っていたらスカウトされた人もいます。」

「分かりました。有難うございます。誰からとは言わず、アキさんに伝えておきます。」

「お役に立てれば嬉しいです。そうだ。うちの別荘に遊びに来ませんか。尚だけじゃなく、明日夏もいますよ。」

「いえ、それはダメです。ちゃんと演者とファンの間のケジメは守らないと。」

「うーん、そうですね。分かりました。」

誠は、ミサがフェラーリを運転していたと分かった時から、ミサの車の運転に関して注意しなくてはいけないと思っていながらも言えないでいた。しかし、尚美がミサのことを純真な人と言ったことが理解できて、「仕方がないな。今がチャンスか。」と思い、ミサのためにも嫌われることを覚悟して話しを切り出した。

「鈴木さんと尚だけだったら、僕は行っても構わなかったんですけど。」

「それは私のファンじゃないということですか。」

「はい、それでファンじゃないついでに、一言だけ言わせてください。」

「何ですか。」

「車を運転するときにはもっと安全運転を心がけないとだめです。」

「もしかすると、あのGT-Rを運転していたのは。」

「はい、僕です。フェラーリのブレーキがフェード現象を起こしていたのに気が付いていましたか?」

「フェード現象?」

「ブレーキが熱くなりすぎて、ブレーキの効きが悪くなる現象です。あのまま僕がインを取ったら、鈴木さんの車はかなり早くブレーキをかけないと、外側にぶつかってしまっていました。」

ミサがちょっとむっとして言う。

「安全って、スピンしたのはお兄さんの方じゃないですか。」

「その通りです。」

ミサは自分の車の運転を思い返してみた。ブレーキがだんだん効きにくくなってきたこと、インに入れないと回転半径が大きいラインが取れずに、外側に出てしまうということが理解できた。

「じゃあ、わざとスピンして止めたというわけですか。」

「一応そうです。別に自慢したいわけではないのですが、車を見てもらえれば、どこにもぶつけていないので分かると思います。」

「そこまでして止めたということは、尚が乗っているって分かったからですか?」

「はい、確かにそれもあります。横に並んだ時に、暗かったですが助手席に座っているのが尚じゃないかって思いました。さっき会って確信に変わりました。でも、一番は目の前で事故が起きるのを見たくなかったからだと思います。」

「そうですか、尚、妹さんを危険にさらしてしまったので、お兄さんが怒るのも当然ですね。人を乗せて危険な運転をして、本当に申し訳ありませんでした。」

ミサが頭を下げた。

「済んでしまったことは構わないのですが、運転手はもちろん、何も自分に落ち度がないのに毎年何千人もの人が交通事故に巻き込まれて亡くなっています。それに鈴木さんの体は、家族の方やファンにとっても大切なものです。自分の体のためにも、運転は気を付けてくれると嬉しいです。」

「・・・・・わかりました、約束します。もう絶対に無理は運転はしないって。」

「有難うございます。鈴木さんのファンに代わってお礼を言います。でも、それでも車を飛ばしたかったら、サーキットに行くのが一番いいと思います。エスケープゾーンも広いですし、公道よりはずうっと安全です。」

「お兄さんは、サーキットに行かれるんですか?」

「大学の自動車部で時々サーキットに行くことがあります。」

「そうですか。今度飛ばしたくなったらサーキットに行くことにします。それでは次はサーキットで勝負しましょう。」

「わかりました。その勝負受けて立ちます。」

「次も負けませんよ。」

「はい、でも、大学の部の車はノーマルアスピレーションの1600ccの86ですから、サーキットでは少しはハンディをもらわないと・・・。」

「あげません。」

二人で笑った。

「あの、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか。お兄さんと呼ぶのも何か変ですので。」

「失礼しました。自分から名乗るのも押しつけがましいかなと思って、名乗りませんでした。本名は岩田誠と言います。SNSでは、湘南オタクと名乗っています。グループの中でのあだ名は湘南です。どれでも大丈夫です。」

「分かりました。誠って呼びますね。これからもよろしくお願いします。」

「こちらこそ、尚がお世話になって、本当に有難うございます。」

「でも、額、すごい汗ですね。荷物を持ってもらって、申し訳ありません。」

「暑いだけで、荷物とは関係ありません。」

「そうだ、このリストバンドで汗を拭いてください。スポーツ用品で普通のものですけど。」

誠は汗をかいているのが見苦しいのかなと思って、言うことを聞くことにした。

「分かりました。そうします。」

「荷物を持っていますから、着けてみてください。」

「有難うございます。」

荷物を片方ずつ持ってもらって、リストバンドを付けて、汗を拭いてから荷物を持って、再び車に向かった。

「リストバンドは、運転する時にも、便利です。あと、明日夏のライブに私も出るようだったら、付けてきてくれませんか。目印になりそうで。」

「はっはい。身に着けるようにします。」

「有難うございます。」

フェラーリに戻り、トランクを開けてケーキを積んだ。車の外に立ち、ショッピングセンターの方を見ると、尚美が出てくるのが見えた。尚美もこっちが分かったようで、早歩きでやってきた。

「お兄ちゃん、どうだった。」

「無事に車まで送り届けたよ。これで、ミッションコンプリート。」

ミサが声をかける。

「じゃあ、尚、みんなのところに戻ろうか。」

ミサと尚美が車に乗り、屋根を開けた。

「誠、今日は本当にありがとう。また会いましょう。だから絶対私のファンになっちゃだめだよ。」

「はい、分かりました。絶対、ファンにはならないです。」

尚美は「えっ、なんなの、この雰囲気。」と思ったが、車が出発しそうなので、急いで誠にあいさつした。

「お兄ちゃん、とりあえず、また家で。」

「はい、じゃあ家で。尚も気を付けてね。」

「分かった。」


 誠はフェラーリを見送った後、ケーキをGT-Rのトランクにしまい、ショッピングセンターに向かった。ラッキーとパスカルとアキが買い物を終えて待っていた。

「お疲れ様です。」

「ああ、お疲れ。」

「では、行きましょう。ケーキはGT-Rにしまってあります。」

4人がGT-Rに向かった。

「僕たちにはあまり関係ないけれど100グラム4000円ぐらいする最高級の肉が全部売り切れていた。」

「そうなんですか。普通は国産牛肉でも100グラム700円がせいぜいですよね。」

「湘南はそんな高い肉を食べているのか。おれは家では100グラム100円とちょっとの肉しか食べないぞ。」

「それじゃあ、豚コマか鶏肉になっちゃいますよね。」

「豚コマでも、肉野菜炒めはできる。」

「なるほど、野菜も取れて健康的ですね。」

「その通り。それに、実は豚肉も美味しかったりする。」

「はい、それはそうです。ハンバーグは100%ビーフより合い挽きの方が美味しいと確信しています。」

「そうそう。」

「ラッキーさん、どれぐらい買ったんですか?」

「肉はソーセージも合わせて1.5キロぐらい、野菜も1キロぐらい買った。」

「6人ですから、それだけあれば十分ですね。」

「俺、ソーセージも好きなんだよな。」

「僕もです。」

「体が安い肉でできているな、俺たち。」

「そうですね。ビールとか買ったんですか?」

「うん、自重して一人1本にしておいた。あとはお茶で我慢する。」

「やっぱり、高校生2年生がいるからね。」

「意外に真面目なパスカルさんですね。」

「ああ、その通り。明日、みんなと別れてから飲みに行く予定だよ。」

「そうですね。明日は午前中に少し休んで帰るだけですから、それがいいですね。」

「未成年者の乾杯はノンアルコールビールにした。」

「苦いんですよね。まあ、試してみるにはいいかもしれません。」

GT-Rに到着して、4人が乗り込んだ。

「それでは、出発します。」

「オーライ。」「ビールとバーベキューで、酒池肉林だ。」

湘南がGT-Rを出発させる。

「あの、アキさん。さっきから静かですが、大丈夫ですか。」

「大丈夫。考え事をしているだけ。」

「それならいいですが。」

アキが涙を流し始める。

「もっと歌もダンスも上手になりたい。もっと可愛くなりたい。」

「えーと、うちの妹に何か言われましたか?」

「えっ、ここの海に妹子ちゃんが来ているの?」

「ここの海ではないんですが、近くの海に友達と来ています。本当に偶然で、友達が誰かは言えないのですが。」

「湘南君が言えないのは分かってるからいいけど、そうなんだ。」

「さっきケーキ屋さんで妹とばったりと会いました。この辺りでは有名なケーキ屋さんらしく、同じ店に買いに来たみたいです。」

「へー。」

「もし、妹が変なことを言ったようでしたら、僕から謝ります。酷いことだったら、僕から妹に一言言いますけれど。」

「ううん、大した話はしていないわ。今回海に来た人を確認したぐらいかな。その後で、妹子、星野なおみが、参考のためにって、公園で私の新曲をダンス付きでパフォーマンスしただけ。」

「ごめんなさい、妹に曲やアレンジを見てもらったんです。」

「それは全然いいんだけど、全然レベルが違った。歌もダンスも。すごい上手で、妹子の恰好なのに可愛かった。」

「アキさんは、まだ高校2年生ですし、焦らずとも時間はあります。」

「でも、妹子は中学2年生だし。私、才能がないのかな。」

「才能は最大限に努力してみないと、あるのかないのかさえ分からないものです。兄から言うのもなんですが、妹もすごく頑張っているんですよ。」

「それは、そうだろうけど。」

「あまり人との差を考えずに、自分のいいところを生かす方向で行きましょう。」

「私のいいところって。」

「アキさんのために、これだけ人が集まっているんですから。魅力があるんです。プロデューサーもそう思いますよね。」

「アキちゃんはすごい。周りの人が明るい気分になる。」

「本当に?」

「本当だとも。」

「うん、僕もアキちゃんを応援するのは楽しいよ。絶対に頑張って、プロのアイドルとしてステージに上がってもらいたいと思っている。そうなったら、応援しながら、本当に泣いちゃうよ。」

「俺もだ。」「僕もです。」

「そうか、わかった。有難う。自分で好きでやっていることだし、まだまだ頑張ってみる。」

「うん、アキちゃん、その意気だ。」「プロデューサーもまだまだ頑張る。」

「パフォーマンスが向上できる余地があるって自分で確認できたんですから、頑張りましょう。それができたら、もっと人気も出ると思います。僕も、曲のアレンジとホームページ作成でもっと頑張りますから。」

「有難う、みんな。元気が出てきた。」

「良かったです。」

「何か急にお腹すいてきちゃった。」

「よーし、帰ったら急いでバーベキューだ。湘南、支度の指示を頼むぞ!」

「はい、了解です。」

「でも、さっきの酒池肉林の冗談は面白くなかったわよ。」

「はいよ。でも、元気になって良かったよ。」

 GT-Rはアキの家の別荘に向かっていった。誠は、差を見せつけてアキのアイドル活動への熱意を折ろうとした尚美に、何か言うべきかどうか悩んでいた。

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