第14話 別荘の夜(1日目)
別荘に戻った両班は、カレーを作り始めた。
「それでは、美香先輩、明日夏先輩、由佳先輩、カレーを作りましょう。できたカレーは、温泉に入ってから食べる予定です。」
「橘さんと亜美ちゃんは?」
「このキッチン、広いといっても4人が限度でしょうし、亜美先輩はかなりお疲れのようです。橘さんも普段のお疲れが。」
「亜美には無理させちゃったからな。」
「はい、由佳先輩の言う通りです。」
「尚、まず私は何をすればいい?」
管理人さんが洗ってあったため綺麗ではあったが、尚美は道具を一通り洗いながら答える。
「今やるべきことは、調味料の準備、肉をちょうどいいな大きさに切る、ピーラーを使ってジャガイモの皮を剥いた後に一口大に切る、玉ねぎの皮を剥いた後にみじん切り、炊飯器を使って米を炊くがあります。玉ねぎが涙が出てくるので大変とは思います。」
「じゃあ、私が玉ねぎを剥いて切るね。」
「ミサちゃんが泣いている姿、楽しみ。」
「明日夏先輩、趣味悪いですよ。まあ、明日夏先輩だと、どこまで皮か分からなくて、全部剥いちゃいそうですから、明日夏先輩じゃない方がいいことだけは確かです。」
「私は猿か。まあ、私は米を炊くよ。得意だし。」
「そうですね、昼のおにぎりは美味しかったです。」
「カレーに失敗したら、夕食も塩むすびにしようね。」
「さっきまで不安でしたけれど、明日夏先輩が炊飯担当になったので大丈夫です。」
「尚ちゃん、酷い。」
「リーダ、俺は肉とジャガイモをやるわ。リーダーは調味料の準備を頼む。」
尚美はタブレットを見ながらカレー粉の準備をする。
「了解です。コリアンダーパウダー、カイエンペッパー、ターメリックパウダー、カルダモンパウダー、クミンパウダーを小さじで取ってと。後は、ニンニクと生姜か。」
尚美がおろし器を取って、ニンニクと生姜をおろした。そして、缶切りでトマト缶を開けた。
「これで、とりあえず私の準備は終わりか。明日夏先輩は、大丈夫そう。ご飯はいつも家で炊いているのかな。美香先輩は、涙を流しながらも頑張っている。」
「リーダ、できたぜ。」
「有難うございます。」
「尚、一応できた。涙がいっぱい出ちゃった。」
「お疲れ様です。では、料理を始めます。」
尚美がテフロン加工の鍋に油をひいて、コンロで熱し始めた。
「でも、ミサちゃん涙を流しても美人だよね。ミサちゃんの涙入りカレー、高く売れるんじゃないかな。」
「明日夏は、人の苦労を。」
「えーと、塩を少し減らした方がいいでしょうか。」
「尚も。」
「尚ちゃん、そのためにはミサちゃんの鼻水が入らないと。」
「もう、明日夏は。そんなもの誰も食べられなくなっちゃうよ。」
「マニアは食べるかもしれない。」
「明日夏!」
尚美がミサが切った玉ねぎと塩をフライパンに入れて、炒め始める。
「でも、美香先輩、本当に有難うございます。いつも玉ねぎを切るのだけが一苦労です。」
「私、あんまり料理しないから苦労が分からなかったけど、料理を作ってくれる人には感謝しないと。」
「尚ちゃんは、家で料理をするの。」
「はい、母に休んでもらうために、たまにですが。」
「いい娘だね。」
「まあ、兄と一緒に始めたんですけど。」
「じゃあ、尚ちゃんのお兄ちゃんも、同じようなものを食べているかもね。」
「はい、作る料理の味は似ていると思います。明日夏さんは、家で料理を作るんですか?」
「私は、ご飯を炊く係。おかずは姉貴が作る。」
「なるほど。お米を研ぐのは上手そうでした。あっと、玉ねぎがいい色になりました。」
尚美が、フライパンにニンニクと生姜を入れる。
「あとは、一人でもできそうですので、もう休んでいても大丈夫です。」
「尚、見ててもいい?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ、私も見ていよう。」
「どうぞ。」
「俺も見ている。」
「結局、全員ですね。ではアク取りとかお願していいですか。」
「もちろん。」「ダコール。」「いつでも言ってくれ。」
その後、4人はおしゃべりをしながら料理を続けた。尚美はトマト缶のトマトを入れて少し炒めて、調合したカレー粉を入れた。
「尚、カレーのいい匂い。」
「はい、カレーペーストができました。鶏肉を入れます。」
鶏肉を炒めて、水を入れて蓋を閉めて煮込む。時々蓋を開けて、アクが出るようならスプーンですくい取り、蓋をしめてまた煮込む。そうやって20分ぐらい煮込んだら、水分を飛ばすために蓋を開けて煮込んだ。
一方のアキ班でもカレー作りが始まった。
「じゃあ、これからアキちゃんのスケッチをするから、2階に行こう。男子禁制だよ。」
「言われなくても、分かっています。こっちはカレーを作ります。」
「まあ、入れと言っても、入って来なそうなやつらばかりだからな。」
「その点は安心だけど、コッコのスケッチ、注文が過激だから覚悟がいるわ。」
「アキちゃん、そんなことを言って男性陣を刺激しない。包丁で事故ると危ないぞ。」
「コッコは、そっちの心配か。まあ、怪我しないようにね。」
「カレーができたら、温泉に行きましょう。歩いて行けます。」
「また混浴だといいな。」
「市営ですから違います。それに、今度は僕が受付で確認します。」
「湘南なら安心かな。じゃあ、パスカル、ラッキー、セローと湘南、カレーをお願いね。怪我しないように。」
「おう、任せておけ。」「うん、頑張ってみるよ。」「分かったー。」「分かりました。」
アキとコッコが2階に上がって行った。
「サラダはお風呂から帰ってから作ります。まずは、調理器具と食器を洗ってしまいましょう。」
「そうだね。ずいぶんの間、使っていなさそうだからな。」
「じゃあ、僕が洗うよー。」
「それでは、僕がすすぐかな。」
「俺が布巾で拭いておく。湘南は料理手順を確認しておいて。」
「分かりました。」
調理器具や食器を洗い終わった。
「湘南、何をすればいい。」
「カレーは、玉ねぎのみじん切り、人参の乱切り、ジャガイモの皮を剥いて一口大に、それと、肉の下ごしらえです。あとは、米を研いで炊飯器にセットすることです。僕は肉の下ごしらえをします。えーと、一番大変なのは玉ねぎのみじん切りでしょうか。」
「じゃあ、俺は玉ねぎのみじん切りをするよ。」「僕は、ジャガイモと人参かな。」「僕は、お米をやるよー。」
誠が牛肉を切り、ビニール袋に入れて、ニンニクと生姜をすりおろして、オールスパイスパウダーと胡椒と共にビニール袋に入れた。そして、赤ワインを入れて手で揉んで、しばらくの間置いた。
「カレー粉を調合しますが、辛さはどうしましょうか。」
「アキちゃんがいるから、甘めで。」
「了解しました。コリアンダーパウダー、ターメリックパウダー、カルダモンパウダー、クミンパウダーと、チリペッパーパウダーは少なめでと。」
誠は、全員の準備が終わったことを確認した。
「パスカルさん、大変なお仕事お疲れ様です。」
「パスカル君の涙や鼻水は入っていないよね。」
「ラッキーさん、そんなのが入っていたら、俺でも食えないです。」
「そうだよね。あはははは。」
「では、あとは僕一人でできますので、休んでいて大丈夫です。」
「湘南君すまない。SNSを確認している。」「仕事があったら、いつでも呼んでー。」「俺は見ているよ。することがあったら言ってくれ。」
「分かりました。」
誠は、まずコンロに火をつけてフライパンを熱した。そして、フライパンにサラダ油を敷いて、玉ねぎを炒め始める。色が着いたところ、玉ねぎを取り出して、サラダ油を少し加えて、下ごしらえした牛肉を入れて、肉の表面の色が変わるまで炒める。そして、人参とジャガイモを入れて、さらに炒め、取り出した玉ねぎをフライパンに戻し、さらに調合したカレー粉を加えて、均一にカレー粉が混ざるまで炒めた。
「おー、本格カレーぽくなった。」
「はい、あとは煮るだけです。」
水とコンソメを加えフライパンに蓋をした。沸騰したところで、ときどきアクを取りながら、煮込んでいった。15分ぐらい煮込んだところで、味見をして、塩と胡椒で味を調えた。それから水分を飛ばすために、蓋を開けて煮込んだ。
尚美は、水分の量がちょうど良くなったと思ったころ、味見をして、塩、胡椒を加えて味を整えて火を止めた。
「カレーの準備ができました。サラダは後で作ることにして、先にお風呂に入ってから夕食にしましょう。」
「はーい。」
「ミサさん、露天風呂、隣とかから覗かれることはないでしょうか。」
「何だ、亜美、そんなこと心配しているのかよ。」
「由佳、それは女子として普通だよ。」
「俺だけだったら、覗くやつもいないだろうけどな。亜美なら、一応、注意が必要か。」
「一応って。」
「まあ、覗くんならミサさんとかを見るだろうから、俺とか亜美とか明日夏さんとかはこの中では大丈夫な方ということさ。」
「由香ちゃん、酷い。」「由香ちゃん、酷い。」
「おー、ダブルできた。」
「亜美、露天風呂から隣の建物は見えないから、隣からは大丈夫だと思う。風呂場から海が見える場所があるから、海からは見られるかもしれない。」
「美香先輩、分かりました。とりあえず、周りを確認しておきます。」
尚美がバックから望遠鏡のようなものを取り出し、2階から建物の周りを観察して戻ってきた。
「どうだった。」
「隣の建物の警備員は、前方の海を中心に全周囲を監視していました。使っている暗視装置がLucieです。フランス製で一代前のものですから、元はフランスの外人部隊に所属していたのかもしれません。練度は高そうですが頭は硬いという感じです。あと、この建物の前の海には人はいませんでしたので、大丈夫だと思います。」
「尚、外はもう真っ暗だけど、どうやって調べたの?」
「Trijicon社のサーマルサイトです。暗視装置も組み合わせていて、向こうのものよりは性能が高いと思います。」
著者注:Trijicon社サーマルサイト(熱を映像化するもの)は猟などで使うもので、100万円以上して、普通の女子中学生は持っていないと思う。
「良く分からないけど、尚ちゃんが大丈夫と言うなら大丈夫だよ。」
「そうね。それじゃあ、お風呂に行こうか。」
「うん、そうしよう。」
「今回は橘さんがいっしょだな。うれしいぜ。」
「お風呂のお湯がたくさんこぼれちゃいそう。」
「明日夏、変なことを言っていないで、お風呂に行く。」
「はーい。」
6人が体を洗って湯船に浸かる。
「ふー、極楽極楽。今日は一杯動いて疲れたよ。」
「明日夏先輩はビーチベットでずうっとゴロっとしていただけのようですが。」
「この別荘まで移動して、最初は泳いだよ。その後は、ゆっくりするのが本当のセレブなんだよ。」
「なるほど、本当のセレブはチューチューねずみ泳ぎをするんですね。勉強になります。」
「実は尚ちゃん、本当のセレブは、ガンガン、ラッコ泳ぎをするんだよ。お腹の上で殻を割って泳ぎながら食べるの。」
「分かりました。それでは明日夏先輩、明日のスイカ割、明日夏先輩のお腹の上にスイカを置いて、私が棒で叩き割ってあげましょう。」
「尚ちゃん、それじゃ猟奇的JCだよ。」
「大丈夫です。目隠ししても、一振りでスイカを割ってみせます。」
「うーん、尚ちゃんならできそうな気もするけど。やっぱり安全第一。」
「それじゃあ、普通に泳ぎましょう。」
「はーい。」
「結局、今日全部に参加したのはミサさんとリーダーだけですよね。」
「俺は午前中は焼いていたし。ミサさんのバックアタックはカッコ良かった。俺も身長があればああいうのを打ってみたい。」
「ううん、ビーチバレーの由佳と尚のコンビはカッコ良かったよ。私もクイックやってみたいんだけど、尚、今度コンビを組まない?」
「でも、ミサさんとリーダーが組むと、相手がいなくなっちゃうからなー。」
「それじゃ、由香ちゃん、残り4人が相手で、こっちはワンバウンドしても良くて、点は3倍で。」
「おー、さすが明日夏さん。それなら何とか。」
「由佳、考えが甘いんじゃない。ミサさんとリーダーだよ。」
「そうか、亜美の言う通りかも。橘さん、何かいいアイディアはありませんか。」
「来年なら、ミサと私がボトルを空けてから試合をすれば。」
「橘さん。橘さんは大丈夫そうですが、それ普通の人がやると死ぬ可能性がありますので、やめましょう。」
「まあ、尚のいう通りね。お酒を飲んで運動するのは良くないしね。」
「お酒を飲んで海に入るのも危ないと言います。」
「まあ、そうね。」
「それじゃあ、1点とったら1セットということで。」
「明日夏、さすがにそれは無理だと思うよ。」
「やっぱり、ミサちゃん、さっきのルールだと勝つ気でいたんだ。」
「尚がいれば、勝負になるかなって思っていた。」
「今あまり考えても仕方がありませんので、1セット、最初の明日夏先輩の案でやってみて、その結果で考えましょう。」
「尚ちゃんに賛成。」
「うん、それがいいと思う。」
その後も明日何をするかについて話した後、全員が湯船を出た。
6人が夕食をテーブルの上に並べた後、食事となった。
「いただきます。」
「カレー美味しい。」
「手作りの味がして、美味しい。」
「やっぱり、ルーを使わないカレーは違うな。」
「コラボカフェのカレーよりは、カレーらしい。」
「やっぱり、レトルトとは違うわね。美味しい。」
「そう言えば、由佳って、料理の手つきが良かったけど、料理が好きなの?」
「というより、いろいろ将来を考えてです。このリーダーのカレーも覚えようと思ってます。」
「そうなんだ。さすが。」
「美香先輩は、ロックシンガーになる以外には何か考えているんですか。」
「うーん、それ以外はないんだけど。あとは、今日みたいに楽しく生活できるといいとは思うけど。ヤバいかな?」
「とりあえず、大丈夫とは思います。明日夏先輩は?」
「印税で収入を得て、今日みたいにゆっくり生きていけるといいかな。」
「なるほど。明日夏先輩らしいしっかりとしたビジョンですね。」
「それって、昼は海岸で寝そべって、夜は温泉に入って、その後寝てしまうことですか?」
「その通り。」
「私も、家に温泉があるのはすごいと思います。」
「亜美ちゃんは温泉好きなの?」
「はい、疲れが取れますし、お肌にもいいですし。明日夏さん、温泉は?」
「温泉に限らず、お風呂は好きだよ。ゆったりできるし。それにしても、今日はお風呂でみんなの成長が確認できて良かったよ。」
「どこの成長の話をしているんですか、明日夏先輩は。」
「もちろん、身長。」
「そうですか、分かりました。橘さんは、温泉は?」
「嫌いじゃないけど、旅館に着くとお酒を飲むことが多くて。朝は二日酔いだから。」
「飲んでお風呂に入ると溺れることがありますから、それが安全だと思います。」
「でも、リーダー、よく聞きますが、お酒を飲んでお風呂に入ると何で溺れるんですか?」
「お酒も、お風呂も血行が良くなりますが、それは血管が開くからだそうです。それが、両方だと血管が開きすぎて血が体の下の方に溜まって、頭に行く血が無くなり重度の貧血になって、溺れたことにも気が付かないほどになるそうです。」
「なるほど、分かりました。」
「普段も飲む回数が多いから、お風呂よりシャワーの方が多いわね。」
「でも、橘さん、いったい誰と一緒に、そんなに頻繁に飲んでいるんですか。もしかする、・・・・」
「由佳、一人に決まっているでしょう。」
「えっ、マジですか。失礼しました。」
「そこで驚くのも失礼だよ、由佳ちゃん。でも、今度の春には、橘さん、私が付き合います。もう、一人じゃありません。」
「私も。」
「俺も、来年の秋には、付き合います。」
「有難う。来年の忘年会は楽しみだわ。でも、みんなは人から見られる仕事だからほどほどにね。」
「はーい。」「はい。」「承知。」
アキの別荘の方でも、誠が煮込みが十分と思ったところで、2階に声をかける。
「アキさん、コッコさん、カレーの煮込みが終わりました。夕食より先に温泉に行こうと思いますが、大丈夫ですか。」
「分かった。あと5分で行く。」
「分かりました。こちらは準備をしています。」
5分ぐらいして、明日夏のTシャツとショートパンツ姿のアキと、いつもの格好のコッコが階段を降りてきた。
「おう、アキちゃん。セローとペアルックだな。」
「あっ、そう言えばそうだった。・・・・・・ミサちゃんのだとラッキーとペアルックか。・・・」
「僕も同じものを着ましょうか。3人なら。」
「よし。俺も同じものを着るよ。」
「有難う。4人いれば大丈夫かも。じゃあ、着替える間、台所に行っているね。はい、コッコも来る。」
「分かったよ。」
二人が着替えて、アキとコッコが戻ってくる。
「いいね。いいね。いいね。パスカルちゃんと湘南ちゃんのペアルック。」
「おっと、そうなるのか。」
「油断しました。」
「コッコはどうしようもないから、もう行きましょう。」
「おう、そうだな。」「分かりました。」
6人が市営の温泉に到着した。
「さすがに市営だと混浴はないだろうな。」
「はい、VIPの特別待遇もないと思います。」
「残念だ。」
「1時間ぐらいでいいですか。」
「うん、分かった。1時間後ね。終わったら、SNSで連絡するから。」
「はい、それでは1時間後に。」
男性陣と女性陣が分かれて、それぞれの更衣室に向かった。男性陣が着替えて体を洗って露天風呂に入る。
「露天風呂は、いつ入っても最高だね。」
「ラッキーさんは、お勧めのお温泉とかあるんですか。」
「地方のライブでは温泉付き旅館に泊まることもあるけど、いつもはビジネスホテルだから、特にないよ。湘南君は?」
「お勧めというわけではないですが、よく行くのは湯河原と熱海でしょうか。近いですから。」
「なるほど、湘南は辻堂だから、箱根や伊豆がだいぶ近いな。」
「はい、それで祖父、祖母といっしょに温泉によく行きます。」
「いい話だな。」
「セローさん、温泉は?」
「あんまり行かないかな。休みの日は、溜まったアニメとかを見ている。」
「明日夏さんの前は誰かを推すということはあったんですか。」
「うーん、女の子の日常系4コマ漫画とか、そのアニメは好きだったよー。アニソンのDJにはよく参加していたけど、歌手を推すのは初めてかなー。」
「ワンマンライブに参加したこともない感じですか?」
「うん、音楽アニメのライブイベントには行ったことはあるけど、ワンマンライブには行ったことがないなー。湘南君は?」
「僕も、アニメはいろいろ見ていましたが、アニソンライブに来るようになったのは、明日夏さんからです。それまでは、高校生でしたし。」
「俺は、高校の時には、すでにオタク活動をしていたけどね。」
「さすがパスカルさんです。ラッキーさんはいつからですか。」
「えーと、中学2年からかな。そのときハマったアニメがあったから。」
「やっぱり、俺とは一味違う。」
「じゃあ、もう20年以上、オタク活動を続けているわけですか。」
「そういうことになるんだね。」
「さすがです。」
一方女湯では、アキとコッコが湯船に使っていた。
「この後はいよいよ肝試しだ。」
「コッコにとってはお楽しみのメインイベントなの?」
「そうだったけど、今日は結構可愛いJSのスケッチができて良かった。これから絵を描くときの参考になった。」
「女子小学生に何かあると女性でも捕まるから気を付けてね。」
「アキちゃんまで、湘南みたいなことを。それより、この後は頑張って驚かそうね。」
「みんな、子供じゃないのに驚くかな。」
「アイドルになるんだったら、それぐらいできないと。」
「お化け屋敷アイドル?」
「そうじゃなくて、ハロウィンにはみんなやっているじゃない。」
「怖そうな格好はするけど、驚かすわけじゃないんじゃない。」
「まあ、心配しなくても、みんな驚いてくれるから。」
「ははははは、そうか。どんな風に驚いてくれるか楽しみかもしれない。」
「だろ。」
脱衣所で服を着た後、パスカルが自動販売機で牛乳を買う。
「やっぱり、風呂上りは牛乳が美味しいぜ。」
「僕は、コーヒー牛乳派です。」
「フルーツ牛乳があるね。久しぶりに飲んでみるか。」
「僕はー、・・・牛乳にしよー。」
「美味しかった。」「はい。」「懐かしい味だった。」「低脂肪牛乳じゃないから味が濃いなー。」
アキからSNSで連絡あり、4人は外に出た。
「風呂上がりのアキちゃん、より一層可愛いね。」
「女子高校生にそんなことを言っていると捕まりますよ。」
「パスカルなら、もう大丈夫よ。それより、湘南は美咲ちゃんに気を付けないと。何かあったら、本当に手錠ものよ。」
「それは心配無用です。」
「ところで、男性陣は、お風呂どうだった?」
「おう、風呂上がりの瓶入りの牛乳が美味しかった。」「コーヒー牛乳が美味しかったです。」「フルーツ牛乳が久しぶりだったよ。」「ぼくも、牛乳だったよ。」
「えっ、もしかして、腰にタオルだけ巻いて牛乳を飲んだの?それは見たかったな。」
「いえ、ちゃんと着替えてから飲みました。」
「そうなのか。とりあえず、帰ったら妄想をスケッチするか。」
「ご苦労様です。」
アキの家の別荘に戻った6人は、男性陣が夕食を居間のテーブルにセットする。
「おー、カレーライスとスープとサラダか。」
「すみません、スープはインスタントです。」
「まあ、それで十分かな。」
「それじゃあ、食べようぜ。」
「じゃあ、私が号令をかけるね。」
「おう!」
「はい。では、いただきます。」
5人が声を揃えて答える。
「いただきます。」
一口食べたアキが感想を言う。
「うん、美味しい。美味しい。」
「まだ、少し煮込みが足りませんが、これでも何とかなると思います。」
「これで十分よ。それより、湘南、食事中にパソコンを見ない。」
「すみません。でも、美咲さんから『アキが歌う海浜公園」のホームページのコンタクトアドレス宛にメールが来ています。」
「すぐにメールを送って来るって、美咲ちゃん本当にやる気があるみたいね。湘南、メール見せてくれる。」
「はい。」
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アキ姉さん、パスカルプロデューサーさん、みなさん
今日は有難うございました。また、父が失礼なことを言ってごめんなさい。
アキ姉さんといっしょにアイドルになることを夢見ています。
もう少ししてからまた両親に話してみます。
私は諦めるつもりはありません。許可がもらえるまで何度でも話します。
ですので、もう少し待ってて下さい。
美咲より
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「本当にアイドル活動をしたそうだね。そして、たぶん、やるならここが一番安全ということを感じ取っているのかもね。」
「まあ、そうかも知れないわね。」
「女の勘というやつか。」
「まあ、アキちゃんとパスカルちゃんの振る舞いを見てじゃないかな。」
「安全とは思いますが、実際メンバーに入ったら、僕は女子小学生とどう接すれば良いか、全く見当がつかないです。」
「湘南は、3年前を思い出せばいいんじゃないか。」
「でも、やっぱり、雰囲気がだいぶ違いますし。何か、妹より女の人の感じがしますし。」
「おっ、湘南、危険な発言だな。」
「そんなに考えなくても、湘南は、美咲ちゃんが進みたい方向に後押しするだけでいいと思うわよ。」
「なるほど、縁の下から応援することを考えろということですね。はい、アキさん言う通りにしようと思います。」
「まあ、困ったら妹子じゃなくて、私に相談して。あの子の場合、その方がいいと思う。」
「僕もそんな気がします。その際にはお願いします。」
「湘南、それでいいのかと言いたいところだが、俺もそうさせてもらおう。」
「もちろん、いいよ。」
「でも、女子小学生のアイドルをプロデュースしているって、法律を犯さなくても、世間からは白い目で見られそうだ。」
「うん、それは、パスカル君の言う通りだと思うよ。」
「そういう時は、私が説明するから任せなさい。」
「アキちゃん、頼りになる。」
「でも、何でアキちゃんだけで、私には聞かない?」
「それは、コッコさんは、芸術のためなら人間性を犠牲にする人だからです。」
「湘南、オーバーな。でも、ちょっとカッコいいかな。」
「いえ、人間性は犠牲にしないで下さい。」
「美咲ちゃんに返事をした方がいいかな。」
「はい、アキさんとパスカルさんは返事をした方がいいと思います。」
「分かった。でも、みんなも一言ずつ書いて。」
「ほい。」「了解。」「そうしましょうか。」
************************************
美咲ちゃん
アキです。私やパスカルプロデューサーとみんなは美咲ちゃんを待っているから、
お父さんとお母さんと話し合って、きちんと許可をもらって下さい。
プロデューサーだ。パスカルとも言う。アイドルの世界は本当に厳しいんだ。
親も説得できないようじゃ、アイドルをやっていくのは難しい。頑張って。
コッコだよ。お父さんお母さんが大丈夫になったら、美咲ちゃんの絵を描くね。
ラッキーです。演者を応援するのは得意だから、まかせてね。
湘南です。親御さんの説得を続けるならば、時々こちらに状況を連絡してください。
返事は必ずします。
アキ、パスカル、コッコ、湘南、ラッキーより
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「セローは書かないの?」
「僕はアキPGじゃないからー。」
「まあ、それがセローちゃんというところか。でも、湘南ちゃんって、何か天然の悪よのうって感じがする。」
「美咲さんがこっちと繋がっていると思えば、自暴自棄になったり、危ない方向に行ったりしないと思ったからです。」
「それもそうか。まあ、家出とかされても困るからな。」
「はい。」
カレーを食べ終わり、男性4名で洗い物をした後にリビングに戻る。
「じゃあ、次は肝試しだな。ラッキーとセロー、パスカルと湘南がペアで、私たちが脅かす係。」
「でも、それ本当に面白いのか?」
「うん、私が面白い。」
「それじゃあ、いいけど。」
「男性陣はペアになって、山道を墓地まで行って、墓地を一周して戻ってくる。そのルートはこれだよ。電気を点けちゃだめだけど、簡単だろう。」
「コッコちゃんとアキちゃんで脅かすんだよね。」
「その通り。そのための小道具は持ってきた。」
「小道具ですか。ただ、月明りで目が慣れれば見えると思いますが、安全のためにゆっくり歩いて下さい。あと、迷子になったら山を下りようとしないで、上に上がって尾根のところで待ってて下さい。そうすれば、探索範囲が狭まります。」
「湘南ちゃん、今どきスマフォがあるから大丈夫だろう。」
「山なので電波が届かないときがありますから。」
「そうか。道に迷ったら山に登るという事ね。」
「山を登るのは湘南より得意だから、任せておいて。」
「有難うございます。」
「それじゃあ、出発!」
6人は出発地点となる公園に到着した。
「それじゃあ、男性陣は10分後と15分後に出発して。」
「了解。」
「アキちゃん、行くよ。」
「分かった。でも、街灯もあまり無くて、本当に真っ暗だし、何か怖いわね。」
「都会じゃないと、こんなものだよ。さあ、行こう。」
「分かった。」
アキとコッコが出発した。
「人数が少ないから驚かすポイントは墓場の1箇所、まず、私が音で怖がらせて、その後、アキちゃんはお面を被りこれを羽織ってお面の下からライトを照らす。そして、私がコンニャクで後ろから背中をなでる。」
「いっしょにいたほうがいいから、脅かす場所が1箇所になるのは仕方ないわね。」
「それまでに、男性陣が怖い雰囲気に飲まれていてくれるといいんだけど。」
「確かに、この道の雰囲気は怖い。・・・・・・わー。」
アキがコッコに抱きつく。
「何、どうしたの?私たちがやっても仕方がないじゃん。」
「あの辺り。何かぼんやりとしたものが動いた。」
「何だろう。動物かな。ここには凶暴な動物はいないから大丈夫だよ。・・・わっ、本当だ。」
「でしょう。霊が警告しているんじゃないかな。墓場の方に近づくなって。ねえ、コッコ、みんなのところに戻ろうよ。」
「そんな馬鹿な。ちょっと湘南ちゃんに連絡してみる。」
誠のスマフォにコッコから通話の呼び出し音がなった。
「あー、湘南ちゃん。私は大丈夫だけど、ぼんやりとした光が走って、アキちゃんが怯えている。何だか分かるか?」
「近くに鏡とか光を反射できる金属とかないですか?」
「ちょっと、懐中電灯で見てみる。・・・・・・・あった、木の柱に金属の銀色の看板が張ってある。」
「たぶん、遠くの車のヘッドライトの光がそこで反射して林を照らしたんだと思います。」
「なるほど、そうか。そう言えばそんな位置だな。サンキュー、湘南ちゃん。」
コッコと誠は電話を切った。
「遠くの車のヘッドライトの光がこの金属板に当たって反射して照らしたんじゃないかって、湘南が。」
「湘南がそう言うなら、そうなのかもしれないけど。」
「ほら、懐中電灯で照らすと林が明るくなるよ。」
「本当だ。怖いけど行こうか。」
「大丈夫だって。大声を出せばみんなに届く範囲だし。」
「そうか。でも、スマフォで照らして行く。」
10分後にラッキーとセローが、その5分後にパスカルと誠が出発した。
「かなり暗いな。」
「街灯がないからですね。少し月が出ているので何とかなりますが、転ぶと大変なので、ゆっくり行きましょう。」
「そうだ、湘南。アキちゃんたちが驚かしたら、驚くんだぞ。」
「やっぱり、そういうものでしょうか。分かりました。でも、コッコさんの望み通り、僕たちは抱き合うんですか。」
「それは、どうするよ。」
「うーん、何とも言えないです。」
「まあ、その時のノリだな。」
「そうですね。さて、どこで驚かすつもりでしょうか。」
「ラッキーさんたちが声を上げていないので、まだ先だろう。」
「ラッキーさんたちをやり過ごして、こちらを油断させて、こちらから先にということもあるかもしれません、コッコさんなら。」
「なるほど。じゃあ、注意しておくに越したことはないか。」
「はい。」
ラッキーはセローと明日夏について話していた。まあ、それ以外に共通の話題がないからではあるが。
「セローちゃん、明日夏ちゃんにハマった理由は?」
「可愛いところかなー。」
「確かに可愛い声をしているよね。」
「明日夏ちゃんは全部がいつでも可愛いよー。」
「まあ、そうだね。それで、明日夏ちゃんTOとしての計画は?」
「明日夏ちゃんのためになることなら、何でもやりたいけど、良くわからないんだー。」
「フラスタ、フラワースタンドを送るのは湘南君から引き継いでいるんだよね。」
「うん、ラッキーさんと湘南君に教えてもらったから。日曜日のアニソンヤングライブにも、フラスタを出すよー。」
「後は、デビュー1周年の記念日の時の、ファンの寄せ書きとか。でも、何と言っても、他のファンの見本になるように全力で応援することかな。」
「そうだねー。」
「僕のSNSを見れば、たくさんの演者のTOの投稿を再投稿しているから、TOがやることの参考になると思うよ。でも、やりすぎて運営さんに注意されたら、すぐに止めること。これは絶対だよ。」
「分かったよー。運営さんは神様と思うよー。」
「それなら安心だ。頑張って。」
「頑張るよー。」
ラッキーとセローは、その後も明日夏の歌の話をしながら歩いて行った。誠とパスカルは墓場までもうすぐのところで、前からラッキーとセローが来るのが見えた。
「おっ、ラッキーさんとセローだ。戻るところか。」
「はい、そうみたいですね。」
「どうした、湘南、きょろきょろして。」
「4人揃ったところを狙って来るんじゃないかと思って。」
「そうか。コッコが考えそうなことだな。」
「いやー、パスカル君、湘南君。」
「ラッキーさん、セロー、墓場はどうでした。」
「墓場にも何もなかったよ。」
「帰りの安心したところを狙っているのか。」
「良く分からないけど、とりあえず出発した公園に戻るよ。」
「了解。俺たちは墓地に行ってくる。」
誠とパスカルは墓地に到着して、1周回り始めた。
「それにしても、墓しかないな。」
「はい、墓しかないです。」
「さて、戻ろうか。」
「これだけ本当に何もないと、アキさんとコッコさん、本当に道に迷った可能性もありますから、とりあえず戻りましょう。」
「まあ、そうやって油断させているのかもしれないけどな。」
「それならそれで良いです。」
誠とパスカルは墓地を出て出発した公園に向かった。アキとコッコは、その少し前から道に迷い始めていた。
「携帯の電池が切れちゃった。」
「ずうっと電灯代わりに使っているからだよ。」
「やっぱり、暗いのは危ないし。」
「それにしても、おかしいな、もうとっくに墓地のはずなのに。」
「もしかして、道に迷ったの?」
「そんなことはないと思うけど、確認してみるね。」
コッコがスマフォを取り出すと画面が暗かった。
「あれ、私も携帯が電池切れだ。今日はスケッチのついでに、みんなのビデオを一杯撮ったからかな。予備バッテリーとか持っている?」
「部屋にはあるけど。荷物だと思って持ってこなかった。」
「私も小道具を持ってこなくちゃいけないから持ってこなかった。ヤバいな。懐中電灯を付けるよ。・・・あれ、ないな。さっき取り出したときに、ちゃんとしまってなくて落としたのか。まあ、百円ショップで買ったものだけど。」
「どうしよう。」
「そんな遠くないはずだから、男性陣の名前を呼んでみるか。」
「分かった。パスカル!湘南!ラッキー!セロー!聞こえていたら返事して。」
「・・・・・うーん、返事はないか。もう一回。」
「パスカル!湘南!ラッキー!セロー!お願い、聞こえていたら返事して。」
「聞こえていないんだろうな。さて、どうするか。」
「来た道を戻ろうよ。」
「それが来た道を戻ると下りだから、途中でまた間違えると変なところに行ってしまうかもしれない。ここはやっぱり、湘南ちゃんの言う通り、上に行って尾根で待とう。みんなで探してくれるとは思う。」
「そうするしかないか。」
「不安そうな顔をしなくても、最悪、明日の朝になれば大丈夫だよ。寒くはないし。」
「分かった。じゃあ、次に道が下りになるところまで登ろう。」
二人は来た道をさらに進むことにした。一方、誠とパスカルは何事もなく公園に戻ってきた。公園で待っていた二人に尋ねる。
「ラッキーさん、セローさん、アキさんかコッコさんと会いましたか?」
「会っていない。そっちもそう?」
「はい、こっちもです。」
「迷子になったということか。とりあえずアキちゃんに電話をかけてみる。」
「僕は、コッコさんにかけます。」
「電波が届かないか電源が入っていないとのことだ。」
「コッコさんもです。電波が届かないところで迷っているのではないでしょうか。」
「スマフォの電波だけの問題ならば、GPSは使えるんじゃないか。」
「通信ができないと地図が出ません。緯度と経度だけだと戻るのは難しいと思います。」
「まあ、そうか。でも、電波が届かないのと電池が切れるのと同じだな。」
「その通りです。二人のスマフォの電池が同時に切れるというのも考えにくいですので、もしかすると、僕たちが探すところを驚かそうと考えている可能性もあります。ただ、迷っている可能性も捨てきれないので、2時間ぐらい探してみましょう。それでも見つからないようだったら、警察に捜索を依頼するというのでは。」
「そうだね。僕も湘南君に賛成だよ。」
「それでは、ラッキーさんはここにいて、もし二人が帰ってきたら連絡して下さい。」
「了解。」
「セローさん、さっきぐらいの道ならばバイクで走れそうですよね。」
「全然大丈夫だよー。」
「それでは、バイクで探してもらえませんか。まずは、尾根にいることを想定して、時間的に考えて、ここから5キロメートル以内で、なるべく多くの道を探してください。」
「分かったー。」
「パスカルさんは、申し訳ありませんが、付近を歩いて探してください。時々、名前を叫んでみて下さい。返事があるかもしれません。」
「そうだな。」
「僕は車で大きな道を探してみます。迷って大きな道に出ている可能性もあります。」
「分かった。頼む。」
「こちらが迷子にならないように、通信できることを、頻繁に確認して下さい。」
「おう。」
「電波が切れるようでしたら、その先にいる可能性もあるのですが、それ以上進まないで声で呼びかけてみて下さい。あと、スマフォの電池は大丈夫ですか?」
「予備バッテリーを持っているから大丈夫。」「僕も。」「バイクで充電できるから大丈夫だよー。」
「僕も車で充電できますので、大丈夫です。それでは出発です。セローさん、バイクと車を取りに一度別荘に戻りましょう。」
「おう。」「じゃあ、僕はここで待っている。」「分かったー。」
4人は手分けしてアキとコッコを探し始めた。
ミサの別荘では、夕食の後、1階のリビングで尚美による護身術の講義が始まっていた。
「護身術ですが、まずはなんといっても逃げることです。相手に勝っても仕方がありません。できれば、証拠は押さえておきたいところですが、基本は逃げるが勝ちです。」
「尚の言う通りだと思う。」
「それでは、ちょっと実演します。怪我はしないようにしますが、一番頑丈そうな由香先輩、私にかかってきてください。」
「えっ、俺が?」
「由香先輩、春先ごろは、私のことをしめたかったんじゃないですか。」
「そんなことは・・・」
「由佳、リーダーにはお見通しだよ。」
「分かった。リーダーは大丈夫そうだから、全力で行くぜ。」
「はい、どうぞ。」
由佳が尚美に襲い掛かるが、半回転して、尚美に組み伏せられる。
「痛たたた。」
「こうすると動けなくなります。」
尚美が手を放す。
「リーダー、動こうとすると痛くて動けなかった。」
「はい。こういうのもあるんですが、これは初心者には無理ですので、簡単なことを覚えて下さい。」
「分かった。」
「まずは、相手が油断したときに手を開いて、自分の掌の根元で、相手の顎を突き上げて下さい。そして、相手がショックを受けているすきに逃げます。こんな感じです。か弱い女性ですので、遠慮せずに全力で突き上げることが重要です。皆さん、試して見て下さい。」
ミサがやってみる。
「なるほど。こんな感じか。」
「はい。美香先輩の突きは、普通の男性より強力そうですので、大丈夫だと思います。」
「尚ちゃん、酷い。」
「えっ、えっ。」
「ごめんなさい。明日夏の真似をしてみたかったの。」
「分かりました。これを使う時は、襲われている時ですので、美香先輩みたいな感じで思いっきり突き上げて下さい。」
「こんな感じかな。」
「明日夏先輩は、もう少し真っすぐ突きましょう。」
「ダコール。」
「あとは、組みつかれたり、首を絞められたりしたときです。それでは、明日夏先輩、後ろから組みついてみて下さい。」
「はーい。尚ちゃん、大好き。」
明日夏が後ろから尚美に抱きつく。
「相手の指を一本だけ握って、後ろに曲げます。」
「尚ちゃん、痛い痛い。」
「その隙に逃げます。」
「なるほど。」
「尚ちゃん、痛かった。」
「明日夏先輩、そんなには強くやっていませんので大丈夫だと思います。」
「尚ちゃん、大好き。」
再度、明日夏が後ろから尚美に抱きつく。
「明日夏先輩、思いっきりやりますよ。」
「尚ちゃん、酷い。」
「あとは、逃げるときには大声で助けてって叫ぶことです。みんなの注目が集まれば相手もひるみますし、助けてくれる人もいます。」
「なるほど。分かった。」
「でも、ここでは叫ばないで下さい。隣の別荘の警備の方が慌てそうです。明日夏先輩、いいですね。」
「分かっているけど、私限定?」
「明日夏先輩ぐらいです、叫びそうなのは。」
「うーん、そうか。」
「それでは、護身術はこれぐらいにして、カラオケを始めましょうか。」
「尚ちゃんに賛成。」
「みんなの歌聴くの、すごく楽しみ。それじゃあ、通信カラオケの準備をするね。」
ミサがカラオケの装置の電源を入れて、準備が終わる。
「じゃあ、私が最初に歌うよ。『君色シグナル』。」
「明日夏先輩、準備できました。どうぞ。」
明日夏が『君色シグナル』を歌い終わる。ミサが感想を言う。
「うん、明日夏が歌うと明るくなるよね。」
亜美が言う。
「その通りです。じゃあ、次は私が行きます。『空は高く風は歌う』。」
亜美はトリプレットの持ち歌ではなくて、自分が得意とする歌を歌った。
「亜美が一人で歌ったのは初めて聞いたけど、ほんとに綺麗な声。ゆくゆくは歌手になりたいというのが良く分かった。」
明日夏と亜美が言う。
「次は、橘さん、おねげーしあす。」
「私も橘さんの歌を聴くことは、いつも楽しみです。」
「分かったわ。実は大河内さんの持ち歌、同じレコード会社ということもあって、練習してきたから、2曲続けて歌うね。」
亜美がミサに話しかける。
「ミサさん、橘さんは元々ロックシンガーですし、本当に上手ですから参考になると思います。」
ミサは3月のライブの明日夏の発声練習のことを思い出していた。
「わかりました。お願いします。」
明日夏が言う。
「先生、こいつをやっちゃって下さい。」
「明日夏先輩、それ返り討ちにあうパターンですよ。」
明日夏が由香に言う。
「三河屋、お主も悪るよのー。」
「お代官様には、かないません。」
「ははははは。」「ははははは。」
曲が始まり、久美が歌いだす。少しして明日夏がミサに話しかける。
「どうでい、うちの先生の実力は。」
「ちょっと黙ってて。」
ミサの真剣な目を見て、尚美が明日夏の腕を引っ張って小声で言う。
「ロックシンガー同士、我々では分からない高いレベルのことみたいですので静かにしていましょう。」
「そっ、そうね。アムロとシャーの争いにモブキャラは近づいてはいけないよね。」
他の4名が静かにしている中、1曲目が終わり、2曲目が始まった。
「じゃあ、2曲目。」
「はい。」
久美が2曲歌い終わる。明日夏がもう一度、同じことを言う。
「どうでい、うちの先生の実力は。」
ミサはそれを無視して、久美に話しかける。
「橘さんは、もしかして、7年ぐらい前にハウンドキャッツレコードから、シングルを出していたアンナさんではないですか。」
「えっ、そうですけど。良くご存じですね。」
「小学5年生の時に落ち込むことがあって、中学生の時に聴いた『Undefeated』が元気をくれて、ロック歌手を目指すようになったんです。私がこの世で一番好きな歌です。」
「本当ですか。有難う。私の歌を知ってくれている人がいて、それが大河内さんみたいな人だと本当に嬉しい。」
「アンナさんが歌っている他のCDも探してみたのですが、レコード会社もその後すぐにつぶれてしまったようで、どうなったか分からなくて。」
「はい、そのCDはあまり売れなくて、あともう1枚、悟がパラダイス興行を起こしてから、サイレントサウンドから橘久美名義で1枚出していますが、やっぱり売れなかったです。悟には借金で迷惑をかけてしまって。」
「本当ですか。そのCDのタイトルを教えて下さい、すぐに注文します。」
「もう売っていないでしょうね。手元には何枚かありますので、1枚差し上げます。」
「有難うございます。代金は今のうちにお支払いします。」
「大丈夫です。大河内さんに聞いてもらえればCDも喜びます。」
「そうですか。わかりました。何かの折にお返しはします。」
「あまり気にしなくても大丈夫です。売れなかったけど、大河内さんの力になれて、無駄にはならなかったってことだから、嬉しいです。」
「売れなかったのは内容のせいじゃありません。やっぱり、販売力とかではないでしょうか。」
「でも、今聞くと、あのころの自分の歌じゃまだまだって感じ。」
「今は、もっと上手く歌えるということですか。」
「今でも毎日練習しているから、そのつもりだけど。」
「あの、勝手なお願いですが、『Undefeated』を聴かせて頂いて構いませんか。」
「構わないけど、カラオケには入っていないと思うわ。」
「CDにインスツルメンタルが入っていますので、それをステレオから流します。」
「本当に?うん、それで十分。」
「少し待っててください。」
ミサが走って、1階のリビングを出て2階へ向かった。久美が声をかける。
「階段で走ると危ないわよ。」
遠くから返事が返ってきた。
「はい。」
ミサが戻ってきた。
「これです。」
「本当だ。私たちのCD。家には置いてあるけど、見るのは久しぶり。懐かしいな。」
ミサがステレオにCDをセットして、インスツルメンタルを流す。それを聴きながら、久美が歌い出した。ミサは、涙を流して祈るようにして聞いていた。久美が歌い終わると、ミサがレッスンに関して切り出した。
「橘さん、本当に有難うございます。明日夏の言う通り、私なんて橘さんの足元にも及ばないと痛感できました。お願いなのですが、私も橘さんのレッスンを受けるわけにはいかないでしょうか。もちろん、レッスン料は支払います。私の事務所がだめなら個人的にでも何とかします。」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、うちや大河内さんの事務所がなんというか。それに、私も結構時間が詰まっていて。」
「空いているときだけでもいいんです。お願いします。」
黙り込む二人だった。尚美が悲しそうなミサと久美の悲しそうな顔を見て思う。「美香さん、いつもお世話になっているから、方法を考えるか。」尚美が口を開く。
「問題を整理すると、第1はうちの事務所の問題、第2は橘さんの時間の問題、第3は溝口エイジェンシーの問題です。」
ミサが真剣な顔でうなずく。
「第1の問題は存在しません。レッスン料の手数料でうちの会社の経営が助かります。うちの決算書を見せてもらったことがあります。これから収入は増えていくとは思いますが、社長は橘さんを再デビューさせることを考えていますので、そんなに余裕はないと思います。社長が反対することはないと思います。」
「第2の問題ですが、こうしたらどうでしょう。今、由佳先輩と私は基礎的レッスンです。また、明日夏先輩もそれほどレベルの高いレッスンはしていません。そのどちらかを美香先輩にレッスンしてもらって、空いた時間で橘さんが美香先輩をレッスンするというものです。ただ、美香先輩が行うレッスンはボランティアということになります。」
美香が答える。
「私は構わない。子供のころからレッスンを受けてきているし、基本的なことならできると思う。」
「はい、部活の先輩が後輩に教えるような感じになると思います。由佳先輩は?」
「休憩時間に、また一緒にダンスをしましょう。うちの連中じゃレベルが低くて。」
「もちろん。楽しみ。」
「美香先輩と由佳先輩のダンスは、レベルが近いから刺激になりそうですね。明日夏先輩は?」
明日夏が質問する。
「ほぼ初心者の尚と由佳ならばともかく、この私を教えられるのかな。」
「明日夏先輩の独特な雰囲気は橘さんでも無理と思いますが、歌の基礎という面では美香先輩でも余裕だと思います。美香先輩、試しに『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を歌ってみて下さい。」
「分かった。この際だから仕方がない。歌うわ。明日夏、ごめんね。」
ミサがを歌う。明日夏がそれを聞いて感想を漏らす。
「う、上手い。上手すぎる。」
久美も答える。
「そうね。大河内さんの『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』も、明日夏とは違うけど、とてもいい。基礎がしっかりできている感じ。こっちの方が売れるかも。やっぱり、中学校から基礎をちゃんとやっている感じがする。」
「はい、すごく分かりました。ミサちゃん有難う。でも、師匠とられちゃうのか。」
尚美が冷静に答える。
「その代わり、明日夏先輩、美香先輩が週2回ぐらいうちに来れば、その後に遊びに行けますよ。」
「そうかー。行こう、行こう遊びに。美味しいケーキ屋さんも多いし。お茶しよう。」
「美香さんのトレーニングの件、橘さんも大丈夫ですね。」
「わかった。大河内さんの3人へのレッスンのバックアップはする。」
「良かったです。ただ第3の問題が、こちらではどうしようもなくて。やはり秘密にしておくのは、表ざたになったときに問題になります。」
「尚、本当に有難う。さすが総理大臣を目指すだけのことはあるわ。うちの事務所のことは、溝口社長に土下座してでも自分でなんとかしてみる。」
尚美が時計を見る。
「この時間なら、うちの社長はまだ会社にいると思いますので、第1の問題について確認しておきます。」
尚美が事務所に電話をかける。
「社長、こんばんは。」
「えっ、尚?何かあったのかい?」
「問題が起きたわけではないです。魔法少女アニメを見ているところ、申し訳ありませんが、ちょっとした仕事の話です。」
尚美が事情を説明する。
「そうなんだ。ミサちゃん、アンナを知ってたんだ。うん、こっちは全く問題ないよ。ちょっと久美に変わってくれるかい。」
「分かりました。」
尚美がスマフォを久美に渡す。
「大丈夫みたいです。橘さん、社長がお話をしたいそうです。」
「有難う。」
「久美、ミサちゃん、アンナを知っているんだって。」
「そうなの。驚いちゃった。」
「なんか嬉しいね。」
「そうね。」
「うん、こっちは全く問題ないから、話しを進めてくれ。」
「わかった。じゃあ。」
「じゃあ、事務所で。」
久美がみんなに話す。
「第1、第2の問題はクリア。あとは第3の問題だけです。」
大河内が答える。
「有難う、尚。第3の問題は、それは私が頑張るよ。」
「はい。それでもうまく行かないようならば、連絡して下さい。こちらでも対応を考えます。」
「うん、尚ちゃんは、尚ちゃんのお兄ちゃんの妹だから、きっと解決してくれると思うよ。」
「分かった。うまく行かないときには、連絡するね。」
「明日夏先輩の言ってることは良くわかりませんが、頑張ります。」
「それじゃあ、次は尚ちゃん。」
「明日夏先輩、了解です。『あんなに一緒だったのに』を歌います。」
「尚ちゃん、しぶいねー。」
アキとコッコは、先が下り坂になるところで止まった。
「この辺りが尾根かな。とりあえず、ここで待ってるか。」
「分かった。それしかないし。みんな探し出してくれるかな。」
「大丈夫だと思うよ。」
「毒蛇とかいないといいけど。まだ死にたくはないかな。」
「マムシとかか。人をむやみに襲ってこないとは思うよ。」
「まあ、私が死んでも悲しむ人はいないんだけどね。」
「アキちゃんにしては珍しく弱気だね。パスカルと湘南はすごく悲しむと思うよ。」
「そうね。あの二人だけは悲しんでくれそうね。」
「アキちゃんの親は?アキちゃんって、家はどうなっているの?」
「うちは3人姉妹だけで、私は真ん中。姉は真面目で頭が良くて、親の言う事を良く聞くいい子っていう感じ。妹はそんな姉の事がそんなに好きなわけじゃないんだけど、子分という感じかな。私は小さいころから、親のいう事を聞かないで勝手なことばかりしていて、いつも親に怒られていた。」
「真ん中の子にはよくあることよね。それで、お母さんがお姉さんを、お父さんが妹を可愛がっている感じか?」
「その通り、さすがはコッコ。」
「まあ、その分、自由にできていいじゃん。」
「それはそうかもね。親は、私がメイド喫茶でバイトしていることも、アイドル活動をしていることも、今回の合宿のことも知っているのかもしれないけど、私のことはどうなってもいいと思っているみたい。」
「アキちゃん、自由にはそれなりの犠牲が付いているという事だよ。」
「そうか。そう考えると気が楽かな。確かに姉は親の期待も大きくて、大変そうだもんね。」
「うん、姉はアキちゃんを羨ましく思っているかもしれない。」
「それはどうかな。」
「そんなもんだよ。」
「じゃあ、コッコはどうなの。」
「私は一人っ子だ。」
「そうなんだ。親は心配しないの?」
「心配しているかもね。まあ、信用はされているし、だから法律に触れることはしないつもり。」
「そうなんだ。」
「まあ、法律のぎりぎりは攻めているけれどもね。」
「あははははは。・・・・・あれ。」
「どうしたの?」
「女の人の歌声が聞こえる。」
「えっ、・・・・本当だ。風に乗ってカラオケの音が流れてきているみたいな感じだね。何だ、人里からそんなに離れていないということか。まあ伊豆だしね。」
「そうだね。でも、そんな遠くなく誰かがいると思うと、何となく元気が出てきたわ。」
「私じゃ頼りにならんか。」
「だって、いっしょに迷っちゃうんじゃ。でも私一人だったら、もっとどうなっていたか分からないから、やっぱり心強いけど。」
「それは私もそうだ。アキちゃんがいて助かった。」
「聞こえてくる曲、明日夏ちゃんの『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』みたい。」
「さすがだな。」
「いつも歌っているから。でも、明日夏ちゃんの声じゃないみたい。」
「そりゃそうだろう。」
「それもそうね。でも、上手に歌っている。」
「そうなんだ。ところで、元気が出たところで、男性陣の誰が一番先にここに来るか賭けないか。」
「負けたら、もっとエロい格好させられるの?」
「あれ以上は法律に触れそうだから、それはない。それじゃあ、コミケの販売を手伝うということでどう。」
「コッコの漫画を買うのは女の子でしょう?私が行っても仕方がないんじゃ。」
「そうなんだけど、私が他のサークルを見に行きたいから。」
「分かった。販売なら手伝うよ。コッコが負けたら?」
「パスカルと湘南のBL漫画をあげる。」
「それは、いらない。だいたい18禁じゃないの?」
「あっそうか。アキちゃんにあげたら違法かもしれない。じゃあ、アキちゃんのイラストで等身大パネルを作るよ。」
「物販の時に机の横に飾れるかもね。分かったそれで。」
「で、誰が最初に着くと思う。」
「うーん、湘南とラッキーは山登りがだめだから、パスカルかセローだろうけど、パスカルにしとく。」
「たぶん、ラッキーちゃんは留守番で、湘南ちゃんは車で探していそうだから、アキちゃんの言うことは正しいと思う。じゃあ、私はセローで。」
「私がいるときだけでいいけど、コミケで私のCDを置いてもいい?」
「うん、サークルのメンバーに聞いてみないといけないけど、大丈夫だと思うよ。」
「それなら、賭けに勝っても手伝うよ、コミケの販売。」
「そうか。それなら私が勝っても、等身大パネルはパスカルに行って経費を出してもらって作るよ。」
「それじゃ、賭けにならないわね。」
「アキちゃんのいう通りだ。ははははは。ところで、アキちゃんは、コミケに参加したことあるの?」
「行ってみたいとは思っていたけど、まだない。」
「私も、行ったのは高校生の時からだからな。サークル参加は大学からだし。」
「サークル参加ってすごいな。でも、夏コミって暑いんでしょう。」
「そのとおり、人の熱気と汗で雲ができると言われている。」
「それで、雨は降らないんだよね。」
「うん、それは今のところない。場内で傘はいらない。」
「それは良かったわ。」
コッコがアキにコミケについて話していた。少しして、遠くからこちらに向かってくるバイクの音が微かに聞こえた。
「コッコ、バイクの音がする。」
「アキちゃん、耳がいいね。バイクということは、セローちゃんかな。」
「だといいね。音が大きくなって来ている。」
「本当だ。私にも聞こえてきた。」
「あれがヘッドライトの明かりかもしれない。」
アキがセローを呼ぶ。
「おーい、セロー!ここだよ。コッコもいるよ。」
「向こうはバイクに乗っているから、聞こえないかもしれない。」
「そうか。あっ、でもエンジンの音が消えたよ。」
「止まったみたいだな。」
「セロー!こっちだよ。コッコもいるよ。」
「セローちゃん!アキちゃんが、あられもない格好しているよ。」
「コッコ、こんな時に。」
「どうしても、そっちに発想がいっちゃうな。」
「あっ、セローの声。こっちを呼んでいる。」
「セロー!こっちだよ。」
「答えた。エンジン音だ。こっちに来そう。」
バイクの音とライトの明りがだんだん近くなり、セローが二人のところに到着した。
「こんばんは。アキちゃんとコッコちゃん、道に迷ったの?」
「セローちゃん、サンキュー。その通り。二人ともスマフォの電池切れで。」
「セロー、来てくれて有難う。助かった。」
「そうなんだー。もしかすると、迷子になったと見せかけて、探しているところを驚かすつもりかもしれないって、言ってたから、ドキドキしていたー。」
「そんなこと言うのは湘南ちゃんか。相変わらず面倒なやつだな。」
「二人のスマフォの電池が同時に切れるとは考えにくいからだってー。」
「まあ、湘南ちゃんならそう考えるだろうね。」
「でも、2時間探して見つからなかったら警察に連絡すると言ってたよー。」
「それも湘南ちゃんらしいな。」
「いま、みんなに連絡するから、ちょっと待っててー。」
「サンキュー。」
「50メートル先に行って、左折すると大きな道に出るから、そこで車で拾うって。」
「湘南ちゃんか。道分かりそう?」
「うん、GPSで見えているから大丈夫だよー。じゃあ、僕も歩いていくよ。」
「サンキュー。」
「有難うね。」
3人はバイクのライトで前を照らしながら、大きな道に向けて歩き始めた。
「ねえ、参考のために聞くけど、セローは、何で明日夏ちゃんを推しているの?明日夏ちゃんの魅力ってどんなところ?」
「うーん、全部が可愛いところかなー。」
「頭の天辺から足の爪先までというやつ。」
「うん。それに声もかなー。」
「そうなんだ。明日夏ちゃんのオタクの性格は?」
「それもだよー。」
「やっぱり、全部ということね。」
「その通りなんだー。」
「アキちゃんに、そんなファンができたらどう思う。」
「イケメンなら嬉しくて、そうじゃなければ少しキモいかな。でも、パフォーマンスを喜んでくれれば嬉しいとは思うけど。」
「まあ、そうだろうね。」
「明日夏ちゃんもそうだよねー。」
「セローちゃん、節度を守って応援すれば大丈夫だよ。」
「分かったー。」
誠は、車で山道の出口まで行き、何となく見たことがある景色だなと思いながら、車をUターンして止めた。スマフォで出口に着いたことを知らせ、3人を待っていると、少し先の建物から歌声が聞こえた。「『あんなに一緒だったのに』か。でも、尚の歌声みたいだ。なるほど、ここは大河内さんの別荘の近くで、ストリートビューで確認したから来たことがある気がするのか。とすると、大河内さんの別荘はあっちか。歌声もあっちから聴こえるな。しかし、こっちの別荘は城みたいだな。警備員が周辺警戒しているし。まあ、尚が元気そうで良かった。」
アキたちが山道から出てきた。
「セローさん、お疲れさまでした。」
「うん、二人を見つけられて良かったー。」
「セロー、有難うね。あと話せて面白かった。」
「セローちゃん、サンキュー。」
「どういたしましてー。じゃあ湘南君、後は頼んだよー。僕は先にバイクで公園に戻ってるよー。」
「お願いします。こっちも一度公園に戻ります。では、アキさん、コッコさん車に乗って下さい。」
セローのバイクが発進して公園に向かった。
「あっ、またカラオケの声だ。あの家からかなのか。」
「そうみたいだね。」
「はい、ここに来た時から聞こえていました。」
3人が車に乗り込むと、誠は車を発進させた。
「それでは、公園に向けて出発します。でも、大丈夫でしたか?」
「いやー、真っ暗だったから、さすがの私でもちょっと怖かったよ。アキちゃんなんか、本当に涙目になっていた。」
「コッコうるさい。」
「コッコさんは、涙目のアキさんをスケッチしなかったんですか。」
「湘南もうるさい。」
「ごっ、ごめんなさい。」
「うん、暗くて良く見えなかったからね。」
「でも、さっきのカラオケの歌声が聞こえてから元気になったよ。」
「そう言えば、そうだったね。」
「はい、歌は元気をくれますよね。」
「それもあるけど、人がいるところからそんなに離れていないと分かったからかな。」
「なるほど、それはそうですね。」
「元気になってから、誰が一番早く到着するか賭けをしていた。アキちゃんはパスカルで、私はセロー。」
「やっぱり僕とラッキーさんは、山登りが不得意だからですか。」
「その通り。」
「パスカルさんは公園周辺を歩いて探して、ラッキーさんには公園で待ってもらっています。」
「あとは、家族のこと。アキちゃんって、女三人姉妹の真ん中なんだって。」
「アキさんは自由で、三人姉妹ならば真ん中という感じがします。コッコさんは、一人っ子でしたね。うちは妹と二人です。」
「妹と言っても、星野なおみちゃんだけれどもね。」
「はい。アキさん、でも家では大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないけど、何で?」
「この車4人乗りですから、5人家族でどうするんだろうと思って。」
「中学になってから、家族そろって車で行くことは全然ないかな。湘南の家は、おじいちゃん、おばあちゃんもみんな乗せて行くんだっけ。」
「はい。近くの温泉か、墓参りぐらいです。」
「家族、仲がいいんだね。」
「特に仲がいいわけではないとは思いますけど。」
「うちの親は姉と妹を可愛がって、私のことはどうでもいい感じかな。だから、私はメイド喫茶やアイドル活動もできるんだけれどもね。」
「そんなことはないと思いますよ。僕とか、春先から興信所の人から尾行とか、身辺調査とかをされていたんですが、アキさんのご両親が調べていたみたいです。アキさんのことを心配しているとは思います。」
「えっ、本当に?ごめんなさい。帰ったら親にそういうことは止めるように言うね。」
「別にアキさんに悪いことをするつもりはありませんので、それは構いません。それに、その方がご両親も安心されるでしょうし。」
「でも、私の心配をしていると言うより、世間体を気にしているだけなんじゃないかな。私は変なことをすると姉や妹にも迷惑がかかるし。」
「ご両親がアキさんを気遣う理由ですか。それは簡単には分からなそうですね。」
「湘南ちゃん、どうやったら区別できると思う?」
「うーん、家に盗聴器を仕掛けて、アキさんが家出をしてみるとかでしょうか。」
「なるほど。」
「そこまですることもないわよ。今は自由とこの仲間がいれば、それだけでいい。」
「有難うございます。もうすぐ到着します。」
車が公園に到着した。パスカル、ラッキー、セローが迎えた。
「二人とも無事でよかったな。」
「すぐに見つからなかったので本当に心配したよ。」
「パスカル、ラッキー、探してくれたんだって、有難うね。」
「わりい。携帯の電池を確認してなかった。とんだ肝試しになっちゃったよ。」
「一時は真っ暗で本当に怖かった。結局、肝を試されたのは私たちになっちゃたみたい。」
「やっぱり、昼の間に下見をしておく必要があったんだと思います。」
「湘南ちゃんの言う通りだな。BLの道も楽ではないということか。」
「コッコ、変なまとめ方をしないでよ。今はとりあえず、シャワーを浴びたいけど、その後どうしようか。」
「私もかな。で、男性陣、その後どうする?」
「・・・・」
「アキちゃんがシャワーなんて言うから、男性陣が変な想像をして黙っちゃったよ。湘南ちゃん、何とか言って。」
「いや、変な想像とかじゃなくて、コッコさんがスケッチするのかな、大丈夫かなと心配しただけです。」
「おー、湘南ちゃん、さすが、いいこと気がつくね。」
「さすがじゃないわよ。湘南も変なこと言わない。」
「ごめんなさい。ネットワークカラオケのソフトをインストールしてきましたから、カラオケとかどうですか。」
「うん、音量は小さめになるけれど、それがいいかな。」
「はい、窓を閉めれば、大丈夫だと思います。」
「カラオケをしているところスケッチするのはいいよね。」
「それは、いいんじゃない。」
「はい、大丈夫です。」
「では、パスカルちゃんと湘南ちゃんのマイク1本でのデュエットを所望する。」
「結局、コッコはそっちなのね。とりあえず、引き上げようよ。」
「そうね。」「おう。」「了解。」「分かったよー。」「車に乗りたい人は3人まで大丈夫です。」
アキの家の別荘に戻った6人は、順番にシャワーを浴びた。アキとコッコがシャワーを浴びた後、居間にやってきた。
「それじゃあ、男性陣、シャワーどうぞ。」
「湘南ちゃん、パスカルちゃんと、」
「一緒には入りません。アキさん、申し訳ないですがコッコさんを見張ってて下さい。」
「分かったわ。コッコ、諦めようよ。」
「1000円ずつなら払うけど。黙認してくれればアキちゃんにも1000円。」
「あのね。」
「夏コミは何とかなったけど、冬コミもあるから、こっちはネタを出すのに必死なんだよ。二人とも、18は超えているし。」
「それはわかるけど、やっていいことと悪いことがあるの。コッコは私が見張っているから、男性陣は、入ってきて大丈夫だよ。」
「くそ。アキちゃんも、妙なところで生真面目なんだから。」
「有難うございます。それでは年長順で入りましょう。ラッキーさんからどうぞ。僕は順番までカラオケの準備をしておきます。」
男性陣が順番にシャワーを浴びて、最後の誠が居間に戻ってきた。
「コッコさんは、何を描いているんですか。」
「妄想だけで、パスカルと湘南が一緒にシャワーを浴びているところを描いているみたい。」
「何もないより、今シャワーを浴びているという事実がある方が、妄想が沸く。」
「その絵は見たくないです。」「俺もだ。」
「私は見たけれど、それほど大したことはないわよ。大丈夫。」
「えー。」「見たのかよ。」
「二人とも、それよりカラオケやりましょう。」
「分かりました。準備は済ませてあります。誰から歌いますか?」
「じゃあ、一番若い、湘南から。」
「えっ、アキさんの方が若いですが。」
「こう見えても、私はセミプロだから。」
「そう言えばそうでした。パスカルさん、いっしょに『青春アミーゴ』を歌いませんか?」
「おう、いいけど。」
「おお、いいね、いいねー。湘南ちゃん、大人しくしてた、ご褒美か?」
「そんな感じです。パスカルさん、好きな方を選んでください。」
「そんじゃあ、Pがつくから山Pの方で。」
「なるほど。それでは行きます。」
誠とパスカルが歌い終わった。
「マイク1本を二人で歌うってなかなか良かった。ネタに使えそうだ。」
「じゃあ、次はコッコさん。」
「年齢的にはそうなるか。それじゃあ『あんなに一緒だったのに』で。」
「名曲ですが、意外です。」
「えっ、だってBLアニメのエンディングテーマじゃん。」
「あれはBLアニメだったんですか。」
「そうだろう。イザークとディアッカの。」
「そっちの方ですか。良く分かりませんがカラオケをスタートします。」
コッコの後は、セローが『ジュニア』、ラッキーが『メリッサ』を歌った。
「アキさんは何を歌いますか。」
「じゃあ、練習をかねて『Fly!Fly!Fly!』で。」
「分かりました。では、スタートします。」
アキが無事に歌い終わる。
「有難うございました。アキでした。」
自然に拍手が起きた。
「やっぱり、この曲を上手に歌うのは難しいわね。パスカル、どうだった?」
「良かったけど、ミサちゃんにはかなわないかな。」
「この曲は、パワー、リズム、テクニックの全部が必要ですから。」
「まあ、そうね。」
「でも、この6人の中ではアキさんの歌が圧倒的にいいです。」
「有難う。やっぱり、練習しているからかな。」
「そうだと思います。練習は大切だと思います。」
「分かった。じゃあ、次はパスカルと湘南で。」
「俺たちは、いつもデュエットなの?」
「当たり前だろう。肝試しの分を取り戻さないと?」
「じゃあ湘南、COLORSでいいか。」
「はい。少しキーを下げれば大丈夫です。どっちを歌います?」
「KOHSHIの方で。」
「分かりました。僕はKEIGOの方を歌います。それではスタートします。」
アキの家の別荘では、カラオケを順番に2時間ぐらい楽しんでお開きにすることになった。
「じゃあ、最後は『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』の湘南のアレンジで。大丈夫だよね。」
「はい、持ってきていますから大丈夫です。」
「こんにちは、アキです。次が最後の曲になります。」
5人が「えー」と答える。
「みんな有難う。それでは、最後の曲『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を心を込めて歌います。」
誠がカラオケをスタートさせる。アキが歌い始め、順調に歌い終わる。
「お聴き頂き有難うございます。アキで『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』でした。」
「アキちゃん、最高!」「すばらしい。」「いい曲だー。」「アキちゃん、可愛い。」「春先より、すごく良くなっています。」
「有難う。さて、明日もあるから寝ましょうか。」
「アキちゃん、明日の午前中は、いよいよオリジナル新曲のプリプロだからね。」
「うん、楽しみにしている。」
「作曲者によるアレンジ付きですが、変更しても良いということですので、希望があったら何でも言ってください。」
「有難うね。それじゃあ、上に行くね。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ。」「アキちゃん、コッコちゃん、おやすみなさい。」「おやすみー。」「じゃあ、男子諸兄、おやすみ。」「おやすみなさい。また明日。」
アキとコッコが2階に上がって行った。男性陣は、マイ枕を持ってきたセローを除いて、服などを丸めて枕にして、上着を体にかけて、畳の上に4人が横たわった。アキたちも布団を敷いて横になった。
「何か、寝るのがもったいないね。」
「じゃあ、今から下に夜襲をかけるか。」
「夜襲って。明日の朝はプリプロだから今晩は無理かな。」
「それなら、明日の晩決行しよう。」
「でも、夜襲って何するの?」
「うーん、夜の撮影大会。」
「いやよ。」
「勘違いしない。アキちゃんはカメラマン。パスカルちゃんと湘南ちゃんに恥ずかしい格好させて撮影する。アキちゃんが言えばかなりやりそうだから。」
「そういう趣味はないけど、撮るのは大丈夫。」
「じゃあ、そうしよう。ふふふふふ。では、おやすみ。」
「コッコ、笑いが不気味だよ。まあいいけど。それじゃあ、おやすみなさい。」
一方のミサの家の別荘でもカラオケ大会が続いていたが、夜の11時の少し手前で、尚美がリビングで静かに寝はじめた。
「尚ちゃん、寝ちゃったね。」
「尚が一番頑張っていたから。」
「リーダー、まだ中学生だしな。」
「尚ちゃん、寝ていると可愛い。」
「起きていても可愛いんだけど。尚の明日夏への突っ込みだけは厳しい。」
「いつも漫才みたいで面白いぜ。」
「明日夏さんがデリカシーのないことを言うからいけないんです。でも、リーダー、明日夏さんのことをいつも心配していて、嫌いというわけでもないんですよ。」
「最初にやっちゃったからね。尚ちゃん、お兄ちゃん想いだし。でも、それは昔からだから、もう慣れちゃったけど。」
「明日夏、明日夏が慣れちゃだめなんじゃ。とりあず、私が尚をベッドに運んでいくね。」
「私がついていくよ。ドアを開けたり、もう一人いたほうがいいでしょう。」
「そうね。じゃあ、明日夏お願い。」
「分かった。」
ミサが尚美をそっと抱っこして明日夏と2階の寝室のベッドまで運んだ。二人が戻るとカラオケ大会を続けたが、12時ごろにお開きとなった。明日夏とミサ、尚美と久美、由佳と亜美が同じ部屋で寝ることにした。明日夏は寝る支度をした後、窓から砂浜や海を見ていた。
「夜の海は暗いね。吸い込まれそうっていうやつか。でも、昼間はあそこで遊んでいたんだね。人がいないコートは寂しげだな。」
「じゃあ、今からビーチバレーやる?」
「その発想は全くなかった。」
「今日は本当に楽しくて、寝るのがもったいないから。」
「ミサちゃん、水泳、ビーチバレーにダンスに、一日中動きっぱなしだったよね。」
「うん、今日は生まれてきてから、一番楽しかったかもしれない。」
「また、オーバーな。」
「本当の話。」
「じゃあ、明日また遊ぶために、寝ようか。」
「そうね。まだ明日があるもんね。」
「その通り。」
明日夏とミサがベッドに横になった。
「それじゃあ、電気消すよ。」
「はい、お願いしやす。」
電気を消すと窓の外の星が見えた。
「明日夏、おやすみ。また、明日。」
「ミサちゃん、おやすみなさい。じゃあ、明日。」
ミサはすぐにスースーと寝息を立てて寝始めた。明日夏も、ミサが寝付いたのを見て、目を閉じた。
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