第11話 初夏
夏と言えば水着回である。二つの班が同時に進行する水着回という点が、オリジナリティーというほどのものではないが、本小説の特徴的なところではある。そして、この第11話は海に行くための準備の話である。
夏休みに入ってリリースイベントが終盤の最初の日曜日に夏の野外ライブが開催された。会場に、誠、ラッキー、パスカル、アキ、コッコが集まった。ラッキーが誠を励ます。
「推し変はあるものだよ。トリプレット、なおみちゃん可愛いし、由佳ちゃんのダンスカッコいいし、亜美ちゃんの低音の歌声も魅力的だし。」
「しかし、湘南、明日夏ちゃんのTOまでなって、簡単に放り出すもんじゃないぞ。」
「放り出すつもりはありません。明日夏さんのコールブックの作成やホームページについては、今後も作っていこうと思いますが、ライブが重なった時はトリプレットを優先しようと思っています。トリプレットのTOはタックさんなので、僕はCDを買っても邪魔をしないように見ているだけでいいです。明日夏さんのTOはセローさんにお願いして、僕はセローさんのサポートにつくつもりです。」
「それでいいのか。」
コッコが取りなす。
「まあ、いろいろあるんだよ、湘南にも。」
「パスカル君、湘南はできる範囲で頑張っているんだから、あんまり責めちゃいけないよ。今でも、明日夏ちゃんの副TOとしていろいろ頑張っているようだから。」
「ねえ、湘南、私はまだ推してくれるんだよね。」
「はい、MIDI、CD、ポスター、チラシの作成はやります。MIDIもコード進行から、各楽器のスコアを手際よく作成できるようになってきましたので、曲の範囲を広げられます。」
「そうなんだ。じゃあ、全然問題ないよ。先週のイベントで近くで見たら、なおみちゃん、私に勝つだけあって、本当に妖精みたいだったし、中学2年で可愛いんじゃ仕方がないよ。」
「湘南ちゃんの場合、そういうんじゃないんだけどね。」
「湘南君、しいて言うと、トリプレットの中で誰推しなの?」
「推しはいないのですが、なおみさんは守らないといけない感じがしています。」
「ロリコンか!」
「パスカルちゃん、そうじゃないんだよ。シスコンに近いんじゃないかと思う。なおみちゃん、妹子ちゃんに似ているし。」
「全然似ていないよ。」
「湘南には似て見えるんだよ。それに、明日夏ちゃんもどちらかというと守りたいという気持ちから推しているみたいだし。」
「コッコちゃんのいう通りだと思う。特に、トリプレットの時の湘南君は、特典会中も警備員さんみたいに会場を見張っている感じもする。」
「なるほどね。同じ中二というだけで、全然似ていないけど、湘南には、なおみちゃんが妹子ちゃんのように見えるのか。じゃあ、もう仕方がないという感じか。」
「そうだよ。パスカルちゃん。」
「でも、今日は、ミサちゃん、明日夏ちゃんにトリプレットが出るからお得だよね。結局、お店が忙しくて明日夏ちゃんのイベントに行けなかったから、新曲が楽しみ。」
「僕も、またミサさんの歌を生で聴いてみたいと思っていましたから、楽しみです。」
「湘南君も、明日夏ちゃん、トリプレット推しからミサちゃんに推し変してしまうかもしれないよ。その位、今のミサちゃんはすごい。歌も顔もスタイルも。」
「ミサさんの場合は、私が推す必要性を全く感じないので、推すというより、普通に歌を聴いていたい歌手の一人という感じです。」
「うん、そうだね。そういうのもあるとは思う。今日はミサちゃんが一番人気だから、トリで、一番最後になるんじゃないかな。」
「ミサさんの人気を考えるとラッキーさんのいう通りじゃないかと思います。トリプレットは最初の出演で『私のパスをスルーしないで』のこのイベントのためのスペシャルアレンジにするという話しです。」
そばにいたタックが大きな声で誠に言う。
「お前、いい加減なことを言うなよ。どこで聞いたんだ、そんな話。」
「噂です。」
「お前な、同じ事務所の明日夏ちゃんのTOだったからと言って、そんな情報が入るはずはないだろう。それも途中で放り投げて。トリプレットの現場に来るのは歓迎するが、でかい顔はするなよな。」
「はい、明日夏さん推しも止めたわけではないですが、トリプレットの現場に来たときは、応援だけにしたいと思います。」
「ならいい。」
タックたちが少し離れたところで言う。アキが言う。
「何か、横暴なやつ。」
「タック君も悪い奴ではないんだ。体育会系だけど。」
「そんな感じね。」
「ところで、さっきのアレンジを変える話は本当?」
「はい。実は、そのアレンジの作っている人を知っていて、その人の話です。」
「そうか、湘南、最近アレンジとか勉強しているから、そのつながりがあるのか。」
「はい。春よりメンバーの能力が上がったから、それに合わせてより高度にしたということです。今回だけのスペシャルアレンジだそうです。」
パスカルが言う。
「それは楽しみだな。」
「はい、知り合いが作ったアレンジが、本当にうまくいっているかどうか確かめてみたいです。」
一方、ミサの楽屋に、明日夏と尚美たちが遊びに来ていた。
「えへへへへ。今日は3曲歌うよ。ミサちゃんに、聴いてほしくて。」
「うん、明日夏2番目だよね。自分の番まで余裕があるから聴くよ。明日夏も上手になっているから楽しみ。あっごめん、また、偉そうなことを言って。」
「いえ、美香先輩は歌に関しては本当に偉いと思っていますので、どんどん上から目線で、言ってください。その方が、明日夏先輩にも私たちのためにもなります。いいですよね、明日夏先輩。」
「もちろん。歌に関して何かあったらどんどん言ってね。逆に、アニメのことなら、私が何でも答えるよ。」
「ただ、美香先輩、明日夏先輩のアニメの情報は、かなり偏っていますので気を付けて下さい。でも、あの法則のために、ちゃんと歌の練習の宿題をやってくるようになって、橘さんもセカンドシングルの出来はかなりいいと言っていました。世の中、何が役立つかは分かりません。」
「そうなんだ。それはますます楽しみ。それで、今日は最初が尚たちなんだっけ。」
「はい、その通りです。先頭ですので、会場を温めるように頑張りたいと思います。今回は、初めての生バンドで、タイトル曲のアレンジを変えてみるので、反応が楽しみです。」
「へー、どんなふうにするの。」
「由佳さんのダンスの切れと、亜美さんの綺麗な声が生かせるようにしています。」
「由香も、私も気に入って、3日間、このライブのために練習してきました。」
「おう、ダンスの見せどころが増えて、やる気になったぜ。」
「尚に関しては?」
「私に関しては、少しコミカルで可愛くなるようにしていますが、それほどは変わっていません。」
「へー、誰が考えたの?」
「アレンジの基本は兄が作って、社長がスっカーズ向きに調整しました。」
明日夏が驚く?
「えっ、尚ちゃんのお兄ちゃん、社長が認めるぐらいまで上達したんだ。」
「地下アイドルのプロデューサーの手伝いで、何曲もアレンジをして、知識や技術を身に付けてきているみたいです。」
「あー、アキさんね。まあ、尚ちゃんのお兄ちゃん、イケメンじゃないけど頭はいいからね。」
「明日夏、相変わらず、自分のファンに・・・・」
「私のTOは降りたみたいだけど。」
「それは、そんなひどい扱いをしていれば、やっぱり、そうなるわよ。」
「そうじゃなくて、尚ちゃんたちのライブが優先だからだと思うよ。」
「そうか。実の妹だもんね。それは、そうなるよね。」
「はい、イベントが被るとトリプレットを優先すると言っていました。でも、兄は明日夏さんのコールブックやホームページの製作は引き続きやりますし、推しは明日夏先輩で変わらないようです。」
「明日夏、やっぱり感謝しないと。」
「感謝はしているよ。それに、尚ちゃんのお兄ちゃんって、尚ちゃんが一を聞いて十を知るとすると、一を聞いて百を知るという感じがする人だし、尚ちゃんのためなら全力を出したはずだから、どんなアレンジを作ったのか聴いてみたくはある。」
「尚の十倍なんだ。それは、すごいね。」
「明日夏さんに聴いてもらえれば、兄も喜ぶと思います。」
「しかし、明日夏が好きになる人がどんな顔をしているのか見てみたいな。」
「残念ながら、3次元には存在しないのです。」
「明日夏さん、亜美もだけど、超超面食いだからな。」
亜美が話しを変える。
「ミサさん。今日、明日夏さんとトリプレットのバックバンドが、また、すっカーズなんです。それで、順番が連続しているんですが、すっカーズがまた緊張しすぎないか少し心配です。」
「亜美、また、社長のウクレレの登場だぜ。」
「さすがに、さいたまスーパーアリーナよりは全然狭いから大丈夫じゃないかな。」
「そうだと良いです。」
「そういえば、美香先輩はトリですよね。大丈夫ですか?」
「そうなんだよ。先輩たちがいらっしゃるのに、やっぱりトリって重責だから、緊張しちゃう。」
「じゃあ、今日も明日夏先輩の笑顔を思い出して、緊張をほぐすんですか?」
「そうするつもり。尚たちも?」
「はい。」
「本当に、何度でも笑えるぜ。」
「それだけは、明日夏先輩はすごいと思います。」
明日夏が答える。
「先輩を笑いものにする後輩たち。」
「違います。明日夏先輩が、自分で笑いものになっているだけです。でも、明日夏先輩は何か考えているんですか?歌う前に。」
「最近は、橘さんに言われたことを思い出しているよ。」
「へー、先輩もプロの歌手になってきたんですね。以前は漫画の話か、ライブが終わったら何を食べようかだったんじゃないですか?」
「なんで、尚ちゃんは人の頭の中までわかるの。」
「長く一緒にいるからです。」
「名探偵尚ちゃん、さすがです。」
アニソンサマーフェスティバルが開始される旨の場内アナウンスがあり、バックバンドが配置について『ペナルティーキック』の演奏を始める。場内は歓声に包まれた。そしてトリプレットが元気に登場しパフォーマンスを始める。『ペナルティーキック』のパフォーマンスは無事に終了して、MCに入る。
「みなさん、こんにちは、トリプレットの星野なおみです。」
「南由佳です。」
「柴田亜美です。」
「アニソンサマーフェスティバルにようこそ。」
「トリプレットがテレビアニメ『U―18』の主題歌『私のパスをスルーしないで』でデビューしてから1カ月になりました。ただ今、お聴きいただいた曲は、そのカップリング曲の『ペナルティーキック』です。デビューのリリースイベントで、ミニライブを開催してきましたが、本格的なライブに出るのは今日が初めてです。初めましてという方も多いと思いますが、トリプレットのパフォーマンスを楽しんで頂ければと思います。この1カ月間、たくさんの人と知り合えて、とっても楽しく過ごしてきました。由香先輩、亜美先輩、この1カ月間どうでした?」
「ステージ上でダンスをするのは、すごい快感だぜ。リーダーの可愛さだけでなく、俺のダンスも注目してくれると嬉しい。」
「はい、由香先輩のダンス、この1カ月でますます磨きがかかっていますので、是非ご覧になって下さい。」
「私は歌手志望なのですが、ステージの上で歌えて、ユニットを支えることができて幸せです。」
「次の曲『ずっと好き』は、亜美先輩がセンターですので、ぜひ、亜美先輩の歌を堪能して頂ければと思います。それでは、トリプレットで『ずっと好き』。」
亜美がセンターとなって、『ずっと好き』が披露された。
「トリプレットで『ずっと好き』でした。亜美さんの綺麗な歌声が会場に響いていたと思います。それでは亜美さんここで一言。」
「えっ、リーダー何言えばいいの?」
「みんなずっと好きとか。」
「みんな、ずっと好きだよ!」
「元気なのは由香先輩にまかせて、もう少ししおらしく。」
「厳しいリーダーです。では、行きます。みんな、ずっと、好きだよ。」
尚美が拍手をしながら。
「はい、亜美先輩、有難うございます。では、由佳先輩。」
「おい、みんな、ずっと好きだぜ。」
「『おい』から始まるのが由佳先輩らしいです。有難うございます。」
「じゃあ、最後はリーダー、手本をお願いするぜ。」
「手本になるかどうかわかりませんが。みんな・・・、ずっと好き。」
「おお、さすがリーダー。」
「気を付けよう。暗い夜道と、リーダーの甘い言葉、って感じでした。」
「どうも有難うございます。さすがに緊張してしまいました。トリプレット、これからも、こんな感じの3名でやっていこうと思いますので、また、お目にかかることができればと思います。それでは、次の曲がトリプレットの最後の曲になります。」
会場から「えー」という声が聞こえる。
「えーと言われましても、トリプレットには持ち歌が3曲しかありません。皆様が応援してくれれば、曲も増えていくと思いますので、よろしくお願いします。最後の曲は残り1曲の『私のパスをスルーしないで』ですが、このライブのスペシャルアレンジでお届けします。この1か月間で成長した私たちに合わせて、より高度なパフォーマンスになっています。また、みなさんが応援しやすいものになっていますので、是非、お楽しみください。それでは、トリプレットで『私のパスをスルーしないで』。」
誠がアレンジを元に悟が手を加えた『私のパスをスルーしないで』が披露された。
「どうも、有難うございました。トリプレットでした。」
3人は手を振りながら、舞台袖に下がっていった。それと、同時に明日夏が舞台中央に出てきた。そして、『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を歌い始めた。
「神田明日夏で『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』でした。それにしても、トリプレットのパフォーマンス、すごかったでしたよね。一応、同じ事務所に所属して後輩になります。バックバンドも同じ事務所で普段はデスデーモンズという怖い名前でとげとげしい恰好をしてライブをしていますが、バックバンドをするときはスっカーズという名前と普通のカッコいい恰好で演奏を行っています。うちの、バンドに拍手をお願いします。」
会場から拍手が起こり、バンドメンバーがそれに答える。
「スっカーズという名前は私が付けたんですが、いつも、何ですっか、とか、いいっすねとか話しているから名付けました。可愛い名前で気に入っています。由佳ちゃんも、デスデーモンズをやめてスっカーズにしたらと言っています。」
明日夏が振り返るとバンドメンバーが首を横に振っていた。
「残念ながら、バンドの方々は、この名前、あまり気にっていないようですね。とっても残念ですが、仕方がありません。それでは次は私のセカンドシングル、7月放送開始のテレビアニメ『ジュニア』の主題歌『ジュニア』を歌いたいと思います。このアニメには、性格はともかくイケメン男性キャラがたくさん出演しているため、まだ推しを決められていません。『ジュニア』は、そのようなイケメン男性に対する女の子の気持ちを歌ったものです。そして、その次が最後の曲になりますが。」
会場から「えーー。」という声が起きる。
「『ジュニア』のカップリング曲『天使の笑顔』を歌います。これも、イケメン男子の笑顔を見た女の子の気持ちを歌ったものです。まあ、これも私のための歌と言って間違いないと思います。それでは、2曲続けて歌います。神田明日夏で『ジュニア』。」
明日夏は2曲を無難に歌い終わる。
「有難うございました。神田明日夏で『ジュニア』と『天使の笑顔』でした。ライブはまだまだ続きますので、どうぞお楽しみください。」
明日夏とスっカーズが舞台袖に下がった。
明日夏の後も、アニソン歌手や声優のパフォーマンスが続いた。ライブが半分終わり休憩時間に入ると、タックが誠の方にやって来た。
「湘南さんだっけ、やっぱり、何か知っていたの?」
ラッキーが説明する。
「タック君、湘南君は、いわゆる地下アイドルのアキさんの曲のアレンジをしていて、知り合いが今回のトリプレットのアレンジを担当したってことだよ。」
「すみません。事前にあまり公言するのは良くないかと思って、黙ってしまいました。やはり、最初に内輪と言っても話すべきではなかったと思います。嬉しくて口が滑ってしまいました。申し訳ありません。」
「そうか、知り合いがあのアレンジを。それはすごいな。公言しない方が良いということも分かるから、あまり気にしないでくれ。」
「はい、アレンジした人の話しでは、由香さんのダンスパートはリズムを強調してカッコよく、亜美さんの歌の部分はキーボードで音を重ねて重厚でありながら音量は下げて、なおみさん歌とダンスをよりコミカルにするようにしたということです。」
「なるほど、そんな感じのアレンジだったな。また、その人に会うことがあったら伝えておいてくれ、応援しやすかったし、なかなかいいアレンジだったと。」
「はい、分かりました。」
「ねえねえ、タック、私が湘南がアレンジをしている地下アイドルのアキなんだけど、時間があるときに、是非、私も推してね。」
「はい?」
「アキちゃんのプロデューサーはパスカル君だよ。」
「えっ、あの酒カスのパスカルがプロデューサー!?」
「最近、お酒はあまり飲んでいないよ。」
「あっ、パスカルさん。」
「プロデュースするのは大変だけど、推すだけよりもっと面白い。」
「そうなんですか。」
「はい、トリプレットがないときにでも、イベントに来て下さい。ほら、湘南、チラシ、チラシ。」
「はい、タックさん、これがイベントのチラシです。どうぞ。」
「あっ、有難う。曲のアレンジが湘南になっているな。」
「もちろん、プロのアレンジにはかなり劣りますが、自分で作ったものが表に出るのは楽しいです。」
「タック、有名になったら私に近寄れなくなるから、今のうちに是非。」
「えっ、はい。時間があるときに。」
「絶対ね。」
タックは自分の居た場所に戻っていった。
休憩時間が終わり、アニソンサマーフェスティバルのライブが再開され、順調に経過して行った。そして、ミサがステージ中央に現れると、今まで一番大きな歓声に包まれた。ミサが一言静かに話す。
「『Fly!Fly!Fly!』」
そして、『Fly!Fly!Fly!』の前奏が流れはじめ、ミサはほぼ完ぺきに歌い終わった。CDの収録から1年が経ち、CDに収録されている歌よりスピード感あふれる歌を聴いた誠の口から感想が漏れた。
「さすが、大河内さんというところか。」
ミサがMCを始める。
「こんにちは、大河内ミサです。私のデビュー曲『Fly!Fly!Fly!』を聴いて頂きました。カッコいい曲ですが、いかがでしたか?」
会場から「カッコ良かった!」「ミサちゃん!」のような歓声が沸いた。
「私の大好きな曲で、収録から1年が経ちましたが、今でも練習して、これからももっとカッコ良く歌えるようにしていくつもりですので、これからも、是非、私の歌を聴きに来てもらえればと思います。歌手活動を始めてから、このライブの最初に登場したトリプレットのみんなや明日夏と友達になれて、今は楽しい日々を過ごしています。今回はこのライブのトリということで、本当は緊張するところなのですが、私は、何故か明日夏の顔を思い出すと緊張を解くことができて、リラックスして歌えます。本当の話しですので、みなさんも緊張した時には試してみて下さい。それでは次は、7月にリリースされた私の4枚目のシングルから、テレビアニメ『チャンピオンカップ』の主題歌『Catch Up』を、その次にセカンドシングル『Uninnocent』から『許されざる恋』を歌います。『Catch Up』は、ずっと先にいる人にどんなことがあっても追いつこうとする強い意思をカッコ良い旋律で表現した曲です。スピーディな部分がカッコいいところですので、振り落されないでついてきてください。『許されざる恋』は、逆にバラード調で表現に歌い手の実力が問われる曲ですが、今の精一杯の思いを込めて歌います。それでは『Catch Up』」
ミサは2曲をほぼ完ぺきに歌い上げる。会場は興奮の歓声が飛び交った。誠がまた感想を漏らす。
「えーい、ヘルツのロックシンガーは化け物か。」
ミサは会場が少し静まるのを待って、MCを始める。
「『Uninnocent』と『許されざる恋』を聴いて頂きました。これから夏本番、海や山、いろいろな遊びができる季節になりました。遊ぶときには、尽きることない力で楽しんでもらえればと思います。それでは、次がアニソンサマーフェスティバルの最後の曲になります。」
会場に今までで一番大きな「えーー。」という声が鳴り響く。
「『Bottomless power』。」
ミサが『Bottomless power』を歌い出してから少しして、ステージ向かって右側で騒ぎが起きていた。身長190センチメートル、体重150キログラムはあろうかという大男が興奮して「ミサ!」と叫びながらステージに上がろうとしていた。ミサは気づかずに歌い続けていた。3人のスタッフが止めようとしたが止めることができずに、大男がステージ上に上がって来た。ミサも異変に気づいて左側を見ると、大男が「ミサ!行こう。いっしょに行こう!俺といっしょに!ミサ!」と大声で叫びながらミサの方に歩きながら近づいてきた。ミサは近寄ってくる大男を見て驚いてマイクを落とし、大男を見つめたまますくんで動けなくなってしまっていた。
誠は大男がステージに上がろうとするのが見えるとすぐに、バッグから尚美を守るために持っていた催涙スプレーを取り出し、前に進もうとしていたが、人が混んでいて進むことは難しそうだった。他にも前に進もうとする人が見えたが、やはり行けそうもなかった。ライブの最後の舞台あいさつのために集まっていた出演者やスタッフの中から、明日夏と尚美が、そして悟と久美が走り出していた。明日夏は固まっているミサに寄り添って、ミサに呼びかける。
「早く逃げよう。」
尚美はそのそばで「相手の体が大きくて頑丈そうだから、私の素手じゃ打撃力が不足する。何か武器になりそうなものはないの。」と考えながらステージ上を見回していた。悟は男の方に向かい、久美がそれに続いた。悟が男を抑えようとしたが、突き飛ばされて転倒してしまった。久美は男の体を思いっきり蹴ったが、大男だったため、あまり効果がないようだった。すぐに起き上がった悟が再度男を抑え、久美がそれに加勢した。久美が叫ぶ。
「大河内さん、早く逃げて。」
大河内は動けないままだった。大男は二人に押さえられながらも、ミサの方に寄って行った。明日夏は「私だけ逃げるわけには。」と思いながら、ミサのそばにいた。誠はステージ上の状況を見ていて尚美が武器を探していることが分かっていた。一瞬だけ迷ったが、尚美が素手で突撃した方が危ないので大声で尚美を呼ぶ。
「尚!尚!尚!」
尚美が「お兄ちゃんの声?」と思い観客席を見る。尚美は声の方向を見て、前に出ようとしている誠をすぐに見つける。
「お兄ちゃん!」
「スプレー、行くぞ。」
「お願い。」
誠が尚美に向って、催涙スプレーを投げ、催涙スプレーは放物線を描いた。尚美は2~3歩下がってキャッチする。
「有難う!」
尚美はすぐに走り出した。それは、尚美に加速装置でもついているかのような速さだった。
「無理はするなよ!」
「はい!」
尚美は、悟と久美が抑えている男に横から近づいて、顔に催涙スプレーをかけ、後ろに回って、男の膝の後ろを蹴った。ミサは誠と尚美の声に気付いてから、誠と尚美の動きを見ていた。男は仰向けに倒れた。男は、
「目が、目が、目がー!」
と叫んでいた。尚美が明日夏、久美、悟に指示を出す。
「社長、明日夏先輩、橘さん、美香先輩を舞台袖まで連れて行ってください。動けないようでしたら、社長が美香先輩を抱えて運んでください。」
悟が言う。
「尚ちゃんは?」
「ここで見ています。」
「でも。」
「まだスプレーもありますし、この男よりは足が速いので大丈夫です。それより、早く美香先輩を運んでください。」
男は座った後立ち上がったが、目が痛くて見えないため、目を手で押さえながら、ふらふらと歩いていた。尚美と明日夏を見てミサが言う。
「尚、明日夏、大丈夫、自分で動ける。」
ミサは明日夏に連れ添われて、歩いて舞台袖に下がって行った。尚美、悟、久美が男を見張る中、多数の警備員がステージに上がってきて、男を取り押さえようとした。男は激しく抵抗したが、手をひもで縛られて、別室に連れていかれた。尚美が辺りを見回して安全を確認してから、誠の方を見て手を振った。誠もグッドジョブのサインをする。尚美が久美と悟に話かける。
「ふう、何とかなりましたね。」
「お疲れ様というより、助かったわ。」
「いや、本当に。」
「有難うございます。とりあえず、お客さんに説明してきます。」
尚美はミサが落としたマイクを持って、ミキサーに目くばせをする。
「大変申し訳ありません。不測の事態が生じました。これからこのライブをどうするか、主催者を中心に協議が開かれると思いますので、その結論が出るまでしばらくの間お待ちください。」
尚美はアナウンスを終えると、一礼してから舞台袖に下がり、舞台には何人かの警備員がいるだけになった。
今の様子を見ていたラッキーが誠に尋ねた。
「えーと、星野なおみちゃんって、湘南君の妹なの?」
「はい、先日は妹子と名乗っていましたが、僕の妹です。かなり昔に撮った写真ですが、家族の写真を見せます。」
誠が4人家族の写真を見せる。
「本当だ。なおみちゃんだね。妹子ちゃんと言われれば、そういう気もする。」
そのとき、タックのグループが誠のもとにやってきた。
「湘南、なおみちゃんがお前の妹って、信じられないんだが。」
グループ内からも、そうだ、そうだ、信じられるか、の声がかかる。コッコが誠のスマフォを取って叫ぶ。
「えーい、静まれ、静まれ、静まれー。この写真が目に入らぬか。ここにおわす方をどなたと心得る。畏れ多くも天下のトリプレットのリーダー星野なおみ様の実のご兄人(しょうと)、湘南公であるぞ。」
アキも調子に乗って叫ぶ。
「ご兄人公の御前である。一同のもの、頭が高い、ひかえおろう。」
タックのグループが正座する。
「なんちゃってね。でも、星野なおみが実の妹と言うことだから、湘南ちゃんにはいろいろあるんだということだよ。分かってやって。」
「でも、湘南君、どんな経緯で妹子ちゃんが星野なおみになったの?」
「妹が、2月の明日夏さんのファーストシングルのリリースイベントの最終日に来たのは覚えていますか。」
「もちろん。湘南が明日夏ちゃんのイベント入場の抽選に当たらないから、抽選券の数を増やして当選の確率をあげるためにいっしょに来たんだったよね。」
「はい。」
「湘南、そんなことのために、なおみちゃんを。」
「タック君、それは妹子ちゃんが自ら言い出したんだよ。妹子ちゃんがそう言っていたのを覚えいてる。」
「はい、その通りです。」
「タック君、ここの兄と妹の仲はいいから、控えた方がいいよ。」
「ラッキーさん、わかりました。今のステージの上のことを見ても、なおみちゃんと湘南さんは信用し合っているようでした。申し訳ありません。」
「いえ、妹のことを思って言ってくれているので構いません。そのイベントでは二人とも抽選が当たって、私は前の方、妹は一番最後の順番でした。」
「うん、そうだったね。」
「イベントが終わっても、妹がなかなか出てこないので、なんでだろうと思ったのですが、30分ぐらいして、パラダイス興行の社長さんと一緒に現れて、アイドルユニットのリーダーにスカウトする、という話しになったんです。本当に突然です。」
「そうなんだ。」
「それは、なおみちゃんがイベントの列にいたら、スカウトしますよね。やっぱり。」
「あの時は、湘南の妹だから頭は良さそうと思ったけど、あんまり可愛いという印象はなかったけど。」
「だから私は言ってたでしょう。妹子ちゃんは、顔立ちが良くてすごく可愛いって。みんな見る目がないんだよ。それに、星野なおみちゃんが妹子ちゃんということは、最初から分かっていたよ。湘南が言わないから黙っていたけど。」
「そうか、だからコッコちゃんは湘南をずうっとかばっていたのか。」
「そうだよ。」
「気があるのかと思ってたよ。」
「ねーよ。」
「あの湘南さん、もし、よろしければ、もう一度だけ子供のころの写真を見せて頂けますか。」
「見るだけならば。」
タックのグループのメンバーが誠のスマフォの周りに集まる。
「このころから光り輝いていたんですね。なおみちゃんは。」
「はい。でも、この後すぐに地味な恰好をするようになっていきました。」
「周りが、うるさかったんですかね。」
「そうかもしれません。」
「でも、ご両親の良いところを取ったんですね、なおみちゃん。」
「悪いところを取ったのが僕ですね。良く言われます。」
「そこまでは言っていません。」
「一応ですが、昔からそれを言うと妹が怒っていましたので、あまり言わない方が良いとは思います。」
「分かりました。気を付けます。」
「写真をどうも有難うございます。お兄様におかれましても、なおみちゃんのことをよろしくお願いします。もし何かありましたら、遠慮なく私に命令してください。命に代えてもなおみちゃんをお守りします。」
「分かりました。妹に危ないことがありましたら、お手伝いをお願いするかもしれません。」
「分かりました。」
タックは挨拶して、元の場所に戻っていった。ラッキーが誠に話しかける。
「僕も、なおみちゃんに危険があるようだったら、絶対に手伝うので、いつでも言って。」
「わかりました。お願いすることもあるかもしれません。ただ、妹は足が速いので、下手に助けようとすると、かえって足手まといになる可能性はあります。」
「そんな感じもするよね。今も瞬間移動のようだった。うん、分かった、状況を良く見るよ。」
「お願いします。」
アキが誠に話しかける。
「5月の『タイピング』のイベントの時は、化粧もしていなかったし、服装も地味でわからなかったけど、あの湘南をジーっと見ていた子は亜美ちゃんだったんだと思う。」
「はい、たぶんリーダーの兄という事で僕を見ていたんだと思います。」
「しかし、なんで妹子が。」
「仕方がないよ。いろいろレベルが違うから。私は妹子ちゃんのそばに寄ってよく見たから分かったけど、社長さんはさすがよね。あの隠された可愛さを一目で見抜くんだからね。」
「まあ、パラダイス興行の社長は、俺とは違って本物のプロのプロデューサーだからね。なおみちゃんの他にも、明日夏ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃんを見つけて、プロデュースしたわけだし。」
「うん、パスカルちゃんの言う通りだろうね。」
楽屋で、久美が悟に話しかける。
「悟、大丈夫?病院に行く?」
「大丈夫。打ち身だけで、骨とかには異常はなさそう。久美が貼ってくれた湿布が効いた。有難う。」
「お安いご用よ。」
「本当に良く効くね。」
「そう。打ち身には湿布が一番いい。」
「経験があるみたいだね。」
「高校のころはよく暴れたから。」
「それは、あんまり聞きたくない話だな。」
「でも、男が舞台に現れて、すぐに飛び出して行った悟、見直した。」
「もう誰かが怪我をしたり死んだりするのは見たくないから。それにしても尚ちゃんのおかげで助かった。」
「聞いた話しによると、客席にいた尚のお兄さんが、催涙スプレーを尚に投げて渡したみたいよ。」
「可愛いだけじゃなく、いろんなことができるよね、尚ちゃんは。」
「最初は地味な格好をしていたけど、あんなに可愛いって、あのとき分かったの?」
「ははははは、全然分からなかった。とんでもなく機転が効くのでアイドルユニットのリーダーに向いているとは思ったけど。」
悟がくしゃみをした。
「大丈夫?このところ無理をしているから夏風邪?」
「いや。誰かが僕の噂をしているのかな。」
「そんな人いないわよ。」
「それもそうだ。」
アニソンサマーフェスティバルの主催・協賛企業の代表者、出演者のマネージャーも集まっていた。パラダイス興行からは社長の負傷でマネージャーの久美が付き添っていたため、尚美が出席していた。
「大河内ミサさんは精神的なショックが大きく、いま、神田明日夏さんと念のため病院に向かっています。マネージャーさんもいっしょです。」
「このままライブを終了しても、ほとんど終了していますし、返金などの義務が生じることはないとのことは、顧問弁護士に確認しました。」
「ただ、後味は悪いよね。溝口エイジェンシーのお考えは。」
「溝口マネージャーならばともかく、僕には権限がありません。主催者の方で決めて頂ければと思います。」
尚美が発言する。
「パラダイス興行の代表ではなく、大河内さんの友人としての提案ですが、精神的ショックということと、幸い病院に行くほどの怪我をされた方もいませんので、出演者全員と会場で『Bottomless power』を歌って、それをビデオで撮影して、大河内さんに送るというのはいかがでしょうか。」
「悪くはないけど。準備が間に合いますか?」
「必要なことは、大河内さん以外のファンの方もいますので、歌詞を正面スクリーンに投射することぐらいでしょうか。あとは、生バンドですので、少しゆっくり演奏してもらうぐらいで大丈夫と思います。準備の時間を作るために、先に出演者の最後の舞台挨拶をやって、その後に『Bottomless power』を歌えば良いと思います。司会は良ければ私がやります。」
「溝口エイジェンシーさんは。」
「主催者の方で決めていただければ。」
「他のマネージャーの方のご意見は?」
「うちの演者は歌えないかもしれません。マイクのスイッチングはどうします。」
「マイクのスイッチングはなしで、全員同じ音量でやりましょう。歌えない方は、マイクのスイッチを切っておいて下さい。いずれにしろ、会場の歌声を拾わないといけないので、演者のボリュームは抑え気味になると思います。詳細はミクサーの方にお任せするのが良いと思います。」
「主催者としては、参加者のライブに対する印象が良くなると思いますので、星野さんの案で行きたいとは思います。」
「異議がある方は?」
「ないようですので、星野さんの案で行きたいと思います。」
「有難うございます。それでは、歌詞の投射とスタッフさんの連絡をお願いします。」
「了解です。ところで、この案は平田社長さんが考えたんですか?お怪我もされていますし、そんな時間はなかったようですが。」
「この案は、今私が考えたものです。一応、パラダイス興行に関しては私が全権を委任されています。」
「そうですか。信用されているんですね。」
「はい、そうみたいです。では、私は会場の皆さんに状況などの説明をしに行きます。」
「お願いします。」
尚美がステージの中央に出てきた。
「こんにちは、トリプレットの星野なおみです。みなさん、不測の事態が発生したとは言え、お待たせして大変申し訳ありませんでした。現在までに分かっている状況と、このライブをどうするかに関する協議の結果を説明します。」
みんなが耳を傾ける。
「大河内ミサさんには、外傷などは全くありませんが、精神的なショックが大きいため、友人の神田明日夏先輩とマネージャーさんが付き添って、車で病院に向かっています。ミサさんの他の出演者にも外傷などは一切ありません。他の関係者で転倒された方がいますが、病院に行くほど大きな怪我をされた方はいません。容疑者は、警察の車に乗って警察署に向かっています。」
観客の皆が安堵した表情を見せる。
「ミサさんがさっきのMCで、明日夏先輩の顔を思い出すとリラックスできると言っていたぐらい二人は仲が良いですので、今はミサさんのことは明日夏先輩に任せたいと思います。このライブは、ミサさんが今日最後の曲『Bottomless power』を歌っている途中だったのですが、スタッフの方でミサさんがこのライブで歌うことは残念ながら不可能と判断しました。そこで提案なのですが、ミサさんを力づけるために、出演者と会場のみんなで『Bottomless power』を歌い、それを録画してミサさんに届けて、ミサさんを励ましたいと思います。いかがでしょうか。」
「異議なし。」「賛成。」「ナイスアイディア。」
などの観客の声が会場に響いた。
「それでは、ミサさん以外のファンの方々のために、正面スクリーンに歌詞が映るように準備しているところです。そのため、先に出演者の舞台挨拶を行いたいと思います。その後で録画を行いますので、舞台挨拶が終わっても、できれば帰らないで参加して下さい。」
「はい。」「わかった。」「了解。」
という、会場から声が響いた。
「それでは舞台挨拶を始めたいと思います。出演順に行いますので、トリプレットが一番最初です。由佳先輩、亜美先輩、出てきてください。」
出演者が順番に出てきて、舞台挨拶を始めた。
病院へ向かう車の中で、明日夏がミサに話しかける。
「ミサちゃん、大丈夫?」
「ごめんなさい。私のせいで明日夏まで。」
「いやいや、ミサちゃんは何も悪くないよ。」
「ううん、私の足がすくんでしまったせいで、明日夏まで危険にしてしまって。大丈夫だった?」
「大丈夫、心配いらないよ。犯人は尚ちゃんとマー君がやっつけたから。本当にもう心配はいらないよ。その後、犯人を警察に引き渡したって。まあ、うちの社長が転んだけど、骨は大丈夫みたい。誰もあばら一本もいっていない。」
「そう、良かった。」
「でも、ミサちゃんが全く動けなくなっちゃったのは、何かトラウマでもあるの?」
「うん、他の人には黙っていて欲しいんだけど、小学5年生の夏休みの最初の日曜日の朝に、栃木のキャンプ場で変な人に連れて行かれそうになったの。」
「今日と同じような日か。」
「うん、それで今日は初めからいやな気がしていたの。その時も、すごく怖くて何も言えなくて、変な人に手を引かれて連れていかれていたの。」
「えーー。それでどうなったの。」
「キャンプ場に来ていた小さな男の子が不審に思って騒いでくれて、その場は逃れることができた。」
「良かったね。犯人は?」
「そこでは逃げたんだけど、犯人の車の写真が撮られていて、後で逮捕されたって。」
「それは何より。」
「でも、怖くて事件のことを詳しく聞いていないんだけど、犯人は死刑になったって話しだから、本当は私も危なかったのかもしれない。」
「えーーーー。その子供は大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だった。その男に蹴られていて、私もその子を助けなくちゃと思って動いたけど、無我夢中で何をしたか覚えいてないの。私は怪我一つなかったけど、その子は怪我をしてしまったみたい。」
「でも、大丈夫だった。」
「うん、犯人が車で逃げようとするところを、携帯で写真を撮っていた。それが逮捕の決め手になったみたい。」
「賢い子供だね。どんな子か知っている?」
「後で父がお礼をしようとしたんだけど、その子の親が子供のことを知られたくないみたいで、警察に誰にも身元を明かさないように言っていたから、分からなかったみたい。」
「まあ、相手の親の気持ちは良くわかる。」
「さっき、ステージに変な人が上がって来たとき、急にその記憶がよみがえって、動けなくなっちゃったの。ごめんなさい。」
「そうなんだ。」
「でも、尚たちが頑張っているのが見えて、声が聞こえて、これじゃあ、あの時と同じって思ったら動けるようになった。」
「良かったね。克服できて。」
「まだまだかな。それでライブの方はどうなったの。」
「それは心配しなくて大丈夫。社長や尚ちゃんもいるし。」
溝口マネージャーが報告する。
「ライブの方ですが、星野さんの提案で、ミサちゃんを勇気づけるために、『Bottomless power』を出演者と会場の皆さんで歌って、それを録画したものをミサちゃんに渡すということになったとの連絡がありました。」
「ほら、大丈夫でしょう。」
「うん、よかった。」
「じゃあ、ミサちゃん、今は心配しないで休んで。」
「分かった。」
舞台挨拶の途中も、尚美のところにスタッフが何回か連絡に来ていた。そして、全員の舞台挨拶が無事に終わった。尚美が会場に話しかける。
「それでは『Bottomless power』の録画の方に進みたいと思いますが、その前に発声練習をしましょう。ミサさん、すごい美人でスタイルがいいだけでなく、ご存じのように、すごく歌が上手です。私では足元に及びません。歌の上手さでは勝負にならないと思いますので、せめて皆さんの元気な声と合わせてカバーしたいと思います。そのために、大声を出すための発声練習をします。私についてきてください。では行きます。ケーキ大好き!」
「ケーキ、大好き!」
「もっと、大きな声で!ケーキ、大好き!」
「ケーキ、大好き!」
「じゃあ、次、行きます。アンパン大好き!」
「アンパン大好き!」
「次、行きます。ミサちゃん、大好き!」
「ミサちゃん、大好き!」
「もう1回、ミサちゃん、大好き!」
「ミサちゃん、大好き!」
「次は、自分の好きなものに、大好きを付けてください。私は、トリプレットにしますが、みなさんは何でも構いません。では行きます。トリプレット大好き!」
「〇〇〇〇〇、大好き!」
「残念ながら、私の名前はあまりなかったですね。それは仕方がないとして、最後にミサちゃん、大好きで行きますが、歌の最後では、出演者も含めて全員で叫びたいと思いますので、1、2、3の後に叫んでください。では、最後の練習です。1、2、3!」
「ミサちゃん、大好き!」
「よくできました。百点満点です。それでは『Bottomless power』をスタートします。録画の方、バンドの方、字幕の方、そのほかスタッフさん、準備大丈夫ですか?・・・・はい、全員大丈夫なようですので、バンドの方、ミュージックスタートをお願いします。」
出演者と観客の全員で『Bottomless power』を歌う。アウトロ(歌が終わったあとの伴奏)の部分で尚美が叫ぶ。
「1、2、3!」
「ミサちゃん、大好き!」
「もう一回、1、2、3!」
「ミサちゃん、大好き!」
「ラスト、全力で、1、2、3!」
「ミサちゃん、大好き!」
曲が終わり、尚美がスタッフに確認する。
「録音・録画の方、大丈夫でしょうか?・・・・はい、大丈夫のようですね。有難うございます。ご来場のみなさん、ご協力大変ありがとうございます。皆さんが歌ったこのビデオは必ずミサさんの所へお届けします。大河内ミサさんが早く元気になることを願いながら、このライブを終了したいと思います。今日は本当に有難うございました。」
出演者がステージに手を振りながら舞台袖に下がっていった。最後に、尚美は舞台袖に入る直前に客席に一礼して、舞台袖に下がった。舞台袖には、主催企業の代表者が待っていた。
「星野さん、有難うございました。」
「はい、お役に立てたようならば嬉しいです。それにしても、今回はリリースイベントのミニライブを除けば、トリプレットの最初のライブだったんですが、なんとか事態を収拾できて良かったでした。」
「最初のライブなんですか。星野さん、トリプレットの前は?」
「今年の2月まで普通の中学生をしていたのですが、パラダイス興行の社長にスカウトされて、アイドル活動をするようになりました。今回が私にとっても初ライブ出演です。」
「・・・そうですか。また出演をお願いすることもあると思いますので、その際にはよろしくお願いします。」
「はい、今後とも、よろしくお願い致します。今日は大変有難うございました。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
尚美は急いで社長と久美のところに向かった。そこには、由佳、亜美、ヘルツレコードのトリプレットの担当者が来ていた。
「尚ちゃん、お疲れ様。」「尚、本当にお疲れ。」「リーダー、すげえ、お疲れ。」「リーダー、お疲れ様です。」「星野さん、事態を収拾して頂いて有難うございます。」
「皆様、お疲れ様です。美香先輩の様子は?」
「病院に到着しましたが、検査しても、体に異常はないということです。」
「それは良かったでした。社長さんは大丈夫ですか?」
「久美の湿布が効いて楽になった。」
「外傷はないんですよね。」
「ない。打ち身だけ。」
「では、化膿する心配はなさそうで良かったです。」
「尚ちゃんが、男にスプレーをかけてくれて助かった。」
「社長と橘さんが、男を押さえてくれていたので、狙うのは楽だったです。ただ、一人の力だけで警備が突破されてしまったので、今後のために警備のあり方の再検討が必要かもしれません。」
「星野さんの言う通りだと思います。」
3日後、明日夏と尚美が大河内を心配して話していた。
「ミサちゃん、仕事の方はなんとか続けているけど、あの事件の後、かなり元気がないみたい。あのライブで尚ちゃんたちが撮った、ミサちゃんを歌で励ますビデオを見て、涙を流していたって。」
「ステージ上で動けなくなっていましたから、たぶん、前にも似たようなことがあったんじゃないでしょうか。」
「うん、その通りだけど、ミサちゃんから聞いた個人的な内容を勝手に話すのは。」
「分かります。機会があれば美香先輩から直接聞きます。それより、美香先輩を元気づける方法を真剣に考えましょう。みんなで遊びに行くために取ってあった日を使って、元気づけられるといいと思います。」
「お笑いのライブに行くというのは?元気出そう。」
「明日夏先輩じゃないんですから。行くなら、ロックのライブコンサートでしょう。社長に聞けば、いいライブを知っているかもしれないです。」
「さすが尚ちゃん、社長さんと久美さんに、ミサちゃんに向けの良いライブがないか聞いてみようか。」
「先輩、ごめんなさい、自分で言ってなんですが、お笑いもロックも、ライブ会場は事件を思い出させてしまいますので、やめておいた方が良いかもしれません。」
「そっか、ロックのライブコンサート、いいと思ったんだけど。あとは、うーん・・・・。」
「何か、開放的なところが良いですよね。」
「開放的ね、露天風呂!」
「ゴールデンウイークにも行きましたけど。」
「何度行ってもいいもんだよ。露天風呂めぐり!温泉の湯がお肌に良いし。」
「分かりました。2泊で旅行に行きましょう。でも、温泉だけだと昼が持て余してしまいますよね。」
「ゆっくりゲームをするとか。漫画を見るとか。」
「また、魚肉ソーセージって言われてしまいますよ。」
「ゆでた魚肉ソーセージもなかなか。」
「で、昼は何をしましょうか。」
「私のパスをスルーしないで。」
「そんなことを言っていると、ペナルティーキックですよ。」
「うーん。じゃあ、夏だから泳ごうか?」
「海ですか?」
「そう、海、開放的でしょう。」
「わかりました。状況が状況だけに、美香先輩が行ってくれるかどうか分からないですが、とりあえず、私は温泉と海で場所を探しておきます。美香先輩は先輩と歳が同じで、私と話すより気が楽でしょうから、先輩に大河内さんへの連絡をお願いしていいですか。」
「了解。」
明日夏がミサにSNSの通話機能で連絡する。
「あっ、ミサちゃん、こんにちは、明日夏だよ。」
ミサが元気なさそうに答える。
「明日夏、こんにちは。」
「あのみんなで遊びに行くために取っておいた日で、尚ちゃんと温泉があって海で泳げるところに遊びに行こうかと話しているんだけど、行けそう?」
「大丈夫。海と温泉か、うん、絶対に行く。」
「良かった。」
明日夏が尚美に話しかける。
「ミサちゃん行くって。」
「分かりました、今見て良さそうな場所をいくつかシェアします。」
ミサが明日夏に話しかける。
「明日夏、尚に言って、場所は探さなくていいって。」
「えっ、どうして?もしかして、別荘をお持ちとか。」
「私は持っていないけど、両親の別荘が伊豆にあるから借りられると思う。」
「そうで、ございますか。」
「うん、一応プライベートビーチと温泉が付いていて、5~6人なら問題ない。あと、送迎もあのリムジンを使うから。」
「なんか、逆に悪いみたい。」
「気にしなくていいよ。尚に無駄な作業をさせるのは悪いから、場所と交通手段を探すのはやめるように伝えてくれる。」
「ダコール。」
明日夏が尚美に話しかける。
「尚ちゃん、場所を探すのはいいって。ご両親がプライベートビーチ、温泉付きの別荘をお持ちだそうです。」
「そっ、そうなんですか。分かりました、じゃあ、行き帰りの手配をしますね。」
「行き帰りも、あのリムジンで送迎してもらえるそうです。」
「えーー、すごいですね。美香先輩、本当に深窓のご令嬢なんですね。明日夏先輩、ちょっと代わって頂いてもいいですか。」
「了解。」
「美香先輩、場所をこの前作りましたSNSのグループにシェアしてもらえますか。自動車で行く場合の日程を考えてみます。」
「ありがとう。あと、尚、先日は危ないところを助けてくれて本当に有難う。」
「お安い御用です。いつでも言ってください。そうだ、海で護身術の講座を開きます。諸般の事情で護身術に詳しいんです。是非、参加して下さい。」
「そうなんだ。そうだよね、尚もすごい可愛いから、きっと、いろいろ大変なことがあったんだろうね。」
尚美は「本当の理由はお兄ちゃんを守るためなんだけど。」と思ったが、否定しないことにした。
「はい、でも、いろいろあっても人生は一度きりなので、前向きに生きないと損です。」
「そっか、そうだよね。私だけじゃないんだよね。でも、すごいな尚、まだ若いのに。」
「美香先輩もまだ十分若いと思いますが、それは置いておいて、海でみんなで話せば気も楽になると思います。特に、明日夏先輩を見ていれば悩むのが馬鹿らしくなってくること間違いなしです。」
「ははははは、酷い。」
「じゃあ、海で遊びましょう。スイカとか持って行って、スイカ割をしましょう。」
「いろいろ有難う。スイカや食材や必要なものはSNSで連絡して。現地の担当に調達してもらうから。」
「何から何まで申し訳ないです。」
「気にしないで。そのぐらいしかできないから。海で遊ぶの楽しみにしている。」
「私も別荘なんてドラマかアニメでしか見たことがないので、実物を見るのが楽しみです。では、明日夏先輩にスマフォを返します。」
「はい。」
尚美はスマフォを明日夏に返した。
「明日夏、尚って、若いのに頼もしいのね。」
「うん、6歳下なのに、頼もしい。」
「そっか、ということは私の6歳下か。ほんと、パラダイス興行って、ユニークな人が多いのね。あっ、もちろんいい意味だよ、全然悪い意味じゃないよ。」
「ほんとミサちゃんの言う通り。社長の趣味でユニークな人を集めているんじゃないのかな。私以外はみんな変わっていて本当に大変なんだよ、この事務所。」
「ふふふふふ。そうかもね。」
「じゃあ、また連絡するね。」
「うん、お願い。じゃあ、また。」
「じゃあ、また。」
明日夏が言う。
「ミサちゃん、少し元気が出たみたいだった。」
「きっと、美香先輩の性格は真っすぐですから、しっかりしていない先輩と話すと、私がしっかりしないとと思うんじゃないでしょうか。」
「そういう理由?」
「はい、そういう理由です。当日のスケジュール案を作ります。朝が早いと思いますが、寝坊しないようにしてくださいね。」
「ダコール。目覚まし時計を3つかけるよ。」
夜にスマフォが鳴ったので、誠がスマフォを見ると、パスカルからのSNSの音声通話だった。
「パスカルさん、こんばんは。」
「湘南!」
「何ですか?」
「合宿をするぞ!」
「合宿って、何の合宿ですか?」
「アキちゃんのプロデュースで新CDを作成するためと、明日夏ちゃんを応援するためのオタ芸の特訓をする合宿だ。結局、7月はイベントに忙しくて、アキちゃんのプロデュース計画が全然進まなかったし、明日夏ちゃんについても、TOは降りたと言っても、副TOなんだから、もっと息の合ったオタ芸を組織して、明日夏ちゃんのライブに来ているお客さんを引き付けないとだめだろう。」
「オタ芸がそんなに必要なんですか。」
「湘南は他のライブにあまり行かないから知らないかもしれないが、凄いぞ、ミサちゃんのオタ芸を得意とする応援団とか。」
「そう言われると、この前のライブでもそうでしたね。でも、どこへ行くんですか?」
「夏なんだから、海に決まっているだろう。」
「海って、パスカルさんが水着の女性を見たいだけじゃないんですか。」
「湘南、視線を読まれないためには、色の濃いサングラスが必要だから持って行けよ。」
「いいですよ、僕は。そんな趣味はありませんから。」
「普通に見るだけなら、違法ではなかろう。」
「でもサングラスで隠すというのは、悪いことをしている自覚があるんじゃないですか。」
「悪いことをしてるんじゃないよ。僕たちと目が合うと相手の女性はキモイと思うだろうから、そういう不快な気持ちにさせないための心遣いだよ。」
「言っている意味がよく分かりません。」
「まあ、そっちの話はいい。でも、もっと息の合った応援をしたいと思わないのか?デビューしたばかりの、トリプレットの親衛隊の応援にさえ負けていたじゃないか。」
「タックさんたちですか。引退したアイドルグループのアイドルラインでしたっけ、その親衛隊がそのまま移動してきたからでしょう。」
「それでも負けてて良いのか。明日夏ちゃんに会わせる顔がないだろう。」
「まあ、パスカルさんが言うことも分からないことはないですが。」
「そうだろう、そうだろう、やるぞ合宿。」
「分かりました。合宿やりましょう。」
「あと、今一つ分からない人だけど、新TOのセローと、アキPGにも入っているからラッキーさんを誘ってみるからちょっと待ってて。」
「セローさん、ちょっと変わっていますけど、ルールは絶対に守る方ですから、呼んでも大丈夫だとは思います。」
「俺もそう思う。あれだけキモイ人間に悪い人はいない。」
「どういう理屈ですか?」
「あれだけキモイと目立って、ちょっとでも悪いことをしたらすぐに捕まってしまうからだよ。」
「なるほど。一応、筋は通っています。」
「ラッキーさんはOKとの返信があった。」
「良かったです。」
「ラッキーさんによると、セローさんの職業は銀行員だそうだ。」
「意外ですが、本当に大丈夫そうですね。」
「そうだな。」
「じゃあ場所とかは僕が探しておきます。」
「分かった。湘南は夏休みだよね。」
「はい。」
「じゃあ、明日の18時30分に、二人でビートエンジェルスで作戦会議だ。」
「分かりました。」
「セローも、アキさんのことはともかく、明日夏さんの応援の練習をするならOKとの返信があった。」
「一途なんですね。」
「だな。作戦会議には参加できないけど、会計は担当してくれるとのこと。」
「さすが銀行員ですね。」
「そうだね。じゃあ、明日の18時25分にビートエンジェルスの前で。」
「了解。」
後日、予定時刻通りにビートエンジェルスの前に、パスカルと誠が集合した。
「じゃあ、行こうぜ。」
「はい。」
パスカルがドアを開けた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「ああ、ただいま。」
「ただいまです。」
二人か注文して、落ち着いた後、テーブルにアキがやってきた。
「何を相談しているの?」
「パスカルさんが、アキさんのプロデュースや明日夏さんの応援の計画を練るために、海で合宿をしようということで、その話しをしています。合宿と言っても、半分以上遊びですが、セローさんも参加する予定です。」
「私は行かないわよ。」
パスカルが答える。
「大丈夫。さすがに、女子高校生は誘えないよ。高校を卒業したら誘ってあげるよ。」
「誘われても行かないけどね。」
「それが分からない俺ではないから、それも大丈夫。」
「あっ、でも待って。コッコなら、パスカルと湘南が海に行くというなら行くかもしれない。」
「えっ、本当に。」
「うん、コミケに出すパスカルと湘南でBL漫画のネタを仕入れることができそうだし。」
「でも、本当に、それ需要あるんでしょうかね?」
「コッコは100部は売れると思っているみたいだよ。コッコの怪しい視線に耐えられるなら聞いてみてもいいわよ?」
「湘南、それでもいいよな。コッコ、誘おう。」
「しかし、しかし。」
「しかしが2回は、マイナス×マイナスだからプラスだ。アキちゃんからの方がいいと思うから、コッコちゃんに聞いてみてくれる。」
「了解。」
1分も立たずに。
「コッコ、行くって。」
「やったー。」
「はい。」
「コッコ!コッコ!コッコ!コッコ!」
「もう、パスカルさん、あんまり騒がないで下さい。あと部屋が2つ必要になりますが、宿泊代は全員均等割りで良いですね。」
「ノープロブレム。いや、女子大生の分はサラリーマンの俺が持つ。」
「そうですか、分かりました。じゃあアキさん、この合宿用のSNSのグループのIDをコッコさんに送ってもらえますか。」
「はい、了解。私も一応入っておくわ、コッコを紹介した責任上。」
「分かりました。パスカルさんが一線を越えるようでしたら、警察に突き出しますので、協力してください。」
「湘南は越えないの?」
「越えることはないと思います。」
「まあ、そんな感じだよね。じゃあ、コッコに連絡しておく。」
「日程はSNSで合わせるとして、パスカルさん、どこへ行くが決めましょう。」
「了解。そうだアキちゃん、新CDに関して話し合う予定だけど、何か話し合っておいて欲しいこととかない。」
「うーん。」
「一応、オリジナルがいいという話しだから、新曲3曲の作成を依頼する予定だけど。」
「買ってくれるの?」
「プロデューサーとして当然だろう。その代わり、プロデューサーとしてCDを売って出た利益の一部を還元してもらう。」
「今の私だと絶対に損をするよ。」
「まあ、サラリーマンの娯楽だよ。」
「有難う、パスカル。」
「どういたしまして。」
「よーし、湘南、セローもアキちゃんのプロデュースグループに引き入れるぞ。」
「聞いてみてもいいですが、セローさん明日夏さん単推しですので、あまり無理はしないようにしましょう。」
「多少の無理は大丈夫だ。キモオタ同士じゃないか。」
「わかりました。でも嫌がるようでしたら、明日夏さんに関して親睦を深める方を優先させましょう。」
「わかった。とりあえず急いで1曲発注する。それを聞いて、残りをどんな曲にするか、海で検討しようぜ。」
「MIDIデータですよね。それなら、ノートパソコンとブルートゥーススピーカを持っていきます。キーの調整とか、アレンジの変更ならできます。」
「頼む。」
明日夏の応援やアキのプロデュース計画を練るために持っていくものや、行く場所、バーベキューなどの旅行計画を話しているうちに時間が過ぎ、帰宅する時間になった。
「今日は有難うね。では、ご主人様、行ってらっしゃい。」
「うん、プロデュースの計画を練るために行ってくる。」
「行ってきます。」
誠が帰宅した後、コッコからSNSのグループへの加入申請があって、アキが受理した。
コッコ:海に誘ってくれて有難う
パスカル:いらっしゃい。大歓迎です
ラッキー:オタク生活長いけど海でオフ会って初めてだよ
湘南:コッコさん、部屋は別に用意します
湘南:パスカルさんは僕が見張ります
パスカル:ラッキーさんは見張らないの
湘南:大丈夫じゃないでしょうか
ラッキー:まあパスカルも大丈夫だよ
湘南:念のためガス圧式アラームもお貸ししますので、万が一の場合はお使いください
コッコ:大丈夫。いつも見ているけど4人は信用できるから
コッコ:逆に4人とも大丈夫すぎて心配になるぐらい
湘南:わかりました。部屋だけ別に用意するということにします
コッコ:逆に男4人の生態をスケッチするためにそっちに行くこともあると思うけど、いいよね
湘南:生態ですか
ラッキー:漫画のネタですね
パスカル:了解だよ
コッコ:ねえアキも来なよ
コッコ:アキの水着もスケッチしたいし
アキ:えーーー!
パスカル:コッコちゃん、さすがに高校2年生の女子は
コッコ:パスカル、だからお前はみんなからダメだと言われるんだよ
コッコ:アキに来てほしいの、来てほしくないの?
パスカル:来てほしいですが、私の社会的信用も
コッコ:地方公務員と言っても、そんなの初めからないよ
パスカル:練習と思って誘ってみい
アキ:私は練習台かい
コッコ:パスカル、ほれ
パスカル:では、行きます
パスカル:プロデューサーだ
パスカル:3曲ばかり発注する予定だ
パスカル:海に行って新曲の検討をしよう
アキ:何が、プロデューサーだ、よ
アキ:でもわかったわよ
アキ:コッコがいれば最低限の安全は守られそうだから行く
コッコ:少しエロい恰好はさせるかもしれないけど、それは男子禁制にするから大丈夫
アキ:コッコだと、やっぱりそうなっちゃいますよね
コッコ:まあね
アキ:わかりました
コッコ:アキちゃんのスケッチをもとにした漫画を、同人漫画のネットショップから一冊千円で売るので、男子諸君はお楽しみに
パスカル:さすがにそれは買ってはいけない気が
コッコ:パスカルのくせに湘南みたいなことを言ってないで私のために買えよ
パスカル:分かった
ラッキー:何かすごいことになりそうだな
湘南:確認ですが、アキさんも参加ということでよろしいでしょうか
アキ:はい、行きます
アキ:やっぱり、曲調の決定やアレンジの変更に参加したいし
湘南:部屋の数は増えないので問題ないです
湘南:アラームとか必要ですか
湘南:ガス圧式は一般的な電気式のものよりかなり強力ですよ
アキ:まあ必要ないかな
湘南:わかりました
湘南:スケジュール調整のページを作りますので、みなさん入力をお願いします
湘南:セローさん、いますか?
セロー:いるよー
湘南:静かなので分かりませんでした。入力をお願いします
セロー:わかったー
湘南:スケジュール調整が終わったら場所を探します
アキ:ちょっと待って
アキ:うちの別荘が使えるかもしれないので予約は待ってて
パスカル:アキさんのご両親は別荘を持っているの?
アキ:そうよ
パスカル:でも男性も一緒なので無理なのでは
アキ:適当にごまかす
湘南:メイド喫茶で働いていることも親に秘密ですか
アキ:知っていると思うけど、言ってはいない
アキ:でも行くって決めたから男性陣は覚悟を決めて
パスカル:覚悟って
アキ:うちの父親に怒鳴られるぐらいじゃない
アキ:最悪殴られるかな
湘南:その時は僕が殴られます
アキ:父親にも殴られたことはないのに
湘南:アキさんの父親はブライトさんですか
アキ:殴られてもどっか行ったりしないでね
アキ:でもヘマをしないから大丈夫
湘南:調理道具はありますか
アキ:一通りある
アキ:バーベキューセットも
アキ:食材とか調味料はないかも
湘南:それは買っていくから大丈夫です
湘南:食器は6人分はないですよね
アキ:4人分はあるとおもうけど
湘南:紙皿を買うから大丈夫です
湘南:男は夏だから雑魚寝でいいですよね
パスカル:おう
ラッキー:大丈夫
セロー:枕は持っていく
アキ:家に車もあるけど4人しか乗れないかな
湘南:7人乗れるうちの車を使います
セロー:ぼくはバイクに乗っていくから
パスカル:バイクはセローか
セロー:そうだよー
ラッキー:場所は?
アキ:伊豆
ラッキー:じゃあ僕は近くの駅まで行くから迎えに来てくれる
湘南:了解です
アキ:できるなら家の車を使った方が別荘に止めたときに不自然じゃない
アキ:コッコと一緒に家から出れば大丈夫
湘南:ちなみに車は何ですか
アキ:日産のGT―R
湘南:それはすごいですがMTじゃないですか
アキ:MTって何
湘南:マニュアルトランスミッション
湘南:車を発進させて加速するとき、左手で棒のようなものを動かしていませんか
アキ:うんガチャガチャ動かしている
湘南:コッコさんMT車運転できますか
コッコ:できない
湘南:じゃあアキさんの家の車は無理だと思います
アキ:湘南はMT車運転できるの
湘南:自動車部だから一応できますが
アキ:じゃあ湘南とコッコで取りに来ればいいよ
湘南:たぶんですが、家に監視カメラがありますよね
アキ:ある
湘南:じゃあ、ダメでしょう
アキ:うまくごまかす
湘南:どうやって
アキ:コッコの下僕
湘南:そんなの信じますか
アキ:湘南は下僕の雰囲気を持っているから大丈夫
湘南:そうなんですか
アキ:そう
アキ:一応親が仕事で家を出る8時より後に出発する
湘南:なんか悪いことをしているみたいです
アキ:女子高校生を騙す悪い男子大学生
湘南:えーー
コッコ:女子高校生に顎で使われる男子大学生
湘南:そっちの方がまだいいです
アキ:本当のことを言うと、親は私のことにあまり関心はないから大丈夫
パスカル:そうなんだ
アキ:そうじゃないとアイドル活動なんてできない
パスカル:そうか
アキ:でも面子の問題があるから見られない方がいい
アキ:では家から100メートルぐらい離れた公園に8時ちょうどに待ち合わせ
実は誠にはGT―Rに乗ってみたいという気持ちも強かった
湘南:分かりました
湘南:8時に公園に到着したらSNSで連絡します
アキ:湘南さすがね
湘南:スケジュール調整のページを見ると、8月1、2、3日の2泊3日が一番良さそうです
アキ:この日程で別荘と車の件聞いておくね
湘南:有難うございます
湘南:アキさんの報告を待って最終決定しましょう
アキ:了解
湘南:他に何かありますか
湘南:特にないようですので
湘南:皆さん、また
パスカル:また
コッコ:またねー
セロー:また
アキ:またねー
アキ:みんなで海に行くの楽しみ
パスカル:俺も
湘南:はい
簡単のために、明日夏、ミサ、尚美、由佳、亜美、久美のグループを明日夏班、アキ、コッコ、誠、パスカル、ラッキー、セローをアキ班と名付ける。まとめると、両班が海に行く日程は一致し、お盆前の平日の8月1~3日、2泊3日の伊豆への旅行となった。お盆前の平日にしたのは混雑を避けるためである。明日夏班は、基本的に平日の方が時間があり、アキ班の学生は夏休みであり、パスカルとセローはお盆休みがない職場なので、その代わりにある夏季特別休暇を使っての参加である。行先は、それぞれミサとアキの家の別荘である。ミサの別荘にはプライベートビーチと温泉が付いているが、アキの別荘にはそれらはなく、公共の施設を利用する。
尚美が誠に海に行くことを報告する。
「お兄ちゃん、8月にパラダイス興行で海に行くことになった。」
「そうなんだ、誰が参加するかは聞かないけれど、大丈夫だよね。」
「うん、大人の人も行くから大丈夫。」
「往復は?」
「運転手付きの自動車。他の人は事務所に集合するけど、私は家が平塚だから、寄ってくれるって。」
「帰りも車で送ってもらえるんだよね。」
「うん、通り道だから送ってくれるって。」
「それは、良かった。出発はいつ?」
「出発は8月1日で、2泊3日だから、8月3日に帰ってくる。」
誠は「日程が完全に一致している。」と思ったが話しを続けた。
「そうなんだ。8月1日は朝から出かけるので見送れないけど、家に車が来てくれるならば大丈夫だよね。」
「どこ行くの。」
「パスカルたちとの集まりがある。」
「アキも来るの?」
「たぶん。」
「ふーん、何するの。」
「明日夏さんの応援のためのオタ芸の練習や、アキさんの新曲のアレンジの調整。」
「アキの新曲って。」
「3万円ぐらいでMIDI付きで売ってくれるもの。パスカルさんが3曲ぐらい買って、それをアキさん向けにアレンジを調整する。」
「そうなんだ。でも言っとくけど、もう私の方がアキより全然上手だよ。歌もダンスも。」
「うん、尚、短期間ですごく上手になったよ。本当に驚いた。アキさんとはレベルが違う。歌はもう明日夏さんと同じくらい上手だと思う。さすがに化け物みたいな大河内さんにはかなわないかもしれないけど。」
「美香先輩は化け物なの?」
「この前のライブで聴いた感じが、人間離れして上手だったという意味で、悪い意味はないんだけど。」
「まあ、レベルが違うのはお兄ちゃんの言う通りだけど、美香先輩はカッコいいというより、本当はすごく純粋で歌一筋の人だから、そんなことをSNSで書いちゃだめだよ。傷つくから。」
「ごめん、尚の言う通りだ。絶対に気を付ける。本当に完ぺきだったから驚いただけ。」
「でも、年齢の違いもあるけど、うちの橘さんは、そのもう一段上を行っている感じ。」
「そうなんだ。それはすごいな。だから尚もどんどん上手になっているのか。」
「たぶんそう。でもお兄ちゃん、それが分かっているのに、何でアキなんとかかわるの。」
「レベルは低いかもしれないけど、自分でできることがあるのが楽しんだと思う。尚の周りは日本最高レベルのプロフェッショナルばかりで、僕じゃ役に立たないし。」
「お兄ちゃんが頑張れば大丈夫だと思うよ。この前のアレンジは、由佳先輩と亜美先輩にも好評だったし。けど、仕事は音楽じゃなくて情報系に行きたいんだよね。」
「尚の言う通り、そっちに進みたい。」
「だから趣味としてプロデュースを手伝って、楽しいということは分るんだけど。それでも、お兄ちゃんがアキに利用されているのがどうしても嫌なの。お兄ちゃん、人がいいから無理しそうで。」
「節度をわきまえているから、大丈夫。どうしようもなくなったら、尚に相談するよ。」
「本当だよ。アキから逃げたくなったら、すぐに相談して。絶対に何とかするから。」
「分かった。絶対そうする。ところで、離岸流とか知っているよね。」
「大丈夫。沖に流されたら、まっすぐ岸に戻ろうとしないで、沖合への流れを避けるために、斜めに岸へ向かうんだよね。」
「その通り。あとは、足がつったときも慌てちゃだめだよ。」
「分かってるって。」
「もし何かあったら、SNSの家族のグループに送って。最優先で対応するから。」
「アキがいても。」
「当たり前。」
「そうだよね。お兄ちゃん、明日夏先輩のイベントよりトリプレットのイベントを優先してくれたんだよね。」
「うん、気が付いたら、心配で足が勝手に動いていた。」
「有難う。イベントに来てくれて嬉しかった。」
「そのために明日夏さんのTOから副TOになっちゃったけど、それでも尚を一番にすることは約束する。それじゃあ気を付けるところを気を付けて、楽しんでおいで。」
「うん。お兄ちゃん、いろいろ有難う。尚もお兄ちゃんを一番にするから、困ったときには何でも相談してね。」
「分かった。」
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