第9話 ゴールデンウィーク
ゴールデンウイークの初日、アニメ『タイピング』の声優さんたちと明日夏が出演するイベントが開催される日となった。イベント会場前にパスカル、ラッキー、アキ、誠が会場の前で、誠が作ったコールブックを配布していた。
「明日夏ちゃんをいっしょに応援しようぜ。」
「やあ、ムサシ君、お久しぶり。今日は坂田陽子ちゃんの応援?神田明日夏ちゃんも出演予定だから、主題歌を歌うときにいっしょに応援してもらえると嬉しい。」
「女の子も、明日夏ちゃんをいっしょに応援しましょう。」
「良かったら、明日夏さんをいっしょに応援して下さい。」
少しして、アキが同じぐらいの年頃の女の子にコールブックを渡した時だった。
「是非、今日出演する明日夏ちゃんをいっしょに応援しましょう。」
「えーと、これは明日夏さんのコールブックですね。」
「はい、そうです。」
「これを作っている方がどなたか知っていますか?」
「あそこにいる大学生の男の子で、SNS名を湘南と言います。明日夏ちゃんのホームページを立ち上げていて、いままでのことがまとめてあります。そのホームページのURLはコールブックに書いてあります。」
「教えてくれて有難う。はい、いっしょに応援します。」
その女の子は少しの間だけ誠を凝視した後、会場へ入っていった。配布が終わって、4人も会場に入場し着席して、開演を待った。
「湘南、そういえば、歳が私と同じぐらいの女の子に、コールブックを作っている人が誰か聞かれて教えたら、その子、湘南をジーっと見ていたわよ。」
「もしかすると、その人は、かなり可愛い子でしたか?」
「そう、それが少し丸めのすごい可愛い子だった。感じも良かった。」
「何だよ、湘南。何でそんな子を知っているんだ。」
「面識はありません。アイドルをやっていて、関係者から話しだけは聞いています。」
「そうなの。でも、湘南、可愛いからと言って、私から乗り換えたら承知しないからね。推し増しは多少許すけど。」
「大丈夫です。向こうの関係者の方々を知っていますが、こっちよりちゃんとしたサポートがありますので、僕なんかは必要としていません。」
「そっか。かなり可愛かったもんね。でも女の子の方は湘南に興味がありそうだった。」
「たぶん関係者から僕の話を聞いて、珍しもの見たさで見たのだと思います。」
「まあそうよね。確かに珍しい動物でも見ている感じだった。」
笑い声が起きた。誠が話しを変えるためにパスカルに尋ねる。
「パスカルさん、そう言えば、アキさんの2回目のイベントはどうでしたか。」
「まあまあかな。参加費があっても赤字にならない程度には売れている。」
「ラッキー、この前はライブに来てくれて有難うね。」
「パスカル君がプロデューサーをして、湘南君が曲のアレンジをしているんだから、なるべく行くことにするよ。」
「ラッキーさん、地下アイドルのイベントはどう感じました。」
「正直に言っていいよ。経験が深いラッキーの意見は参考になるから。」
「僕も地下アイドルのイベントに行ったのは初めてだったんだけど。」
「ラッキーさんでもそうなんですね。」
「上手い人だと、カラオケが上手な子という感じだった。アキちゃんもそんな感じだった。でも、あの中では上手い方だとは思った。」
「有難う。素直に受け取っておくわ。」
「ただ、3月のヘルツレコードのライブとは比べられないとは思う。」
「うん、あのライブの出演者はすごい上手な人が多かった。」
「まあ、何人かは口パクだったみたいですが、本当に上手な人が多かったでした。」
「そうなんだ、私には分からなかったけど。明日夏ちゃんやミサちゃんは?」
「二人とも生で歌っていました。それに、二人ともCDの時より良かったと思います。ただ、大河内さんは、何と言うか別格でした。」
「そうだよね。」
「話を戻すと、地下アイドルのイベントは、みんな若いし一生懸命で元気いっぱいという感じが良かったかな。」
「そうですか。これからも元気よくの方向でアレンジをした方が良さそうですね。」
「そうだと思う。あと、特典会でいっしょにチェキが撮影できるということが、記念になっていいと思う。本当に好きになった推しができたら楽しいんじゃないかな。」
「ラッキーは、私を義理で推しているみたいだね。」
「義理というより、やっぱり頑張っているし、成功して欲しいからかな。」
「ラッキーさんも、湘南と同じようなことを言いますね。」
「それはパスカル君も同じじゃないの。」
「確かに、アキちゃんがテレビに出るぐらいのアイドルになったら、こんな嬉しいことはないですよね。」
「分かった。私、頑張るね。」
「それが一番だと思うよ。」「そうですね。」
「本当はゴールデンウィークも、何回かイベントに出たかったんだけど、出演枠が一杯で、最終日に一回出るだけなってしまって。」
「始めたばかりで様子が分からなかったから、うまく行かないことがあるのは仕方がないよ。だから、気にしなくていいわよ。」
「夏休みは今から計画を立てて、そういうことがないようにはするつもり。」
「僕は、ゴールデンウィークは、CDはともかくライブで使えるように、カバー曲のカラオケ音源をMIDIで作成する予定です。」
「湘南、有難う。助かるわ。」
「実は、明日夏さんの『やってられるか』のカラオケ音源を作ってみて、だいたい終わっていますが、聴いてみたいですか。」
「うん、是非。」
誠がイヤフォンをアキに渡して、アキが曲を聴き始めた。
「湘南、すまないな。」
「いえ、自分の楽しみでやっていますから。パスカルさんの方がいろいろ大変ですよね。」
「事務処理も多いけど、公務員の仕事よりはずっと楽しいというか夢がある。」
「今年の目標は12月のワンマンライブですね。」
「ああそうだ。ボーナスが全部吹っ飛ぶかもしれないけど。」
「そうそう、この前聞いたけど、パスカル君、アキちゃんのワンマンライブを開催するんだってね。やっぱりすごいことだよ、ワンマンライブを開くって。まあ、パスカル君がプロデューサーをやっているというだけで、20人は集まると思うけど。」
「全員、男でしょうけどね。」
「それはそうだね。僕も久しぶりに背広を着て手伝いに行くことになりそう。」
「ラッキーさん、社会人なのに久しぶりなんですか。」
「うちの会社は、カジュアル可だから。」
「それはいいですね。」
聴き終わったアキが誠に話しかける。
「湘南、すごくいい。私向きにできている。」
「それは良かったです。もう少し手を加えてから、パスカルさんにお渡しします。」
「有難い。じゃあアキちゃん、それが完成したら練習してみて、ちゃんと歌えそうだったら、次回かその次で歌ってみようか。」
「うん、そうする。」
「他にも曲のリクエストがあったら、連絡してください。時間を見てカラオケ音源を作っておきます。」
「分かった。歌いたい曲が何曲かあるから、選んで連絡するね。」
「はい。」
「しかし、ライブがないとゴールデンウイーク暇だな。」
「パスカルさんは、プロデューサーの仕事、頑張って下さい。」
「それはやっているけどさ。」
「ねえ、じゃあ、みんなでハイキングに行こうか。」
「それは賛成です。何の食べ放題に行きます?焼肉、寿司、アキさんならスイーツ?」
「湘南、食べることばっかり考えちゃだめよ。バイキングじゃなくてハイキング。」
「ハイキング!?その単語は聞いたことがありますけど。程よく太陽が照る中、白い帽子を被ったお嬢様方が、高原の草原に白い布を敷いて、バスケットに入れて持ってきたサンドイッチを食べながら会話しているイメージですが、それを僕たちがですか?」
「そうそう。たとえ男がいてもすごいイケメンで、草原の上で、笑いながら追いかけっこするイメージだよな。」
「パスカルも湘南も、アニメの見すぎだよ。普通の日帰り旅行と思えばいいよ。」
「なるほど。日帰り旅行ならば分かります。」
「私がコッコを誘っておくから、みんなで行こう。ラッキーも行こうよ。」
「そうだね。一生に一回ぐらい行ってみようか、ハイキング。」
「俺もハイキングは初めてだよ。湘南は。」
「そんなリア充がしそうなことを、僕がするとは思っていませんでした。」
「みんな、オーバーな。」
「分かりました。僕がネットで調べて、日帰り旅行の案を立てます。案はアキPG宛てに送りますので、意見を言って下さい。」
「湘南、頼りになる。」「おお、頼む。」「湘南、ありがとうね。」
この日は、明日夏は久美と二人でイベントに来ていた。
「明日夏、今日は最初に挨拶して、あとは最後の方にゲームの紹介と主題歌を一曲歌うだけだから、楽と言えば楽だけど、待ち時間の長い仕事になると思う。」
「はい。私は舞台袖から舞台を見ているつもりです。」
「そうか、明日夏はこのアニメのファンだったわね。」
「はい、さっき直人役の大野さんからサインを頂きました。今日ほど、アニソン歌手になれて良かったと思うときはありません。」
「役得っていうやつよね。そんなことがたまにはあった方がやる気が出るわよね。それじゃあ、舞台に出る20分前に発声練習をするから、そのときにまた呼びに来るわよ。」
「分かりました。歌う前にゲームの説明をしなくてはいけないので、舞台に出る時間は歌の時間より早めになります。」
「大丈夫、確認している。」
アニメのことに夢中になり過ぎないか、少しだけ心配になる久美であったが、主題歌は昨日確認してちゃんと歌えていたので、大きな問題はないと思っていた。
イベントが開演され、アニメの北浦和商業高校の藤田先生役の声優である池谷浩一が司会を務める中、キャストの声優さんが呼ばれ、前に並んだ。そして最後に明日夏が呼ばれた。
「最後に、うちの生徒ではないのですが、このアニメ『タイピング』の主題歌を歌うアニソンアーティストの神田明日夏さんをお呼びしたいと思います。それでは、神田さんどうぞ。」
「こんにちは。アニソンアーティストの神田明日夏です。今日は、私のタイピングの速さを披露しに来ました。是非、その速さを堪能して頂ければと思います。」
「えーと、神田さん、『タイピング』の主題歌『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』の方は。」
「もちろん、タイピングのついでに歌いたいと思います。」
「ついでですか。それで大丈夫ですか。」
「アニメのタイトルが『タイピング』ですから、今日のイベントはタイピングが中心でいいと思います。明日夏史上最速のタイピングをお見せするために、マイキーボードを持ってきました。」
「なるほど、さすがですね。そういえば、まだ秘密なのですが、後の方に、明日夏さんがタイピングをするコーナーが設定されていましたね。なるほど、そのためですか。分かりました。是非、そのコーナーで神田さんのタイピングの速さを拝見したいと思います。」
「ふふふふふ、本当に恵梨香先輩より10%以上速いですので見ていてください。」
「それはすごいですね。楽しみにしたいと思います。それでは、まずは、アニメをダイジェストで振り返りたいと思います。」
前方のスクリーンにアニメのダイジェストが流れ始める。声優さんたちが高い椅子に腰かける中、明日夏は舞台袖に下がって舞台の様子を見ていた。
その後に、各声優が選んだ感動の名場面の話、アフレコで起きたことの話の後に、生アフレコ、声優さんたちが歌うエンディングテーマやキャラソンが披露され、約一時間半が経過した。その後に、アニメの2期が来年放送されることが発表され、キャストや舞台袖の明日夏が涙を流す中、最後の方の関連製品の告知のコーナーになった。
「アニメ『タイピング』のブルーレイ、DVDが大好評発売中です。その第3巻がいよいよ今月18日に発売される予定です。それでは坂田陽子ちゃん、第3巻の説明をお願い。」
「はい。第3巻にはアニメ『タイピング』の第5話と第6話が収録されています。私が演じる柏原由香里ちゃんが活躍する回です。特典として、柏原由香里ちゃんが主役を演じるショートストリーのCD、由香里ちゃんの描きおろしイラストのブックレットが付いていて、ブルーレイ、DVDの副音声には、女子声優陣5人によるオーディオコメンタリーが収録されています。是非、手に入れて由香里ちゃんのツンデレの魅力を堪能してみて下さい。」
「はい、陽子ちゃん、説明有難う。ブックレットでは、由香里ちゃんのあんな姿やこんな姿を見ることができますので、みなさん、是非、ブルーレイ、DVDを手に入れて下さい。」
「有難うございます。今月18日の発売、みんなよろしくね。」
「さて続きましてはゲームの紹介です。アニメ『タイピング』のゲーム『タイピングワールド』がこの夏に発売される予定です。説明のために株式会社ヘルツ電子の『タイピングワールド』開発チーム主査、小島信彦さんをお呼びしました。小島さん、どうぞこちらへ。」
小島がステージの中央にやってくる。
「こんにちは、株式会社ヘルツ電子の小島信彦です。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ、お願いします。この『タイピングワールド』はどんなゲームなんですか。」
「株式会社ヘルツ電子が社運をかけて、全く新しく開発した人工知能を使って、アニメ『タイピング』に出てくる、北浦和商業高校の世界を再現したゲームとなっています。」
「ヘルツ電子の社運をかけてですか。それはすごいですね。」
「実際には、私の出世ぐらいかもしれませんが、まずは説明のビデオをご覧下さい。」
「分かりました。楽しみです。」
前面のスクリーンにビデオが投影され、ゲームのシステムやゲーム画面が紹介された。
「こんな感じで、自然にアニメ『タイピング』の世界に入り、いっしょに生活することができるようになっています。」
「凄かったです。さすが、ヘルツ電子の社運をかけるだけのことはあります。それでは、ここで、ゲーム『タイピングワールド』を実演するため、神田明日夏さんをお呼びしたいと思います。それでは、神田さんどうぞ。」
明日夏がキーボードを持って登場する。
「ゲーマーの神田明日夏です。」
「ゲーマーですか。なるほど、それがマイキーボードですね。」
「はい。伝説の親指シフトキーボードです。」
小島が不思議がって尋ねる。
「えーと、うちのゲーム機に親指シフトキーボードってつながるんでしたっけ。」
「このアルディーノ(超小型のコントローラー)を使って、親指シフトキーボードがブルートゥースキーボードとして認識されるように変換しています。」
「そうですか。アルディーノの部分の開発はご自分で?」
「姉に手伝ってもらいました。」
「それはすごいですね。」
「あの、お二人さん、キーボードの話はそのぐらいにして、実際に神田さんにゲームを実演してもらいましょう。」
「はい、分かりました。まずは男子としてログインします。名前はアスオです。」
「これが浦和北商業高校ですね。」
「はいそうです。普通の学校生活も体験できるんですが、放課後のタイピング部の活動から始めます。ここがタイピング部の部室です。」
「なるほど、可愛い女の子が一杯ですね。」
「はい。このゲーム、入力は音声でなくキーボードなんですが、キャラが音声で語りかけてくれます。ですので、ここからゲームの会話をお楽しみください。」
「分かりました。」
『アスオ、こんにちは。』
『由香里先輩、こんにちは。』
『家で練習やってきた?』
『ちょっと。』
『もうすぐ大会が近いんだから、ちゃんとやんなきゃダメじゃない。』
『わかりました。』
『じゃあ、いっしょに練習をしよう。アスオのタイピングを見てるから。』
『有難うございます。』
『今日入力するのはこれね。』
『わかりました。』
『それじゃあ、スタート。』
「いま喋っているのは、神田明日夏ですが、すこしゆっくり入力します。」
『はい、時間終了!1分60文字か。少しずつ速くなってきているんじゃない。アスオ、それにタイピングが正確だよね。間違いが2つしかない。』
『先輩、有難うございます。』
明日夏がゲームのプレイを止めて、ゲームについて説明する。
「こんな感じです。自然な会話が楽しめたと思いますが、このゲームの声は、業界初の試みとして、声優さんの声を元にした合成音なんです。従来のゲームは作家が決めた文を声優さんが読んで、プレイヤーの選択に応じてそれを再生するだけだったのですが、このゲームでは音声入力はできないのですが、キーボードから入力された文を解析して、データベース検索、文書生成、文書音声変換が従来のシステムに取って代わっています。例えば、実際に声を出すための文書音声変換部ですが、ゲームとは基本無関係の発話モデル生成用の文を声優さんが様々な感情をこめて読み上げ、その音声からモデルを作成しています。そうすることによって、このような感情がこもった会話が可能になっています。」
「なるほど。はい、私もこのゲームのために音声の収録をしましたが、ゲームの内容とは想えないような文を吹き込んでいました。」
「本当に私が由香里の声を出しているみたいです。」
小島が驚きながら明日夏に尋ねる。
「えーと、神田さんの説明は合っていると思いますが、神田さんは何でそんなにこのゲームの中身まで詳しいんですか?」
「実は、ヘルツ電子の下請けの下請けの下請けの下請けの下請けの下請けとして、うちの姉がこのゲームのプログラムを開発しているんです。」
「そうなんですか。」
「そして、その下請けのアルバイトとして、私がキャラの性格を形作る学習データの作成や、パラメータ調整を担当しています。小島さん、ちゃんと守秘義務契約はしていますので、安心してください。」
「分かりました。」
「それで、ゲームの直人を私の好みになるように調整しているところです。」
「小島さん、いいんですか。それで。」
「ある程度は。」
「上から来たストーリに合わせて、学習データを作成したり、パラメータを調整していきますが、従来のゲームと違って、個々のセリフまでは管理することができませんので、細かいところは現場の制作者に依存してしまいます。」
「はい、神田さんの言っていることは分かります。人間を育てるようなところがあって、すべてを管理しきることは無理だと思っています。」
「そうなんですね。」
「普通のプレーヤーにとって嬉しいこともあるんですよ。学習係数は下げますが、プレイ時にもパラメータは変化しますので、プレーヤーによって、オリジナルの反応をするようになっていきます。」
「その通りです。」
「個人的には、私好みの直人から、プレーヤー好みの直人に変わっていったりするのはすごい嫌なんですが、小島さん、この機能やめません?直人だけでも。」
「そういうわけにもいかないので。」
「そうですよね。変わってしまった直人は見るのが心苦しいので、他の直人は見ないようにします。」
「ご理解、有難うございます。」
「話を戻します。タイピングの速さと正確さが向上すると、好感度が上がる仕組みになっています。好感度が上がると、いろいろなイベントに参加することが可能になります。部室でお茶を飲んだりとか、いっしょにミニゲームをしたりとかですが、もっと好感度が上がると意中の相手とデートができます。本当はいろいろ経験しないと好感度が上がらないのですが、ここでは、管理者権限で好感度を上げて、デートモードに突入します。」
「神田さん、管理者権限をもっているんですね。」
「はい。好感度も、友人として、先輩後輩として、異性としてなどがあるのですが、それぞれの好感度を程よく上げます。これで、由香里ちゃんとのデートモードに突入できます。」
ゲームの景色が街の中になった。
「ゲームの中の由香里ちゃんが私服になりましたが、ポイントを使って由香里ちゃんの服を購入することもできます。洋服屋に行ってみます。・・・到着しました。それでは、この服を試着してもらいましょう。」
由香里が服を持って試着室に入る。
「試着室のカーテンを途中で開けると、下着姿の由香里ちゃんを見れますが、」
『何やってるの』
「と殴られて、好感度が0まで落ちます。」
「そんな機能ありましたっけ。」
「私が追加してみました。」
「それは犯罪なので却下です。販売できなくなってしまいます。」
「分かりました。試着室のカーテンは開けられないように固定しておきます。また、管理者権限で好感度を戻します。はい、この服を購入すれば、この服でデートを続けることができます。では、喫茶店に行きます。飲み物を注文してと。次に、ここで甘い言葉をかけてみましょう。何がいいですか。」
「では、その服すごい可愛くて似合っているね、で。」
「藤田先生が自分の生徒に。いけない先生ですね。」
「これはアスオ君のセリフだから。」
「分かりました。」
『由香里ちゃん、その服すごい可愛くて似合っているね。』
『何、アスオ、急に。もう。・・・アスオをカッコいいよ。』
『ずっと離さないよ。』
『ずっと離れないから。』
「こういうリア充の会話を延々と交わすこともできます。」
「聞いていて、何か私が言っているみたいで、すこし恥ずかしくなってきました。」
「次に、タイピングの大会に参加してみましょう。ふふふふふ、ここで私の全力のタイピングをお見せします。」
『アスオ、全力を出してきて。私はそれで十分だから。』
『大会の優勝を由香里に捧げるよ。』
アナウンスの後、タイプする文章が表示され、明日夏がタイピングを始める。圧倒的な速さに会場の観客が息を飲んだ。
「うん、躓かなかったから優勝できると思います。」
ゲーム機からアナウンスがあった。
『優勝、5番、アスオさん。』
会場から拍手が起きた。
「やった、優勝です。これで好感度がかなり上がったと思います。」
ゲームの由香里が話しかける。
『アスオ、やったね。優勝だよ。涙が出てきた。』
『泣いている顔も可愛いね。』
『もう。アスオの馬鹿。』
『ははははは。』
「いや、神田さん、本当にタイピングが速かったですね。」
「最近、キャラの学習用の文をかなり入力していましたから。」
「そうなんですね。大会には、いま神田さんが参加したコンピュータ相手の競争の他にも、ネットワークを通じてユーザー同士が実際に争うタイピングの大会も予定していまして、それに優勝すると好感度が爆上がりになります。」
「はい、そうすると、意中の相手からキスをしてもらえます。」
「そんな機能ありましたっけ。」
「私が追加しました。直人の機能に欲しいなって思って。もちろん、男女差別はいけませんので、男性ファンのために女性キャラにもできるようにしました。好感度を爆上げしてやってみますね。こんな感じです。」
「これぐらいなら大丈夫かな。うん、結構いいし。でも、神田さん、キスしたことないでしょう。」
「えっ、はい、ないですが。」
「顔は少し傾けないと鼻と鼻がぶつかってしまいます。」
「なるほど、それは深いですね。向こうが傾けるのと、こっちが傾けるのはどっちがいいでしょうか。」
「相手は真っすぐで、こちらが傾けた方がいいと思います。」
「わかりました。画面全体を傾けるんですね。家に帰ったら姉と相談してやっておきます。そうですね、確かに、そっちの方が臨場感が出そうです。」
「それで、画面に合わせてプレーヤーも頭を傾けるぐらいになったら、我々の勝ちですよ。」
「それはすごいですね。そうなると私たちの勝ちですか。さすがゲーム一筋30年の小島さんですね。」
「あと、もうちょっとキスの動作の前に間があった方がいいかな。」
「そうですね。少なくとも由香里ちゃんはそっちの方がいいですね。でも、最適な間は人によって違うかもしれませんね。」
「そうか。確かに、薫とかは速くてもいいかもしれない。」
「男性キャラの方は間をどうすれば見当がつきますが、女性キャラの方は男性プレーヤーの好みに合わせた方がいいので、間に関しては指示してもらえると助かります。」
「分かりました。ストーリーのキャラ設定の担当の中で検討してみます。」
「有難うございます。」
「あと、このときの背景の効果だけど・・・。」
「あの小島さんと神田さん、まだアニメのイベントの最中で、ゲームソフトの開発はイベントが終わってからでお願いできませんか。」
「すっ、すみません。」
「ごめんなさい。藤田先生ともキスできますが、見てみますか。」
「時間が押しているようですので、今は結構です。では、まとめをお願いします。まずは神田さんからお願いします。」
「はい、アニメ『タイピング」のゲーム『タイピングワールド』、とても楽しいゲームです。おまけとして、タイピングが速くなります。是非、購入して、意中のキャラと仲良くなって下さい。」
「大雑把なまとめですが、小島さん、何かありますか。」
「ゲームの説明は神田さんが全部やってくれたので、あまり出てきた甲斐がなかったでしたが、はい、『タイピングワールド』は、この夏発売予定で、現在開発の最終段階です。是非、よろしくお願いします。」
「小島さん、今日はお忙しいところ、わざわざ有難うございました。」
「こちらこそ、呼んで頂いて有難うございました。」
小島と明日夏が舞台袖に下がろうとする。
「あの、神田さんは帰らないで下さい。これから歌手として仕事をお願いします。はい、さて、このイベントも大詰めとなりました。それでは、アニメタイピングの主題歌『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』をゲーム開発者ではなくアニソンアーティストの神田明日夏さんにお願いしたいと思います。準備はよろしいでしょうか。」
「はい、歌手へのモードチェンジは完了しました。明日夏、歌います。」
「分かりました。それでは神田明日夏で『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』」
明日夏が『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を歌う。何十人かは誠のコールブック通りに応援していた。明日夏は無事に歌い終わる。
「有難うございました。神田明日夏でした。」
「どうなるかと思っていましたが、歌手モードになった神田さん、素敵な歌を大変有難うございました。冗談じゃなくて、本当にそう思いました。」
「有難うございます。でも歌い終わったらゲーマーモードに戻ったのか、『タイピングワールド』をしたくて、指が勝手に動き始めました。」
「神田さんは『タイピングワールド』を買われる予定ですか。』
「はい、おかげさまで『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』がご好評を頂いたので、ゲーム『タイピングワールド』を3つは買おうと思っています。」
「明日夏さんは、ゲームを買うために『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』を歌っているみたいですね。」
「それは違います。オーディションの時に審査員の方にも行ったのですが、なんと言っても直人の力になるためです。」
「なるほど。」
「その熱意が認められて、『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』の担当が頂けたんじゃないかと思います。」
「どうでしょうか。やっぱり明日夏さんの歌が認められたのではないかと思います。」
「そうですか。でも、藤田先生、私は直人の力になれたでしょうか。」
「はい、立派に力になれたと思いますよ。」
「有難うございます。本当に『タイピング』の主題歌を歌えてよかったです。もう思い残すことはありません。」
「明日夏さんには、まだゲームの開発もあるんですよね。今日の話を聴いて、みなさん期待していると思いますので、頑張って下さい。」
「もちろん、死ぬ気でがんばります。」
「いえ、健康には気を付けてください。まだまだアニメやゲームは進歩しますから。」
「藤田先生、お気遣い有難うございます。はい、健康には気を付けたいと思います。」
「はい。それでは、浦和北商業高校のみんな、その他出演者の皆様、舞台に出てきてください。」
出演者が舞台に並んで、藤田先生役の池谷の司会で出演者が一人一人挨拶し、最後の明日夏の番になった。
「それでは、最後はアニソンアーティストの神田さんです。このイベントの感想など何か一言ありますか。」
「全国、全世界、いや全宇宙の直人ファンの諸君、大変申し訳ないが、直人は俺の嫁だ。じゃなくて、私が直人の嫁かな。いずれにしても『タイピングワールド』でのユーザー大会に出場して、優勝して、管理者権限なしで直人とのキスを獲得するつもりだ。文句は、タイピングで私に勝ってからにしてもらおう。ははははは。」
「神田さん、今日は素敵な歌を披露して頂き大変有難うございました。さて、短い時間ではありましたが、皆さん、このイベントを楽しんで頂けましたでしょうか。でも、嬉しいことに、みなさん、アニメ『タイピング』は、このイベントで終わったわけではありません。これからDVDやブルーレイの発売が続きます。さらに、『タイピング』の世界を体験できるゲーム『タイピングワールド』も、ゲーム制作会社と神田さんが力を合わせて、誠意作成中です。そしてそして、第2期の制作も決定しました。私も今からどんなお話になるのか大変楽しみです。また、『タイピング』第2期に関しても、こんな楽しいイベントが開催されると思います。そこで、皆さんとお会いできることを楽しみにしています。今日はご来場下さり本当に有難うございました。来年もまた会いましょう!」
全出演者がお辞儀をしてイベントが終了した。
イベントが終了して、橘が池谷に挨拶に行った。
「神田明日夏のマネージャーの橘です。今日は、有難うございました。また、明日夏がいろいろとご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでした。」
「あれはキャラ設定じゃなくて、素なんですか。」
「はい、いつもあのような感じです。」
「そうですか。歌はちゃんとオリジナリティを出せていて、話に嫌味がないので、若いうちは大丈夫だとは思います。」
「有難うございます。これから、少しずつ教育していきたいと思います。」
「はい、その方が彼女のためだとは思います。」
明日夏が橘を見つける。
「あっ、橘さん。藤田先生も。藤田先生、いっしょに写真いいですか。」
「ああ、もちろん。」
橘はいろいろなポーズをする明日夏と池谷の写真を撮影する。その後も明日夏は池谷とアニメ『タイピング』の話を続けていた。橘が小島を見つけて話しかける。
「神田明日夏のマネージャーの橘です。今日は、有難うございました。また、明日夏がいろいろとご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、こちらこそ有難うございました。神田さん、すごい感性をしていますね。」
「そう言って頂けると嬉しいです。良いという人と良くないという人に分かれます。」
「まあ、ゲーム制作のクリエーターなんて変わった感性の人ばっかりですから、私は慣れています。そういう濃い人たちが衝突して、それを仲裁するのも仕事ですから。もし、歌手の方がうまく行かなくなったら、うちの子会社のクリエーター部門に応募して下さい。私が最大限に推薦します。」
「分かりました。そうならないように頑張りますが、そうなったときはお願いします。」
「はい、そのときは私に連絡してください。」
誠たちが帰る道すがら、パスカルが明日夏について話し始めた。
「なんか、明日夏ちゃん、すごかった。オタク全開だった。」
「私も、かなりのオタクのつもりだったんだけど、レベルが違った。やっぱり、プロのアニソン歌手になるためには、あれぐらいオタクじゃないといけないのかな。」
「いえ、そういうことはなくて、明日夏さんはかなり特殊な部類だと思います。アルディーノを使って、昔のキーボードを接続できるようにしたというのには驚きましたが。」
「僕も、アニソン歌手は何十人も知っているけど、明日夏さんみたいな歌手は初めてだよ。」
「そうか。ラッキーがそういうなら、少し安心した。」
「アキさんは、ガンダムとか得意なアニメの普通の話で勝負すればいいと思います。歌手業とは全く別ルートでゲーム制作に参加するというのは、かなり特殊だと思います。」
「おれも、そう思うよ。アキちゃんの話を喜んでいるオタクも多いから大丈夫。」
「そうね。自分のオタクでがんばればいいわよね。」
「おう。」
「それじゃあ、次はハイキングね。」
「今、時間があるときにちょっと調べたんですが、筑波山に行こうかと思っています。」
「うん、子供の時に行ったことがあるけど、それはいいと思うよ。」
「登るのにケーブルカーを使うのは却下なんですよね。」
「下るときに使えばいいじゃない。湘南も少しは運動をしないと。」
「わっ、分かりました。」
気が重くなる誠とラッキーだった。
ハイキングの朝、誠が目覚めて起きると尚美も起きてきた。
「お早う、お兄ちゃん。今日早いのはアキのプロデュースの集まり?」
「うん、そうだけど。尚は何かの仕事?」
「ううん、女性5人でピクニックに行くの。美香先輩の家の車で。」
「大河内さんとピクニック。それはすごいね。集合は何時なの?」
「8時に事務所だから、7時半に渋谷の予定。」
「それなら自由が丘までは一緒に行けるから、一緒に行く?」
「うん、嬉しい。」
二人は朝6時に家を出て、湘南新宿ラインで横浜に向かった。
「お兄ちゃん、この間の『タイピング』のイベント、どうだった?」
「明日夏さんがすごかった。」
「明日夏先輩がすごかったって、歌が?」
「そうじゃなくて、オタク度が。普通のオタクとはレベルが違っていた。」
「へー、どんな具合に?」
誠は尚美に、明日夏のゲーム『タイピングワールド』に関する話をした。
「へー、明日夏先輩、この間、家にこもってやってるバイトの仕事が佳境とか言っていたけど、やっぱり常人じゃなかったのか。」
「いいところでもあるけど、危なっかしくはある。」
「それが、お兄ちゃんから見ると、可愛いところって感じ?」
「可愛いというよりは、なんとかしなくちゃという感じかな。」
「まあ、わからないでもないけど。」
尚美が事務所に着くと、悟と挨拶を交わす。
「社長、お早うございます。また徹夜ですか。」
「尚ちゃん、お早う。そんな久美みたいなことは言わないで。でも今日はピクニック日和で良かったね。」
「はい、有難うございます。心配は明日夏先輩が山を登り切れるかです。」
「ゆっくり行って、無理なようだったら、途中で切り上げて戻ることだよ。」
「はい、分かっています。プランは10個ほど作りました。温泉に入ってゆっくりするプランもありますが、それを先に話すと、明日夏先輩が最初からそれを選ぼうとするので、今は秘密です。」
「ははははは。さすが尚ちゃん。」
パラダイス興行の4人揃ってから少しすると、ミサのリムジンが到着した。
「社長さん、皆さんをお借りします。」
「ミサちゃん、みんな、気を付けて行ってらっしゃい。」
「はい。」「社長、お土産買ってきます。」「行ってくるぜ。」「行ってきます。」「社長も休憩を忘れないで下さい。では、行ってきます」
5人がリムジンに乗り込んだ。
「尚、はじめに女体山のふもとに行けばいいのね。」
「はい、そうです。」
「道が混んでいるといいんだけど。」
「明日夏先輩、道が混んで遅れると、プランBで山に走って登ることになりますよ。」
「鬼コーチか。」
「でも、ネットを見る限り、そんなに混んでいなさそうです。ゆっくり歩いて登れます。」
「どうしても、足で登るつもりなんだね。」
「はい、その予定です。でも、登りに掛かった時間によっては、下りはケーブルカーかロープウェイを使うかもしれませんが。」
「下りに使うのは、何かもったいない気がするよ。」
「そんなこと言っていると、直人さんに嫌われますよ。すごかったんですよね、『タイピング』のイベント。私は直人の嫁って、文句があったらタイピングで私と勝負だと宣言したそうですね。」
「だっ、だれから聞いたの?」
「兄です。」
「へー、来てくれていたんだね。」
「明日夏先輩、ゲームの直人さんの性格を自分好みにするために、『タイピングワールド』の制作を手伝うアルバイトをしていたんだそうですね。」
「へへへへへ。」
「へー、明日夏、ゲームの制作なんてできるんだ。すごいね。」
「姉貴がゲームの開発を下請けでやっていて、私がやっているのは学習データの作成と、パラメータの調整だけかな。機械学習のプログラムとか、学習させるためのユーザーインターフェースはお姉ちゃんとか、もっとたくさんの人で作っている。ユーザーインターフェースをこうしたいというと、すぐに変えてくれるから、みんな直人のために頑張っているみたいだよ。」
「たぶん、直人のためではないと思います。新しいタイプのゲームという事で、みなさん頑張っているんだと思いますよ。」
「実は、私もあのイベントに参加していたんですが、2期が発表されたときは、感動で全身から自然に『おー』って声が出ました。今まであんなに感動したことはありません。」
「亜美、トリプレットでのデビューが決まった時より、感動したのかよ。」
「はい、デビューが決まったときも嬉しかったけど、レベルが違って嬉しかった。」
「オタクって、そういうものなのか。」
「卒業して好きな人と会えなくなって落ち込んでいたら、1年後に好きな人が同じ学校に転校して、やあ、また同じ学校だね、みたいな感じかな。」
「そう言ってもらえると分かりやすいか。」
「亜美ちゃんの気持ちは良く分かるけど、直人が欲しかったら、タイピングで私に勝ってからにしてね。」
亜美は尚美に言われた通りに大人になって、直人の話題を変える。
「分かりました。その話はおいておいて、その会場の入り口でリーダーのお兄さんを見ました。」
「えっ、兄をですか。もしかすると、明日夏先輩のコールブックを配っていたんですか。でも、どうして兄と分かったんですか?」
「コールブックをくれた私と同じ歳ぐらいの女の子に、コールブックの制作者が誰か聞いたら、教えてくれました。」
尚美は「アキか。」と思いながら短く答えた。
「そうですか。」
「亜美、亜美、それでどんな感じだったんだ、リーダーの兄貴。」
「まあ、恋人にしたいタイプじゃあないよね。」
「明日夏さん、でも、旦那さんにするにはいいかもって感じがしましたよ。すごく誠実そうな感じがしますし。」
「亜美ちゃん、尚ちゃんに遠慮しているでしょう。」
「直接話したわけではないので、ちゃんとは分かりませんが、本当にそんな感じがしました。オタク話もできそうですし。本当にリーダーに遠慮しているわけではありません。」
「でも、亜美ちゃんはすごく可愛いんだから、尚ちゃんのお兄さんにはもったいないと思うよ。」
「尚のお兄さんって、亜美が見ても誠実そうな人なんだ。一度、会ってみたいな。今度お茶会を開いて、尚のお兄さんを呼ばない?」
「いや、ミサちゃん、それだと尚ちゃんのお兄ちゃんにプレッシャーがかかりすぎて寿命が縮まっちゃうよ。」
「はい、それは明日夏先輩の言う通りと思います。」
「そうか。このメンバーだとそうなっちゃうか。」
「分かりました。こんど明日夏さんが出演するイベントに行ってみて、もし来ていたらいっしょに写真を撮ってきますね。」
「えっ、亜美先輩とですか。うーん、まあ大丈夫だとは思いますが。」
「リーダーの名前を出せば大丈夫だと思います。」
尚美が明日夏に兄に関することから話を変える。
「昼食ですが、近くに名物のうどん屋があるみたいです。あとは山の上で食べるか、美香先輩の家の系列のホテルがあるそうですので、遅い昼食をとることも考えています。」
「でも、尚ちゃん。ピクニックなのに、何で山に登ることになっちゃったの。」
「アニソンアーティスト、ロックシンガーやアイドルは、体力勝負ですから、足腰を鍛えるためです。」
「体力はそこそこでも大丈夫だと思うけどなー。」
「毎日毎日仕事が入るようになってからでは遅いですよ。」
「うーん、確かにミサちゃんと、尚ちゃんたちはそうなるかもしれないからねー。」
「明日夏先輩だって、そうなる可能性はありますよ。」
「大丈夫。私はそうならないように途中でさぼるから。でも、パラダイス興行は続くようにしたいけど。」
「明日夏先輩らしい考えですね。」
一方、誠たちは秋葉原に集合した後、つくばエクスプレスでつくば駅へ、そして、つくば駅からバスで筑波山神社を目指した。道中、スマフォやタブレットでネットを見る他、アニメ、声優、アニソン歌手などのオタ話、アキのプロデュースの話で楽しんでいた。
「一応、これが『ひとりぼっちのモーニングコーヒー』のカラオケ音源の完成版です。データボックスにも上げておきました。」
「湘南、聞かせてくれる。」
「はい、前のバージョンにストリング(ヴァイオリンなどの弦楽器)とオーボエを加えて、音を豊かにしてあります。」
アキが誠のパソコンにつないだイヤフォンで、誠が制作したカラオケ音源を聞き始めた。
「湘南は山に登るのにノートパソコンを持って来るのか。」
「パスカルさんも、デジタル一眼レフカメラを持ってきているじゃないですか。」
「おう、望遠と広角ズームも持ってきた。アキちゃんを撮るために。」
「お互い、似た者通しということだよ。」
「そうなのか。」「そうなんですか。」
「僕はタブレットしか持って来なかったよ。さすがに山を登るので。」
「でも、パソコンとか使いたくなりませんか?」
「どうしてもの時は、タブレットから家のパソコンにリモートデスクトップでつなげるけど、今日はその必要はないと思う。」
「ラッキーさんもさすがですね。」
コッコがつぶやく。
「三人とも似た者同士だねー。漫画のネタに使えそう。」
アキがイヤフォンをパスカルに渡す。
「湘南の音源、聴いてみて。」
誠が尋ねる。
「アキさん、どうでした。」
「すごい芸術的になったけど、私に合うかな。」
「元気な曲から選んだ方が良かったでしょうか。」
少し聴いたパスカルが話しに加わる。
「湘南、すごいじゃん。アキちゃん、1曲ぐらいこういう曲があった方がいい。」
「そうかもね。やっぱり、こういう曲はしっとりと歌うんだよね。3曲のうち1曲ならいいかな。セトリ(セットリスト)としては、やっぱり2曲目かな。」
「本当は曲数が増やせるといいんだけど、MCも重要だから、アキちゃんの言う通り2曲目だろうね。」
「分かった、データボックスからダウンロードして、練習しておくね。」
「お願い。」
バスが筑波山神社に到着して、最初にお参りに向かった。
「俺はアキちゃんの成功を祈願しよう。」
「僕は、たくさんのライブとイベントに参加できることかな。」
「私は、面白い漫画を描けること。あと、パスカルと湘南の恋が成就することかな。」
「それは、コッコさんの妄想の中だけでお願いします。」
「湘南ちゃんは何をお祈りするの。」
「家族とみんなの健康と安全です。」
「私も、みんなの健康と安全かな。」
意外そうな顔をしている4人にアキが答える。
「だって、みんながいないと、私のアイドルとしての成功もないもん。」
「おう、そう言ってもらうとプロデュースし甲斐がある。」
「それで、みんなの健康のために山登りするんだからね。」
コッコとラッキーと湘南が返事をする。
「鬼だ。」「鬼だよ。」「鬼です。」
本殿の前についてパスカルがアキに指示を出す。
「アキちゃんが祈っているところを写真で撮るけど、できれば絵になるように。」
「分かった。」
アキが祈っているところを、パスカルが写真に撮る。
「パスカルさん、何でそんなに離れて撮るんですか。」
「望遠を使って、アキちゃんのまわりをぼかすためだよ。こんな感じだ。」
パスカルが湘南に撮影した画像を見せる。
「なるほど、分かりました。アキさんが画面の中で浮き出ていい感じですね。」
「ホントだ。有難う。それじゃあ、みんな行こうか。」
「おう」
「他の3人、返事は。」
「頑張ってみるよ。」
「湘南ちゃん、うちの大学の底力を見せてやろうぜ。」
「コッコさん、それは途中で倒れるということですよ。」
「ははははは、その通りだな。」
アキのグループが男体山を登り始めたのと同じころ、明日夏のグループの車が女体山のふもとに到着した。
「さあ、ピックニックを始めましょう。」
「ピクニックじゃなくて登山だよ。」
「登山がお好みなら、夏に立山縦走とかしますか。三千メートル級の山を3つ越えるのですが、夏なら初心者でも行ける可能なルートだそうです。」
「今から登る山は何メートルなの?」
「標高877メートルです。横浜ランドマークタワーの3倍より低いです。」
「私、生きて帰れるかな。」
「もし生きて帰れなかったら、その地面の上には面白い花が咲くでしょうね。でも、実際は子供でも登れますので、大丈夫ですよ。」
「子供が登れるからと言って油断しない方がいいよ。尚ちゃん。」
「そうですね。あと、美香先輩はマスクをした方がいいかもしれません。」
「そうだね。そうする。」
明日夏のグループが女体山を登り始めた。
アキグループは始めはおしゃべりをしながら登っていたが、だんだんと口数が少なくなって、黙々と登っていた。半分ぐらい登ったとき、一番元気なアキが誠に話しかける。
「湘南、つらそうだけれど、少し荷物持とうか。」
「さすがに、アキさんに持ってもらうわけには。」
「じゃあ、俺が持とうか。」
「湘南ちゃんの荷物を持とうとする女から荷物を奪うパスカルちゃん。だめだ、疲れすぎて、妄想が進まない。」
「もうコッコは。それだけ妄想できれば十分すぎるぐらいよ。ラッキーさんも辛そうみたい。無理しても仕方がないし、あそこにベンチがあるから少し休もうか。」
「アキちゃんの意見に賛成。」
「助かった。」
「有難うございます。」
5人がベンチに行くと、コッコがタブレットをバッグから取り出しスケッチを描きはじめ、パスカルが写真を撮りはじめ、ラッキーがタブレットでオタク情報をチェックしはじめ、誠がパソコンで天気やニュースをチェックし始めた。アキは「4人とも山に来ても変わらないか。」と思いながら尋ねる。
「何か面白いニュースとかある。」
「面白くはないですが、この先、このあたり霧が出るみたいです。雨は大丈夫そうです。」
「そうなんだ。あたりが真っ白になるのかな。迷子になったらどうしよう。」
「基本的には一本道ですが、何かあると大変ですので、SNSで連絡してそこに止まっていて下さい。」
「分かった。そうする。」
「ザイルで体を結ぶか?一応、持ってきている。」
「パスカル、ザイルって?」
「登山用のロープのこと。俺、山の写真が好きで、よく山に登っていたから。」
「なんだ。だから元気なんだ。」
「視界が本当に悪くなったら、ロープを手で持つぐらいはいいかもしれません。ただ、そこまでは霧が濃くならないとは思います。」
「体に結んじゃうと、ラッキーちゃんが滑り落ちたとき、みんな落ちちゃいそうだしね。」
笑い声が起きた。ラッキーが別の情報を伝える。
「アイドルラインが解散するって。」
「そうなんだ。噂は前からあったけど。メンバーにトラブルがあったみたいだし。歌もダンスも上手で、憧れのユニットの一つだった。人気もすごくあったのに。」
「俺も参考のためによく見ていた。」
「この前のヘルツレコードのライブにも出ていましたね。ダンスは綺麗に揃っていました。」
「5人グループのアイドルとしては、ヘルツレコードで一番売れていたんじゃないかな。横浜アリーナで2日間のワンマンをして、次はドームかって言われていたんだよ。アニソンを歌うこともあって、その時にイベントに行ったこともあるけど。確かにレベルは高かったんだ。」
「だからなのか。」
「湘南、何が、だからなの?」
「えーと、あんまり詳しいことは知らないのですが、知り合いにヘルツレコードの新しいアイドルユニットの仕事をしていると言っていた人がいて。」
「まあ、新しいユニットは出すわな。」
「でも、アイドルラインのTOのタック君、ショックだろうね。タック君のグループは30人以上いて、全力でアイドルラインを応援していたのに。どうすんだろう。」
「アイドルライン、解散ライブはやるんですか。」
「やらないみたい。リーダーはソロで活動しているし、もう一人もソロで活動するようだから、タック君はそっち行くのかね。ユニット推しだったけどね。」
「推しが突然いなくなってしまうのは悲しいですね。」
「推しは推せるときに推せ、と言うしかないかな。」
「そうですね。」
「ねえねえ、私は絶対に辞めないから、安心よ。」
「辞めたら、パスカルさんがまたお酒を飲みだしそうですしね。」
「アキちゃんが辞めるなら諦めるけど。それより、今は逆にメンバーを二人にした方がいいかどうか悩んでいるところだよ。」
「この前も言っていたけど、二人までなら、そっちの方がいいかなとも思う。やっぱり、ソロ活動しているアイドルはすごく少ないから、お客さんが来にくいかもしれない。」
「でも、もう一人のメンバーに心当たりはないんだよね、ビートエンジェルスにも。」
「うん、ビートエンジェルスにいっしょにやっていけそうな子はいないかな。」
「知らない人を入れるのはリスクだし。コッコちゃんは、どう、やってみない?」
「私がやるぐらいなら、湘南がやった方がましだよ。」
「それ、面白いかも。」
「アキさんもからかわないで下さい。」
「まあ、アキちゃんの知り合いで、いい子が見つかるまでペンディングかな。」
「僕も、しばらくはこの体制で行って、アキさんがレベルアップして行くのがいいと思います。」
「じゃあ、アキちゃんは、焦らずいっしょにやれそうな子を探しておいて。」
「うん。それと、歌とダンスの練習よね。」
「はい、それがいいと思います。」
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「おう!」「そうしますか。」
「湘南、コッコ返事は?」
「分かりました。」「アキちゃんってSなのか。パスカルちゃんと湘南ちゃんの話に、S娘として登場させるか。猟奇的アイドルとして。」
「はい、コミケならご自由に。じゃあ、行こう!」
「元気ですね。」「そうだな。」
明日夏のグループも半分ぐらい登ったところで、休憩に入った。こちらのグループも、明日夏のおしゃべりとそれに答える尚美以外は静かになっていた。明日夏が真っ先にベンチに腰かけた。
「明日夏先輩、お疲れのようですね。」
「ふー、この山は私を亡き者にしようとしているみたいだ。」
「またオーバーな。」
「でも、ミサちゃんも少し苦しそうだね。」
「うん。脚は大丈夫だけれど、マスクしているとやっぱり息が苦しいかな。」
「美香先輩、顔を隠すのが目的ですから、マスクの上の針金で隙間を開けて、息が楽になるようにしても大丈夫ですよ。」
「そう言われればそうね。きっちり、空気がマスクを通るようにしていた。」
「もう、ミサちゃんは、おっちょこちょいなんだから。」
「それを明日夏先輩が言いますか?」
「でも、そこがミサちゃんの可愛いところだよね。」
「それを明日夏先輩が言いますか?」
辺りを見回した尚美がミサに言う。
「辺りに霧が出てきましたし、山頂まではマスクを外していても大丈夫だと思います。」
「本当だ。嬉しい。」
ミサがマスクを外す。
「ふー、やっぱり息が楽だ。」
「良かったです。」
「尚ちゃん、もうどれぐらい来たの?」
「半分と少しです。」
「じゃあ、明日夏さん、残りは走って登りましょうか。」
「由香ちゃん、尚ちゃんに影響されている。でも。亜美ちゃんは大丈夫なの?」
「私も疲れました。少し休めて楽になりました。」
「明日夏さんと、亜美の場合、ゲームの機能に山を登る速さで好感度が上がるというのを付けると、走って山を登るんじゃないか。」
「由香ちゃん、スマフォのGPSと連動させればできそうだけど、それは鬼機能だよ。」
「ですね。」
「由香ちゃんはゲームをするの?」
「前はよく、アーケードのダンスゲームをしていましたが、今は忙しくてあまりやっていません。」
「そうなんだ。体を動かすのが好きなんだね。亜美ちゃんは体を動かすのはあまり好きじゃないよね。」
「それは、その通りです。」
「良かった、同類がいて。でも、尚ちゃん、ここで私か亜美ちゃんがもうダメってなったらどうするつもりだったの?」
「プランCで、一度山を降りて、ロープウエイで登るつもりでした。」
「じゃあ、プランCに変更で。」
「亜美先輩が十分休めたら、あと半分、登りましょう。」
「尚ちゃんが私を無視する。」
「普通、疲れれば静かになるものです。こんなにしゃべりながら登って来られるのは、まだまだ元気な証拠だと思います。実は明日夏先輩が一番元気なんじゃないですか。」
「甘いな、尚ちゃん。私は、ご臨終の直前までいっぱい喋っていると思うよ。」
「なるほど、明日夏先輩が目を開けながら静かになったときは、死んだ時なんですね。覚えておきます。」
「リーダー、だいぶ休めましたので、もう大丈夫です。」
「わかりました。あと5分、明日夏先輩のお話を聞いてから、出発しましょう。では、明日夏先輩、どうぞ。」
「只今、ご紹介に預かりました神田明日夏です。これから、この前の冬に放送されたアニメ『タイピング』に出演なさいました、直人の性格や魅力を話していきたいと思います。」
尚美は、この話題ならば、明日夏先輩、5分ぐらいはもつだろうと思っていた。
「初登場シーンは、藤田先生に朝の挨拶をするところです。『先生、お早うございます。』『やあ、直人君、お早う。いつも早いね。』『はい、大会のための朝練がありますので。』たったこれだけのセリフですが。直人の藤田先生への信頼感が良く出ています。直人は生い立ちの関係で、少し暗めの性格なため、他の人と挨拶をすることはありますが、『大会のための朝練がある』なんて理由までを説明したりはしません。直人の藤田先生へのこの信頼に基づいた藤田先生を通した、タイピング部の部員との交流を通して、直人は、初めは部長の恵梨香先輩、そして他の部員ともだんだんと心を開いていきます。」
明日夏の話しは続く。
「恵梨香先輩の直人への言葉『じゃあ、いっしょにやってみようか。」だけど、先輩としての余裕を見せつつ、暖かさの」
尚美が話しを止める。
「あの明日夏先輩。話し始めてから、もう6分ほど経ちましたが、この話、あとどのぐらい続くんですか?」
「えーと、まだ、第一話が終わっていないから、この10倍以上はかかると思うけど。」
「分かりました。では、出発しましょう。」
「えーー、尚ちゃん、酷い。もっと話したかった。」
「私も、もう少し聞きたかったな。」
「亜美先輩は、もっと休みたいわけではないんですよね。」
「ううん、そういうわけではなくて、直人の分析が興味深かったから。」
「分かりました。明日夏先輩の直人の分析については帰りの車の中で聞きたいと思います。」
「そうですね。リーダー分かりました。では、出発しましょう。」
「私は座って、ここでお喋りしたい。」
「では、一人で森の木とお話ししていてください。」
4人が出発する。
「分かった、行くよ。待ってよー。」
明日夏が後を追っていく。
明日夏のグループが山頂に到着した。
「やったー、山頂に到着した!人生、こんなに疲れたことはなかったよ。」
「明日夏先輩、お疲れ様です。残念ながら、霧がかかっていて、周りがあまり良く見えませんね。ミサ先輩は大丈夫ですか。」
「うん、マスクをしていなかったから、全然平気。これなら走って登れそう。」
「それは、良かったでした。今は霧で全く見えませんが、あの方向にこれから向かう男体山があります。」
「尚ちゃん、それは近いの?」
「少し下った後登って、15分ぐらいです。そのあとは下りだけです。あまり何も見えませんので、少し休憩したら出発します。皆さん、水分補給を忘れないで下さい。」
「お水、美味しい。」
「周りがあまり見えないですが、写真を撮りましょうか。亜美先輩、お願いできますか。」
「分かりました。」
亜美が三脚を出して、撮影の準備を始めた。
「亜美、三脚を持ってきていたんだ。言ってくれれば、私が持ったのに。」
「軽めの三脚ですから大丈夫です。それに、ミサさんに持ってもらうわけには。」
「亜美、俺が持つぜ。荷物軽いし元気だし。」
「美香先輩と由香先輩には体力を残しておいてもらわないと。最悪のケースのプランZとして、明日夏先輩が転んで怪我をしたときに、美香先輩が明日夏先輩をおんぶして下って、美香先輩と明日夏先輩の荷物を由佳先輩と私が持つというのがありますので。」
「ねえねえ、尚ちゃん。怪我をするのが私だけなの?」
「明日夏先輩がおっちょこちょいだからです。」
「それを尚ちゃんが言う?」
「はい、言います。」
「うーん、まあ、お兄ちゃんのことじゃなければ、そうか。」
「でも、明日夏を背負えるかな。ちょっと背負ってみていい?」
「いいけど。」
ミサが明日夏を背負う。
「どう?ミサちゃん、重くない?」
「うん、大丈夫かな。」
「じゃあ、前進!・・・右に進め!・・・左に進め!」
「あの、美香先輩、明日夏先輩の言うことをきかなくてもいいですよ。これは、あくまで緊急時の対応ですから。」
「リーダー、ちょっと荷物を見ててください。亜美、俺の背に乗れ。」
「えっ、由佳、何で?」
「いいから乗れ。」
「わかったよ。」
「亜美、行くぞ。突撃だ。」
「よーし、明日夏、こっちも突撃だ。帽子を取った方が勝ちね。」
「分かった。直人は亜美ちゃんに渡さないぞ!」
「あの、騎馬戦じゃないんですから・・・・。」
尚美はスマフォで写真を撮った。
「勝った!」「亜美、やったな。」
「負けた!でも、タイピングでは負けないもん。」「なんか、楽しかった。」
「でも、皆さん元気ですね。」
「まだ、みんな若いから。回復が早いんじゃ。」
「そうですね。」
「じゃあ、男体山に向かってヤッホーって叫ぼうか。」
「まあ、周りは霧ですし、大丈夫でしょうね。」
明日夏が女体山に向かって「ヤッホー」と叫ぶ。
アキのグループは明日夏のグループに少しだけ遅れて、男体山の山頂に到着した。
「男体山山頂に到着しました。」
「なんか、大したことはなかったわね。」
「アキさんは本当に元気ですね。」
「アイドルには体力も重要よ。」
「そうですね。あれ、女体山の方からヤッホーって言っているのが聞こえますね。」
「よーし、湘南、俺たちも叫び返そうぜ。」
パスカル、ラッキー、湘南が女体山に向かって叫ぶ。
「ヤッホー!」「ヤッホー!」「ヤッホー!」
ちょうど「ヤッホー!」と叫ぼうと思っていた女体山の由佳、ミサ、尚美が、それを聴いて叫び返す。
「ヤッホーだぜ。」「えっ、ヤッホー。」「ヤッホー。」
ラッキー、パスカル、湘南が喜びながら話す。
「木霊が女性の声になって返ってきたよ。」
「さすが、女体山だな。」
「ノリのいい女性の方々がいらっしゃるんですね。」
コッコが言う。
「向こうの女の子たちは元気だね。私は疲れたよ。」
アキが言う。
「私もやってみよう。・・・・ヤッホー。」
明日夏が叫び返す。
「アッホー。」
アキが叫び返す。
「バッカー。」
明日夏が叫び返す。
「クッズー。」
尚美が明日夏を止める。
「明日夏先輩、こんなところで一般の方とケンカしないで下さい。」
「分かった。でも、なんか腹が立った。」
ラッキーと誠もアキを止める。
「アキちゃん、アキちゃん、落ち着いて、落ち着いて。」
「でも、こっちはヤッホーって言っただけなのに。」
「小さな子供がいるんじゃないかと思います。アキさんもアイドル歌手を目指すなら、ここはがまんしないと。」
「それはそうか。分かったわ、我慢する。」
パスカルとラッキーが叫ぶ。
「ミサちゃーん。」
「Fly!Fly!Fly!」
明日夏が叫び返す。
「明日夏ちゃーん。」
尚美が止める。
「先輩、自分で自分の名前を言いますか。でも、止まっているときは美香先輩はマスクをした方がよさそうですね。」
「分かった。さっきは息苦しかったけど、針金を調整したから大丈夫だと思う。でも、これからずっとかな。不便になるね。」
誠が叫ぶ。
「『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』」
明日夏が少し驚いて、叫び返す。
「『一人ぼっちのモーニングコーヒー』」
返事が返ってくる。
「『やってられるか』」
明日夏が叫び返す。
「『ジュニア』」
尚美が止める。
「ちょっとちょっと先輩、未発表の新曲のタイトルを叫んじゃだめです。」
「私を知っててくれているのが嬉しくて、サービス、サービス。」
「でも、業界から追放されますよ。」
「そっ、そうだね。」
尚美のスマフォに誠から通話が入った。
「尚、もしかするとだけど、筑波の女体山にいる?」
尚美が4人から離れて、通話を続ける。
「いる。明日夏先輩、美香先輩、由香先輩、亜美先輩もいっしょ。」
「こっちはラッキーさん、パスカルさん、アキさん、コッコさんと男体山。」
「えっ、アキもいっしょ?大丈夫?」
「大丈夫だけど、アッホーと言っていたのは明日夏さん?」
「そう。バッカーと言っているのはアキ?」
「そう。まさかと思うけど、ジュニアっていうのは。」
「お兄ちゃんの想像通り。急いで止めた。」
「分かった。これから男体山に向かう予定だったけど、ここから直接ふもとに降りるよ。」
「こっちもそうする。それじゃあ、家で。」
「うん、家で。」
尚美が4人のところに戻る。
「明日夏先輩と亜美先輩がお疲れのようですから、プランHに切り替えます。ここからロープウエイで山を降りて、美香先輩の系列のホテルの温泉に向かおうと思います。」
「尚ちゃん、山を登り切ったときは死にそうだったけど、今はだいぶ回復してきたけど。」
「そのこともありますが、明日夏先輩が一般の方に変なことを叫ぶからです。」
「尚、そのグループとすれ違う可能性があるということか。」
「はい、向こうのグループが女体山に向かってくる可能性は高いです。美香先輩や明日夏先輩の名前や曲名を知っている方々に、アッホーとかはまずいです。」
「尚の言うことが正しそう。」
亜美が賛同する。
「リーダー、私もその方が嬉しいです。」
「はい、それに温泉に入るのも悪くないと思います。」
「それじゃあ尚、私は男体山のふもとに向かった車に戻ってきてもらうのと、ホテルの予約をお願いするね。」
「はい、美香先輩、有難うございます。」
ミサがスマフォでドライバーに電話する。明日夏がみんなに謝罪する。
「みんな、ごめんなさい。なんかヤッホーの言い方に腹が立っちゃって。」
「ここまで来るのに予定より遅くなっていますし、この方が良かったと思います。でも、私には、あのヤッホーに悪意はなく、普通にすごく嬉しそうな感じに聞こえましたが。」
「そのリア充の幸せそうな声に腹が立ったのかも。」
「明日夏先輩、そんなことを言っていると、一生リア充になれませんよ。」
「尚ちゃん、厳しい。」
ミサの連絡が終わった後、5人はロープウエイの駅に向かった。
誠も4人に提案する。
「女体山に向かうと、さっきの方々とかち合う可能性があります。ですので、このまま山を降りた方が良いと思います。ケーブルカーを使うこともできますが、下りなので歩いてもそれほど大変ではないと思います。」
コッコとラッキーが賛成する。
「湘南ちゃんの意見に賛成。ここに山があるから降りるんだ。」
「うん、山はもう十分満喫したかな。下りなら歩くのも大丈夫だと思う。」
「それで、プランD1は温泉に行く。プランD2は陶芸所に行く。プランD3は博物館に行くを考えてありますがどれがいいですか。」
「俺は温泉がいい。」
「僕も温泉が嬉しい。」
「でも湘南、その温泉、まさか混浴じゃないでしょうね。」
「アキちゃん、もしそうだったら私は湘南ちゃんを見直すよ。」
誠がアキにパソコンの画面を見せながら言う。
「アキさん、今行こうと思っている、日帰り温泉があるホテルのホームページを見せます。男女は別で大浴場を1日交代で使うと書いてあります。両方とも露天風呂付きで雰囲気はいいと思います。」
「本当ね。分かったわ、温泉にしよう。お風呂の後に休めるところもレストランもあるみたいだし。」
「お風呂に入ってから、遅い昼食にしましょうか。ホテルのレストランのメニューはいろいろありそうですし。」
「うん、それがいい。」
「場所は筑波山神社のそばですから、山を降りてホテルへも歩いて行けます。」
「イラストレータとしては、本当は混浴の方がいいんだけどもねー。」
「どんなイラストレータよ。」
「コッコさん、この辺りに混浴の温泉はありません。ですので、それはまた別の機会にお願いします。とりあえず、山を降りましょう。」
アキのグループは山を歩いて降りていった。
筑波山の観光ホテルの社長に電話がかかって来て、その対応を支配人と話し合う。
「オーナーの鈴木様の秘書から電話があった。至急対応をしなくてはいけない。あと1時間ほどで、オーナーのお嬢様がご親友と5人で温泉と昼食のためにいらっしゃるそうだ。」
「オーナーのお嬢様ですか。それはまた突然ですね。」
「どうやら、ご予定が急に変わられたらしい。」
「お嬢様は歌手という話ですので、温泉一つを貸し切りですよね。通常ならば、5人の時は特別室の温泉を使えばいいのですが、特別室は改装中でお風呂も使えない状態です。」
「ご到着まで、まだ1時間はある。大浴場1つ閉め切って、そこを専用にするしかないな。お嬢様方が入られている時間は、見張りを付けて誰も入らないようにする。」
「社長、山の湯は昔は混浴で使っていましたので、脱衣所と洗い場が男女で分かれています。ですので、お嬢様方には岩の湯に入って頂いて、山の湯を3時間程度混浴で利用することにしては如何でしょうか。」
「そうだな、それがいい。ホテルにお泊りのお客様には、その時間は待って頂こう。日帰りで温泉をご利用のお客様には、山の湯を混浴での利用をお願いすることにしようか。」
「分かりました。至急手配します。」
「ホテルの前に掲示して、日帰りで温泉をご利用のお客様には、フロントできちんと説明することを忘れないように。」
「はい、分かっております。」
「三杉、頼むぞ。鈴木様には倒産しそうなところを助けて頂いたんだ。お嬢様方に決して失礼のないようにしないと。」
「はい、社長、肝に銘じて。」
リムジンの運転手からもうすぐ到着する旨の連絡があったため、社長、支配人、仲居頭が出迎の玄関に出て並んだ。
「でも、三杉、お嬢様はかなりの美人という話なので、少し楽しみだな。ご長男様の方は、とてもハンサムでプレーボーイなことで有名らしいが。」
「そうなんですか。資産家のご子息の方々ですから。甘やかされていそうですね。お嬢様も性格がすごくわがままかもしれないですね。」
「それでも、失礼があったらいかんぞ。」
「お任せください。このホテルに勤め始めて35年、支配人を15年もやっています。お嬢様方に、ご満足頂けるようにおもてなしして差し上げます。」
「頼むぞ。」
リムジンが到着し、ミサが外に出て、二人に挨拶をする。
「こんにちは、鈴木美香です。今日は突然、押しかけてしまってごめんなさい。お世話になります。」
「・・・・・・」
「あの。」
「あっ、これは大変失礼しました。美香お嬢様、今日は当ホテルにお越しいただき大変ありがとうございます。当ホテル社長の森です。お父様には、いつも大変お世話になっております。」
「支配人の三杉です。今日は、このホテルの総力を上げて、おもてなし致しますので、是非、楽しんでいただければと思います。」
「あの、普通で構いませんので、よろしくお願いします。」
「本日は、あいにく特別室が改装中で、ご休憩には畳の宴会場をお使いください。温泉は2階にあります。その岩の湯をお嬢様方専用としましたので、どうぞご自由にお使いください。また、この仲居頭の水谷が、お世話係として皆様のお帰りまでお供しますので、ご用がありましたら、何でもお申しつけ下さい。」
「有難うございます。」
「それでは、お嬢様方、お部屋までご案内します。皆様のお荷物は、後ほどお部屋までお届けしますので、そのままいらして下さい。」
「分かりました。」
「お頭に、ついていくぞ!」
「先輩、仲居頭の方に、お頭って失礼ですよ。」
「大丈夫でございます。それでは、者ども、付いて参れ。」
「へい。」「合点だ。」
5人が仲居長に先導されて、部屋に向かった。社長と支配人が礼をして見送る。
「それでは、ごゆっくりとおくつろぎ下さい。」
部屋に着くと、テーブルにお茶や茶菓子、部屋の隅に風呂に入るためのセットが用意してあった。そして、すぐに荷物も到着した。
「浴衣があの隅に置いてありますので、どうぞご自由にお使いください。私は、廊下の突き当りに控えておりますので、ご用がございましたら、いつでもお呼びください。昼食も当ホテル最高のものをご用意してあります。」
仲居頭が部屋を出た。4人が座椅子に座り、明日夏は畳に寝ころんだ。
「いやー、畳はいいね。うちは絨毯だけだから。」
「うちの和室は客間だけだから。畳に寝ころんだことはなかったな。やってみよう。」
ミサも畳に横になる。
「ミサちゃん、座布団を二つに折って、枕にするんだよ。」
「こう?」
「そう。」
「でも、ミサちゃんが寝そべると、それはそれで絵になる。」
「そう言えばホテルの社長さん、ミサさんが美人すぎて、驚いていたみたいでしたね。」
「亜美、そういうことはないんじゃない。」
「いや、俺も最初に近くで見たときは本当に驚いたから。」
「由佳も、もう。でも、今はもう普通だよね。」
「ミサさんのこといろいろ分かってきたんで、普通に話せるようにはなった。」
「有難う。」
「美人は三日で飽きるというやつなんじゃないかな。」
「明日夏、飽きてくれて有難う。」
「アニソンコンテストの話を聞く限り、明日夏さんは初めっから飽きていた感じだけど。」
「明日夏の場合は、3秒で飽きるんだね。」
「でも、社長さんたちが驚いたのは、美香先輩が美人なことではないと思います。系列会社の社長ですから、オーナーの娘が美人という情報はあったと思います。たぶん、お金持ちの性格が悪そうな美人を想像していて、性格も良さそうだから驚いたのではないかと思います。」
「尚、有難う。」
「でも、ミサちゃんといっしょにお風呂に入ると、みんなの印象がまた変わるかも。」
「明日夏先輩は、変態オヤジみたいなことを言って。まあ、明日夏さんの変人ぶりも三日で慣れましたけど。」
「尚ちゃん、酷い。」
「そう言えば、由香、あの時に明日夏に何を食べたらそんなスタイルになるのか聞かれたわね。」
「初対面でですか。」
「そう。」
「さすがは明日夏さん。それは変態オヤジでも聞けないかもしれない。」
「えっ、だってみんな知りたくない?」
「明日夏さん、俺でも初対面の人にそれは聞けない。」
「私は疑問をそのままにできない人なんだよ。」
「うん、私も明日夏のようになりたい。」
「何度でも言いますけれど、美香先輩、それは止めましょう。」
「尚ちゃん、厳しい。」
「それでは、みなさん、もうそろそろお風呂に行きましょうか。」
「尚に賛成!」
「それじゃあ、浴衣を持って行こう!」
仲居頭に先導されて5人は岩の湯に向けて出発した。
アキたちは男体山を途中で休憩することなく降り、筑波山神社を抜けて、ホテルに向かった。イラストのためか、ホテルを観察しながら近づいていたコッコが4人に提案する。
「それじゃあ、みんなでフロントに行っても仕方がないんで、私が手続きしてくる。みんなはロビーで休んでいて。」
「分かりました。清算のために、レシートか領収書をもらってきて下さい。」
「コッコ、有難うね。」「サンキュー。」「コッコちゃん、有難う。」
コッコがフロントの係員に話しかける。
「すみません、当日の温泉の申し込みをお願いします。」
「お客様、大変申し訳ないのですが、本日、中ぐらいの大きさの浴場が工事中で、1時間ぐらい前に分かったのですが、一つの大浴場が夕方まで3時間ぐらい使えない状態になっています。そのため、残りの一つの一番大きな浴場を混浴で利用させて頂いています。元々混浴用の大浴場で、更衣室と洗い場は分かれています。そして、今日だけ特別にバスタオルを風呂に漬けても良いことにしています。そのためのタオルはご用意しておりますが、如何なさいますか。夕方までお待ち頂ければ、男女別に入ることもできます。また、他の日帰り温泉をやっているホテルをご紹介することもできます。本当に急なことで、あの浴室を混浴で使うのは10年ぶりぐらいです。」
「そのことはホテルの玄関前の掲示を見て知っています。はい、混浴で問題ありません。大人5人、お願いします。」
フロントで混浴を確認したコッコは「ふふふふふ、私の普段の行いがいいからか。今日はついている。」と不気味に微笑んだ。
「かしこまりました。」
手続きをしたコッコが他の4人に呼びかける。
「じゃあみんな、お風呂に参るぞ。」
「コッコさん、なんか嬉しそうですね。」
「温泉なんて久しぶりだからね、湘南ちゃん。ふふふふふ。」
5人とも、2階の温泉がある場所に向かい、男性は男性更衣室、女性は女性更衣室に向かった。
「じゃあ、みんなお風呂を出たら休憩室でね。」
「おう、アキちゃん上気した姿が楽しみ。」
「パスカルさん、そういうこと言ってると捕まりますよ。」
「湘南が注意してくれるから、捕まることはしないよ。」
「だといいんですけど。」
「湘南君、パスカル君も覗きとかはしないだろう。とりあえず風呂に入ろう。」
「そうですね。それでは、また。」
男性、女性に分かれて更衣室に入っていった。
女性更衣室で服を脱いで風呂に向かおうとするアキにコッコが注意する。
「そこのタオルを巻いていった方がいいぞ。」
「そこのタオル?これか。でも何で。」
「アキちゃんの悲鳴が聞こえるのは、楽しそうだけど、私もそこまで悪い人間じゃないから。」
「どういうこと。」
「反対か。悲鳴を上げるのは、パスカルと湘南の方かもな。でも、アキちゃんの裸をパスカルちゃんたちに見られると、後々活動しにくくなると思って。」
「何でそうなるの?まさか、混浴なの?」
「そう。今日は大きな風呂が1つ急に使えなくなったからなんだって。」
「えーーー。もしかしてみんなで計ったの?」
「アキちゃん、湘南ちゃんたちにそんなことができるわけないじゃん。1時間ぐらい前に急に分かったみたいだよ。ホテルの入口に掲示があったのと、私がフロントで聞いただけ。もうすぐ、驚いた湘南から連絡が入るよ。」
コッコのスマフォが鳴る。『岩田』とディスプレイに表示される。
「ほら、湘南からだ。・・・・あー、湘南か。どうかしたか。」
「あっ、コッコさん。なんか、お風呂が混浴みたいなんですが。」
「風呂が1つ急に使えなくなって、今日は混浴として使っているって。混浴として使うのは10年ぶりぐらいだってフロントで言ってた。」
「フロントで言ってたんですか。」
「それはもちろんそうだよ。ホテルの表にも張り紙はあったけど。じゃあ湯船で。」
「じゃあ湯船で、じゃないです。コッコさんはいいとしても、アキさんは無理でしょう。」
「タオルを巻くから大丈夫じゃないか。洗い場は分かれているそうだし、アナウンサーだって、タオルを巻いて温泉のレポートをしているよ。」
「あれはたぶん、下に水着を着ています。」
「相変わらず細かい奴だな、湘南は。大丈夫だよ。」
「コッコさんは、アキさんがいっしょの湯船につかっているときの僕たちの反応を観察したいだけなのでしょうけれど。」
「さすが湘南、良く分かっている。」
「それにアキさんを使うのはどうかと思います。」
「分かった。アキちゃんには無理を言わないから、男性陣は大丈夫か。」
「それは、反応を観察するためには、コッコさん自身で十分ということですか。それも、イラストレーターの矜持ってやつですね。はい、それならばラッキーさんとパスカルさんに聞いてみます。・・・・・・・・・・・・・大丈夫だそうです。」
「それじゃあ、湯船で。」
「コッコさん、タオルは巻いてきて下さいよ。こっちも巻いてきますので。」
「大丈夫。露出狂は見るのは好きだが、やるのは無理。」
「良く分かりませんが、分かりました。では。」
電話を切ったコッコがアキの方を向く。
「アキちゃん、休憩所で留守番している?3人がいたほうが、変なおじさんとかが寄ってこないから、かえって安全だと思うよ。」
「分かったわよ。行くわよ。もう。」
浴場に人は少なかった。それぞれ体を洗ってから露天風呂の湯船につかる。露天風呂に他のお客は居なかった。アキがいるのに驚いて、目をそらして黙っている男性組3人を無視してコッコがアキに話しかける。
「露天風呂っていいよね。」
「そうね。心が開放的になるもんね。」
「タオルは開放しちゃだめよ。」
「しないわよ。」
「アキちゃんって、今何歳だっけ。」
「今は16歳。来年の2月に17になるけど。」
「アキちゃん、16歳だって。」
「コッコ、何をわざわざ宣伝しているの。」
「親の許可があれば結婚できる年齢なんだよね。」
「コッコは二十歳よね。親の許可がなくても結婚できるじゃない。」
「そう。歳はとりたくないもんだ。」
「二十歳ならまだまだ若いわよ。二十歳を過ぎた有名なアイドルだって、たくさんいるし。」
「そうかもしれないけど、私は昔からいわゆる若さはあまりなかったかも。ところで、ずっと黙っているけど、男子諸君は何か言うことはないのかね。」
「おう、いい湯だな。」
「うん、パスカルらしい反応だ。」
「でもさ、何でこの時間にお風呂一つが夕方まで使えなくなったんだろう。」
「うん、ラッキーらしい反応だ。ここで湘南が答えを言えば完璧だけど。」
「私、気になります。」
「アキさん、そんな恰好で迫らないで下さい。」
「わー、そうだよね。調子に乗ってしまったわ。」
「午後に風呂の掃除ということはないと思います。ですので、突然の故障か、排他的に誰かが使っているかです。全員が使えないような突然の故障ならば、業者を呼んだり、業者が来てから点検することも必要ですから、3時間で済むということはないと思います。あと、突き当りにあるもう一つの温泉、使えなくなった温泉の前に、ガードマンが立っていましたから、たぶん、VIPが使うんじゃないかと思います。」
「VIPが排他的に使っているということか。なるほど。そういえば、駐車場にリムジンがいるのが見えたな。」
「リムジンですか。ドライバーは乗っていましたか?」
「乗っているようだった。」
「それならVIPは、急に日帰りで利用したのだと思います。お偉いさんか、お金持ちか、・・・・・」
誠に妹たちのことが頭に浮かんだ。
「どうした。」
「えーと、後はこのホテルがお世話になっている人と思います。」
「まあ、そんなところだろうな。」
「湘南は、高校のころは古典部だったの?」
「違います。コンピューター研究会でした。」
「コンピ研ね。」
「それだと、僕たちは『世界を大いに盛り上げる為のアキの団』ですか?SOA団?」
「あの子ほど変わっていないんで『世間を面白くするアキの団』ぐらいかな。」
「じゃあ、パスカル君が、きょんなのか。」
「おれがきょんなの。そうすると、ラッキーさんが小泉か。」
「まっがーれ!」
全員が笑う。
「でも、パスカルちゃんは、きょんというより、白石かな。」
「コッコ、それは声優の名前でしょう。登場人物の名前は、えーと。」
「谷口かな。」
「さすが、ラッキーちゃん。」
「わわわ、忘れ物。でも、本人を忘れちゃ、世話ないな。」
「しかし、最近、白石、見ないな。」
「この間、『キングダム』に少し出ていました。エンディングスクロールを見て、驚いて、出ている場面だけ見返しました。」
「見返すところが、さすが湘南だな。」
「しかし、この面々だと、この手の話が一番盛り上がるな。」
「それはコッコちゃんの言う通りだよね。それで、コッコちゃんが朝比奈さんということかな。」
「私は、あんないい体していないぞ。」
「・・・・・・・・・・」
「ごめん、この手の話が一番だめか。でも、長門がいないな。」
「そうですね。」
「妹子ちゃんがいれば、長門だったけれど、まあ、しかたがない。」
「すみません。今も忙しいみたいで、今日も朝から出かけて行きました。でも、最近は『U―18』という漫画を読んでいるそうです。」
「そうなんだ。『U―18』か、男の子向けのサッカー漫画だけれど、女の子のファンも多いという話しだよね。まあ、最近はイケメンのキャラを揃えて両方のファンの獲得を狙ってくるのが常套手段だけど。」
「でも、あの作品の女性ファンは、女の子というより、私か私より年上のお姉さまの方が多いいんじゃないかな。逆にJCは少ないかも。」
「うん、確かに、ショタ向けのキャラもいるからね。そう言えば、もうそろそろ、アニメ化されるって噂があるよね。」
「作るとしたら、制作会社はどこの会社になるんだろうね。それによって、キャラデが変わってくるからな。まあ、二次創作するイラストレーターにはいいネタになりそう。」
「コッコさんは、オリジナルで描くことが多いんですか。」
「そうだね。二次創作をしないこともないけど、自分としてはオリジナルを作りたい。」
「さすがですね。」
「しまった。話しは面白いが、こんな話をしていると、ネタが見つからない。さっきのアキちゃんが『私、気になります』と言った後の反応とか良かったけど。アキちゃん、またやってくれない?」
「冷静に考えると、この恰好だと恥ずかしいわよ。さっきは急に思いついてやっちゃったけど。でも、服を着てからならいいよ。」
「分かった。それでしかたがないな。」
「でも、アキちゃん、メンバーを増やすとしたら、やっぱり長門みたいなキャラがいいかな?」
「それは、やっぱりみくるちゃんでしょう。」
「コッコさん。みくるさんタイプは3人目じゃないでしょうか。二人だけだとすると、静かな実力派の方がいい気がします。」
「湘南は、アニメキャラもさん付けか。」
「なんとなくですが。」
「でも、湘南君は、長門推しなの?」
「そういうわけではありません。しいて言えば、朝倉さんです。」
全員から感嘆の声が漏れる。
「おーーー。」
「でも分かる気がする。それじゃあ、今度、おもちゃのナイフ持ってきてあげるわ。『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいいって言うよね?』」
全員から感嘆の声が漏れる。
「おーーー。」
こんな感じのオタ話で時間がすぎて行った。
「ふう、なんかのぼせてきちゃった。」
「結構な時間、風呂に入っているから。じゃあ、とりあえず休憩室に集合で。」
「わかったわ。そこで昼食を考えようか。」
「了解。」
「それでは、僕たち男性陣は向こうを向いています。その間に風呂を出て、見えなくなったら合図を下さい。」
「そこまですることはないけど、湘南ちゃんらしいところだね。」
「コッコさん、変なタイミングで合図を出さないで下さいね。」
「アキちゃんがいるから、それはない。じゃあ向こうを向いていて。」
見えなくなったところで、アキが合図を送る。
「3人とも、大丈夫よ。」
3人がゆっくりと向く方向を変える。顔と腕だけ出してアキが手を振っていた。
「それじゃあ、休憩室で。」
「ああ。」「またね。」「はい。」
アキたちが脱衣所に入ったすぐ後に、明日夏たちは、仲居頭に先導されて、岩の湯にやってきた。
「ここが山の湯で、正面突き当りがお客様方にご用意した岩の湯になります。」
正面にはガードマンが立っていた。山の湯の前に「混浴で利用中」の表示を見た亜美が尋ねた。
「こっちのお風呂は混浴なんですか。」
「亜美ちゃん、入ってみたいの?」
「いえ、そういうわけではないです。」
仲居頭が説明する。
「普段は2つの大浴場を男女分けて使うのですが、今日は特別です。」
「もしかすると、それは私たちが大浴場を一つ占有するからでしょうか?」
「はい、それもありますが、山の湯はもとから混浴のために設計されていて、脱衣場が2つあります。ですので、ご心配されなくても大丈夫です。」
「そうですか。有難うございます。」
「でも、脱衣所の中からあわててる声が聞こえるけど。」
「フロントで説明していますが、ちゃんと聞かなかったお客様かもしれません。」
途中、お手洗いで遅れていた、尚美が追いついてきた。
「お待たせして、すみません。お風呂に行きましょう。」
「そうね。行きましょう。」「レッツゴー!」
風呂に到着して、体を洗って湯船のお湯につかった。
「ふうー、いいお湯。極楽、極楽。」
「明日夏先輩、オヤジくさいです。でも、さっきは、もう一つのお風呂の前でみなさんは何を話していたんですか。」
「私たちがこのお風呂を占有している間、あっちのお風呂が混浴になっていて、亜美ちゃんが入りたそうだったから。」
「別に入りたいわけではないですよ。珍しいなと思って。」
「本当は明日夏先輩が入りたかったんじゃないですか?」
「さすがに、自分が入るのには抵抗があるけど、噂には聞くので、どんなところか見てみたくはある。」
「明日夏先輩は好奇心が旺盛なんですね。でも、こちらには美香先輩がいますので、行くならお一人で。私は止めませんので。」
「本当に止めなくていいのかな?」
「はい、どうぞご自由に。」
「様子だけなら、一番問題なさそうな、俺が見てきましょうか?」
「由香ちゃん、筋肉があるから、混浴と言っても男性用脱衣所を使って下さいって注意されそうだから、止めておいた方がいいよ。」
「明日夏さん、さすがにそれは俺でもへこむ。」
「由香ちゃん、ごめんなさい。由香ちゃんもデビューを控えているんだから、止めておきましょうということです。先輩としての忠告。」
「まあ、それはそうか。来週は本番のレコーディングだもんね。」
「明日夏先輩にしては、とてもまともな意見ですね。」
「へへへへへ。まあ、行くなら私が一番目立たないかな。」
「いやいや、明日夏、身長が高いし目立つよ。何センチあるの?」
「167かな。ミサちゃんは?」
「165、尚は?」
「151です。」
「私、リーダーより低いのか。148です。由佳は?」
「155。」
「いいなー。私もそのぐらい欲しい。リーダーはまだ伸びそうだし。」
「バラード系の歌手は、亜美ぐらいの身長のプロの歌手もたくさんいるから、歌手としては大丈夫だとは思うけど。」
「ミサさん、有難うございます。ミサさんはロックシンガーだから、今ぐらい身長があった方がいいですよね。」
「私、小学校5年生のころから今とだいたい身長が同じで、そのときは大女みたいに見られていていやだったけどね。」
「大女として見てたんじゃなくて、みんな、カッコ良すぎって感じで見てたんだと思います。」
「無駄に身長が高い明日夏先輩。」
「尚ちゃん、酷い。」
「でも、俺は、身長が低い明日夏さんというのも想像しにくい。」
「由香先輩の言う通りですね。明日夏先輩の大きな態度が似合うのは、身長のせいもあるかもしれませんね。」
「でも、ミサちゃんが大きな態度をするとどうなるかな。やってみて!」
「えっ。ここじゃ何だから、お風呂出てからね。」
「分かったよ。」
「でも、大きな態度をとるにはどうしたらいいの?」
「うーん、明日夏、ほら、肩をもんで。由佳、亜美、右と左の腕のマッサージ、尚、今日の予定は?遅い。言われないと動けないのお前らは。さっさと動く。みたいな感じかな。」
「そういうのは明日夏先輩の方が似合いそうですが、確かに、美香先輩が性格悪そうなことを性格悪そうに言うところも見てみたい気もします。ドラマの一場面みたいになりそうです。」
「リーダーのいう事、分かる気がする。」
「でも、そういうドラマだと、そういう人は最後は不幸になるってことが多いよね。」
「本当の美香先輩は全然違うから、大丈夫です。」
「尚、有難う。」
「でも、『タイピング』のイベントで、直人が欲しかったらタイピングで勝負して私に勝ってみろって大きなことを言ってた明日夏さんを懲らしめるために、リーダー、タイピングを練習して、私の代わりに明日夏さんと勝負して下さい。明日夏さんを負かすことは、今では全世界の直人ファンの願いになっていますから。」
「えっ、そんな大変な状況になっているんですか?」
「亜美ちゃん、人にやってもらって、それで直人が喜ぶと思うの?」
「どんな手を使っても、推しを手に入れる。それが私のやり方です。」
「亜美ちゃんってそんな人だったの?」
「はい。それに、明日夏先輩が負けるだけで、全世界の直人ファンが喜びます。」
「分かりました。亜美先輩、練習はしておきます。」
「ふん、尚ちゃんにだって、負けないもん。」
「そうですね、明日夏先輩が言う通り、明日夏先輩の日本語入力速度は異常に速いので、勝てるかどうかはわかりません。英語の入力、プログラムの入力なら兄の方が速そうなので、コツを聞けるかもしれませんが。」
「まあ、尚ちゃんのお兄ちゃん、小学校1年のころからお父さんのコンピュータを使ってたからね。」
「そうなんですか。私も知らなかったです。兄が小学校1年生というと、私は1歳か。」
「尚ちゃんからじゃなくて、尚ちゃんのお兄ちゃんからイベントで聞いたのかな。」
「明日夏さんのために、コンピュータで作業していますから、たぶんそうでしょうね。」
その後、ミサが出演したアニメイベントで出演者からサイン責めにあったことなどの話をした後、お風呂から出て、部屋に戻った。
アキのグループは、お風呂から出て、日帰り温泉の利用者のための大きな休憩室に入り、くつろいでいた。
「いやー、座椅子に座ると、温泉に来た気がするね。」
「でも、温泉と言えば、卓球なんじゃないの。」
「うーん、アニメでは良く見る定番だけど、実際にやったことはないな。」
「子供連れだとするんじゃないでしょうか。僕も、昔、妹と良くやりました。妹の方が全然上手だったですが。」
「6つ上なのに、兄の面目丸つぶれだな。」
「僕は風呂入って、美味しい夕食を食べて、飲んで終わりかな。卓球をやる元気はないよ。カラオケはすることはたまにあるけど。」
「まあ、そうですね。というか、ラッキーさん、レストランに行ってビール飲みましょう。コッコちゃんは奢るよ。」
「おっ、パスカルちゃん、ごちになります。」
「コッコちゃんの分は僕も出すよ。とりあえず、レストランに行こうか。」
「了解。」
5人がレストランに移動し、それぞれ遅い昼食と3人がビールを注文する。3人はビールで乾杯をして盛り上がる。
「カンパーーイ!」
「風呂上がりのビール、最高だね。」
「おう、最高だぜ!」
「いやー、山に登って温泉に入った後のビール、格別だよ。それに二人の奢りだし。こんな美味しいビールは初めてだな。」
「山に登って良かったかもしれないね。ちょっと死にそうだったけど。」
「私なんて、マジ死にそうだったわよ。」
「今こそ、生きる喜びを感じるぜ。」
「パスカルちゃん、いいこと言うね。」
三人が盛り上がる中、アキが誠に話しかける。
「どうする?」
「こうなっちゃうと、どうしようもないです。」
誠は「早めだけど、今日のプランはこれで終わりで、後はどこかでカラオケに行くぐらいか。」と考えていた。
「何なら、もう一回山に登ってもいいけど。もう、あの人たちもいないと思うし。」
「えーと、・・・・あの、ミキシングやアレンジをいろいろ試してみませんか。アキさんのボーカルのデータやアレンジで試行錯誤したデータも残っていますし。音色を変えたり、楽器を加えたりもできます。」
「へー、ここでできるんだ。」
「はい、ノートパソコンで十分です。」
「分かった。アレンジするところを見てみる。」
「有難うございます。」
「何で、お礼を言うの?」
「いえ、別にです。では、イヤーフォンは持っていますよね。信号を分岐するためのものを持ってきましたので、それで二人で聞きましょう。」
「そうね。両耳で聞いた方が分かりやすいし。それに、一つのイヤホンの片方ずつ使っていたら、酔っ払い3人が絡んできそう。」
「はい。コッコさんは、それはパスカルさんとやれとか言いそうですね。」
「ふふふ、そうね。」
「じゃあ、とりあえず、思い切りドラムとベースを効かせた『二人っきりなんて夢みたい。でも、夢じゃない。』にアキさんのボーカルをミックスしたものから始めます。」
「いわゆる、リミックスというやつね。」
「そうです。」
明日夏たちが風呂から部屋に戻ってきた。
「じゃあ、ここで態度の大きいミサちゃんで。」
「えーー、あれやるの?」
「少しは他人を気にしない人になれるかなって思って。」
「分かったよ。やってみる。明日夏、肩をもんで下さい。由佳、亜美、右と左の腕のマッサージをお願いします。尚、今日の予定を教えてくれますか?みなさん、行動が遅いです。自分で判断して、迅速に動きましょう。」
「もうちょっと、怖い顔と声と言い方で。」
「結局、明日夏が私で楽しんでいるだけでしょう。まあ、いいけど、じゃあ、行くよ。明日夏、ほら、肩をもんで。由佳、亜美、右と左の腕のマッサージ、尚、今日の予定は?遅いぞ。自分で判断して、さっさと動いて。」
「はい、肩をおもみします。」「はい、お嬢様。それにしても、綺麗なお肌ですね。おほほほほ。」「はい、お嬢様。」「今日のご予定は、これから昼食を摂って・・・」
仲居頭が昼食のことを聞くために部屋に入ってきた。声はかけたが中で遊んでいるようだったので、入ってきたが様子を見て驚く。
「違うんですよ、あのこれ。明日夏がやれというから。」
「美香お嬢様、つくろわなくても良いのでございますよ。この仲居頭も、私たちと同じお嬢様の下僕でありますから。」
「明日夏は、もう。」
「美香お嬢様、分かってますから大丈夫です。でも、30年ぐらい仲居をやっていますが、神田様は本当の大物という気がします。」
明日夏以外の全員が大笑いした。
「水谷さん、遅くなりましたがランチにしたいのですが。」
仲居頭が説明する。
「昼食はこのお部屋でも構いませんが、眺めはレストランの方がいいかと思います。」
「分かりました。皆さん、どっちにしますか?」
「由佳ちゃん、ちょっと上のレストランの様子を見てこうか。」
「了解。行きましょう。」
明日夏と由佳がレストランを見に行って戻ってきた。
「どうでした。」
「なんか、酔っ払いがうるさかった。」
「まあ、明日夏さんのいう通りだな。昼間から飲んで騒いで、いいご身分だ。」
「それは、ゴールデンウィークだから、別にいいんじゃない。」
「確かに、明日夏さんの言う通りか。」
「食事中はマスクができません。美香先輩が絡まれても面倒ですので、ここで食事と休憩をとりましょうか。」
「尚ちゃんの言う通りだね。」
「水谷さん、大変申し訳ありませんが、昼食をここに持ってきて頂けますでしょうか。」
「かしこまりました。」
仲居頭が部屋を出ていき、仲居と共に食事を運んできた。そして、食事が全員の前に並んだところで、亜美が提案する。
「せっかくですから、食事と浴衣姿の写真を撮りますね。」
「亜美先輩、それはいい考えと思います。」
「それでは、私がみなさんのお写真をお撮りします。」
「お願いします。このシャッターを押せばいいようにしました。」
「わかりました。それでは撮らせて頂きます。チーズ。・・・・はい、もう一枚。チーズ。・・・・有難うございました。それでは、ご確認ください。」
「明日夏先輩、今日は写真を撮るのに、なんか元気がないですね。」
「いやー、さすがに山登りで疲れたかな。尚ちゃん、私だって24時間はしゃいでるわけではないんだよ。」
「今回は、普通に良く写真がとれましたよ。」
「お世辞じゃなく、みなさん、とてもお綺麗で。」
「でも、何か、みんな、すまし顔だな。」
「じゃあ、もう一回撮ろうか。」
「分かりました。また撮らせて頂きます。それでは、チーズ。」
「ノン、ノン、フロマージュ。」
少し遅れた笑いになった。
「明日夏さん、フロマージュって何ですか。」
「亜美先輩、フロマージュは、フランス語でチーズを意味します。ですので、明日夏先輩はチーズと言われたので、違う、違う、フロマージュって言っていました。」
「尚ちゃん、何でも知っているのね。」
「それでは、皆さん、フロマージュで撮りましょうか。」
「水谷さん、願います。」
「はい、それでは、フロマージュ。」
「セ、ボーン。」
また遅れた笑いになった。
「セ、ボーンもフランス語で、これは美味しいという意味です。」
「なるほど。でも、笑いとシャッターがずれてたな。」
「写真も、みんな、何だそれ、という顔ですね。リーダーだけ笑っていますが。」
「明日夏の笑いも高度化していって、尚しか笑えなくなってきているのか。」
「明日夏先輩の場合、前に使ったネタでも笑える気がしますけど。」
「顔を思い出すだけで笑える明日夏だもんね。」
「江戸時代から続いているネタで笑わす、古典落語並みですね。」
「九つでい。」
「その話は、江戸時代の享保年間のときにできたらしいですね。」
「享保の改革って、日本史で習った。」
「俺も、それは聞いたことはあるぞ。」
「それでは、みなさん、時そばで、写真を撮りましょうか。」
「はい、お願いします。」
「それでは撮ります。今なんどきでい。」
みんなが声を合わせて言う。
「九つでい。」
その後に笑いが起き、仲居頭がシャッターを切った。
「九つでい、で笑える古典落語、深いね。」
「明日夏の言う通り。」
「それでは、みなさん、昼食にしましょうか。」
「そうしよう、そうしよう。もう、お腹と背中がくっつちゃうよ。」
「分かりました。では、頂きます。」
「頂きます。」
5人が遅い昼食を取り始めた。昼食後、尚美がみんなに尋ねる。
「この後、どうします?陶芸所とか神社の散策とかもありますけど。」
「今日は、疲れたからここでまったりしてから帰ろうよ。せっかく浴衣も着たし。」
「リーダー、私も明日夏さんに賛成です。」
「分かりました。そうですね。あまりハードじゃないスケジュールにして、気軽にまた行く方がいいかもしれませんね。」
「いや、山に登ったし、今日は十分ハードだったよ。」
「そうですか。では、しばらくここで休むことにしましょう。」
「あの、オタク軍団は放っておいて、ミサさん、勝負しません?」
「由佳、何で勝負する?」
「じゃあ、腕相撲、腹筋の速さ、腕立て伏せの速さ、反復横跳びの速さ、鴨居で懸垂の回数。スクワットの回数。」
「由香先輩、私たちはアスリートじゃないんですから。」
「いいわよ。それで勝負ね。」
「ええっ!?美香先輩もですか。分かりました。それでは審判を務めさせて頂きます。」
「尚、有難う。」「リーダー、サンキュー。」
「亜美ちゃん、若い人たちは、元気だね。」
「そうですね。イベントに参加するか、ゆったりとネットで最新のオタク情報を集めるのが、由緒正しいオタクの休日の過ごし方ですよね。」
「亜美ちゃん、さすが分かっているね。」
アキのグループは、レストランに1時間ほどいて、つくば駅に向かうバスが出発する10分前にレストランを後にして、東京に向かい、予定より早い時間に秋葉原に到着した。
「ラッキーさん、飲みなおしましょうか。」
「パスカルさん、飲んでばっかりじゃ健康にも悪いので、カラオケにでも行きませんか?プロデューサーとしてアキさんの練習をかねて。」
「それはいいな。アキちゃんは大丈夫?」
「1時間ぐらいなら。」
5人は1時間半ぐらいカラオケを楽しんだ。カラオケを楽しんだと言っても、パスカル、ラッキー、コッコの三人はやはり飲んでばかりで、アキが半分以上を歌っていた。そして、解散となった。
ミサと由佳の勝負は、ミサの全勝となった。
「だめだ、勝てない。」
「ごめんなさい。全力を出さないのは失礼と思って。」
「いや、俺なんかのために全力をだしてくれて、本当に感謝です。」
「でも、楽しかった。腹筋と反復横跳びは接戦だったし。」
「また、勝負しましょう。」
「いつでも受けて立つよ。」
「汗もかかれたようですし、どうですか、またお風呂に入られては。」
「有難うございます。はい、そうします。」
「俺も入ってくるぜ。」
「明日夏は?」
「私は汗をかいていないし、ここで待ってる。」
「尚と亜美も?」
「はい、私もここで待っています。」
「私は、ここで『U―18』の噂を探っています。」
「主題歌を歌うのに?」
「はい、アニメの詳しい情報は私たちには来ないんですよ。」
「なるほど。さすが亜美、主題歌を歌うために、少しでも中身を分かっていようということね。」
「いえ、単にキャラクターデザインがどんなになるかなという個人的興味です。個人的には、キャラデの担当がとばりさんになってくれると嬉しいんですが。」
「あー、そうなのね。なるといいね。じゃあ、由佳、お風呂に行こうか。」
「了解。俺、負けたんで、ミサさんの背中流しますよ。」
「そう。じゃあ私も由佳の背中、流すね。」
「えっ、それは恐縮だけど・・・」
ミサと由佳が風呂に向かった。
「明日夏さん。今のGLファンの男の子だったら、たまらないでしょうね。」
「そうだね。おねショタ要素が少し入っているしね。」
「明日夏さん。言ってることはすごく理解できますが、それを聞いたら、また由佳が落ち込みますよ。」
「そうだったね。気を付けることにしよう。」
さっきより湯けむりが少し薄くなった中、ミサと由佳は、お互いの背中を流した後、短めに風呂に入って戻ってきた。
「いい風呂だったぜ。」
「うん、いい風呂だった。それに、人に背中を流してもらうなんて、物心ついてからは初めてだと思う。」
「そのことは、俺がみんなに自慢できるぜ。ミサさんの背中を流したって。」
「私も、由佳の背中を流したわよ。」
「ミサちゃん、それはあまり自慢できないかもしれない。」
「ミサさん、こればっかりは、明日夏さんの言うことが正しいかもです。ミサさんに背中を流してもらったということで、俺の方は自慢できるけど。」
「まあ、ほとんどの男子はミサちゃんに背中を流されるより、ミサちゃんの背中を流すほうが良いだろうけどね。」
「また、明日夏先輩はオヤジ臭いことを。」
「でも、由香との勝負、本当に楽しかった。」
「そうでしたら、次は私も加わります。速さを比べるものならば勝負になるかもしれません。」
「確かに、尚、俊敏な感じがするもんね。」
「リーダーが最も得意とするのは、思考と俊敏さを合わせたものだから、俊敏とか反射神経だけならば何とか勝てるかもしれない。」
「そうか、単なる俊敏さだけじゃないわけか。」
「はい。」
「あと、冷静な判断力ですね。」
「なるほど。」
「由香先輩も、亜美先輩も、少し買いかぶり過ぎです。」
「でも、いつも冷静な尚ちゃんだけど、お兄ちゃんのこととなると、理性的でいられなくなることがあるけどね。思考が似ていて同じようなことをすることがあるから、お兄ちゃんのこと怒っちゃだめだよ。こっちのせいなんだから。」
「えっ、あっ、はい。」
尚美は明日夏が何を言っているか、良く分からなかった。少しして、尚美が提案する。
「それでは、帰りましょうか。今、社長に聞いたところ、夕方には練習室が空くそうですから、カラオケでもどうですか。」
「そうか、あの練習室でカラオケができるよね。すごい。」
「CDかサブスクリプションにインスツルメンタルがある曲は問題ありません。大丈夫です。後は、コードが分かれば、社長の即興のウクレレで。」
「尚ちゃん、夕方までは誰が使っているの?」
「デスデーモンズです。」
「じゃあ、デスデーモンズにすっカーズになってもらって、生バンドでカラオケというのは。ミサちゃんが良ければだけれど。」
「それは、さすがにみなさんに悪い気がする。」
「絶対に大丈夫。」
「私も絶対に大丈夫という気はします。」
「もちろん、私は大丈夫だけれど。」
「じゃあ、尚ちゃん、聞いてみて。」
「分かりました。」
尚美がSNSで社長と連絡を取る。
「大丈夫だそうです。今から風呂に入って、着替えてくるそうですが、時間までには戻るという事です。」
「そこまでしなくてもいいのに。」
「まあ、若手ナンバーワンのロックシンガーの美香先輩の前でカッコつけたいんでしょう。気にしないで下さい。それでは、パラダイス興行に戻りましょう。」
「分かった。運転手に連絡する。私が会計に寄っていくから、みんなは先に車に乗ってて。」
「有難うございます。」
全員で声を揃えてお礼を言う。
「水谷さん、今日は大変お世話になりました。」
「いえいえ、大したお構いもできませんで、また是非遊びにいらしてください。」
ミサがフロントに、他の4人はリムジンに向かった。
「お会計をお願いします。」
「いつもお父様にお世話になっている我々のサービスということで結構です。」
「威張るわけではないのですが、お金の方は私自身もかなり持っていますので、心配なさらないでも大丈夫です。」
「それでしたら、よろしければ、この色紙にサインを頂けますでしょうか。ロビーに飾っておけば、当ホテルの宣伝になりますので、それで結構です。」
「お世話になりましたので、サインぐらいは構わないのですが、それだけでよろしいのでしょうか。」
「はい、それで大丈夫です。」
「あて名はなんて書きましょうか。」
「当ホテルの名前でお願いします。」
「分かりました。」
ミサがサインを書いて、社長に渡す。
「有難うございました。お帰りも、どうぞ、お気をつけてお帰り下さい。」
「有難うございました。水谷さんも、有難うございました。」
「十分なおもてなしもできずに。この次は、是非、皆様で、お泊りでいらして下さい。精一杯、おもてなし致します。」
「水谷の言う通りです。次は是非ご宿泊で。当ホテル、最高のおもてなしを致します。」
「有難うございます。是非、そのようにしたいと思います。それでは失礼します。今日は本当に有難うございました。」
社長、支配人、仲居頭が見守る中、リムジンが出発した。トリプレットのメンバーがイベントを行うための、あまり役立たない明日夏の話や、注意するべき点など役立つミサの話を聞きながら、2時間弱で事務所に到着した。
「ミサちゃん、みんな、お帰り。」
「カラオケ、お世話になります。」「ただいま。」「社長、ただいま。お土産は温泉饅頭だよ。」「ただいまです。」「社長もお疲れ様です。」
「ミサ様、今からカラオケのバンドを務めさせて頂きます、すっカーズ、バンマスの大輝です。」
「わざわざ、残って下さって有難うございます。あの、跪かないで普通に立って頂いて大丈夫です。」
「有難うございます。それでは、バンドの準備を致します。大河内ミサ様のカラオケの準備に行くぜー!」
「おー!」
「狭いところですけど、どうぞ。」
「はい、お邪魔します。とりあえず、みんなで発声練習からしましょう。」
ミサがイヤフォンを耳に付けて、ミサがリードして発声練習を始める。
「じゃあ、先ずはミサちゃん、お願いできる。」
「わかった。あの、大輝さん『Fly!Fly!Fly!』は演奏できますでしょうか。」
「はい、大丈夫です。」
「それではお願いします。」
「それじゃあ、行きます。ワン、ツー、スリー。」
バンドが演奏を始めて、ミサが歌い始め、無事に歌い終わる。すっカーズのメンバーは全員、涙を流していた。
「有難うございました。」
「ねーねーねー、ミサちゃんの歌が上手なのは分かるけど、何で泣いているの。それに、今日はすっかすっかって言わないし。」
「今までバンドやってきて良かったって感じっす。心にガツンと来たんすよ。すっかと言わないのは、ミサ様といっしょにいると自然と敬語になるからと思うすっよ。」
「そうなのか。でも、橘さんだって、すごく上手だよね。」
「姉御の歌も上手でソウルがあるすっけど、ミサ様の歌、女性シンガーが歌っているという感じで、尊くて本当に元気になるっすよ。魔女と女神様の差という感じすっかね。」
「あーー、橘さんに言ってやろう。」
「明日夏さん、それは勘弁っすよ。」
「それでは、トリプレットの3曲『私のパスをスルーしないで』、『ペナルティキック』、『ずうっと好き』を歌いたいと思いますがよろしいですか。この広さだと、ダンスは無理ですが。」
「うん、尚たちの歌、聴いてみたい。」
「それでは、大輝さん、お願いします。」
「尚さん、了解っす。行くぜー。ワン、ツー、スリー。」
トリプレットが歌い始め、無事に歌い終わる。
「有難うございました。美香先輩、何かご意見などありましたら、是非、言って下さい。」
「うーん、尚と違って言葉で表すのは上手じゃないから、3曲歌ってみるね。」
「分かりました。是非、お願いします。由香さん、亜美さん、真剣に聴きましょう。」
「リーダー、分かってる。」「というか、ミサさんがどう歌うか、楽しみです。」
「それでは、大輝さん、お願いします。」
「ミサ様、了解です。それでは、行きます。ワン、ツー、スリー。」
ミサが3曲を無事に歌い終わる。
「有難うございました。」
「すっカーズ、また泣いているし。」
「ミサさん、やっぱり低音パートも凄いです。」
「そうですね、私とはレベルが違いすぎて、やはり亜美先輩のパートが一番参考になりそうな気がしました。」
「はい、ミサさんが歌うのを聴けて良かったです。」
「でも、尚の声はなんと言っても可愛い妖精みたいだから、その感じは私じゃ出せない。」
「普段のリーダーは、可愛い妖精というよりは、逆らえない怖くて賢い指導者という感じだけどね。」
「由佳先輩、酷い。」
笑い声が起きる。
「尚ちゃん、それは私のセリフ。」
「でも、まだまだ先があると分かって、本当に良かったでした。美香先輩、有難うございます。」
「じゃあ、次は大輝さん、デスデーモンズの歌を歌ってみよう。」
「さすがに、ミサ様の前で歌うのは恐縮すっよ。」
「ほら、チャンスだと思って、歌ってみなさい。」
「何か明日夏さん、橘さんみたいになっているっすよ。」
みんなが笑う。
「だって、尚ちゃんが私の真似をするから。」
「分かったっす。じゃあ、治、『地獄で会おう』を歌うっすよ。」
「おうっ!」
「デスデーモンズ、『地獄で会おう』行くっす。ワン、ツー、スリー。」
デスデーモンズが歌い終える。
「ミサちゃん、この曲、歌えそう?」
「うん、やってみる。」
「ミサさんが歌って下さるんですか。本当に歓喜です。恐縮ですが『地獄で会おう』行きます。ワン、ツー、スリー。」
ミサが『地獄で会おう』を歌い終える。
「みんな、号泣して、言葉が出ないみたい。デスデーモンズ、しばらくは無理みたいだから、次は社長!」
「えっ、ぼくのウクレレ?」
「そうじゃなくて、インスツルメンタルを使って、魔法少女の歌をお願いします。私も一緒に歌いますから。」
「社長さん、魔法少女の歌が好きなんですか?」
「いや、そうじゃなくて。」
「魔法少女のアニメが好きなんですよね。ミサちゃんの前だからと言ってカッコつけないで下さい。」
「息抜きで観ている程度だよ。それよりついでだから言っておくけど、『トリプレット』のアニメ主題歌の秋からの担当がほぼ決まったらしい。」
「尚ちゃん、由佳ちゃん、亜美ちゃん、おめでとう!」
「本当、おめでとう!」
「社長、ついでだからと言うことは魔法少女もので、秋アニメじゃなくて、秋からの担当と言うことは、『ピュアキュート』だったりするんですか。」
「その通り。さすが名探偵尚ちゃん!」
「すごい!」「うん、アニメをあまり見ない私でも子供のころ見てた。」「『ピュアキュート』か、ヤバくないか。」「嬉しい。」
「社長、そうすると私たち、魔法少女の恰好をするんでしょうか。」
「たぶん、亜美ちゃんの言う通りになると思う。」
「社長、良かったな。リーダーの魔法少女姿が見れるじゃん。」
「僕は、そういうことで仕事していないから。まあ、一回は見てみたいかもしれないけど。」
「社長、正直でよろしい。」
「でも、リーダと亜美はいいけど、俺に似合うかな。」
「大丈夫です。由佳先輩は童顔ですし、お姉さんでアスリートタイプも魔法少女も多数いますから。」
「由佳、リーダーの言う通りだよ。それより、ぽっちゃりタイプの魔法少女の方がいないよ。」
「そんなことありません。亜美先輩、普通ですって。もう、明日夏先輩がいけないんですよ。」
「亜美ちゃん、いっしょにダイエットしよう。」
「分かりました、明日夏さん。背に腹は代えられません。」
「ただ、今は、夏のデビューに集中しましょう。」
「おう、分かってる。」「うん、今はそうしようか。」
「ということで、『トリプレット』の魔法少女姿に期待して、社長、一緒に歌いましょう。」
「分かったよ。そう言えば、スカウトの時に明日夏ちゃんに、久美の前で歌わされたんだよな。懐かしいな。では『コネクション』を歌います。明日夏ちゃんも大丈夫だよね。」
「はい。」
サブスクリプションからインスツルメンタルを探して、悟と明日夏が歌った。こちらもカラオケを、1時間半ぐらい楽しんだ後、解散になった。
「美香先輩、今日は大変ありがとうございました。勉強になりました。」
「うん、じゃあまた。」「またねー。」「有難うございました。」「ミサさんの歌、凄かったです。有難うございました。」
「ほら、すっカーズはひれ伏していないで、顔を上げて、お礼しないと。」
「明日夏さん、分かりました。ミサ様、今日は歌を間近で聞かせて頂いて、大変ありがとうございました。」「有難うございました。」
「こちらこそ、生バンドでいろいろ歌えて、楽しかったです。よろしければ、またお願いします。」
「はい、おっしゃって下されば、世界のどこでも、楽器を持って参上します。」
「有難うございます。それじゃあ南極から呼び出しちゃおうかな。」
「それでも、なんとか頑張って行きます。」
「社長さん、今日は本当に楽しかったでした。」
「こちらこそ有難う。みんなの良い刺激になったと思います。また、いつでも遊びに来てください。」
「有難うございます。それでは、失礼します。」
ミサがリムジンで帰宅した。その後、みんながミサやミサの歌について感想や刺激になったことを話した後、解散となった。
誠は帰りも渋谷で尚美と待ち合わせて、電車で帰宅の途についた。
「今日、お兄ちゃんも、筑波山に行ってたんだ。」
「そう。パスカルさんたちがハイキングに行こうということで、5人で筑波山に行っていた。その後、つくば観光ホテルで温泉に入ってレストランで遅い昼食をとってから帰ってきた。」
「えっ、お兄ちゃんもつくば観光ホテルに行っていたんだ。」
「やっぱり、そうだったのか。」
「何が、やっぱりなの。」
「何でもない。」
「もしかして、お風呂が混浴になった理由のこと?・・・・えーーーーー、何、お兄ちゃん、アキといっしょにお風呂入ったの?」
「尚、電車の中で声が大きい。」
「あっ、ごめん。」
「だから、パスカルさん、ラッキーさんも同じ湯船だったよ。」
「アキも同じ湯船?」
「尚も分かっていると思うけど、尚たちが大浴場を一つ占有するから、残った一つが突然混浴になっちゃって、ホームページの情報からは分からなかったんだよ。」
「へー、女子高校生と同じ湯船?」
「タオルを巻いていたし。」
「そんなところを見てたんだ。」
「フロントで聞いて、コッコさんは混浴って知っていたんだけど、面白がって僕たちに黙っていたんだよ。」
「確かにコッコはそういうことしそうだけど。分かった。それじゃあ、女子中学生がいっしょに入ってあげるよ。」
「何が、それじゃあ、なの?」
「若い子がいいのかなと思って。久しぶりじゃない。5年ぐらい前にはいっしょに入っていたよ。」
「あれは、親がいないときに、尚の髪を洗うためだから。」
「それじゃあ、私の髪を洗って・・・・・・あっ。」
「どうしたの?」
「そういえば、明日夏先輩が帰りに、お兄ちゃんのことを怒っちゃいけない、こっちのせいなんだからって言ったの、このことだったんだ。」
「明日夏さんが、そんなことを言っていたんだ。」
「ホテルのどこかでお兄ちゃんのことを見たのかな。」
「うーん、僕は明日夏さんを含めて誰も見ていないけど、そうかもしれない。」
「匂いとか、音とか、野生の感とかかな。」
「どこかの剣士じゃないんだから。」
「もしかすると、レストランでランチを食べるときに、お兄ちゃんのグループにうるさい酔っ払いとかいた?」
「いた。ラッキーさん、パスカルさん、コッコさん。でも、他にもうるさい酔っ払いは何人かいたけど。」
「明日夏先輩、昼間なのにレストランにうるさい酔っ払いがいたと言ってたよ。」
「えっ、明日夏さんに見られていたのかな?えーー、軽蔑されたかな?」
「どうだろうね。知らないよ。アキなんかと付き合うお兄ちゃんが悪いんだし。」
「付き合っていないって。サークルのノリで、アイドル活動の支援をしてるだけだって。」
「まあ、今は私の兄っていうことで大丈夫そうだけど、ほどほどにしておかないと、明日夏先輩に嫌われるよ。」
「分かったよ。」
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