第7話 誕生トリプレット
パラダイス興行の一行がさいたまスーパーアリーナから会社に戻ると、悟のアドレスにヘルツレコードからオーディションに関するメールが届いていた。
「尚が言っていたオーディションのメールが届いている。楽譜を印刷するから、久美、見てくれないか。とりあえず、僕は事務的な部分を見てみる。」
「さいたまスーパーアリーナのライブが終わったら、7月のセカンドシングルまで、一息つけるかと思ったけど、そうは行かないみたいだわね。」
「申し訳ありません。独断でOKを出してしまって。」
「尚ちゃん、気にすることはないよ。久美は喜んでいるんだよ。」
「そうよ。ヘルツレコードからオーディションに呼ばれたんだから。やりがいはある。時間がないので。今日は徹夜で曲の構成を調べて3人の歌い方を考える。」
「分かった、事務手続きの方が終わったら、僕も手伝うよ。もちろん、うちがやるんだから、歌は生歌にする。その方がパラダイスドリームスと他のユニットとの違いを出せる。でも、歌もダンスも本番でのパフォーマンスがとても重要になる。」
「ダンスの方は、明日、ダンス教室の講師にも相談してみるわ。」
「ダンスの相談には俺も加えて下さい。」
「うん、由佳、お願い。尚と亜美の役割分担なんかの最終的な調整は、由佳にお願いすることになると思う。」
「おー、まかせてくれ。頑張るぜ。こんなにやる気が出たのは初めてだ。」
「明日から私も応募書類の方を見てみます。」
「そうだね。尚は明日にしよう。もうこんな時間だし、尚ちゃん中学生だから、下手をすると僕が労働基準法違反で捕まっちゃう。今日は帰ってゆっくり休んで、明日から忙しくなると思うけど、またお願いね。」
「はい、社長、明日から全力で頑張ります。由香先輩、亜美先輩も、ヘルツのオーディションまでは毎日練習すると思いますが、大丈夫ですよね。」
「もちろん。俺は高校卒業してフリーターだから問題ないぜ。」
「うん、私も春休みだから大丈夫だよ。」
「じゃあ、気合を入れるために、また円陣を組みましょう。」
「おう。」「わかった。」
「では、行きます。パラダイスドリームス、目標、ヘルツレコードでCDデビュー、行くぞ!」
「おー!」
「オーディションまでの9日間、全力で頑張るぞ!」
「おー!」
「明日夏先輩に続くぞ!」
「おー!」
「有難うございます。由香先輩、亜美先輩、簡単なことではないですが、すごいチャンスであることには変わりません。協力して頑張りましょう。」
「おー、合格できたら、本当にすごいことだぜ。」
「メジャーだもんね。」
「でも、こういう機会に恵まれたのは明日夏先輩のおかげです。」
「えへん。でも、尚ちゃんにそう言われると照れちゃうな。へへへへへ。」
「今日、大河内さんと知り合えたのも明日夏先輩のおかげですし。」
「魚肉ソーセージね。」
「やっぱり、明日夏先輩の突破力を学びたいと思いますので、明日夏先輩が今度来るときに、ヘルツのオーディションの面接でどんなことを言ったか、教えてもらえますか。」
「よろしい、秘伝の面接術を教えて進ぜよう。」
「有難うございます。大変申し訳ないのですが、遅い時間になってきましたので、私はそろそろお暇しよう思います。」
「じゃあ、気を付けて帰ってね。」
「はい、兄と駅で待ち合わせていますから、心配は無用です。」
「それは良かった。それじゃあ、また明日。」
「はい、また明日。」
誠は渋谷に向かい尚美を待って、帰宅の途に着いた。
「どうだった。明日夏さんの初ライブ、問題はなかった?」
「うん、大丈夫だったよ。とっても楽しかった。今日は話したいことが一杯ある。」
「どんなこと?」
「一つは、ヘルツレコードの本部長さんが明日夏先輩のところを見舞いに来た時、パラダイスドリームスがヘルツレコードの新しいアイドルユニットのオーディションに呼ばれることが急に決まったんだよ。」
「それはすごいね。」
「うまく行けば、タイアップ付きで7月にヘルツレコードからCDデビューできる。」
「新しいアイドルユニットとしては最高の話だよね。」
「まあ、他の有力な事務所のアイドルユニットがオーディションに参加するので、合格するのはかなり厳しいとは思うけどね。」
「最高のチャンスだから、競争が厳しいのは仕方がないかな。」
「うん。だから春休みの残りは、全部それに使わないと。」
「今回は尚たちの全力が出せれば、それでいいとも思う。僕も、アキさんの方が一段落したから、できることは何でも手伝う。」
「うん、オーディションの面接の受け答えに関して相談すると思う。本当は曲やダンスも相談したいんだけど、関係者外には公開してはいけないから相談できない。ごめんなさい。」
「何千万円もかかっている仕事で、守秘義務があることは分かるから、全然気にしなくていいよ。それに、もともとダンスの方はあまり頼りにならないし。それなら、面接の受け答えの方を頑張って見てみるよ。一応、アキさんのパラダイス興行のオーディションの面接の受け答えは僕が考えたんだけど、見てみる?」
「うん、見てみたい。」
誠がノートパソコンを取り出し、尚美に以前作成したアキの面接の想定質問と答えを見せる。
「まあ、一般的な受け答えという感じだけどね。」
「でも、そつなく作ってあるね。」
「そうだ、もし明日夏さんに質問の内容を聞けるようだったら、聞いておくと参考になると思う。同じ会社だから、そんなに変わることはないと思うよ。」
「そうだね。有難う。」
「それと練習が大変になりそうだから、もし帰りが遅くなりそうなら、渋谷まで迎えに行くよ。時間まで大学で勉強か何かしていればいいし。」
「じゃあ、迎えの方は遅くなりそうな時は、お願いするけど、休み中でも大学で待っていられる場所があるの?」
「今でも使っているけど、学生会館、学生用計算機室、チーズケーキとかは休みでも開いている。」
「チーズケーキって、ケーキ屋さん?」
「大学の図書館のあだ名。チーズケーキみたいな格好をしているから。」
「へー、今度見てみたい。」
「いいよ。中に入るには許可がいるけど、外から見る分は自由に見れる。」
「そうなんだ。早く終わった帰りとか行ってみたいな。」
「分かった。でも、もしかするとコッコさんと鉢合わせになるかもしれない。」
「コッコさんって、あのイラストを描く女の人?」
「そう。驚いたことに同じ大学だった。学年は一つ上。コッコさんも作業が煮詰まると、家より大学の方がいいんだって。」
「へー、そう。大学でよく会ったりするの?」
「たまに。今までに3回ぐらいかな。」
「ふーん、そうなんだ。授業が同じになったりすることはあるの?」
「学年も系も違うから、それはないよ。場所も南地区と西地区で離れているし。」
「へー。今度行ってみようかな、お兄ちゃんの大学。」
「いいよ。でもオーディションが終わってからの方がいいんじゃないか。」
「そうか。早く行ってみたいけど、それはそうだね。今はヘルツレコードのオーディションに集中しないと。」
「その通り。」
「じゃあ、オーディションが終わったら行ってみるね。」
「うん。大学のどこを案内するか考えておくよ。」
「楽しみ。今日もだけど、いつもお兄ちゃんが尚を迎えに来てくれるから、何かで埋め合わせをしないと。」
「妹を迎えに行くのに、埋め合わせなんていらないよ。」
「明日夏先輩の秘密とか。」
「尚、そういうのはダメだよ。守秘義務もあるはずだから。」
「ごめん。まあ、明日夏先輩にはあまり秘密がないんだけどもね。」
「ははははは。埋め合わせは、尚がやりたいと思うなら、それに向けて尚が全力を出して欲しいということかな。」
「そうだね。頑張る。」
「それでこそ、僕の尚って感じ。」
「うん。そう言ってくれるとやる気がでる。」
「あと、話したい事って。」
「今日ね、大河内ミサさんと、話しをすることができて、大河内さんのプライベートのSNSのアドレスを交換できたんだよ。」
「それは凄い人と友達になれて良かったと思うよ。」
「お兄ちゃん、大河内さんってどう思った?」
「生で歌を聴いたのは今日が初めてだけど、声の出し方、声の伸び、音程のような基礎も、ビブラートとかのテクニックも、表現も若手の歌手では圧倒的に上手だった。もともとの声も綺麗だし。」
「そうなんだ。お兄ちゃんもそう思うんだ。」
「うん、あまりロックは詳しくないんだけど、そう思った。たぶん、世界で活躍できる歌手になるんじゃないかと思う。」
「橘さんも、若手の中ではすごい上手と言っていた。」
「まあ、そうだよね。明日夏さんの声は独特だし、デビューの時よりは上手になっていると思ったけど、まだ基礎がだいぶ違うと感じたよ。」
「その上、大河内さんは美人でスタイルも良いし。」
「最後に大河内さんと明日夏さんが頬っぺたをつねりあっていて、仲が良さそうだった。」
「へー、そんなことをしていたんだ。舞台袖には入れなかったから見れなかった。」
「尚は裏方の仕事だから仕方がないかな。それより、その仕事をちゃんとこなしたことが、僕は誇りに思うよ。」
「お兄ちゃん、有難う。今日は楽屋が足りなくて、明日夏先輩と大河内さんは同じ部屋だったけど、楽しそうに話していた。同い年で性格が反対だから仲が良いとは思う。」
「性格が反対って。」
「うん。大河内さんって、美人でカッコよくて歌がとても上手だから、なんとなく近寄りにくそうに見えちゃうけど、本当はすごく繊細な人なの。」
「そう言われると、繊細というのは分かる気がする。」
「逆に、物事に全く動じないで話すことができる明日夏先輩だから、友達になれるという感じ。明日夏先輩がいなかったら、尚もすごい人だなと思いながら遠巻きに眺めていただけだと思う。」
「そうだよね。」
「事務所では、アメリカ大統領を前にしても、変わらない明日夏先輩と言われている。」
「おー、ジョージ、久しぶりだな、とか言っちゃいそうということ?」
「その通り。」
「ははははは。」
翌日から、ヘルツレコードのオーディションの合格を目指して、尚美、由佳、亜美の3人は春休みを利用して、練習室が比較的空いている午前中や夜に毎日のように練習をしていた。尚美が今までの練習の結果からダンスの構成の変更を提案する。
「昨日、練習時に録画したビデオを見ていたんですが、やはりダンスでは由佳さんの実力が明らかに一歩抜きん出ています。それで、考えたのですが、今回の曲に関しては、私がセンターでダンスを踊るのは全部止めて、センターはすべて由香さんにお願いしようと思います。」
「リーダーは、それでいいのか。」
「はい構いません。やはりダンスでは私の実力が不足していることは否めません。由香先輩の後ろに亜美先輩と私が並んだ時に、ダンスに遅れを取らないようにするためにも、私のセンターのときの練習は止めて、後ろに回った場合のダンスの練習に集中しようと思います。その分、由佳先輩にはダンスに関して負担が大きくなりますが。」
「大丈夫。特に難しいダンスじゃないから。全然問題ないよ。」
「有難うございます。ではオーディションの曲『私のパスをスルーしないで』では、由香さんをセンターとして、男の子の役をやってもらいます。歌のサビの部分は由佳先輩に中央後ろに下がってもらって、亜美さんと私が前に出ます。そして、動きよりは歌の方を重点を置く方向で構成しようと思います。」
「うん、大丈夫だよ。」
「あと、サビの部分では、由佳先輩は歌わないでセンター後ろで、前二人を立てて観客にリズムを取るように催促するパフォーマンスをお願いします。この曲ではハーモニーも取り入れる予定ですが、今回は、3人でハモるのはまだ無理という判断です。」
「リーダー、それで大丈夫でしょうか。」
「はい、亜美先輩。おかしなハーモニーになるよりは、今できる最良のパフォーマンスをした方が良いと思います。橘さんにもOKはもらっています。」
「分かりました。」
「リーダー、俺がセンターでダンスする部分が増えるなら、ダンスに関しても工夫してみるよ。」
「お願いします。人数が少ないユニットですので、わちゃわちゃ感ではなく、スマートでカッコいいパフォーマンスを目指しましょう。ですが、それに合わせて後ろに踊る亜美先輩と私が難しくなりすぎないようにはして下さい。」
「分かった。それに気を付けて考える。」
「はい、お願いします。亜美先輩は、今までと変わりません。自分が一番綺麗な声で歌えるように工夫して歌って下さい。」
「それは、いつも気を付けているけど、ビデオを見ながらもう一度確認するね。」
「有難うございます。では、センターを交代したダンスの方から練習をしましょう。午後からは事務室で、明日夏さんにオーディションの面接の様子を聞きたいと思います。」
「OK。」
「明日夏さんは、オーディションに受かっていますから、すごく参考になりますよね。」
「そうだといいのですが。」
練習の後、尚美が面接に関して久美に相談する。
「橘さん、以前、パラダイスドリームスのリーダーのオーディションに参加した、アキさん、本名を知らないのですが、明日夏さんの最初の特典会の最初のお客さんの面接の受け答えはどう感じました?」
「あの子ね。歌はともかく、面接の印象はすごく良かったわよ。悟もそう言っていた。」
尚美は少し嬉しくなった。
「有難うございます。あの文案、実は兄が考えたんです。」
「そうなんだ。良くできすぎていて、誰かがアドバイスしたとは思っていた。」
「分かりました。今回も面接に関しては兄に相談してみます。」
「うん、私もそんなに面接は得意じゃないし、あの少年、真面目で尚のためならすごく頑張りそうだから、いいと思うよ。」
「はい、有難うございます。」
午後になると、明日夏がやって来た。
「社長、橘さん、尚ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃん、こんにちは!」
「明日夏ちゃん、こんにちは。」「明日夏はいつも、元気そうね。」「明日夏先輩、今日は有難うございます。」「明日夏さん、ちーす。」「明日夏さん、こんにちは。」
「尚ちゃん、今日は私のヘルツレコードのオーディションでの成功秘話をみんなに話せばいいんだよね。」
「はい、ヘルツの面接について何でも教えてもらえればと思います。」
「面接で聞かれたことは、オーディションに参加した理由と自分がアピールできる点と将来の抱負に関してだったよ。」
「一般的な面接の内容ですね。それで、どんな返答をしたんですか。」
「まず、オーディションに参加した理由だけど、社長には思いっきりやる気を見せろって言われたんだよね。そして、ラッキーなことにオーディションの対象となった主題歌は、アニメ『タイピング』のものだったんだけど、そのアニメの原作の漫画に当時最も推していた超イケメンの直人がいたから、推しの力なるために、死ぬ気になって全力で頑張りますって言ったんだよ。それで、私のやる気が審査員に分かってもらえたんじゃないかな。」
「明日夏先輩の場合、冗談じゃないんですよね。」
「もちろん、真剣に言ったよ。」
「明日夏さんはオタクの鏡です。自分の推しがいるアニメの主題歌を歌って応援するなんて、理想ですよね、本当に尊敬します。」
「有難う、亜美ちゃん。オーディションに受かった時には、これで私が直人を応援できるんだと思って、本当に嬉しかった。」
「うーん、ヘルツの審査員の中にも、亜美先輩みたいに考える方がいらっしゃるのでしょうか。」
「どうでしょう。でも、明日夏さん、実は私も直人推しなんですよ。これが私が作った直人の痛バッグです。」
亜美はそう言いながら、明日夏に、たくさんの直人の缶バッジを取り付けたバックの写真を見せる。明日夏の顔が少し曇る。
「えっ、そうなの。ふーん。まあいいけど。でも、缶バッジを並べるパターンが単調だよね、その痛バッグ。」
「明日夏先輩、なんか反応が微妙ですね。同じ推しで喜んだりはしないんですか。」
「尚ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。私はそのアニメの主題歌を歌っているぐらいだから、心は広く持たなくちゃ。直人も実はぽっちゃりタイプが好きみたいだし。」
「ぽっちゃりタイプ。」
尚美が「明日夏先輩は同担拒否か。」と思いながら話題を変える。
「明日夏先輩、自分のアピールに関してはなんて言ったんですか。」
「えっ。えーと、タイプが速い。アニメの登場人物の誰よりも速いって言った。それは、実際に計ってみて速かったし。」
「明日夏先輩、タイプが速いから、登場人物の考えがよく理解できるということですか?」
「尚ちゃんって、面接員みたいなことを言うんだね。そうじゃなくて、アニメの登場人物のライバルになって、最終的に直人を私だけのものにできるって言った。」
「なるほど、そうなんですか。将来の抱負については?」
「とりあえずは、中古パーツ屋で手に入れた親指シフトキーボードで、より速くタイプできるようになるということと、将来的には作詞もできるようになって、印税で楽に生活できるようになりたいって言ったよ。」
「橘さん、明日夏先輩は本当にヘルツレコードのオーディションに受かったんですか?」
「受かった。ヘルツレコードの担当から直接電話もあったし、悟のところに書類も来た。」
「なるほど。ヘルツレコードの面接員には心の広い方が多いんでしょうか。」
「でも、明日夏の独特な感性に関しては会議でも意見が別れたようで、事務所で少しずつ教育するように依頼された。」
「一応、会議で意見は分かれたんですね。それで、先輩の教育はしているんですか?」
「特にしていないけど、みんなと触れあって、だんだんと成長はしている。」
「それは、そうですね。」
「で、尚ちゃん、参考になった?」
「うーん、具体的な内容に関しては参考にならなかったですが、分かったことと言えば、面接にはそれほど神経質にならなくても良いと言うことでしょうか。やはり、パフォーマンス重視で、それに魅力を感じてもらえればいいのかもしれません。」
「尚ちゃんの言う通り。やっぱり、パフォーマンス重視でいいと思う。」
「パフォーマンスに関しては、上位3人が同じぐらいだったみたい。明日夏に関しては、不思議な可愛さが良かったって言うことよ。」
「そういえば、面接会場にかなり綺麗な人もいたんだけど、私が選ばれたということは、外見もほどほどで大丈夫ということかな。亜美ちゃん、ぽっちゃりでも、痛い。」
「明日夏先輩、ごめんなさい。消しゴムが飛んでしまいました。」
「尚ちゃん、わざとでしょう。」
「そんなことはありません。消しゴムをどけようとしたら、力が入りすぎただけです。」
「でも、そのことに関しては、明日夏に運があって、その子より、もっと美人の大河内さんをちょうど採用したばかりで、美人じゃないタイプにしたかったからみたいよ。」
明日夏以外の全員が笑う。
「さすが、明日夏さんらしい。」「明日夏さん、つきだけはあります。」
「明日夏先輩、いつか大河内さんにお礼を言わないとですね。」
「うーー、まあ、そうだね。」
「でも、明日夏さん、今日は面接の様子を教えて頂いて有難うございました。方針は分かってきました。それでは、由佳さん、亜美さん、オーディションに参加する動機、自分のアピール、将来の抱負をまとめておいてもらえますでしょうか。一度、チェックしたいと思います。明日夏さんの例から考えて、抱負は大きな夢でも大丈夫だと思います。18歳、16歳、13歳のメンバーですので、面接員もあまり細かいことは気にしないと思います。」
「了解。」「リーダ、分かりました。」
「それでは、もう少し練習してから帰りましょう。」
「おう。」「そうしましょう。」
尚美も面接について「私も自分の大きな夢について話そうか」と思っていた。
毎日練習を続け、いよいよ一次選考の日となった。朝、パラダイス興行に集合した尚、由佳、亜美の3人は、悟が運転するバンでヘルツレコードの本社に向かった。
「じゃあ、尚ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃん、自分たちの実力を出すことだけに専念してね。」
「はい、社長。無理のない構成にしましたので、大丈夫だと思います。」
「やってくるぜ。」
「社長、頑張ってきます。」
明日夏からは3人に「平常心!」というSNSのメッセージが入っていた。その後、悟は一度事務所に引き上げた。
「由香先輩、亜美先輩、ここから面接は始まっていると思って下さい。」
「おう。」「そうですね。どこからか見られているかもしれません。」
3人はヘルツレコードの受付に向い、名前を告げると、係の人に事務の控室として使われる大きめのスタジオに通された。最終的に15組のユニットが1次選考に参加することになり、3部屋に別れて、1部屋あたり5組のユニットの審査が行われることになった。
「15組のユニットが呼ばれたみたいですね。面接室が3つあるみたいですから、1つの面接室で1か2組が最終選考に残ることになりそうですね。」
「2組としても、1次選考で落ちる方が多いんだな。」
「自分で言っておいて何ですが、合格するのは結局15分の1ですから、途中のことはあまり気にしてもしょうがないです。」
「そうだな。」
「リーダーのいう通り。」
「タイアップ付きの上、ヘルツレコードのサポートでデビューできるのですから、新人アイドルユニットとしては日本の頂点と言えると思います。ですから、とっても厳しいことは確かと思います。ただ、それを心配しても仕方ありません。どんな面接室でも、今までやってきた練習の成果をきちんと出せるようにしましょう。」
「おっしゃー。」「頑張ろう。」
「あと、私たちは3番目ですから、2番目のグループが面接室に行ったら3人で発声練習をしましょう。」
「オーライ。」「分かった。」
2番目のグループが戻ると、尚美たちは審査室に案内された。尚美たちが、一礼してから審査室に入ると、審査室には5名ほどの審査員が座っていた。中央に第2事業部の森永本部長が座り、その隣の審査員が司会を担当していた。
「それではお名前と年齢をお願いします。」
「はい、パラダイス興行所属の星野なおみ13歳です。ユニット名はパラダイスドリームスです。」
「同じく、南由佳16歳です。」
「同じく、柴田亜美18歳です。」
「パフォーマンスを始める前に、そのコンセプトを説明願えますか。」
「はい、まず、パフォーマンスはマイクを使った生歌です。そして、パラダイスドリームスはメンバーの数が3人と少ないため、曲の中でそれぞれの個性が十分表に出てアピールできるような構成を取ります。歌唱に関しても、一人が連続して歌っている時間は、通常のアイドルユニットより長めだと思います。わちゃわちゃよりもスマートに、可愛さの中にもハーモニーを取り入れるなどしてカッコ良さを求めて行きたいと思っています。今回の『私のパスをスルーしないで』では、ダンスが得意な由佳をセンターとして男の子の役を、両側の亜美と私が女の子の役をすることを基本として構成しました。」
「分かりました。後に面接時間がありますが、今、質問のある審査員はいますか。・・・特にないようですので、パフォーマンスからお願いします。事務所で用意したカラオケの準備はできています。今回はボーカルを聴けるようにカラオケのボリュームは抑えて流します。」
「はい、その方が良いと思います。」
「では、マイクをお取りください。」
「はい、分かりました。由佳さん、亜美さん、一応、マイクの試験をお願いします。」
3人がマイクの試験をする。審査員はヘッドフォンを装着する。
「あー、あー、あー、マイクの試験中。」
同時に、由佳がセンター、尚美が左後ろ、亜美が右後ろの配置につく。
「はい、大丈夫です。こちらは準備OKです。」
「こちらも大丈夫ですね。はい、それでは、音楽をスタートして下さい。」
音楽が流れ始め、3人がパフォーマンスを開始する。毎日練習した甲斐があって、固さはあったが失敗することなく、パフォーマンスを終えることができた。
「有難うございました。それでは、これから面接に入りたいと思います。まずは、各メンバーのアイドル活動をする理由と自分の強みに関して説明願えますでしょうか。」
「はい、分かりました。それでは、亜美先輩から。」
「はい。私、柴田亜美の夢は、アニソン歌手になることです。ただ、今の自分にはそのための能力や経験などが不足していると思います。アイドル活動を通じて、自分の能力を高めつつ、経験を積んで、皆様に柴田亜美を知っていただき、アニソン歌手への道を切り開きたいと思います。もちろん、今はこのユニットを成功させるために全力を尽くすつもりです。それが、自分のためになると思うからです。自分の強みは、中低音の力強く良く響く声だと思います。ユニットの中では、声に力強さが必要な部分や、リーダーの高音パートと調和したハーモニーで歌を表現できればと思っています。ゆくゆくは、それを生かしてアニメの登場人物の強い思いを歌い上げることができるようなアニソン歌手になれればと思います。」
「次は、由佳先輩。」
「はい、私、南由佳の夢は、ダンサーになることです。アイドル活動を通じて、自分のダンスのパフォーマンスをより良くすることと、自分のダンスをたくさんの人たちにアピールできればと思っています。自分の強みは、プロではありませんが、母親がダンスが好きだったため、幼稚園のころからダンスを続けてきたことです。自分もずうっとダンスが好きで、努力してきた結果として、高校生のダンスコンテストで東京地区予選を突破しています。自分のダンスを通じて、ユニットに貢献できればと思います。」
「最後に、パラダイスドリームスのリーダーを務める星野なおみが説明します。私の夢は総理大臣になることです。」
会場の審査員と由佳、亜美が少し驚いた表情をする。
「総理大臣を目指す理由は、人々の生活の基盤を形作る政治をより良くするためです。若者の政治離れの問題が叫ばれていますが、政治を良くするためには、より多くの人が政治に参加して、知恵を出し合い、独善的でない政治を実現することが必要です。そのために、人々が参加しやすい、参加することが面白くなるような政治を実現したいと思います。なんとなく、選挙演説みたいになってしまいましたが、」
会場の中で笑いが起こる。
「私の強みは考えることが好きなことです。人一人ができることは限られています。周りを良く見て、方向性を決めて、その方向に皆が力を合わせて進むことができるように調整して、もしその方向で問題があった場合は、話し合いながら進む方向を変更していくことが必要で,それを実践できることです。実際、今回のパフォーマンスでも、先輩方と自分の実力の差を考えて構成を何度か変更しました。歌とダンスに関しては、私はまだまだですが、なんとかユニットとして生歌で皆様に披露できるパフォーマンスになったと思います。今後は由香先輩と亜美先輩は自分が進みたい方向に進んでもらって、ユニットとしてそれで足りないところを私が補えるように、努力して行きたいと思っています。」
「有難うございます。それでは質問がある方は、お願いします。」
森永本部長が手を挙げる。
「まずは、本部長。」
「星野君、私を覚えていますか?」
「はい、忘れるはずもありません。このオーディションに呼んでいただいた恩人ですから。」
「総理大臣になりたいとのことですが、そのために今していることはどんなことになりますか。」
「まずは学校の勉強をきちんとすることです。基本的な学力は物事を考えるための基礎になり非常に重要です。また、国際的に活躍できるために英会話教室で英語を勉強しています。アイドル活動も大きな柱になると思います。いろいろな人とつながることができますし、組織のパフォーマンスを向上させていくための勉強になると思っています。あとは、知名度が得られれば選挙に有利かなとも思います。」
「そうですか。大学には行く予定ですか。」
「はい、アイドル活動を続けながら、大学に進学するつもりです。」
「分かりました。20年後ぐらいの選挙を楽しみにしています。」
「有難うございます。」
「他に、質問はありますでしょうか。・・・・では、坂田さん。」
「アイドル関係のプロデューサーをしている坂田です。由佳さん、将来ダンサーになりたいということですが、目標としているダンサーはいますか。」
「はい、村内裕美さんです。」
「有難うございます。由香さんの切れのあるダンスは魅力ですが、歌もそうですか、それ以上に実力を認めてもらうことが難しい分野ですが、展望をお持ちですか。」
「今は、このユニットの中でダンスをアピールできるところではアピールして、みんなに知ってもらえればと思っています。また、ユニットの活動で、有名な歌手の方と知り合いになれれば、そのバックダンサーなどをしていきたいと思っています。」
「わかりました。有難うございます。」
「次に、亜美さん、目標としている歌手はいますか。」
「はい、本川智晶さんです。誰かを励ましたり、自分が強く求めるような歌で、自分の思いを伝えられればと思います。」
「本川さんの曲はアイドルの曲にはしにくいとは思います。」
「はい、将来的にそのような歌手になりたいということもあります。ただ、3名という少人数のアイドルユニットですし、リーダーは色々なアイディアを出すことができますので、相談しながらそういう曲も徐々に取り入れてきたいと思っています。」
「そうですか、皆さん、アイドルユニットを卒業した後のビジョンをしっかりと持っているようで感心しました。総理大臣には少し驚きましたが、不可能じゃない気もして、長生きしたいと思いました。」
審査員に笑いが起きる。
「他にありますか。・・・本部長。」
「由香さん、亜美さん、中学2年生がリーダーということに抵抗はありませんか。」
「最初は、中1の素人がなんでリーダーという気持ちはありましたが、今はそういう気持ちは全くありません。3人一丸となってユニットを成功に導きたいと思います。」
「私も、最初は、リーダーは外見が可愛いから仕方がないと思っていましたが、今はリーダーよりリーダーにふさわしい人はいないと思っています。」
「由香先輩、亜美先輩、褒めすぎです。」
「はい、有難うございます。わだかまりはない感じですね。」
「はい。」「はい。」
「他に質問はありますでしょうか。・・・・ないようでしたら、最後にパラダイスドリームスさんの方から、アピールしたいことが有りましたら、ご自由にどうぞ。」
「星野なおみです。私は勉強したり、自分でいろいろ工夫することが大好きです。私は今年の2月にスカウトされ、アイドルとしての準備を始めたばかりで、一生懸命に練習してきましたが、はっきり言って、個人としては、由佳先輩、亜美先輩にはかなり見劣りするパフォーマンスしかできません。その中で、ユニットとして最良なパフォーマンスができるように、パフォーマンスの内容を変更してきました。由佳先輩、亜美先輩の実力をうまく引き出せるようにして、恥ずかしくないパフォーマンスをお届けしたつもりです。もし、3か月後にデビューできた時には、私自身の成長と相まって、現在のパフォーマンスよりもずっと良いパフォーマンスをお見せできると思います。」
「司会者がいうのもなんですが、星野さんをリーダーに選んだ事務所の方は、見る目があると思います。」
「有難うございます。」
「他に質問はありますか。・・・・ないようですね。それでは、今日は有難うございました。解散の指示があるまで、控室でお待ちください。」
「はい。今日のオーディションに呼んでいただき、また、ご審査頂き、大変有難うございました。」
3人は一礼をして審査室を後にして控室に戻った。
「無事に終わったね。」
「はい、亜美先輩の歌、良かったでした。審査員にアピールできたと思います。由佳先輩のダンスも完璧でした。」
「おう、サンキュー。それより、リーダーの受け答えに感心したというか、将来、一人でオーディションを受けることになったらどうしようって思っていた。」
「これからも、オーディションがありますから、その中でできるようになれば良いと思います。」
「そっそうだな。」
「でも、リーダー、世界の人々の福祉向上に貢献できる人から、総理大臣と急に変えたけど、計画通りなの?」
尚美は「お兄ちゃんを守るために総理大臣にならないと思っていたなんて言えない。」と思いながら答える。
「控室の他のユニットの方々がレベルの高そうな方ばかりでしたので、世界の人々の福祉に貢献できる人の中に総理大臣があって、そっちの方が審査員の皆さんの印象に残るかなと思って変えました。」
「そうなんだ。」
「さすがの俺でも少し驚いたぜ。」
「でも、うまく行ったと思います。」
「そうだな。」「うん、さすがリーダー。」
全ユニットの審査が終わり、尚美たちや他のユニットのメンバーは、控室で水を飲みながら、解散の指示を待っていた。一時間ぐらいすると事務の方がやってきた。
「パラダイスドリームスさん、いらっしゃいますか。」
「はい。」
「もう一度、審査会の方から、パフォーマンスをして欲しいということなのですが、大丈夫でしょうか。」
「はい、大丈夫です。」
「パフォーマンスの内容はさっきと全く同じで構いません。」
「分かりました。」
「それでは、審査はこのスタジオで行いますので、一度小さな会議室に移動します。他のユニットの方々への連絡が終わったら一緒に行きますので、それまでお待ち下さい。」
「はい、承知しました。」
「他のユニットの皆さんは、お帰りになられて大丈夫です。審査結果は、後日事務所の方へご連絡します。それでは、気を付けてお帰り下さい。」
他のグループが帰宅の準備をする中、尚美たちは別の小さな会議室に案内され、15分ほど待つように言われた。不思議な顔をしている尚美に亜美が話しかける。
「リーダー、不思議そうな顔をして、どうしたの?」
「当落ギリギリなのかなと思ったのですが、それなら、同じようにギリギリの他のユニットも残っているはずだと思って。」
「そうだな。」
「何かの都合で、別の日にも1次選考が行われていたんでしょうか。それで、そのユニットと争っているんでしょうか。」
「リーダーの言う通りかも。」
「そうだとすると、2回目は、1回目よりリラックスしてパフォーマンスできるでしょうから、私たちの方が有利ですね。」
由佳も同意する。
「やっぱり、おれも少しビビってたからな。次はもっと伸び伸びとできる。亜美は。」
「私も、少し落ち着いた。」
「いずれにしろ、面接員はお忙しい方ばかりですから、無駄なことをすることはないと思います。パラダイスドリームスが1次選考を通る可能性があるから、もう一度面接をするわけです。ですので、今できる最高のパフォーマンスをしましょう。」
「リーダーの言う通りだ。」
「この部屋には、誰もいませんから、円陣を組みましょうか。」
「オーケー。」
「うん。」
「パラダイスドリームス、1次選考突破まで、もう少し。頑張るぞ。」
「おー。」
「慌てないぞ。」
「おー。」
「実力を出し切るぞ。」
「おー。」
「有難うございました。」
「これをやると、不思議に落ちつくな。」
「そうだね。」
少しして、尚美たちがもと居たスタジオのステージの上に案内された。面接員の数が
3倍以上になっていた。尚美は中央に立った。
「それでは、名前を述べて下さい。」
「はい、パラダイスドリームスの星野なおみです。」
「同じく、南由佳です。」
「柴田亜美です。」
「まずは、パフォーマンスを見せて頂けますか。」
「はい、分かりました。」
左右を見て尚美が言う。
「由佳先輩、亜美先輩、お客さんの数が3倍になってステージの上でのパフォーマンスです。アイドルとしては嬉しい限りです。感謝して頑張りましょう。」
「おう。」
「うん、そうだね。」
音楽が始まり、1回目よりも伸び伸びとしたパフォーマンスを披露することができた。由佳が観客にリズムを取ることを催促するサビでは、会場から手拍子が起きていた。
「有難うございました。審査員の方は、先ほどの面接の様子をビデオで見たと思いますが、他に質問がある方はいらっしゃいますか。・・・では、森永本部長。」
「星野君、先ほど英語が得意という話をしていましたので、ここで少し試験してみてもいいかな。」
「はい、お願いします。」
「じゃあ、海外営業の池田さん、お願いできますか?」
「はい。では、英語での自己紹介からお願いできますか。」
尚美が英語で自己紹介した後、池田と英語で2分間ぐらい会話した。
「はい、星野君、日常会話は問題ないと思います。」
「有難うございます。」
一人から手が上がった。
「営業の鎌田さん、どうぞ。」
「デビューが決まった場合、事務所が小さいことが気になっているのですが、事務所の要員を増やすことを考えていますか。」
「大変申し訳ありません。現在、お答えできる情報を持っていません。社に戻りしだい、社長に確認して、大至急返答したいと思います。」
「鎌田さん、それを星野さんたちに聞いても分からないよ。」
「そうですね。質問を変えます。事務所と弊社が協力して、プロモーションを行うことになっても、星野さん達に問題はないでしょうか。」
「はい、私たちは全く問題ありません。もし共同でプロモーションして頂けるならば、より強力なプロモーションが可能ですので、大変有難いと思います。由佳さん、亜美さんも大丈夫ですよね。」
「はい、共同プロモーションならば大丈夫です。」「問題ありません。」
「有難うございました。」
「他に質問はありますか?」
「森永です。感想になりますが、パフォーマンス、3人とも本当に良かった。3人の個性が分かりやすく表現できていて、ユニット内に埋もれることはないし。それでいて、それぞれの限界の中で、調和のとれた最良のパフォーマンスを構成していて。大変面白いユニットになりそうという気がしました。」
「おほめ頂き、有難うございます。」
「他に質問はありますでしょうか?・・・・ないようですね。それでは、パラダイスドリームスの皆さん、結果の通知を待っていてください。それと、3人それぞれのパフォーマンスの向上のためにも練習は続けていて下さい。」
「承知しました。これからも懸命に練習します。今日はお時間を取っていただき、大変有難うございました。それでは失礼します。」
「はい、それではまた。」
3人が頭を下げて、部屋を出て小さな会議室に戻った。
「面接官の反応は良かったと思います。」
「うん、それではまたって言っていたし。」
「春休みは終わりになりますが、放課後と土日、頑張りましょう。」
「俺は、バイトがあるけど、練習の方に合わせる。」
「うん、頑張ろう!」
10分ぐらいして、事務の人がやってきた。
「お疲れさまでした。今日はお帰りになられて大丈夫です。審査結果の方は事務所へご連絡します。」
「今日は、オーディションに呼んでいただき、また2回もご審査頂き、大変有難うございました。」
「それでは、気を付けて帰ってください。」
「はい、服を着替え次第、失礼します。」
3人は服を着替えて、ヘルツレコードの建物を後にした。
「社長からタクシー券をもらっていますので、とりあえず事務所に戻って、社長への報告と反省会をしましょう。そして、明日からまた頑張りましょう。」
「おう、頑張ろうな。」
「頑張ろうね。ヘルツレコードの最終選考に行けそうだもんね。」
「そうだな。」
タクシーで戻った3人は、社長と久美に選考の様子を報告した。
「じゃあ、尚ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃん、ケーキを買ってきたから食べて。」
「有難うございます。」「ごちになります。」「有難うございます。」
「でも、尚ちゃん、総理大臣とは大きく出たね。明日夏ちゃんもびっくりだ。」
「そうですか。少しでも印象に残ろうと思って。」
「尚ちゃんが英語ができるのはプラスかもしれない。最近は海外のアニメイベントに呼ばれることが増えてきているからね。」
「そうだと良いです。」
「明日夏ちゃんも、秋にシンガポールのイベントに行くことになりそうなんだけど、英語は不得意という話だから。」
「明日夏先輩なら、日本語だけでも大丈夫かもしれませんよ。日本語の教師は、外国人に日本語だけで日本語を教えられるそうですから。」
「なるほど。声が特徴だから、明日夏ちゃんの日本語は国境を超えるかもしれないね。」
「はい、そうです。」
「でも尚、面接が2回あったんだよね。」
「はい、最初の面接員は5人で、次は15人でした。」
「久美、その件は僕も良く分からない。そんなことは、今までなかったから。でも忙しい方ばかりだから、悪い方向ではないとは思うよ。」
「そうよね。3日以内には連絡があると思う。それまで、最終選考に向けて頑張ろう。」
「はい。」
「久美も、最終選考までは最優先でサポートして。」
「最大限に厳しく行く。」
「はい、お願いします。」「橘さんの全力、すごそう。」「ちょっと怖いけど、お願いします。」
由佳と亜美は事務所からの帰り道、いつものように喫茶店でだべっていた。
「しかし、リーダーが総理大臣になるって言ったときには驚いたよ。」
「でも、審査員の印象には残った感じ。考えてきたんじゃないかな。」
「亜美は、いつもリーダーの肩を持つな。」
「歌も短期間で上手くなってきているし。あえて言うと、歌は由佳より上手いし、面接員との受け答えもあんなふうに私じゃできない。」
「まあね。ダンスはまだまだだけど、それでも初心者にしては上手くなってきてはいる。」
「英語も上手だったよね。この前も英語の宿題を見てもらったんだ。」
「リーダーにか。」
「そう、そしたら満点だったし。」
「まだ、中2になったばかりかりだぞ。」
「幼稚園のころから英会話をやっていたからだとは思うけど。」
「おれは英語なんて、This is a pen.しか知らないぞ。」
「I love you.は知ってるんじゃないの。」
「はっはっはー、それならもっと知ってるぜ、I love Yutaka.」
「由佳の場合、それだけ知っていれば良さそうだね。」
「まあな。」
「でも、最終選考に行けたとして、どうなるかな。」
「さすがに厳しいとは思うぜ。まだ5組みぐらいは残るだろうし。」
「そうだよね。」
「元々ヘルツレコードは、俺らが東大に受かるより難しいかもな。」
「リーダーは東大でも受かるかもしれないけど。」
「ははははは、それはそうだ。」
「ヘルツレコードのオーディションを受けられたのは、私たちのこれからのために、いい経験にはなったと思うよ。」
「そうだな。」
「それでも由佳、最終選考も頑張ろうね。」
「おう、明日、リーダーと亜美のダンスを見て改善点を考えるぜ。由佳は俺の歌を考えてくれ。」
「うん、分かった。」
翌日の昼過ぎに、森永事業本部長から、悟のところに電話があった。
「森永事業本部長、お電話有難うございます。昨日のオーディションの件でしょうか。」
「その通り。パラダイスエンジェルスが審査員全員一致で合格となったよ。」
「事業本部長様から直々にご連絡を頂き有難うございます。正式な連絡の前に頂いた時間を無駄にしないよう、早速、全社一丸となって最終選考に向けての準備を開始したいと思います。」
「いや違うよ。役員会も今日の午前中に通った。もうパラダイスエンジェルスを売り出すことが決まったんだ。さっきも言った通り、全員が一致しての決定だ。たぶんそんな前例はないと思う。そういうわけで、最終選考は行わない。すごいグループだったね。それぞれの個性が光っていた。特にリーダーの星野なおみ君が人を惹きつける力もあるし、グループを良くまとめている。似たようなグループが多い中で、頭2つ以上抜きんでていた。」
「そうですか。お褒め頂き、大変有難うございます。とすると、これから契約ということになるでしょうか。」
「その通りだ。神田さんのときと基本的な契約書は同じだから大丈夫だよね。契約書のひな形をパラダイスエンジェルス用に変えたものを至急作らせているから、少し待っていてくれ。明日には送る。」
「分かりました。」
「あと、神田君と異なるのは、プロモーションは主にこちらの広報で行おうと思うが、いいかな。神田君のセカンドシングルも控えているので、パラダイスさんには、人的にも予算的にもあまり余裕がないと思って。」
「はい、その件は星野からも聞いていました。おっしゃる通り、うちには、ヘルツレコード様の歌手2組をプロモーションする余裕はないとは思います。」
「なので、パラダイスさんには主に、アーティスト管理と教育をお願いしようと思う。楽曲やライブに関しては、両者協議の上決めるということで進めたいんだが。」
「はい、こちらとしては、それがベストと思います。」
「それじゃあ。あっとそうだ、パラダイスエンジェルスは、3名を強調するような名前に改名した方が良いという意見が出ていたんだが、改名をこちらで検討してもいいかね。」
「はい、もちろんです。パラダイスエンジェルスですと、うちの会社の名前が強すぎるとも思います。」
「理解が速くてありがとう。これからもよろしくお願いする。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
電話の間、悟を見ていた久美が嬉しそうに尋ねる。
「尚たち、1次審査受かったの?」
「というか、最終審査無しでデビューが決まった。」
「本当に?」
「本当だ。」
「すごい。本当にすごい。」
「契約書案を明日までに送ってもらえるそうだ。ますます、忙しくなりそうだ。」
「私たちも、頑張らなくっちゃね。」
「尚ちゃんが、1次選考で面接が2回あったと言っていたので、何でだろうと思っていたんだけど、そういうことだったみたい。」
「テクニックはともかく、私から見てもパフォーマンスがすごく魅力的だった。私も若ければ加入したかったわ。」
「まあ、年齢を半分にする必要があるけど。」
久美が悟を叩く。
「痛いな。」
「本当のことだけど、そういうことは言わないの。」
「それに若い時の久美じゃ、ロックじゃないから気にも留めなかったんじゃないか。」
「そう言われればそうね。」
「パラダイスエンジェルス、個性がバラバラなのに、尚ちゃんが良くまとめたよね。」
「本当、悟の言う通り。全体としてパフォーマンスが魅力的になった。」
「尚ちゃんは頑張ったとおもう。ただ、そのうちだけど、尚ちゃんはうちじゃ収まり切れないときが来るかもしれないな。」
「それは分かる気がする。残念だけど。」
「その時は、笑って送り出してあげよう。」
「うん、そうだね。悟のそういうところは好きよ。」
「何だい。告白かい。」
「そういうところは嫌い。」
「ははははは。でも、本当に経営的には余裕ができるから、久美も自分のことも頑張ってね。」
「分かったわ。」
夕方、最終選考のための練習に集まった3人に悟から合格の報が告げられた。
「尚ちゃん、由佳ちゃん、亜美ちゃん、おめでとう。今日、森永事業本部長さんから連絡があって、ヘルツレコードのオーディションに合格したとのことだ。」
「森永事業本部長から社長に直々にですか。面接でもお褒めの言葉を頂きましたし、期待されているという事ですね。由香先輩、亜美先輩、最終選考にも受かる可能性もそんなに低くないと思いますから、頑張りましょう。」
「いや、最終選考はない。」
「はい?」
「最終選考なしで、尚ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃんのデビューが決まった。」
「本当ですか。」
「本当だ。だから全員で最終チェックをする2回目の面接があったみたいだ。近々、契約を結ぶことになる。」
悟の目を見て、尚美がデビューを確信し、いつも冷静な尚美にしては珍しく感情を表に出す。
「やったーー、やりましたよ。由香先輩、亜美先輩、デビューが決まりましたよ。・・・・ヘルツレコードからですよ。・・・何か、涙が出てきちゃいました。やったー。」
「この2カ月間、尚ちゃんは本当に頑張ったから。」
「うん、うん、リーダーは頑張った。」
「ほんと、リーダー、すごかったと思うよ。」
「由香先輩も、亜美先輩も、すごい頑張りました。3人で力を合わせた結果です。」
「その通りだね。由佳ちゃんも、亜美ちゃんも、よく頑張った。」
「ははは、何か、力が抜けちゃいました。」
「これからデビューまで、また忙しくなるよ。」
「はい、また頑張ります。」
「事務的なことは、今度にするか。」
「はい、その方が間違いがないと思います。」
「じゃあ、2点だけ。」
「はい。」
「うちの事務所は教育と管理だけになって、楽曲の提供やイベントの計画などは基本的にヘルツレコードが担当する。」
「はい、もともと明日夏先輩とイベントがバッティングすると、うちの事務所だと対応できないですから、そうする方がいいと思います。」
「プロモーションの予算もかなり大きくするそうだ。あと、僕たちも行けるときはイベントに行くから。」
「はい、有難うございます。」
「あと、ユニットの名前を、3を強調した名前に変更するということだ。」
「分かりました。今まで名乗ってきたパラダイスドリームスが無くなるのは残念ですが。3を強調するのは、特徴を出す意味でもいい考えと思います。」
「今日、練習する必要はなくなったから、ゆっくり休んでも大丈夫だよ。」
「いえ、だいぶ落ち着きましたし、本部長さんからも言われましたので、デビューまでの時間を無駄にしないよう、三人それぞれのパフォーマンスを向上するための練習をしてから帰りたいと思います。由香先輩、亜美先輩、大丈夫ですね。」
「おう。デビューまでに、リーダーと亜美のダンスを鍛えなおしてやる。」
「はい、お願いします。」
「私も、大丈夫だよ。」
3人は一通りの練習をしてから、家路についた。
尚美は渋谷で待ち合わせて、誠と家路についた。
「お疲れ様。なんか、すごく嬉しそうだね。」
「分かる?デビューが決まった。」
「おめでとう。えっ、最終選考は?」
「最終選考はなしだって。1次選考の2回目の面接が実質的に最終選考だったみたい。」
「尚たちのユニットが、他のユニットより、明らかに優れていたってことだと思う。すごいよ、本当におめでとう。」
「有難う。今日は本当に嬉しい。」
「合格のお祝いは何がいい?家族で海沿いのレストランでも行くか。」
「うん。でも、お母さんが、尚は私に似て美人だからって言いそう。」
「ははははは、その予想は99%当たると思う。」
「尚にお祝いのプレゼントとか考えたいけど、正直何がいいかわからないから、言ってくれると嬉しいけど。」
「うーん、別にないよ。お兄ちゃんには、たくさんお世話になっているし。」
「ダンスの練習用の靴とか。」
「嬉しいけど。いいの?」
「大丈夫だよ。2月からパイソンを使ったプログラミングのバイトも始めたし。」
「へー、すごいね。」
「別にすごくはない。主にユーザーインターフェイスのプログラミングで、担当から仕様書をもらって、その一部を作って送るだけ。世の中にはいろんな人がいるから、できるだけみんなが使いやすいように工夫してプログラムを作っているけど。その後の処理を行うプログラムは会社の人が作っている。でも、会社からお金が振り込まれるし、パイソンのプログラミングや世の中の勉強にもなる。」
「へー。担当って男?」
「契約は会社の社長名で男だった。書類も郵送だし、会社には行ったことがない。担当とはテキストチャットだけなので、アスハというどっかの中立の島国の代表みたいなニックネームしか知らない。男か女かは聞かないと分からないけど、聞くのも変な感じがする。」
「そうだね。そうか、でも一度も会ったことなくて仕事が進められるんだね。」
「大学の先輩の紹介ということもあると思う。会社に入っても在宅勤務でほとんどのことができてしまうのが、今の情報系の仕事かな。まあ、そういうわけだから、多少のお金のことは尚は気にしないで大丈夫だよ。」
「でも、バイトを始めたのは、明日夏先輩の応援のため、それともアキの応援のため?」
「うーん、先輩がやっていて面白そうだったというのが第一の理由かな。まあ、ヘルツレコードからデビューする尚とはどんどん差が開いていくけど。」
「差が開くというのは、アキのこと?アキの心配をしているの?」
「いや、そうじゃなくて僕と尚のことだよ。僕は単なるバイトで、尚が広い世界で活躍することになりそうだからかな。」
「そんなことないよ。お兄ちゃんがそんなこと言うなら、尚は全部やめてもいいよ。」
「ごめん、尚。おめでたいときに変なことを言っちゃって。尚は僕の一番大切な妹だし、尚には頑張って欲しい。そして、もし何かあったら僕は誰よりも尚を優先する。」
「本当に?明日夏先輩よりも?アキよりも?」
「もちろん、絶対に。」
「そう。・・・・またデビューに向けて頑張らないと。ダンスだと全然由佳先輩に敵わないし。」
「頑張って。でも、たぶん由佳さんはもっとダンスが上手になっていくから、由佳さんに敵わなくても尚の良いところを出せればいいと思うよ。」
「そうだね。お兄ちゃんの言う通り。」
誠がパソコンを取り出して、ネットショップで靴を検索して表示させる。
「話しを戻そう。どんな靴がいい?」
「そうだね。尚も変なことを言っちゃってごめんね。うん、靴ね。うーんとね。これかな。・・・でも、これもいいな。」
由佳と亜美も帰り道の喫茶店でだべっていた。
「リーダーの涙、感動したぜ。」
「そうだよね。いつも冷静なのに。限界まで頑張った人の涙かな。」
「俺もあんな涙を流したいな。」
「じゃあ、私たちも限界まで頑張ろうよ。」
「でも、リーダーを豊に会わすのは、もっといやになった。」
「わかる。」
「でもさ、本当にヘルツレコード受かっちまったからな。どうするよ、亜美。」
「どうするって。とりあえず、ユニットを組んでいる間は、自分自身のレベルアップと、社長と橘さんとリーダーの指示に従うしかないわよ。」
「リーダーか。社長と橘さんが素人をいきなり抜擢するぐらいだから、やっぱり普通じゃなかったんだろうな。」
「私は、リーダーは普通とは違うって分かってたけど。」
「そう言えば、亜美はそう言ってたね。」
「でも、ヘルツも明日夏さんよりプロモーションの予算を組むという話だから、知名度は得られるよ。」
「後は実力次第か。お互いレベルアップ頑張んないとな。それにしても、あの中坊、最初に絞めなくてよかったぜ。」
「もう、由佳はそんなこと考えていたの。それに、中坊はやめよう。リーダーが加入してくれて、私たち本当にラッキーなんだから。それに、リーダーは私たちをアピールできることも考えて、構成を考えてくれているんだよ。」
「そうかも知れないけど、それは自分のユニットを売るためだろう。」
「それだけじゃなく。私たちがユニットから独立した時のことを考えてだよ。」
「まさか、中坊,じゃなかった、中学2年生になったばかりなのにか。」
「社長と橘さんが話しているのを立ち聞きしたんだけど、リーダー、最初の面接で、3人組ユニットと聞いて、社長さんが私たちの独立後のことを考えて3人にしたことを言い当てていたそうだよ。それでそういう方向にパラダイスドリームスを持っていくと。」
「へー、でも、3人組ユニットにしたのはそういう理由なのか。」
「リーダー、ヘルツレコードの面接でもそう言ってたじゃん。」
「でも、何でそんなこと最初っから分かるんだ。」
「知らないよ。社長の話や性格から分かったんだろう。」
「そいつはすごいな。今なら社長と橘さんの性格から納得いくけど。で、どうする。」
「だから、最初言ったとおりだよ。」
「そっか、自分自身のレベルアップと、社長と橘さんとリーダーの指示に従う、か。」
「そうだよ。」
「わかったよ。」
「頑張ろうね。」
「おう。」
「でも、一つ気になることがあるんだけど、由佳、メジャーでデビューするんだから、豊のことは大丈夫?」
「そうだよな。まさかメジャーでデビューするなんて思っていなかったから。」
「変な写真なんか流出させないでよね。お願いだよ。」
「分かっているよ。豊には強く言っておくよ。」
「ということは、有るの?」
「へ?」
「変な写真があるの?」
「そりゃー高校を卒業すれば、子供じゃないんだから。」
「由佳、自重してよね。」
「分かってるよ。俺も自分の夢を壊したくないし。」
「でも由佳、ちょっと見せてくれない、その写真。」
「えっ、見たいのか。まあ、亜美ならいいけど。」
由佳が亜美にスマフォを見せる。
「由佳、すごい。」
「普通だろ。」
「普通じゃないかも。」
「どちらでもいいけど、この写真は二人だけの秘密な。」
「もちろん。でも、リーダーも豊さんのことを聞いているみたいだけど、そのうち詳しく話しておいた方がいいかもしれない。」
「リーダーにさっきの写真を見せてもいいのか?」
「リーダーだから大丈夫という気もするけど、まだ13歳だからな。」
「ちょっと、反応みてみたくない?」
「由佳、ちょっと趣味悪いかも。」
「いや、リーダーが成長するための教材だよー。」
「そうか、それならいいかな。明日も練習あるからリーダーと話してみる?」
デビューが決まって、尚美たちは放課後に毎日練習を行っていた。
「由佳先輩、亜美先輩、今日の練習はここまでにしましょう。」
「おう、マジでリーダーはダンスも伸び盛りって感じだな。」
「私も、だんだんと先輩方になんとか追いつけるようになってきました。由佳先輩、有難うございます。でも、まだまだ頑張ります。」
由佳がスマフォを取り出す。そして、亜美が尚美に話しかける。
「ところで、リーダー、帰る前に由佳のことで相談したいことがあるんですが。」
「亜美先輩、わかりました。それじゃあ由佳先輩、写真を見せて下さい。」
「はい?」
「私に豊さんとの写真を見せたいんじゃないんですか?」
「まあ、そうですけど。」
「パラダイス事務所は、橘さんの方針で恋愛禁止じゃないですし、私も堅持します。ただ、そのような写真の流出だけは気を付けて下さい。お願いします。」
「おっおう。」
その日の帰りも由佳と亜美が喫茶店でだべっていた。
「なんだよ、リーダー、全部お見通しかよ。」
「うちのリーダーはニュータイプか。」
「でもさ、リーダーの彼氏、ケンジって言うのか。どんなやつかな。」
「何を言っているの、由佳ちゃんは?」
「私もケンジするって。」
「由佳ちゃんは豊と付き合うことを、豊するっていうの。」
「言うよ。豊とダンスするときは、豊するって。それに、これから豊してくるんだよ。」
「分かった。由佳はもう黙ってていいよ。それより、由佳は変な写真を流出させないこと。」
「流出させないよ。何だよ。亜美は、もう。」
数日後、悟のところにユニットの名前についてヘルツレコードから連絡がきた。
「尚ちゃん、由香ちゃん、亜美ちゃん、ヘルツレコードから、ユニットの新しい名前の連絡が来たよ。」
「社長、どういう名前になったんですか?」
「『トリプレット』に決定したということだ。」
「リーダー、『トリプレット』ってどういう意味だ?鳥肉を鉄板で焼くのか?」
「由佳、それじゃ、トリプレートだよ。」
「付け合わせもいっしょに焼けば、美味しそうじゃん。」
「由佳の言いたいことは分かったよ。リーダー、何かわかります。」
「トリプレットには、三つ子という意味もありますが、今回はそれじゃなくて、音楽用語の三連符から付けたのではないでしょうか。3つで1つ。あとは、トリプレットという名前の音の響きが良かったんじゃないかと思います。」
「僕もそう思う。」
「まあな。パラダイスが付くと、あっちの会社のグループみたいになるし、いい名前なんじゃないか。」
「ははははは、そうだね。」
「由佳先輩、頑張って有名になれば、『トリプレット』のコラボ喫茶ができて、そこでトリプレートが出せるようになるかもしれませんよ。」
「リーダー、ごめん。トリプレートの話は、真に受けなくていい。」
「そうですか。分かりました。でもコラボ喫茶ができるなら、トリプレートはいいアイディアだと思います。」
「うん、由佳、リーダーのいう通り、コラボ喫茶はダジャレみたいなメニューも多いし、いけるかも。」
「そうか、俺、意外と才能があるのかも。」
「はい、由佳先輩、その通りです。ですので、その才能を発揮するためにも、CDが売れるように頑張りましょう。」
「おう。」
「デビューは7月になるけど、タイトル曲のプレプロ(プリプロダクション、曲を歌って収録してそれを元に調整する)は済んでいるから、5月初めにレコーディングと中旬にMV(ミュージックビデオ)の撮影、6月にはMVの動画サイトでの公開とメディア露出を始めるとの連絡があった。」
「わかりました。由香先輩、亜美先輩、頑張りましょうね。」
「よし、行くぜ。」「頑張ろう。」
「じゃあ、また円陣を組みましょう。」
「おう。」「はい。」
尚美たちが円陣を組む。
「『パラダイスドリームス』、私たちを育んでくれて、有難う!」
「有難う!」
「本当に有難う!」
「本当に有難う!」
「新星『トリプレット』、3つの個性を合わせて、デビュー,成功させるぞ!」
「おー!」
「3人みんな、頑張って、それぞれの道を切り開くぞ。」
「おー!」
悟と久美が拍手して、『トリプレット』の始動を祝福した。
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