996+4、その2
少しのち、おれは、人間たちの前に立たされていた。
あの後、城塞の中へ入った。壁の中を、くねくね、たくさん歩いて、ようやく出た中庭のようなところで、じっとしているように言われた。しばらく、彼とその仲間たち(部下たち?)はそこで誰かと話したりざわめいたりしていたが、少しすると、彼はおれの隣に立ち、仲間たちはその前に規則正しく間隔を空けて整列した。みな、同じ姿勢だった。
ずいぶん綺麗に並ぶんだなあ。足元に線でも引いてあるのかと思い、こっそり芝生を見た。線はなかった。
彼が咳払いをした。
「えー、こちら、とある先祖を遊び半分で殺した魔法使いの子孫。知ってると思うが、俺はその殺された方の子孫だ」
彼がおれを見やった。おれは目の前の人間たちを見た。顔を隠すように、小さく頭を下げる。礼儀を忘れてはならないと言われていた。紹介されたら、とりあえず頭を下げる。
こんなにたくさんの人間の前で、どう振る舞えばいいかわからなかった。
「どうも、子孫です……というか息子です」
しん、とあたりが静まり返った。なんだかさっきもあったなあこれ、と思った。
「エッッ息子なのか⁉」
「っ、言ってなかったっけ⁉」
噛みつくように彼に言われ、おれはのけぞった。ここには隠れられる場所も逃げられる場所もない。空を飛ぼうにも、フライパンは森の中に置いて来てしまった。
おれをつかみ倒しそうな勢いの彼は、ぐっとそれをこらえ、ただその目だけは忙しく泳いでいた。
「聞いてない……っていうか、そんな気軽に聞けるほど喋ってないだろ、俺たち‼」
「それはそう、だけど……だってさっきはじめて会ったし……」
尻すぼみになったおれの声は、届かなくなってしまったようだった。彼は片手を額にやり、顔面蒼白でぶつぶつとつぶやいている。
「そんなに近い子孫だと思ってなかった……そしたらなんだ、あいつは最近まで生きてたってこと……?」
「お、おれに聞いてるのかな。父さんのことだよね。うん、四年前までは元気だったよ」
「四年⁉」
今度は、中庭全体がどよめいた。マジか、四年か。そんな最近まで、あいつが生きてたっていうのか。みな、口々に思ったことを言っている。父の噂は、人間たちによく広まっているらしい。
「あと四年なら頑張れよ……‼ 競技大会じゃないんだぞ! 俺も生まれてるじゃないか‼ いやでも四年前の俺じゃ、どうにも……」
おれの命を握る彼は、隣で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。一つ一つの反応がおもしろい人間だった。
一通り噂話を終えた仲間たちは、元の姿勢に戻り、だがぼそぼそと話を続けている。
「なんだこれ」
「コントじゃねえ?」
「ボスの一族が千年かけて追いかけてきたっていうラスボスと、コントやってていいのか?」
「まあいいんじゃないか、ここ最近、こんな平和な場面なかったし」
「あー、というわけで!」
よく通る声が響いて、仲間たちは再度姿勢を正した。気がつくと、隣の彼は起き上がっていて、先ほどと同じように背筋を伸ばしていた。
その彼が、じろりとこちらを見た。恨みのようなものもこもっている気がしたが、指示の目線のようだった。おれが喋れ、ということらしい。
「えっと、というわけで、少しだけ……この人のことを知るまで、殺されるのを留保してもらってます。なのであの、まだ、殺さないでください」
「そういうことだ。こいつだけは、しばらく殺さないように。扱いは捕虜とする。以上、解散」
綺麗に並んでいた仲間たちが、ほどけるように散っていく。集まって、散っていく姿は、規則的で不規則で、とても興味深い光景だった。
というか、「この人のことを知るまで」なんていう曖昧な理由でも、それが命令なら、みんな聞いてくれるんだな。それとも、おれに関心がないだけなのかな。どちらにせよ、不思議だ。
人間を、こんなに間近で見たのは、はじめてだった。
「……そうか」
声がして、おれは隣を振り返った。
彼は、握りしめた自分の片手を見つめていた。その目は強い光を湛えているが、どこか凪いでいる。口元は、泣きそうにも、笑い出しそうにも見える形に歪んでいた。
静かに、声が落ちる。
「もう、あいつはいないんだな」
なんだか、不思議な感じだった。おれが彼の先祖を知らないように、彼もおそらく、父を見たことはないはずだった。けれどまるで、彼の様子は、昨日まで目の前にいた相手のことを語るようだった。おれは、彼の耳の形を眺めた。
風が、ざあと吹いた。はっとし、帽子をおさえようとしたが、両手が縛られていることを忘れていた。あ、と思った時にはもう、三角の帽子はくるくると飛ばされていった。
彼がその影に気づいた。素早い動きで、腰に差した、僕が糸のようにしてしまった棒を引き抜き、先端で帽子を捕まえた。
棒を手元まで下ろした時にはもう、先ほどまでの凛とした彼に戻っていた。
「魔法、使えばいいのに。別に、手を縛られてても使えるんだろ?」
言われて、はっとする。おれはうなずいた。そうだった。おれは魔法使いのくせに、魔法を使うことに慣れていない。
ふと気づくと、彼がこちらを見ていた。その目は鋭く、怒っているのか、怒っていないのかわからない。けれど、どちらでも怖い目だった。
彼は帽子を差し出そうとして、おれの手が縛られていることに気づいた。魔法が使えるなら、手縛ってる意味あるのかよ、って思うよな。誰にともなくつぶやかれた言葉に、とりあえずうなずく。これをはずしてもらえるのなら、その方がありがたかった。
手の鎖はとってもらえなかったが、ぐしぐしと、頭を押さえつけるようにして帽子を被せてくれた。彼は体格が大きくないので、おれが頭を下げて、彼は少し背伸びをしなければならない。
「おれだけは、って、何……?」
先ほどの言葉が気になり、訊いてみた。
こいつだけは殺さないように、彼はそう言って、皆も了承しているようだった。ということは、おれでない、けれど殺す必要のある対象が、そう遠くない場所にいるということだ。
「知らないのか?」
おれの目が半分隠れてしまうような位置に帽子をおさめた彼は、その鍔を指先で持ち上げた。彼の怖い目と、ばちりと目が合う。
「この辺では、十年ぐらい前から、魔法使い狩りが始まってるんだよ」
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