996+4、その3
彼の家に、案内されることになった。
おれは、「第二隊長のことをもう少し知るまで殺されるのを留保されている、この軍の捕虜」――道中で彼に聞いたが、ここは軍隊らしい――という扱いだ。なんというか、宙ぶらりんな立場なのは、さすがのおれにもわかる。ちなみに、第二隊長というのが彼のことなのだという。その年齢にして、彼は一個の隊を任されていた。
その理由の一部は、彼の家に着いてわかった。
「大きな家だね……」
おれは首をそらした。
家というか、小さな城のようだった。赤く塗られた屋根、白い塔、大きな庭。彼が任されているという隊の人間全員がここに住んでいると聞いても、違和感を持たなかったと思う。
彼が門の前で呼びかけてから、勝手に門が開いて、玄関にたどり着くまでに、それなりの時間がかかった。
「君の一族は、迫害されてたんじゃなかったの?」
「何年前の話してるんだ」
それが、おれと彼の間だから言える冗談だとわかるまでに、数秒を要した。この子、冗談が言えるのか。
「数百年前の当時はな。でも、魔法使いを呪った男の執念は、研究に転じたんだ」
城、否、家の中を歩きながら、彼は話してくれた。
あの約束がなされてから。
『あともう、千年、その苦しみを覚えていられたら、僕があなたを殺してあげるよ』
父と、「彼」が――千年前に父を呪った少年が、そんな約束を交わしてから。
魔法使いに千年の呪いを架した「彼」とその子孫たちは、魔法使いの研究に明け暮れるようになった。
父と関わる前から、魔法使いの憑かれものであった「彼」は当時、あまりよくない扱いを受けていたという。しかし「彼」は、その人生において、自ら魔法使いに関わることを選んだ。父と出会い、父に呪いを授け、父と別れた後、「彼」は町を出て各地へ赴き、魔法使いの情報を集め出した。
魔法使いは、集団で暮らさない。それゆえに、情報や存在は散らばっていて、収集することが難しい。
それでも「彼」はコツコツと、魔法使いに関する情報を集め、研究を始めた。
千年後、確実に、父を殺せるように。
「彼」の後も、子どもたちがその役割を継いだ。そうして何十年、何百年と積み重ねられた情報や研究は、魔法使いたちにとって、脅威となり始める。
対魔法使い用の武器が、編み出され始めたのだ。魔法使いは手に負えないとされていた土地で、人間によって屈服させられるということが増えてきた。人間たちの研究の成果は、やがて一つの軍を形成するほどになり、各地に支部という形で広がった。
その結果、「彼」の一族は――迫害される対象から、魔法使いの研究の創始者
として、賞賛、崇拝される対象になった。この城塞都市はその本拠地、研究拠点であり軍の本部で、彼はそこの次期当主、というわけである。
彼の代がちょうど千年後にあたることは、当然予測されていた。「あの魔法使い」との直接対決は、彼になる。そのため、幼い頃から訓練を受け、勉強をし、二年前にはこの軍隊に入っていたのだという。
「二年前……十三歳」
「なに」
一通り話を聞き終えたおれは、思わずつぶやいた。彼がじろりとおれを見た。
おれの知っている現状と、全然違っていた。
魔法使いは人間に嫌われている。姿を現せば、攻撃される。それは当然、知っていた。魔法使いが忌み嫌われるのは、人間とは異なる生き方をしており、そのうえ力では人間が魔法使いに敵わないからだと、父から聞いていた。
『誰だって、怖いものはあるでしょう。そこに守りたいものがあったら、怖いものを追い払うしかない。その怖いものが、実際に、自分たちに危害を加えるかはわからなくても、守りたいものからは遠ざけておきたいよね。だから、人間は悪くないんだよ』
おれはあまり人間の多いところには行ったことがなかった。おれと父はいつも静かな場所にいて、たまに接する人間はいたけれど、彼らはみな親切だった。その人間たちは「守りたいもの」と
ただ、他の人間たちはそうではない。魔法使いの光の粒を一目見れば、みな武器を向けてくる。その認識でいたから、おれはここに来るのが怖かったし、実際、さっきもとても怖かった。
だが、人間が魔法使いを追い詰める状況になっているなんて知らなかった。人間は魔法使いに敵わないから、魔法使いが怖いから攻撃してくるんじゃなかったのか。魔法使いより強くて、怖くもないなら、なぜまだ魔法使いに敵意を向けるのだろう。
それに、ショックでもあった。父から聞かされていたあの「彼」が、父を殺すために、魔法使いを追いやる研究を始めたことが。いや、本当にそうなんだろうか――「父を」殺すという目的は、約束のもと確かにあったとしても――
「急につぶやいておいて黙られると、落ち着かないんだけど。俺の年齢がなに」
不機嫌そうに、隊を仕切る少年がおれの顔をのぞき込んだ。
気になる部分はたくさんある。だが、今の話で、一番驚いたのは。
目の前のこの少年をはじめて見た時、「子どもだ」と思った。それが、更に二年も遡る。
そんな子どものうちから、人間の大人は、軍に入れるのか。何かを殺すようにと、教えるのか。それが、信じられなかった。
「おれ、ひとつ気になることがあるんだ」
「なに」
「その人は――父さんを呪ったその人は、こんな風になることを、望んでいたのかな」
「……こんな風って?」
「自分と父さんだけの問題じゃなくって、人間と魔法使い、みたいな問題になって、自分の子孫が崇められて人間たちの先頭に立つことになって、君みたいな子どもも、そこに立たなきゃいけないことを」
おれは、彼の目を見つめ返した。彼の目は、怖い。けれどそれは、おれよりもずっと幼く、なのに過酷な生き方を強いられて、それに従ってきた目だ。
「君は、おれが憎い?」
その質問に、彼は驚いたようだった。常に睨むように細められている目が、元のまんまるい形に見開かれている。
彼は、顔を歪めるようにした。そこにある表情を、なんと呼べばいいのかわからなかったが、はじめて、彼が笑みに近いかたちを浮かべたのを見た。
「さあ、どうだろうね」
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